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2008年7月 6日 (日)

心の栄養と<国民総幸福>

 6月30日付日経新聞夕刊コラム[あすへの話題]に丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長が<経営の真髄>のタイトルで「経営の真髄は人をどう動かすかにかかっている」と書いていた。人を動かす要諦として丹羽氏は「認める」「任せる」「褒める」の三段階を心がけている、という。

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 「人間はこの三段階がなければ動かない。とりわけ『認める』ことが大切だ。人が疎外感、孤独感を募らせれば、精神は簡単に壊れてしまう」と。人の精神はそんなに壊れやすいものなのか、疑問も残るが、そこで丹羽氏は「人は食事で体に栄養を与えるように、心にも栄養を与えることが欠かせない」というのだ。「心の栄養とは仕事、読書、人との交流などを通じて成功、失敗、感動、悲哀など成長の体験を重ねること」だそうだ。
 日経夕刊1面に週に一回ずつ連載したコラムが半年の満期となり、最終回で丹羽氏が最後の言葉として選んだのが「『心に栄養を与える』ことの大切さ」だった。
 国の地方分権推進委員会の委員長を務め、明治国家型官僚制度からの脱却を一歩でも進めようとしている丹羽氏は伊藤忠商事の社長になっても電車通勤を続けている人である。庶民の目線からずれたら、ものが歪んで見えるから、と思っているらしい。名古屋生まれの庶民派、現実主義者の経営者なので、「心」の問題をここまで考えているとは思わなかった。
 市場原理主義の横暴など、すべてがカネで割り切れると思っているような社会になってしまった影の部分が今、猛烈に出てきている。影響力の大きい経営者がこのように「心」の問題を考え始めたのは、時代の一側面なのだろうか。

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 坂東真理子・昭和女子大学長は7月2日付東京新聞夕刊コラム[放射線]<七夕の夜には星を見よう>で「昼も欺く明るさの中で生活するのはいつまでも続けるべきではない。夏は暑く、冬は寒いように、昼は明るく、夜は暗くてもいいのではなかろうか」と書いていた。
 富山県立山町で生まれ育ち、夏の天の川、流れ星は坂東氏の子供時代の「身近な風物詩」だったが、「私の子どもたちは天の川も流れ星も日常生活では見たことがないという。星座や恒星も目立つものだけしか知らず、二等星以下は知らない」と書く。
 坂東家に限らず、今や都会っ子はみんなそうだろう。不夜城の都会生活を改めるため、坂東氏は七月七日の午後八時から十分間照明を消す運動の呼びかけ人の一人になった、という。
 日本人の心を平安に保ち、豊かに育ててくれた自然環境が日々消滅していくことに危機感を抱く人たちが増えている。

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 7月1日付朝日新聞[天声人語]はコンビニの夜間営業に地球環境問題の観点から批判が出ていることを取り上げていた。
 「早じまいをしたところで冷蔵庫は止められない。それやこれやで、不夜城の派手さに比べれば、実際の効果はごく薄いという。明かりを消させても、それだけでは『ねらい撃ち』に終わってしまう。コンビニに限らず、少しずつでも便利さを捨てていく決意が誰にも必要だろう。素朴な時代に戻れるかどうかは心もとないけれど、今の暮らしにどっぷりでは地球が守れないのは、もう明らかなのだから」と。
 便利さ、つまり近代文明への批判的な眼差しが語られるようになって久しいが、この論も何か虚しい感じもする。ここではエネルギー問題を題材に現代と「素朴な時代」との対比をしているのだが、この虚しさがどこから来ているか、と言えば、ポストモダンの哲学が本来のポストモダンのライフスタイルを提示し切れず、考える葦たちが、方向音痴の彷徨い人になっているからだ。
 コンビニの深夜営業を制限するかどうか、は、朝日新聞7月5日夕刊コラム[窓]<コンビニ論争>で恵村順一郎論説委員が埼玉県や京都市で自治体と業界の対立が過熱気味だ、と書いている。
 大排気量の車がビュンビュン通るアメリカをさきごろ訪れたところ、夜遅くまで開いている店舗は、日本よりはるかに少なく、自動販売機も、めったに見かけなかった、という。「価値観、ライフスタイルが違うということだろう」と、お互いの違いを認めながら、コンビニ深夜営業問題の論争を「私たちの生活は今のままでいいのか。社会の、暮らしの豊かさって何だろう。そんなことを改めて考えてみる格好の素材になりうる」と歓迎している。
 実際に実行となれば、難問山積だろう。治安面でもコンビニが開いていたほうが安心、という住民が多いのかもしれない。「だれでもいいから殺したい」という犯罪者が現れた時、逃げ込める「お助け寺」は今のところ、数の少ない派出所ではなく、ほとんどの駅前にあるコンビニなのだろうから。
 だから、このコンビニ深夜営業問題は一つのシンボル論争と割り切ったほうがいいかもしれない。
 考えることはいいことだ。新しい地平が見えてくるかもしれないのだから。

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 ブータンに「生き方」の一つの理想郷を見るのが作家の宮内勝典氏である。
 東京新聞6月13日夕刊コラム[放射線]<ブータンの夢>で、山手線の優先席前に老人4人が立っているのに誰も席を譲ろうとしない、という現場に居合わせた宮内氏は「何と冷たい国だろうか」と暗澹たる思いにかられ、数年前に訪れたブータンを思い出したという。
 GDP(国内総生産)ではなくGNH(国民総幸福)を目指そうという国家方針を持った小さな国である。
 「贅沢はできないけれど、だれも飢えていない。もの乞いもホームレスもいない。自殺や犯罪は皆無に等しく、学費、医療費は無料である」
 宮内氏が数年前に訪れた時の印象である。
 「青年海外協力隊の若者たちに会って確認したが、かれらも病院は無料だという。大家族で年寄りを大切にするから、だれも老後の心配などしていない」
 宮内氏は嘆く。
 「わたしたちは世界第二位の経済大国で暮らしているが、幸福感はほとんど何もない。一年に三万人以上、一日に八十数人が自殺していく。すでに資本主義の臨界点にさしかかったのか、なにかが間違っている。ブータンの雪山や稲の実り、暮らしぶりなど見つめていると、一周おくれのランナーが先頭を走るように、先進国の夢見る理想社会がひそかに実現されているのではないかとさえ思われてくる」
 ブータンという国には行ったことがないので、宮内氏の言を信ずるしかないが、明治初期までの日本のような田園風景、家庭の姿が今でも残っているのだろう、と想像する。そこでは、そんな風景にふさわしい「心」が今も連綿と育っているのかもしれない。

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