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2008年10月31日 (金)

「誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」…自公関係が変化?~10月31日朝日新聞朝刊、「諸君」11月号、「中央公論」11月号から

 朝日新聞10月31日朝刊政治面トップ<「解散なし」きしむ自公/「誰のおかげで総理に」発言報道 相互不信/公明に「独自路線論」も>は興味深い記事だった。

 太田昭宏公明党代表と北側一雄幹事長が26日夜、麻生太郎首相と会談した。その席で「一体、誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」と首相に迫った、と共同通信が配信した記事の話題で与党内は持ちきりだ、という。太田氏らは26、28両日、首相と秘かに会談した、とされる、とある。首相の解散見送りに太田氏は納得せず、平行線をたどったというのが大勢の受け止め方だ、という。

 <太田氏は「自公間を引き裂こうとする記事だ」と打ち消したが、公明党内には「首相周辺が虚偽情報を流したのではないか」との疑念がくすぶる。一方の 官邸側も逆に公明党支持母体の創価学会が出どころではと疑う。自民党の幹事長経験者は「自民党総裁に対するそうした態度は許せない。思い上がりも甚だしい」と反発。自公関係はたった一つの記事できしんでしまうほど相互不信が広がっている。>

 という内容である。あとは、それまでの蜜月時代の説明だ。そんな緊迫した会談があったのか。麻生首相といえばホテルのバーで麻生派の若手議員とウイスキーを飲み、パイプをくゆらせていたのではなかったのか? と少し驚いたのだが、知り合いに頼んで共同通信の記事を入手した。といっても、いろいろな地方紙が29日朝刊で大きく扱っていたので、地方紙を見ることができる人はすでに知っている記事だ。

 26日夜の会談場所は東京都千代田区紀尾井町のグランドプリンスホテル赤阪。昔から政治家の利用が多い赤プリである。

 <秘書官との食事名目でホテル内の中華料理店に姿を消した首相麻生太郎は、報道陣の目をかいくぐり上階の客室を訪れた。公明党代表太田昭宏と幹事長北側一雄が待ち受けていた。>

 まるで見てきたような書き方である。昔から、この手口は「篭脱け」と言われ、政治家の秘密会談でよく使われる手口だ。昔は料亭政治だったから、違う部屋に本ボシを待たせ、名目上の客との会合は5分、10分で終わらせて、本ボシの待つ部屋に行き、手の込んだ政治家の場合にはまた前の席に戻って、みんなと一緒に出てくるケースもあった。

 だから、政治記者はうまく騙され、すっかり信用していると、後から痛い目を見た。

 最近は料亭ではなく、ホテルを利用するようになって、余計「篭脱け」がしやすくなった、といわれている。従業員専用エレベーターを使ったりして、記者から見えないスペースを移動、目的地に行けるからだ。

 それはさておき、共同通信の記事では、

 <「一体、誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」。密会の部屋には早期解散を迫る二人の怒号が飛び交った。>

 とある。

 <公明党は低空飛行を続けた前首相福田康夫に見切りをつけ、選挙の「顔」として麻生を押し上げる原動力の一翼を担った。すべては麻生の就任直後の”ご祝儀相場”が引けないうちに選挙を戦い、与党過半数を確保するため。支持母体の創価学会は「11月衆院選」を目指して走り続けており、簡単に「撃ち方やめ」というわけにはいかない。学会への面目は丸つぶれだ。>

 というのが背景説明だ。そして、やり取りもまだある。

 <太田は「解散をするかしないか考えながら政権を運営しても中途半端になる。民意の洗礼を受けたうえで、強力な経済対策を打つべきだ。と指摘。さらに衆院選日程について「11月30日」が有力視されてきたことを踏まえ「11月末が駄目な理由を言ってくれ。駄目なら、この時期に解散すれば勝てるんだという戦略を示してくれ」と食い下がったが、麻生は「言えない」の一点張り。「このままでは福田と同じになってしまうぞ」。いら立つ太田は「麻生おろし」までちらつかせた。>

 だが、麻生は何も答えず、会談は物別れに終わった、というストーリーである。

 朝日新聞の記事に戻る。

 <「我々が何と言っても総理は聞かない。解散の考え方で総理と太田代表の乖離は埋まらない。あえて合わせる必要はない」。公明党幹部は自民党と距離を置く「独自路線」もにじませる。総選挙で自公が過半数を維持するめどが立たない中、これまで表面化しなかった「連立離脱」や「民公連携」を求める声が、支持母体の創価学会から出てこないとも限らない。>

 何か深刻な状態なのだ。自公関係は一体どうなっているのだろうか?

 公明党が衆院から撤退するのではないか、とか、比例区だけ立候補すればいい、という意見が強まっている、とか、様々な噂が飛び交っているそうだ。だが、公明党としても、困るだろうなぁ、と思うのだ。

◆公明党の支援には「松」「竹」「梅」がある

 中央公論11月号[政治崩壊]特集に政治アナリストの伊藤惇夫氏が[数字で見る公明の影響力 政権交代の可能性を読む]という論文を書いていた。この中で伊藤氏は

 <定数1を争う小選挙区では、数千票、時には100票単位が死命を制する。シミュレーションからも分かるとおり、自民党の候補者たちにとって平均で2万5000~3万票といわれる公明党・創価学会の固い組織票は、このうえない援軍であると同時に、致命傷を負う爆弾ともなりうる。>

 と書いていた。

 <公明党が支援を決めた選挙区では従来、比例票の約80%は自民党候補に「乗って」いたとされる。仮にこれが70%に下がってその分が開いて候補に流れれば、影響率は20%、60%に低下すれば40%の「目減り」である。これはかなり効いてくる。>

 そして、公明党・創価学会の選挙支援には「松」「竹」「梅」の3ランクがあるそうだ。「松」は公明党候補並みの態勢を敷き、学会員は外部に対しても”F(フレンド)作戦”と称する支持拡大運動を展開。「竹」は「組織票は何とかしましょう」。「梅」は「一応推薦はする」という扱いだから、同じ支援でも内容は雲泥の差だ、というのだ。

 2005年総選挙では自民党議員は小泉ブームもあって大半が「松」扱いを受けたが、今回は違うだろう、というのが伊藤氏の見立てだ。

 伊藤氏は民主党が矢野氏の証人喚問を言っているので一見、公明党・創価学会と対決しているように見えるが、実は小沢一郎氏と創価学会のパイプは切れておらず、表面上の動きとは違って、何らかの動きを起こそうとしている、と見ている。

 そして、今の創価学会の組織戦略の変化として、

 <学会はある時期から、新規メンバーを獲得することよりも、現会員の二代目、三代目を確実に育成するほうに重点的にエネルギーを傾注するようになったのである。こうした組織固めが奏功し、「増えないけれども減らない」筋肉質の体制ができあがった。>

 とある。創価学会の現実の変化は分からない。でも、新書版で読んだ創価学会研究ではないが、大きなトレンドとしては、会員の階層の上昇→自民党支持層との同質化が進んでいるはずだから、伊藤氏のいうような展開とは別の展開があるかもしれない。

◆矢野氏の公明党分析は相当に深い

 ついでに、雑誌「諸君」11月号の矢野絢也元公明党委員長と平沼赳夫衆院議員との対談<自・公連立、学会と小泉に毒された歳月>で平沼氏は福田康夫首相辞任決意のきっかけは民主党との党首会談ができなかったからではなく、公明党との関係悪化だろう、と推測していた。この推測は31日朝日新聞紙面や共同通信記事で裏付けられた形だ。平沼氏は、

 <最大のストレスになったのは、むしろ連立政権のパートナーである公明党との関係です。公明党がついてきてくれない、そのことによって己の限界を感じたというのが、正直な気持ちではないでしょうか。>

 と言っているのだ。矢野氏ももう少し具体的なエピソードを明かしている。

 <臨時国会の召集時期。決定はもちろん内閣、総理大臣の権限です。福田さんは、新テロ特措法改正案の成立に万全を期すため、衆議院での再議決に必要な60日間を見越して、8月末には召集したかった。全体の会期については90日を要望していました。ところが、公明党は臨時国会をできるだけ遅く開き、短く切り上げたいと自民党側に迫り、『9月末召集、会期60日間』を強硬に主張しました。福田首相はなむなく妥協し、9月12日召集、会期70日間を決定します。それが決まった後、首相の辞任表明前日の8月31日には、公明党の漆原良夫国会対策委員長が、所信表明演説を9月29日にすべきだ、と言い始めた。召集した12日から29日までを『なかったことにしろ』というわけです。公明党がここまで『遅く、短い』臨時国会にこだわった理由の一つは、来年夏にある東京都議会議員選挙です。党にとって象徴的な意味を持つ都議選に万全の態勢で臨みたい、だから総選挙を早く済ませてしまいたいというのが公明党の秘められた本音でした。そのため、審議が紛糾しかねない重要法案は先送りし、補正予算など、手短かに有権者に好印象を残せる法案だけを通して、早期解散に持ち込みたいと考えたのです。>

 <公明党は、今年の春、自民党と一緒に衆議院”3分の2条項”を使ってテロ特措法を再可決しました。その舌の根も乾かぬうちに、今度はテロ特再可決に反対だ、といっていた。あからさまな矛盾をおかしてまで、臨時国会を『短く、遅く』と要求し、今度は首班指名後、あまり審議の時間を取らないで、すぐに解散したいらしい。その最大の理由が、巷間噂される通り、もし、”矢野招致阻止”、”池田大作先生をお守りするため”だたっとしたら、それもまた政教一致ですよね。>

 また、矢野氏は「『選挙区は自民、比例区は公明』などということは昔の自民党は決していわなかった」「自民党は重症の”学会依存症”に罹ってしまった」「自民党は学会依存症の脱却にリハビリが必要です」と話している。

 知らなかったことで、勉強になったのは、矢野氏の次の発言だった。

 <1994年、東京佐川急便事件についての細川護煕元首相の証人喚問のときから、多数決ルールが導入されたようですね。このため、公明党は多数党と組むことにこだわるようになったのではないでしょうか。>

 証人喚問の政党間の暗黙のルールである「全会一致」がいつ崩れたのか、調べようと思っていて、忘れていたので、役立った。

 また、平沼氏が、

 <破綻した長銀の処理に関して生じた疑問です。国費8兆円を投じて国有化した銀行を米投資ファンド、リップルウッドに売る際の値はなんと10億円に過ぎませんでした。しかし、リップルウッドは買い取った銀行に「新生銀行」という名をつけて株式公開し、2200億円もの利益を得た。こんな馬鹿げたお金の使い方が、もし国民の虎の子である郵便貯金や簡易保険でも踏襲されたら、日本の国益とはいったい何なのか。>

 と言っているのも面白い着想だ。

 また、「ガラガラポン」という言葉の語源について、矢野氏が、

 <民社党の4代目委員長を務めた佐々木良作氏が、当時の政治状況について「ガラガラポン」という名言を残しました。いまこそ、その「ガラガラポン」の時節到来というべきでしょう。>

 と説明していた。

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