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2008年10月

2008年10月31日 (金)

「誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」…自公関係が変化?~10月31日朝日新聞朝刊、「諸君」11月号、「中央公論」11月号から

 朝日新聞10月31日朝刊政治面トップ<「解散なし」きしむ自公/「誰のおかげで総理に」発言報道 相互不信/公明に「独自路線論」も>は興味深い記事だった。

 太田昭宏公明党代表と北側一雄幹事長が26日夜、麻生太郎首相と会談した。その席で「一体、誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」と首相に迫った、と共同通信が配信した記事の話題で与党内は持ちきりだ、という。太田氏らは26、28両日、首相と秘かに会談した、とされる、とある。首相の解散見送りに太田氏は納得せず、平行線をたどったというのが大勢の受け止め方だ、という。

 <太田氏は「自公間を引き裂こうとする記事だ」と打ち消したが、公明党内には「首相周辺が虚偽情報を流したのではないか」との疑念がくすぶる。一方の 官邸側も逆に公明党支持母体の創価学会が出どころではと疑う。自民党の幹事長経験者は「自民党総裁に対するそうした態度は許せない。思い上がりも甚だしい」と反発。自公関係はたった一つの記事できしんでしまうほど相互不信が広がっている。>

 という内容である。あとは、それまでの蜜月時代の説明だ。そんな緊迫した会談があったのか。麻生首相といえばホテルのバーで麻生派の若手議員とウイスキーを飲み、パイプをくゆらせていたのではなかったのか? と少し驚いたのだが、知り合いに頼んで共同通信の記事を入手した。といっても、いろいろな地方紙が29日朝刊で大きく扱っていたので、地方紙を見ることができる人はすでに知っている記事だ。

 26日夜の会談場所は東京都千代田区紀尾井町のグランドプリンスホテル赤阪。昔から政治家の利用が多い赤プリである。

 <秘書官との食事名目でホテル内の中華料理店に姿を消した首相麻生太郎は、報道陣の目をかいくぐり上階の客室を訪れた。公明党代表太田昭宏と幹事長北側一雄が待ち受けていた。>

 まるで見てきたような書き方である。昔から、この手口は「篭脱け」と言われ、政治家の秘密会談でよく使われる手口だ。昔は料亭政治だったから、違う部屋に本ボシを待たせ、名目上の客との会合は5分、10分で終わらせて、本ボシの待つ部屋に行き、手の込んだ政治家の場合にはまた前の席に戻って、みんなと一緒に出てくるケースもあった。

 だから、政治記者はうまく騙され、すっかり信用していると、後から痛い目を見た。

 最近は料亭ではなく、ホテルを利用するようになって、余計「篭脱け」がしやすくなった、といわれている。従業員専用エレベーターを使ったりして、記者から見えないスペースを移動、目的地に行けるからだ。

 それはさておき、共同通信の記事では、

 <「一体、誰のおかげで総理になれたと思っているんだ」。密会の部屋には早期解散を迫る二人の怒号が飛び交った。>

 とある。

 <公明党は低空飛行を続けた前首相福田康夫に見切りをつけ、選挙の「顔」として麻生を押し上げる原動力の一翼を担った。すべては麻生の就任直後の”ご祝儀相場”が引けないうちに選挙を戦い、与党過半数を確保するため。支持母体の創価学会は「11月衆院選」を目指して走り続けており、簡単に「撃ち方やめ」というわけにはいかない。学会への面目は丸つぶれだ。>

 というのが背景説明だ。そして、やり取りもまだある。

 <太田は「解散をするかしないか考えながら政権を運営しても中途半端になる。民意の洗礼を受けたうえで、強力な経済対策を打つべきだ。と指摘。さらに衆院選日程について「11月30日」が有力視されてきたことを踏まえ「11月末が駄目な理由を言ってくれ。駄目なら、この時期に解散すれば勝てるんだという戦略を示してくれ」と食い下がったが、麻生は「言えない」の一点張り。「このままでは福田と同じになってしまうぞ」。いら立つ太田は「麻生おろし」までちらつかせた。>

 だが、麻生は何も答えず、会談は物別れに終わった、というストーリーである。

 朝日新聞の記事に戻る。

 <「我々が何と言っても総理は聞かない。解散の考え方で総理と太田代表の乖離は埋まらない。あえて合わせる必要はない」。公明党幹部は自民党と距離を置く「独自路線」もにじませる。総選挙で自公が過半数を維持するめどが立たない中、これまで表面化しなかった「連立離脱」や「民公連携」を求める声が、支持母体の創価学会から出てこないとも限らない。>

 何か深刻な状態なのだ。自公関係は一体どうなっているのだろうか?

 公明党が衆院から撤退するのではないか、とか、比例区だけ立候補すればいい、という意見が強まっている、とか、様々な噂が飛び交っているそうだ。だが、公明党としても、困るだろうなぁ、と思うのだ。

◆公明党の支援には「松」「竹」「梅」がある

 中央公論11月号[政治崩壊]特集に政治アナリストの伊藤惇夫氏が[数字で見る公明の影響力 政権交代の可能性を読む]という論文を書いていた。この中で伊藤氏は

 <定数1を争う小選挙区では、数千票、時には100票単位が死命を制する。シミュレーションからも分かるとおり、自民党の候補者たちにとって平均で2万5000~3万票といわれる公明党・創価学会の固い組織票は、このうえない援軍であると同時に、致命傷を負う爆弾ともなりうる。>

 と書いていた。

 <公明党が支援を決めた選挙区では従来、比例票の約80%は自民党候補に「乗って」いたとされる。仮にこれが70%に下がってその分が開いて候補に流れれば、影響率は20%、60%に低下すれば40%の「目減り」である。これはかなり効いてくる。>

 そして、公明党・創価学会の選挙支援には「松」「竹」「梅」の3ランクがあるそうだ。「松」は公明党候補並みの態勢を敷き、学会員は外部に対しても”F(フレンド)作戦”と称する支持拡大運動を展開。「竹」は「組織票は何とかしましょう」。「梅」は「一応推薦はする」という扱いだから、同じ支援でも内容は雲泥の差だ、というのだ。

 2005年総選挙では自民党議員は小泉ブームもあって大半が「松」扱いを受けたが、今回は違うだろう、というのが伊藤氏の見立てだ。

 伊藤氏は民主党が矢野氏の証人喚問を言っているので一見、公明党・創価学会と対決しているように見えるが、実は小沢一郎氏と創価学会のパイプは切れておらず、表面上の動きとは違って、何らかの動きを起こそうとしている、と見ている。

 そして、今の創価学会の組織戦略の変化として、

 <学会はある時期から、新規メンバーを獲得することよりも、現会員の二代目、三代目を確実に育成するほうに重点的にエネルギーを傾注するようになったのである。こうした組織固めが奏功し、「増えないけれども減らない」筋肉質の体制ができあがった。>

 とある。創価学会の現実の変化は分からない。でも、新書版で読んだ創価学会研究ではないが、大きなトレンドとしては、会員の階層の上昇→自民党支持層との同質化が進んでいるはずだから、伊藤氏のいうような展開とは別の展開があるかもしれない。

◆矢野氏の公明党分析は相当に深い

 ついでに、雑誌「諸君」11月号の矢野絢也元公明党委員長と平沼赳夫衆院議員との対談<自・公連立、学会と小泉に毒された歳月>で平沼氏は福田康夫首相辞任決意のきっかけは民主党との党首会談ができなかったからではなく、公明党との関係悪化だろう、と推測していた。この推測は31日朝日新聞紙面や共同通信記事で裏付けられた形だ。平沼氏は、

 <最大のストレスになったのは、むしろ連立政権のパートナーである公明党との関係です。公明党がついてきてくれない、そのことによって己の限界を感じたというのが、正直な気持ちではないでしょうか。>

 と言っているのだ。矢野氏ももう少し具体的なエピソードを明かしている。

 <臨時国会の召集時期。決定はもちろん内閣、総理大臣の権限です。福田さんは、新テロ特措法改正案の成立に万全を期すため、衆議院での再議決に必要な60日間を見越して、8月末には召集したかった。全体の会期については90日を要望していました。ところが、公明党は臨時国会をできるだけ遅く開き、短く切り上げたいと自民党側に迫り、『9月末召集、会期60日間』を強硬に主張しました。福田首相はなむなく妥協し、9月12日召集、会期70日間を決定します。それが決まった後、首相の辞任表明前日の8月31日には、公明党の漆原良夫国会対策委員長が、所信表明演説を9月29日にすべきだ、と言い始めた。召集した12日から29日までを『なかったことにしろ』というわけです。公明党がここまで『遅く、短い』臨時国会にこだわった理由の一つは、来年夏にある東京都議会議員選挙です。党にとって象徴的な意味を持つ都議選に万全の態勢で臨みたい、だから総選挙を早く済ませてしまいたいというのが公明党の秘められた本音でした。そのため、審議が紛糾しかねない重要法案は先送りし、補正予算など、手短かに有権者に好印象を残せる法案だけを通して、早期解散に持ち込みたいと考えたのです。>

 <公明党は、今年の春、自民党と一緒に衆議院”3分の2条項”を使ってテロ特措法を再可決しました。その舌の根も乾かぬうちに、今度はテロ特再可決に反対だ、といっていた。あからさまな矛盾をおかしてまで、臨時国会を『短く、遅く』と要求し、今度は首班指名後、あまり審議の時間を取らないで、すぐに解散したいらしい。その最大の理由が、巷間噂される通り、もし、”矢野招致阻止”、”池田大作先生をお守りするため”だたっとしたら、それもまた政教一致ですよね。>

 また、矢野氏は「『選挙区は自民、比例区は公明』などということは昔の自民党は決していわなかった」「自民党は重症の”学会依存症”に罹ってしまった」「自民党は学会依存症の脱却にリハビリが必要です」と話している。

 知らなかったことで、勉強になったのは、矢野氏の次の発言だった。

 <1994年、東京佐川急便事件についての細川護煕元首相の証人喚問のときから、多数決ルールが導入されたようですね。このため、公明党は多数党と組むことにこだわるようになったのではないでしょうか。>

 証人喚問の政党間の暗黙のルールである「全会一致」がいつ崩れたのか、調べようと思っていて、忘れていたので、役立った。

 また、平沼氏が、

 <破綻した長銀の処理に関して生じた疑問です。国費8兆円を投じて国有化した銀行を米投資ファンド、リップルウッドに売る際の値はなんと10億円に過ぎませんでした。しかし、リップルウッドは買い取った銀行に「新生銀行」という名をつけて株式公開し、2200億円もの利益を得た。こんな馬鹿げたお金の使い方が、もし国民の虎の子である郵便貯金や簡易保険でも踏襲されたら、日本の国益とはいったい何なのか。>

 と言っているのも面白い着想だ。

 また、「ガラガラポン」という言葉の語源について、矢野氏が、

 <民社党の4代目委員長を務めた佐々木良作氏が、当時の政治状況について「ガラガラポン」という名言を残しました。いまこそ、その「ガラガラポン」の時節到来というべきでしょう。>

 と説明していた。

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半年前までは「JAPAiN」と言われていた…欧米知識人たちは当時はまだ、日本に頼ることになるとは思っていなかったんだろうなぁ~各紙の古い記事から

 昔の新聞スクラップを引っ張り出して読んでいたら、日経新聞2008年3月12日朝刊[海外論調]に英エコノミスト誌の「JAPiN(苦痛に満ちた日本)」という厳しい記事の抄訳が約1ページにわたって掲載されていた。「JAPAN」と「pain(苦痛)」を組み合わせた「苦しむ日本」くらいの意味の造語である。表紙には「Why you shoud be worried about the world’s second-biggest economy」と書いてある。ちょうど日銀総裁人事をめぐり政治が混迷を深めていた時期だった。

 抄訳でも相当に長い記事だから、本物は読むのに苦労するくらい長かったのだろう。

 前文は、

 <日本の「失われた10年」が亡霊のように米国を脅かしている。米国の住宅バブル崩壊の余波が各地の金融市場で実感される現在、日本の苦痛に満ちた経験から得られる教訓は何か、ということがよく話題になる。よくて景気の急減速、悪くすればリセッション(景気後退)に直面している先進各国は、日本の浮沈から何を学べるだろうか。>

 というものだった。

 記事の内容をざっと略述する。

 <日本の不動産・株式バブルが1990年に崩壊、最終的にGDPの約20%に相当する不良債権を生み出した。再び着実な成長を示すようになるまで、じつに12年かかっている。不良債権問題が解決し債務デフレは終わったと宣言できたのは、2005年になってからのことだ。だが今日でも、日本の名目GDPは90年代のピークを下回る。この事実は、失われた成長機会の多さを如実に物語っている。>

 として、当時の日本と現在の米国の間に金融危機が「実体」経済を脅かしているという共通点はあるものの、相違点の方が多い、として、

 <日本はいまだに心配の種である。他の富裕国が日本と同じ道を歩みかねないからではない。日本が世界第2の経済大国にもかかわらず問題の根本的な解決に取り組んでこなかったからだ。>

 と、日本の低迷ぶりを数字で明らかにする。米国のS&P500種株価指数は1999年のピークから8%下がっただけなのに、日本の日経平均株価は89年をピークに、現在は3分の1にまで下落し、商業用不動産価格でも日米の対比は同様に衝撃的だ、という。そして、

 <日本経済の停滞は政治家のせいである。現在の景気減速のスパイラルは、日本の構造的な欠陥をあらためて浮き彫りにした。数年前までは、多くの人が日本に期待をかけていた。経済力はまだ中国を上回り、超優良企業も少なくない。だから、米国が息切れしたときには世界経済の落ち込みを少しは埋め合わせてくれるだろうと考えていたのである。だが、もはやその期待はむなしい。生産性の低さは目を覆うばかりで、新規投資のリターンは米国の半分程度。消費は相変わらず元気がない。官僚は失態続きで経済を誤らせてきた。日本に必要なのは、市場を機能させ競争を促す改革である。それなくしては、経済はまたもや失望をもたらすだけだろう。>

 上の文章の下線部分に注目したい。当時のエコノミスト誌編集部だけの認識ではなく、欧米知識層はこのように見ていたのだろう。「日本頼むに足らず」である。そろそろ中国をG7に入れて、日本には外れてもらってもいいじゃないか、とか、日本はお金の蛇口を開けてくれる役割だけでいい、と思っていたのかもしれない。

 生産性の低さについては、その通りだろう。輸出で稼ぐ製造業は日本の産業構造では約20%しかないので、それ以外の農業、漁業、流通業、商業の生産性が低ければ日本全体の生産性は低く出るのは仕方ない。

 これは小泉構造改革が中途半端になってしまった(竹中平蔵氏はそう主張している)せいなのか、株式会社参入などの大胆な抜本策が必要(規制緩和を求める経済学者はこう言う)なのか、議論が分かれるが、どのみち、今の政策の延長ではこれ以上、生産性を高めることができないことは、エコノミスト誌の言う通りである。

 ただ、新規投資のリターンの日米比較は、「だから米国のリーマン・ブラザーズが破綻したんだよ」と、後知恵で答えてあげれば済むのではないか。

 エコノミスト誌の抄訳紹介を続けよう。

 日本の政治が2007年夏から混迷状態に陥っている、として2006年9月に小泉純一郎氏の後任として首相になった安倍晋三氏が2007年9月に退任。後継の福田康夫首相は求心力に乏しい。混迷が本格化したのは小沢一郎代表率いる民主党が2007年7月の参院選で大勝し、野党が過半数を握っているからだ、として、

 <民主党はいまや成長を目指す経済改革どころか、あらゆる政策協議を滞らせる力を持つに至った。>

 と、民主党はコテンパである。そして、

 <自民党の大島理森国対委員長は、外国人投資家が投げ売りに出たら、あっという間に日本は10年前と同じく誰からも相手にされなくなると指摘する>

 、と書いてあった。オイオイ大島、これは言い過ぎじゃなかったのか? よせばいいのに、とツッコミたくなるような正直な談話である。今更ながら、国益を考えて発言してほしいものだ。

 エコノミスト誌は太田弘子経済財政担当相の「もはや日本は経済は一流と呼ばれる状況ではない」発言も取り上げ

 <この認識は確かに正しいが、それにどう対処するかについては、残念ながら太田氏はほとんど語らなかった。>

 と書き、小見出しで<経済閣僚に失望>とつけていた。日本の生産性の低さについては、

 <低金利と輸出の好調に加え、経営者が株主に対して説明責任をほとんど負わない経営環境が過剰投資を生んだのかもしれない。大規模投資と低成長の結果、日本の投資に対するリターンは米国の半分だ。>

 と先ほどの論を繰り返す。原油高の中でも日本の輸出企業が高収益をあげているのがせめてもの救いだが、輸出が伸び悩ん時、内需で埋め合わせる環境ができていないことを、この時点で特筆したのはさすがである。個人消費が設備投資や輸出の伸びに追いついていない原因は企業にある、という。

 <企業が記録的な利益を計上しながら、賃上げの形で払い出さずに現金をためこんでいる、だから雇用は増えても賃金水準は上がっていない。>

 、と指摘している。そして、

 <政治家は企業が内部留保を増やすことに苦言を呈し、もっと賃金を上げるよう迫っている。だが企業が慎重なのは、政治家が無能で予測不可能なこととも無縁ではない。>

 ここまで言うか? 日本の有権者をバカにしていることになる、という事実にエコノミスト誌の記者は気づいているのだろうか?

 日本には根本的な経済改革が必要だ、という。例えば、として挙げている項目を見ると笑ってしまう。米国が日米構造協議で突きつけてきた対日要求そのものではないか。英エコノミスト誌も欧米勢力の代弁人なのか、という印象である。

 <外資規制の緩和、輸入食品の関税引き下げ、農業補助金の削減、貿易自由化の促進、外資系企業に対する税制優遇、企業を補助金漬けにしている制度の廃止、労働市場の流動性向上、財政規律の強化(現時点の累積財政赤字はGDPの約180%)、年金基金や保険会社の説明責任の強化、民営化の推進などだ。>

 もう、笑うしかない。必要な改革は当然含まれているが、それ以外では「第2の開国」を迫った米国の要求そのものだ。この改革要求の根拠としてあげているのが経済財政諮問会議の民間委員・伊藤隆敏東大教授が同会議が提唱した改革を実行した場合、日本は年2%の成長を達成できるが、しなければ1-1.4%程度の低成長にとどまる、との試算だった。そして、

 <日本は改革を断念したようだから、教授が正しければこれからは低成長しか期待できない。この責任は能力や先見性に欠ける政治指導者と、彼らが行う政治の混迷にある。>

 と言い切っていた。そして、第一の責任者は安倍前首相(この時はまだ前)、第二の責任者は自民党内で隠然たる勢力を誇る旧世代の大物たちだ、と書く。小泉・安倍時代は政策決定を首相官邸で行ったが、福田政権では決定権は派閥と長老たち、中でも中曽根康弘氏、森喜朗氏の手に戻った、という。

 <旧世代はクーデターに成功し、政治の主導権を取り戻した。構造改革は滞り、貿易障壁撤廃に向けた交渉にもブレーキがかかっている。財政均衡をめざす財政改革も先送りされた。ある改革派官僚は民営化や規制緩和を推進してきた官僚のやる気が低下していると言っている。政治家の機嫌を損ねかねないため、誰も怖くて小泉・安倍時代のように成長志向型の改革派提案できない。一方、政治家や古いタイプの官僚の間では外資を敵視する傾向が強まっている。>

 ちょっと漫画チックに割り切りすぎているが、内容は大雑把に言えば間違いではない、許容範囲内の見方だろう。そして、同誌は小沢氏に一貫性がないことも混迷を深めた一因であり、また、有権者にも責任があることを書いていた。

 3月時点ではヨーロッパのメディアはまだ自分の足元で火が燃え盛り、米国よりも大変なことになる、との見通しを持っていなかったことがよく分かる論調である。あの英エコノミスト誌にしてこうだったのだ。欧米の金融関係者、企業がある程度、日本の悲劇を学習しているから安心だ、と思っていたことは間違いないだろう。

 さて、英エコノミスト誌から半年も前に<無能で予測不可能>とけなされている日本の政治家はどうしようとしているのか? 麻生太郎首相は30日の記者会見で衆院解散先送りを匂わせた。バラマキ策を実行して、少しでもイメージアップをしてから解散というスケジュールらしいが、そんな悠長に日本の抜本改革を遅らせて、危機後の対応で日本は後れを取らないか? 心配である。

◆ドーア氏はコーポレートガバナンス批判

 欧米では相当にドラスティックな改革が進むだろう。東京新聞10月19日朝刊[時代を読む]でドナルド・ドーア・英ロンドン大学政治経済学院名誉客員が、

 <問題は、どうして金融業者が、規制を外させて、傍若無人の行動で、膨大な個人財産をつくることを許されたのか。どうして金融業会の政治支配力がそんなに増してきたのか。答えは、英米では過去30年、日本で10年、行われてきた、コーポレートガバナンス改革を通じて、実経済の経営者たちを圧倒する力を投資家が獲得したからだ。「会社は株主のもの。経営者の義務は、株主への還元の最大化に尽きる」という株主宗教はその思想的武器であった。>

 と、コーポレートガバナンス批判を展開しているが、これも先行き大きな議論になるかもしれない。ドーア氏は、

 <日本におけるその宗教の大教会は、東証、企業年金連合会、および経産省の企業価値研究会である。同研究会の大僧正、神田秀樹座長および副大僧正、研究会事務局長の新原浩郎課長が、最近の「商事法務」で、株主権力の主なテコである敵対的買収およびそれに対応する経営者のあるべき姿勢を説いている。公平無私の経営者。買収者か、現経営陣か、どちかが「企業の将来のキャッシュフローの割引現在価値」を最大化できるかを判断する株主。前者が後者に充実した、客観的な情報を与える。そのようなシナリオを描いている。現実は? 株の時価と、買収者が提供するプレミアムとを比べて、株を売って、会社と縁を切ってしまったほうが得かどうかを株主が決める。その現実から、ばかげたと言えるほどかけ離れたシナリオである。でも、宗教はもともと現実との調和は問題ではない。僧侶たちおよび権力者に都合がいいかどうかが問題である。>

 と、東証、経済産業省などの変なたくらみに釘を刺すのだが、この辺は細かすぎてよく分からない。ただ、コーポレートガバナンス一辺倒の風潮が是正されれば、日本の企業にとって朗報だろう。

◆入江ハーバード大名誉教授は「金融版WHO」提言

 朝日新聞10月19日朝刊[経済危機の行方]インタビューで入江昭ハーバード大名誉教授が「金融版WHOを作れ」と提案してるのも、今後のひとつの動きになるのかもしれない。入江氏は1934年生まれ。米国歴史学会会長もつとめ、歴史学、国際関係史専攻だ。発言は次の通り。

 <経済とは直接関係がないが、私は、国連の機関である世界保健機関(WHO)に注目している。WHOは80年、天然痘の撲滅を宣言した。20世紀の死者は3億人にも上るとされる。この数字は2度の世界大戦の議席者より多い。成功の要因は、イデオロギーや政治体制を超えて最高の専門家を集め、英知を絞ったことだ。冷戦時代も、ことWHOに関しては、ソ連と米国は協力した。今回の経済危機を受けて、経済なかんずく金融の世界でWHO的な存在を構築できれば、有効な解決策が出てくるのではないか、と考えている。>

 よく分からないが、面白いのではないか?

◆小林慶一郎氏は対処療法だが、新興国・産油国との新基金設立を提案

 朝日新聞10月18日朝刊[けいざいノート]<金融恐慌はとめられるか/市場の疑心暗鬼取り除け/新興・産油国と新基金を>で小林慶一郎・経済産業研究所上席研究員は、欧米を中心とした世界では三つのことを体系だって実施することが大切だ、として

①特別な検査当局を創設し、金融機関の不良資産を徹底的に厳格審査する。金融工学版のリバース・エンジニアリング(他者の製品を分解してその設計を分析する手法)で査定する

②特別な不良資産買い取り会社を創設し、厳格査定させた民間金融機関の不良債権を買い取る。その資産価値が安定したときを見計らってゆっくり試算を売却して処理する

③金融危機の処理コストはグローバルな金融市場が相手の場合、一国では一時的に負担できない場合がある。金融危機対策のコストが米国では200兆円を超えるという報道もある。巨額の金融対策費出費が続けば米財政への信頼が失われ、国債価格の下落(長期金利上昇)を招き、住宅ローンや中小企業借入金利が連動して上昇。その結果、公的資金で金融機関を救済しても、米国が深刻な不況となって金融危機が再発する負のスパイラルになりかねない。これを止めるため、豊富な外貨を持つ中国などの新興国や中東産油国などの資金を集めて、金融危機の処理に苦しむ国に一時的に危機対策の費用を融通することが有効。国対国で直接に融通するのは無理があるので、グローバルな政策協調の枠組みとして国債基金を創設し、これを経由して融通する。日本がG7で提案したIMFの新型融資と共通する発想だが、融通対象はむしろ米国など主要国も含めて考える必要がある。金利の低い国が国債を発行して資金を得て、それを基金経由で米国に貸し付ければ、全世界的にコストを劇的に軽減できる。

 という内容だ。これは今現在の対処療法だが。

◆伊藤元重東大教授は<円高は強い経済への試練>と言う

 読売新聞10月20日1面[地球を読む]<金融危機/負の連鎖なお懸念>で伊藤元重東大教授は次のように言う。

 <日本経済を取り巻く風景は大きく変わってきた。いろいろな変化があるが、とりあえず円高の動きをその象徴的な動きとして取り上げてみよう。>

 と前置きして、

 <円高は厳しい調整を日本経済に求めるものであるが、そもそも過度な円安によって日本の所得が非常に低くなっていたことを忘れてはいけない。円高で日本の輸出企業はいやおうなしにさらなるグローバル化を求められることになるだろうが、それは長期的には日本経済の強さにつながるはずである。円高によってパワーを増したジャパンマネー、すなわち企業と家計がもつ潤沢な資金をどう活用するのかは大きな課題である。>

 と書いている。真っ当な見方だ。

◆米国の危機は資本注入で問題解決とはならない、という厳しい見方

 日経新聞10月20日[経済教室]で大村敬一早稲田大学教授が①公的資金投入だけでは不良債権処理は進まない②預貸金利差による銀行支援、米国では難しい③株式資本の価値下落が流動性の危機を呼ぶ――と書いていた。大村氏は1949年生まれ、慶応大学博士課程修了、専門は金融論。著書「金融再生 危機の本質」で日本のバブル崩壊後の公的資金注入とその効果について検証した、という。

 大村氏の主張は、その検証で分かったこととして、日本は公的資金の注入が遅れたが、逆に遅れたために景気上昇期に注入することとなり、上昇の勢いを増すことができたのだが、米国はまだまだ下落する中での注入なので効果は非常に薄いだろう、という。<風邪のひきはじめにこそ資金注入をすべきだとの主張が見られるが、それなら市場にサプライズを与えるほどの巨額でなければならない。>というのだ。

 面白かったのは投資銀行論だ。

 <投資銀行は1933年銀行法で商業銀行から分離されたホールセール型の証券会社である。政府の保護から外れた代わりに商業銀行からの競争と当局の監視から免れ、産業金融の中核にのし上がることができた。しかし、1999年のグラム・リーチ・ブライリー法の成立で、銀行と証券の垣根は事実上撤廃され、預金という安定的で安価な調達手段を背景にして資本力で圧倒するシティ・グループやJPモルガン・チェースのようなユニバーサル型の商業銀行が投資銀行業務に参入して攻勢を強めていた。この対抗策として、既存の投資銀行は資産運用や取引規模を拡大すべく資本力をつけようと株式公開を始め、ゴールドマン・サックスもついに1999年5月に移行した。投資銀行は焦りすぎた。>

 <銀行が預金という決済手段で資金を集めるのに対して投資銀行は市場から直接調達する。以前は一般からではなくリスク許容度の高い富裕層からの私募中心で、投資銀行には規制と保護の必要性がないとされた。だが、投資銀行は業務拡大に伴い公開市場での増資による資金調達を本格化した。これは事業拡大を容易にした半面、市場で日々値洗いされるため、短期的な業績に振り回される結果を招いた。投資銀行が巨大な近視眼的投資ファンドと化した段階でその危機は始まっていた。

 <9月21日、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの銀行持ち株会社転換が承認された。「自由」と引き換えにFRBの庇護、つまり緊急資金援助の権利を選択した。総合サービス型の大規模投資銀行は消滅し、ユニバーサルバンクに軍配が上がった。これで銀行と同様の規制を受けるため現状のような高いレバレッジファイナンスはできなくなり、レント(超過利潤)の消えた証券化業務も急速に正常化される。

 後でもう少し書き足すが、今はここまで。

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2008年10月30日 (木)

オプチミストとペシミストと昭和天皇の円高発言~毎日新聞10月28日[余録]と[牧太郎コラム]、29日[経済観測]より

 10月30日午後6時からの麻生首相記者会見をNHKテレビの同時中継で見た。世界同時株安にどう対処するか、考えられるすべての対策を寄せ集めた、と国民に訴えていた。2005年の小泉総選挙で勝ち取った衆院の議席を背景に、麻生内閣で金融危機を乗り切る、という決意を表明した記者会見だったのだろう。来年秋まで任期一杯やってやるぞ、と見せかけていたが、解散総選挙の時期については上手に質問をはぐらかすなど、巧妙なマスコミ対策も心得ているようだ。

 次いでNHK「クローズアップ現代」には平野前日銀政策委員が登場して、輸出企業は苦しいが、今まで円安とアメリカの好景気という二重の好環境に恵まれて稼ぎまくっていたのだ、というようなことを冷静に話していた。そして、この危機を乗り切ることが先決だが、それをしながら、日本が生き残るための新たな戦略を考えなければならない、と話していた(と思う)。その通りだろう。

 テレビを見ながら、古い新聞を整理していたら、10月28日毎日新聞朝刊、夕刊と29日朝刊に面白いコラムを見つけた。メモしておく。

 28日朝刊のは1面[余録]である。

 <コップに水が半分入っている。これを「まだ半分ある」というのがオプチミスト(楽天主義者)、「半分しかない」と思うのがペシミスト(悲観主義者)だ。>

 という書き出しで、ペシミストの名言を集めたE・マーカス編「心にトゲ刺す200の花束」(祥伝社)という本を紹介。バブル後の株価低迷期の日本で交わされたジョークには「さあ笑おう、今日は明日ほど悪くない」というのもあった、と書いていた。掲載日の28日は火曜日。コラムは27日の月曜日に書いたものだろう。週明け27日は東京株式市場がバブル後最安値を割り込んでおり、

 <市場はペシミストたちに埋め尽くされたかのようだ>

 とあった。そして、余録子は今度は「他人をほめる人、けなす人」(草思社)を取り上げる。

 <著者F・アルベローニがオプチミズムとペシミズムの違いは、人々の未来への不安や恐怖を介して広がる後者の異常な伝染力だと書いたのもうなずける>

 というのだ。そして、

 <ペシミズムの毒への免疫を作るには、不安や恐怖をはぐらかすユーモアやウィットに満ちたペシミストの名言を予防注射する手もある。「人生をそんなに深刻に考えるな。永久に続くもんじゃないんだから」(作者多数)>

 で結んでいた。

 あえて「明るく生きろ」「景気は機の持ちようだから」と書いていないが、「何とかなるからヒステリーにならないで」と、そういうことだろう。

 10月28日毎日新聞夕刊特集ワイド面の[牧太郎の大きな声では言えないが…]は見出しが<「恐れの連鎖」を断て!>と勇ましい。

 昭和天皇が1982年の春の園遊会で84年ロス五輪金メダリストとなる山下泰裕選手に「柔道は骨が折れますか?」と質問されて、山下選手がキョトンとした、とのエピソードを紹介している。

 その2年ほど前に山下選手は試合中に足を骨折しており、そのニュースを昭和天皇が覚えていたのかどうか、というのだ。昭和天皇の鍛え抜かれたユーモアセンスをうかがわせる小話だ、というわけだ。

 この10月23日の秋の園遊会では天皇は石井慧選手に「次の五輪も目指されるのですか?」と聞いたら、石井選手は「目指しません!」。天皇の「他の方向に?」の質問には「はい」と応えた。天皇はみんなが知りたかったことについて、石井クンに直撃インタビューを買って出てくれたようなものだ、というのである。

 そして、話題は世界金融危機に転じる。

 <世界金融危機。世界中が何かを「恐れ」ている。株を持っていない人まで「暴落」を恐れている。日本は円高に恐れをなしている。投資家の「恐れの連鎖」が市民社会にパニックを引き起こしかねない気配まである。>

 <1933年、ルーズベルトは大統領就任式で「本当に恐るべきものは”恐れ”そのものだ」と演説した。29年に始まった世界恐慌で金融システムは混乱し、このころ、失業率は25%。アメリカ人は彼を信じ「恐れの連鎖」を断ち切って、希望を取り戻した。

 <今、必要なのは石井クンのような「恐れを知らぬ度胸」ではないだろうか。天皇は図らずも?石井クンの「自信に満ち満ちた言葉」を引き出した。昭和天皇はかつて「円高は値打ちが上がることで結構なことではないか」と言われた。ピンチの後には必ずチャンスがやってくる。>

 である。

 昭和天皇の円高発言、知らなかった。それにしても石井クンはちょっとやりすぎだけど、堂々としていてすごい、と思って、あの時、テレビのニュースを見ていたことを思い出した。

 このコラムも読者に元気を与える「読むクスリ」だと思う。

 10月29日朝刊経済面コラム[経済観測]の筆者は童氏。見出しは<円高・原油安をどう見る>である。こっちは少し理屈っぽいが、重要な話なので、できれば全文を引き写そうか、と思う。

 <このところ経済について弱気を言う人が賢く見える雰囲気がある。エコノミストや市場関係者と称する人たちは、明るい話には目もくれず、弱い指標ばかりに注目して悪い悪いと騒いでいるきらいがあり、それによって世の中の雰囲気も悪くなるといった悪循環に陥りかねない。その最たるものは、為替相場をめぐる話である。確かに為替相場が昨今のように大きく変動するといろいろな影響が出るわけで、なるべく安定的であってほしいというのはわかる。しかし、為替が円高に振れると、即景気が悪くなるというのは果たして正しいのであろうか。>

 まさしく「そうだ」と叫びたくなるような専門家のご意見だ。

 <確かに輸出に多くを依存している自動車や電機の業界はそうであろう。しかし、原材料を輸入に頼っている業界や、消費関連から見れば、円高の方が収益的にもよいはずであるし、マクロ的に計算しても、最近では、円安よりも円高の方が、我が国からの富の流出は少なく済む。そう見てくると、円高イコール不況という過去の常識からそろそろ決別すべきではないか。>

 円高不況という観念は日本人を縛っています。

 <同じことは、原油をはじめとする海外原料品市況の動きについてもいえる。原油価格が140㌦まで上昇していく過程では、これに伴う物価上昇から消費が低迷すると大騒ぎしたことは記憶に新しいが、原油価格がその半分まで下がった点についてはあたかも無視しているような風情である。上昇の過程で値上げが遅れていたからこれからも末端消費価格はまだ上がるといった論調まであるが、おかしくないか。>

 <値上げが遅れたのは、それに見合う需要の強さがなかったわけで、原価が下がったらむしろスムーズに下がると見た方がよいのではないか。原油相場の下落は我が国経済にとってかなりの朗報であり、この点素直に認めるべきではないか。>

 そういうことだ。疲れたが、全文を書き写してしまった。

 今朝のスポニチで森永氏も言っているように来春からは物価が安くなる。ただ、タイムラグがあるので、来春まで待たねばならないが。そうした庶民生活の機微に触れる部分もできれば経済面であっても書いてほしかったのだが、無理な注文だろうか。

 でも、こういう記事がどんどん出てくることはいいことだ、と思う。しかし、今紹介したように、3本ともコラムニストとか、外部ライターばかり。経済面を埋める一般記事は、記者クラブ詰めの若い記者が株屋さんのあわてぶりを見て書いているためか、いつも「大変だぁ」の連発で日本が今にも沈没するような印象の記事が多くなる。本社のデスクレベルで少しはトーンを修正したらどうなのだろう?

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坪井善明氏のホー・チ・ミン論+負の歴史逆転という発想~毎日新聞10月22日夕刊・中島岳志氏との対談から

 毎日新聞10月22日夕刊文化面[中島岳志的アジア対談]で坪井善明早稲田大学教授とのホー・チ・ミンをめぐる対談が掲載されていて、面白かった。2003年に札幌市長選に出馬、落選したベトナム政治・社会史専攻の大学教授である。著者紹介には、坪井氏は1948年生まれ、パリ大学で博士号取得、北大教授などを経て現職。著書に「ヴェトナム『豊かさ』への夜明け」(アジア・太平洋特別賞)、「ヴェトナム新時代」「YOSAKOIソーラン祭り」(共著)など、とあった。

 学究に籠ってヴェトナム研究に打ち込んでいるイメージが強かったが、どうしてどうして、ベトナムに興味を持ったのはベトナム反戦運動に参加してから、と普通の団塊の世代そのままの動機。「日本が近代をどう受容したかが私の基本テーマ」「日本の再生をベトナムを通して考えています」など、坪井氏の気持ちが分かって面白い。

 ホー・チ・ミンについて、坪井氏は「彼の主眼はあくまで独立だった。彼の有名な『独立と自由ほど尊いものはない』との言葉は、どう読んでもマルクス主義と無関係」、「独立の過程でも、ホー・チ・ミンはアメリカにとても期待していた」、「ホー・チ・ミンの共和主義は、まさにその民衆のナショナリズムです。同じアジアの社会主義でも、毛沢東は皇帝のように振る舞い、金日成は世襲王朝を作った。ホー・チ・ミンは彼らと違い、前王朝と同じ秩序を作る気がなかった」、「大切なのは、生活実感と政治思想をどう結ぶかです。2人(ホー・チ・ミンとガンジー)は、たとえ演技であっても、なるべく民衆のそばにいて、民衆の意志を結晶化させ、それを投げ返して広げた。いわば民衆のスピーカーだった」と社会主義者ホー・チ・ミンではなく、共和主義者ホー・チ・ミンを讃える。

 さらに坪井氏は「彼(ホー・チ・ミン)は、民衆の大乗仏教や道教的な信仰を尊重し、取り込まないと運動は作れないと自覚していました」とも言っている。

 そして、「ベトナムの心ある知識人は、今の一党独裁からの着地点をそこ(ホー・チ・ミンの共和主義)だと思っていますね。背景に、隣接する中国の問題がある。中国が強大になると、ベトナムは埋没する。中国に対抗することは、独立にかかわる問題です。中国より先に政治改革をして、国際社会の信頼を集めないといけない現実的な要請があります。次の2011年のベトナム共産党大会で、『ホー・チ・ミンの教え通り、多党制と共和制に戻す』という方針が出る現実的な可能性はかなり高いと思います」と話し、ベトナムの地政学的位置を重視し、それが政治変革を後押しする可能性に期待する。

 また、「ベトナムの世論調査では、75%が『平等でなくなるならば経済発展はしねくてもいい』と答える。ベトナムには、まだ共同体意識を通した本当の意味での『平等主義』が残っている。こうした『平等主義』が、結構、アジアにはある。そこも、ちゃんと拾っていかないといけないでしょう」と言うのが面白い。

 平等性の重視である。途上国における経済発展は中国がその典型だが、超金持ちと食うや食わずの貧困層への極端な二極分化を引き起こす。ベトナムの民衆がその事実を知っているとは思えないのだが、この75%という数字はベトナム民衆のメンタリティに温かいアジアの血を感じないわけにはいかない。

 日本とベトナムとの比較も興味深い論点だった。坪井氏は、「ベトナムでは、人々が宗教や文化、歴史を生活の中で生かしている。日本は、あまりに経済中心で、文化や歴史が飾りもの化、記号化している。これと、日本社会の劣化は、関係があるのでは」と問題提起する。宗教はさておき、文化、歴史と切り離された日常生活こそが、良かれ悪しかれ今の日本の特徴だと思うのだが、特に歴史を知らない、歴史を現在に生かさない、というのは日本人の特異な生き方だろう。

 坪井氏の発言の中で賛否両論あるだろうが、注目すべきは次の言葉だろう。

 <札幌市長選に出た時、フランスのナント市のことを考えました。昔、アメリカへの奴隷貿易の中継で栄えた街が、15年くらい前にそれを謝罪したんです。そして新たに、自らをアフリカとアメリカをつなぐ文化の交易地位置づけ直して、音楽会などを開いている。日本の地方も、直接、世界と文化的につながればいい。北海道も炭鉱で中国人を働かせたような負の歴史があります。それを逆転させて、日本社会を再生させられないかと思います。>

 <負の歴史逆転で日本再生を>の見出しがついていた。

 私も団塊の世代の一人として、今の政治の機能不全には世代的に責任を負う一人だと思っているのだが、なぜ日本の政治が機能不全になったまま起き上がれないのか、つらつら考えてみると、国民が官僚(政治学者は官僚を「国家」というらしいが)を信用していないという事実がコアにあると思われるのだ。

 なぜか? 反省がなく、責任を取らないからである。

 太平洋戦争の開戦責任、敗戦責任は日本では追及されていない。みんな極東軍事裁判で裁かれた、と思っているかもしれないが、あの東京裁判を裁いたのは戦勝国家であり、日本人は自分の手で裁いていない。空腹で政治どころではなかった時代に、東久邇内閣が「一億総懺悔」と宣言して、官僚政治的にはそれで終わったことになっているのである。

 それで一時的には誤魔化せたかもしれないが、この問題が高度経済成長を遂げた1970年代から何度もぶり返して、戦争責任問題として論壇で論議された。

 しかし、現実政治のアジェンダにはならず、村山政権の戦争責任宣言も周辺諸国への日本国としての謝罪、という顔の見えない行為に過ぎなかった。

 それも、日本国家が迷惑をかけた周辺国に謝っただけで、国民への謝罪はないし、誰が悪くて無謀な戦争に突入したのか、を究明し、その誰かを非難する決議をするという国家行政行為をいまだになしえていないのだ。

 戦後も官僚たちは国家行政組織法と各省庁の設置法に守られ、ミスをしても、個人的な責任を問われるケースは戦後せいぜい2、3回しかなかった、と思う。こうした「国家」のあり方が続く限り、国民は国家を信用しない。だから、スウェーデンやフィンランドのような福祉国家化への変革など、国家公務員の権限が強まる改革は望むべくもない。

 こうして、日本の様々な「行き詰まりを探っていくと、国家への不信というコアが出てくる。児玉誉士夫、田中角栄、小佐野賢治が旧軍の物資を掠め取り、それをもとに戦後、金を稼いでも、「too big too fail」で日本国家を守護する検察はメスを入れなかったのに、小さなこそ泥はどんどん捕まる。

 日本の末期的症状について、日本に居続けてもこのくらいの内容は考えることができるのだが、坪井氏には外からの視点で日本の近代化と戦後改革の問題点を斬ってほしい。どういう日本論が出てくるか、楽しみである。 

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円高メリットが出るのは来春以降→固定費カットで生活防衛を~スポニチ10月30日森永卓郎氏コラムから

 スポーツニッポン10月30日[マル得サプリ面]に[森永卓郎のサバイバル経済学]が載っていた。竹内宏さんがご高齢になって、あまり書かなくなったので、森永氏がいまや庶民派エコノミストの代表として、発言が注目され、テレビにもひんぱんに出ており、人気もあるので、スポーツ新聞で大型定期コラムを持ったのだろう。

 森永卓郎(もりなが・たくろう) 1957年7月12日東京都生まれの51歳。経済アナリスト。日本専売公社(現JT)、日本経済研究センター、経済企画庁総合計画局、民間シンクタンクなどを経て、現在は独協大経済学部教授。経済学以外ではミニカーからペットボトルのキャップまで、さまざまなコレクターとしても知られている。>

 見出しは<”冬の時代”来春物価下がるまで/食費節約より家賃カット/固定費削減メリットは「努力せず持続可能」/保険料、自動車費見直しを>である。

 面白かったのは、「円高による物価下落効果が現れるのが来春」とあったこと。

 森永氏はまず、

 <米国発の金融危機の影響で冬のボーナスは5%以上減少しそうだ。しかも、物価高が続いているから、家計にはダブルパンチだ、と書き、株価の下落が止まらないから、景気の悪化はさらに深刻化、われわれの生活は一層厳しくなっていきそうだ。>

 と暗い話を並べる。ここで注目は冬のボーナスの下落率が約5%との記述。これは大手企業の第一次回答などからの集計の数字なのだろう。しかし、ここで終わらないのが庶民派エコノミスト。

 <だが、何もかも悪いことばかりではない。国際商品市場では原油価格や穀物価格が今年夏のピーク時の半額以下になっている。しかも、円高も進んでいるから、これまでわれわれの生活者を脅かしてきた物価高が落ち着いてくるのは確実なのだ。>

 と書くのだ。そう、私もこのブログで何度も書いているように、円高はメリットがあるのだ。

 しかし、注目しなければならないのが次の記述である。

 <ただし、そうなるのには時間がかかる。10月から小麦の政府売り渡し価格が引き上げられたし(10%の引き上げで各メーカーは家庭用小麦粉など4~7%の値上げを発表している)、来年1月には電気料金が大幅に引き上げられる(標準的な家庭で月額数百円の値上げになる)。さらに来年3月には乳価の引き揚げも決まっている(今春にも希望小売価格が約5%上げられ、これで2年連続の値上げ)。いずれも、これまでの原油や穀物の値上がりが原因となっている。今の国際商品市場の下落がわれわれの生活に物価安となって表れるのは、おそらく来年春くらいになるだろう。>

 という予測なのだ。忘れていたが、たしかに小麦も米と同じように政府買い上げ価格だから、前もって決まり、市場原理がすぐには利かない。だから、タイムラグが生じるわけだ。なるほど、メリットが出るのは来春か。先が長いなぁ。そこで、森永氏は次のように言うのだ。

 <それまでは、家計に嵐が吹き荒れると考えておいたほうがよいのだ。そうしたときに家計を守ろうと思ったら、収入を増やすか、支出を減らすしか方法がない。もちろん手っ取り早いのは支出を減らす節約の方だ。収入を増やせば税金を取られるが、節約はいくらやっても税金を取られない。>

 そうなのだ。昨年もアルバイトを少ししたが、確定申告をして驚いた。案外多くの税金を持っていかれるのだ。アルバイト収入は家計の不足分を埋めるためにすでに使っており、税金を支払うのに苦労したおぼえがある。

 <ただ、節約をする場合に、私がまず提案したいのは、変動費よりも固定費の削減を優先させようということだ。>

 として、「大根は尻尾まで使いましょう」などの節約術は多くの手間と時間がかかり、専業主婦がやるならともかく、外で働く男性や共稼ぎ世帯にはなかなかできないし、相当な粘り強さが必要で、持続するのが容易ではない、と「変動費節約」のデメリットをあげる。だから、固定費節約なのである。

 見出しにもある「家賃節約」って何だ? 家主と交渉するのは面倒だろう、と思ったら、今、高額家賃のマンションなどに入っている家庭は思い切って家賃の安いマンションに引っ越せ、という意味だった。

 引っ越し費はかかるが、毎月支払う金が圧倒的に違う。

 固定費節約のメリットは意識せずに続けられることだ、と言うのだ。

 また、自動車費用も固定費。都会に住んで、地下鉄を利用できるのに、月何度か乗用車に乗る、というような家庭が当てはまる。

 たとえば、週1回、スーパーに買い物に行く家庭だったら、タクシーを利用したほうが自動車税や車検費用を考えれば、安くつくという意味だろう。

 また、光熱費、水道料金なども小まめに節約すれば、長い間で支出は確実に減る。

 森永氏は書いていないが、これをみんなが実践すれば、地球環境問題で京都議定書の目標達成に近づけるかもしれない、という副次的メリットだってある。

 森永氏は、

 固定費削減のメリットは、削減するときには手間がかかるが、一度削減をすると、その後は努力をしなくても効果が持続することだ。…ずぼらな人ほど、まず取り組むべきは、思い切った固定費の削減なのだ。

 と結んでいた。なるほど、である。

 スポニチ紙面でこの記事の隣に出ていた[私の小遣い帳]東京新宿区34歳女性、月収52万円、年収約840万円、という記事にはなぜか腹が立った。こんな高給取りの若い女性は例外ではないか、と思ったのだが、実際、何人か知っているので、いないわけではない。こういう腹が立つ記事は見ないことにして、役立つ部分だけを集中的に読むのがストレスをなくす生活術でもある。これも、もしかしたら「森永流サバイバル」の応用かもしれない。

 一般の新聞も、このような役に立つ経済記事を掲載し始めているが、生活面で地味に扱っていたり、円高のメリットが来春出る、というような明るい展望が目立たないので、暗い印象が強い。もう少し、カラッと明るく書けないのかなぁ。

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2008年10月29日 (水)

韓国不動産バブル崩壊寸前?~NEWSWEEK11月5日号+日経新聞10月29日朝刊+ダイヤモンド10月11日号

 韓国の通貨危機。どうにも分からないことが多く、この何日か雑誌などを見ているのだが、まだ理解できない。ただ、日経新聞10月29日朝刊国際面[グローバル金融危機 苦悩の新興・中小国]<「財テク」行き詰まり深刻/実体経済に波及懸念>で韓国を取り上げており、少し勉強になった。ソウル支局の山口真典記者の記事である。

 記事は、1年前に今住んでいるアパート(日本で言うマンション)を担保に投資目的で別のマンションを買ったが、不動産市況の悪化で売れず、金利が上がったので住宅ローンの利子負担増に悩む韓国の中堅財閥系企業の課長(39)が登場する。超人気のソウル南部「バブル7」地区のひとつ瑞草区(ソチョ区)の不動産業者は「あるマンションは契約者の40%が権利を放棄した」と話している、という。

 最近までは瑞草区の新築マンションでは買おうとしても競争率が100倍を超しており、値段も高いが、抽選もなかなか当たらない、庶民の夢の住まいだった。

 しかし、実際に住む目的だけでなく、投機目的でマンションを手に入れ、すぐに売り抜けていた購入希望者が金融危機の影響で資金が集まらず、契約放棄する例が増えている、という。

 また、日本のバブル時代のようにマンションの値上がりを見越して、どんどんと大きなマンションに買い換える「住み替え」希望者も、新たなマンションの購入資金を手にできず、買えない状態らしい。だから、不動産市場では売り一色で、買い手がいないため、売買が成立しないのだ、という。

 韓国の不動産バブルが崩壊したら、株式市場、外為市場の比ではない、というのはジャーナリストの九鬼太郎氏だ。

 週刊ダイヤモンド10月11日号「外資の凄絶なる”韓国売り”不動産崩壊なら本格的危機へ」で九鬼氏は盧武鉉政権の5年間でソウルのマンション価格など不動産価格が急騰したが、韓国では今でも”不動産神話”は健在で、経済が悪化しても何とか中流層以上の生活が回っているのはそのおかげだ、という。不動産を担保にした財テクなどが、雇用や老後の不安の唯一の解消策だ、という。しかし、その不動産価格にも昨年から黄信号がともっている、と書いている。

 九鬼氏のリポートはきっと10月初旬段階の取材に基づいているのだろう、と思うのだが、

 <すでに地方では新築マンションの売れ残りが増え、中堅建設会社の倒産が続いている。高額物件が集中するソウル江南地区のマンション価格も、昨年から20%程度下がった。>

 と書いていた。日経朝刊によれば、その値下がりが進んだのかどうか分からないが、売買が成立しない状態だ、というのだ。

 九鬼氏のリポートで面白かったのは韓国の国内総生産(GDP)に対する家計債務の比率である。IMF危機直前には40%前後だったが、現在は70%にまで上昇しているのだ、という。

 <特に2006年以降は経済成長率をはるかに上回るペースで家計債務が増加している。この大半が住宅ローンとみられる。まさに米国で起きた”不動産バブル”と同じ現象なのだ。>

 というのだ。

 九鬼氏によると、韓国では不動産譲渡税が高いので、価格が下がっても不動産を売り切る動きはまだ本格化していないが、ソウルを代表する高級マンションが金融機関の差し押さえを受けて競売にかけられる例が続出し始めた、という。

 だから、日経が紹介したソウル南部の不動産業者の言葉も、こうした背景を持って理解しなければならないのだろう。売りにくい仕組みもあるのだ、と。

 そして、金融機関がこのような高級マンションを差し押さえしても価格が下がっていれば、担保価値を割った資産価値しか手にできないから、時価会計ならば、金融機関の不良債権が日に日に積み重なる事態になる。九鬼氏もこの点を含みにおいてか、次のように書いている。

 <不動産価格が一気に崩れた場合、その影響はウォン安や株安とは比較にならない。金融機関への打撃も大きく、韓国は本格的な危機に直面する恐れがある。>

 九鬼氏によると、韓国が10年前のIMF危機を超スピードで克服したのは規制緩和などを進めた結果、巨額の海外マネーが入り、株価や不動産価格が急騰したためだ、という。それと並行して”経済の二極化”(富裕層と貧乏な人たちの二極化)が進み、すでに雇用問題や物価高が庶民(二極化した貧乏な人の層)を直撃しているが、富裕層は財テクを駆使して、金を回し、何とか裕福な生活を続けている。今度の危機は不動産価格の下落によって、富裕層に打撃を与える可能性がある、というのだ。

 どちからといえば、富裕層の支持を得て大統領になった李明博政権にとっては看過できない事態である。

 李明博政権の苦境に焦点を当てていたのがNEWSWEEK日本版2008年11月5日号の<崖っぷち李明博は韓国を救えるか>だった。ソウル支局の李炳宗記者のリポートである。

 <CEO大統領を自任する李の指導力が今ほど求められるときはない。世界第13位の規模を誇る韓国経済は、崩壊の瀬戸際にある。金融危機と景気低迷が世界を覆うなかでも、韓国はとりわけ深刻だ。>

 として、外国人投資家が一斉に投資を引き揚げたこと、ソウル株式市場の株価はこの1年で50%以上値を下げたこと、通貨ウォンが今年年初来、ドルに対して30%以上急落し、IMF緊急融資で韓国経済が何とか破綻を免れた1998年以来のウォン安になったこと、一部企業や一般市民がパニックに陥っていることなど、悪い面をいやというほど書いていた。

 ただ、今の韓国の外貨準備は2400億㌦あり、通貨危機が始まった1997年7月時点の約8倍で、今回は危機を乗り切れる、と李明博政権は主張しているという。27日の国会演説でも強調していた点である。

 面白かったのは、ソウルの地元紙が最近実施した世論調査で李明博大統領の支持率が上がっている、という点だった。

 「李は金融危機を乗り越えられる」が53%、「乗り越えられない」が33%だ、という。

 米国産牛肉輸入再開をきめたため、BSE(牛海綿状脳症)を恐れる国民の猛反発を受け、6月には支持率が10%台に落ち込んでいたが、最近は30%程度に回復した、というのだ。

 三星経済研究所の首席研究員はウォン安、株価暴落にもかかわらず、韓国のGDP成長率は今年3%以上(昨年は5%)を維持できる、と見ているという。

 問題は李明博政権の経済政策の責任者である姜萬洙企画財政相が2月の政権発足直後から輸出活性化のため事実上のウォン安容認政策を続けたため、ウォン売りを加速させ、輸入品の価格を引き上げ、インフレの火に油を注いだ、という批判がくすぶっていることだ。そこで野党が罷免要求したわけだ。

 李記者のリポートでも不動産バブル崩壊の可能性を最大の懸案にあげていた。

 <ここ数年で一気に膨れ上がった不動産バブルはいつはじけてもおかしくない。そうなればアメリカの住宅バブルの崩壊を再現しかねない。>

 <ソウル市内の高級住宅地の不動産価格はいまだに5年前の2倍の高水準にある。政府はバブル崩壊を避けようと必死だが、すでに住宅ローンが担保割れしているケースもあり、融資している銀行をむしばみはじめている。>

 ダイヤモンド、NEWSWEEK両誌のリポートは共通して、この不動産バブル崩壊のおそれを重視していた。また、韓国が日本以上に輸出依存体質なので、消費地である米欧の消費不況が日本以上に韓国を直撃し、GDPに直接はね返るだろう、と予測している。

 日経新聞によると、韓国の銀行が抱える対外債務で来年6月までに返済期限を迎えるのは、外貨準備の3割強に相当する800億㌦だ、という。借り換えが難航する恐れがあるとして、米格付け会社は韓国大手銀行の格付けを格下げする方向で見直すと発表しているそうだ。

 1人当たり国民所得は10年前の2倍に膨らむ一方、株式のネット取引も普及し、韓国は「財テク」の時代に入っている、という。

 昔から銀行を信用しない国民性で、主婦の頼母子講が一般的だった。そんなお国柄だけに、自分でパソコンに向かって取引できるネット株取引は韓国人の国民性にマッチしたのだろう、と想像する。

 今回の危機はそうした庶民の「中の中」階層である「小金持ち」を直撃しているのだ。

 李明博政権はこの金融危機が実体経済に波及するのを食い止められるのか? 年末までには、本当の正念場を迎える、というのだが。

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2008年10月28日 (火)

<竹中平蔵vs.山口二郎>対論は自民vs.民主代理戦争以上に面白かった~中央公論08年11月号[特集  政治崩壊]

 久しぶりに中央公論を読んだ。11月号。[特集 政治崩壊]の広告を見たら、佐々木毅学習院大学教授が<自己管理できない政党が日本を蝕んでいる>のタイトルで論文を書いている、とあったので、読んでみたくなった。多くの論文と総選挙シミュレーションがあり、盛りだくさんだった。

 肩が凝らず、面白く読めたのは、竹中平蔵慶応大学教授と山口二郎北海道大学大学院教授による<徹底討論 漂流する日本を救うシナリオを探せ!/新自由主義か社会民主主義か>と題した対談記事だった。

 小泉構造改革を押し進めた政策マンであり、アメリカ仕込みの経済学者・竹中氏(1951年生まれ)と、ヨーロッパ社民政党の研究を十数年間続けている政治学者・山口氏(1958年生まれ)の徹底討論である。

 党首討論と違って、お互い自分の意見を主張しながらも、さすが学者らしく話がかみ合っているところが面白かった。政治家もこういうハイレベルな討論をしてほしいものだ、と思った。

 興味深かった部分だけを抜き書きしておく。

◆小泉政権前に自民党は崩壊のプロセスをたどっていた

 山口氏 小泉、竹中路線が構造改革を断行した。支持基盤の再編を伴うもので、何よりも政治家の頭の中を入れ替える作業が必要だったが、その方向に自民党全体がモデルチェンジできなかった。多くの自民党議員は「小泉人気にあやかろう」程度の認識だったが、小泉氏が予想外に力を持って本気で規制緩和をやり出し、その結果、自らの地盤がどんどん掘り崩されたので、危機感、反発が噴き出し、党が”股裂き”状態に陥った。

 竹中氏 小泉氏が登場する前に自民党はすでに崩壊のプロセスをたどっていた。”失われた10年”を止められなかった自民党はもはや統治能力を失い、まさに崩れ落ちようとしていた。その時に、小泉氏が登場して改革の旗を振り、当面の危機から救った。ところが、安倍首相が登場したころから党内に「揉め事をつくるな」という空気が生まれ、安倍氏はそういう意見を受け入れ、郵政造反組の復党まで許した。小泉時代に芽を出した生まれ変わるチャンスをみすみす摘んでしまった。不良債権処理や郵政民営化に本気だったのは、小泉氏と私と、あとはほんの一握りの人たちだけだった。今回の総裁選を見ていると、改革派がますます肩身が狭い状況に追い込まれているのを実感する。

◆対立軸ははっきりしているか?

 山口氏 従来の自民党は財界の言うことも聞き、一方で国民各層への再配分にも気を配るヌエのような存在だったからこそ、長期政権たりえ、結果として政権交代を阻んできた。しかし、小泉首相は明確に「小さな政府を目指す」という軸を立てた。おかげで、私が標榜する再分配重視の「中道左派」という対立軸を立てやすくなった。ところが今度、麻生首相が出てきて、どうやら「小さな政府」はますます軌道修正されて、民主党が今掲げている方向と大した違いがなくなりそうだ。

 竹中氏 民主主義がどういう対立軸のもとに機能すべきかと、については山口氏と大きな差はない。ただ現状認識に差がある。私は「小さな政府」にして、任せるべきは民間、市場に開放すべしと、考えて、具体策も「骨太の方針」で提示した。しかし、対立軸はいまだに出てきていない。米国型かスウェーデン型か、だ。「骨太」が前者に近いものならば、「スウェーデンのように消費税を25%にしても、誰もが満足できる福祉を国が提供する」といった方向性を掲げた政党が日本にはない。自民党も民主党も真の対立軸を示せていない。

 山口氏 ここまで格差が先鋭化すると、医療・教育とかのミニマム保障さえ危機にさらされており、民主党が改革路線への対抗として打ち出した「生活第一」はそれなりに意味のあるアジェンダだ。世界標準の2大政党制を作るのだ、という志を持って、論争を挑んでほしい。

◆政策と政局~短命政権で本格的改革は無理だ

 山口氏 一方で日本では政策論争と政権交代の”仕分け”がつかなくなっているのは大きな問題だ。この間、野党として政権奪取に軸足を置くのは仕方ないが、これだけいろいろな問題が起きているのに政策論争らしきものはほとんど行われていない。

 竹中氏 何か抜本的政策を打ち出そうとするとすぐに政局になってしまう。ここ20年ほどで首相が14人入れ替わっている。議院内閣制の本家、英国では首相は10年前後の長期政権だ。一定の期間が与えられないと思い切った政策は実行できない。サッチャーも金融ビッグバンを成し遂げるのに7年かかった。郵政民営化も準備段階を含めて4年かかった。小泉長期政権だったからできた。

 山口氏 英国では保守党と労働党の政権交代自体が10年の単位。10年野党であることに耐える。労働党は18年間野党暮らしだったが、その間、世代交代を図りじっくり政策を練り直して「第三の道」というアジェンダを掲げて返り咲いた。こういうメカニズムがうまく機能するか否かが政党政治の質を規定する。

◆自民党も民主党も政策立案能力がない…官僚の跋扈を許す体質

 山口氏 日本でそうならない理由は、自民党に関して言えば、1993年の細川政権で下野した教訓から過剰に学び、とにかく政権にあるためには何でもあり、という”機会主義”に陥ってしまった。小泉改革ですら政権維持の材料にした。個人的にはここまで機会主義に染まった政党にはいったん退いてもらう。そうしないと、あるべき政党システムをどう構築していくかという議論にさえ入れない気がする。

 竹中氏 民主党も政権を奪いたい人間の集団に見える。民主党も政権を取ると、結局自民党と同じメンタリティに陥りかねない。自民、民主にかかわらず、今の政治集団は政策立案能力をほとんど喪失している。

 政治の内部にいて最も実感したのは、どんなに抜本的な改革でも突き詰めれば細かい行政手法の積み重ねだということ。そうしたノウハウは官僚が独占している。あれだけ非難されても官僚の跋扈がやまないのはそのため。政治家の顔ぶれが替わっただけではこの壁を突き崩すのは難しい。

 実は不良債権処理も郵政も政治や民間サイドに具体的なプランや知恵はほとんどなかった。とはいえ、現役官僚を引き込めば、いいようにやられるだけなので、優秀な元官僚やいわゆる「脱藩官僚」を10人ほど集めて”ゲリラチーム”をつくり、具体策を詰めた。やってみて再認識したのは、「政治家にはこういう能力はない」という冷厳な事実だった。

 山口氏 90年代には竹中氏と同じ課題に仲間として取り組んだ。官僚支配と自民党の族議員政治こそが日本をおかしくしている元凶である、と。そこに竹中氏は経済学の立場から、私は政治学の立場から批判の矢を放ち、一定の世論形成に成功した。

 私はデモクラシーによって既存の縦割り行政にメスを入れ、資源の配分を変えるべきだと訴え、竹中氏は官と民の境界線を引き直し、市場原理も大胆に取り入れることで官僚制の病理を是正しようと目論んだ。

 竹中氏 誤解を解きたい。我々がやったことに「新自由主義」とのラベリングが横行しているが、それは事実ではない。郵政民営化はオランダでもドイツでもイタリアでも実行されたが、だから新自由主義だなどと評された例はない。不良債権処理の時も「自由にやらせてほしい」と主張する銀行に、ルールを強化してたがをはめたのが我々だ。私のどこが新自由主義者なのか。「この人はアメリカ一辺倒」というようなレッテルを貼って実質の議論を封殺することの弊害は計り知れないものがある。

◆小泉構造改革の光と影

 山口氏 「改革」という大変聞こえのいい言葉を小泉、竹中両氏が独り占めして経済財政諮問会議などから出す政策をすべてこのパッケージに包んだ。そこには地方交付税の引き下げとか医療費の削減とか、国民生活に直接影響する施策がたくさん内包されていたのに、それらがまともに吟味されることなく通ってしまった。小泉氏は改革の中身を一度も体系的に説明したことがなかった。「郵政民営化が構造改革の一丁目一番地」と言いながら、じゃあ二番地はどこなのかという説明を聞いたことはない。

 竹中氏 改革には不良債権処理のようなリアクティブ(守り)のものとプロアクティブ(攻め)なものがある。郵政民営化が成った後の二番地として財政投融資の改革が必要だ、とさまざまなところで述べ、本に書いた。だから体系は示している。しかし、メディアはワン・ワードしか報じない。社会保障にしろ「三位一体」にしろ、改革は道半ばだ。

 山口氏 社会保障は道半ばというが、医療費抑制は小泉改革の柱の一つではないか。あれを断行したことで、医師不足、救急崩壊など、いろんな問題が顕在化したのは事実だ。

 竹中氏 医療費の抑制は財政的な課題だ。しかし、その結果をどう負担し、配分するかはすぐれて厚生労働行政の仕事だ。はっきり言えば大臣がしっかりしていれば現在とは随分違った姿になっていたはずだ。全体を一律に削るとかではなく、現存する無駄を省いて必要な部分にはさらに手厚くするといった方策が十分可能なのだ。役人に丸投げするからああいうことになる。見識ある人物が厚生労働大臣に就任し専門家を集めて改革に乗り出せば、事態はドラスティックに変わる。残念ながら今現在もあそこにはそういう人材がいない。→ものすごい舛添批判!!

 山口氏 日本は諸外国に比べ医療、教育の公的支出がそもそも小さい。これをさらに切り詰めれば現場で歪みが生じ、ナショナルミニマムの確保さえ危ぶまれる事態が想像できる。公共セクターの役割を考えた時、日本は人口比で公務員の数は少ないし、租税負担率は低く政府の予算規模も小さい。初めから小さな政府だ。

 竹中氏 これも誤解があるのだが、小泉改革で公共部門の対GDP比は決して減っていない。医療費も抑えようとしているが、減ってはいない。財政をぶった切ったというような捕らえ方が間違いなのは数字を見ても明らかだ。「小さな政府にした」のではなく「大きな政府にならないように必死で耐えている」というのが正しい理解だ。

 これと格差の拡大は関係ない。格差は大きな政府の国々でも拡大している。小さな政府を志向するのは政府を信用していないからにほかならない。政治の中に入って、ますます確信を深めた。「大きな政府」になどなったら、この国はえらいことになる。彼らの用語「政府」とは官僚制のことを指しているらしい

 ただ、予算規模は小さいが、日本は米国の5倍の資産を持っていることを忘れるべきではない。GDPは米国の半分だが、GDPサイズではおよそ10倍の資産だ。持たなくてもいい資産で肥え太った大きな政府ということもできる。財務リストラも喫緊の課題だ。

 山口氏 財政赤字はそんなに深刻な問題ではないと?

 竹中氏 売れる資産は売って、借金を返すことを考えるべきだ。ただし、赤字が増え続けていることは事実だ。ここは正していかなければならない。

 山口氏 小泉氏が断行した「改革」の結果、医療とか介護とか教育とかの多くの現場で資金の投入が滞った結果、担い手が疲弊しきっているというのは厳然たる事実だ。無駄を省くのはいいが、民営化できない世界もある。ミニマムの保障の部分で不安感が増大するようでは、国民が将来に対する希望を持てるはずがない。何のための改革か、と思わざるを得ない。(これが社民党的な小泉改革批判の定例パターン

 竹中氏 政府でしかできないことがある、というのは全くその通りだ。だからこそ徹底的に無駄を省いて必要なところに集中的に資源を配分できるようにすべきだと主張している。政府系金融機関、中小企業金融は各国持っているが、日本のように各省にあまねくぶら下がっている例は皆無だ。こうした無駄を放置したまま国民、特に若い世代に負担増を強いれば、それこそ希望が持てない国になる。(これが小泉構造改革派の定型的な反論パターン

 山口氏 現状は省くべき無駄が放置されたまま、削ってはいけないところばかり手を突っ込んでいる気がする。(

 竹中氏 そんなことはないが、「改革が道半ば」で、まだら模様なのは残念ながら事実だ。だからもっと全面的に強力に推し進める必要がある。(

 山口氏 私は改革はスクラップ&ビルドだと思う。削るのはあくまでも行政需要がなくなったと判断できる部門。そして新たに需要が生まれた例えば介護のような分野にちゃんと資金を入れる。「まず削減ありき」「パブリックセンターはできるだけ小さくして民間へ」というやり方では国民との齟齬がますます拡大するように思う。→これは学者の論としては正論だが、「行政の無駄の研究」で明らかにされているように、「無駄」はない、というのが各省庁の公式見解であり、それを支える族議員がいるから、この方式では削減はできない。

 山口氏 市場メカニズムを否定はしないが、行き過ぎを感じる。労働は規制緩和によって本来市場メカニズムになじまないはずの「人間」そのものまでが商品化され、コストカットの対象にされてしまった。構造改革路線の間違いが表面化した典型例だ。

 竹中氏 私は逆に労働市場こそ最も改革が必要な分野だと認識している。働く時間や働き方などを選びたいという労働の多様化のニーズが非常に高まってきた。これに応える方策として派遣労働のようなあり方もそれ自体は認めていいと思う。問題は主として日本の労働法規の歪みに起因する正規雇用と非正規雇用の格差だ。格差を解消するためには正規・非正規を問わず「同一労働・同一賃金」にして、雇用保険や年金なども同じ条件にすればいい。オランダがやったことを採用するのだ。安倍首相にも進言したが、折悪しく、「ホワイトカラーエグゼンプション」が騒がれる事態となり、労働分野の改革は躓いてしまった。現状では部分的に自由化されたため、余計に歪みを生んでいる面もある。改革を急がないとならない理由だ。

 山口氏 欧州の中道左派も最近はグローバル化の波に抗うのは無理だという現実を前提に、長期安定雇用のモデルは現実的ではないとして、政策を作っている。そこで「柔軟化」という考え方が出てくるが、そのためにはボトムつまり失業給付とか職業訓練だとかの政策的な支えを整備する必要だあるというのが共通認識になっている。結局、企業の人件費抑制のために規制緩和がいいように利用されて、メチャクチャな低賃金労働が急速に増えたのが現実だ。

 竹中氏 法律の問題もあるが、労働監督官現場で機能していないのが大きい。ここがしっかりしていれば、サービス残業など許されないはずだ。

 山口氏 監督官が人手不足に陥っている実態がある。レフェリーが絶対的に足りない。

 竹中氏 その通り。他方、地方農政局など何もやらないでぶらぶらしているような人がゴマンといる。そこを削って仕事のあるところにまわすというのが我々の言う改革だ。改革が不十分だからこんな状態になっている。

 小泉改革は増やすべきところを増やし、減らすべきところを削るというまさにスペシフィックな政策だ。「新自由主義だから」ウンヌンではなく、そういう各論を議論しようと言ってきている。いっそう詰めた議論をしないといけないと痛感する。

 山口氏 各論を議論すべき、ということだが、自民党も民主党も日本の進むべきビジョンをぜひとも明確に示すべきだと思う。個人的には「第2のニューディール政策「」が必要だと考える。産業に関しては環境問題とか資源エネルギーとか、日本にとって重要な課題であると同時に世界の中でリーダーシップを取れる分野でもある。

 竹中氏 まったくその通りだ。特に環境分野では世界最先端の省エネ技術を持つわが国は問題解決に大きく貢献できるはず。というより、欧米の技術では地球を救うことはできない、と言っても過言ではない。だからチャンスはある。総選挙ではそうした国の進路についても、ぜひマニフェストに掲げて、競い合ってほしい。

 以上が略述だ。

 面白いのはやはり、竹中、山口両氏が昔の仲間で共通の言葉を持っているから、論点がかみ合っていることだろう。学者だから歯に衣着せずに物言いができることもある。

 国会論戦なども、これが一つの原型で、バリエーションを繰り返しているのだ、と思う。その意味で、肉を削り落とした骨そのものの形を知るのに参考になった

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”経済大統領”苦境に/韓国野党は閣僚更迭要求/金融不安定は年末まで続く~東京新聞、日経新聞10月28日朝刊から

 今まで韓国の金融・経済問題をあまり書いてこなかった大手新聞が路線変更をしたのだろうか? 東京新聞10月28日朝刊は国際面トップ<”経済大統領”苦境に/減税、利下げでも株価低迷/韓国/野党は閣僚更迭要求>で李明博大統領のポーズ写真をカラーで掲載して、経済難が政治問題化した事実を報道していた。ソウル支局の福田要特派員の記事だ。

 27日の国会での李明博大統領演説は「危機に遭って固く団結するのは、民族の遺伝子。今こそ力と知恵を集める時だ」と訴え、13億ウォン(約8300億円)規模の減税など景気浮揚策を表明。韓国銀行も政策金利を緊急に0.75%引き下げたことは27日にこのブログに書いておいたが、

 <総合株価指数は小幅上昇にとどまり、不安心理の強さを示した。>

 と、大統領の口約束の効き目がいまいちだったことを書いている。基礎データがうれしい。

 <米国発の金融危機は輸出の比重が高く外的影響を受けやすい韓国経済を直撃。貿易収支赤字も響いて同指数は1年前の半分まで急減。ウォンも最近1カ月で、ドルに対し2割以上も急落した。アジアの新興国の中でも落ち込みが目立つ。>

 というのだ。

 <苦境の中、李政権は1300億㌦(約12兆円)規模の金融安定化策などを発表。外貨準備高が2400億㌦(9月末)で、97年の危機当時の約12倍ある実情など、不安解消の情報を海外へ伝える動きも強めている。>

 も、すでに昨日の夕刊で出ていた話だ。

 <だが、実質的成果が出ない場合、民間調査でぎりぎり30%台を保つ支持率の低下は必至。野党はすでに経済担当閣僚の更迭を求める攻勢に出ている。李大統領にとっては、6月の米国産牛肉輸入をめぐる騒動に続く試練になりそうだ。>

 これもまだまだ分からない話だとは思うのだが、このくらい薄い内容であっても、国際面トップ扱いにする、という東京新聞編集局の判断は正しいのではないか、と思う。相当な事態だろうから。

 日経新聞10月28日朝刊国際面は3段記事<韓国、追加緩和を示唆/0.75%利下げ/中央銀行総裁「不安残る」>で、深刻な状況を伝えている。ソウル支局の壮太郎特派員のリポートだ。

 記事は韓国銀行の李成太(イ・ソンテ)総裁が27日に記者会見し、さらなる利下げについて「金融市場の不安はまだ完全に解決されておらず、続くのではないか」と述べて、再利下げの可能性を示唆した、という内容である。

 <ウォンは27日、ドルに対し1.3%下落の1㌦=1442.5ウォンとウォン安は止まっていない。>

 、とある。

 <韓国企画財政省の金東洙(キム・ドンス)次官が27日の記者会見で、ウォン安と株安の同時進行について「韓国が過去に通貨危機に陥った経験から、投資家らが心理的に過度に対応している」と語り、通貨危機の再来はないと強調。李明博大統領が同日表明した減税と歳出拡大の具体策については「週内にも発表する」と語った。>

 <同席した李昌鏞(イ・チャンヨン)金融委員会副委員長は韓国の金融市場が安定する時期について「海外の金融市場がいつ安定するかによるが、不安定な状況は年末まで続き、来年初めごろには新たな局面を迎えるのではないか」との見通しを示した。>

 とあった。年末までこの不安状態は続きそうなのか。日本も危機感あふれるテレビ、新聞で辟易しているけど、韓国の人たちも同じだろう。気持ちが暗くなって、大変だなぁと思った。韓国だって、もっと明るい話もあるだろうに。

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日本経済は健全だ~日経新聞10月22日、28日[大機小機]、18日夕刊と読売新聞10月26日、28日の加藤寛、小島邦夫氏インタビュー

 朝日新聞、日経新聞、東京新聞は10月28日朝刊1面トップを<東証終値7162円、26年ぶり安値>などの見出しで飾った。読売新聞は最高裁長官に竹崎博允・東京高裁長官(64)が先任の14人の判事を飛び越す異例の出世で就任する、との特ダネで、毎日新聞は<衆院選年内見送りへ/首相、政治空白避ける/金融危機対策を優先>で決め打ちした。産経新聞は中央防災会議専門調査会が27日公表した首都直下型地震発生で東京23区では発生2時間後には約81万7000人がトイレに行けないようなトイレ不足状況になる、との<トイレ難民>記事。これもクライシス・マネジメントが必要な重要記事である。

 テレビニュースもそうだが、新聞紙面も暗いニュースが所狭しとひしめき、朝から気分が暗くなる。特に金融危機問題である。一体どうしてしまったのだ? という素朴な疑問がずっと心にわだかまっている。日本のファンダメンタルはいいはずなのに、なぜ日本の株が一番下がるのか? なぜ円高は今の時点で悪者扱いされるのか? 分からないことが多いから、日々の新聞で少しずつ勉強しようと思っているのだが、役に立つ記事は思ったより少ない。

◆内需型産業構造への転換と内需拡大策は違うのだ!

 28日朝刊でまず目を引いたのは読売新聞経済面[市場大波乱 どう立ち向かう㊦]<「円高不況」ではない>で取り上げた小島邦夫・経済同友会副代表幹事・専務理事、日本証券金融顧問のインタビューだった。小島氏は1960年東北大法学部卒業、日銀入行。1992年~96年までの理事時代にバブル経済崩壊後の金融システム問題と金融政策を担当した、という。東京都出身で70歳。聞き手は越前谷知子記者だ。

 小島氏は、

 <今の株価は日本の企業業績や金融システムの現状からはとても説明できないほど安い。アメリカの株価より下げ幅が大きいのは、明らかに行き過ぎだ。米国発の金融不安を背景に、外国人投資家が売っているのだろう。>

 として、

 日本経済の危機ではなく、あくまで株式市場の危機ととらえるべきだ。円高も、急激な変動は困るが、悪いことばかりではない。これだけ原材料価格が上がった時は特にそうだ。円安になれば富が出て行き、円高になれば、流出が止まる。輸出産業も、原材料価格が相対的に下がり、コスト削減の効果が出てくる。『円高即不況』という発想はそろそろやめた方がいい。

 と話す。いつも私が考えていることと同じことを言っている。

 <企業は「雇用」「設備」債務」の三つの過剰から脱却し、経営体質は強まっている。直近の収益水準は相当高く、そこから1割、2割下がってもなお(前回、株価が底を打った)2003年に比べ悪くない。中小企業向け融資は伸び悩んでいるが、日本全体で貸し渋りが起きているわけでもない。株式市場だけを眺めて大変だと思わないほうがいい。

 三つの過剰の解消。このために就職できない大卒者がたくさん出たり、非正規雇用が増えるなどの歪みを引き起こしながら、小泉構造改革政権はバブル崩壊からの脱却を国策として押し進めてきた。

 債務の解消のためには銀行の不良債務解消を最優先し、ゼロ金利を続けたため、国民の預金利子が銀行に召し上げられたのだ。そうした若年層や年金暮らし層の犠牲の上に、三つの過剰は解消された。決して企業だけが努力して解消できたのではなく、国民の犠牲を伴った国策の結果だったことは忘れないほうがいい。

 小島氏は、このまま放置すると企業の実態は悪くなくとも評価損などの形で収益悪化につながるおそれもあるので、株安は放置するな、と言い、

 <問題は、日本の投資家が株を買っていないことだ。新しい投資家が市場に入ってこなければならない。>

 として、財政再建の問題や社会保障財源、税制問題をきちんと議論して方向性を出さないと、国民は安心してお金を使えないのだから、キッチリやれ、と注文する。

 また、政府の株式市場対策にも注文し、思い切ってインサイダー取引規制の1か月の適用除外期間を設けるなどを検討してもいい、とこれはまた大胆な提案をしている。これはちょっと首を傾げざるを得ないのだが、

 <内需を増やす手だても必要だ。農業、医療、介護といった分野に、民間のお金が入りやすくすれば、企業は借金をして事業を拡大する。経済が回ることで、成長につながるはずだ。

 という提案にはうなずく。

 これは、読売新聞10月26日朝刊1面[市場大波乱 どう立ち向かう㊥]<内需主導で活路探れ>で加藤寛嘉悦大学長、慶応大学名誉教授が提案していることと似ている。

 加藤氏は、

 <日本経済には課題がある。内需の拡大だ。日本の強みである製造業が国内総生産(GDP)に占める比率は約2割しかない。これからは米国経済の減速で、自動車などの輸出(外需)は伸びなくなり、苦しくなる。円の急騰で株価が急落するのは、製造業に依存している構造があるからだ。

 と分析したうえで、

 <一方で日本経済は(内需型産業である)非製造業の生産性が低い。例えば、日本に1500兆円の個人金融資産があるのに、金融業界が活用できていない。アジアで飛行機の利用者が増えているのに、日本では(周辺各地への中継拠点となる)ハブ空港が整備できず、アジアの空港に客を奪われている。いずれも、不必要な規制があるからだ。>

 と、非製造業振興には規制緩和が必要なことを説き、

 <農業生産の拡大も重要だ。株式会社の参入を認めないと効率化できない。>

 と断言する。そして、内需拡大と言えば、今までは従来型公共投資のばらまき、所得減税、投資減税となったが、そうした政策では限界がある、という。内需を構造的に拡大させるためには非製造業分野の生産性を向上させ、海外から人やお金が入ってくるようにしなければならない、と言う。

 <逆に言えば、こうした部分が日本経済の伸びしろだ。日本経済の回復のカギの一つがここにある。>

 と言っていた。

 小島邦夫氏にしても加藤寛氏にしても内需型産業構造への転換が今の日本には必要だ、という意見である。これしかないのだろう。大量出血している患者への緊急輸血は必要だが、そのような救急医療と、体質改善をゴチャゴチャに考えては、将来がない、と思うのだ。

 日経新聞10月22日朝刊[大機小機]で「紙つぶて」氏の<冷静に、処方箋はある>も似たような主張だった。

 <「水鳥の羽音」ではない。危機は身近である。しかし狼狽売りが激しすぎはしないか。物事は行き過ぎることによってしか是正されない、という考え方があるが、それにしてもこのところの株式市場は、実体経済と著しく乖離した値動きだ。日本は自らのファンダメンタルな部分に自信を持つべきだ。>

 という書き出しで、80年代後半のバブル全盛時代、金融機関が理工系学生を大量採用したが、製造業の採用は困難を極めたこと、待遇が金融に追いつかなかったからであること、金融工学が登場して理数系に強い人間を採用せよ、と銀行が一斉に走り出したためという。

 それから10年、彼らはバブリっ子と呼ばれ、リストラ時代にむごい目に遭ったことを書いて、金融工学の先進国アメリカもこれから揺り戻しが始まるのだろうか? と問いかけ、

 <どこの国でも「行き過ぎ」と「一斉に走る」ことが好きなのだ。>

 などと書いた。

 そして、<今の時点で実需が伴わないマネーゲームの浮薄さを批判しても意味はない。犯人探しはあとでよかろう。>と、冷静さを持って、処方箋を探せ、と主張しているのだ。

 最後のくだりは日経新聞関係者の得意技かもしれないが、ここについての判断はペンディングにしておく。

◆どうして日本株はNY株より下落率が大きいのか?

 少し技術的な話になるが、

 <どうして日本株はNY株より下落するのか?>

 という素朴な疑問に答えた記事が、日経新聞2008年10月18日夕刊[市場の話題]<日本株、米国より下落率大きく/国内投資家層の薄さなど映す>だった。

 野村証券投資証券部の藤田貴一ストラテジストと立花証券の平野憲一執行役員、新光証券の三浦豊エクイティ情報部次長の話で記事を構成ししていた。3氏の話を総合すると、以下のような仕組みらしい。

 前日のNY市場で下げると東京市場で下げる。

 かつては下げ相場で買いに向かって相場の緩衝材となっていた個人投資家の層が薄いうえ、今やすっかり余裕を失っており、下げを止める力が弱まっていることが一つ。信用取引で株式を買った個人などの含み損益を示す信用評価損益率はバブル崩壊後で最悪の水準に悪化している。これで、東京市場は売買シェアの半数以上を占める外国人動向だけで動くようになった、という。

 空売りが関係している、という説もある。

 東京市場の信用売り残高は7500億円強(10日申し込み時点、1・2部合計)。東証1部の売買代金の半日分にも満たず、米市場に比べ極端に少ない、というのだ。売り残は相場急落時に利益確定を狙った買戻しにつながりやすく、これが米国市場の下げを和らげている面もあるようだ。

 銘柄特定も影響している。日本株は外需依存度の高い銘柄が中心で、円高も進行したため、米企業以上に業績が悪化する銘柄も多い、という。

 投資家層、需給、収益構造のどれもが厚みを欠く日本市場が株価急落の背景にあるようだ、というのが記事の結論だった。

◆世界経済の回復を牽引する企業は?

 日経新聞10月28日朝刊[大機小機]である。「三角」氏が<世界同時株安のあと>で、歴史に材を取った「役立つ話」を書いていたので、書き留めておこう。

 17世紀のオランダのチューリップバブルが弾けた後、チューリップは毛嫌いされ、画家は邪悪の象徴としてその花を描いた、という。また、20世紀の大恐慌時は、1929年10月の「暗黒の木曜日」に始まる株価暴落過程でも米国民の間に一時、株を悪とする風潮が広がったという。しかし、チューリップは世界に2000の園芸品種が流通する人気花として今も愛され、株式投資は世界の隅々にまで広がっている、と。

 「三角」氏の言いたいことはこの辺で大体、分かってくる。

 つまり、「証券化」「レバレッジ(梃子の原理)」が悪の象徴とされるだろうが、この先、証券化商品も借金による投資はなくならない、ということである。

 <リスクが見えなくなるほどの市場の過熱や商品・取引の透明性が問題なのであって、今考えるべきは足元の危機回避と再成長に向けた視点だ。>

 と、「犯人探し」を戒める。

 そして、世界危機回復の原動力になったのがどの勢力だったか、を歴史をひもどきながら、略述する。大恐慌後は米欧のモータリゼーション、20世紀末の通貨危機後はIT(情報技術)が成長を先導したのだ、と。そして、

 <今回は特定の産業、技術というより、産業、金融を問わず世界で需要と雇用を創造できる企業が世界経済の回復を牽引する可能性が高い。>

 という。その後が重要な指摘なのではないか、と思うのだが、

 <それには成長力を失った資本を余力のある資本が吸収する「資本の組み直しと集中」が必要だ。金融はすでに世界大再編が始まっている。産業も資金捻出を迫られている投資銀行やヘッジファンドから大量の事業会社株式が放出されるのを機に、大型の国際再編が加速するだろう。自動車では米投資ファンドが持つ米クライスラー株式の行方が目下の焦点だ。>

 <資本主義は危機のたびに資本を組み直し、集中することで生き延びてきた。これは本能だ。日経平均は27日、バブル後最安値を割り込んだが、株価にも企業の生存への意思が表れる。日本株でいえば、日本企業が世界再編に勝ち残ることができれば相場は中長期で上昇する。

 というくだりである。

 なるほど、という視点である。

 このような歴史に学びながら、現実をもう一度見つめ直し、現実を再構築する作業こそ大切なのだ、と思い知った。

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2008年10月27日 (月)

韓国が0.75%追加利下げ+李大統領「韓国に通貨危機ない」+牧氏の大胆論文~10月27日夕刊日経・読売+20日読売朝刊+21日毎日夕刊

 <韓国銀行(中央銀行)は27日午前、臨時金融通貨委員会を開き、政策金利を0.75%引き下げて年4.25%とすることを決めた。同銀は9日に、欧米など主要中銀による同時利下げと協調して0.25%の利下げした。米金融危機の影響で企業への貸出金利が上昇し資金繰り悪化の懸念が出ているため、追加利下げにより中小企業などの利子負担を軽減して十分な流動性供給を確保する狙いだ。>

 日経新聞10月27日夕刊2面<韓国、0.75%追加利下げ/金融危機/流動性供給を確保>の前文である。

 <利下げに併せて、韓国ウォン相場の急落に伴いデリバティブ(金融派生商品)などで損害を被った輸出業者に決済のため新たな外貨融資を認めることや、運転資金の外貨融資も満期を1年間延長することなどを柱とする対策を実施する方針だ。>

 ともあった。ベタ記事だったが、そのあとの<来年度減税8500億円規模/韓国大統領が意向>の後半部分のほうが深刻さを感じさせた。

 <(韓国の李明博大統領は27日の国会施政方針演説で)米金融危機の対策として「積極的に国際協調を進め、市場が不安から脱するまで流動性を十分に供給し内需を活性化させる」と表明、「韓国に外国為替の危機はない」と力説し、景気後退懸念など心理的に過剰な反応をしないよう国民に訴えた。>

 という記事である。

 読売新聞夕刊2面はこの大統領演説を2段記事<「韓国に通貨危機はない」/李大統領が施政演説>で報じていた。

 <韓国の李明博大統領は27日午前、国会で施政方針演説を行い、1997年の通貨危機が再び起きるのではないかとの懸念を否定するとともに、起業支援策をはじめとする雇用創出のため、前年比22.7%増の4兆2000億ウオン(約2830億円)投入などを盛り込んだ2009年度予算案を承認するよう与野党に訴えた。李大統領は、通貨危機再来の懸念について、「現在の韓国に通貨危機はないと断言する」と述べた上で、9月までの原油高と外国人投資家の株売却で経常収支が赤字になったものの、「外貨保有高は2400億㌦と8%減にとどまった」と指摘した。>

 という内容である。韓国の外貨準備高が明らかになった。

 そうは減っていないじゃないか、というのが率直な印象である。

 しかし、大統領演説を深読みすると、いまだに国民の間に外国為替に関する不安、デフォルト不安が根強く渦巻いている、ということが明らかになった、とも言えるのではないか。

 民団新聞が報じていた海外同胞にウォンを買わせる政策というか、苦心の策である。まだあの騒ぎは続いているのだろうか?

 あの騒ぎが気になって、少し前の新聞を読み返してみたら、関連記事がいくつか見つかった。

 少し古い新聞記事だが、ここに引用しておく。

 一つは読売新聞10月20日朝刊[アジアスコープ]<韓国経済 癒えぬ通貨危機の傷>で、木村幹・神戸大学教授(朝鮮半島地域研究専攻)の寄稿である。

 <今から1か月半ほど前のことである。韓国では、公然と「9月危機説」なるものが囁かれていた。通貨危機を経験した韓国では、10年後の今年9月に、大量の外国保有債券が満期を迎えることになっていたからである。満期日は9月10日に集中しており、一部の新聞は、この日に第2の通貨危機が訪れるかのように報じていた。>

 という書き出しである。

 なるほど、韓国危機説の出所がやっと分かった。

 そうかぁ、10年前の「負債」をまだ引き摺っていたのか。

 しかし、自国の通貨危機を確定的なことのように報じる韓国マスコミもマスコミである。そういう方面では愛国心のかけらもないのだろうか? あれだけ竹島(韓国名・独島)について愛国心を訴え、日本を批判しているのに、自国通貨ウォンを強くしよう、という意志が感じられない。

 それは兎も角、木村論文は続けて、韓国は9月10日を無事に乗り切った、外国資本は有していた債券の大部分を韓国に再投資し、通貨危機の可能性は彼方に去ったかにみえた、と書く。

 しかし、リーマン・ブラザーズが9月15日に破綻した。外国資本が韓国関係の債券の買い替えを行ってから僅か5日後だった。

 木村氏は「韓国は幸運だった。もし、9月10日と15日の出来事が入れ替わっていたとしたら、韓国は大変な危機に直面していただろう」というある韓国関係者の言葉を紹介していた。

 木村氏はこのことは韓国経済がいまだに大きなアキレス腱を抱えていることを明らかにした、一旦負った通貨危機の傷はまだ完全に癒えていないことを改めて世界に示した、という。

 だから、今回の金融危機でも韓国の市場は不安定な動きを見せ、ウォンが不安定な動きを繰り返したのだ、と書いている。円に対するウォンの価値は1年余りの間に半減したことになる、とあった。急激過ぎる変動だ。日本も困るが、韓国企業もお手上げだったのではないか。

 <明らかになったことは、豊かになった韓国が、依然として国際社会からの十分な信頼を獲得していない、ということである。危機が起こる度に、韓国ウォンが市場で買い叩かれる。>

 と、木村氏の見方は厳しい。OECD加盟国であり、先進国の仲間入りしたのに、そのような国際的信認がついてこない悲劇。木村氏はEUのような東アジア通貨圏を構想しているらしいのだが、結びの言葉はこの構想への絶望感に満ちている。

 <そのことは、例えば、まだまだ東アジアでは欧州のような共同通貨の導入が難しいことを意味している。不安定な韓国や中国経済を抱え込む余裕は、自らの不況から完全に脱していない日本にはない。東アジアにおける欧州のような経済統合は、まだまだ先のことになりそうだ。>

 という結びである。

 このコラムを読んで、韓国通貨危機再燃の動きがどのように起こったのか、危機一髪だったのか、が理解できた。通貨問題というよりも、メディア論である。

 そして、不可解だったのは毎日新聞10月21日夕刊特集ワイド面のコラム[牧太郎の大きな声では言えないが…]<ウソの礼儀?>だった。

 牧太郎専門編集委員はここで、

 <テロ支援国家指定解除とほぼ同時進行の金融パニック。幾つかのチャンネルで、米国は日本が保有する全外貨準備高に匹敵する莫大なドルを融通してくれ!と頼み込んだハズだ。米国が韓国にリーマン債券の資金を求め、断られたのが9月9日。韓国金融監督委員会の全光宇委員長は韓国産業銀行に対し「リーマン株取得は現時点では極めて慎重に取り組まれるべきだ」と主張していた。それが、今回の世界同時株安の引き金。水面下で日本にも巨額な無心をしたことは想像に難くない。>

 と書いている。

 初耳である。私が見過ごしたのかもしれないが、大手新聞の1面~経済面で韓国がリーマン・ブラザーズ救済を請け負って、放り出したから世界同時株安になった、など出ていなかった、と思う。

 これが事実ならば、大きなニュースではないか。なぜニュース面に出なかったのか? 牧氏はどこでこのニュースを取材したのだろうか? 韓国なり米国なりに相当のディープスロートがいるのだろう、と思う。しかし、韓国のリーマン救済劇失敗と、今回のウォン危機…、何か「できすぎ」のようでもある。

 27日夕刊の話題に戻る。

 李明博大統領がいまだに気にして、施政方針演説で国民に平静さを訴えた意味は何なのだろう?

  もう一波乱ある、ということなのか? そういえば、ASEM会議での日韓首脳会談で李明博大統領は麻生首相にしきりと多国間枠組みでの為替協力を申し込んでいたなぁ。あれは、いまだにウォン危機が収まらないからなのか? 分からないことが多い。

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ホテルバーでの飲食を難詰する前にやることはあるはずだが…~新聞各紙への注文

 新聞各紙が麻生太郎首相について毎夜毎夜、高級ホテルのバーで葉巻を吸いながら、酒を飲んでいるのはけしからん、とそろって「ケシカラン罪」で”起訴”しているのを見て、実は「さもしいなぁ」という気がしていた。

 どうして、さもしい気がしたのか、私自身、どちらかといえば中の下程度の月給生活者なのに、おかしなことだ、と自分で自分の気持ちを不思議に思っていたのだが、毎日新聞10月27日朝刊を読んで、その解答らしきものが少しだけひらめいたので、書いておく。

 毎日新聞2面コラム[風知草]<アフター5の悩みごと>である。

 筆者の山田孝男専門編集委員は、

 <麻生の気分をめぐるこれらの逸話が映し出すものは、解散日程をめぐる麻生の逡巡と、資産家首相のアフター5という格好の話題に群がるメディアの天下太平である。>

 とやっぱり、こんな質問しかできない政治記者を「天下太平」と軽蔑しているようだ。

 そして、政治学者・高坂正尭氏が「宰相 吉田茂」で麻生首相の祖父、吉田茂元首相について述べた言葉をそのまま引用していた。

 「要するに、国民は白タビや葉巻や暴言などを通じて、彼が強い信念を持ち、変動する時代のなかで筋を通してきた人物であることを感じとり、そうした人物を必要としていると判断したのであった」

 である。山田氏のコラムの結語は、

 <麻生は民心をつかめるか。信念を明らかにする刻限が近づいている。>

 だったが、それはさておき、当時は吉田茂のワンマンぶりに対し、まだまだ高給取りであり、地位もプライドも高かった新聞社の政治記者がいつも噛み付いていた時代だった。いわゆる「大記者」が跋扈していた時代である。反吉田で党人派といわれた河野一郎氏らの大幹部政治家と談合し、吉田引き摺り下ろしを画策した記者もいた、と聞く。

 その当時の雰囲気を知って、高坂氏の文章を読むと、味わいが増すだろう。

 あれだけ嫌われながら、長期政権を保てたのは、「永田町の論理」ではあったものの、その裏には庶民たちの「嫌いだけども、子供たちの将来の生活のために、今は我慢しよう。吉田はけしからんが、東条よりかははるかにましだ」という諦念と期待感がないまぜとなった複雑な心理があったのだと思う。その点をリアリストである高坂氏が見事に見抜いて、ズバリと書いた点が、時代の波に流されない秀逸さだったのである。

 翻って、今の政治はどうなのだろうか。

 日本が今にも沈没するかのような経済週刊誌の広告が電車の中吊りや新聞広告で目に飛び込んでくる。テレビをつければ、株の値下がりと円高を騒ぎまくるキャスターの声がうるさい。

 本当にそうなのか? 少なくとも表面上だけ見ていては、誰も「本当はどうなのか」を考えていないように見える。

 円高だ。それも円独歩高である。確かに輸出産業を直撃しているし、その下請け企業も苦しい。政府は対策を取らねばならない。しかし、原油価格は下がっており、円の値打ちが上がったということは、原料価格がなお下がる、ということでもある。円高メリットを最大限生かすためには、東京外為・証券市場の拡充が不可欠でもある。

 「内需拡大が必要」「外需依存から内需への転換」と念仏のようにとなえているのに、具体策が出てこない。政府の対策を見れば、公共事業への依存ばかりが目立つ。なぜ、今、有効性が否定された公共事業なのか? それしかないから、仕方ないじゃないか、という回答が聞こえてきそうだが、そんなことはない。

 以前も書いたが、医者不足解消へ国費をつぎ込むべきで、少子化逆転へ女性の働きやすい環境を今年から整備すべきなのだ。そのための補正予算だったら、反対する政党が逆に批判されるだろう。即効性がない、という反論が出るかもしれないが、そんなことはない。

 と力説しても、そうはならない。

 この堂々巡りのイライラ感を解消してくれるのは麻生首相なのか? それとも、自民党政治では無理だから、混乱必至でも解散総選挙に突入して、がんを切除する荒療治が必要なのか? 

 本当に問われているのはそこの部分なのだと思うのだが、メディア、特に政治部記者にはその理屈が分かっていないのではないか? もともと政治記者は政局には強かったが、経済音痴がそろっているというから、そのような下世話な記事が中心になるのは、ある程度仕方ないのかもしれないが、もう少し中長期的視点でものを見ないと日本はもっともとおダッチロールする。

 その意味では日経新聞10月27日朝刊4面[世界この先 500年の歴史に学ぶ]は良かった。

 <16世紀~銀を制したスペイン>、<18世紀~「世界の工場」英国が君臨>、<20世紀~「米国の世紀」行く末は?>の項目別に<覇権国家の栄枯盛衰>を綴り、<画期的な発明・発見/社会に大きな変革>の記事では<時代切り開いた技術革新>を特集。それに今注目を集めている<バブル生成と崩壊>も1項目に入れて、長期的なスパンで1ページ特集を作っていた。読ませた。読者の思考を刺激して、新たな方策を考え出す糧にしようという発想が素晴らしかった。

 ポール・ケネディではないが、こういう危機の時代こそ、過去に学び、そこから教訓を得て、新たなパラダイムを創出すべきなのだ、と思う。「大国の興亡」だって、アメリカが沈んでいた時に、過去に学ぶために出版したんだったなぁ、と思い出したりした。

 麻生氏の毒にも薬にもならないプライベートの行動ぶりに一斉に注目して、紙面に大々的に掲載するよりは、このような前向きな特集をどんどん展開するよう、他紙にも望みたいものだ。

 それに、政治家って結果責任が問われるんでしょ?

 麻生政権って、できた時にはフラフラの、いわば、点滴を抜いたら死んでしまうような「選挙管理内閣」だったと思うのだけれども、そんな弱体政権にもかかわらず、麻生首相は本気で日本の危機管理をやろうとしているのか、できると信じているのか? それとも一連の言動は総選挙向けのパフォーマンスに過ぎないのか? その見極めこそ大事なのではないか。

 政治記者はそこに思い切り踏み込んで、麻生氏の本心と実現可能性を徹底的に抉り出してほしい。それが政治報道だと思うのだが。

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2008年10月26日 (日)

書評「創価学会の研究」玉野和志著(講談社現代新書)

 2008年10月20日第1刷発行、定価756円。

創価学会の研究 (講談社現代新書 1965) 創価学会の研究 (講談社現代新書 1965)

著者:玉野 和志
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 表紙裏の略歴によると、玉野和志(たまの・かずし)氏は1960年石川県金沢市生まれ、東京都立大学人文学部卒、東京大学大学院社会学研究科博士課程中退、東京都老人総合研究所、流通経済大学を経て、現在、首都大学東京人文科学研究科社会行動学専攻社会学分野教授、社会学博士、著書に「東京のローカル・コミュニティ」(東京大学出版会)、「実践社会調査入門」(世界思想社)、「近代日本の都市化と町内会の成立」(行人社)がある。

 講談社現代新書の10月の新刊4冊の中できっと一番売れているのではないか、と思ったのだが、案外、そうではないかもしれない。最近の傾向で「帯」が大きく、上5センチを除く表紙を覆っている作り。帯によると、

 <批判でも賞賛でもないはじめての学会論!/社会学者が知られざる実像に迫る!/なぜ日本社会は学会を嫌うのか。勤行、教学、折伏、財務―学会員の日常とは、保守化、巨大化した組織のゆくえは、>

 <現世的幸福の追求、強烈な上昇志向 日本社会は彼らをどう扱ってきたか>

 とあって、裏の帯に目次がそのまま出ている。なるほど、このような作りが今の新書の流行なのか。でも、帯の目次は詳しくないので、本物の目次を書き写しておく。

 はじめに

 1章 学会員たちの信仰生活

 1 学会員になるということ(P12)座談会に誘われて/入会の手続き/学会員であるということの証―勤行/勤行とお題目/勤行とお題目をめぐる教義/勤行とお題目の効用/会員としてのつとめ

 2 学会員たちのプロフィール(P30)ごく初期の会員―中村はつえさんの場合/学会を古くから知る会員―吉田幸夫さんの場合/二世の青年部会員―若松弘樹さんの場合

 3 「幸せにするシステム」(P46)幸せになれる宗教/「幸せにするシステム」としての勤行と座談会/「幸せにするシステム」としての教学/「幸せにするシステム」を必要とした人々/信仰にともなう軋轢/創価学会と日本社会の特質

 2章 創価学会の基礎知識

 1 創価学会の歴史(P58) 牧口常三郎と戸田城聖/上昇意欲に富んだ民衆にこたえる宗教

 2 日蓮と日蓮宗(P62) 日蓮の生涯/度重なる迫害と法難

 3 創価学会の組織(P67) 「機構」と「組織」/財務と供養

 4 創価学会と公明党(P73) 政界への進出

 5 創価学会バッシング(P76) 言論出版妨害事件/田中角栄と美空ひばり/創価学会側の対応/批判に共通するイメージ/共産党との確執と協定

 6 内部からの告発(P89) 創価学会の盗聴・諜報活動/宗門との確執―第一次宗門戦争/日蓮正宗からの分離―第二次宗門戦争

 3章 創価学会についての研究

 1 初期の創価学会研究(P102) 佐木秋夫、小口偉一『創価学会―その思想と行動』1957年/鶴見俊輔『折伏―創価学会の思想と行動』1963年

 2 学術的な研究と評価(P112) 村上重良『創価学会=公明党』1967年/鈴木広『都市下層の宗教集団』1963年、1964年/塩原勉『創価学会イデオロギー』1965年/梅原猛『創価学会の哲学的宗教的批判』1964年/ホワイト『創価学会レポート』1971年/杉森康二『研究・創価学会』1976年/谷富夫『聖なるものの持続と変容―社会学的理解をめざして』1994年/島田裕巳『創価学会』2004年

 3 海外における創価学会研究(P143) ウィルソン&ドベラーレ『タイム トゥ チャント―イギリス創価学会の社会学的考察』1997年/ハモンド&マハチェック『アメリカの創価学会―適応と転換をめぐる社会学的考察』2000年

 4章 創価学会の変化

 1 創価学会の変遷(P152) 会員数の推移/学会員維持の条件/学会員の社会的地位の上昇

 2 日蓮正宗からの分離(P161) 地域社会との関わり方の変化

 3 地域における自公連立(P166) 自民支持層との地位の接近

 4 公明党の政治的変遷(P169) 大組織に守られない労働者を組織/岐路と選択/一貫する反共と支配層への接近

 5 学会員の階層的地位の上昇(P175) 個人としての上昇か、階級としての向上か

 5章 これからの創価学会

 1 自民党との接近(P182) 小泉改革と創価学会の位置

 2 自民党とよく似た構造(P186) 同じ矛盾を内包

 3 自民党とよく似たトリック(P190) 田中角栄と池田大作/伝統と革新

 4 「ポスト池田」と日本の政治構造(P196) ヨーロッパにおける差別と平等の観念/福祉国家の崩壊と社会的な民主主義の模索/格差社会の新しいロジックを求めて

 あとがき(P206) 参考文献(P210)

 と、以上である。

 目次を見ただけでも大体の内容は推察できる。つまり、この本は「創価学会トンデモ本」ではなく、学問的に新興宗教としての創価学会とその政治結社として出発した公明党を分析しようとした本である。

 内容の略述は目次で終わらせて、あとはポイントだけ書き記す。

 特に玉野氏の大胆な仮説に相当感銘を受けたのだが、だったらどうなのか?と疑問を持った点が中心になる。

 ただ、最初に書いておかなければならないのは、「ちょっと羊頭狗肉じゃない?」という著者への文句というか、ないものねだりの注文である。

 というのは、玉野氏は、「はじめに」で、

 <創価学会の歴史の中には人々の誤解や中小を招くことがなかったわけではない。しかしその程度のことはある程度の組織であれば、どこにでもあることである。むしろ私はそれをことさらに問題視する日本の社会のほうに、あるおもしろさを感じたのである。人々はなぜ創価学会を嫌うのか。そこにわれわれ日本人と日本の社会を理解する鍵が隠されているように思えたのである。>(P3)

 と、この本を書くに至った問題意識を記している。また、

 <これまでの創価学会をめぐる多くの言説のように、教義の妥当性がどうとか、宗教思想としての深みをうんぬんすることよりも、創価学会が実は会員に対して毎日の具体的な行為を指し示し、そこに宗教的な信心の核心を置いてきた点にもっと注目すべきなのである。>(P27)

 <「幸せにするシステム」は、いったん学会員になった人にとってはきわめて頼りになるものであるが、外の世界の人々にとってはやはり気味の悪いものであることは否定できない。選挙のときや唱題会などで多くの会員が一心不乱に題目を唱える姿は、異様といえば異様である。罰が当たると脅すようなこともあっただろう。脱会者に対する監視やいやがらせ、元会員による告発も跡を絶たない。とりわけ他の宗教に対する不寛容な態度はしばしば問題にされるところである。>(P53)

 <それらはいずれも社会的に孤立した人々が内部の結束を固め、かつ外部に対してあきらめることなく、攻撃的なまでに積極的に働きかけるときに生じる「信仰ゆえの軋轢」と考えられる。>(P54)

 <ひょっとしたら、このようなふるまいがことさら軋轢をもたらすのは、日本という社会の持つ特質なのかもしれない。…イギリスやアメリカの創価学会では、むしろキリスト教的な厳格さとは異なった、創価学会の座談会などに見られるフランクな雰囲気に魅力を感じるという会員が多い。アメリカの研究では、過激なセクト主義的傾向の強かった新宗教運動の中で、アメリカ社会への柔軟な適応をはたした典型的な教団として創価学会が取り上げられている。他方、日本の社会が異なる文化や宗教を持つ外国人にとって、きわめて住みにくい場所であることは、つとに指摘されることである。>

 <いずれにせよ、日本の社会においては、創価学会のような、はっきりとした思想・信条のもとに社会的に結束した集団は何かと世間との間に軋轢をもたらすものなのである。それは不思議なことに、創価学会が最も激しく対立した労働組合や共産党と非常によく似ている。>(P55)

 <創価学会について論じる知識人たちの言説がつねに「遅れた庶民の意識」へと水路づけられていくことと対応している。そこで難詰されるのは、時代によって少しずつ内容を変えていくが、いずれも社会の底辺に位置する人々がやりそうなことなのである。創価学会はつねにそことのつながりを疑われていく。…つねにそのような位置に置いておくことで安心する「世論」とか、日本の社会はどのようなものだろう。筆者が創価学会を通して考えてみたいのは、実はこの問題なのである。>(P83)

 と、著者は本書の様々な箇所で違う表現をしながらも、同じような問題提起を繰り返している。

 つまり、もしかしたら、問題は創価学会にあるのではなく、創価学会を入り口で拒否する日本人の心にあるのではないか、という重要な問いかけなのだ。

 これは重要である。

 著者が書いているように、これはひとり創価学会にとどまらず、日本共産党への恐れと拒否感、少しレベルが違うが、田中角栄や美空ひばりを尊敬しつつ馬鹿にする心性とも通じているのだろうし、もしかすると、被差別部落差別意識や在日朝鮮人差別意識にもつながるものかもしれない。

 ここを突っ込んで分析してくれたのか、と思いきや、残念ながらこの問いに対する答えは最後まで書いてなかった。

 新書という枚数の制約があったのあろうが、いずれこの点についての著者の本格的研究を望みたい。

 それはさておき、著者の仮説で「なるほど」と思った部分をピックアップしておく。

◆創価学会問題は労働者階級の問題だ

 端的に書いてあったのは「あとがき」(P207)だが、その前にも何箇所かで同じような見解を述べている。

 <日本では、ヨーロッパのように労働者が自ら労働者階級に留まり、世代的に再生産していくことを望み、それゆえ労働者階級全体としての生活の保障と向上を求め、国家の法制度の中でそれを権利として獲得しようとする意味での労働運動が力を持つことはついぞなかった。そのような、アジアやアフリカの経験からすると、むしろヨーロッパに特異な現象が起きるためには不可欠な、中産階級=ミドルクラスの一部が労働者たちの生活と社会にある種のリスペクトを抱いて接近し、これと連帯するということが、日本ではついぞ確立することがなかったのである。>

 <日本の労働者は、知識層からの援軍も仲間との連帯もあてにせず、つねに激しい競争の中に身を捧げ、労働者としての生活から個人の努力だけで抜け出そうと努めてきた。それゆえ結果として貧しい生活から抜け出せなかったのはすべて自分が悪いのだと自らを責め、世間や国家に対して最低限の生活の保障すらも要求することをはばかってきたのである。その裏側には、確かにある程度の労働者が首尾よく中間層へと上昇することができたというある時期までの歴史的偶然が作用していた。創価学会に結集した人々は、そのような社会的地位の上昇を達成することのできた最後の労働者であると同時に、もはや上昇の道を望めなくなる最初の組織された労働者になるのかもしれない。>

 <そのときに、はたして中間層へと上昇した人々と、そうでない人々との間に、何らかの関係が構築できるのかできないのか、そのことが改めて問われてくる。これからおそらく避けることができなくなる日本における格差社会の固定化や移民の流入と定着を認めざるをえなくなる将来において、明らかに階層や民族の異なる人々がそれでも互いに誇りを失うことなく平等に暮らすための何らかの新しい思想が生み出されなければならない。そのときに、創価学会が培ってきた思想が、本当に取るに足りないものかどうかが試されるのである。>(以上、P207~209)

 著者は創価学会は高度経済成長が増殖させた宗教団体だ、と言う。

 農家の次男、三男が工業地帯や流通業、商業で工員、従業員となって都会に来る。

 身寄りもなければ、頼る人もいない。まず地域コミュニティがない。そんな時に、捨ててきた村落共同体の擬似集団としての創価学会が「座談会」などを通じて地方出身者の心に安心とやる気を出させた。

 かれら、小企業の従業員らは大手組合員や公務員らが組織する労働組合には入れなかった。本来は労働運動はこうした労働者を包摂すべきなのに、

 <社会党は大企業や官公庁の組織労働者を中心としているので、共産党、創価学会が特に支持者を奪い合うことになっていた。>(P86)

 というのだ。この部分は重要だと思うので、ちょっと長いが原文を引用しておく。その中では、中国共産党がなぜ創価学会を重視するか、著者なりのユニークな解答を出しているのが注目されるところだろう。

 <(公明党の中では)公明党の政治的位置は、ある意味では明確に規定されてきた。自民党が大資本や富裕層の利害を代表するのに対して、社会党は特権的な組織労働者を代弁するだけで、組合すら持たない大多数の中小零細企業の従業員や自営業者などの庶民は政治的に棄て置かれてきた。公明党はその庶民の声を国会に届けようとするものであると。それゆえ、当初、素人集団と揶揄された公明党が最初に存在感を示すのは、自民党から社会党に国会対策費の名目で流れるお金があるのではないかという告発であった。>

 <いわゆる左翼の人々はあまり認めたがらないが、日本の革新陣営の主力は組織労働者で、しかもそれは大企業と公務員の世界にしか存在していない。つまり本来の労働者階級というよりは、比較的恵まれた労働者のみが組織されたものなのである。

 <他方、本来の労働者というべき庶民の一部で比較的成功した自営業者は自民党が組織し、中小零細企業の労働者はわずかに共産党が組織していただけであった。だから、民商(民主商工会)を中心に共産党が躍進したことが自民党にとってはいちばんの脅威であったし、後に公明党と共産党が激しく対立することになるのもそのためである。>

 <これに対して、当時の社会党を中心とした革新勢力は、そのような中小零細自営の人々と比べるならば、考えられないほど安定的な雇用を保障されている公務員が、さらにスト権すらも獲得しようという闘争(「スト権スト」)に血道をあげていたのである。

 <この意味で、本来の労働者階級ともいうべき庶民を組織しつつあった創価学会を支持母体とする公明党が、いかなる政治的な位置を占めるかはきわめて重要な問題であった。事実、その後の日本の政治はよかれあしかれ公明党のふるまいにそって展開してきたと見ることもできる。とりわけ日本の保守勢力にとって、創価学会や公明党がどちらの立場に立つかは特別に注意を要する問題であった。>

 <本来の労働者階級を組織しつつも、社会党や共産党とは一線を画す「反共の砦」となるのか、はたまた社会党や共産党が組織している期間労働者や反体制的な知識人と結んで真に革命的な勢力を形作ってしまうのかは、国家権力や支配層にとってはのっぴきならない死活問題だったのである。>

 <だからこそ、言論出版妨害事件の際に自民党幹事長田中角栄はあそこまで竹入公明党委員長のために働いたのであり、池田大作によって主導された「創共協定」の存在が明らかになった時、公明党はある程度池田と創価学会に背いてまで、共産党との共闘がありえないことを保守勢力に対して確約しなければならなかったのである。

 <創価学会が日本において本来の労働者階級を組織した団体であったという、ここでの筆者の理解は、日本ではとうてい受け入れられるものではないだろう。しかし、中国の革命家たち(とりわけ周恩来)は早くから創価学会という団体に特別の注意を払い、社会党でも共産党でもなく、池田大作や公明党を頼ることが多かったのである。>(P169~171)

 こうした戦後の社会史は面白い。今までの有力な解釈は時代の変化の中で塗り替えられていく。もしかすると、著者の解釈は10年後、20年後の戦後社会史論で有力説になっているかもしれないなぁ。

 ここまで、相当に文字をパソコンに打ち込んだため、腕と手が疲れたので、後は、内容のダイジェストを項目だけに省略させてもらって、列挙しておく。

◆創価学会の初代会長の牧口氏の思想は新カント派の思想だ。

 真善美の「真」を除き「利」を入れた。牧口氏はもともとは学校の先生だったし、会も主に教師を中心とした勉強会だったが、太平洋戦争に至る過程の大政翼賛会運動や特高警察の弾圧の中であえなく組織は壊滅、牧口氏は獄死した。

 何とか生き残った戸田2代目会長は「学校の先生などのインテリは頼りにならない」と、底辺で這い蹲って暮らす真の労働者をターゲットに「幸福になれるシステム」で入会者を増やす方法論に転換した。

 だから、教義はもともとは日蓮宗から出た、というわけではない、新カント哲学なのだ。しかし、「真善美」の「真」が欠けてしまっているので、日蓮宗の法華経の教えで「真」を穴埋めしただけだった(?)。だから、日蓮正宗との絶縁に際しても、世間が思うよりはスムーズに進んだ、という。

◆牧口、戸田氏は世襲否定を何度も説いた。それに共鳴する信者が入信したケースもある。→ポスト池田って、子供ではないのか?

◆創価学会研究の白眉はホワイトの「創価学会レポート」なのだが、学会バッシングの嵐が吹き荒れる中、こうした学術研究は顧みられず、捨て置かれているのがもったいない。欧米での学術的研究の方が今は進んでいる。

◆能力はあっても経済的な事情から上の学校に進めなかった多くの人々にとって創価学会における「御書」を中心とした言語の修得を伴う教学のもった意味は大きく、学校PTAなどで、大学卒の先生や、上の女学校を出た他のお母さんたちとも気後れせず、平気で話せるようになった。これも創価学会が重視する「実利」の一つだ。(P33)

◆かつては「病人と貧乏人の集団」と言われたような異様な集団だったことは事実だが、高度経済成長の間、学会の教えを守って地道に働いた学会員が多く、豊かになった人も多い。今では会員は相当に階層的に上昇している、と推測されるが、データはない。

 なぜそう推測できるか、といえば、当時から上昇志向の強い人たちが集まっていたから、階層的に上昇できたという。

 今では公明党支持層(=創価学会員)は自民党支持層とそうは変わらない社会階層となっている、という。

 しかし、池田大作氏は創価学会のエリート集団化を嫌い、あくまで「庶民の創価学会」であることをレゾン・デートルにしている。

 そうしないと創価学会は変質してしまう、と池田氏には深い危機感があるようだ。しかし、これが国家公務員キャリアや弁護士、医者などのエリートたちと池田大作氏との軋轢を生んでいる、という。

 …などが主な内容だろうか。創価学会員の一日、とか、学会の組織なども詳しく書いてあった。少しロングスパンで創価学会を考えるには参考になる本だ。

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2008年10月25日 (土)

 リチャード・クー氏の提案(読売新聞1面)に共感+朝日新聞ルポで危機の影響を知る+[大機小機]の見解~10月25日朝刊から

 予想通り、10月25日朝刊1面トップは各紙そろって<円急騰、一時90円台>だった。<東証811円安、終値7649円>が並ぶ。<バブル後最安値目前>(毎日新聞・読売新聞)までは事実関係。原因と見通しも見出しになっており、<悪循環歯止めかからず>(朝日新聞)、<消去法で円買い、株安「負の連鎖」>(産経新聞)というところが目に付いた。

◆暗さを強調する毎日新聞…一体、どうすればいいのか?

 毎日新聞3面[クローズアップ]は<東証5年半ぶり8000円割れ/「ソニー売り」引き金/円高 大幅に業績下方修正/輸出依存企業に負の連鎖>と、これでもか、という悲観的な言葉が並ぶ。

 <ソニーは23日夕、09年度3月期連結決算の営業利益見通しを前回予想の4700億円から2000億円へと57%引き下げた。08年度下半期の想定為替レートを1㌦=約105円から約100円に、ユーロは1ユーロ=約160円から約140円にそれぞれ変更した。>

 <1円の円高・ドル安は40億円の営業利益減、1円の円高・ユーロ高安は75億円の利益減となる。他の通貨を含めた為替の変動で1300億円の利益が吹き飛んだ。>

 24日の東京株式市場でソニー株は取引開始直後から売り込まれ、ほぼ13年ぶりの安値水準となった。

 東京株式市場は前日の取引でニューヨーク株が下がれば下がり、上がれば東京も上がる「NY写真相場」と呼ばれる。外国人投資家が売買代金の6割以上を占め、海外の市場動向に影響を受けやすいためだ。だが、23日のNY株は172㌦上がったのに、東京は「ソニーショック」の大きさに勝てずに、「NY鏡相場」は終焉、パナソニックやトヨタなど輸出関連優良株が総崩れとなった。記事は<ソニーショックは後を引きそうだ。>と不気味な予言をしていた。

 「NY写真相場」とか、「鏡相場」とかは、時系列で上げ幅下げ幅をグラフにした日経新聞1面などを見ると一目瞭然だった。ちょうどサイン、コサイン、タンジェントや心電図のグラフを見るようになだらかな上下動カーブが続く展開が相当の期間続いた。それが途絶えたのは実は今回が2回目なのだが。

 それにしても毎日新聞紙面の悲観論一辺倒はただ事ではない。経済面の見開きが<市場を覆う悲観論/東証7000円割れ予測も>と<米雇用悪化が加速/大手企業相次ぎ人員削減>。そのほかにも<スーパー安売り消耗戦/縮む消費、奪い合い>などは、安売り合戦自体は消費者にはいいことなのに、どうしてこういう見出しがつくのか、私にとっては「?」である。

◆吉野教授の資金アジアシフト論、では何をすればいいのか?

 その毎日新聞経済面企画[金融崩壊 識者に聞く]で吉野直行・慶応大学教授が世界的な株安について、

 <長年続いてきた世界的な資金の流れが背景にある。日本や中国は貿易黒字でためこんだドル資金を米国に投資し、この還流資金で米投資銀行やヘッジファンドがアジアやその他の新興国などに再投資してきた。しかし、金融危機で米投資銀行やファンドは市場から一斉に資金を引き揚げており、日本、アジアも急激な株安に見舞われている。>

 <欧米への過度の資金流出が今回の金融危機を深めたことを考えれば、アジア地域で資金が還流し、経済成長を促す資金の流れを構築することが必要だ。日本は中国や韓国と連携し、アジア債券市場の強化などをリードしていくべきだ。実体経済面では、日本はアジアとともに、欧米への輸出に依存しない成長構造を探るべきで、これらの取り組みが世界の金融経済の不均衡を是正し、危機の再発防止にも役立つ。>

 と、サラリと言っていた。

 サラリと読んでしまえば、そんなもんかな、で終わるけど、実はものすごいことを言っているんじゃないか?

 つまり、チェンマイ・イニシアティブの強化などというレベルを超えて、円と元が支えるアジア通貨圏をきっちり作れ、ということなのではないか? そうしないと貿易黒字の米国への還流などは止まらないはずだから。

 円、元で通用する経済圏をアジアに作り、 資金を自然に回すという構想だろうが、米国はこれを許容するのだろうか? 宮沢内閣のアジア経済圏構想を寄ってたかってつぶしたクリントン政権のサマーズ氏らがオバマ政権では、また通貨・金融・経済の責任者になる可能性が高いのではないかと思う。

 オバマ政権は日本に通貨のアジア太平洋支配を許すほど米国経済が傷んでいる、と認識しているか、と言えば、そうではない、と思う。

 円高・ドル安だけを見ていると勘違いするが、ドルは世界的には高い。

 ドルの信認は今のところは揺らいでいない。

 軍事、外交と並んで通貨を安全保障の三本の矢と心得る米国は日本に通貨圏のような重大な事項で譲ることはない、と思う。

 「資金還流」も「言うは易く行うは難し」の典型なのだと思うのだ。

 それに、この提言は今の事態への緊急提言ではない。今から手掛けなればならないが、効果は10年、20年後に出てくるかもしれない、という遠大な長期計画としては日本として取り組むべき政策だとは思うのだが…。

◆朝日新聞の日本の各地ルポは読ませた

 朝日新聞10月25日朝刊1面→経済面の企画[金融危機 世界同時不況]は今回は日本国内の貸し渋り、金詰りをルポしていた。

 内容をかいつまんで書き出しておく。

 1面見出しは<融資途絶え 消えた職場>である。

 茨城県日立市の大型商業施設「さくらシティ日立」の運営会社から9月下旬、約30のテナントに施設閉鎖通告がされた、と。リーマン・ブラザーズのグループ企業から約20億円の運転資金を借りていた運営会社への融資がストップ、資金繰りが悪化したためだという。10月下旬までにテナントは店を閉め、施設は空っぽになった。あるテナント経営者は回転資金として信用保証協会から400万円を借りたが、まだ200万円の返済が残るものの、敷金返済などの見込みもない、と。この施設で働いていた従業員約200人は店から放り出された、という。

 リーマン破綻直後から小売業界では「金融機関は小売りと不動産会社には融資を控える、と言っているらしい」という噂話で持ちきりだ、という。ここ数年はスーパー出店、デパート増床で大量に人材を採用したが、景気が後退局面に入ると店舗閉鎖が加速、雇用調整弁として立場の弱いパートや嘱託社員たちがクビを切られる。

 日産自動車の工場跡地にできた東京都武蔵村山市の大型商業施設「イオンモールむさし村山ミュー」のキーテナントの一つ、三越が売り上げ不振で来年3月に撤退。正社員18人に対し、パートは105人。正社員は都心の店などに配置転換されるが、パートは首切りが待っている。

 経済面の続き部分の見出しは<世界失速 足元にも/苦境の不動産に見切り>だ。

 札幌で3棟の作りかけ賃貸マンションが工事が途中でストップしている。外資系不動産金融会社などに計30億円程度で売却予定だった。手掛けたのは地場の中堅オオサワ建設。資金繰りに行き詰まり9月に民事再生法の適用を申請した。外資に一方的にハシゴを外された、と怒る。

 世界規模で起きている信用収縮は新興の開発業者から「マネー」を奪い、日本の不動産市場を凍りつかせる。リーマン・ブラザーズ破綻以降、この1カ月あまりで上場不動産会社5社がつぶれた、とあった。

 関連記事<赤字覚悟、投げ売り過熱>では不動産業者の悲惨さがテーマ。

 不動産「ミニバブル」をあおった外資系金融機関や投資ファンドが、サブプライムローン問題をきっかけに相次いで撤退。不動産融資を伸ばしていた国内の銀行もこれに続いた。事業を請け負うゼネコンも苦境の不動産には冷淡で、マンション開発業者に対して着工前の建設費50%支払いを求め始めている、という。販売現場では追い詰められた業者による赤字覚悟の「投げ売り」が進んでいる、という。

 昨夏までのマンションブームは一転し、都心の在庫は昨年より3割増しの約1万戸。不動産関係者は「売りに出ていない物件を合わせると2万戸はある」と。首都圏郊外では1割値引きは珍しくなく、23区内では1000万円引きという事例もあるという。

 <業界が値引き競争に走れば走るほど消費者はまだ下がると考え、買い控える。ミニバルブは崩壊し、不動産デフレに逆回転を始めた。

 不動産関連も悲惨な話のオンパレードだった。

 そして、自動車関連企業などの動きを中心に今後の見通しなどを総括したのが大日向寛文記者の次の<円急伸 広がる危機感>の記事だった。これが一番ためになる記事だと思う。バランスよく書かれていた。

 今年4~9月期の国内の新車販売台数は前年同期比2.7%減の241万台。上半期の前年実績割れは3年連続。ガソリン高騰と若者の自動車離れで冷え込んでいたことろに危機が拍車をかけた、という。9月には石川、富山県の日産自動車系の販社3社が民事再生法を申請。信用調査会社によると負債総額は合わせて約80億円。石川の2社では計10店を2店に減らし170人いた従業員を41人に減らす。残れない人は別の販売会社に移すよう調整中だが、見通しはついていない、と。

 輸入車も苦境で大阪のBMWの正規ディーラーが9月に民事再生法の適用を申請。ヤナセも米フォード傘下のボルボの専売店を4店閉鎖することを決めた、とあった。

 海外市場も金融危機の直撃を受けた欧米だけでなく、新興国も急ブレーキがかかり、世界2位の市場を抱える中国の9月の新車販売台数は前年比2.7%減の75万台あまり。08年の世界販売台数が830万台と10年ぶりに前年割れとなる見通しのトヨタ自動車は09年3月期営業利益が前年比で半減する可能性すらある、という。拡大を続けてきたトヨタの偏重は下請け企業にも及び始めている、とあった。

 <これまで日本企業の傷は比較的浅いとされてきた。だが、あまりにも急激な市場変動に「グローバルな金融不安で、実体経済に相当な影響を与えるのは間違いない」との危機感が広がる。一方、電機大手首脳は「コストダウンや財務体質の改善に努めてきたので、利益を出せる体力はある」と不況への「耐性力」を強調する。>

 <この「失われた10年」の間に、日本企業は大規模なリストラを進め、債務、雇用、設備の「三つの過剰」を解消してきた。最近になって雇用と設備の過剰感が再び出てきたものの、有利子負債は約12倍から約7倍にまで減り続け、筋肉質の経営体質を作り上げた。>

 <当時、経営不振の日産自動車やマツダなどは外資の力を借りて再建を進めたが、いまは逆に資金繰りの厳しいフォードが日本勢に助けを求めるなど攻守は逆転。グローバル競争に後れを取った日本企業にとって「千載一遇の機会だ」(米大手コンサル会社、A.T.カーニーの梅沢高明日本代表)との声もある。>

 <嵐が過ぎ去るまで身をすくめて待つのか、新たなビジネスチャンスと受け止めるのかが問われそうだ。>

◆クー氏の「日本経済まだ余力」…読売新聞は明るさを求めている

 この日の朝刊各紙の中で最も良かったのは読売新聞だった。

 特に1面新企画[市場大波乱 どう立ち向かう]の1回目にリチャード・クー氏(野村総合研究所酒席研究員)を持ってきたのは、健全な常識を大切にする読売新聞の見識だ、と思った。

 クー氏は株価下落だけを見れば大変恐ろしいが、円高なので、株と為替が両方下落して苦境に陥っている多くの海外諸国に比べて日本はまだましなのだ、と言う。

 過去15年で日本企業はバブル期に膨らんだ借金の返済を終え、世界で一番きれいなバランスシートになっており、世界は日本経済を「まだ余力がある」と見ているので、円が買われるのだ、と説明している。常識的な見解だ。

 ただ、これまでの円相場が「円安バブル」と言えるほど安かったため、日本経済は外需に頼りすぎていた。ようやく円は再評価の過程に入ったのだから、今後は内需拡大が必要不可欠なのだ、と説く。

 また、株安が金融機関の貸し渋りを招けば、単なる金融市場の混乱が実体経済を引っ掻き回してしまうので、早急に対策を講じるべきだ、という。

 そこでクー氏の提案は金融機関の財務を市場から遮断すること。

 具体的には銀行が保有する株式の価格が市場混乱で大きく下落した場合、公的資金で含み損を補う措置を考えてはどうか、という。株価が回復した時点で返済する、と。英米主導で導入された時価会計の見直しも必要だ、という。これは大切なことだと思う。時価会計は欧米主導だったが、あの時はBISが悪者になっていた。

 クー氏は麻生首相が「日本経済は全治3年」と言ったことをとらえて、この3年間できることは何でもすべきだ、と主張する。

 <アメリカ経済はさらに悪くなるだろう。国内景気を回復させるには内需拡大が必要。このような景気後退の時に財政再建という選択肢はない。無理に財政再建を目指すと経済の傷口が広がってしまうのは過去の例でも明らかだ。>

 <最低でも国内総生産の1%にあたる5兆円以上を医療や教育、インフラ整備に充てる。投資減税も併せて行うと効果が出る。減価償却期間を短縮してもいい。民間企業がお金を借りて投資を行うようにならなければ、景気は回復しない。>

 国内投資家は株をそれほど売っていないのではないか。海外のヘッジファンドが売っているのであれば、株価の回復は早い。現状は、株を買う好機かもしれない。株式売却益(キャピタルゲイン)に対する課税を3年間ゼロにするなどの対策を講じれば、個人の投資を市場へ呼び込むことができる。証券税制をわかりやすいものにするのも効果的だ。>

 短い記事だが、濃密なエッセンスが盛り込まれており、麻生政権がすべきことを要領よく語っている。

 ただ、念のために言っておくと、公共事業の内容は医療、教育、保育所拡充、若者の再教育などに限るべきである。ダムや道路建設など昔並みの公共事業にはビタ一文も使うべきではない。

◆日米の不良債権処理の違いというか、環境の違い…案外大きな問題だ

 日経新聞10月25日[大機小機]<不良債権処理の日米の違い>で剣が峰氏は日本の公的資金注入が遅れたのに比べ、米国は2006年に住宅価格がピークをつけてから2年程度で公的資金を入れたスピードを評価しながら、日米の根本的違い2点を指摘する。

 一つは日本のバブル崩壊時には日本は世界最大の対外純債権国だったこと。海外資金引き揚げ云々を心配することなくゼロ金利政策を続けることができたが、米国の場合、金融緩和を行えば、世界の資金が逃げ、さらにドル安を加速するだろう、と。過剰流動性を演出して国内の金詰りを防ぐ政策の一つが手を縛られて十分に使えない、という指摘である。

 もう一つは日本のバブル崩壊からの再起時には好景気を維持している米国経済という消費地があったのだが、米国のバブル崩壊後の再起時にはどこにも手助けする基地がないのではないか、という点。90年代を通じて「最後の買い手」として機能していた米国、というのも本当は幻想だったのだが、その当時は幻想でも何でも買ってくれていたのだから、日本の輸出産業は復興できた。米国は国内では住宅バブルがすべての産業を牽引してきたのに、そのバブルが弾け、期待できない。米国産業の復活は誰が支えるか、は大きな問題かもしれない。

 [大機小機]では10月16日の癸亥氏の<千載一遇のチャンス到来>も面白かったので、ここでメモしておこう。

 こうした相場は儲けるチャンスだ、として、大混乱が収束した後を想定し、いかなる行動を起こすか、だが、とりあえずリスクから遠ざかるか、取捨選択しつつリスクを取るかだ、として、

 <日本が経験したバブル崩壊と2003年以降の経済活動の拡大を思い出せばいいだろう。>

 と言う。

 <その経験では、混乱の中で動揺しなかった者、将来を見据えてリスクを取ったものが多大な利益を得た。経済や相場が上昇する過程で他者と一緒になって踊るのは容易である。しかし、そこには小さな利益しか転がっておらず、むしろ落とし穴と隣り合わせである。経済が悪化し、相場が下落する過程にこそ大きなチャンスがある。>

 癸亥氏は①将来に関する日ごろからの綿密な読み②決断力③資金力--の三種の神器が求められるが、個人投資家もどの企業がこうした三種の神器を持っているかを見極めて投資すれば、チャンスはある、と言っている。そして、今後はまだまだ乱高下が繰り返させるだろうから、見極めの時間はある、と言う。

 太っ腹な見解である。神経症的なところが全くない。こうした野太い論が今こそ必要なのだ、と思う。

 こういうロングスパンの視点が、新聞紙面に掲載されていると考えるヒントとして役立つのに、なかなかこういう記事を探せないのが痛い。そのたび雑誌を買っていてはカネがかかりすぎるのに。

 産経新聞、東京新聞には残念ながら、目を引くような記事はなかった。

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2008年10月24日 (金)

財務官経験者たち~麻生首相はこの危機克服に向けて「キラ星」たちを積極活用すべきでは…

◆7月に亡くなった千野さんはアジア重視だった

日経新聞2008年8月1日夕刊[追想録]に千野忠男元大蔵省財務官、前アジア開発銀行総裁の追悼文が出ていた。藤井彰夫経済部次長の記事だ。

見出しは<中央アジア復興に情熱>。千野さんは7月17日に74歳で亡くなった。

 記事によると、1991年末、ソ連が崩壊し11の共和国に分裂、東西冷戦が名実ともに終結すると、国内経済が疲弊し多額の対外債務を負った旧ソ連諸国をどうやって市場経済に統合するか、が西側先進国にとってポスト冷戦の最重要課題になった。

 1991年7月に国際金融政策を取り仕切る財務官に就任した千野さんはG7当局者との政策協調の最前線にいた。その仕事を通じて千野さんは旧ソ連から独立したウズベキスタン、カザフスタンなどの中央アジアの国々に出合った。

 「顔も日本人そっくり。勤勉で国をこれから創ろうという志も昔の日本のようだ。是非支えなければ」と92年秋に財務官室を取材で訪れた藤井氏に千野さんは熱く語った、という。

 大蔵省に入省する前に米スタンフォード大学に留学するなど米国通の千野さんだったが、「アジア重視」を財務官就任時に掲げた。

 前任の内海孚氏は「千野さんはアジアと組んで米国に対抗したいという意識が強かった」と振り返る。後任財務官の中平幸典氏は「入省4年目くらいの若い時期にアジア開発銀行(ADB)創設にかかわったことだろう」と言う。

◆タイミングがあわず静岡県知事選を断念

 農林担当主計官、官房文書課長、銀行局審議官など、国際畑だけでなく幅広い仕事をこなした。銀行局時代は国際決済銀行(BIS)の自己資本比率規制の導入で邦銀が不利にならないように粘り強い交渉をしたのは語り草だという。

 自ら考案した「千野式健康体操」を周囲にも勧めながら徹夜続きの激務をこなし、そんな人柄と仕事ぶりが目に留まり、財務官退官直前の93年春には郷里の静岡県知事に担ぎ出そうという動きが出た。

 千野さん自身も意欲を持っていたが、議長国として臨んだ主要国首脳会議(サミット)の調整のため出馬を断念。1999年から6年にわたり、自ら創設準備にかかわったADB総裁をつとめ、本部マニラからアジア各国の支援を指揮した。ADBでも「総裁の車が一番遅くまで残っている」という働きぶりだったそうだ。今でも中央アジアの政府関係者の間には千野さんおファンが多く、葬儀にも中央アジア諸国の駐日大使らが参列して「日本の友人」の死を悼んだ、という。

 このブログで前にも書いたが、財務官経験者は国際金融マフィアと言われ、主要国の通貨・金融政策責任者との個人的な関係がスムーズにいっていると、国益上プラスになる。

 今回のサブプライムローン危機をきっかけに広がった世界金融危機でも通貨マフィアの談話は貴重品扱いされるが、その意味合いは彼の豊富な経験から来る見通しもあるが、世界各国の友人との対話の中で相当に正しい見通しを得ることができる、と期待されているからだ。

◆内海孚氏は今回の危機を円にとって好機と見る

 前任の内海孚氏も今回の問題ではよく新聞紙面に登場する常連だ。10月7日東京新聞朝刊によると、1957年大蔵省入省。89年に国際金融を担当する財務官就任。91年退官。慶大教授や国際金融情報センター理事長を務め2004年から日本格付研究所社長。東京都出身。東大法学部卒業。74歳、とあった。

 この東京新聞インタビュー記事の見出しは<利害超えた危機対策期待>である。

 <(日本のG7での役割は)日本も株価が大きく下がるなど、金融危機の心理的な影響は大きく受けている。ただ、国内の金融機関の損失は比較的軽い。日本はもう少し自信を持って、冷静な立場で議論に参加するよう期待したい。今回のG7は市場万能主義に偏った国際金融を見直す場になる。そういう大きな流れの中で、各国の金融・財政の首脳が集うことの意味はある。個別具体的な対策が打ち出される可能性は低いが、G7各国が互いの利害を乗り越えて危機の深刻化を防ぐ姿勢を強く示すことに期待したい。>

 と語っていた。

 10月15日読売新聞朝刊の聞き書きはニューヨークの記者によるものだが、<揺らぐ「ドル本位制」>の見出し。

 <先行きはなお油断できない、アメリカの実体経済は2009年上半期にかけてゼロ成長かマイナス成長が予想される。不動産価格の底打ちがはっきり見えない限り収束の糸口はつかめない。…約7000ある中小の金融機関では、貸し出しの3分の2が不動産融資だ。これらの銀行では不動産価格が下落して不良債権の処理を迫られ、資本不足に直面している。アメリカで激化している貸し渋りを解消し、実体経済の悪化を防ぐには、こうした中小金融機関に公的資金を注入する必要がある。…今回の金融危機は、ドル本位とも言われる世界の通貨体制の中で、一時的にせよ、ドルの地位を低下させるかもしれない。…>

 <ユーロは既にドルの地位に近づいている。「第3の通貨」である円も相対的に存在感を向上させるチャンスが訪れる。日本は主要国の中で唯一、信用秩序が保たれ、流動性が行き届いているため、円は世界中から信頼を寄せられている。資産保有や貿易決済の手段としての地位が高まるだろう。円の信認向上と並行して、日本は政府も民間も「外国で何かやるのは危ないからやめておこう」という姿勢ではなく、ある程度のリスクを取って行動していくべきだ。それが、より大きなプラスを日本にもたらす。民間では既に三菱UFJによるモルガン・スタンレーへの資本参加や、野村證券によるリーマン・ブラザーズの部分買収など、その兆しが出ている。政府もIMFを通じて新興国の金融安定化を助けようという「中川構想」は着眼点が良かった。日本がどういう形で危機克服に協力できるか、将来に向けた前向きな投資を含め、いろいろと考える時だ>

 と政府にも注文している。

◆行天豊雄氏は世界恐慌にはならない、と強調する

 10月10日日経新聞朝刊インタビューなど各紙に登場した行天豊雄氏は1931年生まれ、東大卒。三菱東京UFJ銀行特別顧問。元財務官。小渕内閣で特別顧問を務めた。共著に「富の興亡-円とドルの歴史」など、と毎日新聞10月24日朝刊[論点]面にあった。なお、その見出しは<脱出は2010年以降に>。

 <このまま金融システムが崩壊し、世界恐慌にまで発展するかといえば、その可能性は低い。1930年前後の世界恐慌時に比べると、在庫・資金管理の効率化など企業の景気動向への対応力は格段に向上している。金融危機の実体経済への打撃を最小限に抑えられるかどうかは、各国政府が金融安定化策を迅速かつ大規模に進められるかにかかっている>

 がエッセンスだろう。

◆黒田東彦氏はアジア諸国の経済的ファンダメンタルズが強い、と言う

 黒田東彦氏も10月10日読売新聞朝刊など各紙に登場しているが、同紙によると、1994年福岡県生まれ。67年大蔵省入省。国際局長、財務官、内閣官房参与などを経て2005年2月からアジア開発銀行総裁。63歳。だから、千野総裁の後継の総裁を務めているわけだ。黒田氏も、

 <(今回の金融危機が大恐慌のような事態に至るという)そうした見方はおかしい。1930年代の大恐慌は米国経済を何十%も縮小させるものだったが、米経済は今でもプラス成長を保っている。金融市場の混乱はそれほど長くは続かない。ただ、欧米の金融システムが機能を完全に回復するには、もう少し時間がかかる。>

 <(アジア経済に与える影響は)これまでのところ大きくない。97年から98年に起きたアジア通貨危機のような深刻な状況にはならない。アジアの金融機能は証券化商品をほとんど買っておらず、金融システムへの直接な影響はない。世界経済の減速で輸出などに影響を受け、成長率にも影響している。それでも、アジア開発銀行の見通しでは、今年も来年も7%台という高い成長が続く。>

 と語っている。市場関係者から見れば、相当な楽観論に聞こえるだろうが、これがアジアの現場で見ている責任者の言葉だ。

◆榊原英資氏はドルの基軸通貨体制は続くと見る

 かの有名な榊原英資氏は2008年10月7日朝日新聞朝刊インタビューに付けられた略歴によると、東大経済学部卒業後1965年大蔵省に入り、97年財務官。積極的な為替介入で円高を抑制し「ミスター円」と呼ばれる。

 退官後は慶応大学教授を経て2006年から早稲田大学教授。

 榊原氏はマハティール構想を米国に潰されたこともあり、円経済圏構築は生涯の目標ではあるものの、そう楽観的な見通しは持っていない。ドル基軸体制の終わりの始まりか?と聞かれて、

 <20年から30年の幅で考えればあるかもしれない。だが、少なくとも5~6年単位では、ドルの基軸通貨体制が大きく崩れることはないだろう。むしろ米国金融王国の終わりの始まりが来た、と見るべきだ。>

 と慎重な答えだった。最新の著書で国際金融について詳しく語っていたので、いずれ書評を書こう。

◆ウィキペディアからのコピペです

 財務官についてウィキペディアで見たら、下記のように一覧表を作成してくれた人がいたので、利用させていただく。初代から現在までである。

(財務官 )
1 渡邊武 1949年6月1日 - 1951年10月1日 アジア開発銀行初代総裁、日米欧委員会初代委員長、格付研究所社長
2 鈴木源吾 1951年10月1日 - 1952年7月31日 駐米公使、IMF理事、日銀監事、国際合同銀行会長
(財務参事官)
1 鈴木源吾 1952年8月1日 - 1957年1月23日 (前掲)
2 西原直廉 1957年1月23日 - 1959年4月15日 大蔵省理財局長、第一火災海上保険社長、IFC極東代表
心得 磯田好祐 1959年4月15日 - 1960年4月12日 中小企業金融公庫副総裁、日本証券金融副社長
3 磯田好祐 1960年4月12日 - 1961年6月16日 (前掲)
4 大島寛一 1961年6月16日 - 1962年6月1日 開銀理事、日銀理事、農林中金副理事長
5 渡邊誠 1962年6月1日 - 1963年4月22日 大蔵省為替局長、国際金融局長、海経理事、商工中金副理事長
6 片桐良雄 1963年4月22日 - 1965年6月18日 伊藤忠商事副社長
7 柏木雄介 1965年6月18日 - 1966年8月1日 東京銀行頭取、同会長
8 亀徳正之 1966年8月1日 - 1967年1月10日 国税庁長官、協栄生命保険社長、東洋英和女学院理事長・院長事務取扱
9 村井七郎 1967年1月10日 - 1968年6月15日 大蔵省国際金融局長、三和銀行副頭取
(財務官)
1 柏木雄介 1968年6月15日 - 1971年6月1日 (前掲)
2 細見卓 1971年6月1日 - 1972年6月27日 海外経済協力基金総裁、ニッセイ基礎研究所会長
3 稲村光一 1972年6月27日 - 1974年6月26日   
4 吉田太郎一 1974年6月26日 - 1976年6月11日 アジア開発銀行総裁
5 松川道哉 1976年6月11日 - 1978年6月17日 日興リサーチセンター理事長
6 佐上武弘 1978年6月17日 - 1981年6月26日   
7 渡辺喜一 1981年6月26日 - 1983年6月7日 中小企業金融公庫総裁
8 大場智満 1983年6月7日 - 1986年6月10日 (財)国際金融情報センター理事長
9 行天豊雄 1986年6月10日 - 1989年7月18日 東京銀行会長
10 内海孚 1989年7月18日 - 1991年7月24日 (財)国際金融情報センター理事長、(株)日本格付研究所社長
11 千野忠男 1991年7月24日 - 1993年7月13日 アジア開発銀行総裁、野村総合研究所顧問
12 中平幸典 1993年7月13日 - 1995年6月21日 信金中央金庫理事長
13 加藤隆俊 1995年6月21日 - 1997年7月15日 国際通貨基金(IMF)副専務理事
14 榊原英資 1997年7月15日 - 1999年7月8日 慶應義塾大学教授、早稲田大学教授
15 黒田東彦 1999年7月8日 - 2003年1月14日 アジア開発銀行総裁
16 溝口善兵衛 2003年1月14日 - 2004年7月2日 (財)国際金融情報センター理事長、島根県知事
17 渡辺博史 2004年7月2日 - 2007年7月10日 一橋大学教授
18 篠原尚之 2007年7月10日 -

 グリーンスパン自叙伝で有名になった溝口氏は島根県知事だし、ミステリー作家としてもその世界では有名で、在任中為替介入を1回も行わなかった渡辺博史氏は学究生活に入ってしまった。加藤氏も一時はプリンストン大学の客員教授だった、と思ったが。

 中平氏が出てこないなあ。財務官退任後、大蔵省顧問。1997年には山一証券経済研究所理事長。1998年に国際経済研究所副理事長で、今は信金中央金庫理事長とあったが、どうしているのか?

 そういえば、竹下登氏が自民党幹事長時代などに「柏木のおっちゃんがのう」とか懐かしそうにしゃべっていたのを聞いたことがある。G5のプラザ合意前に大先輩の柏木さんに秘かに相談したのだろうか。

 遅くなったが、千野氏のご冥福をお祈りします。

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中国が8%成長にこだわるワケ+アイスランドの悲劇etc.~新聞で世界経済を知ろうよ

 経済音痴の私は最近、新聞を読むのが楽しくて仕方ない。遠い世界だと思っていた経済理論、景気、世界経済、国際金融などが紙面で分かりやすく解説されているので、新聞を読むと、一日一日頭が良くなっていく感じ(本当はそうでもないのだが)がするからだ。たまには、エコノミスト誌、東洋経済新報、ニューズウイーク日本版などにも目を通すが、基本的には新聞を読むだけで、大体の流れがつかめるのがいい。

 こんなことを書くのは、最近、本屋さんの店頭に並びきれないほど出版されている中国経済関係の本である。買って読もうと思うのだが、何か分かりにくいので、敬遠していた。

 そんな折、各紙10月20日夕刊が「中国成長率9.0%」を1面で大きく報じていた。日本に比べてまだまだ高いし、どうってことないだろう、と軽く考えて読み飛ばしたのだが、実は「9.0%」は大変な数字であることを、読売新聞が教えてくれたのだ。

 役に立ったのは読売新聞10月21日朝刊3面[スキャナー]<中国9.0%成長に減速/米発不況、新興国襲う>である。

◆中国輸出産業に為替リスクが大きくのしかかった

 まず、今年1~9月の中国の輸出額はドル建てでは前年同期比22.3%と大幅に増えたが、これは見かけの数字だ、という点。中国税関当局の分析では1~7月の輸出額の伸び率(22.6%)の半分近くは、高騰した原材料価格の転嫁など、最近の物価上昇によるものだ、という。数量ベースでは12.5%増にとどまっているうえ、米景気減速の影響で、米国向けは1.2%とほぼ横ばいの状態だ、という。

 この1年間で人民元の対ドルレートは約9%上昇しており、人民元で決済する中国の輸出企業にとっては、実質的な売上高はマイナス。この影響で、輸出企業が多い沿岸部の各地では中小企業の倒産や外資系企業の撤退が相次ぎ、高成長を支えてきた輸出企業の不振は取引先の国内企業の収益を圧迫、景気全体の足を引っ張っている、というのだ。

 重要なのは次の点である。

◆なぜ8%以上の成長が必要なのか?

 読売新聞記事は北京の寺村暁人記者の手になるものだが、次の記述には「なるほど」と思わず膝を打った。

 <9%台の成長率は、日本などの先進国から見れば過熱気味の数字だが、中国にとっては決して高い成長とは言えない。>

 <13億人の人口を抱える中国では、毎年1000万人の雇用を新たに創出しなければ、失業率が上昇し、社会不安につながる懸念があると指摘されている。>

 <GDPが1%成長すれば100万人程度の雇用創出効果があるため、中国政府は経済成長の目標を「8~10%」の範囲に設定している。8%は達成すべき最低ラインの数字であり、今回、その目前まで成長が減速したことに対して、当局は強い危機感を抱いている。>

 というくだりである。

 つまり、8%成長がギリギリの生命線で、07年の11・9%から例えば7%台に落ち込むと、100万人×5=500万人以上の新規失業者が出る、というわけだ。11.9%→8%でもプラスマイナスした新規失業者は単純計算すると100万人×4=400万人は出て、社会不安は高度成長期に比べれば深刻化するだろう。

 温家宝首相が国務院の常務会議で減税、金融緩和、輸出促進策などできることは何でも早急に実施するよう指示した、というが危機感があふれている。翌年の経済運営の基本方針を決める中央経済工作会議を例年は12月に開くのに、11月に前倒しして開くそうだ。

 「中国は無理な高度成長をやめ、安定成長に移行すべきだ」と言うは易く行い難い理由がようやく分かった。

◆朝日新聞ルポは失業増大の実態を見せる

 朝日新聞も同じ10月21日朝刊1面トップと2面で新企画[金融危機 世界同時不況]の1回目として中国を取り上げた。1面は<「世界の工場」にも影/突然解雇7000人怒る>。2面は<しぼむ中国景気/需要減、雇用に波及/あぶれた従業員らがデモ>で、この読売理論の具体的なフェーズを見せていた。日本と違い、あっという間にクビになる。労働関係法が整備されていない。経済面では社会主義国というよりは、中国共産党独裁国家としての負の側面が成長率鈍化とともに表面化してくるのだろう。

 2面には<想定外の減速幅/政府、輸出促進に回帰>、<日本経済に直結/車減産・だぶつく鋼材>で政府方針と影響論を取り上げていた。

◆アイスランドの通貨暴落、国際化が遅れている日本人にとっては「他人事」だが…

 朝日新聞[金融危機 世界同時不況]シリーズで秀逸だったのが2回目、10月22日朝刊1面、2面のアイスランド編だった。見出しは1面が<突如ローン返済倍増/アイスランド通貨暴落、円建てで重荷/グローバル化の恩恵、暗転>、2面の見出しは<沈む小国 英に飛び火/30万口座、預金封鎖/高金利期待した市民困惑>である。

 北海道よりやや広い約10万平方㌔の国土面積に約30万人が住む漁業の国。EUに加盟すると漁業への規制が増えるから、とEU未加盟だが、経済分野にかかわる欧州経済領域(EEA)には参加。非武装だがNATOには加盟している、ちょっと矛盾した国である。

 この漁業国家は1973年まで世界銀行が「途上国」に分類していたが、1980年代以降、経済のグローバル化の波に乗ろうと、規制緩和を積極的に進め、特に資本の移動の自由化や通貨クローナの変動相場制への移行など金融部門の規制緩和を進めたのを機に経済成長を遂げた。

 2006年までの10年間で国内総生産は2倍強となり、2006年の1人当たりGDPは5万㌦を超えて、3.4万㌦の日本を上回った。次々と内外で注目される企業が出て、ロンドンのデパートや高級ブティックを買いまくった若い実業家は時代の寵児になった。

 06年には専門家らが首相に対し「国際金融センターとして理想的。さらに条件整備を」という野心満々の提言をまとめた。2007年には国民の幸福度を示すといわれる国連開発計画(UNDP)の人間開発指数で第1位に輝いた。日本への輸出はシシャモなど水産物が中心で日本からの輸入の多くは自動車。紙面の[キーワード]と本文をまとめると、アイスランドはこんな国家だ。

 その小さな国に異変が起きている、というのだ。

 子供5人の高校教師(夫は大工の棟梁)が2年前に約200平方㍍の広めのアパートを買った。そのローン返済額が今年初めは月11万4000クローナだったのが、今は22万クローナとほぼ倍増した。バブル経済で通貨クローナの金利は約15%と高いうえ、返済額が物価上昇に応じて変わる独特の制度もあって、借金がしづらいのだが、日本円は金利が4%台と抜群に安いので、ここ4,5年は高級車販売店でも客の9割以上が円などの外貨ローンで買っている、というのだ。

 この高校教師も「為替変動があっても割安」と円建てローンを組んだ。ところが、この春ごろから下落気味だったクローナは金融危機でついに1クロー=約1円まで下落。年初のほぼ半分の価値に落ちた。手取りで26万クローナの月給のほとんどがローン返済に消え、生活は大工の棟梁の夫の収入頼みとなった、という。

 80年代からの経済成長がバブルになったのに、豊かになった国民は生活の質を落とせない。政府は過熱した経済によるインフレを抑えようと中央銀行は自国通貨の金利上げで今年10月初めには15.5%にまで上げたが、人々は中央銀行の規制から自由で低金利のまま流入する外貨でローンを組み消費を続けた。

 中央銀行は調整機能を喪失した。中央銀行によると外貨ローン利用者はこの4年間で急増し、2004年1月は家計の借金のうち4.5%だったが、2008年3月には23%に上昇。クローナの暴落で、外貨による借金の重みが増した。

 国家経済破綻の道筋は次のようなものだった、とある。

 経済は繁栄の裏で規制緩和が産み出した巨大な怪物と化し、英国などで自国の人口よりも多い預金者を獲得したり、日本でサムライ債(円建て債券)を発行したりして巨額の資金を集めた銀行の資産は合計でGDPの10倍にのぼり、何か起きれば政府の手に負えない規模に膨らんでいた。そこへリーマン・ショックが襲った。記事は

 <グローバル化がもたらしたサクセスストーリーはホラーストーリーに変わった。>

 と、名文句を使っていた。

 問題なのは、こうした破綻がアイスランド1国でおさまらない点である。

 2面記事では、イギリスの庶民たちが高金利のアイスランドの銀行にインターネットを利用して預金、預金封鎖にあって、引き出しができない、というトラブルを取り上げていた。

 ロンドンに住む40歳が10年かかってためた虎の子890万円をアイルランドの銀行に預金、引き出せなくなった例をあげ、

 <ネット社会ならではの21世紀型の預金封鎖だ。>

 とコメントしてあった。

 英銀行よりも2%高い7%の金利にひかれて預金する庶民が多かったのだが、この銀行が国有化され、海外資産が凍結された。アイスランドの海外口座は英国が約30万、オランダが約5万口座といわれ、合計でアイスランドの人口を上回る、とあった。

 日本の投資家の中にもアイスランド銀行が募集したサムライ債を買った人、地方銀行もあるので、リーマン・ブラザーズの発行したサムライ債(約1950億円)にプラスして被害が出る見込みだ、と書いてあった。

◆本当はドル高だ。円はそれ以上に高いだけだ

 朝日新聞2面には[各国通貨の対ドル騰落率]グラフが載っていた。

 リーマン・ブラザーズ破たん前の9月12日と10月20日の比較だが、最も下落率が大きいのがアイスランドで-25.8%。次が韓国ウォンで-18.6%。ブラジルのレアルが-18.5%。ユーロが-7.3%。インドのルピーが-6.8%。英国ポンドが-4.8%。ロシアのルーブルが-3.3%。一方で、中国の元が+0.2%。日本の円が+5.3%。

 つまり、ヨーロッパと韓国、インドは全滅状態だ、ということだ。

 中国は健闘しているが、この一覧表を見ると、世界の通貨に対してドルは非常に強くなっていることが分かる。

 いつもの紙面ではこういう比較がないので、東京外為市場の動きだけを見ていると、「円高・ドル安」ではないか、と思ってしまうのだが、そうではないことが世界全体の比較で分かる。

 ドルは強いのだ。

 ただ、それ以上に円は強い。この基調は、米経済のパンクでも起きない限り、当分変化ないのではないか、と思うのだが。

 だから、日本は強い通貨を持った一等国として構造改革で経済体質を変えなければならないし、そうする最大のチャンスなのだろう。ただ、今の自民党政権では無理だろうけれども。民主党がいいとは決して思わないが、こうした大きな変動期、日本のシステムを根本から変革すべき時期には「政権交代」は必要だ、と思う。これは閑話休題。

◆読売新聞によると修士号取得者がどんどん解雇されている、と

 アイスランドの悲劇については読売新聞10月23日朝刊国際面<世界危機広がる痛み/エリート銀行マン リストラの嵐/金融立国 天国から地獄>でレイキャビク発本間圭一特派員がリポートしていた。ここの出しは「火山と氷河の島国アイスランド」だった。なるほど、JTBのパンフレットなどにはそう書いてあったなぁ。

 <主要労組「銀行金融従業員同盟」によると、今回の危機で業界職員の10~15%が解雇され、このうち半数が修士号取得者だった。公務員の2倍以上の収入が保証される人気の銀行に集まった高学歴者が続々と市場から放り出されている。>

 アイスランドといってすぐには思い出せなかったが、

 <同国は冷戦時代に米軍基地を受け入れ、NATOにも加盟する親欧米国家だ。>

 とあって、昔のことを思い出した。

 冷戦時代、それが大きな記事になったこともあった。しかし、そんな親欧米国家でも自国で火が噴き出している西側諸国には援助する余裕がない。だから、アイスランドはロシアに約5300億円の支援を要請したわけだ。

 読売紙面では<外貨建てローン返せない ハンガリー>と欧州中央銀行が最大50億ユーロ(約6700億円)の緊急融資を決め、IMF支援も視野に入ってきたハンガリーの苦渋も特集していた。

 現地通貨フォリントが暴落している、というのだ。基盤の弱い国が今回のショックの直撃を受けている姿が浮かぶ。

◆またまた円高恐怖症的記事が蔓延するのか

 日経新聞10月23日朝刊3面<ユーロ安ショック走る/「欧州売り」1日で7円急落>ではないが、EU金融機関の実態がわかるにつれて、株も為替も欧州の沈み具合が激しくなりそうだ。

 相対的に米国が浮上する、という「ドル高」である。日経らしく、輸出企業の円高による収益源予測表をつけていた。どうしても、こういう紙面づくりになるのだが、できれば、円高で成長する分野を集中して取り上げてもらいたいものだ。日本に元気を出させてほしい。

 と思っていたら、毎日新聞10月24日朝刊[論点]で竹森俊平慶応大学教授(国際経済学)が世界金融危機について、総合対策をいち早くまとめて、フランスなどが追随するきっかけを作ったブラウン英首相を「サブプライム危機解決のためのこれまで最大の功労者という評価が識者の間で高い」と書いていたのは、なるほど、と思った。ブラウン氏以上に尊敬される人物を日本から生み出してもいいのだ。特に、今回の危機では。

 同じ紙面に紹介されていた堀田健介・グリーンヒル・ジャパン会長(元住友銀行副頭取)も<邦銀出資は一歩前進>の見出しで、米モルガン・スタンレーに約9000億円を出資した三菱UFJ銀行、メリルリンチに1300億円出資したみずほコーポレート銀行、英銀バークレイズに1000億円出資した三井住友銀行の積極策を評価していた。ただ、「積極的に海外に打って出るには、邦銀は足元の収益基盤の確立と財務内容の強化を図ることが先決であり、一番大切だということは論をまたない」と釘をさしていたのは、その通りだろうと思う。

 日本の金融機関は不良債権を小泉政権の5年間できれいにして、ゼロ金利で国民が受け取るべき預金利子を国民に還元せずに体力を強化した。その体力を使って、今こそ打って出る時期なのだ、と思う。ただ、透明性を大事にしないと、また失敗した時に後遺症が長引くだろう。国民の預金を預かっている市中銀行がリスクテイクする投資をすべきかどうか、という本質的な「銀行」論はさておき、この透明性だけは担保してもらいたい。

 朝日新聞10月24日朝刊経済面<円独歩高の突風/輸出関連株は下落/企業「長期化を覚悟」>というような報道が当分は続くのだろうが、マスメディアが「大変だ、大変だ」シンドロームから脱却できるのはいつなのだろう? 同じ朝日新聞1面と経済面[金融危機 世界同時不況]ではブラジルインドの「大変だ」が報道されており、日本は相対的に傷んでいないのに、である。

 24日には円高がまた進み、株が下がった、とNHKニュースが流している。またまた「大変だ」新聞が24日夕刊、25日朝刊と続くんだろうなぁ。

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2008年10月23日 (木)

韓国ウォン安で大混乱~民団新聞10月22日付+朝鮮日報ウェブ版から

 アメリカ発の金融危機はヨーロッパ諸国を直撃し、高位安定していたユーロが安値を更新しており、アイスランドなど財テク小国が国家破綻の危機に陥っているが、お隣の韓国でも相当にひどいことになっている、と10月22日付の民団新聞が伝えていた。

 日本の新聞にもウォン安が進んでいる、という状況は載っていたが、何かパニックに近い状況になっている、という内容なので驚いた。

◆100円=約1400ウォン…韓国人観光客は別府や秋葉原に来るのも大変だろう

 <ウォン相場が10年ぶりの安値に急落した。日本における韓国系銀行の窓口には、両替や韓国へ送金する在日同胞や日本人らが殺到した。在外同胞がドル不足に自動的に貢献し、韓国では国民的な「ドル集め運動」を展開中だ。>

 という前文である。

 <8日のソウル外為市場で、ウォン・レートは1㌦=1395ウォン、対円では100円=1395ウォンと、10年ぶりの安値を記録した。>

 そうかぁ、この新聞は週刊紙で毎週水曜刊行だから、データが古いのだな。それにしても、両方とも1395とは。これは、1㌦=100円というレートになるんだろう。

 <日本における韓国系銀行の窓口では両替や韓国への送金が急増した。一時期、閉店後も順番待ちが続き、行員たちは夜遅くまで対応に大わらわの状況だ。>

 ここは前文と同じだ。

 <東京・有楽町にある韓国外換銀行の東京支店。10月の第2週に入り、連日、店内は韓国への送金やウォン預金、両替する客たちでごった返した。日本人客の来店も少なくない。>

 有楽町のどこにあるのだろう? 相当な騒ぎになったのだろうか?

 <順番待ちは多い時で100~200人に上った。李奭勲支店長がみずから陣頭指揮に立ち、昼食をとるのもままならぬほどの忙しさだ。午後3時の閉店後も客の応対は続き、終了するのは午後7時過ぎ。残務整理で業務が終わるのは零時近くになる。>

 行員も大変だなぁ、という記者の思いが伝わる。

 <3連休を前にした週末の10日には、在庫のウォン紙幣が午前中で底をついた。両替を希望する顧客には、翌週に再度来店するよう呼びかけた。それでも、送金する人は後を絶たない。>

 どういう仕組みになっているか、ここまで読んでも分からない。なぜウォン紙幣を求めるのか? 送金はドル送金なのか?

 <11日に米国で開催された主要7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で、各国の主要金融機関に対して公的資金を注入することで合意を見た。それを世界の株式市場が好感し、一時上昇したものの、翌日にはまた下落と、乱高下の状況が続きそうだ。>

 世界はそうだが、韓国は?

 <外換銀行の李支店長は「異常な状態で、顧客に不便をかけるし、職員の疲労もピークだ。ウォン安が原資材の高騰を招き、物価高の原因になるので、早くウォン高に戻ってほしい」と語っている。>

 なるほど、この理屈は分かる。

 日本では原油市況が緩んで、ガソリン価格だけでなく、電気代、ガス代など公共料金の値上げ幅が圧縮されそうだが、これも円高のおかげで、円安だったら、原油価格が高いままで、こうは影響が出なかっただろう。

 韓国は今までどちらかといえばウォン高だっただけに、輸出産業にとっては本当はウォン安の方が有り難いはずなのだが、庶民生活の危機がそれほどひどいのか、そんな悠長なことを言っていられないような状況なのか?

 <日本をはじめ在外同胞による送金や両替が急激に増えれば、為替差益を得ることが目的にせよ、結果的に韓国の外貨獲得にも寄与する。韓国内でも、外国人投資家による資金引き揚げによるドル不足を解消しようと、国民的な「ドル集め運動」が全国で展開されている。>

 なるほど、為替差益を狙っているのか。本当かね?

 しかし、どのようにして差益を得られるのだろうか?

 1万円でウォンを買うと13万9500ウォンが手に入る。

 差益というからには、これを原資に儲けなければならないわけだから、ウォンが上がるのを待って、100円=900ウォンくらいまで上がった時にウォンを円に替えれば、13万9500ウォンは1万5500円になって、5500円儲ける(私の計算があっていればだが)、ということなのか?

 100万円を今両替しておけば×100で、ウォン値上がりした時には、55万円儲けることができる、という計算になる。

 在日韓国人にとっては、これは大きな利殖のチャンスなのかなぁ。

 <各金融機関では、外貨定期預金を開設すれば、ウォンで預金する場合より高い金利を適用するほか、顧客に「幸運の2㌦紙幣」を提供するところも現れた。また、ドル送金を受け取る顧客には受取手数料を全額または一部免除し、外貨両替も同様に手数料を免除している。年内いっぱい、キャンペーンを展開する。>

 これも韓国内の話だろう。すごいキャンペーンが展開中なのだが、全く知らなかった。日本の新聞は韓国の外貨問題をあまり取り上げていないから、知らなかったのだ。、韓国の新聞のインターネットのホームページを見てみよう。

◆2兆2600億円の資金を韓国から引き揚げた外国人投資家

 23日の朝鮮日報(日本語版)<ウォン安と株安の悪循環>によると、外国人投資家が韓国から引き揚げた資金は2兆2600億円にのぼる、という。

 22日のソウル外国為替市場はウォン相場が前日比39.9ウォン(3.02%)安い1㌦=1360ウォンで寄り付いた。ソウル外為市場の出来高は最近25億㌦(約2440億円)前後で、1年前に比べ3分の1に落ち込んでいるため、外国人の株式売却資金が為替に直接的な影響を与えている、と書いてあった。続けて、

 <「以前は1億ウォン(約716万円)の売り物が出ても為替相場は10ウォン(約70銭)も変動しなかったが、最近は数十ウォンも変動する」>

 という業者の話が紹介されている。たまったものではないだろうなぁ。

 <外国人が株式取引口座の残余資金まで引き揚げており、市場の変動性が高まっている。>

 <8月の外国人による株式売り越し規模は3兆ウォン(約2150億円)だったが、ドルに交換したうえで海外に持ち出された資金は、それを3000億ウォン(約215億円)上回る3兆3425億ウォン(約2340億円)=韓国銀行の国際収支基準、平均為替レート1047ウォンで計算=に達した。>

 <1-8月の外国人による売り越し額は25兆5533億ウォン(約1兆8300億円)で、外国人投資家が引き揚げた資金は31兆5393億ウォン(約2兆2600億円)に上った。>

 何かとてつもないことが起きているのだろうか? 民団新聞が伝えた現象は全体の大きな変動のごく一部分のようにも思えるのだが…。

 韓国の外貨準備がピンチだ、という噂が出回っているのは知っていたが、ためにする噂だろう、と思っていた。

 しかし、在日韓国人や在米韓国人らの在外韓国人や韓国系アメリカ人らが必死になってドルを韓国に送っている、ということは、もしかすると、本当にドル不足が深刻になったのかもしれない。

 すぐにどうこうなる、ということではないだろうが、OECDに加盟し先進国の仲間入りを果たした後、アジア経済危機でIMF管理を受けるという苦い経験をして、不死鳥のように甦ったのではなかったのか? それとも、韓国経済はいまだに底が浅くて、すぐにお手上げ状態になってしまうのだろうか? できれば、日本の新聞で韓国経済についての詳しい分析を読みたいものだ。

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「FINANCIAL CRISIS」~日本版ニューズウイーク誌10月29日号「金融危機」特集から

 ニューズウイーク日本版2008年10月29日号はすぐれものだ。「FINANCIAL CRISIS」特集で、米シンクタンク研究員によるグリーンスパン批判、バーナンキFRB議長もの、荒療治は怪我のもと、というロバート・サミュエルソン氏のご託宣、金融クライシス勝ち組の秘密、ラテンアメリカは本当に無傷か、ポール・クルーグマン氏インタビュー、フランシス・フクヤマ「アメリカ株式会社の没落」とメニューも豊富、内容も濃いのだ。

 ここに挙げなかったが、巻頭論文、ローレンス・レッシング・スタンフォード大学法科大学院教授による「システム暴走を許した欠陥~教訓:「群集心理」を考慮しないモデルへの過信が金融パニックを招いた要因だ(Why the Banks All Fell Down)」は比喩が面白く、分かりやすかった。

◆クワンツというコロッサスに運命を委ねたら…

 ジョセフ・サージェント監督の映画「地球爆破作戦」(1970年)の話である。

 米大統領が核兵器管理に自信をなくし、コロッサスというスパコンにその任務を委ねる。ソ連も同様のマシンを開発。2台のマシンは「対話」するようになって、核ミサイルを発射。両国の政府を支配下に置いて…、というストーリーなのだが、今の金融危機を引き起こした金融工学専門家(クワンツ)はコロッサスだ、と言うのである。

 政府も投資家も複雑な分析をするクワンツ様に文句を言わずに投資判断を任せてきたが、スパコンマシンのコロッサスに限界があったように、クワンツにも当然、限界があり、クワンツを頼りにすることは、クワンツの限界に運命を委ねたことになる、という趣旨である。

 何がなんだか分からないだろう、と思う。私の説明不足だから。

 もう少し内容を説明しよう。

 実はレッシング氏は現在の金融危機の要因について①銀行が無謀なギャンブルをした②その銀行を当局が野放しにした――という批判を否定し、「銀行はギャンブルをしたのではなく、明らかに欠陥のある金融モデルを過信していただけだ」と言うのだ。

 エコノミストのアビナッシュ・パーソード氏が8年近く前に書いているように、投資銀行などが広く採用しているリスク管理モデルには重要な視点が欠落している、という。「群れ行動=群集心理」という視点で、すべての投資銀行が欠陥モデルを採用し、しかも、各国の市場の動きが瞬時に世界中に伝わるシステムを利用すれば、ここ数カ月間のような混乱が起きるのは必然だ、というのだ。

 アメリカの金融機関が現在採用している金融モデルは1950年代に開発されたもので、「ユーザーが限定されている」ことが前提。当時はこの前提でも問題はなかったが、パーソード氏が最近論じたように、「アルゼンチンからニュージーランドまですべての市場参加者が同じデータを共有するフラットな世界」では、このモデルは全く役立たない、という。

 この状況は、ドイツの理論物理学者ウェルナー・ハイゼンベルクの不確定性原理の金融市場版だ、と。つまり、観測するという行為によって、観測対象である市場が変化する。世界中の金融機関が同時に、ほぼ瞬時に「調整」を行う結果、金融システムという「群れ」が一斉に崖から飛び降りることになる、というのだ。

 なぜ新たなモデルができないか。文化的な制約と政府の規制が原因だ。投資家のジョージ・ソロス並みの自信がなければ、クワンツに異議を唱えられないし、金融機関の経営陣にとっては数値分析に従うのが無難な選択だからだ。その結果、みんなが崖っぷちに立たされる。

 政府規制もしなかったのではなく、まずい時期にまずい規制をしたのだ、という。パーソード氏が言うように、規制当局者がやるべきことは「銀行家に銀行業務を教える」ことではなく、「好況時にも不況時にもリスクを抑える」ことだと自覚する必要がある、とする。つまり、景気循環を視野に入れて、好況時にボーナスを弾むのではなく、不況時の不良資産を処理するための内部留保を高めるよう求める指導が必要で、預金者と借り手の多様性を回復するルールづくりも求められる、という。

 そして、最も重要な教訓は政府と金融業界双方がシステムの限界にもっと謙虚になることかもしれない、と言ってクワンツにすべてを委ねるのではなく…ということになるのだ。

◆「脱レバレッジ」という荒療治、という見方だが、これも言っていることは同じだった

 ニューズウイーク誌コラムニストのロバート・サミュエルソン氏による「『脱レバレッジ』という荒療治~金融システムの変革は長期的には不可避だが、急激に進めば大惨事になる」もレッシング教授と同じことを言っていた。

 住宅ローンの焦げ付きによる損失は全米で最終的に6500億㌦(米調査会社ムーディーズ・ドットコムのマーク・ザンディ氏の推定)だが、2007年末時点で米国の金融機関の資産総額は60兆㌦近く、世界全体では250兆㌦を上回り、それに比べれば巨額ではないのに、なぜ危機がこのように世界中に蔓延してしまったか、と問い、サブプライムローンが問題ではなく、真の問題は自己資本が極端に小さく不安定な短期借入れに頼っている金融機関が多すぎることだ、と喝破する。

 投資銀行とヘッジファンドのレバレッジ率は多くの場合、30対1にも達する、という。自己資金1㌦に対して30㌦も借りているということだ。

 MBAを持つ金融のプロに任せておけば大丈夫、と思い込んでいたことが裏目に出たのだ、という。

 今の株価下落の原因はヘッジファンドが現金を手元に置いておきたいので株を売り浴びせているためだが、ヘッジファンドはゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなど「プライムディーラー」からの借入れで株を買ってきたが、プライムディーラーは商業銀行から融資を受けている。銀行が融資を引き締めれば、プライムディーラーも貸し渋り、ヘッジファンドは株を売らざるを得ない、というサイクルなのだ。

 こうした連鎖が形を変えて世界中で起きる。多くの国で資金の流れが滞っている。円キャリートレードも縮小している。

 だが、貸出が急速に消失すると、そうした資金に買い支えらていた株や債券などの資産価値が急落するだけでなく、生産と雇用という実体経済も危うくなる。

 脆弱でない確固たる基盤の上のグローバル金融システムを構築すべきだが、変化が急激過ぎ、無軌道に進めば、大規模で壊滅的な信用収縮が起きる恐れがある、と警告する。この移行プロセスをうまく調整して信用を回復させ、金融システムの自己修復機能が働くようにできるかどうか、が問われている、という。

 案外、悲観的なんだなぁ、サミュエルソンさんは。

◆金融ダッシュボードっていいなぁ、と思うのだが…

 次のポール・ケドロスキー・カウフマン財団上級研究員「ネット擁護者グリーンスパンが危機を生んだ」はグリーンスパンの過剰流動性への責任はともかく、ITバブル発生など、インターネットを金融イカサマの道具にしてしまった責任を追及した論文だが、少しエキセントリックだ。著者が書いているように、インターネット自体は道具であり、それがいいとか悪いとか言っても始まらないのであり、規制と言ってもインターネットは本来的に規制にそぐわない道具だから、いかにうまく付き合うか、しかないはずだし、金融デリバティブの若いクワンツたちが電子メールのやり取りで文書も残さずに1兆㌦もの取引をする実態は、けしからんとは思うが、ただ規制すれば済むという話ではなくなっているのではないか。

 カネは低きに流れる。インターネットすべてを規制できないということを前提に考えれば、いくらクワンツの行動をがんじがらめに縛っても新しい方法で闇の取引がはびこるだけだろう。現に、すでに世界では闇の金融ルートというかイスラム圏とかテロ支援組織とか、インターネットを通じた世界的金融網ができあがっている、と言うではないか。

 ただ、ケドロスキー論文で面白かったのは、ネット取引に参加する素人のために、必要情報がすべて表示されるディスプレーを開発すべきだ、という提案だろう。車の運転席のダッシュボードのように、スピードメーターも方向指示器もカーナビもオイル残量も一目で分かるダッシュボードだ。これは、NPOかどこかで実現するだろう、と思う。情報公開をさせるのが大変かもしれないが。

 この論文についていた年表が役立ちそうなので、書き写しておく。

 題名は[経済崩壊へ続く点と線~金融派生商品はアメリカ政府が後押ししたインターネット普及とともに成長した]。

1982年 マイケル・ブルームバーグ(現ニューヨーク市長)が証券取引のための金融情報端末を発売。米証券大手メリルリンチが最初の顧客として20台購入。

1983年 連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)が世界で初めて不動産の抵当証書担保債券(CMO)を発行。投資家や金融機関にとって二次抵当市場は魅力を増し、拡大に向かった。

1988年 長距離電話会社のMCIコミュニケーションズがインターネットで初めて、商業的電子メール・サービスを開始。

1989年 物理学者ティム・バーナーズリーがネット上の文書を閲覧するため、HTTPという通信プロトコルを用いたワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を提案。

1993年 一般人でも操作しやすい世界初のブラウザ、モザイクが登場。同年、米副大統領に就任したアル・ゴアは全米インターネット網を構築する計画を推進。

1994年 会計検査院のチャールズ・ボウシャー長官が、金融派生商品の取引には監視が必要と警告。アラン・グリーンスパンFRB議長は反対した。

1995年 米証券大手JPモルガンのブライズ・マスターズが不履行債権を保証する金融派生商品、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を考案する。

1999年 「根拠なき熱狂」で膨れ上がったITバブルが崩壊。インターネット関連の事業で急成長を遂げ、株価が急騰していた多くのIT企業が一転して破綻へ向かう。

2000年 グリーンスパンは、成長を続ける金融派生商品市場に政府が規制をかけないよう連邦議会議員に働きかけ、同年12月には商品先物現代化法が成立した。

2001年 米住宅ローン大手カントリーワイドが、緩和されたガイドラインの下で新種の有価証券を考案。これを機に住宅ローン市場で快進撃を続け、同社の利益はうなぎ上りに。

2003年 9.11テロ後の景気後退に対処するため、グリーンスパンは短期金利の指標であるフェデラル・ファンド金利(銀行間短期金利=日本ではコール金利にあたる)を年1%に。これは過去50年間で最低の水準。

2007年 金融派生商品が専門のトレーダー出身のブレイディ・ドゥーガンがスイス金融大手クレディ・スイスのCEO(最高経営責任者)に就任。当時、同社は平均して1秒当たり二つの取引を行っていた。

 以上の<インターネットと金融の関係年表>は、いろいろな雑誌やインターネットホームページにも出ているだろうが、発想は優れものだと思う。

◆スーパーマン好きの少年は世界を救うファイナンスマンになる!?

 マイケル・ハーシュ氏(ワシントン支局)によるバーナンキ論「世界の未来はこの男の肩に~前FRB議長のグリーンスパンとは対照的な思想とキャラクターを持つ世界恐慌研究の権威バーナンキ議長は世界を救うヒーローになれるか」も子供時代のバーナンキまで視野を広げながら、興味深い論文になっている。

 サウスカロライナ州の小さな町ディロンでバーナンキ氏は、大恐慌が生んだヒーロー、スーパーマンとバットマンに憧れる少年時代を過ごした。そんな男が世界を救う「ファイナンスマン」になった、と。あまり笑い話にならないと思うけど? 54歳だ、というから、1954年生まれか。博士号を取得して以来、大恐慌を招いた原因の研究に没頭していた、というから、グリーンスパンも最適任者を後継者に選んだわけだ。

 旧友でニューヨーク大学教授(経済学)のマーク・ガートラー教授によると、バーナンキは「金融市場崩壊を断固阻止する」と並々ならぬ決意で仕事をしている、と。頼もしい限りだが、バーナンキ論文によると、大恐慌の原因は1929年の株価大暴落以来、1933年のフランクリン・ルーズベルト大統領就任までのフーバー政権で何もしなかったことだ、と結論付けた、という。フーバー政権とFRBが手をこまねき、アメリカの銀行の少なくとも3分の1を破綻させてしまったことが重大な結果を招いた、と。あのころ当局が金融機関の相次ぐ破綻を防ぎ、加えてFRBが高金利政策を貫いていなければ、大恐慌は起きず、さほど深刻でない景気後退ですんだかもしれない、というのがバーナンキ論文だそうだ。何とも心強いではないか。

 バーナンキ議長への批判は三つある、という。

①住宅バブルの崩壊が90年代後半のITバブル崩壊並みで限定的規模にとどまると軽く見ていた

②デフレ対策を重視するあまり利下げに走り、政府債務を増やしすぎて長期間にわたるインフレを招きかねない

③目下の危機収拾後の長期プランを持っていない

 ――というものだ、というが、「おいおい」である。何でも批判できるんだなぁ、という感じだ。①は批判されるべきだろうが、大きくはグリーンスパン氏の責任だろう。②は日本の金融当局も同じ批判を浴びているが、ある程度、政治状況の中で仕方ない部分もあるはずだ。③にいたっては、今言うなよ、という感じである。

 ただ、ここにもあるが、ベアー・スターンズを救済したのに、リーマン・ブラザーズを破綻させたダブル・スタンダードは確かに分かりにくかったし、だから韓国商業銀行批判などがくすぶり、韓国危機の深まりにもつながった。これは批判されてもいいのではないか、というよりも、リーマン・ブラザーズは救済すべきだったのではないか、と個人的には思うのだが。

 著者も書いているように、自由主義者グリーンスパンが自由放任できた金融政策を相当に規制的金融政策に変えている最中だろう。FRBは1994年に住宅ローンの監督権限を与えられたが、グリーンスパン氏は何もしなかった。バーナンキ議長になった7月、初めて、返済能力を十分に証明する書類のない融資を禁止するなど、貸し付けに関する常識的ルールを決めたのだ。

 バーナンキ氏は表面にポールソン財務長官を押し出し、裏方として動いている。それだけに、来年1月、ポールソン氏退任後の財務長官人事は注目されるのだが、案外頑固者らしいバーナンキ氏は誰が財務長官になっても「世界恐慌」にしない、という信念で仕事をやりぬくだろうし、その意味では安心して見ていられる人物のようだ。

 クルーグマン氏へのインタビュー(本誌ラーナ・フォルハー記者)は「財務長官には失望した」の見出し。

 なぜアメリカで金融危機が起きたか、の質問に

 「規制がシステムに追いついていなかった。不透明な銀行システムが発達し、従来の銀行規制では対象外の機関が世界でますます多くの取引を行うようになった。時代を支配した思想のせいで規制拡大の動きもいっさいなかった。今後は規制が広がり、証券化は減り、フロリダ南部の住宅ローンがノルウェーで保有されることもなくなるだろう」

 など、クルーグマン氏らしいやり取りだった。特記事項なし。財務長官にがかkり、とは金融安定化法で曖昧なことが多すぎるからだそうだ。

 フランシス・フクヤマ氏の歴史的論文はここではコメントしない。

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北朝鮮での突発事態、韓国は相当に研究しているようだ~朝日新聞、毎日新聞10月23日朝刊から

◆韓国学者の「北朝鮮突発事態」発言

 朝日新聞10月23日朝刊特集面[合同シンポジウム「北京五輪後の新たな日中韓関係の構築」]で11日に北京で開いたシンポの概要が1ページに特集されていたが、その中で出席者の金一栄・韓国成均館大学教授の<「北」で突発時には協力不可欠>という記事が目に付いた。

 金正日総書記の健康問題である。北朝鮮は①核放棄と改革開放で体制が転換②変化を拒み、内部崩壊③武力衝突と中国の介入――というシナリオはいずれも可能性は低い、として、「核を保持し、部分的な改革開放による現体制維持の確率が最も高い」と言っている。注目すべきはその後の段落だ。

 <突発事件が発生した時、中国は単独介入をなるべく避けたいだろう。経済建設優先のため介入の余裕はなく、覇権主義との批判も困る。米韓共同介入の選択肢もあるが、国連中心の多国籍軍派遣の可能性が最も高い。>

 と言うのだ。その理由として、

 <中国も費用負担が少なく、協力しやすい。>

 として、矛先が日本に向かう。

 <国連の役割について日中韓の合意形成が望まれる。>

 つまり、国連安保理決議のもとでの多国籍軍方式をとる場合、日本が参加できないとか何とかゴチャゴチャ言うな、今のうちから準備しておけ、というわけだろう。どうしてか? それは、

 <突発事件の結果として大量の北朝鮮難民の発生、核の持ち出し、経済復興支援といった課題が浮上する。いずれも国際的な協力が不可欠だ。>

 というのが、協力対処の必要性の根拠である。

 このシンポジウム自体、中国、日本、韓国という東アジア3国の経済人、言論人、安全保障問題担当の学者らだけが出席しており、あくまで「北京五輪後の日中韓関係」が主要テーマだから、このテーマからすれば、ちょっと外れた話だろうし、そもそもアメリカの代表者がいないので話にならないのだが、韓国の場合、学者は政府と日本以上に緊密な関係を構築しており、この金教授の発言は青瓦台の意向と考えてもいい、と思う。

 そこまで青瓦台は真剣に考えている、というのが少しショックだった。

 新聞にはいろいろと韓国政府が準備作業に入った、とか米韓国防大臣会談でアメリカの国防長官が韓国防衛義務を再確認した、とか出ているのだが、そんなに危機感を抱かせるような記述は、今のところ見当たらない。

◆アメリカの学者の見方は?

 毎日新聞10月23日朝刊[世界の目]<6カ国協議は開店休業に>への寄稿でヤン・C・キム米ジョージ・ワシントン大学名誉教授は、朝日新聞シンポジウムにはなかったアメリカの立場を述べていたので、参考にしてみよう。キム氏は、

 <米国が北朝鮮に対し、テロ支援国家指定を解除した今月11日は、日米同盟に大きな打撃を与えた日である。ブッシュ政権は、日本の核武装を含む新たな選択の模索に拍車をかけ、韓国やアジア、中東諸国に核武装の誘惑を拡散させるだろう。>

 と書き出す。

 日米同盟終焉の始まり、かもしれない、と米国の「菊クラブ」関係者は本気で憂慮しているようだ。

 何を憂慮するか、と言えば、日本の独立である。

 核武装までは行かないだろうが、日本は外貨準備を始めとして「アメリカの財布」という役割をいつまでも引き受けていいのかどうか、反米とはいえない有識者たちの間でも考え始めている空気が感じられるのだろう。

 それに、キム氏が最も憂慮しているのが後段であろう。

 つまり、北朝鮮がちっぽけな核兵器を手にしただけで「悪の枢軸」から抜けることができたのならば、イランにしてもシリアにしても核兵器を持つインセンティブになる、という点だ。米国にとってはこれが一番の悪夢であろう。

 映画「ピース・メーカー」ではないが、ボスニア・ヘルチェゴビナ戦争という小さな戦争にしても犠牲者は出る。その犠牲者がアメリカを怨んだ時に、テロ集団に流出した核兵器がニューヨークで爆発する、という悪夢こそ、アメリカ人が最も恐怖するケースなのだ。

 キム氏は政権交代の空白期を問題にする。「新政権発足後は人事交代や政策再検討のため、約半年は足踏み状態が予想される」 のは常識だ。オバマ、マケイン両氏とも北朝鮮核へはブッシュ政権より厳しい、という。ブッシュ政権のこの2年間の融和策に批判的だ、ともいう。全般的な見直しの対象になれば、どうなるか。マケイン氏のほうが厳しく、オバマ氏はクリントン的な「まあまあ」になるかも、とも書いている。

 核兵器関連は今回の米朝合意では検証対象にもなっていないのだ。

 6カ国協議の枠組みは誰もつぶしたくないから、つぶれないが、実質的に開店休業状態に入る、という見立てである。

 米国政府の考え、というか、オバマ政権が今後取りうる東アジア政策はこんなものだろう。

 そこに「北朝鮮崩壊」という事態をかみ合わせた時、何が見えるか?

 金のない米国。余裕のない中国。ミサイル攻撃に怯える韓国。弾道弾搭載核兵器実用化前に何とかしたい日本。それぞれの思惑が入り乱れる。

 誰が音頭を取って、この4カ国の協調を演出するのか? 当然、にわか成金のロシアも頭を突っ込んでくる。相当に難しい連立方程式だ。

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2008年10月22日 (水)

書評「世界エネルギー市場~石油・天然ガス・原子力・新エネルギー・地球環境をめぐる21世紀の経済戦争」ジャン=マリー・シュヴァリエ著(作品社)

 2007年8月20日第1刷発行。定価2730円。増田達夫監訳、林昌宏訳。

世界エネルギー市場―石油・天然ガス・電気・原子力・新エネルギー・地球環境をめぐる21世紀の経済戦争 世界エネルギー市場―石油・天然ガス・電気・原子力・新エネルギー・地球環境をめぐる21世紀の経済戦争

著者:ジャン・マリー・シュヴァリエ
販売元:作品社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 昨年夏の本だが、今のエネルギー問題と環境問題を関連付けて考えるのに最適な本なので、内容をメモしておく。といっても、412ページの大著なので、粗筋を書く気力はないので、印象に残った部分だけを書き抜いておく。エネルギーの歴史、環境保護の歴史もコンパクトにまとめてあり、そのうえ、世界各地の紛争と資源との関連などにまで視野を広げているので、これだけ分厚い本になるのだろう。「ヨハネスブルクの方程式」とか「キルヒホッフの法則」など少しワクワクする話も入っており、著者の博学多才ぶりがうかがえる本である。

 自分の意見を書き連ねる前に、新聞各紙の書評のエッセンスを書きとめておこう。

 まずは日経新聞2007年9月16日朝刊読書欄の新刊紹介。見出しは<深い見識で問題を幅広く分析>だ。

 <エネルギー問題を幅広く分析した本だが、網羅的なものにありがちな底の浅さはまったくない。各章で深い見識に裏打ちされた分析が読める。例えば石油の埋蔵量に関して著者は「技術や価格に左右される弾力的なコンセプト」と埋蔵量が状況次第で大きく上積みされる可能性を指摘。そのうえで話題の「ピークオイル論(石油資源がまもなく尽き、生産が減少に転ずるとの見方)」について、資源の枯渇ではなく、代替エネルギー開発や環境制約で石油消費が先に減退すると断ずる。専門家が納得する議論を一般の読者にもわかりやすく、伝えている点が本書の特徴といえる。各章は「天然ガス、交渉という戦い」といった形で、「戦い」をキーワードに展開されている。資源国、企業、政府がより大きな利益のパイを求めて戦っているのがエネルギーと著者が考えているからだ。最近はやりの石油覇権といった薄っぺらな地政学ではなく、開発、生産から輸送、小売りまで各段階が利潤の分割競争を展開しているとの説明には納得がいく。エネルギーを利用した結果としての環境問題の深刻化への目線も高い。環境保全に向けた21世紀の戦いは金銭欲より倫理観、生産より生活の質に対する意志に動機づけられている、と著者は言う。エネルギー問題を考え直すのに最適な本だろう。>

 以上で全文である。相当に褒めまくっているが、一読、こう書きたくなる気持ちは分かる。

 東京新聞2007年10月7日読書欄の書評は松井賢一・龍谷大名誉教授が書き、見出しは<戦略の諸相を歴史的に考察>だった。文章を見てみると、出だしから、

 <第一次石油危機以前は、エネルギーという言葉自体一般的に使われていなかった。しかし、今や誰もがエネルギー問題を口にするようになった。ただ、その多くはマスコミが垂れ流す表面的な言説の受け売りである。>

 と、マスメディア批判である。

 <エネルギー問題は複雑かつきわめて重要な問題であり、論ずるにはそれなりの知識と世界観が求められる。本書は、そのような期待に応えられる専門家による、本格的なエネルギー問題の入門・解説書である。>

 そうかぁ、専門家はテレビなどでのお笑い系芸人が話す「エネルギー危機話」だけでなく、各新聞紙の社説の論調などにも不満を募らせていたのだなぁ、と思い知る。

 <著者は、エネルギーの世界を本書の原題(「エネルギーをめぐる壮絶な戦い」)にあるように、激しい戦いの場ととらえ、その戦いの諸相を歴史的に考察し、そこから得られる教訓を摘出している。そこでは、イラン・イラク戦争のような現実の戦いはもとより、中東におけるイギリスとアメリカの油田の奪い合い、エネルギーを取引する企業であったエンロン社の倒産などの、力や戦略的野望の絡み合いによる支配などが分析される。>

 と、東京新聞書評も松井名誉教授の評も「エネルギーの戦い」に注目している。著者が題名をそうつけたのだから、そうなのだろうけれども、どうも私の読後の印象とは違う感じがする。「戦い」「暗闘」本なら、最近日本人でも多くの研究者やルポライターが出版している。そういう「石油争奪」ものも結構リアルで詳しいのではないか、と思ってしまう。そうではなく、「エネルギーとは何か」、という問題に真摯に答えようとしている姿勢こそが読者を惹きつけるのではないか、と思うのだ。ただ、取り上げられている事例があまりにもヨーロッパに偏りすぎているので、少し分かりづらいところもある。松井氏の書評の続きを読もう。

 <本書の特徴は以下の3点にまとめられるであろう。>

 として、

 <第一の点は、エネルギー問題を、経済理論や、技術論に偏ることなく、政治的、社会的な考察も含め歴史的、総合的に論じていることである。読者は、エネルギーをめぐる壮大なドラマに圧倒されるであろう。>

 と書いている。ここがポイントのような気がする。

 <第二は、いわゆる市場万能性を信奉する自由主義経済学を批判し、規制も重視する考え方をもっていることである。著者は、市場の役割を過大評価した自由化に対する規制、炭化水素エネルギーや電気の供給の安全確保に関する規制などが必要であるとする。米英主導の市場原理主義に流されがちな日本には大切な指摘だと思われる。>

 これは著者はあまり声を大にしては言っていないが、読めばそういうことだ、と分かる点だろう。つまり、著者のスタンスだ。

 <第三の点は、エネルギー・経済・環境の調和を達成するために規制を国際的規模で導入する必要が出てきたという指摘である。>

 これも本の中で何度も出てくる主張ではあるが、国際的規制というよりも、環境に負荷のかかるエネルギー開発と経済成長と環境問題をいかに調和させるのか、という問題意識が強く、そのためには先進国のやるべきことがまだまだ多い、そこは自由放任ではなく、きちっとやらせるべきだ、という主張だと思ったのだが。

 <優れたエネルギー入門書であるとともに、専門家にとってもエネルギー問題への重要な情報と視座を与えてくれる書であり、一般の人々、専門家両者にお勧めしたい。>

 なるほど、そうですか。ここは素人の私にはコメントできない部分ではあるが、専門家がそう言うならばそうでしょう。一般読者にどんどん読んでもらいたい、という気持ちは私も同じだ。

 つまり、ユニークな本なのである。

 ということは、内容のピックアップに入る前に、そもそもこの著者は何者か、を説明しておかなければならないだろう。本には詳細な著者紹介が掲載されており、その上、林氏による「訳者あとがき」には「著者のジャン=マリー・シュヴァリエについて」という短文までついているので、適当に抜き書きする。

 <ジャン=マリー・シュヴァリエ氏は現在、エネルギー経済研究ではフランスきっての名門校であるパリ大学ドフィーヌ校の経済学部教授。同大学「エネルギー・資源地政学研究センター」(CGEMP)所長。石油に関してはおそらく世界で最も権威が高いシンクタンクである「ケンブリッジ・エネルギー研究所」パリ事務局長、フランス首相の諮問機関「経済分析審議会」(CAE)委員、電線・石油・天然ガス産業用ケーブルについての世界的な総合メーカー「Nexans」社役員などを務める。

 これまでには、フランス大手石油会社エルフ(現トタール)役員、世界銀行のエネルギー部門の責任者、パリ国立銀行(現BNPパリバ)の役員を歴任し、EU委員会や各国政府のエネルギー問題諮問委員なども務め、その功績により1998年「レジョンドヌール勲章」を受けた。まさに、市場の現場から、行政・政策の中枢までをも知り尽くした、ヨーロッパを代表するエネルギー問題の専門家。邦訳書に「石油危機時代――産油国・消費国・メージャー」(青山保・友田錫訳、サイマル出版会)。本書の序文は国際エネルギー機関(IEA)事務局長のクロード・マンディル氏が書いているが、IEA事務局はパリにあり、マンディル氏と著者は学友だ、という。>

 以上が本書の解説やあとがき、著者紹介にあったプロフィルだが、生年月日がないので、年齢は分からない。50代後半か60代なのだろう、と想像するが。

 しかし、キラ星のような経歴の人だなぁ。

 だから、新聞書評でも構えた褒め称え風の文章になってしまうのかもしれないなぁ。私は経歴欄があまりに長いので、見ないで本文を読んだので、先入観なく読めたのだが、「まともな本だ」「歴史がよく分かる」くらいで、そんなに偉い人が書いている、という印象なかった。ただ、略歴にも書評にもあるが、すべてにわたって詳しい、いろいろな情報を持っている人だ、とは思っていたが、この経歴を見て、情報が入りやすいポジションにいるから入ってきたのだ、と分かった。

 それでは、気づいた点だけピックアップしておく。

◆クロード・マンディルIEA事務局長の序文から

 まずは、クロード・マンディルIEA事務局長は「序文」で、シュヴァリエ氏のいう「エネルギーの世界は激しい戦いである」というテーゼがなぜ導き出されるか、について、

 <エネルギーの分野では、短期的ヴィジョンは長期的ヴィジョンと相反し、供給先の安全確保はコスト削減と相反する。環境保全と経済的効率性も相反し、エネルギー・ネットワークの確立は地域ごとのエネルギー確保という目標に相反する。市場の寡占化は「規制緩和市場」の理念と相反する。このように羅列した事項がエネルギー分野の特徴であるがゆえに、不確定性は増大する一方である。>

 として、科学技術的な不安定要因だけでなく、地質学的不安定要因、政治的不安定要因がある、として、その不安定性ゆえに「戦争」状態なのだ、と指摘する。また、

 <市場は不完全であり、また国家のみが、市場が国内の消費者に提供する選択肢の幅を決定できる立場にある。すなわち、エネルギー安定供給の水準のあり方、電力供給の中での原子力や再生可能エネルギーによる発電の割合をどのくらいにするかといったことや、貧困層に対して電力をどのように供給していくかといった問題の判断は、国家の役割である。>

 と、国家の役割が今後、さらに見直されてくることを明言しているのが面白かった。

◆序章 エネルギーをめぐる戦いの現場

 面白かったのは、他の本でもあるのだが、エネルギーの大雑把な歴史である。

 <1900年には世界人口16億人のエネルギー消費量は、石油換算で5億㌧だった。その100年後の現在、世界人口は5.6倍に増えた一方で、エネルギー消費量は100年前の18倍である90億㌧に達している。20世紀の特徴は、内燃機関、電力モーター、タービン、ターボジェットといった発動機の発展にある。…20世紀後半の30年間には、われわれの日常生活から生じる欲求を満たすために、電気は必要不可欠なものとなり、生活と密着したものとなった。20世紀前半からエネルギー源を確保することは経済活動を機能させるための戦略的課題となってきた。…毎年、石油から生じる利潤の総額は、フランスの国内総生産に等しいほどである。>

 この比較は他の本でも見たことがあるが、説得力がある。

 <21世紀初頭、世界の年間総エネルギー消費量は、石油に換算して(この単位を石油換算トンtoeという)およそ90億㌧である。世界総人口60億人であるから、1人当たり年間約1.6toeを消費していることになる。この大まかな計算は、著しい格差ならびに不平等を明らかに覆い隠すものである。アメリカは世界総人口の5%を占めるにすぎないが、世界のエネルギーの4分の1を消費している。アメリカ人1人当たりの年間エネルギー消費量は、石油換算で8㌧である。アメリカ人の平均所得に対してヨーロッパ人の所得は、その75%であるが、ヨーロッパでは、平均して1人当たりの年間エネルギー消費量は3.5㌧である。最貧国の1人当たりのエネルギー消費量は年間数百㌔㌘にすぎない。地球上で20億人近くの人々が電気やブタン、灯油といった石油製品などの近代的エネルギー源にアクセスできないでいる。

 <エネルギーに関する国際情勢は、三大化石燃料の動向に大きく影響されている。実際、一次エネルギー消費量の内訳は、石油が40%、石炭が25%、天然ガスが25%となっている。残りの10%が水力や原子力、また風力、太陽エネルギー、バイオマスといった再生可能エネルギーである。われわれのエネルギー消費の実に90%以上が、埋蔵されたエネルギーに依存しているということは驚くべきことである。>

 <1970年代に2度にわたる石油ショックを経験したが、再生可能エネルギーの消費割合はほとんど増えていない。…現在、世界で消費される石油の半分以上が、陸・海・空での輸送手段の燃料として使われている。需要と供給の関係に変化が見られないかぎり、短期的にこの構造に変化は起こらない。…海運輸送の38%は石油と石炭である。>

 <世界のエネルギー需要量は、現在から2030年までに1.7%の割合で増え続けると予想されている。>

 世界の人口の76%が居住する途上国では現在、世界のエネルギーの30%を消費しているが、2030年には50%近くを消費することになるであろうと予測されている。

 <IEAではインドや中国の目覚しい台頭により、エネルギー消費量は、この2カ国だけで2000年の12億toeから2030年には28億toeに上昇するのではないかと予想している。一方、OECD諸国の消費量は52億toeから71億toeに上昇すると予想している。言い換えればインドと中国の需要量の増加分は現在から2030年までの世界の需要増加分の半分近くを占めることになるであろうと予測している。>

 <大部分の専門家によれば、今後100年ぐらいは、化石燃料を十分に確保することができるとの意見で一致している。>

 <21世紀初頭の現在、予想される主な技術的問題点は①核分裂を利用した次世代原子炉の開発②燃料電池に使う水素燃料の開発③半世紀にわたって最も効率の良い未来エネルギー源となると一部では考えられてきた核融合の開発④電力輸送手段のための超伝導技術の応用――だが、いずれもいまだ技術的には実験段階で、どれ一つとして2030年までに実用段階に達するものはないとさえ考えられている。>

 <2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件以来、エネルギーに関する地政学的緊張感は、これまでになく高まっている。…このテロ事件、アフガニスタンやイラクでの戦争といった一連の事件により、世界でのテロや暴力の存在を再確認した。…豊かな先進国は不公平を是正するために多額の資金を拠出しているが、大きな変化はまったく見られない。アフリカや中東からインドネシアまでといった地域の人口の半分以上は20歳未満であり、こうした若者たちや、グローバリゼーションから疎外された者たちが、最も暗いシナリオの主人公となるおそれがある。これらの地域はイスラム圏であり、石油資源の60%が埋蔵されているが、彼らがイスラムの教えを誤って理解し、誤って解釈することにより、国内外において破壊行為の尖兵となるおそれがある。攻撃の対象となるのは、世界貿易センタービルといったグローバリゼーションを象徴する建物や、グローバリゼーションに屈した国内政治体制となることが予想される。>

 <こうしたシナリオを描くことにより、われわれは、生産体制・輸送手段・エネルギー消費といったことについて抜本的に再検討することができる。…たとえかなり割高ではあっても、まず、エネルギーを域内で調達することが一つの課題となり、国際輸送のあり方についても、再度、考察してみる必要があると思われる。>

 EU域内エネルギー調達へ向けた戦略が始動していると見たほうがいい。EUは、ここまで真剣にエネルギー問題を考えている。

 <「マーガレット・サッチャーの法則」(いかに準備万端でも想定外のことが起こる)>P37

 <「鉱山の論理」…石油・天然ガス・石炭採掘に当てはまる>P38

 <原油から精製された製品の国際市場価格は税込みで年間総額が2兆ユーロに達する。ここから総費用を引く。総費用額は約5000億ユーロ。総収入と総費用の差額である1兆5000億ユーロが原油から生じる余剰収益であり、これが世界の年間石油流動金融資産である。この余剰収益はフランスの国内総生産とほぼ同額であり、すなわち石油は世界第5位の経済大国であるフランスと同等の富を毎年生み出している。…「オイルマネー」…こうした超過利潤をめぐってしばしば地下資源の所有者である生産国、さまざまな流通経路に存在するエネルギー企業、税を徴収する消費国の政府という三つのグループが衝突している。エネルギーをめぐる壮絶な戦いとは超過利潤の創造・専有・保護・分配をめぐる戦いであり、この経済的ならびに金融的争点は、中東・ロシア・OPEC諸国・ギニア湾願書国といった数少ない地域に、国際エネルギー資源が集中していることから、政治的争点と密接な関係がある。>

 <また、エネルギーは経済力ならびに軍事力を決定する重要な要素であることから、各国政府は、エネルギー価格が高騰しようが、調達体制の安全を確保し、自国企業が外国のエネルギー源にアクセスできるよう取り計らう義務がある。各国政府は石炭・原子力・再生可能エネルギーといった国内エネルギー開発を推進し、財政支援することが求められている。エネルギー輸出国側の政府は、国会資源の採掘が国益と見合っているか、または、現政権の利益となっているか(こちらの場合の方が多いのであるが)見極めることが必要となっている。>

 <石油会社にとって、最優先事項は石油であり、その超過利潤は天然ガスから生じる超過利潤よりも格段に高い。>

 <フランスの歴史学者フェルナン・ブローデルは「未来の不確実性を占うためには、過去にさかのぼること」と述べている。>P69

◆第1章 これまでの戦い、そして歴史の教訓

 P75~P115までの短いページ数の中で、著者は要領よく石炭→石油→原子力の開発と紛争の歴史をまとめている。

◆第2章 エネルギー市場の自由化をめぐるヨーロッパの戦い

 P119~P165まで。ケインズ手法の限界などにも触れているが、面白いのは1968年5月のパリの学生・労働者の大規模反体制運動をひとつの節目と見ていること。「アンバンドリング」という魔法の言葉(P137)。ヴァリューチェーンの解体と再構築(P146)。

◆第3章 電力という新市場における戦い

 P169~P224。キルヒホッフの法則(P172)。

◆第4章 天然ガス、交渉という戦い

 P227~P272。

◆第5章 石油をめぐる永遠の戦い

 P275~P323。

◆第6章 21世紀の戦い―「ヨハネスブルグの方程式」

 P327~P368。ヨハネスブルグの方程式はP328。P334でエネルギー価格を上げて貧困者へは課税、補助金などで調整するシステムを提言。

◆解説「エネルギーをめぐる21世紀の課題と日本の役割」増田達夫

 P380~P407。これが短くてまとまっていて、ざっとした内容を読み返すには最適だと思う。

 内容が濃い本だ。昨年も1週間かけて読了した覚えがある。何度でもじっくり読む価値のある本なのだろう。残念ながら、日本ではこのように情報を持っていて、書けて、影響力もあるというエネルギー関係者を知らないから。やっぱり、アフリカを植民地にしていたフランスの伝統はあなどれないなぁ、とつくづく思った。

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2008年10月21日 (火)

日本版排出量取引10月21日スタート~EUに勝った負けたより、もっと知恵を出そう:21日各紙朝刊から

 いよいよ日本でも排出量取引がスタートする。

 麻生太郎首相直轄の「地球温暖化問題に関する懇談会」(座長・奥田碩トヨタ自動車取締役相談役)は20日夜、首相官邸で開いた会合で、政府が提示した、今月から試行される温室効果ガスの国内排出量制度の実施計画案を了承、21日の地球温暖化対策推進本部(本部長・麻生太郎首相)で正式決定した。

 21日、参加企業の募集を始めた。来夏には実際に排出枠の取引が活発になる見通しだ。しかし、日経新聞21日朝刊5面<排出枠、来夏に本格取引>は、

 <削減目標の設定には強制力がないことや、当初は取引所がなく相対取引が中心となることから、試行が実効性を上げるかどうか未知数だ>

 と批判的な論調だった。

 読売新聞21日朝刊2面によると、試行内容は①ガス削減の目標(排出量目標=排出枠)は企業が自主的に設定、参加は任意とする②投機的な取引による排出枠の価格高騰を防ぐため、価格に一定の指標を設けることを検討する、など。

 ①は政府が義務的に目標を設定するよりも企業が参加しやすいため②は2005年に排出量取引市場を開設した欧州連合(EU)では投機マネー流入による価格高騰が見られるため、投機的取引防止策を検討課題とすることとした、いう。

 地球温暖化問題に関する懇談会では2020~2030年ごろのガス削減目標を検討する「中期目標検討委員会」を懇談会の中に設置することを決めた。奥田座長は会合後の記者会見で福井俊彦・前日銀総裁を委員長に起用する考えを表明、この委員会報告を基に政府が来年中に日本としての中期目標を決定する方針だ、という(読売朝刊)。日経によるとこの委員会の初会合は11月上旬の予定らしい。

 日経新聞5面によると、

 <排出量取引は企業などに排出枠を設けたうえで、実際の排出量との差を金銭で取引する制度。企業は排出枠よりも排出量が少なければその分を売却できる。多ければ超過分をほかから購入しなければならず、企業による排出削減や技術革新の動機付けになるとされる。>

 <EUでは2005年に導入済み。日本ではこれまで統一した国内制度はなかったが、6月には福田康夫首相(当時)が10月からの実験開始を宣言した。麻生首相は20日の懇談会で「できない理由ではなく、まずはやってみる。排出量取引もやらなきゃならん」と強調。前首相を引き継いで制度を推進する方針を改めて確認した。>

 <試行は企業単体かグループでの参加が原則。参加を希望する企業は2012年度までの年度ごとの削減目標を自主的に設定した上で、経済産業省や環境省などで作る「運営事務局」に申請し、事務局が目標の妥当性を審査する。その後、企業は2009年8月までに2008年度の排出量を政府に報告。年末までに排出枠を取引して目標達成を図る。>

 という段取り。企業は年度ごとの削減目標を設定するのが大変だろう。

 日経同紙面の横組み表<国内排出量取引制度の今後の主な流れ>によると、

 08年度の参加企業の募集締め切りは12月中旬なので、年末には08年度の参加企業数が確定することになる。2009年1~3月には試行の開始に伴う課題を検証し、翌年度の仕組みに反映させる。8月には企業が政府に08年度の排出量を報告。排出枠の取引活発化、年末まで企業が目標達成に向け排出枠を取引、政府が検証する。

 このサイクルを毎年繰り返すことになる。

 <政府は甘い目標設定が安易に排出量の売り手増加につながらないよう、過去の実績より厳しい目標にするよう企業に求める方針だ。>

 なるほど、と思った。製造関係の中規模、大規模事業所向けに何年か前から経済産業省が二酸化炭素排出に関して詳細なアンケート調査を実施しており、専門家のいない企業など、この調査に答えるだけで相当な苦労をした、と聞いたことがあった。その時は「経済産業省が何をやっているのだろうか?」くらいにしか思わなかったが、この排出量取引の準備作業だったわけだ。

 日経新聞5面記事の続きを読む。

 <当初は排出枠を売買する取引市場は創設せず、商社や銀行、証券会社などが売買を仲介する相対取引が中心となる見通し。参加企業は排出枠を売買するための取引口座を政府に申請して開設。排出枠を買いたい企業は直接取引する相手を見つけるか、商社などに相談し排出枠を売りたい企業を見つけ、排出枠の代金と引き換えに排出枠を手に入れる。>

 日本だなぁ、商社が中心的役割を果たすことになるのだ。

 <政府は取引業者などから聞き取り調査をした上で、売買の参考となる価格指標の公表を検討する。売買希望者の情報と併せて、ネット上に公開する方向で調整中だ。>

 <金融機関など、取引だけを目的とした企業の参加を認める一方、投機マネーの流入による排出枠の価格の乱高下を防ぐための対策も導入する。企業がある年度に排出枠が余った場合に次年度に繰り越したり、足りない場合に前借したりすることを認め、過度な需要発生を抑える。価格指導の公表も排出枠価格の高騰に歯止めをかけられるとみている。価格が暴騰した場合は政府が適正化のために具体的な措置を実施できるようにした。>

 投機マネー排除をどのようにやるのか、が最も興味ある部分だったが、どうも透明性、情報公開を最大の武器にするようだ。しかし、もう少し強力な手段を手に持っていなくて大丈夫なのかな?

 毎日新聞は21日朝刊3面[クローズアップ]<日本版排出量取引/目標は企業任せ/業界に配慮、「参加」を優先>で図入りで特集していた。

 毎日新聞1面本記によると、政府は1000社超の企業の参加を見込んでいるという。

 毎日新聞3面記事も面白いのだが、たとえば、記事の前文で

 <政府が排出量を強制的に決める欧州連合(EU)の制度とは大きく異なる。専門家からは「国際標準とはいえない」と、早くも実効性に疑問の声が上がる。>

 とあり、本文でも、

 <EUは原則として各国政府が、過去の排出実績などを基に各事業所の排出枠を厳しく決めている。各事業所は排出枠を達成できない場合、高額の課徴金を払わなければならない。目標を達成できない企業は、取引市場などから余剰分の排出枠を買い取るため、市場が活性化するほか、企業の削減努力がより強まり、全体の排出量削減につながることを目指す制度になっている。>

 と、あたかもEUが神様で、日本は神様に及びもつかない、という書き方だったのには違和感を覚えた。

 欧州排出量取引制度の視察をもとに「低炭素化時代の日本の選択~環境経済政策と企業経営」(岩波書店)をまとめた一方井誠治・京都大学教授によると、EUも相当に苦労して、制度設計を見直している最中らしい。絶対の制度などないのだ。

低炭素化時代の日本の選択―環境経済政策と企業経営 低炭素化時代の日本の選択―環境経済政策と企業経営

著者:一方井 誠治
販売元:岩波書店
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 この制度は温室効果ガスのうち二酸化炭素を直接排出する施設を対象として排出限度枠(キャップ)を定めるいわゆる下流型の排出量取引制度だ。

 2003年7月のEU理事会で採択された「EU域内排出量取引指令」が取引の根拠となっている。

 加盟各国はそれぞれに課された排出削減目標を達成するために国内政策に基づいて、EUアローアンス(EUA)と呼ばれる対象施設に配分する排出枠を決定する国別割当計画(NAP)を策定、欧州委員会の承認を得る。承認後、各国で対象施設に対してEUAが政府によって無償または入札(オークション)という形で配分される。

 産業界からの強い要請があって、制度の第一期(2005~2007年)では配分総量の少なくとも95%(第二期では90%)はオークションではなく無償で配分されることとなっている。

 つまり、日本だけが産業に配慮しているのではなく、EUだって95%、90%は無償配布なのだ。

 EUの制度の厳しさは、高額の罰金が定められており、たとえ罰金を払っても、次の期間に排出枠の未達成に見合ったEUAを確保する義務からは免除されない点だろう。

 EUAは期間内は年を越えて繰越可能だが、2008年以降の第2期間への繰越はほとんどの国で認められていない、という。だから、売ったり買ったりするのだ。

 EUA価格は投機マネーの流入で暴騰後、一時限りなくゼロに近くまで暴落したこともあり、なかな投機マネー対策への有効な対処策がないことが弱みのようだ。

 ただ、同書の書評でも書いたが、欧州はこの排出量取引、炭素税などの環境対策と企業減税などをうまく組み合わせるという知恵を発揮している。日本はこの点を学ぶべきだろう。

 一方井氏はオーストラリアの新政権が環境問題に積極的対応を始めたこと、アメリカの新政権も環境を新たな戦略目標にすえるだろうことをあげて、日本が遅れてはいけない、とは書いているが、EUという「国際標準」に従え、とは書いていない。これは良心的な環境問題関連の学者のコンセンサスではないか、と思うのだが。

 毎日新聞記事も植田和弘京都大学教授の「効果は期待薄」の談話だけでなく、諸富徹京都大学准教授の「政府もさまざまなノウハウを蓄積できる」という談話も掲載、バランスを取っていた。

 また、EUの第一期が基準が甘すぎて結果を出せなかった、ともあったが、なぜ甘くせざるを得なかったのか、を書くべきだろう。ただ、

 <試行制度を「練習」と位置づける斉藤鉄夫環境相は、将来、EU並みの制度導入を見据えており、本格導入への議論を早急に始めるべきだと訴えている。>

 との斉藤氏の発言紹介は良かった。

 この斉藤氏の言い分がそのまま日本政府の方針になれば、申し分ないと思う。

 毎日新聞3面の関連記事<ポスト京都主導権争い>がテーマにしていた政略的な意味合いももちろんあるのだろうが、EUに勝った負けた、というのはまだ早いだろう。

 それよりは、この「試行」を環境相のいうような制度にブラッシュアップできるかどうか、EU以上に価値ある制度を本格導入するために嫌がっている産業界のコンセンサスを得るような努力を政府が本気になってするかどうか、が大事なのだろう。

 だから、EUの炭素税の使い道が気になるのだ。日本もここを見習ってほしい。

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2008年10月20日 (月)

書評「20世紀末バブルはなぜ起こったか~日本経済の教訓」古野高根著(桜井書店)

 2008年11月5日初版発行、定価3675円。執念の本である。

20世紀末バブルはなぜ起こったか 日本経済の教訓

著者:古野 高根
販売元:桜井書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 古野氏は1938年福岡県生まれ。1962年東大経済学部卒業。住友銀行調査第二部長、取締役審査第二部長を経て、1990年以降住銀リース専務取締役、ティーケイビル社長等、現在はニチハ監査役。この間2004年放送大学修士(学術)、2007年東京経済大学博士(経済学)。論文に「景気循環の未決問題――加藤雅教授の遺したものは何か」(長島誠一と共同執筆)、「東京経済大学会誌」第249号、2006年3月。

 これも帯から紹介しておこう。

 <元金融マンが書いたバブル論! バブル経済を金融ビジネスの第一線で体験した著者が、渦中で感じた疑問に、5年余りの学究生活をへて自ら答える探求の書>

 <バブルについてはこの20年余、目先のことに追われ、マスコミの報道に振り回されて冷静に問題の本質を検討することがなされなかったのではないかとの思いが、筆者には強い。筆者は1980、90年代の金融機関に身をおき、渦中でバブルの形成と崩壊を眺める立場にあった。そこで強く感じたことは、センセーショナルなマスコミの報道とは異なり、経済の世界でなぜこのようなことが起こるのかという率直な疑問であった。>

 2番目の引用は「はじめに」のP4にある。P8に執筆経緯が書いてある。

 <大学卒業後40年余もの間、経済学から遠ざかっていたブランクを少しでも埋めるためには大学院で学びなおすしかないと感じた。たまたま2002年に開校した放送大学大学院に入学した。そこでは仕事を続けながら学ぶことが可能で、修士課程までは終了することがdきた。しかし放送大学には博士課程がなく、仕事のめどもつき始めていたので、改めて東京経済大学大学院経済学研究科の門をたたき、博士後期課程で研究を続ける機会を得ることができた。この間、最新の経済学の動向から論文作成のイロハまで懇切にご指導いただいた放送大学の林敏彦教授、坂井素思助教授、論文指導を通じてさらに幅の広いものの見方、考え方を親切にご指導いただいた東京経済大学の長島誠一教授には心からお礼申し上げます。同時に長島教授とともに論文の審査に当たられた東京経済大学の渡邊尚教授、江藤勝教授にも懇切な示唆、ご指導を頂いた。また論文作成の過程や完成後に与えられた発表の機会、大学院内の博士論文計画発表会、2度にわたる独占研究会での報告にご出席くださった先生方、経済理論学会での報告にコメンテーターをお引き受けくださった富山大学の星野富一教授には数え切れない貴重なご指導や助言を頂いた。改めて謝意を表したい。>

 本にまとめた喜びが誰にでも分かる、すがすがしい文章だ。

 住友銀行はバブルの時、三菱、三井を追いかけ追い抜くために銀行自身だけでなく、子会社を通じて、不動産を担保に無理な貸付を続け、特にイトマン関連では大きな疑惑が表面化したものの、大山鳴動してネズミ一匹の結末だったのではないか。

 古野氏は住友リースで危ない橋も渡らせられたのではないか。バブル崩壊の渦に巻き込まれた人たちは相当に痛めつけられた。具体的には知りようはないが、古野氏も相当に傷ついたのではなかろうか。そのトラウマを消すためにも、バブルの正体が知りたかったのではないか、と、そんな心理学者のような想像までしたくなるような、努力の日々が続いたのだと思う。

 P227からP263までの横組みの付録1<20世紀末バブル形成期における経済動向と論文・新聞報道>を読んで、苦労の大きさの一端を知ることができる。

 <1983年から90年までの景気動向、バブルに関連すると思われる主要経済雑誌、新聞の記事を参考までに一覧表とし、主要経済事件を併記する。新聞は日本経済(N)、朝日(A)、毎日(M)、読売(Y)の縮刷版によった。社説は紙名略号の後にEを付した。タイトルは記事の内容を簡潔・的確に表すために手を加えたものがある。なお、経済と記事の流れを鳥瞰できるように、参考文献一覧、本文脚注に掲げたものも重複掲載した。>

 の前書きをつけ、

 1983年1月24日OPEC総会・逆オイルショック/新聞=14日N今年は金余り相場/24日AE地価の軟化傾向。1月29日東洋経済、勝又寿良(記者)「土地神話は崩壊した」、2月5日東洋経済(社説)「地価安定時代に借家建設の促進を」…など、延々と続く。この一覧表を熟読すれば、当時の動きがすべて分かる。大変な力作なのである。

 「はじめに」で著者は

 <バブル形成期にはエコノミスト、経済学者の意識はきわめて希薄で、経済評論の世界でも1986年までは円高不況、大恐慌再来の可能性などにとらわれていた節がある。したがって株価・地価の高騰についても当初は「日本的経営」の勝利とか、「東京国際金融都市」とか、肯定的かつ楽観的な受け止め方が主流であった。一方、経営者の側では本格的な国際競争の時代、金融自由化の時代を迎えて、これまでの政策的庇護の下で国内シェア獲得にしのぎを削った時代から、国際的市場での収益競争の時代に入ったとの認識のもと、新しい収益機会を逃すまいとの意識が強かった。マスコミの財テクなどについての取り上げ方ももしろ肯定的ですらあった。円高不況対策としての内需拡大も、1987年2月の公定歩合2.5%への引き下げ、5月の6兆円の財政支出になると、資産価格への影響は決定的になる。その後、株価はタテホ化学工業の財テク失敗やブラック・マンデーなどでいったん反落し、地価は下落しなかったものの、議論の方向は犯人探しから政治問題化していった。>

 として、

 <吉野俊彦(「インフレの足音が聞こえる」エコノミスト1987年8月4日)は卸売物価指数、消費者物価指数にストック価格を加えた総合購買力指数を作ることを提案して、1987年8月時点で、これで見ればすでにインフレが進行中である、と物価動向とは別に資産価格の異常さに警告を発した(おそらくバブルを指摘した最初のエコノミストではなかったか?)。>

 と吉野氏の業績を高く評価。

 <バブル崩壊後も銀行不祥事の続発、証券損失補てん問題などのスキャンダルの追及に追われて、不動産融資問題の深刻さに対する継承は打たれなかった。>

 と書いている。

 著者は定義が揺れている「バブル」を再定義し、バブルの要因を解剖し、金融要因は首班ではなく従犯であった、との結論を出した。

 今後、古野氏が参加して、改めてバブル論の論争が起きれば、今後の経済学のためだけでなく、日本の現実政治にも大いに役立つだろう、と思う。

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そういえば「公的資金を入れろ」としつこかったなぁ 日本の経験を生かさなかった米国~産経新聞10月18日経済面と20日1面竹中平蔵論文から

 産経新聞10月20日朝刊1面[ポリシー・ウオッチ]<信認危機に対処せよ>で竹中平蔵慶応大学教授は今回の世界危機が単に金融市場の問題を超えて経済運営そのものへの不信、「コンフィデンス・クライシス」(信認危機)に至った、と断定。①日本の株価低落が深刻であるのはアメリカ発の金融危機以上の「何か」が作用している②世界の株価下落の背景として目の前にある金融の混乱と、より中期的なマクロ経済への影響を別個に考える必要がある――と言う。

 信認危機への歯止めはいったんかかった形になったが、本当に金融混乱が収まるかどうかはこれからが正念場で、ポイントは欧米諸国が1990年代の日本の失敗から学ぶかどうかだ、という主張である。

 竹中氏の主張を見てみよう。

 よく「資本注入の成功体験を学べ」と言われるが、正しくない。

 日本では1998年の金融国会で公的資金の新しい枠組み(金融健全化法)ができ、これに基づいて99年に7.5兆円の公的資金が注入されたが、注入後も4年間金融危機は収まらず、2002年に小泉内閣が金融再生プログラムを作って初めてバランスシートへの不信が払拭されて、事態が改善された。

 日本の場合、信頼できるバランスシートを作成し、具体的に不良資産の査定を厳格に行い、市場が資本不足額がどのくらいか信頼できるような形で明確にするプロセス抜きに資本注入だけ行ったので、不信が払拭されなかった。

 この失敗の経験を生かし、資本注入の手順と資産査定の具体策についての経験を伝えることが日本の役割だ。

 ただし、日本の場合は銀行危機で対象が銀行貸し付け債権に限られていたが、今回はマネーマーケット危機であり、資産査定に従来以上の技術的な困難さが伴う、という内容である。

 中川財務・金融担当相らの「教えてやる」式の「浅はか」発言への批判の意味もこもっているのだろう。

 確かにただ資金を入れればいい、というものではないだろうとは思う。

 10月18日日経新聞朝刊[大機小機]のカトー氏は10月8日の世界10カ国の中央銀行による協調利下げに日銀が加わらなかったのはいかがか、と白川総裁の行動に疑問を表明しているが、この「何でもかんでも金融緩和を」という議論も、中川氏らの議論の延長線上の主張ではないか? と思った。

 それはさておき、竹中氏がいみじくも言っているように「日本に学べ」(本当は「日本の失敗に学べ」なのだろうが)の大合唱を聞いていると、当時を思い出す。

 10月18日産経新聞朝刊経済面<公的資金の投入を日本に迫った米/1990年代後半「金融不安解消へ検討すべきだ」>はそうした思いを持った読者の要望にこたえた記事だろう。「その通りだ」と言いたくなる。

 記事は三洋証券や北海道拓殖銀行が相次いで破綻した1997年11月、サマーズ米財務副長官が「日本の金融不安の解消に向け、公的資金の投入を検討すべきだ」と迫った。その前年に住宅金融専門会社(住専)処理をめぐる公的資金の投入で世論の厳しい批判を浴びた日本政府に、その後も資本注入を促した。

 <米国の圧力に屈するように日本は98年3月、大手銀行や有力地銀にほぼ横並びで1.8兆円の資本注入を実施。そして旧日本長期信用銀行と旧日本債券銀行が相次ぎ国有化される中で、大手行に7.5兆円が資本注入された。

 それでもサマーズ財務副長官は99年、柳沢伯夫金融再生委員長に書簡を送り、「(資本注入した)7兆円台半ばでは注入額が不足している」と詰め寄るなど執拗に注入額の増額を迫った。>

 恨みがこもった文章である。当時を知っている記者が書いたのだろうなぁ。

 極めつけは、この記事に付けられた横組み表<1990年代後半の金融危機をめぐる米政府高官の主な発言>記録である。97年11月のサマーズ発言から始まって、99年2月に同じサマーズ副長官の柳沢氏への「まだ不足」発言まで、10の発言を並べていた。

 グリーンスパンFRB議長、ルービン財務長官とサマーズ氏だが、圧倒的にサマーズ発言が多い。98年2月にサマーズ氏が斎藤駐米大使に「減税がたとえ10兆円になっても驚かない」と言ったこと、同じ2月にルービン長官がG7後の記者会見で「われわれが期待するのは、日本の内需主導による景気回復だ。財政的刺激が必要だというのがIMFの見方だが、財政刺激には財政支出を増やすか、減税するか二つの方法しかない」。

 11月にはサマーズ氏がワシントンの講演で「日本の景気後退の深刻さを考えれば、政府支出と減税規模の拡大が適切だ」。これらの発言は、今読み返してみれば、内政干渉そのものではないか、とやっぱり苦々しい思いが甦る。

 小渕恵三内閣は効果の薄い公共事業に大枚を投じ、財政赤字を天文学的数字にして、少子高齢化した日本の将来計画を滅茶苦茶にしたが、その原因はアメリカの圧力そのものだった。

 公共事業にまつわる政官業の癒着体質が残り、小泉構造改革でも癒着構造を斬り捨てることができなかった。大きな後遺症を日本の社会・経済に残してしまったのだ。

 18日の産経新聞経済面は<米政府 遅すぎた決断、高まる不安>とワシントン発の特派員電をこの記事につけていた。

 米金融大手のゴールドマン・サックス出身のポールソン財務長官が政府介入を嫌うウォール街の論理にこだわるあまり、不良資産買い取りにこだわり続けた、との批判が米国内で上がっている、という内容である。記事はポール・クルーグマン氏がニューヨーク・タイムズ紙で「ポールソン氏の当初の対応がイデオロギーにゆがめられた印象は否定できない」と非難したことをあげていた。結局、ポールソン氏は路線転換するのだが、約3週間、市場に誤ったメッセージを与え続けた、と批判している。

 このように対比してみれば、10年前の感情が沸々とわきあがってきて、アメリカめ、となりそうなのだが、竹中平蔵氏は冷静だった。

 先ほどのコラムの続きである。

 つまり、米国よりも欧州よりも日本の株価下落率が大きかったのは、何かアメリカ発の金融危機以外の要因があるのではないか、という点だ。

 2004年の国会で、地銀などに予防的な資本注入を行い、金融力を強化する目的で金融機能強化法が成立したが、その後、マクロ経済が好転する中で危機意識をなくした関係者はこうした努力を怠ったため、結果として予防的注入の枠組みはほとんど使われず、今年3月に廃止された。これを放置した行政にも責任がある、という。

 そして、同法の復活を図る向きがあるが、今回は従来の法律をより強化する枠組みが必要だ、として資本注入というアメとともにきちんとした融資を行わせるための融資還元というムチの部分を法制化する必要性を説いている。

 外需依存で国内では独自の金融目詰まりを起こしている日本ではさらに今後、倒産の増加など深刻な影響が予想されるのだから、日本は日本独自の金融萎縮に対して思い切った政策を提示する必要がある、というのが竹中氏の結論だった。

 朝日新聞10月18日朝刊3面[経済危機の行方 世界は]<欲望と倫理 バランス不可欠/責任持つ者いない市場万能主義/過剰消費変わるか 米の選択が鍵>で行天豊雄元大蔵省財務官が西井泰之編集委員のインタビューにしっかり答えていた。

 市場原理主義の話など、聞きなれているが、

 <資本主義は他方に平等などの価値を掲げた社会主義という強力な対抗軸があったから福祉国家とい形でその要素を取り込みながら、持続的な成長を果たしてきた。ところが冷戦に勝利したあと、ある種のおごりというか、市場が万能だとする新自由主義に基づく「ワシントン・コンセンサス」に覆われてしまった。>

 <米国の大統領選挙で共和、民主両党の候補が掲げる政策が従来のワシントン・コンセンサスや米国型資本主義への反省を含んだものになるのか。新たな社会モデルが提示されるのか。そこが今後の分かれ目になる。>

 などは、卓見だろう。

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2008年10月19日 (日)

朝日新聞のヒル米国務次官補単独会見要旨を読む~朝日コム2008年10月19日+産経新聞19日3面<北朝鮮「あす重大発表」情報も>+日経新聞21日朝刊

 朝日新聞10月19日朝刊1面<対北朝鮮支援の不参加/ヒル氏、日本に理解/本紙単独会見>を読んだ。

 あの評判の悪くなったヒル米国務次官補がハワイ州のホノルルで朝日新聞記者による単独インタビューを受けて、一生懸命弁明している。

 中で北朝鮮とのやり取りに触れ、核計画の検証について北朝鮮が核保有国だけに限定する、と日本と韓国を排除しようとしたが、米国が反対して結局は北朝鮮が折れてきた、というくだりなど、さもありなん、という印象だった。

 金正日総書記の健康問題では8月中旬から9月終わりまで北朝鮮との交信途絶状態が続いた、とサラッと話していたが、この期間がもしかすると、北朝鮮内の権力闘争の時期だった可能性もある。そして、その後は重村氏や姜氏が言うように軍部が主導する集団指導性が確立されたのだろう。

 1面本記の最後に「アサヒ・コムに会見要旨」とあったので、さっそくアサヒ・コムを見ると日本語と英語で要旨が載っていた。英語は分からないので、日本語部分だけをコピペした。

 <ヒル米国務次官補の会見の要旨は次の通り。――北朝鮮に対するテロ指定国家の解除を巡り日本との間で何が問題になったのか。>

 この質問は絶対に聞いておきたい質問だったはずだ。さあ、ヒル氏は何と弁明するか。

 <まず、解除というのは長い間、考えられていたことだ。2007年2月に6者協議合意をまとめた際、考え方としては北朝鮮が核施設を稼働停止すれば解除作業を始めるということになった。昨年(2007年)10月には、北朝鮮が核施設の無能力化、(核計画を)申告すれば解除するということで合意した。>

 なるほど、そもそもから説明するか。

 <申告の核心は北朝鮮がプルトニウムを実際にどれだけ生産したかという点だ。北朝鮮と何度も話し合う中で、北朝鮮がプルトニウムを申告するだけでなく、検証にも応じる用意があるということがはっきりしてきた。このすべての段階で日本政府と話し合ってきた。>

 やはり、プルトニウムに最も神経を使ってきた、ということか。

 <我々は拉致問題の非常に特別な重要性を理解している。拉致問題は30年前に起きたこととはいえ、日本国民にとっては非常に悲しい出来事として鮮烈に記憶され、そんなに昔の話のようには感じていない。最近の出来事のように感じられている。日本とは非常に緊密に協力してきた。最も大事なことは、北朝鮮との交渉の中で、拉致問題での進展が必要だとはっきり言ってきたということだ。>

 拉致を無視したわけではない、とヒル氏とすれば声を大に言いたいだろうなあ。

 <――日本は解除発表の30分前に知ったとされているが。>

 さあ、ここだ。先日も書いたように、この「30分前」というのは、駐日大使が外務省に通告したのが午後8時頃だったとすると、ありえない時間なのだ。産経新聞と毎日新聞は「午後8時」とはっきり書いている。麻生首相が浜松でブッシュ大統領から電話を受けたのが午後11時半。外務省はこの3時間半、何をしていたのか? 本当はここを追及しなければならないはずなのだが。まあ、その前にヒル氏の言い訳を聞こう。

 <30分前ということはない。私が平壌から帰ってからブッシュ大統領が解除を決定するまで、日本政府は日常的に我々と連絡を取り合っていた。驚きはなかったはずだ。>

 なるほど、ヒル氏は日本外務省をかばっているな、貸しを作っているのか?

 <――(北朝鮮への)日本のエネルギー支援参加がさらに困難になった。>

 <それは今始まったことではない。2007年2月の合意の時から、日本政府はエネルギー支援をしないということをいっていた。>

 <――日本の負担分の20万㌧を誰が負担するのか。米政府に提供の用意はあるのか。>

 ここは今後の現実的な展開の中で最大かどうか分からないが大きな争点になる部分だ。

 <2007年2月の合意ではエネルギー支援は(米中韓ロ)4カ国によって提供され、日本は懸念が解消された時に参加するとされた。他の国の参加を歓迎するということも明記された。全量をどう提供するかというのは解決しなければならない問題だが、解決できると思っている。だが、現時点ではどの国が負担するかというのは言うことはできない。ほかから重油支援を得ることができるという兆しもあるが、他の国が加わるかどうかということも現時点ではいえない。だが、我々は日本政府が抱える特別な問題を理解する。>

 なるほど、裏でオーストラリアかどこかにカネを出せ、と頼み込んでいるのだろうな、と匂う。 

 <我々が取り組んでいるのは、北朝鮮をどう非核化させるかという根本的な問題だ。日本政府が何度も強調しているように、北朝鮮の非核化が持つ日本にとっての重要性を強調したい。もちろんまだ完了していないが、非核化は日本の国益にかなうということを日本の国民に理解してもらいたい。>

 その通りなんだ。ヒル氏に代弁してもらわないと、「拉致問題棚上げ」の非難を浴びるので自分から言い出せない日本政府が情けない。本来はこの点は日本政府がもっともっと努力して、日本国民を説得しなければいけない、と思うのだ。

 先日も書いたように、北朝鮮は核兵器を手放さない。核兵器の小型化研究に着手している。核弾頭化が成功すると、北朝鮮は本当の意味で日本の脅威になる。もう日本は北朝鮮に攻め込むこともできなくなるのだ。拉致どころではなくなる、という危機感が政府にない。マスメディアにもない。だから、国民にもない。

 どうして危機感がないのか?朝鮮総連がそういう危機感を訴える報道や政府高官の発言をチェックして脅したり、情報操作するという悪習がまだまだ残っているからだろう。朝鮮総連の民主化を本気でやらないと、羊の群れである民団が乗っ取られ、結果的に朝鮮半島関係者が心ならずも、そろって反日的行動に出ることだって起きかねない。心して対処すべき問題なのだ、と思う。

 <――日本はエネルギー支援参加の圧力を受けないか。>

 <2007年2月の時点で分かっていたこと。もうずいぶん前の話だ。日本には特別の懸念があり、合意の中にも明記された。日本と北朝鮮が進展をとげることを皆が望んでいる。北朝鮮の非核化は日本にとっての利益だ。>

 <――北朝鮮の核放棄に必要な資金を米議会に求めるのか。>

 <現時点まで必要な資金を確保してきた。理解が必要なのは、1990年代の合意と違い、北朝鮮の特定の措置に対して特定の重油支援を提供してきたことだ。さらなる重油支援は、さらなる非核化を必要とする。無能力化を月ごとにレンタルしているのではなく、買い取っているようなものだ。北朝鮮が無能力化を終えれば、重油支援がからんだ(核施設)解体などのさらなる追加パッケージを話し合うことになるだろう。それが合意の構造だ。何も提供することはないという人もいるが、現実を考えればこれが適切なやり方だ。>

 <――核放棄段階で日本の資金的な参加に期待するか。>

 <無能力化、解体を、米国、核保有国だけでなく、6者参加国すべてでやるということが大事だった。実は(1日から3日までの)平壌での北朝鮮との話し合いで、これが一つの問題だった。北朝鮮は検証は核保有国だけで行われるべきだと主張し、我々は各国が参加すべきだという立場を堅持した。日本の参加に期待している。もう一度言いたいが、非核化は日本の国益にかなう。非核化は北朝鮮の問題をすべて解決するわけではないし、ミサイルの問題が残っている。非常に重要で感情的な問題である拉致問題もある。だが、日本の国民にとっても関心事のはずだ。>

 ヒル氏は「本筋では努力しているのだ」、と訴えたかったのだろう。

 <――検証合意について。未申告施設への立ち入りは確保できると確信しているのか。>

 <確信している。この点について非常に時間をかけた議論をした。申告した施設だけを見るという検証はあり得ないということを北朝鮮に理解させることが重要だった。追加施設が判明した時に取り組むプロセスが必要だった。北朝鮮と協力の下で、現実的にもそれが必要だが、追加的施設が判明すれば見る権利があるということに北朝鮮は同意した。>

 これはニュースだ。だが、米朝合意のようなペーパーになっておらず、北朝鮮はそういう合意はない、と言い張るだろうなぁ。

 <――かぎはプルトニウムの量だとみるのか。>

 <それが一番大事な要素だろう。プルトニウムで核兵器を作る。プルトニウムを多く持っていれば、多くの核兵器を手にすることが出来る。>

 確かに北朝鮮のウラン濃縮技術を考えた場合、プルトニウム型原爆こそが、今の段階での「脅威」の中身なのだろう。長崎に落とされたあの原爆と同じ種類の原爆だ。

 <――プルトニウムを把握するために、すでに分かっている検証が必要な未申告施設はあるのか。>

 <技術的なことに踏み込まずにいえば、プルトニウムは寧辺の原子炉で作られるということが分かっている。製造時期ごとに詳細に分析をした。1990年代に北朝鮮が試験的に運転していた時にどれくらい作っていたのか、ということを検証する必要がある。我々が検証過程に関して北朝鮮との間で得た理解に基づけば、プルトニウム量を検証することが出来ると信じている。>

 ここが大変なところだ。

 <一つの大事な要素は文書だ。北朝鮮は1980年代半ばまでさかのぼる運転記録を提出した。だがそれだけでは十分ではない。技術者へのインタビューが必要だ。施設に立ち入り、科学的に分析することも必要だ。この3段階の措置でプルトニウム量をつかむことができると思う。北朝鮮が一部を隠して申告し、実際の量がそれよりも多かったという事態になれば、対処できると思う。>

 本格的な検証が始まるのか? それは北朝鮮が拒否して”玉虫色”になったのではなかったのか?

 <――検証はいつ始まるのか。>

 <いくつかの検証はすぐに始まる。(北朝鮮が提出した)約1万8千ページの文書はコピーの質などに問題があった。だが、合意に達していなかったため、その点について北朝鮮とやりとりすることができなかった。それはすぐに始まるだろう。検証の最も大事な部分は、無能力化の完了後になる。というのも原子炉の検証が必要で、そのためには原子炉を空にしなければならない。使用済み燃料の取り出しは、原子炉がどれだけプルトニウムを製造したかを科学的につかむ重要な機会となる。木の年輪を見るようなものだ。>

 「木の年輪を見るようなもの」である。この点で、ヒル氏の言っていることに嘘はない。

 <――無能力化はいつ終わるのか。>

 <秋までと期待していたが、またスケジュールが遅れている。今後、数カ月のうちに完了できるだろう。北朝鮮は重油支援をどれだけ早くもらえるのかを気にしているが、我々は使用済み燃料をいつまでに取り出すのかを気にしている。年末までに終わると期待している。年内というのは妥当だろう。>

 北朝鮮は寒い冬の前に是非とも重油がほしいのだろう。暖房すらできなくなれば、大量の人々が餓死どころか凍死する。

 <――エネルギー支援も終わるのか。>

 <そう思う。重油価格が下がったので、買うのも少し簡単になった。もちろんこれまでも値段が問題だったわけではないが、安くなったので買いやすくなった。>

 <――次の6者協議ではどこまで進めるのか。>

 <我々は常に(非核化)第3段階が最終段階になるといってきた。だが、北朝鮮は最終段階という位置づけをしていない。第3段階を最終段階とするのが我々の目標だ。北朝鮮は核施設を解体する段階といってきた。無能力化を越える解体といってきた。だが、無能力化というのは、再処理施設で行われたような復旧ができない段階までするものだ。我々は核兵器をテーブルに載せたい。2005年9月に合意したように核兵器を放棄させたい。中国ともこの点について多く議論してきた。どうなるか見てみたい。北朝鮮では前に進めようとする人がいれば、そう望まない人がいるというのもはっきりしている。>

 ここでヒル氏が言っている内容は重要だ。北朝鮮に二つの派閥があり、核兵器は不用だ、と考えるグループもいる、と匂わせているからだ。2005年9月の合意から何と遠く離れてしまったのだろう、と嘆くよりも、こうした北朝鮮集団指導体制の内部の相克を目を凝らして注視することが大事なようだ。 

 <――検証合意の文書化は円滑にできるのか。>

 <大丈夫だと思う。我々が示した草案が何を意味しているのかということについて、北朝鮮とかなりはっきりした合意ができている。ほかの参加国にも説明した。今の問題は各国をいつ集めることができるかという問題だ。>

 <――金正日総書記の健康状態について。>

 <あまり話すことができない。何かが起きていると言う印象は持っている。だが、訪問してつかむことができるようなものではない。8月の時点では北朝鮮から答えを得るのに困難があった。9月の終わり、10月に入って答えが迅速に帰ってくるようになった。何が起きているにしろ、意思決定が行われているということだ。>

 やはり、「あまり話すことができない」だった。ヒル氏は何か重要なことを知っている。メディアに話さなくてもいいが、日本政府には情報を伝えているのかどうか、それが心配だ。韓国と米国、中国だけで進めるような体制になっているのではないか、という疑いが芽生えており、これが米国不信の原因なのだ。 

 <――次の6者協議はいつになるのか。>

 <決まっていない。来週はアジア欧州会議(ASEM)首脳会合がある。10月27日の週もいくつかの国かにとって難しいようだ。遅かれ早かれやらなければならない。1日か2日でできると思うので、そんなに難しいことではないと思う。>

 <――米大統領選もある。>

 <大統領選は短期的には影響は及ぼさないと思う。>

 これも面白い回答だ。「短期的には」である。当たり前なのだが、中長期的にはアジア・太平洋政策のリボルビング、朝鮮半島問題の見直しが入ってくるから、大きな影響はあるが、という意味。当たり前だけども。

 この時期のヒル氏単独インタビューは、微妙な時期だけに、語っていない部分の中に大きな意味があるのだろう、と推測できるような要旨にしつらえてあり、面白かった。朝日新聞はこの問題に熱心だなぁ。

◆産経新聞<北、在外公館に禁足令/「あす重大発表」情報も>

 産経新聞10月19日朝刊3面の特ダネも気になるニュースだ。「本当かよ?」というのが第一印象。だけど、北朝鮮は何でもあり得る(重村早大教授)と思ってかからねばならないから、あり得るのかも。

 記事の内容は、公安情報だと思うが、北朝鮮が世界各地の在外公館に職員の外出禁止令を出した、「近く重大な発表がある」との説明もあった、20日から外国人の入国を禁止するとの情報もある、出張中の在外公館幹部の早期帰還を命じた、朝鮮総連も幹部に同様の指示を出した、などが情報である。

 あとはその解釈だ。防衛庁筋は「北朝鮮に目立った軍事的動きはない」としながらも、20日に重大発表という情報を重視している、としている。

 すべてが「筋」とか、「幹部」というあいまいな主語で書かれており、信憑性が薄いのが欠点だが、そこは公安筋に強い産経新聞のこと、何らかの証拠をつかんだのか? にしては、扱いが3面4段扱いと中途半端なことが気になる。あやふやだけど、当たったら大変な話だから4段で扱っておこう、と考えたのだろうか?

 時期が時期だけに嫌な感じだ。この情報も米国と中国、韓国政権幹部は知っていて、日本政府だけ「蚊帳の外」ということはないでしょうね。

(21日追記)

 日経新聞10月21日朝刊国際面<「北朝鮮が重大発表」の憶測/「中東公館への禁足令」発端/異常ないとの見方も>に続報が出ていた。ソウル山口真典記者のリポートだ。

 記事によると、禁足令情報が浮上したのは17日ごろで、外交消息筋によると「中東地域の在外公館に禁足令が出た」というものだった、という。韓国のCBSラジオ(電子版)によると韓国青瓦台高官は「米国のテロ支援国指定解除に関して学習するよう外交官に出した指示が、非常待機のように伝わった」との見方を示している、という。

 韓国統一院の朴泂重(パク・ヒョンジョン)研究員は「今回の憶測は周辺国で金正日総書記の健康問題への関心が高まったため生じたものだが、総書記の安否や軍部クーデターなどの動きがあれば、韓国政府が軍部隊の移動や通信量急増などの異状をつかむはず。北朝鮮は以前も何度か外交官に禁足令を出したが、重要な発表はなかった」と語った、という。沈静化に躍起なのか? 記事は、

 <ただ、北朝鮮では「一部地域で(金総書記の)死亡説が広まった」(米政府系のラジオ自由アジア)との報道もあり、国際社会が北朝鮮の動きに神経をとがらす状況が続きそうだ。>

 と結んでいた。

 10月18日各紙夕刊が伝えた米韓国防省会談でも、米国は韓国に核の傘をはじめとする軍事援助を惜しまない、とのアピールをしたそうだし、例の北朝鮮崩壊などに向けた図上演習も着実に進めるようだ。

 日本の情報機関は大丈夫か? この件で遅れると結構大変だ、と思うのだが。

 

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2008年10月18日 (土)

書評「虚構のインフレ~騙されないための裏読み経済学2009」上野泰也著(東洋経済新報社)

 2008年10月23日発行、定価1680円。

虚構のインフレ―騙されないための裏読み経済学2009 虚構のインフレ―騙されないための裏読み経済学2009

著者:上野 泰也
販売元:東洋経済新報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 帯に「エコノミストランキング6年連続1位の著者が書き下ろした、日本経済の真の姿と、生活&資産を守るためのアドバイス。」「原油・穀物バブルの崩壊が始まる!日本がインフレにならない決定的な理由とは?この大局を見誤ると人生を見誤る!!」とあった。上野氏はそんなに人気のエコノミストらしい。ぜひ読みたくなった。

 先に上野氏の略歴を書いておこう。これが長いのだが、写しておく、

 <みずほ証券株式会社チーフマーケットエコノミスト。1963年生まれ。上智大学文学部史学科(西洋現代史専攻)卒。1986年、会見検査院入庁。1988年、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。為替ディーラーを経て、為替・資金・債券の各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年、みずほ証券設立に伴い現職。債券(長期金利)、為替を中心としたスピードの感ある的確な経済予測には定評があり、「日経公社債情報」エコノミストランキングで02年~07年に6年連続1位を獲得するほか、「統計月報」(東洋経済新報社)05年度のマーケットのエコノミスト予想的中度で総合第1位を獲得するなど、投資家や市場関係者から高い評価を得ている。財務省主計局・税制問題研究会メンバー、内閣官房・市場動向研究会メンバー、参議院事務局・客員調査員他を歴任。またテレビ東京系列「ワールドビジネスサテライト土曜版」のコメンテーターを長く務めてきたほか、新聞・雑誌の連載執筆をこなすなど、幅広い分野で精力的に活躍している。著書に「デフレは終わらない」(東洋経済新報社)、「チーズの値段から未来が見える」(祥伝社)、共著に「日本経済入門」「経済・金融の論点99」(共にダイヤモンド社)、「投資家の予想形成と相場動向」(日経BP企画)などがある。>

 たしかにすごい経歴の人だなぁ。

 「デフレは終わらない~騙されないための裏読み経済学」(定価1680円)については、著者が「まえがきに代えて」で触れているが、2007年秋から年末にかけて執筆したが、その後、原油や穀物の国際市況が加速度的に続騰、「デフレは終わらない」という題名に「このタイミングでずいぶん度胸がありますね」と言われることもあった、と書いている。

 著者は六つの全国紙の記事で「インフレ」「デフレ」の言葉がどれほど使われたか、調べたところ、「デフレ」という言葉が多かったの印、2006年後半に「インフレ」が「デフレ」を上回った、という。レギュ―ラーガソリンの小売価格が1㍑=130円台に乗せていった時期と重なっている、と。07年後半には「インフレ」が「デフレ」の倍を超えた、と。さらに、2008年前半には「インフレ」が「デフレ」の4倍超に達したと。

 ただ、このガソリン、穀物高は国際市況の影響で上がっているだけで、それ以外の物価は「ゼロインフレ」だ、とする。米国、ユーロ圏、英国といった市場が「インフレ」を問題にしている国・地域がいずれも「コア」の消費者物価指数は低位安定を続けている、と。

 だから、G7を中心とした先進国の「インフレ」は根が生えた本物ではなく、また、中国のインフレも食品を除くと前年同月比で1~2%台だ、という驚きの数字をあげるのだ。

 今後、インフレが本物になるのは①人々の「期待インフレ率の上昇」(=広範な賃上げを消費者があきらめ的に受容するムードが広がること)②値上がりしたものを買うことができるような消費者側の「賃金・所得環境の改善」③消費者に直面している「企業の側の価格支配力」がおしなべて強いこと(=価格を引き上げても消費者の受容が逃げない需要環境があること)――の三つの条件が必要、と著者は考えている、という。

 そして、供給過剰で企業の価格支配力が弱いままであることなどから、「本物のインフレ」はまだ来ない、と結論付ける。

 自分でも書いているが、これは生活者の視点に立った分析だなぁ。すごい、と思う。初めてこういう論理のを読んだ。

 だから、日本の現実は「インフレ」ではなく、「原材料高不況」だ、と。ゆえに、最近よく聞く「スタグフレーション」(景気悪化とインフレ率加速が共存した状態)は針小棒大で、そんなものは怖くない、というのだ。

 1㌦=70㌦を超える原油価格は「バブル」なので、必ず崩壊する、と書いている。まったくその通りになった。ジョージ・ソロス、アラン・グリーンスパン、ビル・エモットの3人は原意価格がバブルでありいずれ崩壊する、と喝破していた、という。

 ここの部分は最近読んだ石油の本「オイル&マネー」と同じ見方だ。石油は世界に満ちたりており、現時点で原油は不足していない、というのも同じ見方だ。そして、「石油が枯渇する」と脅す「ピークオイル」説に惑わされるな、というのも同じ。そして①知性が苦情の「原油バブル」崩壊シナリオ②ドル安是正による「原油バブル」崩壊シナリオ③投資規制や介入による「原油バブル」崩壊シナリオをあげているが、今進んでいるのは③のシナリオだろう。

 著者のあくなき探究心を示しているのが「穀物バブル」崩壊シナリオまで書いていることだ。恐れ入った。

 さすがだ、と思ったのは、第3章の構成だ。「価格高騰が生み出す価格抑制の種~次々と生まれる「反作用」の萌芽」のタイトル。自動車が脱原油依存の取り組みをしており、太陽光発電、原子力発電、風力発電、「木質ペレット」などの例をあげて説明する。

 小麦の高騰ではコメの見直しが進んでいるらしい。小さなものだと馬鹿にしてはいけない、というのが著者の考えだそうだ。「塵も積もれば山となる」だという。

 そして、第4章。「『虚構のインフレ』を生き抜くヒント~生活設計&資産運用についてのアドバイス」で著者は生き生きと持論を展開する。「結局、『息苦しい』のは「なぜか?」と。生活防衛に、いつまで我慢すればいいのか、と怒る消費者、という設定では「収入面で稼ぎが少しでも増えることにつながるような前向きの努力を行うことを勧めたい」と、「攻撃は最大の防御」を提言する。

 インフレに強いといわれる株価だが、企業収益の改善なくして株価上昇はないし、バブル崩壊の様相を示している不動産も同じようにデフレは終わらない、という。日銀は利上げに動かないが、日本は高い技術力に活路がある、という内容である。

 端折って端折って書くと、味も素っ気もなくなるので、これ以上は書かないが、新聞などでは逆の内容が当たり前のように書かれている。サラッと書いてあるが、相当に大胆な説なのだ。

 この内容を面と向かって話されたら、説得力があるだろうなぁ、と思った。

 さすが、ナンバーワンである。今度は実際に話を聞いてみたい。

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書評「オイル&マネー~石油と金融の新たな構図」藤澤治、吉田健一郎著(エネルギーフォーラム)

 2008年10月13日初版第1刷、定価1995円。

オイル&マネー―石油と金融の新たな構図 オイル&マネー―石油と金融の新たな構図

著者:藤沢 治,吉田 健一郎
販売元:エネルギーフォーラム
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 藤澤氏の肩書きは、オイル・エコノミスト(FEアソシエイツ代表)。1943年東京生まれ、1965年一橋大学経済学部卒業。シェル石油入社。1972年マサチューセッツ工科大学、スローンスクールで経営学修士取得。1980~82年ロンドンのシェル石油本社勤務。1991年昭和シェル石油退社。サウジ・ペトロリアム・リミテッド副支社長(サウジ・アラムコの100%子会社)原油評価、オイル・アナリストとして日本の石油会社、オイルメジャー、産油国国営会社に合計43年間勤務。2008年3月退社。FEアソシエイツ設立代表及びファクツ・グローバル・エネルギー社(米国のオイルコンサルタント会社)の特別研究員。著書に「驚異の先読み術」(東洋経済新報社、1993年)、エネルギー関連雑誌に寄稿多数。

 吉田氏の肩書きは、みずほ総合研究所株式会社調査本部経済調査部シニアエコノミスト。1972年東京生まれ。1996年一橋大学商学部商学科卒業、富士銀行入社。1998年~同国際資金為替部為替対顧客ディーラー。2002年4月~みずほ銀行市場営業部為替対顧客ディーラー、04年4月~みずほ総合研究所調査本部市場調査部、08年9月~みずほ総合研究所調査本部経済調査部ロンドン出張所長。著書に「日本経済の明日を読む」(共著、東洋経済新報社、2007年)、「22歳からの日本経済入門」(共著、毎日新聞社、2007年)、日本経済新聞社、毎日新聞社、朝日新聞社等、エコノミスト誌、週刊ダイヤモンド等寄稿多数。NHK、テレビ東京、日経CNBC、BloombergTV等に出演。

 随分と長い自己紹介だった。

 この本の面白さは総合的に書いてあること。

 つまり、石油業界出身者の多いサプライ・ファンダメンタル派である藤澤氏と主にインベストメント・バンクや金融関係者の多い金融コモディティ派の吉田氏という、二つのオイル・アナリスト系列の流れにいる異色の2人が共著で書いたため、オイル・ピーク説などの解説もしっかりしているし、金融の面でも単なるサブプライム・ローンの影響で原油市場が影響された、とひと言で切り捨てずに、いろいろと分析し、もしも米国や英国が渋々ファンドマネーの先物市場への流入を規制した場合の影響など、多角的な分析ができていることだろう。

 大体が知っていることが多いが、よく整理されていることと、石油会社、石油業界の暗号のような言葉の解説があるので、新聞ではお目にかからないものの、雑誌などで専門的な言葉が出てきたときには辞書代わりに活用できる。

 常識として知っていなければならないことを何度も書いてくれているのも有難い。

 例えば、ニューヨーク商品取引所(NYMEX)の先物市場におけるWest Texas Intermediate(WTI)は世界の原油市場のメルクマールとして使われているが、このWTIの原油は日本にもアジアにも一滴も入ってきていないことなど、言われないと忘れてしまう。

 石油は有機起源説だけを覚えていたが、1870年代にロシアの化学者メンデレーエフが唱えた無機起源説(つまり、石油埋蔵量は無限にある!という学説)だって、まだ完全否定されていない、とか。ピーク・オイル論があまりにも世間に影響したから、心理的に市況を押し上げて原油高騰の基調低音になっているとか。

 特に、<うがった見方をする識者は、原油価格を上げるために、米国の油まみれのブッシュ政権やメジャーがピーク・オイル論を扇動したのではないかとしています。>などという表現がさらりと出てくるのも好ましい。

 1バレル=159リットル、1キロリットル=6.29バレル

 日本の2007年の原油輸入量は経済産業省の統計データで2億3882万2000キロリットル。

 中国、台湾、インドなどの統計では㌧で表現しているが、これを日量バレルに換算するには概算値として0.02を乗じて年間の日量ばれるに換算できることが業界では使われている、とか。

 日本のガソリン小売価格は先進国の中では米国に次いで安く、韓国では200円/リットルくらい。イギリス、フランスなどはもっと高い、と。

 エネルギーデータを読むときには松井賢一著「エネルギーデータの読み方使い方」(エネルギーフォーラム、1994年)が参考になるそうだ。

 財務省が毎月発表する原油輸入統計は整合性がないので、計算は経産省データを使うべし、と。

 経産省の「エネルギー需給統計月報」の速報値が確定値とどう違うのか、石油の場合は大きく違うので注意を、と。

 IEAやBP統計などと国際比較するときには日本の数字が大きくなっている不思議。在日米軍関係なども含むため、と。これは目からウロコだった。

 日本の石油精製会社は低公害の良品質石油を生産していると(サルファーフリー)。
 原油オプション取引の説明も分かりやすかった。コール・オプションは買う権利、プット・オプションは売る権利。和ゼロコスト・オプションは単体オプションを組み合わせてコスト(プレミアムの支払い)をゼロにするだけ。

 国債利回りと原油市場先物などを説明してくれる。この中で、

 名目金利=実質成長率+期待インフレ率(+プレミアム)

 などの数式も入ってきて、これも共著の有難さだろう。

 米国と欧州のインフレ率計算の違いがあり、米国FRBのコアインフレ率は原油価格が上昇してもインフレ率にすぐには反映されない。だから、EUはインフレ懸念で利上げ圧力が高まるのに、米国はノホホン、とか、知らなかった。結果的に利上げ期待が高まるユーロは買われやすいそうだ。

 イラン、イラクなどペルシャ湾の地政学的要素が原油価格に響くのは知っていた。意外だったのがナイジェリアの動乱の大きな影響。220万バレル/日の生産がOPECの生産枠で、生産能力は280万バレル/日あるのに、180万バレル/日の生産にダウンしているのが大きい、と。

 2006年の米原油価格高騰の真の原因は石油精製能力不足だった。今も、中国、インドと需要が増えたが、精製能力がついていっていない。

 現在の120ドル原油のサプライ・ファンダメンタルの要因では80~90ドルが適正値。あとの40~50㌦はカジノ化した先物市場の金融業者によって押し上げられている。経済産業省の「エネルギー白書」でも2007年末の90ドルのうち需給のファンダメンタルから乖離した分をプレミアムと定義し、30~40ドルがプレミアムと明確に書いている、という。

 代替エネルギーは5年くらいは、まだ代替できない、という。エタノールの失敗。

 バイオエタノールについて京都議定書でカーボン・ニュートラルとされたが、誤解があるという。トウモロコシを使ったエタノールの場合にはエタノールを生産するために消費したエネルギーは、エタノールが生み出すエネルギーを29%上回る、と東大名誉教授の石井吉徳氏の「エネルギーピークが来た」(日刊工業新聞社、2007年)に書いてある、と。

 ドイツではエタノールが古い車のエンジンの部品などを腐食させるので一時エタノールを販売中止にしたという。

 食糧問題もあるので、食糧問題とは関係ない廃材などからのセルロース起源バイオ燃料は?と考えても、技術的に大量生産までいっていないという。

 結論はどの本でも常識的なところに落ち着くのだが、日本の石油精製会社の今後への憂慮も深刻だ。

 この本の特徴を一口で言えば、「原油価格暴騰は機関投資家の巨額資金やヘッジファンドの投機資金が原油先物市場に流入したため。OPECですら1バレル=80㌦が適切という原油価格がなぜ異常高騰したか、一から分かりやすく解説した本で、石油問題の全体像が俯瞰できる。エネルギー問題の格好の入門書」というところか。

 読んで得した感じがした。

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2008年10月17日 (金)

「馬食い家内が象になった」でいいじゃないか~パソコン誤変換を楽しもう+10月17日産経抄の沢村貞子さんの日常生活

 傑作だった。10月17日読売新聞朝刊[編集手帳]である。パソコンの誤変換で「うまくいかない画像サイズになった」が「馬食い家内が象になった」となってしまったことが、日本漢字能力検定協会が募った漢字変換ミスの年間賞に選ばれた、という内容である。

 <教えれば何でも覚えるが、文脈の流れを理解しない。「記憶力抜群のバカ」と呼んだ人がいるが、文章を作成する機械にはそういう面がある。>とあった。

 その通りなのだが、この種の論調にちょっとした違和感を覚えるのは、もともとワードプロセッサー機能なんて人間の自堕落な便利さ追求の果ての商品で、完全ではありえない、という真理がすっぽり抜け落ちているように思えるからだ。

 文章はボールペンで紙に書くのが一番だ、と思う。脳と手と指とが連動し、脳を適度に刺激し、記憶もリフレッシュされる。パソコンのワープロ機能が年々便利になり、変換も文節変換ができ、記憶能力まで持つようになったが、考えながら変換しているのではなく、使っている人間が判断するチャンスをまだ残している。

 これが、使う人間の特性を覚えて、単語の優先順位をパソコンが決めていく能力をフルに発揮し始めたら、逆に怖くないか。アマゾンのアフィリエイトでお薦めの本がパソコン画面に出てくるのも良し悪しだ、と思うのだ。

 機能的生活とは、別の選択肢を自然自然に排除する日常生活に甘んじることでもある。
 「今の思考の連続で思考を続けていいのですよ。それには、この本が参考になるでしょう」と薦められなくても、自分で本屋さんの店頭や新聞の読書欄、新聞や雑誌、出版社のPR誌で探す楽しみのほうを、私は大事にしたい。

 誤変換を「パソコンって変な奴だなぁ」と面白がる分にはいいのだが、あまり目くじら立てて怒ることはないと思うのだ。編集手帳子も別に目くじら立てているわけではないだろうが。

 日本人は昔から言葉の深みを川柳や和歌、狂歌などを中心に楽しんできた。

 誤変換をきっかけに、言葉の面白みに興味を持つ若者が増えてくれるといいと思う。

 新聞記者は入社早々、先輩から「紋切り型表現をつかうな」と教わる。

 朝日新聞8月18日[天使人語]に

 <駆け出し記者だった頃に厳しいデスクがいて、紋切り型の表現をすると怒られた。びっくりする様を「目を白黒」などもってのほか。「衝撃が走った」と書いた新米の背中に「衝撃」と大書した紙を張り、社内を走らせたという伝説も残した>

 とあった。

 紋切り型表現は最近ではワープロソフトのワードを使い「拝啓」と書き始めると、定例文として「敬具」までの紋切り型表現が次々出てくるサービスもある。

 自分で考えなくなる時代である。

 誤変換が自分で考える機会になれば、と思う。

 産経新聞10月17日[産経抄]も普通の人の普通の生活の大切さを説いていた。

 コラムをMSN産経コムからコピペしておく。

 <テレビドラマの祖母役で、かつお節を削りながら孫娘とあれこれ話すシーンがあった、と、女優の沢村貞夫がエッセー『わたしの献立日記』に書いている。収録が終わると、若い女優がため息をついて聞いてきた。「沢村さん、おうちでもこんなことをしているんですか?」。「そうね、よくやってるわ」「アラ、スーパーへ行けば、チャンと細かくしたものを袋に入れて売ってますよ、知らなかったんですか?」。沢村は、「知ってはいるけれど、使いたくない、とは言えなかった」という。確かにスーパーを見渡せば、便利な食材にことかかない。>

 そう、沢村さんは若い女優さんに、若い人の常識=テレビCMをアプリオリに信用する生活への疑いのない生活信条が間違っている、とは言えなかった。言ってもいいが、面倒だったのだろう。後で「あの婆さん、変わっているわよ」と陰口を叩かれるのがせいぜいだからだ。

 <冷凍野菜もそのひとつだ。たとえばインゲンだったら、筋を取る手間がいらず、そのまま切って、ゆでたり、炒めたりできる。必要なだけ袋から出せばいいから、少量使うときも重宝する。東京都八王子市の主婦が食べたその冷凍インゲンから、基準の3万4500倍という高い濃度の殺虫剤ジクロルボスが検出された。中国で製造されてから、日本の売り場に並ぶまで、何度も行われた検査をかいくぐってきた。ギョーザ中毒事件もまだ解明されていない。つまり今のところ、猛毒の混入を防ぐ手立てがないということか。>

 と、話は一転、インゲンになったので、これでまた世相批判で終わりか、と読むのをやめようか、と思ったら、違った。

 <女優業のかたわら、夫のために丹精込めた食事を作り続けた沢村は、冷凍庫を愛用した。といっても、中身はすべて手作りだった。ゴボウ、タケノコ、干しシイタケを細かくきざんで炒め、みりんやしょうゆでゆっくり煮込んだ自家製「すしの素」や、出盛りのグリーンピースをさっとゆがいて小分けしたものなど。とてもそこまではできない、という向きは、せめて市販の冷凍食品の袋を開いたら、においをかいでみる。こんなひと手間をかけて身を守るしかない。>

 「とてもそこまではできない」と思う前に、「やってやろうじゃないか」と思わないかなぁ。そう思う人が増えれば、都市近郊農家の野菜も売れるし、日本の農業も変わってくると思うのだが…。

 ワープロソフト頼り過ぎ、冷凍食品頼り過ぎ、すべて同じ根っ子のような気がする。便利さに慣れ過ぎて感覚が麻痺しているのだ。もう少し「不便さ」を楽しもうよ。

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2008年10月15日 (水)

米国の北朝鮮テロ指定解除で蚊帳の外に置かれた日本+北朝鮮がミサイル搭載核弾頭開発中か~各紙から

 10月12日朝刊各紙は<米、北朝鮮テロ指定解除>を1面で大きく報じた。

 朝日、毎日、産経、東京各紙は1面トップ扱い。読売新聞は三浦和義元社長死亡を1面トップに据え、日経新聞もブッシュ米大統領がG7各国財務相らに「危機克服にはあらゆる手段をとる」と約束、協力を求めたことを1面トップにしていたが、2紙とも北朝鮮のテロ国家指定解除を1面で大きく扱っていた。また、各紙とも中面の受け記事はそれぞれ充実していた。

 各紙を比べて見て、目立っていたのは、テロ国家指定解除決定の最後の瞬間、日本政府が完全に「蚊帳の外」状態に置かれていた事実を12日の当日紙面で詳細に報じた朝日新聞だった。

 2面[時時刻刻]<「蚊帳の外」日本衝撃/受け身外交 首相痛手>である。

 文章をある程度、引き写しておく。

 <「ブッシュ大統領が麻生首相に直接電話で伝えたい」

 シーファー駐日米大使から日本外務省に連絡があったのは、日本時間の11日夜。電話がつながったのは米国がテロ支援国家指定解除を発表するわずか30分ほど前だった。

 麻生首相は浜松市内のホテルで開かれた日本青年会議所歴代会頭らの懇談会の2次会に顔を見せていた。酒席を中座してのあわただしい電話協議だった。>

 <米国によるテロ支援国家指定解除の発表を、日本政府は直前までまったく予期していなかった。『蚊帳の外』に置かれた格好の日本側にとって、同盟国・米国との信頼関係が大きく揺らぎかねない事態。拉致問題の行方にも暗雲が漂い、支持率が伸び悩む麻生政権にとって新たな痛手となりそうだ。>

 記事は、G7会議のためにワシントン入りした中川財務・金融担当相が日本時間の11日朝にライス国務長官に指定解除は「認められない」と念を押したものの、ライス長官が取り合わなかったこと、11日に米メディアが相次いで指定解除方針を報じたが、日本の外務省や政府高官は11日夜になっても「まったくの誤報」ととりあわなかったこと、10日夜の中曽根外相・ライス長官の電話会談で、中曽根外相や外務省、首相官邸は「一両日中の解除はない」との感触を得ていたが、甘い期待だったことなどを列挙し、日本外交の敗北ぶりをいやというほど読者に見せつけていた。

 一報段階で、この問題を朝日新聞にしてやられた読売新聞は13日朝刊1面<米、北テロ指定解除/首相に通告 発表30分前/振り回された政府 米に不信感も>で、朝日報道をフォローした。記事の内容は次の通り。

 <ブッシュ大統領から首相への指定解除通告は、米国務省の正式発表の30分前。ライス国務長官が解除の書面に署名してから3時間後だった。

 その11日夜、首相は浜松市のグランドホテル浜松のラウンジ『サムデー』で、青年会議所(JC)の会頭経験者らと懇談中だった。午後11時過ぎ、周囲の動きが慌しくなり、首相は懇談を中座、別室へ消えた。大統領の電話を受けるためだった。

 首相は大統領と10分ほど話したが、首相に外務省出身の秘書官は同行していなかった。関係者によると、現場には通訳もいなかったため、会談は電話回線で通訳がいる場所を経由して行われたという。>

 ポイントは以上である。

 読売新聞は2面連載[核の脅威]<「虚構だ」米政府内に不満>と3面トップ記事<「日本外交の敗北」/米、北テロ指定解除/「拉致」基本戦略は堅持>の見開き紙面で、この「日本敗北」の意味合いを詳しく解説していた。

 北朝鮮報道では群を抜いている産経新聞は10月12日朝刊3面でワシントン支局の有元隆志記者が以下のような記事を書いていた。

 <外交筋によると、ブッシュ大統領は指定解除承認にあたり、北朝鮮から検証受け入れの確約をとることと、日本などとの調整を図るよう指示したという。

 ライス国務長官は発表に先立って、日中韓3カ国外相と電話協議した。中曽根弘文外相はヒル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が今月初めの訪朝でまとめた検証体制の合意案には確認すべき事項があるとして慎重な対応を求めた。

 ライス長官は「真摯に日本側の声に耳を傾けるという姿勢ではなかった」(外交筋)という。同筋は「米側には指定解除をいち早く実施することで、北朝鮮が核実験など対応をエスカレートさせるのをとめたいとの意向がある」と指摘する。

 マケイン氏は10日の声明で、米政府が北朝鮮との間で基本合意に達した後に、「了承を得るためだけにアジアの同盟国と協議している」として、日本に事後承諾を求めている政権側の交渉手法に懸念を表明した。

 マコーマック国務省報道官は、検証にはプルトニウムによる核計画だけでなく、ウラン濃縮による核計画も含まれていると強調している。これに対し、下院外交委員会共和党筆頭理事のロスレイティネン議員は、北朝鮮には核計画放棄の合意を履行する意思はないことは明白だとして、「決定を強く批判する」との声明を出した。>

 <同盟国日本の懸念を振り切る形での今回の指定解除決定は、一貫性のないブッシュ政権の対北朝鮮外交を象徴しているといえそうだ。>

 まだポイントには迫れていなかったが、さすがにいい線はいっていた。

 その産経新聞も15日朝刊で詳しい検証記事を掲載した。

 3面<北のテロ指定解除発表の舞台裏/「10日解除」密約説>である。ワシントンの有元記者と外信部の田北真樹子記者の合作だ。

 少し長いが引用してみる。

 <米国務省は当初、日本時間11日午後10時半に、北朝鮮問題について会見すると記者団に連絡したが、12日午前零時に変更した。ブッシュ大統領が麻生太郎首相と電話会談し解除決定を伝え、理解を求めるのを優先させたためだった。

 シーファー駐日米大使があわてた様子で、「大統領が首相と話したい」と、日本側に連絡してきたのが午後8時ごろ。ライス米国務長官が指定解除の署名をしたのとほぼ同時刻だった。

 外交筋によると、米政府は10日に発表すべく調整を進めていた。ところが、日本政府の抵抗でシナリオは狂った。中曽根弘文外相は10日夜のライス長官との電話会談で、ヒル国務次官補が今月初めの訪朝でまとめた検証に関する合意案には「なお確認すべき点がある」とくぎを刺し、慎重な判断を求めたためだ。

 解除にあたり、ブッシュ大統領がライス長官らに指示したことは、日本側の理解を得ることだった。大統領のもとには、シーファー大使から直接、この問題での日本側の懸念が伝わっていた。日本側が難色を示している以上、週末の解除はないのではないかとの観測も一時広まった。

 ペリーノ大統領報道官も10日午後(日本時間では11日午前?)フロリダに向かう大統領専用機のなかで「引き続き、6カ国協議参加国と協議する」と述べていた。

 事態が動いたのは10日夕方(日本時間では11日未明?)から夜(同11日午前)にかけて。米政府関係者によると、外交関係のない北朝鮮との連絡ルートである「ニューヨーク・チャンネル」を通じて追加的なやり取りを経て、「北朝鮮は検証に協力する姿勢を示している」と判断したブッシュ大統領が解除を決めたという。

 ライス長官は、共和党のマケイン上院議員、民主党のオバマ上院議員の両大統領候補に解除の方針を伝えた。>

 <解除に反対する日本からの批判の矢面に立たされてきたヒル氏は、外務省幹部に以前、「日本は反対というが、自分でテロ支援国家リストを作成すればいいじゃないか。その場合、(日本が石油を輸入している)イランを真っ先に指定できるか」と食ってかかったこともある。

 ヒル氏は5月に拉致被害者「家族会」をはじめとする合同訪米団と面会したとき、「東京の米国大使館のそばにイラン航空代理店がある。イランでは米外交官が捕えられ、その中に私の古くからの友人もいた。彼には当時の苦痛が今も残る。あなたたちはどう思っているか」と感情をあらわにしたこともあった。

 米国内では、今回の解除決定が日米関係に悪影響を与えるのでは――との懸念が出ている。

 11日の会見で、米国のソン・キム6カ国協議担当特使は解除にあたり「すべての協議参加国、特に日本との協議を集中的に続けた」と強調するとともに、北朝鮮に拉致事件の解決に向けた行動を取るよう促した。だが、ライス長官、ヒル氏はともに、会見に姿を見せなかった。>

 以上である。

 この記事に対するコメントをいくつか書きたいが、後にする。

 その前に同じ15日朝刊で詳細な検証記事を掲載した朝日新聞の記事をピックアップしておこう。

 朝日新聞は12日朝刊でも優れた記事を掲載したが、15日朝刊1面<日本外交そでにされた/テロ指定解除 「ない」と言ったその夜>と、その記事の続きである4面<韓国は1日前に米から通告/検証・対北朝鮮テロ指定解除>でディテールをさらに詳報した。

 韓国には1日前に知らせ、日本には直前だったことなど、日本無視の米国の傲慢さぶりがいやというほど出てくる記事である。

 記事の概要は次の通りだ。

 <両首脳の電話は11日午後11時半(日本時間)から約10分間。ライス米国務長官はその約3時間前に解除決定の文書に署名。米国務省報道官が正式発表する30分前だった。>

 <首脳の電話会談は、官邸など保秘装置の付いた場所で担当の外務省幹部や専門の通訳がついて行うのが通例だが、この時は携帯電話にスピーカーをつばぎ、同席の政府関係者がメモを取りながら通訳したという。同席者は「思ってもみなかったので、バタバタだった。たまたま英語使いが2人いたから問題なかった」。大統領との電話を終えた首相は再びラウンジの酒席に戻った。>

 <米国務省の会見によれば、ブッシュ大統領が指定解除を決めたのは10日午前(現地時間)。中曽根外相がライス国務長官との電話で「さらに確認すべき点が残っている」と、日本の立場を念押しした直後だった。その後も米国からの連絡はなく、日本政府は11日夜の時点でも「大統領が最終判断していない」(外務省幹部)。同日の解除はないとみて、中曽根外相もその夜は自宅で待機していた。>

 <一方、韓国大統領府幹部は14日、10日夜には米国から解除通告を受けていたことを明らかにした。この事前通告を受け、外交通商省は米国の発表を待って韓国の立場を発表する準備まで進めていた。

 大統領府幹部によると、3日までの訪朝を終えたヒル次官補は、ソウルで韓国政府関係者らに訪朝結果を伝えた際、「日本政府への説明は予定していなかったから、日本から(斎木昭隆アジア大洋州局長がソウルまで)来た」と語ったという。

 米紙などは、拉致問題に加え、核計画の検証でも厳しい姿勢の日本のせいで解除が遅れているとの見方を伝えていた。11月4日の大統領選までに6者協議を再び軌道に乗せたい米政府の勢力が、情報を遮断して日本の反発を封じようとした可能性もある。

 日本は完全に「蚊帳の外」に置かれた…自民党の閣僚経験者は「中曽根外相は(電話会談で)ライス長官とじっくり話した時、(指定解除を)拒否できたと思い込んだ。そんなに甘くない」と外相の対応を批判している。>

 以上が主な内容である。

 産経新聞と朝日新聞がそろって検証記事を掲載したところを見ると、14日になって、大体の経緯が明らかになってきた、というところなのだろう。

 各紙記事を読むと、外交関係者と取材した記者の興奮ぶり、怒りは痛いほど分かる。しかし、冷静になって考えてみると、疑問点もいくつか見えてくる。

 まず、最後の朝日新聞記事の韓国政府部分だ。

 これは、ライス米国務長官が各国に根回しした、つまり、中曽根外相に電話したのと同じレベルの話だったのではないか。韓国外交通商相はすんなり、「分かりました」と言ったので、ライス長官は韓国の大臣に今後の発表日程を教えてあげたのだろう。日本の中曽根ジュニアはまだゴチャゴチャ言っていたので、もう時間もないし、と放っておかれたのではないか。

 無視された、といえば、無視されたのだが、日本だけを狙って無視した、というよりも、結果として面倒だったので無視された、という可能性もある。それだって失礼な話なのだが、故意による犯罪なのか、未必の故意による犯罪なのか、の違いはありそうだ。

 ただ、一連の記事を読んで、産経新聞の記事が事実ならば、ヒル国務次官補の日本嫌いは相当なものだなぁ、と改めて思い知らされた。

 ボストン生まれで、レッドソックスの松坂大輔投手のファンだとか、そんな人間臭い話が取り沙汰された時期もあったが、基本的に、ライス―ヒル枢軸の役割は北朝鮮問題でブッシュ政権最後の業績をフレームアップすることだったのだから、最後の場面では日本の一般民衆感情と対立することは避けられなかったのだろう。

 しかし、それは日本人の「空気」のような感情と対立するだけであり、日本政府レベルではすでに6月のブッシュ大統領によるテロ国家指定を解除方針表明の段階で、表面上は反発しながらも、裏では米政府方針を了承していたのだ。問題は何とも難しい日本人の国民感情だったのだ。

 だから、「日本敗北」という結果に終わるにしても、それなりに格好はつけさせてくれよ、というのが日本政府の本音だったのだろう。その「格好をつけさせる」配慮すらしなかったのが、追い詰められたブッシュ政権だった、というか、ライス―ヒル枢軸だったのだろう。

 とすれば、ライス―ヒル両氏は日本にとって何だったのか?

 分かりやすく言えば、日本人に今の国際情勢を教えてくれる反面教師だった、というのが正しい答えなのではないか。

 ヒル氏のイランに関する話は面白かった。

 外交官ならば、そのくらいの危険はいわば日常茶飯事だ。友人外交官の災難というような個人的な思い入れで日米外交を進めてもらっては非常に迷惑なのだ。

 しかし、今や日本はアメリカの職業外交官にとって、そんな「友人」と等価値かそれ以下の存在でしかないのかなぁ、と思い知らせてくれた「恩人」なのである。

 また、今はどの新聞も問題にしていないが、もしも、シーファー駐日米大使が産経新聞が報じたように、午後8時に外務省に連絡を入れたとしたら、麻生首相に午後11時過ぎに初めて連絡が入った、というのはどういうことなのか? 外務省が首相に連絡しなかった可能性があるのではないか。またまた外務官僚の「不作為によるサボタージュ」が起きたのか? 

 真珠湾攻撃前にアメリカ国務長官に宣戦布告の電報(公電)が届かなかった例の事件が思い起こされる。駐米大使館の職業外交官たちのぶっタルミ事件で、この”主犯”が戦後、外務事務次官になったことで、知る人ぞ知る事件なのだ。

 麻生首相アタフタ事件も、きっとそのうち問題になるだろうなぁ。

 この指定解除問題が気になるのは、実はそんな日米関係に関する懸念だけではないのである。

 最近の新聞で北朝鮮に関する短信ニュースを見て、安全保障問題を考えていた最中だったから、この米国の「裏切り」の印象が強烈だったのだ。

 三つの短いニュースである。

 まずは朝日新聞10月8日夕刊2面メモ記事<北朝鮮がミサイル発射>だ。

 北朝鮮が7日、計2発の短距離ミサイルを発射した、と韓国政府関係者が明かした、という内容だ。

 イリュ―シン28爆撃機が午前と午後に1発ずつ、いずれも黄海上空で空対艦短距離ミサイルを発射した、韓国政府は射程約50㌔と分析、従来保有しているミサイルを改良したうえで、性能を確認する試験発射をしたのではないか、と見ている、という内容。

 短SAM程度のミサイルだろう。普通だったら韓国には脅威だが、遠く離れた日本には脅威ではない、とされるミサイルなのだ。しかし、気になったのは爆撃機に搭載していた、という点だった。

 短SAMには大型の核爆弾は積めないから関係ない、といえば関係ないのかな…などと思案していたら、次のニュースが飛び込んできた。

 朝日新聞10月9日朝刊国際面メモ記事<ミサイル搭載核開発か>だ。

 ほらね、やっぱり、これか、という感じである。思案していたことと結びついてしまったのである。

 黒井氏の本で勉強したが、今のところは北朝鮮が原爆を何発持とうが、日本の脅威ではない。日本に原爆を運ぶ運搬手段がないからだ。運搬するには原爆の小型化が必要になる。

 朝日の記事はソウルの特派員電で、韓国軍の金泰栄・合同参謀本部議長が8日、北朝鮮がミサイルに搭載可能な小型核弾頭を保有している可能性について「技術開発を進めているとみている」と語った、という内容だった。

 国会で与党ハンナラ党議員の質問に答えた、という。

 記事は、

 <北朝鮮が核爆弾の製造実験や起爆実験を繰り返している事実を根拠に挙げた。また、同党議員が北朝鮮が保有する核爆弾の数を尋ねたのに対し、金議長は『6~7個は製造できるとみている』と語った>

 とあった。

 製造実験というのは何だろう? 起爆実験はコンピューターで数値をいじれば、できるらしい。原爆の個数はこんなものだろうが、この実験の方が気になる。イリューシンへの搭載とは関係ないのかどうか?

 と思っていたら、今度は読売新聞10月9日夕刊2面2段記事<米、「北の核弾頭前提」/朝鮮半島有事の備え>がワシントン発の特派員電で掲載されていた。

 記事の全文は、

 <ウォルター・シャープ在韓米軍司令官は8日、国防総省で記者会見し、北朝鮮がミサイルに搭載可能な小型の核弾頭を保有している可能性を前提に、有事に備えていることを明らかにした。

 米国防総省はこれまで、北朝鮮が核弾頭を保有しているかどうか不明としてきたが、司令官の発言は、2006年10月の北朝鮮による核実験や金正日総書記の病変を踏まえ、北朝鮮の「核弾頭」を現実の脅威として一歩踏み込んだ認識を示したものだ。

 司令官は「北朝鮮が核兵器能力を保有していると主張していることは、認めねばならない。大いに懸念している。真の脅威であるが故に、米韓同盟の強さを維持し、あらゆる緊急事態に備えることが重要だ」と述べた。>

 である。

 この三つの記事、情報の出所は同じなのだろう、と思う。

 CIAなのか、米軍事衛星なのか分からないが、米国の情報機関なのだろう。韓国軍へは米軍情報が伝えられ、韓国軍トップが国会で与党幹部の質問に答えた、ということだろうが、タイミングが良すぎる気もする。

 つまり、北朝鮮のテロ支援国家指定解除と時期を前後している。日本への脅しのつもりなのか? 「米軍に守られていることを自覚せよ」と。

 わざわざ韓国国会で質問させ、答弁させる臭さ、同時に在韓米軍トップが米国議会でもパフォーマンスをする臭さ。米国ならばやりそうな脅しの手口だが、もしも本当にそうならば、日本国民をなめているのではないか? 

 今はタイミングが悪すぎるだろう。

 金融危機対応でアメリカは余りに自分勝手だ。1997年の東アジア金融危機、98年の日本の金融危機の時には不良債権を早くゼロにしろ、銀行を潰せ、と言っておきながら、自分の国のこととなると、各国からドルをかき集めてアメリカの銀行・金融機関を存続させるためにはどんな手段もとる、何としてでも米国中心の金融秩序を守るというダブル・スタンダードを平気でやる国だ。今回の危機でこの米国の本音が世界中にばれてしまった。日本人の中には反米感情が強まっている。

 核兵器で守ってくれないならば、自分で持てばいいし、金融だっていつまでもドルのお守りをするのではなく、円経済圏をアジアに作ることを本格的にやればいい、と思うようになった、当たり前のナショナリズムを持つ若者も育ってきた。

 北朝鮮が本当にミサイル搭載核弾頭を持てば、日本は独裁国家の独裁者に首根っこを押さえられ、もう安全保障なんて考えられない状態に陥りかねない。

 今回の情報の真偽の見極めは非常に大事だ。本物ならば米国にとってのキューバ危機と同様の事態になる。

 日本は、北朝鮮が核の小型化に成功する前に金正日政権を転覆させることを本気で考えなけらばならないのかもしれない。徒手空拳で、である……。苦しいねぇ、ニッポン。

 だが、諦めず、自暴自棄にならず、冷静に対処していこう。反日の嵐が吹き荒れても委細構わずに、わが道を行かねばならない時だってある。

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2008年10月10日 (金)

書評「マネー敗戦」吉川元忠著(文春新書)~2010年の米国債償還、さあどうする?

 昔の本である。1998年10月20日第1刷発行、定価660円+税で693円。手元の本は1999年3月20日第11刷発行だった。当時は「マネー敗戦」が流行語になるほどよく売れた本だったが、吉川さんが亡くなったこともあって、今では古書店の100円均一に並んでいる。

マネー敗戦 (文春新書) マネー敗戦 (文春新書)

著者:吉川 元忠
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 亡くなる前にはアメリカ陰謀論に加担しているのか、と思うくらいアメリカの影の力を大きく見ていた吉川さんだが、この本は非常に実証的な論理展開で、まともである。

 問題意識は一貫している。

 日本は世界の中心的債権国になったのに、大蔵省の役人と銀行が既得権益死守のため、円建て経済圏の拡大に踏み切らず、アメリカにその弱点を突かれて、国民の汗と涙の集積であるドル建て在米債権が減価して、国民の財産が半分以下に減ってしまった。この構造はまだ続いており、このままでは日本は「金融敗北」を繰り返すしかなくなっている、という結論である。

 一読、その通り、と思うのだが、もう少し、この論点について説明しておこう。

 世界史を紐解けば、世界には工業化による豊富な経常収支の黒字を対外投資に振り向け、世界の資本移動の中心軸になった国々があった。時代順にイギリス、アメリカ、日本。この3国は歴史上の「中心的債権国」または「中心的資本輸出国」といえる、と吉川さんは言う。

◆パクス・ブリタニカのもとでの「ビクトリア循環」は海運収入に支えられていた

 19世紀半ばに産業革命をほぼ完成した頃のイギリスはその圧倒的な経済力にもかかわらず貿易収支は終始赤字だった。

 イギリスの貿易構造はインドなどの植民地向けが輸出の3割近くを占め、また三角貿易などの複雑な仕組みもあったけれども、結局のところ再輸出を加えても製品輸出総額は輸入額の8割程度にすぎなかった。

 これは製造業の競争力に早くも黄信号が点り始めていたことを示しているが、マネー循環の立場から見れば、この赤字はイギリスが自国通貨のポンドを基軸通貨として国際的に散布するチャネルが満足に機能していた証しでもあった。

 イギリスの貿易赤字は20世紀に入ってからも続いたが、その間、経常収支ベースでは常に黒字であり、しかもその黒字幅は拡大基調にあった。

 それは、世界の商船隊の約3分の1を擁する大海運国として海運収入によって貿易赤字を生め、経常黒字を維持していた。

 しかも、この経常黒字はさらに海外への投資に向かい、その利子収入がもともと大きかった海運収入に加わり、経常収支の黒字を一層引き上げた。

 海外投資→利子収入による経常収支黒字増→海外投資という循環の中で、19世紀後半には黒字の雪だるま式増大の家庭が明確に見て取れるようになった。

◆イギリスの海外投資の隆盛の原因は内外金利差

 資本循環の面で「大西洋経済」を成立させていたイギリスの海外投資が隆盛を極めた原因は内外金利差だった。

 当時、アメリカ国債の長期金利はイギリスより高かった。これは海を隔てた国への投資がはらむ心理的リスク、債務不履行リスクを埋め合わせるためだったが、イギリスは「周辺部」の植民地をフルに利用して、リスクを軽減。

 基軸通貨ポンドを国際的に散布しては回収した。シティー(ロンドン金融市場)の中でもポンドの守護神であるイングランド銀行などが「世界の銀行」の一大インフラとして機能した。

 覇権国家の経済力はもっとも端的には国際マネー循環に現れる。世界経済をリードするマネー循環を形成し、その中心軸に位置できるか否か、そうした存在になるためには対外純資産を擁し、それを背景に自国通貨を基軸通貨として世界に信認させる必要がある。そうしてはじめてマネーはパワー性を発揮する。その意味でパクス・ブリタニカは極めて安定した基盤の上に成立していたし、世界派遣の一つの「理念型」を示している。これがイギリスの「ビクトリア循環」だ。(以上は本文のP14~18)

◆国際収支発展段階説

 19世紀末から国際経済学などで展開されてきた学説である。大債権国の対外(経常)収支や資本輸出はあるパターンをたどって進展する、という内容だ。

 どのような発展段階なのか?

 外国資本の流入で工業化を推進していた経常赤字国は経常収支の黒字化とともに債務の返済を始め、いずれ返済し終えると未成熟の債権国になる。

 やがて年を追うごとに増加する経常黒字がそのまま資本輸出に結びつき、やがては成熟債権国の段階に至る。

 しかし、成熟期は永遠には続かず、ピークを過ぎるとその後は経常収支の赤字化などによって債権を取り崩すようになる。

 債権が取り崩され、成熟債権国の看板を下ろした後は、おそらくは債権小国として生き残る道が想定されている、という段階を踏む考え方である。いろいろとバリエーションがあるらしいが、以上はその共通項だ、という。

 イギリスはこの「発展段階説」のモデルとなったもので、「ビクトリア循環」は成熟段階に至った後、第一次世界大戦をきっかけに変調をきたす、という。

◆第一次大戦はイギリスとドイツの金融覇権を争った戦争でもあった

 イギリスは新興工業国・ドイツと対決する連合国側の盟主として戦費を調達するためにアメリカなどから借り入れを行う一方、自らの購入してきた米国債や連合国側の保有する大量の債券類をニューヨーク市場などで売却した。

 さしもの対外資産も相当の侵食を余儀なくされ、イギリスの大債権国としての基盤を揺るがしたが、これに拍車をかけたのが1929年ウォール街の大暴落を契機とする世界恐慌であり、それに続く1930年代の世界経済の混乱だった。

 イギリスの中心的債権国としての地位は後退し、資本輸出の中心はアメリカに移る。

 こうして第二次世界大戦後はパクス・アメリカーナが確立する。

 それでも投資収益などの寄与によるイギリスの経常収支の黒字は驚くべきことに1986年まで崩れなかった。

 90年代に入って経常赤字国に転じることはあっても、債務の累計が長期にわたって資産残高を越えることはなく、イギリスは日本、ドイツに次ぐ世界第3位の純資産国(対外投資残高が債務残高を上回っている国)として踏みとどまっている。

 いかに19世紀からの対外投資が手厚かったかを物語るものだ。

◆パクス・アメリカーナの確立

 一方、鉄道建設などに主としてイギリスから大量の資本を導入していたアメリカは第一次世界大戦前には世界最大の工業国の地位を占め、大戦を契機に債権国、資本輸出国に変貌をとげていた。

 第一次世界大戦の圏外にあったことが幸いして、工業力を無傷のまま維持できたため、戦中から輸出を急増させ、ありあまる外貨で負債の償還や直接投資を行えた。

 1918年にはGNPの8%近い対外純資産を持つ。1930年には海外投資残高がイギリスとほぼ肩を並べ、その後は瞬く間に差を広げて「中心的資本輸出国」の座についた。

◆ケインズを破ったホワイ→ブレトンウッズ体制=金ドル本位制

 戦後のマネー秩序を決定するブレトンウッズ会議でイギリスは新たに国際決済同盟とその通貨単位である「バンコール」創設を打ち出すケインズ案を提案しドルの浮上を抑えようとしたが、アメリカはウォール街の利益を反映させ、基軸通貨ドルを前提にIMF(国際通貨基金)をアメリカの分身として生み出そうというホワイト案を打ち出し、イギリスとアメリカの戦いはアメリカの勝利に終わった。

 ただ、この時にはドルは中央銀行間では金とのリンクを維持するものとされ、これによって将来のドルの暴走に歯止めがかかるものとして了承された。

 金ドル本位制と呼ばれる変則的な金本位制を採用したのだが、フランスのドゴール大統領はフランスの保有するドルを一挙に金と交換するようアメリカに求めたことがある。

 アメリカに対するドゴールの嫌がらせで、アメリカは応じざるを得なかったが、これでアメリカの金保有の底が見えたとも言われている。

◆マーシャル・プランやアメリカの自由貿易主義選択は世界へのドルバラマキの道具

 すぐに基軸通貨交代が実現するわけではなかったが、アメリカはヨーロッパ復興援助のために130億㌦にのぼるマーシャル・プランを実施。ドル建てで行われたため、ドルがポンドを押しのけてヨーロッパに浸透するために活用された。

 パクス・ブリタニカの自由貿易体制の時代にアメリカは後発工業国家として19世紀以来、その巨大な市場を常に高率関税などで保護してきたが、この伝統的政策を転換し、国内市場の開放に踏み切った。

 第二次世界大戦後に成立するガット体制にアメリカの果たした役割は大きいが、アメリカは自由貿易主義を選択し、自ら求めて輸入増を志向したのは、ドルを海外に散布し、国際的なドル支配を打ち立てるためのコストでもあった。

◆60年代は資本輸出国アメリカの絶頂期:ヨーロッパでの反米感情

 やがて各国で戦後復興が進むとアメリカの次の戦略はドルによる対外投資だった。

 アメリカは60年代には資本輸出国として絶頂期を迎える。その中軸は直接投資。化学、石油、自動車などの生産、販売拠点をヨーロッパに移動させた。

 当時のヨーロッパ人に「アメリカの挑戦」(セルバン・シュレベール)と映り、少なからぬ脅威感を抱かせた。

◆スエズ運河派兵めぐり「英国債を売却するぞ」と脅したアメリカ

 対外債権が一定の政治力を生むことをアメリカはよく知っていた。

 1956年、エジプトのナセル大統領がスエズ運河国有化宣言にイギリスはフランス、イスラエルとともに、スエズ出兵、軍事干渉をしたが、アメリカは干渉に強硬に反対し、イギリスが応じなければ保有する英国債を売却する、と警告、英国は引き下がった。

 (これを読んで思い出したのは、アメリカが北朝鮮を金融鎖国したときの北朝鮮のあわてぶりだった。金融は国家安全保障上の有力な手段だ、とアメリカでは認識されているというが、中国やロシアもこの間の北朝鮮金融騒動を見れば、金融の安全保障上の重要性は認識したと思う。そこに気付かないのは残念ながら日本だけなのだろう)

◆戦後初めて貿易赤字になった1971年

 しかし、債券大国アメリカの覇権も長くは続かなかった。

 60年代に入ると、早くもアメリカからの資本流出が逆にドル不安を招く現象も発生。

 ケネディ大統領がドル防衛策を打ち出す。

 60年代後半にかけてはアメリカの貿易収支が黒字幅を狭め、1971年には戦後初めて貿易赤字を記録した。

◆1971年8月の「ニクソン・ショック」→短期間のスミソニアン体制→変動相場制へ

 1971年8月、ニクソン大統領は「新経済対策」を発表した。

 金・ドルの交換停止がメーンで、これ以後、ドルは金の束縛から逃れ、その価値の変動が世界経済を混乱させる独特の基軸通貨となった。

 世界経済は大混乱に陥った。ニクソン・ショックである。

 日本はフランスと違って保有ドルの金との交換を手控えていたのでダメージも大きかった。

 ドルが金という価値基準の裏付けを失ったため、スミソニアン体制という固定相場制への試みがわずかな期間で挫折すると、世界の通貨はたちまち変動相場制に移行した。

◆1980年代日本の失敗はドルの不安定さを認識しなかったこと

 ドルはもはや制度上は特別の通貨ではなかった。

 ただ、ドルに代わる基軸通貨が誕生することもなかったので、その後もいわば不安定な国債通貨として相対的な信認を受け続けたのだが、そのドルに対してあたかも金ドル本位制が健在であるかのように付き合ってしまったのが1980年代の「円」であった。

 もっとも、70年代はドルの価値の不安定さが露呈することなく過ぎていった。

 1973年には石油危機が世界を襲ったが、アメリカは石油消費量の半分を国産でまかない、産油国通貨だからドルは強い、と外国為替市場はアメリカ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)よりもそのことを評価した。

 また、ドルは「有事に強い」通貨としても評価され、相対的に上昇さえ見せた。

 ところがドル相場が安定していたのは1976年までで、70年代後半にはアメリカの経常収支の趨勢的な悪化が顕在化し、政府当局者の口先介入を契機にドルはたちまち下がり始める。

 その間、アメリカはついにベトナムで建国以来初めて敗戦を体験。

 79年にはイラン革命が発生し、これが第二次石油ショックとなって国際経済を揺るがすが、特にアメリカにとっては在イラン大使館人質事件という悪夢と重なり、政治的威信を傷つけることになった。

 さらにソ連によるアフガン侵攻でアメリカは冷戦下における西側の盟主としての政治的対応も迫られた。

 金ドル本位制放棄に始まる70年代は基軸通貨ドルにとっても波乱の10年間だったが、アメリカは政治的にもパクス・アメリカーナの維持再編に汲々としていた。

◆レーガノミックスの登場

 こうした背景の下、「強いアメリカ」を掲げる共和党のロナルド・レーガンが80年代の大統領として選ばれた。アメリカのマネー経済はレーガン政権の下、急激な変貌を遂げた。

 アメリカの経常収支は83年から赤字の拡大が目立ち、これを埋めるため、海外からの投資がさかんに行われ、資本の純輸入国になった。

 一般に経常赤字の国は赤字を埋めるための資本の流入を必要とする。

 それは直接投資を含めて広い意味での負債を増加させる。

 フローの受入超過が続くとストック面でも対外純資産、つまり「貯金」がその分だけ減る。これが続くといずれは「貯金」を使い果たし、その後は対外純債務だけが累積する。

 アメリカの対外純資産が規模として最大になったのは1981年の1400億㌦だった。

 その後、経常赤字の拡大が続き、84年には早くもほぼ「貯金」がゼロになり、その後は経常赤字を埋める資本流入がそのまま純債務として積み上げられ、世界最大の債務国が出現した。

 「国際収支の発展段階説」とあまりに異なっていっため、世界は当惑した。

 また、アメリカが必要とする資本輸入の規模の大きさにも世界は当惑した。

 経常赤字は86、87年には対GNP比で3%以上になった。

 世界最大の経済規模を持つ国がかくも大規模な資本輸入を必要とし、しかもなおドルが基軸通貨然として世界に流通している姿は世界経済にとって未体験ゾーンだった。

 アメリカの「中心的債権国時代」はせいぜい60年程度と、イギリスに比べればはるかに短かった。

 これは一つには対外純資産の厚みがかつてのイギリスに比べると意外に薄かったことにもよる。

 純資産額が世界最大だった81年でも対GNP比では4.6%にすぎず、経常収支の変化に対して脆弱な面があった。

 アメリカの経常収支は80年代初めまでは過去の直接投資の果実である利子・配当などの投資収益が貿易収支の赤字をカバーする形になっていたが、その投資収益も貿易収支の急激な悪化には勝てなかった。

 対日貿易赤字がその主たる原因としてクローズアップされた。(以上はP19~P32)

◆80年代「中心的資本輸出国」は日本だったが、基軸通貨は円でなくドルという異常さ

 アメリカは日本に対しては資本の輸入国であったが、中南米などに対しては資本輸出国として振る舞った。

 この奇妙な基軸通貨・ドルの流れをあるエコノミストは「帝国循環」と皮肉を込めて名付けた。本当の「帝国循環」はビクトリア循環である。

 1980年代の「中心的資本輸出国」はアメリカでもドイツでもなく、資本輸出国として70年代後半から急速に頭角を現した日本だった。

 もっとも、アメリカは日本から得た資金の一部を他国に散布しているので、日米を一国と考えればアメリカは引き続き中心的資本輸出国といえるのかもしれない。この着眼には、たいへん深い意味が含まれている。

 (この部分は非常に示唆的だ。日本がアメリカの州である、とか、植民地である、という主張=アメリカ陰謀論=に限りなく近づく主張になるからだろう、この本では吉川氏は深くは触れようとはしていない。)

 ビクトリア時代の基軸通貨はポンドイギリスは海外債券への投資をポンド建てで行い、その果実もポンドという自国通貨で得た。

 アメリカの中心的資本輸出国時代もやはり基軸通貨・ドルが資本循環の主役だった。

 ただ、80年代に始まる日本の中心的債権国時代のみ円建てではなく、主としてドル建てで行われている。

 歴史的に見て、これは異常な現象だ。

 ポイントはレーガン政権以降のアメリカのマネー戦略だった。

 それに日本がどのように対応し、その結果、無残な結末を迎えるに至ったか、が問題だ。(P33~34)

 ……以上、「序にかえて」と「第1章」の要約である。

 吉川氏がこの本で何を言おうとしているか、が大体書いてあるので、丁寧に写してみた。

 この歴史の概略を見ただけでも、日本の「円」が不当に貶められていたことが分かる。

 第2章以下は要点筆記するが、そこにはもっと具体的にクリントン政権のカンターUSTR代表とか、日本嫌いの人々がいかに無茶苦茶なことを言っていたか、が出てくる。

 ポイントだけを要点書き出しするが、醍醐味を味わうには吉川氏の本を読んでいただくしかない。

◎第2章「日米共同幻想 1980~1985」

 レーガン政権前期のドル高は日本発だった。ジャパン・マネーが集中的にドル買いに走った結果だった。(P39)

 世界経済のシンボル経済化(P40)

 為替取引における実需原則(P41)

 ディーリングにおける為替取引、投機的売買(P42)

 「マネー敗戦」の端緒、日本側の誤った一歩は80年代、対米貿易を中心として手にした膨大な貿易黒字、経常黒字でドルを買い支え、為替レートを捻じ曲げたこと(P43)。

 日本からアメリカへの資本流入はカーター時代の70年代末~80年代初頭の日米金利差に引かれて始まった。(P44)

 レーガン政権は双子の赤字で中長期の国債発行を急増させる→日本の生保など機関投資家が購入した。ジャパンマネーは全体の3~4割を占めた(P44)。

 1977年1月の欧州通貨制度(EMS)発足で西ドイツのアメリカ離れ。80年代初頭の高金利政策は西独から日本へアメリカ経済の支え役の交代の為に仕掛けられたというロバート・ギルビン・プリンストン大学教授(「国際関係の政治経済学」)の説も(P46)。

 ロン・ヤスの経済はズグニュー・ブレジンスキー「アメリッポン」説。(P49)

 80年代前半は「中心的債権国の交代」現象で戦後国際経済史に特筆されるべき5年間だった。日米が冷戦の占有という共同幻想でスムーズに交代が進行した。(P50)

◎第3章「国際政策協調の病理 1985~1990」

 邦銀は国内でカネをかき集め、短期ドル買い→6、7年ものの米国債を買うことで、利ざやを稼いだ。1984~の異常なドル高の背景。95年、不良債権に苦しむ邦銀は短期ドル買いに高金利を課された(ジャパン・プレミアム)…米欧の金融機関は返済期限の差を利用して利鞘を稼いでいた邦銀の弱点を狙った(P54)。

 稼いだ貿易黒字を米国に還流させ、米国はそのカネで好況を維持して日本の製品を買う→日本は自分のカネで自分の製品を買い、それを米国人に使わせた上に貿易黒字と呼んでいたようなものだ(P56)。

 1984年11月レーガン再選。1985年2月、資本市場重視派のリーガンから通商派のジェームズ・ベーカーに財務長官が交代。ベーカーはレーガノミックスを否定し、為替相場への協調介入をセットする。1985年9月プラザ合意で急速な円高。1987年2月、G7のルーブル合意(直前に1㌦=150円)。それまではベーカーやフレッド・バーグステン国際経済研究所長ら専門家の度重なるトークダウン(口先下げ介入)でドルが下がった。(P60)

 ポール・クルーグマン「貿易におけるヒステリシス」の仮説(P63)。クルーグマンとW・グリーンの「マサチューセッツ・アベニュー・モデル(MAモデル)」→クリントン政権の「円高カード」(思い切ったドル安による輸出攻勢)(P64)。

 プラザ合意で生じた日本の対外純資産の為替差損は約3.5兆円。(P70)

 日本からの巨額の対米投資がドル建てで行われていた(P71)。

 プラザ合意は対米徳政令。アメリカという債務者に元利払いの軽減を許した。ドル安誘導で①日本保有のドル資産の価値を殺ぎ②モノ経済面では米国輸出産業の競争力を増大させる→基軸通貨ドルの魔術(P72)。

 非ドル通貨国はできる限り自国通貨で対外経済関係を結ぶしか有効策はない。プラザ合意ではドル安への介入に最も協力的だったのは日本で「2割まではOK」と竹下蔵相は渋るドイツを後目に大見得を切ったと伝えられる。竹下氏は甘かった(P73)。

 プラザ合意後も機関投資家のジャパンマネーが米国に流れたわけは?(P74)

 86年2月の日米独協調利下げは一方的なアメリカの要請によるもので、ドルの悲惨な暴落を避けるための資金流入の手当て策。この時、FRB内で宮廷クーデターあり。(スーザン・ストレンジ「カジノ資本主義」岩波書店)。(P76)

 87年→89年5月まで2.5%という超低金利を続けたためバブルを呼び込んだ。円高不況は87年には回復、日本経済はプラザ合意以前の5%成長を取り戻していたのに。(P77)

 「大蔵省(MOF)はブッシュの選挙事務所」といわれた。プラザ合意後ドルはつるべ落としに下落し続け、87年にはブラック・マンデーというNY株式市場の暴落があり、ドルは一時120円まで下がったのに、日本の機関投資家がドル債券を買い続けた理由は大蔵省の行政指導。レーガンからブッシュへの共和党政権継続の成否をかけた大統領選間近な1988年3月、アメリカの債券市場は日本の機関投資家が年度明けにドル債を売りに出るのではないか、との噂で持ちきりだった。大蔵当局は債券市場の動揺を抑えようと日本の生命保険会社に「4月になっても債券を売るつもりがない」と声明を出すよう求めた。この声明を市場が信用していないと知ると、大蔵省の担当者が自ら市場関係者を回って声明の背後には大蔵省がいる、と強調した。さらに日銀は「保有する外貨準備の9割はドルで運用している」ことを公表し、市場の安定に努めた。9割といえばカナダの運用状況に匹敵する。(P80)

 バブル経済の発生…機関投資家にとってバブルの膨大な含み益は為替差損への隠れた緩衝装置(バッファ)だった。→88年7月のBIS規制の網にかからない生命保険会社(相互会社であり、株式会社ほどの規制を受けない)を使って、大蔵省が共和党のために工作した。(P82)

 1987年10月19日のブラック・マンデーと裁定取引。(P88とP121)

 ドル暴落、NY市場暴落を防ごうとした大蔵省の獅子奮迅の働き。①4大証券に東証を買い支えさせる②特金、ファントラにまで株を買わせる→「ドルを支える他に独自のマネー戦略を持たない日本」の姿を露呈した(P90)。

 60年代後半には米ドルの強力なサポーターだったドイツは70年代末にはアメリカ離れしていた→日本の突出振りがいやでも目に付く(P91)。

 NYのロックフェラーセンター買収「アメリカ人の魂を買った」との批判(P94)。

 88年7月G10決定のBIS規制(国際業務銀行の自己資本比率を8%以上とする)は日本の銀行の伸張を抑えようとしたアメリカの意図による。なぜ8%か。アメリカの銀行にはたやすくクリアでき、邦銀には難しい数字だった。他に合理的根拠はなかった。日本は銀行保有の株の45%を含み益として自己資本に算入することで妥協したが、ドイツは含み益の自己資本化を拒否。日本は当座はよかったが、バブル崩壊後に苦労する。BIS後、邦銀は国際融資に慎重になる。世界の円建て融資はゼロに近くなる。(P95)

 80年代の実体経済面での日米貿易戦争。裏では資本輸出国日本が為替リスクを負担するという奇妙な構造が莫大な為替差損を生み、日本経済を弱らせていた。マルク、ポンド、金などへとリスク分散をしなかった罪。(P99)

◎第4章「日米再逆転 1990~1995」

 17世紀オランダのチューリップ投機(P102)

 バブル経済を86年の「前川レポート」が打ち出した「内需主導型経済への転換」だと称賛したのが当時の主流的論調だった(P103)。

 エクイティ・ファイナンス(株の時価発行増資)など(P105)

 アメリカは日本の高株価のカギが①株式持合い(配当収入に関心のない株主の増加)②エクイティ・ファイナンスで利回り採算の悪さ、キャピタルゲイン増、株価上昇見込みという原因だと考え、この原因潰しをはかってきた。(P106)

 株式市場の水準を示す指標…日経平均は値動きが激しい。TOPIXは対象銘柄の株式総数まで考慮に入れるので、より実態に近い(P108)。

 1989年ジェームズ・ファローズ「日本封じ込め」。1989年秋、日米構造協議(SII)スタート(P111)。

 アメリカのメッセージ「日本の高株価を望んでいない」+アメリカは「土地戦略ノート」を用意していた(P114)。

 バブル経済の教訓…日本はマネー経済の成熟に失敗し、個人から企業への富の移動。国民除外。銀行は融資を地価の7~8割にとどめておけばよかった。調整はピークから2~3割下の水準が限界だったのに、やりすぎた。三重野氏は89年春の超低金利修正、89年10月、90年2月、8月と連続して公定歩合を上げて公定歩合を6%としたが、余りにも急ぎすぎた。90年4月には大蔵省が金融機関の総量規制を実施した。(P118)

 アメリカは政府部門の赤字増大による経常黒字縮小を狙った。日本は10年間で430兆円の公共事業を対米公約した。財政破綻の一つの原因。アメリカがSIIでバブル潰しを狙ったとしたら、それ自体は成功した。大蔵当局にはアメリカの態度はショックだったか? バブル崩壊の米証券仕掛け人説=米国が日本に無理やり許諾させた裁定取引をフルに使い、日本にまだ禁止規定がないことをいいことに、狙いすましてやった、という説はもっともらしい。ウォール街基準がここでも生きている。(P115とP121とP122)

 1991年湾岸戦争戦費のカラクリ。540億㌦の湾岸戦争戦費の国際支援が経常赤字をほとんど消してしまった。対イラク戦争で米軍が使用した武器弾薬類は、大部分がすでに予算処理されており、実際に経費として支出されたのは100億㌦以下だと推定されており、アメリカは国際的な政治力で500億㌦近い海外からの資金流入を確保した。(P126)

 クリントン政権の円高誘導戦略…フレッド・バーグステン「日本には自分の鍋で自分を煮させる」。93年4月の日米首脳会談でクリントンは「日本の黒字削減には円高が有効」と。ベンツェン財務長官「日本の黒字が世界の成長を阻害する」。→94年2月の日米包括協議決裂、クリントン大統領は「貿易戦争」を宣言。4月末にはカンターUSTR代表の強硬発言で円高→ドル全面安になり、アメリカはあわてた。(P128)

 バブル崩壊+円高で日本経済に大打撃(P130)。

 対米貿易黒字の内訳、勝ち組はハイテク産業だけだった。包括協議、日米貿易戦争、CIAの盗聴事件、自動車産業の米現地生産化。日本のモノづくり産業が受けたダメージは深刻だった(P134)。

 アメリカ産業にとってドル安は見えない補助金だった(P140)。

 財政健全化はレーガノミックスが10年後に生んだ成果ではなく、ドル安による「補助金」をアメリカが活用した結果だった(P142)。

 日銀の円売りドル買い介入でたまったドルで米国債を買い、米国民の財は株式市場に回すことができたため、米国の株式市場が活況を帯びた(P143)。

 平成大不況の原因の一つは不良債権問題だが、米国の円高誘導が及ぼした直接的影響はものすごく大きい。日本の高コスト構造が平成不況を生んだのではなく、円高デフレが大不況の原因だったことは購買力平価の比較で一目瞭然だ。円高ドル安の為替変動は日米間の所得の実質的移動を意味するP145)。

 日本の大不況時の財政出動効果なし、はケインズ政策の限界ではなく、手法が間違っていたため。ケインズは通貨の過大評価(過度の円高)がもたらす不況に対しては、まったく別の処方策を提示したであろう。(P148)

 日米構造協議による長期公共投資拡大公約は公共工事にかかわる政官業の利益集団のパワーを強化した。円の過大評価は日本の「土建国家」化を促した。(P151)

 日本は早い時期に円建ての投資環境を整備するべきだった。円建ての帝米と牛が多ければ、いたずらに米国が円高にする政策は取れなかったはずだ。(P152)

◎第5章「マネー敗戦 アジアへ 1995~」

 95年1月に金融市場に冷たいロイド・ベンツェンからウォール街出身のロバート・ルービンに財務長官が交代した。95年4月のG7「相場の変動を秩序ある形で反転させることが望ましい」声明→95年8月に榊原・サマーズで大規模介入。1=100円を回復、97年には120円を超えた。ルービン=グリーンスパン関係も重要。95年、10年ぶりに円高の時代が終わった(P157)。

 橋本デフレ。90年代後半の平成不況第2幕。16兆円の公共投資(景気対策)に市場は反応せず。95年9月~約3年間0.5%の公定歩合を続けた。年間約10兆円の金利所得が消えた。異常な低金利で国内資本が外国資産に向かった。再びアメリカの資本循環に組み込まれた日本。新「帝国循環」の時代。(P159)

 97年のアジア危機は米国に流入した資金の余剰分がアジアに還流したもの(P166)

 過度な円高(購買力平価に対して乖離が大きすぎる客観的基準で「過度」と見る)(P167)

 いままで投機資金が悪さをしていたヨーロッパ市場が統合され、悪さができなくなり、アジア市場が投機資金に狙われやすくなった(P171)。

 ルービンはタイ政府の通貨防衛策に反対し、ヘッジ・ファンドの味方をした(P172)。

 コロンビア大学のジャグディッシュ・バグワディ教授は「かつての軍産複合体ではなく、いまや財務省・ウォール街複合体が国際金融を取り仕切っている」と。(P173)

 1980年代のマハティールの東アジア経済協力体構想(EAEC)、ベーカー国務長官が宮沢首相に圧力をかけて断念させた。「EAECは太平洋を分断する。APECこそが双方の利益にかなう」と。(P174)

 日本の金融政策当局の不作為の罪(P178)

◎第6章 「鎖国の代償」

 1997年春の日産生命破綻の意味。一連の金融機関破綻と違い、円高により、持っていた米国債などが減価して破綻した。大蔵省の罪。大蔵省が負うべき責任は重い。(P180)

 大蔵省は金融業界への影響力を失うことをおそれ、銀行は既得権益を失うことを恐れ、「ドルの世界」をそのまま受け入れ続けることを選択した。これが日本の苦渋の原因だった(P184)。

 格付け機関の未発達(P192)

 ジャパンマネーの過度の対米還流を生み出したもの①日本の対米特殊ポジション②日本独自の経済社会制度(P194)

◆問題は2010年の米国債償還だ

 昔の本だが、最後の<終わりに キリギリスの「ニュー・エコノミー」>で吉川氏は

 「2010年には、奇しくも日本が80年代初めに大量購入したアメリカ国債(最長期・30年もの)が償還期を迎える。償還を受けて手にしたドルは、さて今度はどのような投資に振り向けられるだろうか。『償還』ではなく、大部分がドル債の単なる『乗り換え』になってしまっては、日本はドルの鎖の中に国富が流出する構造から永遠に抜けられないだろう。そうならないように、と願って筆者はこの一冊をまとめた」

 と書いてあった。問題は2010年なのである。まだ間に合うではないか。ちょうど10年前に書かれた本なのに、<死せる吉川、生ける財務省を動かす>となるかどうか?

 今の国際金融危機を理解するのに役立った気がした。読み直して良かった。

 自民党政権ではこのような大胆な金融政策の大転換は無理だろう。

 政権交代するしかないのだが、小沢民主党は財務相に擬せられる榊原英資氏を中心にどのような戦略を描いているのか? 

 乞うご期待、では済まされない、喫緊の課題である。

 できれば、総選挙の争点としてアジェンダ・セッティングすべきなのではないか、と思う。

 しかし、アメリカはこの問題を表面化させたメディアにも意地悪するのだろうなあ、と想像する。まして、当落が分かれる政治家に公約させることは期待できないだろう。

 反米的な政策を訴えて政権を取ると、その後の政権運営をアメリカに邪魔されるということもある。

 アメリカは気に食わない日本の政権を引き摺り下ろす、という噂もある。

 田中角栄の資源外交に腹を立てて、ロッキード事件で失脚させたというまことしやかな噂を信じる永田町関係者は今でもいる。

 細川護煕首相は日米首脳会談で「NO」と言った首相だったが、短命に終わった。

 まあ、最後の部分は与太話だが、金融危機の現象面だけに気を取られずに、もう少しロングスパンで見る努力をしてみよう。そうすると、違う風景が見えることもあるから。

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朝日、毎日、日経3紙社説が追加経済対策に注文~真の景気対策は早期解散・総選挙なのに…

 10月10日各紙朝刊は不動産投資信託(Jリート)のニューシティ・レジデンス投資法人の民事再生法適用申請、G7を控えた米国のもたつきぶりなど、暗いニュースが目白押し。黒田東彦アジア開発銀行総裁の「アジアの金融機関はサブプライムローンをほとんど所有していないので、1997年のアジア通貨危機のような大混乱には陥らない」と語った都内での講演などは小さな扱いで、見落としてしまいそうだ。

 ただ、そんな中で朝日、毎日、日経が社説でさすが大新聞と褒めてもいいような論を展開していたのでメモしておく。いずれも麻生太郎首相の指示で自民党が検討を始めた第二次補正予算への注文。「選挙目当てのバラマキ型は百害あって一利なし」というような内容である。

 毎日新聞社説<追加経済対策/国民の先行き不安取り除け>は「景気の悪化を回避、あるいは緩和するため何らかの対策が必要なことは間違いない」としながら「押さえておかなければならないことは、経済の先行き不安を除去することだ。緊急対策がいう『安心実現』である。具体的には、年金や医療など社会保障制度の再構築、非正規労働の正規化や新規雇用の創出、賃金引上げなどである」とする。

 そして、「自民党内で議論されている追加対策の柱は、企業向けの投資減税、株式市場対策としての証券優遇税制拡充、高速道路通行料の1年間大幅引き下げ」として、各項目を検討。「これで日本経済は改善するのか。現状ではその効果は限定的と言わざるを得ない」と断定する。

 駄目な理由として、

①企業へのてこ入れで景気を良くするという、供給側に立った政策。企業の設備投資支援は最小限必要だが、需要が盛り上がらない中では供給過剰が拡大する

②需要拡大には短期的には安定雇用の確保・拡大や所得増が効果的で、根本的には先行き不安の払拭が必要であり、1年限りの定額減税より基礎年金の国庫負担引き上げを財源も挙げて確約することが有効

③雇用支援は緊急対策でも重要項目なのに具体性に欠けており、効果的施策を盛り込むことができるかどうかが焦点

④株価対策としての証券優遇税制拡充は筋違いで、税制に歪みをもたらす。株価が上がる保証などなく、結局は金持ち優遇になるだけだ

⑤高速道路通行料金の大幅引き下げは選挙対策色が強く、大衆迎合

 ――の各点を挙げていた。

 毎日新聞2面<追加経済対策/財源論置き去り/総選挙にらみ/首相「地方に配慮を」>では自民党の保利耕輔政調会長が9日の麻生首相との会談後、追加対策の歳出規模を「08年度補正予算案(1兆8000億円)を大きく上回る」と語った、とあった。

 財源としては国債償還に回す予定の国の財政投融資特別会計の余剰金約3兆円を定額減税と高速道路料金の大幅値下げに振り向ける案が浮上しているそうだが、それだけでは不足するうえに、年末には09年度からの基礎年金の国庫負担の3分の1から2分の1への引き上げ分の2兆3000億円の財源手当ても必要になり、また、景気悪化で08年度税収の大幅落ち込みが予想されるため、相当規模の赤字国債が避けられなくなるのではないか、と書いてあった。

 1997、98年の橋本龍太郎政権の苦い経験は「悪夢」「トラウマ」として与党幹部の頭にこびりついているだろう。大型景気対策になるのは間違いない。

 そんな現状を批判した毎日社説だった。

 しかし、雇用にしても医療、年金の拡充にしても効果が出るのは相当先の話だろう。麻生首相の言うような「壊滅状態の地方経済をどうしてくれる」という緊急対策を求める声をどう説得できるか、が難しいところだろう、と思う。

 もう少し深く考えると、毎日社説が主張するような正統的で構造改革的な手法は強い政権でしか実行できないのではないか、と思う。

 つまり、追加経済対策を行うにしても今の自公の漂流連立政権では無理だと思う。

 結局は、「政治は何もできない」という政治不信を払拭し、日本に新しい権力構造を現出させるためにも、早期解散、総選挙が唯一の景気対策という気がしてならない。

 社説紹介に戻ろう。

 朝日新聞社説<追加経済対策/「安全網」の再構築こそ>も基本的に毎日新聞社説と同じトーンだった。

 「麻生政権の考え方は、まず減税や公共事業など財政出動による旧来型の景気対策ありきと見受けられる」と批判。

 「公共事業や減税を大盤振る舞いした小渕内閣の路線へ、まるで逆戻りしたようだ。『困った時の常備薬』。そんな皮肉を言いたくもなる。バブル不況から脱出するために景気対策を連発した結果、国だけで550兆円もの国債残高が積み上がり、財政が身動きできなくなってしまった」とあの忌まわしい時代を思い起こさせる。

 550兆円である。その結果、ケインズ的手法が通じなかった、という苦い経験則を残しただけとなった。

 そして社説は「財政に余裕があるならまだ分かるが、使える財源はごく限られている。今回の不況はまだ始まったばかりで、先が長く底も深そうだ。なけなしの財源は、いちばん効果的なときに有効な方法で使わねば意味がない」と安易な財政出動という誘惑を一刀両断、斬り捨てている。

 「いま取り組むべきなのは、少子高齢化が本格化していくのに備えて、社会保障を組み替え、維持していくことではないか。『安全網』の再構築なしに国民の安心は得られない」という部分は毎日社説と同じ。

 「遠回りのように見えるが、それが結局は内需を充実させることにつながるに違いない」というのは、先ほどの「迂遠過ぎるではないか」という批判への回答にもなっている。

 朝日社説は民主党の前原誠司前代表が代表質問で主張した道路財源を社会保障に大胆に注ぎ込め、という論に賛成する。

 そのうえで、「金融危機のあおりで資金繰りが厳しくなってきた中小企業へ、信用保証で資金を回す。雇用確保や内需型への転換に努力する企業に対し、応援する政策も有効かもしれない」と具体策を提案していた。

 言いたいことは「薄く広く予算や減税をばらまくのではなく、効果があがりそうな分野へきめ細かく対策を打つ。そうした対策づくりを求めたい」という結論部分なのだろう。

 敗戦直後に片山連立内閣で経済安定本部が日本中の知性を集めて発足し、知恵を絞って、傾斜生産方式導入を決めた。庶民生活の困窮対策を一時的に置き去りにした製作だった。しかし、この将来を見据えた政策立案と実行が朝鮮戦争という「天佑」に恵まれたこともあって戦後復興を生んだ。

 いまこそ、その経験を生かす時だろう。日本中の知性が集結し、立場の違いを乗り越えて、日本の未来を見据えた骨太の政策を作るべき時だ、と思う。

 日経新聞社説<経済急変に政府・日銀は実効ある対策を>もトーンは同じだった。

 日経は金融政策にも言及し「日本の政策金利は年0.5%と非常に低いので金利を下げなかったのは理解できる。しかし金融・経済情勢が著しく悪化していくような場合には、一層の金融緩和策をためらうべきではない」と注文した。

 そのうえで、日経社説は「情勢をよく見て効果のある政策を選ぶべきだ。バブル崩壊後、公共事業中心に事業規模で合計約140兆円の経済対策を実施したが、あまり効果はなく、結局、金融機関への資本注入による不良債権処理が決め手となった」と昔を振り返る。

 追加対策として浮上している定額減税の具体化、設備投資減税、中小企業の資金繰り支援、新たな証券優遇税制については「ここで大切なのは一時的な需要の喚起・負担軽減に役立つだけでなく、中長期的な経済体質の改善や生産性向上につながる対策をとることだ」と、目先の対策を拒否。

 「たとえば農業や漁業の効率化に資するような形での補助金とか、地球温暖化対策に役立つ省エネ機器、太陽電池関連機器への補助、優良な中小企業への手厚い資金繰り支援などはやり方しだいでは意味があろう」と主張した。

 さすが日経新聞、産業の内容に関しては具体的できめ細かい。

 そのうえで、「半面、一時的な効果に限られる定額減税の規模は慎重に考えるべきだ。経済と財政の実情を考えるなら、効果の薄い政策に多額の資金を注ぎ込むのは裂けるべきである」と釘を刺していた。

 追加経済対策については新聞各紙は案外冷静だった。前のめりになっていなかったので安心した。

 熱狂が支配すると政府は判断を間違えるし、大衆民主主義的な「パンとサーカス」政策は結果として、ろくなものはない。

 今回の社説に直接関係はないが、コメの流通について触れておく。

 有毒物質が入った輸入米が日本国中に出回った事件は、早くも忘れ去られようとしているが、あの事件で一番驚いたのはコメの流通経路の複雑さだった。

 農水省の官僚は消費者に顔を向けずに、このような儲かりそうもない流通業者たちを温存しているのだ。

 村山・橋本政権で揺れた住専への公的資金投入問題では自民党が農家ではなく農協の幹部の顔色ばかりうかがっていることが明るみに出ていた。大きな社会的事象が起きるたびに、日本社会の隠された矛盾が明らかになるのだが、今回の有毒米事件が問いかけた課題を軽視してはならない。

 必要なことははっきりしている。

 この不必要な流通システムを簡略化し、構造改革することだ。

 そうすれば、農水省の役人も半分は不要になり、消費者行政の対応に異動させることができるだろう。

 時代の要請に応えられない霞が関システムを変えることができない自民党・公明党連立政権を早く終わらせ、政権交代させることが必要だ、という思いは有毒米事件で強まった。

 世界金融危機はグローバルな課題であり、日本も影響を蒙ることは間違いない。今後も苦しい状況が何度も出てくるだろう。しかし、これは不良債権処理を終えている日本にとって最大のチャンスであることも間違いない。

 こうした客観的状況を忘れずに、政治家は危機に前向きに対処してほしい。

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2008年10月 9日 (木)

新聞はどうして危機をあおるのか?~円高メリット、原油価格下落もきちんと報道を

 米国発世界金融危機、新聞はどうして「危機」をあおるのだろうか?

 最近、新聞紙面を見ていると、米国のサブプライムローンを発端とした金融危機の拡大について、連日のように世界金融危機が来る、世界恐慌が来るのではないか、と狼少年のように警告を発し続けているように見える。

 それはそれで一面では正しいのだが、もう少し冷静な報道も必要ではないか。

 例えば、円高が日本経済を直撃する、と恐怖心をあおり、相変わらずの「円高恐怖症」ぶりが目立つが、円高が進めば日本の価値が上がるのだから、いい面だって出てくるはずだ。

 なぜ、新聞はこのように悲観的なのだろうか? と考え、「新聞は商品であり、どんな読者も怒らせてはいけない、という経営方針からくる呪縛があるからではないか」と思うようになった。

 円高メリットを書いても、今、日本の財界や経済界で力を持っている人たちには他人事なのだが、円高デメリットは自分のこと、という企業が日本を引っ張っており、読者にしてもそういう企業に勤務していたり、付き合いがある人も多い。

 一方、円高にメリットを感じる人は今後、産業構造改革を起こして活躍する「一人前未満」の人々が多いはずである。

 本当は、そういう「一人前未満」の人々が輸出中心の産業構造をぶち壊して、アジアと日本、米国をうまく結びながら新しいパラダイムで新規産業を伸ばせれば、輸出産業の落ち込み分を十分カバーできるのだが、そうなると、今、実体権力を持っている人々が相対的に没落して、新しい権力者が生まれる。

 経済界における権力構造の転換である。

 昔の話だが、円高が急激に進んだ、と聞いた田中角栄首相の第一声は「燕の洋食器は大丈夫か」というものだった、という。

 今、権力を持っている政治家は自分を後援してくれている企業、個人を第一に考える。

 何だかんだ言っても、政治と官僚と業界の癒着は深層部分で続いているし、今の輸出型産業構造を本気で変えないと、これはなくならないかもしれない。

 政治家も経済官庁のトップも経団連トップも頭の中は輸出産業を中心とした日本の大企業の生き残りである。

 確かに大事なことだが、このために、経済の自然の流れを逆転させると、大きなツケが国民にかぶさってくる。

 1997、98年の日本経済破綻から実は日本は立ち直っていないのか? 

 竹森俊平氏は「1997年~世界を変えた金融危機」で日本経済は本格的に自力更生したのではなく、米経済の沸騰のおかげで輸出産業が盛況となり、外需で成長しただけだ、と喝破していた。今でもそうなのか? 日本経済の足腰はもう少し丈夫になったのではないか、と思うのだが。

 麻生首相はG7会合に出発する中川財務・金融担当相に対し、日本の公的資金投入の経験を詳しく教えてくるように指示したというが、これはその通りだと思う。さすがに橋本政権で日本が経済破綻した時の経済企画庁長官だけあって、10年前のことを覚えていたのだろうか? 今は欧州、米国とも日本の苦しかった経験を政策に生かす時だろう。

 それにしても、日本は昔のサミットでの「日独機関車論」ではないが、ヨタヨタしながらも、世界経済を引っ張っていく、というか、少なくとも他の主要国が間違った道に迷い込まないようにアドバイスする役目を背負わざるを得なくなっている。

 内海、黒田氏ら財務官経験者の「通貨マフィア」が繰り返し発言しているように、日本は自信を持って国際政治経済市場で日本的なやり方を掲げて「Show the Flag」すべきではないか。

 つまり、遠慮せずに日本の存在感を示すべき時だ、と思う。

 そのためにも、新聞は悲観論だけでなく、現状をきちんと分析して冷静な報道をしてほし。原油価格が下がっていること、国際的な穀物相場がある程度沈静化していることなども含め、米欧の苦境がいつどのように日本などアジアに波及すると見るのか、米金融危機のピークをいつと見るのか、などの見通しを含めて、当面は円高メリットも正当に評価しながら議論を展開してほしい。

 最近の朝日、毎日、読売の1面、2・3面、経済面の見出しを見返すと、悲観論のオンパレードみたいに見える。実際は[大波小波][経済観測]など、冷静な議論も紹介しているのだが、そうしたプロの議論は地味な扱いで、大きな扱いになるのは兜町の関係者のため息や繰り言が中心と見えるのだ。これには記者クラブ制度の悪影響もあるのかもしれない。もう少し冷静になってほしい、と、つくづく思う。

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2008年10月 7日 (火)

書評「金融行政の敗因」西村吉正著(文春新書)~9年前の本。金融危機対処の参考に+東京新聞西村氏インタ

 10月6日のニューヨーク株式市場は金融危機を背景とした世界的な景気後退への懸念が強まり、ダウ平均株価(30種)は一時、2004年10月以来約4年ぶりに10000㌦を割り込んだ。2007年10月に付けた過去最高値(14164.53㌦)に比べて約3割下落した。同日のアジア、欧州の株式市場も軒並み下落し、米国発の金融危機は世界同時株安に発展した(読売新聞10月7日朝刊1面トップ前文)。東京市場も7日、日経平均が10000円を割った。

金融行政の敗因 (文春新書)

 サブプライム危機を発端とした米金融危機は米国だけでなく、欧州の金融機関の破綻を招いただけでなく、途上国経済などにも影響し始めている。

 新聞を読んでも、エコノミストや経済学者が目先のことしか話していない気がする。

 例えば、私が愛読している日経新聞[大波小波]。10月7日は六光星氏だったが、「未曾有の金融危機に世界が揺れている」として、過剰流動性を問題にしている。米国は中央銀行の力に頼り過ぎ、資金供給で輸血をしているが、病巣に直接働きかける力はないのに、膨大な資金提供は再びカネ余りを招き、資産バブル(通貨価値下落)の温床になる、と。一時しのぎが制御不能の怪物を作る繰り返しだ、という。

 「このままでは21世紀の世界は、物価も成長率も資産価格も過剰流動性の人質になってしまう」と危機感を訴え、アメリカはなぜかつての日本のようなデフレと流動性のワナにはまり、出口を見失う方向に進むのか、と悲鳴をあげる。

 申し訳ないが、今の危機の解決策を考える参考にならないと思うのだ。現象面の説明が中心で、その意味合いが述べられていないからだ。

 そこで、思い切って10年前の本を本棚から引っ張り出してきて、読み返した。

 住専問題の時に大蔵省銀行局長だった西村吉正・早稲田大学ビジネススクール教授が1999年10月20日第1刷で出した文春新書「金融行政の敗因」(定価710円+税金)を手にとってみた。

 バブル崩壊の際、政府内部で最も深く関わった、いわば「マネー敗戦」の”戦犯”である。自分でもミッドウェー海戦の司令官になぞらえていた。ひかれものの小唄だ、と切り捨ててもいいのだが、どうも内容が気になっていたので、もう一度きちんと付き合ってみたのだ。

 西村氏はその後も、金融に関する研究を続けている。この本は9年前に書かれたのだが、その時点での専門家の見解であることは間違いない。10年後に検証するのにふさわしい本だ、というだけでなく、現在の世界金融危機の中での日本のあり方を考える際に参考になるのではないか、と思って、読み返してみたのだ。

 本の裏表紙から西村氏の略歴を引き写しておく。

 1940年滋賀県生まれ。1963年東京大学法学部卒業。大蔵省入省後、経済企画庁課長、大阪税関長などを経て1989年から銀行局審議官、1992年財政金融研究所長、1994年銀行局長。1996年に退官後、スタンフォード大学特別客員研究員を経て現在、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授。主な編著書に「復興と成長の財政金融政策」(大蔵省印刷局)、「世界の中心は回り持ち」(東洋経済新報社)など、とあった。

 9年前の情報だから、今は違うのでは? と思い、早稲田大学のホームページを見たら、次のように載っていた。コピペする。

 <現早稲田大学ビジネススクール教授である。早稲田のホームページによると、専門分野は金融論(特に金融制度)、経済政策論(特に財政、金融、行政)。

 講義科目は金融ビジネス概論、経営と経済・社会。

 1940年生まれ(滋賀県大津市)、東京大学法学部卒業、博士(学術、早稲田大学)、1963年 大蔵省(現、財務省)入省、1979年 欧州共同体(EC)日本政府代表部参事官、1984年 大蔵省主計局主計官(防衛予算担当)、1986年 経済企画庁総合計画局計画課長、1992年 大蔵省財政金融研究所長、1994年 大蔵省銀行局長、1996年 大蔵省退官、スタンフォード大学特別客員研究員、1997年~ 早稲田大学教授。

 主要著書一覧としては「日本の金融制度改革」(2003、東洋経済新報社)、「金融行政の敗因」(1999 文春新書)、「世界の中心は回り持ち」(1997 東洋経済新報社)、「復興と成長の財政金融政策」(編)(1994 大蔵省印刷局)、「金融危機再検証 今が好機」(2007 日本経済新聞「経済教室」)、「脱・脱亜入欧のすすめ」(2008 中央公論)、「日本人を値下げしよう」(2003 中央公論)。

 研究テーマは「規制緩和、市場化、グローバル化などの激流の中で変革を続ける金融システムの将来展望を探る。理論を踏まえつつ、かつ、現実の課題に応えられるように、21世紀の金融機関経営の構想を描く」とある。

 本人からのメッセージとしては「30年あまり公務員として日本政府(大蔵省、外務省、経済企画庁)で働いてきた。とりわけ住専問題などの金融機関の破綻処理を取り扱った銀行局長の時代には、印象に残る行政経験が数多くあった。このような経験を活かしながら、理論と実践の接点を探る研究・教育活動を進めたい」。

 プロジェクト研究はグローバル化時代の金融戦略の研究 [MBA] 、金融業務戦略指導[博士後期課程]>

 とあった。以上がホームページの情報だ。

 さて、「金融行政の敗因」の内容に移ろう。

◆バブルの最中はバブルと感じない

 まずバブルの発生・崩壊だ。「80年代後半から現在に至る資産価値(地価・株価など)の急激かつ大幅な上昇・下降の過程」(P12)。必ずしも経済の実態に即したものとは言えなかったという意味で、「特に大幅な下落が起きてから、この現象は苦渋を込めて『バブル』と呼ばれるようになった」(P13)とあるように、景気がよかった時は、バブルとは認識されていなかった。崩壊して、初めて「バブルだった」となる。いつの時代も同じだ。

 1980年代後半には日本を含め、アメリカ、イギリス、北欧、韓国、台湾など世界の各地において地価及び株価の上昇が見られたが、この共通の背景は

①1985年9月のプラザ合意後の各国の協調利下げ

②石油価格の下落

③マネーゲームの興隆、

 があった。しかし、内実は各国バラツキがある。日本同様に第二次世界大戦後、右肩上がりの経済発展を続けてきたドイツはバブルの発生・崩壊を経験しなかった。ドイツでは土地政策が確立し、土地が投機対象とされなかったこと、経済全般について対米依存度が日本ほど大きくなく、経済政策は対米協調より国内安定を優先する傾向が強かったためだそうだ。(P17)

 1980年代後半に日本で生じた資産価格の急激かつ大幅な上昇(バブル発生)の原因は、

①長期にわたる景気拡大や円高による国際的地位の上昇の過程で日本経済の先行きについて強気の期待が高まったこと

②歴史的な低金利やマネーサプライの高い伸びなど金融緩和が長期にわたるなど、マクロ経済政策に適切さを欠いたこと

③金融機関のリスク管理体制などの整備が不十分なまま、金融自由化が過度期を迎え、その中で金融行動が著しく活発となったこと

 ――の三つだった(P17)。

 1985年のプラザ合意による急激な円高が日本経済を襲い、円高不況が来るという危機感が列島を覆ったが、大きな混乱もなく乗り切った。不況感が急速に払拭され、非製造業のウェイトの高まりなどで多数の収益機会が生じた。相変わらず不況下の物価高(スタグフレーション)に苦しむ欧米先進国を尻目に日本の1人当たりGDPは世界最高水準に達し、キャッチアップの時代は終わった、と感じられた。

◆経営者の判断を誤らせたもの→結果は過剰投資

 このような予想を上回る契機の好調は経営者の判断を誤らせ、過剰投資を招く。

 「土地神話」は戦前には存在しなかった。高度経済成長により土地一単位当たりの生産性が大幅に上昇したうえ、人口の都市集中のため、特に大都市の地価は経済発展をはるかに上回る店舗で上昇。70年代以降、長者番付(個人申告所得ランキング)の上位を土地成金が独占したことを通じて土地神話がますます定着した。広範な人が土地は他の資産に比べて有利な商品であると信じていた。

 地価は戦後1回(1974年)しか下がったことはなく、これもオイルショック後の例外中の例外として無視された。「土地本位制度」がバブル発生の原因となり、崩壊後にそれが故に日本経済の心臓部にダメージを与えることになる(P22)。

◆規制緩和が悪いのか、政治家のリーダーシップのなさが悪いのか?

 80年代はサッチャー首相、レーガン大統領によって主唱された新保守主義の経済学と規制緩和が世界的に関心を呼び、日本でも中曽根政権がサッチャー・レーガン路線を踏襲し、1985年4月の国鉄の分割民営化が象徴だった。

 経済・社会の自由化、国際化は時宜にかなった政策目標だった。規制緩和による経済活性化は第二次石油ショック後の沈滞した雰囲気を明るくしたが、もしかすると、結局はバブル経済を推し進めることでより大きな傷跡を残す結果になったのか。それとも、竹下政権以降、短期間で政権交代を繰り返し大きな政策決定を実行する力が弱まった政治のリーダーシップの欠如が原因なのか。転換期にある日本経済の舵取りをすべき政治がこの時期、政治改革にかなりの力を吸収されたことも日本経済にとって不運だった(P23)。

 1985年に1人当たりGDPが11000㌦、アメリカが17000㌦だったのが、1990年には日本24000㌦、アメリカ22000㌦と逆転し、日本は主要国の中で1位となったが、これは為替レートの激動による数字の魔術、錯覚だ。円ベースで見ると、日本のGDPは85年に324兆円で、バブルを経て90年でも3割増の439兆円。これが実態であり、生活実感だ。これをドル建てで見ると、85年の1.45兆㌦が90年には2倍以上に増えて、3.10兆㌦になる。5年で倍増。外国人はドル建てで見るから日本の膨張ぶりにびっくりした。その様子を見て日本人(特に国際派や金融関係者)もすっかり自信をつけてしまったのではないか。

◆邦銀がアレヨアレヨで世界一になった日

 この頃、日本の金融業が国際金融市場で占める地位も急速に上昇。円高前の82年には日本で第1位(資産額)の銀行も世界では第8位だったが、プラザ合意による円高後の88年には資産額を4倍にして世界のトップバンクになってしまった。

 単純化すると不動産融資で2倍、円高で2倍、合わせて4倍ということだ。80年代後半には世界のベストテンを邦銀がほぼ独占する。この頃、BISがまとめた国際金融市場リポートでも85年以降、邦銀の海外資産は急拡大したものの、これは国内市場が未整備で国際市場に迂回した取引が多かったため、と分析している。邦銀の「オーバープレゼンス」(目立ちすぎ)も円高によるイリュージョンの要素が強かった。邦銀のランキングも実はソニーやトヨタをはじめとする製造業の実力で獲得した円の価値上昇(円高)の反映に過ぎなかった。金融行政にもその意識が足りなかった。

 それまでは前近代性と結びつけて考えられていた終身雇用制、メインバンク制度、株式の持ち合い、企業間の長期的信用取引関係などの慣習が「日本的経営」と称賛され、債権大国、資産大国、金融大国など「大国」という言葉が流行語となった。

◆流行語「大国」、昔は「一等国」

 19世紀末から20世紀初頭、日清・日露戦争に勝利した日本では「一等国」が流行語だった。このような大国化現象は急激な円高で計算上出現したバーチャルな産物だったから、バブル崩壊後、日本の金融が天国の高みから奈落の底に墜落したように悲観する必要はない。もともとそんなに高所にいたわけではない。今回のバブルは17世紀前半のオランダのチューリップ狂、1920年代のアメリカの大恐慌に先立つブーム、18世紀前半のイギリスの南海泡沫事件同様、急速な経済的興隆が人々の強気を産んだ例だ(P26)。

 今回の事例は日本を筆頭としたアジアの雁行経済発展国家群が挫折した20世紀末の事件として、欧米の人々の優越感をくすぐる格好の話題を提供した。世界史上今までに何度かあったイエロー・ぺリル(黄禍論)の一こまだが、この史劇は21世紀に中国が主役を引き継ぐことになり、まだ幕を閉じていない(P27)。

 80年代後半、日本の金融は大幅に緩和された。公定歩合は86年1月から87年2月までのほぼ1年間に5%から2.5%という史上最低の水準へと引き下げられた。この水準は89年5月に3.25%へと引き上げられるまで2年3カ月継続した。マネーサプライも87年度から90年度にかけて4年間連続して2桁増となるなど、量的にも大幅な緩和が行われた。

◆日本はなぜ金融引き締めが遅れたのか?

 87年10月のブラックマンデー(NY市場での株価暴落)後、アメリカでは88年3月に市中金利の高め誘導をした。8月には公定歩合を引き上げた。

 ドイツも88年7月と8月に公定歩合を引き上げた。

 しかし、日本では①円高の進捗②経常黒字と内需拡大要請③物価の安定という3要因の為に、金融引き締めが制約され、金融政策の転換は89年5月まで持ち越されてしまった。

 三重野日銀総裁(当時)は93年5月24日「金融財政」で「悔いが残るといった、その事態に対する最大の教訓は、やはり金融政策は消費者物価とか、卸売物価だけじゃなくて、資産価格についても十分目配りしていかなければならなかった、ということだ」と回想している。

 金融政策のみならず、経済政策発動のタイミングは極めて難しい。特に現状に満足しているときに、金融引き締めで国民の頭から水を掛けるということは、言うべくして難しいものだ。転換のターニングポイントとなる時点では、決定的な指標が出ているわけではない。

 政策決定者はよほどの見識と決断力と、そして確固たる地位が必要だ。このような意味で中央銀行の政治からの独立性が世界各国で尊重されている(P33)。

 日本は89年に入りドルが円に対し強含みに転じ、金融政策に対する為替面からの制約が小さくなった。一方、国内では人手不足と輸入物価上昇による国内物価上昇が懸念されるに至った。出稼ぎに来たイラン人が東京の街に目立つようになったのもこの頃だ。

◆「平成の鬼平」はやりすぎだったか?

 89年5月、公定歩合は2年3ヵ月ぶりに引き上げられ、以後90年8月までの計5回の引き上げで、その水準は短期間のうちに6%となった。当時の日銀総裁は「平成の鬼平」と称賛されたが、この急激な金利引き上げはあまりにも急激にブレーキをかけたものとして、後にはむしろ批判の対象となった(P34)。

 この頃の経済政策を巡り「財政再建を優先しすぎたため、金融政策に過度の負担がかかった」との見方がある。行政改革は当時の鈴木・中曽根内閣の最大の政治課題であった。財政政策と金融政策のポリシーミックスを決定する上で、一つの制約になった面があったことは否定できない(P36)。

 80年代に入って資金の需給関係に変化が生じていた。日本企業はオイルショック後の安定成長への移行に伴い、資産・負債の増加を抑える減量経営を志向。製造業の主要企業全体では内部資金化率が高まり、76年以降、全体としては設備投資資金を借入れに依存する必要がない状態になった。70年代半ばを転機に、製造業の金融機関借入金依存体質は急速に低下し、80年代に入ってからもこの傾向は続いた。80年代には書受け院形態での資金調達の自由化が進行し、これも銀行離れを促進した。

◆不動産投資が集中したワケ…財テクブーム

 銀行にとってはカネ余りになった。大企業が借りないため、ほとんどの銀行は一斉に配下のノンバンクも含め、不動産貸出に走った。金融緩和と預金金利自由化で資金が継続的に流入する環境に押し流されるように、銀行は「向こう傷は問わない」姿勢で貸し付けた。銀行はこの時期、審査部門を縮小した。

 80年代後半には企業は設備投資に加え、収益重視の観点から積極的な金融資産の運用である「財テク活動」を活発化させた。特に大企業は資金不足がkぅを大幅に上回る大量の資金を調達し積極的に金融資産を積み増す、いわゆる「両建て取引」を行った。85年から89年の間の企業の資金調達を見ると、エクイティ・ファイナンスを中心とする有価証券とCP発行が大幅に伸びたのが特徴だった。

 当時は、財テクに関心を持てない経営者は無能といわんばかりの罪深い経営書が数多く出版された(P47)。

 私(西村氏)は1986年~88年、経済企画庁で将来展望を作る作業をしたが、この4年間に個人消費や政府支出は25%程度しか伸びていないのに、民間設備投資と住宅投資は約60%伸びている。結局、バブル期といっても、実体経済面では民間の突出していただけで、通常の国民生活そのものは案外平静、平常だった(P49)。

 バブル崩壊過程で1㌦=79円の円高があった。アメリカは為替レートを貿易戦争の武器に使ったに過ぎないだろうが、この円高は予想以上の効果を及ぼし、日本経済は自壊した(P51)。←(これは非常にものすごい指摘だと思う。)

 前川リポート(1986年4月7日)の主張する経済構造改革が注目されたが、「内需主導型」が曲者で、内需主導型への経済構造変革を目指すべきだったのが、景気対策により内需振興を図ることにすり替わってしまった。もともと、高度経済成長時の日本は生活を豊かにするためにカネを使わず、ウサギ小屋に住んで、貧しい中でGDPを伸ばした。本来は国民生活の水準を上げておくべきだった(P53)。

 あの時期、日本の経済政策の思考方法・決定過程は予算編成に偏っていた。底では政策の主たる関心が国内の利害調整に埋没する状況で、政治も行政も世界の経済大国としての日本をたくみに運営する体制ができていなかった(P56)。

◆英エコノミスト誌の卓見

 英エコノミスト誌の「バブル崩壊論」の卓見(1990年12月)(P66)。

 世論はバブル潰しを喜んだ(P71)。

 日米の不良債権処理の違い。S&L程度と見たのが間違いだった(P86)。

 痛みを伴う政策の政治決断ができなかった。弱い政治(P89)。

 ジャパン・プレミアム問題(P134)。

 生保各社の経営を悪くした低金利(P138)。

 自民、社会、さきがけ連立政権での住専処理。最初は与党プロジェクトでリーズナブルな方法。途中から党幹部の担当となり、自民幹部はプロジェクトチームを無視し、農協向けの結論を出した。住専問題をハードランディングさせた原因は闇勢力が経済活動に現われ、銀行支店長殺人などを繰り返し、ソフトランディングでは闇社会の食い物にされる、という恐れがあったため(P145)。

◆吉冨勝氏の住専処理批判と反論

 吉冨勝氏による住専処理批判の詳細な説明とそれへの回答(P153)。

 1997年11月3日の三洋証券破綻→戦後初のコール市場でのデフォルト。11月17日拓銀破綻。11月24日山一証券自主廃業。11月26日德陽シティ銀行自主再建断念。11月28日財革法成立(P179)。

 梶山静六氏のイニシアチブで1998年2月16日金融安定化緊急措置法成立、預金保険法改正も。98年6月22日金融監督庁発足(海外市場では「ハシモト・リセッション」の批判起きる)(P187)。

 金融機能が円滑・有意義に活動するためには、金を貸したものよりも金を借りたものの方が相対的に良い結果を得られるという社会にすることが必要だ(P198)。

◆最終章は現在に生かすべき教訓が山盛りだ

 西村氏の卓見は第5章「金融行政の曲がり角」(P205~P252)を見れば、現在にも通じる骨太のものの見方として表れている。小見出しだけを拾っておく。

1 事前行政から事後行政へ(護送船団方式とは何だったのか/金融検査の本質と限界/信用の価値=BIS規制/経営者の責任追及問題)

2 金融の再編成(直間比率=銀行と証券=/土地本位制度の崩壊/一勧・富士・興銀/伝統的金融業と先端的金融業)

3 なぜこんなに時間がかかるのか(金融だけが原因なのか/人口の減少と国民の閉塞感/冷戦終結とデフレ/平和の逆配当/これからどうするのか)

◆米金融業のおさかしさ→現在の破綻の原因はここにある?

 世界的に活躍するアメリカの金融機関のROE(株主資本利益率)は14%以上ともいわれる。先進諸国の実体経済の成長率が2~3%のときに、金融機関だけが飛び抜けた利益を上げ続けることに納得できないのは、単なる感情論ではない。従来の金融行政は、伝統的な金融業を対象とし、どちらかといえば金融業の公共性・安定性を重視してきた。これに対し、ビッグバンなどという言葉に代表される最近恩金融論議や行政批判には、先端産業としての金融業の立ち後れに対する苛立ちがこもっている。この間には、案外深い川が流れているのではないだろうか(P234)。

◆高度成長とは将来の成長期待だった

 高度成長の時代とは、いま成長しているということよりも、将来も成長が続くという見通しの持てる時代、「将来性を買う時代」だった。将来性を買ったからこそ、地価は収益還元レベルを超えていた。そのうえさらに将来の発展を見込んで地価は上昇した。それに比して90年代になると、「現実を踏まえてその延長線を見つめる時代」になった。このような意識変革の最大の要因は20世紀末の日本が人口の屈折点に差し掛かっていることだ。租税負担の増加、年金財政の崩壊など国民の漠然たる将来への不安も根底には日本の社会が人口減少によって縮小均衡に向かうことを国民が感じているからだろう(P238)。

◆少子高齢化の影響が大きいこと

 第二次世界大戦が終わってまもない時期にベビーブームがあり、その直後、出席率は49年から59年のわずか10年間で4.32から2.04へと、世界的にも例を見ないほど急速に低下した。当時、それまでの「人ばかり多くて貧しい国」から脱却するための施策が成功したものと考えられた。

 しかし、人口の増加がわが国の成長・発展にとってむしろ原動力であったことを、今日、人口の屈折点に立って初めて痛感させられている。

 わが国の人口が減少した経験は約250年前、18世紀中期にまで遡る。徳川吉宗の時代であり、享保の改革はおそらく人口停滞によるデフレの時代に行われたのであろう。それでも約70年間の人口減少率は4.5%であるから、横ばいないしは微減というところである。それに比べると、今回の人口減少は厚生省人口問題研究所の推計によれば、今後約百年間で半数近くになってしまう。

 それに匹敵する減り方は、縄文時代中期から後期にかけて(4500年~3500年前)の約1000年間の動きまで遡るらしい。こう考えると、バブルの崩壊や総量規制と関係なく、日本の地価がここまで下がることは早晩、必然であったのだ。

 頭数が半分に減れば、1人当たりの土地は2倍に増える。また、わが国の高度経済成長が、キャッチアップの課程を終えればいずれ普通のスピードになることも、早くから認識されていた。モノも資本も自由に移動する時代になれば、土地の値段もまさにグローバル・スタンダードに近づくことは必然だったのである。

 地価だけがグローバル・スタンダードと無関係でいられるはずがない。日本だけに土地神話が存在することこそ、むしろ以上だったのである。しかし残念なことに高度経済成長を成し遂げた後は、わが国にはそういう大きな方向性について舵取りをする機能が欠けていたのだ。

 わが国の地価政策上、土地保有税が必要であることはすでに60年代半ばに各方面で主張されていた。それは人口が増加し、経済成長率の高い段階でこそ必要・有効なものだった。わが国の人口の減少が懸念され、ゼロ成長にあえぎはじめる時点になってやっと地価税が導入されたのは、誠に皮肉なことであった(P240)。

 冷戦の終結は、世界の人口の3分の1が市場経済に参入し、それだけモノ・労働力のバランスが変化したことを意味する。わが国も当然、この世界的な供給過剰の中にいる。さらに日本は円高に対応するため、安い土地や労働力を求めて現地生産を拡大し、その流れを加速した。デフレ経済は必然的である。

◆デフレ下では不良債権処理が進まない

 70年代後半から80年代初めにかけては、アメリカ経済は高インフレ・高金利に苦しんでいたので、日本にとって円高によるデフレ効果はむしろ喜ばしいことだった。ところが80年代半ばから90年代半ばになるとアメリカの物価が安定にしたにもかかわらず円が上昇し続けたために、わが国は世界的な風潮以上にデフレとなり、マクロ経済運営に大きな支障をきたすことになった(P242)。

 不良債権の処理にとって、デフレは最も不利な環境である。インフレは債権・債務の実質的価値を減らす。すなわち過去を清算し、既得権の重荷から解放する。インフレが老人や弱者に冷酷であるのはそのためであるが、そのことは同時に、現在の強者、新たに発展しようとするものの活動をし易くすることをも意味する。

 これに対しデフレは逆である。既得権益の価値を重くするから、社会の発展・前進の足かせとなる面がある。いま日本経済がしっぽを咥えて同じところをグルグル回っているのは、デフレという足かせをはめられていることも大きな原因となっている。日本は過去2度、終戦直後に不良債権問題があったが、銀行を救ったのは卸売物価が約60倍になった超インフレだった。列島改造時の不動産融資による不良債権も第一次オイルショック後の「狂乱物価」(卸売物価上昇率37%)によって軽減された(P243)。

◆冷戦終結の意味合い→安全保障を各国が自前で構築する時代

 冷戦の終結によって、安全保障問題を各国が自前で構築する必要が出てきた。いまさらながら日本の脆弱性・孤立性を痛感させられる。

 世界の人々も「日本経済の奇跡」の時代の敬意と警戒から解放され、日本の脆弱性、辺境性に気づいてしまった。最近における国際的な日本の地位の低下(ジャパン・バッシングやナッシングとか自嘲しているもの)は、このことを反映している。

 …象徴的に言うならば、ニューヨーク市場は「ドルと英語とペンタゴン」によって支えられている。東京市場は今のところ、そのすべてを欠いている。

 …「マネー敗戦」という意識から遅まきながら円の国際化論が最近勢いを増している。しかし、通貨の力は単なる「経済大国」では獲得・維持できない。円の国際化が何を意味するのかは人によって違うようだが、外国でお札が通用するようになるのは、東京市場の国際化などという生易しい話ではない。

◆憲法9条問題

 憲法9条の改正から始めなければならないことになる。冷戦の終結により、そういうことが明確になってしまった。経済大国とは「裸の王様」のことであった(P246)。

 日本が難問にぶつかるのは、むしろこれからである。ここ10年ばかりの経験はその予告編に過ぎない。人口の減少に対処するには、これから、社会の安定化活力か、の厳しい選択に迫られる。ヒトの輸入に踏み切るか。アメリカのように外から活力を無制限に入れるほど日本社会は強くないだろう。日本には日本のやり方がある。日本のやり方が欧米にも通用するという意味でのグローバル・スタンダードにならなかったとしても、それでやっていくほかない。できうえば、近隣にそれを共にする友人(中国、韓国)があったほうが良い(P249)。

◆高度成長の中に潜んでいた第二の敗戦の芽

 第一の敗戦後に実現した「日本経済の奇跡」の中でも、第二の敗戦の種は播かれていた。経済優先の高度成長である。やむを得ずこの路線を選択した吉田茂首相はこのことをおそらく自覚していたであろう。日本人はそのうち、これが世を忍ぶ仮の姿であることを忘れ、「町人国家論」を本気で信じてしまった。だからマネー敗戦を不本意と主張するならば、戦後の経済市場主義をも修正しなければならないことになる(P251)。

 以上が本書の内容である。

 新書の帯に<護送船団最後の指揮官元大蔵省銀行局長の告白的論考!>とあるが、いい内容である。9年前にここまで見通して、書いている。この10年、日本の政治・経済はこの時点と比べてどこまで進歩したのか、退歩したのか?

 その検証は別の機会にするとして、今日はここまで、と思ったが、東京新聞の昨年4月号に西村氏のインタビューがあり、ネットの東京新聞ホームページに保存してあったので、コピペしておく。

◆東京新聞2007年4月25日朝刊の西村吉正氏インタビュー記事(ネットからコピペ)

 東京新聞2007年4月25日付朝刊(ネットで見つけた)に[検証・拓銀破たん10年特別リポート]<①西村吉正・旧大蔵省銀行局長に聞く>があったので、ついでに、コピペして、貼り付けておく。

◎「正論」拓銀のみこむ 経営悪化なら厳正処理を

 <1997年11月17日、北海道拓殖銀行が破たんした。あの激震から10年が経過しようとする今、破たんの前年まで旧大蔵省銀行局長を務めた西村吉正・早稲田大学大学院商学研究科教授(66)に「拓銀はなぜつぶれたのか」をあらためて聞いた。元銀行行政のトップは、当時の国内を覆っていた強硬な構造改革路線に国内経済が落ち込んでいく局面が重なり、国の方針を存続ではなく破たんに向かわせたとみる。(経済部・沢田信孝)>

【96年夏まで】

◎中小行の処理で金融正常化できる

 <西村氏が銀行局長に就任したのは、自民、社会、新党さきがけ3党による村山富市連立内閣が発足した直後の1994年7月。96年7月に退任するまでの間、金融機関の破たん処理に道筋をつける一方で、住宅金融専門会社(住専)の不良債権問題の対応に追われた。ビルや土地を買いあさり、バブルを生み出した主役の一つである住専への公的資金投入は、その先にある問題、住専に巨額資金を貸し込んできた銀行の不良債権問題を国民に強く意識させることになった。

 ――当時、拓銀を含む金融機関経営に対する認識はどのようなものだったのでしょう。

 「銀行局長に就任し、金融機関の実情を知るに連れ、破たん処理は避けて通れないと強く感じました。ただ、その対象はあくまで中小金融機関でした。率直に言って、大手行まで破たん処理しなければならない状況だとは認識していなかった。バブルに踊った一部の中小金融機関を処理すれば、金融システムは健全化すると考え、94年12月から東京の2信組(東京協和、安全)、コスモ信組(東京)、兵庫銀行、木津信組(大阪)…と破たんさせた。私が局長時代、拓銀まで破たんするなどとは思いもしませんでした」

 ――しかし、そのころから週刊誌などの「拓銀危機報」道が徐々に盛り上がり始めました。

 「確かに拓銀と日債銀(日本債券信用銀行)に関心が集まり始めました。あのころの週刊誌は『拓銀を放っておいていいのか』『つぶさなくていいのか』と金融当局に要求を突きつけてくる感じでした。ただ、彼らも本当につぶれるかもしれないと思っていたら、ああいう書き立て方はしなかったでしょう。いざとなれば、大蔵省が救うに違いないと思っていたからこそ、無責任な内容になっていった。そんな状況ですから、外国人記者にまで、『大手21行は大丈夫か』と聞かれました。その記者は拓銀を念頭に置いていたのでしょうね。私は『日本の金融システムの崩壊につながる事態を防ぐのが、金融行政の責任者の役目だ』と答え、間接的な言い回しですが、『大手行はつぶさない』という政府方針を示したものです」

 ――拓銀にまで破たんが及ばないと考えた根拠は何だったのですか。

 「日本経済への自信です。日本は創意工夫によって、敗戦を克服し、オイルショックや、プラザ合意(85年)後の急激な円高も乗り切ってきました。95年当時、私たち行政当局はもちろん、国民全体にもまだ自分の国への自信が残っていた。バブルの後遺症を軽視したつもりはありませんが、弱い中小金融機関を破たんさせて不良債権処理すれば、景気が回復し、金融システムも正常化すると確信していたのです。拓銀が破たんする事態にまで経済状況の悪化が進むとは、考えられませんでした」>

【急転の97年】

◎時代の空気 生き残りの道狭めた

 <結局、拓銀に「退場」を宣告したのは大蔵省ではなく、「市場」だった。1997年11月3日、三洋証券が破たんし、コール市場(短期金融市場)で初の債務不履行が発生すると、拓銀への信用不安も一気に高まり、株価は額面割れ寸前に。コール市場では資金の貸し手が現れず、資金繰りに行き詰まった拓銀は同17日についに破たんした。さらに1週間後の同24日には、山一証券も自主廃業に追い込まれる。当時の首相は、故橋本龍太郎氏。金融改革や構造改革、行政改革などの6大改革を「火だるまになっても断行する」と宣言。それまでは当然のように受け止められていた大蔵省の「護送船団方式」が突然通用しなくなった、と西村氏は振り返る。

 ――西村さんが銀行局長を務めた96年半ばまでは大手行を破たんさせない方針だったのに、わずか1年半後に拓銀が破たんした理由をどうお考えですか。

 「私は96年から97年にかけての時期を『正論の時代』と命名したい。今や小泉純一郎前首相の専売特許のような構造改革ですが、初めて本気で『思い切った改革を実行しなければ日本の将来はない』と言い出したのは橋本龍太郎さんです。実際に(金融機関の規制緩和を進める)日本版ビッグバンなどの改革に取り組んだ。筋を曲げるのが嫌いな橋本さんは『正論の人』。国民も支持した。96年暮れから97年半ばまで橋本内閣の支持率は非常に高かったんです。そこに拓銀と山一証券の危機が浮上した」

 ――「正論路線」が拓銀を破たんさせたと…。

 「山一の場合は『飛ばし(損失隠し)』の発覚がきっかけでした。それ以前なら経営陣は処罰しても、証券市場をめちゃめちゃにしてはいけないという政治の自制が働き、会社を残す方向に進んだ可能性もあった。しかし、『厳正に処理することが日本の将来のため』という正論によって自主廃業に追い込まれた。拓銀もこうした空気の中で、生き残りの道が狭められた側面があったように思います。時代の空気と無関係に行政運営が行われることはあり得ません。それは非常に大きな要素、いや、すべてと言っていいほどの影響を持つものです」>

◆都銀ゆえのマイナス

 <――「正論の時代」ではなかったら、拓銀も存続できたということでしょうか。

 「難しいところです。経営難の金融機関を存続させるにしても、破たんさせるにしても、返すべき預金額と、不良化によって目減りした資産との差額は、税金などの公的資金で埋め合わせする点は変わりません。問題は、差額を税金で埋めて銀行を生かすか、銀行をつぶしてから税金で穴埋めするかの判断です」

 「当時は経済環境も悪化し、差額という穴がどんどん広がっていく状況にありました。仮に、行政当局が先に税金で穴埋めするという手段によって、拓銀を生かそうとしたとしましょう。当初は穴が1兆円だとみて埋めてみたが、2兆円、3兆円と広がっていく可能性が強い。そうなると追加支援が必要になり、拓銀は『不良債権を隠していたんじゃないか』と国民に疑われ、行政は『見込みが甘かった』と批判を浴びます。時の政権への打撃にもなりかねません。正論の時代だったからこそ、あの時期に拓銀が破たんしたとはいえますが、時代が拓銀存続を許したとして、その後もずっと行政が支え切れると判断したかどうかは微妙なところでしょう」

 ――道民には今も「拓銀は不良債権処理の実験場にされたのでは」「国に見捨てられた」という思いがあります。

 「それは断じてあり得ません。第三者の学者なら『実験してみたらどうだ』と言えるかもしれないが、大混乱が起きるのが明らかな実験をするなどというのは、行政や政治の責任ある立場の人間の発想ではありません。それでなくても、役人というのは思い切った措置を避けたがるものなのです。当時の行政当局は、ぎりぎりまで破たん回避の努力をしたと思う」

 「あえて言うなら、最終局面で拓銀の位置付けが北海道の地域経済にマイナスに作用したのかもしれません。拓銀がもっと小さな北海道の地方銀行だったら、北海道経済と拓銀の経営問題が1対1の重みのあるテーマとして議論されていたはずです。例えば(債務超過に陥り、2003年12月に一時国有化された)足利銀行が生き残ったのは、地域経済への影響が配慮された点が大きかった。正論の時代にあって、拓銀は『都市銀行』の看板を背負っていたがゆえに、地域の問題が後回しにされてしまった可能性もあります。これは私の推測にすぎませんが」>

【そして現在】

◎復活した大手行…サービスは低下

 <この10年間で、日本の金融秩序は一変した。かつて、大蔵省が「つぶさない」と明言した21の大手行は再編に次ぐ再編により、3大メガバンクを中心とする6グループに集約された。2001年4月には小泉純一郎政権が発足し、竹中平蔵金融相が「金融再生プログラム(竹中プラン)」を公表(02年10月)、大手銀行に05年3月末までに不良債権比率の半減を求めた。国内景気回復の追い風に支えられて目標は達成され、金融庁は同年5月に金融システム正常化を宣言した。拓銀破たんが残した教訓とは……。

 ――小泉・竹中改革への評価は。

 「ハードランディング論者と言われる竹中さんですが、政策的には実はソフトランディング路線でした。竹中さん以前の約10年で拓銀を含め180の金融機関が消えましたが、竹中さん以降は実質ゼロ。足利銀行もりそな銀行もつぶさなかった。金融システム崩壊の危険性をよく認識されていたと思います。それでも『改革者』の印象が強いのは、努力しない経営陣の首を飛ばすなど、銀行経営者に厳しい姿勢を示したからです。改革を掲げる小泉政権の維持に必要な演出で、役人にはできないことです。竹中さんは学者ながら、優れた政治家でもあった」

 ――拓銀危機の当時に竹中さんが指揮を執っていたとしたら…。

 「それでも拓銀は救えなかったでしょう。日本経済は02年1月から回復期に入りました。小泉政権の誕生とほぼ同時期です。こうなると金融機関を生かしておく方が悪影響は少ない。貸したお金が返ってきて、不良債権の穴がどんどん小さくなる。りそなグループの公的資金も戻る見通しです。竹中さんの手腕は評価しますが、日本経済の回復が大きく寄与したのです。とはいえ、不良債権処理に使われた90兆円の大半は金融機関が負担した。破たんせずに済んだ銀行も、高度成長期から蓄積した資産をすべて吐き出す痛みがあったことを忘れてはならないでしょう」

 ――拓銀破たんが残した最大の教訓は何だと考えますか。

 「何が、と問われると難しいですが、『金融機関もつぶれる』という認識ではないでしょうか。競争に負けると市場から退場しなければならないのが市場主義です。ところが大蔵省の護送船団方式の下、金融業界だけは、負けても退場しないのが当たり前だったのです。この価値観の下で、金利自由化や銀行の証券参入などの制度改革をやっても、どの銀行も率先して経営改善やサービス強化に取り組もうとはしません。ところが拓銀が破たんし『競争に負けると落ちこぼれるぞ』となった途端、金利自由化などの取り組みが表面化してきた。この10年で3大メガバンクに集約される大再編が起きたのも業界の意識改革があったからでしょう」

 ――一方でそうした金融業界の経営改善が預金者に十分に還元されているとは思えません。

 「メガバンクの寡占化を国民が認めたのは、経営安定と引き換えに優れたサービスと国際競争力向上を期待したからです。ところが、店や現金自動預払機(ATM)の数が減り、ATMの前にお客の長い行列ができている。同じ銀行の別の店に金を振り込んでも手数料が取られる。海外での活躍もほとんど聞かない。金融危機を教訓とした合理化を否定しませんが、規模が大きくなったのにサービスが低下している現状はおかしい」

 「メガバンクが北海道などの地方都市に営業攻勢をかけ、信金と客を奪い合っているのも問題です。メガバンクは地域の金融機関を追い込むために経営規模を拡大したわけではない。もっと国民の期待に応える事業を進めてほしい。それが拓銀破たんという痛みを無駄にしないことだと思うのです」

 以上である。残念ながら、米国のサブプライムローンに関する言及はなかった。

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2008年10月 6日 (月)

江副浩正氏の土地バブル論、言いたいことは何なんだろう?~朝日新聞10月6日朝刊[私の視点]

 懐かしい名前を見た。

 リクルート事件被告だった江副浩正氏である。

 朝日新聞10月6日朝刊OPINION面[私の視点]で<土地バルブ/不動産価格も「格差」の時代>のタイトルで寄稿していた。

 内容は国土交通省が発表した7月1日の基準地価を分析しながら、

①商業地がマイナス0.8%と2年ぶりに下落し、住宅地も17年連続の下落となり、マイナス1.2%と下げ幅が拡大し、不動産バブルが崩壊したこと

②不動産も選別の時代に入り、銀座は値下がりしていないのに、渋谷は値下がりしていること、

③住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の「フラット35」という長期固定金利の住宅ローンが、同支援機構に40兆円弱の貸付残高があり、近く民営化されると政府の後ろ盾という「信用」「がなくなって、同機構が買い取ったり保証した住宅ローンの証券化商品に不安が生じ、「日本版サブプライムローン問題」が生じる懸念があること

 などをあげていたのが目立ったところ。

 分析としては、

 <今回の不動産バブルの崩壊は、景気循環的なものに加え、規制緩和、社会状況の変化による構造的な要因がある。これまでとは様相が異なり、谷が深いと思える。>

 の部分が言いたいことなのか? それも常識だと思うのだが。

 <「土地が足りなくなり、全国的に地価は上がる」という土地神話は通用しない時を迎えている。>

 が結びの言葉なのだが、何か常識的なことしか書いていない感じがする。

 せっかく江副さんが出てきたのだから、何故今書こうと思ったのか、リクルート事件当時の狂乱バブル時との比較などを実感的にしてほしかった。読んで得した、という感じがしなかったのが残念だった。

 と思ったら、同じ朝日新聞対社面の「AERA」の広告で<世界同時 地価「最終暴落」始まる/郊外マンション7割売れ残り/投げ売りの「限界マンション」とは/倒産続出、不動産業界は来年3月に地獄が来る/米国、英国、スペインも底なし/北欧でも>とおどろおどろしい文句が並んでいた。

 そうかぁ、「AERA」の宣伝用の寄稿だったのか!?

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2008年10月 3日 (金)

ポールソン財務長官のバズーカ砲発言の危うさ~浜矩子同志社大教授の毎日新聞と東京新聞のコラムから

 浜矩子・同志社大ビジネススクール教授が毎日新聞9月28日朝刊[時代の風]<金融亡国時代/危険な財務省バズーカ>と東京新聞10月3日夕刊文化面<爆弾処理なるか―21世紀型金融恐慌/複雑系のネットワーク/手元狂えば米国倒産>で、今回の米金融危機を分かりやすく解説していた。

 まずは「金融恐慌とは何か?」である。浜氏によると、端的に、

 <金融恐慌とは何か。それはつまり信用収縮だ。誰も人にカネを貸さなくなる。しかも、それが急激に起こる。金融機能が停止するのである。そうなれば、経済活動そのものがショック死する。それが恐慌の究極の姿だ。>

 分かりやすい。そして、

 <なぜ、信用が収縮するのか。答えは簡単だ。信用が膨張し過ぎたからである。大膨張した信用は自らの圧力に耐えかねて大収縮する。それが経済原理というものだ。>

 として、今回の顛末に新しいことはないこと、古典的な経済の自浄作用が起きたのだ、という。ただ、膨らみ過ぎた風船がしぼむプロセスのスピードと勢いの激しさが多くの犠牲者を生むところに嵐の怖さがあった従来の恐慌と違い、今回の恐慌は複雑な構造の時限爆弾が仕込まれ、一見、どの線がどこにつながっているか分からないので、へたに爆弾解体作業に取り掛かると、起爆装置を動かしてしまう恐れがある、という。さらに、時限爆弾は国境を越えていくつもあり、その繋がり方もよく見えないので、うっかりした動きが世界同時恐慌を生む恐れがある、と警告している。

 つまり、欲が欲を呼び、ハイリスクがハイリターンを生み出す中で、自然発生的にいつの間にやら複雑系の時限爆弾ネットワークができてしまった、と。この爆弾の化け物こそ、金融グローバル時代が生み出した信用膨張の正体だ、という。

 そこで爆弾処理班の切り込み隊長をせざるを得なくなったアメリカのポールソン財務長官がこの金融危機に対して「バズーカ砲を打ち込む」と意気込んで見せたことに浜氏は非常に恐ろしさを感じてしまったようである。

 <爆弾めがけてのバズーカ砲は恐ろしい>と。このバズーカ砲の正体は不良債権買取機構構想である。爆弾から火薬を抜き取って一カ所にまとめ、無害化しようというものだ。アメリカの整理信託公社、日本の整理回収機構と同じ発想だ。市場はとりあえずこのバズーカ砲を歓迎したが、これで一件落着といくのかどうか。時限爆弾型は初めての経験であるうえに、抜き取った火薬の受け皿であるアメリカ政府が国家倒産という爆弾に直撃されないか、時限爆弾の悪夢が連続している、と恐怖の連鎖を説くのだ。

 それを懸念してすでに米国債は値下がりしている、というのだ。金融立国ではなく金融亡国だそうだ。

 そんなビジネスモデルを真似して巨額投資をする日本の銀行や証券会社もあるのだが、今後、担保価値がどんどん下がっていくのが予想される中での決断だった。本当に大丈夫なのか? などと思ってします。

 怖いなあ、この話。どうなるか、先が見えないだけに、すくんでしまう。しかし、すくんでいるだけでは企業としては先細りになるのでチャレンジが必要である。フェルミ推定を繰り返し、ある意味、着実に見通しを修正しながら進むしかないのだろう。邦人企業に地頭力のある幹部がそろっていることを期待しよう。

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2008年10月 2日 (木)

朝日、読売、日経の印刷相互委託:「あらたにす」以来の協力深化~10月2日東京新聞朝刊

 朝日新聞と読売新聞は10月2日朝刊1面にそろって社告を出し、印刷相互委託推進と、日経新聞を含めた3社の災害時の援助協定で合意した、と告知した。

 毎日新聞は無視していたが、東京新聞は2日朝刊対社面ベタ記事<日経、朝日、読売印刷を相互委託>で事実関係を報じ、産経新聞は2日朝刊経済面メモ扱いで掲載していた。

 東京記事を引用する。

 <日本経済新聞社、朝日新聞社と読売新聞グループ本社の全国紙3社は1日、新聞の印刷の相互委託や、共同配送の拡大などで連携を強化すると発表した。3社は災害時の援助協定を3月に結んだが、今回、通常時の協力体制も強化し、コストの低減を図る。>

 <具体的には、読売の香川県坂出市の工場に、朝日が2013年までに印刷を委託し、朝日の同県丸亀市の工場は閉鎖する。読売は11年ごろ、朝日の千葉県船橋市の工場に印刷を委託。他の地域でも、日経を含めた3社で印刷委託や共同配送を検討する。>

 <また、災害などで、3社のいずれかの新聞が発行できなくなった際、相互に印刷を代行するといった援助体制を、青森県弘前市の3社の工場で今年11月から始める。仙台地区など数カ所でも準備中という。>

 東京新聞の記事は以上だ。

 産経新聞の記事もほぼ同じ書き方なので、共同通信が配信した記事を使用した可能性が高い、と思われる。

 朝日社告では<朝日新聞の印刷工場は全国に24カ所あります。工場で障害が起きても、近くに日経や読売の工場があれば、代わりに印刷してもらうことが可能となります。今後、北海道や仙台市、名古屋市などでも、計画を進めていきます。>とあり、また、読売新聞との相互委託印刷は初めてで、印刷開始は2011年から13年を予定している、とあった。

 読売社告では<読売は千葉県と都内東部向けの新聞印刷を朝日新聞船橋工場に委託し、朝日は四国向けの新聞印刷を読売新聞坂出工場に委託します。双方とも2012年をめどに行います。両社が新聞の印刷を相互委託するのは初めてで、併せて両工場からの新聞の共同輸送に向けても協議します。>とあり、朝日新聞との間で今後、北海道、群馬県の工場で準備を進める、とあった。

 微妙に時期が違っていたりするのはご愛嬌か。

 朝日、読売、日経の「勝ち組」3社の共同行動が表面化したのは2007年10月1日にインターネット分野での共同事業と販売事業分野での業務提携に合意し、災害時等の新聞発行をめぐる相互援助覚書を締結した頃からだった。

 「あらたにす」ホームページによると、07年11月30日付で3社共同で民法上の任意組合「日経・朝日・読売インターネット事業組合」(長田公平理事長=日本経済新聞デジタルメディア社長)を設立。これを運営組合として、共同で2008年初めにインターネット事業を開始する、と書かれていた。

 <共同事業は、新聞社が発信する報道や解説、評論の価値をインターネットの世界でも高めるため、各社単独では展開できないサービスを提供します。3社の主要な記事や社説の読み比べができるサービスのほか、ネットの様々な技術を活用して、3社のニュースを共同で発信するためのツール等の提供も検討します。事業費は当面、数億円規模とし、3社が均等に負担します。>

 と、費用負担など経営上の諸問題がすでにクリアされていることも明かし、堂々の船出となるはずだった。

 ところが、この「あらたにす」サイトへのアクセスが伸びず、3社も困っている、という。

 しかし、この一見華やかな協力作業の裏で着々と実践的な協調体制作りが進められていた、ということだろう。

 「あらたにす」スタート時には「毎日新聞排除」「毎日潰し」など、毎日新聞社を仲間に入れなかった理由について様々な憶測を呼んだが、今回の相互印刷委託協力体制を見ると、新聞大手3社がカルテルを結び、必死で生き残りをはかろうとしている姿が浮かび上がる。

 広告収入減、部数減に直撃され、各紙とも経営は苦しい。

 グローバル・スタンダードになりつつある「米国型メディア・コングロマリット」として生き残る道を模索するには、今や新聞がテレビ局の軍門に下るか、外資を含めた他分野の経営者を迎えねばならず、プライドの高い新聞人にとっては、なかなか取りにくい選択肢だろう。

 それに、地上波デジタルへ移行時期が近づいており、新聞社系列の民放テレビ局の経営も万全ではない。

 3社は「インターネット全盛期の新聞」がいかに生き残れるか、という答えのない闇夜の航海に海図を持たずに出るに際し、まずは出費を抑える、という形で足腰を固め、当面の延命措置を取った、というところなのだろうか。真相は分からないが。

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2008年10月 1日 (水)

小沢一郎民主党代表、鳩山由紀夫幹事長による10月1日の衆院代表質問全文(民主党HPから)

 2008年10月1日、衆院本会議で行われた麻生太郎首相の所信表明演説に対する小沢一郎・民主党代表の代表質問の全文は次の通り。(民主党参院議員のホームーページから民主党のホームページに飛び、「10月1日ニュース」の項目にあったので、コピペしました。見出しは朝日新聞10月2日政治面掲載の全文につけられていた見出しを参考にしました。)

 全文以下の通り。

 麻生総理の所信表明に対し、民主党・無所属クラブを代表して私の所信を申し上げながら、総理のご見解をお伺い致します。

◆私の「所信表明」
 まず、総理大臣というものの在り様についてお伺い致します。そもそも、1年足らずの間に2人続けて政権を投げ出した自民党の総裁が、総選挙を経ないで三度、ここにこうして総理の座に座っておられるのは、信じがたい光景であります。与党が政権を担う能力を失ったならば、直ちに野党に政権を渡し、総選挙を行うのが、議会制民主主義の筋道だと心得ますが、総理は「憲政の常道」というものをいかがお考えでしょうか。お答え願います。

 さて、総理の所信表明演説とは、総理自身の政治理念と、それに基づくビジョン、政策を明らかにするものであると理解しておりましたが、麻生総理の演説には、明白な理念も、具体的なビジョンや政策も、全く示されておりません。唯一、はっきりしていたことは、民主党に対する誹謗中傷だけであります。

 また、演説の中で、総理が逆に、野党に対していろいろと質問なさるというのも、私の39年間の議員生活において初めての経験であります。しかしながら、総理からのせっかくのご質問でありますので、私の所信を申し上げることにより、総理への答弁と致したいと思います。
 
 近く行われるであろう総選挙は、国民の皆様に、今後も自公政権を続けるのか、あるいは民主党を中心とする政権に代えるのか、政権を選択することで、国民生活の「仕組み」を選んでいただく、極めて重要な機会であります。

 すなわち、官僚に任せっ切りで、官僚の言うがままに、莫大な「税金のムダづかい」を続ける、自民党政治の旧来の仕組みを継続させるのか。それともここで、大ナタを振るい、ムダづかいを徹底的になくして、国民生活を立て直すことに税金を振り向ける、民主党政治の新しい仕組みに転換するのか。それを、主権者たる国民自身に決めていただく選挙なのであります。
 
 では、なぜいま、「仕組み」の選択なのか。

 私はこの2年半、北海道から沖縄まで、移動距離にして18万㌔余りを行脚し、各地域の皆さんの生活をこの目で見て、お話を直接伺って参りました。

 その行脚を通じて、日本はすでに中国、ロシア、米国に次いで、主要国では下から4番目の「格差大国」になっていることを実感致しました。ほとんどの地域では、お年寄りも若者も、抜け出しようのないジレンマと将来不安を抱えています。小泉政権以来の市場万能と弱肉強食の政治で生じたこの格差と不公正を放置すれば、日本の経済・社会は根底から崩れ、国民生活が崩壊してしまいます。

 だからこそ今、日本を変えなければならないのであります。坂道を転げ落ちる前のラストチャンス、といっても過言ではありません。そしてそれは、「格差大国」を生み出した自公政権に終止符を打ち、政治を変えることでしか実現することができません。

 では、どう変えるのか。私たちの掲げる「国民の生活が第一。」の理念に基づいて、政治・行政の仕組みそのものをつくり替えるのであります。

 明治以来の官僚を中心とする国の統治機構を根本的に改革し、国民自身が政治・行政を行うようにする。同時に、国民生活を守るセーフティネットをきめ細かくつくり上げます。

 具体的には、政治・行政と国民生活の新しい仕組みをつくることで、「格差がなく公正で、ともに生きていける社会」を築くのであります。その基本政策案はすでに発表しておりますので、その柱だけを申し上げます。

 つまり、年金・医療・介護、子育て・教育、雇用、農林漁業・中小企業、生活コストの五つの分野でセーフティネットをつくるとともに、財政構造の転換、国民主導政治の実現、そして真の地方分権により、日本の統治機構を根本的に改革し、その上に立って、日本を地球に貢献する国にする、というビジョンであります。

 こうした仕組みをつくることで、「新しい国民生活」を切り開き、その結果として、本当の内需拡大が進み、地域経済の再生から日本経済を立て直すことができる、と私たちは考えております。

 この新しい仕組みづくりの核心は、「税金のムダづかい」を際限なく再生産している、官僚任せの財政運営構造を大転換して、国の予算の「総組み替え」を断行することであります。

 そもそも税金は、国民のものであり、国民のために使われなければなりません。世界に例を見ない、今日までの日本の財政運営構造こそが異常なのであります。それを放置したまま、「財源が足りない」とか「財源の裏付けがない」などと言うのは、「税金のムダづかい」をしてきた側の論理に過ぎません。

◆新しい国民生活

 国民の生活にとって何が大事か、私たちの新政権の目標である「新しい国民生活をつくる」ために、何が必要かという基準で、予算の優先順位を決めることにより、私たちの政策を実現するのに必要な財源は、十分に確保できるのであります。

 今こそ、国民の意思に基づき、国民の手によって、国民のための予算に、全面的に組み替える。そのようにして、税金の使い方を変えることが、国民生活を変え、日本を変える要諦であると、私は確信しております。

 その意味において、近く行われるであろう総選挙の最大の争点は、ムダづかいを続ける今の税金の使い方を許すのか、それとも、民主党を中心とする政権に代え、税金の使い方を根本的に変えるのか、という選択であります。

 以上の考え方に基づき、私たち民主党は総選挙のマニフェスト(政権公約)を取りまとめました。この場をお借りして、「新しい生活をつくる五つの約束」を中心とするその骨格を、国民の皆様に発表致したいと思います。

 第一の約束は、官僚の天下りと「税金のムダづかい」をなくし、税金を官僚から国民の手に取り戻すことであります。一般会計と特別会計とを合わせた国の総予算212兆円を全面的に組み替え、また、過去の税金などの蓄積であるいわゆる「埋蔵金」も活用して、国民生活を立て直すための財源を捻出します。国からのひも付き補助金は廃止して、地方に自主財源として一括交付するとともに、特別会計、独立行政法人などは原則廃止することといたします。

 また当面は、特別会計の積立金や政府資産の売却なども活用します。

 それらにより、平成21年度には8.4兆円、22年度と23年度はそれぞれ14兆円、4年後の24年度には総予算の1割に当たる20.5兆円の新財源を生み出すことができます。また、このように税金の使い方を変えることを担保するために、多数の与党議員が政府に入り、政治が役所をコントロールできる制度に改めます。

 自公政権の下で、所得の減少と不景気の物価高に喘いでいるほとんどの国民は、家計のやりくりでもまずは、ムダを省くことを心がけ、実践しているのではないでしょうか。それと同様のことを、国ができないはずはありません。それができないなどと言うのは、既得権益を死守せんがための屁理屈に過ぎません。

 第二の約束は、年金加入者全員に「年金通帳」を交付し、「消えない年金」「消されない年金」へと、システムを改めることであります。もちろん、「消えた年金記録」は国の総力を挙げて正しい記録に訂正し、国が責任を持って全額支払います。

 また、年齢で国民を差別する後期高齢者医療制度は廃止し、被用者保険と国民健康保険を段階的に統合して、将来の一元化を目指します。さらに、医療を機能させるため、医師は五割増やし、看護師、介護従事者などの不足を解消します。

 第三に、子育ての心配をなくして、みんなに教育のチャンスをつくるために、子ども1人当たり月額2万6000円の「子ども手当て」を、中学校卒業まで支給します。公立高校の授業料を無料化するとともに、私立高校、大学なども学費負担を軽減します。また、働き方や家庭の実情に応じた多様な保育サービスを支援していきます。

 第四の約束は、雇用の不平等をなくし、まじめに働く人が報われるようにします。具体的には、パートや契約社員を正規社員と均等待遇にすると同時に、2ヵ月以下の派遣労働は禁止します。また、中小企業を支援しながら、最低賃金の全国平均を時給1000円に引き上げていきます。

 第五の約束として、農林漁業の生活不安をなくし、食と地域を再生します。そのために、農業の戸別所得補償制度を創設し、林業と漁業についても独自の所得補償制度を検討します。また、汚染米の全容解明と責任の追及はもちろん、食品安全行政を総点検、一元化して、食の安全を確実なものにします。中小企業については、法人税率を原則半減することなどによって再生させます。

 以上のうち、新しい政権の初の予算編成となる、第一段階の平成21年度には、ガソリン税などの暫定税率を廃止し、2.6兆円の減税を実施します。

 また、高速道路の無料化、子ども手当ての創設、医療改革などは、21年度に一部実施したうえ、第二段階の22~23年度に完全実施します。このような思い切った政策の実行こそ、緊急経済対策としても最も有効であると考えております。

 農業の戸別所得補償は21年度に法律を制定し、22年度から一部実施、第三段階の24年度に完全実施する予定であります。

 さらに、消費税の税収全額を年金財源として最低保障年金を確立する年金改革は、3年かけて新制度の詳細設計、法案化、法律制定を行い、24年度に実施します。

 このように、三段階に分けて着実に政権公約を実現し、私たちの政権が次に国民の審判を仰ぐ期限である4年後までに、日本の新しい仕組みづくりを完了させる方針であります。

◆外交・安保の基本方針
  
 最後に、民主党の外交・安全保障の基本方針を申し上げます。

 第1の原則は言うまでもなく、日米同盟の維持・発展であります。ただし、同盟とはあくまでも対等の関係であり、米国の言うがままに追随するのでは同盟とは言えません。民主党は、米国と対等のパートナーシップを確立し、より強固な日米関係を築きます。

 第2の原則は、韓国、中国をはじめとするアジア・太平洋諸国と、本当の友好・信頼関係を構築することであります。特に、日韓、日中関係の強化は、日本が平和と繁栄を続けていく上で極めて重要であると考えます。

 第3の原則は、日本の安全保障は日米同盟を基軸としつつも、最終的には国連の平和活動によって担保される、ということであります。日本国憲法は、国連憲章とその理念を共有しており、また日米安全保障条約は、条文に明記されている通り、国連憲章の理念と枠組みに基づいて制定されております。したがって、日米同盟と国連中心主義とは何ら矛盾するものではありません。

 民主党は以上の3原則に基づいて、日本の平和を守り、主体性ある外交を確立、展開して参ります。

 私には二つの信念があります。

 第一は、政治とは生活である、ということであります。先ほど来申し上げているように、政治は国民の生活を守るためのものだからであります。

 もう一つの信念は、政治とは意志である、ということであります。

 主権者たる国民の皆様が決意をすれば、政治は変えることができるのであります。そして、日本国民は、みんなで力を合わせれば、どのような困難でも必ず乗り越えることができる、と私は固く信じております。

 その国民の力を最大限に発揮できるようにするのが、政治の役割であり、私たち民主党の使命なのであります。

 以上、民主党の基本政策と私の所信を申し上げました。総理のご見解を伺います。

◆国会運営について

 最後になりましたが、国会運営について申し上げます。

 米国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機は、世界恐慌に発展しかねない状況になっております。当然、我が国においても緊急経済対策と各国との政策協調が必要でありますが、同時に、どのような事態にも対応できるようにするためには、政治、行政、経済の仕組みそのものの大転換を実現しなければならないと考えます。

 したがって、日本の針路について、国会で十分に議論し、各党の主張を明確にしたうえで、速やかに総選挙を実施し、主権者たる国民の審判を仰ぐ必要があると思います。

 そして、国民の支持を得た政権が強力なリーダシップを発揮して、このような危機に対処していくのが「憲政の常道」であると考えます。

 総理のお考えをお伺いし、私の代表質問を終わります。

 ご静聴、ありがとうございました。

 以上が全文である。長い文章は勝手に改行を入れた。

 朝日新聞10月2日朝刊政治面<民主「日米同盟を基軸」/外交・安保3原則「国連主義と両立」>で村松真次記者が書いていたが、小沢氏が昨年10月、自衛隊の海外派遣をめぐり、アフガニスタンで活動する国際治安支援部隊(ISAF)に「政権を取れば、参加を実現したい」と明記した論文を発表し、「孤立主義と過度の自負心が常に、国際社会の調和を乱していることに気づいていない」と米国批判も展開したことから、町村信孝官房長官(当時)ら政府・与党や民主党の一部から「国連決議至上主義的印象を免れない」などといった批判を受けた。

 このため、今回は「日本の安全保障は日米同盟を基軸とする」と、自民党歴代政権が使ってきた「基軸」表現を入れたうえで、「米国と対等のパートナーシップ確立」で対米追従批判を退ける形にした、という。

 ただ、テロとの戦いへの参加をどうするか、など具体的な点は今後の宿題となった。

◆鳩山由紀夫民主党幹事長による代表質問全文

 ついでに鳩山由紀夫氏の代表質問もコピペしておく。こっちは各論なので、現下の問題がリアルに出てきていて、それなりに面白い。

総理所信表明に対する代表質問 鳩山由紀夫幹事長

 民主党の鳩山由紀夫です。民主党・無所属クラブを代表しまして小沢一郎代表に続き、麻生総理の所信に対して質疑を致します。

〈総理の品格〉
 小沢一郎民主党代表は、民主党政権において自民党ができなかった「国民の生活が第一。」の政治とその具体的政策を、必要な財源と実施のプログラムを含めて国民の皆様に提案いたしました。
 それに比べて、総理の所信とこの場における答弁は、国のビジョンも政策も具体性を欠き、まるで小沢総理の所信に対する代表質問のようであり、もう与野党が逆転したのかと思われた方々も多かったと思います。
 あなたが総理の責任の重さを語るなら、民主党を批判する前に、付け足しのような形ばかりのお詫びでなく、自民党総裁として政治空白を招いたことに対する国民への謝罪、そしてなぜ二年の間に三人目の総理となったかの総括と反省を真剣に語るべきでした。
 なぜ総理の座をいとも簡単に投げ出してしまったのか。それは、リーダーに必須のこの国をこう変えたいというビジョンも政策も、そのためには死を賭しても闘うという覚悟も、お二人とも持ち合わせていなかったからです。失敗に対する反省と総括抜きでは、例え総理の椅子を継承されても、また同じ過ちが繰り返されるだけです。
 あなたの所信は到底、「責任と実行力ある政治を行う」姿勢には見えず、真摯さも謙虚さも見られません。はっきり申し上げます。あなたの姿勢は、第九十二代内閣総理大臣としての品格に欠けています。

〈閣僚の資質と任命責任〉
 麻生総理、あなたは所信で簡単に中山国土交通大臣の辞任に触れただけで、あなたの任命責任については述べませんでした。中山議員について、「任命したときには適任だった」と語ったと伺いましたが、その言葉は任命責任を回避する発言です。
 元々中山議員は偏向した発言を繰り返していたではありませんか。それとも、歴史観と国家観を共有する同志と思って大臣に任命したのでしょうか。あなたもかつて日本は「一民族」であると発言されていました。その言葉は本音でしょう。アイヌ民族が先住民族であることが認められた年に、何と言う発言をする大臣を任命してしまったのですか。成田空港問題や大分の教育委員会汚職の事実すら把握していなかった人を閣僚に任命し、五日で辞職させなければならなかったことは、単なる失言問題でなく、重大な不祥事です。任命責任について、しっかりと国民にお詫びし、あなた自身を含めて二度と繰り返さないと誓うべきです。いかがですか。

〈解散権と総理の見識〉
 民主党は国会の役割を発揮した後、直ちに解散・総選挙の実施を要求します。「信を問え」、それが国民の声です。選挙を前に麻生内閣が最低限国民に示すべきことは、民主党批判ではなく、福田内閣の何を引き継ぎ、何を新しく提案するかをはっきりと提示することです。ところが、後期高齢者医療制度にしても見直しを一年かけて検討する、年金財源も検討を急ぐなど、重要政策のほとんど全部が結論の先送りです。全部曖昧にしたまま、選挙を戦おうとしているのですか。あまりに国民に対して失礼で誠意のない態度です。
 また、民主党が補正予算に賛成するか否かを代表質問の中で答えよと言われました。これも総理としての資質が疑われる、国会に対しては失礼な話です。全体像がさっぱりわからない予算の賛否は、予算委員会の質疑を通して決めるのが当然ではありませんか。
 民主党は補正予算の審議を引き延ばすことなど毛頭考えていません。六日から予算委員会の審議をしようではありませんか。民主党はこんな補正予算では決して景気回復にはならないと考えますが、それでも補正の審議を行なってから、国民のみなさんが待望している解散・総選挙に臨むべきです。総理の所見を問います。

〈民主党への批判と質問に答える〉
 麻生総理、あなたは民主党に対して多くの質問をされました。しかし、野党には答弁権が与えられていません。もし、ルールに反して答弁を求めるのであれば、質問時間の制限を外してください。あるいは野党にも所信表明を行わせるべきです。あなたの態度は、ただ選挙に勝たんがために国会を利用する、総理たる資格を欠くものです。
 あなた方が自民党総裁選挙でお祭り騒ぎをやり、政治空白を作り出していた間、リーマン・ブラザーズの破綻に始まる金融不安が広がり、汚染米が学校給食に使われていた事件、社会保険庁による組織的な「消された年金」事件など次々と新たな重大問題が起きました。北朝鮮には拉致事件の再調査の延期を通告される始末です。しかし自民党は総裁選に明け暮れ、福田総理は居留守状態で、なんの対応もできなかったではありませんか。
 その張本人のあなたに民主党を批判できるのでしょうか。本来、憲政の常道に従い、直ちに政権を野党に明け渡し、民主党政権で国民に信を問うべきです。
 わが国には政権交代とそのための二大政党制が必要です。民主党と自民党は理念も政策も違います。政策を競い、その優劣で国民の審判を仰ぐのが議会制民主主義の基本です。もちろん野党といえども、政権が国民を豊かに導いている時には大いに協力すべきです。しかし、国民生活が破壊され国の尊厳が失われていく時に、自民党政権を倒すことは民主党の使命とも言うべきものです。国民生活を破壊し、この国を駄目にしてきた自民党を政権の座から追放することを、民主党が目標とするのは当然ではないですか。
あなたは民主党の協力を求め、民主党が自民党に協力しないことを非難しますが、それはあなたが安倍さん、福田さんと同じ間違いを犯すことを宣言していることになります。
 ある国際的なエコノミストは、「良し悪しや、好き嫌いは別として、この政治的なデッドロック(行き詰まり)から早期に抜け出すためには、民主党が次回の総選挙で勝つしかない。単独にせよ、連立にせよ、民主党が与党となる必要がある。さもなければ、現実問題として停滞が長引くだけだ」としております。
 あなたの批判に対する反論はこの評論で十分であると考えます。
 あなたの幾つかの質問ですが、まず民主党の政策を勉強してから質問してください。あなたの所信で示された政策はそのほとんどが福田内閣の政策ですが、民主党はその全てに具体的な政策を提案しております。自分に賛成しない者は敵であり、悪であるとして攻撃する路線、それを人はファッショと呼びます。あなたは民主党をナチスに例えられました。あなたに民主党がなぜナチスなのかこの場でご説明を頂きたいと存じますが、あなたの質問は政策が異なる政党に対して極めて傲慢不遜です。これがあなたの質問に対する民主党の回答です。

<経済財政>
 総理、あなたが強調する「安心実現のための緊急総合対策」について、安心したのは自民党の政治家と官僚であり、まさに古色蒼然という声が聞かれます。すなわち、これで経済と国民生活の立て直しの展望が示されたとは言えず、むしろ既得権益の枠の中での中途半端なバラマキという評価がほとんどです。
 民主党はすでに、ガソリン税などの暫定税率廃止と地方財源の確保、高速道路無料化、中小企業減税と金融円滑化、住宅ローン減税、後期高齢者医療制度の廃止などを盛り込んだ「緊急経済・生活対策」の実施を提案していました。ところが自公連立政権は今年の夏まで、「いざなぎ景気を超える戦後最大の景気拡大、今後も米国景気の復調に伴って輸出が伸びる」などと喧伝し、サブプライムローン問題の深刻さを軽視し、解散が取りざたされる頃になって経済対策に乗り出すお粗末さでした。
 百年に一度の金融危機と言われる事態はますます深刻化しています。今、緊急に行うべきことは、第一に、潤沢な流動性の供給を行うこと、第二に、金融機関による貸し渋り、貸しはがしの監視、第三に、真に経済効果のある施策を迅速かつ十分に行うことです。さらに、カジノ資本主義から健全な資本主義の再構築のため、わが国の政治経済の仕組みを抜本的に変える必要があります。
 民主党はすでに、若者や働く貧困層のための職業紹介・職業訓練、住宅支援など就業支援、中小企業を支援しつつ最低賃金の全国平均で千円への引き上げ、二カ月以下の派遣労働の禁止、全ての非正規労働者の社会保険加入など正規・非正規の同一条件での均等待遇の実現、公立高校授業料の無償化、私立高校などの学費負担軽減、生活費も支援できる奨学金制度の創設、月額二万六千円の子ども手当や出産助成金の支給などの経済的支援と、保育サービスの充実など、個別具体的な政策を打ち出しています。
 なぜあなたはまだ具体的な政策を示せないのでしょうか。それはこれまでの自民党政治への反省も総括もないからではありませんか。これから検討している暇はありません。民主党に政権を直ちに任せてください。あなたの後は民主党が責任を持ちます。

 具体的に問います。まず、定額減税を実施すると言いながら、額も財源も示されておりません。つい最近は自民党幹事長が追加策として定率減税や法人税減税に言及しています。あなたはほかにも配当金非課税など政策減税の実施に言及していますが、何をやり、その財源は何か、はっきりお示しください。
 また、財政再建は努力目標に変えられたようですが、これは当面、赤字国債の大量発行も念頭に置かれてのことでしょうか。二〇一一年度におけるプライマリーバランスの達成という看板は降ろしたのですか。お答えください。
 また、いままで政府・与党は埋蔵金などはないと言ってきましたが、あなたの認識では埋蔵金はあるのかないのか、使うのか使わないのかお示しください。

 総理は日本経済を「全治三年」と言われました。日本経済を重病にしたのは自民党、そしてあなたも主要な責任者の一人ではないですか。あなたが全治三年というならそのようになった原因、総括を示してください。また、あなたは病にかかった日本経済と国民生活に、消費税税率を三年後には上げると言っておられるのか、上げないというのかお答えください。
 あなたは、バラマキのツケが赤字国債と消費税増税ではないかという疑問に、何もお答えになっていません。この際、麻生内閣の財政方針を明確に示してください。

<消えた年金、消された年金>
 五千万件の「消えた年金」のほとんどは未だに宙に浮いたままです。これに加えて、先月はじめ、民主党の追及により、社会保険庁の意図的な改ざんによる「消された年金」の実態が明らかになってきました。
 舛添厚生労働大臣は改ざんの疑いがある事例が六万九千件と答えています。しかし、これは氷山の一角であり、納付期間の改ざんやオンライン化以前のものは含まれていないとのことです。
 また舛添大臣は「組織的関与があったと推量する」と答えています。元職員は、毎月行われる社会保険庁の収納対策会議で標準報酬月額を改ざんして徴収率を上げるよう指示があったことや、こうした手法は社会保険庁の本庁の職員も承知していると証言しています。これは困り果てた事業者を役人がそそのかして、まじめに働く人たちから年金を奪い取る組織的な犯罪ではありませんか。
 あなたは、ひたすら手間と暇を惜しまず確かめ続けますと言います。しかし、これは「冬になれば年金の全部が灯油代で消える。今年の夏は会えたが、来年はもう会えないかもしれない」と淋しげに語るお年寄りへの答えにはなっていません。さらに、記録が回復せずに本来の年金額を受給できないまま、あるいは記録が改ざんされたことも知らぬままに、お亡くなりになる方も多いのではありませんか。
 民主党政権では、国家プロジェクトとして全記録の確認と訂正を徹底的に集中して速やかに行い、訂正から年金受給額の回復までの期間を短縮し、全ての加入者に「年金通帳」を交付して、いつでも自分の年金記録が報酬月額も含めてすべて確認できるようにすることを提案しております。
 総理、あなたは具体的に国民に何を約束するのでしょうか。消えた年金はお年寄りが亡くなられる前に回復するのでしょうか。消された年金はその全容を調査するのでしょうか。
 さらに、総理就任会見であなたは、基礎年金の国庫負担率を約束通り来年四月から二分の一に引き上げると言っておられますが、その財源は何によって確保するのか、明快にお示しください。

<汚染米に見られる行政腐敗>
 次に、これもあなたの政府の腐敗の象徴である汚染米について問います。
 この事件は、事故米を処理したい農水省と安価な事故米で儲けたい業者が結託して起こした事件です。そもそも、食用でない事故米を工業用として売り渡すこと自体、食の安全・安心を預かる農林水産省としてあるまじき行為であり、国民から見れば犯罪行為です。総理、あなたはこれをどう説明するのですか。
 三笠フーズに九十六回も調査に入りながら、何も発見しなかったことは、農水省と業者が癒着していた何よりの証拠です。実際にはその内の四回、焼酎用に使う予定と報告されています。汚染米をなぜ水際で止めなかったのですか。汚染米をなぜ焼却処分にしなかったのですか。汚染米をなぜ着色するなど区別しなかったのですか。
 事件発覚直後、農水省の役人は責任を否定し、農水大臣は「じたばた騒ぐな」と言い放ちました。そして辞めました。今度は、政府が農水省に改革チームを作ると言っています。でも、国民の誰もが知っています。泥棒が泥棒を取り締まることも、告発できるはずもありません。
 偽装、改ざん、不正転売など食の安全が脅かされる事件が相次ぐ中、民主党は、抜本的な制度の改正が必要と早くから主張して、原料原産地表示の義務付けの拡大、食品取引の流れを追跡するトレーサビリティ・システムの導入と徹底、食品行政の一元化等を柱とした「食の安全・安心対策関連法案」をとっくに衆議院に提出しています。しかし与党はその重要性を理解せず、たな晒しにしています。もし民主党の提案を受け入れていれば、このような事件は起こらなかったのです。
 食品行政に対してこんな体たらくの政府だからこそ、既存のものを寄せ集めただけの消費者庁を設置すると言われても、果たして機能するのかと疑わざるを得ません。民主党は消費者の立場から省庁を強力に監視し消費者の心を十分に反映できる独立した機関として「消費者権利院」を提案しています。

 もう一つ、あなたは中国製餃子事件の解決に取り組まれるのでしょうか。今度はメラミン入り乳製品の問題が燎原の火のごとく広がりつつあります。政府は抜本的な対策を講じるどころか、中国政府に遠慮して、中国内で回収した餃子で中毒被害が出たという重大情報を国民から隠蔽しました。あなたは今年の二月、熊本市での講演で中国製餃子事件に関連して「中国に感謝しなくてはいけない。ものすごく付加価値がついた」などと発言されました。被害を受けた方々のためにも発言をこの場で撤回することを求めます。
 薬害C型肝炎訴訟がようやくにして解決に近づいていますが、患者の粘り強い取り組みがなければ肝炎被害はさらに多くの国民に広がっていたでしょう。
 消された年金、汚染米、この薬害肝炎、いずれも政府が加害者であり、それを告発し正しい方向に転換させようと努力してきたのは国民です。公僕たる官僚が国民の税金や利権にあぐらをかき、それに乗っかり怠惰な政権の美酒に酔ってきたのが自民党です。自民党は誰がトップになっても変わらない、「官僚内閣」「官僚政権」であり、政権交代が必要だと民主党が主張する所以はここにあります。

<後期高齢者医療制度、障害者自立支援>
 「介護の次は、医療保険。少ない年金から天引きされてもう生活できない。新聞も牛乳も止めた」、「年寄りは病院に来るなというのか、九十日経ったら病院から出ていけということか」。こういった国民からの強い批判があったにもかかわらず、政府は後期高齢者医療制度を今年四月から強行しました。あなたは微笑みを忘れた日本人に微笑みを蘇らせると所信で言いました。しかし、国民から笑顔を奪ったのは、まさにこのような弱者切り捨て、競争至上主義の自民党政治なのです。
 十月十五日、まもなく子どもの扶養家族になっており半年間保険料の徴収が凍結されていた人などを含め、新たに六百二十五万人の高齢者を対象に保険料が天引きされます。あなたの所信では「一年を目途に、必要な見直しを検討します」とされました。国民への説明不足というのがあなたの基本認識のようです。自民党総裁選の終盤になってあなたは「抜本的に見直す必要がある。七十五歳という年齢制限はつけない」とテレビなどを通じて国民に明言されました。
 しかし、自民党総裁になった途端に、まったくやる気が失せたようです。「抜本的見直し」が、単なる「改善」に変わりました。聞けば、千三百万人の七十五歳以上のお年寄りのうち、会社勤めをしておられる約三十五万人の方々のみ、以前入っておられた保険に戻すだけのようです。これでは苦しいお暮らしをされている方々にはまったく無縁の話ではないですか。結局のところ、あなたにはお年寄りや障害をお持ちの方々の日々の暮らしがお分かりにならないのです。一年をかけて見直しを検討している暇などないのです。
 民主党は、制度を直ちに廃止し、それに伴う自治体への財政支援を行い、国民健康保険と被用者保険など制度間の不公平を是正し、順次統合して医療制度を一元化することを提案しています。
 制度の欠陥を「説明不足」でごまかし、一年間の検討で時間稼ぎをするというのはあまりに姑息ではありませんか。
 自民党は六十五歳以上の障害者も後期高齢者医療制度に組み入れました。「自立支援」の美名のもとに、所得保障のないままに障がい者の方々に定率負担を押し付け、結果として障がい者の自立が妨げられたどころか、日々の暮らしにさえ困る方が大勢おられるのです。
 民主党は先の通常国会に、障がい者の方の一割負担を凍結して応益負担を応能負担に戻し、サービス事業者への財政支援を行う法案を参議院に提出しましたが、与党のご賛同をいただけませんでした。
 自公合意で抜本的見直しが確認されたと言いますが、何を具体的にやるのでしょうか。具体的に障がい者のみなさんにお示しください。

〈地域の再建〉
 総理の所信で食料自給率を五〇パーセントに引き上げるという表明がありました。あなたは、「攻めの農業へ、農政を転換する」と言われますが、これは数年前から自民党が言ってきた色あせたスローガンであり、未だになにも成果を上げておりません。例えば沿岸漁業、例えば酪農農家にどのような政策を進めるのか具体的に示してください。
民主党は、自給率を高め、安全な食料を供給するために、生産・流通・販売の一体的な農業の再構築を提案しております。そのためにもまずは経営の安定です。私たちは農業、畜産・酪農の戸別所得補償制度を創設します。そして漁業の所得補償制度、森林・林業の直接支払い制度も検討を進めています。せめて民主党に対抗するくらいの政策は示すべきではないでしょうか。
 「設備投資どころか融資が細って毎日の資金繰りすら厳しい」、「利益どころかやればやるほど赤字だ」「地域の建設業が立ち行かない」。地域を支える中小・零細の地場産業や商店経営者からの切実な声です。
 民主党は中小企業減税と金融の円滑化、地元企業への発注比率向上、中小企業いじめ防止法の制定を実現します。さらに中小・零細企業に対する貸し渋り貸し剥がしを食い止め、円滑な経営に資するため、かつて実施した「特別信用保証制度」を復活させます。
 総理は所信で「中小零細企業の底上げを図る」と言われますが、四千億円余りの補正予算で九兆円の事業規模を引き出すという上げ底政策の臭いがする補正予算案で十分と考えているエコノミストは皆無に近いとされます。率直に言ってもう少し実のある政策を示す熱意はないのですか。補正予算の審議前から、第二補正の声が政府からも聞こえてきます。どうやら政府も、この補正予算ではとても不十分と思っているのではありませんか。
 さらに地域経済、分権の問題です。自民党政府はこれまで、中央官僚の言いなりに肝心の権限は譲らず財源は取り上げる名ばかりの「三位一体改革」で、地方の力を削ぎ、自治体間の格差を広げてきました。
 民主党は、地域のことは地域で決め、地域の特性・特徴を生かして、主体的に創意工夫で取り組める真の地域主権のかたちを実現することこそ、地方の活性化の起爆剤だと考えます。そのために財源も権限も人材も大きく地方に移譲します。地方の出先機関も廃止・縮減し、国から地方への個別補助金を廃止し、地方が基本的に自由に使える「一括交付金」とします。
 そして、第一次産業や中小企業の立て直し、高速道路の原則無料化、国民生活を確保して地域社会を活性化するための郵政事業の抜本的見直しなど、地域経済と社会の再建に取り組みます。
 総理、あなたは地方税源の減収対策を野党に尋ねましたが、私たちに言わせれば、ひも付き補助金と直轄事業負担金こそ問題です。これをあなたはどうしようとされるか、お示しください。

<外交>
 さて喫緊の外交問題に限って触れさせていただきます。
 福田総理が政権を投げ出したことで、八月の日朝実務者協議で曲がりなりにも北朝鮮が約束した拉致問題に対する再調査を延期する格好の口実にされてしまいました。また北朝鮮がこれまでの六者協議の合意をふみにじり、核施設の無能力化の中断を発表したにもかかわらず、政府としての対応はまったく聞こえてきません。
前内閣が私の手で解決しますと言い切った拉致問題を解決するために、あなたは一体、どのような具体的な取り組みをされるのでしょうか。
 民主党は、米国から言われるままにイラクやインド洋に自衛隊を派遣したことは、憲政史上に汚点を残したと考えています。イラクからの撤退をようやく決断した政府は「テロ新法」の延長しか頭にないようですが、七年を経た今、むしろアフガニスタンの治安情勢は悪化しており、隣国のパキスタンでもテロが頻発しています。
 今改めてわが国がテロとどう闘っていくのか、アフガニスタンの平和と安定、復興のために何をなすべきか、給油にとらわれず、もっとアフガニスタンに期待される支援のあり方を、冷静かつ主体的に見直すべきです。
 あなたの外交は、結局古い日本の保守派外交を、言葉を換えてなぞろうとしているだけではないですか、お答え下さい。

<民主党の財源と麻生内閣の財源>
 最後に、自民党と総理が執心している自民党と民主党の政策実現のための財源問題をもう一度、整理いたします。
 民主党は、年金・医療・介護、子育てと教育、農林漁業・中小企業、生活コストの五分野でセーフティーネットをつくり、財政構造、国民主導の政治、地方分権を三本柱とする政治と行政の仕組みを変えることで、日本を地球に貢献する国とし、新しい生活と地域経済の再生が可能となり、日本が生まれ変わることを可能とします。そのために、ムダ使いの根絶、不要不急な事業の中止・延期などを徹底すれば、平成二十四年度までに、一般会計、特別会計の合計約二百十二兆円の約一割にあたる二十一兆円を国民の支持を基盤とする民主党政権の意思により確保できると考えています。
 それに対して、麻生政権においては、総理自身が今年度中の実施を断言した定額減税の財源、来年度の実施が法律で定められている基礎年金国庫負担引き上げの財源、二〇一一年度におけるプライマリーバランスの実現のための財政対策を含めて未だに財源対策は示されていません。赤字国債の発行、消費税の増税、埋蔵金の取り崩しなど、色々と取りざたされていますが、はっきり示されていません。後期高齢者医療制度創設で節減された五千七百億円の予算、基礎年金の二分の一国庫負担の財源にするとされた定率減税の廃止による二・五兆円の増税分もどこかに消えてしまいました。
 すなわち、野党と政府・与党で財源対策は逆転しており、民主党のガラス張りのムダの排除、総組み替え論に対して、麻生自公政権の財源対策はまったくのブラックボックスとなっています。
 民主党は、国の直轄事業の節減、国家公務員人件費の二割削減、天下り禁止と入札改革による随意契約と談合の廃止による政府調達予算の節減、ひも付き補助金の一括交付金への振り替え、特別会計の余剰金の活用、政府資産の計画的売却、租税特別措置の抜本整理などにより、政権初年度、二年目、三年目から四年目までに順次、政策の実施に併せて予算の総組み替えを行っていきます。
 私たち民主党は、国民からお預かりした税金は一円もムダにいたしません。自民党は当たり前にように無駄遣いをしてきたではありませんか。総理。たとえば、地元が不要と言った事業費二千六百五十億円にものぼる川辺川ダム国営事業は中止しますか。八ツ場ダムはどうですか。十二兆六千億円にもなる天下り団体への資金交付をどれだけ削減できますか。当然、野球道具、マッサージチェア、居酒屋タクシーなどへの支出は止めても、まだまだ隠れた役人の既得権はたくさん残っています。これらの全てのムダ遣いをあなたの「官僚内閣」で止めることができるはずがありません。
 自民党、公明党議員に申し上げます。民主党に対する批判はご自由ですが、党に帰って自分たちの政策の財源をまず確かめてください。選挙区に帰って有権者に説明できる財源は何か、赤字国債か消費税増税か。なぜ、民主党には税金のムダ遣いを止めることができて、自分たちの政権ではできないのか。これこそ国民が最も知りたいところです。
 選挙区であなた方の主張が通るのか、家計をやりくりしているご家庭の主婦、経費を節減している零細企業や商店のみなさんになんと説明するのか、総選挙で試すべきです。

<政権交代>
 さて、総理は所信で「合意形成のルール」と言われました。私は、なぜ民主党が自民党と談合しなければならないのか、さっぱりわかりません。議会のルールは確立しており、それを換骨奪胎させてきたのは自民党ではないですか。自民党、公明党は、衆参で絶対多数を握っていたときは、強行採決の繰り返しだったではないですか。むしろ直近の民意である参議院の意思を無視して、自分たちの主張を丸呑みしろというあなた方の姿勢こそが合意形成を妨げてきたのではありませんか。
 総選挙で民主党が勝利すれば衆参の捻れは解消します。そして私は必ず捻れが解消すると確信しております。民主党に政権は任せられないと自公政権は言います。しかし、自公にこれ以上政権を委ねていて、国民にとっても、この日本にとっても、なにもいいことはありません。あなたは、日本人の変化を乗り切って大きく脱皮する力を信じると言われました。私も、日本人は自民党政治から大きく脱皮する力を持つことを信じています。
 今までやれなかったことは、これからもできないのです。すなわち、自公政権の延長線上に明日はなく、総理の言う強い日本も、明るい日本もないのです。少なくとも民主党政権には、「国民の生活が第一。」という政権の大目標があり、革命的改革によって国民生活と日本の経済社会を変えることができます。「官僚政権」に代わって「国民政権」を樹立しようではありませんか。

 来るべき総選挙において、民主党は国民の期待に応えるため全力を挙げることをお誓いし、私の代表質問を終わります。
 国民の皆様、ご静聴ありがとうございました。

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