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2008年10月24日 (金)

財務官経験者たち~麻生首相はこの危機克服に向けて「キラ星」たちを積極活用すべきでは…

◆7月に亡くなった千野さんはアジア重視だった

日経新聞2008年8月1日夕刊[追想録]に千野忠男元大蔵省財務官、前アジア開発銀行総裁の追悼文が出ていた。藤井彰夫経済部次長の記事だ。

見出しは<中央アジア復興に情熱>。千野さんは7月17日に74歳で亡くなった。

 記事によると、1991年末、ソ連が崩壊し11の共和国に分裂、東西冷戦が名実ともに終結すると、国内経済が疲弊し多額の対外債務を負った旧ソ連諸国をどうやって市場経済に統合するか、が西側先進国にとってポスト冷戦の最重要課題になった。

 1991年7月に国際金融政策を取り仕切る財務官に就任した千野さんはG7当局者との政策協調の最前線にいた。その仕事を通じて千野さんは旧ソ連から独立したウズベキスタン、カザフスタンなどの中央アジアの国々に出合った。

 「顔も日本人そっくり。勤勉で国をこれから創ろうという志も昔の日本のようだ。是非支えなければ」と92年秋に財務官室を取材で訪れた藤井氏に千野さんは熱く語った、という。

 大蔵省に入省する前に米スタンフォード大学に留学するなど米国通の千野さんだったが、「アジア重視」を財務官就任時に掲げた。

 前任の内海孚氏は「千野さんはアジアと組んで米国に対抗したいという意識が強かった」と振り返る。後任財務官の中平幸典氏は「入省4年目くらいの若い時期にアジア開発銀行(ADB)創設にかかわったことだろう」と言う。

◆タイミングがあわず静岡県知事選を断念

 農林担当主計官、官房文書課長、銀行局審議官など、国際畑だけでなく幅広い仕事をこなした。銀行局時代は国際決済銀行(BIS)の自己資本比率規制の導入で邦銀が不利にならないように粘り強い交渉をしたのは語り草だという。

 自ら考案した「千野式健康体操」を周囲にも勧めながら徹夜続きの激務をこなし、そんな人柄と仕事ぶりが目に留まり、財務官退官直前の93年春には郷里の静岡県知事に担ぎ出そうという動きが出た。

 千野さん自身も意欲を持っていたが、議長国として臨んだ主要国首脳会議(サミット)の調整のため出馬を断念。1999年から6年にわたり、自ら創設準備にかかわったADB総裁をつとめ、本部マニラからアジア各国の支援を指揮した。ADBでも「総裁の車が一番遅くまで残っている」という働きぶりだったそうだ。今でも中央アジアの政府関係者の間には千野さんおファンが多く、葬儀にも中央アジア諸国の駐日大使らが参列して「日本の友人」の死を悼んだ、という。

 このブログで前にも書いたが、財務官経験者は国際金融マフィアと言われ、主要国の通貨・金融政策責任者との個人的な関係がスムーズにいっていると、国益上プラスになる。

 今回のサブプライムローン危機をきっかけに広がった世界金融危機でも通貨マフィアの談話は貴重品扱いされるが、その意味合いは彼の豊富な経験から来る見通しもあるが、世界各国の友人との対話の中で相当に正しい見通しを得ることができる、と期待されているからだ。

◆内海孚氏は今回の危機を円にとって好機と見る

 前任の内海孚氏も今回の問題ではよく新聞紙面に登場する常連だ。10月7日東京新聞朝刊によると、1957年大蔵省入省。89年に国際金融を担当する財務官就任。91年退官。慶大教授や国際金融情報センター理事長を務め2004年から日本格付研究所社長。東京都出身。東大法学部卒業。74歳、とあった。

 この東京新聞インタビュー記事の見出しは<利害超えた危機対策期待>である。

 <(日本のG7での役割は)日本も株価が大きく下がるなど、金融危機の心理的な影響は大きく受けている。ただ、国内の金融機関の損失は比較的軽い。日本はもう少し自信を持って、冷静な立場で議論に参加するよう期待したい。今回のG7は市場万能主義に偏った国際金融を見直す場になる。そういう大きな流れの中で、各国の金融・財政の首脳が集うことの意味はある。個別具体的な対策が打ち出される可能性は低いが、G7各国が互いの利害を乗り越えて危機の深刻化を防ぐ姿勢を強く示すことに期待したい。>

 と語っていた。

 10月15日読売新聞朝刊の聞き書きはニューヨークの記者によるものだが、<揺らぐ「ドル本位制」>の見出し。

 <先行きはなお油断できない、アメリカの実体経済は2009年上半期にかけてゼロ成長かマイナス成長が予想される。不動産価格の底打ちがはっきり見えない限り収束の糸口はつかめない。…約7000ある中小の金融機関では、貸し出しの3分の2が不動産融資だ。これらの銀行では不動産価格が下落して不良債権の処理を迫られ、資本不足に直面している。アメリカで激化している貸し渋りを解消し、実体経済の悪化を防ぐには、こうした中小金融機関に公的資金を注入する必要がある。…今回の金融危機は、ドル本位とも言われる世界の通貨体制の中で、一時的にせよ、ドルの地位を低下させるかもしれない。…>

 <ユーロは既にドルの地位に近づいている。「第3の通貨」である円も相対的に存在感を向上させるチャンスが訪れる。日本は主要国の中で唯一、信用秩序が保たれ、流動性が行き届いているため、円は世界中から信頼を寄せられている。資産保有や貿易決済の手段としての地位が高まるだろう。円の信認向上と並行して、日本は政府も民間も「外国で何かやるのは危ないからやめておこう」という姿勢ではなく、ある程度のリスクを取って行動していくべきだ。それが、より大きなプラスを日本にもたらす。民間では既に三菱UFJによるモルガン・スタンレーへの資本参加や、野村證券によるリーマン・ブラザーズの部分買収など、その兆しが出ている。政府もIMFを通じて新興国の金融安定化を助けようという「中川構想」は着眼点が良かった。日本がどういう形で危機克服に協力できるか、将来に向けた前向きな投資を含め、いろいろと考える時だ>

 と政府にも注文している。

◆行天豊雄氏は世界恐慌にはならない、と強調する

 10月10日日経新聞朝刊インタビューなど各紙に登場した行天豊雄氏は1931年生まれ、東大卒。三菱東京UFJ銀行特別顧問。元財務官。小渕内閣で特別顧問を務めた。共著に「富の興亡-円とドルの歴史」など、と毎日新聞10月24日朝刊[論点]面にあった。なお、その見出しは<脱出は2010年以降に>。

 <このまま金融システムが崩壊し、世界恐慌にまで発展するかといえば、その可能性は低い。1930年前後の世界恐慌時に比べると、在庫・資金管理の効率化など企業の景気動向への対応力は格段に向上している。金融危機の実体経済への打撃を最小限に抑えられるかどうかは、各国政府が金融安定化策を迅速かつ大規模に進められるかにかかっている>

 がエッセンスだろう。

◆黒田東彦氏はアジア諸国の経済的ファンダメンタルズが強い、と言う

 黒田東彦氏も10月10日読売新聞朝刊など各紙に登場しているが、同紙によると、1994年福岡県生まれ。67年大蔵省入省。国際局長、財務官、内閣官房参与などを経て2005年2月からアジア開発銀行総裁。63歳。だから、千野総裁の後継の総裁を務めているわけだ。黒田氏も、

 <(今回の金融危機が大恐慌のような事態に至るという)そうした見方はおかしい。1930年代の大恐慌は米国経済を何十%も縮小させるものだったが、米経済は今でもプラス成長を保っている。金融市場の混乱はそれほど長くは続かない。ただ、欧米の金融システムが機能を完全に回復するには、もう少し時間がかかる。>

 <(アジア経済に与える影響は)これまでのところ大きくない。97年から98年に起きたアジア通貨危機のような深刻な状況にはならない。アジアの金融機能は証券化商品をほとんど買っておらず、金融システムへの直接な影響はない。世界経済の減速で輸出などに影響を受け、成長率にも影響している。それでも、アジア開発銀行の見通しでは、今年も来年も7%台という高い成長が続く。>

 と語っている。市場関係者から見れば、相当な楽観論に聞こえるだろうが、これがアジアの現場で見ている責任者の言葉だ。

◆榊原英資氏はドルの基軸通貨体制は続くと見る

 かの有名な榊原英資氏は2008年10月7日朝日新聞朝刊インタビューに付けられた略歴によると、東大経済学部卒業後1965年大蔵省に入り、97年財務官。積極的な為替介入で円高を抑制し「ミスター円」と呼ばれる。

 退官後は慶応大学教授を経て2006年から早稲田大学教授。

 榊原氏はマハティール構想を米国に潰されたこともあり、円経済圏構築は生涯の目標ではあるものの、そう楽観的な見通しは持っていない。ドル基軸体制の終わりの始まりか?と聞かれて、

 <20年から30年の幅で考えればあるかもしれない。だが、少なくとも5~6年単位では、ドルの基軸通貨体制が大きく崩れることはないだろう。むしろ米国金融王国の終わりの始まりが来た、と見るべきだ。>

 と慎重な答えだった。最新の著書で国際金融について詳しく語っていたので、いずれ書評を書こう。

◆ウィキペディアからのコピペです

 財務官についてウィキペディアで見たら、下記のように一覧表を作成してくれた人がいたので、利用させていただく。初代から現在までである。

(財務官 )
1 渡邊武 1949年6月1日 - 1951年10月1日 アジア開発銀行初代総裁、日米欧委員会初代委員長、格付研究所社長
2 鈴木源吾 1951年10月1日 - 1952年7月31日 駐米公使、IMF理事、日銀監事、国際合同銀行会長
(財務参事官)
1 鈴木源吾 1952年8月1日 - 1957年1月23日 (前掲)
2 西原直廉 1957年1月23日 - 1959年4月15日 大蔵省理財局長、第一火災海上保険社長、IFC極東代表
心得 磯田好祐 1959年4月15日 - 1960年4月12日 中小企業金融公庫副総裁、日本証券金融副社長
3 磯田好祐 1960年4月12日 - 1961年6月16日 (前掲)
4 大島寛一 1961年6月16日 - 1962年6月1日 開銀理事、日銀理事、農林中金副理事長
5 渡邊誠 1962年6月1日 - 1963年4月22日 大蔵省為替局長、国際金融局長、海経理事、商工中金副理事長
6 片桐良雄 1963年4月22日 - 1965年6月18日 伊藤忠商事副社長
7 柏木雄介 1965年6月18日 - 1966年8月1日 東京銀行頭取、同会長
8 亀徳正之 1966年8月1日 - 1967年1月10日 国税庁長官、協栄生命保険社長、東洋英和女学院理事長・院長事務取扱
9 村井七郎 1967年1月10日 - 1968年6月15日 大蔵省国際金融局長、三和銀行副頭取
(財務官)
1 柏木雄介 1968年6月15日 - 1971年6月1日 (前掲)
2 細見卓 1971年6月1日 - 1972年6月27日 海外経済協力基金総裁、ニッセイ基礎研究所会長
3 稲村光一 1972年6月27日 - 1974年6月26日   
4 吉田太郎一 1974年6月26日 - 1976年6月11日 アジア開発銀行総裁
5 松川道哉 1976年6月11日 - 1978年6月17日 日興リサーチセンター理事長
6 佐上武弘 1978年6月17日 - 1981年6月26日   
7 渡辺喜一 1981年6月26日 - 1983年6月7日 中小企業金融公庫総裁
8 大場智満 1983年6月7日 - 1986年6月10日 (財)国際金融情報センター理事長
9 行天豊雄 1986年6月10日 - 1989年7月18日 東京銀行会長
10 内海孚 1989年7月18日 - 1991年7月24日 (財)国際金融情報センター理事長、(株)日本格付研究所社長
11 千野忠男 1991年7月24日 - 1993年7月13日 アジア開発銀行総裁、野村総合研究所顧問
12 中平幸典 1993年7月13日 - 1995年6月21日 信金中央金庫理事長
13 加藤隆俊 1995年6月21日 - 1997年7月15日 国際通貨基金(IMF)副専務理事
14 榊原英資 1997年7月15日 - 1999年7月8日 慶應義塾大学教授、早稲田大学教授
15 黒田東彦 1999年7月8日 - 2003年1月14日 アジア開発銀行総裁
16 溝口善兵衛 2003年1月14日 - 2004年7月2日 (財)国際金融情報センター理事長、島根県知事
17 渡辺博史 2004年7月2日 - 2007年7月10日 一橋大学教授
18 篠原尚之 2007年7月10日 -

 グリーンスパン自叙伝で有名になった溝口氏は島根県知事だし、ミステリー作家としてもその世界では有名で、在任中為替介入を1回も行わなかった渡辺博史氏は学究生活に入ってしまった。加藤氏も一時はプリンストン大学の客員教授だった、と思ったが。

 中平氏が出てこないなあ。財務官退任後、大蔵省顧問。1997年には山一証券経済研究所理事長。1998年に国際経済研究所副理事長で、今は信金中央金庫理事長とあったが、どうしているのか?

 そういえば、竹下登氏が自民党幹事長時代などに「柏木のおっちゃんがのう」とか懐かしそうにしゃべっていたのを聞いたことがある。G5のプラザ合意前に大先輩の柏木さんに秘かに相談したのだろうか。

 遅くなったが、千野氏のご冥福をお祈りします。

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