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2008年11月19日 (水)

対米報道「される」「られる」やめろ!―石澤靖治教授提案は<その通り!>~読売新聞11月19日朝刊

 読売新聞11月19日朝刊文化面[メディア]に石澤靖治・学習院女子大学教授(メディア関係論)の<対米報道 受け身表現脱却を>が掲載されていた。同感したので、主張のあらましを書いておく。

 石澤氏はオバマ氏当選を伝えた各紙の日米関係の記事を見て「○○に対応を迫られる」というような表現が多いことを苦々しく思ったらしい。「受身の表現を多用すべきではない」とメディアに注文をつけている。

 「日本とアメリカの力関係を考えた場合に、アメリカのほうが上であることはことは言うまでもない」し、「アメリカで最高指導者の交代という出来事が起きれば、日本は必然的にその影響を受ける。したがって、『れる』『られる』という受け身にならざるを得ないのは確かである」が、「日本はそうした立場に安住して、これまで自らが主体的に働きかけるというよりも、むしろアメリカからの要請や圧力があった際に、嫌々ながら行動を起こすことが多かった。そして、それがアメリカ側からの信頼を損ねてきた」。「日本は自立した形でアメリカと接する時代になったと言われて久しい」が、「そのメンタリティーはあまり変わっていない」。

 「それを反映してか、従来の日米関係の報道で散見されたのは、『日本は○○への対応を背回れる』というような受け身の報道だった。報道する側が受け手の発想を前提としていることは事実だから、その報道は日本国民の感覚に対応したものだということもできる」。

 「メディアが受け手に従属するのか、あるいは主導するのかについては大きな議論があるが、日米関係報道はこの辺で『られる』型ではなく、『する』型に視点を変えるべきである」。

 「今後日本がいかに主体的に世界に、そしてアメリカにかかわっていくかによって、アメリカの対日姿勢も大きく違っていくはずだ」。

 「そうした転換を求められるのは、政府であり、国民であり、そしてメディアである」。

 書き出し以外はほぼ全文を書き写してしまったが、そういうことだ、と思う。

 学者の世界では今、少しずつ地殻変動が起きているようなのだ。アメリカを崇めるのではなく、現実の姿とそのよってきたる所以を解き明かそうという努力をする学者が増えているようなのだ。

 今、読み始めている菅英輝編著「アメリカの戦争と世界秩序」(法政大学出版局、2008年11月20日初版第1刷発行、定価3800円+税)は「なぜアメリカはリベラルな世界秩序を追求するため戦争という手段に訴えるのか!」という帯の文句そのままに、戦争ばかりしているアメリカと、口を付いて出る「自由、平等、民主主義」などの理念との大きなギャップについて、どうしてアメリカはこんな風になってしまったのか? それとも昔からこうだったのか? と多くの研究者が問いかける論文を書いているのだ。

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 その中で菅氏はリチャード・ストロキン「暴力を通じた再生~アメリカ人のフロンティア神話1600-1860」を引用しながら、アメリカ人がアメリカ先住民との戦争を通してアイデンティティーを形成していったこと、先住民を征服してゆく過程で「フロンティア神話」が形成されていったこと、フロンティアは「野蛮人」や暴力のイメージと結びつけられ、「野蛮人」とは共存できないという意識と、フロンティアという「野蛮人の土地」を文明の土地に変える行為がアメリカの再生や発展と結びつくという神話は、その後もアメリカ史の中で継承されてきたこと、そのことはベトナム戦争中にアメリカ兵がベトナムを「インディアンの国」、索敵撃滅作戦を「カウボウイとインディアンのゲーム」というイメージで語り、虐殺や虐待を繰り返したことなどをあげていた。

 今、こうした「暴力をきれいな理念で覆い隠した国」というアメリカの新しい顔も暴き出されようとしている。麻生首相のG20提言も今までの日本の首相提言から考えれば信じられないほどアメリカの低落現象を赤裸々に語るものとなっている。

 そんな中、過去の似たような会議などの記事が貼ってあるスクラップブックを見ながら、記事を書いている外務省記者クラブ(霞クラブ)や首相官邸記者クラブの面々の意識構造が問われている、というのが石澤教授の寄稿の言いたいことだろう。

 たしかに、日本政府が主体的に「こうする」と発信する情報が少ないことは、今までの日米関係がすべて受け身だったことの鏡像でもあるから、メディアだけ変わろうとしても、書くことがなくなってしまいかねない。

 でも、このような問題意識を常に持ち続ければ、少なくとも主体的な姿勢がにじんでくるだろう。そうなれば、G20終了後の総括記事で毎日新聞が「存在感なかった日本」と書いたようなステレオタイプの記事は減るだろう。そう期待したいものだ。

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