<フォークソングの時代>っていうと何か感じが違うんだけど…~毎日新聞11月5日朝刊文化面[40年前 <政治の季節>を再考する]+日経新聞[春秋]
[40年前<政治の季節>を再考する]は毎日新聞朝刊文化面の月1回の連載企画。毎回、地味だが、内容は面白い。今回は<フォークソングの時代>がテーマで、音楽評論家の中村とうよう氏の寄稿と、フォークシンガー、高石ともや氏のインタビューと<フォークソング関連年表>からなり、1ページを切り抜いておけば、「あの時代が懐かしく甦る」(?)という趣向である。
記事の前文は、
<街頭に響いた若者の声は、デモ隊のシュプレヒコールだけではなかった。1960年代後半、反戦平和や自由を訴える歌詞を自作の曲に乗せギター一本で歌うフォークソングは、軽音楽の「革命」だった。多くの個性的な歌手が登場する一方、東京・新宿のフォーク集会には機動隊も導入された。雑誌『ニューミュージック・マガジン』を創刊(1969年4月)し、フォークのレコード化にも取り組んだ音楽評論家、中村とうようさんの寄稿と、「受験生ブルース」などで初期のブームを先導した歌手、高石ともやさんのインタビューで振り返る。>
である。中村氏って名前だけは知っていたが、ポピュラー音楽評論家だったんだなぁ。知らなかった。
中村氏寄稿の見出しは<「学生」と「関西」が二大勢力だった/新宿西口の集会で社会現象に>である。
ダイジェストしながら、書き写そう。
◆団塊の世代がどこまで昔を懐かしむことができる文章か、は人によるかも…
<ポピュラー音楽の世界で、フォークソングが初めて大きな注目を浴びたのは、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」のヒットだ。1958年、アメリカのヒットチャートでトップになった。今からちょうど50年前だ。フォークソングつまり民謡は、もともとは民衆のあいだで自然に歌い継がれたものだったが、「トム・ドゥーリー」は古くから伝わった民謡がプロの手で化粧直し、商品化されてヒットしたもの。民謡とポピュラーソングの境界線にまたがる存在だった。この大ヒットで民謡風ポピュラーソングが次々生み出され、60年代にかけ大きな潮流に高まった。アメリカの流れが日本に波及し、日本独自のフォークソング・ブーム現象を引き起こした。>
なるほど、そういうことだったのか。キングストン・トリオは日本ではそんなには流行しなかった、と思うのだが、好きな人たちには堪えられなかったのだろうなぁ。
<1963年、ジョーン・バエズの「ドンナ・ドンナ」のLPが日本発売されたころにはアメリカでのフォーク・ブームの噂は一部の若者の関心を引き始め、ギターを弾きながらフォークソングを歌う学生グループの活動が急速に盛り上った。そんなアマチュアたちの間から出たマイク真木が「バラが咲いた」のヒットを放ったのが1966年4月。「黄色いさくらんぼ」などで知られる人気作曲家、浜口庫之助の作品だった。>
1966年12月には高石友也デビュー。フォークルといえば、「イムジン河」が発売中止になったのが68年2月。このころはまだ朝鮮総連が飛ぶ鳥を落とす勢いで、無理難題を吹っかけては社会を混乱させていた時期だった。高石の「受験生ブルース」が同じ1968年2月。
そうかぁ、「バラが咲いた」は浜口氏の作曲だったか。忘れていた。
<間もなく東京の学生フォークと一味違う動きが、関西で起きた。高石友也や岡林信康たちが現実社会の問題をリアルに取り上げる歌を作り、その土壌から1967年12月に生まれた大ヒットが加藤和彦らフォーク・クルセダーズ(65年8月結成)の「帰ってきたヨッパライ」。1969年にはURC(アングラ・レコード・クラブの頭文字)というフォークソング商品化目的の日本初のインディーズ・レーベルが誕生した。>
こういう寄稿でも岡林信康氏はなかなか名前を出しづらいのかなぁ。
<アメリカでは既に1965年、フォークのトップスターとして人気最高だったボブ・ディランがエレキギターを使用したロックっぽい曲を試みていた。同様な歌で1968年に姿を現わしたのが遠藤賢司で、フォークとロックの境界を無意味化した。遠藤のレコードが出た1969年は日本のフォークソングの盛り上がりの頂点であり、分水嶺でもあった。>
◆ぼくにとっての60年代後半はビートルズとPPMとバエズとGSだった
フォークとロックの融合かぁ、ピーター・ポール&マリーとか、ジョーン・バエズはこうした歴史には登場しないんだね。
<1969年春から新宿西口の地下広場には、土曜日ごとにアマチュアのフォークシンガーが集まって自由に歌う、当時フォーク・ゲリラと呼ばれた集会が展開され、それを聞きに集まる人たちは最大で5000人とも1万人とも言われたが、5月に警視庁が「そこは広場ではなく道路だ」と道路交通法で集会を禁止。70年安保を境に「シラケ」という語が広くささやかれ、フォークソングの商品化が進み、72年1月に吉田拓郎(この時は平仮名のよしだたくろう、だった)の「結婚しようよ」がヒットしたころには、フォークソングはニューミュージックへ変質をとげた。>
そういう流れとして整理できるのか。
何か、団塊世代の青春史みたいだが、こんな薄っぺらいものだったかなぁ? もう少し思想があったような感じもするし、このフォークソングの大流行の一方ではザ・スパイダースやザ・タイガーズとかのグループサウンズ全盛期があったはずだ。フォークとグループサウンズがいつの間にか融合して、ニュー・ミュージックになった、という理解をしていたんだけど、違うのか?
年表から補足すると、1972年2月には井上陽水「傘がない」が出ている。
年表はなぎら健壱「日本フォーク私的大全」(ちくま文庫)などから作成した、と書いてあった。
◆何か時代が戻っちゃった感じがしたんだけど……高石氏インタビュー
高石ともや氏のインタビューの見出しは<個人で世界と切り結ぶ 若者の「もがき方」認める空気があった 深夜放送のつながり、今も>である。高石氏は1941年生まれで、マラソンランナーとしても知られるそうだ。聞き手は大井浩一記者。
高石氏は、60年代後半は個人で歌を作って世界と切り結ぶことができたまれな時代。その後はみんな売れなきゃいけないからレコード会社という企業、組織に走った。呼び名もニューミュージックに変わり、ヒットソングを歌うようになった。自分らしく歌えたら、それだけでいいという価値観は1969年で終わり。しかし、今から見ると70年以降しか目に入らない、と語る。
また、京大のバリケードで歌ったり、べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に参加し新宿西口の反戦フォーク集会にも出た。あの時期、若者が若いなりのもがき方をするのを認める空気がまだ日本社会にあった。ギターで世界が変えられると思えた、と昔を懐かしんでいた。
何か、今の新聞紙面に高石氏が出てきて、こういう話をされると、時代が戻っちゃったのかな、と変な感じもするんだけど…。彼の話に未来に向けてのどのような意味があるのだろう? 「この40年は夢だった」、なんて、冗談でも言わないでほしい、と思うのだが。
やっぱり、貧乏な時代という連想から「山谷ブルース」→フォークソングということなのかなぁ? 分からないけど。読み終えても<フォークソングの時代>というより、フォークソングとGSの時代なのか、フォークとロックとGSの時代なのか、そんな感じがする。フォークソングだけを60年代後半に結びつける必然性は薄い、と思うのだが。
日経新聞11月5日朝刊[春秋]に捕まった小室哲哉容疑者(49)が13年前に1世代上の歌手、吉田拓郎さん(62)に「あ、売れる方程式ですか? ”ディスコ、プラス、カラオケ割る二”なんですよ」と話し、吉田さんが「割っちゃうのがすごいよね、二で」と答えていたエピソード(「小室哲哉音楽対論2」)を紹介していた。
春秋子は、
<なるほど、この方程式を武器に売りまくったのか。振り返って売れ方のすさまじさに改めて驚いた。同時に二〇〇〇年代に入るとさっぱりだったのが意外だった。沖縄サミットのイメージソングを作ったのが二〇〇〇年。政治は周回遅れで流行に便乗するのが常だ。思えばこのころが人気の潮目だったのだろう。>
と書いていた。吉田拓郎さんはこの時、皮肉交じりで「あなたは今が『食い時』だけど十年たったらまた会おう」と言っていたそうだ。吉田さんの慧眼なのか、単なる皮肉なのか、ポピュラー音楽の流行の儚さを見せつけた小室哲哉容疑者逮捕だった。
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