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2008年11月

2008年11月30日 (日)

書評「職業とは何か」梅澤正著(講談社現代新書)

 「職業とは何か」は講談社現代新書で2008年8月20日第1刷発行、定価700円+税=735円。

著者の梅澤正氏は1935年埼玉県生まれ、東大文学部社会学科卒、桃山学院大学、新潟大学、東京経済大学の教授を経て日本教育大学院大学客員教授、NPO邦人キャリア文化研究所理事長、産業社会学専攻(職業社会学、企業文化論、企業社会関係論)。著書に「人が見える企業文化」(講談社)など多数、とあった。

職業とは何か (講談社現代新書) 職業とは何か (講談社現代新書)

著者:梅澤 正
販売元:講談社
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 職業の中身の話はたくさん出てくるのだが、「職業とは何か?」という問いを日本ではほとんど誰も発してこなかった、という。2003年11月に発売され08年5月に123万部を突破した村上龍執筆・編集「13歳のハローワーク」(幻冬舎)では500の職業が登場し、その特性や従事する職業人の生き様が紹介されているが、「そもそも職業とは何か」が書かれていない、といい、日本では「職業とは何か」が突き詰めて考えられていないことこそが問題だ、と問題提起する。

 フランクリン・パーソンズが先駆者となった職業選択論についての話。1909年に出版された「職業の選択」が基本書らしい。パーソンズはキャリア理論の創始者として有名だそうだ。

 大学の就職支援活動についても批判的だ。学生に「やりたい職業は何か」と心理テストや適正テストを通じて探させるが、そのような内面を見つめるようなことはほどほどにしてほしい。本当に重要なのは刻々変化している社会の姿を学生一人ひとりが知ることだ、という。また、「職業が人を選ぶ」面があるのだから、自分がなりたい職業、という「青い鳥」だけ探していてもミスマッチになる、という。

 内面を見つめるより社会を、ということを言い換えると「内から外へ(インサイド・アウトサイド)ではなく、外から内へ(アウトサイド・インサイド)」ということになるらしい。「職業は社会が要請する仕事の中にこそある」という。なぜかといえば、やりたい仕事が生きがいのある仕事とは限らない。あいまいに「やりたい」仕事ではだめだ、というのだ。その職業をなぜやりたいのか、の意味づけをしっかりしていなければだめだ、と。なぜその職業をやりたいか、の根拠、理由、狙い、背景を学生が説明できなければならない、という。

 「こうすべきだ」という価値観が「やりたい」の引き金になっていればいい、とも。

 なぜなら、「こうすべきだ」の「べき」の場合には必ず論拠が明らかにされるからだ。「べき」からの発想、または「(こう)したい」に「べき」を重ね合わせた発想が職業選択には必要だ、という。「私は世界を、日本をこんな社会にしたい、そのためにはこんな職業につきたい」という思考の流れである。

 ベネッセの調査で小学生がなりたい職業は高い順に①サッカー選手②お菓子・ケーキ屋さん③野球選手④その他スポーツ選手⑤漫画家⑥学校の先生⑦学者・研究者⑧幼稚園教諭・保育士⑨医師⑩看護士。分野は違っても専門性が養成される職業への憧れが目立っている。サラリーマンは入っていない。

 しかし、高校から大学に進む中で職業の志望動機が大きく変わる。現実的になるのか、どうなのか?

 職業情報をチェックする(社会をよく知る)→キャリア情報(松下幸之助の偉人伝なども含む)を職業学習の教材として用いることは素晴らしい→会社と組織を見る目を養う、の順に進むべし、と。

 充実した人生を送るうえで職業は大きな役割を果たしている。職業を決めることと人生で何を実現したいかをセットで考える必要がある、と言う。

 マザー・テレサは宣教師になって生活の糧の保証ができて、安心して恵まれない人たちのためのボランティアができたそうだ。

 働き方と生き方につながりをつけるのが「キャリアデザイン」だそうだ。

 職業は人と社会とをつなぐもの。職業を社会的活動としてとらえるべきだ、という。

 夏目漱石「道楽と職業」(「私の個人主義」岩波文庫の中の一篇)の職業のとらえ方は流石だ、と言っていた。

 職業は社会の必要と個人の期待が合致して発生し、存続する。

 多能な人たちは多彩な肩書きを持つ、という。人の社会的な居場所は変化する(キャリアシフト、キャリアチェンジ)。リチャード・N・ボウルズは「あなたのパラシュートは何色?」で「マッチングゲームとしての職探し」と言っているという。

 職業は人生資源を獲得するための最良のチャンスだ。人生資源には経済財、知識財、関係財、威信財の四つがある、というが、経済財以外は非経済的資源であることに注目してほしい、という。

 今、日本では学生にコミュニケーション能力など基礎力を求めている。その中の「社会力」など、キーワードにまでなっているようだが、激動の時代、「プロ人材」、「プロフェッショナル」たちが求められている、という。

 人間力や社会力の必要性が強調されなければならないところに、日本における職業概念の希薄化を見る思いだ、と言っている。片方で人に優しい国づくりは必要だが、高度な専門性を視野に入れない職業能力論は大きな問題をはらんでいる、ともいう。

 「市民としての素養に支えられた高度の専門的知識と技術をそなえた職業人」が求められているという。

 「プロフェッショナル」は高度の倫理性も求められている。公共性のある職業だからだ。

 ハーバード大学のロバート・ライシュ教授は新しい職業分類として

①ルーティーン・プロダクション・サービス=定型作業

②インパースン・サービス=対人サービス

③シンボリック・アナリティック・サービス=観念や意味、精神が表象された符号を扱う職業で、深く物事を探求し、独創性の発揮を要請される専門的職業群

 ――を提案している。すべての職業が「サービス業」と分類されているのが特徴だ。

 「職業」を英語で言い表すと「オキュペーション」、「プロフェッション」、「ヴォケーション」、「ビジネス」、「トレード」といろいろあり、それぞれ内容が違う。

 古代中国では役人が果たす役割が「職業」、人民一般の業(民業)は「生業」といい、日本でも江戸時代までは「生業」という言葉が残ったが、今はすべて「職業」と呼ばれている、という。

 人生山あり谷あり、でもしかすると人生というか職業でリセットせざるを得ない時もあるだろうが、リセットする際にはリカレントが必要だ、と言っている。

 リカレントというのは生涯学習のようなものらしいが、自分が得てきた力を常に磨いておくことだろう。リセットは簡単に言えば転職だろう。「リカレントなしのリセットは砂上の楼閣だ」という言葉はその通りだろうと思う。

 以上のような内容の本だと思う。

 難しいことをたくさん書いてあるように思うのだが、では著者は「この一つ」と言えば、何を言おんとしているのか?

 専門性を身につけて、会社が潰れても、会社から出て行かざるを得なくなっても自分で道を切り拓けるようにせよ、というのか?

 たしかに、ライシュ氏の言うように、高度な専門性を持った人たちによって世の中が動かされ、あとはそのプロフェッショナルを管理する少数のジェネラリストしか必要なくなるという。あとの職業は派遣で十分ということらしい。

 怖い予測だが、そうなれば社会の二極分化が進む。その時、勝ち組に入るためにも専門性を身につけよ、というのだろうが、今大学院を出ても就職できない。ああいう、学問の世界でしか通用しないニセの専門性ではだめだ、ということなのだろうか。

 丁寧な論理展開であるが、逆に類書の引用が多すぎる感じがするので、私のような頭の悪い人間は頭の中で糸がグチャグチャにこんがらがった感じがするが、上記のようなことを言いたいのだろうと思って、大胆に書いておく。

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2008年11月29日 (土)

書評「現代の貧困~ワーキングプア/ホームレス/生活保護」岩田正美著(ちくま新書)

 「現代の貧困~ワーキングプア/ホームレス/生活保護」岩田正美著(ちくま新書)は2007年5月10日第1刷発行。定価700円+税=735円。

現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書) 現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書)

著者:岩田 正美
販売元:筑摩書房
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 岩田氏は1947年生まれ中央大学大学院修了の社会福祉学博士。日本女子大教授。代表作は社会政策学会学術賞と福武直賞をダブル受賞した「戦後社会福祉の展開と大都市最底辺」(ミネルヴァ書房)。多くの著作あり。

 昨年7月8日日経新聞に掲載された駒村康平慶応大学教授の書評を見て、本は買っておいたのだが、読まずにいた。ようやく読み終わった。

 岩田氏の貧困論には相当啓発された。

 ワーキングプアという横文字が流行り、格差社会という無機質な言葉が流行する世の中だが、実は本当の「貧困」が現実として存在し、それを覆い隠そうとする無意識の操作が政治、行政、マスメディアぐるみで行われているので、その貧困が見えなくなっている、という指摘である。

 <格差論だけからは、積極的な解決策も、あるべき社会論も出てきにくい。>(P29)

 特に「なるほど」と思ったのは、貧困が騒がれだしても以前と比べてどれほどひどくなったか、のデータがないこと。つまり、かつては生活保護と同等の水準にある世帯の推計(低消費水準世帯推計)を国が行っていたが、1965年でストップし、その後は「貧困」の統計がないということだ。

 日本ではかなり長い間、生活保護受給者と人口の比率、つまり保護率が貧困の大きさを示す指標となっているが、生活保護の捕捉率の問題がある。

 貧困世帯が皆保護を受けているわけではないから。信頼できる国の統計がないが、生活保護基準を使った駒村康平氏と星野信也氏、OECD相対貧困基準(50%水準)を利用した西崎文平氏と岩田氏の推計の貧困者割合(いずれも家計簿方式で収支を把握する全国消費実態調査データを利用し、信頼度は高い)は約8%前後で一致している、という。

 この8%に国勢調査の一般世帯数を掛け合わせると2005年では390万世帯が貧困ということになる、という。

 生活保護の捕捉率は貧困世帯の約2割だ、とも書いてあった。OECDによる加盟国の貧困率の報告では日本の貧困率がの増加が強調されている。2000年の相対所得貧困世帯の割合の高いほうから5カ国示すと、①メキシコ20.3%②米国17.1%③トルコ15.9%④アイルランド15.4%⑤日本15.3%。OECD平均は10.4%だそうだ。それらの世帯の所得額と貧困ラインの所得との差(貧困ギャップ)では日本はメキシコ、米国に次いで3位。これは貧困の深さ、極貧度という側面から貧困の程度を測ったものだ。

 星野氏らの調査で日本の貧困の特徴は年齢の若い層と高齢者で数が多く、U字型を描くように貧困が分布している。単身世帯の貧困率が極めて高い。94年は単身世帯の4分の1強が貧困。就業しながら貧困なワーキングプアが単身女性で15%、女性世帯主世帯(多くはシングルマザー)で18%。

 先にデータの紹介をしてしまったが、岩田氏は格差と貧困を区別しない議論に警告を与える。

 貧困は「あってはならない」という価値観を伴った概念。格差は今あるもので、格差許容から許すまじまで、見方はいろいろだ、と。

 欧州では豊かな社会が実現した、といわれた80年代から「貧困」の再発見の努力が続き、それが政策に反映したが、日本では「総中流」時代に「貧困」はなくなった、と錯覚され、そのままアジェンダにのぼらなくなった、と。

 20世紀に入ろうとする頃にチャールズ・ブースがロンドンで行った貧困調査でロンドンの30.7%が貧困と判明。ヨーク市のチョコレート会社の御曹司シーボーム・ラウントリーが行った調査で27.84%が貧困と判明。ラウントリーは36年後に同様の調査を行い、31.1%。

 ラウントリーは「特別な熟練を持たない労働者の場合、失業しなくとも人生で3回貧困に陥る危険がある」と貧困と労働者家族のライフサイクルに関する有名なモデルに行き着いた。①自分が子供だった時代②結婚して子供を育てている時代③子供が独立し自分がリタイアした高齢期の3ステージだ。このモデルは年金や児童手当などの社会保障の基礎となった。また、生命保険会社が勧める生活設計などにも使われている。

 つまり、20世紀の貧困は19世紀にチャールズ・ディケンズによって描かれた大都市の貧民社会の貧困と違って工業社会のワーキングプアの問題であることが広く認識された。

 この認識から労働者にとっての貧困の予防策の体系化、年金や児童手当などを含む福祉国家の構想が生まれた。欧米では福祉国家が生まれた後もワーキングプアを含めた貧困を再発見する動きがあり、それが政治の焦点となって新しい福祉政策への転換が図られていった。米国ジョンソン大統領時代(1963~69年)の「貧困との戦争」宣言。同時期、英国でも貧困研究家ピーター・タウンゼントらが「貧困の再発見」といわれる調査結果を発表した。

 1980年代の欧米では「新しい貧困」の再発見に注目が集まった。

 80年代以降明確になったポスト工業社会とグローバリゼーションという新しい社会経済体制への移行の過程で非正規雇用が急増し、下請けなどアウトソーシングが拡大する過程で学校を出たばかり、またはそこから落ちこぼれた若年単身者の貧困、ファストフードや家事サービス、警備、娯楽サービスなどの新しいサービス産業に不安定な待遇で従事する女性、母子家庭、移民層の貧困層が発生した。

 新しい産業社会では金融や情報サービス産業で専門知識を武器に働く人々と「マクドナルド・プロレタリアート」と形容される安い賃金と不安定な雇用で働くサービス労働者に二極分化しつつある、という。

 欧州ではこの二極分化を「AチームとBチーム」「一流国民と二流国民」などと呼んでいるという。人々の目にはこれらの人々がまるで19世紀までのスラムの再現、「もう一つの社会」の出現のように映ったので、欧州ではこの新しい貧困を「社会的排除」、米国では「アンダークラス」と呼んでいるそうだ。

 これは従来の福祉国家の限界を示すものだ、としてポスト福祉国家の新たな理念の模索が始まった。特に、社会から排除された人々を再び社会に引き入れる「社会的包摂」という理念や、従来の所得補償中心の福祉から若年失業者を再び労働市場に参入させようとするワークフェア(労働機会の提供による福祉の実現)への転換の強調などが中心で、いずれもこの新しい貧困の克服が課題だ、としている。

 日本では欧米に10年遅れて格差社会に遭遇した。「マクドナルド・プロレタリアート」は日本のフリーターの姿だ。

 日本では貧困を忘れてしまった。岩田氏は、

 <貧困の再発見をしつこくやったか、きれいさっぱり忘れたかは、社会全体の豊かさとは実は関係ない。しつこくやったか、忘れたかの違いは豊かさの中に潜む貧困を再発見しようとする『目』や『声』が社会にあったかどうかにかかっているのではないか。>

 と書いている。また、自民党長期政権にマヒしている日本と違って、他の国では貧困の再発見が現政府の失敗をあげつらって政権交代に持ち込もうとする勢力が強いからだもいえる、としている。

 どこからが貧困なのか、が難しい。岩田氏は、

 <貧困の歴史は、この境界設定についての議論の歴史>

 という(P35)。

 タウンゼントの「社会的剥奪」、ラウントリーの生存費用をもととした絶対的貧困、タウンゼントの生活様式からの剥奪指標である相対的貧困の違い(P43)。

 ブラッドショーの貧困ラインの併用の提案(P46)

 日本は生活保護基準が貧困の境界として利用されている(P48)。1960年誕生の池田内閣が最低生活費水準のアップ受け入れ。1961年導入の新方式はエンゲル方式。朝日訴訟がきっかけとなって格差縮小方式に転換。現在は水準均衡方式。貧困ラインを大体一般の消費水準の6割前後に設定している。(P58)

 貧困のダイナミック分析(パネル調査)が欠かせないのに、日本は国が取り組まないので遅れている(P76)。

 日本のホームレスは現在、50代が中心だが、このままでは若年層のフリーターのホームレス化の危険性あり。(P152)

 第7章「どうしたらよいか」はじっくり読むべき部分だ。特に貧困対策は個人への優遇ではなく、社会的統合機能や連帯の回復機能という社会全体に役立つ政策だ、という提言は重いと思う。憲法14条とか15条を持ってきて、人権、最低限の生活という側面ばかり見る傾向があるが、貧困対策は社会の中で排除される部分を減らし、社会不安を除去する大きな手段だ、という論である。これは政府にも経済団体にも検討してほしい。

 社会的包摂政策は社会それ自体の救済のための政策だ、という言葉は重い。

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書評「若者はなぜ正社員になれないのか」川崎昌平著(ちくま新書)+「人生ゲーム」について

 川崎昌平氏の「若者はなぜ正社員になれないのか」(ちくま新書)を遅まきながら読んだ。2008年6月10日第1刷発行。定価700円+税=735円である。川崎氏は一種の変わり者、変人だと思う。しかし、そういう普通の人とちょっと違った変人が生きにくい世の中であることを実体験から書き記した本として面白く読ませてもらった。

若者はなぜ正社員になれないのか (ちくま新書) 若者はなぜ正社員になれないのか (ちくま新書)

著者:川崎 昌平
販売元:筑摩書房
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 なにしろエリートなのだ。1981年埼玉県三郷市生まれで東京藝術大学を卒業後、就職する気になれなかったので芸大大学院に結構な奨学金をもらいながら2年間通い、修士号を取得。ぶらぶらしていては何だから、と就職活動をしてみた、その記録である。26歳の経験だから、山口百恵の13歳とかひと夏の経験と違って分別があり、自分の行動に責任を取りながらの企業との一対一の勝負の記録である。たいしたもんだ、という思いと、芸大を出ているエリートだからできたんじゃないの? という僻目と両方ある。

 「知識無用の芸術鑑賞」「ネットカフェ難民」(いずれも幻冬舎新書)があり、川崎氏はすでに著述業で食っていけるのではないか、とも思う。日雇い労働に従事したり、ネットカフェで生活したことが自己形成に生きる人なんてそんなにいないと思う。そういう意味でも特殊ケースだろう。

 目次は定職がほしい▽とにかく落ち続ける▽「やりたいこと」が見つからない▽面接という名の地獄▽ハローワークへ行こう▽ウチで働いてみませんか?――である。川崎氏は温かく手を差し伸べてくれた企業にも入らなかった。自分の職業を物書きだ、と認識したからだろうが、この本の特徴はハウツーものにも使える、というところか。

 データとしても幾つか書いていた。

 文部科学省による学校基本調査の卒業生に占める就職も進学もしない者の割合(大学学部卒)の2004年データが約20%、およそ10万人いる、とか、厚生労働省と文部科学省の新規学卒就職率の推移で2005年3月卒の大学卒就職率が93.5%だったこと、就職率はあくまで就職を希望した人を分母にするのでこの数字に矛盾がないことなどを書いている。

 また、厚生労働省が発表した2007年版「労働経済の分析」で2006年時点のフリーターの総数は187万人であることも書いてある。白書によると、

 フリーターとは年齢15~34歳で男性は卒業者、女性は卒業者で未婚の者とし①雇用者のうち勤め先における呼称が「アルバイト」または「パート」である者②完全失業者のうち探している仕事の形態が「パート・アルバイト」の者③非労働力人口のうち希望する仕事の形態が「パート・アルバイト」で家事も就業内定もしていない「その他」のもの――である、としている。

 一方「ニート」に近い概念とされる「若年無業者」の定義は構成労働省によれば、「非労働力人口のうち、年齢15~34歳で家事も通学もしていない者」とされ、その総数は06年には62万人である、と。就業の意思の有無がフリーターとニートを分けるのだ、と書いている。今、合計すると日本には200万人に近い「正規雇用の職を持たない若者」がいるということになる。、とあるのはその通りだ。

 あとは統計ものの利用はなく、ほとんどが自分の経験を書いている。それは面白いが、一般化できない弱点はあるし、結局、川崎氏は就職したくなかったのだろう、と思うと、読み返す気力はわかない。

 でも、1981年生まれの川崎氏の日常生活で「へぇ」と思ったのはゲームである。生涯で一度だけプレイしたロールプレイングゲームが「ファイナルファンタジー5」で、小学校高学年だった、という。ゲーム下手でどうしてもラスボスが倒せず、ラスボスがいそうな画面にたどりつけずに、クラスメートに「ラスボスのところまでレベルを上げてゲームを進めてよ」と懇願した記憶がある、という微笑ましい話だ。

 川崎氏は「ファイナルファンタジー5」を面白いと感じた、という。

 「ゲームのシステムが非常に秀逸かつ魅力的だった」「楽しませてくれた最大のポイントは『ジョブ』というシステムにあった」という。「主人公たちは、敵をやっつけ、経験値をため、レベルを上げ、武器をより優れたものにしつつ、長い物語を進むわけだが、その過程で何らかの職業を選ぶことができるのである。『白魔道士』とか『魔法剣士』とか『薬師』とか、とにかく多様な職業が用意され、選んだジョブによって戦闘シーンのアクションや覚える必殺技、魔法などが異なり、すべてのバリエーションを味わおうと思ったら、どれほど時間を費やさねばならないのか、当時は想像もつかなかったくらいである」とある。

 約15年後に川崎氏はそのゲームのジョブ(職業)を思い返して、次のように書く。

 <ジョブはあくまでもジョブにすぎずワークではない、ということになる。「竜騎士」や「猛獣使い」といったジョブをまっとうするために主人公たちはゲーム世界に生きるのではなく、最終的な悪いボス(名前は忘れてしまった)を倒すという目的が存在するのである。つまり「ラスボス撃破、しかる後の平和な世界建設」(そんなような目的だった気がする)こそがワークであって、「狩人」というジョブになることはワークではないのである。>

 そして、川崎氏は「ジョブ」と「ワーク」の関係を「やりたいこと」というお題目が見えにくくしているのであはないか、と問う。「音楽」をやりたいから「ミュージシャン」になる、「小説」を書きたいから「小説家」になる、というような傾向は「ジョブ」と「ワーク」を同一化するあまり、どちらに重きを置くにせよ、本質から乖離する結果を助長するようにも思える、と。

 この推論自体、どうこう言いたくないし、そうだろうなぁ、と思うのだが、私がハッと思ったのは、川崎氏の年代はすでにこのような抽象的思考に入るきっかけをゲームが担っている、「気づき」の元までゲームになっている、という素朴な発見である。

 川崎氏はこの年代には珍しく(と言っていいのだろうと思うのだが?)ゲームをやっていない、という。唯一のゲーム経験が「ファイナルファンタジー5」だった、というのだから。その川崎氏にしてこうなのだから、ゲームに浸っている若者はもっとゲームの影響力が大きいのではないか、と思ったのだ。

◆ついでに「人生ゲーム」について

 朝日新聞11月24日朝刊<人生ゲーム40歳/発売は高度成長期/ルーレット、米国へのあこがれ/職種にアイドル歌手、転職もOK/オーダーメードも登場>でタカラトミーのボードゲーム「人生ゲーム」が日本で発売40年を迎えたことを特集していた。

 <ドル札を模した紙幣のやり取り、株への巨額の投資…。億万長者を夢見て、波乱万丈の人生が疑似体験できると、子供から大人まで幅広い支持を集めてきた。現在は6代目(スタンダード版)。企画版を含めると、総出荷総数は1200万台を超えたという。>

 という前文だ。原型は1960年に米国で発売された「THE GAME OF LIFE」で、世界21言語に訳され、日本版は68年9月に発売。「人生山あり谷あり」というような宣伝がテレビコマーシャルに流れた、とある。

 記事で小泉信一記者は、

 <この年、日本のGNPが世界2位になった。大阪万博を2年後にひかえ、列島が高度成長に沸いていた。それまで盤上のゲームといえば、いかに早くゴールをめざすかという「すごろく」のイメージが日本人には強かった。「サイコロの代わりのルーレットが画期的でした」と開発チーム。「ヨットを買う」「牧場の跡継ぎになる」などのマス目に書かれた指示も、米国の生活へのあこがれを感じさせた。初代と2代目は米国版の翻訳だったが、83年発売の3代目から日本独自の内容になる。アイドル歌手など当世風の職種も登場。世相を反映し、転職できるルール改正も盛り込んだ。マス目には「お世話になった人たちにお歳暮をおくる」など日本風の指示も登場した。>

 と説明していた。

 面白かったのは記事につけられた<マス目に書かれた代表的な言葉>である。

▽初代(1968年発売)火星から使者がきた

▽2代目(80年発売)エベレスト登山成功

▽3代目(83年発売)ノーベル賞を授賞する

▽4代目(90年発売)リハウスでリフレッシュ

▽5代目(97年発売)カラオケでストレス解消/インターネットで自分のホームページを作る

▽6代目(08年発売)恋人と三ツ星レストランに行く/ブログが書籍になり大ヒット!

 である。その時その時の世相にあった内容にしている。6代目は今年6月に発売されたそうだ。9歳以上としていた対象年齢を6歳以上にして字を大きくしたそうだ。タカラトミーは「不況の影響か、中高年世代が自宅で家族そろって遊ぶケースが最近多いのでは」と言っている、というが、こういうゲームは懐かしいし、いいゲームだった。一人で楽しむのではなく、何人かでワイワイ楽しみながらやるゲームはもっと流行ってほしい。

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2008年11月28日 (金)

2025年、日本はGDP4位で日米同盟弱体化:米国家情報会議(NIC)予測~読売新聞、産経新聞11月22日朝刊から

 読売新聞11月22日朝刊1面と国際面で米国の中央情報局(CIA)など16情報機関で構成する国家情報会議(NIC)が20日公表した世界情勢予測報告書「世界潮流2025」について報じた。

 報告書は約20年後の未来をほぼ5年ごとに示すものでこれで4回目だそうだ。概略をメモしておこう。

▽技術拡散により生物・化学兵器といった大量破壊兵器を用いたテロ攻撃が起きる恐れが高まり、多極化も世界の不安定化に拍車をかける、と指摘。中国を今後20年間に最も影響力を増す国として、軍事大国の地位を築くだけでなく、2025年までに日本を抜いて世界第2位の経済大国に浮上すると予測。日本は中国、インドに次ぐ4位に転落するとし、国際的に中の上の地位を維持するものの、就労人口の減少に伴い、成長率維持に苦労すると見通している。日本国内の動向については自民党支配が終焉し、自民党が競合しあう多くの政党に分裂するかもしれない、と指摘している。なお、GDP5位はドイツ、6位は英国、7位はフランス、8位はロシアと予測している。

▽2025年には第2次世界大戦後に構築された秩序はほとんど見る影もなくなり、国際体制は国家と民間活動団体(NGO)などの非国家による集団で構成され、支配的な統治はなくなる、と予測。歴史的にも多極体制が生まれる時代は一極体制や二極体制より不安定だったと指摘している。

▽多極化した中でも米国の政治、経済的な影響力は相対的優位を維持するが、中印の影響力拡大は必至という。

▽急速な経済発展を求める途上国は市場経済や民主的な政治体制といった伝統的な西欧型モデルよりも、国家資本主義など国家が主導する中国型モデルに傾斜。これにより世界各地で民主化のペースは落ちると予測している。

▽ロシアはより豊かになり、影響を増す潜在力を秘めるが、犯罪、汚職や教育分野での質の低下といった問題が今後の障害となる可能性に触れている。

▽より深刻な問題としてはエネルギーと食料、水の確保を挙げた。食料需要は30年までに現在比50%増と推計。水や耕地の不足する国は現在の21カ国、総人口6億人から36カ国14億人に増えるとしている。

▽高齢化が深刻化する西欧諸国が就労人口の減少を防ぐため移民受け入れを増やせば民族・宗教的な人口構成が変化し、政治的な変化を引き起こす可能性もあるとしている。

▽中東では紛争の危険性が高まると指摘。イランが核計画を進展させれば、域内の多くの国も核兵器獲得を検討することになる、と分析。また、核技術の拡散などで核兵器使用の危険性は今日より高くなりそうだ、という。

▽中東では就業や政治的発言の機会がなければ不満が過激行動に結びつき、テロ組織は世代交代を経て命令系統などが確立されるとした。

▽朝鮮半島は単一国家ではないにせよ南北連合のような何らかの形で統合される可能性があると見ている。

 このリポートについては産経新聞も11月22日朝刊国際面で扱い、向こう20年間が「新秩序への移行期にあたる」として、不安定化を警戒している、と書いていた。米国は経済力や国際的な影響力低下が避けがたい半面、軍事技術の進歩に支えられてなお世界トップの大国にとどまるとの予測だ、と書き、米国は中東とアジアではなおバランサーとしての役割を求められる、と指摘している、とも書いていた。

 また、日米同盟は維持されるものの、米国の国力低下を受けて同盟の力は今日ほど強固ではなくなる、と予測。日本の地位は米中のパワーバランスの中で板ばさみ状態になるとして、日本が親米、親中に傾く可能性など4種類のシナリオを挙げているらしい。

 しかし、こういう予測はどのようにまとめるのだろうか? 高度成長期なら兎も角、今のように1年先が見えない時代、人口推計くらいしかあてになる数字はないのか、と思ってしまうのだが…。

 いずれにしても、日本は苦しそうだし、アメリカはそれを見越して政策を立案、実行してくるだろう。中国がこのまま一直線に拡大するとは思わないのだが、傾向としては世界2位の国に向けた流れなのだろうなあ。

 そうなると少子高齢化が進んだ日本はどうなるのか? 全く分からない。

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トリウム原子炉へ転換を+人と技術への投資を~朝日新聞11月28日・亀井敬史氏寄稿と毎日新聞28日夕刊丹羽宇一郎氏インタ+29日夕刊

朝日新聞11月28日朝刊[私の主張]で亀井敬史・京都大学助教授(エネルギー設計・評価)が<原子力発電 核兵器生まぬトリウム炉検討を>のタイトルで提言していた。夢のトリウム原子炉、古川和男氏の長年の主張がようやく同調者を得たのか、と読んでみた。

 内容を略述する。

 トリウムは天然に得られる元素で原子力の燃料となる。ウランより軽く、核燃料にしてもプルトニウムがほとんど生まれず、核拡散の恐れはほぼない。オーストラリアやインド、中国などにも広く分布し、資源量はウランの4倍以上とみられる。

 オーストラリアのマイケル・ジェフリー総督は今年5月「持続可能なエネルギー源としてトリウム利用を考えるべきだ。トリウムは核兵器物質を生まないからだ」と述べた。トリウム利用は10月にドイツで開かれた気候変動の専門家会議でも議論され、昨年12月の日中印温暖化専門家会議の声明文にも明記されている。

 トリウムを使う場合「溶融塩炉」が最適といわれる。溶融塩とは塩化ナトリウムのような塩類が高温で液体になったもの。この中にトリウム燃料を溶かしてエネルギーを取り出す。水を使って熱を取り出す既存の原発に比べ、溶融塩は高温でも圧力が低く、安全性が高い。燃料棒を使わないため、頻繁に発電を止めて燃料交換する必要もない。高レベル放射性廃棄物の主な構成要素となる超ウラン元素も生じない。廃棄物の負担を量・質の両面で低減できる。

 米国では1950~70年代に溶融塩炉が研究され、実験炉も4年間無事故で運転した。だが、当時の冷戦下では核兵器の材料としてのウランやプルトニウムを作り出す目的が大きく、トリウムは政治的に選ばれなかった。

 冷戦が終結し、温暖化という世界的課題を前にした今、溶融塩炉が再び脚光を浴び始めた。10月に米民主党のリード上院議員らが2億5000万㌦のトリウム燃料研究開発費支出法案を提出した。チェコでも13年から溶融塩炉実験炉の建設計画がある。

 日本でも米国の研究をもとに古川和男博士(元東海大教授)らがトリウム利用構想を提案してきた。しかし、国内での本格的研究開発はウラン・プルトニウム路線に集中し、まったく進んでいない。長期的には太陽光などの非発熱型エネルギーが主軸になるべきだが、それまでの過度期には原子力が必要だ。トリウムは放射性物質なので、取り扱いや廃棄物の安全性を確かめる必要がある。実用炉として高温格納容器の開発やシステムの実証も必要だ。それでも主役を担いうると考える。

 トリウムは希土類採取の残渣として世界に数十万㌧の在庫がある。今の原子力と同じ規模(4億㌔㍗)を溶融塩炉で今世紀末まで動かせる量だ。トリウム技術を日本が確立してエネルギー需給が逼迫する途上国に提供すれば、温暖化対策上も有益だ。わが国もトリウム利用を本気で考えるべきだ。

 以上である。ほとんど全文を書き写してしまったが、亀井氏の言うとおりだと思う。トリウム研究を国家プロジェクトでいかに早く始めるか、は資源小国日本の21世紀生き残り戦略の要なのかもしれない。

 今、日立と東芝は世界の原発の大きなコングロマリットとして米国や中国にも技術輸出できるまでに成長した。東芝、日立だけにトリウム研究をまかせるにはあまりに他人任せで、国家として無責任だろう。トリウムの基礎研究は税金を使って、早急に国家機関または東芝などへの委託研究で始めるべきだ。

 原発はもともと日本になく、もともとは米ウェスティングハウス社の原発を輸入していたのを国産化、世界に輸出できるレベルまでに成長した。しかし、トリウム原子炉は工業所有権や特許の問題を考えてみても、日本が基礎的部分を抱えなければ、損をするのは目に見えている。

 北朝鮮の核開発をやめさせ、その代わりに軽水炉を提供してもプルトニウムは生まれる。日本では北朝鮮の核を問題にしているが、欧州の人々は北朝鮮よりも日本の核武装を怖がっている、という話を聞いた。というのは、原発大国でプルトニウム生産が多いからである。

 国際的な疑心暗鬼を生まないためにも、日本は世界に先んじてトリウム原子炉への転換を宣言して、国家プロジェクトで進めるべきだ。

 政官業の腐敗のトライアングルから抜けられない自民党政権には期待していない。来年早々にも政権奪取が確実な民主党はぜひこの構想を真剣に考え、実現に努力してほしい。

◆中国原発計画75%増強

 毎日新聞29日夕刊1面トップだ。2020年までに7000万㌔㍗相当の原発を建設する、という。従来計画では計4000万㌔㍗だったのに比べると75%増強だ、というのだ。

 四川省の成都で今月開かれた米中間の原子力関連セミナーで中国国家エネルギー局幹部が米国側に伝えたのだ、と北京の大塚卓也特派員が書いている。

 中国の発電能力は07年末で7億㌔㍗強で、このうち7割以上を石炭火力発電が占める。原発は約900万㌔㍗(原発10基前後)で全体の1%強。従来の「原子力中長期発展計画」(07年7月策定)は20年までに原子力の割合を4%まで高める内容だったが、今回の修正で7~8%に引き上げられた、という。

 中国政府は計画修正を原発建設に協力している東芝傘下の米ウェスティングハウスや仏アレバなどに伝え、原子炉の中核となる圧力容器などの供給体制を増強するよう要請したとみられる、としている。

 日本の原発の発電能力は現在約5000万㌔㍗で2010年代後半までに1700万㌔㍗程度引き上げる計画で、中国が新計画通り原発建設を続けると、日本の原発発電能力を上回る、という。海外の受け止め方は、中国の原発は公開性がなく、事故情報が公にされていないので、不安が残る、というものだそうだ。

◆丹羽宇一郎氏のインタビュー

 これに関連して毎日新聞11月28日夕刊特集ワイド面[この国はどこへ行こうとしているのか]で西和久記者がインタビューしたのは丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長(69)で、丹羽氏は人と技術への投資の必要性を熱く語っていた。

 <危機をいい機会にしてもうひと踏ん張りしないと、日本は生き残れません。すでに人口減少時代に入りつつある日本が、人口の増えている海外の国々と互角に競争するためには、人と技術に投資をして、磨きをかけることが必要だ。技術では例えば国の省庁ごとに複数置かれている研究機関を集約して、大きな予算を使えるようにすればいい。バラマキなんかしても意味がない。それよりも、基礎科学や巨大科学にもっと国が投資すべきだ。>

 という趣旨を語っているのである。丹羽さん、分かっているみたいだ。

 丹羽氏の他のテーマについての言葉も面白いのでいくつかピックアップしておく。

 <それでも米国は復活する。オバマの大統領当選は米国の若者の勝利です。彼を押し上げたのは若者のエネルギーと力なんです。そんな情熱と行動力をもった若者がいる限り、米国は必ず復活します。オバマ氏の演説に涙を流す若者を見てそう確信した。>

 <日本にはオバマ氏のようなやる気と能力のある人材がいない。そんな人材を育てる土壌がない。そして、その人材を担ごうという情熱もない。日本の若い人たちは競争の意欲がない。あったところで国内でしか競争していない。とにかく危機感が足りないのよ。だから、伊藤忠では入社から4年以内に部署にかかわらず全員、海外勤務を経験させる。私が始めた制度で、海外で同世代を見て来い、といって送り出します。>

 若者が減っていく中で人はどうやって育てればいいのでしょうか、という質問には、

 <期待することです。期待して仕事を任せれば、若者はどんどん成長しますよ。>

 で結んでいた。

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麻生・小沢党首討論~11月28日午後3時からの衆参両院合同会議

 NHKを見ながら書いている。

 まず小沢一郎・民主党代表が「私が就任してから3人目の総理大臣との討論」と嫌味を言って、今国会に第2次補正予算を出すべきだ、今まで総選挙も先送りしてまで補正予算だと言っていたのに、なぜ今年中に出せないのか、と質した。

 麻生太郎首相は、第2次補正についてだが、景気対策は大きい、世界で米英中が内需拡大を始めているが、日本は9月から第1次補正を始めて、先進国の中で一番先に手をつけた、と言いながら、年末は第1次補正の中小向けの9兆円の貸し出し枠などで対応できる。この枠は毎日使われているが、このまま借り出しが継続すると計算しても年内に関しては対応できる、と借り手側に関しては思っている。貸し手側に関しては金融機能強化法案で貸し渋りがないように法案を出しているので、参院で早急に成立させてほしい。年内は第1次補正で大丈夫だが、第2次補正は年度内、3月までに成立させるが、景気の悪化で税収は相当に減額になるだろう。そういう全体像の中で考えたい、景気を考えるならば本予算が一番大切だ。一次補正、二次補正、本予算の3段ロケットだ。1月早々、通常国会を召集して、1月早々に第2次補正を出させてもらう考えだ、と釈明した。

 小沢氏は今の総理の発言は一次補正で大丈夫だ、ということだろうが、今になってこういう言い方をするのは総理としておかしいと思う。一次補正の審議が行われていないうちから政府から二次補正の話が来た。これも今までにないことなのだが、一時補正では十分でないと判断したからこそ20兆円、630兆円、2兆円、1兆円などいろいろな話があったのだろう。いずれにしても一次補正では足りないから、ということで10月30日に総理は「二次補正を出す」と言ったのではないか。今の総理の話では筋道が通らないと国民は思うのではないか、と聞いた。

 麻生首相は一次補正を作ったときにリーマン・ブラザーズの話が出てきた。総裁に就任した後、生活対策として十分なものを作らないといけないということで二次補正の必要はある、と言った。その後、今の段階で見ると、営業日が30日あっても、借り手の資金の問題への対応はできる。もうひとつの問題は貸し手側だ。金融機関が自己資本比率のことも考えて貸し渋りが出てはいけないので、参院で審議がほとんど終わったと聞いているので、早く採決をしてほしい。小沢党首のリーダーシップで早急に採決してほしい。

 小沢氏は総理との会談でも言ったが、意図的に審議を引き延ばすことはしない、常識的な範囲でやる、と言っている。ただ、私たちは金融機能強化については政府とは違う見解がある。ぜひ、参院で修正協議に応じてほしい。自民党総裁として党に言ってほしい。総理は年末は大丈夫というが、10月は倒産件数は前年比14%増。雇用も厳しい。だからこそ総理も信用枠を20兆円にしましょう、と言ったのになぜ今第2次補正を出さないのか、誰が考えても分からない。大幅な歳入欠陥という話があったが、これは別の話だ。それほどの不景気だからこそ補正予算を早くしなければいけないんでしょう。最近になって総理の言っていることは一貫していない。参院では常識的な範囲でキッチリ対応することを再度約束するが、第2次補正は出さない、ということなのか。

 麻生首相は金融機能強化法はまだ審議されていない。衆院で一部修正したうえで参院に送られてきたと承知している。この分も早急に採決してもらわないと貸し手側に大きな影響が出る。商売をしている人は誰でも分かる。これは一次補正の話。二次補正の中には20兆円の貸し出し枠5000億円の話で、状況を見て増やさないといけない。減額補正もしなければならない。三つを一緒にしなければならない。年末は借り手側に関しては十分できる数になっていると思う。

 小沢氏は金融機能強化法案では参院でも修正協議に応じてほしい。協議しないといっているらしいので、そこは総裁から言ってもらって。本当に総理は一次補正だけで11月から年末の危機を乗り越えられると思っているのでしょうか。倒産件数は10月は前年比14%増だが、11月、12月はもっと増えるだろう。総理は政局より政策、国民生活を守るのが総理の役割だ、と言っていた。今年はいい、来年に回す、ということなので、これ以上は言わないが、もう一つの方法として、総理は就任直前から主権者の審判を受けるという考えを持っていたやに聞いている。何の問題でも今日言ったことと明日言うことが違う、という迷走をしている。選挙の審判を受けてから政策を実行するのが本来の姿だろう。今ただちに解散・総選挙をして国民の審判を受ければいいのではないか。12月に十分選挙できるのではないか。私の初当選も昭和44年12月27日だった。機能強化法はそれはそれとしてきちんとやりながら、12月に選挙をして、麻生首相が国民の信を得たら堂々と政策をやればいいじゃないですか。

 麻生首相は私は当初、解散は一つの手段だと思っていた。しかし、今の状況は100年に一度、金融災害と言葉が国際的に言われるほどだ。今は政治空白を作ることは、アメリカも相当に厳しい状況になっているし、きちんとした対応をするためにはきちんとやっていくべきだ、と思っている。私が就任してから3人目の総理といわれたが、議会制民主主義に則ってルール通りにやっているだけだ。英国もトニー・ブレアからブラウンに代わって選挙はやっていない。いかにもおかしい、というように言うから言っておく。倒産件数は対策を考えねばならないこと当然だが、貸し手の側にも対応できるように参院で対応してほしい。参院で協議をという話だが、政党間協議は喜ばしい。幹事長、政調会長などのレベルで協議できることは本予算では大切になる。是非お願いしたい。

 小沢氏は年末は大丈夫だ、2次補正は来年というのだから、それなら政治空白そのものではないか。重大な予算にはスピードが大事だ、二次補正も出すと言っていたが、それが大丈夫だというのならば、トニー・ブレアの例を出したが、2年半で3人で選挙がないというのはなかなかない。総理も選挙をやって国民の支持を得たら、思い切った政策ができるでしょう。総理の話があまりにもコロコロ変わりすぎるし、不適切な言葉が多すぎる。医者は社会の常識がないとか、たらたら食べて飲んでいるひとになぜ私がカネを出すのか、と言ったと漏れ聞いている。総理の言葉は重い。綸言汗の如しという。気をつけてほしい。

 麻生首相は二次補正は1月早々に出します。関連法案は減額を含めながらやる。そのときにはまたお願いしたい。小沢党首からのお話、有難うございます。私の発言で一部誤解を与えたことは私からお詫びを申し上げる。発言に気をつけながら、総理の職務を全うしたい。政党間協議、最策協議をネクストキャビネットの方々とできればいいと思います。

 小沢氏は総理の言葉が軽いと言ったのは自分を含めて自戒しなければならないのだが、言葉づらの話ではなく、総理は自分がこうだ、と思ったことは貫かなければならない。今度のことでは国民に対して2次補正を含めておっしゃったんですから、最高権力者がこうだ、と言ったこと、特に国民と約束したことはきちんと守ってほしい。

 麻生首相は思っていることは私も同じことを考えて、政治生活をこれまで送らせてもらった。今回は政局よりは政策だ、と申し上げた。一次補正はその通り、借り手側については一応できた。あとは貸し手側。よろしくお願いしたい。年末は予算をきちんと考えて1月に通常国会早々に二次補正を出します。党首討論がこういう形でできたことを感謝します。今後もこうした形で意見を交換できることを期待して私からのお願いにかえさしてもらう。

 と、ざっとそんなことを言いながら3時45分までで終わった。

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産経新聞の田母神前空幕長インタビュー~11月28日朝刊から

 産経新聞らしいなぁ、と思った。11月28日朝刊3面の3分の2を使って田母神俊雄・前航空幕僚長(60)のインタビューを掲載していた。聞き手は野口裕之記者。見出しは<田母神前空幕長に聞く/自国を悪く言う将校いない/村山談話は言論弾圧の道具>だった。

 11月11日の参院外交防衛委員会で参考人招致は、

 <国会で私の意見を正々堂々と述べようと思っていました。しかし、民主党の北沢俊美委員長は私が話す前から発言を制限した。だったら何のために私を呼んだのか。私から発言を引き出して政府や防衛相を攻撃する格好だった。言論の自由を掲げる立法府とメディアがそろって異なる意見を封じ込めようとした。立法府とメディアの自殺行為ではなかったでしょうか。>

 というものだったらしい。

 田母神氏の主張は終始一貫している。海外に駐在する武官は各国武官と頻繁に交流するのだが、各国の将校、武官はまず自分の国を弁護する。自分の国を悪く言う外国人将校に会ったことがない、日本人でも将校は日本は素晴らしい国だ、と言うのは当たり前なのに、「日本は政府見解で悪い国となっている」「日本はろくな国でなかった」とは言いたくない、更迭されたということは「日本はろくな国でない」と考えている人を航空幕僚長にせよということではないか。米露英仏などが侵略国家といわれないのになぜ日本だけがいわれるのか。よその国が侵略国家でないなら、日本も侵略国家ではない、と言いたかったのだ、というものだ。

 田母神氏の核武装論は傾聴に値すると思うので、書き写しておこう。

 <(戦前は軍が暴走した…ということについて)そういう人たちはよっぽど日本人、つまり、自分自身が信用できない人なのではないでしょうか。あるいは文民統制に自信がないのかもしれません。政治が少しの異論も許さない言語空間に閉ざされていれば、国は弱くなります。徹底的に非核三原則を堅持すべきだという意見もあっていい。だけど民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。核兵器を持たない国は核兵器を持った国の意思に最終的には従属させられることになりかねない。

 <北朝鮮が核兵器を持ちたがる理由は、1発でも米国に届く核ミサイルを持てば、北朝鮮を武力で制圧するのは、絶対にできなくなるからです。そういった核兵器についての基本が、日本では議論されたことがない。核兵器を持つ意思を示すだけで、核抑止力はぐんと向上します。逆に、初めから持たないといっただけで、核抑止力は格段に低下するといったことが政治の場で理解されていない。

 <航空自衛隊も少しずつ自立の方向に進むべきでしょう。自前で空軍としての能力を整え、日米が互いに足らない分を協力して補うことが望ましい。これまでの米国は矛、日本は盾という考え方は直したほうがいい。米国の若者の血は流すが、日本は後にいますでは、日米同盟はもたない。>

 この核兵器に関する見解はさすがに自衛隊最高幹部だけあってリアル・ポリティクスの荒波に洗われた経験を持つ人の現場で構築した理論そのものだ、と思う。

 北朝鮮が何を言っても核開発を手放さない理由だし、だからこそ、日米間が一致結束して北朝鮮を追い詰め、核開発を断念させなければならない理由でもある。

 こうした議論を封じているから「なぜ北朝鮮の核で騒ぐのか。どうせチンピラ国家、カネもないのにできっこないだろう」などという暴論がまかり通っている。防衛に関してはタブーを作ってはいけないし、様々な議論を封じてはならない、と思う。

 軍人と愛国心に関して田母神氏の発言も書いておこう。

 <私の一件をきっかけに防衛省の内局が自衛官の歴史観や思想信条について政府見解に合致しているかをチェックするのだとしたら、それは軍隊を精神的に解体することです。自衛隊の士気を下げ、きっと中国や北朝鮮は大歓迎していることでしょう。軍隊は、自分の命がかかれるほど、使命感がなければ動けなくなる。使命感とは、自分たちがやっていることが正義なんだ、という気持ちです。この国のために命をかけることが正しいんだという気持ちがないと軍は動けない。その根本には愛国心があると思います。この国は残虐でろくな国じゃなかった、お前たちは力を持ったらすぐ悪人になるんだ、と言われたんでは使命感は生まれようがない。

 愛国心とは何か、とか追究すれば、田母神氏の言っていることが理論的には相当ずさんではあろうが、一線の兵士、将校が自分の胸のうちにコトンと落ちる論理を今の政治は与えているのだろうか? 五百旗頭真・防衛大学校長がいうように、故郷の愛する人々を守ることと、いわゆる愛国心を一致させるような手しか、今の日本にはないものなのか? ここはもう少し考えなければならないところだろう。

 田母神氏は政治と国家について、インタビューの結びで語っていた。

 <善人で国民の安全を守れない国家よりは、腹黒くてもいいから国民の安全を守れる国家の方がよい。性格が良くて無能な政治家と正確が悪くても有能な政治家なら公社の方がよい。この国はどうしてすべてがきれい事なのか。そのくせに歴史認識だけは「自虐史観」です。いつの日か私の論文が、普通に語られる日が来るのを望んでいます。>

 18世紀のフランスの思想家、ヴォルテールは「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを言う自由は死んでも守る」と言ったそうだ。それが自由主義であろう。共産主義でもナチス全体主義でも戦前のファシズムでもないと今の政治家やメディア関係者が胸を張るのならば、姑息な手を使って田母神氏の意見表明を封じようとせずに、堂々と論戦すべきではないか。

 少なくとも、この産経新聞の記事で日本核武装の可能性についてタブー視せず議論する必要があることは多くの人が理解するのではないか、と思うのだが、産経新聞を購読していない人には伝わらないだろうし。もっとタブーなしで論争しよう。

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米大統領の携帯メールは情報公開対象~朝日新聞11月28日朝刊国際面

 アメリカは徹底しているなぁ、と驚いた。朝日新聞11月28日朝刊国際面<携帯大好きオバマ氏、ピンチ/ホワイトハウス入り後/メール使用「can’t」?>という洒落た見出しのハコ記事。ニューヨークの真鍋弘樹特派員の記事だ。

 スマートフォン「ブラックベリー」を常に腰のベルトに装着し、暇があればメールをチェックしているオバマ氏がホワイトハウスに入るとメールが使えなくなる、という内容である。

 ハッキングされたり、電話機を紛失したりして外部に情報が漏れる恐れがあることに加え、アメリカでは法的に個人メールもすべて大統領の公式記録になるので、自由に削除もできず最終的には公開対象になるので、議会などの召還の対象にもなってしまう恐れがあるからだ、と書いてあった。

 このため、クリントン、ブッシュ両氏は大統領在職期間中、電子メールの使用を諦めていたという。オバマ氏も携帯を手放さざるを得なくなるのではないか、というのがもっぱらの見方だ、と結んであった。

 知らなかった。今、テレビドラマで少年ハッカー主演のドラマをやっているが、ハッカーはオバマ氏の携帯メールの中身までハッキングできる可能性があるらしい。

 ものすごい世の中になったんだな、と思う。

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李明博大統領は本気だったようだ:日本専用の部品工業団地~民団新聞11月26日から

 韓国が日本から部品産業を誘致したがっている、という話を紹介し、「そうはいっても過去の労働争議などもあり、なかなか難しいのではないか」と書いたが、今朝、送られてきた民団新聞11月26日号を見て驚いた。<韓国にぜひ投資を!/日本専用の部品工業団地/4大都市で投資環境説明会/同胞企業も関心強く/5ヵ所確定=亀尾、浦項、天安、益山、釜山、鎮海>の見出し、東京で開かれた投資説明会の写真付きで2面トップで、韓国政府の活発な動きを報じていたのだ。

 「韓国ビジネスプラザ」というらしい。11月17日~21日に東京、名古屋、大阪、福岡で開催された、という。日本企業向けの部品素材専用工業団地を5ヵ所に造成する具体的計画がその席で明かされ、在日韓国人らが多く詰めかけた会場の関心をひいた、とあった。

 会合の主催は韓国政府の知識経済部で主管は大韓貿易投資振興公社(KOTRA)で、李明博大統領が4月に来日した時に表明した日本企業向けの部品素材専用工業団地(専用団地)の造成についての説明会および個別ミーティングを実施したものだそうだ。東京、大阪では来場企業がそれぞれ200社を超えた、とあった。記事は以下のように書いている。

 <知識経済部の説明によると、自治体関係者と協議しながら専用団地の候補地14ヵ所をしぼった結果、最終的に残ったのが慶尚北道の亀尾と浦項、忠清南道の天安、全羅北道の益山、慶尚南道の釜山・鎮海の5ヵ所。大手企業の工場や経済自治区域に近く、インフラが整備されている点などが優先された。>

 <亀尾工業団地は内外の先端電子企業が集まるIT産業都市として知られ、ディスプレイ関係を、浦項は鉄鋼や造船関係の企業をそれぞれ誘致する。天安には光産業、益山には自動車部品・機械装置、釜山・鎮海には自動車部品などの企業を誘致する。亀尾と浦項の場合は即入居が可能で、他の3ヵ所は2010~2011年にかけて入居開始予定。>

 <入居企業のための優遇措置は▽賃貸料の減免▽法人・地方税の減免▽雇用補助金など、自治体ごとに提供される。>

 在日韓国人が相当に興味を持っているらしく、質問をしていたようだ。

 同じページに<日本に売り込め!/職の本場へ投資PR 全羅北道/安全食品に手ごたえ 慶尚南道>の記事もあり、韓国政府が日本企業に韓国進出を必死に呼びかけている姿が浮かんでくる。

 新天地を求める日本の企業がどれだけ反応するのだろう。今のウォン安は日本企業が現地生産するには好機ではあろうが、外国為替レートくらい当てにならないものはない、と経済関係者はよく知っているから、ウォン安だけのインセンティブで進出はしないだろう、と思うのだが。

 今は労働法規はどうなっているのだろうか? 少なくとも昨年は米国との自由貿易協定や労働法規の規制緩和絡みで出てきたニュースを見る限り、労働争議がすごかった。日本人ならばできないようなロックアウトなどの対抗措置を取ってようやくクビを切られた労働者を排除していた韓国のデパートなどの大騒ぎぶりを韓国系ニュースが連日流していたことを思い出す。

 竹島問題などですぐに「反日」の嵐が吹きまくる、という土壌でなかったら、日本に近いから魅力はあるのだろう。ただ、昔のようの低賃金というメリットは消え、日本並みとはいかなくとも、相当に高い賃金を支払わなければならず、総合的に考えれば、親類が韓国にいる在日韓国人で日本で成功した方が進出するくらいか、と思うのだが。企業優遇策が結局、自治体任せになっているなど、胡散臭いし。

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2008年11月27日 (木)

書評「若者のための政治マニュアル」山口二郎著(講談社現代新書)

 2008年11月20日第1版第1刷発行、定価720円+税=756円。

 224ページと薄い本で読みやすく、この種の本にしては安いのは、多くの若者に読んでほしいからか。

 若手政治学者としもてはやされた山口二郎氏も執筆直前に50歳になった、と「あとがき」に書いてあった。

 「私は団塊世代の無責任さが嫌いだが」とあるのも、そうだろうなぁ、と思う。若い頃は社会民主主義論など難しい用語を弄んでいた観もあったが、この本は非常に読みやすい。男子三日会わざれば…で、相当に人格の幅が広がったのかな(失礼!)。

若者のための政治マニュアル (講談社現代新書) 若者のための政治マニュアル (講談社現代新書)

著者:山口 二郎
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 非正規労働者激増、ワーキングプアなど物言わぬ優しい若者たちに「もっと自己主張していいんだよ」と説く。難しい言葉を使わずに、内容を一定レベル以上に保ったのは山口氏の成熟の賜なのか。全10章だが、それぞれ「ルール」としている。これが山口氏の主張なので、ルール1~10まで書いておこう。

生命を粗末にするな

 イラクで人質になった若者3人への「自己責任論」の嵐の中で、山口氏は「あんなやつは死んで当然だから助けなくてよい」と言った政治家は絶対許さない、という。秋葉原事件など犯罪に対するのと同じ怒りを犯罪の原因である社会構造に向けるべきだ、という。総中流社会は社会的包摂の社会だったが、今は社会的排除の社会であり、変えなければいけない、と説く。

自分が一番――もっとわがままになろう

 政治は異なった利益の主張が様々に存在することが前提となっているのだから自分の権利を主張しよう、権利の主張が過剰なのではない。権利と特権を混同してはいけない、と。「和の政治」「あいまい決着」は対立点を隠し、政治を無意味にする、とし、みんなの権利が尊重される社会を作ろう、と説く。

 「自信を持ってわがままになろう」という若者へのメッセージはいい言葉だ。

人は同じようなことで苦しんでいるものだ、だから助け合える

 リスクを個人が負うのか、社会で分かち合うのか、誰もが負うリスクは分かち合うべきだ、という。

 ここで面白いのは自民党一党支配体制が続いたのは国民を包摂する様々な仕組みがあったことを説明していること。

 日本の社会政策の規模は西ヨーロッパの国々と比べ小さいが民間企業単位のリスク社会化(長期安定雇用、健康保険)がある。これには会社に属する人を会社人間化させるデメリットもある。

 また、官僚支配や政治腐敗とリスクカバーが結びついていたのも日本の大きな特徴だ。地方にとってほぼ唯一の産業である公共事業はただ単に切り捨てればいいというものではないが、建設会社の談合と官僚天下りがついて回る。それに、小売業、金融、輸送などの業界は護送船団方式で官庁が守り、弱い企業の落ちこぼれを救った。こうした業界保護と癒着が結びついた胡散臭さを伴ったのが日本型の特徴だ。

 1980年代まではこの仕組みがうまく機能し、80年代半ばには「総中流時代」が形成された。90年代には政治家と官僚の腐敗が度を過ごし国民の我慢の限界を超えたこと、バブル崩壊と経済の長期停滞で税収減、財政悪化、リスク社会化のための財源不足、生活保護予算のカットなどが始まる。

 グローバル化の進展で規制緩和、民営化が進み、労働規制までなくなった。人々は今までよりも大きなリスクにさらされたのに、改革という名の下にリスクを拡大する政策を人々は支持した。

無責任でいいじゃないか

 行政改革の基本構想を打ち出した90年代後半の行政改革会議最終答申、99年2月の経済戦略会議「日本経済再生への戦略」報告は他者あるいは社会からのサポートを受けることがモラルハザードと悪平等をもたらすので、倫理的に好ましくないという価値観が「正義」として語られている。

 こういう議論は部分的に正しいことから出発してそれを過度に一般化して誰も反対できない「正論」を形成するというインチキだ、と激しい言葉で糾弾する。

 90年代以降、バブルが弾け、経済全体に余裕がなくなった。アメリカにおける経済の発展のモデルを見て金持ちや強者はもっと遠慮しないで金を稼ぐことが倫理的にも許されるという信念を持つようになり、日本では経済界とアメリカかぶれの学者からなる政府の審議会がそのような考えを布教した。

 自己責任論が小さな政府、冷淡な政府をもたらした。

 オリックスの宮内義彦会長は派遣の全面解禁など雇用の規制緩和の旗を振った規制改革・民間開放推進会議議長を務め「北海道の人口は200万、300万人で十分だ」と発言した。今の人口は560万人だが、札幌で大体230万人。札幌以外は役所の経費が無駄だから人は住むな、ということ。こうした人に主導されて政治が行われた。

頭のよい政治家を信用するな

 マックス・ヴェーバーもいうように政治家に求められる資質は情熱、判断力、責任感。

 国民が冷酷非情な小泉政治を支持したということは、面倒見としての政治を否定するという転換に踏み出したことだ。

 今後、少数者や集団への利益配分が既得権として一切合財否定されるならば、公共の利益は何を意味するのか、と問いかける。

 小泉改革から何年か経って人々は政治家に必要な条件について考え直しているようだ。鈴木宗男や亀井静香のほうが他者に対する共感能力では小泉やその手下よりもはるかに立派な政治家だ。

 官僚という人種は既存の制度や法律を前提としてものを考え、あらゆる問題を既存の制度の枠組みの中で解決しようとする。それは決して悪いことではなく、官僚に求められる資質だ。官僚が杓子定規で保守的なのは仕方ない。

 政治家こそ世の中の変化をしっかり見据え、既存の制度や法律のおかしなところを改めるべきだ。

 政治家には細かい政策の知識は必要ない。どのような世の中に向けてどのような政策を作り出すかという意志こそ政治家にとって最も重要な資質だ。

 有能だが大きな目標や志のない政治家と当面財源の当てはないがたとえばワーキングプアを撲滅するという大きな目標を持っている政治家と、「政治家としてどっち立派か」と問われれば、私は迷わず後者を選ぶ。多少荒唐無稽ではあっても志高く、目標を提示する政治家を大目に見てやる必要がある。

あやふやな言葉を使うな、あやふやな言葉を使うやつを信用するな

 ジョージ・オーウェル「1984年」のビッグブラザーの「戦争は平和である。自由は隷属である。無知は力である」。→ファシズムは言葉の崩壊から始まる。策略をもつ政治家は常に意味不明の言葉を流布させる。メディアの発達とイメージ操作。

権利を使わない人は政治家からも無視される

 戦後日本では60年安保のように若者こそ政治を動かしてきたのに、なぜ若者は今政治に無関心なのか?

 政治教育がなってないからだ、という。文部科学省は政治に興味をなくさせ、権利行使をさせないような教育をしている。ディスカッションで政治を学ぶアメリカの高校とは大違いだ、と慨嘆する。

 公明党が力を持っているのは創価学会全国800万世帯しかいないのに、投票に行くので、投票率が100%となり、投票率の低い選挙では公明党の1票の価値が高まるからだ、という。弱者はこの原理を利用すべきだ、という。

 「公明党が影響力をもつということは、若者の利益を考える政治家が少ないということとコインの裏表だ」と言っているが、ここまで言うと、公明党に可哀相過ぎないか。

本当の敵を見つけよう、仲間内のいがみ合いをすれば喜ぶやつが必ずいる

 イタリアの政治学者ノルベルト・ボッビオは「近代政治において自由と平等が最も基本的な対立軸である」。

 ロベール・ボワイエの「フォーディズム」。

 コリン・クラウチの「デモクラシーの放物線」。

 戦後日本の平和と繁栄は日本型フォーディズムの仕組みがもたらした

 政治的な差異が曖昧になったのは社会の安定や経済の繁栄の裏返し。

 経済的飽和化と差異の消滅という政治状況は20世紀末から急速に崩れ始める。石油危機以降の成長の鈍化、経済グローバル化の進展、先進国における製造業から金融業、サービス業への産業構造のシフトなどが原因。

 グローバルな市場の拡大でそれぞれの国内において労働力の供給主体としても、消費の主体としても、労働者をつなぎとめる必要がなくなり、必然的に平等化装置も必要とされなくなった。労働力は中国、インド、旧共産主義諸国などに行けばいくらでもいるので、国内の労働者に高い賃金を払う必要はない。先進国の人口が停滞する中で、製品も海外の消費者、特に中国やインドに売ればよいということになる。

 富のヒエラルヒーが復活する新たな環境で、ヒエラルヒーを正当化する政治的圧力と平等を回復させようとする政治的圧力が対峙し、政治的対立軸が復活する展開が見られるようになる。

 こうした平等を争点とした新たな対立構図の中で左派勢力は支持基盤拡大に取り組む。

 ところがコリン・クラウチが「ポスト・デモクラシー」(青灯社、2007年)で分析しているように

▽最近の先進国のポスト・デモクラシーではポスト産業社会の帰結として現れた新たな中流・下流階層の人々が自らの利害や要求を政治的に主張する能力を失う

▽ビジネス、特にグローバルな市場で活動するビジネスの政治的な力が大幅に増加する

▽バランスを欠いた政治が出現する

 ――と指摘する。

 非エリート市民がヒエラルヒーの縦の差異を政治的な差異として認識できなくなると時給800円のフリーターが月額150万円の六本木ヒルズに住む若手経営者を見ても敵と感じなくなる。そうした心理がもたらすのは諦めである。

 政治階級は「分割統治」の原則を忠実に守っているので、正社員と非正規社員の確執とかを引き起こして、怒りが自分たちにこないようにする、という。この主張は「なるほど」と思った。

 英国のブレアは「福祉から労働へ」のスローガンで社会福祉を社会に参画し自己実現を求めて働く人々を後押しする政策と位置づけた。これは見習うべきだ、と。

 日本では保守政党の長期政権を支える仕組みの一部として平等化装置が確立された。ところが、規制緩和、市場開放が進み、「総中流社会」を支えた平等化装置は解体の一途をたどった。ところが、90年代は財政出動による景気対策が行われ、不平等が顕在化するまでタイムラグが存在した。

 小泉改革は90年代以降の政治改革の文脈における政策転換の仕上げだった。「官と民」という差異化を首相が先頭に立って採用することで改革に対する世論の支持を動員した。「官と民」という偽りの対立軸の中で、「民」側には市民と大企業が入り、大企業は官からおいしいところを分捕った。弱者保護もしていた官はやせ細った。

今を受け容れつつ否定する

 理想主義と現実主義、エドマンド・バーク「フランス革命についての省察」(岩波文庫)。急進主義とエリート主義。

当たり前のことを疑え

 政治の進歩は当たり前のことを崩すことによって起こってきた。「当たり前」は国、時代によって全く異なる。政治のえこひいきを正当化する「社会的偏見」。「当たり前」を常にかき回そう。

 以上が目次+@である。

 面白かった。

 たくさんの若い人に読んでほしいと思う。

 私など、ここで批判されている飯尾潤氏の分析がある程度正しい、という見方なのだが、山口氏の大胆な分析も傾聴に値する。

 ただ、やはり、昔日の社会党の理論ブレーンだけあって、「これは運動論だな」、というのが正直な感想だ。運動論でもいいのだが、限界があり、時代が変わったら通用しない。今の時代向けの寿命が短い論文かもしれないが、パンチがある。

 この論にどれだけの若者が反応して、動き出してくれるのか。期待したい。

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秋山駿が語る「ドストエフスキーと現代」~日経新聞11月27日夕刊

 日経新聞11月27日夕刊[シニア記者がつくるこころのページ]に文芸評論家、秋山駿氏のインタビューが掲載されていた。<ドストエフスキーと現代/生きる意味求め読む/理由なき殺人の時代>のタイトルだ。

 秋山氏は1930年生まれ。少年時代からドストエフスキーを読み込んできた、という。16歳のとき、敗戦直後の混乱の中、どう生きるか分からず新宿の街を歩いていたら、青梅街道沿いの古書店で内田魯庵訳の「罪と罰」を見つけ、立ち読みしているうちにラスコーリニコフが自分を呼んでいるような高揚感を覚え、ほかの古書店で三笠書房の米川正夫訳「罪と罰」上巻を買って徹夜で読み、興奮して頭に血が上った感覚になった、という。下巻もすぐに探して読み、「地価生活者の手記」「白痴」「未成年」「カラマーゾフの兄弟」と立て続けに読んだ、と言っている。

 つまり、16歳にしてドストエフスキーに出会い、それだけ共鳴できた、というのだ。素晴らしい理解力だと思う。

 <生きていることにどういう意味があるか、自問自答する時代には必ずドストエフスキーが読まれるんです。最初のブームは内田魯庵訳「罪と罰」が出た明治20年代。北村透谷の「罪と罰」の評論が出るなど、ドストエフスキーのリアリズム文学に新しい文学を発見した。二度目のブームは敗戦直後。埴谷雄高「死霊」、椎名麟三「深夜の酒宴」、大岡昇平「俘虜記」、三島由紀夫「仮面の告白」などのドストエフスキーに影響された戦後文学が一斉に登場した。いまのブームは三度目。生きることの意味を探り始めた現代人がドストエフスキーを読んでいるのです。>

 「罪と罰」の中でドストエフスキーはラスコーリニコフが自問自答しながら歩く際の心の動きを詳しく描いているが、そういう描き方は日本文学にはなかった、という。ラスコーリニコフの日のあたらない部屋で金貸しの老女殺しの考えを生み出すが、

 <児童連続殺傷事件を起こした神戸の14歳の少年も「人間の壊れやすさを確かめるために聖なる実験をしました」とノートに記し、内部から凶行を宣言していた。「罪と罰」は「理由なき殺人」を描いたものだと思う。いま読まれているのも、秋葉原殺傷事件などの青年の「理由なき殺人」が頻発していることがあるだろう。>

 秋山氏は「罪と罰」で最も魅力的なのは娼婦にして聖女のソーニャがラスコーリニコフを再生へと導いていく過程、神の問題を描いた場面だ、という。

 <日本人は「神は死んだ」というニーチェの言葉をすぐに持ち出しますが、これは全く軽薄だと思いますね。今日の日本人が向き合わなくてはいけないのはむしろ、ラスコーリニコフのように神を探すことにあるでしょう。もっとも日本人にとってこれは難しい問題があります。神は、キリスト教の伝統のない日本人にjはなかなかなじめない。小林秀雄と正宗白鳥が、私とカトリック教徒の小川国夫が神をめぐって論争したのもそこから発しています。しかし、神は死んだと安易に断定することはできない。>

  秋山氏は日本文学になくドストエフスキーの文学にあるのが悪魔、悪の問題だという。「罪と罰」のスヴィドリガイロフ、「白痴」のラゴージン、「悪霊」のスタヴローギン、「カラマーゾフの兄弟」のイワンなどドストエフスキー作品には悪霊に取り付かれた人間、悪の化身たちが登場する。日本文学ではこうした真の悪人が登場しない。

 <ただ法律に背いたり、犯罪を犯すのではなく、悪魔が体内奥深くに眠っている人間。それが描かれているからこそ「カラマーゾフの兄弟」の父親殺しも、「悪霊」のリンチ殺人事件も生きてくる。さらに見逃せないのが男たちを破滅させる「カラマーゾフの兄弟」のグルーシェニカのような恐るべき美女たち。ボードレールの詩集「悪の華」とも重なる悪と美です。これこそ文学の魅力といえる。>

 ドストエフスキーの文学には酔っ払いなどこっけいな登場人物もいる、という。そして、

 <「カラマーゾフの兄弟」には諄々と道を説くゾシマ長老のような聖者が登場しますね。いまテロや殺人などが横行していますが、我々が求めているのは、ゾシマ長老のような人物だと思います。>

 でインタビューが終わっていた。78歳になっても矍鑠としている。秋山氏の評論は高校生時代に何か読んだのだけれども忘れた。ドストエフスキーを描いた「内部の人間」「神経と夢想~私の『罪と罰』」くらいは読んでみようかな。

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2008年11月26日 (水)

金正日総書記が先月も脳卒中発作という毎日新聞報道、読売新聞報道+産経新聞の金総書記地方視察写真掲載~11月26、27日朝刊から

 毎日新聞11月26日朝刊は2面と国際面で金正日・朝鮮労働党総書記(66)の健康悪化について新しい情報を発信していたので、書き留めておく。北京支局の西岡省二特派員の記事で、2面の見出しは<金総書記先月も発作/脳卒中、緊急手術を検討>。国債面は<金総書記また発作/政務、義弟が代行/党部長就任し権力誇示>である。

 面白いのはこの日、産経新聞はソウル支局の水沼啓子特派員が国際面で金正日総書記が左手をポケットに入れて視察するカラー写真を2枚と以下の記事を掲載していたことだった。

 ほんの偶然だろうが、毎日新聞の記事を読めば、動き回れる状態ではないのに、遠くまで行っているのは、やはり、重村早大教授が主張する「金正日替え玉説」が事実なのかもしれない。

 いつもの人民服なので、体の具合は分からないが、首筋はやせているし、隣で説明する工場長らしき人物が一応は神妙にしているものの、昔見た視察写真の登場人物に比べて総書記への尊敬の念が態度に出ていないと見えるのは僻目か?

 産経新聞11月26日朝刊国際面の記事は以下の通り。

 <北朝鮮の朝鮮中央テレビが25日午後、金正日総書記が中国との国境に近い平安北道新義州の楽元機械連合企業所と新義州化粧品工場を視察したと報じ、写真も公開した。視察日時には触れていない。韓国の聨合ニュースが伝えた。金総書記の動静報道は8日ぶり。中央テレビが公開した関連写真四十数枚のうち、金総書記が写っているのは約30枚。右手はせっけんを手にする姿もあるが、左手はいずれの写真も上着のポケットに入れられたまま写っていた。重病説が流れて以降の視察は、これまで平壌一帯に限られていたが今回初めて遠方の産業施設を現地指導。来月8日に予定されている北の核をめぐる6カ国協議の開催を前に、重病説を払拭し健在ぶりを内外に示すことがねらいとみられる。>

 さて、毎日新聞の報道に戻る。

 西岡記者は「北朝鮮情勢に詳しい中国側関係者の話」と「北京の外交関係者の話」をもとに記事を書いている。

 記事によると、金正日総書記(66)は8月中旬、持病の心臓病が悪化し緊急入院。精密検査の結果、心臓内の血栓が離れて脳血管に詰まっていたことが判明した、という。このため中国とフランスから脳神経外科の専門医が北朝鮮に来訪、数日後にフランスの専門医が手術した。金総書記は左半身にマヒが残り、言語も不明瞭になったが、術後約2カ月間は比較的順調だった。

 ところが、10月下旬に発作を再発。症状が深刻なため、医療チームは2度目の緊急手術の検討に入ったが、再手術が実施されたかどうかは不明だ、という。

 北京の外交関係者の話を総合すると、現在は小康状態にあるとみられる、とある。次の文章がもっともらしい。

 <総書記は糖尿病や腎臓病を患い、たまった毒素が他の臓器の機能を低下させ、昨年ごろから一時的に意識を失うようになったという。ある外交関係者は「総書記の決裁事項である核問題の談話が今月12日に出ており、一定の判断をしていると考えられるが、健康状態は明らかに悪化している」と指摘する。>

 この12日の談話というのは以下の外務省スポークスマン談話を指しているのだろう。朝鮮総連のネット新聞である朝鮮新報のホームページにあった[朝鮮新報 2008.11.14]の印のあった記事が書いている。

 <外務省スポークスマンは12日、一部の勢力が最近、6者会談でサンプルの採取などを含めた検証文書を採択すべきであると主張しているのは事態の本質に背を向けるものだとしながら、10月1~3日にクリストファー・ヒル米国務次官補が訪朝した際になされた検証問題をめぐる朝米間の合意内容を明らかにした。

 談話はまず、朝米が検証問題に関する朝鮮の特殊な状況について見解の一致を見たことに言及。朝鮮は、核拡散防止条約(NPT)と国際原子力機関(IAEA)から脱退し、NPTの枠外で核実験を行って核兵器保有国であることを宣言した国であり、6者会談は現在、9.19共同声明履行の2番目の段階にあると指摘した。

 談話は、それに伴って文言で合意された内容について、検証対象は2007年の2.13合意と10.3合意に従って究極的に廃棄することになる寧辺の核施設であり、検証方法は現場訪問、文書確認、技術者とのインタビューに限定され、検証の時期は10.3合意に伴う経済補償が完了した以降にするということが骨子になっていると明らかにした。

 談話は、これは朝米間に根深い不信と敵対関係が存続している状況で、朝鮮側が示すことのできる最大限の善意の表れだと強調した。そのうえで、交戦状態にある朝米関係の現在の信頼水準を考慮せず、いわゆる「国際的基準」の適用に固執して朝米間にやっともたらされた書面合意以外に一文字でもさらに求めるなら、それはとりもなおさず、家宅捜索を企む主権侵害行為であり、主権侵害は必ず戦争を招くようになっていると指摘した。

 談話は、5者の経済補償が遅れていることに対して、「行動対行動」の原則にのっとって使用済み核燃料棒を取り出す速度を半減する措置で対応しているとしながら、経済補償が引き続き遅れる場合、無力化の速度はその分さらに落ち、6者会談の展望も予測し難くなると指摘した。(朝鮮通信)>

 外務省スポークスマンが談話を作成したのか、と思ったら、そうではなく、金正日総書記の筆が入っている、とか、分かりにくい国ではある。

 国際面も北京支局の西岡氏の記事だ。金正日総書記に代わって義弟の張成沢(チャン・ソンテク)朝鮮労働党部長(62)が国の主な政策を取りまとめていることが北京の外交関係者の話で分かった、というのが記事のポイントだ。また、

 <金総書記は絶対安静の状態が続いているとされるが、一定の判断力はあるとみられる。だが、かつてのような部下への詳細な指示は控えているとみられ、代わりに張氏の発言力が高まっている模様だ。>

 とあるのが、もっともらしい。中国の外交関係筋とはどんな人物なのだろう? そこまで中国に筒抜けに流れるものなのか? 中国とフランスが医者を派遣しているから、医者ルートの情報をまた聞きした幹部に取材したのだろうか?

 <複数の外交関係者によると、金総書記は政策判断の際、各組織からの報告を直接読み、細部にわたって部下に指示を与えてきたといわれる。だが、昨夏から体調不良を訴えることが多くなり、執務時間を大幅に縮小した。今年8月に脳卒中の発作を起こし、手術を受けて以後は、張氏が総書記に代わって報告を受けるようになり、総書記の決裁が必要な核問題などの最重要課題以外、張氏が判断しているという。>

 これが本当ならば、すでに張成沢氏に権力移譲が進んでいるようにも見える。

 記事にもあるが、張氏は金正日総書記の実の妹、金敬姫・前党軽工業部長(62)の夫で、かつて金総書記に次ぐ党内ナンバー2の地位である党組織指導部第1副部長だったが、2004年に失脚した。

 記事は「組織指導部の『部長』は将軍さま(金総書記)が兼任している職なのに、張氏は周囲に自分を『部長』と呼ばせ、将軍さまの逆鱗に触れた」(北朝鮮政権に近い関係者)との情報がある、と書いてあった。

 そういう噂が流れ、張氏がその後、交通事故にあったという説も出たりして、失脚は確実とか書かれたことがあった。

 記事にあるように2006年1月の国防委員会主催の行事に出席して復権したらしい。

 この時は「勤労団体及び首都建設部第1副部長」として平壌の都市開発に従事した。その後、党の部長職に就任している。記事は、その後は「あからさまに権力を誇示するようになった」(同関係者)といわれるほど、急速に国内で力をつけてきたとされる、と書いてあった。記事の結びは次の文章だった。

 <北京の外交関係者は「張氏は金総書記の血統を引き継いでおらず、後継者にはなれない。ただ、総書記に万が一のことが起きれば、実質的な最高権力者になるのは間違いなく、張氏を中心に後継体制づくりが進められるだろう」と話している。>

 2002年に死亡した成恵琳(ソン・へリン)夫人との間に生まれた長男、金正男(キム・ジョンナム)氏(37)なのか、2004年に死亡したと言われる高英姫(コ・ヨンヒ)夫人との間に生まれた次男、金正哲(キム・ジョンチョル)氏または三男、金正雲(キム・ジョンウン)氏なのか、後継者は未だに謎だが、お兄ちゃんの覚え目出度い妹、金敬姫さんのおかげでのし上がった張成沢氏から目が離せなくなったことは確かだろう。

 これに関連して読売新聞11月27日朝刊国際面<義弟・張氏が台頭/後継体制主導の可能性>でソウル支局の浅野好男特派員は張夫妻が長男の金正男氏を推しており、これが正男氏を有力候補と見る専門家の根拠の一つとなっている、と書いている。しかし、韓国の鄭成長(チョン・ソンジャン)世宗研究所南北関係研究室長の「金総書記が急死した場合、張成沢氏が最高権力を直接掌握する可能性が高い。金正男氏は37歳の今日まで主要職務についたことがなく、後継者になるのは不利だ」というコメントを掲載し、張氏主導の後継決定をにおわせている。

 また、読売によると張氏と金敬姫氏は金日成総合大学で同級生だった縁で結婚したこと、張氏は強硬派で今回の開城工業団地からの要員追放などや開城観光事業の中断、南北鉄道の運行停止などの攻勢には張氏の影が見える、と指摘している。

 米大統領にしても日本の総理大臣にしても、一時意識がなくなるような病状の人は廃嫡され、摂政や副大統領、副総理が事実上の実権を握る。そうでないと国際関係が流動化した時、対処できないからだ。

 だから、西岡氏ははっきり書いてはいないものの、核政策にしても金総書記が意識をなくした際には張氏が代行できるのか、それとも軍首脳が代行できる体制が着々とできているはずだ。

 その意味では12日の外務省スポークスマン談話が出たからといって、金総書記が判断しているかどうか、分からないのではないか。疑えばなんでも疑える。

 ただ、「他の臓器まで」とあるのは、老人の死因でよくある多臓器不全の一歩手前ということだろう。

 腎臓が機能しなければ人工透析が必要だろうし、このように衰弱していて、全身の血を入れ替える重作業に耐えられるのかどうか。この記事が真実ならば、金正日総書記は余命いくばくもない、と見たほうがいいのではないか、とも思われる。

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デジタル情報が消えてしまう危機~日経新聞11月26日夕刊・青柳正規氏

 日経新聞11月26日夕刊文化面<情報のデジタル化危惧/記録媒体の限界認識を>は国立静養美術館の青柳正規(あおやぎ・まさのり)館長のインタビューだ。青柳氏は1944年生まれ、東大文学部卒業、東大教授を経て05年から美術館長。

 学術研究の成果などがデジタル保存されるようになったが、デジタル情報を読み取るには保存した時代のハードとソフトの両方の維持が必要で、ハードディスクを含めて書き込んだ情報がいつまで保持できるかの保証はない。このままいくと20年先、30年先にすべての情報が消えてしまう可能性もある、と非常に衝撃的な予測をする。

 複製をたくさん作って分散して安全を図ることと、紙の時代とは比べものにならないほど大量に生産される情報をこれまでの分類体系にどう合わせていくか、の二つを解決しないとメソポタミアや中国に始まった人類の知的蓄積を継承できない、というのだ。

 古いビデオテープの修復をしようとしても初期のものはほとんど不可能だ、という。テープはベースフィルムの上に接着剤を薄く塗り、さらにその上に磁気材料を重ねているが、接着剤の品質が変わり、古いテープになじまないのだ、という。これは国立美術館の一部門である東京国立近代美術館フィルムセンターで現実に起きている、と。

 大学の研究者が作ってきたデータベースは死屍累々だ、という。制作には補助金が出るが、デジタル情報だけで印刷物になっていないので多くの人の目に触れることもない。ある範囲に限定すれば、すべての情報がそこにあるか、世界一のレベルの情報があるデータベースは多くの人の目に触れることで更新されるが、更新されないデータベースは死んだも同然だ、というのだ。

 そして、大問題は日本で情報の保存についてほとんど議論されていないことだという。

 <今の情報化社会は、ガラスのハイヒールの上に乗っかっているような脆弱な状態にあることを共通認識にしなければいけない。インターネットがもともと軍事用のネットから発達したこともあって、欧米ではその危うさを認識し、いかに危機を回避するか真剣に議論されている。デジタル化の状況を横浜からサンフランシスコまでの船旅に例えれば、現在はまだ大島あたりを航行している段階だろう。戻ることはもうできないとしても、補給船を用意するとか、船がおかしくなったときの対応を今、考えておかなければならない。>

 という言葉は考えさせる。IT研究者が前のめりに研究するのはいいが、将来の活用法まで見通し、様々な分野の要素を取り入れる必要がある、弱点に目を向けないと失敗する、というのは本当だ。

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市場経済派と修正資本主義派~毎日新聞11月26日夕刊[雑誌を読む]中西寛氏

 毎日新聞11月26日夕刊文化面[雑誌を読む 11月]で中西寛・京大教授(国際政治学)が日本の経済論壇を市場経済派と修正資本主義派に分類していたのが面白かった。

◆市場経済派=竹森俊平、高橋洋一

①バブルとその破綻を資本主義経済にはある程度不可避な破壊と創造のプロセスと見る。

②バブル破綻の際は政府による金融緩和と財政出動で乗り切る。

③日銀の積極的な金融緩和とマクロな財政出動を求め、円高抑制による輸出産業の収益維持を提唱する。

④危機克服にはアメリカの経済力が基本的に復活する。

⑤金融部門に好況時にはあくなき利益追求、不況時には政府による救済という特権的地位を与える傾向がある。

◆修正資本主義派=榊原英資、水野和夫、(佐伯啓志)

①今回の危機はアメリカ型の金融経済の構造的転機。

②政府が平時から市場に部分的に介入する産業政策を肯定。

③金融緩和には消極的で円高を前提として農業、地方財政、中小企業などミクロな経済政策を重視する。

④アメリカの復興よりも新興国の実需成長を重視する。

⑤政府介入が腐敗と非効率を生む傾向を持つ。

◆佐伯啓志氏の「脱成長モデル」論

 =アメリカでは70年代までに製造業大企業が主導する「北部型経済」が行き詰まった結果、資源や農産物を低賃金で生産する「南部型」へと移行し、それに「東部型」の金融と「西部型」のIT産業が結びついて90年代のグローバル化が進んだ。こうした金融化は実物経済の空洞化をもたらし、金融だけの活況はいずれ破綻せざるをえない。現在の金融緩和などの策は短期的にはやむを得ないが資本過剰を更に助長し、将来の更なる大破綻を用意する。「脱成長モデル」の経済体制への移行こそがこうした悪循環を脱する道だ。

 中西氏はこのように分類したうえで、各国の国情、有権者の意向に合わせて、各国政府はいずれに比重を置くかを選択すべきだ、という。

 この点で重要な<政治の役割>について、若田部昌澄が「Voice12月号」で指摘しているように世論調査で市場も国家も日本では信頼度が低く、好まれるのは規制だ、として、その国民意識が近年、様々な規制が導入される底流を作っている、と対談で話しているそうだ。

 そして、中西氏は「最後は目先の政策にとらわれ年金、医療費、財政再建といった問題を先送りしている政治の室の問題に帰着しよう」という。中西氏は、

 <国会を通過したはずの法律が施行されて、「そんな内容とは知らなかった」と堂々と話す現代の政治家を見ると、「幕末は薩長に倒される前に自壊していた」という野口の言葉には悲しいほどに得心させられる。>

 と書く。野口武彦氏が中央公論12月号「政体の末期に人材が払底するのはなぜか」で幕末江戸幕府がいかに人材不足に陥っていたかを数々の例で教示。将軍も老中も無能な者が続き、幕末6年間に24人も老中職に就いた、という。彼らは政治の実権を現場の役人や下僚に委ねる人形のような存在で、勘定奉行なのに「金銭のこと聞きたることなし」と言って米人ハリスに「日本は羨ましきお国柄なり」と皮肉られた人もいたそうだ、と書いている。

 最後は政治無策の話でみんなが納得する、というのは平和な時代ならばいいけれども、今はそんな時代じゃないんだけどなぁ、と思う。

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盧武鉉政権はテレビ局と組んで金賢姫を謀略にかけようとしていた~産経新聞11月26日

 産経新聞11月26日朝刊1面トップは黒田勝弘ソウル特派員の記事である。

 見出しは<金賢姫元死刑囚「謀略説」に苦悩の書簡/「親北」盧政権を批判/テレビ局も結託/田口さんに思い>である。

 北朝鮮の女性元工作員、金賢姫元死刑囚については、以前、盧武鉉政権の北朝鮮融和勢力によって苛められている、という噂は聞いたことがあった。金元死刑囚が発表した25日の書簡をもとに1面トップで記事化したのは黒田氏ならでは、だと思う。

 というのは、金賢姫元死刑囚の書簡に全面的に依拠するだけでは記事はできないからだ。発言が真実である、という裏付けを何らかの形で取らなければならないが、黒田氏は長い特派員生活の中で、噂の真偽を含めて相当に取材を進めていたので、25日発表の書簡をもとに分厚い記事にできたのだ、と思う。

 記事は1987年11月29日に乗客上院115人を乗せた大韓航空機がミャンマー沖で爆破された大韓航空(KAL)機爆破テロ事件の実行犯である金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が親北朝鮮で左翼的だった盧武鉉前政権時代に情報機関の協力の下でテレビ各局などが繰り広げた”KAL機事件謀略説”に対して抗議と怒りの書簡を25日に発表した、という内容だ。

 記事の内容を書き留めておこう。

 <書簡は人権団体のイ・ドンボク北韓民主化フォーラム代表に送られてきたもの。金賢姫の対外的な訴えは初めてだ。書簡は彼女が北朝鮮で受けた工作員教育の際、日本語を教えてもらった田口八重子さん(北朝鮮では李恩恵=リ・ウネ)について「彼女の存在と彼女が拉致日本人だったことは北朝鮮も認めているではないか」とし、謀略説とそれに便乗した政府機関、親北・左派勢力のでたらめさを改めて非難している。>

 北韓(プッカン)というのは韓国人が北朝鮮を呼ぶ呼称だ。

 <謀略説というのは「事件は韓国当局がデッチ上げた自作自演で北朝鮮は関係ない。金賢姫はニセ者」というもので、事件当時、北朝鮮当局や朝鮮総連、日本の親北・左翼系などによって流布された。>

 大韓航空機撃墜に関する謀略説に基づいた分厚い本を読んだことがある。陰謀史観にありがちな「先に結論ありき」の断定調で、都合のいい話だけをつなぎ合わせた代物。「9.11はなかった」同様、ひどいうものだった。その程度といえば、田母神氏の論文が立派に見えるほどだ。

 <国際的には「北朝鮮のいつものでたらめ宣伝」としてほとんど相手にされなかったが、社会的に親北・左派勢力が幅を利かした前政権時代になって「過去史真相究明委員会」など政府機関やマスコミなどで大まじめに取り上げられ、執拗に”金賢姫追及”が行われた。>

 日本の新聞ではこうした盧武鉉政権の悪事はほとんど報じられなかったので、日本人でこういう経緯を詳しく知っている人はいないだろう。今回だって、黒田氏がこのように注目して取り上げなかったら、盧武鉉大統領の「偏向」が日本人の目に写らなかったかもしれないのだ。

 <金元死刑囚がとくに問題にしているのは、確実な捜査結果や彼女の自供内容は紹介せず「金賢姫とは何者か」「16年間の疑惑と真実」「金賢姫の疑問の足跡」などと題して一方的に謀略論をあおったテレビ各社。しかも彼女を管理していた情報機関の国家情報院は、偏向報道に利用されることを知りながら彼女に対しテレビ出演やインタビューをしきりに勧めたという。>

 韓国という大統領制の国の怖さである。

 主体思想を身につけた北朝鮮シンパの大統領が何かの弾みで大統領に選ばれたら最後、国家情報機関も握って、情報操作もし放題だったわけだ。

 大統領選挙は韓国において人気投票の様相を示しており、よく知られているように盧武鉉大統領は保守分裂と公職選挙法の管理が行き届かなかったインターネットをフルに利用して、勢いで大統領に就任した左翼分子である。

 米国のように民主制度が定着し、多様な文化が並存する国でも大統領制の衆愚政治化の危険性が指摘されているが、韓国人は日本人に似て一枚岩になりやすい国民性だ。人気投票的な大統領選びで選ばれたのが盧武鉉大統領だった。

 <これまで彼女の住所は北朝鮮による報復テロなどの危険性から秘密になっていたが、テレビは情報機関の協力で自宅に押しかけ撮影までしたため移転を余儀なくされた。また国家情報院は彼女に”海外移民”まで勧めたという。>

 盧武鉉政権とテレビ各局との蜜月は有名だった。

 その逆が新聞社と盧武鉉政権との対立である。韓国はもともと新聞社のステータスが異常に高く、新聞記者のプライドも高く、給与もいい。だが、朴正煕政権で認められていた新聞社の販売、広告の特権が金大中政権で徐々に剥奪され、新聞社と親北朝鮮の金大中・盧武鉉政権との対立は深まっていた。

 この間隙を突くように、今まで新聞社の下の地位に甘んじていたテレビ局が青瓦台(大統領府)に接近し、政権のスピーカーの役割を果たすようになっていた

 記事によると、盧武鉉政権は超えてはならない一線を越えて、邪魔になった金賢姫元死刑囚にニセ証言をさせようとし、それができないと、テレビの歪曲報道に加担させるなど、国家公務員としてしてはならない行為をしていた、という。

 韓国人が多数犠牲になった大韓航空機事件の生き残った実行犯の片言節句をつなぎ合わせて、その信憑性を疑わせ、大韓航空機事件が韓国軍事政権の陰謀だった、と主張するテレビ局に協力する――日本人から見れば考えられないことを一国のトップかトップに近い官僚たちがしていた、というのである。

 盧武鉉前大統領には愛国心もなければ、民主主義を守ろうという気概もなければ、自由、人権感覚もなかったことが明らかになったわけだ。これでよく「日帝36年」などを非難していたものだ、と驚く。従軍慰安婦問題なども、日本に対して強く出るための手段として大事にしただけではないか、という疑念もわいてくる。

 <書簡は、謀略説の最大の狙いは「テロ作戦は金正日総書記の指示」とした彼女の供述をひっくり返すことだったとし、テレビ制作陣は彼女を出演させ彼女が「良心宣言」をすることを画策したという。>

 やはり、金正日総書記への気がねなのだろう。

 <国家情報院に対する不満、批判としては、盧武鉉政権時代の政治的な過去否定作業の中で、1987年のKAL機事件捜査を担当した前身の国家安全企画部に対する否定的見方が強く、親北風潮に便乗し謀略説に毅然と対応していないとしている。>

 過去史とか過去検証とかの言葉がバンバン飛び出すのが韓国の親北朝鮮勢力の特徴である。

 狙いは歴史の書き換えである。日韓併合条約が無効だ、というのは韓国の1965年条約当時からの主張で、条約では日韓双方が自分に都合がいいように読める文言に落ち着いているのだが、そういう経緯を知らない日本人は声の大きい韓国の親北朝鮮勢力とその仲間である日本のW氏らの言い分をもっともだ、と受容する風潮も出てきている。

 韓国政府の当時の総理大臣らが半ば強制的に併合条約に調印させられたことと、条約そのものの有効無効を結びつけ、「韓国は日本の植民地ではなかった」「日本と一緒になったことなどなかった」というのが北朝鮮シンパの主張らしい。

 盧武鉉政権はそういう種類の人たちの政権だった。

 <彼女は田口八重子さんに関連し「彼女が残してきた幼い2人の子供に会いたいと涙ながらに語っていた姿を思いだします。成人になった息子の様子を日本のテレビで見ましたが大きな目がお母さんに似ています。会ってお母さんの話をしてあげられない私の現実が残念です」と記している。>

 記事は以上である。

 不況で李明博政権が苦しんでいるのを見て、この盧武鉉勢力が蠢き出したらしい。朝日新聞記事にあったのだが、朝日の記事はこの「民主勢力」に期待する論調だった。

 彼らは本当に「民主勢力」なのか? そう決めつけるには、もう少し検証が必要なのではないか。その意味で、黒田氏の記事は盧武鉉政権下で何が行われていたか、を実証的に伝える貴重な記録だと思う。

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2008年11月25日 (火)

韓国財閥の苦境+新興財閥破綻~日経新聞11月24日朝刊アジア面、28日朝刊国際面から

 韓国財閥の苦境が深まっているそうだ。

 日経新聞11月24日朝刊アジア面はソウル支局の鈴木壮太郎特派員の記事<韓国財閥、多角化手詰まり/中堅、金融危機で資金繰り悪化/C&、造船所を操業停止/錦湖アシアナ、生保会社など売却>と関連記事の<M&Aでタコ足的拡張>で、この問題を大きく特集していた。

 かいつまんで内容を書き写しておく。

 韓国財閥といえば1997年12月~1998年の韓国通貨危機で危機を迎え、金大中政府は財閥の重複事業を整理し、タコ足的経営を修正する「ビッグディール」を推進した。サムスンは自動車部門を手放し、LGは半導体部門を手放し、資源の集中が進んだ。

 しかし、30大財閥の総資産がGDPの51%を占める企業集中が進んでいる韓国では財閥化財閥でないか、第何位の財閥か、が社会的ステータスだけでなく資金集めにも影響する風土があり、中小の財閥は規模拡大に走る傾向がある。

 98年に韓国が通貨危機を乗り切ると銀行管理下で経営再建を終えた企業がM&A市場に次々参入し、世界的カネ余りで資金調達が楽になった中堅・中小財閥は売り出し企業を買収、経営の多角化に乗り出した。

 石化、金融、流通・サービス中心のハンファ・グループは造船世界第3位の大宇造船海洋の買収で韓国産業銀行と合意、財閥の資産規模ランキングでトップ10に躍り出る大型M&Aとなり、企業の重心が重工業に一変した。しかし、推定6兆ウォン超とされる買収資金の調達でグループの財務が悪化するとの懸念が強まったうえに、世界的資産価値の下落に見舞われ、11月21日現在のグループ上場企業8社の時価総額は2兆5037億ウォンと昨年10月末比で78%の減少した。

 運輸が中心の錦湖アシアナは異業種のゼネコン最大手の大宇建設、物流最大手の大韓通運を相次ぎ買収したが、資金繰り悪化による経営不安説が浮上し、不安払拭のために財務リストラに乗り出し、不動産売却も進めて手元資金の確保に動いている、という。錦湖アシアナは上場企業8社で時価総額が8兆1246億ウォンと58%の目減りだそうだ。

 米建設大手を買収した斗山グループは上場企業8社の時価総額が9兆7367億ウォンと70%の目減りだった、とあった。

 1990年創業の新興財閥、C&重工業は海運を振り出しに積極的なM&Aで建設、レジャーに進出、06年にはV&重工業を設立して造船業に参入。海運活況を追い風にばら積み船60隻を受注したが、景気悪化でグループの資金繰りが行き詰まり、韓国南西部の木浦にある造船所は操業停止に追い込まれて3カ月。今では人材も下請け会社も逃げている、という。

 記事は、

 <世界的な金融危機は韓国の実体経済にも影響を及ぼしている。建設不況による中堅・中小建設会社の相次ぐ倒産はその一例だ。財閥の経営破綻は表面化していないが、景気の一段の冷え込みを受け、さらなる業績悪化は避けられない。>

 と書いていた。

 記事にあった財閥経営に詳しい高麗大学の南尚九教授の「無分別な事業拡大は長期的には企業経営の負担になる。『大馬不死』(大きい企業はつぶせない)は過去の幻想。最近は大きいほど再生が難しいことを知るべきだ」というコメントは相当にシビアだ。

 韓国の財閥の資産規模ランキングでは①サムスン②現代自動車③SK④LG⑤ロッテ⑥ポスコ⑦GS⑧現代重工業⑨KT⑩錦湖アシアナ⑪韓進⑫ハンファ⑬斗山⑭ハイニックス⑮STX――と上位は知られた名前だが、下位になると、日本人にはなじみのない名前が並んでいる。相当に激烈な競争が進んでいるようだ。

(11月28日追記)

 日経新聞11月28日朝刊国際面<韓国新興財閥が破綻/C&グループ中核2社/金融危機・建設不況で>はストレートニュースなのだが、11月24日のまとめ記事の続報という感じだった。

 造船のC&重工業と建設業のC&友邦2社が27日、ウリィ銀行など融資元の金融機関に企業構造調整促進法に基づく経営再建手続きの開始を申請。経営破綻。2社の借入総額は5620億ウォン(362億円)で、今回の金融危機で韓国の財閥が経営破綻するのは初めてだ、とあった。財閥による申請は2000年のセハングループ以来8年ぶりだ、という。

 金融機関は12月3日に申請受理の是非を協議する会合を開き、銀行団の75%以上が同意すれば債権者の共同管理下での債務の株式化や資産売却、不採算事業の整理などに着手し、経営の立て直しを進める、とあった。

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焦る米国、12月8日に6カ国協議を開いてもサンプル調査は盛り込めない~11月25日各紙朝刊から

 ペルーの首都リマで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議でブッシュ米大統領は北朝鮮を除く6カ国協議参加国首脳と相次いで会談し、米朝合意に基づく核計画申告の検証手続きを早期に文書化することを提案、合意した。ライス米国務長官はリマからの帰途、専用機内で記者団に6カ国協議の首席代表会合が12月8日に中国で開かれる、と明らかにした。しかし、北朝鮮は核物質のサンプル(試料)採取を文書に明記することを拒否しており、交渉の行方は予断を許さない、と読売新聞11月25日朝刊1面<6カ国「来月8日開催」/ライス長官/核検証文書化目指す>が報じていた。

 ブッシュ政権は政権の最後が見えてきた段階で成果の確定に焦りまくっている感じだ。北朝鮮が文書化で妥協する見通しは立っておらず、サンプル調査を文書化しないまま寧辺の核施設などを無能力化したかどうか、どのように知るのだろうか?

 日本が注意しなければならないのは、日米韓の安全保障上の「脅威」認識の違いである。

 米国は基本的に北朝鮮が核兵器を数発持つことを許容するスタンスである。何度も書いているように、米国の懸念は核兵器及び核物質がテロ組織やテロ組織と仲のいい国に渡り、自国の安全保障が脅かされることだ。数発の核を持っていても、その核兵器がどこにあるのか、をきちんと把握できていれば問題ない、という立場だ。

 日米安全保障条約があるとは言っても、1950年代の旧安保、1960年の岸安保時代と今のポスト冷戦時代の安全保障環境は激変しており、米国は日本を守る義務など本気で考えていない、という冷厳な事実を見据えないといけない。

 特に日本の政治が混迷し、インド洋上の多国籍軍艦艇への給油活動がいつまで続くか分からず、アフガンへの新軍事作戦で非軍事部門の参加を打診しても消極的な対応しかできない日本のプレゼンスは米国内で本当に低下している。

 これで「いざという時には米国が守ってくれる」と思っているおめでたい日本人がどの程度いるのか? 庶民だって、ある程度は時代の変化を肌で感じているし、それが時には右寄りの世論となって噴出するだけで、別に日本人の考え方が戦前回帰したわけでも何でもないのだ。

 実は韓国も日本と安全保障上の「脅威」を別にしているのは、何度も書いている通りで、韓国にしてみれば北朝鮮の核武装は別に「関係ない」ことなのだ。韓国民にしてみれば「北朝鮮の核搭載ミサイルは韓国には向かない。日本に向いている」という確信に近い思いがあるはずだ。朝鮮民族の一体感と、日帝36年間への怨念であろ、

 韓国が恐れているのは38度線沿いに展開された多数の旧式ミサイルである。多弾装ミサイルは韓国軍や在韓米軍が先制攻撃で破壊しようとしても幾つかが生き残り、ソウルを火の海にするだろう、という恐怖心である。韓国の人口の約3分の1が住む超近代都市ソウルは北朝鮮に近く、脆弱性を持っているが、これは地政学上、どうしようもない脆弱性なのだ。

 韓国の政権はどうしてもソウルにミサイルが降らない、つまり北朝鮮との軍事緊張を過度に進めさせない対応を取りがちである。そこで、瀬戸際外交を得意とする北朝鮮は無理難題を吹きかけて外交的な利益を得る作戦を繰り返し、生き残ってきた経緯がある。

 つまり、李明博政権は表面上、米国に対し日本と同調する形でサンプル調査の文書化を要求しているものの、いつどこで妥協するか、分からない。

 このまま6カ国協議が開催され、北朝鮮が今までの主張を変えなかった場合、日本が妥協するか、席を立って拒否するか、の二者択一を迫られる場合もありうる。

 オバマ氏は北朝鮮を「核保有国」と発言している。北朝鮮にとっては相手にしやすい政権がもうすぐできる。北朝鮮はブッシュ政権の成果作りのために妥協するというインセンティブはどこにもないだろう。

 問題は中国だ。北朝鮮の核保有を6カ国が認めれば、日本の核武装の引き金となりかねない、との認識を中国は持っているだろう。日中はライバルでもあるが、経済面ではお互いにお互いを必要とする一種の同盟国状態になっている。北朝鮮をめぐって日本と決定的に対立するメリットは、中国にはない。中国が日本に配慮したスタンスを取れば、常に中国の顔色を気にする韓国は堂々と日本と同じ主張をすることができる。

 ロシアはただ6カ国協議に加わり続けて、北朝鮮崩壊時に自分も利権のおすそ分けに預かりたいだけだろう。

 こうした大きな東アジアの戦略状況を見据えながら日本政府は決断しなければならない。読売新聞25日朝刊2面<日本「8日開催」受諾へ/6カ国協議/米の発表に戸惑いも>はライス長官の日程を日本政府は基本的に受け入れる方針だ、と書いていた。

 読売新聞国際面トップ<「サンプル採取」難航も>では米国務省のソン・キム6カ国協議担当特使が「米朝間に理解の相違はない」と記者団に語り、サンプル採取は可能だ、という考えを表明している。また、「文言がなくとも実質的にサンプル採取が可能な合意」にたどりつけるか、が焦点だ、としているのだが、そんな曖昧な合意は実行されないし、北朝鮮の裁量権をどこまでも広げることになり、「ごね得」を許すことになる。今後、核放棄にまでつながる合意とはなり得ない。

 朝日新聞11月25日朝刊国際面によると、北朝鮮は北京での開催に難色をしめしており、シンガポールなどが検討されている、と書いていた。首席代表者会合前に日米韓代表者の会合と米朝協議も行われる予定だ、という。この日米韓会合で米国が日韓に頭を下げて「同意してくれ」と頼むのだろう。ここで「Yes」と言ってはいけないのだが、言ってしまうのだろう。そして、また曖昧合意が続く。

 本来、戦略的外交とは自国の持っている優位性を外交に生かしてこそ成り立つ。今回の場合、世界が同時不況に陥って、日本が米国や欧州を助ける番だ。この優位性を生かす方策を真剣に考えるべきではないか。米国は国際金融を軍事や外交と並んで国際交渉の3本柱の一つに据えている。日本はここらへんで国際金融の位置づけをもう少し戦略的に考えるべきではないか。

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2008年11月24日 (月)

書評「人間通」谷沢永一著(新潮選書)

 谷沢永一著「人間通」新潮選書、2008年5月25日発行、定価1100円+税)。

人間通 (新潮選書) 人間通 (新潮選書)

著者:谷沢 永一
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 1995年に新潮選書と慣行されたものに新潮文庫収録時(2002年)の対談を加え、新たに刊行した、とあった。

 谷沢永一氏は1929年大阪市生まれ、関西大学大学院博士課程修了、専門は書誌学、日本近代文学。関西大学文学部教授を経て現在名誉教授。評論家としても多方面で活躍中。主な著書に「紙つぶて(完全版)」「司馬遼太郎の贈りもの」「回想 開高健」「文豪たちの大喧嘩」「雑書放蕩記」「向学心」「冠婚葬祭心得」「聖徳太子はいなかった」など、とあった。

 誰に対しても遠慮せず、ズバリ斬り込む筆法はさすがだ。

 P125「侮蔑」と題するエッセイは谷沢の持論を代表しているだろうから、全文を写しておく。北村透谷の文章の中の安逸という文字は違う文字を使っているのだが、分かりづらいので、「安逸」にしてある。

 <自尊心に発する批判衝動の攻撃本能が、最後に行き着くところ、それは自分が生を享け育てられ守られている祖国、原因国民の一人として生活の日常を保護されている国家の、つまり自分が国籍を有する祖国の先祖であり同朋である国民の全員に対する血の通っている人間とは思えない冷酷な侮蔑となる。>

 <すなわち我が国民は愚かで鈍くて間抜けで幼稚な頓馬であり、彼らの蒙昧を見抜いた自分だけこそ英邁なのだとの言い立てである。>

 <明治二十六年十月、北村透谷は、明治の日本人を頭から見下して、「安逸は彼等の宝なり、遊情は彼等の糧なり」と罵った。>

 <その翌年、日清戦争、勝利は決定的であった。近代戦は総力戦である。国民を挙げての志気が勝ちを制したのである。戦争の目的はロシアの南下を阻止する防衛であった。>

 <白色人種の植民地侵略を黄色人種が世界史上はじめて食いとめたのである。>

 <その日本国民を安逸遊情と蔑んだ透谷の傲慢は常軌を逸していた。>

 <戦後の我が国では他国への批判を絶対に回避する卑屈が瀰漫している。その臆病が翻って物言わぬわが国民の先祖を攻め立てる内弁慶の七つ道具に転化した。>

 <終戦直後の当時は近代主義と呼ばれた一派にはじまり、昭和二十年代半ば以降は謂わゆる進歩的文化人が論壇を占拠し、日本の歴史を罪悪ばかりの暗黒に蠢く図柄として描き続けた。>

 <自分たちだけが優れた眼識を有するのだと誇示するために先祖と同朋を蔑み卑しめ指弾してやまぬ情熱は、自尊心の発作が歯止めを失った屈折と倒錯と卑屈の乱痴気騒ぎであった。>

 親友とは絶えざる気働き心尽くしの結果である、とか、嫉妬とは人の世を動かしている根元である、とか、精神の奥を揺さぶる言葉が96のエッセーにちりばめられている。

 付録の「人間通になるための百冊」も役に立つ。昔、感動した覚えがある林達夫「共産主義的人間」(中公文庫)やE・H・カー「歴史とは何か」(岩波新書)、H・ニコルソン「外交」(東京大学出版会)、D・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト」(サイマル出版会)、岡田英弘「世界史の誕生」(筑摩書房)などが推薦図書にきっちり入っていたので、谷沢の「選球眼」を信用した。

 向井敏「文章読本」(文春文庫)、神田秀夫「古典一周」上下(明治書院)、三宅雪嶺「世の中」(実業之世界社)、渡部昇一「萬犬虚に吠える」(PHP文庫)、内藤湖南「日本文化史研究」上下(講談社学術文庫)、河盛好蔵「人とつき合う法」(新潮文庫)などは読みたい本だ。

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2008年11月23日 (日)

田母神氏と22年前の藤尾正行氏の共通点+朝日新聞11月20日朝日新聞の林香里東大准教授論文への反論

 田母神論文で藤尾正行氏を思い出した。頑固一徹で、よく怒鳴るので、政治記者からは嫌われていた。読売新聞の記者出身とは思えないマスコミ嫌いだった。

 1986年7月22日、中曽根内閣の文部大臣就任記者会見からして異例だった。大体、新米の大臣が来ると役所は記者会見の想定問答を用意し、短い時間でレクチャーする。今までの行政の方向と逆のことを言ってもらっては困るからだ。

 もしも理解力に欠ける大臣が逆の方向の話をしたら、その後で事務次官か担当局長が「先ほど、大臣が○○と申し上げたのは、▽▽という意味です」と、全く逆の説明をして糊塗してきた。記者クラブというのはいいもので、そういう変な慣習を長い間受け入れてきた。

 大臣は1年でいなくなるが、役人は一生、その省で生活する、役人の言うことを聞いていたほうが今後、特ダネがもらえたり、と何かと便利だから、大臣の意思などはなから無視していたのだ。

 藤尾新大臣はこの慣習を破った。文部省が決めた秘書官候補者が持ってきたメモを見もせず、「オレはやりたいようにやる。役人の言うことは聞かない」と言い切ったのだ。当時、永田町には「藤尾氏は通産大臣になりたかったのに、軽量ポストの文部大臣にされたので、頭にきていた」という解説が流れたそうだ(2008年7月17日日経新聞夕刊[名言迷言])。

 藤尾氏は硬骨漢だ。誰が何と言おうと自分の信念を貫く。栃木2区という中選挙区で立候補、そのような性格だから選挙に強いはずがなく、落ちたり受かったりの繰り返しで、大臣初就任は遅かったが、自民党政調会長を3期務め、安倍晋太郎派幹部でもある党の重鎮、党内右派の有力者だった。

 1986年夏は中曽根康弘首相にとってわが世の春だった。金丸信・自民党幹事長と練りに練った衆参同日選挙を7月6日に実施、自民党が512議席中当日公認候補で300人、選挙後の追加公認した保守系無所属候補を入れると304議席というかつてない大量議席を獲得。参院選挙でも126議席中72議席を得て安定多数を確保。秋の自民党総裁任期切れを前に自民党は金丸氏を中心に総裁任期1年延長を決めた。得意絶頂の中曽根首相は夏の自民党軽井沢セミナーで「左のウイングを取り込んだ」と、胸を張った。その後できた内閣で藤尾氏が文部大臣に就任したのだ。

 世の中の空気は革新勢力の退潮を当然と受け止め、自分たちの賃金アップのためにストを繰り返す国鉄の労働組合を白眼視する世論が醸成されていた。中曽根内閣の国鉄民営化政策は臨調トップに「おかずは目刺し」という禁欲主義者の土光敏夫氏を持ってきた戦術もあいまって、国民の後押しするところとなった。それが、この自民党の歴史的大勝に現れていた。

 中曽根首相のお友達の文化人たちは「柔らかな個人主義」が日本に定着してきた(山崎正和氏)、「新中間大衆の時代」が来た(村上泰亮氏)などとこの勝利を意義づけたが、経済成長が国民意識を保守化させたことは事実だった。

 中曽根首相は国家主義者である。愛国心を持った国民が日本という国を愛し、豊かにしべきだ、と首相になるまえから考え、若い頃から憲法改正草案を練っていた人だ。靖国神社への参拝もそういう中、自然の流れで行われた。しかし、この参拝に中国、韓国から「A級戦犯を祀る神社に参拝するのはけしからん」というクレームがつく。

 すったもんだの末、86年は後藤田正晴官房長官が談話を出し、中曽根首相の公式参拝見送りを表明した。

 藤尾氏がほえまくったのはそんな時だった。先ほどの日経夕刊で紹介されたエピソードを中心に書いておこう。

 7月25日には復古調の記述が問題となっていた高校日本史教科書について「文句を言っている奴は世界史の中でそういったこと(侵略)をやったことがないのか」と発言して、韓国マスコミが一斉に「妄言」と非難した。

 月刊誌向けの8月21日のインタビューで藤尾文相は「東京裁判は一種の暗黒裁判」「日韓併合は形式的にも事実の上でも両国の合意の上に成立している」と語り、大問題に。9月に中曽根首相の訪韓を控えていた政府はこれ以上文相の失言を放置できなくなった。

 藤尾文相は9月8日の記者会見で発言の経緯や歴史観を繰り返し説明した。進退については「自ら辞めれば信念を変えることになる。罷免していただきたい」と言い張り、思想信条を原因に大臣の首を切る前例を作りたくなかった中曽根官邸と自民党執行部は、8日夜に中曽根首相、金丸副総理、竹下登幹事長、安倍晋太郎総務会長が首相官邸に藤尾文相を呼んで説得したが、文相は「信念は変わらない」と辞職に応じなかったので、在任50日で首切り(更迭)となった。

 「信念を曲げたくないので、自分では辞任できない」などの藤尾氏の行動パターンは今回、22年の歳月をタイムスリップしたかのよう、田母神氏に引き継がれた。信念の問題なのだ。

 しかし、86年の中曽根氏の「戦後政治の総決算」は憲法改正もできなかったし、教育改革も臨調方式の臨教審をつくってはみたものの、成果はほとんどない。つまり、新保守主義的改革、もっといえば戦前回帰的な改革は国民の心理的抵抗が強く、できないのが現状なのだ。

 この面で半歩進んだのが安倍晋太郎氏の子息、安倍晋三首相時代。教育基本法を改正し「国を愛する心」を条文化し、憲法改正のための国民投票の手続き法も成立させた。中曽根首相の問題提起から25年もかかってようやくここまでの改革ができた、という段階だ。藤尾氏や田母神氏の言う戦前回帰は今の大多数の日本人が生きている時代には日本人のコンセンサスにはならないだろう、と思う。ただ、「憲法9条を守ろう」ばかり言って、現実の脅威への対応をおろそかにすると、いざという時にその反動でどこまでも戦前・戦中に回帰する恐れがあるのではないか、とも思う。

 ほどほど、という言葉を忘れてしまったような最近の日本人にほどほどの愛国心、ほどほどの防衛力、ほどほどの個人主義と公共心を身につけてもらえるような、そんな政治とメディアの努力が必要なのではないか、と思う。

◆林東大准教授の「歴史認識というアジェンダの共有」問題

 朝日新聞11月20日朝刊[私の視点]に林香里・東大准教授(ジャーナリズム・マスメディア研究)が<田母神論文 政府は歴史認識を語れ>で麻生首相らが政府の歴史認識を語ることを避けており、メディアの多くもこれに引きずられてしまい、文民統制や任命責任などに重きを置いて報道してきたが、ことは思想や歴史観の問題であり、文民統制や任命責任という手続き論がすべてと簡単に片付けずにもっと深く語れ、と呼びかけていた。

 林氏の言いたいことが今一つよく分からないのだが、次の言葉がポイントのようだ。

 <歴史認識は、特別な政治的アジェンダ(議題)として政府と国民が認識を共有するべきだ。そのための努力を怠ってはならないという責任感が、政治家にもメディアにも欠落していないか。>

 首相が率先して田母神氏の主張に反論し、政府が毅然とした姿勢を示すことで文民統制をより強固にできる、とも書いている。ただ、何をもって政府の歴史認識とするのだろうか。村山談話が今のところ最新の歴史に関する政府見解だと思うのだが、麻生首相も他の自民党・政府要人も「村山談話は維持する」と話している。それ以上のどのような歴史認識を語れと言っているのか、よく分からない。

 それに、メディアは…というが、朝日新聞は田母神論文について逐条的に学者の反論を載せ、事実関係が誤っている、と指摘していたが、細かい話が多く、なかなか全部読むという人はいなかったのではないか、と思う。

 林氏のいう「歴史認識」とは何なのか? 特別な政治アジェンダとして政府と国民が共有するとはいっても、ご存知の通り、満州事変、日中戦争、太平洋戦争については戦争責任からして国民的コンセンサスはできていない。このため、戦後60年の年に読売新聞がその歴史を大型企画で振り返り、どの時点だったら戦争を防げたのか、誰がそれをサボったのか、ポイント・オブ・ノーリターンを探す旅を連載したのだが、私から見れば尻切れトンボで終わっている。

 これは仕方ないことで、明治憲法の規定をそのまま読めば、昭和天皇の戦争責任を避けては通れず、そこに触れない戦争責任論はいずれも中途半端に終わる運命にあるからだ、と思う。近衛文麿が昭和天皇に譲位を申し出て断られ、そのせいで近衛はGHQと宮廷の連合軍にしてやられて、最終的に自殺したのあ、と解釈している。

 天皇の戦争責任は本島長崎市長が表明して右翼に命を狙われたように、発言すること自体命がけである。だから、誰も発言しない。そして、戦前の軍部批判だけがいつまでも残る、という悪循環が繰り返されている。

 過去、かくありせば、は歴史の語り方ではないのだろうが、昭和天皇が敗戦直後に譲位し、平成天皇が即位していれば、徳川慶喜が謹慎ですんだように、誰も昭和天皇を処刑しようとはしなかった、と思う。かえすがえすも残念なのだが、それが違う歴史になって戦後が始まってしまったのだから、仕方ない。

 そんな歴史の闇の部分を抱えながら高度経済成長、バブル崩壊と過ごしてきた戦後日本で、政府と国民が特別な政治的アジェンダとして歴史認識を共有するなどということはできない相談なのではないか。

 基本的に中国に批判されるから、とか、韓国が怒るからというような問題ではなく、ことは日本国内の60年以上積み重ねられてきた「本音」と「建前」の二重構造の問題だと思うのだが、どうなのだろうか。

 林氏のいうようにスッキリ割り切りたいのは誰でも同じだろうとは思うのだが。

 それに、もう一点、林氏の論文に意見を言いたいのは、田母神氏は細かい歴史的事実の真偽をいかにあげつらっても何も痛痒を感じないのではないか、ということだ。田母神氏の言いたいのは「守るべき祖国、愛する祖国のために命を賭けて戦う」将兵が感じている「自虐史観」への反感を代弁したことだろうと思う。自虐が韓国、中国を尊敬し、ということではないことは十分理解するが、自分が生命をかけて守る国がくだらない国だ、ということは軍人には許せないのではないか、と思うのだ。

 この問題は重要だと思う。ここを解決しないと、いかに文民統制を強化しても、仕方ないのではないか、と思う。それに、歴史認識の政府と国民の共有というのは、信教の自由、思想の自由を押し潰しかねない危険な匂いのする言葉だ、ということも注意喚起しておきたい。

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2008年11月22日 (土)

「竹島は韓国領」保坂祐二氏、和田春樹氏~11月22日産経・黒田コラム+11月27日聨合ニュース

 産経新聞11月22日朝刊国際面コラム[経度緯度]にソウル支局・黒田勝弘記者の<遠慮の日本・押しの韓国>が掲載されていて、面白く読ませていただいた。

 釜山の日本語スピーチコンテストに賞を出しているので、島根県職員が授賞式で訪韓、お土産にくれた「竹島グッズ」のキーホルダーや携帯電話ストラップ、ペンダントを韓国人に見せたら「かわいい」と驚いていた、という。ささやかに、細々と主張する日本。それに比べて韓国は全国民が官民一体となって国の総力を挙げて「独島はわれらが領土」と年間を通じて四六時中、全国キャンペーンをやっている、と書いてあり、黒田さんの苦笑する顔が見えるようで、面白かった。

 「えっ」と思ったのは次の文章である。

 <その韓国で最近、反日的日本人を登場させての「独島はわれらが領土」という日本批判キャンペーンが目立つ。たとえば最大手紙の「朝鮮日報」は「独島の日」という10月25日に向け、保坂祐二・世宗大教授なる日本人と有名漫画家の李賢世氏の合作で新聞1ページ大の漫画「独島への愛」を5回連載している。>

 保坂? 聞いたことないなぁ、と思っていたら、

 <保坂氏とは、夫人が韓国人で5年前に韓国に帰化した韓国籍日本人。領土問題や教科書問題など日韓の懸案でいつも激しい日本批判を展開し、韓国マスコミの人気者になっている。>

 とあった。どういうことだろう? 在日韓国人だったのか? でも「日本人」とあるから、在日ではなく、もともとは純粋の日本人だったのに、韓国が好きになって帰化したのだろう。奇特な人もいるもんだ。奥さんの影響なのか? それとも、もともと韓国が好きなので韓国人の女性と結婚したのか、分からないが、韓国籍を取ったら、日本人ではなく「元日本人」なのではないか。

 日本は二重国籍を認めていないはずなのだが、ノーベル賞を授賞した南部さんの時によく新聞に出ていたように、アメリカ国籍を取得しても、自分で日本の国籍を離脱する手続きを取らないと、事実上、二重国籍のままになっている人も多いようだから、もしかすると、保坂氏も事実上の二重国籍で、それをいいことに「日本人が日本批判」というキャンペーンに利用されているのではないか、と思った。

 記事は別の例を持ち出す。

 <さらに政府関係機関である「東北アジア歴史財団」が仁荷大と共催し今週、開催した「独島」問題国際セミナーでは、和田春樹・東大名誉教授がかねての主張として「独島を韓国領と認めることが日本のためにもなるし、日韓協力のためでもあると日本人を説得してもらいたい」と韓国側に呼びかけている。>

 とあった。仁荷大学はソウル近くの港町、仁川市にある小さな大学だ。

 和田春樹氏は岩波書店の「世界」によく登場する。6カ国語可能という特異な才能を生かして、もともとはソ連を、そしてソ連崩壊前後から北朝鮮、韓国の民主化問題にまで手を伸ばしてきたらしい。「無国籍料理」というものがるが、いかにも無国籍の進歩的文化人といった感じの人。日本政府がこのような人を日韓歴史研究に参加させた意図が分からないが、その日韓共同研究の関連で訪韓したついでに、持論を開陳したようだ。

 韓国の共同通信ともいえる「聨合ニュース」のホームページに和田春樹氏インタビューがアップされていた。11月27日の日付だったが、これは詳しい。和田氏がなぜ竹島を韓国領と考えているか、が分かる優れものだ。

 「なるほど、そういう論理構成かぁ」とは思うものの、やはり領土問題でこっちから譲るなんて話はないと思う。ロシアが千島諸島を日本に返さないのはどうみてもおかしいが、日本はロシアを脅して分捕ることもできず、子孫の時代に解決を先延ばししている。

 今、竹島は韓国に実効支配されているが、島根県の動きだってもっと活発になるかもしれず、休戦協定のような何らかの政府間合意を経て子孫にゆだねるしかないと思う。

 米国などと違って韓国は「日本の最高学府の東大の名誉教授まで独島領有権を韓国だと認定した」と鬼の首を取ったようにキャンペーンに使い、国内で「常識化」させるだろう。そうした行動が問題の解決につながるとは思えない。

 まあ、和田氏の詳しい説明を見てみよう。

<インタビュー>「独島問題、日本が決断を」和田春樹・東大名誉教授

 【ソウル27日聯合】「日本は独島・竹島問題に関して無意味な主張をやめ、外交的な決断を下すべき」――。知韓派として知られる和田春樹・東京大学名誉教授が26日、ソウル市内のホテルで聯合ニュースとのインタビューに応じ、韓日が独島問題を本格的に議論する時期だと訴えた。

 和田教授は、自らも共著者として携わった「韓国と日本の歴史認識」の出版記念シンポジウムをはじめ、韓日関係の各種学会に出席するためこのほど訪韓した。インタビューでは独島問題のほか、北朝鮮問題や南北関係にも言及した。

 以下は一問一答。

 ――李明博(イ・ミョンバク)政権での韓日関係をどう評価するか。

 「李明博政権は日本に歩み寄る意思を表明し、日本でも首脳間のシャトル外交再開と関係改善に対する期待が大きかった。しかし独島・竹島問題が再び浮上し、両国関係はまた冷え込んだ。こうした流れを踏まえると、両国が独島・竹島問題を本格的に議論する時期がきたとみている」

 ――独島領有権の解法があるとしたら。

 「近代以前の歴史をみると、韓日ともに領有権を主張する根拠がある。重要なのは領土観念が定立した近代以降の文献や決定だ。鬱陵島と独島は日本と関係がないという1877年の日本太政官指令、1905年に日本が朝鮮を占領した状態で独島・竹島を編入した事実、独島・竹島を日本主権から除外した1946年の連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号などを総合すると、独島を韓国の領土としてみるのが正しい。さらに、独島は植民地の歴史を経験した韓国人に重要な意味を持っており、特に50年以上にわたり実効的に支配している。こうした状況で日本が領有権を主張することは無意味なことだ。この問題で関係が悪化することのないよう、日本は外交的な決断を下すことが重要だ。そうなれば、韓国は島根県漁民の独島周辺漁業権を保障する好意をみせる可能性もある」

 ――国際的な金融危機の中、北東アジア地域協力の必要性が提起されたが。

 「北東アジアでは韓国、中国、日本の協力が不可欠だ。6カ国協議参加国はすでに、北朝鮮の核問題解決後、地域の安全保障のための協力関係模索に合意した。6カ国は『北東アジア共同の家』という目標を掲げ協力していくべきだ。特に、韓日中は北朝鮮の経済問題を共同の関心事と考え、そのためには歴史的和解が先決されなければならない。国家間にわだかまる感情のしこりをなくす努力自体が北東アジア協力の推進力になるはずだ」

 ――日本の過去史認識に問題があるとの批判が続いているが。

 「今年はよいニュースもあった。田母神俊雄・前航空幕僚長が在任中、歴史認識に関する政府の見解を否定する論文を発表し、辞任したことだ。これは過去の侵略戦争や植民地支配を謝罪した『村山談話』を守るべきだとの共感が日本に存在することを示した事件だ。歴史的和解は地域全体の共同課題だ」

 ――先月18~22日に北朝鮮を訪れた成果は。

 「北朝鮮外務省の李炳徳(リ・ビョンドク)日本担当研究員は日本が関係正常化交渉後、毎回約束に背き、麻生太郎首相が対北朝鮮経済制裁を延長したことを強く批判した。北朝鮮は福田康夫前首相に期待を寄せていたが、急に辞任し失望が大きかったようだ。北朝鮮はまた、日本が米国の北朝鮮テロ支援国家指定解除に反対し、拉致問題解決と対北朝鮮エネルギー支援を連携させていることに怒っている。日本が妨害する状況で6カ国協議を続けるべきなのか懐疑的だとの話も出た。個人的には6カ国協議と拉致問題は別問題とみて、重油を支援すべきだと考えている」

 ――最近の南北関係は悪化する一方だが。

 「南北関係は2000年の首脳会談後、新たな局面に入った。人的交流や交渉が増え、南北間の力の格差が鮮明に表れ、北朝鮮は韓国のちょっとした措置にも過度に反発する状況になった。韓国は北朝鮮の人権状況を非難するだけではなく、交流を拡大し、北朝鮮を開放させることが望ましい。現在としては金大中(キム・デジュン)政権時の対北朝鮮政策に戻ることが賢明だ」

 ――韓国内で巻き起こっている「左寄り教科書」問題をどうみるか。

 「国定教科書制度を変えたことでさまざまな意見が出るのは当然だが、教科書は基本的に公共の理解に基づき、歴史的事実に忠実であるべきだ。日本でも『新しい歴史教科書をつくる会』が『右寄り』教科書を作り失敗した。さまざまな見解があるだろうが、韓国が軍部時代を経て民主主義革命を経験した事実を中心に置くべきだ」

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2008年11月21日 (金)

クロード・ルブラン氏とマイケル・オースリン氏が説く「アニメの限界」~8月4日朝日新聞、11月20日読売新聞や1年前の新聞など

 まず1年半前の記事から見る。朝日新聞2007年7月14日朝刊[世界発2007]のワッペンの付いたパリ沢村亙記者のまとめ記事<オタク文化 外交に一役?/和製アニメ・漫画 欧州席巻/政府、観光客誘致も狙う/中・韓、激しく追い上げ>である。

 <日本の漫画やアニメへの関心が欧州でうなぎ登りだ。6~8日にパリ郊外の国際展示場で開かれた欧州最大の漫画・アニメ紹介イベント「ジャパンエクスポ」には、過去最高の8万3000人が訪れた。和製ポップカルチャーを「ソフトパワー」の目玉にしたい日本政府もブームを後押しする。同様に「文化」を外交の柱に据える中国や韓国との競争も始まっている。>

 という前文。一覧表で次のように歴史を略述していた。

▽勃興期(70年代後半)=日本のテレビ番組がフランスの主要テレビに登場。「ゴルドラック」(邦題グレンダイザー)、「キャンディ・キャンディ」に人気沸騰。手塚治虫作品も紹介される。

▽冬の時代(80年代後半)=日本アニメ・バッシングが始まる。89年にロワイヤル氏(07年フランス大統領選候補)が和製アニメを「暴力的、女性差別的」と批判。地上波テレビから和製アニメがほとんど姿を消す。

▽コミック期(90年代前半)=アニメにかわってコミックに人気。ファン年齢層も20~30代にまで広がる。「AKIRA」「ドラゴンボール」は世界的ヒット。和製コミック専門店がパリに登場。

▽芸術志向と大衆路線(90年代後半以降)

97年=北野監督の「HANA-BI」がベネチア国際映画祭でグランプリ。フランスでもヒット。パリ日本文化会館が開館。

2000年=パリで第1回ジャパンエクスポ開催。3200人が集まった。「ポケモン」が世界的ブームに。

2002年=宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」がベルリン国際映画祭で金熊賞受賞。

▽多様化の時代(2000年以降)=日本料理やJポップ、ファッション、テレビゲームなど関心が広がる。

2003年~=日本の漫画「ヒカルの碁」の影響で若者の間で囲碁ブーム。

2006年=「真の日本料理レストラン」認証制度がフランスで始まる。ジャパンエクスポに5万6000人集まる。

2007年=国際マンガフェスティバル(仏アングレーム)で水木しげる氏が最優秀賞を授賞。

 本文はこの一覧表の説明のようなものだ。アニメ主題歌から広がったJポップ(和製ポップ音楽)やロリータファッションなども広がっている、と。ドイツやイタリアでも漫画・アニメ発の日本文化への関心が広がっている、と書いていた。また、「米アニメが優勢だった英国でも5月のロンドンエクスポ」に2万人が集まった」と。

 この記事で、

 <日本に詳しいジャーナリストのクロード・ルブラン氏は「漫画やアニメは平和で文化が豊かな国という日本のプラスイメージに確実に貢献している。それには漫画文化の健全な発展が不可欠なだけに、日本の漫画誌の最近の不調が心配だ。日本政府の支援は遅すぎる印象もある」と指摘する。>

 と早くもルブラン氏に注目している。

 バブル崩壊後、日本経済への関心は急速に冷えたが、日本語を学ぶフランス人は約1万6000人で微増傾向で、それを支えるのが漫画・アニメだそうだ。だが、中国語が猛烈な勢いで追いつき、追い越しつつある、と。中学・高校では日本語の2倍以上の1万人が履修。中国語を教える小学校も15校にのぼる、と。フランス政府は日本語の代わりに中国語の教員資格を増やし、日本語クラスを縮小して中国語クラスを増やす学校もあり、日本語教育関係者は危機感を募らせている、という。

 それから約1年後の読売新聞2008年8月19日朝刊解説面では[「ジャパン・クール」活用]のタイトルで永原伸編集委員が<海外で人気 漫画・アニメ・若者ファッション/ビジネス化熱く議論を>の見出しで、

 <①日本の若者ファッションや漫画、アニメが「クール」だと海外で高い人気を得ている②海外での人気がビジネスと結びついておらず、産業力強化への取り組みが必要だ。>

 と説いていた。

 産業構造審議会の基本問題検討小委員会が最近まとめた報告書で、ジャパン・クールに多くの紙数を割いている、と。

 業界用語が面白い。赤文字系というのが「CanCam」「JJ」「ViVi」「Ray」などの女性向けファッション雑誌が扱うエレガントなカジュアル・ファッションで、これらの雑誌のタイトル文字が赤で印刷されていることが語源だ、という。ストリート系とは「自分らしさ」志向、ガーリー系は「カワイイ・カジュアル」志向のファッションを指すそうだ。これらの雑誌はすぐに中国語に翻訳され、中国内で販売されている。特に赤文字系の「Ray」、OL系の「ef」、赤文字系の「ViVi」、ガーリー系の「mina」の各中国版が人気で、この4誌だけで女性向けファッション誌全体の販売部数の55%を占めている、という。

 ところが、これほどの日本発ファッションの人気ぶりなのに、それが日本のアパレル業界の海外進出に結びついていない。同業界の輸出総額は韓国と比べて5分の1、中国と比べると実に150分の1にとどまる、と書いている。

 人気とビジネスとのギャップを埋める方策として報告書はアジアの消費者がどんなライフスタイルを好むかを分析した「アジア消費マップ」を作成するよう提唱しているそうだ。

 経済産業省の西山圭太・産業構造課長は「赤文字系、ガーリー系といったカテゴリーの一つひとつが若者たちの嗜好、ライフスタイルになっていることに着目したい。例えば、携帯電話。赤文字系ファッションを好む人たちは、そのファッションにあった携帯を持ちたがり、間違ってもストリート系にある携帯は買おうとしない。こうした消費者の嗜好をきめ細かく把握してマップを作成し、商品開発や営業に役立ててもらう。赤文字系の洋服、アクセサリー、携帯をセットで売り込むといった業種横断的な取り組みも可能になる」と説明しているそうだ。

 ジャパン・クールが注目されてかれこれ10年になるが、「日本のアニメで一番儲けているのはハリウッド」と揶揄されるように、自国の産業力に結びついてきたとは言いがたい、という。

 永原氏は人口減、高齢化進展で日本の労働者人口は徐々に減少、近い将来、経済成長著しい中国に世界第2の経済大国の地位を譲ることになるだろうが、ジャパン・クールは日本の産業力ひいては国力の維持・強化の有力な武器になりうるので、その活用法を政府任せにせず、民間を含めた「オールジャパン」で検討すべき課題だ、と書いていた。

 ところが、2008年8月4日朝日新聞朝刊[地球観察]でクロード・ルブラン氏は7月3日~6日の「ジャパンエキスポ」について書いている。

 <フランスでは今や日本のマンガは市場全体の約40%を占める。英BBCなどの08年の調査では日本が世界に良い影響を与えていると思う人は56%で、ドイツと並んでトップだった。>

 と書き、

 <この状況を見れば、日本はそこから実利を引き出し、自国の利益を守ったり、世界に言い分を聞かせたりすることができるのではないか、と思うかもしれない。02年2月、当時の小泉首相は日本の文化伝統を全世界に紹介することを打ち出し、日本が新しい外交の時代に入ったことを示そうとした。>

 <自衛隊のイラク派遣は同盟国である米国との協調をはっきりと示したが、自衛隊が使う給水車には人気アニメ「キャプテン翼」のステッカーが貼ってあった。「翼」は現地でも大人気で、自衛隊員が標的にならないよう装甲車の役目を果たしたのだ。今や日本政府はこうした「武器」をさらに効果的なものにする努力を惜しまない。>

 として、ジャパンエキスポへの力の入れよう、「本物」和食レストランの動きなどに触れる。

 <こうした対応は長期の投資のようなものだ。欧州でもアジアでも、若い世代はマンガやコンピューターゲームのキャラクターとともに成長し、いつかは国の運命をその手に握る。彼らはサルコジ大統領よりもずっと日本を考慮し、好意を持つだろう。相撲についてのサルコジ氏の発言を見れば、彼が日本をどう思っているかわかる。「ポマードで光ったまげをつけた肥満男の戦いなんかに、どうしたら魅了されるんだ? まったく知性のないスポーツだ」。04年、彼はそう言い放った。>

 <この発言や、欧米の首脳が日本に対して時折見せる尊大な行動は、日本の「イメージ作戦」の限界をよく表わしている。米国が北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する手続きに入ったのを見れば、日本の国益がいかに無視されているかがわかる。

 <リアルな政治は、魔法の力を持つマンガのキャラクターよりずっと強大だ。それについてはジャパンエキスポに来た若者たちも、文句のつけようがない。>

 ルブラン氏はフランスのジャーナリストで1964年生まれ、フランス国立東洋言語文化学院で日本語を学ぶ。仏クーリエ・アンテルナシオナル誌副編集長を務める知日家、と紹介してあった。

◆アメリカ人は日本を子供向け異国情緒文化の発信地と見始めている

 このルブラン氏の発言と同趣旨ではないが、日本人に「あまりアニメに期待しないほうがいいよ」と呼びかけたのが読売新聞2008年11月20日[論点]のマイケル・オースリン氏だ。アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所研究員。元エール大学准教授、41歳。物凄く若い学者さんだ。知日派なのだろう。タイトルは<ポップカルチャー偏重/米の対日観 軽薄化の恐れ>である。

 過去200年以上にわたって日米は双方の文化に魅せられ、影響を与え合ってきた、として米国人が版画、生け花、仏教、儒教にまで関心を広めたこと、黒沢明の映画がジョージ・ルーカスに影響を与えたこと、庭園の美が全米に広がった。日本文化への関心は日米関係において重要な役割を果たしてきた。つまり、米国は日本を重大な国と受け止めてきた、というのが書き出し。

 しかし、今日の日米関係は劇的に変わった、という。過去10年ほど、米国人は日本文化を真剣に見つめるのをやめてしまった。代わりに、日本のアニメやポップカルチャーが人気を博し、日本を見つめる際に通すレンズとなった。米国の若者は黒澤映画の変わりにアニメを見るようになり、大学の中には源氏物語や安部公房の代わりにマンガを読ませるところも出てきた。言い過ぎかも知れないが、多くの米国人は日本を異国情緒に満ちた子供向け文化の発信地とみなすようになった、と書く。

 <何が起きたのだろうか。1990年代のバブル崩壊後、米国人は少しずつ、しかし確実に日本への興味を失った。いま、経済の超大国になると目されているのは中国だ。日本の政治的リーダーシップへの信頼は失われ、アジアで主導的な役割を演じると考える人はほとんどいない。米国の大学教授たちの中には、日本の国内政治やマクロ経済政策といった難しい課題ではなく、野球やアニメについて教える者も増えてきた。>

 この動きは日米の安全保障、経済関係には影響を与えないだろうが、米国での日本に関する焦点がポップカルチャーになったということは、米国人が日本の社会、経済、政治といったまじめな事項について話さなくなったことを意味する、という。

 <米国人の関心がポケモンに集まれば集まるほど、日本が今も東アジアで最古で最大、そして最も安定した民主国である事実は忘れられることになりそうだ。日本は世界第2位の経済国で巨額の対外援助を提供し、世界中で人道支援を実施しているというのに。>

 <さらに憂慮すべきは、米国で日本の言語、歴史、社会を理解する専門家の数がどんどん減っていることだ。大学でアニメの講座をとった学生たちが、日本を真剣な研究対象とみなす可能性は低い。日本といえばイチロー選手のことしか知らない米国人は、日本が日米同盟において偉大な役割を果たしている世界的大国と考えることはあるまい。米国の政策や米世論に影響を及ぼすことのできる日本専門家が米国にいなくなれば、将来、重大な問題が起きた時、米国が日本を緊密なパートナーとして頼りにする可能性は少なくなるだろう。>

 <私は日本のポップカルチャーに反対するものではない。ただ、深みのある長期的日米関係を、ポップカルチャーのみを基礎として築くことはできない。深い相互理解と相互への敬意がなくなれば、日米両国はアジアを発展させ、地域安保を維持し、自由主義を広めるパートナーの関係を維持することはできないだろう。>

 知日派の中にアメリカでもフランスでも、こうした見方が広がっていることは日本にとって危機ではないか。政治の論点が世界と同期していない、とは感じていたが、ここまで無視されるようになっていたとは。何もできずに竦んでいる政府や国会に任せず、国民が真剣に考える時なのだろう。

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田母神俊雄前航空幕僚長~11月15日産経石川水穂コラム+17日毎日新聞山田孝男コラム

 田母神俊雄前航空幕僚長の論文について今、自分の意見を開陳したくない。卑怯かもしれないが、実際、自分がどう考えているのか、自分でもよく分からないし、問題の整理ができていない状態なのだ。だから、この問題でブログに書くのは遠慮しておこうと思ったのだが、私の悪い癖で、このブログをスクラップブック、メモ帳代わりに使っており、気になった表現などは書いておかないと忘れるので、自分の評価を抜きにして二つのコラムの中の言葉をピックアップしておく。

 まずは毎日新聞11月17日朝刊2面で山田孝男専門編集委員が<「田母神支持58%」>のタイトルで書いていたコラム[風知草]。国会参考人質疑で田母神氏が「ヤフーの質問(=投票)で58%が私を支持している」と語ったことから書き始めており、まさに、この58%こそが問題なので、マスメディアは面倒な問題から逃げずに、国民にきちんと分かるように説明すべきだ、という主張を展開していた。田母神氏の共産党謀略説を各メディアで否定した秦郁彦氏(75)についての説明がよかった。

 秦氏の「張作霖爆殺事件の再考察」(2007年5月、日大法学部紀要「政経研究」)▽「盧溝橋事件の研究」(1996年、東大出版会)▽「検証・真珠湾の謎と真実」(2001年、PHP研究所)で田母神氏の謀略説は実証的に反論されている、という。

 山田氏が問題にしているのは田母神氏の主張の結論部分「集団的自衛権を行使できず、武器使用の制約が多く、攻撃的兵器の保有も禁じられている現状では自力で国を守れない」というくだりはもっともな主張で、この一念で問題提起した田母神氏は歴史論争に負けても引っ込むわけにはいかないというのが心境だろう、と推察している。

 <自衛隊の国際平和協力業務定着に伴い、武器使用の制約をめぐる矛盾は拡大している。集団的自衛権、まして攻撃的兵器は議論の余地が大きいが、安倍晋三がアクセルを踏み、福田康夫がブレーキをかけ、安全保障政策は漂流中だ。折も折、世界の軍事・経済を牛耳ってきた米国のパワーが落ち、本能的に対米依存脱却=自立の必要を感得した民衆が、理屈を度外視して田母神論文に反応しているというのが私の現状理解である。>

 として、「俗説の継ぎはぎの駄作論文」に300万円を与えた企業が論文の英訳を出版して世界にばら撒くのを茫然自失して見守るのではなく、何が誤りかを明確に指摘するのが政治家の役目で、メディアも歴史問題を確かに論じ、安保政策を不断に議論する必要がある、と結んでいた。

 きっと納得する人の多い常識論なのだろう、と思う。

 一方、産経新聞11月15日のコラムで石川水穂論説委員が<村山談話の検証が不可欠だ>のタイトルで書いていたのは、論点が山田氏と全く異なり、議論はかみ合わない。

 石川氏は、

 <今回、そのような試料評価の問題は、それほど重要ではない。問題は、幕僚長更迭の根拠とされた「村山談話」の当否である。>

 と書く。つまり、田母神氏が幕僚長を更迭されたのは政府方針に反したからで、その政府方針というのが村山談話だったので、その根本になった村山談話自体を問い直せ、という主張である。

 村山談話は1995年の戦後50年の節目で発表された。村山富市首相が閣議決定して発表した。その前の95年6月には渡辺美智雄元副総理兼外相が「日韓併合条約は円満に結ばれた」と発言し、韓国の反発で渡辺氏は謝罪した。8月には島村宜伸文相が「侵略か侵略でないかは考え方の問題」などと発言して中国・韓国が反発して文相は厳重注意を受けた。村山談話発表後も10月に村山首相が参院本会議で「日韓併合条約は法的に有効に締結された」と答弁したら韓国が反発し、首相は「相互の立場が平等ではなかった」「舌足らずだった」と釈明。11月には江藤隆美総務庁長官が内閣記者会のオフレコ懇談で「植民地時代に日本は韓国にいいこともした」と話した内容が月刊誌に漏れ、村山首相は江藤長官を厳重注意したが、韓国は納得せず、江藤長官は辞任した。

 石川氏によると、村山談話が決定された8月15日の閣議では、

 <閣議に先立ち、野坂浩賢官房長官は有力閣僚や与党幹部に内容を詳しく説明せず「総理の気持ちなので、どうか何も言わずに了解してほしい」と頭を下げて根回しした、という。閣議では古川貞二郎官房副長官が村山談話を読み上げた。閣僚は誰一人発言せず、出席者によると「水を打ったような静けさだった」という。>

 と書いている。

 また、

 <閣議後の会見で村山首相は国策を誤った時期について「断定的に言うのは適当ではない」と明言を避けた。日本がいつの時代までさかのぼって謝罪しなければならないのか、今も明確でない。>

 石川氏は当時、運輸相だった平沼赳夫氏、故人となった江藤隆美氏が後にしゃべればよかった、と悔やんでいた、と書いていた。

 また、

 <村山談話は当時、内閣副参事官だった松井孝治氏(現民主党参院議員)が起草し、内閣外政審議室長だった谷野作太郎氏(後の駐中国大使)が親しい学者と相談して仕上げたものだといわれる。>

 として、

 <今後、国会がすべきことは、村山談話の作成から閣議決定に至る過程をきちんと検証することである。>

 と結んでいた。田母神氏の参考人招致などよりももっと大事なことがあるじゃないか、と言いたいようだ。

 そういう二つの思想の流れが今、日本の言論界で並存している。

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「悩む韓国、動く北朝鮮」なのか?+中朝貿易中断~朝日新聞、東京新聞11月21日、読売新聞19日各朝刊から

 朝日新聞11月21日朝刊国際面は北朝鮮がオバマ米新政権をにらんで対米働きかけを強める一方、韓国に嫌がらせを続けている現状をソウルからリポートした箱田哲也特派員のまとめ記事だった。<悩む韓国 動く北朝鮮/オバマ新政権にらみ/南北交流中断を懸念/米との蜜月に期待?>の見出しで分かるように、北朝鮮の嫌がらせを受けている韓国・李明博政権内部の揺るぎや野党の言い分、「開城工業団地がストップしたら大変」と騒ぐ財閥などの動きを総合的に書いているように見えるのだが、スタンスが金大中、盧武鉉政権支持者寄りで書かれているようにも見える。

 というのは、取り上げたテーマについて対立する両者の言い分を並列する形式は一見客観的に見えるが、大前提であるテーマ選び、つまり小さな意味でのアジェンダセッティングの段階で、この座標軸はどうにでも動かせるものだからだ。筆者の思想性が出ている記事と思いながら読む方がいいだろう。

 記事は前文で、

 <米朝関係は好転するとの見方が強まるなか、李大統領は打つ手を見いだせず、政権内部でも軟化を促す声がちらつく。>

 と書いているように、困った李明博大統領、オバマ氏当選を好機に生き残り戦術を繰り広げる北朝鮮、という対比で終始している。

 李明博氏側近はオバマ政権が硬軟両様で北に当たる、と予測するが、「太陽政策」を実行してきた金大中、盧武鉉政権時代の実力者たちは「オバマ政権が柔軟姿勢を取るだろうから、韓国もバスに乗り遅れずに太陽政策に戻れ」と言っているらしい。

 国内にこんな勢力を抱えた李明博政権に同情する。韓国は昔から国論の統一が難しい国で、だからこそ「反日」という誰もが一致するアジェンダが必要だった、と思うのだが、今回は客観的に見て、青瓦台のオバマ政策分析が正しいと思う。

 というのは、オバマ氏とクリントン前政権は同じではないからなのだが、この分析は長くなるので、ここでは書かない。

 記事は金剛山観光と開城工業団地事業中断のおそれ、という北朝鮮の嫌がらせについて、金剛山観光はいいが、開城工業団地はいったん閉鎖されれば二度と企業が入居しないだろうから困る、という青瓦台幹部の話を入れながら「困った、困った」との声を特集しているようだ。経営者の一人が金夏中統一相に中台関係のように政経分離すべきだ、と申し入れた、として、韓国政府の中からも「一定の譲歩も必要」という声が出始めた、と書いていた。

 そりゃあ、政府の中にもいろいろな声があるだろう。

 だが、李明博政権は表面上であっても日米韓連携を崩さずに北朝鮮に当たる、と言っている。それが日本の国益にも合致するのではないか?

 少なくとも今の日本政府の国益にあたるはずである。

 金大中、盧武鉉両政権の無軌道な太陽政策が北朝鮮に原爆開発を許し、日本の安全保障上の脅威になるかもしれない段階にまで進んでいるのだ。

 あえて、「太陽政策が正しい」という方向に導こうとする傾向記事はよほど神経を研ぎ澄ましながら読まないと、客観性の衣で誤魔化されてしまう危険性がある。ただ、筆者の考えでは、北朝鮮が原爆を作ったのは米国のブッシュ政権が対話を拒否して、北朝鮮を孤立させたからで、北朝鮮だけのせいではない、と反論するだろうが。

 それは兎も角、金正日総書記の健康不安説にもかかわらず、北朝鮮の内部の権力機能に異常は見られない、北朝鮮はうまくやっている、というトーンで終始している記事だった。

 まあ、特派員の名前が明示されており、そういう趣旨の記事だとわかった上で読めば何の問題もないが、いかにも韓国政府内の方向性が太陽政策に傾くかもしれない、という方向性は間違いではないか? もしもそうならば、これは大きな問題で、国際面で扱うような問題ではないだろういずれにせよ、期待と現実を混同してはならない。

 少し古いが、読売新聞11月19日朝刊解説面[南北軍事境界線 遮断]は宇恵一郎編集委員が<融和策の復活狙い北が韓国揺さぶり/対米外交主導権争いの様相も>の見出しで、

 <①北は、米とは対話、韓国には強硬姿勢のいわゆる「通米封南」外交に傾いている②金融危機にあえぐ李政権を揺さぶり、融和策に回帰させようとの狙いがある。>

 とまとめていた。そういうことだろう、と思う。李明博政権は「非核・開放3000」という政策を掲げ、まず北朝鮮が核を放棄するならば、10年間で北朝鮮のGDPを1人当たり3000㌦レベルにすべく協力する、という保守派が主張してきた「双務性」を強調したものとなっているが、北朝鮮は「核問題は米朝が解決する課題で南にとやかく言われる筋合いのものではない」と反発し、揺さぶりをかけて、金大中・盧武鉉ラインに韓国の政策を戻そうとしている、と「書いていた。

 宇恵氏が、

 <それと関連して、保守派と進歩派が対立する韓国内の政治状況に対する揺さぶりだ。通貨ウォンが急落し、外貨が国外に逃げるなど、世界的な金融危機は韓国経済を大きく動揺させている。過去の例でも南北の緊張状態は、外資の流出を助長する。「経済大統領」として登場した財界出身の李大統領の基盤を揺さぶって、南北蜜月が続いた過去2代の政権時の融和的南北政策にかじを切り替えさせようという意図がある。>

 と冷静に分析していた。続く言葉も面白い。

 <李政権登場後、冷え切ったままの南北関係だが、意外なことに経済交流は活発だ。韓国統一院によると、今年9月までの南北交易額は約12億3000万㌦で昨年同期に比べ13.4%増えている。南北を往来した経済人たちは延べ約14万人と、昨年に比べ38%も増加した。政治的非難を韓国側がじっと耐えての南北交流が続けられている。>

 である。これは意外だったが、逆に言えば北朝鮮崩壊後の青写真を各国が描き始めており、韓国は様々な利権を米国、中国、日本に渡さずに自分が全部取るためにも、我慢して、調査とデータ集めを続けているのだろう。

 読売新聞はこの記事をきちんと解説面で解説記事として扱った。記者の主観がにじみ出た記事だと思うが、これでいい。一般の事実関係をリポートする記事に記者の主観を潜り込ませ、読者を誘導するような真似は、やはり正道ではないと思う。

 東京新聞11月21日朝刊国際面<総書記の健康と関連? 貨車未返還でトラブルか/中朝貿易中断の怪/鉄鉱石やコメ9月から>にあるように、北朝鮮では現在、今までになかったことが進行していることは間違いないようなのだ。記事の前文は、

 <北東アジア最大の鉄鉱石埋蔵量を誇る北朝鮮の「茂山鉱山」(咸鏡北道茂山)から中国への輸出や、中国から北朝鮮へのコメの輸出が9月から中断してることが20日、分かった。複数の関係筋によると、両国間の貨物列車の往来が今月に入って途絶えていることも判明した。中朝貿易をめぐる”異変”の理由は不明だが、北朝鮮の金正日総書記の健康悪化説との関連を疑う声もある。>

 というものだ。

 茂山鉱山の推定埋蔵量は30億㌧で、中国が北朝鮮から輸入する鉄鉱石の最大産地だそうだ。国境を接する中国吉林省延辺朝鮮族自治州和竜市の南坪税関を通じて陸路運ばれる、という。

 延辺税関の統計によると昨年1年間の同税関を通じた鉄鉱石輸入量は70万㌧。今年は8月までに67万㌧を輸入したが、陸上ルートの輸入は今年9月からゼロになったという。

 これにあわせ、中国から北朝鮮へのコメ輸出は9月以降ストップした。中国税関統計によると昨年、北朝鮮に輸出したコメの総量は前年の約2倍にあたる約8万㌧だった、という。

 また、遅くとも今月に入って北朝鮮の新義州と中国遼寧省丹東を結ぶ鉄橋を通過する貨車の往来が確認できなくなった、という。中国が所有し中国から北朝鮮への物資輸送に使われた大量の貨車が北朝鮮で使いまわされ、未返却のままで、その数は2000~4000両に達するのだというからものすごい。

 中国は今年夏ごろには両国間の鉄道協定破棄を通告し、北朝鮮への運行を中止したという情報もある、と書いている。これと金正日総書記の健康悪化説との関連を指摘する声もある、と書いている。

 すべて噂の域を出ない話の羅列だ、ということを前提に言えば、中国が今、北朝鮮の新権力をある一定の方向に導こうと飴と鞭の政策を展開している、と見ることができるだろう。改革開放を迫っているのか、核開発をやめることを食糧支援の条件にしているのか、なにしろ1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年に冷戦が崩壊した後、旧ソ連の援助に頼ってきた北朝鮮は自立自助を求められたが、それができずに中国が細々と延命装置を作動させてきた、というのが現状だったと思う。その中国の態度の変化は注目にあたいする。ただ、今までもこのような一時途絶はあったので、この事態だけでそう大袈裟に考えることはできないが、食糧不足の北朝鮮にとっては、延命装置から流れ込む酸素とリンゲル液が細ったことを意味することは確かである。

 李明博政権だって、こういう動きまで総合的に分析、判断して対北朝鮮政策を立案しているのだから、金大中・盧武鉉政権の「残党勢力」の言い分に比重をかける考え方は危険だと思うのだが…。

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2008年11月20日 (木)

公明党と麻生首相の関係と総選挙時期~朝日新聞、読売新聞11月16日朝刊から

 読売新聞11月16日朝刊政治面コラム[政ナビ]が面白かった。高木雅信政治部次長の<「衆院・都議ダブル選」の怪>だが、10月下旬に永田町で衆院選を都議選との同日投票で行う、という噂が広がったのだ、という。6月下旬から7月上旬に予定される都議選は公明党にとっては特別な選挙で、そこに衆院選をぶつけられるのが公明党にとって最も困る。その困ることが起きるかも、という話で、コラムはこの噂の出所が中川昭一財務・金融担当相周辺だったのではないか、とにおわせている。公明党を焦らせ、衆院解散・総選挙先送りに反対したり、変な動きをしないように釘を刺したのではないか、という解釈を書いていた。

 公明党がなぜ都議選を重視するのか? 大体想像はつくのだが、支持母体の創価学会が東京都によって宗教法人として認証され、法人登記をしていたから、そういう話になったらしい。記事にもあるが、宗教法人法改正で現在の所管は文部科学省となっており、東京都は直接関係ないので、今はそんな話は信用できないのでは、と思うと、信濃町の創価学会本部の警視庁による警備などもあり、現在でも都議会で議席を確保することは重要だ、と書いてあった。

 <都議選が近くなれば、全国から学会員が応援のため東京に集まり票の掘り起こしに努めるため、衆院選の時期は都議選と離してほしいというわけだ>

 は高木氏の考えではなく、そう言っている人がいる、という書き方だが、本当に今でもそうなのだろうか? ちょっと信用できないのだが。というのは、都議会議員候補者のメンツを見る限り、創価学会でそんなに重視している人が立つわけでもなく、どうも最近の公明党都議は普通の県会議員並みになってしまったのではないか、と見ていたのだが、どうなのだろう?

 記事で高木氏はこの噂が信憑性を帯びたのは、都議会の自公両党が賛成して東京都が400億円を追加出資した新銀行東京の経営不振があり、両党の都議の間では都議選に相当な危機感を抱いているらしい、と書いている。

 例の民主党の5項目かの要求の中に公的資金投入の対象から新銀行東京を排除せよ、とか、経営責任を明確にせよ、という方針や、捜査当局が新銀行東京の不正経理の捜査に着手したことで、危機感が高まったのかもしれない。でも、この金融不況の中で、本気で新銀行東京を潰せ、という勢力はいないだろうし、経営責任にしても、石原慎太郎都知事の責任を問う声が上がるかもしれないが、それを受けて知事が辞任するような事態ではないだろう、と思うのだ。

 ただ、公になっていない不祥事があったりすれば、話は別だが。

 そうなると、公明党がダブル選挙を本当に嫌がっているのかどうか? ちょっと不思議でもある。実際に永田町の議員から話を聞いているわけではないので、何とも言えないが、どうも論拠が弱い感じがするのだ。

 記事では公明党東京都本部関係者の話として「都議選は中選挙区制なので自民党もライバルだ。都議選をやりながら衆院選で自公の選挙協力ができるわけない」と怒っていた、と書いており、この辺は本当かな、と思った。

 麻生首相と公明党の間に隙間風が吹いたことは確かだろう。これについては、後ほど、太田昭宏公明党代表のインタビューを見てみるが、どうも、こんな噂が流れること自体、永田町が「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の疑心暗鬼状態に陥っている証拠としか思えないのだ。

 さて、朝日新聞11月16日OPINION面[耕論]である。若宮啓文コラムニストが太田昭宏公明党代表に突撃インタビューを試みた、という趣向だろう。普段ならば遠慮してズバリとは聞きづらい質問をあえてして、答えを求めている。だが、記者の常道である二の矢三の矢が出ていない。つまり、相手を追い込んではいないから、格好だけはついているが、内容は乏しい。

 例の公明党幹部が麻生首相に「誰のおかげで首相になれたのか」と怒りをぶつけた、という報道について見解を聞き、太田氏に「全く違う。大変失礼な話で抗議もしました」という弁明を言わせる余地を与えている。

 このダブル選挙の噂については追及していなかったが、別の質問への答えで太田氏から、

 <二大政党に収斂するいまの選挙制度は価値観の多様化する我が国にあっては問題で、中選挙区にすべきだと思いますが。>

 という答えを引き出していたのは良かった。太田氏は選挙後については何も言質を与えないように慎重に答えていた。

 田母神論文と村山談話について相当のスペースを取って2人の話を掲載しており、どうも、これら2点についての話を掲載するのが目的だったとも思えた。この問題に限れば太田代表と若宮氏は「田母神けしからん」で一致しているのだから、「耕論」にはならず、仲間褒めになるだけなのだが。

 私にとっては、公明党が中選挙区志向であることを再確認したことだけが収穫だった。1ページを時間をかけて読んだのに、これだけでは、「読んで得した」という感じはなかった。でもしゃべった2人には田母神氏や村山談話に関する部分が載っていればいいのかもしれない。あえて読まずとも、この問題に関する2人の意見は分かっているのにね。

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中国8%成長不可能か、相次ぐ日本企業撤退、海外投資失敗~日経新聞11月12日、14日、20日朝刊と朝日新聞11月19日夕刊

 朝日新聞11月19日夕刊2面<米国債保有、中国1位/8年で10倍 日本抜く>は予測通りではあるが、やはり時代の移り変わりを感じさせる記事だった。ワシントン支局の星野眞三雄記者の記事。

 <米財務省が18日発表した9月の国際資本統計によると、中国の米国債保有高は9月末時点で5850億㌦(約56兆7000億円)と、首位を続けた日本(5732億㌦)を抜いて世界最大の米国債保有国となった。…中国は前月比436億㌦増え、日本は128億㌦減少。3位は英国の3384億㌦。海外全体で2兆8605億㌦。前月比1106億㌦増加。中国の米国債保有高は2000年9月末時点では621億㌦で、8年間で10倍弱増えた。中国は多くを米国債などドル資産で持つ外貨準備高が2006年1月に日本を抜き、世界一となっていた。>

 というような簡単な記事だ。

 これで中国は本気でドルの暴落を恐れるようになるだろうから、ドル安局面では日本と協調して為替相場で介入する場面も出てくるかもしれない。

 中国が米国債をこれだけ持っているということが米国のアジア政策にどう影響するのか? 中国を敵対国ではなく、協調国として遇する、という対応変化はクリントン政権だったかブッシュ政権初期だったかにもうやっていたのだから、今後の大きな変化はないと見るべきなのだろう。

 でも、中国の将来は明るいとは見えないのだ。

 日経新聞11月20日朝刊国際面に奇妙な記事が出ていた。

 <中国人民銀行(中央銀行)の金融政策委員で著名な経済学者の樊綱氏が19日付の中国紙「中国証券報」のインタビューで「中国経済はかつてない減速局面の真っ只中にある」と語った。そのうえで「2009年の成長率は8%を下回る可能性があり、下回らなければ上出来だ」との見通しを明らかにした。>

 という内容である。記事にあるように、中国共産党・政府は雇用確保に必要な成長率とされる「8%」の維持を目指して9日に総投資額4兆元(約57兆円)にのぼる大規模な景気刺激策を打ち出したが、この発言は景気刺激策を実施しても来年は8%の達成が難しいことを示唆したものとして注目を集めている、という。

 樊綱氏は景気刺激策の財源として国債増発でいい、と発言したという。

 やはり、というか「中国、相当ヤバイぞ」である。8%の意味合いについては以前書いたが、中国政府はこの「8%」という数字に命を賭けていると思う。57兆円で不足するのだろうなぁ、とも思う。誰だ、中国が世界に貢献するために57兆円出して、日本はミミッチイから、世界で評価されていない、などととんでもないことを書いた記者は?

 日本のヤバサと中国のヤバサはレベルが違う。成熟した資本主義国家は輸出がダウンしても、血を流す改革さえ進めば、また成長軌道に戻れるが、中国のような国家づくりの最中にこのような事態に直面した場合、糊塗していた矛盾が一気に噴き出す恐れがあるから怖いのだ。

 中国を注視する必要がありそうだ。

 日経新聞11月15日朝刊1面続き物[転機の中国③]で、

 <中国では毎年2000万人超の新規労働力が生まれる。これを吸収するには「年9-10%の成長が必要」(米ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授)。>

 とあった。以前書いたことと同じことをアメリカ人学者も言っている、ということだ。

◆日本の玩具2社、子供服、冷凍食品…

 世界的に中国で委託生産していた企業が中国から撤退する動きが本格化しているのも大きい。日本企業については日経新聞11月12日朝刊が書いていた。企業総合面トップ<タカラトミーとバンダイ/中国委託先5分の1に/生産効率・安全対策を厳格化/優良工場を選別/アパレルも動き加速>と関連記事<「世界の工場」淘汰の波/景気減速や人件費高騰/電子機器など受注減>である。

 玩具大手のタカラトミーが2009年3月までに中国で継続的に生産を委託している50~60社の工場を約10社に集約する。大手のバンダイもすでに委託先を5分の1に削減した。世界最大の玩具生産国である中国には日本メーカーも8-9割(金額ベース)を委託しているが、中国製の安全問題と人件費アップを背景に選別に動いた、という。

 タカラトミーは今後、新たな安全・生産コスト基準を設定して、ぬいぐるみや電子玩具など分野別に優良工場を選別し、一定額以上の委託を保証する年間契約を結ぶ。タイやベトナムに生産拠点を分散し、約8割の中国生産比率を3年で5割まで引き下げる計画だという。バンダイも中国に8割を委託しており、常時取引のあった約50社の委託先を10社に絞り込み、バンダイ側で最終商品の品質と生産工程の検査をやりやすくした、という。

 中国は世界の玩具生産の7-8割を占めるが、最大輸出先の米国の景気後退で倒産が相次いでいる。10月には米玩具大手マテルが取引する香港の玩具大手、合俊集団が広東省東完(上に草冠あり)市の2工場を閉鎖、従業員の大規模デモが起きた。日本の大手は集約により業績が安定した企業を囲い込む狙いもある、とある。

 日本の食料品大手も5-9割を中国で生産。子供服のナルミヤ・インターナショナルは6カ月児未満のベビー服・雑貨の8割を中国に依存するが、2010年夏までにすべて国内生産に切り替える。今年販売された中国製の他社の乳幼児向けTシャツから有害物質ホルムアルデヒドが検出されたことがきっかけだった、という。

 国内の冷凍食品メーカーは1980年代ごろから割安な原料を求め中国に進出。その1社、日本たばこ産業は今年1月末に発覚した中国製冷凍餃子の中毒事件を機に、中国での冷凍食品の生産委託を縮小している、とあった。

 関連記事では人民元高も加わって中国の輸出競争力の低下が指摘されるうえ、人件費アップも大きな要因となり、より人件費の安いベトナムなど周辺国に生産拠点を分散させる日本企業が増えている、と書いてあった。最後の

 <日本を含む海外勢にとり、中国での生産委託戦略は転機にさしかかっている。>

 は相当に腰を引いた表現だが、やはり潮の変わり目がもうすぐ来る、と見て間違いないのだろう。

 一覧表は分かりやすかった。

▽タカラトミー 現行約80%→3年後50%。取引工場を現在50-60社を来春10社に集約

▽バンダイ 現行約80%。タイの自社工場の能力増強などで中国生産比率引き下げ

▽ナルミヤ 現行約80%→2010年夏までに約70%。6カ月未満児向けベビー服、雑貨の中国生産中止へ。

▽ユニクロ 現行90%→5年後をメドに67%。中国への集中委託見直し、ベトナムやカンボジアでの生産拡大

▽日本たばこ産業 冷凍食品は年初で15%→現行3%。委託していた13工場のうち7工場との取引を打ち切り

 以上、うまくまとめていた。アメリカやヨーロッパの大企業の動きが分かれば、これで中国の現実の姿が浮かび上がるかな。

 日経新聞11月14日朝刊1面続き物[転機の中国―開放改革30年 第2部 深まる矛盾②]<新興マネー 国際化n洗礼/拙速投資で含み損、資金力に世界が期待>は、外貨準備大国中国が国際的役割を果たそうとして(?それとも資源などの安定供給を求めて?)諸外国に投資したものの、この金融危機で大幅な含み損を出している、というお話である。

 中国の有力企業グループ、中信集団の香港子会社、中信泰富(CITICパシフィック)がオーストラリアで鉱山開発に関連した先物取引をしたら豪ドル急落で約1900億円の損失を出した。保険大手の中国平安保険は出資先のオランダ・ベルギー系金融大手フォルティスの経営悪化で約2200億円の評価損を計上。鉄道建設大手の中国中鉄も豪ドルの運用失敗で約270億円の損失。

 中国では「海外に打って出る」を「走出去」というのだそうだ。2000年から中国企業は市場、資源、技術獲得を目指して海外展開を加速。中国政府も低利公的資金を積極供与するなど支援を積極供与するなど支援を強化。貿易赤字や外貨準備高が膨張する中、海外からの批判をかわす思惑もあった、という。

 その結果、2007年末までに約7000の中国企業が173の国・地域に進出。設立された海外現地法人は1万社を超えた。06~07年の中国企業の海外直接投資額は年間210億~260億㌦台。各年の貿易黒字額の1~2割に相当し、黒字の対外還流が進んだ、という。

 そんな中で国際金融危機が襲ってきた。外部環境悪化のリスクだけでなく、海外事業に必要な人材やノウハウ、管理体制の不備も露呈している、と。

 成功例もあるが、香港株式市場の優良銘柄、中信泰富の失態で海外進出企業全般への不安が高まった、という。

 2007年9月に発足した政府系投資ファンドの中国投資は政府の外貨準備を運用し、海外に800~900億㌦を振り向ける方針を示すが、昨年実施した米モルガン・スタンレーと米投資会社ブラックストーン・グループへの出資で早くも約60億㌦の含み損が出た、という。

 結局、冒険せずに米国債を買う、という道に行くのだろうか。

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書評「結婚難民」佐藤留美著

 小学館101新書、2008年10月6日初版第1刷発行、定価700円+税。三浦展氏の推薦の言葉が帯にある。

結婚難民 (小学館101新書 3) 結婚難民 (小学館101新書 3)

著者:佐藤 留美
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 <佐藤留美(さとう・るみ)1973年東京都生まれ、青山学院大学卒業後、出版社勤務を経て2004年からフリー。20代、30代女性のライフスタイルに詳しく、また、同世代のサラリーマンの生活実感も取材テーマとする。雑誌「日経ビジネスアソシエ」週刊SPA!]などで取材・執筆を行うほか、単行本の企画や著者の代筆を務めることもあり、その中にはベストセラーも含まれる。2005年、企画編集事務所「ブックシェルフ」を設立し、代表取締役。本書は、実名で書いた初めての本である。>

 随分若い著者なのだなぁ、と思ったら、[おわりに]で自分で「本書は若輩者が挑戦した初めての本なので、多くの方の協力がなければ成り立ちませんでした」と殊勝に書いていた。「日刊ゲンダイ」に無署名で2008年5月17日付に書いた「結婚してはいけない10のオンナ」という記事がベースとなり、この記事はインターネットの検索ワードを入れると一時期は9万件くらいヒットする話題となり、賛否両論を巻き起こした、という。「本にすれば」という声に「女が女の悪口を言うみたいで嫌だな」という戸惑いもあったが、夫が「アンタのことについて書けばいいじゃん」と言ったので「あっ、そっか」と気が楽になって書いた、と楽屋話を書いていた。

 と、こんなことばかり書いていると「トンデモ本」みたいに思うかもしれない。たしかに、

 <家賃より高いブランド靴に散在する「ルブタン女」、若い男を食い散らして生気を吸い取る「クーガー女」、下手をすれば殺される!?「デートDV女」など、非常識な20代、30代女性が増殖中。1990年代以降の就職氷河期に社会に出て、自分に自信が持てないでいる「ロスジェネ世代」の男性たちは、これら「結婚してはいけない女たち」に近寄ってはならない!? 少子化・非婚化の背景を、最新の世相をもとに識者たちと分析しつつ、結婚の本来あるべき姿を考えた、「妙齢男」応援本!>

 という表紙裏の宣伝文句を読むと、何かちょっと胡散臭い感じがしないでもないのだが、この後半に書いてある「少子化・非婚化の背景を最新の世相をもとに分析」した部分が役に立つので、読んで得した感じなのだ。それに、いろいろとキャッチコピーのような言葉が並ぶが、それは本が売ればければならないから書いているだけだ、と思えばいいので、調査結果とかのデータを中心に負っていけば、今の時代の若者が見えてくるし、彼女の結論自体、常識的で、悪くはない、と思うのだ。

 ということで、著者の意図には反するだろうが、データを中心に書き留めておく。

▽ロスジェネ世代が就職活動をした1997~2003年の就職戦線の厳しさ。大卒求人倍率は1倍程度。2000年3月卒は過去最低の0.99倍。2009年3月卒は2.14倍の予想。

▽2007年の労働力調査で雇用者5147万人のうち非正規雇用は過去最高の1732万人と約3分の1。厚労省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(04年7月)によると、全世代の非正規雇用者のうち20代は23.2%、30代は19.3%と、20・30代で42.5%を占める。

▽多様化調査によると、非正規雇用で月給10万円未満は37.2%。10万円以上20万円未満は40.8%。つまり、月給20万円未満が8割弱いる。

▽情報労連とNTT労組のアンケート調査(07年6~7月実施、中小企業の正社員1505人と週35時間以上働くフルタイムの非正社員1082人が回答)では正社員の平均年収は約370万円、非正社員は約191万円と正社員の約半分だった。非正社員はほとんどの場合、雇用保険にも厚生年金にも組合にも入れてもらえないので、いざという時に労災や失業保険がもらえない。社員食堂の割引、福利厚生施設が使えず、金は正社員以上にかかる。

▽日本で結婚適齢期といわれる20代中盤から30代中盤で男性の独身者比率が急増。2005年国勢調査では、25~29歳の男性の未婚率は72.6%。30~34歳男性でも47.7%と、実にこの世代の約半分の男性が結婚していない。この世代はちょうど就職活動時期が就職氷河期に重なってしまった「ロスト・ジェネレーション」、ロスジェネ世代。就職したくても就職できず、30歳前後まで一度も正社員になれずにきた非正規雇用労働者が約3割を占める。

▽2002年の総務省「就業構造基本調査」を利用して労働政策研究・研修機構が作成した調査報告によると、25~29歳男性で年収100万~159万円は15.3%が結婚している。年収150万円~199万円は17.4%。200万円~249万円は22.8%。年収と既婚未婚割合が比例する。

▽前述の情報労連とNTT労組のアンケート調査でも、30代男性の正社員は63.0%が既婚。非正規社員は45.6%が既婚。正社員か非正規社員で結婚に大きく影響している。

▽ブライダル雑誌「ゼクシィ」の2007年調査で結婚費用の平均は414万円。

▽橘木俊詔氏の「女女格差」調査結果。「一生結婚するつもりがない」人は、1982年に男性2.3%、女性4.1%。2005年が男性7.1%、女性5.6%。つまり、女性が結婚しなくなったのではなく、男性が結婚しなくなったのだ。また、「いずれ結婚するつもり」は男性が95.9%から87.0%と約9ポイント低下した。女性は94.2%から90.0%へ4.0ポイントの低下でしかない。実は女性よりも男性のほうに未婚、非婚志向が高まっている。

▽作家の城繁幸氏によると、上場企業で定年まで勤め上げた今65歳の男性は生涯賃金は3億円程度稼いだが、ロスジェネ世代は生涯賃金が5割程度減る。つまり、1億8000万円程度、ということか?

▽また城氏は2006年に読売新聞が行った上場企業人事担当者100人アンケート結果を引用し、40歳の時点で課長以上の管理職に昇進している人は26%、4人に1人しかいない。日本企業では課長になるのは何歳から何歳までと決まっているので、40歳を超えると現実的に一発逆転は無理で、管理職になれないということは、年齢給が毎年細々と上がる程度だから、年収はせいぜい700万円程度で頭打ち。各企業の人事は今、団塊の世代の退社を機に管理職ポストを整理する方向で、管理職ポストは今の4分の1程度に減るだろう。ある程度の企業だったらあった「部付き部長」とか「担当部長」といったラインに乗らない部下なし部長が年収1000万円を貰うという呑気な時代は過去のもので、今は7割の正社員が一生平で、生涯賃金は4割ダウン? 正社員の未来も決して明るくない、と言っている。

▽ロスジェネ世代の親は窮乏し、「パラサイト・シングル」はできなくなっている。これがロスジェネ世代の悲しさ。樋口美雄氏らの書いた本からの引用だが「パラサイト・シングルの親は高度経済成長期で雇用も安定しており、昇進も確保され、バブル期に退職しており、多額の退職金と、納付額に比べればはるかに多額な年金を受け取ることができた世代だ。それに対し、ロスジェネ世代の親は団塊の世代以降に相当し、90年代の平成デフレの時期に企業リストラや倒産などを経験し、すぐ上の戦前世代が得ていたような退職金や寛大な年金も受け取れないことがほぼ確実な状況にあるというのが現状」というような内容だ、と書いている(ちなみに「女性たちの平成不況―デフレで働き方、暮らしはどう変わったか」日本経済新聞社刊からの引用だそうだ)。

▽ロスジェネ男は団塊ジュニア世代とも重なっており、人口が多いため、何をするにも競争が多く、受験戦争で志望校に拒絶されたり、就職活動で何十社からも落とされたりして心が傷ついている。女性から断られると落ち込む。アダルトビデオやエロゲーなど「二次元の世界」にはまるのも無理からぬことだ、としている。

▽2007年厚労省調査でネットカフェ難民の73.2%は健康保険に加入していない。

▽森永卓郎氏は「日本では2002年1月から景気回復が始まり、名目GDPが14兆円増える一方、雇用者報酬は5兆円減った。大企業の役員報酬は1人当たり5年間で84%増えて、株主への配当も2.6倍になった」。

▽2006年7月のOECD対日経済審査報告で2000年時点の日本の相対的貧困率は加盟25カ国の中で5位の15.3%。18~65歳の生産年齢人口で見ると、データがある17か国中、日本はアメリカに次いで2位の13.5%。

▽OECDはその国の平均所得の半分が貧困ライン。日本では夫婦と子供1人の世帯で、手取りで年収240万円が貧困ライン。非正規雇用者はほとんどが貧困ラインに及ばない。

▽この流れと直接関係はないのだが、アメリカの社会学者ロバート・チャルディーニが「影響力の武器・第2版」(誠信書房)の中で「何人かの研究者(アメリカの社会心理学者)は、人気の高いメディアが非現実的な美しさをもつ人々(男優、女優、モデル)を載せることが原因で、現実に付き合う可能性がある身近な異性のルックスに私たちが満足できなくなってしまうことを警告している。たとえば、ある研究では性的魅力が誇張されたヌード写真(「プレイボーイ」誌や「プレイガール」誌にあるような)を見ると、自分の配偶者や恋人に満足できなくなることを明らかにしている」と解説している、というのは面白い。

 と、統計的な部分をピックアップしたが、最後まで読むと、著者の優しさにほろりとしそうになる部分もあり、面白い本だと思う。あまり、内容を全部書いてはいけないので、ここまでにしておくが、「金じゃない、人間的魅力だ」という発信は素晴らしいと思う。

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2008年11月19日 (水)

宗教と「死生観」、団塊の世代と全共闘運動etc.…各紙の文化面などから

◆四谷怪談、イザナギ、イザナミ神話…生と死について

 東京新聞夕刊連載企画[生きる 心のページ]は地味だが、中高年にそれなりの固定読者を持っているのではないか? と推察させる記事である。最近の記事を見てみよう。

 8月26日、9月2日で上下で連載した[想像する死と無常]は㊤が<死後の救いを願わぬ現代人/生者の都合だけで完結>。㊦は<冷徹に生を洞察する眼差し/「私」見失った今こそ必要>。

 筆者は廣澤隆之・大正大学人間学部仏教学科教授、智山伝法院院長、八王子市・真言宗智山派浄福寺住職。1946年東京都生まれ。専門分野はインド大乗仏教教理学。著書に「図解雑学・仏教」(ナツメ社)や難しい名前の本がたくさんある。そうかぁ、この間、友人の父親の通夜で行ったお寺の住職さんだ。この人がお経を詠んでいた。

 内容は難しかった。約めて言えば、最近は身近な人が死ぬと甘く美しい思い出の世界に行き続ける、という考えが一般的になっているのだが、これは生きている「私」の都合を優先させ過ぎていないか? と問い、

 <生きるために不都合なものを抱え込み、死者との不条理な関係を生きることが見失われているのが現代の文化の特徴かもしれない。>

 と言うのだ。「千の風になって」の歌詞への批判である。

 <かつては、おどろおどろしい闇の世界から死者が私たちに語りかけてくることが想像されていた。それは数多くの謡曲でも、あるいは卑近な幽霊譚にも見られる。死者の世界を想像することは、生きている自分の根本を問いただすものであった。たとえば四谷怪談では自分の都合で身勝手な生活をする伊右衛門に貞淑な妻であった岩が復讐するのであるが、それは勧善懲悪的な道徳律であると同時に、死者との共存が見失われた生者の生存が危機的になるという宗教性を含みもっていた。>

 <死者の世界は生者によって身勝手に想像されるのではなく、深いところで生き方を支える死者と生者の共存が私たちの文化を伝統的に基礎づけていたのではあるまいか。私たちはそのことを凝視することなく、むしろ死を直視する文化を捨て、生きる者の都合のみで完結する消費文明を極端にまで推し進めてしまっている。しかも近代の文明は死の管理を徹底し、もはや死体を直視することもなく私たちは死を想像する。>

 として、清潔な病院での死、清められた身体、数日後に死体を火葬し、もはや死体を直視することがない現代では、

 <死が嫌悪すべき醜悪な様相をもって私たちに迫らなくなっているからこそ、私たちは死者との交わりを稀薄にしているのではないかと考えられる。>

 という。ここまでくると、イザナギ、イザナミを連想するだろう。著者はその話題に入る。

 <かつて人は死をまざまざと見なければならなかった。死体は硬直し、次第に腐爛し、むきだしの骨となる。このような死体を見た者は、けっして死者の世界を甘美なものとだけ想像することはできない。それはイザナギノミコトが黄泉の国に死んだ妻を訪うという神話にも見られる。かつて情愛で結ばれた甘美な思い出の中の死者への感情と、他方では現実の醜悪な死を忌避する感情、この背反する感情が同居するにしても、そこに生きる「私」を見つめることを神話は記述しない。死者を直視する「私」が生きることの意味を問う文化は、日本に仏教的無常観が伝えられて著しく展開する。>

 仏教の「無常観」を体得するために、釈迦は修行者に死体置き場で死体を直視するよう教えたのだという。そして、林の中で瞑想し、死体を思い浮かべるのだ、という。死体が硬直し、次第に斑点が浮かび、腐爛し、ついには犬やカラスなどによって死肉が食われて骨が散乱する。この過程をまざまざと直視し、林の中の瞑想でそれをありありと思い浮かべるのだ、という。次に自分の死体が同じように骨となって散乱するまでを思い浮かべる。そのようにして無常な身体への執着を離れるとき、修行者は真に無常を体得し、生きるためにかき立てられた欲望を抑制することができるようになる、というのだ。

 このような瞑想を「不浄観」といい、「無常観」の一つだそうだ。

 <きびしい実践による人間の生死への洞察が無常観なのである。このような洞察を抜きにして無常は知られない。このことを知らなければ私たちは無意味に生と死を繰り返すのみである。>

 ところが、次第に日本の文化の展開の中で死を凝視し生を洞察する態度が変容し、はかなく移ろうものへの詠嘆の感情によってイメージされる死が文学的に表現されることが多くなった、という。永遠に生きると思われた釈迦でも老いて死ぬという厳然たる事実を通した「諸行無常」のイメージと現世のはかなさが重ねあわされた詠嘆が「平家物語」だ、という。インド仏教とは違った傾向が日本仏教に浸透している証拠だ、と。「方丈記」もそうだ、と。

 <時間の流れを超えた来世に希望を託す浄土往生の宗教感情は、現世に生きることのむなしさをことさらに強調する情緒を強める。だが他方で、現世の享楽にこだわる文化も日本には根強い。現世に生きる価値にこだわりつつ、美文調の詠嘆が美化されると、死のイメージは自然の風物の中に溶け込み、稀薄になる。美しい自然の中で生きることを日本文化の特徴と見る傾向が強いが、そこには無常観のように冷徹に死と生を凝視することもなく、むしろ生と死の密接な関係を稀薄化する傾向もあわせもってしまっているのかもしれない。>

 <このことが現代の世相の中で問われる意義があると思う。欲望が渦巻く現世の中で感性に支配されて生きる人間的営みも、そして死後に思いをはせることも、究極的には死に行く存在として自分が今、ここに生きていることを凝視することにもとづく。死に向かって生き続ける「私」を洞察する冷徹な眼差しが現代にも必要なのではあるまいか。とりわけ、科学技術にもとづく消費文明が肥大化し、「私」が見失われ、生と死の共存する文化を失った現代においてこそ、このことを問い続ける必要があると思われる。そのことを一遍上人の次の一文が見事に教えているように思う。>

 として、

 <華麗を愛し月を詠ずる、やヽもすれば輪廻の業。仏をおもひ経をおもふ、ともすれば地獄の焔。>

 をあげていた。難しいが、何とか読み通した。生が死に向かっているものだ、ということをいつも意識せよ、というのか? 今一つ分からないのだが、何か大切な教えのようだ。

◆宗教を無視した政治分析はできない時代だ、ということ

 10月21日<仏教と社会参加/宗教抜きで政治は語れない>は東大大学院人文社会系研究科教授の末木文美士さん(59)だ。1949年甲府市生まれ。東大文学部印度哲学科卒。著書に「日本宗教史」(岩波新書)、「日本仏教の可能性」(春秋社)など多数、とあった。

 この中で末木氏は仏教界で最近、メディアに露出する僧侶が増えている、と書いている。神仏分離をもう一度考え直そう、と神道界・仏教界合同で「神仏霊場会」を結成して、仏教の僧侶が大挙して伊勢神宮に参詣したりした、と。

 このように目立つ行動、マスコミ受けを狙った行動が増えた背景には「葬式仏教」の衰退がある、という。

 <従来の檀家制度が急速に揺らぎ、形骸化した葬式仏教に頼っていたのでは仏教は衰退するという危機意識が強くなってきたという事情が挙げられるであろう。従来の葬式仏教は、死者儀礼と墓地管理に経済的な基盤を置くことによって定着していたが、祖先祭祀を継承する「家」の意識が弱まり、その上に少子高齢化の影響で墓地の維持さえままならなくなってきた。併せて伝統的な死生観も揺らいで、葬式は必ずしも仏教に頼る必要はないという風潮も広がりつつある。葬式仏教がなくなるわけではないが、それだけでない仏教の新しいイメージの創出が不可欠となってきている。>

 これは、社会現象として、今、進んでいることである。

 そして、末木氏はアメリカのキリスト教原理主義や中東を中心としたイスラム教原理主義などの宗教勢力の動きが政治にからんできたことから、社会の側でも宗教を無視できなくなってきている、という。

 <宗教抜きで国際政治は語れなくなった。

 というのだ。チベット問題にしても、中国専門家は宗教を知らないので、チベット問題の本質に迫れないし、靖国神社問題も政治・外交問題として扱ってきたが、靖国神社が宗教施設であるという根本のところが忘れられている、という。

 <大きな宗教団体を支持母体とする政党が政治の中核で活躍していながら、いまだに一種の宗教隠しがまかり通っている。

 として、<マスコミを使いながら社会の宗教アレルギーに挑戦しようというのであれば、仏教界の戦略もなかなか侮れないところがある。>

 と結んでいる。

 「心」という意味では朝日新聞9月12日夕刊<「心」を探る学生たち/心理学系の学科が大学で人気/いじめ・不登校・自傷…体験から内面に興味>という吉住琢二記者のまとめ記事もそれなりに面白かった。

 日経新聞9月10日夕刊文化面インタビュー<「人並み」という基準見失った現代/欲望の果て 行き止まり>は漫画家のしりあがり寿さんに文化部の白木緑記者がインタビューした。しりあがり氏は1958年静岡市生まれ。81年多摩美大卒。キリンビール入社、94年退社。81年「エレキな春」で漫画家に。代表作に「弥次喜多 in DEEP」「コイソモレ先生」など。

 ちょっと違う統計ものだが、読売新聞8月29日朝刊解説面<日本人の結婚観/格差拡大 影落とす/未婚増「経済力に自信ない」>は読売新聞世論調査結果の分析だが、なかなか結婚しない時代、という新しい現象にメスを入れた記事だった。

◆西部氏の全学連回顧

 朝日新聞8月5日夕刊[追憶の風景~東京拘置所]<思い切って退却決めた>は評論家の西部邁(にしべ・すすむ)氏。1939年北海道生まれ。社会経済学者、元東大教授。「表現者」顧問。「六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー」など著書多数。

 20歳の終わり頃、東大自治会委員長の時に首相だった岸信介が安保改定調印で訪米するのを阻止しようと全学連中央から動員がかかり、羽田に行ったが、学生が少なく、機動隊の前に一網打尽で初めて逮捕された、とか、巣鴨の拘置所生活を体験し、差し入れされた「資本論」を読んで、「こんなものがマルクス主義の聖典か、とがっくりきたので、拘置所を出る前に運動から離れることを決めていた、とかの若い頃の話。

◆全共闘シンポジウムなんて開いたんだ

 「心」とは直接は関係ないが、朝日新聞10月22日夕刊文化面<68年の「若者の異議申し立て」から40年/「反乱」に共感と違和感/時代の気分「似てきた」/「雰囲気だけ」「検証を」>は藤生京子記者の記事。

 見出しそのまんまの内容。9月下旬に立教大学で開かれた「1968+40 全共闘もシラケも知らない若者たちへ」と題したシンポジウムの紹介だ。パネリストで北大准教授(経済思想)の橋本努さん(40)は「全共闘の学生が口にした『自己否定』の動機に、親にほめられるために勉強してきた『いい子ぶりっこ』に自分を否定する願望があった。公害など資本主義のひずみが噴き出した高度経済成長時代に受けた『あしたのジョー』のように、展望もないまま『青春を燃やし尽くす』が全共闘の考える自由だったが、今の時代の気分は40年前と似てきている」と言う。

 「1968年」(ちくま新書)を書いた全共闘世代の文芸評論家、絓さんは「内ゲバや聨合赤軍事件へと至る挫折として語られてきた68年の経験がフェミニズム、環境問題の起点であり、現代史の転換点だ」と言う。このシンポは彼の主張を踏まえた討論だった。

 パネリストにはロスジェネ世代から鈴木謙介・国際大学GLOCOM研究員(32)も参加。アントニオ・ネグリらの「<帝国>」を翻訳した大阪府立大准教授の酒井隆史さん(43)はシアトルで99年に起きた反WTOの抗議行動以来、排除された人たちによる全く予測できない出来事が68年と連なる形で海外では続いている、と強調し、市民を巻き込めなかった日本の68年と今後の展望については自律した労働運動の必要性を言うにとどめた、という。内田樹・神戸女学院大学教授(58)は全共闘運動はただ時代のうねりの中に流されただけと批判的。「若い世代が関心を寄せている背景にはグローバリゼーションを含む『反米機運』の高まりを感じるが、それは雰囲気に過ぎない」と突き放す、という。

 全共闘世代のすぐ下で運動に懐疑的だったという御厨貴東大教授(57)はあまりにも語られぬまま忘れ去られていることに疑問を感じ、60年代論を執筆中だ、という。

◆団塊とジャネーの法則

 団塊の世代といえば、古い記事だが、日経新聞3月30日の[遠みち 近みち]で安岡崇志・特別編集委員が<団塊とジャネーの法則>という面白いコラムを書いていた。

 時間の長さの主観的評価は人の年齢の逆数に比例する、という経験則を心理学で「ジャネーの法則」というのだそうだ。メディア文化論が専門の稲増龍夫・法政大学教授に聞いた話だそうだが、山崎豊子原作「白い巨塔」のテレビドラマ新旧2シリーズのテンポの速さの大変な違いがある、という。同じ法廷シーン3分間で、画面を切り替えるカット数を計り演出のテンポを比べる。証言する主人公の顔をじっと映す1979年放映の旧シリーズは23カット。主人公、弁護士、傍聴人の表情をめまぐるしく追う2004年版は83カットだった、と。

 79年に25歳の人は新シリーズ放映時には50歳。ジャネーの法則に従えば、時間を2倍の速さに感じていたことになる。そこへもってきてセリフの速度が上がり、さらにカット数で3.6倍になる速いテンポで畳み掛けられては、たまったものではない、と書いている。

 稲増教授によると、極端にカット数が多いテレビドラマが初めて登場したのは2000年。1時間ドラマ1回分の総カット数は400台という常識を破り、700を大きく超えた「池袋ウエストゲートパーク」だった、という。テレビドラマのカット数はここ数年多くて800で安定している。300から400のゆったりしたものもある。棲み分けているのが現状だ、と稲増教授。

 稲増教授は「団塊世代なら、多少テンポの速いものにもついていける」と太鼓判を押している、というが。

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対米報道「される」「られる」やめろ!―石澤靖治教授提案は<その通り!>~読売新聞11月19日朝刊

 読売新聞11月19日朝刊文化面[メディア]に石澤靖治・学習院女子大学教授(メディア関係論)の<対米報道 受け身表現脱却を>が掲載されていた。同感したので、主張のあらましを書いておく。

 石澤氏はオバマ氏当選を伝えた各紙の日米関係の記事を見て「○○に対応を迫られる」というような表現が多いことを苦々しく思ったらしい。「受身の表現を多用すべきではない」とメディアに注文をつけている。

 「日本とアメリカの力関係を考えた場合に、アメリカのほうが上であることはことは言うまでもない」し、「アメリカで最高指導者の交代という出来事が起きれば、日本は必然的にその影響を受ける。したがって、『れる』『られる』という受け身にならざるを得ないのは確かである」が、「日本はそうした立場に安住して、これまで自らが主体的に働きかけるというよりも、むしろアメリカからの要請や圧力があった際に、嫌々ながら行動を起こすことが多かった。そして、それがアメリカ側からの信頼を損ねてきた」。「日本は自立した形でアメリカと接する時代になったと言われて久しい」が、「そのメンタリティーはあまり変わっていない」。

 「それを反映してか、従来の日米関係の報道で散見されたのは、『日本は○○への対応を背回れる』というような受け身の報道だった。報道する側が受け手の発想を前提としていることは事実だから、その報道は日本国民の感覚に対応したものだということもできる」。

 「メディアが受け手に従属するのか、あるいは主導するのかについては大きな議論があるが、日米関係報道はこの辺で『られる』型ではなく、『する』型に視点を変えるべきである」。

 「今後日本がいかに主体的に世界に、そしてアメリカにかかわっていくかによって、アメリカの対日姿勢も大きく違っていくはずだ」。

 「そうした転換を求められるのは、政府であり、国民であり、そしてメディアである」。

 書き出し以外はほぼ全文を書き写してしまったが、そういうことだ、と思う。

 学者の世界では今、少しずつ地殻変動が起きているようなのだ。アメリカを崇めるのではなく、現実の姿とそのよってきたる所以を解き明かそうという努力をする学者が増えているようなのだ。

 今、読み始めている菅英輝編著「アメリカの戦争と世界秩序」(法政大学出版局、2008年11月20日初版第1刷発行、定価3800円+税)は「なぜアメリカはリベラルな世界秩序を追求するため戦争という手段に訴えるのか!」という帯の文句そのままに、戦争ばかりしているアメリカと、口を付いて出る「自由、平等、民主主義」などの理念との大きなギャップについて、どうしてアメリカはこんな風になってしまったのか? それとも昔からこうだったのか? と多くの研究者が問いかける論文を書いているのだ。

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 その中で菅氏はリチャード・ストロキン「暴力を通じた再生~アメリカ人のフロンティア神話1600-1860」を引用しながら、アメリカ人がアメリカ先住民との戦争を通してアイデンティティーを形成していったこと、先住民を征服してゆく過程で「フロンティア神話」が形成されていったこと、フロンティアは「野蛮人」や暴力のイメージと結びつけられ、「野蛮人」とは共存できないという意識と、フロンティアという「野蛮人の土地」を文明の土地に変える行為がアメリカの再生や発展と結びつくという神話は、その後もアメリカ史の中で継承されてきたこと、そのことはベトナム戦争中にアメリカ兵がベトナムを「インディアンの国」、索敵撃滅作戦を「カウボウイとインディアンのゲーム」というイメージで語り、虐殺や虐待を繰り返したことなどをあげていた。

 今、こうした「暴力をきれいな理念で覆い隠した国」というアメリカの新しい顔も暴き出されようとしている。麻生首相のG20提言も今までの日本の首相提言から考えれば信じられないほどアメリカの低落現象を赤裸々に語るものとなっている。

 そんな中、過去の似たような会議などの記事が貼ってあるスクラップブックを見ながら、記事を書いている外務省記者クラブ(霞クラブ)や首相官邸記者クラブの面々の意識構造が問われている、というのが石澤教授の寄稿の言いたいことだろう。

 たしかに、日本政府が主体的に「こうする」と発信する情報が少ないことは、今までの日米関係がすべて受け身だったことの鏡像でもあるから、メディアだけ変わろうとしても、書くことがなくなってしまいかねない。

 でも、このような問題意識を常に持ち続ければ、少なくとも主体的な姿勢がにじんでくるだろう。そうなれば、G20終了後の総括記事で毎日新聞が「存在感なかった日本」と書いたようなステレオタイプの記事は減るだろう。そう期待したいものだ。

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2008年11月18日 (火)

大前研一氏の「韓国は日本人にウォン預金解禁を」の提言+読売新聞11月18日李大統領実兄記事

◆97年12月から98年の韓国通貨危機について

経営コンサルタントの大前研一氏がBPnetの連載「『産業突然死』の時代の人生論」第153回「韓国の通貨危機、再び忍び寄る」(11月5日付)で10月28日に訪韓した時、1万円=15万ウォンと200回以上訪韓経験のある大前氏でも見たことがない円高で、ウォン=ドルレートが注目されているが、実はウォン=円レートの方が極端なのだ、と書いていた。

大前氏は1997年12月のアジア通貨危機時について、タイ、インドネシア、フィリピンなどと比べても韓国の一人負けだったので、IMFが韓国を集中的に支援し、1998年に大統領となった金大中氏がIMF指導の下、資本開放を実施、米国系金融機関、サービス産業、IT企業が一斉参入したほか、韓国政権も消費をあおって、予想外の短期で韓国は危機を脱し、IMF管理を卒業、高成長に戻ったと総括した。

その通りだ、と思う。

 だが、大前氏は「今回は事情が異なる」という。

 IMFはアイスランド救済に忙しく、ハンガリー、ウクライナ、パキスタン支援も必要。中南米、アラブ諸国、東南アジアなどの支援要請も予想され、韓国を相手にしてはいられない状態だ、というのだ。

 なるほど!、である。韓国人がIMFの記憶が甦って恐怖感におののいている、という面だけ考えていたのだが、現実的に考えれば、確かにそうだろう。G20でIMF資金強化を麻生太郎首相が呼びかけたが、同調する国は限られているだろうし、どう見ても韓国よりもハンガリーが優先されるだろう。

◆前回危機では日本は韓国を巨額支援した

 前回の通貨危機では米の要請で日本も韓国に巨額支援をしたが、今の日本政府にはそんな体力はない、という。

 そこで韓国は8月には高金利にして、世界からお金を集めようとした。

 狙いは日本人だったのではないか? とすぐ思うのだが、日本人は韓国で定期預金が許可されていない。このため、日本列島からの利用者は在日韓国人に限られた。大前氏は「高金利政策の効果は半減される」と言っている。

 日本人に定期預金を許可すれば、銀行定期預金金利がほとんどゼロ同然日本国内の銀行と約6%の韓国の銀行を比較し、多くの日本人の金が韓国の銀行に集まるのに、なぜ許可しないのか、というのが大前氏の憤懣である。相当に韓国に入れ込んでいるように見える。

◆3兆円のスワップ協定がまだまだなワケ

 10月29日に結んだ米韓スワップ協定の「300億㌦」というのは相当に大きな金額だ、と思ったのだが、大前氏は、

 <天井が3兆円というのは余りにも低い。日本の個人金融資産の1%がウォン買いに走れば15兆円だ。これと比べいかに3兆円が低いか分かる。>

 という。大きな投機的な動きが出ればすぐに破産しかねないシステムだ、というのだ。だから、日本から円資金を入れれば、韓国は手にした円をドルに替えるだけでドルの流動性危機を避けることができるのに、というのだ。

◆韓国のインフラのすそ野の貧弱さ

 大前氏は長期的問題として韓国産業のインフラの裾野の貧弱さを指摘する。

 <韓国は急速に経済を発展させてきたために産業のインフラ作りを置き去りにしてきた。例えば韓国の電化製品や自動車などは、日本から優れた素材、部品などを輸入して、それを組み立てて輸出するような構造で作られている。組み立て機械や工作機械も日本製がほとんどだ。最近は、韓国のブランドも世界の一流の仲間入りを果たしたように思われているが、その中身はと見ると実は大部分が日本の部品ということがよくあるのだ。だから韓国から欧米への輸出が増えると日本からの輸入が増える、という構造的な問題を抱えている。これをわたしが指摘し始めたのは20年以上前だが、いまだにそのパススルー経済の実態は変わっていない。>

 また、韓国の財閥経営陣が韓国立て直しをうっちゃらかして途上国進出に集中していること、強すぎる労働組合の問題、若者の海外移住、極端な少子化、財閥と政府との葛藤など韓国には難題が山積しており、ウォン下落危機を乗り越えても前途多難だ、という「ご託宣」が下されている。

 目新しい内容はない。サムスンの躍進の時にも、サムスンの決算内容をつぶさに調べた経済学者が「別に日本企業のライバルではない」と言っていたことも思い出す。

◆「日本人にウォン定期預金を認めよ」という提言は実現するか?

 大前氏の言いたいことは、次の文章に要約されるだろう。

 <とりあえずは日本の助けを借りて流動性の確保を図るべきだろう。日本人が韓国でも定期預金ができるようにして資金を流し込み、流動性を確保するのだ。その上で日本からのウォン安を利用した観光客が大幅に増えれば経済にとっても大きなプラスになる。米国との通貨スワップよりも、これが現状一番の早道だ。>

 なるほど、と思った。

 これで以前の「民団新聞」が書いていた<韓国系銀行に円とウォンを交換しようと並んだ在日韓国人の長い列>の意味も分かったし、その中に日本人がいなかった理由も分かった。

 しかし、大前氏がせっかく、当時の金大中大統領に「日本人にも定期預金を解禁したほうがいい」と勧めたのに、なぜ大統領はその提案を無視したのだろうか?

 大前氏が今も提案するのだが、それでは李明博大統領は、当時の金大中大統領とは違って、大前氏の提案を受け入れる余地があるのだろうか? 事情は10年前と変わっていないのではないか、と思う。

 実現可能性という意味では、大前氏の提言はあくまで「経済理論家の理想論」のように聞こえる。

◆李明博大統領の兄が行った「対日要望」

 この問題に関して、読売新聞11月18日朝刊国際面に<韓国の対日赤字「是正する必要」/韓日議連会長>という興味深い記事が載っていた。

 ソウル支局の浅野好春特派員の短い記事だが、内容は李明博大統領の実兄で7日に韓日議連会長に選出された与党ハンナラ党の李相得(イ・サンドク)国会議員(73)が17日、ソウル駐在日本人記者団と会見し、巨額に上る韓国の対日貿易赤字問題について「是正する必要がある」との見解を示した、というものだった。

 李会長は「対日赤字は2007年に300億㌦、08年は340億㌦に達するとの推計もある。韓国にとって一概に悪いことだとは思わないが、これほど金額が大きくなると問題だ」と述べた、というのだ。具体的な是正策として日本の部品・素材産業、環境関連企業の工場を韓国に進出させる方法がある、との考えを示した、という。

◆時代は戻ったのか? ~韓国に根付かない中小企業

 何か時代が戻ってしまった感がある。

 馬山の工業団地を整備し、日本の工場を誘致したのはいつだったか。たしか、「漢江の奇跡」といわれる前だったのではないか。当時、韓国好きの中堅企業経営者が進出したものだったが、労働問題が起きると反日運動と結びつき、相当な嫌がらせをされ、失意のうちに引き揚げてきた経営者も多かった、と記憶している。

 その後、韓国が通貨危機克服後に経済復興を遂げ、日本が「失われた10年」で苦しんでいる時には、大田区の旋盤工場などに買収攻勢をかけた。国内で地道に中小企業を育成するという手法でなく、金で日本の中小企業を買う動きに出たのだ。

 日本政府も当時は危機感を抱いたものだったが、韓国の動きは一過性のもので終わってしまった。

 なぜ一過性で終わったのか?

 当時、いろいろ考えた結論は、韓国と日本の国民性の違いが横たわっているのではないか、ということだった。難しい論点なので、今はこれ以上は触れないが、日韓貿易摩擦問題を突き詰めていくと、そこに行き着くのだと思う。

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2008年11月17日 (月)

中曽根康弘元首相、出井伸之元ソニー会長、佐々木毅氏、北岡伸一氏~各紙への寄稿やインタビュー

 朝日新聞11月8日朝刊3面[経済危機の行方 世界は]のインタビューシリーズは中曽根康弘元首相。<モラルなき拝金主義 背景に/米国に代わりG20を司令部に/日本主導でアジアの声上げよ>のタイトル。ここで中曽根氏はアメリカへの怨みつらみをオブラートに包みながら露呈している。面白い言葉だけ拾う。

 <米国の市民は、借金は返さなければいけないものだと小さい頃から教えられているはずだが、政府当局は双子の赤字など意に介してこなかったようにも見える。少なくとも是正を長い間怠ってきている。サブプライムローン問題を見ても、監視を怠ったという一面がこの事態につながったところがある。ブッシュ政権が、その時流に乗ってきた面は否めない。イラク戦争はその象徴だ。>

 <米国は時々人道的な主張を前面に出すのだが、政治の現実を見れば独善が優越してきた。今回の経済異変は、そうした米国のあり方自体をも問い直すことになり、実際、米国の国際的評価の低落は、米国自身において反省されてきていると思う。>

 <富にはモラルが付着していなければならないということだ。今回の異変は、極論すればモラルなき拝金主義からきている。情報社会であり、コンピューターによる世界ネットワークの時代であることを考えれば、人類の堕落を防ぐにはモラルというものがますます不可避のものとなる。さもなければ、コンピューターの持つ速さや、原子力その他による兵器の発達などにもかんがみて、ちょっとした人間の過失や思惑、悪意によって世界的危機に至ることが今後ないとはいえない。政治、経済、社会、あらゆる面において、モラルがもっと深く食い込んでこなければ、人類自体が危うい。そういう時代に入りつつある。>

 <このG20を恒常化し、さまざまな課題に対する基本戦略司令部にすることが望ましい。…自由と民主主義と資本主義の3者連携の時代はまだ続くだろうが、その資本主義の内容自体は、新しい情報社会の出現によって再点検されるべき要素がかなりあるということだ。>

 <麻生政権は…今起きている問題の歴史的意味や今後日本が世界に示すべき政策にまで思いが至っていない。本来なら今回の事態は、日本が主導して世界に新たな態勢づくりを訴えるチャンスでもあると思う。アジアの総意、いわばアジアの「連合意思」といったものを形成し、欧米に説いていくということがあってよい。>

 <モラルということから物事を考えれば、偏狭なナショナリズムは排除される。世界的な基準、普遍性、人類的運命を考えて進むべきであり、進むしかない。>

 何か禅問答のようではあるが、老師の言いたいことはビンビンと伝わってくるようだ。

 毎日新聞11月7日夕刊[特集ワイド~この国はどこへ行こうとしているのか]はソニー元会長、出井伸之氏(70)。<毅然と 品位保て>の見出しだ。

 出井氏は1937年東京都生まれ。早大政経学部卒。60年ソニー入社、95年社長、2000年CEO、05年最高顧問。日本経団連副会長や政府の「IT戦略会議」議長も務めた。06年創業のクオンタムリープ代表取締役。趣味はゴルフ、読書、映画鑑賞。最近は東野圭吾の「容疑者Xの献身」「秘密」など長編小説を楽しんだ、とあった。また、本文にあったが、ドバイの王族とパーティーで知り合ったのが縁で07年11月、ドバイの政府系ファンド「ドバイ・インターナショナル・キャピタル(DIC)アドバイザー。07年6月には中国のインターネット検索サイト最大手「百度(バイドウ)」の社外取締役に就任している。

 面白かったのは、出井氏が06年6月号の「論座」で「日本は80年代に『坂の上の雲』と思ったが、雲で自分のいる位置が分からなかっただけ」と書いたが、このインタビューでは「アメリカは今、『坂の上の雲』にある。アメリカは好調が続いて坂の上の雲の中に入り、自分自身が見えないのでしょう。国家も人間も成長している時(坂の途中で)は、パワーがあるように見えるけれど、坂の上に行くと急に周りが見えなくなる」と話したことか。出井氏はよっぽど「坂の上の雲」が好きなんだなぁ。

 各国のGDPが世界に占める割合のグラフは面白かった。中曽根氏が「G20を基本戦略司令部に」と言っていた背景も分かる。

 2003年のGDPは先進国が49.5%で新興国は50.5%と1ポイント新興国が上回った。出井氏は「この03年に、実は世界の軸が変わっていたかもしれないよ」と言うのだ。

 2030年は先進国が36.4%、新興国は63.6%とさらに差が広がり、「世界経済は第二次世界大戦後、米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制に変わった。今の金融危機はこの変化に匹敵する。先進国だけでは世界のマイノリティーだけの集まりになる。ここがポイントです。金融危機で世界の軸が変わったんですよ」と、G20について、その意義の大きさを強調する。

 その2030年に世界に占める各国の割合は中国が24%、米国17%。03年に12%で世界2位だった日本は4%。出井氏の言葉だ。

 「今までのような米国への従属はありえない。だから、世界に敬意を払われる国にならなければならない。日本は過度にペシミスティックになっている。けれども、世界から見るとまだ経済格差は少なく、増えたとはいえ犯罪も少なく、水も安心して飲める。こんないい国は世界でも少ない。1億2000万人が住む日本は、毅然としていることが大事だと思う。日本が世界に誇れるのは『平和』『安心・安全』『教育』。世界の中で日本は品位ある国として歩んでほしいね。いつも戦争ばかりの米国に比べたら、60年間も戦争をしていない日本は超優等生だと思う。『どう生き残るか』と『将来への先行投資』。この方程式をどう解くかに日本の行方はかかっているんだよ」。

 東京新聞11月9日朝刊[時代を読む]は佐々木毅学習院大学教授。<迷走気味の麻生政権>がタイトル。

 給付金支給を実務的感覚から「これは厄介なことになるな」と思った、という。制度設計もしていない思い付きの支給提案だからであろう。麻生首相の10月30日の記者会見で道路特定財源の一般財源化に伴い地方に1兆円を移す件も現行で7000億円が地方道路整備臨時交付金として配られており、1兆円がその別枠なのか全体で1兆円なのか論争になっているが、記者会見で記者がきちんと聞かなかったのが悪い、と。

 その通りだ、思う。しかし、佐々木教授にはもう少し大きな枠組みの問題提起をしてほしかった。せめて、次の言葉で満足するか。

 <世界は二十年ぶりに「チェンジ」のサイクルに入ったという予感がする。この大統領選挙はその号砲である。麻生政権において唯一つはっきりしているのは、日本の政治の「チェンジ」だけは阻止したいという執念である。>

 この「チェンジの時代に入った」という認識は正しいと思う。ニュージーランドの総選挙で左派から右派への政権交代が起きたのも、その一環だろう。今は政治学者には物が言いにくい時代なのか? 佐々木氏のクリアカットな提言を読みたい。

 日経新聞11月11日朝刊[経済教室~米次期政権と日本の対応㊤]は北岡伸一・東大教授。1948年生まれで元国連代表部次席大使、専攻は日本政治。見出しは<大転換期 共同で乗り切れ/道義的指導力を再生/悩める米国を積極支援せよ>である。「傷ついたモラルリーダーシップを立て直せ」は米国への注文だろう。中曽根元首相と共通する見方だ。

 米国の問題は経済、軍事ではない、という。世界の中での米国経済シェアは昨年、21%と1960年の24%から実はあまり変わっていないし、軍事力は圧倒的。傷ついたのは米国のモラルリーダーシップだ、という。その再確立が米国の最大の外交課題だ、と。米国を偉大ならしめてきたのは自由と民主主義の擁護者としてのモラルリーダーシップ(道義的指導力)である、と。

 面白いのは、渡辺靖慶応大学教授同様、北岡氏も共和党の善戦に注目していたことだ。1984年のレーガン再選時は民主党はワシントンDCを含めて2州しか取れなかったが、今回は反ブッシュの嵐の中でマケイン候補は20州あまりを獲得して善戦した、という。つまり、オバマ大統領に対する抵抗感はまだまだある。そのためにも経済問題は重要で、ここで失敗すると、米国は極端な保護主義に走りかねない、と懸念する。

 日本は北朝鮮問題でも悲観するな、という。最後には経済支援の鍵を握っているのだから、と。これはその通りだ、と思う。

 <焦る必要はない。検証可能な全面的な核計画の廃絶を強く主張していくべきである。>

 という主張にも全面的に賛成だ。そして、北岡氏は米国が世界をどうするか、で悩んでいるのだから相談相手になるベきだし、その場合、安全保障上の幾つかの不必要なタブーを解いておくことが望ましい、という。集団的自衛権は保持するが行使できない、という解釈などがその最たるものだ、と。北岡氏の話で「へぇー」と思ったのは、

 <アフガニスタン問題の根源の一つは、麻薬問題なのだが、日本は明治・大正期に台湾の麻薬を撲滅させた経験もある。ケシを全部買い上げて廃棄するような方法もあるかもしれない。>

 という話である。知らなかった。また、「オバマが親中になるか親日になるか、かなりの程度、日本自身の選択なのである」という言葉もその通りだと思う。米国が手を携えて国際社会に対峙しようと思うパートナーであるかどうか、日本の変革にかかっている、という意見だ。

 <日本は、自らの潜在的能力を自分で拘束し、進んで二流の国家になろうとしている。自己卑小化とでもいうべきだろうか。これでは頼りになるパートナーにはなりえない。米国は「チェンジ」を選んだ。「イエス・ウィー・キャン」と叫んだ。今度は日本の番である。>

 北岡氏の「チェンジ」と佐々木氏の「チェンジ」の内容が違うのが面白いが、それでも「チェンジ」は必要だろう。

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G20での[危機の克服~麻生太郎の提案]について

 首相官邸のホームページから[危機の克服~麻生太郎の提案―短期、中期、長期の対策(要約)]をダウンロードした。11月15日付で、「金融・世界経済に関する首脳会合 麻生総理配布資料『危機の克服』日本語訳」の注意書きが付いている。要約だから表紙を入れてA4版6枚の短いものだが、一読、驚く内容も含まれていた。驚いたのは、この会合を報じた各紙を読んだつもりだったのだが、各紙とも触れていなかったのではないか、と思える部分が相当にあったからだ。

 資料自体、よくできている、と思う。財務省出身秘書官か麻生氏のブレーンがまとめたのだろう。

 まず[バブル崩壊後も拡大を続けた日本のGDP]のグラフだ。1980年を始点に2008年までの実質GDP、名目GDPの推移の折れ線グラフと市街地価格指数(6大都市・商業地)の折れ線グラフを組み合わせてあり、地価がピークだった90年半ばから結構急勾配で落ちていく様子が一目で分かる。

 2004年の最安値部分に「1973年の水準」と書かれ、ピークからの下落率が87%だった、と書いてある。内閣府国民経済計算と日本不動産研究所の市街地価格指数が出所だそうだ。地価の価格指数は2000年3月が100で、GDPはそれぞれ単位が兆円、季節調整値。

 政府の胸を張る姿勢にかかわらず、2000年に名実逆転していることがグラフが示しており、デフレくさいなぁと推測させる。このグラフから直接には読み取れないが、デフレ状態になっても成長が止まらなかったのは、輸出ドライブのおかげだった、とも推測できる。つまり、アメリカの国民がクレジットカードでどんどん買ってくれたから日本の輸出産業が息を吹き返した、というわけだ。

 地価は2004年に底を打ち、徐々に上がりかけているが、物価上昇率程度なのか、その程度の上がり方だ。

 以上が読み取れるグラフがG20会議で配った資料の最初に出てくる。

 そして、本文に入る。

 まず驚いたのは(問題の根底)と題した部分だ。

 「問題の根底には、グローバルなインバランスの問題があり、基軸通貨国アメリカへの世界中からの資金流入という形で、アメリカの赤字がファイナンスされているという根本があることを忘れてはならない」

 と書いてある。

 政府の公式文書、それも総理大臣が各国首脳に向けて発言した言葉の中に

 「世界各国からの資金流入でアメリカの赤字をファイナンスしている」

 などと、米国の現状を抉るような直接的物言いをしたのは初めてではないか? 誰が考えた文章なのか、よくここまで書いたなぁ、と感動した。まさにその通りなのだが、日本は今までアメリカに必要以上に気を遣って、このような表現は避けていた、と思う。今後、言うべきことは言うスタイルに変わったのか? 官邸に大きな変化が起きているように見える。

 「2.中期的な金融危機防止策」の中の(グローバル・インバランス問題の是正)でも、

 「過剰消費・借入依存の国における過剰消費抑制策と、外需依存度の大きな国における自律的な内需主導型成長モデルへの転換」

 をあげていた。”借金していい生活するんじゃねえ”、と各国首脳の前でアメリカ大統領に叫んでいる風でもある。

 よくぞ言った、立派だ、麻生さん。ただ、忘れてもらっちゃあ困るのは、次の文句である。

 「内需主導型成長モデルへの転換」

 である。首相が各国首脳の前で言ったのだから、国際公約だろう。この国際公約は重い。

 ただ単に内需拡大策を取る、というのと意味が違うことは、発言した麻生首相は十分ご存知だろう。

 構造転換をする、と公約したのだ。

 内需主導型成長への構造転換は容易ではない。強力な政権でしかできないことだ。昔、前川リポートというものを出したことがあったが、言葉だけが踊って、構造転換はできなかった。あれは対米公約だったが、今回はもっと重い国際公約である。

 今日からでも麻生首相は動かねばならないだろう。

 さあ、どうする、ということである。これもビックリマークの言葉である。

 さらに中期策の中の(国際金融機関改革)で、

 「IMF、世銀、規制・監督を巡る国際的なフォーラムのガバナンス構造(発言権、投票権シェア)を、今日の経済実態を反映するように、見直すことを提案」

 という言葉にはもっと驚いた。これはIMFの決定方式を1㌦=1票から1国=1票にする、ということなのか? そんな新興国よりの発言をしたのか? それとも、別の意味合いがあるのか?

 素人には分からないが、素人には驚くべき踏み込みと思えた。アメリカが怒らないところを見ると、違う意味なのだろうし、違う意味でないと、日本も将来困ることになるだろう。

 それに加えて、金融安定化フォーラムの位置づけをバーゼル委員会などの上位組織として明確に位置づけ、IMFとの協働を強化し、新興国をメンバーとして再構成する、と提案したのは既得権益を持つ日本からすれば、清水の舞台から飛び降りるような提案だと思うのだが、各紙は騒いでない。

 なぜか? バーゼル委員会はBISの建物の中に居候しているが、やっていることは重い。そこに中国とブラジルとインドを入れるのか? そうなれば、韓国だって入りたがるだろう。今は、そういう秩序再編をすべき時なのか? 疑問が残った。

 一番驚いたのは「3.長期的な通貨体制」の書き方だった。たしかに各紙はここで言っている「ドル基軸体制を支える努力を払うべき」を報道したが、今までだったら、「努力」ではなく、「支える」と言い切っていたのではないか? それは兎も角、その後が「よくぞ言った」なのだ。

 「それぞれの地域において域内の経済協力を推し進め、たとえば東アジアにおける貿易、金融両面における統合プロセスを推進していくことは重要。開かれた地域主義は、グローバリズムを積極的な意味で補完」

 という文章である。アジア共通通貨、円経済圏宣言とも読めるではないか? だが、これには注意深い担保があることは知っている。

 「開かれた」という言葉の意味は「アメリカを排除しない」という意味であることである。

 だから、ASEAN+3ではなく、APECが主舞台となる。そうなれば、円経済圏は事実上できない。だから、日本は10年前にアメリカに潰された構想をまだ諦めていませんよ、と袖の下からチラリと鎧を見せただけ、ということだろう。そして、アメリカ財務省の反応をうかがっているのだろう。

 でも、びっくりした。

 坊ちゃんのような麻生首相が歴戦の兵の中に入ったって、何もできないだろう、と最初から半ば諦めていたら、人知れずこんなことを言っていたなんて。

 これは「円高日本」の実力で出てきた言葉なのか? 官僚の読み方で読めば、文書の意味合いはここに書いたほどのことではないのかもしれない。

 「できません」「やりません」と言わずに「極力検討します」と言う人たちだから、どこかに抜け道のある言い方なのかもしれない。

 しかし、普通の一般常識人が予備知識なしに読めば、世界の腹に一物の首脳たちに向かって、衣の下から緋縅の鎧をちらつかせていることは間違いないと思う。

 その鎧の影にちょっとびっくりした次第だ。

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クルーグマンの巨額財政出動って土建屋政治礼賛?+サミュエルソン氏インタビュー+白石隆氏寄稿~朝日新聞11月17日朝刊と読売新聞11月15日、17日朝刊

 朝日新聞11月17日朝刊3面[あしたを考える]はポール・クルーグマン米プリンストン大学教授が14日、ニューヨークで記者会見した内容を小此木潔、都留悦史両朝日新聞編集委員がまとめて書いたものだ。見出しは<大不況克服へ巨額財政出動せよ/債務増を心配する時でない>である。一読、訳が分からなくなった。これじゃあ、昔の自民党がお得意だった道路、橋、ダム、大型建築物などの大型公共事業による景気刺激策そのものじゃないか。構造転換には時間がかかり、即効性がないから、当面はこれで凌がないと、来年末には大変なことになるぞ、という脅しとも取れる。本当かいな? と疑いたくなる。

 クルーグマン氏は今年のノーベル経済学賞受賞者で、ニューヨーク・タイムズ紙などをベースにブッシュ政権の経済政策に物申してきたことはある程度知っているつもりだったが、ここまで野放図な政策をやる必要があるのか? こういう政策の後遺症の恐ろしさを知っているのか? 日本で最近、構造汚職の摘発が相次いだのは実はクリントン政権時代に「日本は内需拡大をしろ」と目標額を決めて公共事業増額を押し付けられ、本来はやめるべき公共事業まで続けざるを得なくなり、そこに官僚と業者、そして利権に群がる政治家が寄生して政官業の汚職トライアングルができて、この闇の権力が国家財政を蝕んだなれの果てなのだ。

 いま、クルーグマン氏の言うようにアメリカで60兆円規模の経済刺激を財政主導でやるとなれば、90年代から2000年代前半の日本の二の舞いになりかねないのではないか? それとも、政治システムが違うから、アメリカでは政官業の癒着は生じないのだろうか? 一時の平安を得るためにたがを外すことの怖さを日本人はアメリカの政権に教えられたのだ。今、日本の識者はアメリカの政権に「そんなことをしては駄目だ」と教えてあげるべきではないか、と思う。

 クルーグマン氏の立論は非常に論理的に見える。

 米国の失業率が来年末までに8%か9%まで悪化する。完全雇用状態を示す失業率(自分に合う仕事を見つけようとするための失業などを除いた失業率)は5%程度と見るのが妥当だ、という数字はノーベル賞受賞経済学者なのだから信用していいだろう。

 そして、失業率の変化とGDPの関係を示す「オークンの法則」が出てくる。完全雇用の下で経済の能力を過不足なく発揮して得られるGDPという実際にはありえない理想型と、実際のGDPの差をGDPギャップというのだそうだが、「オークンの法則」は「失業率が1%幅大きくなるごとにGDPギャップが2%幅拡大する」というものだ、と注釈に書いてある。

 この「オークンの法則」を使って大雑把に計算すると、アメリカはGDPの7%分も生産額が足りないという状況に直面しつつあり、このギャップを埋めるためには巨額の財政支出による景気刺激が必要。財政支出増が波及効果を含めGDP増にどれだけ寄与するか、を示す「乗数効果」を計算に入れると、GDPの4%である約6000億㌦(約6兆円)の支出でもやや足りない、というご託宣だ。

 政策金利の誘導目標になっているフェデラルファンド金利は0.29%まで下がる例も出てきており、すでに日本でとられた「ゼロ金利」政策が事実上実施されているようなものだ、と言う。つまり、金利政策が発動できない片手を縛られている状態なのだから、財政政策しか取れない。計算したら6兆円だから、6兆円出せ、とこういう単純な物言いなのである。

 じゃあ、どこにカネを出すのか? というと、医療保険を全国民に広げる法案とか、再生可能エネルギーへの転換などは時間がかかり即効性がないから、駄目だという。じゃあ何か? と言えばハドソン川をくぐる2番目の鉄道トンネルなど計画中の公共工事の前倒しとかの公共事業、地方への補助金アップ、失業手当増額、失業者への医療保険提供などをあげている。社会福祉的政策は「なるほど」と思うものもあるが、どうも柱は公共工事と見える提言である。

 日本ならば自民党議員や国土交通省の官僚たちが総立ちで拍手、狂喜乱舞するかもしれない「神のご託宣」である。

 クルーグマン氏はこれらの提言を自分でもおかしい、と思っているらしく、今、世界は「不思議の国のアリス」の不思議の国の状態にあり、貯蓄を高めること、健全な財政が悪で完全に無駄な政府支出が善といういつもの世界とは逆転した世界にあるのだ、と言う。つまり、無駄な公共事業の悪を知っていて提言しているのだから始末に悪い。

 クルーグマン氏は「こういう『奇妙な経済学』を永遠には続けたくないが、今我々はここにいる。完全雇用に戻り、フェデラルファンド金利が5%になれば、元の世界に帰れるが今は違う」と、あくまで例外としての劇薬を飲むように注文している。

 世界不況を克服するためには本来はG20のような国際協調の枠組みで各国、GDPの3%程度の財政支出を義務付けたいが、そうはできないから、アメリカ、日本などはやるべきことを苦しくてもやるべきだ、日本は景気刺激策をどんどんやれ、ゼロ金利に戻せ、と繰り返す。

 たしかに今の日本はまだデフレが続いている。それはこの前、書評を書いた「虚構のインフレ」の著者も主張している通りだ。しかし、少なくとも日本では「何でもあり」のバラマキ政策はできない。それは「失われた15年」の貴重な教訓である。

虚構のインフレ―騙されないための裏読み経済学2009 虚構のインフレ―騙されないための裏読み経済学2009

著者:上野 泰也
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 クルーグマン氏にしても、放漫財政をアメリカ政府に望みながら、ビッグ3支援については及び腰のことしか言っていない。

 本来はビッグ3の経済波及効果の大きさを考えれば、ビッグ3に公金を支出せよと言うべきだ、と思うのだが、米国民の反発が大きいのでそれは言えないのだ。

 だから、天下のクルーグマン氏もアメリカのお得意の「二重基準」ではないか、という批判だって受けかねないと思う。

 ビッグ3の工場を半分操業停止にした時の失業者数予測がすでに論議されており、その数字の衝撃度を考えれば、AIG救済とは違ったレベルでビッグ3を救済すべきだ、と私は思うのだが。

 クルーグマン氏は強調しているが、だれも今は財政赤字の増大など気にしていない、と思う。ただ、放漫財政の行く末を心配しているのだ。

 クルーグマン氏は微妙に論点をずらしながら、放漫財政を勧めている。苦しい離れ技である。狂信的クルーグマン信者は別として、この提言では、世界の目が曇っていない人々に訴える力は小さいのではないか、と思う。

◆サミュエルソン・インタビュー~読売新聞11月15日付

 読売新聞11月15日朝刊にポール・サミュエルソン・マサチューセッツ工科大学名誉教授(93)のインタビュー記事が載っていた。まだまだ頭がクリアなのに驚くが、ここでサミュエルソン氏も、

 <政府はウォール街と同様に失業者を支援すべきだ。フランクリン・ルーズベルト大統領は1933年、大不況から多くの失業者が出る事態に直面した。大規模な公共事業を起こして景気浮揚を目指すニューディール政策で失業者に仕事を与えた。効果があったのは財政出動を伴う政策で、それが資本主義を救った。こうした措置は、今回の打開策としても有効だ。紙幣をどんどん印刷してヘリコプターからまくような大規模な財政出動で、金を街の貧しい人や田舎の人に行き届かせることが必要だ。>

 とケインズの有効需要創出政策を強く勧めている。言っていることはクルーグマン氏と同じように見える。

 そうなのか?

 日本と違う事情があるのは分かる。つまり、アメリカでは軍需産業は軍産複合体で国家予算と密着しながら会社を大きくしてきたし、その生存を国家予算に頼っているが、日本のような道路族議員と官僚、業者との癒着はない。だから、今大規模な国家予算を公共事業に注ぎ込んでも癒着によるマイナスは限られている、とも見ることができるからだ。

 アメリカではそうなのかもしれない。そうなると、クルーグマン教授の提案を無碍に否定できなくなるが、どうも日本に住んでいると、官僚不信ばかりが湧き上がってきて、判断が歪むのかもしれない。

 それに、政官業の癒着でも、経済理論的には総需要の喚起にはつながることは間違いないのだから、大の虫を生かすのに、小の虫を殺すのは仕方ないのかもしれない、とサミュエルソン氏の発言を読みながら、段々と考えるようになってきた。

 だが、アメリカがまた調子に乗って日本にも公共事業の増額を、などと言ってきたら、先ほどから書いている論理で拒否すべきだ、とは思うのだが。

 といっても、財政出動するな、と言っているのではない。産業構造転換に結びつくような財政出動をどんどんしろ、と言っているのだ。分かりにくいかもしれないが。

◆白石隆・政策研究大学院大学副学長の論文~読売新聞11月17日付

 読売新聞11月17日朝刊1,2面[地球を読む]で政策研究大学院大学の白石隆副学長が<アジアと金融危機/改革による成長目指せ/ばらまき政策どう抑制>で書いていたことがヒントになるかもしれない。つまり、

 <危機の時には、すぐ票になりそうな、政治的に易しい「ばらまき」型景気対策への誘惑が大きい。それをどう抑え、マクロ経済の安定、改革による成長を実現するか。

 という問題意識である。白石氏が言うように対策は国によって違う。白石氏は97年~98年のアジア通貨危機で大きな危機を体験したタイとインドネシアの政府がバラマキ政策の誘惑に負けた事例をあげ、日本については次のように書いている。

 <わが国では10月17日の経済財政諮問会議において民間議員が「単なる短期的な総需要対策」、つまりばらまきを否定し、「中長期的な財政再建」と「改革による経済成長」の必要性を指摘した。しかし、それでも、政府は「家計への緊急支援」として2兆円の給付金支給を決め、一方、税制改革は3年の先送りとなった。>

 <こういうことはどこでもおこる。また今のような危機の時には危機対応の名においてばらまきの誘惑はますます大きくなる。それをどれほどうまく抑えることができるか、それによって国の将来は大きく違ってくる。>

 ということだ、と私も思う。

 整備新幹線建設とか、ダムとか、死んだ子が生き返る恐れもある状況である。普段は国の政官業癒着に適切な批判をしている地方自治体も自分のこととなると利権丸出しで金をほしがるのが日本の地方自治だ。

 農業の生産性をどう上げ、食糧自給率をアップするのか、石油頼みのエネルギー政策からの転換にどう踏み切れるのか、ポスト京都議定書に向けてどんな政策が取れるのか、など中長期的に転換しなければならない課題は目白押しだ。

 こんな時に道路、ダム、新幹線に金を注ぎ込んでほしくない、というのが私の言いたいことだ。

 確かに国によって事情は違う。

 だから、アメリカ経済については、クルーグマン氏やサミュエルソン氏の危機感あふれる提言を素直に聞くとしても、本来、アメリカ経済を抜本的に立て直す最良の道はイラクとアフガニスタンから撤兵することだ、と思う。できない相談だろうか。

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2008年11月16日 (日)

小室哲哉とカラオケ+安室奈美恵+山口百恵+太田裕美+手塚理美~新聞記事から

 小室哲哉氏の逮捕をはじめとした事件については書く気はなかった。今でも事件そのものをメモしておこうとは思わない。新聞を読んでも分からない部分が多すぎて、もう少し裏の面が分からないと、今の段階で書いておいても仕方ない、と今でも思っているからだ。でも、事件ではなく、小室の楽曲がなぜ流行したか、の音楽論が最近、新聞の文化面、娯楽面などに載るようになったので、小室氏の音楽について、少しメモしておこう。

 そんなことを思ったのは11月16日のスポニチ社会面連載[明るい明日を]で美輪明宏さんが<真理をバカにする者は滅びる>のタイトルで、小室哲哉氏の音楽を語っていたのを読んだからだ。「そうかぁ、美輪さんも歌手だったなぁ、美輪さんが言うのならば、やっぱり音楽評論家たちがいろいろと言っていることは本当なんだろう」と思ったのだ。

 美輪さんの若い頃の「ヨイトマケの歌」は力があった。うまかった。マイクなどなくても、劇場中に響き渡った。あの丸山明宏がこんな占い師になるとは当時想像もできなったが、今でも美輪氏をテレビで見ても嫌悪感はない。スカルノ夫人とか、安岡正篤の戸籍が入っていない後妻とか、化け物のような女がテレビを席巻しているが、美輪さんの場合、レベルが違う、という感じがしているのだ。

 美輪さんは小室容疑者の逮捕を「一つの音楽バブルが弾けたことの象徴」という。何がバブルだったのか? 美輪さんは小室容疑者がキーの高い歌を作ったのは商売上手だからだ、とも言う。どこが商売上手なのか?

 美輪さんは、

 <高い声がもてはやされるのは井上陽水やクリスタルキング、オフコースからでした。それが80年代のカラオケブームに乗って量産されるようになりました。カラオケで高いキーの曲を歌うと周りから「あの人はすごく高い声が出る」と尊敬されるのです。小室容疑者が作った曲はカラオケボックスで歌って踊って騒ぐためのものだったのです。>

 と、カラオケボックスの流行と小室サウンドとの関係について重要な指摘をする。そのうえで、

 <本来、高い声というのは不快音になりかねません。クラシックのソプラノのように発声が豊かできちんとしていれば良いのですが、そうでなければトタン屋根をガラスでひっかいている音のように感じます。歌っている本人は金切り声を上げて気持ちいいでしょうが聞かされる方は他人が吐き出す毒を耳に入れるわけですからたまりません。>

 トタン屋根をガラスでひっかく、という表現はユニークだが、どんな音がするのだろう? ガラスといえば、ガラス板を十円玉でひっかく音は想像するだけで気持ちが悪くなるが…。

 <もともと日本の歌謡界もビング・クロスビーやジョニー・ハートマンのように低音が良いとされていました。フランク永井さんの歌がヒットしたのは低音の魅力があったからです。森進一や青江三奈さんのようなハスキーな声がはやった時代もありましたが、石原裕次郎さんにしてもフォークソングにしてもニューミュージックにしてもみんな普通の声で快いメロディを歌っていました。小室容疑者の楽曲のブームが去り、最近になって秋川雅史の「千の風になって」がヒットしたのは高い声でギャーギャー叫ぶ文化を正統派に軌道修正しようという動きだったのです。>

 小室音楽に関する部分は以上である。あとはホリエモン、村上ファンド、亀田兄弟など、話は飛んでいく。音楽の話ではないが、小室容疑者の生き方については、以下のような「ご託宣」が下されている。

 <小室容疑者も同じですが、彼らに共通しているのは日本人独特の奥ゆかしさ、謙虚さ、たしなみ、程の良さといったものが欠如していることです。「金さえもうかればいい。奥ゆかしさなんて古い」ということでしょうが、人間が生きていくことに古いも新しいもありません。いくら今新しいといっても明日にはもう古くなるのです。真理というのは動かないものなのです。それをバカにする連中は必ず滅びます。>

 美輪明宏氏の言葉を読んで、小林秀雄の、芥川龍之介の皮相さを強烈に皮肉った「歴史と文学」(1941年4月)の次の言葉を思い出した。

 <日本の歴史が、自分の鑑とならぬような日本人に、どうして新しい創造があり得ましょうか。>

 「歴史と文学」には滋味深い言葉が多い。

 「歴史は決して繰り返さない。だからぼくらは過去を惜しむ」

 「『史観』は手段、道具に過ぎないのに、それを信じる人がいる」

 「史的唯物論などの近代合理主義史観は『人間がいなければ歴史はない』という大切なことを忘れている」

 「歴史事実とはかつて在っただけでは足りず、今もなおその出来事が在ることが感じられなければ仕方ない」

 「歴史は繰り返してくれれば、というはかない望みが『歴史の発展』という考え方を生んだ」

 「歴史の弁証法的発展という目笊で歴史の大海をしゃくって万人が等しく承認する厳然たる歴史事実というだぼはぜを得る」

 「現代の文学は心理とか性格だとかいう近代頭脳の発明にかかる幻の驚くべき氾濫と陳列とにより、人間の運命というものが、覆い隠されている」

 などである。これは小林の表現そのままの表現ではないが。ここは小林秀雄を論じる場ではないから、これ以上は触れないが、美輪の文章の中に小林と同じ魂を見る人もいるのではないか、と思う。でも、それもここのテーマではない。ここでは小室哲哉氏の音楽とカラオケの発展と流行歌の変遷を見てみたいのだ。

 「高音」というのが一つのキーワードだろう。

◆カラオケ用、芸術家じゃない~読売新聞解説面から

 この問題は11月5日読売新聞朝刊解説面に文化部の西田浩記者が<小室哲哉サウンド/カラオケ曲でヒット/音楽「大量消費時代」を体現>の見出しでうまくまとめていた。

 小室哲哉氏は作詞、作曲、編曲、歌手のプロデュースまで手掛け、90年代の音楽界に旋風を巻き起こしたが、当時、バブル経済は崩壊し、不況の真っ只中だが、CD市場は98年まで右肩上がりの成長が続いていた。その原動力となったのが10~20歳代の若者層に広がったカラオケ・ブームだった、という。

 カラオケで歌う曲を求め、熱心な音楽ファン以外もCDを購入。「歌いやすく上手に聞こえる」がヒットの重要な要素になり、業界でも「作り手が送り出したい音楽」よりも「聴き手が求める音楽」を制作するため、マーケッティング的な手法を導入。音楽市場の好況を背景に巨額の宣伝費を投入して次々と新人を売り出した。

 そうした時流を巧みにとらえたのが小室氏だった、という。西田氏が2001年に小室氏にインタビューした際に「僕は創作衝動だけでものを作る芸術家じゃない。受け手の反応は必ず計算する。最新の制作技術や音楽スタイルと大衆の仲人みたいな存在」と答えた、という。

 親しみやすい旋律に、シンセサイザーを軸とした華やかな音作り。ダンスビートを大胆に導入し、ダンスに興味を持つ層も取り込んだ。多くの亜流も生まれた。

 安室奈美恵さんやglobeをはじめとするJ-ポップの中国、台湾などアジア市場への進出にも貢献した、という。

 ここで音程の高い話が出てくる。

 <音楽評論家の富沢一誠さんは「彼の楽曲は全体に音程が高めで、歌うと高音を心地良く響かせられるように計算されている。育てた歌手は、自分の色に染められるアイドル的な存在が大半。逆に、確固たる表現スタイルを持ったアーティストの長所を引き出すすべは持ち合わせなかった。それが彼の限界だった」と指摘する。>

 そういうことなのだろう。西田記者は、

 <小室流が巷にあふれた分、反動で飽きられる宿命にあったと言えるだろう。勢いに陰りが見えた90年代末、代わって大きな人気を集めるようになったのが、曲作りも手掛ける宇多田ヒカルさんや椎名林檎さんら個性的なキャラクターだった。似通った作りの音楽が売れる時代は終わりを告げ、好みはより多様化していった。>

 と、音楽の好みの多様化現象を小室氏凋落の主な原因と結論づけていた。次の指摘も面白い。

 <98年をピークにCD市場もマイナスが続き、昨年の音楽ソフト生産額は全盛期の約6割にまで落ち込んだ。かつて、「カラオケで歌うため」「流行に遅れないため」といった動機でCDを買っていた、ファン以外の消費者が離れていった。「小室サウンド」のヒットを支えた大量宣伝の手法も難しくなった。>

 時代の流れだ、と単純にいう時に、これだけのデータが裏にある。大量宣伝の手法が難しくなったことについては、詳しい分析はなかった。

 音楽の大量消費時代が終わった時に、サザンオールスターズのようなカリスマ性に乏しい小室氏はファンの心をつなぎとめておくことができなかった、というのだ。

 安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATED?」(97年)は230万枚。globeの「DEPARTURES](96年)が229万枚、篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと」(94年)が202万枚…など、当時は爆発的な売れ行きだった。今や夢幻、荒城の月である。

◆東京新聞[こちら特報部]の見方も同じだった

 東京新聞11月5日朝刊[こちら特報部]も小室容疑者を特集した。なぜ時代に愛され、時代に捨てられたのか? という疑問を解こう、という試みである。高音域に特徴がある小室サウンドは「TKサウンド」と呼ばれて、カラオケでもてはやされた、ともあった。

 この中では音楽評論家の反畑誠一さんの言葉が面白い。

 <「1990年代後半、速いテンポのダンスミュージックに乗せたギリギリの高音域の女性ボーカル―という新しいエンターテインメントで頂点に上り詰めた。東アジアにJ-POPがファッションとして広まるのに連動し、台湾、香港、中国にまで小室サウンドも広まった。(ところが21世紀に)ダンスミュージックと入れ替わりにR&Bがブームになっていった。でも彼は、より刺激的な音楽を創り出そうとし、2001年ごろから次は『トランス』(音楽ジャンルの一つ)がストライクゾーンだと言っていたが、そうではなかった。そのへんから”選球眼”が鈍るというか、大衆との間のズレが出てきたような気がする」>

◆毎日新聞夕刊は随分と情緒的な分析だった

 11月13日毎日新聞夕刊[特集ワイド]<「Jポップ」全盛期築いた小室哲哉の音楽/「90年愛」終幕の偶像>は小室氏の略歴を入れながら、小室氏の音楽を探った。

 音楽評論家の反畑誠一氏は「日本の音楽産業の盛り上がりと小室ブームは同じラインを描いている」と話している。「Jポップとは何か―巨大化する音楽産業」(岩波新書)の著者でジャーナリストの烏賀陽弘道氏は「リスナーの性別や年齢、居住圏をはっきり想定してから曲をつくっていたから売れた。(ターゲットは若い女性だが)聞く人が求めているものを曲に取り込んでいた。86年に渡辺美里さんに提供した『My Revolution』からその傾向は始まった。この曲は一人でも夢を追いかけようと呼びかける歌詞に軽快なテンポが合う。この年に男女雇用機会均等法が施行されたのも偶然ではない。男と対等の働き手として職場に送り込まれた女性への応援歌になっていた。90年代半ば、小室氏の視線の先には女子高校生がいた。コギャルという新語が流行った。小室さんやレコード会社は高校生たちがどんな歌詞にぐっとくるか、どのような衣装が人気かをきちんと調べていた。そういうマーケティングを曲作りに生かした」と話している。

 東京・原宿の女子高生中心のマーケティングリサーチ会社は89年創業で現在も1000人を超すモニターをネットワークしているが、ある取締役は「安室さんやtrfなど、小室さんがプロデュースした曲を視聴させたり、音楽ビデオを見せてアンケートを取っていました。今も、彼女たちの口コミは、はやり物への強い影響力がある」と話している。

 国内の音楽ソフト生産が最高になった98年、小室氏はアジア進出を目指して香港に総合音楽プロダクションを設立し、活動はピークを迎えたかに見えたが、この年、香港のベンチャー市場で株価が暴落し、巨額の負債を抱えた。烏賀陽さんは「そもそもアジアに進出するメリットはない」と言い切る。日本はアメリカに次ぐ世界第2の規模の音楽市場を持つが、中国、香港、台湾はそれぞれ日本の50分の1程度の規模しかないからだ、という。

 「少子化で小室さんのファン層だった若者人口が減った。といって、団塊の世代向けの曲は今更作れない。日本の購買層が少なくなり、海外に市場を探さざるを得なかったのかと思う」

 というのは反畑さんおコメントか。反畑さんは98年にデビューした宇多田ヒカルさんの影響が大きい、という。当時15歳、女子高校生世代で、宇多田さんの存在感は際立っていた、といい「宇多田さんの曲は若い女性の生活感にあふれた詞と自然に近い音でつくられていた。彼女のリズムアンドブルースが、デジタル音でできた小室さんのダンスミュージックに取って代わった。聞き手が刺激よりも安らぎを求め始めていたことに小室さんは気付かなかったのかもしれない」。

 最後に坂巻記者は、次のように総括していた。

 <テレビよりネットの時代。趣味の多様化、楽曲のダウンロードなどもあり、98年以降のCDなどの音楽ソフトの売り上げは減少傾向だ。その下降線は小室プロデューサーの衰退と重なる。90年代という時代をつかんだ男はいま、「音楽で再起したい」と話しているという。>

 結構説得力のある書き方だ、と思った。

◆安室奈美恵(31)は鮮やかに復活してきたのだが…

 朝日新聞10月30日夕刊芸能面<アムロ30代も刺激的/歌、衣装…自己像操り七変化>は97年頃、小室サウンドでヒットを連発した安室奈美恵が31歳になって小室哲哉プロデュース時代とは異なる音楽性・ビジュアルを打ち出し、2度目のピークを迎えようとしている、という内容だ。

 3月には3曲入りCD「60s70s80s」で9年ぶりにシングルチャート1位獲得だそうだ。7月発売のアルバム「ベスト・フィクション」は10年ぶりに100万枚突破だ、と。だから、安室奈美恵は10代、20代、30代と三つの年代でミリオンヒットを飛ばした日本初の歌手だそうだ。

 ここでは音楽評論家の萩原祐子さんの言葉が出てくる。引用する。

 <表現力がダントツ。痛みを知っているから優しくなれるとか、そんな生ぬるいものを超えている。90年代には小室哲哉やつんくなど旬のプロデューサーが仕掛けさえすればヒットするという幻想があったが、2001年に小室の手を離れたのを境に彼女はセルフプロデュースに能力を発揮し始めた。制作集団の見事な編成に、彼女のその時々の主張を感じる。03年のユニット「スイート・シーク」ではヒップホップのジブラやm-floのバーバルとも、いい化学反応が生まれた。詞も大部分はプロに任せている。自分で作詞しなければアーティストではないという呪縛にとらわれていないのも強み。>

 作家の柴崎友香さん(35)のカラオケで消費されることを拒むようなダンス音楽への挑戦にも潔さを感じる、というコメントは、同じダンス音楽でも小室哲也氏の目指すものとは逆のサウンドを目指している安室奈美恵の強さを感じさせる。

 記事を書いた藤崎昭子記者の、

 <「聖子ちゃん」の残像を求めるファンに応え続ける松田聖子も偉大だが、ときにムチを構えてファンのイメージを裏切り続けるところに、女子がほれる「安室ちゃん」の真価があるのかもしれない。>

 という言葉を読み、安室ファンなんだ、と納得いた。

 歌は世につれ、である。私のような団塊の世代にとっては実は小室哲哉サウンドは自分の青春時代とは無縁な音楽である。

 グループサウンズや山口百恵、せいぜいキャンディーズが同時代に少し引っかかっているかなあ、という程度の古い人間だから、こういう記事も自分の感性ではなく、平成音楽史の一幕として読んでしまいがちだが、実際にはこのサウンドを自分の人生に重ね合わせて生きている人間がたくさんいることを想像できなければ、こうした記事は無用の長物になってしまう。

◆山口百恵「横須賀ストーリー」の原点

 でも、やはり、私がシンクロできる記事と言えば東京新聞9月28日朝刊[東京歌物語 横須賀ストーリー]<スターの原点にじませ>など、自分の青春時代が甦る記事である。

 1972年12月、日本テレビのオーディション番組「スター誕生!」に応募し、翌年5月に「としごろ」でデビュー、わずか7年半後の80年11月に俳優の三浦友和さんと結婚して引退した山口百恵と「横須賀ストーリー」の作詞者、阿木耀子の物語である。

 1976年6月発売で、オリコン1位を獲得、百恵の最大ヒット曲になった。

 記事には阿木氏の「年齢も違う百恵さんと唯一の共通項は横須賀だと思って、横須賀をテーマにタイトルから入ったんです」、「あのリンとした姿勢。百恵さんは時代が生んだ人だと思う。一作ごとに目を見張るほど歌が進化していき、大輪の花が開いていく過程は見事でした」という話が載っていた。

 記事は、

 <百恵引退から、すでに28年の月日がたつ。かつて、百恵が住んでいた三浦半島の丘の頂に立つ団地は今もある。周辺は歌詞にもある急な坂道が多く、宅地開発が急速に進んで一戸建てやマンションが目立つ。埋め立て地の平成町ができるまでは、丘の上からも遠くに海が見えた。>

 と百恵にちなんだ今の横須賀の変化を書き記す。

 今、横須賀市議で、当時は社会科の教師だった男性の「百恵さんはまじめで何事にも熱心な生徒さんでした」という言葉。また、同級生で市議の「端正できれいな顔立ちでしたが、歌手になると聞いた時はびっくり」という思い出話も、当時は百恵さんの心の琴線にまで触れることができなかった「周囲の人々」の見方を代表した言葉に過ぎない。

 記事の結びは、

 <すべての原点がこの街にあり、彼女が描く”横須賀ストーリー”の結末は「平凡で幸せな家庭」だったのだろう。四十九歳。長男は社会人、次男は大学生と二人の子供にも恵まれ、いまはキルト作家としても活躍している。>

 だった。お幸せに、である。

 東京新聞のこのページが好きなのは、[あの時代]として、その歌が流行した年の出来事をメモでまとめているところだ。ちなみに、この記事では1976年の出来事を次のようにまとめていた。

 <1月に周恩来・中国首相死去。鹿児島市立病院で五つ子誕生。2月にロッキード事件が発覚。その年「黒いピーナツ」「灰色高官」が流行語に。9月に毛沢東・中国国家主席死去。暮れには三木内閣総辞職、福田内閣成立。司馬遼太郎の「翔ぶが如く」がベストセラーに。映画「JAWS(ジョーズ)」が日本上陸し、大ヒットを記録した。>

 こうした簡単なメモは記憶をたどるよすがになる。

◆53歳になった太田裕美さんが輝いているわけ

 産経新聞9月30日[人、瞬間~あの曲]は太田裕美さん(53)の「木綿のハンカチーフ」を取り上げていた。1976年に大ヒットした、あの歌である。

 小学校3年からピアノ、中学・高校ではクラシック音楽を学び、自身もアルバムの作詞作曲に参加する太田は「木綿のハンカチーフ」が売れて、アイドル扱いされると、葛藤に悩んだ、という。

 常に新しい歌を作り、これこそ今の自分の歌だ、と思うのに、どこに行っても「木綿のハンカチーフを歌って」と言われるのに耐えられなかった、というのだ。それも、出産で歌手活動を抑えた時期を過ぎてライブを本格的に再開すると、吹っ切れた、という。

 「かつて自分が歌った自分の曲を愛着を持って聞いてくれる人がこんなにいるんだって身にしみるんです」という言葉に太田の成長があらわれている。「自分が歌手をしている限りは、持ち歌は自分の子供と一緒です。責任を持って歌わないと。歌を愛してくれた人に恩返ししないと。もう歌わないなんて、言っちゃいけないんですね」と。1974年の「雨だれ」がデビュー曲。1985年に結婚。2人の男の子の母親。今でも現役で、加藤和彦氏らとのライブが多いようだ。一回、聞きにいきたいなぁ。

◆47歳の手塚理美さんは高校2年(17)と中学1年(13)の兄弟の母

 日経新聞9月16日夕刊[こどもと育つ]に女優の手塚理美さん(47)が登場していた。

 歌手ではないが、小林亜星さんと一緒のコマーシャルで鉄棒にぶら下がった手塚さんに眩しい思いをした古いファンとしては、ここに加えて書いておこう。

 最近では「ALWAYS続・三丁目の夕日」に出ていた。俳優の真田広之さんと結婚したが、1997年に離婚。次男は父と暮らした記憶がない、という。子供の育て方についての話だから、内容はどうでもいい。だが、手塚さんの子供のころと同じ笑顔の写真が載っていたので、切り抜いておいた。

 ユニチカのマスコットガール時代だったか? たしか13歳だった、と思うのだが、小林亜星の大きなユーモラスな体型と手塚のこわれそうな小ささのコントラストが印象的で、いまだに手塚を見ると、あのCMを思い出す。34年前だったか?ということは1974年? もっと前だったか? 華がある女優ではないから、今主演しろといっても、なかなかだろうが、バイプレーヤーとして確固たる位置を占めているのだろう。

 と、何か変なおじさんの変な趣味にマッチする女性が何人か出てきた、という感じになってしまった。本当は日本音楽とアメリカ音楽と韓国の流行歌について、もう少し突っ込んだ話を書こうと思っていたのだが。反省。

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2008年11月15日 (土)

「韓国通貨危機再来説」検証と「IMFの真実」まとめと日中韓財務相会合~11月15日朝日新聞と東京新聞朝刊、日経新聞夕刊から

 東京新聞朝刊の目玉[こちら特報部]見開き2ページはいつ始まった企画なのだろう? 他の新聞が真似しようとしても真似できないノウハウをしっかり身に付けてしまったようだ。時事問題の1.5報を素人の読者に分かりやすく噛み砕いて説明するだけでなく、特報部の、というか識者のものの見方を紹介し、どちらかといえば反体制的な匂いをふりまき、読んでスカッとさせる面白いページである。すごいのは、夕刊で第一報を入れた大ニュースの深い分析をこの面で展開するのは日常茶飯事で、ある時など、午後行われた国会証人喚問の受け記事をこの面で大々的に展開していた。何人の記者でやっているのか知らないが、一騎当千の記者としっかりした考えを持ったデスクがいなければできないし、それに、これだけ続けることができるということは、東京新聞として組織的に相当に力を入れている証拠だろう。

 と、長々褒めてしまったのは、11月15日朝刊[こちら特報部]も期待に違わず面白かったからだ。

 日米欧と新興国の20カ国・地域による金融サミットが14日夜(日本時間15日朝)の首脳夕食会で開幕するが、最大のテーマが国際通貨基金(IMF)改革問題だ。米国発世界金融危機に対処するためにはIMFに監督機能を持たせるべきだ、とか、米国の一国主導ではまずい、途上国もIMFの意思決定に参加させるべきだ、という新興国などの声がどこまで反映させるか、というのが大きなポイントだ、と各紙が15日の朝刊で前触れ記事を書いていた。

 1面トップや経済面で書いてあることは、そういう内容なのだが、ではIMFがどのような組織で、今まで何をしてきたのか? IMFといえば1997年のアジア通貨危機の「IMFショック」という言葉を思い出す人も多いと思うが、どんな内容だったのか? など、記事を読んでいると、知りたいことがたくさん出てくる。だが、他の新聞ではこの日に合わせてそういう疑問に答えようという試みはあまり見られなかった。

 唯一、東京新聞の[こちら特報部]だけが、IMFの問題点をざっくりと読者の目の前にさらけ出してくれた。

 いつも通り、コテコテの見出しである。

 <金融サミット主要テーマ IMFの功罪/米国本位/改革を強調 ”副作用”も/韓国 格差拡大、受験過熱、出生率が低下/米国主導/機能強化で焼け太りに/当初29カ国が185カ国に拡大/一国で”拒否権”握る/日本は及び腰…「監視機関設けるしか」>

 この見出しを見るだけでも、大体の内容がつかめる。これも特報面が読者を惹き付ける一つの原因なのかもしれない。グラフ、写真と見出しを合計したスペースがは大袈裟に言えば本文のスペースと同じくらいなのだ。

 普通の新聞社の整理記者はなるべく記事を入れようとするから、見出しも地味に、写真も添え物としてしか扱わず、グラフも強いて入れようとしないのだが、特報面は逆だ。ある時など、本文の方が圧倒的に少ない日もあった。読者のアイキャッチを常に考えた編集、というのだろうか、新聞が読まれなくなっている、と言われるが、こういう分かりやすい新聞が多くなれば、読者は帰ってくるのではないか、と思う。

 またベタ褒め、紙面礼賛になってしまった。話を内容に進めよう。

 記事は「ワシントン・コンセンサス」という言葉の意味から入っている。

◆IMFはワシントン・コンセンサス体現の実行部隊

 記事によると、ワシントン・コンセンサスとは冷戦終結後、ソ連・共産主義という敵を失った米国が、経済分野における優位性を確立しようとIMF、世界銀行、米財務省などの間で広く合意された対外経済戦略を指し、具体的には「市場原理」「規制緩和」「民営化」「自由貿易」を世界中に広め、米国主導の資本主義社会をつくりあげる新自由主義に基づく動きだ、としている。

 1997年のインドネシア通貨危機後にIMFエコノミストとして現地入りした柳田辰雄東大教授(56)は「IMFは、まさにワシントン・コンセンサスを体現するための実行部隊だった」とのコメントを出している。

 記事にあるように、ヘッジファンドによる空売り攻撃などで起きたアジア通貨危機で、インドネシアでは32年に及んだスハルト政権が崩壊。2000年にIMFと政策合意して支援を受けたが、このIMF支援の米国本位ぶりがインドネシア国民の反感を買い、反米・嫌米デモが繰り返され、国民意識が反米になったことは柳田氏が指摘する通りだ。

 差し迫った理由もなく行われた国営銀行の民営化の公開入札前日にIMF米代表がインドネシア入りし、下馬評になかったアメリカ系投資銀行が優良大銀行を破格の条件で落札。価格の異常な低さに嫌米デモが連日行われた。

◆IMF改革の特徴はアメリカ標準の押し付け

 IMF融資の特徴は資金が迅速に返済されるように借り入れ国に様々な構造改革の条件を受け入れさせること。経済構造は国ごとに違うのに、アメリカ流の”世界一律”の改革パッケージ(アメリカン・スタンダード=事実上の<デファクト>世界標準)を押し付けるため、各国に固有の文化や慣習が破壊されたり、返済スピード優先のために国の財政は良くなるが民間経済はズタズタになるケースが続出した。

◆韓国では企業倒産相次ぎ、社会が米国化した

 韓国では通貨ウォンが下落、借入金を原資に急成長してきた財閥系企業の多くは過剰債務と低収益で瀕死の状態となった。IMF支援で通貨危機は回避したが、金融機関や財閥系企業は経営改善を付き付けられた。そのしわ寄せで企業倒産や失業者が急増した。

 韓国経済新聞東京特派員の車炳錫氏は「それまでは終身雇用が当たり前だったが、雇用主と被雇用者の関係がドライになり、転職も一般化、経済格差は拡大した。IMFの対処は結局、韓国の米国化を招いた」とのコメントだ。

 国際シンクタンクの見方として、特報部では教育や少子化への影響を書いていたのが面白かった。

 <そうした社会変化が、もとより強かった韓国の教育熱に拍車を掛け、受験戦争が過熱。教育費の高騰もあって、合計特殊出生率は2005年に1.08まで低下。「IMFの介入が少子化を招いた」(国際シンクタンク)との見方もある。>

 である。そして、

 <こうしたIMFの条件付き融資の”副作用”を体験した韓国では、今回の金融危機でウォン安に苦しむが、「10年前の悪夢」からIMFの支援には極めて慎重だ。>

 と、李明博大統領や首相、財政担当相の発言で、IMF支援を強く否定し続けている理由を説明していた。

◆1国1票でなく1㌦1票制→17.1%拠出の米国の思い通りになる機関

 記事はIMFの誕生のいきさつ、1国1票制ではなく、1㌦1票制という17.1%拠出の米国に有利な意思決定システム、6.1%で2位の日本はいつも米国追従であること、ドイツ6.0%、フランスと英国4.9%、中国3.7%、イタリア3.3%、サウジアラビア3.2%、カナダ2.9%、ロシア2.7%、その他45.2%で全体で約3200億㌦がIMFへの主な出資国の割合などに触れる。そして、IMFに30年勤務しアジア太平洋地域所長まで務めた日野博之・神戸大教授(63)の、

 <「米国にとって、国連は(他国にも拒否権があって)”使えない”機関だが、IMFは思い通りになる機関。このため米国の意に沿わなければ何も決まらない」>

 という言葉がすべてを説明している。「国連の常任理事国改革と同じで、既得権のある米国は簡単には改革に応じないだろう」という日野氏の指摘は真剣に考える必要がある、と思う。

 IMFトップの専務理事は歴代欧州から選ばれ、世界銀行トップは米国からとポストを分け合って、日本は加藤隆俊元財務官が三番手ポストの副専務理事に甘んじている格好だが、元財務官僚でIMFの勤務経験もある大串博志衆院議員(民主)は「国際金融の分野では、米英中心の通貨マフィアと呼ばれる少数の人が重要な事項を決めているのが実情。世界の金融ルールに対し、日本は常に受動的になっている」と、「ノーと言えない現状」を説明している、とある。

 記事はノーベル経済学賞授賞のスティグリッツ教授がIMFが推し進めたワシントン・コンセンサスが反グローバル運動を招き、「米国の金融部門のために市場を開拓したが、IMF本来の使命である世界経済の安定には寄与しなかった」との痛烈な批判で終わっていた。他の新聞のIMFに関する凹凸のない記事では分からないドラマが分かった。

◆通貨危機再来説に韓国政府は不安解消へ懸命~朝日新聞

 朝日新聞11月15日朝刊経済面は<97年通貨危機再来説/韓国、不安解消へ懸命/政府「外貨準備は潤沢」/企業「前より厳しい」/対策打ってもくすぶる懸念/年初よりウォンが5割下落>がトップ記事。神谷毅記者だ。

 記事に付けられた写真は11月14日、ソウル市の大手銀行本店前で損失を被った個人投資家が「情報提供が不十分だった」とおしかけた様子。AP配信。機動隊とみられる男性たちが門を乗り越えようとしているオバサンを押しとどめようとしている。こういう風景がソウル市内のあちこちで見られるようになったのだろうか?

 グラフは韓国の経済成長率と外貨準備高の97年からの推移。

 外貨準備高は減ったとはいえ、2004年水準を保っている。今年10月末現在で約2100億㌦(約20兆円)と300億㌦にも満たなかった1997年とは全く違う状態にあることがグラフを見れば一目で分かる。

 経済成長率も危機前の97年は4%台。危機で98年は-7%となったが、99年には10%成長と何故か急成長し、ギザギザを刻みながら、今年も昨年に続き、4%台の成長が予想されていることが分かる。

 だから、グラフを見た限りでは韓国のどこが危機なのか全く分からないのだが、本文にあるように、問題は年初から10月末まで株式市場とウォン・ドル相場はそれぞれ5割前後も下落、アジア各国では突出した下げ幅を示したことだろう。貿易収支、経常収支を見ても08年は原油高で10年前の危機以来久しぶりに経常赤字の見通しだが、規模はGDPの1%程度と小さく、当時と違って銀行の不良債権比率も極めて低いので、「大丈夫だ」と韓国政府は外国人記者らに繰り返し説明している、という。

 97年の通貨危機では韓国人の消費が冷え込んだ分を、増えた外国人観光客がものを買うことで補ったのだが、今回の世界危機は経済の良い国がないため、そのような補完がされずに、企業は苦しい、とあった。また、ウォン安で輸出企業には本来は神風が吹くのだが、世界の消費が停滞しているので作っても売れない、という。

 韓国の輸出の2割を占めるとされるサムスングループ。中核のサムスン電子の7~9月期決算は営業利益が1兆ウォン(約700億円)あまりと前年同期比で半減。LG電子や現代自動車など主力企業は得意とする新興市場への金融危機の波及を心配している、という。消費も不振で、高い物価上昇率で実質所得が目減りし続けるなか、株価や不動産も値下がり。7~9月期の実質GDP伸び率は前年同期比3.9%と、四半期ベースでは13四半期ぶりとなる3%台に減速した。大韓商工会議所の調査では、金融危機が企業に与える影響は通貨危機と比べ「似ている」が42.5%、「さらに厳しい」も36.4%に達したという。

 李明博政権は次々手を打っているが、危機説がくすぶり続けるのはなぜか?

 鄭・前日本サムスン社長は「脱出口が見えない。思い出すのは危機後のV字回復ではなく、危機そのもの。これが不安が不安を呼ぶ悪循環を招いている」と話している。

 朴・韓国金融研究院研究委員は「日本の失われた10年のような設備や雇用の過剰は見られず、世界で韓国だけが長期停滞する可能性は低い。むしろウォン安を輸出の好機ととらえ、高齢化の進展を前に『最後の高成長』につなげるべきだ」と話している、とあった。

 関連記事としてソウル支局の箱田哲也記者が<年初より5割ウォンが下落>を書いている。

 14日のソウル外国為替市場で韓国の通貨ウォンの相場は前日比7.7ウォン安の1㌦=1339.2ウォンで引けた、と。10月下旬に10年ぶりに一時1400ウォン台をつけるウォン安となり、年初より5割以上安い水準に急落したため、米国が10月29日、経済危機に直面した国の中央銀行に緊急でドル資金を供給できる通貨交換(スワップ)協定に韓国を加えると発表。その後、ウォンはややしずまっていたが、再び下落傾向にある、と書いている。

 記事はソウルの市場関係者の「(10年前の危機の時と並ぶ)1400ウォン台を再び突破するかどうかは週末の金融サミットの結果にもよる」という指摘で終わっていた。

 やはり、1400という数字がメルクマールなのだ。1500くらいまで行ったら、随分と影響は大きいのだろうか? 日本と同じように、食料品の中に輸入品が多くなっており、ウォン安で消費者物価が上がり、社会不安が広がるのが一番困ることなのだろうか。

 今までウォッチしてきたように、やはり、年末にかけてが韓国政府の正念場のようだ。

◆日中韓が通貨スワップ拡充で一致~日経新聞15日夕刊報道

 日経新聞11月15日夕刊2面<日中韓、通貨融通拡充を検討/財務相会合で一致>でスワップ協定拡充の話がワシントン発の高橋哲史特派員の記事で掲載されていた。

 ワシントンで開いた金融サミットに出席した日中韓の財務相が会合を開き、

 <1997年に起きたアジア通貨危機のような急激な通貨下落や資金流出に備えるため3カ国間の通貨交換(スワップ)協定の拡大策を検討することで一致した。>

 という内容だ。中川昭一財務・金融担当相が出席した。手持ちのドルや自国通貨を相手国の通貨と交換して融通しあう、ということ。

 <韓国の通貨ウォンの下落が続き、同国中央銀行はウォン買い・ドル売り介入を繰り返している。外貨準備が急減したため、韓国側は日本や中国に通貨スワップ協定の枠拡大を求めたとみられる。>

 とあった。朝日新聞によると、韓国の外貨準備高はまだ大丈夫のはずだから、「急減」と言っても…?、とは思ったが、減っていることは事実だろうから、そういう解釈になるのだろうか。

 「そうか、韓国政府は外国為替相場にそんなに介入しているのか」と改めて思ったが、そうなると「介入額はどれくらいなのか?」と、また、疑問が広がった。

 この日の会合は大枠を決めただけ。具体的な内容はまた、内海元財務官らが中国、韓国の通貨マフィアと話しながら決めていくのだろう。

 協定はただただ金額を入れるだけではないだろうから、幅広く日本の国益を考えた内容にしてほしい、と今から注文を付けておきたい。別に「条件をつけろ」とは言わないが、アメリカならば、こういう時に巧妙に構造改革とか言って相手国の産業を弱めるのが常套手段であることは念を押しておきたい、日本は、そんな汚い手を使わないでほしい、とは思うのだが、ただ、日本の輸出産業にもメリットが出るような、そんな将来像を思い描いたデザインの協定にしてほしい、と思う。

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2008年11月14日 (金)

これじゃあアメリカに負けたわけだ~日経新聞11月4日夕刊文化面から

 日経新聞11月4日夕刊文化面<開戦前夜の調査アーカイブ保存に一石/米公文書が暴く日本の戦争能力>はショッキングな話である。

 九州大学の三輪宗弘教授が約20年前から米国国立公文書記録管理院を頻繁に訪れ、日本軍が戦争に不可欠な航空燃料をどのように調達していたか、を研究する過程で、太平洋戦争中に米国が日本の戦争遂行能力を輸入品の徹底調査でった大掛かりな調査リポートを作成した、その膨大な資料群にたどり着いた、という。三輪氏は近く同リポートを核とする資料集を刊行するという。

 このリポートは米国司法省戦時経済局が作成。三菱商事、三井物産、大倉商事、安宅商会、山武商会など当時の日本を代表する商社の在米支店から接収した資料を徹底的に分析し、約200のリポートにまとめたものだ、という。

 1941年12月の開戦に至る5年間、日本が米国から輸入した機械や装置、部品、原材料などを網羅、総額は6億㌦に達する。機械を購入したのは陸海軍のほか日本企業約2000社。米戦時経済局は日本側がどんな機械をどの工場に設置したかまでつかんでいた。並行して鉄道網や港湾、発電所なども調査。対象は日本本土にとどまらず、旧満州、朝鮮半島、台湾、インドシナ半島など当時の日本の勢力圏全域に及んでいた、という。集めた資料は詳細に分析されただけでなく、機械を据え付けた技術者や布教活動をしていた宣教師からの聞き取り調査までする徹底ぶりで、リポートが生まれた。

 三輪教授はこのリポートが空爆の目標絞込みを念頭に置いていることがうかがえる、と話す。日本の陸海軍が戦前、米国に派遣した工作機械購買団がどのような機械を購入したか、商社別、造兵廠別、機械別など様々な角度からデータを解析、中島飛行機などが購入した機械がどこに据え付けられたかまで入念にフォローしている、という。

 そして、この対日調査プロジェクトが1944年に終結すると、このリポートは同年に設置された米国戦略爆撃調査団に引き継がれた。だから、空爆目標の絞込み、という話になるらしい。司法省の管轄下に様々な政府機関から調査員が集められていた、という。

 記事はこの内容というよりも、これを残していた米国の公文書保存のあり方が素晴らしい、という趣旨で書かれているので、ポイントが少しずれているのだが、この米国による日本の戦争遂行能力徹底調査について、ここまでの資料は今までなかったのではないか。

 竹やりで「鬼畜米英に勝つ」と叫ばされた日本の庶民たち。東条英機はバカだが、そんな東条がえばる時代にしたのは一応は大正デモクラシーを経験してきた日本のエリート層、つまり選挙権を持っている層だった。スローガン政治の恐ろしさを思ってもいい、山本五十六の最初だけは華々しくやってやろう、という言葉を思い出してもいいが、無敵を誇るアメリカにして戦争となればこれだけの調査を必死になってやり遂げている、という事実の重さを今改めて噛み締めておくことが重要だ、と思う。

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一票の格差を是正するな、という玉村豊男氏の提言の面白さ~日経新聞11月3日朝刊から

 ちょっと古いけれども面白い記事を見つけたのでメモしておく。

 日経新聞11月3日朝刊オピニオン面[インタビュー領空侵犯]のエッセイスト、玉村豊男さんの<一票の格差、是正は不要/弱った地方に配慮を>である。温厚な老人、という感じの玉村さんのポーズ写真付き。

 玉村さんは1945年東京生まれ。東大仏文科卒業。在学中にパリに留学。通訳、翻訳業を経て文筆業に。旅、食文化、田舎暮らしなどをテーマに執筆。1983年長野県軽井沢町、91年同東部町(現東御市)に移住、04年農園内にワイナリー開設、とあった。団塊の世代から見ると理想的な生活を実践している方のようだ。

 言っていることが面白い。「一票の格差」という日本人としての権利の中で最も尊重すべき選挙権を不平等にすべきだ、と言っている。

 これがどこかの馬の骨がブツブツ言っているだけならば無視すべきなのだろうが、パリにも住み、文化的・知的生活を送っている、それも温厚そうな人物が言っているのは何なのか、と読んでみたら、面白かったのだ。

 記者の「一票の格差」は憲法が定める法の下の平等に反するのではないか、との質問に玉村さんは、

 <心身に障害のある人と健常者に同じ条件を課して、社会活動をさせるのは平等とは言わないでしょう。ハンディのある人を皆で支え合うのが現代の平等だと思います。弱肉強食ではなく弱い者を思いやることで、初めて平等になります。都会に若者を送り続けてきた地方は今、ハンディを抱えているのです。>

 と話す。

 無理な論理であることは当人も重々承知しているだろう。でも、そう言わなければならないほど、今地方が疲弊しているのではないか。

 身障者の例を引いているが、これも賛否が分かれる場面であり、身障者が住みやすい社会、ユニバーサル社会という理想と現実との大きなギャップを乗り越えていくための運動論としては成り立つが、思想としては弱い。

 何が平等なのか、は「結果の平等」と「機会の平等」があって…、という原則論を十分理解したうえで、1970年前後の学生運動の闘士たちの言い分をいい大人が「そうだね、そうだね」と余裕を持って聞く対応をしないと、腹が立つ人もでてくるだろうが、あまりゴチゴチに考えずに、落語だと思えば、滋味が心に染み通る。

 「都会に若者を供給し続けてきた地方」をこのまま疲弊させ続けてもいいのか、という視点である。

 疲弊させないために玉村さんが考えていることは、

①小回りが利く小さな流通=地産地消

②農家への所得補償

③都会から地方へ人々が移住するよな政策の実行

 である。ただ、これらを声高に主張しても、誰も真面目に聞いてくれないから、過激に「一票の格差を残せ」と提案しているのだ、と私は理解した。

 私だって、地産地消とか移住インセンティブ政策などという活字があっても目を止めなかっただろう。その意味では読者1人の目を止めさせただけでも玉村さんの作戦は成功だったのではないか、と思う。

 地産地消についての玉村さんの発言をメモしておこう。

 <農協系流通に農家が依存していると、東御市でも高知のピーマンはAコープで買えても、地元産の野菜は買えないという奇妙なことが起きます。小回りのきく小さな流通=地産地消を後押しする必要があります。高齢者がせっかく作った作物も、軽トラックを持っていないので出荷できない。こうしたところの支援も必要です。欧州で実施されている農家への所得補償も役立つと思います。>

 その通りだ。

 すべての悪の元凶は農協だ、と思う。

 農協に限らず、農水省官僚と結びついている中間業者もそうなのだが、いろいろと目に見えない規制をかけ、互助とは名ばかりの集票マシーンになっており、その見返りに様々な名目の補助金や補助金もどきを手にしている。

 つまり、農家にとっても消費者にとっても、この中間部分がいろいろな改革の邪魔をしている「太い奴」なのだ。

 玉村さんのいう<農協に依存しない流通>はどうすれば広がるのか?

 最終的に農業への株式会社参入を認めないといけないのか? 私には分からないが、今のままでいいわけはない。

 円安を武器に海外でドルを稼いでいる輸出産業に依存して経済成長をする、という20世紀モデルは崩壊しつつある。

 円高を覚悟しなければいけない時代だ。

 円高時代の成長は内需に期待せざるを得ない。

 内需改革の最大の課題は農業ではないか。日本の農業は国際的に見れば、相当に進んいるのではないか。

 無農薬野菜を食べたい中国の大金持ちはわざわざ日本の野菜を空輸させて食べている、という。

 農業はカネになるし、輸出もできる。つまり、国富を生む可能性がある。

 それが農協などという前世紀の遺物がのさばっているので、農家が自由な農業を展開できず、足りない資本金を広く募ろうにも、株式会社との連携には法的規制がある。

 ここを改革しなければ、大袈裟に言えば21世紀の日本の存亡の危機になる、と思うのだ。

 そんな気持ちで玉村さんの話を読むと、いちいちうなずける。

 農家への所得補償だって、ある時期までの時限立法ならばいいのではないか、と思うのだが、農協を残したままでやったら一部の農協官僚と本物の農水官僚の利権を膨らませるだけに終わるだろう。

 移住のすすめも考えさせられた。団塊の世代→陶芸→南海の無人島で暮らす、などというイメージがあるかもしれないが、そんなことを実行するのはほんの一握りの人たちで、定年退職しても、東京にあるマイホームのローンをコツコツ払い続ける人がほとんどだろう。マイホームを買っていればまだいい方で、一生賃貸マンションの人だって少なくない。

 しかし、それでも、こういう人たちが本気で「地方に引っ越そう」と決心するには、相当のインセンティブがなければならないだろう。

 そのインセンティブが「一票の格差」であってはならない、とは思うのだが、消費税に差を付ける、とか、政治家が思いもしないような柔軟な発想は、さすが文筆業だ。固定観念を一度取り払ってものごとを基礎から考え直すkとは、頭のいい刺激になる。

 以上、ただの感想文である。

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CDSは詐欺だ!~日経新聞11月14日[経済教室ワイド]+東京新聞11月4日夕刊の本山美彦論文

 最近、新聞でよくCDSという言葉を見るので、詳しく知りたいと、少し調べたけれども難しくて、そのままにしておいたらば、日経新聞11月14日朝刊[経済教室]がワイド版で[ゼミナール]と[やさしい経済学]を休載して、10段分全部を使ってCDSを基礎から解説していた。

 一読、やっぱり分かりにくいのだが、少しだけイメージがわいてきた。デリバティブのそもそも論とか、BIS規制を理解していないと、CDSが理解できないということが分かった。

 専門家の論文を読もうとすると、投資銀行という日本にはなかったアメリカ特有の企業形態、ポートフォリオ、信用リスク市場、スワップ(交換)、CDS指数(インデックス)、デフォルト(債務不履行)、カウンター・パーティー・リスクなど普段見慣れない一般的経済用語がそもそも分かりにくいだけでなく、CDSに特有なプロテクション、参照企業、想定元本、保証料(プレミアム)などの特殊用語がバンバン出てくるので、非常に分かりにくい。

 その意味で、この[経済教室ワイド]の本文を書いた大橋和彦・一橋大学教授は何とか経済オンチの一般人にも分かるように、と随分かみ砕いて書いているのだが、それでも経済取引の基本を知らないから、なかなか理解できなかった。それだけ日本人にとってはなじみがない、奇妙な取引がニューヨークのウォール街を中心に行われ、世界金融資本主義を蝕んでいる、ということなのだろう。

 [経済教室ワイド]の見出しは<CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)―金融危機深めた「落とし穴」/リスクが次のリスク生む>。本文は四つの部分に分かれ、それぞれ①そもそも 債務不履行の保険②なぜ増殖? BIS規制が契機③問題点は? 不透明な相対取引④どう対処? 第三者の清算機関――の小見出しが付いていて、読みやすい。

 10段の特集の約3分の2が大橋氏の説明。左の3分の1のスペースは宮田佳幸編集委員による<日本勢、欧米より取引少なく>の日本での問題を解説した記事になっていた。

 ただ、ちょっと疑問を感じたのは「BIS規制」という言い方だった。

 大橋氏は、[なぜ増殖? BIS規制が契機]で、

 <「デフォルト保険」であるCDS市場が発展した契機となったのが、国際決済銀行(BIS)規制です。BIS規制は経営の健全性の維持を目的に、銀行に対し保有資産の価値変動リスクの把握と管理を求めています。自己資本に対し、貸し付けの信用リスクが大きくなりすぎるようなら、それを減らすか、自己資本を増やさなければなりません。これは銀行にとって負担が大きく重荷でした。>

 と書いているのだが、以前[書評]で取り上げたように、吉國眞一氏は「国際金融ノート―BISの窓から」(麗澤大学出版会)の中で、銀行の自己資本比率を定めた「自己資本の計測と基準に関する国際的統一化」は日本銀行や金融庁が使うときは「バーゼル合意」と使っており、「BIS規制」という巷間言われている表現は間違いだ、と言っている。

国際金融ノート―BISの窓から 国際金融ノート―BISの窓から

著者:吉國 眞一
販売元:麗澤大学出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 少しおさらいする。

 吉國氏によると、銀行監督委員会(バーゼル委員会)の事務局はBISの中にあるが、事務局はたたき台を作っただけ。実際の合意はバーゼル委員会の委員である各国中央銀行・銀行監督委員会代表者の議論を反映したもの。合意の特徴は規制権限を持った監督当局が一方的に決定し、強制力を伴って従わせる旧来の銀行監督手法から訣別し、金融機関の自主性尊重というアプローチだ、という。1988年導入がバーゼルⅠ、2007年導入の新規制がバーゼルⅡだ、という。

 だから、ここも「BIS規制」ではなく「バーゼル合意」といすべきではないか? それとも、吉國氏はそう書いてはいるが、経済学者の中では今でも「BIS規制」で通っているのだろうか?

 という細かい疑問は後回しにして、経済音痴が理解した内容を綴ってみよう。

 大橋氏はそのバーゼル合意がそもそもの出発点だった、という。国際的取引をする銀行は自己資本比率を8%以上持たねばならない、という合意である。

 担保に取った貸出先の不動産や株の価格が不況などで暴落すると、時価会計なので貸出債権としての銀行の資産が目減りする。不良債権化したらばもっとひどい。そこで、銀行は不況になると、いつも8%を意識して行動するので、貸し剥がしが起きるわけだが、CDSという仕組みを使うと、これをクリアできる、というのだ。

 このため銀行はわれもわれも、とCDSを使い始め、CDS市場が生まれる。そして、「これは儲かる」と閃いたウォールストリートの秀才たちがいろいろなものを組み合わせて「新商品」を開発して、CDS自体を束にして商品化まで進んだ。

 そうなると、8%を意識してリスクをヘッジする目的で(格好いいでしょう、こういう言葉を使うと)使っている大銀行だけでなく、CDSを安く買って、高く売ることで儲けようという目的の投資家たちも投機目的などでCDS市場に参加するようになり、CDS市場が急激に拡大した、という。

 この「いろいろなCDSを組み合わせた新商品」というのは、大橋氏の専門用語で言うと、

 <個別企業を対象とするCDSだけでなく、数十社程度の代表的なCDSの保証料を平均したCDS指数(インデックス)やそのデリバティブ、そしてCDSのポートフォリオを埋め込んだ証券化商品であるシンセティックCDS(合成債務担保証券)などが作られ、盛んに取引されるようになりました。>

 となる。Wikipediaをみると、ポートフォリオというのは本来は「紙挟み」や建築家の作品ファイルの意味だが、現代の日本では、ある程度の資産を持つ投資家が自分の資産を複数の金融商品に分散投資することや、その投資した金融商品の組み合わせを指すことが多い、とあった。1億円持っている人3000万円で株を買い、5000万円を郵便貯金して、2000万円でFXをやる、とか、そういうことなのだろう。また、証券化商品のポートフォリオは昨年から騒がれているサブプライム・ローン証券を組み込んだ商品を思い出せば十分だろう。

 CDSの場合、これをシンセティックCDSというのだそうだ。なぜ難しい名前をつけるのだろうか。明治時代には福沢諭吉たちが英語をほとんど日本語に直していたのに、今は横文字がカタカナになるので、余計分からない。

 という閑話休題はその辺にして、CDSがバーゼル合意と関連して発展してきたことは分かったが、なぜそんなに人気になったのか?

 大橋氏は難しく説明しているが、一読、感じたのは詐欺である。

 たとえ話で考えてみた。凸凹自動車が50億円の社債を発行し、四菱銀行が買った。天下の日産だからつぶれることはない、と思っていたが、社債の評価が下がると時価会計では銀行の含み資産が下がるから、用心深く、この危険を避けたいと思った。

 その時、「債務不履行になったら、その社債分を支払うから大丈夫ですよ。ただ、保険金は少しお高いですよ」という悪魔のささやきが聞こえてくる。債務不履行(デフォルト)保険がCDSである。火災保険とか自動車保険などと同じように、金融取引に保険を掛けるという商売が始まったのだ。

 この「デフォルトが起きた場合に損失相当額を受け取る権利」をプロテクションというのだそうだ。このプロテクションを受け取る権利さえあれば、月々保険料を支払っても、危険性が消えるので銀行にとっては非常に都合がいい。

 四菱銀行はレーマンというCDS業者が持ち掛けてきたこの誘いに乗り、50億円の社債購入の際に年1%支払で50億円を保証する契約を結んだ。年間5000万円をレーマンに支払い続けた。ところが、世界的な金融危機で自動車が売れなくなり、凸凹自動車は破綻の危機に陥った。四菱銀行はそれでも安心していた。だってレーマンがついているのだから。ところが、その肝心のレーマンが破綻する。四菱銀行幹部は真っ青だ。さあ、どうなる、という、そういう事態が今、世界中で起きている、という話のようである。

◆リーマンを潰してAIGを救った本当の理由

 大橋氏や宮田氏の説明で「なるほど」と思ったのは、米政府がなぜリーマンブラザーズを潰してAIGを救ったか、のカラクリだった。

 宮田氏が書いているのだが、リーマン・ブラザーズが発行した社債など(これをリーマンを参照企業とするCDSというらしい)の想定元本(総取引額)は約4000億㌦(約40兆円)に膨れ上がっていた、と言われ、一時はリーマン破綻で巨額損失を被る金融機関が続出するのでは、と言われたが、実際に発生した損失は業界推定で60億~80億㌦にとどまった、という。みんなホッとしただろう。

 しかし、なぜそうなったのか。実は実際にリーマンは危険分散のためのCDS購入(リスクヘッジ)よりも、社債を持っていない投機目的のCDS取引が多かったためで、投機目的の取引では危険を大きくしすぎないように、「売り」と「買い」の両方のポジションを持つ投資家が多かったのだ、というのだ。

 売りと買いの差し引き(ネット取引額)がゼロになる分も残高としては残るため、想定元本の合計額が莫大に膨れ上がっていたのだ、という。

 これは分かりにくい。競馬の馬券で1-6が大本命だが、2-8も来そうだ、といったときに両方買うようなものなのだろうか? この部分の仕組みはどうも分からない。

 それはパスする。問題はリーマンはこの「売り」と「買い」で相殺すると、ネットの取引額が思ったよりも桁違いに少なかった、ということだ。

 一方、AIGはそうではなかった。AIGは不動産ローン債権などを対象とするCDSのプロテクション(債務不履行になった場合に損失相当額を受け取る権利)を投資家に大量に売りつけ、保証料(自動車保険などの保険料にあたる)を稼いでいた。いわば「デフォルト保険」のCDSを販売していたわけだ。

 自動車保険などは統計手法で料金設定ができる。しかし、そもそも会社が潰れて債務不履行に陥る可能性を、金融工学で数値化すること自体できない相談だった。

 できないことを、さもできるように見せかけて「あなただけに教えてあげるから」と秘密の相対取引で売りつける。買うほうも欲の皮が突っ張っているのだから、偉そうなことは言えないだろうが、それが資本主義でもあり、やっぱり詐欺は強い。おばあちゃんを騙して50円円を詐取すれば詐欺罪で警察に捕まるが、これだけ大規模に詐欺をすれば、米政府が守ってくれる。Too big too failだったか、いつもの言葉だ。

 ただ、これだけグローバル化が進むと、アメリカの金融危機は即日、欧州や日本に飛び火するし、危機報道は一国にとどまらずに国際的な波紋を呼ぶ。

 世界的な金融収縮の中で、AIGが「だんな、大丈夫でっせ、いい娘がいますよ、うふふ…」と誘って胸をたたいて保証したローン債権の債務不履行が増え、CDS清算に伴う損失が膨らみ始めた。

 ここで問題となったのは、AIGはリーマンのように「売り」と「買い」の両方を持っている投機目的の資本家が多くなかったことだった。AIGの場合は「売り」一辺倒だったため、損をするばかりだ、という。

 ここでもし、AIGが経営破たんすればCDS清算に伴う支払もできなくなり、今度はAIGからプロテクションを買っていた金融機関が損をする。これをカウンター・パーティー・リスクというそうだ。最悪の場合、AIGの破綻をきっかけに他の金融機関も支払い不能になり、連鎖的に破綻する可能性すらあった。

 こうした連鎖的な倒産を防ぐために米政府はAIGを救済せざるを得なかったのだ、という。

 宮田氏は、

 <現在は金融市場の混乱に伴って投機的なCDS取引は急速に縮小し、残高も減少傾向にあります。>

 と書く。今までCDSの投機的売買を繰り返したり、「売り」ポジションが大量に膨らんだのは多くの場合、欧米の金融機関やヘッジファンドだったと見られ、その意味ではCDSの日本への影響は欧米に比べ限定的だ、と。だが、次の言葉が重い。

 <CDSの取引実態が外部からはよくわからないため、どこに大きな「爆弾」が隠れているか分かりません。特に、CDSを組み込んだ証券化商品であるシンセティックCDSに投資していた国内の機関投資家はかなりの数に上っており、すでに多額の損失を計上した例もあります。今後の金融市場の動向によってはさらに大きな影響が出る可能性も否定できません。>

 何か、半分分かったが、半分は霧の中、という状態だ。やはり難しかった。

◆投機は市場を破壊する

 これに関連した記事をついでに書いておこう。東京新聞11月4日夕刊文化面の本山美彦・大阪産業大学教授(世界経済論)の寄稿<世界金融危機/繰り返される多幸症/モンスター生む繁栄の共同幻想>である。

 書き出しの文章がすべてを言い尽くしていると思う。書き写しておく。

 <投機は夜空を彩る打ち上げ花火である。華やかに夜空を染め上げるが、必ず一瞬で消え去る。消え去ることが分かっていても、人は華やかな花火に魅せられる。金融ゲームに狂奔した組織もそうである。彼らは、幾度も煮え湯を飲まされながら、カネが面白いように入ってきた幸せ感が忘れられない。しばしの謹慎の後、再び投機に向かう。それを多幸症(ユーフォリア)という。>

 <多幸症の組織を投機に誘うべく、胴元は、次々と新しい説得方法を開発する。投機に誘われる多幸症患者は当事者だけではない。非当事者が圧倒的に多い。それが投機の本質である。原油先物投機に参加した組織は原油の需要者よりも原油など見たこともない金融業者が圧倒的に多い。投機とは市場を正常に機能させるのに必要な行為であるとうそぶく主張がつねに金融業者から出されてきた。しかし、投機はことごとく市場を破壊した張本人であったことは、歴史によって証明されている。

 という前置きをして、本山氏はCDSの説明で、

 <他人の第三者が金儲けの手段にするという意味で、CDSはれっきとした投機である。CDSはカリスマ的投資家、ウォーレン・バフェットによって「金融版大量破壊兵器」と呼ばれたほど金融システムを一挙に崩壊させる危険性を持つ。>

 と非常に分かりやすく説明してくれる。そして、AIGについては、

 <AIGは、金融事故を、連鎖しない自動車事故と同一視したかのごとく、CDSを売りまくった。その額は4000億㌦を超えているかもしれない。その30分の1の支払に行き詰まって、同社は政府の支援を受けた。今後、世界は大量破壊兵器であるCDSによって爆破されかねない。>

 と書いている。また、

 <バブルには金融手法の革新が必ず先行してきた。成功者は英雄として憧憬の対象となった。投機を煽る胴元は、繁栄のイデオロギーと小難しい理論を駆使して、多幸症の組織を、繁栄が続くという共同幻想に導いた。

 原爆開発計画に当初関わったアインシュタインが原爆禁止運動に転じたが、金融工学専門家から第二のアインシュタインが出るだろうか、という結びの言葉は相当な含意を込めているが、出てこないだろう。

◆米国DTCCがCDS残高上位1000銘柄公表

 11月7日日経新聞朝刊経済面<残高上位1000銘柄公表/損失肩代わり商品「CDS」/米機関/日本、消費者金融など25>は米国でCDSの登録・決済を手掛ける機関であるDTCC(デポジット・トラスト・アンド・クリアリング・コーポレーション)がCDSで肩代わりの対象となる企業や国の上位1000銘柄(取引額ベース)を公表した、という内容で、想定元本の合計は33兆6000億㌦で、比較的新しい取引については全取引の9割以上を網羅している、という。表を見ると、10月末現在の調べとなっていた。

 対象になっている銘柄の売り買い合計である総取引額(グロス)が最も大きいのはトルコで1886億㌦。国以外で目立つのはGMの金融子会社GMACの1500億㌦。財政が悪化した国や経営不振の企業の取引がj増える傾向が見て取れる、と書いている。

 売りと買いを差し引いたネットの取引額(最大損失可能性)が最も大きいのはイタリアの226億㌦。ドイツ、ブラジル、スペイン、ドイツ銀行、GEキャピタルが100億㌦を超える。こうした銘柄で万一破綻や利払い遅延などが起きた時にはCDSの売り手が損失を肩代わりする必要が生じ、金融システムが混乱しかねない、としている。

 日本では国と企業24社がリストに載った。総取引額が多いのはアイフル、武富士などの消費者金融。厳しい環境の変化がCDSの利用に拍車をかけた、という。

 ただ、欧米に比べると日本の企業、金融機関が対象になる取引は多くない。三菱東京UFJ銀行の総取引額はモルガン・スタンレーの10分の1以下だ、という。

 記事は<対象銘柄の公表は市場の透明化に向けた一歩。銘柄によって取引額が膨らんでいるケースもあり、CDS市場がリスクの火薬庫であることに変わりはない。価格の透明化や、金融機関によるリスク管理の精度向上も欠かせない。>

 としめていた。執筆は太田康夫編集委員だった。

 表が付いていたが、ネットの取引額が大きいのはソニーの17億㌦、武富士の15億㌦、アイフルの12億㌦、日本国の17億㌦、みずほコーポレート銀行の10億㌦、ソフトバンクの11億㌦、ホンダの14億㌦、トヨタ自動車の10億㌦、日本たばこ産業の11億㌦くらい。あとは一桁だった。

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2008年11月13日 (木)

北朝鮮のサンプル採取拒否…オバマ政権スタートまで北朝鮮問題は動かない~各紙11月13日朝刊などから

 北朝鮮は12日、プルトニウム抽出量の検証に不可欠なサンプル採取を拒否する、という外務省報道官談話を発表した。10月上旬のヒル米国務次官補訪朝の際に北朝鮮が提出した核申告書の検証方法について「現地訪問、資料確認、技術者からの聴取に限定する」ことで合意しており、サンプル採取は合意文書に入っていない、また、対象も寧辺核施設に限り、時期は支援が完全に終了した後というのが合意書骨子だ、と主張。「(米朝の)書面合意の他に一文字でも多く要求するなら、それは主権侵害行為だ」としている(11月13日毎日新聞朝刊2面)。

 この談話について東京新聞11月13日朝刊国際面<「核カード」温存図る/米政権交代にらみ>ではソウルの築山英司特派員が「(北朝鮮は)来年1月の米次期政権発足をにらみ、現時点での譲歩の必要はないとの判断から『核カード』を温存しようとする姿勢の表れだ」と分析している。

 記事で北朝鮮外務省報道官談話は10月1~3日の米朝合意の後、「6カ国協議を10月18日に開催しようという中国側の提案に同意したことがある」と暴露し「6カ国協議が遅れている責任はわが国にあるという間違った世論を触れ回っている勢力がある」として、試料採取の明記がないことに憂慮を示した日韓両国をけん制した、という。また、北朝鮮が試料採取を嫌うのは生成済みプルトニウムの量の確定を嫌うためだ、と解釈している。

 東京新聞は北朝鮮問題に詳しい文正仁・延世大学教授の「北朝鮮は李根米州局長が訪米し、オバマ次期大統領に『敵対的行動に出ないなら対話できる』とメッセージを送っている。オバマ政権を待ったほうがいいと考えている」という話を紹介していた。この談話が見出しどころになったわけだ。

◆オバマ次期政権と北朝鮮政府が早くも接触開始か

 ここに出てきた李根氏の訪米だが、朝鮮総連のネットニュースである朝鮮新報が報じていたので、コピペする。見出しは<李根・朝鮮外務省局長が訪米、「いかなる政権にも対応準備」>だった。

 <ニューヨークで6者会談の朝米代表が接触した。朝鮮外務省の李根局長一行は4~10日、ニューヨークに滞在した。大統領選挙と同時期に行われた朝鮮の外交関係者の訪米と現地での言動は内外の注目を集めた。

 李局長は6日(現地時間)、全米外交政策協議会(NCAFP)の事務所でソン・キム米国務省特使6者合意履行問題など朝米間の懸案問題について協議した。

 李局長は協議後、記者らに対し「10.3合意に沿って各側が義務をどのように履行したか深く話し合い、幅広い論議を行った」と協議結果に満足を示し「今後もこのような論議を続ける」と明らかにした。そして、朝米間では検証問題などについてすでに合意されており、この日の協議では今後、何をすべきかについて意見を交換したと付け加えた。

 また、オバマ氏が次期大統領に選出されたことに対する記者の質問に「(これまで)われわれと対話しようとする政権や、われわれを孤立させ抑制しようとする政権も相手にしてきた」と指摘しながら、「われわれはいかなる政権が登場しても、その政権の対朝鮮政策に合わせて対応する準備ができている」と応じた。

 この日夕方、李局長は6者会談米国側首席代表のクリストファー・ヒル国務次官補と夕食を兼ねた協議を行った。協議後、米国の新政権と対話を行う用意があるかに関する記者の質問に対し「(オバマ政権が)対話を追求すれば対話し、(朝鮮の)孤立を追求すればそれに対応する」と答えた。

 李局長一行は7日、NCAFP主催の米国の朝鮮問題専門家会議に参加した。同会議にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ウィンストン・ロード元国務次官補、ドナルド・グレッグ元南朝鮮駐在大使、ソン・キム特使などが参加した。米大統領選挙期間、オバマ陣営で朝鮮問題を担当したフランク・ジャヌージ氏も姿を見せた。

 約4時間におよぶ会議は非公開で行われた。会議終了後、主催者側を代表して記者会見したドナルド・ザゴリア理事は会合が「米国の次期政権で重要な役割を果たす人物と朝鮮政府の高官を紹介する場を兼ねたものだった」と説明した。[朝鮮新報 2008.11.12]>

 随分と正直に書いている。つまり、北朝鮮とオバマ次期政権とのすりあわせがすでに始まっている、というのだ。キッシンジャー、ロード、グレッグ各氏は東京で開いた朝鮮半島をめぐるシンポジウムを聞きに行った時に、肉声を聞いたことがあるが、フランク・ジャヌージ、ドナルド・ザゴリア両氏には会ったこともなく、名前も初めて聞いた。もしかすると、ジャヌージ氏がオバマ政権で北朝鮮担当の一翼を担うかもしれない。

 産経新聞11月13日国際面の有元隆志ワシントン特派員のトップ記事によると、北朝鮮が10.3合意と呼んでいる米朝合意は北朝鮮側が「サンプル採取」に難色を示したことから、合意文書では「科学的手法の使用」という表現にとどまり、サンプル採取は口頭了解となった、とある。

 この点を危惧した斎木昭隆外務省アジア大洋州局長が10月末にヒル氏と会談した際、検証方法は「信頼に足るものでなければならない」と述べ、サンプル採取も6カ国協議の合意文書に盛り込むべきだとの考えを伝えた。ヒル氏は今月初めの米朝協議後、検証方法について北朝鮮と「完全な理解に達している」と楽観的見通しを示していたが、6カ国協議筋は「北朝鮮との交渉で、口頭了解はあとで否定される可能性があるので危うい。功を焦ったヒル氏が肝心な点をあやふやにしたツケがきた」と批判している、と書いていた。

◆オバマ氏は北朝鮮を核クラブの一員と認めている

 読売新聞11月13日朝刊政治面続き物[オバマのアメリカ~日米関係④]<「核政策」変化に注視>でオバマ氏の北朝鮮認識を示す文章が出ていた。

 <2007年10月、米大統領選の民主党候補の指名争いに挑んでいたバラク・オバマ上院議員は、地元シカゴで「核廃絶」を公約に掲げると訴えた。「いまだにソ連に対する抑止力を想定した核政策は変える必要がある」「インド、パキスタン、北朝鮮は『核クラブ』に加わり、イランもドアをノックしている。核武装国が増えれば、脅威は増す。アメリカは核のない世界を目指す」>

 という部分である。記事自体は、オバマ氏の「核廃絶」はアメリカが核を保有したままでの核廃絶であること、アメリカで近年、「日本核武装論」が真剣に論じられていること、などにも触れているが、今注目したいのはこの北朝鮮を「核クラブ」の一員と認めたオバマ氏の認識である。インド、パキスタン、イスラエルと同列の国と認めた場合、北朝鮮にとっては非常に得るところが多い交渉となる。日本は完全な蚊帳の外になるだろう。

 読売記事が書くように、昨年12月の国連総会で日本が提出した核軍縮決議案を過去最多の賛成で採択したが、反対したのは米国、インドと北朝鮮だった。すでに米国と北朝鮮は共通利害で動き始めているようにも見えるのである。

◆韓国に対しては陸路通行遮断を通告

 北朝鮮は12日、韓国に来月から陸路通行制限をする、と通告してきたという。朝日新聞11月13日朝刊国際面によると、すべての南北赤十字電話チャンネルも断絶するという。韓国が今月、日本などと北朝鮮人権決議案の共同提案国になったことへの反発だ、と書いてある。また、最近の韓国民間団体による北朝鮮領内に対するビラまきへの対抗措置ともいうが、韓国の民間団体は近く追加のビラを10万枚まくという。

◆日経新聞のまとめと分析~「日米韓離反狙い」は正しいが…

 この南北問題を総括的に解説していたのが日経新聞11月13日朝刊国際面<北朝鮮、陸路往来遮断を通告/日米間の結束揺さぶる/赤十字会「板門店代表部を閉鎖」>である。北朝鮮を巡る最近の主な動きを年表にして付けてあり、切り抜きに便利な記事。

 開城(ケソン)工業団地の韓国側人員の往来や貨物列車の輸送、開城観光事業に支障をきたすことも予想される、とあった。南北関係が冷え込んだ際も経済協力は維持してきた北朝鮮が遮断通告に踏み切った背景には軍部の意向が強く働いている、という。

 かねて軍事的要衝である開城の工業団地開発など南北経済協力に批判的だった軍部は10月2日の南北将官級会談では、韓国市民団体の北朝鮮体制非難ビラまきに猛反発し「中止しない場合は重大な措置を取る」と表明。軍高官が11月6日には異例の開城工業団地視察を実施するなど、最近では軍が前面に出て韓国に圧力をかける構図が目立った、という。

 日本に対する揺さぶりも続いており、一方で米オバマ次期政権への摺り寄り姿勢。ここから見えてくるのは日米韓3者の離反作戦だ、とソウル・山口真典特派員は書いている。

◆日本は現金自動支払機になり下がることを避けねば

 たしかにそうだろうが、別にいまさら離反させなくとも、オバマ氏が北朝鮮を核保有国と認めれば、今後は核保有国同士の話し合いとなり、日本と韓国は除外され、韓国は統一問題という別次元の問題で各種のパイプを持つものの、日本は本当の意味で自動現金引き出し機になり下がってしまう危険が出てくる。

 小さな動きに敏感に反応することも大切だが、今後、オバマ政権が東アジアをどう扱おうとしているのか、その時に中国との連携をどう進めるのか、日本の国益はどう保証されるのか、など大きな視野で見ておかないと失敗する感じがする。

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2008年11月12日 (水)

書評「医師の正義」白石拓著(+「中国で臓器移植仲介の日本人業者」読売新聞)

 「医師の正義」は宝島社刊で2008年7月16日第1刷発行、定価1143円+税。

 著者は白石拓氏。1959年生まれ。愛媛県出身、京都大学工学部卒。科学ジャーナリストとして活躍するかたわらノンフィクションも手掛ける。2002年より青森県内で広く実施されている「ABA小学生未来新聞を作ろうコンテスト」のインストラクター・審査委員をつとめる。近著に「あったか言葉とチクチク言葉」(宝島社08年)、「1万円の世界地図」(祥伝社新書07年)他がある。上記2書は本名(佐藤拓)で執筆。

医師の正義 医師の正義

著者:白石拓
販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 面白い本だ。倫理面での反発が強く、難しすぎてジャーナリズムが敬遠したり、新聞が誤解しっぱなしの問題を、当事者に取材することなどを通じて、問題の所在を分かりやすく説明してくれる本だ。

 四つの大テーマがある。①病腎移植問題②赤ちゃんポスト問題③代理出産問題④医療事故問題である。

 このテーマを聞いただけで「そんなテーマには触りたくない」と遠ざかる新聞記者やテレビ記者が多いと思う。

 日本人の中でコンセンサスがつくりにくい、当事者の利害が対立するだけでなく、思想信条や宗教にも関わってくる大問題だからだ。

 いずれの立場の言い分にも「正義」がありそうに見えるのが困るような問題なのだが、白石氏はその問題を腑分けして、読者に分かりやすく説明したうえで、あえて大胆に自分の見方を示している。それが潔くていい。

 ここでは第1のテーマだけ書いておく。読売新聞の記事との関連で急きょ、書こうと思ったので、他のテーマ、特に代理出産問題をはじめとした生殖医療には、本当はもっと面白い問題点もあるのだが、今はパスしておく。時間があったら、後で書き足す。

 病腎移植問題、つまり万波医師の問題は、新聞による知識しかなかったので、この本を読んで驚いた。今まで知っていたことがすべて否定されて、全く逆の考え方をするようになった。

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師である。長時間インタビューで万波氏に心情とやってきた行為を語らせているだけでなく、万波氏の評価を他の専門家らに聞くことで客観的に語っているのがいい。

 病腎移植は英語では「レストア腎移植」というのだそうだ。日本語に訳せば「修復腎移植」である。

 2008年1月にはアメリカ・フロリダで開かれた全米移植外科学会・冬季シンポジウムで病腎移植の症例報告をした万波医師らの論文がベスト10論文の一つに選ばれ、万波医師は表彰され、招待講演を行った。論文は米医学誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・ロラン誌プランテーション」4月号に掲載された。

 この高い評価の背景には世界中が移植臓器不足に悩んでいる現実がある、という。また、腎臓移植は人工透析よりも長生きできる。また、修復腎移植は生体腎移植や死体腎移植に比べてはるかに問題が少ない移植であること、万波医師らの症例ではその成績は死体腎移植に匹敵する、という。

 政治も動き始めた、という。超党派の国会議員でつくる「修復腎移植を考える超党派の会」(会長・杉浦正健元法相)が修復腎移植に賛同し、万波医師への行政処分にも異を唱え始めたのだ。

 日本では腎臓移植の平均待機年数は16年。人工透析が導入されて亡くなるまでの患者の平均寿命は8~9年なので、待っているうちに死んでしまう人が多いのだ。先進各国と比較すると、他国は人口100万人あたり軒並み日本の3.5~6.5倍もの腎臓移植手術を行っているのに、腎臓が足りない、という訴えは日本と同じだ、という。

 日本で腎臓移植を希望する待機患者は2008年1月31日現在で1万2075人だ、と。

 日本臓器移植ネットワークが稼動した1995年から2007年までのデータをもとに計算すると、08年1月現在に腎臓移植を希望している待機患者のうち運よく死体腎移植を受けられるのはわずか1.6%。100人に2人もいない。現行の臓器集めが破綻している。

 万波氏ら瀬戸内グループの修復腎移植はこのような絶望的な臓器不足から生まれた、という。「がんを切除しても、がんにかかった臓器を体に入れたくない」という患者が結構いて、その場合、本当はまだ使える臓器をバケツに入れて捨てている、という。それを使うようにした、ということだ。

 面白い指摘は次のような事実である。

 腎臓移植を待つ日本の患者の半数近くは糖尿病をを患っているため、平均寿命は8~9年しかない。人工透析の費用は一般に月40~60万円と非常に高額なのだが、透析には健康保険が適用され、他に特別な高額療養費の助成制度もあるので自己負担は通常月1~2万円ですむが、自治体によってはその1万円さえも助成してくれる制度もある。患者は非常に助かっている。とはいえ、このような助成制度は患者にはありがたいが、治療費は保険と公費でまかなわれ、全額が病院に支払われる。仮に透析患者1人当たりの費用を月50万円とすると、1年間で600万円。よって透析患者を50人抱える病院はそれだけで年間3億円の安定収入となる。それが患者が亡くなるまで保証されるので、透析は「金のなる樹」といわれている、という。だから、病院の医者は「移植を考えましょう」といわずに、「透析を」となるのだ、という。

 さらに、日本の人工透析医療費総額を600万円に患者数26万4473人を掛け算して求めると、およそ1兆6000億円だ、という。05年度の国民総医療費は33兆1000億円。うち歯科診療費と薬局調剤費を除く一般診療費は約25兆円。だから、人工透析費は一般診療費の7%をも占めるに至っている。そして毎年1万人分すなわち600億円ずつ増えており、医療財政に大きな負担になっている。

 腎臓移植を受けた場合の医療費は初年度こそ350~400万円かかるが、次年度以降は通院費が年間120~180万円で済む。ただし、これらの費用も人工透析同様、健康保険の適用などがあるため、自己負担はほとんどない。

 日本移植学会は2007年3月31日、日本臨床腎移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析医学会と4学会合同で万波医師らの修復腎移植を批判した「病腎移植に関する学会声明」を発表し、その中で自分たちの業績を誇って見せたが、その業績が先進各国の3分の1にも達していないレベルだ。

 移植学会が行った修復腎移植を否定した調査についても広島大学名誉教授で病理学者の難波紘二誌(鹿鳴荘病理研究所長)によって批判されている。

 インタビューをみると、万波氏は本当に名誉欲も金銭欲もない飄々とした人物のようだ。こうしたブラックジャックのような人間を<悪の権化>のように報道し続けている大手マスコミは問題だ、と白石氏はマスコミを批判しているが、その通りだと思う。

 また、万波氏だけでなく、日本ではひそかにいろいろな病院で修復腎移植が行われていたらしい。ところが、その医師たちは沈黙を守り、万波氏を援護しなかったことも白石氏に男らしくない、と批判されている。

 そして、いよいよ話は渡航移植に及ぶ。読売新聞特ダネと関連しているのはこの部分である。

 「平成17年度 総括・分担研究報告書―渡航移植者の実情と術後の状況に関する調査研究」(主任研究者小林英司、06年3月)によると、06年3月時点で少なくとも522人が過去に渡航移植を受けたことが判明している、という。これは肝臓、心臓などを含めた数。腎臓移植では198人とされている。おしなべて斡旋者や紹介者、移植費用について語りたがらないが、多額の報酬が支払われているのは間違いない、という。中には非合法な臓器売買が存在するのも今や公然の秘密になっている、という。

 現在、日本では臓器売買は法律で固く禁じられている。しかし、なぜか海外で臓器を買って移植してくることが常態化している現状に政府は何も発言していない、国内で禁じていることを海外でやっているのに、たとえ、その国の法律に触れなかったにしても臓器を買う側の政府としての責任を感じているようしはない、と書いている。

 「自国患者の移植臓器は自国で調達する」ことは国際マナーだ、というのに、そういう指摘にも政府は知らん顔だ、と。

 そして<筆者はお金で臓器を取引することには反対の立場だ。>

 と、旗幟鮮明にする。現在日本全国で廃棄されている腎臓のうち移植に使えるものは2000個ある、という。これが捨てられずに移植手術に使われれば、移植者の数は一挙に10倍に跳ね上がる。

 医療行為とは何か?という哲学的な問いがある。

 病気を治すのが医療ならば、腎臓などの提供者の健康な体にメスを入れるのが本当に医療行為なのか、と。

 そして、親族間の生体腎移植は離婚、兄弟の仲たがい、家庭崩壊などの悲惨な結果を生みかねない、という。そうした問題ある生体腎移植禁止して、モラル面での問題のない修復腎移植を合法化すべきだ、というのが万波氏と著者の意見だ。

◆読売新聞11月12日朝刊の特ダネ

 そして、読売新聞11月12日朝刊1面と社会面トップを飾った特ダネである。<「中国で臓器仲介」聴取へ/邦人代表/営利目的の疑い>が1面。社会面は<臓器移植仲介「108人」/「中国 処罰法ない」/代表が正当性主張/中国側捜査協力 立件のカギ>だ。

 内容は大体想像できるようなものだった。

 中国政府がこの男を逮捕したのだが、臓器売買を禁じる法律がなかったので法人登記の業務範囲の逸脱など関係のない容疑に切り替え、懲役1年2カ月の判決。男は臭い飯を食い終わって、成田空港に日本に帰国してきたので、神奈川県警などが臓器移植法違反でその男を逮捕する、というものだ。

 今まで108人を斡旋したと、男は読売新聞記者に語った、という。きっかけは日本の友人が肝臓移植が必要になり、調べたら中国では多くの移植手術が行われていた。これだけのところならば、日本の患者も移植手術できるという前提でこの事業を開始した、と話している。

 この男は「日本では禁じられているが、中国では合法だ。何が悪い」という立場だそうだ。

 この業者だけでなく、フィリピンなど貧しい国に頻繁に出入りし、食うや食わずの人々に「腎臓は二つあり、ひとつ摘出ても大丈夫だから。高く買ってやる」と騙して腎臓を安く買い叩き、日本人などの臓器移植の材料として超高値で売りつけている悪人の闇ブローカーが結構多く暗躍している、と聞いたことがある。

 今回の逮捕が、「何もアクションを起こさない」と世界から批判されている日本政府(警察)が動き始めたことを示すものであれば、大きな意味を持つだろう。

 この男が言っている臓器移植の値段が注目だ。

 費用は手術代を含め腎移植が780万円以上、肝移植が1300万円以上だ、というのだ。

 これ以外に手数料を取っているのだろうし、詳細は今後、警察の調べで出てくるだろう。これが今の闇の臓器売買市場の国際相場なのかもしれない。

 他紙は12日夕刊で追いかけていた。

 病人とその家族には少しのやましさはあるものの、自分が犯罪を犯したという意識は全くない。それどころか、本音は「どうして悪いのか? 死ぬよりはいいだろう」という居直り(言葉が咽元まで出かかっても、普通はそれを飲み込んでしまうから他人には聞こえない)だろう。新聞も難病の子供を抱える両親が周囲の善意に支えられてアメリカに子供のために臓器移植に行く、とかの人情話を社会面で大きく扱って、お涙頂戴話を垂れ流してきた。

 部数拡張のために(?)そんな人気取りキャンペーンをやっている新聞にとって、「アメリカでの移植はいいが、中国やフィリピンでの金銭の絡んだ移植はいけない」と、正面切って言えないのかもしれない。そういう社説を堂々と掲げた新聞を見たことがない。「形式犯でも違法は違法だから、我慢しろ」と言えないのだ。つまり、それは「お前は死ね」と言っているのと、現時点では同じだからである。

 難しいのはこの島国では外国人にも腎臓が二つあること、外国人も同じように生きているということを、「同じおならをする人間」というレベル、「ニンニクを食べて口臭が臭かったり、水虫に悩まされている生きた人間」という自分の目線レベルで理解していないことだ。

 どこか、外人といえば青い目のお人形という意識とか、有色人種といえばちびクロサンボとか、ハリマオの脇役たちと同等レベルという意識しかないかもしれないのだ。もっと極端に言えば、エヴァンゲリオンでの地球防衛軍の敵たちと同じレベルでしか外国人、特に低開発国の人間を理解していないのかもしれないのだ。

 だから、食うものも食えずに腎臓を売るフィリピン人の若者がいても「大変だ。日本政府に言ってやめさせよう」というインセンティブが出てこない。その腎臓提供者に感情移入できない。

 もしも日本が何かのボタンの掛け違いで世界の極貧国に落ちぶれる場合(北朝鮮に原爆を5,6発落とされて、大都市がすべて壊滅する、とか、テロリストグループに狙われて天然痘が大流行して5000万人以上が死んでしまう、とか、アメリカに弓を引いた結果、保障占領されてしまって、経済状態を農業国レベルまで落とされてしまったり、とかの荒唐無稽な「パンデミック」が襲来しないとも限らない)、今度は逆に日本人の若者が自分の腎臓を金持ちで軍事大国である中国とアメリカの病人たちに売らなければならない境遇に身を落とさざるを得ないかもしれない。そうなれば、今のフィリピン人の境遇を想像すれば、将来の自分の姿が見えるのだ。

 しかし、そういう未来は誰も想像しようとせず「オレは極貧のフィリピン人や極貧の北朝鮮人とは違う」不安もなしに単純に思い込んでいるから、同情心がわかない。

 だから、「お金のある日本人が貧しい国で臓器を買ってくるのは仕方ないんじゃない? 自分はやらないけど、そういうことを必要とする人だっているだろう。何をやっても法律に触れさえしなければ自由でしょ」という、冷たい言説がまかり通っている。

 テレビのワイドショーレベルの言説は基本的にこの島国根性を原点にしたものだ。こういう風潮がまかり通る状況を「健康なナショナリズム」とはいわない、と思う。

 腐臭が漂う地獄の一歩手前の状況ではないか。「このような国際常識に反することを続けていると罰が当たる」と予言したくなる。

 最後は少しカッカしてしまったが、この問題。やっぱり難しい。

 オバマ氏がアメリカの多様性をアウフヘーベンして人種のモザイクから人種の坩堝にするのは相当な難事業だが、資本主義の「おかげ」に侵食され尽くした普通の日本国民の心に江戸時代の祖先が持っていた「良心」を取り戻させるのは、もっと難しいのではないか。

 日暮れて道遠し、だろうが、それでもボクはそんな日本人が好きなんだが…。

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2008年11月11日 (火)

韓国大統領「金融危機」を説明+内海氏のインタ+中国暴動~毎日新聞、日経新聞、産経新聞11月11日朝刊から

 韓国の李明博大統領が11月9日、青瓦台で朝鮮日報、毎日新聞、英タイムズ紙の合同インタビューを受けた。11日の毎日新聞は1面トップ、3,6,7面の関連記事と11面のインタビュー詳報で伝えた。本記などの記事では詳しく触れていなかったが、インタビュー詳報を読むと、李明博大統領が今回の金融危機をどのように見ているか、それをどのように海外に発信しようとしているか、が分かって面白かった。

 大統領は、金融危機の質問に対し、以下のように答えた、という。

 <金融危機で米国は非常に困難な中で、韓国のような外貨の流動性に少し困難を抱えている国々にドルを供給するための通貨スワップ協定を提案してきた。日本はアジアへのスワップ協定を拡充するなどの役割を果たしてほしい。>

 そして、韓国、中国、日本が協力してアジア通貨問題でユーロのような単一通貨を創設すべきだ、と語っている。この中の<ドルの世界的な地位が低下したので、ユーロのような単一通貨が(アジアに)必要だ>という露骨な物言いはまたアメリカを怒らせるのではないか、と思った。

 <韓国、中国、日本が単一通貨に合意すれば、アジアに広げるのは難しくないだろう。これから時間はかかるだろうが、日本の役割が大きいと考える。>

 という見方は非常にストレートで、対米配慮がないように見えるのだ。宮沢構想がアメリカによって潰され、変質して、チェンマイ・イニシアティブになってしまったことをすっぽり忘れているような感じすらある。

 大統領の韓国金融危機に関する認識は、

 <私が危機を克服できると言っているのは、97年のアジア通貨危機のような危機ではないという話だ。韓国国民は当時、数万件の企業が倒産し、150万人以上の失業者が生じる悲劇的な経験をした。しかし今は、当時のような直接的な危機ではない。雇用が悪化して庶民を脅かすレベルまでいかないよう、努力しようと思う。ただ、世界的な危機なので、国民の忍耐が必要なのは事実だ。

 というものだ。一生懸命やるけれども、世界的なことだから、今は確実なことは言えない、ということだろう。国民に忍耐を訴えているのは、朝鮮日報の紙面を意識しての発言だろう。

◆内海孚氏は「当面はG7体制、ドル基軸が続く」→アジア通貨など論外、ということ

 李明博大統領のアジア新通貨発言がどれだけ非現実的なものか、ちょうどこの日の毎日新聞経済面企画[金融サミットへの注文㊤]で内海孚(うつみ・まこと)日本格付研究所社長(元財務官)が<先進国と新興国が結束…「劇場」づくり/IMF強化がカギ/G7体制 将来は変更も>で語っている。

 14、15両日のG20金融サミットは新たな枠組み作りにはつながらず、結束して難局に立ち向かおうという決意を確認する場になるだけ、という趣旨だった。

 戦後のドル基軸を中心とした国際金融秩序の枠組み「ブレトンウッズ体制」は約2年がかりの綿密な検討のうえ、経済力とリーダーシップに優れた米国が主導し、英国が支援してようやく出来上がった枠組みだ。その経緯を考えれば、新たな枠組みと言っても一朝一夕にはいかない、という理由である。

 新興国に国際的な金融監督機関の創設を求める声が高まっていることについても、EUですら金融監督権限(注:対外的通貨主権の主要部分?)は各主権国家が持っており、欧州中央銀行は持っていないのに、そんなことが簡単にできるはずがない、と言う。それよりも、IMFが中心となって各国の監督当局と情報交換を密にしていくことが現実的ではないか、と言う。

 また、今回のG20の意義について、すぐにどうこうはないが、新興国の発言の場が増えることで将来のG7体制変更に向けた「パンドラの箱」を開けることになるかもしれない、と危惧の念を示している。

 あとは、ドル高でやっぱりユーロではなくドルが基軸通貨だ、と世界が思っていること、米国経済の反転は11年以降なので、むしろ当面は中国の人民元など新興国通貨の切り上げ圧力が強まり、先進国との通貨摩擦が激しくなるのではないか、と予測していた。

◆ウォン安…韓国人留学生の悲劇(毎日新聞企画記事から)

 この日の毎日新聞朝刊では対社面の企画[生活危機~08世界不況]<進む円高、留学生を直撃/韓国へ帰国余儀なく>のほうが韓国金融危機の物凄さを語って余りあった、と思う。

 昨年10月に来日した韓国人女性留学生(27)は日本が好きで、勤務先のソウルの印刷会社をやめて日本に来た。300万円分の貯金があり、取り崩して生活していたが、ウォンでの預金はいつの間にか300万円の価値から約半減したため、預金の目減りが激しい。

 この10月からは韓国料理店でアルバイトをして、生活費の一助にしているが、それでも金が続かず、来年3月には帰国する、という話だ。

 日本語学校での生活が楽しく、漢字を覚え、日本の大学で学ぶのが夢だったので、親に電話して援助を頼んだら、父(56)も母(53)も「助けてあげられない」とすまながった、という。母が昨年12月に乳がんと診断され、父は弁当屋の仕事をやめて看病に専念しているので、仕送りは無理な話だった、という泣かせる話だ。

 こういう実話がそこここで持ち上がっているのだろう、と思う。通貨の価値がある、ということはこの娘さんのように打って出ようという人にはものすごいチャンスになる。通貨が弱ければ、製品輸出には好都合だろうが、国民は内に籠るしかない。

 韓国通貨危機の庶民への影響はこんなところから出始めているのか、と可哀相になった。

◆中国に農民工帰郷→社会不安惹起の恐れ

 11日朝刊は各紙、10日夕刊で報じた中国政府の総投資額4兆元(57兆円)の景気刺激策の解説にスペースを割いていた。前にも書いたが、中国の成長率8%という社会不安を呼び起こさないぎりぎりの成長率を維持するためには、これだけの投資が必要なのだ、という解説が多かった。

 中にはすでに社会不安が顕在化している、として各地で起きている騒ぎなどを書いている新聞もある。

 日経新聞11月11日朝刊国際面は四川省などから広東省へ出稼ぎに出てきていた出稼ぎ労働者(農民工)が金融危機や輸出減のあおりで沿海部の工場が相次ぎ破綻したため、大量に故郷に帰り始めた、と報じた。記事は「2億人を超える農民工が行き場を失えば社会不安が高まりかねない」と警告していた。この故郷に帰る動きを「返郷潮」と呼ぶそうだ。10月から目立ち始め、四川省や重慶市では1日1万人以上が帰郷する日もある、という。四川省の農民工は省別で最多の2000万人。四川省の通常の失業者数は70万人だが、5月の四川大地震で150万人が職を失っており、これに農民工の帰郷が30万人程度加わると今の失業者は250万人程度とみられている、と書いている。一方、企業側の求人は減少傾向で、職を失った農民工の帰郷は社会不安を引き起こしかねない、と四川省成都からの多部田俊輔特派員のリポートだった。

◆産経新聞は中国各地の暴動を報じた

 産経新聞11月11日3面も<中国社会不安/暴動 都市部でも頻発/失業増、株価低迷…当局への不満増大>で中国農民工の引き起こしている暴動などを描いていた。

 広東省深せん市では11月7日、約2000人の民衆が警察署に押し寄せて警察車両などに放火する暴動が起きた。交通取締り中に起きた死亡事故がきっかけだった。上海では7月、警察の不当逮捕への報復で6人の警官が刺殺される事件があった。犯人は死刑判決を受けたが、インターネットでは犯人を「人民の英雄」視する意見が数多く寄せられた。

 広東省の東莞市では10月中旬、工場の閉鎖により失業した労働者1000人以上が未払い給料を求めて抗議デモ。暴動に発展した。

 広東省や上海の都市部周辺には製造業を中心に約2億人の出稼ぎ労働者が集まっているが、輸出不振と景気低迷で今年上半期だけでその1割に当たる2000万人が失業した。若年労働者が一気に都市部で増えることを警戒した当局は「職業紹介所」を各地に新設するとともに、未払い給料や帰郷の交通費を立て替えるなど失業対策を実施しているが、失業者急増のペースに追いつけないのが実態。政府への不満が鬱積しており、きっかけさえあれば、暴動が起きるような状態だ、と見る人もいるそうだ。

 だから、胡錦濤総書記の投資発言は世界への貢献というよりも中国の内政問題だ、ということだろう。相当なものだ。ある程度のデカップリングが期待できる、と思っていたのだが、中国経済が本当に急収縮すると、大変なことになる。判断するためには、もう少し正確で詳しいマクロの分析が必要だろう。

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朝鮮有事の日米作戦抜本見直し+韓国独自の新計画~読売新聞11月11日朝刊、朝日新聞10月30日、6月4日朝刊などから

 朝鮮半島をめぐる動きがあわただしくなってきたのか、それとも、そう感じた新聞記者が取材を重ねて今頃多くの記事が出てきているだけなのか、内実は分からないが、最近、新聞に朝鮮半島有事に関する記事が目立つようになった。

 読売新聞11月11日朝刊1面<朝鮮有事/日米作戦抜本見直し/空港選定など十数項目>は日米安保関連の動きを報じていた。

 記事の前文は、

 <朝鮮半島有事など周辺事態や日本有事に備えた自衛隊と米軍による「共同作戦計画」に関し、日米両政府が抜本的な見直し作業に着手したことが分かった。複数の関係者が10日、明らかにした。有事に米軍が使用する民間空港の選定や、負傷兵の搬送・受け入れ態勢整備など十数項目が検討課題として挙がっている。両政府は北朝鮮の金正日総書記の健康悪化説を受け、朝鮮半島情勢を巡る不安定要因が増したと見て、見直し作業を加速させ、来年秋までの完了を目指す方針だ。>

 というもの。計画の抜本見直しは2006~07年に続き2度目だが、両政府は計画そのものの存在を公表していない、という。

◆朝日新聞が6月に報じていた日米密約の存在

 これは朝日新聞6月4日朝刊1面<朝鮮有事の密約文発見/米軍活動に事前協議不要>が特報したように、現実対応の中に日本国憲法や各種法律とそぐわない措置が入っているため、すべてに秘密のベールを被せたものとみられる。

 この朝日新聞記事は朝鮮半島有事の際に米国が在日米軍基地を日本側と事前協議せずに使用できることを記した日米間の密約「朝鮮有事議事録」の公文書を名古屋大学大学院の春名幹男教授(国債報道論)が今年2月に米ミシガン大学フォード大統領図書館で入手した、というもので、関連する米公文書から密約の存在は確実視されていたが、全文が明らかになったのは初めてだが、「日本政府は密約の存在を一貫して否定している」としている。

 これは藤山愛一郎外相(当時)とマッカーサー駐日米大使(同)との間で署名された1960年6月23日付の議事録で、ニクソン政権末期の1974年、朝鮮有事の際の在日米軍基地使用に関する米政権内の議論を記したメモランダム(覚書)に添付する形で保存。フォード政権への引き継ぎ資料と見られ、秘密扱いだったが、2005年3月に機密指定を解除された、という。

 この内容は1960年6月23日に開かれた日米安保協議委員会準備会合で両氏が述べた声明を2ページにわたって記録したもので、この中で藤山外相(当時)は「在韓国連軍部隊に対する攻撃によって生じる緊急事態における例外措置」について「岸(注:信介)首相(当時)から権限を与えられた」としたうえで「直ちに着手することが必要とされるような軍事作戦のため、日本における施設及び地域(注:いわゆる米軍基地)を使用してもよい」との「日本政府の見解」を述べ、両氏が署名した形になっている、という。

 また、1974年のメモランダムは、この議事録の内容を「朝鮮有事の際、日本政府との事前協議なしに在日米軍が軍事作戦に着手することを容認するもの」と説明した上で議事録全文を添付。同議事録の延長を日本側から取り付けるべきか、検討している、という。

 朝日新聞の記事にあるが、この日は新安保条約の批准書交換の日で、この批准書交換を見届けて岸首相は辞意を表明する。春名教授の「岸首相の辞意表明直前に、まさに駆け込みで密約を結んだのだろう」と推測している。密約全文は6月発売の月刊「文藝春秋」に掲載される、とあるので、この文藝春秋を見れば、詳しいことが分かるはずだ。

 朝日新聞記事は<朝鮮有事密約については、米国立公文書館の国務省ファイルの中で「非公開合意の要約」として言及されていることが00年に判明したが、当時の森首相は「日米安保に密約は一切ない」と存在を否定した。>とあった。

 また、我部政明琉球大教授(国際政治学)の「周辺事態法ができ、実態としても法的にも密約の必要がなくなり、機密解除したのだろう。当時の日米のやり取りから、米側にとって在日米軍基地の最大の目的が朝鮮半島有事と直結していたことが分かる」というコメントも掲載されていた。

 日米両政府は1960年1月、日米安保条約改定の際の交換公文で、在日米軍の配置や装備の重要な変更や、日本からの戦闘作戦行動の基地としての施設・区域(注:在日米軍基地のこと)の使用は、日米で事前協議を行うことを申し合わせたが、事前協議は今まで一度も行われたことがない。

 朝日新聞朝刊4面解説で、石合力記者が

 <密約の扱いについて米政府は、議事録に言及した74年のメモランダム(覚書)で、日本側にこの問題を直接提起せず、明確な延長を求めない方針を決定。この時点で密約の存在が日米間であいまいだったことを示している。このため、現在でも日米が密約を堅持しているとは考えにくい。96年の日米安保共同宣言以来、日米は周辺事態への対応策を検討。06年12月には朝鮮半島有事での日米共同作戦計画「5055」の策定作業も始めており、「実態が密約以上に先行している」(春名教授)状況にある。>

 と書いている。日米共同作戦計画「5055」は2006年から策定作業が開始されたようだ。

 そして、11月11日の読売新聞朝刊にあるように、2006年~2007年に計画見直し(ローリング)が行われ、今回は2回目のローリングだ、という。1回目のローリングと作戦計画立案は同じことを言っているのではないか、と思う。というのは、例の「ソウル火の海」発言のあった朝鮮半島危機の1994年、日米は共同作戦計画を策定しているはずだから、その改訂作業という形式を取ったのではないか、と思うのだ。

 読売新聞が報道したローリング内容を見ておこう。読売新聞は今回の検討内容として10項目を例示していた。

①緊急事態で米軍が使用する民間空港・港湾の選定

②飛行制限などを含めた空域管理

③負傷米兵の搬送や受け入れなどの医療支援態勢

④米国が捕虜とみなす人物の日本政府としての取り扱い

⑤米軍や自衛隊による電波の優先利用に関する調整

⑥化学・生物・放射線物質・核兵器(CBRN)攻撃への対処

⑦日米間の情報共有の強化

⑧米軍防護優先施設の精査

⑨相互後方補給支援の検討

⑩戦没者と行方不明者の取り扱い

 そして、読売新聞記事は、

 <民間空港・港湾の選定では、米軍が周辺事態のレベルに応じて計30カ所前後の施設の使用を提案、昨年春から調査が続いているが、日本側は金総書記の健康不安説などを受け、関係機関との調整を急ぐ。医療支援、電波利用、CBRN攻撃への対処などで関係省庁の役割分担などを明確にする。>

 と結んでいた。

 このように、まだパラパラではあるが、有力紙上に軍事共同作戦についての記事が掲載されるようになって、「金正日総書記健康悪化の影響」といわれているものの具体的な姿が見えてくるようになった。

 黒井文太郎氏が「週刊現代」に米韓合同軍事計画について書いていた時には、当然、この話も知っていたのだろうと思うが、そこで黒井氏が日本政府の対応を批判、日本は有事への備えが全くできていない、と書いていたのは、具体的には上にあるような項目で、有事の際に地方自治体や民間事業者との調整に時間がかかり、緊急対応ができない仕組みになっていることを憂えているように思う。

◆韓国独自の「忠武計画」

 朝日新聞10月30日朝刊は<北朝鮮混乱に対応策/韓国、新計画策定へ>で韓国の李明博政権が「戦争状態には至らないものの、北朝鮮の国内が混乱する非常事態」に備えた独自の対応策の検討に入ったとして、北朝鮮からの難民収容、北朝鮮在留の韓国人を狙った人質事件への対処方法などの検討に着手したことを報じた。ソウル支局の牧野愛博記者の記事である。

 1968年に発生した北朝鮮による韓国大統領府(青瓦台)襲撃未遂事件を契機に当時の朴正煕政権が策定に着手したのが忠武計画だ。豊臣秀吉による朝鮮侵略軍を破った忠武公、李舜臣(イ・スンシン)将軍の名前にちなんだ命名で、戦争で寸断された道路や電気、水道などライフラインの回復など韓国政府が戦時に取るべき行政措置を網羅し、マニュアル化したものだ。国民動員令など有事立法に基づいて運用されるが、平時での適用は想定していない、と記事にあった。

 つまり、あくまで「戦時」対応だったので、戦争一歩手前の事態にどう対処するか、が金正日総書記の健康悪化説で浮上。2月に発足した李明博政権は盧武鉉前政権のような北朝鮮との融和一辺倒ではないので、政府内の声が高まって検討に着手した、という。

 北朝鮮難民への対応では、収容所や食糧、韓国ですでに撲滅した伝染病のワクチン確保などが内容。また、北朝鮮の開城工業団地や金剛山、開城の観光事業に関わる韓国人が帰国できず人質になったり、付属施設が略奪に遭うケースも想定し、対応策を練る。

 対応策には軍事的措置は含まれず、軍事的な措置は1999年に基本的な想定と戦略方針を定めた概念計画「5029」を「実戦」に耐えうる作戦計画に格上げすることで、対応する、と書いてある。記事によると、

 <5029が想定する①大量破壊兵器の管理不能②大量難民の発生③飢饉など人道問題の発生④北朝鮮内での人質事件の発生⑤内戦の発生――の5ケースも見直す

 という。

 ただ、様々な問題を抱えているのが韓国の実情だ、と牧野記者は解説記事で書いている。<米との調整が課題>と題した解説記事を見てみよう。

 まず、忠武計画など対応策作りは概念計画5029の見直しが前提になるうえ、大量破壊兵器(WMD)の拡散阻止に強い意欲を示す米国との間で、政策の優先順位をめぐる調整が残る、という。韓国政府元高官の「韓国で実戦に耐えうるのは北朝鮮との戦争に備えた『5027』と忠武計画しかない」と言う。作戦計画は概念計画を具体化し、兵員移動や武器供給、戦傷者の治療など細部に至る行動を定めたもの。忠武計画は5027と連動した戦時の韓国の国民生活を守る非軍事計画で、年次演習を通じて内容を点検、更新してきたという。

 一方、5029は北朝鮮の不安定な状況を憂慮した米国が提案。1997年の米韓定例安保協議(SCM)で策定に合意し、99年に概念計画が完成した。米ブッシュ政権が2004年、5029を実戦に即した作戦計画に格上げするよう求めたが、当時の盧武鉉政権が北朝鮮を刺激することを恐れて拒否、宙に浮いていた、という。

 李政権は米韓年次軍事委員会(MCM)などで5029の見直しを進めるが、想定する5ケースは約10年前のものだ。

 1999年に392人だった南北往来数は2007年には1万2700人に拡大。南北非武装地帯を抜ける道路2本も開通した。忠武計画は韓国に逃れる北朝鮮難民を20万人と想定するが、大きく変動する可能性かある、としている。

 韓国統一省によると、開城工業団地事業などで北朝鮮域内に常駐する韓国人は10月29日現在で1636人にのぼるうえ、一時滞在者や観光客もいる。5029も韓国人人質事件を想定しているが、練り直しを迫られるのは確実だ、という。

 一方、5029は混乱を北朝鮮内にとどめることを主な目的として作成された。戦争状態でなければ、相手国への軍事力行使は国際的な非難を浴びる可能性があるからだが、米国は現在、WMDの拡散防止を優先する政策を取っている。テロ集団などがWMDを奪った場合、軍事力行使も辞さない、と表明している。難民を追う朝鮮人民軍が軍事境界線を越え、朝鮮休戦協定に違反する事態が生じることへの懸念も示しているという、と記事は米国の「前のめり」っぽい対応を書く。

 だが、韓国政府はまず北朝鮮政府にWMD拡散阻止を求めるなど、可能な限り軍事力の行使を控えたい考えが強い。北朝鮮と国境を接する中ロとの調整もこれからで、日本を含め他国の介入次第では5029は姿を変える可能性がある、という。また、忠武計画と異なり、非常事態は主に北朝鮮内で進行するので、混乱が少ない半面、状況の把握が難しいという課題も抱えている、とあった。

 黒井文太郎氏の例の本にあったように、軍事境界線にずらりと並ぶ多弾装ランチャー砲に怯える韓国、原爆がテロ勢力に渡り、NYやワシントンDCでの原爆爆発という悪夢に怯える米国とでは、国益が違うから、今後、大きな調整が必要だろう。

 そして、日本の最大の国益は北朝鮮が弾道弾ミサイルに原爆を搭載しないことだ。

 北朝鮮がその能力を開発したら最後、キューバ核危機下のケネディ政権と同じ状況が日本で持ち上がる。

 当時のアメリカはソ連に核戦争の脅しをかけてキューバから核兵器を撤去させることができたが、それはアメリカがソ連以上に強力で多くの核兵器を保持していたからだ。

 今の日本はアメリカの核の傘に守られているのだが、アメリカの最優先事項はテロリストがアメリカに小型核爆弾を持ち込み、爆発させないことだ。北朝鮮が原爆を何発か持っている現状は許容している。また、韓国にとっては「同胞の住む韓国に原爆を落とすことはない」と本音では安心しており、ソウルを狙う多弾装砲だけを恐れており、北朝鮮のノドンへの核搭載は日本の安全保障問題で韓国の問題ではない、と思っている節がある。

 つまり、日米韓協調と一口で言うが、3国の国益は全く違っているのだ。この3者が今展開しようとしている「ゲーム」で麻生政権が有利なポジションを確保することこそ、真の国益ではないか、と思うのだが…。

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2008年11月 9日 (日)

米韓連合軍の軍事作戦計画(オプラン)~黒井文太郎氏の「週刊現代2008年10月25日号」記事から

 週刊現代2008年10月25日号[スクープ! 米軍の「北朝鮮制圧」作戦]が面白かった。あまり早くに、発売直後に内容をここに書いては、著者である「軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏と本誌取材班」や講談社側に迷惑をかけると思い、少し時間をおき、週刊誌が古本になるのを待って、略述させてもらうことにした。

 <「核兵器を奪取せよ」――ブッシュ大統領の決断 金王朝崩壊後に向けて極秘オペレーションが始動していた>というサブタイトルがついていた。

 北朝鮮は10月7日に黄海に向けて2発の短距離ミサイルを発射実験を行った。9月には中朝国境でミグ戦闘機を投入した大規模軍事訓練をした。原油も乏しい北朝鮮がなぜそんな無駄遣いをしたのか? という疑問への答えから始まる4ページ特集。内容がしっかりしていて、読ませた。特に北朝鮮に関する米軍の軍事シナリオについて詳しかったのが勉強になった。

 黒井文太郎氏は2007年1月2,3,4日のブログで3回に分けて「北朝鮮に備える軍事学」(講談社+@新書)の内容を略述させていただき、相当に北朝鮮の軍事問題の基礎について学ばせていただいた。その際に黒井氏の略歴を書き忘れていたので、今、改めて書いておこう。

北朝鮮に備える軍事学 (講談社+α新書) 北朝鮮に備える軍事学 (講談社+α新書)

著者:黒井 文太郎
販売元:講談社
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 黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年に福島県いわき市生まれ。月刊「軍事研究」記者などを経て「ワールド・インテリジェンス」編集長。ロシアや中東などの海外取材歴が長く、国際軍事情勢やテロ問題を専門とする。著書には「日本の防衛七つの視点」、「紛争勃発」、「自衛隊交戦」(以上宝島社)、「アルカイダの全貌」(三修社)、「世界のテロと組織犯罪」(ジャパン・ミリタリー・レビュー)、「世界のテロリスト」(講談社+@文庫)、「イスラムのテロリスト」(講談社+@新書)、編共著には「最新!自衛隊『戦略』白書」、「今こそ知りたい 自衛隊の実力」、「生物兵器テロ」、「北朝鮮<空爆>へのシナリオ」(以上宝島社)などがある。

 黒井氏はこの二つの北朝鮮人民軍の行動を、本当はしたくなかったのだが、米軍におびき出されて仕方なくやった行動、と見ている。この「おびき出し作戦」こそ、極秘オペレーションでコードネームは「作戦計画5030」だ、というのだ。

 「作戦計画5030」の内容を要約する。

 <2003年に策定された作戦計画5030は、米軍の情報部門が主導。圧倒的な軍事力による揺さぶりをかけることにより、朝鮮労働党の高官や朝鮮人民軍の幹部を動揺させ、金正日体制の内部崩壊を誘導するという作戦。>

 具体的内容として6点を挙げている。①(米軍が韓国軍と合同で)大規模な軍事演習を行い、朝鮮人民軍に臨戦態勢を強いて疲弊させる②北朝鮮の国境付近に偵察機を頻繁に飛ばすことで、北朝鮮側の戦闘機が発信する回数を増加させ、燃料を枯渇させる③党高官・軍幹部への取り込み工作を強化する④北朝鮮国民を動揺させる情報を流す⑤兵器の売買ルートを遮断する⑥外貨の獲得ルートを遮断する――である。そして、

 <この作戦計画の最大の特徴は、韓国軍と関係なく、米軍単独でも実施できる点だ。…米軍はこの作戦計画をすでに実行に移しており、韓国側も今年2月に保守派の李明博政権が誕生してからは、全面的に協力する姿勢に転じている。>

 として、8月には米韓軍が大規模な合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン」を実施し、11月には沖縄米海兵隊も参加する大規模な米韓合同上陸演習を実施する予定だ、という。さらに、北朝鮮を挑発する偵察飛行を今夏から格段に強化し、8、9両月で計260回偵察飛行した、という。ミグ戦闘機も参加した北の軍事訓練はこれに対応したもので、慢性的に不足していた北朝鮮空軍の燃料貯蔵量が危機的水準まで下がり、作戦計画5030は着実に成果をあげている、という。

 極東アジアを管轄する米太平洋軍は現在計19の具体的軍事計画を立案。米韓連合軍の対北朝鮮作戦が五つ含まれており、他に「概念計画(コンプラン)」がある、と書いてあるが、その後、ここで取り上げた「概念計画5029」は「作戦計画(オプラン)」に格上げされたので、全部で六つになった。「作戦計画5030」以外の作戦計画は次の通り。▽作戦計画5026=北朝鮮の核施設を限定的に爆撃する。▽作戦計画5027=北朝鮮軍の南侵が明白となった段階で進撃して北朝鮮主要部を占領し、金正日政権を打倒する。▽作戦計画5028=朝鮮半島での局地的・偶発的な武力衝突に対応する。▽作戦計画5029(論文段階ではまだ概念計画5029)=北朝鮮の内部崩壊に際し、核・ミサイル施設を制圧する。

 特に金正日重病説以後、発動間近態勢になっているのが「作戦計画5029」だ、という在韓米軍関係者の解説が掲載されていた。

 <この計画は北朝鮮国内で内乱が発生した場合、米韓連合軍が、まずは休戦ライン(38度線)と海上を固めるものです。ただし、内乱の中で軍事勢力が北朝鮮国内の核を確保しそうになった場合は、すばやく特殊部隊と騎兵隊で進軍し制圧、核を奪取します。具体的な作戦計画化の正式採用を急いでいます。なぜなら、”核兵器&核物質の奪取”が、目下の最優先事項だからです。>

 <ただ、偵察衛星などで把握できるような核施設は、米軍が容易に制圧できますが、すでに数個は完成しているであろう核爆弾、および正確な保有量すら判明していない核爆弾の原料のプルトニウムを残さず見つけ出すためには、北朝鮮兵士と言葉の通じる韓国特殊部隊の参加が欠かせません。そこで、米韓の特殊部隊の合同作戦が必要となるのです。>

 <プルトニウムが保管されている可能性が高い場所として、寧辺、恵山、三池淵(サムチョン)、吉州、金東谷(キムドンゴル)、煕川(ヒチョン)、亀城の核施設と、平壌と平城のいくつかの原子力研究施設が挙げられます。また、ミサイル発射基地である舞水端里(ムスタンリ)、東倉里(トンチャンリ)も二次的なターゲットとなります。まずはこれらの計12ヵ所に対して、迅速な制圧作戦が実施されます。>

 黒井氏は、

 「こうした作戦に投入されるのは、韓国軍の陸軍特殊戦司令部(特戦司)や海軍第5特殊作戦旅団UDT/SEAL、海兵隊の特殊捜索隊などだ。米軍では海軍特殊部隊SEALs(米本土より派遣)、陸軍のグリーンベレー(沖縄・トリイステーションおよび米本土から増援)、場合によっては、海兵隊の偵察部隊フォース・リーコンも投入される」

 、また

 「これらの特殊部隊は米韓両軍のヘリ部隊、あるいは在韓米軍第501軍事情報旅団、烏山基地のU-2S偵察機やE-3早期警戒管制機、沖縄・嘉手納を拠点とする各種米空軍偵察機の支援を受け、さらに米国防総省の通信傍受機関であるNSA、CIA、韓国国家情報院、韓国軍情報司令部などの情報バックアップを得て、迅速に核兵器捜索に当たる」

 という。「ただし」、とこの在韓米軍関係者は言う。

 <そうした時間的余裕がなく、核爆弾がいまにも使用されそうな兆候があった場合には、施設ごと空爆するというオプションも検討されます。そのため、2006年10月に北朝鮮が核実験を強行したのち、概念計画5029に『核施設への先制空爆攻撃』計画が、急遽追加されたのです。>

 ワシントンの米国国務省幹部の話では、

 <北朝鮮問題でブッシュ大統領が懸念しているのは、イランやアルカイダへの核流出の一点だけです。いまや現実にその脅威が浮上してきたため、『絶対に阻止せよ!』と号令がかかったわけです。>

 作戦計画5029にはそれ以外にも大量の難民発生や大規模災害などに対する項目もあるが、それは補完的なもので、主眼はあくまで”核兵器・核物質の奪取”だ。

 米国防総省所属の情報機関DIA(国防情報局)の極東地域担当将校の話では、

 <実は「5029」には裏のシナリオが存在します。それは、北朝鮮が完全に無政府状態に陥った場合に、米韓連合軍が治安維持部隊として北朝鮮内に進軍し、主要部を制圧するという計画です。ただしこの場合は、中国が北西部の国境地帯から人民解放軍を進軍させることも甘受せざるをえません。>

 これに関して、米国務省幹部は米中がその場合、6ヵ国協議を外部から北朝鮮を管理する枠組みに格上げする方向で基本合意しており、両国軍当局も北朝鮮が無政府状態に陥った場合に治安維持部隊として北朝鮮に入ることを想定して極秘交渉を始めている、と語っている。

 また、中国人民解放軍幹部も北朝鮮の混乱は中国の混乱につながるため、当然、人民解放軍が進駐。人民解放軍の進駐は中朝が交わしている覚書にも明記してある、といいながら、アメリカ側とも有事の際の北朝鮮の平和維持の枠組みについて話し合いを非公式に始めている、と認めている、という。

 さらに、DIA将校によると、米軍の対北朝鮮攻撃計画には、管轄する太平洋軍の枠外の極秘軍事計画もあり、それは米軍の核戦略オペレーションを統括するネブラスカ州に本拠地を置く米戦略軍が策定しているコードネーム「概念計画8022」と「作戦計画8044」で、これらはともに、反米国家(米政府は「ならず者国家」と呼んでいる)への軍事攻撃計画だ。特に8022は北朝鮮やイランの核開発が危険水域に入った時に米戦略軍が指揮する核による先制攻撃を定めたものだ、という。

 すでに作戦計画5030が始動しているが、いざ有事となれば朝鮮人民軍との全面戦争(作戦計画5027)になることも充分考えられ、場合によってはこの概念計画8022=核攻撃に踏み込む可能性も否定できない。ブッシュ大統領はこれまでしばしば敵対国への核による先制攻撃に言及している、と書く。

 <金王朝崩壊が秒読みになった現在、アメリカは、これだけ幾重もの軍事計画を準備しているのだ。>

 として、北朝鮮有事の際の対応計画すら策定していない日本に「平和ボケ、しっかりしてくれ」とはっぱをかけていた。

 実は、黒井氏の「北朝鮮に備える軍事学」の第3章が<米軍「戦争計画」の全貌>なのだが、簡単にしか触れていなかった(ので、前に書いた「略述」では無視した)が、今回の週刊現代記事は、これを補完しているものかもしれない。

 以上が「週刊現代」を教科書にしてのお勉強だったが、この「6ヵ国協議を管理手段」という発想は昔の日本占領を思い出させる。マッカーサーを中心とするGHQの日本占領の法的裏づけは米大統領ではなく、戦勝国連合の日本委員会だったはずだ。英国、豪州など戦勝国である。

 北朝鮮占領は失敗したイラク占領方式ではなく、成功した日本占領方式でやろう、というわけなのだろうか?

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2008年11月 8日 (土)

ユーロが基軸通貨になれない理由→韓国の外貨不足の一つの原因~日経新聞11月8日[大機小機]+9日日経解説記事

 なぜドルが今後も基軸通貨の地位を譲らないのか、なぜユーロは基軸通貨になれないのか、ドル・ユーロ・円のバスケット方式なるものがあまり現実性を持たないのはなぜか(この最後の問題は直接書いてなかったけど)――。日経新聞11月8日朝刊[大機小機]で枯山水氏が分かりやすく解説していた。「なるほど!!」と思った。

 つまり、ユーロは欧州中央銀行(ECB)が中央銀行としての権限を平時のものとしてしか与えられておらず、危機時の金融機関の監理監督権限つまり金融機関の破綻の是非、預金保護、銀行間(インターバンク)市場の保証、公的資金注入などの権限は各国の中央銀行が持っているため、各国間の調整に時間がかかり、即応できないことが今回の金融危機で明らかになった、というのだ。

 また、基軸通貨になればグローバル経済が拡大するにつれてユーロ圏域外に対して成長通貨を毎年、経常収支の赤字として供給しなければならないが、ユーロ通貨同盟は加盟各国に財政や国際収支の節度ある運営を求めており、どこの国がどれだけの赤字を負うのか、などを決めるのも難しい、という。

 そこで、枯山水氏は<ドル以外に世界経済を支える通貨はない。ドルは基軸通貨として今後も長く君臨し続けるだろう。>としめていた。

 世界金融危機でEUが深い傷を負った一つの理由である。

 また、11月9日朝刊経済面[けいざい解説]吉田ありさ欧州総局特派員<欧州揺るがす「ドル不足」>が深い解説をしていた。

 各国中央銀行の資金供給でマヒ状態を脱した金融市場だが、欧州や新興国の「ドル不足」懸念は和らぐ懸念が見えない、という。

 10月下旬、新興国通貨が暴落した際にユーロや英ポンドもドルに対して急落し、円を除いて今や世界はドル高一色の景色になっている。この急落で米ヘッジファンドなどは売れるものはすべて売ってドルを買った、という。米調査会社AMGデータ・サービスによると、7-9月に米国外運用を柱とするグローバル投信から300億㌦強の資金が流出し、米国内で運用する投信に280億㌦が流入した。

 英バークレイズ・キャピタルの推計ではアジアや中東欧の新興国の外貨借入は約2兆5000億㌦で、その大半はドル建ての短期調達。今後も借り換えに追われ、「引き際に対応できず、浜辺に取り残される魚(国)はどこか」と市場は神経を尖らせている、という。

 新興国のドル不足問題が欧州通貨売りにつながるのは、欧州の銀行の新興国向け与信が大きいためだ。米モルガン・スタンレーの推計では欧州の銀行の新興国・途上国向け融資のGDPに対する割合は20%強と、日本(5%)、米国(4%)を大きく上回る。スペインの経済規模は米国の約10分の1だが、銀行の南米向け融資額は米銀の1.8倍。インド向けの外銀による融資の4分の3は欧州勢が占める、という。

 米市場で調達したドルを新興国に融資する欧州銀行が得意としたビジネスモデルは市場がマヒした瞬間に崩壊した。アイスランド向け債権で損失を抱えたバイエルン州立銀行はドイツ政府に公的資金投入を申請した。

 IMFは新興国へのマネー流入は来年は3000億㌦弱とピークの2007年と比べ半減する、と予測する。お金の支えを失った新興国の景気が失速すれば、そこに融資していた欧州の銀行が傷み、危機は欧州にはねかえる、という構図になっている、と解説するのだ。

 なお、この解説で吉田氏は米国の公的資金投入は基軸通貨国なので財政赤字がどんなに膨らんでも通貨危機リスクは小さく、国への信用不安を生まないから問題ない。一方、欧州では公的資金をどんどん出すと、財政赤字で国への信用不安で国債や通貨が急落するリスクをはらんでおり、欧州は自国の財政体力と量にらみの難しい綱渡りを強いられている、と書いていた。この危機感が欧州のIMF改革案などにつながるわけだ。

 ユーロの運用の難しさが少しずつ分かってきたように思える。

 と同時に、韓国のドル不足問題というのは、こうした大きな動きの中の一環であることが理解できた。韓国も欧州の銀行から相当のお金が入っていたようだから、一斉に引き揚げたら困っただろう、と思う。借り換えの問題、というのも深刻な話だろう。

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2008年11月 7日 (金)

10月の円高は劇的ではなかった!!+世界の実体経済+米国債買え論+アジア連携論~各紙から

 日本はまだしっかりしている(?)という数字が出ている。

 日銀が5日発表した10月の円の実質実効為替レートである。

 10月24日には円は一時、1㌦=90円87銭と、95年8月以来13年ぶりの円高水準になり、各紙は1面トップで大きく扱っていたが、実は表面上はびっくりする数字なのだが、数字にはカラクリがあって、輸出企業はその数字が示すほどは傷んでいませんよ、という日銀のまとめである。

◆10月の円高は劇的なものではなかった!!

 10月の円の実質実効為替レート(1973年3月=100)は111.1と2005年8月以来3年2カ月ぶりの円高水準だった、というのだ。外国為替相場での13年ぶりの円高水準という驚きに比べると、物価変動も加味したこの数字では見かけほどの円高ではなかったことを示している(毎日新聞11月6日朝刊経済面から)。

 実質実効為替レートという面倒くさい名前は舌をかみそうだが、なかなか優れものの指標である。

 毎日新聞経済面によると、

 <実質実効レートとはドルやユーロ、中国の人民元など日本の主な貿易相手国の15通貨に対する円の総合的な価値を示す為替レート。主要通貨が変動相場制に移行した1973年3月の水準を100とし、数値が大きければ円高、小さければ円安を示す。15通貨の割合は貿易額に応じて加重平均し、物価上昇率も加味して算出する。円・ドルなど単純な2国間通貨の相場よりも、円の実力を正確に反映しているとされる。>

 毎日新聞の記事を引用しよう。

 実は、5日夕刊時間帯に間に合う日銀の発表だったらしいのだが、オバマ当選紙面を作成したために、日経を除く各社は5日夕刊にこの記事を入れていない。

 なおかつ、日経は物価格差を考慮しない「実効為替レート」を中心に書いているので、見出しも<10月の実行為替レート/8年ぶり円高水準/金融危機で独歩高裏付け>とイケイケドンドンの見出しになったのが残念だった。せっかく3面4段扱いで2000年からの推移を実質実効レートと名目実効レート双方を折れ線で記したグラフまでつけていたのに、これでは読者に誤解を与えないか。

 その点、毎日新聞の記事は半日遅れたものの、<3年ぶり円高水準/10月実効レート/市場より進まず>と、外為市場との対比を見出しにとって、見かけよりも落ち着いていることを表わしていた。

 他紙はボツかメモ。あれだけ「円高だ! どうする!」と騒いでおいて、それはないだろう。今回は毎日新聞の良心的な姿勢が目立った。筆者は斉藤望記者だった。

 毎日記事の引用である。

 <10月は、金融危機が深刻化し、米欧よりも危機の影響が相対的に軽微な日本の円が買い進まれた。円相場は10月24日に一時、1㌦=90円87銭と95年8月以来、13年ぶりの円高水準に急騰したほか、ユーロなどに対しても上昇して、円が独歩高の展開となった。>

 <ただ、実質実効レートでは、1㌦=110円前後だった05年8月と同じ水準で、95年8月の実質実効レート(145.9)と比べれば約3割も円安水準だ。日本はデフレが続いていたのに対し、米欧は物価が上昇した分だけ日本のモノやサービスが相対的に安くなり、実質的な円安効果が働いたからだ。このため、「実際の円相場ほど輸出産業への打撃は大きくない」(第一生命経済研究所・熊野英生氏)との指摘も出ている。>

 たしかにトヨタなど自動車産業の利益率見通しの修正は大きい。だが、利幅は薄いものの、原油高で商社は四半期で軒並み増益だし、いいこともあるのだ。問題は、今のうちに、間に合ううちに日本経済の構造を転換するという大転換、パラダイムシフト政策を実行できるかどうか、である。

◆実体経済への波及の問題

 どうも世界金融危機は金融という世界だけでなく、グローバルな実体経済にジワジワと、まるでボディーブローのように影響し始めているようだ。

 11月6日毎日新聞朝刊コラム[世界の目]でフアン・ソマビア国際労働機関(ILO)事務局長が<信頼回復し実体経済を救おう>のタイトルで危機感を表明している。ソマビア氏によると、ILOの予測では2009年末までに失業者は2000万人増え、世界全体の失業者は初めて2億人を超える。その上、1日1㌦未満で暮らす労働者は4000万人、1日2㌦で暮らす人々は1億人以上も増加する、という。

 これらの問題への対策は①年金の保護や失業保険、中小企業向けの貸し付けなどによる弱者支援②まじめに働く人々や企業に報いる公共政策の制定③実体経済に資金を供給するという金融本来の機能の回復④グローバル化の過程で生まれた、貧困や社会的な不平等の解決――などで、「労働者と生産性を救うことが実体経済の救済にほかならない」と言うのだ。

 ILOだから、視点が「労働と人間」に偏っているのは仕方ないが、

 <今必要なのは労働者と実体経済の救済策だ。つまり、『働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)』と生産性の高い企業を生み出せるような政策だ。生産性と給与、成長と雇用を結びつけ、経済が人々のために機能しているのだ、という信頼を取り戻さなければならない。>

 <人々は現在の生活や将来を、今の仕事を通じて判断するものだ。「働きがいのある人間らしい仕事」を持ちたいという人々の要求に応じることが今、かつてないほど求められている。>

 という見方は正しいと思う。

 ただ、なかなかそうはいかないのが問題なだけだ。この人も「多国間の枠組みを作れ」と言うのだが、仏作って魂入れず、では仕方ないので…。

 産経新聞11月6日朝刊経済面に共同通信電で「米企業の人員削減11万人超」の見出しの記事があった。米主要企業が10月に発表した人員削減計画が前年同月比79%増の11万2884人に達し、2004年1月以来の高い水準となった、と。米人材サービス会社チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスのまとめで5日分かった。前月からは19%増加した。削減数トップは金融業会の約1万8000人、次いで自動車業界の1万5700人だ、という内容である。これも早速現れた実体経済への影響だろう。

 日経新聞11月6日夕刊3面には<ビッグ3、事業半減なら/米失業250万人>の共同通信の記事が掲載されていた。ビッグ3の米事業規模が破綻などで半減されると、関連産業などを含め、全米で1年間に計250万人近い労働者が職を失うという推計を米非営利組織の自動車研究センターが出した、という内容だ。担当者は「3社のうち1,2社が操業停止になることはありうる」とコメントした、という。記事ではないが、この時には「米経済に激震走る」だろうなぁ。

◆新パラダイムで、ゲゼ社員に駆逐されるゲマ社員の復権はなるか?

 このILOのおじさんの話に少し関連するかどうか、日経新聞11月6日[ひと]面の[サラリーマン生態学(いきざまがく)]で昨夏の江波戸哲夫さんがテンニエスの「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」という懐かしい本の話題を取り上げていた。

 <粗っぽくいえばゲマは(損得を勘定に入れず協力しあう社会)、ゲゼは(損得ずくで向き合っている社会)となろう。ゲマはお人よしの、ゲゼは計算高い社会といえる。>

 と、分かりやすい再定義をしてくれて、

 <普通の人間の感覚ではゲマが好ましいに決まっているが、近代化に伴いゲゼがどんどんゲマを侵食するという。昨今それが恐ろしいほど速度を上げている。お人よしが計算高い奴に駆逐されてしまうから、住みにくい世の中となり、あちこちに精神の不安定な人が出現することになる。>

 として、ゲゼの極致のような「アメリカ型金融」の大崩壊に話が及ぶ。

 <ゲゼはゲマにやられたわけではなく、自分でこけたのだ。アメリカ型金融の終焉などという人もいるが、証券化とレバレッジ(借金&投資)がなくなるとは思えない。>

 なるほど。

 <私はオフィスでゲマ社員がゲゼ社員を打ち負かす公式?を見つけ出したいのだが、それは例外的に優秀なリーダーの下に時々しか実現しないかもしれない。>

 という言葉は切実だが、江波戸さんのようにいろいろな企業の内実を知っている人の言葉だけに、きっとこの言葉の裏には多くの実例(ゲマがゲゼに打ち負かされる実例)があるのだろう。言葉が重い。でも、希望を捨てないのがいい。次のように言うのだ。

 <しかしゲゼの最終仕上げたらんとしていた成果主義が、あちこちで見直されているのは、「人の世はゲゼ一色に染まることはない」ことを証明している。大崩壊以降、変貌するだろうパラダイムの中にゲマをどれだけ復権できるだろうか?>

 人間の顔をした資本主義、とか、先ほどのILOおじさんの提言とか、みんな方向性はそっちを向いているとは思うのだが、障害が大きすぎるのかもしれない。その障害は見える障害だけでなく、各人の心の中にもあるのだが。

◆日本の国債発行→増発米国債購入は世界を救うか?

 今日のテーマ(と私が勝手に決めた)実体経済問題とはちょっと外れるかもしれないが、米国債購入問題を11月6日日経新聞夕刊コラム[十字路]で三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部長の五十嵐敬喜氏が書いていたので、メモしておこう。

 論としては単純である。つづめて書く。

 <世界的に金融と実体経済との悪性スパイラルが止まらなくなれば、恐慌に行き着きかねない。悪循環の原動力は信用収縮と家計による債務圧縮だ。>

 <自己資本が減った金融機関が経営の健全性を維持するために与信を押さえ込めば、実体経済の首が絞まる。実体経済が悪化すると不良債権がさらに増加し、信用収縮が一層加速する。>

 <一方、家計は住宅価格の上昇をテコに支出(消費と住宅投資)を拡大させてきた。その結果、債務残高対総貯蓄(キャッシュフロー)比率は40年分に達している。10年前には15年分だった。家計が消費を抑えて(キャッシュフローを増やし)債務の返済を進めるインセンティブは高い。>

 日本のことかと思って読んでいたのだが、どうもこれはアメリカ経済の話らしい。

 <そこで、金融機関の収益悪化を止めるために銀行が保有する不良債権を買い取ってオフバランスする必要がある。家計の債務調整が避けられなければ、減税などでサポートすべきだ。>

 <これらの施策には金が必要だ。国債を増発しても金融と実体経済の悪循環を回避することは、米国だけでなく世界経済全体の利益だ。>

 <そう考えれば、増発される米国債の一部を日本が引き受けることは国益にかなう。>

 ねぇ、やっぱり米国経済の話だった。

 <具体的には外貨準備の運用額を増やす、つまり、ドル買い介入をする。買ったドルで米国債を保有する。「魅力ある商品性と引き換えに何年間かで数千億㌦購入する」というコミットをすれば、ドルの急落防止にもなる。>

 という思い切った提案である。何か「逆張り」という言葉をふと思い出した。結論で言えばアメリカは国債を増発し、日本は増発国債を買う、という提案だ。その理由などを詳しく書いているから、これだけ長い文章になる。

 どうでしょう、こういう話は?

 きっと反対論が出て、侃侃諤諤の議論が起きる話なんだろう、と思うのだが…。経済学的な是非は分からないが、何か「世界金融危機が大変だから、衆院総選挙は今できない」と言った麻生さんの論理のような臭さを感じないでもない。だって、日本は米国債をこれだけ持っているのだから。もっと買えと言うのかよ、というのが普通の反応だと思うのだが。

 最近は「反米ナショナリズム」っぽい言説が幅をきかせている。こういう「帝国の犬」と見間違えられそうな”勇気ある提言”を目にした、そそっかしい奴は「けしからん。米国の犬め!」と叫びかねない。反米を叫んでいるほうが格好いいし、ストレス解消になるしね、私もたまに、頭にきたときなど、「反米、反スタ」なんて言ってみたい時もあった。

◆アジアとの連携論~円・元経済圏という壮大な夢を見ているのかいないのか?

 この五十嵐説への反論ではないが、逆の向きの提言として面白かったのが、これも日経新聞11月7日朝刊[経済教室]の福田慎一東大教授の<金融危機下の日本経済/アジアとの連携に活路を/着実に成長力を強化/独自の経済圏経世に貢献>だった。

 福田氏は1960年生まれ、東大卒、エール大学経済学博士。専門はマクロ経済、金融、とあった。

 前文というか[ポイント]は①金融危機、世界の実体経済にも深刻な影響②日本の米国依存の輸出構造は大きく変容③危機の影響軽微なアジアの成長取り込め。

 このポイントに言い尽くされている、と思うので、また、気に入った文章だけ、サマライズしてメモしておこう。

▽今回の危機は徐々に世界各国の実体経済にも深刻な影響を及ぼし始めている。実体経済は金融・資本市場のように一瞬で大きな変化があるわけではないが、危機の進行はボディーブローのように実体経済をむしばみ、やがて雇用悪化や消費低迷といった深刻な事態をもたらす。

▽世界貿易量は飛躍的増加。世界の輸出額は最近の5年間だけでも約2.6倍に増加した。

2000年代初頭に6%程度だった中国向けの輸出シェアは昨年15%を突破。2000年代に入ってからのアジア向け輸出のシェアの増加は、中国向け輸出によるところが大きい。02年以降の外需主導の日本の景気回復は、中国向け輸出が大きく貢献した。

▽昨年来、円の対ドル相場は円高となっている。10月は円は対ユーロでも大幅に上昇、各国の為替レートを相手国・地域間への輸出ウエートで加重平均した実効為替レートでみても円高が進んだ。だが円高が始まった07年1月以降で見ると、物価の影響を考慮した実質実効為替レートは、円ドルレートほどには円高になっていない。こうした実質実効為替レートの動向は、アジア向け輸出が中心となる中、アジア諸国とのインフレ格差に加えて、人民元などの為替レートが他通貨ほど円高に振れなかったことを反映している。

日本のアジア向け輸出品の中には、日本企業が中間財をアジアに輸出し、そこで加工されて米国市場で販売されるケースも多い。このため、米国経済がさらに悪化すればアジア向け輸出といえども、これまでのような順調な伸びが期待できるかどうかは予断を許さない。だが、他の地域に比べ、アジア地域の修正は比較的小さい。今回の金融・資本市場の動揺がアジア市場に与えた影響はデカップリング(非連動)とまではいかないが、欧米に比べると小さかった。

アジアの域内貿易のウエートは経済統合が進んだ欧州の域内貿易よりも大きくなったとの指摘もある。今日、アジア地域は欧米と異なる独自の経済圏を徐々に形成しつつある、といえる。

▽米国にすぐに巨額資金が流入し米国経済が力強い成長を回復するとは思えない。人口減少が見込まれる日本の国内市場の拡大も大きくは望めない。幸い、近隣アジア諸国は危機の影響を限定的にしか受けていない。日本は従来以上にアジア諸国との経済連携を進め、世界経済の難局をアジア経済圏の発展を通して乗り切る視点が重要だ。グローバルな実体経済が悪化する中、アジアとの連携強化は日本が今後成長を持続させる上で見逃すことのできない活路だといえる。

 私は「米国債を買え」という提言よりは、こっちの提案に乗りたくなるのだが…。

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韓国が米・日・中との通貨スワップ枠を拡大したいらしい…中央日報とKBSニュースから

 最近、新聞にあまり韓国経済の記事が出ていないので、久しぶりに韓国の新聞の日本語版ホームページを見た。中央日報も朝鮮日報も例の外貨不足問題を継続的に報じていたが、貿易収支の10月統計で5カ月ぶりに黒字になったとか、米韓通貨スワップ協定ができた、とか、日本・中国ともスワップの枠を広げる交渉が進んでいるとか、フェルドスタイン氏がソウルの講演で1997年の韓国通貨危機はIMFの騒ぎすぎで韓国に対して失礼だった、とか、今は当時と違って通貨危機の恐れは少ない、と話したとか、すべて順調に進んでいるように見えた。

 では危機は去ったのか、というと、そうでもないようなのだが、これは独り韓国だけの問題ではなく、アイスランドやアルゼンチンなどが抱える問題と同じ根っ子だけに、解決に時間がかかるのかもしれない。

 韓国国営放送のKBSのウェブ版ニュース(11月3日)によると、10月の貿易収支が12億2000万㌦の黒字で、今年の累計貿易赤字が134億5000万㌦に減ったという。船舶、鉄鋼、携帯電話の端末の輸出が伸びたが、半導体、家電、パソコン、自動車の輸出が軒並み減少に転じたという。

 11月4日のKBSによると10月末現在の外貨準備高が2122億5000万㌦と、前月比274億2000万㌦減少したと韓国銀行が発表した。1997年11月の61億㌦を大きく上回る減少幅だった。4月に37億6000万㌦と減少に転じた後、7ヵ月連続の減少。今年の合計減少額は500億7000万㌦となった。韓国銀行が手持ちのドルを市中銀行に渡したので減った、と発表している、という。しかし、KBSは経常収支の黒字転換が見込まれる、などとして「韓国銀行は外貨準備高の状況に問題はないとしている」と報じている。

 韓国が中国と日本にドルの供給を求めている、という。6日の行天、野上両氏の訪韓はこの問題の最後の詰めなのか? KBSと中央日報のHPで見た。

 KBSのHPは4日、<韓中通貨スワップ 100億~300億㌦規模で交渉>の見出しで韓国銀行が中国の中央銀行である人民銀行と、100億㌦から300億㌦規模の通貨スワップ協定を締結する交渉を進めていることが分かった、と報じた。

 政府関係者は4日、韓国銀行は中国と通貨スワップの限度を増やす方向で話し合いを進めており、交渉には時間がかかると思われるが、おそらく実現するだろうという見方を示した、という内容だ。中国と韓国の間では現在、40億㌦を限度に人民元とウォンが交換できる協定が結ばれている。この限度を拡大し、人民元でなくドルと交換する案も検討している、という。

 <韓中通貨スワップが締結されれば、韓国が通貨危機に陥ったときに外部から支援を受けることができる金額が最大1000億㌦に達する。>

 と、何とも直截的表現なのだ。 

 一方、中央日報は5日、韓国政府が中国、日本との通貨スワップ拡大を論議している、と書いた。現在、中国とは40億㌦、日本とは130億㌦の通貨スワップ限度だが、それぞれ100億~300億㌦に増やしたい、ということらしい。

 <政府は中国・日本と通貨スワップを拡大すれば、外貨流動性問題は完全に解決するものとみている。>

 というのが韓国政府の願望なのだろう。

 日本との130億㌦限度のうち100億㌦までは円で、30億㌦はドルで受け取る形だが、スワップ枠拡大だけでなく、ドル受取部分の増額を要求する方針だそうだ。

 <特に米国との通貨スワップ期限が来年4月30日であり、その後に備えるならば中国・日本との通貨スワップを増やすのは急務だ。>

 というのが、韓国通貨当局の本音かもしれない。

 <中国は韓国の外貨準備高の約8倍の1兆9056億㌦、日本は9959億㌦を保有している。>

 ちょうど日本のマスコミが米国経済について書く時のように、韓国マスメディアの日本の描き方にもパターンがあり、歴史問題という最強アイテムがあれば強く出て、その万能カードが切れない(切りにくい)場合には、ものすごく相手国を調べて、何らか貶しもしないが、褒めもしない、という(少し外した)書き方でお茶を濁す。

 そして、次のような見方を書きたがるのが韓国の記者である。

 <中国と日本も韓国と通貨スワップ拡大協定を結ぶのが有利だというのが専門家の見解だ。韓国に外貨が不足しウォンの価値が下落すれば、韓国製品の輸出競争力が高まり、中国・日本としては得することがないためだ。三星経済研究所の黄寅性首席研究員は、「隣国同士で域内貿易が多く、一国で危機が発生すればすぐ隣国に伝染する。韓国が経済危機に陥ることを防ぐために中国・日本もスワップ拡大に出るだろう」と話している。>

 「そうだ、そうだ」と読者である韓国民は素直に納得するのだろうか?

 韓国経済が潰れると、日本や中国に影響が出るから、その日本や中国国内の事情を考えてスワップ枠拡大をするだろう、というのだが、日本だって流動性を確保しなければ中小企業や町工場が耐えられないだろう。

国内の製造業の今の苦痛をいかに和らげるか、内需拡大体質に転換するきっかけをどう作れるか、金融そのものは大丈夫か、などといろいろな点に按配しながら衆院解散・総選挙の時期を探っているのが日本の麻生太郎首相である。相当につらい、と思う。その中で、大切な隣国から頼まれれば無碍に断れないし、かといって国に金はない。そんな状況ではないか、と推察している。だから、あまり、「日本は得するからスワップする」なんて書き飛ばすのは、いくら韓国民向けに「日本に負けるな」のナショナル・アイデンティティーを掻き立てるためとはいえ、お行儀が良くないと思う。

 東京五輪とソウル五輪の開催年の差は大まかに言って、2国の民主主義の成熟度の差をあらわす、とかいう面白いコラムを日経新聞で読んだことを思い出した。

 1987年の盧泰愚大統領候補による「民主化宣言」を民主主義元年とするか、88年のソウル五輪開催を分水嶺にするか、悩ましいだろう。でも、1年しか違わないから、そう影響はないかもしれない。

 1987年に韓国が民主化されたとすると、東京五輪の1964年と23年の差がある。だから、単純比較すれば、今の韓国は1985年当時の日本に似ている、となる。1985年はバブルの原因を作ったG5のプラザ合意があり、米国主導で一気のドル安が進んだ。円高不況対策で大型公共事業目白押しとなり、これが政官業のトライアングルを強くした。

 しかし、この仮説は民主化後4、5年で説自体が成立しなくなる、という代物だったと覚えているのだが。それに、日本の民主化は普通はGHQが戦前の天皇制を壊した1945年だ、というのがまあ定説になっている。それと1987年の民主化宣言を比べると42年の差ではるが。

 でも、今の韓国はフェルドスタイン教授が言うように昔の韓国ではない。韓国は日本と同じ今の2008年をリアルタイムで生きているのだ、と思う。

 同じ中央日報5日の記事。見出しは<韓国はIMFの支援なくても危機克服>。当たり前だろう、と思うのだが、この事実はハーバード大学のフェルドスタイン教授がしゃべったので、大きく扱ったのかもしれない。

 教授は4日の講演で、次のような内容を話したそうだ。

 <現在の韓国の経済状況は10年前と相当に異なるため、国際通貨基金(IMF)の助けがなくても十分に危機を克服できるだろう」と言った、という。「韓国は米中など他の国との貿易で結ばれているため、急速な景気減速を避けることは出来ないが、通貨危機になることはない。…外貨準備高が十分で、10月の経常収支も黒字を記録するなど、経済環境はしっかりとしている。>

 <特に最近、米国と通貨スワップ協定を結んだため、今後、韓国経済に対する信頼度がさらに高まるだろう。長期的に韓国の経済見通しがとても肯定的だと考える10年前の韓国の通貨危機には誇張された側面がある。当時、韓国は教育と貯蓄水準が高く、政府と企業が円滑な協力体系を持っていたのに、IMFが韓国をタイやインドネシアなどと同じ待遇にして不適切な通貨政策を展開した。>

 最近のIMF批判の定番の論調だ。

 教授は、住宅金融(モーゲージ)で国際的な金融危機が発生すると、モーゲージ融資の一部を低利融資に転換すれば住宅価格がさらに落ちる悪循環を防ぐことができるという処方を提示した、とあった。2年後から10%というのを2年後からも3%でいい、と言うのかな? 誰かが資金補填しないとどこかでおかしくなりそうだが。結局、米国政府がサブプライムローンで住宅を買って返済できなくなった人にお金をあげる、借金を棒引きしてあげる、という徳政令の話なのか?
 
 その意味で、もっとわけが分からなかったのが朝鮮日報ウェブ版の6日の記事。<引き出し不可能な通貨スワップ資金>だった。

 10月30日に開設された300億㌦規模の韓米通貨スワップで、米国が交換したウォンを使わないで持っていることが異例なことだから、使え、という内容で、何か韓国と米国がまた金をめぐって喧嘩しているらしいのだ。

 <一般に中央銀行は通貨スワップを行った場合、それを運用して収益を上げる。韓国銀行が米連邦準備制度理事会(FRB)から300億㌦を受け取れば、韓国はウォン建てで38兆ウォン(1ドル=1266ウォンで計算)をFRBに預けなければならない。韓国銀行はこの300億㌦を引き出し、ドル資金が必要な銀行に通常より高い金利で貸し出す。しかし、米国は38兆ウォンを受け取ってもそれを一切引き出さない契約だという。巨額の資金をまったく運用しないというのだ。>

 <韓国の市中銀行に預ければ1年に2兆ウォン(約1500億円)の利子が付くにもかかわらずだ。韓銀の関係者は「米国が38兆ウォンを一度に韓国の銀行に預けたり、韓国の国債購入に充てれば、韓国の金融市場に混乱をもたらす。(米国が)政策的見地から韓国市場に配慮したものだ」と説明した。>

 という話である。

 スワップというのは交換して相手に渡した金にも何か「しるし」を付けておいて、相手に使わせたりできるものなのだろうか?

 <ならば、米国は純粋に韓国に配慮する破格の対応をしてくれたのか。世界的金融危機の渦中でドルの基軸通貨としての地位を守り、米国債の処分を防ぐための布石ではないかとの分析も聞かれる。>

 こうなると、気宇壮大ぶりは「うらやましいなぁ」と思うものの、日本の学者にも最近目立つ「陰謀史観」そのものになってしまっている感じで、ついていけなくなる。

 <韓国の外貨準備高(2122億ドル=約20兆8400億円)は依然として世界6位で、このうち米ドル資産は64.4%を占める。万一、韓国が流動性危機に追い込まれ、米国債を売り始めれば、他国による米国債売却の導火線となり、世界の金融市場が大混乱に陥ってしまう。>

 <先月30日に米国と通貨スワップ協定を結んだ韓国、ブラジル、シンガポールは外貨準備高が6位、7位、8位の国々だ。国際社会では友好国といえども、片手で肩を組み、片手で計算機をたたいていることを常に忘れるべきではない。>

 「万一、韓国が流動性危機に追い込まれ」た場合が起きたら、世界金融市場が大混乱するのだろうか? 米国債を売る? 本当に韓国政府関係者がそんなことを言うのだろうか? もしも韓国が米国債を売っても、日本と中国は引きづられて売ることはない、と私は思う。

 この記事は韓国政府関係者とは関係なく、記者の思い込みで書いたのだろうか? 何か腑に落ちない記事だったから、イライラしながら読んだ。

 ただ、6日のKBSニュースで行天さんが韓国に首相特使で行ったことを報じていたが、麻生首相もいろいろ考えているんだな、と少し麻生首相を見直した。私が思い込みで、経済音痴の坊ちゃんだ、と思っていたもので。

 この記事はつぎのようなものだ。

 KBSによると、韓国の姜萬洙企画財政部長官は6日、麻生首相の特使として訪韓した国際通貨研究所の行天豊雄理事長と、野上義二前外務次官と会った。15日のワシントンG20でどう対応するかも議題になっただろうが、今、行天氏が行けば主たるテーマは例のスワップ話、もう少し突っ込んで考えれば、韓国の外貨不足の実状と今後の展望をはっきりと聞きに行ったのだろう、と思う。

 どうなったんだろう? 日本政府は韓国の要望を拒否はできないだろうし、枠を広げてあげるのだろうなあ、と思う。

 ただ、こんなことをグズグズやっていると、今後、ウォン安という輸出産業にとっては好条件の下で競争力を付けた三星、現代などが態勢を立て直して、日本が開拓した海外市場に「これはしたり」と殴り込むケースがもっと増えるだろう。そうなれば、円高に苦しむ日本の製造業、輸出産業にとっては困る話だ。彼らにとっては、韓国への外貨協力は敵に塩を送る行為にしか見えないかもしれないのだ。麻生官邸もなかなか大変な選択になるのかな? それとも、国内でほとんど問題になっていないから、気にしないでさっさとやっちゃうのかな?

 どのみち、日本の実体経済への波及が表面化するのは早くて12月、遅くて来春だ、という話らしいから。「年末、底が抜ける」と言って、今はただ、歯を食いしばって自転車操業を続けている業者3人から聞いた話だ。

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2008年11月 6日 (木)

書評「超大国アメリカの素顔」久保文明編著(ウェッジ選書)~「オバマの時代」を前に読み返した

 2007年7月25日第1刷発行、定価1400円+税=1470円。帯に「2時間で知るアメリカの実像! アメリカ社会の虚像と実像 政治、経済、軍事、宗教、医療。知られざる実態に日米比較から迫る!」とあるように、わずか244ページの薄い本で、なおかつ論文は176ページまでで、177ページから244ページまでは鼎談。

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 普通だったら「お手軽本」のように見える構成なのだが、どうしてどうして、内容は濃い。というか、入門書とか、教科書的な書き方ではなく、必要な部分だけ書いてあるので、読みやすいのだ。その代わり、理論的に考えようとしたらば、この本だけでは不足で、専門書を読む必要がある。専門家の読書ならばそうだろうが、私にはこれで十分だ。

 [第1部 アメリカ社会の動き]は[第1章 政治~その特異な制度の成立過程と特徴および日本との違い]を久保文明氏が執筆。[第2章 軍事強国~技術の優位で強国となり、技術への固執が弱点の軍隊]は江畑謙介氏。[第3章 宗教と社会~なぜアメリカは、かくも宗教的なのか?]が森孝一氏。[第4章 医療~直面する諸課題からみた特質と現状]が天野拓氏の執筆。[第2部 座談会]は久保氏と小林慶一郎氏、渡辺靖氏の鼎談である。

 久保文明氏は1956年生まれ、東大法学部卒。コーネル大学・ジョンズホプキンズ大学客員研究員、慶応大学教授などを経て現職は東大教授。▽江畑謙介氏は1949年生まれ、上智大学理工学研究科博士後期課程修了。ストックホルム国際平和研究所客員研究員などを経て現職は拓殖大学海外事情研究所客員教授、軍事評論家。▽森孝一氏は1946年生まれ、同志社大学大学院神学研究科修士課程、バークレー神学大学大学院連合博士課程修了。専門はアメリカ宗教史。現職は同志社大学神学部教授、同大学一神教学際研究センター長。▽天野拓氏は1971年生まれ、慶応大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は現代アメリカ政治、医療政策。現職は慶応大学法学部非常勤講師。▽小林慶一郎氏は1966年生まれ、東大大学院修士課程修了(工学修士)、シカゴ大学大学院博士課程修了(経済学Ph.D.)通産省を経て、現職は経済産業研究所上席研究員。▽渡辺靖氏は1967年生まれ、ハーバード大学大学院博士課程修了。Ph.D.。ケンブリッジ大学・オクスフォード大学客員研究員を経て、現職は慶応大学環境情報学部教授。専門は文化人類学、アメリカ研究。

 たしかに読みやすい。昨年8月21に意t読了とメモしてあった。それもあって、知っていることも多いのだが、「なるほど」と思って、今後も役に立ちそうな話だけピックアップして、メモしておこう。

◆ジャクソン大統領時代に始まった猟官制→今は政治任用制度

 アメリカと日本の政治制度で最も違うのは大統領制と議院内閣制の違いだが、それ以上に違っているとも言えるのが連邦制というシステムだ。

 連邦政府に与えられた権限はもともと内政では極めて限定されたものだったが、それが立法、司法、行政に分割され、さらに弱まっている。他の国ならば常識的に中央政府が担っている警察、裁判所なども州政府の責任となっている。結婚・離婚、死刑の有無。、教育制度、貧困対策、税金の水準などもすべて州政府の管轄である結果、恐るべき多様な制度が存在する。

 国の基本法で中央政府と下位政府との権限の分割が明確になされ、なおかつ下位政府に与えられた権限が非常に大きい。

 ということで、当初から弱体だった連邦政府の官僚制は、1829年から8年間、当時流行の普通選挙で当選したアンドリュー・ジャクソン大統領が連邦官僚制を特権階級から開放し、一般庶民(コモン・マン)のものにしようと、前大統領によって任命されていた連邦公務員を多数解雇。その後任に自分の支持者を任命した。

 これがその後、慣例となった猟官制である。学歴とか公務員経験を持たない人が多く任命され、アメリカでは「誰でも公務員になれる」という思想が育つ。

 しかし、素人行政の弊害が出て、議会は1883年にペンドルトン法で能力に基づいた資格任用制を導入し、政権交代ごとに解職されなくてすむ身分保障を多くの公務員に与えた。

 だが、今でもアメリカの連邦公務員は19世紀前半の猟官制の名残りで政治任用制度が続いている。日本の公務員でおよそ局長以上の職には大統領が自分の政党から起用する。政治任用制で任命される公務員は約3000人程度といわれる。現在は多くの場合、特定の政策の専門家が起用されている。シンクタンクの研究者であることも少なくない。

 だから、アメリカで「キャリア官僚」というと、定年まで働き続けられるプロパーの官僚を意味し、局長未満であることが多い。

 政治任用は大統領が任命するが、多くの職は上院での承認が必要。大統領が再選に失敗すると彼らはほぼ全員辞職することになる。大統領と一心同体。

 だから、日本のキャリア官僚のように「重大な政策判断の誤りをしておいて、一生居座る高級官僚」という例はあまり存在しない

 また、大学卒ですぐに官僚になる人はほとんどいない。社会の様々な場で様々な経験をした者が官僚制に集まってくる。その結果、組織運営の方法やノウハウであれ、政策の内容や執行方法であれ、民間の手法や発想、慣行がそのまま官庁に入り込んでくる。MBAや国際関係などでの修士号、博士号保持者も少なくない。

 日本のような天下り問題はあまり存在しない。だから、官僚組織の外側に政府補助金で支えられる特殊法人などを作ろうとする誘因を持たない。

 逆に慣行に対する敬意は小さく、短期的で目に見える成果を追い求めるので、朝令暮改になりやすい欠点がある。組織の記憶はキャリア官僚によって担われている。

 久保氏は「短所のない制度はない。すべての制度は一長一短である。ただし、概して、政策転換といった軸で評価すれば、アメリカの制度の方が優れているかもしれない」と言っている。なぜなら「国民としては、アメリカ型の制度の下では、複数の選択肢すなわち政策を経験した上で、どちらを好むかについて意見を表明することが可能になる。ただ一つの政策が継続され、それのみが正しいといわれ続けるよりはよいのではなかろうか」と書いている。

◆大統領制と議院内閣制

 大統領の任期は4年。現在は憲法修正によって再選は2期8年までと定められている。弾劾裁判制度はあるが、アメリカ大統領を解任するのは極めて困難。解任されても、政権そのものは続き、副大統領が大統領になるだけ。

 アメリカ大統領は野党が多数派であることが多い。1960年代末から見ても、1969~76年▽1981~92年▽1995~2000年▽2001~02年▽07~08年と、むしろ少数与党状態の方が長い。いわば、アメリカは「ねじれ」状態が一般化しているのだ。

 アメリカの政党は党の規律が弱いので、与党が上下両院で多数でも与党議員全員が大統領の方針を支持するとは限らない。与党議員からすれば議院内閣制と違い大統領をすべての法案で支えなくても政権が倒れる心配はないという心理が働く。

 最近の移民法案では与党共和党から大量の造反票が投じられて、ブッシュ大統領が強く成立を望んだ法案は不成立になった。

 また、連邦憲法の規定により、大統領、ホワイトハウス、内閣、行政部はいずれも法案を議会に提出できない。

 大統領は一般教書という形で議会に施政方針を説明できるが、これは法案ではない。議会の審議に参加する権利もない。

 法案提出権は議員に限られるため、審議も基本的に議員同士で行われる。行政部の人間は公聴会に呼ばれた時だけ、議員からの質問に答える形で発言できるだけ。

 このことは逆に言えば、大統領は日本や英国のように首相がずっと国会審議にはりつく必要もなく、野党議員からの厳しい質問にもさらされない、ということを意味する。

 立法との関係で大統領に与えられた重要な権限が拒否権だ。拒否権は議会が通過させた法案を不成立にする権限。議会は両院で出席議員の3分の2の特別多数で覆さない限り、拒否権が発動された法案を法律にできない。極めて巨大な権限だ。

 戦争に関しては連邦憲法は大統領を最高司令官であると明確に規定して大統領に戦争の指揮権を与えながら、開戦に関しては議会の決議を要求し、その権限を議会に与えた。したがって、制度的には議会は開戦を阻止できる。ただし、ただでさえ、9.11事件後で愛国的な雰囲気が強い中、またアフガニスタンでの軍事作戦に成功してブッシュ大統領に対する国民からの信頼が強い中、2002年10月のように、中間選挙直前に採決に持ち込まれると、野党議員ですら、正面から反対することに躊躇した。議会はイラク戦争阻止のための有効な壁となることはできなかった。

 大統領制にとって官僚制をコントロールするのはそれほど困難ではない。

 だが、日本の首相にとっては官僚ないし官僚制をどのように扱うかは常に困難な問題であり続けてきた。日本の政治では官僚制は一つの独自の勢力である、といっても過言ではない。世論にアピールするためにも歳出削減のためにも官僚の既得権を削減することは、最近の内閣が重視してきた政策項目だが、ここで成果をあげるのは、郵政改革のような成果はあるものの、しばしば官僚が激しく抵抗するので、容易ではない。

 アメリカ的感覚からすれば、首相は行政トップなのに、なぜ官僚が首相に抵抗するのか、と不思議だ。原因はまず首相にはホワイトハウスのスタッフのような直属の部下や組織がなく、政策形成も法案作成も官僚に依存することがあげられる。

 また、多くの議員は与野党を問わず官僚に直接依存し、あるいは官僚を通して配分される様々な補助金や事業、あるいはそこで決定される様々な規則や政策(規制や保護など)の受益者であるため、首相対官僚という状況においてしばしば官僚の応援団となる。また、首相の在任期間は普通あまり長くないため、長期戦に持ち込まれると、首相にとっての分の悪い戦いになってしまう。

 日米の違いは米国は行政権は大統領に属する日本は内閣に行政権が属し、内閣総理大臣(首相)ではない。アメリカでも内閣は存在するが、毎週閣議を開くわけではなく、ブッシュ政権では月1度程度。閣僚が全員勢ぞろいしてもあまり意味がないから集まらない。外交・安全保障関係の決定は大統領・副大統領と関係補佐官と関係する閣僚だけが集まる会議で行われる。経済関係も同様だ。この違いも大きい。

◆上院議員の任期は6年、下院議員は2年…上院の方が威信がある

 日本と違ってアメリカの議員は行政部の職を兼任できない。アメリカの議員は日本流で言う「大臣」になることを期待せず、当選を重ねる。「大臣病」もない。よい立法者になることに専念するだけだ。

 だが、行政職を兼任しないため、内向き、選挙区向きの銀が多い、という指摘もある。

 アメリカの議員は日本の議員が首相指名をするような形で大統領選出に関与できない。日本でも首相公選制に実施されれば、国会議員はアメリカと同じに首相選出に関与できなくなる。議員が権限を手放すわけだから、この改革実現が難しい理由だ。

 アメリカの議会及び議員は膨大な数のスタッフを擁している。下院議員で1人当たり16~18人程度の公設秘書がつく。ただし、選挙運動に使用することは禁じられている。上院議員の場合は選出された州の人口規模にもよるが、最も小さい州で下院議員と同数、最大で70人の公設秘書をもてる。公設秘書の重要な機能の一つはまさに法案を作成することだ。日本のように法案作成を役所が手伝ってくれないというか、役人が法案作成過程から排除されているから、膨大な秘書が必要なのだ。

 アメリカの政党には党首がいない。民主党、共和党とも全国委員長はいるが、党首としての権限は持たない。次期大統領選候補者というわけでもない。

 日米の政党で特に重要な違いは党の公認候補の決定方法。連邦上下両院や知事選では党の公認候補は予備選挙を通じて行わなければならない。ほとんどすべての州で州議会が決めた政党法で決まっている。アメリカの政党はあくまで自発的結社なのだが、他方で州政府の法律でがんじがらめに縛られ、いわば半官半民的存在になっている。

 アメリカでは有権者名簿に自分の名前が登載されるためには、自分から役所に出向いて手続きしなければならない。最近では郵送でもできる。多くの州では有権者登録の際にどの政党に所属するかを記載するように求めている。通常、民主党、共和党、その他の政党、そして無所属から選択する。その他の政党の場合はその政党の名前も書き込むことになる。これが党員になるための手続きだ。党費の納入も党員の推薦も不要だ。党員の権利としては党員しか予備選挙で投票できないという制度(閉鎖的予備選挙制度)を採用している州においては、自らの政党の予備選挙で投票する権利を獲得するが、義務はない。州によっては開放的予備選挙と呼ばれ、党員でなくとも投票できる予備選挙制度を採用しているが、そのような州では、党員の権利も非常に小さなものだ。

 肝心な点は予備選挙で勝利した候補が自動的に公認候補となることだ。党の幹部が口を挟む余地はほとんどない。党の指導部に批判的な候補が当選する場合もある。地域の価値観がそのまま反映した選挙結果になりがちだ。非常に保守的な南部では民主党においてもやや保守的な傾向を持つ候補が予備選挙で当選しやすい。逆にリベラルな傾向が強い北東部では共和党の予備選挙でリベラル派ないし中道穏健派の候補が善戦することが少なくない。このような地域に特殊な感情がそのっま政党の中に入っていきやすいのが予備選挙である。この結果、アメリカの二大政党には多様な勢力が浸透することになる。

 日本の政党幹部からすれば、公認候補を決定する権限を持たない政党指導部というのは想像を超えた世界だろう。

 主としてこの予備選挙制度のため、アメリカの政党は著しく求心力を欠いた組織となっている。日本の政党には党議拘束に反する投票をした議員に対して様々な制裁措置が存在する。最も重い処分は党からの除名だろう。

 しかし、アメリカでは政党に所属する手続きは有権者登録の際に政党所属の項目でチェックするだけだから、誰も阻止できない。次回の選挙で公認しないという措置も予備選挙でその候補が勝ってしまえば、それまでだ。

 この制度では公認候補の地位は政党幹部からいただくものではなく、自ら勝ち取るものだ。だから、現在、アメリカの政党は党議拘束をかけることもしない。

 かくしてアメリカの政党では指導部の権限はきわめて弱く、個々の議員は高い自立性を享受している。

 以下は軍事。

◆ブラック・バジェッド

 アメリカでは国民はもとより多くの議員にも知らされない「ブラック・バジェッド」がある。国家安全保障局(NSA)の予算には毎年30億㌦以上の「使途不明金」がある。その多くは偵察衛星や盗聴衛星などいまだに公式にはその存在を認めていない宇宙からの情報収集システムや「エシュロン」に代表される通信傍受解析システムなどの開発運用に使われているのではないか、と推測されているものの、実態は不明。

 しかし、アメリカでは完全に秘密に予算が使われているのではなく、上下両院の軍事委員会の委員長など少数の有力議員や関連する分野の議員にはこの秘密計画が報告される。議員も完全いn秘密を守る。米軍関係の秘密計画で議員から漏れた例はない。オフレコと言ってもすぐにマスメディアに漏らす日本とは大違いだ。その背後には日本は国民や議院に対して秘密保持の義務を課す秘密保護基本法がないという世界の中でも異例の国家である、という事情もある。

◆軍事における革命など

 軍事における革命(RMA)、ネットワーク・セントリック・ウォーフェアー(NCW)。情報技術を主体とした闘い方。このRNA/NCWの威力は1999年のNATOによるユーゴスラビア空爆、2001年からのアフガニスタンでの戦い、2003年からのイラク戦争(第一段階)で実証され、世界の軍隊が追随するようになった。

 非対称型(アシンメトリック)脅威。ネットへの攻撃など。人間による情報収集=HUMINT(ヒューマン・インテリジェンスの略)

 日本は国会における「宇宙の平和利用決議」以後、「平和利用」の定義も解釈も一定せず、安全保障分野における宇宙の利用が大きく遅れている。日本の宇宙利用のレベルはいわゆる先進国軍隊の中で最も低く、インドや中国にすら及ばない。

◆全世界的な米軍再編の背景

 グローバル・ポスチャー・レビュー(GPR)。その地域における安全保障(安定化)の役割をなるべくその地域の同盟国、友好国に担わせようという狙い。在外米軍部隊の配備、利用に必要な基地、施設の整備にはできるだけその国の財政負担い期待する、という公言していない含みもある。しかし、韓国のソウルの在韓米軍基地を南部の平沢(ピョンテク)に移設する経費の6割を韓国が負担するのは理屈が立つが、沖縄基地の米軍がグアムに移転する、グアムの基地建設費用を日本が財政措置するのは世界の歴史から見ても例がなく、法律的に妥当かどうかが問われる。

◆アメリカは宗教国家

 憲法を修正してでも公立学校に宗教教育を取り戻すべきだ、と考える人が8割近くいる。2003年ギャラップ調査結果。

 現代ドイツの神学者であるユーゲン・モルトマン氏は「アメリカは共通の過去を持っていないために、共通の未来についての意志を欠くと、昔の個別の民族的アイデンティティーへと逆行してしまう国である」と。

 過去を共有するものが民族。民族は人種と違い、過去(歴史と文化)によって創りだされるものだ。アメリカは移民による多民族国家だから「共通の過去」を持っていない。

 そのようなアメリカが国家として統合されるためには、民族(共通の過去)ではなく、「共通の未来」によるしかない。「共通の未来」は理念や理想として表現される。しなわち、それがアメリカにとってのナショナル・アイデンティティーである。

 アメリカを統合するための「共通の未来」(ナショナル・アイデンティティー)について明確に表現しているものが「独立宣言」である。

 1776年、イギリスからの独立革命のさなかに発表された「独立宣言」は、アメリカがなぜ独立しなければならなかったのか、アメリカは何のために国を造るのか(建国の理念)を世界と自国民に向けて表明するものだった。

 「独立宣言」の中心となるのは

 <すべての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできない権利を与えられており、その権利のなかには生命、自由、幸福の追求が含まれている>

 である。アメリカの建国の目的は「すべての人間(「すべての国民」ではない)の基本的人権を実現するところにある。

 なぜ宗教的表現がなされたのか。「神によって」という超越的なものとの関係の中に国家としてのアメリカを位置づけることによって、国家としてのアメリカに「永続性」や「安定性」を与えようとしたのだろう。国家としてのアメリカにとっての「超越的なもの」それは「聖書の神」であった。

◆日本とアメリカの政教分離の違い

 政教分離を憲法に定めたのは人類史上、アメリカ合衆国が最初だった。アメリカ型の政教分離は「特定の教会(教団)と国家の分離」。公的領域においても宗教の自由な活動を認める。しかし、特定の宗教に特権を与えてはいけないという立場だ。フランス型の政教分離は「宗教と政治との分離」だ。

→アーリントン墓地と日本で検討している無宗教の公的施設との差

→日本は宗教行動の禁止。アメリカは特定の宗教・宗派を特別扱いすることを禁止する(国教の否定=政教分離)が、個々の宗教行動を尊重しようとする(信教の自由)。日米間には基本的人権としての「宗教を信じる権利」「信仰に基づいた行動を行う権利」についての開きがある、と書いている(P131)。

 長くなったので、医療と座談会は省略する。

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”Yes, we can !” オバマ氏のアメリカはどう変わるのか?~11月6日朝刊各紙寄稿、座談会、社説などから

 バラク・オバマ候補がマケイン候補を破って次期大統領を確実にした。11月6日朝刊各紙は1面から2、3、国際、経済、文化、社会面を総動員して「オバマのアメリカ」の意味を探っていた。

◆「オバマ勝利」というより「現状拒否」

 各紙共通した論点は今回の選挙結果が「オバマ勝利」というよりも「現状拒否」だった、という見方(朝日新聞1面加藤洋一アメリカ総局長)だった。白人たちが世論調査ではオバマ氏支持を表明しても、実際の投票行動では白人候補に入れるだろう、という「ブラッドリー効果」も今回は影響しないほどの怒涛の津波がアメリカを襲っていた。

 「クリントン前大統領がブッシュ氏に政権を渡した01年1月には、巨大な赤字が解消され財政は均衡していた。米国は世界唯一の超大国であり、翳りが現れる日など夢想だにしなかった。現在、財政赤字は過去最悪の4400億㌦、米国経済の債務総額はGDP(国内総生産)の3.5倍という臨界点に達した。個人資産の目減りを訴える市民は、底の見えない株価の暴落に不安を隠せない。消費は落ち込み、失業率は6.1%の高率でさらに上昇中、住宅ローン滞納による差し押さえが月30万件にも上り、債務不履行で家を失った世帯は、その危機にある市民を含め数百万に達するといわれる。一方、イラク戦争は泥沼にはまったまま撤退の見込みも見えない。アフガニスタンでの戦闘は激烈になるばかり。10月末には米軍がシリアへの越境攻撃に出た」(米ニューヨーク在住のジャーナリスト、青木冨貴子さん=朝日新聞「私の視点ワイドへの寄稿)。

 これに関連して毎日新聞2面では2008会計年度(07年10月~08年9月)の財政赤字は過去最大の4550億㌦に拡大、09年度の赤字は1兆㌦を上回る、との観測が出ている、と書き「大勝したオバマ氏といえども大盤振る舞いできるか」(双日総合研究所の吉崎達彦氏)と経済危機への抜本対策に疑問を呈する声を紹介していた。また、「財政赤字の膨張はドル暴落の危険もはらみ、小康状態を保っている金融危機が再び猛威を振るう恐れもある」と、毎日新聞の大好きな「危機報道」も付け加えていた。

 「約8割の米国民が『米国は悪い方向に向かっている』と感じているという。軍事力と経済力で他国を圧倒してきた超大国が、自信を喪失している。この閉塞感を打破して、新しくやり直したい。そんなリセット願望が若い世代を中心に共鳴し合い、雪だるま式に『オバマ現象』を膨らませていったのだろう。…大義なきイラク戦争は、4000人以上の米兵と多くのイラク国民を犠牲にしただけでなく、中東を混乱させ、米国の国際的な信用を失墜させた。…『強い米国』を掲げて軍事力を強化し、『小さな政府』路線を進めたレーガン政権以来、30年近くにおよぶ新自由主義の挫折といっていいだろう」(朝日新聞社説)。

 読売新聞解説面特集[識者座談会]で五十嵐武士東大教授は「ブッシュ大統領の支持率は、低いものだと23%ぐらい。支持率がこれほど低いのは1952年以来と言われている」とブッシュ批判票がオバマ氏に流れたという見方。

 柳井俊二元駐米大使も「私も今回はブッシュ批判、不信が表れたと思う。…最後は、共和党の経済政策失敗が決め手となった」。

 渡辺靖慶大教授は「オバマ陣営が党大会の指名受諾演説後に流したのは『オンリー・イン・アメリカ』という前回選挙でのブッシュ陣営のテーマソングだった。民主党が、細かいところで保守層への働きかけを怠らなかったのも勝因だ」と述べていた。

 毎日新聞[余録]によると、「オバモメンタム」という造語があるそうだ。オバマとモメンタム(はずみ、勢い)の合成語で、そのオバモメンタムを最後の圧勝まで強めたのは、金融・経済危機の中での「変化」のスローガンだろう、と書いていた。「オバモメンタム」って初めて聞いた。

◆傷ついた米国の修復望む国民が83%

 読売新聞1面企画[オバマのアメリカ㊤]<米国像の傷どう修復>は「米国民が次期大統領の外交で最も期待するのは、ブッシュ政権の8年間で傷ついた米国の評判の改善だ。シカゴ世界評議会の調査では、83%が最も重要な外交目標として挙げた」と、有権者が「失われたアメリカの威信」「傷ついたアメリカの威信」の回復を願っていた事実をあげていた。日本ではよく「外交は票にならない」といわれるが、このようにナショナル・アイデンティティーと結びついた外交戦略=国民をいかにグリップするかの政権戦略は選挙戦に大きく影響する。日本でも同じことだ、と思う。外交は票になる

 この企画では英BBCが22カ国で行った調査を引用していた。黒人のオバマ大統領が誕生すれば、米国への見方は「根本から変わる」との回答が46%に及んだ、というのだ。白人男性ばかりを大統領に選んできた米国社会に風穴を開けたオバマ氏が世界の「米国像」を大きく変えようとしている、というのだ。

◆オバマ勝利の背景に「四つのW」

 日経新聞[米大統領座談会]特集面で谷内正太郎前外務事務次官が面白い発言をしていた。

 <10月末に訪米した際、既にオバマ氏の勝利が濃厚だったが、背景には四つのWがあると言われていた。WAR(戦争)、WALL STREET(ウォール街)に端を発した金融混乱、ブッシュ大統領のミドルネームのW、既存の権力を象徴するWASHINGTON(ワシントン)への反感だ。これらの要因に加え、オバマ氏の個人的な資質も大きい。予備選でのヒラリー・クリントン氏との戦いを通じて成長したオバマ氏は経験不足の懸念を払拭し、多様性や寛容さを象徴する人物として国民の心をとらえた。>

◆オバマ氏とジェシー・ジャクソン氏との違い~「統合を守りながらの転換」の担い手

 生井英考・共立女子大教授(アメリカ研究)は朝日新聞文化面の寄稿<オバマ氏を選んだ米社会/自発的なまとまり求めて>で、いまから20年ほど前に民主党の黒人候補として初めて「可能性のある」存在だと評されたカリスマ的演説の名手、ジェシー・ジャクソン氏がオバマ氏の勝利宣言演説を聞きに来た聴衆の中にいて、米テレビがクローズアップして映していたことから論考に入る。

 <おそらく中継した米テレビ局のディレクターは、ともに「黒人」で「カリスマ性」があり「演説上手」といった数々の共通点を意識したのだろう。そして今回の選挙結果を見る海外のメディアの反応も、まずは「初の黒人大統領」という点に何よりも注目しているようだ。>

 である。だが、二人のカリスマ性と演説スタイルには実は違いの方が大きい、として、

 <その違いは単なる外見の差に帰着するのではなく、「いま」を見つめ「これから」にかける米国社会の意識や期待のあり方にも深く関わると思われるのだ。>

 と、その「違い」に着目した理由をあげた。その違いとは、

①ジャクソン氏は額に汗を浮かべ聴衆をあおる。ホット。オバマ氏は声を荒げず冷静沈着を貫きクール。もともと故キング師の直弟子で伝統的な黒人政治家・運動家の説法スタイルを通じて聴衆との驚異的な一体感を作り出すジャクソン氏。オバマ氏は話者の落ち着いた語りに励まされるように聴衆が盛り上がるスタイル。

②聴衆に向かって「You」を多用しながら、最後にくるりと裏返して「Yes,we can(そう、ぼくらにはやれる!)」と決めるのがオバマ流。ジャクソン氏は「We(我々)」を繰り返す。「我々はいつも働いた。それなのに貧しい」「我々はいつも働いた。それなのにいつも虐げられた」と、ジャクソン氏は「我々」とそれ以外を峻別する強烈な力を生み出すことでカリスマ性をはらむ。それは虐げられた人々を集合させる「負の引力」だが、オバマ氏は不特定多数の「あなた」に呼びかけることで「正の引力」を発揮する。

20世紀末から米国社会を悩ませてきた多文化主義(マルチ・カルチュラリズム)は人種・民族その他の個別的アイデンティティーを強調することでアメリカ社会を多元性・複数性へと解き放とうという運動で、もともとは差別撤廃を呼びかけるリベラリズムが生み出した思想だったが、現実には一部の過激勢力が白人優位の歴史的修正を頑強に主張したことで、リベラリズムとラディカリズムの亀裂を招き、90年代にはリベラル層のなかに保守化の嵐を呼び起こす一因になっていた。つまり、「我々」意識を頑なに主張する個々の集団があちこちから湧き出してきた結果、文化は拡散し、社会は分裂の危機に瀕しているという懸念と反発が起きてきたのだ。

④この懸念と反発が9.11同時多発テロの衝撃と重なって米国社会を愛国心一色へと強引に塗り潰す遠因ともなり、ネオコン(新保守主義)の支配を許す結果を招いた。ブッシュ時代の8年間を通じて保守勢力による「まとめられたアメリカ」に辟易した社会は「You」という呼びかけのもとで拡散と分裂に逆戻りしない自発的な「まとまったアメリカ」を希求し、期待しているようだ。

⑤リベラルの正念場は、まさにこれからである。

 以上が生井氏の主張のあらましだ。

 ぶっちゃけて言えば、オバマ氏は国民的統合ができる男だ、と白人たちも認め、「反ブッシュ」への転換の担い手として選んだ、ということだろう。それだけ嫌味のない男であるようだ。

◆ミックスサラダと人種のるつぼ

 この論に関しても読売新聞識者座談会の参会者はほぼ同様の見解。

 五十嵐武士氏は「オバマ氏は黒人として注目されたが、黒人という印象を持たない人がかなりいた。オバマが当選したのはエスニックとしてのアフリカ系を超えるところが評価されたのだと思う。公民権運動で黒人の権利を主張するタイプではなく、米国を全体としてまとめていこうというビジョンを持った人が、たまたま黒人だったということではないか」と、生井氏とほぼ同じ見解。

 柳井俊二氏は「もともと米国は人種のるつぼと言われているが、ミックスサラダのように実際には混ざっていないとも言われてきた。オバマ氏は、本来、理想とされてきた米国を体現する人物だという人もいる」と統合力を評価する。

 一方、渡辺靖氏はそうはいっても、ということで「人種に対するステレオタイプ、違和感がまだ残っている気がする。今後、米国はますます多様化する。共和党が党のアイデンティティー、支持基盤、戦略を、多様化する現実にどう対応させていくのか注目したい」と、逆に共和党の変化に注目していた。

◆パラダイムシフトが起きた

 日経新聞識者座談会で数土文夫・JFEホールディングス社長は、

 <ブッシュ政権にプラスの側面があったとすれば、パウエル、ライス両氏という二人の黒人(が要職に就くこと)に対するアレルギーを取り除いたことだ。今回の選挙は黒人か白人かという従来の区別ではなく(そういうことを言っている場合ではないという状況が生み出した)パラダイムシフトが起こった結果ともいえる。>

◆若者と黒人と未婚女性がオバマ支持…米TV各社出口調査分析など

 読売新聞国際面のワシントン小川聡特派員電は<若者、黒人オバマ支持/米TV各社出口調査/「反ブッシュ」マケイン氏直撃>で詳細なグラフ付きで投票分析を掲載していた。米テレビ各社が合同で行った出口調査(約1万7000人対象)の分析だ。記事の内容をメモしておく。

▽オバマ氏は18~29歳でマケイン氏の倍以上の支持を得たほか、30~44歳でも52%とマケイン氏を引き離した。

▽人種別では白人層でマケイン氏が10ポイント以上リードしたが、オバマ氏は黒人層を独占したほか、2004年の大統領選でブッシュ大統領の当選を支えた中南米系、アジア系でも約3分の2を固めて逆転した。(毎日新聞2面によると、投票者の74%を占めた白人票をオバマ氏43%、マケイン氏55%でほぼ分け合ったが、過半数を得て「人種統合」を印象付ける期待は外れた、とあった。)

▽オバマ氏は無党派層でマケイン氏に6ポイントの差を付けたほか、04年に投票しなかったと回答した人にうち71%の支持も得ており、従来の民主党の基盤ではない層の掘り起こしに成功した。

▽性別では男性は互角だったが、女性ではオバマ氏が12ポイント差でマケイン氏を大きくリードした。特に未婚女性の72%、働く女性の60%がオバマ氏に投票した。

▽所得別では、所得が低い層ほどオバマ氏に多く投票する傾向があり、年間所得が5万㌦未満の人の60%がオバマ氏を支持した。

▽ブッシュ大統領の仕事ぶりに「不満」とした約70%の人のうち、3分の2がオバマ氏に投票。4分の3の人が国が悪い方向に向かっていると考え、そのうち60%を超す人がオバマ氏に1票を投じた。

 また、読売新聞識者座談会の発言では次のような分析が出ていた。

 五十嵐武士教授は「民主党はインターネットを活用し、100㌦以下の献金を集める戦術で、草の根参加の新しい形態を生み出した」とし、柳井俊二氏は「新しいタイプの候補者が現れたのが特徴。オバマ氏がそうだったし、女性候補なども出た。米国社会は随分変わってきた。黒人候補は、差別されるというよりは、変化の象徴としてとらえられた」と指摘した。

 渡辺靖氏は「インターネットは政治のあり方を変えるという議論がされてきたが、今回の選挙ではネットが、テレビと同等か、それ以上の役割を果たした」としながらも「今回は米国の保守主義の強さも感じ取れた。大恐慌後の1932年の選挙で、民主党は共和党に約20ポイントの差を付けて勝利した。今回は、金融危機などこれだけの逆風が吹いたのに、マケイン氏は(得票率で6ポイント差に迫るなど)善戦した。支持率では一時、オバマ氏を上回りさえした」と述べている。

◆米国社会の成熟と移民急増が背景にある

 日経新聞3面<米国社会成熟/初の黒人大統領/移民急増が背景に>は米アリゾナ州フェニックスで中前博之特派員が書いた記事。

 記事によると黒人は米人口の13.5%を占める。しかし、選挙前の政治勢力では連邦下院議員は40人で約9%。上院議員は百人のうちオバマ氏だけ。50州のうり選挙で当選した知事はマサチューセッツ州のパトリック氏だけ。閣僚もライス国務長官1人だけ。毎日新聞1、2面の企画[オバマのアメリカ~変革への選択㊤]によると、米国勢調査局の予測で、白人人口は2042年に5割を切り、ヒスパニックや黒人など非白人層が多数派に転じる見通しだ、とあった。

 選挙区が小さい下院では黒人住民が多い地域で勝てるが、白人が多数派となる州単位の上院・知事選では黒人の当選は極端に難しい。ましてや全米が対象の大統領選では不可能とみられていた。唯一有望と言われたパウエル元国務長官は妻が暗殺を恐れて出馬を見送らせた、といわれている、と書いている。

 米国ではヒスパニック、アジア系などの住民が急増し、建国以来、多数を占める白人の比率が低下。選挙結果は1億人を超える非白人社会を刺激する可能性がある、ともあった。図に数字がでている。米国の人口構成だが、白人が1億9910万人で66.0%。アジア系が1520万人で5.0%。ヒスパニック系が4550人で15.1%。黒人は4070万人で13.5%。その他が0.4%だ、としてあった。2007年7月現在の数字だそうだ。

 だが、黒人の社会進出はまだ途上で、大手企業の経営者は少なく、失業率は白人の2倍以上だ、とあった。

 こういう現実が変化するのかどうか?

◆対日政策は激変しないだろうが、円高を積極的に生かす工夫が求められる

 読売新聞識者座談会で五十嵐武士氏は「金融問題などで日本の協力が必要になるなずだが、米中関係のほうがはるかに重要。日米同盟関係といっても米国に都合のいい重視になる可能性がある。日本の政局が不安定で、米国の新しい変化に対応できないことが最も難しいところだ」と悲観的な見方を示し、朝鮮半島問題ではクリストファー・ヒル東アジア担当国務次官補を留任させる可能性がある、と述べていた。

 柳井俊二氏は「中国と日本のどちらを取るか、という問題ではない。日米は民主主義、人権尊重、市場経済という基本的な価値観を共有した上での同盟関係だ。相手がどうするかを考えるより、日本としてどうするかが大事。次期政権に日本の考え方をよくインプットしていく必要がある」。

 渡辺靖氏は「地球温暖化やエネルギー問題、核不拡散などの取り組みで、日本と一緒にやっていけるパートナーだ。アフガニスタンへの増派で日本に積極的役割を求めてくるだろうが、日本の世論がどこまで米国を理解し、付き合っていけるかが課題になる」と意味深長な発言だ。

 オバマ氏が陸上自衛隊のアフガン派遣を正式に提案してきた時に、日本政府は断固断ることができるのかどうか? 憲法問題だけに、今の選挙管理的内閣では対応できず、立ち往生して、また政権放り出し→政局混乱という繰り返しになるのが落ちだろうか。そろそろ解散・総選挙をやらないと日本がもたなくなってしまうのに。

 ただ、日米経済関係について、日経新聞識者座談会の発言で気になる点もあった。

 谷内正太郎氏は「米国経済は底力がある。例えばクリントン政権時代は、移民の力が製造業を支えた。中国など新興大国の勃興で相対的にその地位が下がるかもしれないが、潜在能力はある」と、クリントン時代の成長の原動力に低賃金で働いた移民の力をあげたのが新鮮だった。

 また、田中明彦・東大教授は「今後は上下院とも民主党がコントロールする。米国が保護主義に走らないよう、日本も言うべきことは言わないとならない。オバマ政権が保護主義に向かう懸念はあり、深刻化する可能性も否定できない。ただ、日本より中国などアジア諸国の方が影響は大きいだろう。アジア全体が健全な状態であることが日本の国益だ。新政権発足後にアジア各国の経済が悪くならないように米国と連携の枠組みを作ることが必要。日本はオバマ政権が保護主義に向かわないように話し合い、パートナーになることが大切だ」と釘を刺していた。

 数土文夫氏も「上下両院を制した民主党は、シンプルで強い要求を日本政府に提示してくる可能性がある。きちんとした対話で応じられる体制を整える必要がある」と話していた。

 数土氏の発言で面白かったのは円高関連の発言だった。

 <日本の政治家は覚悟を決め、経済界も意見を統一し米国と対話することが重要だ。お互いがハードネゴーシエーション(厳しい交渉)を重ねることで解決の可能性を見いだせる。>

 <安易に円安を歓迎する日本側の傾向もよくない。日本企業が優れた知的財産や高い開発力を持っていることが、円高の要因になっている側面もある。円が強くなっても日本企業は環境対応の自動車など、オンリーワン製品を生み出せば高い競争力を保てる。それは金融商品でも同じだ。新たな価値を創造することは国益にもなるだろう。日本は自信を持って、米国と対等に話し合っていくことが大事だ。>

 まさしくそうだ。産業界からこのような提言がなされるとうれしくなる。

◆「米国に変革が到来」オバマ氏勝利演説の要旨

 最後に歴史に残るであろうオバマ氏の勝利演説が朝日コムにあったので、最初は全文をコピペしたのだが、どうも著作権法で全文をコピペしてブログに掲載するのは問題がある、という見解があるそうなので、ピックアップして、この論文の論旨に必要な部分だけアップしておく。

 もし、米国ではあらゆることが可能であるということを疑ったり、建国者の夢がまだ生きているのか疑問に思っていたり、米国の民主主義の力を疑ったりする人がいたら、こう言いたい。今夜が答えだと。我々は決して単なる個人の寄せ集めだったり、単なる青(民主党)の州や赤(共和党)の州の寄せ集めだったりではないというメッセージを世界に伝えた米国人の答えだ。私たちは今も、これからもずっとアメリカ合衆国だ。
 
何にもまして、この勝利が本当は誰のものかを私は決して忘れない。それは(米国民である)あなたたち、あなたたちのものなのだ。
 私は大統領の最有力候補であったことがなかった。十分な資金や多くの推薦と共に始めたわけではない。最初は資金も支持者も少なかった。
我々の選挙戦はワシントンの大会場ではなく、デモインの裏庭やコンコードの居間、チャールストンの玄関先で始まった。少ない貯金の中から5㌦、10㌦、20㌦を出してくれた、働く人々のおかげだ。
 力を増したのは、無気力な世代という神話をはねのけた若者たちが、家族から離れ、少ない報酬と睡眠時間の仕事をしてくれたからだ。寒さにも暑さにも負けず、全くの赤の他人の家をノックして回ってくれた、そう若くない人々からも力を得た。ボランティアとして集まって組織を作り、(リンカーン米大統領の言った
)「人民の人民による人民のための政治」は200年以上たっても滅びていないと証明した何百万人もの米国人から力を得た。これは、あなたたちの勝利だ。
 あなたたちは、これから待ち受けている膨大な課題を理解しているから行動したのだ。今夜は祝うにしても、明日から向き合う難題は我々の時代で最大級だ。(イラクとアフガニスタンの)二つの戦争、危機に直面した地球、今世紀最悪の金融危機……。
 我々は今夜、ここに集っていても、イラクの砂漠やアフガニスタンの山地で起床し、我々のために命の危険を冒している勇敢な米国人がいることを知っている。
 子供たちが眠りについた後も、多くの父親や母親が、住宅ローンや医療費、子供たちの大学の費用をどうやって工面したらいいか思い悩ませている。
 新たなエネルギーの開発、雇用の創出、学校の建設、脅威への対処、修復すべき同盟関係、といった課題が待っている。
 
道のりは長く、険しい。1年、あるいは(大統領任期の)1期(4年)の間には達成できないかも知れない。だが、私は今夜ほどそこに到達できるという希望を持てたことはない。
 
私は約束する。我々が、国民としてそこに到達することを。
 何よりも、あなたたちにこの国の再建に加わってもらいたい。
221年間米国がやってきた、ブロックやれんがを一つひとつ、硬くなった手で積み上げるという唯一のやり方で。
 この勝利だけが、我々が追い求める変革ではない。これは変革を行うためのチャンスに過ぎない。もし以前の状況に戻ってしまったら、変化は起きない。
 あなたたち抜きではできない。新しい奉仕、犠牲の精神抜きではできない。
 
仕事に取りかかり、より懸命に働き、そして互いに助け合えるよう、新しい愛国の精神、責任感の精神を呼び起こそう。
 今回の金融危機が何かを教えてくれたとしたら、
町の大通りが疲弊しているときにウォール街だけが栄えていることはできないということだと思いだそう。この国では、我々は一つの国家、つまり一つの国民として栄えたり衰退したりする。長い間この国の政治を害してきた狭量で未熟な党派主義に戻ろうという誘惑に耐えよう。初めて共和党からホワイトハウスに乗り込んだのは、この州の出身者だった。共和党は自立と個人の自由、国の団結という価値観に基づいて設立された。これらの価値観は我々も共有している。
 今夜、民主党は大きな勝利を得た。だがそれは、一定の謙虚さと、
我々の進歩を滞らせてきた分断状態を正常化しようという決意を伴うものだ。リンカーンは、我々以上に分裂していた国民に対し、「我々は敵ではなく友人なのだ」と語った。この世界を破壊しようとする者たち、我々はおまえたちを打ち負かす。そして、平和と安全を求める人々、我々はあなたがたを支援する。米国の(指導力の)灯台が今も明るく輝いているのか疑問に思っている人々よ。今夜、我が国の本当の強さが、武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力に由来することを改めて証明した。これが米国の真の才能だ。米国は変化できる。我々の団結は完遂できる。これまで成し遂げたことから、明日達成できること、そしてしなければならないことへの希望が生まれる。
 米国よ、我々はここまで来た。いろんなものを見てきた。だが、やるべきことはまだまだある。だから今夜、自らに問おう。我々の子どもたちは次の世紀を見られるのか。私の娘たちがアン・ニクソン・クーパーのように長生きできたら、どんな変化を見るのか。我々はどんな進歩を遂げているのか。これらの問いに我々が答える好機だ。
今は、我々の時代なのだ。人々に仕事を戻し、子どもたちに機会の扉を開こう。繁栄を再建し、平和の大義を推進しよう。アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つであるという根本的真実を再確認しよう。希望を持つことは息するくらい当たり前だ。皮肉や懐疑心に出会ったり、「できやしない」という人に出会ったりしたら、米国民の精神を要約する不朽の信条で応えよう。「我々はできる」。

 (11月17日追記)

 見落としていたのだが、日経新聞11月6日朝刊に興味深い記事が掲載されたいた、と11月17日朝日新聞夕刊[池上彰の新聞ななめ読み]に載っていて、気付いた。孫引きになるが、書いておく。

 日経新聞朝刊国際面に<母が白人 オバマ氏なぜ『黒人』>という見出しの解説記事があった、と。父が黒人、母が白人のオバマ氏は「米国初の黒人大統領であるとともに、44番目の白人大統領とも言える」とあった、と。

 日経の記事によると、米国では国勢調査の際に「人種」を選ぶ。2000年の調査から「混血(マルチレイシャル)」という選択肢が登場したが、それ以前は、この選択肢がなかった、という。オバマ氏本人は演説などで自分のことを「黒人」だと主張しているので、表記も「黒人」になるのだそうだ。

 <米国では『ワン・ドロップ・ルール(一滴主義)』という考え方があり、少しでも黒人の血が入っていれば黒人とみなされた。最高裁は1967年に一滴主義を違憲と判断したが、その後も、色の黒い人はたとえ混血であっても「白人」を選択しづらい状況にある。

 池上氏は「米国の人種差別の歴史の見事な解説にもなっています」とベタ褒めだった。

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2008年11月 5日 (水)

「新銀行東京排除するな」と民主案に反対な岩田規久男氏+えっ、ジャパン・プレミアム??~日経新聞11月5日朝刊

 日経新聞11月5日朝刊[経済教室 金融危機と世界~政策、次の一手㊤]で岩田規久男・学習院大学教授が<日銀はさらなる緩和を/時価評価で「併記制」も/規模に応じた規制が必要>の見出しでまとまった考え方を書いていた。

 前文のような[ポイント]では、

・実体経済見据え、日本はさらなる緩和必要

・0.2%利下げでは経済・金融危機には不十分

・金融規制は自己資本比率、流動性比率軸に

 をあげていた。これがポイントなんだろうが、このままでは、用語が難しくて何が何だか分からないので、自分なりに分かった部分だけ書き出しておく。

▽日銀はフォワード・ルッキング(先読み的)な金融政策をしているはずなのだが、物価や景気の安定効果という点で「too little too late」だ。9月の生鮮食品を除く消費者物価指数は前年同期比で2.3%上昇だが、酒類を除く食料とエネルギーを省くと、総合の上昇幅は同0.2%に過ぎず、原油価格の大幅下落や景気悪化を考えれば、思い切った金融緩和策をとらないとデフレに逆戻りするリスクが高い。デフレが明らかになってからゼロ金利や量的緩和に戻るのでは効果が遅すぎる。→もっと金融緩和せよ!

▽利下げは金融危機緩和の効果はあるが、基本的には物価や雇用といったマクロ経済変数に影響を与える政策。金融危機に対しては金融市場の参加者を直接の対象とする資本注入や自己資本比率規制見直しなどのミクロの金融政策が不可欠だ。

▽民主党は金融機能強化法改正案に対し①農林中央金庫への注入は国会承認を条件②新銀行東京を除外――と主張しているが、資本注入の是非は金融安定化の立場から判断すべきで、政治的判断は排除すべきだ。特定の金融機関を事前に排除すべきではない。

▽時価会計は景気のいいときは評価益が出るので金融機関は資産保有に積極的になり、景気拡大と資産価値の一層の上昇がもたらされ、それが評価益をさらに膨らませるという景気拡大促進効果が生まれる。一方、今回の金融危機のように資産価格下落で評価損が出ると、外部資金調達が困難になるため、資産を売って資金を確保しなければならない。金融機関が一斉に資産売却に走ると資産価格は暴落し、評価損がさらに膨らむ。銀行は自己資本比率を維持しようと貸し出しを抑制し、その結果、金融危機はさらに深まり、景気の悪化が進む。

▽つまり、資産の時価評価による資産保有額の変動は景気循環促進的だ。

▽日本の「時価」に相当するのは国債会計基準では「公正価格」であり「秩序だった取引における価格」だ。今回のような世界的金融危機における取引価格は公正価格とはいえない。「事情が変わったからといって評価基準を変更するのは勝手すぎる」の反論があるが、時価(公正価格)会計の一時凍結が企業・金融機関の財務状況を不透明にし、さらに金融危機を深めるおそれがあるのならば、評価の柔軟性を認め、「公正価格らしいもの」で評価した時の評価額を併記すればいい。(緊急措置として)

▽金融危機が起きるのは、ビジネス環境が良好な時に借金をし過ぎて資産を買う(これをレバレッジを高める、という)からだ。これが数年かかり資産価格をバブルと言われる水準まで引き上げる。バブルの破裂は一瞬にして資産の価値を引き下げ、金融機関の投資家に調整する猶予を与えない。金融規制はこの資産価格の高騰と暴落に要する時間の非対称性に着目して設計されるベきだ。

▽大きな金融機関の経営破綻が金融危機を作り出し、金融危機では大きな金融機関を「大き過ぎて潰せない」ため、公的資金で助けなければならない。また金融機関の破綻はレバレッジが高すぎるために起きる。これらに留意すれば、「大き過ぎて潰せない」金融機関に対しては自己資本比率規制と流動性規制を課すべきだ。

 以上が要点ではないか、と思う。

 バブル発生の原因から日銀のすべきことから、時価評価の意味合いから、素人に分かりやすく書いてあった。こういう[経済教室]は大歓迎だ。

 同じ日経新聞11月5日朝刊経済面に<欧州銀、対日融資見直し/外資の「貸し渋り」新局面に/有力企業の海外調達に影>の囲み記事が掲載されていた。

 欧州の銀行が融資の見直しを始め、日本向け融資に縮小圧力がかかりつつある、ということのようだ。国内の不動産向けで見られた外資金融機関による貸し渋りが有力企業の海外調達に広がる恐れが出てきた、というのだが、たしかにあり得る話だ。

 国際市場での日本の融資や起債による資金調達額は1兆㌦を超え、在日外銀による国内融資額の4倍を超え、さらに欧州の銀行の日本向け債権は米銀の約6倍だ、と。金融危機が欧州に広がったことで、日本企業が巻き込まれる可能性が飛躍的に高まった、という。

 というのは公的資金を投入された欧州の銀行は公的資金自体、欧州の人々の税金なので、税金とは関係ない外国企業向けの融資に回しにくいからだそうだ。なるほど、である。

 だから、欧州の銀行の資金繰りが逼迫の度を深める年末に向け、日本企業は国際市場での資金繰り対策の強化を迫られる、という内容。そのくせ、EUはウクライナやアイスランドなどの周辺国には金融支援する、というのだが(日経11月5日国際面)。

 記事には1行も「ジャパン・プレミアム」なんて書いていないのだが、何かそんな予感もして、嫌な感じだ。

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<フォークソングの時代>っていうと何か感じが違うんだけど…~毎日新聞11月5日朝刊文化面[40年前 <政治の季節>を再考する]+日経新聞[春秋]

 [40年前<政治の季節>を再考する]は毎日新聞朝刊文化面の月1回の連載企画。毎回、地味だが、内容は面白い。今回は<フォークソングの時代>がテーマで、音楽評論家の中村とうよう氏の寄稿と、フォークシンガー、高石ともや氏のインタビューと<フォークソング関連年表>からなり、1ページを切り抜いておけば、「あの時代が懐かしく甦る」(?)という趣向である。

 記事の前文は、

 <街頭に響いた若者の声は、デモ隊のシュプレヒコールだけではなかった。1960年代後半、反戦平和や自由を訴える歌詞を自作の曲に乗せギター一本で歌うフォークソングは、軽音楽の「革命」だった。多くの個性的な歌手が登場する一方、東京・新宿のフォーク集会には機動隊も導入された。雑誌『ニューミュージック・マガジン』を創刊(1969年4月)し、フォークのレコード化にも取り組んだ音楽評論家、中村とうようさんの寄稿と、「受験生ブルース」などで初期のブームを先導した歌手、高石ともやさんのインタビューで振り返る。>

 である。中村氏って名前だけは知っていたが、ポピュラー音楽評論家だったんだなぁ。知らなかった。

 中村氏寄稿の見出しは<「学生」と「関西」が二大勢力だった/新宿西口の集会で社会現象に>である。

 ダイジェストしながら、書き写そう。

◆団塊の世代がどこまで昔を懐かしむことができる文章か、は人によるかも…

 <ポピュラー音楽の世界で、フォークソングが初めて大きな注目を浴びたのは、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」のヒットだ。1958年、アメリカのヒットチャートでトップになった。今からちょうど50年前だ。フォークソングつまり民謡は、もともとは民衆のあいだで自然に歌い継がれたものだったが、「トム・ドゥーリー」は古くから伝わった民謡がプロの手で化粧直し、商品化されてヒットしたもの。民謡とポピュラーソングの境界線にまたがる存在だった。この大ヒットで民謡風ポピュラーソングが次々生み出され、60年代にかけ大きな潮流に高まった。アメリカの流れが日本に波及し、日本独自のフォークソング・ブーム現象を引き起こした。>

 なるほど、そういうことだったのか。キングストン・トリオは日本ではそんなには流行しなかった、と思うのだが、好きな人たちには堪えられなかったのだろうなぁ。

 <1963年、ジョーン・バエズの「ドンナ・ドンナ」のLPが日本発売されたころにはアメリカでのフォーク・ブームの噂は一部の若者の関心を引き始め、ギターを弾きながらフォークソングを歌う学生グループの活動が急速に盛り上った。そんなアマチュアたちの間から出たマイク真木が「バラが咲いた」のヒットを放ったのが1966年4月。「黄色いさくらんぼ」などで知られる人気作曲家、浜口庫之助の作品だった。>

 1966年12月には高石友也デビュー。フォークルといえば、「イムジン河」が発売中止になったのが68年2月。このころはまだ朝鮮総連が飛ぶ鳥を落とす勢いで、無理難題を吹っかけては社会を混乱させていた時期だった。高石の「受験生ブルース」が同じ1968年2月。
 そうかぁ、「バラが咲いた」は浜口氏の作曲だったか。忘れていた。

 <間もなく東京の学生フォークと一味違う動きが、関西で起きた。高石友也や岡林信康たちが現実社会の問題をリアルに取り上げる歌を作り、その土壌から1967年12月に生まれた大ヒットが加藤和彦らフォーク・クルセダーズ(65年8月結成)の「帰ってきたヨッパライ」。1969年にはURC(アングラ・レコード・クラブの頭文字)というフォークソング商品化目的の日本初のインディーズ・レーベルが誕生した。>

 こういう寄稿でも岡林信康氏はなかなか名前を出しづらいのかなぁ。

 <アメリカでは既に1965年、フォークのトップスターとして人気最高だったボブ・ディランがエレキギターを使用したロックっぽい曲を試みていた。同様な歌で1968年に姿を現わしたのが遠藤賢司で、フォークとロックの境界を無意味化した。遠藤のレコードが出た1969年は日本のフォークソングの盛り上がりの頂点であり、分水嶺でもあった。>

◆ぼくにとっての60年代後半はビートルズとPPMとバエズとGSだった

 フォークとロックの融合かぁ、ピーター・ポール&マリーとか、ジョーン・バエズはこうした歴史には登場しないんだね。

 <1969年春から新宿西口の地下広場には、土曜日ごとにアマチュアのフォークシンガーが集まって自由に歌う、当時フォーク・ゲリラと呼ばれた集会が展開され、それを聞きに集まる人たちは最大で5000人とも1万人とも言われたが、5月に警視庁が「そこは広場ではなく道路だ」と道路交通法で集会を禁止。70年安保を境に「シラケ」という語が広くささやかれ、フォークソングの商品化が進み、72年1月に吉田拓郎(この時は平仮名のよしだたくろう、だった)の「結婚しようよ」がヒットしたころには、フォークソングはニューミュージックへ変質をとげた。>

 そういう流れとして整理できるのか。

 何か、団塊世代の青春史みたいだが、こんな薄っぺらいものだったかなぁ? もう少し思想があったような感じもするし、このフォークソングの大流行の一方ではザ・スパイダースやザ・タイガーズとかのグループサウンズ全盛期があったはずだ。フォークとグループサウンズがいつの間にか融合して、ニュー・ミュージックになった、という理解をしていたんだけど、違うのか?

 年表から補足すると、1972年2月には井上陽水「傘がない」が出ている。

 年表はなぎら健壱「日本フォーク私的大全」(ちくま文庫)などから作成した、と書いてあった。

◆何か時代が戻っちゃった感じがしたんだけど……高石氏インタビュー

 高石ともや氏のインタビューの見出しは<個人で世界と切り結ぶ 若者の「もがき方」認める空気があった 深夜放送のつながり、今も>である。高石氏は1941年生まれで、マラソンランナーとしても知られるそうだ。聞き手は大井浩一記者。

 高石氏は、60年代後半は個人で歌を作って世界と切り結ぶことができたまれな時代。その後はみんな売れなきゃいけないからレコード会社という企業、組織に走った。呼び名もニューミュージックに変わり、ヒットソングを歌うようになった。自分らしく歌えたら、それだけでいいという価値観は1969年で終わり。しかし、今から見ると70年以降しか目に入らない、と語る。

 また、京大のバリケードで歌ったり、べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に参加し新宿西口の反戦フォーク集会にも出た。あの時期、若者が若いなりのもがき方をするのを認める空気がまだ日本社会にあった。ギターで世界が変えられると思えた、と昔を懐かしんでいた。

 何か、今の新聞紙面に高石氏が出てきて、こういう話をされると、時代が戻っちゃったのかな、と変な感じもするんだけど…。彼の話に未来に向けてのどのような意味があるのだろう? 「この40年は夢だった」、なんて、冗談でも言わないでほしい、と思うのだが。

 やっぱり、貧乏な時代という連想から「山谷ブルース」→フォークソングということなのかなぁ? 分からないけど。読み終えても<フォークソングの時代>というより、フォークソングとGSの時代なのか、フォークとロックとGSの時代なのか、そんな感じがする。フォークソングだけを60年代後半に結びつける必然性は薄い、と思うのだが。

 日経新聞11月5日朝刊[春秋]に捕まった小室哲哉容疑者(49)が13年前に1世代上の歌手、吉田拓郎さん(62)に「あ、売れる方程式ですか? ”ディスコ、プラス、カラオケ割る二”なんですよ」と話し、吉田さんが「割っちゃうのがすごいよね、二で」と答えていたエピソード(「小室哲哉音楽対論2」)を紹介していた。

 春秋子は、

 <なるほど、この方程式を武器に売りまくったのか。振り返って売れ方のすさまじさに改めて驚いた。同時に二〇〇〇年代に入るとさっぱりだったのが意外だった。沖縄サミットのイメージソングを作ったのが二〇〇〇年。政治は周回遅れで流行に便乗するのが常だ。思えばこのころが人気の潮目だったのだろう。>

 と書いていた。吉田拓郎さんはこの時、皮肉交じりで「あなたは今が『食い時』だけど十年たったらまた会おう」と言っていたそうだ。吉田さんの慧眼なのか、単なる皮肉なのか、ポピュラー音楽の流行の儚さを見せつけた小室哲哉容疑者逮捕だった。

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2008年11月 4日 (火)

大嶽秀夫氏の現代政治学批判と佐々木毅氏の政党批判~「論座」10月号と「中央公論」11月号から

 「論座」2008年10月号は最終号だ。大嶽秀夫・同志社女子大現代社会学部教授と河野勝・早稲田大学政治経済学部教授の対談<政治学はどこまで現実政治にかかわるべきか>が面白かった。

 薬師寺克行編集長の司会で、広範囲にわたって現代政治と政治学について話し合っていた。

 そして、「中央公論」11月号<特集 政治崩壊>の<自己管理できない政党が日本を蝕んでいる>で佐々木毅・学習院大学法学部教授が日本政治への提言をしていた。

 二つをあわせ読むと、政治学者と現実政治へのかかわり方の実践モデルを見ている形になり、興味深かった。

 大嶽秀夫氏は1943年生まれ。京都大学法学部卒業後、東大大学院、シカゴ大学大学院を修了。法学博士。東北大教授などを経て京大教授。パリ政治学研究所客員教授、ハーバード大学客員教授などの務める。2007年、京大を定年退職し現職に。専門は政治過程論、日本政治研究。著書に「現代日本の政治権力・経済権力」「小泉純一郎 ポピュリズムの研究」「新左翼の遺産」ほか。

 河野勝氏は1962年生まれ。上智大学法学部を卒業後、イェール大学大学院、スタンフォード大学大学院を修了。政治学博士。ブリティッシュコロンビア大学助教授、青山学院大学助教授を経て2003年から現職。専門は政治経済学、政治行動論、政治制度論。東京財団比較制度研究所(VCASI)フェロー。著書に「Japan’s Postwar Party Politics」「制度」「社会科学の実験アプローチ」(共編・著)ほか。

 佐々木毅氏は1942年秋田県生まれ。東大法学部卒業、助手、助教授を経て教授。また同大学法学部長、総長を歴任。2005年より現職。「新しい日本をつくる国民会議」共同代表。著書に「いま政治に何が可能か」「プラトンの呪縛」など多数。

 対談はまず1987年に大嶽氏らが創刊した雑誌「レヴァイアサン」の狙いについての大嶽氏の話から始まる。

(大嶽秀夫氏の話)

 日本政治は70年代半ばに転機を迎えました。一つは防衛問題の周辺化です。それまでは防衛問題とそれをめぐる左右対立が日本の政治論争の中心だったのが、利益の政治、あるいはそれに対抗する改革の政治といったものが重要性を増したのです。一方、世界では同時期に新自由主義が台頭してきていた。そんな中で、イデオロギー的な争点だけを論じていることに意味がなくなったという感覚があったんでしょう。>

 と、大きな枠組みのとらえ方を披露した。そして、大嶽氏は、

 それまで、東大法学部を中心に「日本の政治は遅れており、その遅れた政治文化を背景に、再び軍国主義、ファシズム化に向かうのではないか」という戦後一貫した議論があった。しかし、そう主張する人たちは日本政治の研究者ではなく、政治史や政治思想史の専門家でした。彼らがいわば片手間に、日本政治について評論的なことを書くという雰囲気だった。

 と、学界の雰囲気を暴露する。そして、

 <私たちが「レヴァイアサン」を立ち上げたのは、そうした状況にある政治学に新潮流をつくろうと、創刊時のメンバーである私、村松岐夫、猪口孝の3人、そして1年後に加わった蒲島郁夫の4人とも東大法学部の教授でなかったのは非常に象徴的でした。猪口氏は東大だったけど、教養学部(駒場)の教授で、駒場は法学部と犬猿の仲だった。>

 <そもそも学界には、日本政治を研究するのはジャーナリストの仕事だという認識がありました。…大学では研究させない雰囲気に満ちていた。しかし、ジャーナリズムのほうではこの時期あたりから、かなりまとまった形で単行本などが出始めていました。(朝日新聞社の「自民党 保守権力の構造」などは族議員の実態がかなり詳しく書いてあった)学界にもかなり貢献できるものでした。だったら学者にもやれるはずだ、と。…「レヴァイアサン」にはジャーナリズムと対話ができる雑誌、という狙いが込められていた。>

 <しかしもう一方で、1975年を転機にして、学者が政治に対してものを言うのをやめる傾向が出てきた。哲学者なら哲学の分野に閉じこもるようになってきました。…各国ともよく似ていて、アメリカの水準の高いジャーナルに英語の論文を載せることが、専門家として認められ出世するうえで不可欠の条件になっている。必然的にみんなアメリカの知的流行に敏感になり、採用されやすいようなテーマで論文を書く傾向が強まりました。つまり、ビビッドでおもしろいテーマ、すなわち「政治的な」関心より、時々の学界の流行みたいなもの、「政治学的な」関心に左右されてしまっている。当然、ジャーナリズムとも切れてしまいます。東大の谷口将紀さんが「最近の政治学者はゲームをやるような感覚で政治を研究している。うまく自分のモデルに当てはまって、おもしろい枠組みで解釈できるかどうかが主たる関心になっている」と日本の現状を報告していましたが、別の意味でのタコ壷化とでも言ったらいいのかな、われわれが「レヴァイアサン」を出そうとしたときとちょうど反対の現象が生じているんじゃないかと思うんですよ。>

 <ただもう一方で、特にアジア、アフリカそれに東欧がそうですが、80年代後半以降、民主化をはじめ政治改革の波がワッと高まった。日本でも、デモクラシーの質を問うといったことが話題になりました。これにあわせるように、90年代初めから政治学者に改革のデザインを求める動きが出始めた。憲法体制や選挙制度をどうするかについて、学者の意見が求められるようになってきました。>

 <政治学が二極化しているんです。しかも私が見る限り、少なくとも後者について日本ではあまりいい提言がなされていない。予備知識もないまま、狭い制度論的な枠組みにおける仮説に過ぎないような話を、あたかもそういう考えに基づいてやれば政治がよくなるみたいな感じで言うだけで、すごくナイーブ。実態と離れた、実験室の中で考えたものをそのまま政治の世界に持ち込んだ、といった提言が多いんです。>

 <現代政治学の演繹的モデルの出発点は「囚人のジレンマ」という議論ですね。…そういう、まったくのフィクションであるモデルを、たとえば現実の米ソの核戦争にポンと適用する。モデルはあくまでモデルであって、国際政治の現実を見て帰納的につくったものじゃない。しかし、今の政治学界では現実に当てはまるかどうか検証するところまでいかなくとも、高度な数学的モデルをつくり、それが論理的に一貫しているかどうかで論文になってしまう。まさに”ゲーム”として政治学を楽しんでいる。>

 と、ここまで言うと、さすがに河野氏から、今は「囚人のジレンマ」で語ってみた、「チキンゲーム」で語った、という時代は政治学ではもう終わった、との意見が出たりsて、少しずつ軌道修正を図るうごきが出るが、大嶽先生、全くめげない。自論を滔滔と論じる。

 <政治学の領域は60年代末から70年代初めにかけて広がってきたはずなんですが、残念ながら今はあまり広がっていない。>

 <最初は誰かブレイクスルーする人がいる。たとえばダウンズという有名な政治学者がいます。彼が最初に、政党と有権者の関係についてのモデルをつくった。それを出発点に、どんどん広がっていったわけです。ある種の蓄積ですね。一定のパラダイムが展開され、緻密化されていって体系化する。>

 <「レヴァイアサン」世代の一つの特徴は、日本の政治はかなり普遍的なタームで語れるという考え方をしていることです。それまで、日本は非常に特殊で欧米の理論はあまり当てはまらない、という前提でやっていた。が、実際はそんなことないんですよ。ドイツやフランスの研究を見ても、自分たちのことを特殊だと思っている。つまり、どこの国の人も自分たちの国は特殊だと思っているんですね。日本だけがことさらに特殊かというとそんなことはなくて、ほかの国が特殊である程度に特殊なだけなんです。そう考えよう、というのが「レヴァイアサン」の基本的スタンスでした。>

 <私は経済学が数学畑の人に席巻されてしまったように、政治学も行くところまで行くんじゃないかと思っています。>

 <アメリカの大学は世界の公共財というか、いろいろな学者が集まってくる。かろうじてフランスあたりが頑張って、フーコーの伝統みたいなものをつくったりしていますが、知的世界においてはアメリカが圧倒的に支配している構造があると思います。>

 そして、ジャーナリズムへの苦言である。

 <ジャーナリズムはまず事実を報道してくれればいい。…生のデータを出してほしい。論評はしてもらわなくてもいいんです。それはこっちの仕事だから。世界がどっちに向いているかは、読んで考えることです。アメリカのフリージャーナリストの中には、1年ほどどこかのシンクタンクや大学にこもって取材したものをまとめて本にする人もいる。それはそれで非常にいいことだと思います。ただ、残念ながら日本人でそういうことをする人は、整理しないまま知っていることをすべて羅列しちゃうようなものを書く場合が多くて、ものすごく読みにくい。アメリカのジャーナリストはよく考えて勉強もし、何度も練り直していいものを書きますよ。そこまでやってくれれば、政治学者はその上に乗っかってさらに理屈を考えることができる。しかし、日本のジャーナリストたちがそれをやってくれないとなると、政治学者がそこまで首を突っ込まなければいけなくなってしまいます。>

 これは、本質的なジャーナリスト批判である。

 新聞記者が書いた小泉政権の本とか、安倍政権論、福田政権の本も出ているが、大嶽氏はどこの部分を「整理されていない」と言っているのか? もう少しこの部分を読みたかったのだが、議論はここでは深まらなかったのだが、具体的に言えば、飯尾潤氏の「政局から政策へ」を見ても、ジャーナリストがやるような時系列の整理を自分でしていたから、本来は、飯尾氏は「日本の統治構造」だけを書けばよかったのに、ジャーナリストがいい整理をしていなかったから、自分でやったのだ、ということかもしれない。

 この問題では河野氏も次のように言っている。

 <アメリカのジャーナリズムを見ていると、プロフェッショナリズムを持ってやっていると感じますが、何が日本のジャーナリズムのプロフェッショナリズムなのか、私には分からないところがあります。>

 という指摘だ。

 対談は若手政治学者への痛烈な激励の辞なのだが、日本の政治記者への強烈な不信任案でもある。ジャーナリストには耳が痛いだろう。

 一方、「中央公論」論文で佐々木氏は、次のような内容を書いている。

(佐々木毅氏名言集)

▽政治改革の中で誕生した細川政権から小泉政権の前までの間に、政党の解体が起こっていた。自民党は残ったが、新進党は解体され、社会党もいつの間にか消えてしまっていた。離合集散し、政党がすっかり信用を失ったという時代の後に出てきたのが小泉政権なのである。

▽小泉政権の登場時に首相公選論が出てきた。小泉自身が主張していた。これは政党政治の否定だ。現在は首相公選論が出てきた段階での政党の脆弱性、政党に対する不信感というところに問題が戻っている。

▽政党が自分たちの組織をしっかりマネジメントして、いいトップリーダーを提供して、そして少々支持率が下がってもこれを全力で支えるメカニズムを自ら作らねばならなかったのに、それを小泉純一郎という人に丸投げして、いわば地道な努力をしてこなかった。だかrだ、その後の政権は、野党の非協力や政策の行き詰まりもあったのは確かだが、本来支えるべき組織が全くその役割を果たせず、首相が八方塞になって立ち往生することになってしまうのである。

▽教育、仕事の仕方、人事の選抜などいくつかのことについては政党はしっかりした体制を整えていなければいけないのだが、現実は放任状態。一種の調和主義が日本の政党政治に抜きがたく存在している。手足は元気いいが、頭脳部分は空洞化する。中枢神経はできるだけ弱くしてみんな幸せにやろうという姿勢がちょっと目立つ。派閥のグリップが弱まった分だけ事態は悪化している可能性がある。

▽この観点に立つと、政官関係の問題がなぜこんなにだらだらと長い間続くのか非常にはっきりしてくる。政府という巨大な組織を管理するためには、まず管理者自身が自分を管理しなければならないが、自分を管理するという話を常に括弧の中に入れているものだから、1、2ヶ月は威勢のいいことを言っても、長い目で見れば結局はっきりした結果が見えてくる。自己管理しない人、自己管理できない組織がほかを統治しようとしても足元を見られてしまう。

▽その意味では政党の組織に遡った自己改革というかなり地道な話をもう少しまじめに行わなければ、事態は改善の方向に向かわない。総理大臣中心に政権党全体のサポートが集中している体制にはなっていない。十分な政策実行能力がある最高権力者を出せない政治はシステムとして終わる。

▽政治主導とは自己管理をできる政党が政府を管理すること。究極的には総理大臣が政策の方向性を基本的に見定めてやっていく体制のはずだが、その総理大臣にまで至る中間のステップや組織が実際には空洞化している。政府の運営はいわば砂の上に立っている状態。だから支持率が落ちるとストンと全部が落ちる。病理現象として深刻だ。

▽団塊世代の高齢化が進む。人口構成の中に大量の高齢者を抱えた社会がどうやって生きていくのか。若い人はどうやって食べたらいいのか。高齢者はどのような水準の社会サポートを予定して今後の人生設計をすべきか。本当にアメリカは大丈夫か。今、日本は多くの課題の解決に迫られている。「上げ潮」「バラマキ」「緊縮」などはすべて手段の話。手段を目的に取り違えた話をしている。出口の話を入り口でしているから、基本的に絶望感が漂う。まず国民の現実を見てもらいたい。国民はバラ色の話ではなくとも本当らしい話を聞きたがっている。

▽その意味で日本政府の衰えは深刻だ。政策の感度が国民が考えていること、大事だと思っていることから乖離している。日本の実情を本当に政治家は分かっているのか、という疑念を国民に抱かれたのは確かだ。

▽その原因の一つは、日本政府はいつの間にか東京における政府になってしまったことがある。東京のことしか分からない政治家が政府を動かしている。二世、三世問題というのは要するに東京育ちの人たちが集まって政治をやる、ということだ。官僚も二世、三世の世界。あらゆる組織がその傾向にある。これは、戦後日本の成功のある意味での帰結といえる。成功した親が子供もまた成功させようと同じことを繰り返す。この仕組みの中で日本政府も動いている。

▽それ以上に深刻なのは政治が政策に優先順位をつけることができなくなっていることだ。分配型というが、どこの政府も分配をしている。その優先順位で、国民の評価がシビアになってきて、国民の期待に応えていない。社会保障問題はシステムがおかしくなっており、その対策を行うことはおそらくナショナル・コンセンサスなのに、一体何をどこまでやるか、は意見がまちまち。いい量と介護と年金のどれを優先させるか、も極めて難しい問題だ。局あって省なしの厚生労働省の最たる問題だ。医療制度一つとっても、所得の問題あり、無保険者の出る可能性、病院をどうするか、と医療だけでも多くの複合的な問題がある。

政治のやるべきことは何よりも問題を整理することだ。つまり、何を優先させるのか、その中でも何をさらに優先させるのか、特に政権を握った政党に求められる必要な作業だ。さらに、その政策課題をどのようなスケジュールで誰が責任を持って行うかを決める必要がある。現実には政治が整理をしないで、最後の個別政策の話にあまりに熱中しすぎており、その結果、問題の本質がわけが分からなくなっている。私は整理をするということ、それ自体が権力行使だと考えているが、日本の政治は、この整理能力が機能していないのである。

▽立て直しのための一つの、しかも非常に重要な手がかりは、やはり選挙であると思う。政権が戦略本部というようなヘッドクオーターをつくり、その中に政治家で有為な、これぞと思う人材を入れ、政策の優先順位を決定するような仕組みが必要だ。

▽日本では小さい政府は弱い政府だと思われているがこの認識は間違いだ。

 以上、駆け足で書き出したが、こういう政治学者の提言を大嶽秀夫教授はどう聞くのだろうか? この文章が、佐々木教授の最も新しい月刊誌論文だ。イライラ感が漂うようだ。

 今回の麻生首相の解散先送り、佐々木教授はどう見るのだろうか?

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住宅ローン難民発生は秒読み段階~朝日新聞11月4日朝刊記事と住宅ローン問題の本のダイジェスト再掲

 朝日新聞11月4日朝刊1面<旧公庫ローン金利 折悪しく倍増期/98年申し込み分、滞納の懸念も>は以前このブログで書いておいた書評<石川和男・生駒雅・冨田清行著「日本版サブプライム危機~住宅ローン破綻から始まる『過重債務』」(ソフトバンク新書、2008年7月22日初版第1刷、定価730円+税)>通りの危機が今、日本で進んでいることを報じていた。

 この本は立場の違う3氏がまとめた本だが、住宅ローン返済に行き詰まったことがきっかけで多重債務に陥る人々が後を絶たない、と書いていた。せっかく買った家を手放したくないので、カードローンや闇金に手を出して、追い詰められるケースが多いという。

 戦後経済政策史の中で住宅政策が景気対策のための道具になった、と批判した部分が面白かった。今回の麻生内閣の経済対策の目玉となっている住宅ローン減税の整合性のなさを前もって批判しているようでもあった。

 朝日新聞によると、1998年10月16日~12月27日申し込み分の「段階金利型」住宅ローンが10月下旬から金利引き上げ期を迎え、金利が当初の年2%から本来の4%になるのだが、旧公庫のローン支払いは行き詰まる世帯も増えており、景気悪化の中で滞納や焦げ付きが増えないか心配されている、という内容である。

 <旧住宅金融公庫(現住宅金融支援機構)のローンで、当時は景気浮揚のための緊急対策として旧公庫の基準金利(下限金利)をそれまでの2.55%から史上最低の2%に引き下げた。この時の段階金利型ローンで11年目になる10月下旬以降の支払いから金利が当初予定通りの4%になる。

 ローン返済中の人は2007年3月末現在で7万1300人。残高は1兆1200億円。試算では借入残高2000万円、返済期間35年の元利金等返済の場合、月の支払い約6万6000円が約8万2500円に増えるという。旧公庫は若年層に住宅購入を促すため段階金利型ローンを2005年まで実施していた。

 機構によると、当初10年と11年目以降の金利差は1982年~2005年の単純平均で0.89%で、今回の2%という引き上げ幅は最大。直前の申し込み分の金利差は1.45%。翌99年申し込み分の金利差は1.2~1.8%だった。

 旧公庫の住宅ローンなどの債権は支払いが滞る比率が増えている。住宅金融支援機構の2007年度決算では、破綻先と延滞を合わせた債権額は1兆5243億円で、総貸付金残高の3.58%。2006年度より3712億円増え、比率も1.06ポイント大きい。このほか支払期間を延ばした「貸し出し条件緩和債権」が2007年度は2兆443億円あった。破綻・延滞と条件緩和の合計額が総貸付金に占める比率は2000年度以降、右肩上がりで増えている。>

 朝日新聞の記事は、足元では景気が急減速しており、不動産コンサルタントによると、住宅ローンの相談が昨年より増えている、という。

 そして、記事の最後には住宅金融支援機構の財務体質への影響についての所管官庁である国土交通省の次のような見方を紹介していた。

 <①焦げ付きには貸し倒れ引当金を積んでいる②貸し出し条件を緩和した分の7割は正常債権に戻っている>

 ただ、今後の推移には注意が必要、というのだが、誰が何に注意するのか?
 国土交通省の見方は、逆に言えば、3割は不良債権化しているおそれがある、と言っているようにも見える。

 下記に再掲するように、日本の住宅政策はアメリカの破綻したファニーメイをお手本に進められていた。

 抜本的な手当てなしには住宅難民が続出することになるのではないか。相当にヤバイところまで来ているように見えるのだが。

●以下は書評の再掲●

 「日本版サブプライム危機~住宅ローン破綻から始まる『過重債務』」の戦後住宅政策史の部分を簡略化して再掲する。

日本版サブプライム危機 住宅ローン破綻から始まる「過重債務」 (ソフトバンク新書 82) (ソフトバンク新書 82) 日本版サブプライム危機 住宅ローン破綻から始まる「過重債務」 (ソフトバンク新書 82) (ソフトバンク新書 82)

著者:石川 和男,生駒 雅,冨田 清行
販売元:ソフトバンククリエイティブ
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◆住宅政策の歴史

 戦後の焼け跡闇市で住宅は400万戸以上が不足し、政府は金融機関に長期・低利の住宅用貸付をさせようと考えたが、当時は傾斜生産方式で産業金融分野への資金投入が優先され、金融機関の資金は製鉄業と石炭産業に優先的に使われたので、資金的余裕がなく、政府は住宅資金専門の政府系金融機関設立を決めた。

 1950年に住宅金融公庫法が成立、住宅金融公庫(旧住宅公庫)が発足。当初の資本金は一般会計出資金50億円と米国対日援助見返資金86億円の計136億円だった。

 その後、資金の原資として1951年度から大蔵省資金運用部資金からの借入金があてられた。郵便貯金や公的年金積立金から預託された資金で、財投の根幹となるものだ。

 1955年度からは簡易保険積立金からの借入金が、1957年度からは外貨債の発行による収入などを原資とする産業投資特別会計出資金が追加された。

 この時期、個人住宅建設費に対する旧住宅公庫の貸付限度は75%の制約があり、25%(実質は約6割)の自己資金がなければ公庫資金は利用できない中流層向け融資だった。

◆逆鞘の発生と国費による穴埋め

 大蔵省の資金運用部資金からの借入金の借入金利は6.5%だったが、個人には長期低利の貸出金利5.5%で貸し出し、常に「逆鞘」が発生し、当初は税金で補填した。

 景気後退の影響で1965年度補正予算で赤字国債を発行。金利収支差を補填するために財投資金からの利子補給方式が採られた。この措置で当面の長期低利融資に必要な国費は圧縮できたが、1972年度以降、財投の金利自由化や金融引締めにより財投金利が上昇し(1980年に8.5%)、その分の逆鞘が広がったことや、景気対策により融資戸数が増加し、その後の利子補給に必要な額が累増した。

◆臨調路線による国費圧縮vs.米国の内需拡大要求による住宅建設

 1981年に第二臨調が発足し、第二次行革審は旧住宅公庫の利子補給金増加を是正するよう求めた。1985年度から貸付手数料徴集に転換。2000年に「特殊法人等整理合理化計画」が閣議決定され、住宅ローンに参入したい民間金融機関に配慮するため、旧住宅公社について5年以内に直接融資を原則廃止する方向性が固まった。

 ところが、1980年代に入ると、日米貿易摩擦の激化から対外貿易不均衡是正のため、内需拡大への圧力が強まり、有力手法として旧住宅公庫融資が活用された。特に1985年決定の「内需拡大のための対策」で特別割増貸付制度を創設。

 融資額の増加を行うという1年間の時限立法だったが、その後、この制度が住宅建設促進による景気対策の重要な手法となり、適用期限の延長、割り増し額の引き上げ、割り増し項目の追加が行われた。

 しかし、このころ、深刻な住宅不足は解消していた。1988年度の住宅統計調査によると、全国の総住宅数は4201万戸で、総世帯数を420万戸上回り、1世帯当たり住宅数は1.11戸となっていた。

◆プラザ合意後の円高対策としての住宅建設と銀行の住宅ローンへの本格参入

 1985年のプラザ合意以降、為替相場は円高となり、輸出減少による円高不況が懸念されて、政府は公定歩合を5%から段階的に2,5%に引き下げ、過剰流動性を生み、不動産・株式価格の異常高騰である「バブル景気」が起きた。

 1989年からの金利上昇や土地関連融資総量規制で1990年にはバブルが崩壊した。

 特別割増貸付制度を引っさげた旧住宅公庫はバブル崩壊後、景気対策の主要な担い手としての役割を演じる。経済波及効果の高い住宅建設を促すために、旧住宅公庫の割増額の引き上げや融資条件の緩和が行われる。

 その一方では民間金融機関との協調や民間補完の観点から割増額の縮減なども実施された。

 景気悪化の一方で企業の資金調達が銀行借入(間接金融)から社債の発行等(直接金融)へシフト、企業融資が中心だった民間金融機関が新融資先として住宅ローンをターゲットにし始めた。

◆多様な商品可能+金利自由化→住宅金融公庫から借り換え続出

 1994年の旧大蔵省通達で住宅ローンの商品性と金利自由化が進み、民間金融機関による住宅ローン貸出は激増。政府は1992年に「生活大国5ヵ年計画」を決定する。地価が依然高水準だった東京など大都市圏においても勤労者世帯の平均年収の5倍程度で良質住宅を取得できるようにすることを目指した。

 旧住宅公庫は当初、5年間の返済負担率を軽減するステップ償還制度を拡充した「ゆとり償還制度」を1993年度から開始。

 94年度、97年度、98年度と大型景気対策を展開。95年の「特殊法人の整理合理化について」、97年9月の「特殊法人等の整理合理化について」の二つの閣議決定で旧住宅公庫から民間への流れを加速させようとした。

 特に1997年実施の融資限度割合撤廃は、一定額以上の所得のある者に対して100%の融資を可能にする、つまり「頭金なし」という今では考えられない運用で2002年まで続けられた。

 一方、民間住宅ローンは当初、全期間固定金利制だったが、昭和50年代に入って変動金利型住宅ローンが登場。短期預金を原資としていた民間金融機関は長期ローン提供で金利変動リスクや流動性リスクの軽減が可能となり、民間金融機関の住宅ローンは変動型が主流になった。貸付残高は1965年度末で全国銀行・相互銀行合計で約460億円だったのが、1975年度末で7.4兆円、1981年度末は18.7兆円と急増。

 民間金融機関の住宅ローンが低金利を追い風に安い金利で新しい商品を出すと、今まで住宅金融公庫から借りた人が借り換えを始めた。住宅公庫は資金運用部資金に早期返済できないため、その金利だけでも相当の負担となった。

◆住宅公庫は金利負担で苦境に陥った

 このように問題を抱えた旧住宅公庫は組織のあり方から議論され、2000年12月決定の「行政改革大綱」で特殊法人整理合理化が求められた。

 小泉政権時代で本格化した「官から民へ」の流れの中で、財投の入口改革を象徴するのが郵政民営化。出口改革の本命は特殊法人改革。

 ターゲットは旧道路公団と旧住宅公庫だった。

 旧住宅公庫については2001年12月決定の「特殊法人等整理合理化計画」で組織を5年以内に廃止し、直接融資は原則廃止し、証券化支援事業を実施する独立行政法人を設置と決まった。

 2007年4月に住宅金融公庫は住宅支援機構に生まれ変わった。

 証券化事業は米国のファニーメイ、フレディマック、ジニーメイをモデルにした。

 住宅機構発足前の2003年から先行して業務開始。住宅機構が証券化支援事業として買い取る住宅ローン債権は「フラット35」。

 住宅機構はこれまでに貸したローンの残高は引き継いだ。残高は45兆6801億円だが、このうち少なくない部分が不良債権化している。

 以上が駆け足で略述した内容だ。相当に深刻だ。米国のグリーンスパンを対岸の火事で批判するのもいいが、日本も足元に火がついてきている。政府の対策が必要になるだろうが、難しいのは私有財産であり、これに国費を注ぎ込む際には「不公平」批判が出ることだ。いい知恵はないものだろうか?

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2008年11月 2日 (日)

日本の生き残り策は総選挙後の強力政権による構造改革~毎日新聞社説ウオッチング:金融危機と解散先送り 「早期に信問え」

 麻生太郎首相が言う政治空白が許されない世界的大危機。だから、この経済対策では対処できないのだ、と私も思う。ただ、怖いのは金融危機の闇の深さがあまり分かっていないことだ。これは、普通の庶民は同じだ、と思う。

 普通の市民がどう考えるか、毎日新聞の社説比較が一つの答えを出している、と思った。つまり、今、1ヶ月間の選挙による政治空白ができても、世界は転覆しない、ということと、逆に、今後本当の対策を行うときには痛みを与えられる層の大反発を押さえ込みながら構造改革を行わなければならないから、強い政権が必要であること、などだ。

 参考になるので毎日新聞の社説ウオッチング(11月2日朝刊掲載)をコピペしておく。ここにコピペしておかないと、1ヵ月後くらいにはホームページから消えてしまうので。

 以下が毎日jpからのコピペです。

 社説ウオッチング:金融危機と解散先送り 「早期に信問え」

◇「早期に信問え」--毎日・朝日・読売

◇首相の回避判断、やむを得ない--日経・産経

 政治空白とは何なのか? 世界経済危機はいつまで続くのか? 30日夕、麻生太郎首相の記者会見を聞きながら考え込んでしまった。衆院解散日程が後ずれした揚げ句、11月30日投開票の日程まで吹き飛んでしまった。世界的な金融危機と景気悪化に対処するため、政治空白は避けなければならない、という。31日各紙社説(東京は30日)は真っ二つに割れた。毎日、朝日、読売、東京は解散・総選挙による政治空白よりも、国会機能不全による政治空白の方が問題、などとして首相に早期解散を求めた。一方、日経、産経は未曽有の金融危機下、解散回避はやむを得ない、と首相判断に理解を示した。今は本当に解散・総選挙を先送りすべき時なのか 。

◇政治空白とは何か

  「先送りやむなし」の産経は「米金融危機による日本への悪影響をいかに抑えるかを重視する首相の判断は妥当だ。党派を超えて危機を回避する枠組みが必要な時」と主張。「米金融危機以降、東証1部の時価総額は100兆円規模で吹き飛んだ。これだけでも逆資産効果は相当だが、株下落で金融機関が傷めば先進国で最も体力がある日本経済ももたなくなる」などの理由を挙げた。

 日経はまず「二〇〇五年の衆院選以来、三回も内閣が交代し、政権のたらい回しはもはや限界だ。私たちは麻生内閣発足に際して、実質的には選挙管理内閣だと指摘し、速やかに衆院を解散して民意を問うよう求めてきた」と従来の主張を確認した。日経は各紙の中でも最も激烈な早期解散論を展開していた。しかし、今回「解散先送りはやむを得ない」と主張を転換したのは、未曽有の金融危機への緊急対処が必要だから、と言う。

 一方、毎日は「世界金融危機に対応するためにも首相は速やかに衆院解散を行い、国民の信を得た本格政権が経済対策のかじを取るべきだ」、「首相はいたずらに解散を先延ばししてはならない」と、早期解散を求め、「追加経済対策を見る限り、政治空白の回避が真の見送りの理由だったのか、疑問がつきまとう。内閣支持率が下落する中、与党の選挙情勢を危ぶんだのが実態ではないか」と疑問を呈した。

 朝日も「この難局を首相が本気で打開しようとするなら、結局は原点に戻って早期の総選挙で信を問い、政治に力強さを取り戻すしかあるまい」として、政治空白論には「政治の混迷と指導力に欠ける政権が続く方がはるかに『空白』」と反論。「首相は年末か年明けまでに解散を決断すべきだ」と主張した。

 今まで早期解散に消極的だった読売も今回は「首相は、できるだけ早期に国民の信を問う必要があるだろう」と毎日、朝日に足並みをそろえた。

 東京も30日社説で「総選挙をずるずると先送りすべきではない」と書いた。

 つまり、日経、産経は世界金融危機対処のため、解散・総選挙による1カ月間の政治空白は許容できない、との主張。毎日、朝日などは、緊急対策は与野党合意で早期実施するものの、国民合意が必要な中長期対策は総選挙後の内閣で実施せよ、と主張しているのだ。

◇数年は続く金融危機

 深尾光洋・日本経済研究センター理事長は29日の日経で信用保証に似た金融デリバティブ(派生商品)であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引が急増、想定元本は今年6月末で07年の世界全体の国内総生産(GDP)に匹敵する54・6兆ドルとなったが、このCDSという地雷が世界金融市場にばらまかれ、どこに埋まっているか分からないことが世界金融市場の閉塞の背景にある、と書いていた。

 「金融危機の実体経済への影響が深刻になるのはこれからだ。数年は続くと見たほうが正解」(朝日)で、麻生首相の「全治3年」説とも通底する。

 こうした「悪魔的でフランケンシュタイン的怪物のような金融工学」(ポール・サミュエルソン・マサチューセッツ工科大名誉教授、25日朝日)が生み出したモンスターを世界から駆逐しても、今後、グローバル金融を野放しにすれば、新たなモンスターが生まれてくる。多くの識者が言うように、日米欧を中心に新たな世界金融秩序を構築すべき時である。

◇強い政権の条件

 日本の内需主導への体質転換は世界経済にも貢献し、米欧との競争に勝つ方途だが、大胆な改革は「国民に痛みを強いることもあるだろう。強い指導力を持つ政権こそが必要」(朝日)だ。

 マックス・ウェーバーは「職業としての政治」で、政治指導者は責任倫理(結果責任)を要求され、権力の正統性を常に示さねばならず、どんな事態に直面しても、くじけてはならない、と書いている。

 安倍晋三、福田康夫両氏は2代続けて「くじけ」て、政権を投げ出した。同じ自公連立の枠組みで、小泉純一郎首相時代の衆院選獲得議席を基盤に発足したのが麻生内閣である。脆弱体質は同じだ。「中長期的な政策遂行には国民の信を得ることが不可欠」(毎日)であることは明白だと思うのだが。【紙面研究本部・長田達治】

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2008年11月 1日 (土)

書評「現代政治学の名著」佐々木毅編(中公新書)~相対的安定の中での根本に思いを馳せた政治学者たち

 1989年4月25日発行。古い本で定価が書いてあった表紙を棄ててしまったので、定価不明。実は、この本が出た時に勝って読んだのだが、その後、引越しをした時なのか、本がなくなっており、読みたいなぁ、と思いながら月日が過ぎていったのだが、神保町を歩いていたら、偶然、100円均一の新書本の一角で見つけたので、買ってきて読み返した。

 昔読んだ時はきっと忙しかったのだろう、と思うのだが、私はこの名著紹介の文章をすべて佐々木毅氏が書いたとばかり思い込んでいた。今回、読み返して、佐々木氏は「編集にあたって」の14ページ分しか書いていない、と知って驚いた次第だ。執筆陣を見ると、ワイマール体制末期の混乱を眼前に見ながら一気に書き上げられた20世紀の新しい政治権力の勃興と衰退を流麗に描いたメリアムの「政治権力:その構造と技術」は後年、「日本の統治構造」、「政局から政策へ―日本政治の成熟と転換」を書き上げた飯尾潤氏が担当し、ウォーラスの「政治における人間」とリップマンの「世論」は法政大学の杉田敦氏だった。20年前の本であり、政治学者たちの継続的な研究と時事問題への提言が持続的に行われていることが分かる小著だ。

 読み返したかったのは佐々木氏の「編集にあたって」と、リップマン「世論」、ウェーバー「職業としての政治」、アーレント「人間の条件」、丸山真男「現代政治の思想と行動」くらいだったのだが、時間があったので全部を読んだ。

 まず感じたのは時代の息吹である。佐々木氏が「編集にあたって」の最後に1989年1月と書いたように、この論文のほとんどが1988年に書かれた、と推測できる。今になって振り返れば、当時はバブル経済の全盛期で、日本人がいわれなき熱狂の中で「幸福感」を半ば強制されていた時代だった、と理解できるのだが、その時代に生きている人間にとっては、現在そのものであり、昨日の延長の今日が来て、明日につながるという時間のリアルな感覚の中で生活していたわけだから、バブルという認識もなく、東西冷戦の終結もまだ視野に入っていなかったわけだ。

 つまり、当時はバブル崩壊による日本の没落以前の幸福な時代で、日本では中曽根康弘長期政権が終わり、安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一の「安竹宮」3氏によるポスト中曽根争いが中曽根裁定によって終結、竹下政権が発足して、消費税導入騒ぎが起きていた時期だった。米国は恒常的な対日貿易赤字に苛立ち、日本への圧力を強め始めていたが、まだ構造協議などという言葉もなく、米ソ冷戦構図で世界はそれなりに安定していた。

 政治学はそのような安定時局の中、「政治とは何か」など、根本的な問題に取り組む余裕を持っていた。

 佐々木毅氏の「編集にあたって」から要点をピックアップしてみよう。

◆王者から転落した政治学

 <人々が政治について考え、判断する営みを離れた政治学というのはどこかおかしいのである。>

 <今日、政治学は社会科学の一つに過ぎない。しかしこうした学問分野を生み出したヨーロッパに即して見るならば、いまから二百年前には事情が全く違っていたことがわかる。きわめて単純な言い方をすれば、社会科学という概念が成立するためには社会という概念がまず成立していなければならないが、この社会という概念は―語としては古いが―近代世界に特有な概念である。もっと正確に言えば、近代において人間関係を包括する概念として初めて確固たる地歩を占めるに至ったのである。これに対してそれ以前にあっては、およそ政治的関係を離れた社会関係という発想は乏しく、従って政治学は久しく社会関係についてのほとんど唯一の学問としての地位を保持してきた。>

 <十九世紀以来の諸々の社会科学の成立や独立はそれまで社会関係についての唯一の学問であった政治学にとって、きわめて深刻な事態を招いた。…伝統的にはあらゆる社会現象は政治との関係で位置づけを与えられ、あるいは意味づけを与えられていたのに対し、いまや政治が他の社会現象によって説明され、あるいはそこから派生した世界と考えられるようになった。>

 経済という下部構造を重視したマルクス主義は有名だが、それ以外にも、心理学や計量経済学など、様々な学問による政治分析が盛んになったことを指している。

 <政治学は周囲の学問状況を見ながら、そのアイデンティティ・クライシスを克服すべく、腐心しなければならなくなった。…「政治とはいかなるものであるか」という問いは、こうした思想的背景において深刻な意味を持って登場する。>

 <政治そのものについての理解が必ずしも一定でなく、それ自体が「論争的」である。…どこかに一つの答があって、それを受け入れればすむといった生易しいものではない。…激しい戦乱と革命に満ちた二十世紀の政治の背後に、政治そのものについての理解や見方の深刻な違いが潜んでいたといってもいいのかもしれない。>

◆民主主義とは何か

 <近代において自然権の観念が成立し、人間の自由平等思想が確立することによって、民主主義は「多数者の支配」「貧しい者の支配」といった伝統的イメージに代わる新たな倫理的基礎を持つに至ったが、その制度化は遅々としていた。…理論的な困難と現実の抵抗を排除して民主主義が押しも押されぬ正統な政治体制として確立するには、第一次世界大戦の終結を待たなければならなかった。そして第二次世界大戦の結果、植民地の独立によって民主主義の権威は世界中に広がることになった。>

 <多くの国々が民主主義への信仰を表明すればするほど、一体、民主主義とは何かが明確でなくなっていった。…「民主主義とは何か」は正に二十世紀の最大の争点であって、今日なお、これをめぐって多くの血が流されている。そしてこれからもこの問題を考え、不明確な点を明らかにし、鋭い感覚を磨いていくことは依然として大切である。>

◆制度論から政治過程論へ、という流れ

 <二十世紀の民主主義論の大きなテーマの一つは、その現実の姿に肉薄し、問題点を指摘することにあった。民主主義は個々の人間の自由と尊厳を最大限に尊重する体制であって、一人の人間が支配するような体制とは違い、非常に複雑で微妙な条件によって支えられている。この条件の一つは政治の制度の在り方であり、権力分立や議院内閣制、大統領制、地方自治といった仕組みは繰り返し議論されてきた。…二十世紀の政治学の大きな特徴は、こうした制度論の伝統を批判し、それを動かす人間や実際の政治的決定の過程を分析することにあった。…この背後にあったのは、先に述べたような政治活動を見る視覚の変化―それを圧倒的に他に優位する社会活動と頭から考えるのでなく、他の社会活動の影響で動くものと考えるような見方への変化―であった。政治において政党のみならずさまざまな集団が大きな役割を果たすことが注目され、公式の制度の背後で進行している政治過程に政治学の目が注がれることになった。>

 この代表例がローウィ「自由主義の終焉」だという。

◆民主主義を支える人間の探求~世論政治

 <民主主義の姿を探求するというもう一つの作業は、それを支え、担う人間の状態へと向けられていった。民主主義は全ての人間に政治への参加を認めるが、はたして人間はこうした重大な責務を果たし得るような精神的条件をそなえているかという、民主主義にとって宿命的というべき問題が政治学の主題となったのであった。>

 この代表例がウォーラス「政治における人間性」で、ウォーラスは制度論に自らを限定するのは政治学の対象を不当に限定するものであるとの観点から、功利主義的伝統に埋没していた人間論を当時の心理学等の成果を動員して、徹底的に見直し、ある種の非合理的な人間の姿が浮かび上がった、という。これが、リップマン「世論」へと継承され、「世論の政治」としての民主主義がどのような人間的制約のもとに置かれているか、その問題点をこれほど雄弁に分析した作品は少ないであろう、と評価している。

◆エリート、権力、正統性

 <民主主義は政治的平等を大原則とする。これは歴史上、常に少数者が支配してきたという人類の体験からすれば、革命的なことを意味した。そして二十世紀の政治学はこの大原則と実際の政治との間で格闘を演じることになったが、そこから政治的不平等や権力、リーダーに対する鋭い分析が数多く出てきた。政治活動は個々バラバラの個人によって行われるのではなく、組織を通して行われるが、その中心的存在は政党である。政党論は政治学の一大テーマ。>

 政党論で参考にすべき学者としてミヘルス「政党の社会学」のほか、ノイマン、デュヴェルジェ、シャットシュナイダー、サルトーリをあげる。また、心理学を駆使してエリート=権力追求者論に独自の境地を切り開いたラスウェル「権力と人間」、メリアム「政治権力」をあげる。そして、

 <大いに注意すべきことは、エリート論にしろ政治権力論にしろ、これらは決して民主主義にとってどうでもよいという議論ではないことである。なぜならば、民主主義は一方で政治的平等を大原則としながらも、他方であくまで一つの政治支配の仕組みでもあるからである。従って、これら政治的に不平等な関係にかかわる議論をどのように取り扱うかはこれまた「民主主義とは何か」という問いと密接に関係する難問である。これは換言すれば、正統性の問題に他ならない。>

 として、ウェーバー「職業としての政治」、ローウィ「自由主義の終焉」、ハーバーマス「後期資本主義における正統化の諸問題」をあげていた。

 そして、丸山真男「現代政治の思想と行動」、辻清明「日本官僚制の研究」については、

 <日本での議論の原点を改めて確認したいと考えたからである。日本の政治をどのようにとらえ、判断するかは、われわれにとって最も大切な課題である。あるいはここにおいて、われわれの政治的思考の真価が問われるといっても過言ではない。…われわれの議論がつまらない道に迷い込んだり、木を見て森を見ないような状態に陥っていないか、反省する上でも大切な役割を果たしてくれよう。後から来る議論が常に良質であるとは限らないことは、二十世紀の歴史の与えた貴重な教訓であるからである。>

 と書いていた。佐々木氏はこのあと、リクルート事件で政治不信が極まり、自民党が分裂、細川護煕首相の非自民8会派連立政権成立や衆院への小選挙区制度導入で、その理論的な根拠を与える論文を発表するなど、現実政治にコミットし続けるが、その原点にはこのような思想があったのだ。

 ウェーバー「職業としての政治」は薄っぺらい岩波文庫で、構えて読まないと、感動を受けない本ではないか、と思うのだが、このような読書案内を何冊か読んだ後で、批判的に読み返すと、内容が血肉化される、と思う。ウェーバーの資本主義とプロテスタンティズムに関する分厚い本よりも、講演なので、読みやすいし。また、この本の後に出版されたアーレント論はいくつか読んだが、アーレントほど毀誉褒貶にさらされた政治学者はいないのではないか。ここでは相当に批判的にとらえているが、今の時代ならば、アーレントがポスト資本主義の論理構築に向けたブレイクスルーの糧になる、という可能性を秘めたとらえ方ができると思うのだが。

 古本だが、読み返すことはいいことだ。88年、89年当時を思い出した。

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