書評「現代の貧困~ワーキングプア/ホームレス/生活保護」岩田正美著(ちくま新書)
「現代の貧困~ワーキングプア/ホームレス/生活保護」岩田正美著(ちくま新書)は2007年5月10日第1刷発行。定価700円+税=735円。
| 現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書) 著者:岩田 正美 |
岩田氏は1947年生まれ中央大学大学院修了の社会福祉学博士。日本女子大教授。代表作は社会政策学会学術賞と福武直賞をダブル受賞した「戦後社会福祉の展開と大都市最底辺」(ミネルヴァ書房)。多くの著作あり。
昨年7月8日日経新聞に掲載された駒村康平慶応大学教授の書評を見て、本は買っておいたのだが、読まずにいた。ようやく読み終わった。
岩田氏の貧困論には相当啓発された。
ワーキングプアという横文字が流行り、格差社会という無機質な言葉が流行する世の中だが、実は本当の「貧困」が現実として存在し、それを覆い隠そうとする無意識の操作が政治、行政、マスメディアぐるみで行われているので、その貧困が見えなくなっている、という指摘である。
<格差論だけからは、積極的な解決策も、あるべき社会論も出てきにくい。>(P29)
特に「なるほど」と思ったのは、貧困が騒がれだしても以前と比べてどれほどひどくなったか、のデータがないこと。つまり、かつては生活保護と同等の水準にある世帯の推計(低消費水準世帯推計)を国が行っていたが、1965年でストップし、その後は「貧困」の統計がないということだ。
日本ではかなり長い間、生活保護受給者と人口の比率、つまり保護率が貧困の大きさを示す指標となっているが、生活保護の捕捉率の問題がある。
貧困世帯が皆保護を受けているわけではないから。信頼できる国の統計がないが、生活保護基準を使った駒村康平氏と星野信也氏、OECD相対貧困基準(50%水準)を利用した西崎文平氏と岩田氏の推計の貧困者割合(いずれも家計簿方式で収支を把握する全国消費実態調査データを利用し、信頼度は高い)は約8%前後で一致している、という。
この8%に国勢調査の一般世帯数を掛け合わせると2005年では390万世帯が貧困ということになる、という。
生活保護の捕捉率は貧困世帯の約2割だ、とも書いてあった。OECDによる加盟国の貧困率の報告では日本の貧困率がの増加が強調されている。2000年の相対所得貧困世帯の割合の高いほうから5カ国示すと、①メキシコ20.3%②米国17.1%③トルコ15.9%④アイルランド15.4%⑤日本15.3%。OECD平均は10.4%だそうだ。それらの世帯の所得額と貧困ラインの所得との差(貧困ギャップ)では日本はメキシコ、米国に次いで3位。これは貧困の深さ、極貧度という側面から貧困の程度を測ったものだ。
星野氏らの調査で日本の貧困の特徴は年齢の若い層と高齢者で数が多く、U字型を描くように貧困が分布している。単身世帯の貧困率が極めて高い。94年は単身世帯の4分の1強が貧困。就業しながら貧困なワーキングプアが単身女性で15%、女性世帯主世帯(多くはシングルマザー)で18%。
先にデータの紹介をしてしまったが、岩田氏は格差と貧困を区別しない議論に警告を与える。
貧困は「あってはならない」という価値観を伴った概念。格差は今あるもので、格差許容から許すまじまで、見方はいろいろだ、と。
欧州では豊かな社会が実現した、といわれた80年代から「貧困」の再発見の努力が続き、それが政策に反映したが、日本では「総中流」時代に「貧困」はなくなった、と錯覚され、そのままアジェンダにのぼらなくなった、と。
20世紀に入ろうとする頃にチャールズ・ブースがロンドンで行った貧困調査でロンドンの30.7%が貧困と判明。ヨーク市のチョコレート会社の御曹司シーボーム・ラウントリーが行った調査で27.84%が貧困と判明。ラウントリーは36年後に同様の調査を行い、31.1%。
ラウントリーは「特別な熟練を持たない労働者の場合、失業しなくとも人生で3回貧困に陥る危険がある」と貧困と労働者家族のライフサイクルに関する有名なモデルに行き着いた。①自分が子供だった時代②結婚して子供を育てている時代③子供が独立し自分がリタイアした高齢期の3ステージだ。このモデルは年金や児童手当などの社会保障の基礎となった。また、生命保険会社が勧める生活設計などにも使われている。
つまり、20世紀の貧困は19世紀にチャールズ・ディケンズによって描かれた大都市の貧民社会の貧困と違って工業社会のワーキングプアの問題であることが広く認識された。
この認識から労働者にとっての貧困の予防策の体系化、年金や児童手当などを含む福祉国家の構想が生まれた。欧米では福祉国家が生まれた後もワーキングプアを含めた貧困を再発見する動きがあり、それが政治の焦点となって新しい福祉政策への転換が図られていった。米国ジョンソン大統領時代(1963~69年)の「貧困との戦争」宣言。同時期、英国でも貧困研究家ピーター・タウンゼントらが「貧困の再発見」といわれる調査結果を発表した。
1980年代の欧米では「新しい貧困」の再発見に注目が集まった。
80年代以降明確になったポスト工業社会とグローバリゼーションという新しい社会経済体制への移行の過程で非正規雇用が急増し、下請けなどアウトソーシングが拡大する過程で学校を出たばかり、またはそこから落ちこぼれた若年単身者の貧困、ファストフードや家事サービス、警備、娯楽サービスなどの新しいサービス産業に不安定な待遇で従事する女性、母子家庭、移民層の貧困層が発生した。
新しい産業社会では金融や情報サービス産業で専門知識を武器に働く人々と「マクドナルド・プロレタリアート」と形容される安い賃金と不安定な雇用で働くサービス労働者に二極分化しつつある、という。
欧州ではこの二極分化を「AチームとBチーム」「一流国民と二流国民」などと呼んでいるという。人々の目にはこれらの人々がまるで19世紀までのスラムの再現、「もう一つの社会」の出現のように映ったので、欧州ではこの新しい貧困を「社会的排除」、米国では「アンダークラス」と呼んでいるそうだ。
これは従来の福祉国家の限界を示すものだ、としてポスト福祉国家の新たな理念の模索が始まった。特に、社会から排除された人々を再び社会に引き入れる「社会的包摂」という理念や、従来の所得補償中心の福祉から若年失業者を再び労働市場に参入させようとするワークフェア(労働機会の提供による福祉の実現)への転換の強調などが中心で、いずれもこの新しい貧困の克服が課題だ、としている。
日本では欧米に10年遅れて格差社会に遭遇した。「マクドナルド・プロレタリアート」は日本のフリーターの姿だ。
日本では貧困を忘れてしまった。岩田氏は、
<貧困の再発見をしつこくやったか、きれいさっぱり忘れたかは、社会全体の豊かさとは実は関係ない。しつこくやったか、忘れたかの違いは豊かさの中に潜む貧困を再発見しようとする『目』や『声』が社会にあったかどうかにかかっているのではないか。>
と書いている。また、自民党長期政権にマヒしている日本と違って、他の国では貧困の再発見が現政府の失敗をあげつらって政権交代に持ち込もうとする勢力が強いからだもいえる、としている。
どこからが貧困なのか、が難しい。岩田氏は、
<貧困の歴史は、この境界設定についての議論の歴史>
という(P35)。
タウンゼントの「社会的剥奪」、ラウントリーの生存費用をもととした絶対的貧困、タウンゼントの生活様式からの剥奪指標である相対的貧困の違い(P43)。
ブラッドショーの貧困ラインの併用の提案(P46)
日本は生活保護基準が貧困の境界として利用されている(P48)。1960年誕生の池田内閣が最低生活費水準のアップ受け入れ。1961年導入の新方式はエンゲル方式。朝日訴訟がきっかけとなって格差縮小方式に転換。現在は水準均衡方式。貧困ラインを大体一般の消費水準の6割前後に設定している。(P58)
貧困のダイナミック分析(パネル調査)が欠かせないのに、日本は国が取り組まないので遅れている(P76)。
日本のホームレスは現在、50代が中心だが、このままでは若年層のフリーターのホームレス化の危険性あり。(P152)
第7章「どうしたらよいか」はじっくり読むべき部分だ。特に貧困対策は個人への優遇ではなく、社会的統合機能や連帯の回復機能という社会全体に役立つ政策だ、という提言は重いと思う。憲法14条とか15条を持ってきて、人権、最低限の生活という側面ばかり見る傾向があるが、貧困対策は社会の中で排除される部分を減らし、社会不安を除去する大きな手段だ、という論である。これは政府にも経済団体にも検討してほしい。
社会的包摂政策は社会それ自体の救済のための政策だ、という言葉は重い。
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