書評「人間通」谷沢永一著(新潮選書)
谷沢永一著「人間通」新潮選書、2008年5月25日発行、定価1100円+税)。
| 人間通 (新潮選書) 著者:谷沢 永一 |
1995年に新潮選書と慣行されたものに新潮文庫収録時(2002年)の対談を加え、新たに刊行した、とあった。
谷沢永一氏は1929年大阪市生まれ、関西大学大学院博士課程修了、専門は書誌学、日本近代文学。関西大学文学部教授を経て現在名誉教授。評論家としても多方面で活躍中。主な著書に「紙つぶて(完全版)」「司馬遼太郎の贈りもの」「回想 開高健」「文豪たちの大喧嘩」「雑書放蕩記」「向学心」「冠婚葬祭心得」「聖徳太子はいなかった」など、とあった。
誰に対しても遠慮せず、ズバリ斬り込む筆法はさすがだ。
P125「侮蔑」と題するエッセイは谷沢の持論を代表しているだろうから、全文を写しておく。北村透谷の文章の中の安逸という文字は違う文字を使っているのだが、分かりづらいので、「安逸」にしてある。
<自尊心に発する批判衝動の攻撃本能が、最後に行き着くところ、それは自分が生を享け育てられ守られている祖国、原因国民の一人として生活の日常を保護されている国家の、つまり自分が国籍を有する祖国の先祖であり同朋である国民の全員に対する血の通っている人間とは思えない冷酷な侮蔑となる。>
<すなわち我が国民は愚かで鈍くて間抜けで幼稚な頓馬であり、彼らの蒙昧を見抜いた自分だけこそ英邁なのだとの言い立てである。>
<明治二十六年十月、北村透谷は、明治の日本人を頭から見下して、「安逸は彼等の宝なり、遊情は彼等の糧なり」と罵った。>
<その翌年、日清戦争、勝利は決定的であった。近代戦は総力戦である。国民を挙げての志気が勝ちを制したのである。戦争の目的はロシアの南下を阻止する防衛であった。>
<白色人種の植民地侵略を黄色人種が世界史上はじめて食いとめたのである。>
<その日本国民を安逸遊情と蔑んだ透谷の傲慢は常軌を逸していた。>
<戦後の我が国では他国への批判を絶対に回避する卑屈が瀰漫している。その臆病が翻って物言わぬわが国民の先祖を攻め立てる内弁慶の七つ道具に転化した。>
<終戦直後の当時は近代主義と呼ばれた一派にはじまり、昭和二十年代半ば以降は謂わゆる進歩的文化人が論壇を占拠し、日本の歴史を罪悪ばかりの暗黒に蠢く図柄として描き続けた。>
<自分たちだけが優れた眼識を有するのだと誇示するために先祖と同朋を蔑み卑しめ指弾してやまぬ情熱は、自尊心の発作が歯止めを失った屈折と倒錯と卑屈の乱痴気騒ぎであった。>
親友とは絶えざる気働き心尽くしの結果である、とか、嫉妬とは人の世を動かしている根元である、とか、精神の奥を揺さぶる言葉が96のエッセーにちりばめられている。
付録の「人間通になるための百冊」も役に立つ。昔、感動した覚えがある林達夫「共産主義的人間」(中公文庫)やE・H・カー「歴史とは何か」(岩波新書)、H・ニコルソン「外交」(東京大学出版会)、D・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト」(サイマル出版会)、岡田英弘「世界史の誕生」(筑摩書房)などが推薦図書にきっちり入っていたので、谷沢の「選球眼」を信用した。
向井敏「文章読本」(文春文庫)、神田秀夫「古典一周」上下(明治書院)、三宅雪嶺「世の中」(実業之世界社)、渡部昇一「萬犬虚に吠える」(PHP文庫)、内藤湖南「日本文化史研究」上下(講談社学術文庫)、河盛好蔵「人とつき合う法」(新潮文庫)などは読みたい本だ。
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