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2008年11月30日 (日)

書評「職業とは何か」梅澤正著(講談社現代新書)

 「職業とは何か」は講談社現代新書で2008年8月20日第1刷発行、定価700円+税=735円。

著者の梅澤正氏は1935年埼玉県生まれ、東大文学部社会学科卒、桃山学院大学、新潟大学、東京経済大学の教授を経て日本教育大学院大学客員教授、NPO邦人キャリア文化研究所理事長、産業社会学専攻(職業社会学、企業文化論、企業社会関係論)。著書に「人が見える企業文化」(講談社)など多数、とあった。

職業とは何か (講談社現代新書) 職業とは何か (講談社現代新書)

著者:梅澤 正
販売元:講談社
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 職業の中身の話はたくさん出てくるのだが、「職業とは何か?」という問いを日本ではほとんど誰も発してこなかった、という。2003年11月に発売され08年5月に123万部を突破した村上龍執筆・編集「13歳のハローワーク」(幻冬舎)では500の職業が登場し、その特性や従事する職業人の生き様が紹介されているが、「そもそも職業とは何か」が書かれていない、といい、日本では「職業とは何か」が突き詰めて考えられていないことこそが問題だ、と問題提起する。

 フランクリン・パーソンズが先駆者となった職業選択論についての話。1909年に出版された「職業の選択」が基本書らしい。パーソンズはキャリア理論の創始者として有名だそうだ。

 大学の就職支援活動についても批判的だ。学生に「やりたい職業は何か」と心理テストや適正テストを通じて探させるが、そのような内面を見つめるようなことはほどほどにしてほしい。本当に重要なのは刻々変化している社会の姿を学生一人ひとりが知ることだ、という。また、「職業が人を選ぶ」面があるのだから、自分がなりたい職業、という「青い鳥」だけ探していてもミスマッチになる、という。

 内面を見つめるより社会を、ということを言い換えると「内から外へ(インサイド・アウトサイド)ではなく、外から内へ(アウトサイド・インサイド)」ということになるらしい。「職業は社会が要請する仕事の中にこそある」という。なぜかといえば、やりたい仕事が生きがいのある仕事とは限らない。あいまいに「やりたい」仕事ではだめだ、というのだ。その職業をなぜやりたいのか、の意味づけをしっかりしていなければだめだ、と。なぜその職業をやりたいか、の根拠、理由、狙い、背景を学生が説明できなければならない、という。

 「こうすべきだ」という価値観が「やりたい」の引き金になっていればいい、とも。

 なぜなら、「こうすべきだ」の「べき」の場合には必ず論拠が明らかにされるからだ。「べき」からの発想、または「(こう)したい」に「べき」を重ね合わせた発想が職業選択には必要だ、という。「私は世界を、日本をこんな社会にしたい、そのためにはこんな職業につきたい」という思考の流れである。

 ベネッセの調査で小学生がなりたい職業は高い順に①サッカー選手②お菓子・ケーキ屋さん③野球選手④その他スポーツ選手⑤漫画家⑥学校の先生⑦学者・研究者⑧幼稚園教諭・保育士⑨医師⑩看護士。分野は違っても専門性が養成される職業への憧れが目立っている。サラリーマンは入っていない。

 しかし、高校から大学に進む中で職業の志望動機が大きく変わる。現実的になるのか、どうなのか?

 職業情報をチェックする(社会をよく知る)→キャリア情報(松下幸之助の偉人伝なども含む)を職業学習の教材として用いることは素晴らしい→会社と組織を見る目を養う、の順に進むべし、と。

 充実した人生を送るうえで職業は大きな役割を果たしている。職業を決めることと人生で何を実現したいかをセットで考える必要がある、と言う。

 マザー・テレサは宣教師になって生活の糧の保証ができて、安心して恵まれない人たちのためのボランティアができたそうだ。

 働き方と生き方につながりをつけるのが「キャリアデザイン」だそうだ。

 職業は人と社会とをつなぐもの。職業を社会的活動としてとらえるべきだ、という。

 夏目漱石「道楽と職業」(「私の個人主義」岩波文庫の中の一篇)の職業のとらえ方は流石だ、と言っていた。

 職業は社会の必要と個人の期待が合致して発生し、存続する。

 多能な人たちは多彩な肩書きを持つ、という。人の社会的な居場所は変化する(キャリアシフト、キャリアチェンジ)。リチャード・N・ボウルズは「あなたのパラシュートは何色?」で「マッチングゲームとしての職探し」と言っているという。

 職業は人生資源を獲得するための最良のチャンスだ。人生資源には経済財、知識財、関係財、威信財の四つがある、というが、経済財以外は非経済的資源であることに注目してほしい、という。

 今、日本では学生にコミュニケーション能力など基礎力を求めている。その中の「社会力」など、キーワードにまでなっているようだが、激動の時代、「プロ人材」、「プロフェッショナル」たちが求められている、という。

 人間力や社会力の必要性が強調されなければならないところに、日本における職業概念の希薄化を見る思いだ、と言っている。片方で人に優しい国づくりは必要だが、高度な専門性を視野に入れない職業能力論は大きな問題をはらんでいる、ともいう。

 「市民としての素養に支えられた高度の専門的知識と技術をそなえた職業人」が求められているという。

 「プロフェッショナル」は高度の倫理性も求められている。公共性のある職業だからだ。

 ハーバード大学のロバート・ライシュ教授は新しい職業分類として

①ルーティーン・プロダクション・サービス=定型作業

②インパースン・サービス=対人サービス

③シンボリック・アナリティック・サービス=観念や意味、精神が表象された符号を扱う職業で、深く物事を探求し、独創性の発揮を要請される専門的職業群

 ――を提案している。すべての職業が「サービス業」と分類されているのが特徴だ。

 「職業」を英語で言い表すと「オキュペーション」、「プロフェッション」、「ヴォケーション」、「ビジネス」、「トレード」といろいろあり、それぞれ内容が違う。

 古代中国では役人が果たす役割が「職業」、人民一般の業(民業)は「生業」といい、日本でも江戸時代までは「生業」という言葉が残ったが、今はすべて「職業」と呼ばれている、という。

 人生山あり谷あり、でもしかすると人生というか職業でリセットせざるを得ない時もあるだろうが、リセットする際にはリカレントが必要だ、と言っている。

 リカレントというのは生涯学習のようなものらしいが、自分が得てきた力を常に磨いておくことだろう。リセットは簡単に言えば転職だろう。「リカレントなしのリセットは砂上の楼閣だ」という言葉はその通りだろうと思う。

 以上のような内容の本だと思う。

 難しいことをたくさん書いてあるように思うのだが、では著者は「この一つ」と言えば、何を言おんとしているのか?

 専門性を身につけて、会社が潰れても、会社から出て行かざるを得なくなっても自分で道を切り拓けるようにせよ、というのか?

 たしかに、ライシュ氏の言うように、高度な専門性を持った人たちによって世の中が動かされ、あとはそのプロフェッショナルを管理する少数のジェネラリストしか必要なくなるという。あとの職業は派遣で十分ということらしい。

 怖い予測だが、そうなれば社会の二極分化が進む。その時、勝ち組に入るためにも専門性を身につけよ、というのだろうが、今大学院を出ても就職できない。ああいう、学問の世界でしか通用しないニセの専門性ではだめだ、ということなのだろうか。

 丁寧な論理展開であるが、逆に類書の引用が多すぎる感じがするので、私のような頭の悪い人間は頭の中で糸がグチャグチャにこんがらがった感じがするが、上記のようなことを言いたいのだろうと思って、大胆に書いておく。

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