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2008年12月 1日 (月)

田母神論文と朝日新聞

 朝日新聞は田母神論文を真摯に受け止め、社内で相当討議を重ねているのではないか。歴史的事実が間違えている、とか、自衛隊の隊員教育という問題ではなく、2度ほどこのブログに書いたように「では守るべき国とは何か」という根本の問題である。

 12月1日朝刊オピニオン面の大型コラム[風考計]で若宮啓文コラムニストがズバリ<自衛隊の君へ/守るべき「いい国」とは何か>のタイトルで論考している内容を見て、そう思った。

 朝日新聞は田母神論文が明らかになって、時間を置かずに秦氏に論文の歴史的事実の解釈について逐条的に正誤を聞き、完膚なきまでに粉砕した。しかし、それでは2チャンネルをはじめとする若者はなかなか納得しなかったし、田母神氏本人も産経新聞インタビューで堂々と主張を繰り返している。

 「なぜなのだ?」と朝日新聞社内では驚きが広がったかもしれない。正論を書いたのに、これ以上することがあるか、というため息が聞こえるようだ。それでも気を取り直したのか、11月24日、25日朝刊3面で続けて[検証・前空幕長論文の底流]を掲載し、㊤<自衛隊内潜む疎外感/半世紀「評価足らぬ」鬱屈/旧日本軍と連続性意識/幹部教育に校長独自色/田母神氏、異例の新講義>で自衛隊員の心の闇に迫ろうとし、㊦<政界 共感が見え隠れ/批判の比重「立場が問題」/制服人事に目届かず/「負の歴史」全否定は不健全」西原正・前防衛大学校長に聞く>で政治と自衛隊のシビリアンコントロール問題の現状分析を行った。

 そして、12月1日の若宮コラムである。

 若宮氏の結論は明白である。歴史的事実が間違えている、こんな誇大妄想のような歴史解釈を日本の軍トップがしているのかと世界は驚き日本を猜疑心で見るようになるだろう、という趣旨である。

 ただ、そこに苦渋に満ちながら、「守るべき『いい国』とは何か」というタイトルにもしている問いに対する答えも書いてある。では、どう書いてあるのか。まず、

 <国を愛すればこその国防だというのはよく分かる。>

 と、田母神氏の「日本がいい国だと思えなかったら、誰が命がけで国を守れようか」という言葉に共感する自衛隊員がいることにたいしての回答。若宮氏はそこで奇抜な論法を取る。2006年6月の天皇記者会見を引用したのだ。

 <日本では1930年から6年間に要人襲撃が相次いで首相と首相経験者の計4人が殺され、この時期に政党内閣が終わって言論の自由も失われた。そう指摘した天皇は「先の大戦に先立ち、このような時代があったことを多くの日本人が心にとどめ、そのようなことが二度と起こらないよう日本の今後の道を進めていくことを信じています」と語ったのです。>

 という部分だ。この天皇発言に誰も異存はないだろう。よほどの軍国主義者でもない限り、5.15事件、2.26事件や桜会事件、血盟団事件のようなテロが横行する社会は二度とごめんだ、と思っている。これは常識なのだと思うのだが、頭のいい若宮氏は、こう続ける。

 <要人襲撃とは、軍人が起こした5.15事件や2.26事件などのこと。満州事変から発展した日中戦争や太平洋戦争も、こうした流れの上に行われたことを忘れまい、という自戒の言でしょう。>

 いつのまにか論点は誰もが納得するテロ問題ではなく、満州事変、日中戦争にうつっているのだ。そして、

 <天皇が日本を愛していないわけがない。かけがえのない国だと思えばこその痛恨の思いが見て取れます。田母神氏は、こうした軍人のテロやクーデターも外国の罠だったというのでしょうか。>

 この論点移動の巧みさは称賛してもいいだろうと思うのだが、決して論理的ではない。大体、軍人テロというが、2.26事件の思想的背景は北一輝であり、農本主義であり、その背景には政治の失敗で飢えた農民を頻出した東北地方などの悲劇があった。世界恐慌と金解禁問題など、日本の政党政治の失敗が社会不安を呼んだことも事実だったのだ。

 5.15事件、2.26事件についてこれ以上ここでは語らないが、天皇のテロル反対という言葉をここまで引っ張ってきて、田母神氏の歴史認識と対比する、というのは、「守るべき国とは何か」という田母神氏の問題提起に答えているように見えて、いつの間にか田母神氏の歴史認識批判になってしまっているのではないか。

 私は前にこのブログで2度ほど書いたように、田母神氏の歴史認識が幼稚で、陰謀史観、謀略史観に毒されたものだと思うから、この部分は別に天皇発言を引いてもらわなくとも、若宮氏の言う内容に賛成である。

 問題は「守るべき国」なのだが、天皇がかけがえのない国だと思えばこその痛恨の思いを表明したものだ、と若宮氏が受け取るのは勝手だが、それは個人の受けとり方の問題だろう。

 「かけがえのない国」とはどんな国なのか、その実体は何なのか、兵士が命を賭けてまで守るべき国とは何なのか、には若宮氏は答えていないのである。

 若宮氏は新聞の戦争責任にも触れながら、今の時代にそれを反省して紙面化していることをあげて、そういう検証作業の大切さを説く。この反省にも賛成だ。

 <いまの世にも問題は多く、腹の立つことばかりでも、戦争と弾圧の時代に比べれば余程よい社会に違いない。>

 と書いている。さらり、と書いているが、ここの部分が問題なのだと思う。「戦争と弾圧の時代」というが、いつからが「戦争と弾圧の時代」なのか、それは、日本人だけの責任なのか、誰の責任でいつ、どのようにそうなったのか、重大な問題なのに、このようにセンチメンタルに断定されても納得できない読者が多いのではないか。 

 たしかに敗戦直後には丸山真男氏ら「超国家主義思想」批判をはじめとして軍国主義批判が日本の論壇に跋扈し、「何でも軍人が悪い」という風潮が社会を支配したが、それだけではすまないのではないか、という再発掘の研究作業が近年進んでいる。そして、その中で軍に限らず、宮廷勢力や政治家の中でも責任をかぶるのを嫌がって占領軍の東京裁判にすべてを任せるという無責任な態度を取り、日本人の手による戦争責任明確化を避けてきたのは、それによって得する勢力の裏の働きがあったからではないか、という研究成果も出てきている。これは別に陰謀史観ではない。

 最近出た猪瀬直樹氏が1990年前後に行った対談をまとめた本の中で猪瀬氏や対談相手の江藤淳氏や高坂正尭氏らが言っているように、軍部が勝手に戦争を拡大したのではなく、新聞や本、小説で軍部の行動前に「日米もし戦わば」的なテーマが特集され、国民が熱狂したことが軍を突き動かした面が強くあったことも確かだ

 こういう様々な見方がある問題を勝手に断定して、その断定の上で論理を進める論理展開は信用できない、というのが一点。この断定の上で若宮氏は、

 <田母神氏は戦後50年の村山首相談話を目の敵にするけれど、反省すべきを反省し、謝罪もできる潔い国こそ、守るに値する「いい国」だと僕は信じます。>

 というのがこの大きな問いに対する若宮氏の答えである。反省して謝罪する国が「いい国」だ、と言うのだ。

 「謝罪すべきことは謝罪できる国」ならば国際社会に堂々と胸を張れるだろう、と私も思う。しかし、少なくとも「謝罪すべきではないことを謝罪している国」はみすぼらしいだけではないか。

 国際社会から「矜持もなければ、志もない国」と思われるのではないか。

 独断と偏見を言わせてもらえば、村山談話に縛られて、大きな発想ができなければ、21世紀の日本の生き残り策だって、縮こまった変なものしかできないだろう、と思うのだ。

 非核三原則が禁じる核兵器保有にしてもなぜオプションとして検討しないのか。検討すれば、現実的ではない、という結論が出るのは明らかなのに。

 また、米国や中国に上目遣いでお願いし、韓国や北朝鮮にいつも謝ってばかりいるよりも、大東亜共栄圏を考えた時代の思想潮流をもう一度検証し、アジア解放という理念が果たして当時の日本にあったのかどうか、有色人種の代表という視点があったのかどうか、きっちりと検証する中で、日本人の手でもう一度戦争責任を追及すべきだ、と思う。

 そこまでしなければ、抜本的な対策にはならないと思う。

 若宮氏のように逃げ腰で表面的な正義の論理を振りかざすだけで、自衛官というか軍人が「命を賭けて守るべき日本」を示しえた、と思っているのだろうか?

 朝日新聞が産経新聞と並んで田母神問題を追究し、問題解明に集中していることは非常にいいことだと思う。また、いろいろな言論が出ること自体、素晴らしいことだ、ということを大前提にしながら、以上を書いておきたい。

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コメント

> 「謝罪すべきではないことを謝罪している国」はみすぼらしいだけではないか

同感です。
村山談話をはじめ、日本は謝罪しなくて良いことを謝罪しすぎた。
そのことで国際的な信頼を損なうと思ってもいないのです。
普通、双方に日があることで一方的に謝罪するようなヤツに誰が信頼を置こうというのか。

投稿: 賢太郎 | 2008年12月 5日 (金) 10時30分

あなた達のような主張をする人が、なぜ『たかじんのそこまで言って委員会』に出てこないんでしょうねえ?

投稿: | 2008年12月 5日 (金) 17時10分

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