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2009年1月 8日 (木)

塩野七生さんの日本政治への提言、心して聞くべきだと思う~読売新聞1月8日朝刊から

 読売新聞1月8日朝刊1,2面の大河企画[大波乱に立ち向かう⑥]は塩野七生さん。あの「ローマ人の物語」の著者である。最新刊「ローマ亡き後の地中海世界」を今「なるほど、なるほど」と読んでいる最中なのだが、この読売新聞インタビューに出ている現代日本への憂国の情あふれる提言は背筋を伸ばして聞く価値がある、と思った。聞き手は文化部の尾崎真理子記者だ。

ローマ亡き後の地中海世界(上) ローマ亡き後の地中海世界(上)

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 塩野氏のインタビューは

 <オバマ新大統領の登場は希望というより、「もう白人エリート層には任せておけない」という米国民の失意ゆえの選択ではないか。米国の覇権時代は、終わったような気がする。>

 というくだりから始まる。そして、覇権を引き継ぐ強力な国が見当たらない。

 <EUもロシアも中国も、あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量はない。>

 というのだ。逆に言えば覇権国家は「あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量を持った国家」ということである。たしかに昔のアメリカはそうだった、と思う。

 <覇者たる帝国なき時代。それは世界を律する政治意志なき時代であり、中世のような無秩序への逆行を意味する。その証拠が、アフリカ・ソマリア沖などで急激に広がる海賊だろう。>

 まさに今、塩野氏の頭の中にはローマ帝国滅亡後の海賊の時代を描いた「ローマ亡き後の地中海世界」があるのだろう。当然、ソマリア沖の話が出ると思ったら、最初からその話だった。

 <私が通史を書いた古代ローマ帝国なら、無法な略奪行為など即座に鎮圧した。安全保障を帝国の至上課題とすることで、多宗教、多文化が紀元前1世紀から200年も繁栄し続けた。この「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が崩壊した途端、サラセンの海賊が地中海に出現し、暗黒の中世が1000年も続く。

 塩野氏は新著を海賊の定義から始めている。そして、公認の海賊、無法の海賊と分けていた。そして、現代の海賊は近代国家を切り崩す危険も孕むので早急に駆逐しなければならない、という。

 <大国が悪の網に加担する疑念は、徹底的に糾弾すべきだ。困窮する国の無法者やテロリストを抑えるには、正当な経済援助しか結局は有効ではない。>

 として、そこに日本の出番があるのだ、と説く。

 <我々は覇権を持つ国ではないが、いまだ経済大国として、いい位置にいる。途上国や紛争地域の発展に貢献するために、持続的な国際協力活動を可能にする法整備を急ぐべき時だ。>

 というのは異存ない。ただ、識者の中には日本の経済大国としての命もあとわずかだ、という人も多い。90歳を迎えたシュミット元西ドイツ首相もそう言っていた。時間はない。

 <帝国なき時代は日本の好機かもしれない。法の正義を順守して、手堅く生き延びたベネチア共和国のように、キラリと光る国になってはどうか。>

 ここからが塩野氏の提言である。「海の都の物語」(1980年)で塩野氏はベネチアの歴史を書いたが、

 <高度成長を果たした日本と重ねた読者も多い中で、真意を見抜き、自省した識者もいた。「我々にはベネチアが重視した情報政策も、外交手腕もなく、自国の強力な海軍もないではないか」と。その課題は今も残されている。>

 と言うのだ。塩野氏が言うように古代ローマもベネチアも状況に応じて法を活用する懸命な政治を行ったから生き残れたのだ。しかし、と塩野氏は続ける。

 <日本の現状は百年に一度の経済恐慌というが、それ以上にわが国の政治危機は深刻だと思える。>

 として、経済危機よりも深刻な日本の政治危機がどういうものか、説明する。

 <自由市場に任せれば、ひずみは生じ、格差は拡大する。ひずみとはエネルギーの浪費であり、政治とは、ひずみを法で軌道修正する手段のこと。スピードだけで勝敗をつけず、効率よくエネルギーを使い全員がゴールに入るよう調整する。それが政治本来の役割なのに、日本の政治家はその調整能力をすっかりなくしている。

 「政治とは何か」である。塩野氏の言葉は重い、と思う。政治家はこの記事を読んでいるのだろうか? 是非各政党で議員に記事のコピーを配ってほしい。読んでも理解できないような議員だったら、国会議員を辞めていただいたほうがいい、と思う。そして、塩野氏の提言である。

 <思い切って言うが、人材払底のこの危機を大連立内閣で乗り切ってはどうか。5年限定でよい。ベネチアの十人委員会のような非常時の超党派体制を組み、まず経済政策を一本化させる。憲法9条の改正も、大連立で視野に入ってくる。民間の海外進出を自衛隊が護衛できるよう法を整備し、日本企業の生産拠点が途上国に増えれば、国益はもとより世界経済、ひいては「中世」への逆行を食い止める重要な役割を、我が国が果たすことができる。

 随分と思い切って言ってくれたものだが、全面的に賛成である。言い難かっただろうと思う。日本にはまだ丸山真男信者も多く、心情的進歩的文化人を崇拝する伝統が消えておらず、改憲といえば非国民と石もて追われる雰囲気がある中で、言いたいことをズバリ言った、という感じだ。

 <徳川幕府の太平の世に独自の文化が開花し、今のクール・ジャパンの源泉となった。反面、外交能力は失った。産業分野を「士農工商」で再考すれば、忠君一辺倒の「士」の精神はもはや役立たない。他人の資金で儲ける「商」=ファンナンスの才も薄い。「農」には未来がある。若者を引きつけるベンチャー的手法を取り込めば活路は開く。

 なるほど、と思う。目から鱗が落ちる感もある。武士道とかまた見直されており、何か違和感があったのだが、こうズバリ言われると納得である。商業的センスは薄いのだろう、日本人は、確かに。そして、「農」重視は私の年来の考えと一致している。塩野氏が言うように若者を引きつける魅力がなければならない。これを実現するのは大革命を起こすように難しいことなのだと思うのだが、だからこそ、大連立をしろ、と言っているのだろう。つまり産業構造の大転換が必要なのだから。

 <だが、何といっても日本は「工」の国だろう。トヨタ、ソニー、ホンダなどの工業製品は、やはりこの国最良の才の産物。実体経済の要である工業の発展に、心を寄せようではないか。ホンダのF1撤退も、リーダーの英断と評価したい。エコ車の開発に資金を集中させれば、地球全体が恩恵を享受できる。日本は技術力で覇権を握ればいい。

 そうではあるが、それがまた難しいのでしょう。塩野氏が書いているように、製造業は今後、もっともっと途上国に工場をシフトしていくだろう。それを守る海軍を充実し、情報ネットワークを整備することで若者の雇用はある程度吸収できるだろうが、よく産業界で言われるような高度付加価値製品だけ日本国内で作る、とか、研究開発分門は海外移転しない、という仕分けが本当に長年続く保証があるのかどうか。僕は結局は高度付加価値製品まで海外で作るようになる、と思う。日本の青年には語学教育を徹底して仕込み、そういう海外拠点での監督責任者になる教育をしなければならないかもしれない。この辺、ものすごく難しい点だと思う。

 <ルネサンス期の思想家マキャベリ同様、「実際に行動を起こす人のために」、私は歴史エッセーや小説を40年以上書いてきた。現在、海賊と政情不安と干ばつに苦しむ北アフリカも、古代ローマ時代は帝国の下水道が敷かれた緑地帯だった。「人間は食と安全が保障されれば、略奪せず何とか自立できる存在だ」とだけは言っておきたい。人間の意志と実行力こそ、帝国なき時代の平和という奇跡を生む。正義なき宗教への妄信が、それを生むのではない。

 政治家諸兄は心して読んでくれただろうか。読売新聞のこのシリーズ、いいなぁ。

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