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2009年1月

2009年1月31日 (土)

1万円で入札した「かんぽの宿」を6000万円で転売した~朝日新聞1月31日夕刊

 「やはり」というか「まさか」というか……残念で仕方ない。

 朝日新聞1月31日夕刊社会面ハコ記事<鳥取・岩美「かんぽの宿」/評価額の6000倍で転売/東京の不動産業者/1万円で入手直後>を読んだ感想である。 これは毎日新聞が1月31日朝刊第3社会面で特報した記事の後追いだった、と後で知ったが、朝日新聞は抜かれ記事でもきちんと目立つように扱ったことは評価していいと思う。毎日新聞には写真が載っていたが。

 「かんぽの宿」については、あまりにも日本郵政の姿勢がおかしいので何度もしつこいくらいに書いてきたのだが、これは何としたことだろうか。

 怒りのあまり、朝日新聞記事の本文が読めないくらいだ。新聞には写真は掲載されていなかったが、ウエブ版では<軽費老人ホームに改修、運営されている旧「かんぽの宿 鳥取岩井」=鳥取県岩美町岩井>と書かれた写真説明とともに、カラー写真がアップされていた。

 怒りを抑えて本文を読んでみよう。

 <旧日本郵政公社が07年に一括売却し、東京の不動産会社が1万円で入手した鳥取県岩美町の旧「かんぽの宿 鳥取岩井」が、直後に6000万円で鳥取市内の医療法人が同町内に設立した社会福祉法人に転売されていたことがわかった。>

 が前文だ。ここからすでに「ええっ?」である。

 <この施設は温泉付きの宿泊施設として78年にオープン。93年に約3万2000人だった宿泊者数が05年には約1万7000人に減少。経営悪化のため、06年7月に廃止が決まり、07年には他の「かんぽの宿」とともに不動産会社7社に一括売却され、東京の不動産会社が1万円と評価して手に入れた。

 これが入札の実態なのか。

 よく経営悪化、と出てくるが、そりゃそうだろう、というところを追及しないといけない、と思う。小泉政権が郵政民営化に全力を挙げて取り組む前から、橋本行革の決定によって、簡保などは縮小傾向にあり、今までの単純比較はできなくなっているのだ。

 何度も書いたが、かんぽの宿というか、簡易保険のカネで建てた施設は簡保の旅行会に入会した人にものすごく割安で旅行さえるための施設である。その簡保の会を取り仕切っていたのが地域の特定郵便局長さんという地域の名士と、それに並ぶような地域のまとめ役で旅行好きの大体がおばさん。そして、簡保の旅行会は定期的に旅行する。

東京在住者だったら、この間は東北だったから、今度は木曾にしよう、とか、六甲山の夜景がいい、とか、そういう団体様のお泊りになる施設なのだ。

選挙前ともなれば、自民党の郵政族議員の後援会が格安旅行で後援会員の興味をそそり、また活発な選挙運動をしてもらうための栄養剤にしていた。

 そういう施設だから、一般の旅行代理店を通じて集客努力もしていなければ、知られてもいなかった。知られてなくとも、何も困らなかったわけだ。政官業の秘密基地のようなものだったのだから。

 だが、民営化というか、当初の予定では公社化だが、そのスケジュールが近くなると、簡保旅行会もさすがに事務局がそれどころではなくなって、旅行をしなくなる。だから、施設利用率が下がった。

 利用率が下がった背景にはそういう動きがあったことは関係者ならば誰でも知ってることなのだ。

 それを無視して「宿泊客が減少」という現象だけ記者発表して、またそれを何の疑問も持たずに、まともに受け取って、言われたとおりの記事を書いてきたから、今まで表面化しなかったのだ。

 それを知らないと、いかにも客の利用がないどうしようもない施設のように見えるだろうが、さいたま新都心の施設を見学した民主党の議員があまりの豪華さに驚いたように、立派な施設が多いのだ。

 なぜならば、今まで利用していたお客様の中心は地域ボスの家族や親戚や取り巻き連中。

 汚い施設だったら「ノーサンキュー」と言って次から断るような人たちが多いのだ。そういう人たちは、そんな汚らしいところになんか泊まりません。その人たちが喜んで年に何回も来ていたことで、施設のレベルが分かるではないか。

 <同年9月、岩美町岩井の社会福祉法人「フォイボス」が、施設を手に入れた不動産会社から敷地(約1万3000平方㍍)と建物を合わせて6000万円で購入。約1億1000万円の改修費をかけて、鉄筋3階建て延べ約3600平方㍍(入所定員50人)の老人ホームとしてオープンさせたという。>

 疑問なのはなぜ、そういう地元の土地や施設が本当に必要な人に「入札」情報がきちんと伝わらないのか、である。

 本当に「入札」をしたのだろうか?

 <同医療法人の森本雅義事務長は6000万円という購入額はこちらから提示し、当時は安いと考えていたが、評価額が1万円だったとは知らなかったと話している。>

 これだ。あきれてものが言えない。6000万円でも安いと思った、というのだ。日本郵政はどんな金銭感覚をしているのだろう。

 記事はこのあと、鳩山総務相がNOと言ったなどの、いままでの経緯の説明が7行ついていたが、この件についての事実関係としてはここまでだった。

 この記事で暴露された実態を知っても、西川善文社長は「オリックス不動産との契約は白紙撤回しない」と言い続けるのだろうか? というか、実際にはもう知っていると見たほうがいいだろう。私たちには言えないことがあまりに多いのか。

 もしも、まだ「契約は契約。生きている」と言うのならば、裏にはきっと、私たちの知りえないような密約があるのだろう。

 だから、今更オリックス不動産と解約できないのかもしれない。その”密約”があったとして、そういう話に政治家が絡んでいなければいいのだが。今度の衆院解散・総選挙くらいはカネまみれのような汚い話が表面に出てきてほしくないから。できれば、21世紀の日本をどうする、というテーマで四つ相撲をしてほしい、と願っているのだから。

 1月30日の参院代表質問で尾辻秀久・自民党参院議員会長が麻生太郎首相に大量に失業者を出した政府の規制改革会議の責任を問い、廃止せよ」と迫った。

 自民党の、それも参院議員会長である。党四役である。その重要人物が首相に政府の諮問機関の失敗を問い質している。

 麻生首相はその質問には直接答えなかったが、心ある自民党議員らも規制改革会議を利用して汚い経済人らがボロ設けしていることに眉をひそめているのだ、ということが尾辻氏の質問を聞いて分かった。

 今までは「小泉マジック」が効いていたので発言できなかったのかもしれないが、魔法が切れれば、そういう発言が国会で今後、たくさん聞かれるだろう。

 その時、この「1万円入札」の経緯も詳しく聞いてほしい、と思う。参考人招致というよりも西川善文氏と宮内義彦・オリックス会長を「国有」財産処分に関する疑惑追及のため、証人喚問する必要があるのではないだろうか。

 朝日新聞は31日の社説で持って回った言い方ではあるが、入札に違法性、不透明な点がなかったかどうか、西川氏は明らかにする責務がある、と書き始めた。

 まだまだ弱い主張だが、最初がひどかった分、方針転換しなければならないのだから仕方ない。ご苦労様だが、もう少し時間をかけながら、「契約したのだから仕方ない。それにケチをつけるほうが法外だ」という当初の方針を、最後には180度まで旋回してもらって、東京新聞、毎日新聞の社説のように「おかしいことはおかしい」と言えるようになってほしい。その日が来るのを首を長くして待つとしよう。

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関嘉彦氏の「複数民主主義の自覚を」~産経新聞1月31日[昭和正論座]から

 産経新聞「正論」欄35周年記念の【昭和正論座】は面白い。1月31日付[複数民主主義の自覚を]は昭和50年(1975年)1月17日付掲載の都立大名誉教授・関嘉彦氏の論である。最後の【視点】で(湯)氏が指摘しているように、関氏の論を読むと、「日本人って本当に複数民主主義に耐えられるのか」と思う。「横並びでないとどこか落ち着かず、満場一致の決定を好ましく思う」という国民性である。関氏は「反対者が1人もいないのは、異説を認めない全体主義統制か不可能を約束する無政府状態につながる」と言う。

 (湯)氏は「人民民主主義を唱う中国はいまだに複数政党を認めず、ロシアは資金面から反対政党を締め上げる。人民を飢えさせながら核武装を目指す北朝鮮も民主主義を自称するからあきれる。異論を認める英米型民主主義がいまの経済危機からいち早く脱出しないと後に続く開発途上国が中露モデルに飛びつきやすい」と警鐘を鳴らしている。そこまでは杞憂だろうと思うが、民主主義という制度設計が非常に難しいことは確かである。世界の国の数だけ民主主義がある、と考えたほうがいいのではないだろうか。

 関氏は「日本語では日常会話で単数複数の区別に無頓着」だが、ヨーロッパの言葉では区別が厳格だ」と書いて、「普通に民主主義というのは、リンカーンの演説の言葉の如く、人民の、人民による、人民のための政治である、といわれるが、その場合の人民すなわちpeopleというのは、単数形であるか複数形であるかにより内容が異なってくる」と立論するのだ。

 これが導入部。peopleは英語の普通の用法は、単数形でなく複数形扱いだ、というのだ。

 <それは、普通にイギリス人は、人民というのは、それぞれ異なった意見の個人の集合であると考えるからである。それを、もし単数形で表現すれば、その場合の人民は画一的な意見に統一された人間の集団になってしまう。それは人間が神かまたは獣になった状態であり、その場合には言論の自由は必要ない。もしその単一の人民と異なる考えをもつ人間、従ってその単一の人民の意志を代表する指導者と異なる意見の所有者は、人民の敵として粛清されざるを得ない。複数の政党などは本来ありうべからざるものと考えられる。>

 <これに反して、人民を複数形で考えるということは、神でもなければ獣でもない人間は、それぞれの集団の一員として共通の考えを分有しつつも、一人一人個性ある意見の持主であると考えることである。従って人民の意志はひとつに重ならないのが常態である。そこから自分と異なる考え方があるのも当然だという言論自由の考えも生まれてくるし、複数の意見を代表する政党も複数であるのが正常だということになる。二つの政党がいいか三つがいいかということは複数内部の問題であるから、それほど重要ではない。>

 <民主主義の発祥地であるイギリスの民主主義は、近世以後人民を複数形で考えてきた。それが市民的自由を基にした民主主義すなわち自由民主主義の考えである。ところがヨーロッパにおいても人民の意志を単数形で理解する民主主義の考え方があった。それが、市民的自由を認めない全体主義的「民主主義」の起源である。>

 単数形、複数形の議論から民主主義と独裁の話まで進んでしまうのが面白い。

 <同じく人民主権の民主主義といっても、人民を単数形で理解するか複数形で理解するかによって、結果は正反対になる。日本の憲法の規定が自由民主主義であることはいうまでもない。ところが、単数複数の区別を重視しない日本人の場合、この自由民主主義と全体主義的「民主主義」(現代の共産圏諸国ではしばしば人民「民主主義」と呼ばれている)の区別があいまいである。両者を同格におくのみならず、共産主義者は、人民「民主主義」の方を一段高い発展段階の民主主義と考える。しかもその宣伝にまどわされている人が少なくない。その迷妄の原因はどこにあるか。>

 中国、ロシア、北朝鮮の民主主義の問題、そして進歩的文化人の頭の構造に迫る。

 <それには、いろいろの原因があるが、ひとつには、日本人の間に市民の意識、すなわちそれぞれが他に依存せず、独立の思想と生活をもっているのが市民であり、民主主義はそのような市民社会においてのみ可能であるとの考えが薄いからであると思う。イザヤ・ベンダサンは『日本人とユダヤ人』の中で、日本人の間では満場一致の決定が尊ばれるが、ユダヤ人の間では、満場一致の決定は無効であり、少数の反対意見を伴った多数決の決定のみが有効であると考えられている旨のことを書いているが、これは正に日本人の間に市民社会以前の意識が強いため複数意見の存在が悪であると考えられていることを示すものといえよう。>

 懐かしいベンダサンが出てきた。

 <この意見に対しては、満場一致すなわち一人の反対者もなく同一意見に落ち着くのが民主主義の理想ではないか、という反論があるかもしれない。しかしその場合の「理想」というのは、人間が神の如くなるのが理想であるという意味の理想であり、現実にはあり得ない。にもかかわらず完璧主義を狙う人は、この理想を無理に現実化しようとする。その結果は、異説を認めない全体主義的統制か、あるいは不可能なことを約束する無政府状態になる。前者の例は、指導者の笛の号令のままに、蛇のように行列をつくって、ワッショイ、ワッショイと叫んでいる学生のスネーク・ダンス・デモであろう。それは正に、羊飼いの笛のとおりに動いていく羊の群れと同じである。>

 ここが重要なところだ。

 <後者の例として思い出すのは、「一人の反対者もある間はゴミ焼却場は作りません」と公約し、結果において強制収用の宝刀を抜くことで、ようやく反対派の住民と和解に到達した美濃部東京都知事の発言である。確かに満場一致主義を約束することはカッコが良い。しかしそれを字義どおりに守れば、ゴミ焼却場は永久にできないだろう。行政の渋滞が重なれば、結果は無政府状態である。そのような無政府状態が続けば、人々はやがて民主主義に絶望し、右でも左でもいいから、強い独裁者の政治を望むようになるであろう。ヒトラーが民衆の支持を得てでてきたのは、正にワイマール末期の民主主義の無政府状態においてであった。>

 美濃部都知事は人気者だった。1975年当時、ここまでズバリと批判するには相当の覚悟がいったのではないか、と思う。世の中の流れが福祉国家を志向しており、少しの過誤は見過ごされていたからだ。

 <私は対話の政治に反対しているのではない。対話は必要である。しかし満場一致は正常の状態では望み得ないことを知るべきである。そしてそのことを知るためには、単数と複数の間には、量的差異のみでなく質的差異があることを自覚することから始めるべきではなかろうか。>

 この問題は今でも大きな問題として残っているのだが、私は逆に日本人の曖昧さに未来を感じているのだが、甘いだろうか。

 八百万の神を信じることを許容することが一神教でもなく二神教でもない多神教の世界を現出させるし、それは非常に分かりにくいかもしれないが、「全会一致」という緩い連帯で進むというプロセスに転化されやすいと思うのだ。

 関氏の論理的説得力のある論展開は素晴らしいのだが、逆にそこにこだわったところに時代の限界を感じる。つまり、美濃部氏を代表とする勢力に対抗する論理としての保守の論理はあくまで対抗論理として提出されている。

 そうではなく、オバマ米大統領ではないが、統合原理としての保守が今求められているのではないか、と思うからだ。

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2009年1月30日 (金)

水野和夫氏は相当な悲観論だった~東京新聞1月30日朝刊[こちら特報部]から

 東京新聞1月30日朝刊[こちら特報部]は[止まらぬ世界同時不況~エコノミスト・水野和夫氏に聞く]だった。見開きで水野氏のご託宣が読めたのはうれしかった。

 週刊誌や月刊誌にも掲載されており、そっちを読んでもいいのだが、新聞のいいところは一覧性があって読みやすいのと、読んでいることがリアルタイムであること、つまり世界、社会の変化によって古くなっていないことが担保されているところだ、と思う。

 インタビューであっても世界との同時性を確かめながら読めることは素晴らしい、と思う。そこが最近大量に出版されている世界不況に関する新書や新刊書との大きな違いだ、と思う。

 見出しは<消費税上げ当面はムリ/「うまくいっても回復に5年」/先進国の成長、74年で終わり/米依存型の体質変えよ/新興国に「クール」な製品売れ/オバマ政権に提言「成長ではなく安定必要」>だ。

 東京新聞のホームページを見たら、以下の前文だけアップされており、本文を読みたい人は有料サービスを利用してほしい、とあった。そりゃあそうだろうと思う。

◆新聞社のインターネット戦略の間違い

 新聞社は東京新聞に限らず、無料で情報を流し過ぎている、と思う。

 インターネットが発達して、ポータルサイトができて、ニュース配信を始めると、アップすれば知名度が上がり購読者が増えるのではないか、と期待した各新聞社はこぞってニュースを無料でアップし始め、ヤフーなどに超定額で切り売りする商売も始めた。

 そこでファンを増やせば新聞を買ってくれるのではないか、という淡い期待のなせる業だったのだが、思惑ははずれ、若者は「ネットで見るから新聞はいらない」と言うようになった。

 新聞社としては新規経営モデル創出の失敗である。

 民放テレビがCMで採算を取り、視聴者からカネを取らなかった。今まではそれで済んでいたが、CM場面を自動的にすっ飛ばしてくれる録画機が開発され、若者が時間通りにテレビ番組を見るのではなく、録画機に一旦落としたドラマなどをCM抜きで見るようになると、いわゆる接触率がガクンと減る。

 電通などの詳細な調査の結果が分かってくるにつれ、民放は真っ青になっている、という。

 地上波デジタルに移行すると、アナログ時代とは違って、こういう録画機が一般化するだけでなく、リアルタイムでCM時間を別の情報に変える機能だって開発されるだろう。

 大企業はテレビにCMを出さなくなる→民放はトップ2社しか生き残れない、という予想すら出ている。

 そのテレビよりも経営面で追い込まれているのが新聞だ。

 新聞の衰退を早めた一つの要因がこの安易なインターネットの取り組みだったのではないか、と思う。

 ネットにニュースを流し始めた時期は、各社とも編集局でトップレースから外れたけれどもそれに次ぐくらいの人材をニューメディア担当役員にして、メディア部員には編集局のはぐれ者とか現業からの転出組を多く抱えていた、と思う。

 戦略的取り組みなど期待できるような状況ではなかった。

 ただ、日経新聞だけは将来のニューメディア発達を十分見据えて、力を入れたので、今では相当に充実したポータルサイトを持っており、それ以外のニューメディア部門の取り組みも先鋭的だ。

 朝日、毎日、読売、産経、東京は今更日経の真似もできず、方向性を失って苦しんでいるようにみえる。

 と、話が横道に逸れてしまったが、水野氏のインタビューに話を戻そう。

 そういうわけで、以下の前文がアップされていた。コピペしておく。

 <各国で正社員の解雇が相次ぐなど、底無しの様相を見せる世界同時不況。アメリカ発の金融危機が実体経済に深刻な影響を及ぼす中、「これは近代化の終わり」とし、米追従型体質からの転換を促すのがエコノミストの水野和夫氏(55)だ。大きな期待を背負ったオバマ新政権や、日本は活路を見いだせるのか。今後の見通しや進むべき道筋を聞いた。(岩岡千景、野呂法夫)>

 今、エコノミストの中で水野氏は安定性抜群、と見られている。テレビに出てきても穏やかで思索的な風貌が安心感を与えてくれる。まだ55歳というのが信じられないくらいの老大人ぶりなのだ。

 紙面にある水野氏の略歴は次の通り。

 1953年愛知県瀬戸市生まれ。早大大学院修士課程修了。八千代証券(現三菱UFJ証券)入社。金融市場調査部長などを経て2005年から三菱UFJ証券チーフエコノミスト。著書に「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」など。昨年12月出版の新著「金融大崩壊『アメリカ金融帝国』の終焉」は11万部を越した、という。売れっ子なのだ。

 では水野氏のご託宣はいかなるものだったのか? また例によって箇条書きでメモしておく。

◆2010年度末の失業率7%も~水野氏が予測

近代化とはイギリスなどが軍事力を背景にインドに進出したように、他国の市場を開く膨張主義だった。成長は鉄道、造船に始まり、自動車などの大量生産と消費を生み、都市化に伴うビルやマンション建設も進め、鉄の生産量に比例する。だから、世界粗鋼生産量を見れば、成長の度合いが分かる。

▽ところが1974年に世界粗鋼生産量はピークに達し、その後は横ばいだ。実質的な成長はとうに終わっていた。75年のベトナム戦争終結は資本主義の区切りだった。

 この「ベトナム戦争が区切り」が分かりづらいのだが。本を読むと分かるかもしれない。やはり、「金融大崩壊『アメリカ金融帝国』の終焉」は読まなければならないようだ。700円くらいで買えそうだから、早速買おう。

金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書) 金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書)

著者:水野 和夫
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政府から背中を押してもらわなくとも「前へ前へ」と進めたのが近代化の時代だが、74年以降は財政出動で背中を押してもらい、手を離すと後退してきた。

▽こうした「成長信仰」を延命させてきたのが自動車や電化製品の多機能化や高級化、大型化だった。1987年に日本の1人当たり国内総生産(GDP)は米国を抜いて世界一になった(2007年は世界19位)。そして、1995年の金融自由化と強いドル政策で金融立国を目指す「金融化」にひた走り、米国が低所得者にもカネを貸しまくって破綻したのは(近代化が)極限に達した証し。これ以上前へ進めない。

 95年の話は米国の話だろう。書き方が少し紛らわしいが、橋本政権での金融ビッグバンはもう少し後の97、98年だから。

▽「金融帝国」を生んだのは市場に信頼を置く新自由主義で、80年前後のサッチャー英政権とレーガン米政権の誕生で始まった経済のグローバル化も、その「前半」は終わった。世界同時不況を脱し、2030年までに新興国が大消費地になっていく時代が経済のグローバル化の後半だ。今はその時に備えて雇用対策と生活の不安を取り除く安全網(セーフティーネット)を構築して乗り切ることが大切だ。

 グローバル化についての前半、後半の切り分けは面白い発想だと思う。たしかにグローバル化というのは平準化でもあるから、いずれは水は高いところから低いところに移り、同じ高さになるのかもしれない。戦争などの政治的要因を無視すれば、の話だが。

今後、米国の景況に連動する日本の輸出産業は大打撃を受け、リストラの嵐が吹き荒れそうだ。

▽麻生太郎首相は景気回復を前提に消費税率アップを2011年度までの法整備へ意欲をしめしているが、景気の回復はうまくいっても5年はかかる。いざなぎ景気越え景気が増税のチャンスで、それをするのが政治の責任だったが、消費税の引き上げは当面無理だ。

▽米国で不動産価格の下落が続いているが、中古住宅の下げ止まりは1年後。住宅バブルの不良債権の確定はこれからだが、過剰債務は約4.3兆㌦(388兆円)で、うち不良債権が約1.5兆㌦だろう。残る3兆㌦弱は米国民が返済するが、米国では家計の大半が貯蓄を持たない。貯蓄を落とすしかなく、貯蓄(返済)を増やして5年は我慢が必要だが、米国人は1年我慢するとすぐ消費する。そうなれば10年かかってもおかしくない。

日本のGDPも向こう5年ほどで2007度比でマイナス10%近くになる。失業率が1%上がれば約60万人の失業者が出るが、失業率も現在の4%から2010年度に末には7%にもなるだろう。

 街に失業者があふれる状況は2010年がピークなのか?

▽米国の今置かれた状況は、財政出動すべきだという声が高まった日本の90年代と似ている。有効ではあるが、毎年1兆㌦の出動を続ける必要に迫られる。巨額財政赤字を抱えているとは言っても増税はできない。となれば国債を大量に発行し、連邦準備制度理事会が引き受けざるをえなくなる。国債の長期金利が上がれば、景気が回復してもゼロ金利を続けざるを得ず、そうなるとドル暴落も想定される。さらに国債の引き受けを日本に押し付けてくる可能性が十分にある。その時が正念場。日本の国債を増やして社債も買い、じゃあドル債も買ってというのはやめてほしい。共倒れになってしまう。

▽自動車の販売台数は年間1000万台を割り込み、800万台に落ち込むこともありうる。ビッグ3再建の前提が崩れ、3社の生き残りは難しい。小型車が主力では利益が出ない。世界中で自動車メーカーは6、7社に再編される可能性もある。

▽米経済の再建は誰がやっても難しい。オバマ大統領は再選どころか2年後の中間選挙で大敗するのではないか。オバマ氏は雇用を創出する、相変わらずの成長路線だ。そのブレーンはマネタリズムや新自由主義の人ばかり。一度誤った人たちが違う顔をして出ている。違う旗を立てるのなら、違う人を揃えないと。成長ではなく安定を国民に呼びかけるべきだ。

▽輸出立国として日本が生き残るためには米依存型からの脱却が必要だ。2000年代の粗鋼生産量の伸びは途上国分だ。その中核となるBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)など成長を見込める新興国を市場に「ジャパン・クール」(かっこいい日本)の製品を売り込む輸出戦略を取るべきだ。

▽車や冷蔵庫など耐久消費財を購入できる世帯当たりの可処分所得の境目は5000㌦だ。中国の人口約13億人のうち3億~4億人はすでに世帯当たりの所得が5000㌦に近い。将来、中産階級の消費が拡大するとみられる。彼らが必要とする商品を開発して輸出する体制を整えていくべきだ。

 以上、発言のほとんどを書いた。随分と勉強をさせてもらった。

 それでは、これから早速、あの本を買いに行こう。

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46万人の対北朝鮮兵力が必要、という米外交評議会の報告書~読売新聞1月30日朝刊から

 読売新聞1月30日朝刊国際面ハコ記事<金体制崩壊なら……/対北兵力46万人必要/「米韓だけでは無理」/米研究機関報告書>はその通りだろう、という感じだ。ワシントン支局の本間圭一特派員の記事だ。

 <米政策研究機関「外交評議会」は28日、北朝鮮の金正日体制の終結を想定した報告書を発表し、武力行為発生など最悪の事態への米側の対応として、約46万人の兵力が必要になると警告した。その上で、非常事態に備え、米国が日本や韓国など近隣諸国との連携や準備を強化すべきだと提言した。>

 というのが前文。

 <報告書は、金総書記の病状が、報道されている以上に深刻である可能性に触れた上で、今後のシナリオとして、①予定通りの権力継承②権力闘争による体制転換③体制崩壊――を想定。特に、金体制が崩壊した場合、治安維持に必要な米軍主体の兵力を11万5000~23万人と見積もった。しかし、北朝鮮軍が抵抗した場合は、特殊部隊の投入などが不可欠となり、必要な兵力はイラク駐留米軍の3倍以上に膨れあがると試算、「韓国と米国だけで対応するのは不可能」と結論づけた。>

 というのだ。金総書記の病状が報道されている以上に深刻、というのはこの報告書の公表が28日であることを考えると、中国要人との会談、その写真公開を踏まえての分析だっただろうと推測するのだが、どの部分を重く見ているのか、は分からない。やはり動画の公開がなかったことが影響しているのだろうか。まさか、「替え玉」と見ているわけではないとは思うが。

 <報告書は、こうした事態に対応する方策として、米当局が有事に有効な情報を収集するため、平時から諜報活動を強化し、核交渉の段階で北朝鮮とのパイプを複数確保すべきであると提案。さらに、日本や韓国との協議のほか、危機に伴う誤解や摩擦を避けるため、中国との対話を深め、国連機関、欧州諸国、民間活動団体(NGO)との連携も強化すべきだと提言した。>

 この辺はごく当たり前の話だ。今後のシナリオが少しビックリさせる話ではある。でも、以前から想定してる米韓共同軍事計画のシナリオとどう違うのか? そのシナリオを少し強めにする、ということなのか?

 やはり、目新しいのは米韓両国だけでは対応できなくなる可能性を打ち出していることだろう。ではどうするのか、というところは書いていない。平時の中国、日本との協力強化は分かるのだが、有事にも中国に協力させたい、というのが裏に透けて見える本音なのだろうか? そんなことが可能なのだろうか? 米中の思惑が一致することはありうるとは思うのだが。

 産経新聞1月31日朝刊国際面メモに<米「金総書記回復、権力を掌握」>という見出しの記事が載っていた。ワシントン支局の有元隆志特派員の記事で、米情報関係当局の話だ。29日、「数ヶ月前は悪かったが、現時点で健康問題が総書記の政治的立場に影響を与えていないようだ。金総書記は権力を掌握しており、政権の主要な決定を行っているようだ」とロイター通信に語った、という。

 こっちのほうが本当くさい、と思うのだが。

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かんぽの宿「売却凍結」では済まないゾ、西川善文社長!~1月30日各紙朝刊から

 「かんぽの宿」問題が一歩進んだのかどうか、何しろ動きが出てきた。西川善文・日本郵政社長が1月29日に記者会見を開き、かんぽの宿のオリックス不動産への売却を一時凍結する、と語ったというのだ。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞は1月30日朝刊1面トップで大きく扱った。

 日経新聞は3面トップでほぼ2分の1のスペースを使って報道したが、見出しが<郵政リストラ後退>、<政治介入 経営改善遅れる>であったように、日経新聞の姿勢として西川ー宮内ラインを支持していることは明らかだ。

 朝日新聞は1面トップに加え、2面の[時時刻刻]で特集までしていたので、朝日新聞を中心に見ていこう。

 1月29日の動き自体は西川氏の記者会見と、それに対する鳩山邦夫総務相のコメントだけ。あとは今までの経緯を長々と書いているのだが、その中で少しずつ新しい数字などが出てきている。

 西川社長の記者会見の内容は次のようなものだったらしい。

▽「譲渡案をひとまず横に置き、この問題を原点に立ち戻って検討する」

▽「(契約に)疑いを持たれることは全くない。契約の白紙撤回ではない。(ただ、総務相の)認可が得られない限り、(売却は)実現できない。指摘を真摯に受け止め、選択肢を広げながら、譲渡方法を考える」

▽(日本郵政は近く会計士や不動産鑑定士、弁護士など第三者で構成する検討委員会を立ち上げ)「原点に立ち返り、オリックス不動産への売却案も含めて検討してもらう。かんぽの宿や不動産譲渡のあり方についても専門家が検証する」

▽(オリックス不動産への売却に不正があったのでは、と問われて、声を荒げて)「不正はなかったと断言しますよ。公明正大な手続きに従って、取り組んでいるわけですから」

▽(安売り批判が強まっていることについて)「私には理解できないところがある」と過去の巨額投資への批判も口にした。

 また、鳩山総務相のコメントは次のようなものだったらしい。29日夕、記者団に語ったものだ、という。

▽(断念表明は)当然だ。まだ白紙撤回ではなく、オリックスとの契約は生きている。私はまだ怒りに震え、納得していない」(産経新聞)

▽「契約は生きているという前提が分かっただけだ。相変わらず国民の理解を得られない出来レースを認めるつもりは全くない」、「これほど国民を馬鹿にした話はない」、「まだ怒りに震えておりますから、納得はしません」(朝日新聞)

 オリックスが29日出したコメントを詳しく報じたのは日経新聞。

▽「本件は日本郵政と総務省の内部問題で、当社はいち入札業者にすぎない。西川社長の『大臣に了解を得るべく努力する』というコメントもあり、引き続きお待ちするしかない」

 余裕綽々なのか、何とも白々しいコメントである。

 日経新聞が29日の西川記者会見、鳩山コメントを含めて両社の主張対比表を掲載していた。分かりやすいので写しておこう。

 <かんぽの宿売却をめぐる日本郵政と総務相の主張>のタイトルだ。

◆なぜ今なのか?      

鳩山)「現在の景気、経済情勢をみれば、焦って売るのはどうなのか」

西川)「赤字事業なのでできるだけ早く売却したい」

◆なぜ一括なのか?

鳩山)「地元資本に買って頂いて、地元と一緒に経営するのがよい」

西川)「一件一件譲渡するとコストがかかる。雇用も確保できるのか」

◆なぜオリックスなのか?

鳩山)「宮内会長は郵政民営化の議論をした。出来レースと受け取られる」

西川)「公明正大な手続き。疑いをもたれることはない」

◆売却額が安すぎないか?

鳩山)「(建設に)2400億円かかったかんぽの宿がなぜ100億円なのか」

西川)「民営化時の評価額は126億円。負債を引いた純資産額を上回る」

 毎日新聞は30日朝刊経済面<検討委で時間稼ぎ/西川社長、公正さに自信>でこう書いている。

 <国会で09年度予算が成立すれば4月にも解散・総選挙の可能性がある。政権交代の可能性も慎重に見据え、(新設する第三者による)委員会での調査で時間稼ぎをしながら、鳩山総務相の交代を待つ狙いもあるとみられる。>

 <国会で与野党がかんぽの宿問題を追及しようとする動きもあり、政局をにらみながら、駆け引きが続きそうだ。>

 これが西川社長と宮内氏の本音なのか。余りにも姑息で汚いやり方だ。ただ、彼らが勘違いしているのは、民主党政権になれば連立与党の国民新党の主張を取り入れて、小泉郵政改革のある程度の見直しは必至だ、ということだ。小沢政権になれば、めくら判を押すと考えているとしたら大きな間違いだろう。それにしても毎日新聞はなんでもかんでも「政局」に結び付けて書くことが得意だなぁ。

 西川社長は施設の個別譲渡について29日の記者会見で「個別譲渡は不利ではないか」と語った、と毎日新聞経済面にあった。この前提は崩していないわけだ。ここをどう見るか、もポイントかもしれない。

 いよいよ、この問題についての麻生太郎首相の発言が紙面化され始めた。29日に首相官邸で記者団に語った、という。

▽「経緯を全然知らない。鳩山総務相に聞いてください。このくらいだという公正な評価があると思うので、その評価に堪えることが肝心だ」(日経新聞)

 朝日新聞によると、

 <麻生内閣では山口俊一首相補佐官ら郵政民営化の反対組が政権中枢に入り、麻生首相自身も昨年11月、10年度から始まる郵政会社の株式売却について「凍結した方がいい」と語り、波紋を呼んだ。鳩山氏も昨年末、福岡市内の郵政事業会社を視察した際、郵政民営化の見直しに触れたら改革の後退だと言うが、冗談じゃない」と見直しに前向きな姿勢を強調した。>

 という。

 日経新聞は

 <自民党議員の多くは様子見の姿勢だ。「総務相のスタンドプレー」との冷ややかな声も少なくない。ただ、郵政民営化法案に反対した造反議員を中心に、西川社長の経営手法や小泉政権で規制改革を推進した宮内氏への不満は根強い。「世論は鳩山氏を支持する声が多い。日本郵政はいったん売却を白紙撤回し、誰にも疑われない形で再入札すべきだ」(参院幹部)などの意見もある。>

 と与党内の見方を伝えている。朝日新聞が

 <鳩山氏側も「与野党ともに敵は日本郵政とオリックス」(鳩山氏周辺)と、野党との「共闘」を視野に入れる。>

 と書くように、国会でどのような展開になるのか、が焦点だろう。以前「宮内氏、参考人招致」とこのブログで予告しておいたが、あまりに動きが遅いのでイライラしていたが、ようやく与野党そろっての動きが始まるかもしれない。

 思いがけなかったのは、東京新聞30日付社説<かんぽの宿/譲渡の不透明さ晴らせ>だった。東京新聞のこの日の扱い自体、3面2番手と他紙に比べて異様に小さかったので、どうしたのか、と思っていたのだが、毎日新聞社説に続いて日本郵政に疑義を呈していた。朝日新聞の論説委員も経のツッパリをせずに、宗旨替えをしたらどうだろう。

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2009年1月29日 (木)

1998年7~12月の日銀金融政策決定会合議事録公開~日経新聞1月29日朝刊から

 日銀は1月28日、1998年7~12月に開かれた金融政策決定会合の詳細な議事録を公開した。日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻した最悪の時期に政策決定会合で何が話し合われ、どのような経緯で決定がなされたのか、の全容が明らかになったわけだ。

 別面を取って詳細に報道したのは日経新聞だけだったのは意外だった。今の米国のオバマ政権とFRBがやろうとしている政策は、この日銀と政府が失敗した政策を反面教師にしている、という。

 クルーグマン氏がインタビューで語ったように当時、バーナンキFRB議長はプリンストン大学で研究生活を送っており、プリンストン大学経済学部教授グループが一生懸命研究していたのが日本のバブル崩壊だった、と言っている。バーナンキ氏は大学時代から大恐慌の研究でも有名だった。大恐慌と日本の「失われた10年」の経験を生かした政策が米国でスピーディーに施行されれば、日本の二の舞いにはならないかもしれない、と期待されるのだが、そのバーナンキグループが研究素材に使っていたのと、おそらく同程度の資料が一般日本国民に初めて公開されたのだと思う。そういう意味でも貴重な資料だと思う。

 「もう10年も前の話だから」というので、別面を取らなかったとしたら、それは各新聞社の見識を問われるのではないか、と思う。日本だって自国の10年前の苦い経験を研究し尽くして、今回の世界不況への対処法を決めなければならないのだから。

 日経新聞1月29日朝刊6面(特集面)の見出しは

 <金融破綻ドミノ緊迫/速水総裁「市場もたない」/利下げ決断、企業金融支援>、

 <2日で20円急騰「尋常でない」/円安か円高か 割れる立場>、

 <長期金利「そんなに上がったのか」/ゼロ金利促す要因に>、

 <「壊れたエンジンに油」/量的緩和で活発な論争>、

 <「公的資金を」長銀国有化/不良債権「警戒解けず」>

 である。各人の発言を紹介する前に、紙面に付録としてついている年表を写しておこう。

[1998年前後の主な出来事]

1997年11月3日 三洋証券が会社更生法申請

       17日 北海道拓殖銀行が破綻

       24日 山一証券が破綻

1998年1月16日 日銀、初の金融政策決定会合を開催

     3月11日 日銀幹部の接待汚職で松下康雄総裁が辞意表明

       20日 速水優氏が日銀総裁に就任

      4月1日 新日銀法が施行される

       24日 政府、総額16兆円超の総合経済対策を決定

      6月26日 長銀が住友信託銀行との合併交渉入りを発表

      8月17日 ロシア、通貨の実質切下げや民間の対外債務支払い凍結を発表

      9月9日 日銀、3年ぶり利下げ

      10月7-8日 円相場、対ドルで2日間で20円近く急騰

      10月12日 金融機能再生緊急措置法など金融再生関連法が成立

         16日 金融機能早期健全化緊急措置法が成立

         23日 日本長期信用銀行の国有化決定

      11月13日 日銀、銀行向け臨時貸出制度創設など企業金融支援策を決定

         16日 政府、総額23兆円の緊急経済対策を決定

      12月13日 日本債券信用銀行の国有化決定

1999年2月12日 日銀、「ゼロ金利政策」を導入

 以上が参考年表である。

 こうして並べてみただけで、当時の混乱した状況が甦るようだ。

 では、紙面化された発言の中から興味深いものをピックアップしてメモしておこう。

◆1998年7月16日決定会合

▽武富委員「壊れたエンジンに一生懸命油を注ぐようなもの」(量的緩和に疑問を呈す)

▽植田和男委員「コマーシャルペーパー(CP)や社債などの買い取りと組み合わせればある程度のアナウンスメント効果、あるいは人々の期待にプラスの効果を与えられるのではないか」

◆1998年8月11日の決定会合

(円相場が1㌦=147円と7年10カ月ぶりの円安になった日)

▽武富委員「円安は経済にプラスとの意見があるが、臨界点以降はむしろ(原材料の)コスト高になり、収益悪化要因だ」

▽後藤委員「(為替)介入を行った場合に、直後に金融緩和を実施しがたくなる。しかし、日本経済を立ち直らせることを優先すべきだ」

▽中原委員(利下げを主張しながら)「利下げがただちに円安につながるということもない」

◆1998年9月9日の決定会合

(金融機関の不良債権の額がどんどん増え、銀行の株価下落、邦銀向けの上乗せ金利いわゆるジャパン・プレミアム問題の深刻化、機械受注の悪化などの数字が報告された。8月17日にルーブル切り下げに追い込まれたロシアの金融危機が市場の混乱に拍車をかけ、円の対ドル相場は1カ月で15円も円高となっていた。この日、3年ぶりの利下げを決定した。反対は後にお茶の水女子大教授になる篠塚委員だけだった。

▽植田和男委員「デフレ圧力は強まりつつあり、加速するリスクもある」

▽篠塚英子委員「今までにない最も悪い数字」

▽藤原作弥副総裁「先月(8月)末の動揺した状況下では、臨時政策委員会の開催も予想されたかもしれない」(金融緩和の検討の必要性をにじませる)

速水総裁「大銀行19行ですら、デフォルトを起こしかねないという、考えられもしなかったことが現実化しつつある。景気や物価が下振れするリスクはかなり高まってきている」

後藤康雄委員「金融機関にも不良債権処理あるいは金融業界のリストラ、再編に力を振り絞ってほしいと呼びかける必要がある」

三木利夫委員「個別金融機関の貸し渋り行動が、企業をさらに一歩、デフレスパイラルの谷に向かわせている懸念がある」

速水総裁「資金量20兆円もの大銀行がつぶれたケースは過去にあまりないわけで、つぶれるような事態になれば、その連鎖反応は相当大きい。ドミノ現象のような状態が起きることは間違いない」(長銀破綻を懸念して)

植田和男委員「(大手)19銀行のうち従来は中位行とされてきた先も、資金繰りでかなり問題が生じつつある」

速水総裁「破綻前に(公的資金を)注入することによって、合併などの金融再編を進め、時間がたてば生き返ってくるようにすることが必要だ」

◆1998年9月24日の決定会合

中原伸之委員「邦銀は海外で全くドルが取れず、海外資産を縮小している。(会合に出席していた谷垣禎一大蔵政務次官に)政府は外為特別会計によるドル資金繰り支援をしてほしい」

速水総裁「長銀の処理のみでことが済むものではない」

▽藤原副総裁「(金融機関の)再編成のビジョンを政府が示すことも必要だ」

◆1998年10月13日の決定会合

(10月7、8日の2日間で円相場は20円も急騰。会合直前に1㌦=111円台まで上昇した)

▽藤原副総裁「尋常の理屈では判断できない面があり、戸惑うばかりである」

三木委員「一部の投機筋の動きで(企業の)努力の結果が消えてしまって良いのか。何らかの資本取引の規制で対応すべきではないか」(三木委員は新日鉄出身。もの作りの現場の皮膚感覚をそのまま発言している感じだ。)

◆1998年11月27日決定会合

中原委員「デフレと戦う決意をより具体的にする必要がある」(消費者物価指数をゼロ%にまで上昇させる、という目的で0.1%利下げするように提案した。いわゆるインフレターゲット論者である)

速水総裁「物価の安定は日銀として当然の義務。中原委員案のように(物価を照準とすることへの)言及の必要はない」山口副総裁も慎重論で、インフレターゲット論はボツになった)

◆1998年12月15日の決定会合

(10月12日に与野党の妥協で政府が株式を取得して公的管理を可能にする金融再生法がようやく成立した。長銀は同法に基づき23日に破綻認定され、一時国有化された。その5日後の決定会合では国有化決定と同時に日銀が預金保険機構を通じて長銀に供給した3兆円について若干の議論が交わされただけだった。破綻は規定路線になっていた。だが、12月13日に日本債券信用銀行も一時国有化された。

篠塚委員「残された金融機関がこの処理パターンを見て、より厳しく資金を回収する結果、企業の資金調達がさらに苦しくなるのではないか」

三木利夫委員「インターバンク市場は個別行の信用リスクに目を光らせており、大手17行の資金繰り動向を慎重に見ていかねばならない。(ゼネコン業界をめぐり)再建計画の内容が再び不良債権処理の先送りになるのではないかと懸念される先があるし、まだ再建策の見えないゼネコンもある。警戒を解ける状態ではない」

中原委員「明年度にかけてはデフレ色が一段と強まる中で構造調整を行うという胸突き八丁に来ると思う。金融も再編成は勿論として、ハードランディングも覚悟しなければならないと判断している」

速水総裁「通貨が強いことは国益に反するものではない。中央銀行の立場として(円が)強めになるのを歓迎しない姿勢をとりたくない」(円高脅威論を展開する委員らに対し、速水総裁が堂々と論じる)

山口副総裁「生産性の上昇を背景にした円高は結構だと思うが、常に円高が良いとはなかなかいかない」(この速水総裁への反論は経済界の大勢でもあり、マスメディアもこの論一色に染まっていく)

▽中原委員「(長期金利が)昨日はどの程度上昇したのか」。事務局が「昨日は0.1%程度」と答えると、中原委員は「そんなに上がったのか」(会合前日には長期金利は1.28%になっていた)

▽三木委員「(金利上昇が)さらに進むようだと問題。いかなる対応が有効かを検討しておく必要があるのでは」

 ざっと写してみた。

 日銀の中というか、学者や政府部内で評判の悪い速水総裁だが、見識を持っているのだなぁ、と驚いた。

 「円高は日本にとって悪くない」という発言だ。中央銀行総裁として当然かもしれないが、その後のいい加減でゼロ金利ばかりやっていた総裁を見てしまった後では、速水氏が立派に見える。

 ただ、結果的には速水路線は間違いだった、失敗だったと総括され、クルーグマン流に言えば、思い切って限界なしにジャブジャブに流動性を市場に供給し、政府はどんなに無駄になってもいいから公共事業に財政支出すればよかったのかもしれない。

 しかし、それは結果論であるうえに、日本人には向かない政策だったのではなかったのか、とも思う。倫理の秩序を滅茶苦茶にする政策だからだ。コツコツと働いてきた人は恵まれず、はしっこい金目当てのバブル屋だけが懐が温まる政策がいい政策のはずがない、と思うからだ。

 だから、今回の世界不況への対応策でも、クルーグマン氏やリチャード・クー氏の政策がリーズナブルであることは頭では理解しても、その悪影響をどう防ぐかを政治家が本気で考えながら進めないと、取り返しのつかないことになりはしないか、とも懸念するのだ。

 今回の公開で、愚図とかダメな奴と言われていた速水総裁がこのような信条・見識に基づいてものごとを判断していたことを知ることができてうれしかった。

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「かんぽの宿」譲渡は外資ファンドのバルクセールの手口~東京新聞1月29日朝刊から

 東京新聞1月29日朝刊[ニュースの追跡]で「かんぽの宿」を取り上げていた。今までに各紙が書いていることとほぼ同じ内容なのだが、新しい点は上田清二・埼玉県知事と、「サラリーマン政商―宮内義彦の光と影」の著者のノンフィクションライター、森功さんの談話くらいなのだが、その二つの談話が面白いので、メモしておく。

 まず上田清二・埼玉県知事だが、27日に話を聞いた、という。こう激怒した、と書いている。

 <「新都心の賑わいづくりのため、他のビルの方々にも協力していただいているのに相談なし。地域を無視している。売るとなれば、150億円の価値があるかも。(一括譲渡の狙いは)ラフレにかんぽの宿をつけたのでは」。ちなみに一括譲渡の落札額は109億円だった。>

 <日本郵政のファイナンシャルアドバイザー、メリルリンチ日本証券は一括譲渡方式を提案。これに沿い、日本郵政は昨年4月、入札者を募集し、2回の入札を経て昨年12月、オリックス不動産が落札した。ただ、日本郵政の株式は政府が100%保有しており、かんぽの宿は国民の共有物だ。譲渡には総務相の認可が必要だが今年1月、鳩山総務相は「国民に出来レースと受け取られる」と待ったをかけ、さらに野党も追及姿勢を強めている。>

 このメリルリンチ選択の経緯が一つの鍵なのではないか。メリルリンチならば一括譲渡案を作成すると分かっていて、メリルリンチに依頼した疑いは消えない。

 <宮内氏は竹中平蔵元総務相と並ぶ小泉構造改革のけん引役で、日本郵政の西川善文社長(元住友銀行頭取)は竹中氏の肝いりで就任している。>

 そうかぁ、西川氏は竹中人脈なのか。謎の一つが解けそうだ。つまり、グルだった、と考えれば納得がいくだろう。

 <宮内氏側は郵政民営化は規制改革会議のテーマではないと不快感を示しているが、「サラリーマン政商―宮内義彦の光と影」の著書があるノンフィクションライター、森功氏は「郵政民営化は小泉氏の悲願。同じ考えでも口を挟む必要がなかっただけでは」と話す。>

 として、森氏の

 <「今回の売却は銀行から不良債権を一括し安く買い叩き、個別に回収するバルクセールと呼ばれる外資ファンドが使う手法を駆使してきた。現在の金融破綻は市場原理主義に則った規制緩和の結末。原理主義者だから行き過ぎたともいえる。規制緩和すべてを否定はしない。が、今回の問題を機に立ち止まって考えることは必要だ。>

 という談話を紹介している。

 森氏の考え方に賛成だ。

 規制緩和すべてが「悪」ではない。必要のない既成を残存しておくことは、無駄な公務員にただ飯を食わせることでもあるし、既得権益を貪る層だけに利益を回す、という政治・官僚・業界の「鉄の三角形」維持のためのシステムとなっている。

 何度も書いているように、社会的規制を安易に緩和、撤廃することには反対だ。労働規制の緩和がいい例だ。しかし、例えば大型店舗進出を安易に規制すれば、日本は流通業で致命的な遅れを取るだろう。商店街は専門分野に特化した店に転換しなければならないのだ。そこに競争原理を入れるのは賛成だ。だが、その際にセーフティーネットを完備し、倒産する店の家族を一家心中から救わなければ政治とはいえない。

 何か、中曽根政権以来、規制緩和という言葉が内要の吟味もないままにアプリオリに「善」とされてきたきらいがあるのも事実である。

 確かに今回はいい機会である。立ち止まって考える必要がある。まずは一括譲渡をやめるところから始めてもらいたい。

 前にも書いたが、これだけのおかしな点が出てきたのだから、各社の論説委員も前に書いた社説を修正する社説を書いたらどうだろう。「契約をしたからおしまいだ」では警察はいらない。

 東京新聞も書いているけれども、1月28日の民主党のヒアリングに対しても日本郵政は施設ごとの資産評価額などの情報開示を拒んだ、という。こういう不明朗な手続きのままで「契約は終了しているのだから」では済まないと思う。

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麻生施政方針演説批判の社説が見落としていること~1月28日各紙から

 1月28日各紙朝刊を見て、半分は「こんなものだろうなぁ」と思いつつ、「それにしても」と呆れてしまった。麻生太郎首相と閣僚が27日に行った政府4演説をどう見るか、の論調である。今までの麻生首相の不甲斐ない姿をテレビでいやというほど見せ付けられている一般国民は辛口の批評にスカッと満足しただろうか? そうではないと思う。よく「国民は国民にあったトップしか得られない」と言うが、この場合、麻生批判とは日本国民批判でもある、という視点が筆者にあったのだろうか? 私は個人的には早急に衆院を解散し、総選挙で一日も早く民主党政権ができることが日本の最大の景気対策だ、と思っているのだが、それにしても、麻生批判と政府4演説批判を安易に混同し、東京新聞特報面のように「オバマは素晴らしい、麻生は馬鹿だ」といわんばかりの記事を見せ付けられると「違うんじゃないか」と言いたくなるのだ。

 その東京新聞1月29日朝刊[こちら特報部 日米演説の落差~政治を変える言葉の力]から見てみよう。右面と左面の見出しを比較して列挙する。

      右面                    左面

オバマ大統領 一人一人引き込む  麻生首相 組織が作るから没個性的

心打つ哲学示す             自己チューで総花的

冷静、リズム良く、間も絶妙      聴衆が何を求めているか ソニー創業者2氏がお手本

 思い込みで見出しを付けている、としか思えないような見出しが並ぶ。オバマ氏は「善」で麻生氏は「悪」と言わんばかりの二元論である。

 今読んでいる「大平正芳 『戦後保守』とは何か」(福永文夫著、中公新書、2008年12月20日発行、税込み882円)には池田勇人内閣を支えた前尾繁三郎、大平正芳、宮沢喜一3氏に共通する「保守主義」に対する見方を①保守主義は過去との連続性を保ち伝統と秩序を尊重し、その中でできるだけ徐々に不安と混乱を少なくして創造と進歩を目指す立場である②秩序を伴った自由と政治的平等を尊重する保守主義は、当然議会主義、民主主義を擁護し、常識と体験の上に立った中庸の道を歩む③古いというイメージを持たれる保守主義ではあるが、あくまで筋を通して、行政と立法の限界を十分考えながら合理主義に徹する――だった、と書いている。

大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書) 大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書)

著者:福永 文夫
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 大平正芳氏は政治に百点満点を求めてはいけない、やはり60点とか65点とかをとれば、まずまずじゃないか、という信念で政治に臨んだ、という。

 飯尾潤氏が「日本の統治構造~官僚内閣制から議院内閣制へ」(中公新書、2007年7月25日発行、税込み840円)で書いているように、今の日本の政治構造はまだまだ官僚支配が続いており、政治化主導でコースを変える、日本の針路を急カーブさせる構造にはなっていない。その中で歴代首相は官僚とうまくつきあったり(代表は田中角栄、竹下登両氏だろう)、官僚を脅したり(代表は佐藤栄作、中曽根康弘両氏だろう)しながら、何とか首相の求心力を増そうとしてきた。

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書) 日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

著者:飯尾 潤
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 緊急避難的に首相になった麻生首相は党内の磐石の基盤もない。少数派閥の長というだけで、求心力はない。政治手法も粗い。欠点は山ほどある。それはテレビのニュースやワイドショーがつぶさに報じるとおりだ。

 しかじ、残念ながら日本国民である私たちが麻生太郎というような人物しか総理大臣にもてない、というのも現実である。そういう政治構造の中で生まれた政権なのだ。限界があることは誰もが十分に知っている。その限界、つまり麻生首相が実現可能な政策をどれだけ提示し、それをやり遂げるという強い決意があるかどうかをまずは見るべきではないか、と思うのだ。

 そして、米国の大統領就任演説と日本の総理大臣の国会施政方針演説の違いである。

 オバマ氏は就任演説で夢を語ることができた。米国大統領はオバマ氏だけでなく、ニクソン氏にしてもカーター氏にしてもレーガン氏にしても夢を語った。そして、就任当初の100日間は少なくともマスメディアは政権批判を手控えてきた、という「100日ルール」が暗黙のうちに定着している。つまり、オバマ氏は熱狂の中で選ばれた黒人大統領という人気者である自分から国民の熱を冷まし、現実の政治を始めるにあたっての理念をもう一度、演説で語ったに過ぎない。

 具体的な政策など語っていないのだ。ビッグ3を救済するのか、個別企業に国家資金を投入するのか、ドルを今後どうするのか、保護貿易の誘惑にどのように立ち向かうのか、などは今後出てくる話である。

 テレビの視聴率だけで話が終われば世話はない。ナチスのヒトラーだって人気者で、当時のワイマール共和国の腐敗・不正を断ち切り、真実のドイツ、強いドイツに回帰したいという国民の民主的な力で政権に就いたのだ。

 人気者は危ない。

 小泉純一郎元首相の再評価が盛んだ。今になって悪口ばかり言う人も出てきたが、小泉氏が市場原理主義者でなかったことはよく知っている。話下手だから、誤解を受けやすい人だった。自分で考えたのかブレーンが考えたのか、小泉構造改革の成果は誇っていい部分もたくさんある、とは思う。ただ、小渕恵三元首相がかねて言っていたように「雇用のミスマッチ」など、改革途上の必然的な痛みにどう対処するか、という大事な部分で弱い人たちの真の姿を見ていなかったのではないか、という疑念は付き纏う。

 「アーウー」と言っていた大平正芳氏が実は能弁な政治家だ、というのも、時間がたってから評価される。共産党の不和哲三氏が「演説や答弁からアーとウーを取り去ると、論理的な文章になっている」という趣旨の文を書いているが、大平氏は言葉を大切にした政治家だった、と今になって再評価されているのだ。

 20年後、30年後、オバマ氏が「ペラペラと燃えるかんな屑のような男」(女性政治家による中曽根康弘評)と言われないという保証はない。また、麻生首相の発言が案外まともだった、と再評価される時代が来ないとも限らないのだ。テレビのワイドショーで「麻生はダメだ」と「みんなが言っている」から、その時流に乗って麻生氏を取りあえず批判しておこう、というようなためにする批判はやめたほうがいい、と思う。

 東京新聞の見開き2ページは見苦しいほどにオバマ氏の演説を褒め上げ、麻生氏の演説をけなしているが、この筆者たちは本当に麻生演説を読んだのだろうか? 麻生演説は、その言葉遣いや内容とも、オバマ演説によく似ているのだ。朝日新聞社説はそれに一言だけ触れたものの、積極評価はしていない。東京新聞は社説も[こちら特報部]もオバマ氏との比較論に終始して、麻生馬鹿者論を展開する。何故なのだろうか? 演説を読んでいないのではないか、という疑念すらわいてしまう。

◆朝日、毎日、東京の社説と読売、日経、産経の社説のコントラスト

 [こちら特報部]は世の中の現象をすがめで見れば、というコンセプトの面だからある程度仕方ないのか、と諦めたのだが、驚いたのは朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の社説だった。

 ここでも東京新聞社説<麻生演説/響かぬ「国民とともに」>だけは、結びで、

 <オバマ米大統領縁演説のようには聴く側の胸を打たなかったのは、国民の信任を得ていないことも関係しているのではないだろうか。>

 とオバマ演説と麻生演説の単純比較をしていた。面白がっている、としか思えない。さすがに朝日新聞と毎日新聞はそんな世間受けだけを狙ったような単純比較はしておらず、その意味では社説の品格は守れたのだろうが、内容が劣悪だった。

 「オバマ米大統領の演説を思い起こさせる」と一言書いていた朝日新聞社説は<麻生演説/信なき人の言葉の軽さ>で麻生首相の決意表明に対し「その言やよし」としながら、「では、衆参で多数派が異なる国会のねじれをどう克服して結論を出すつもりなのか」と切り込み、

 <首相の言葉がいま一つ胸に迫ってこないのは、信任の問題、つまり総選挙から逃げているからだ。まして小泉時代に得られた与党の議席数を使って押し通すというのでは、著しく説得力を欠く。>

 と結んでいる。

 毎日新聞社説<施政方針演説/「麻生シナリオ」がうつろに響く>も東京新聞、朝日新聞と同じトーンであり、いただけなかった。結びの言葉は東京、朝日とほぼ同じだ。

 <衆院選による首相自身への信任がやはり必要だ。民意の裏付けなきスピーチは、うつろに響くばかりである。>

 政治的正統性の問題、ハーバーマスが研究した領域の問題である。それはそうだ、そうなのだ。

 「だが、しかし」と言いたい。

 私だって早く解散してほしい。というか、追い込めない民主党を不甲斐なく思う。

 しかし、日本国憲法に規定された三権分立の規定の中で総理大臣は内閣不信任案が可決しなければ辞任しなくていいのだ。内閣不信任案が可決することは、今のように自公連立政権だけで衆院の3分の2を占めている現状ではほぼありえないだろう。いくら「政界一寸先は闇」とは言っても、解散総選挙が怖くて仕方ない自民党議員が大挙して内閣不信任案に賛成することはほぼ考えられない。

 となれば、4月までか9月までかはしらないが、麻生政権とお付き合いしなければならないのは日本国民の宿命なのだ。逆に言えば小泉純一郎氏のテレポリティクスに踊ってしまったマスメディアと国民の責任なのだ。3代続いて政治的信任を受けていない内閣が続くことも日本国憲法が想定している範囲内の事態なのだ。

 この辺を冷静に考えた時、メディアは実現可能性のほとんどない「早期解散せよ」だけ叫んでいても始まらないのではないか。例えば9月までまだ半年以上の時間がある。その間にスピードが大事といわれている大不況対策をどう進めるのか、麻生首相のリーダーシップを期待しながら、この半年に限った短期対策を野党も協力して遂行するように力づけるのが先ではないか。

 つまり、乱暴な比喩を言えば、60年安保後の社会党が「米軍基地反対」「自衛隊反対」で、いずれも憲法違反だという入り口論に終始し、国会で安全保障論争ができずに、日本政治の安全保障面の論争が深まらなかった時代が長かった。自民党分裂、細川連立政権への社会党参加、自社連立政権成立という過程を経て社会党が消滅して、ようやく安保論争は入り口論ではない個別具体論に移れた。「失われた10年」ならぬ、1960年からの「失われた30年」が日本の政治をどれだけ歪にしたか。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞が入り口論で突っ張っている姿を見ると、その30年間の思いが甦るようだ。

 そう思いながら、読売新聞、日経新聞、産経新聞の社説を読んだら、こちらは麻生演説の内容を評価すべき部分は評価し、批判すべきは批判する、という是々非々の態度を貫いた立派な社説だった。

 産経新聞1面<首相施政方針演説 新しい秩序創りへ決意/虚飾排し矜持問う/「次の一手」明確に示せず>の石橋文登記者の解説が読ませた。

 <総文字数は8467字で、義父の鈴木善幸首相が昭和57年(1982年)の第96回通常国会で行った施政方針演説(約7400字)に次ぐ短さ。定番となっていた格言の引用もない。衆院選を意識し、民主党への挑発的な文言をちりばめた昨年9月の所信表明演説とは対照的な演説となった。>

 とあるだけでなく、

 <首相は、演説に並々ならぬ思い入れがあった。昨年末から構想をひそかに練り、前半の「目指すべき社会」は首相一人で起草し、推敲を続けたという。>

 として、首相が最も訴えたかったのは①日本人の矜持②真の保守だ、と解説している。「日本人の矜持」については、首相は日本の現状を「幕末~明治維新」「敗戦と戦後改革」に続く「3度目の変革期」と位置づけ「試練を乗り越えたときに人は成長し、混乱を乗り越えたときに社会は進歩する。危機は飛躍するための好機だ」と断じたが、それは

 <明治の元勲で高祖父の大久保利通、サンフランシスコ講和条約で日本の独立を果たした祖父で元首相の吉田茂と自らを重ねたのかもしれない。>

 とあったのには、「なるほど」と思った。麻生首相の心象風景である。大久保利通など、私たちにとれば古臭い薩摩閥の元凶、内務省をつくった男で、日本の官僚制の元祖くらいにしか思わないが、麻生氏は自分の近い先祖だ、と思っていあるのではないか、というのだ。そして吉田茂。つまり、2人とも先の二つの大変革の主人公だったので、自分も「第三の改革」で主人公としてやり遂げるのだ、という思いがあふれている、ということだろう。

 なぜめげないのか、なぜいつも前向きなのか、の一つの説明になっている。

 また、「真の保守」について麻生首相は「よき伝統を守り発展させるために改革する」ことが必要で、「新しい秩序創り」に着手するには「真の保守」の精神を貫かなければならない、と考えているのではないか、と見る。

 キーワードとしては「経済的繁栄と民主主義を希求する先に平和と幸福が必ず勝ち取れる」で、国民に「意思と覚悟」を求める、と。

 いい解説だと思うのだが、みのもんたさんらは無視するだろうなぁ。

 社説も産経新聞<施政方針演説/「国のかたち」を論じ合え>、読売新聞<施政方針演説/「政府の役割」を着実に果たせ>、日経新聞<首相は百年に一度の危機への構想を示せ>と、具体的な内容に立ち入っている。公明党のごり押しで定額給付金が第2次補正予算に入ったため、いかにも「バカな首相」という「アホ」イメージが付き纏うようになってしまったのかもしれないが、定額給付金部分を除いて演説を読んでみると、まともな演説だと思うし、3紙の社説はその意味では、ある程度「まとも」という前提に立ちながら、批判すべきを批判している。

 なにしろ、大不況と戦わなければならない。それにはスピードが第一だ。そして、アメリカ一国支配の終焉が見えてきた。そのため、日本は地域的防衛力を整えなければならなくなる。中国の軍拡だけでなく、今度はロシアまでがナショナリズムの発露なのか、経済的要因なのか、変な動きをし始めてきた。

 こうした動きを国会で虚心坦懐に論議してほしいし、麻生ダメ内閣にできるところまではやらせないと、本当に「日本パッシング」「日本ナッシング」論が現実になりかねない。

 各社の知性である論説委員の方々は「遊んでいる暇はないのだ」と、もう少し真剣に日本の現実と将来を見詰めて、子孫たちが日本列島に安心して住めるような方策を建議してほしい、と思う。

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2009年1月28日 (水)

クルーグマン教授の「このままでは年末に失業率9~10%」論~「Voice」2月号+読売新聞1月3日朝刊

 毎日新聞1月27日夕刊[雑誌を読む]で中西寛・京大教授(国際政治学)が「Voice」2月号の「オバマノミクスに期待する」というポール・クルーグマン米プリンストン教授のインタビューを取り上げていた。中西氏はクルーグマン氏がオバマの知性と彼の経済チームを評価していること、「セーフティーネットの拡大が必要」と言っていること、オバマが提示した医療制度改革案には基本的な問題があるので、今後の進み方によっては批判の矛先を向ける、という部分を紹介していた。

 「Voice」を読んでみた。「オバマノミクスに期待する~いまこそ日本の『失われた十年』に学べ」のタイトルで、取材・構成は国際ジャーナリストの大野和基氏とあった。これは同誌の特別企画[「オバマの米国」は立ち直るか~時代を拓く力]の一環の企画だ。大野氏によるとストックホルムで行われたノーベル賞授賞式に出席、帰国直後のクルーグマン氏と会って、単独インタビューを行ったという。

 内容は一般論が多いが、それだけにオバマ政権に対してクルーグマン教授がどう見ているのか、今のスタンス、将来の批判のありよう、など面白い話が山盛りだった。

 興味のある部分だけ書き留めておく。

▽今後、米国は輸出を増やし輸入を減らす。産業の拠点はデトロイトではなく、日系および欧州系企業が多い南部に移る。

▽今回の危機で米国が根本的に変わると思っている人は考えすぎだ。何を言っても米国は米国。

▽オバマ政権の経済政策はケインズ的なものが予想されるが、何といってもオバマ氏はそれを理解できるだけの頭のよさをもっている。ブレインとして多くの経済専門家も持っている。

▽私の試算だと失業率を1%削るのには1000億㌦必要。このままでは09年末に失業率は9%か10%になる。91兆円の景気刺激策でそれを相殺できればいいが。大切なのはスピードだ。

景気後退と戦うための政府の積極的な役割はセーフティーネットを拡大すること。1930年代は社会保障、失業保険、給料を上昇させるための交渉がサポートされ、労働運動が大きく拡大し、収入の不平等がかなり減少した。その変化をオバマ政権で見たい。社会保障が70年前に社会にもたらした役割を医療制度で果たしてほしい。景気刺激策は少なくとも米国での不平等を減少させる。

オバマ政権が保護主義に陥ることをみなが懸念している。米国が保護主義に陥れば他国もそうなる。その代償はとても大きく危険だ。オバマ政権は新しい貿易協定は結ばないだろうが、そこから後ずさりもしないだろう。

▽経済面から見れば日本はもはや摩擦の中心点ではない。中国がそうなっている。日本経済もリセッションに入った。中国も成長スピードがダウンした。いまはどの国も危機状態だ。

ヘッジファンド、投資銀行など「陰のバンキングシステム」と呼ばれたものがほとんど破綻した。言い方をかえれば従来の銀行が行うべき多くのことを証券化が担っていたということだ。今回の危機は21世紀版のハイテク金融破綻だ。

▽証券化のやりすぎだ。証券化は最初の貸し手の側にモラルハザードを引き起こす問題がある。統計的モデルにも過剰依存したが、その統計的モデルがすべて間違っていた。

▽経済が回復後も金融部門はかなり縮小される。

米国が貿易赤字を減らすのは米経済の回復にかなり助けになるが、貿易黒字を稼いでいた国が稼げなくなる。その国への影響がどうなるか。現実にはグローバルな調整という問題が出てくる。

バーナンキ、ラルス・スベンソン教授(スウェーデン)、コロンビア大学のマイケル・ウッドフォード教授は10年ほど前にプリンストン大学の経済学者グループとして日本の「失われた10年」を熱心に研究した人たちだ。今FRBを運営しているのは日本について悩んだ人たちだ。

日本が大量の抗生物質を投与していれば、つまり財政上、基本的な金融上の刺激策を行っていれば「失われた10年」を避けることができたかもしれない、というのが彼らの分析で結論だ。しかし、この1年ではっきりしたのは、我々は90年代に日本の政策に対してあまりにも手厳しかった、ということだ。

▽世界的に利下げを行っているが、それでも十分ではない。我々が向かっているのはゼロ金利という凶暴な世界だが、仮にマイナス1~2%まで下げられたら本当に助けになる。

 以上、自分で興味のあるところだけメモしておいたのだが、ニューヨーク・タイムズでクルーグマン氏のコラムをいつも読む、ということはどういうことなのだろう。つまり、日本人だったら例えば日経新聞夕刊1面の小コラムに週1回出てくるご贔屓の人のコラムを楽しみにしている、というようなものだろうか。

 もう少し長いまとまった文章だとしたら、読売新聞1→2面の週1回のコラムのようなものか?産経新聞の竹中平蔵コラムのようなものか? ノーベル賞を取ったから何かすごいという風に思うかもしれないが、そういう世俗的なことを捨象して考えれば、朝日新聞に連載していた加藤周一氏の文章のようなものか? 何かイメージがわかない。米国民はクルーグマン氏のコラムをどう受け取っているのだろうか。

 と、疑問はとどまらないのだが、大野氏は行動力のある人だと思う。忙しいノーベル賞学者にインタビューしてくるのだから。

◆読売新聞1月3日朝刊のクルーグマン・インタビュー

 以前切り抜いてそのままにしてあったクルーグマン氏のインタビューがあったので、それにも触れておこう。

元凶は規制もされずに野放しになっていた米証券会社やヘッジファンドなどによる「影の銀行システム」(同じことを言っているが「陰」ではなく「影」がいいと思う)

80年代のレーガン政権のスローガンは「政府は問題を解決しない。政府こそが問題だ」だったが、今必要なのは「政府こそが問題を解決する」だ。

▽市場経済は適度な規制を是とする哲学に回帰すべきだ。

▽バーナンキ率いるFRBは08年12月にゼロ金利政策に踏み切った。私はこれを支持する。FRBは現実を正しく認識している。

▽米国は1998年当時の日本と同じ状況、金利を上下させる通常の金融政策が効かない「流動性の罠」に陥っている。私は98年に日銀に政策目標とする物価上昇率を示す「インフレ目標」政策を採用すべきだと指摘したが、この議論も再び活発になってきた。達成できると国民に信じてもらうのは難しいが、現在の米国で実際に効果を発揮させるには「向こう10年間、物価を年4%ずつ上昇させる」くらいのインフレ目標が必要だ。(流動性の罠とは市場金利がゼロ近くになって、それ以上の金融緩和ができず、中央銀行による通常の金融政策が効かない状態)。

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2009年1月27日 (火)

ユルゲン・ハーバーマスの世界新秩序論~「世界」2月号「インタビュー 破綻のあとで」より

 ユルゲン・ハーバーマスのインタビューだ。「公共性の構造転換」の著者として有名なドイツの社会学者、哲学者、79歳。6月18日には80歳になるが、元気一杯である。岩波書店の月刊誌「世界」2月号[経済危機 どこに対案があるか]の一環として、ドイツの新聞ツァイト紙のトーマス・アスホイアー記者のインタビュー記事(翻訳は三島憲一・東京経済大学教授)を掲載していた。

 ウィキペディアから経歴を少し引用する。

 昭和4年ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。フランクフルト学派第2世代で、公共性論やコミュニケーション論の第一人者だというが、日本の戦中派と同じく、少年時代はナチス政権下。ドイツ少年団、ヒトラー・ユーゲントに入り、敗戦後のアメリカ占領下での民主主義教育が思想形成に大きな影響を与えた、といわれる。

 1959年に「公共性の構造転換」を完成し、1961年よりハイデルベルク大学教授。1964年にハーバーマスを敵視していたホルクハイマーが退いた後任としてフランクフルト大学教授。「公共性の構造転換」(未來社、 1973年/第2版、 1994年)▽ 「未来としての過去―ハーバーマスは語る」(未來社、 1992年)▽ 「事実性と妥当性―法と民主的法治国家の討議理論にかんする研究(上・下)」(未來社、 2002年)▽「他者の受容―多文化社会の政治理論に関する研究」(法政大学出版局、 2004年)▽「人間の将来とバイオエシックス」(法政大学出版局、 2004年)など著書、共著多数。

 インタビュー記事のタイトルは<破綻のあとで>。前文は、

 <国際金融システムは破綻した。民営化万能信仰は終わった。公共の福祉を担うのは市場ではなく、政治である。国際主義にもとづく世界秩序の必要性について、現代ドイツを代表する哲学者が語る。>

 ツァイト紙がつけたのか、三島教授がつけたのか、「世界」編集部がつけたのかは知らないが、五つの小見出しがついているので、その項目に従って内容をピックアップして紹介しよう。

Ⅰ 経済危機は政治に変化をもたらすか

▽(国際金融視システムの破綻で一番気にかかったのは?の質問に)最も気になるのは、あまりにも酷い社会的不公平です。システム破綻のコストを社会が支払わせられることで、社会の中で最も脆いグループの人々が一番ひどい目にあうわけですから。…グローバル化の勝ち組には属していない大多数の人々がここでもう一度支払わされるはめになるのです。しかも、その支払いは、株式所有者たちのように数字上の決済ではなく、日々の生活という厳しい現金、文字通りのハード・カレンシーでの支払いなのです。世界全体を見ても、この運命刑に襲われるのは、経済的に最も弱い国々です。まさに政治的スキャンダルです。

▽政治はデモクラシーに依拠した立法者が作る強制法に依拠すべきなのに、それをしないでただ道徳を振りかざすのでは、お笑い種もいいところです。公共の福祉を重視し、それに従って動くのは政治の役目であって、資本主義が担当することではないのですから。

▽この危機でアメリカは黒人大統領を持つことになるでしょうが、アメリカの政治文化の歴史における深い切れ目となるでしょう。この危機はヨーロッパでも政治の潮目の変化をもたらすかもしれません。こうした潮目の交替は、公共の議論のパラメーターを変えます。それとともに、どのような政治的対案が可能かという幅も変化します。

朝鮮戦争とともにニューディール政策の時代が終わりました。レーガン、サッチャー、そして冷戦の解消が始まるとともに、社会福祉国家というプログラムの時代が終わりました。そして今日、ブッシュ時代が終わり、ネオリベラルの大言壮語の吹きだしが泡のようにはじけると、クリントンおよびニュー・レーバー(英のブレア政権)の綱領も命脈が尽きました。それでは代わりに何がくるでしょうか。私が望むのはネオリベラルの綱領が額面通り受け取られなくなり、ともかく一旦看板を下ろさせて考え直そう、という風になることです。生活世界をなりふりかまわず市場の指示に服従させようというプログラムは、考え直す必要があります。

社会的不平等が拡大しても平気でいられ、不安定雇用者層の発生も、貧困児童、低賃金などなども仕方ないと見ていられるような物の考え方は、顰蹙を買うようになっています。

▽あきれられているという点では、民営化に狂奔して、国家の中心的な機能まで空洞化させるやり方も同じです。また、政治的公共圏で当面の利害を離れて論議できるわずかに残る拠点までも、配当性向の上昇を企図する金融投資家に売り飛ばしたり(南ドイツ新聞の投資家への売却の動き)、文化や教育を、景気に応じて対応の変わるスポンサーの利害や気分に委ねてしまうやり方も、その馬脚をあらわしています。

▽民主主義的な立憲国家にあっては、たとえば政治的コミュニケーションを歪めるわけにはいきません。こうした公共財は、金融投資家の配当期待などに合わせるわけにはいかないのです。主権者たる市民(国家公民)の情報に対する欲求は全国ネットの民間テレビで横行する消費用に作られたつまみ食い文化で満足させられるようなものではないのです。(これも南ドイツ新聞の話か?)

Ⅱ 資本主義の文明化

▽(質問者はハーバーマスの1973年の著書「晩期資本主義における正統化の諸問題」=岩波書店、1979年=を引いて今回の危機は「資本主義の正統性の危機ではないか」と聞く。)1989/90年以降は、資本主義の宇宙からの脱出ということは考えられません。あり得るのはただ、資本主義のダイナミズムを内側から馴致し、文明化することだけです。……重役の給料に限界をもうけるべきとの議論ですし、また黄金のパラシュート、つまり途方もない退職金やボーナスの廃止を求める声です。

▽(なぜ資本主義の暴走が始まったのか?の質問に)ケインズ型経済政策によって囲い込まれ、国民国家の枠内で統治された資本主義はOECD加盟諸国に歴史的に見て例のない高水準の生活をもたらしましたが、この型の資本主義は固定相場制の放棄(1973年)と石油危機によって早くに終わってしまいました。シカゴ学派の経済学説はすでにレーガンとサッチャーの下で、現実の暴力と化していました。そしてこれはクリントン及びニュー・レーバーの下でもそのまま継続しただけでした。…ソ連の崩壊で西側が勝ち誇り、奢り高ぶってしまったことは確かです。これが致命的でした。世界史のなかで自分たちが正しかったのだ、という気持ちは結果として誘惑の力を強めてしまいました。こうして一個の学説であったものが世界観にまで膨れ上がり、生活のあらゆる領域に浸透してしまったのです。

▽イラク侵攻の下敷きになった2002年のブッシュ・ドクトリン以来、市場原理主義という社会ダーウィニズムは、社会政策の分野だけでなく、外交政策においてもその力を振るうようになったのです。

Ⅲ 「世界内政」への道

▽90年代に私にはっきりしてきたことがあります。それは、市場が国家を超えて伸びていく変化に政治的行為能力が超国家的な次元で追いついて伸びて行かなければならないということです。……父ブッシュの「世界新秩序」のスローガンは二律背反的ではあってもその方向に進むと見られたが、クリントンの時に中断してしまいました。

▽近代の初頭以来、政治的共同体のメンバー間の連帯関係の網が切れないようにするために、市場と政治のバランスをそのつど新たにとる必要が何度も何度も生じてきました。市場と政治がそれぞれ依拠している原則は正反対なので、資本主義と民主主義の間の緊張関係はやむことがありません。

▽近年のグローバル化の圧力の後でも複雑化したネットワークの中で解放され脱中心化された機会決定の流れは規制を必要としています。そしてこの規制は利害の普遍化という政治的手続きを事態に応じて拡大していかない限り、作り出すことはできません。

これから国民国家は、自分たちの利益に適うためにも、国際社会の一員であるという自覚をどんどん高めて行かねばならないでしょう。これこそはこれから数十年の間に達成すべき最も困難な課題です。

Ⅳ EU共通の経済政策を可能にしたもの

Ⅴアメリカ新大統領への期待

 ⅣとⅤはEU域内での方法論について語った部分が多いので省略する。

 80歳直前のハーバーマス氏の発言を聞いて思うのは、グローバリズムの脅威にどう対応するか、主権国家つまり近代主義がグローバリズムとどう折り合いをつけるのか、という深い悩みがこの先まだまだ横たわっていて「今後数十年は」その課題に忙殺されそうだ、ということである。

 国民国家という原点をもう一度見詰め直すことが今の日本の指導者たちにとっては必要だ、と思うのだが、すべて国民国家の中で完結できない、というよりも、国際的な資金の流れの中で国民経済を運営していかねばならないだけに、国家指導者には今まで以上の経綸が必要になる、ということだろうか。

 それにしても、ドイツの新聞記者はズバリ、聞きにくいことを聞くものだ。質問を見ていると、「あなたの理想論は分かるが、現実には対処できない」とかどんどんと突っ込みを入れていた。インタビューは本来、こういうものでなければならないのであろう、と思う。

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橋本治のゴミ屋敷物語が秀逸らしい~1月27日読売新聞朝刊、26日毎日新聞夕刊文化欄から

 「新潮」1月号の橋本治「巡礼」が面白いらしい。まだ本物を読んでおらず、2紙の文芸時評を読んだだけなのだが、テレビのワイドショーの格好の話題となっている「ゴミ屋敷」の主人公である老人たちの心象風景を想像を膨らませて書いた庶民の近代史となっている、というのだ。

 小説の内容を簡潔にまとめていたのが読売新聞の[2009文学1月]の文化部・山内則史記者だ。<「戦後」、何が失われたか/孤児、ゴミ屋敷に根付く記憶>の見出しを見ただけでも読みたくなる。山内氏は「群像」2006年6月号から2009年1月号まで連載、完結した宮本輝「骸骨ビルの庭」をメーンに取り上げ、その文脈の上で「巡礼」に言及している。「巡礼」の内容紹介を写しておこう。

 <橋本治(60)が「巡礼」(新潮)で焦点を当てたのは、近隣住民に迷惑を振りまき、ワイドショーの格好の餌食になっているゴミ屋敷。この屋敷の主である男の半生と救済が綴られる。国民学校高等科1年の時に終戦を迎えた彼の戦後は、荒物屋の跡取り息子として順調に進むかに見えたが、5歳の息子を小児がんで亡くし、それを機に姑と不仲だった妻が家を出たことから大きく狂い始める。その背後には、郊外に伸び拡がる鉄道での通勤、団地や新興住宅地の出現など、<雪崩を打つように変わって行った>時代の風景が、俯瞰するような視点から描き込まれている。大量生産・大量消費を「善」として突き進んだ社会の価値観から取り残された男。ゴミ屋敷は、物が人の欲望を上回り、暮らしの身の丈をも超えて増殖していった果ての、墓場のようでもある。>

 そして、山内記者は宮本氏が骸骨ビルの管理人(いわくありげな老人で、この小説の主人公というか舞台回し)と同じ1947年生まれ、橋本氏は48年生まれで、

 <世代と作品の関係は一概には言えないが、両氏が『戦後』を見据えた作品をこの時期に書いたことは、偶然の一致とは言い切れないのではないだろうか。>

 と戦後に生きてきた作家たちの自分探しの旅でもあっただろうことを書いている。

 毎日新聞夕刊[文芸時評]で文芸評論家の川村湊氏は<ゴミ屋敷に見る「近代日本」/戦後が失い、得たものとは>の見出しで「巡礼」について論文のほとんどを使って語っている。キーワードの一つが「荒物屋」だ。

 <「荒物屋」という商売自体が、死後だろう。乾物屋とか小間物屋などと同じように。そうした店で取り扱われていたものは、今ではすべてゴミとなってしまうようなものばかりだ。穴のあいたバケツ、バラバラになって竹箒、まさに瓦礫でしかない瓦、いずれ付喪神(古い器具、道具が妖怪となる)ともなりそうな品物ばかりだが、それらは棄てられて「ゴミ」となる。しかし、それは忠市(主人公)という、元荒物屋の跡継ぎだった老人にとっては「ゴミじゃない」のだ。>

 と書いた上で、川村氏はテレビカメラが大写しにして、近所の人の話を聞くが、まともな話は出てこない、それもそのはずで、近所の住民は昔のこの場所のことなど知らない人たちばかりだからだ、と言う。そして、

 <古い二階建ての荒物屋、そして瓦屋からゴミ屋敷への変貌は、昭和から平成へと移り変わる近過去の物語でありながら、永遠の相の下に見た「近代日本」の確かな肖像そのもののように思える。日本の「戦後」は何を失い、何を得てきたのか。そんなことさえ考えさせる。>

 救いの旅、巡礼での両手に指のないという障害を持つ女性とのちょっと変わった食事の場面、と川村氏は書いている。この場面も面白そうだが、さあ、「新潮」を買ってこよう。

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2009年1月26日 (月)

書評「アマテラスの誕生~古代王権の源流を探る」溝口睦子著(岩波新書)

 溝口睦子著「アマテラスの誕生~権の源流を探る」(岩波新書)は知的刺激を与えてくれるうえに読みやすい、いい本だった。

 2009年1月20日第1刷発行、定価740円+税=777円。

Book アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書 新赤版 (1171))

著者:溝口 睦子
販売元:岩波書店
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 溝口睦子氏は1931年長崎県生まれ。1958年東大文学部国文学科卒業。1976年学習院大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2000年3月まで十文字学園女子大学教授。専攻は日本古代史、古代文学。著書に「日本古代氏族系譜の成立」(学校法人学習院、1982年)、「古代氏族の系譜」(吉川弘文館、1987年)、「王権神話の二元構造―タカムスヒとアマテラス―」(吉川弘文館、2000年)ほか、とあった。

 帯の文を書いておこう。

 <知られざる〈国家神〉の交代劇をめぐって 古代天皇制思想の核心に迫る>

 <日本の国家神(皇祖神)は、アマテラス(天照大神)であると、長い間信じられてきた。あらゆる学問分野の優れた研究者たちが、みなこぞってアマテラスを軸に、日本古代の思想や宗教に関する議論を組み立ててきている。…ところが実際に『古事記』『日本書記』などの古典を見てみると、実は、国家神は必ずしもアマテラスだけではないのである。(序章より)>

 である。そして、扉裏の内容紹介には、

 <戦前の日本で、有史以来の「国家神」「皇祖神」として奉じられた女神「アマテラス」。しかしヤマト王権の時代に国家神とされたのは、実は今やほとんど知る人のない太陽神「タカミムスヒ」だった。この交代劇はなぜ起こったのか、また、古代天皇制に意味するものは何か。広く北方ユーラシアとの関係を視野に、古代史の謎に迫る。>

 目次は次の通り。

序章

第一章 天孫降臨神話はいつ、どこから来たか

第二章 タカミムスヒの登場

第三章 アマテラスの生まれた世界――弥生に遡る土着の文化

第四章 ヤマト王権時代のアマテラス

第五章 国家神アマテラスの誕生――一元化される神話

終章

 である。面白いのは帯にある「組み立ててきている」の次にくる…で省略されている文章である。岩波新書だからきっと帯には使いたくなかったのだろう、と忖度するのだが、

 <たとえば丸山真男の「丸山真男講義録四」は、第二章で「古代王制のイデオロギー的形成」と題して、日本の古代王制の性格をさまざまな側面から詳細に論じているが、この講義の場合も「古事記」「日本書紀」に描かれたアマテラスが、もっぱら考察の中心である。>

 が省かれているのだ。そして、

 <ところが実際に「記紀」などの古典を見てみると、実は、国家神は必ずしもアマテラスだけではないのである。「記紀」の国家神にかかわる条文を二、三あげてみよう。>

 と続いているのだ。丸山真男という戦後の政治学界のカリスマが「古事記」「日本書紀」を読み込んでいなかった、と言っているようなものなので、帯にはしづらかったのだろう。

 と、丸山真男批判はそれくらいにして、内容を見てみよう。

 第一章で面白かったのは、天皇家(大王家)の先祖がどこから来たのか、を示す天孫降臨神話(と本来一体の神武東征神話)がどこから来たかを究明する前に当時の東アジアの情勢を説明していることだ。つまり、4世紀から5世紀前半にかけての東アジアが激しい動乱の中にあった、ということを詳しく教えてくれるのだ。

 中国は後漢のあと魏呉蜀の三国並立の時代を経て西晋王朝が立ったが、4世紀初頭に西晋が匈奴によって滅ぼされと、いわゆる「五胡十六国」の時代(304~439年)が幕を開ける。「五胡」とよばれる北方遊牧民が大量に中国大陸の北部地域(華北)に侵入して次々と国を建て、439年に鮮卑族が建てた北魏によって華北が統一されるまで約130年間もの長期にわたって興亡を繰り返した動乱の時代だ、と書いてある。

 この間、大量の遊牧民族の移動だけでなく遊牧民の支配下で強制移住をさせられたり、自ら難を避けて移住する漢人の移動も加わり、東アジアは民族の大移動期の様相を呈した、という。

 目の付けどころがいいなぁ、と思ったのは、

 <ほぼ同時期に、遊牧民フン族の侵入を機に始まったヨーロッパの民族大移動と、この東アジアの大移動は、深いところで関連している。>

 という説を紹介していることだ。ある意味、この時代は「新しい時代を生み出す揺籃期でもあった」というのも説得力のある説明だ。

 4、5世紀の東アジアというか朝鮮半島の付け根で大きく版図を広げていたのが高句麗だ。一方では高度な文字文化を持つ中国王朝と北西で接し、北東では匈奴以来の遊牧騎馬民族の国家とも接して深いつながりを持った。北方騎馬民族国家は文字をもたない国家だった。無文字社会がどこでもそうであるように、豊富な神話や伝承を持っていた。匈奴の国家形成にはスキタイの影響がある、といわれるように、ユーラシア大陸西方の黒海沿岸地域の文化や情報までつねに豊富に取り入れて独自の文化を形成していた民族だった、とある。

 高句麗は漢民族の文化と遊牧民の文化という二つの異質な文化と絶えず接触してそれらを融合させながら国家形成してきた。その高句麗から朝鮮半島南部の国々や倭はさまざまな形で大きく影響を受けた。この時期の高句麗はユーラシア大陸と朝鮮半島南部、日本列島を結ぶ文化の一大中継センターだった、と。わかりやすい説明だ。

 414年に建立された高句麗の好太王の碑の碑文は5世紀初頭ころの倭と高句麗との関係を語る第一級の史料だという。400年、404年に新羅で倭と高句麗が交わした激しい戦闘は史実だろう、という。

 4世紀前葉に高句麗は長く中国の植民地だった楽浪郡を滅ぼし(313年)、帯方郡もほぼ同時期、のちに百済となる伯済国を中心とした馬韓諸国の攻撃によって滅んで、朝鮮半島は初めて中国の支配から完全に解放された。「五胡十六国」の動乱で中国王朝が弱体化したためで、動乱の余波だ。

 ちょうどその頃から高句麗の王権は一段と強化され、半島南部では百済・新羅2国が台頭して国家形成を加速し始める。

 高句麗は4世紀前半、西晋に代わって遼東地域を支配下に置いた鮮卑族の国である前燕と四方で対峙。342年の戦いで手痛い敗北を喫し、前燕の朝貢国となる。その後、遼東の地域は439年に北魏によって華北が統一されるまで後燕・北燕そして高句麗へとめまぐるしく転変する。

 こういう情勢の中、高句麗は4世紀後半に入ると百済・新羅への侵攻を活発化させはじめる。百済の支配層は高句麗と同じく夫余から出たと称していたが、なぜか高句麗は百済を最も嫌っていた、という。百済は倭国に軍事的支援を求め、見返りに倭国は先進文物の供与を受ける、という関係が始まった。七支刀の贈与がそれを物語り、刀には369年から始まる61文字が象嵌されている。7世紀に百済が滅亡するまで倭国と百済の同盟関係は続く。

 高句麗と倭国はお互いにお互いを主敵として意識していた。この中で5世紀初頭の戦闘があった。

 4世紀末から5世紀初頭にかけて倭国の政権内部で大きな変動が起きていた。まだ倭国には文字文化がなかったから、この時代を記した倭国の史料はないが、考古学やのちの文献資料でその変動は間違いない、というのが通説だそうだ。

 その変化は倭の独自性の強い文化から朝鮮半島の影響の強い文化への劇的な変化だ、という。それまで全く見られなかった馬具が副葬されるようになり、武器・武具も騎馬戦向きのものに大きく変化したのが一つの特徴だという。もっと目立つ変化は王墓とみられる巨大古墳の設営地がこの間に奈良盆地から大阪平野に移動したこと。応神陵・仁徳陵とされる5世紀最大級の巨大古墳はそれまで王墓級の前方後円墳が長く営まれてきた奈良盆地を離れ、初めて大阪平野につくられた。倭政権の盟主権の移動を示す、と見る見解もある、と書いている。応神王朝論、河内政権論と呼ばれるもので、直木孝次郎氏は応神天皇以前は伝説の世だ、現実の世は応神から始まる、という考えが7世紀の氏族の代表者に共有されていた、と書いており、溝口氏も同意見だと書いている。

 そこで、溝口氏の推理が始まる。つまり、5世紀の初頭に幕末の黒船来航、唐・新羅連合軍に惨敗した663年の白村江の戦いと同じようなショックがあったのではないか、という仮説である。つまり、高句麗との戦いの敗戦ショックが抜本的な体制変革を引き起こすきっかけとなった、というものだ。

 そこで日本(というか、まだ倭国だったが)は高句麗に代表される北方騎馬民族の神話を輸入した、というのである。この神話こそ天孫降臨神話だった。だから、天孫降臨神話には高句麗の神話との共通点が多い、という。そこで最高神、皇祖神がタカミムスヒである。

 ところが、日本書紀、古事記とも、タカミムスヒを最高神とする記述はあるものの、もっと多い記述はアマテラスを最高神とする記述である。これはどうしてなおか、アマテラスとタカミムスヒとの関係はどうなっているのか、という疑問を解くのがこの本の醍醐味である。

 アマテラス、スサノヲは土着の弥生の神で、地方神だったのが、大化の改新以来の新しい国造りの中で最高神の変更が行われ、存在感の薄いタカミムスヒが長い年月をかけて消えていき、アマテラスが国家神、皇祖神となった、というのである。その裏には天智天皇、天武天皇兄弟2代にわたる新国家建設があった、というのが粗筋である。

 この兄弟の新国家建設については遠山美都男氏の「天皇誕生~日本書紀が描いた王朝交代」(中公新書、2001年)や「白村江~古代東アジア大戦の謎」(講談社現代新書、1997年)で読んだことがあるが、溝口氏の「アマテラス」の魅力は、大化の改新、壬申の乱以前の語られていない日本について大胆な仮説を打ち出していることだ。遠山氏はその後、「日本書紀は何を隠してきたか」(洋泉社新書Y、2001年)など、少し「面白路線」に突っ込んでしまった観もあるのが残念だが。

 「アマテラスの誕生」に戻ると、P103の「記紀神話はどのように形成されたか」でムスヒ系建国神話の成立とイザナキ・イザナミ系の成立に分けて、イザナキ・イザナミ系はインド、東南アジアなどの影響が色濃い、という。

 だから、太陽神であるアマテラスを祭る伊勢神宮が太平洋に面した伊勢にあるのもわかるし、海洋的世界観が色濃く、多神教の世界だ、という。

 海上遥かな「常世の国」信仰は、海洋民族ならではの信仰だし、今でも沖縄に残る「おもろ」の伝説も、この昔の神話を生々しく伝えるものだと思う。

 溝口氏は一般的な普遍神「天」の概念は遊牧民から移入するまで倭にはなかった、神様はみな同列で序列はなかった、という。七福神が宝船に乗ったり、天の岩戸伝説で神様たちが踊りまくってアマテラスが顔を出す光景とか、結構このイメージはふくらませることができる。

 そして5世紀初頭の国家形成の時に北方騎馬民族から政治制度や文物とともに神話まで取り入れ、その最高神として輸入したのがタカミムスヒだった。

 高句麗の最高神や新羅の最高神と同じになったのだが、地方豪族にはそのタカミムスヒ信仰は広がらず、天皇家とその側近の家系だけで拝んでいたようだ。国家に求心力を持たせる必要が出てきた時、結局、地方豪族に広く知られていた地方神であり太陽神であるアマテラスを最高神としてもってきて、タカミムスヒの代替として使った、というのだ。高天原神話が支離滅裂なのはこの接続のためだ、という。

 そして、アマテラスよりもスサノヲの存在感が大きいのはスサノヲが主人公だったからだ、と。そして、その子孫のオオクニヌシが本当の日本の最高神だったはずだ、と書いている。そうした神話が天皇家(大王家)支配のため(?)に変えられてしまう。

 この神話の簒奪というか、書き換えは文字のない時代のことだっただけに、証明が難しいのだろうが、この著述は何かしっくりとくる。コトンと胸に落ちる。

 面白いのは私が若い頃に習った「縄文時代」「弥生時代」の概念がいま、全く変わってしまったことだ。溝口氏によるとアマテラス、スサノヲ、オオクニヌシの神話は弥生時代の神話だ、という。そして弥生の日本人が原日本人だという。縄文はどうなったんだ、と思ってしまう。

 そこで、講談社学術文庫に入ったばかりの「日本の歴史」シリーズの「縄文時代」を読んでみたら、やはりその通りだった。つまり、縄文人をやっつけて朝鮮半島から来た弥生人がのしてくる、という私たちが子供のころ教わった歴史はどうも嘘臭くて、縄文人=弥生人だ、という説が今では通説になっている、と書いてあった。縄文と弥生の交代に人種的な切れ目がない、となると、昔言っていたのはこの4世紀末から5世紀にかけての大変革と縄文→弥生を混同しているのかもしれない。

 ただ、最終章近くに書いてあった内容で分からない部分があった。この大変化に際して朝鮮からの制度、神話などが入ってくるのだが、人はどの程度入ったのか、ということだ。

 もっといえば応神天皇、仁徳天皇前後の「倭の五王」の時代、天皇家が朝鮮半島からやってきた、つまり、高句麗との戦争で負けた倭が日本を占領されてしまい、高句麗の盟主本人なのか、盟主の子供らの中の一人が「天皇」として日本を支配しにきた、ということはなかったのだろうか、という疑問が浮かんできた。何らかの人的移動、交流がなければ、これだけ大量の神話、文化、技術が流入したことは考えにくいのではないか、と思うのだ。

 読みながら、自分で頭の中の年代がグチャグチャになってしまったことに気づいたので、今書いていることの中にも勘違いがあるかもしれないが、古代史はスリリングである。

 溝口氏が何度か触れているように、歴史の解釈は時代、時代に新たに行われる。

 今の行き詰まりの時代、日本の伝統の元の元まで遡って、自分たちのアイデンティティを求めるとき、明治維新のような変革が大化の改新と明治維新の2度だけではなく、国家形成の際にも大きな変革があった、神話すら創造していた、という仮説は面白い。

 大胆な仮説だけに、今の政治状況を想像しながら読むとものすごく面白く、元気が出てくる。日本人も捨てたもんじゃない、と思う。

 面白かった。あっという間に読み終えた。

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佐伯啓思氏の「『脱成長』で文化を楽しめ」論~1月26日朝日新聞朝刊から

 朝日新聞1月26日朝刊オピニオン面[資本主義はどこへ]インタビューシリーズは佐伯啓思・京都大学教授(社会経済学)。見出しは<アメリカ/「脱成長」で文化を楽しめ>だが、この見出しはおかしい。アメリカ型資本主義が今後どうなるか、と聞いているのだが、その関連で日本人は今後どうすればいいのか、という質問に対して「脱成長」「文化を楽しむ」というキーワードが出てくるのだから、アメリカと脱成長を一緒くたにしては誤解を与えるのではないか、と思った。

 佐伯啓思氏は1949年生まれ。東大大学院経済学研究科博士課程単位取得。滋賀大学助教授などを経て現職。著書に「隠された思考 市場経済のメタフィジックス」(サントリー学芸賞)、「現代日本のリベラリズム」(読売論壇賞)、「自由と民主主義をもうやめる」など、とあった。

 いくつか貴重な発言があったので、メモしておく。

資本主義の本質は物的生産力を無限に拡張していくことにある。だが先進国では70~80年代に社会が成熟段階に達してしまい、人々がさほどモノを欲しがらなくなった。その結果、製造業に投資しても大きな利潤が出ないので、余ったカネを金融市場に集めてバブルを常に起こすことで経済発展を主導するしかなかった。

 バブルの生成と崩壊を循環論的に見るのではなく、ある程度の「意思」を感じながら見る、ということなのか。これこそが「資本の論理」なのだ、とも言えるわけだが。「バブルを常に起こすことで発展を続ける」というのは、その通りだ、と思う。

▽(アメリカが世界経済破綻の震源地となったのは)短期的にはブッシュ政権の経済政策の失敗。中期的には80年代からの新自由主義、グローバリズムの破綻だ。さらに、アメリカという国の特性が関係している。常に豊かさを求め、豊かさを国民に配分し、アメリカンドリームを供給し続けなくてはならない。自由や民主主義という政治的理念を具体的に実現するものが経済的豊かさなのです。加えて世界一の大国、覇権国家でなければならないという強迫的な使命感がある。その二つが無限に拡張を求める資本主義をさらに加速させた。

▽(今後、アメリカは)同じことを繰り返すのではないかな。アメリカ政府は危機を乗り切るために巨額の資金を市場に投入しているが、あれは危機の先送りでしかない。すでにカネが過剰になっているところへ、さらにカネをつぎ込むわけだから、次のバブルは規模がより大きく、危機はもっと深刻になる。

▽実体経済は資本主義だけでは成り立たない。食糧、労働力、医療、教育、資源・エネルギー、自然環境、道路や交通機関などの社会的インフラ、知識や情報といった広い意味での公共財は市場のメカニズムに完全に組み込むべきではない。金融システムも本来は公共的なもの。銀行がなければ我々は生活できない。そうした土台の上に『ゆったりした』資本主義経済が成立する。

構造改革や新自由主義というのは、まさにその土台を商品化・市場化しようとした。金融を過度に市場化したことでバブルが起き、労働では派遣や格差問題が起きた。資源では、原油価格が乱高下する状況を招いた。

▽もともと欧州の資本主義はそうだった。公共的なものについては非常に厳しく規制する。フランスなどは国内の需要を満たせばいいというブロック経済的な意識が強い。自動車産業でも、高品質・少量生産だったり、域外市場にさほど依存しなかったりするメーカーが欧州には残っている。(欧州が今回の危機から逃れられなかったのは)金融システムがアメリカ型になっていたからだ。本来、産業の脇役であるはずの金融が主役になってしまっていた。そのことへの反省が強く出てきている。

▽(今後の日本経済は「脱成長型」を目指すべきだ、と主張しているが、)現在の不況に対処するためには、ニューディール的な政策が必要だろう。国債を発行し、財政規模を大きくする。しかし、ただ財政を拡大するだけでなく、将来に向けてインフラの整備に使うべきだ。安定した資本主義の土台を整備するチャンスでもある。極端な保護主義は必要ないが、グローバルな自由競争一辺倒でなく、開放経済の中で、できるだけ国内で経済を循環させる。過剰な生産能力を少しずつ落とし、長期的に軟着陸させる。ただ、そのためには国民の意識の変化が必要

 結構すごいことを言っている。「ほどほどの人生」、「ほどほどの生活」、「分をわきまえた生活」などという言葉が思い浮かぶ。

▽小泉政治の最大の失敗は政治を人気投票にしてしまったことだ。自民党も民主党も次の選挙が怖いので景気回復を唱えざるを得ない。国民がもっと長期的な視点で政治家を選ぶようにならないと、国内市場中心に低成長でやっていくという政策はとてもできない。

 そこで政治の出番だ、というのだ。国民が「そうしよう」と納得しなければ、いつまでも膨張を続ける経済を選択し、いずれまた破局が訪れ……、という負のサイクルが続く、と言うのだ。

▽(しかし、グローバル企業になったトヨタやソニーを、国内市場中心に戻すのは難しいのでは、という質問。)トヨタはソニーは、もう日本の企業ではないと考えたほうがいい。グローバル企業は存在してかまわないが、日本経済がそれに依存しすぎるのはまずい。国内市場で自給的にやっていける企業を育て いく。日本的経営の再構築も必要だ。株主の利益だけでなく、多面的な利益を見て、雇用も出来る限り守っていく。アメリカ型の株主中心の経営では、短期的に株価を上げるため、株式市場でバブルをつくるしかなくなる。

 この辺が一番重要な論点なのだろう、と思う。産業構造の転換、という言葉の意味することはこういうことだ、と思う。フランス型の地味目な国家が似合っている、と思うのだが。

▽(世界秩序はアメリカ一極構造から変わっていくか?の質問に)アメリカと中国の綱引きになるだろう。中国は製造業が成熟し切らないうちに金融が拡大するという歪な経済構造のため経済を膨張させていかないと国がもたない。その点でアメリカと共通している。それにEU、中国、ロシア、インド、アラブ諸国、そして場合によってはブラジルが加わり、不安定な多極構造になっていく。(日本は?の質問に)残念ながら極にはならないでしょう。国際的な連帯を考え、アメリカを牽制するためにEUに接近し、中国を牽制するために東南アジアと連携するといった多面的な戦略が必要になる。

 相当に悲観的な「日本没落論」ではあるのだ。

▽(極になれなければ、国際社会の中で埋没していきませんか?という質問には)そうならないために、文化を通じて他の国にアピールしていく。ただ、ゲームやカラオケだけではだめです。理念や伝統的精神を大事にして、日本でなければ味わえないものを再生させていくことが重要になってくる。(ここで質問者はアメリカの政治学者で次期駐日米大使になるジョセフ・ナイ氏の「ソフトパワー」と似ている、と聞くが)ナイ氏はアメリカの覇権を維持するためにソフトパワーを提唱したが、そういう戦略的発想は必要ない。我々が本当に臨んでいる生活とは、豊かさとは何かをもう一度考え直す。いま、資本主義に引きずられて高層マンションが次々に建っているが、そんなところより京都の町家で暮らしたいと、多くの人は思っているはず。成長率が低くても、ある程度豊かに暮らせて、文化を楽しめる社会をつくっていく。それが日本が目指すべき方向ではないですか。

 なかなかすごいことを言っているのだが、すんなり話しているので、そういう雰囲気ではないが。

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抗生物質は最後まで飲め、という警告:今後、重要な意味を持っているのでは~毎日新聞1月26日夕刊

 毎日新聞1月26日夕刊1面3段記事<抗生物質服用/4割 自己判断で中断/「耐性菌生む」専門家警告>はいい記事だった。風邪が流行る季節、医者で処方された薬の中に抗生物質が入っているケースが増えるだろうが、治ったと思って途中で飲むのをやめるケースが多いと思う。私も以前、そうしていた。余った抗生物質をとっておいて、後で医者に行かなくとも緊急の際に使える、と思っていた。

 ところが、表面上は治ったと思っても、まだ菌が完全に死んだわけではなく、抗生物質で不活性化していただけなので、抗生物質を飲むのをやめると、菌が活性化するだけでなく、菌が変化して、その抗生物質が効かない耐性菌になる、という怖い話をどこかで読んで、それからは処方された抗生物質はすべて飲みつくすようにしている。

 <感染症の治療に使われる抗生物質などの抗菌薬を処方された患者の4割が、途中で治ったと思い込んで服用をやめた経験があることが、製薬会社のファイザー(東京都)の調査で分かった。服用を中断すると、抗生物質が効かない耐性菌が生まれる危険があり、分析した渡辺彰・東北大教授(感染症学)は「自己判断で飲むのをやめるのは絶対に避けてほしい」と警告している。>

 が前文である。

 <昨年10月、インターネットで各都道府県の男女100人ずつ計9400人に調査したところ、40%に抗生物質の服用中止の経験があり、うち8割以上は「症状が改善された」と自己判断していた。薬が余った場合は、中止の経験がある患者の42%が「保存しておき同じ症状が出た時に再度使う」と答えた。中断すると、その後は薬の効きが悪くなるのを知っていたのは、半数以下の48%だった。渡辺教授によると、抗生物質は一度使ったら必要量を集中的に飲まないと、生き残った病原菌が耐性化して治療が難しくなる恐れがあるという。日本では中耳炎などを起こすインフルエンザ菌が耐性を持つ割合が急増している。>

 製薬会社がひも付きで研究させるデメリットが叫ばれて久しいが、このような「一般常識のウソ」を啓蒙するために、製薬会社がお金を使ってくれると助かる、と思う。

 日本では江戸時代から富山の薬売りの記憶が連綿と続き、置き薬的な薬に頼る風習が残っている。それに、この不況だ。また、診療費も本人自己負担3割となり、なかなか医者にかかるのもためらわれる人たちも多い、と思う。

 そうした人たちに「抗生物質は処方された分を完全に飲んで」と呼びかけ、浸透させるキャンペーンをぜひ進めてほしい。

 というのは、鳥インフルエンザの変種が中国で出てきて、死者が出た、という小さなニュースが新聞に出始めて、政府もワクチンの準備をしている、というのだが、薬の飲み方を間違えて、治るべきものが治らない、という悲惨な例を少しでもなくし、また、耐性菌が生まれて広がるのを防ぐのも地味ではあるが重要な仕事だと思うからだ。

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中国は案外、内需が強い経済なんだなぁ~1月26日日経新聞朝刊から

 日経新聞1月26日朝刊[MONDAY NIKKEI]の[エコノ入門塾]が<中国経済、昨年は9%成長>のタイトルで高校生向け?に分かりやすい解説をしていた。

 以前も書いたが、「中国で8%成長がなぜ必要か」を説明していた。見出しは<このまま伸びが大きく鈍ると? →失業者が増えて社会不安も/成長の余地は? →内需に強み、景気対策で下支え>だ。辻征弥記者が執筆している。

 中国政府は1月22日、2008年の経済(実質国内総生産)が前年より9%伸びた、と発表。1桁台の伸びは6年ぶり。中国政府は昨年末、今年の成長率目標を昨年の実績を下回る8%前後に定めた、という事実関係を書いている。そして、この8%目標の意味合いに進む。

 <8%という目標は、国民を失業させないことと密接に関係しています。この国では、学校を出て仕事を求める人や農村から働きに来る人の合計が、職場から引退する人の数を大きく上回っています。新たに仕事をつくり出さないと、失業者が増え、政府への不満が高まって犯罪が増加し、社会が不安定になってしまいます。だから、経済を大きくして働ける場所を増やす必要があるのです。>

 これが一般論。そして、数字的な裏付けである。

 <過去を見ると、中国では経済がおおむね1%伸びるごとに、90万人分の仕事を新たに生み出してきました。「世界の工場」と呼ばれるほど生産・輸出に力を入れ、多くの国民に働く場を与えました。>

 1%成長が90万人の仕事を生む、という重大な数字である。

 <都市部で働く人の数は毎年800万人以上増えています。8%成長で与えられる仕事は推計約700万人分なので、8%でも十分とはいえませんが、これ以上成長率が落ち込んだら、失業問題がかなり深刻になると考えられます。>

 都市部の労働者が毎年800万人増えている、というのは驚きだ。日本とはスケールが違う。東京都の人口並みの人間が毎年、都市部で新規労働者となっているのだ。だが、1%で90万人だから、掛け算をすると、8%では8×90万=720万人。単純計算しても80万人分足りない、ということだ。この80万人が失業者の群れとなっている、ということだろう。

 その後の指摘が私には新鮮だった。農村から労働力が都市に出て稼ぐ。その金が農村に還流するから、以前に比べて農村の購買力が上がっている。だから、ものを買う。つまり、内需が強い、というのだ。

 <中国の経済には特徴があります。輸出だけでなく輸入も多いため、輸出から輸入を引いた海外の貢献(外需)は近年、成長率の2割分ほどです。残り8割は国内の力(内需)です。>

 というのだ。日本もかつてはそうだったが、発展の途中段階では伸びしろが大きいという。

 日中韓の比較グラフが載っている。2007年のGDP成長に占める内外需の寄与度を棒グラフで示したものだ。中国は今年1月の改定前の成長率11.9%で弾いた数字だが、それによると、

         内需        外需

中国      80%        20%

韓国      72%        28%

日本      54%        46%

 だという。輸出主導だ、と思われていた韓国でも中国には及ばないものの、内需が72%寄与しているのに、日本は54%。46%の外需が冷え込んだ際のショックの大きさは日本が最も大きい、ということが数字で分かる。

 だが、この09年の8%成長はなかなか難しいのだ、と辻記者は書いている。

 <でも、目標達成は大変です。工業生産のほか、高額品を中心に消費も鈍っています。中国政府は昨年11月、4兆元(約53兆円)の景気対策を発表しました。野村資本市場研究所の関志雄シニアフェローは「対策がなければ6-7%成長になっていた」と話します。ただ、対策には四川大地震の復興などすでに決まっていた事業も含まれ、みずほ総合研究所の鈴木貴元上席主任研究員は「新規事業費は半分ほど。対策として万全ではない」とみています。今後、所得減税など追加策を予測する声もあがっています。>

 53兆円の公共投資は米国で開いたG20で各国に歓迎されたものだったが、その中で新規事業は半分しかなかった、とは。中国共産党政府もなかなか大変だなぁ。

 グラフにつけた計算式が分かりやすかった。

 [2009年に都市部で職を求める人の数]

  就職希望者(1540万人)

+農村から都市部への出稼ぎ(500万人)

-退職者(1200万人)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         =840万人

1%の経済成長で90万人分の仕事が生まれる→8%成長なら約700万人。

 として、棒グラフ(都市部で実際に働く人の増加数)と折れ線グラフ(中国のGDP成長率)を組み合わせて、2000年から2010年までの姿を描いている。08年までは中国政府の発表した数字で、09年、10年はみずほ総合研究所の鈴木貴元氏の予測だ、という。

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2009年1月25日 (日)

田村秀男氏は「オバマ政権の通貨戦略はドル安容認しかない」という~産経新聞1月25日朝刊から

 産経新聞1月25日朝刊[円ドル人民元~通貨で読む世界]の田村秀男論文は<「強いドル」という欺瞞>という毒々しい見出しがついていた。

 何だろう、と読んでみると、例のガイトナー発言が題材だった。オバマ政権は強いドルを推進し、通貨調整で総合戦略を検討中だ、として、「オバマ大統領が中国の為替慣行を変えるためにあらゆる外交手段を動員する」と中国を脅したあれである。田村氏は、

 <オバマ政権が矛先を中国に向ける一方でドル安・円高を是正するなら日本にとって結構なことだが、「強いドル」というレトリックにだまされてはいけない。>

 と注意喚起するのだ。田村氏の分析によると米国が「強いドル」政策を実行したのは80年代初めのレーガン政権1期目とウォール街の要請に応じて世界の余剰資金を引きつけようとしたクリントン政権の一時期だけだった、と。あとはおしねべて「ドル安」政策に傾斜したのだ、という。その唯一の例外がブッシュ政権の対円政策だった、という。 

 <ブッシュ政権は小泉純一郎首相(当時)の改革路線を後押しし、2003年から翌年2月にかけての日本財務省による大規模な円売りドル買い介入を黙認した。円安傾向を受けて日本からは巨額の超低金利資金が米金融市場になだれ込み、住宅ローンなどの債務をまかなった。ドルはユーロや英ポンドなど欧州通貨に対しては下落したが、証券化商品の開発で欧州の余剰資金を引き寄せることに成功した。>

 というのがブッシュ政権時の通貨政策だった、というのだ。分かりやすい。ところが、リーマン・ショックで米国発金融危機が世界に伝播し、バブルにまみれたドルの金融商品を800兆円以上も買い込んだ欧州の金融機関が直撃を受け、欧州通貨に対してドル相場が反転した、というのだ。そして、オバマ政権の通貨政策を占う。

 <07年末での米国の対外債権総額は17兆6400億㌦に上る。単純に計算して、ドル相場平均で10%下落すると米国は1兆7640億㌦の為替差益を得ることになる。これはオバマ政権による財政支出拡大に伴う財政赤字見込み額を優に上回る。30%のドル安で5兆2920億㌦に上り、金融危機の元凶になった証券化商品10兆8400億㌦の価値が半分に減っても十分補填できる。>

 これがマジックだ、というのである。続きを読もう。

 <ユーロ安・ドル高で米国の欧州資産が目減りしても、基軸通貨ドルに挑戦してきたユーロは自滅同然だ。問題は米国債の最大の保有国、中国である。オバマ政権は機先を制して人民元切り上げ圧力をかけ、中国が金融パワーをてこにした政治的影響力を行使しにくくする。>

 なるほど、ガイトナー発言の意味合いをそう捉えるか。つまり、オバマの中国不信とか、強硬姿勢というのではなく、あくまで通貨・金融政策の一環としての発言だ、というのである。そして、日本だ。

 <円はどうか。米連邦準備制度理事会(FRB)のゼロ金利容認とは対照的に日銀はゼロ金利を拒絶したため、金融資産をドルよりも円で運用するほうが有利となり、ドルが売られ、円が買われる。放置して日本が困れば、ドル買い介入して米国債を買い増すだろう。中国も米国債を買わないと人民元は高くなる。オバマ政権の通貨戦略とは、ドル安容認路線しかないようだ。>

 というのが結論だった。なるほど、論理展開はそういうことなのか。なかなか分かりにくいけど。

 凡人なりに考えてみると、米国がゼロ金利にして、日本がしなかった。これは分かる。だから、今までと違って日本円建ての債権を買えば、利息は米国の債権より高いはずだ。このへん、論理的にはそうなのだが、庶民の預貯金金利がゼロに近い歴史が長かったことを考えるとなかなか体感として理解できないところだ。ただ、庶民感覚ではなく、商売をする人にとってはそうなのだろう。

 だから、今まで円キャリートレードをしてきた投機筋も逆の円キャリを始めるかもしれないのだ。東京に世界の資金が集まる、ということなのか? 何か御伽噺を聞いているようなのだが。

 そうなると、円高になる。これは分かる。円キャリが円安を続ける一つの大きな要因だったので、その反対が円高要因になる、ということだろう。

 そして、円高に困った日本政府が米国政府にお伺いを立てて「為替介入をしてもいいですか」と聞いてきたら、日本政府に米国債を買わせる、ということなのか。中国も同様だ、ということだ。そうなれば、強制的に割り当てて買わせるという手段をとらなくとも、日本と中国の政府が喜んで米国債を買うので、オバマ政権は不況対策の巨額予算を米国債発行でまかなうことができ、それを消化するのは日本と中国だ、ということになる。

 「ドル安容認政策」ということは円高容認、人民元高容認だから、日本も中国も困る、ということ。困らせて、困り抜いたら「介入してもいいよ」なのか。頭がいい、というか、何か米国に騙されているような気がするのだが?

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2009年1月24日 (土)

各紙社説は日本郵政に騙されている:「かんぽの宿」売却問題~朝日新聞1月24日記事と各紙社説

 鳩山邦夫総務相が孤立無援の闘いを繰り広げている観があった「かんぽの宿」売却問題で朝日新聞1月24日政策面トップ<「109億円売却」疑問次々/「かんぽの宿」/300億円施設や社宅まで対象>と強力な援軍を繰り出し、これで形勢は分からなくなった。

 大体、各社の社説がおかしかった。日本郵政が情報開示を拒否して、詳細がまだ分からない時点なのに、適正な商取引なのに政府が横槍を入れるのは理不尽だ、という論調の社説が多かったのだ。

 各社の論説委員らは政府の審議会委員などにもなっており、オリックスの宮内義彦社長にいろいろお世話になっているのかもしれないが、こういう「公」の問題を近視眼的視点で解説してもらっては国家国民のためにならないのではないか。

 緩い論説を書いた各社の論説委員に猛省を促したい。

 まず1月24日の朝日新聞記事を紹介しておく。

 鳩山総務相は23日、日本郵政に質問状を出したことを明らかにした、という。事業費300億円の豪華施設やマンションなどに建て替えれば人気を集めそうな首都圏の社宅がこの一括契約に含まれていたためだ、という。鳩山総務相は独自の資産査定に乗り出す方針だ、と書いていた。

 鳩山総務相が態度を硬化させたのは日本郵政が「相手のある契約だから」と情報開示をせず、かんぽの宿に意欲を示した企業名も各社の提示条件も非開示のままで、オリックス不動産との契約書も伏せられているからだ、という。鳩山総務相は記者会見で「(総務省の)担当部長が詳細な資料を求めても、詳細でない資料が届く」と憤った、と書いている。

 記事によると野党3党の国会議員が20日、日本郵政の宿泊・保養施設「ラフレさいたま」(さいたま市)を視察したところ、温泉付きのフィットネスクラブや高層階のレストランを見た議員らから「本当にすごい施設だ。毎日通いたくなるよ……」と驚きの声が上がった、という。

 ラフレさいたまは2000年に開業し、年間で約5万6000人が宿泊する人気施設。旧簡易保険福祉事業団が「健康増進施設」として建設し、土地、建物、備品を含め約300億円もかかった豪華物件だという。

 <「かんぽの宿と違う物件をなぜ一緒に売るのか。売却セールの『目玉商品』にしたかったのか」。売却を疑問視する見方が相次ぎ、民主党などは衆院総務委員会で集中審議を求める方針だ。>

 とある。鳩山総務相はこうした考えに同調している、という。1月23日の閣議後の記者会見では埼玉県の上田清司知事から手紙が届いたことを明らかにし、「知事に話したら、ラフレは約300億円かかっているのに、なぜかんぽの宿全体の売却額が109億円なのか、と。手紙も私を励ますものだった」と話したという。

 <売却対象はかんぽの宿に加え、ラフレや首都圏の社宅9物件も含まれる。社宅は東京都や神奈川県の人気の住宅街にあり、最大で3746平方㍍の敷地を持つ物件もある。マンションなどに建て替えれば、十分な利益を期待できる。

 社宅は、従業員の首を切らないという約束らしいから今すぐにはマンションへの建て替えはできないにしても、2,3年後に景気が回復した時にマンションなどに建て替えれば莫大な収入が約束される物件である。国民がなぜ怒らないのか不思議でならない。国民の資産がむざむざ政商の手に格安で渡ってしまう、という話なのに。

 <「日本郵政の出した93億円という純資産額の積算根拠はどうなっているのか」「なぜ、メリルリンチ日本証券とアドバイザー契約を結ぶ必要があったのか」――。鳩山総務相は23日、疑問点を二十数項目にまとめ、日本郵政に質問状を出したことを公表した。書面で来週中に回答するよう求めたという。>

 この回答を見て、独自で資産評価に乗り出すのだ、という。

 <すでに不動産鑑定士の専門企業に委託する準備を始めた、という。数千万円の予算がかかる見通しで、日本郵政のやり方に「NO」を突きつけた格好だ。>

 という。頑張れ鳩山!!

 朝日新聞は最後に日本郵政の言い分を書いている。

 <日本郵政は「ラフレさいたまは温泉付きの保養施設なので売却対象に加えた。社宅は従業員の福利厚生のためのものだ」としている。93億円という純資産額については「昨年9月末の簿価を前提に産出した。かっちりした数字ではない」(資産ソリューション部)としている。>

 という内容。「かっちりしていない」と、すでに逃げを打っている。情けない。ジャーナリズムはこうした政商の暗躍をもっともっと厳しく指弾してほしい。

 それにつけてもがっかりさせられたのは各社の社説だった。

 先鞭をつけたのは1月16日の産経新聞社説<かんぽの宿譲渡/「白紙」なら合理的理由を>だった。

 <譲渡は27社が応募し、2度の競争入札の結果で決まった。これまでのところ、手続きに落ち度は認められない。譲渡先の経営者の経歴や過去の発言だけで、所管大臣が入札結果に口出しするのは許認可権の乱用ではないか。>

 といかにも鳩山総務相が常識知らず、と言っている。

 <契約の経緯ばかりに目を奪われ、本筋の議論を見失ってはならない。>

 と偉そうなことを言っているが、筆者の論説委員は当然、1月24日の朝日新聞記事の内容くらいは取材したうえで書いたのでしょうね? それでもこういう書き方をしているということは「臭いものには蓋をしろ」と考えているとしか思えないのだが。

今は不動産が最安値に近いだろう。この際にいい物件を手に入れれば、日本経済が回復した際に大もうけできることは少し生の経済を知っている人ならば常識ではないか。何か腹に一物あって書いているのだろうか? あれだけ1面でキャンペーン的に「かんぽの宿」問題を取り上げた産経新聞だっただけに残念だ。

というか、竹中平蔵氏のコラムでも鳩山氏に噛み付いてはいたが、あれは「郵政民営化」に少しでも疑義をはさむ人には噛み付く人だ.。その後の鳩山総務相の反論も掲載していたのは良かった。結果として、幅広い論点を紹介する新聞になっていたのは皮肉かもしれない。

 社説紹介から離れるが、竹中氏の鳩山総務相への反論は「郵政民営化」グループの主張のまとめのようなものなので、この際紹介しておこう。

◆産経新聞に載った竹中平蔵氏の怪気炎

 産経新聞1月19日朝刊1面~2面[ポリシー・ウオッチ 竹中平蔵]<かんぽの宿は”不良債権”>である。この中で竹中氏は鳩山発言を①民営化に当たっての基本精神に反する②政策決定プロセスそのものに大きな弊害をもたらす③かんぽの宿は郵政にとっていわば「不良債権」で処理が遅れれば遅れるほど国民負担が増大する――と主張している。

 「安いときになぜ売るのか」という論に対して、

 <この議論は経済学の初歩的な概念である「機会費用」というものを無視した、誤った認識と言わねばならない。>

 として、不況期に資産を売却すれば好況期より安くなるが、民営化された郵政は売却した資金を新たな事業資産に投資する。その投資資産の購入金額も不況期は安くなっているから、相対価格の問題であり、重要な経営判断なのである、と言う。そして、

 <いつが適切かは市場や経営を知らない政治家や官僚に判断できる問題ではない。経営者が判断すべき問題である。…機会費用の概念を理解しない政治家が介入することは、根本的に誤っている。>

 と意気軒昂なのだ。つまり、政治家も官僚も黙っていろ、小泉が衆院を解散してまで民営化に成功したんだ、小泉が勝ったんだから、敗者は黙って従え、とでも言いたいのだろうか。傲慢さが鼻につく。それも小難しい経済用語を駆使すれば批判されないとでも思っているのだろうか。本当に頭のいい学者だったら、一般人が理解できる易しい言葉を使って国民を説得するはずだ。

 竹中氏は宮内氏が入っている規制改革会議で郵政民営化を論議していないことを強調する。

 <より重要なのは、民間人が政策過程にかかわったからその資産売却などにかかわれない、という論理そのものに重大な問題があることだ。>

 として、

 <いったん政策が決められたとして、それに関係する経済活動がその後できないとなると、民間人はだれも政府の委員会メンバーになどならなくなる。郵政民営化の民間議員は、郵政の株が売却される際、それを購入してはいけないのか…。これは、政策決定における民間人排除の論理に等しい。>

 と怪気炎をあげている。竹中氏はアメリカ流には詳しいのだが、「李下に冠を正さず」とかの一般の日本人が普通に持っている常識というか教養というか、そういうものがないのではないか。欠如しているのではないか。それを危ぶむ。

 この調子で野党まで批判し、怪気炎は止まらないのだ。

 そして、産経新聞は1月21日朝刊5面<「かんぽの宿」本紙・竹中氏論文に反論/総務相「事実正確に」>で鳩山氏の反論を掲載したのは良かった。

 びっくりしたのが1月18日の朝日新聞の社説<かんぽの宿/筋通らぬ総務相の横やり>だった。

 <理由が不明確で納得できないのは、鳩山氏の「待った」の方ではないのか。許認可という強健を使い、すでに終わった入札結果を白紙に戻そうというのなら、その根拠を明示する責任は鳩山氏にある。>

 と最初から喧嘩腰だ。

 <西川社長が説明した内容は、しごくもっともと思える。>

 と詳細が公表されていないのに、日本郵政の肩を持ち、

 <自民党内では、郵政民営化の見直しの動きが続いている。鳩山氏はこれとの関連の有無について言及していないが、もしも「待った」の真意が民営化策の見直しにあるのなら、正面から堂々とそちらの主張をするべきだ。>

 とち狂っているのは鳩山総務相ではなく、朝日新聞である。鳩山氏にしても野党3党にしても、かんぽの宿に引っかけて郵政民営化全部を問題にしているのではない。政府の規制緩和という「国策」を悪用した「政商」の存在が見えたから追及しているだけなのだ。それを政局がらみの話にしてはいけない。

 筋が通らないのは朝日新聞だ。

◆毎日新聞の社説は光った

 他社と違った視点から切り込んでいたのが毎日新聞1月20日社説<かんぽの宿譲渡/与党の民営化姿勢問われる>だった。社説はことの経緯を順繰りにたどり、

 <こうしてみると、行政手続きや法律面で問題は見当たらない。規制改革にかかわった経営者のグループ企業は望ましくないという鳩山総務相の主張は「李下に冠を正さず」という道徳論に頼るしかない。>

 と一応の結論を書きながら、

 <小泉改革当時、規制改革にかかわった経営者の企業が、その成果を享受したと受け取られてもやむを得ない例は見受けられた。当時は、そうしたことへの批判は盛り上がらなかった。麻生内閣に代わり、郵政民営化の見直しも議論されている。今回の問題もそうした流れの中で起こった。>

 と、小泉政権時代に「政商」批判が封じられる雰囲気だったことを示唆する。そして、

 <かんぽの宿譲渡のような問題は今後も起こりうる。そうしたことを避けるためにも、日本郵政は民間会社とはいえ売却などの際の手続きを国民に広く示し、そのプロセスもできる限り公表することが望ましい。>

 と情報公開を求めている。さらに、郵政民営化を推進した自民、公明両党の責任として民営化企業の資産売却に関する基本的考え方を示し、入札参加要件も明確化するよう迫っている。

 まだ詳細が分からない中で、書きうる最良の社説だと思う。各社はどうして毎日新聞論説委員会のような良識ある社説が書けないのか? 宮内氏と同じ審議会などに論説委員が入って買収されているのではないか、とあらぬ疑いをかけたくなるような悲惨な社説を見せられ、残念で仕方ない。

 1月25日からの国会に期待しよう。

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2009年1月23日 (金)

オバマ外交の最初が中国批判だったとは!~1月23日産経新聞ネット、ロイター通信などから

 いよいよオバマ外交が始動した。目に飛び込んできたのは意外にもオバマ政権による中国批判だった。産経新聞は東京地区では夕刊を廃止しており、紙面にはないが、ネットに次のような記事をアップしていた。1月23日午前10時43分の配信である。見出しは<「中国は為替操作」/オバマ大統領認識とガイトナー氏表明>。ワシントンの渡辺浩生特派員の記事だ。

 <米上院財政委員会で財務長官への就任が承認されたガイトナー・ニューヨーク連銀総裁は22日、中国政府が人民元の為替レートを操作しているとオバマ大統領が認識し、中国に為替政策の修正を迫るため積極的な外交手段を取る構えであることを明らかにした。

 <同委員会の質問に対する回答書の中で、ガイトナー氏は「オバマ大統領は、幅広いエコノミストの結論に支持されて、中国がその通貨を操作していると信じている」と表明。「大統領は中国の為替慣行の修正を求めるために、大統領に開かれたあらゆる外交的な手段を取ると誓っている」と強調した。>

 という内容だ。あとは今までの経緯の説明。

 <米議会では中国政府が人民元の対ドルレートの上昇を抑えることで輸出攻勢を維持し、米国の対中貿易赤字が拡大しているとの批判が続いている。しかし、ブッシュ前政権下で、中国との経済対話路線を主導したポールソン前財務長官が「為替操作国」の認定を見送ってきた。オバマ大統領は選挙期間中から中国の「為替操作」を批判してきた。新政権が強硬姿勢に転じれば、米中間の摩擦に発展する可能性もある。>

 これがネット配信の全文だ。

 どう理解すべきか。

 米議会民主党の圧力に負けて、ガイトナー氏が「オバマ氏の意向を明かす」というワン・クッション置いた形で中国に警告を与えた、ということなのか?

 そもそも、ブッシュ政権ではどうだったのか? まだ分からないので、ネットでワシントン22日発ロイターの記事を見た。ロイター配信で紹介されたガイトナー発言は次の通り。

強いドルは米国の国益。

▽米経済の長期的な力強さに対する自信と米金融システムの安定を維持することは、米国のみならず米国の貿易・投資パートナーにとっても良いことだ。

▽広範にわたるエコノミストの見解に基づき、オバマ大統領は中国が為替を操作していると確信している。大統領は中国の為替制度改革を求め、利用可能なあらゆる外交手段を積極的に講じる姿勢を示している。

▽為替問題は米中両国間の重要な議題になるが、金融危機を考慮すると目下のところは両国の内需安定に向けた広範な問題に焦点を当てる必要がある。

▽為替操作国の認定や対抗措置の承認に関する制度の見直しを求める法案を、オバマ大統領が上院議員時代に共同提案した(ことがある)。

▽悪影響よりも利益をもたらすために、いつどのようにこの問題を提起するかが課題だ。(オバマ政権の)経済チームは、現在の経済状況で通貨の調整を達成するための最適な総合的戦略を打ち出す。

▽より一般的には、為替操作をさせないための最善の方策は、為替操作のメリットよりもデメリットが大きいと示すことだ。

▽金融機関救済に向けて7000億㌦の不良資産救済プログラム(TARP)を超える資金の手当てを要請する考えは現時点ではないが、状況は流動的であり慎重な監視が必要だ。仮に状況が目に見えて悪化し、目標を達成するために追加的なリソースの投入が必要となれば、柔軟かつ迅速に行動するよう備える必要がある。米金融システムに力強さと活力を取り戻すまで引き続き役割を務めることを明確にしておかなけらばならない。

 流石に詳しい。つまり、今すぐ何かをするのではないが、こういう問題を今後俎上に上げるから、覚悟しておきなさいよ、ということだろう。

 クリントン政権では同じような個別国への対応が日本に向けられていたことを思い出す。米国は自分の覇権に挑戦しそうな国に対して歯を剥き出す癖があるのだろうか。

 ネットで調べてみたら、1週間前のロイターの記事を見つけた。

 今年1月15日のロイター。ワシントン発<中国人民元は著しく過小評価、為替操作国には認定せず/米財務省報告>の見出し。

 <米財務省は15日、半年に1度公表する為替報告書で、中国の人民元は依然「著しく過小評価されている」との見解を示した。ただ、今回も中国を為替操作国と認定することは見送った。>

 <財務省は、中国が最近人民元の対ドルでの上昇を加速させたと指摘、インフレ抑制に向けこのペースを維持するべきだ、との見解を示した。報告書は「最近の(人民元)上昇の加速は歓迎すべき動きだ。しかし、全般的な上昇は依然不十分」とした。さらに「最近のより速いペースの(人民元)上昇は維持されるべきだ。人民元は特に実効ベースで依然著しく過小評価されており、人民元に対する市場の上昇圧力は根強い」との見方を示した。>

 と書いている。また、

 <財務省によると2005年7月から2008年4月中旬までの間に人民元はドルに対し18.4%上昇したが、日本円に対する上昇は小幅にとどまり、対ユーロでは下落した。米議会では中国の為替操作国認定見送りで、対中法案の可決を求める声があらためて強まるとみられている。民主党のオバマ上院議員やクリントン上院議員も、米経済の低迷を受け、人民元を含む対中貿易問題では中国に対して強い姿勢で臨むべきだとの認識を示している。>

 この段階で「オバマ政権になったらこのままでは済まないよ」と注意喚起しているようなのだ。その通りのことが起きた、ということなのだろうか。

 ロイターの続きを読む。

 <中国は2005年7月に人民元を切り上げだが、米国企業の間では、元が最大40%過小評価されているとの見方が多い。報告書は、人民元の過小評価が中国経済や世界経済のリスクになると分析。中国の為替政策はインフレリスクをあおると指摘。「中国ではさまざまな物価指標が上昇しており、一般のインフレ期待も高まっているようだ」とし、大幅な元高を容認すれば、金融政策の自立性を高めることができるとの認識を示した。報告書はドル安にも言及。ドルの下落は「米経済成長見通しの低迷、相対的な金利水準の大幅な変化、金融市場一般の混乱」を反映していると分析した。>

 この段階で争点は出揃っており、中国はオバマ政権の一言を固唾を飲んで見守っていた、というわけだ。

 毎日新聞1月23日夕刊総合面<人民元問題に強硬姿勢/ガイトナー氏/市場は不安視 米国債売り>では、見出し通りの内容。

 <ニューヨーク債券市場で景気の悪化を示す経済指標の発表が相次いだにもかかわらず、米国債の最大の保有国である中国との関係悪化を懸念する観測が広がり、債券を売る動きが強まった。長期金利の指標である米10年物国債の利回りは前日比0.06%上昇し2.60%で取引を終えた。>

 と書いていた。

 この問題、全く知らなかったので今後、勉強しないといけない。

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ドイツのソマリア出陣の裏の死ぬような努力~1月23日産経新聞のクライン孝子氏論文

 産経新聞1月23日朝刊[正論]はドイツのフランクフルトに住むノンフィクション作家のクライン孝子さんの寄稿。タイトルは<ソマリアで一皮むけたドイツ>だった。日本と同じく第2次世界大戦で敗戦国となり、戦後の再軍備を極度に制限されてきたドイツにおける軍ソマリア派遣問題のようだ。

 詳しいことが出ていれば、と思って読んでみた。小見出しは<決議直後に海賊を撃退>。<「チャンス」ととらえよ>だった。

 <アフリカ・ソマリア周辺沖で頻発している海賊の活動を防止のため国連安全保障理事会が決議案を全会一致で採択したのは昨年12月16日である。「空爆を含め、あらゆる軍事作戦を可能に」という内容のようだが、これを受けていち早く動いたのがドイツだった。>

 という書き出しである。即座にユング国防相を先頭に総勢1400人の海軍現地派遣を決め、12月23日にはアフリカ北東部ジブチ停泊中のフリゲート艦「カールスルーエ」が第一陣として220人の海軍兵士を乗せてソマリア沖に向かい、その2日後、この海軍兵士らはエジプト貨物船からの緊急通報を受けて、貨物船を乗っ取ろうとした海賊船上にヘリコプターで乗り込み、武器を押収して海賊らを拘束した、という。

 <海賊はドイツを標的とする攻撃ではなかったとして釈放した。しかし、それにしてもドイツ連邦軍の関係者らにとっては、「感無量」の瞬間だったのではなかろうか。こう思うのは、実は次のようないきさつかあるからだ。>

 と書く。

 <ドイツが第二次大戦中のナチ時代の脱却を目指して連邦軍を創設し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟したのは1955年だった。これにより集団的自衛権は許されたものの、その行使には「NATO域内に限る」という制約があった。>

 集団自衛権はあるが発動できない、などという言葉や論争は何か聞いたことがあるなぁ(冗談です)。

 <しかし冷戦終焉直後、1990年に勃発した湾岸戦争で風向きが変わる。それまでドイツはNATOからの人的参加の要請を断っていた。日本と同じように、資金面での支援を優先したのだが、その政策が「小切手外交」と揶揄され、国外から非難を浴びることになった。ドイツはこれを教訓に、積極的に海外での国連平和維持活動(PKO)に取り組むことになる。ソマリアPKO活動もその一つで、私が、連邦陸軍兵士とともに、駐屯地エチオピア国境近くのベネット・ウエンに出発したのは1994年10月半ばだった。それまでのカンボジア150人、イラク43人、ボスニア58人などと異なり、一度に1700人もの兵士を派遣する大規模なものだった。軍港に降り立ち、果てしなく広がる砂漠に点在する大テント村を目にし、一瞬圧倒された記憶がある。>

 ここからが日本と違うレールを走ってきたんだなぁ。

 <だが、いつ無差別殺戮が発生してもおかしくない危険地域なのに、兵士の武器携行は銃一丁のみ、しかも軽装備だった。それゆえ、彼らは背水の陣をしき、決死の覚悟で可能な限りの智恵を絞り、忍耐強く一歩一歩着実に苦難を克服した。今回、再びソマリアの地で海賊退治という任務を遂行できた。その陰には、当時の苦難を乗り越えてひたすらPKO活動に尽くした先輩たちの実績があったに違いない。>

 やはり、銃一丁なのだ。ドイツ人、頑張ったな。しかし、クライン孝子さんの目には見えなかった準備作業もあるのではないか、とも思う。最近読んだ中国におけるドイツ人軍事顧問たちの活躍ぶりというか、ワイマール共和国時代からヒトラーのナチス時代にかけてのドイツ軍人の海外での軍事顧問としての活躍ぶり、その経済的役割、つまり、素材を輸入し製品を輸出するルートを拓く先兵としても活躍している様子が出ていたが、もしかすると、そういう日本人の目には見えない何かもあるのかもしれない。

 <日本でも、麻生太郎首相が浜田靖一防衛大臣に、海上自衛隊の護衛艦をソマリア近海へ派遣する準備作業に入るよう指示した、という。スピード指令にも見え、いささか驚きを禁じえないが、その真意を忖度すると、多分に中国の動きに触発されたからに違いあるまい。今回中国はソマリア沖に向け70人の海軍特殊部隊員とともに、ミサイル駆逐艦や総合補給艦など計3隻を派遣した。遠洋への艦隊派遣は500年ぶりのことで、中国政府はこれを海外での実戦作戦ととらえ、「国連安保理常任理事国として派遣は当然」とコメントしている。>

 日本の動きの裏に中国あり、ともう見抜かれている。その通りだから。

 <しかし、中国の動きについて独紙フランクフルター・アルゲマイネは「平和貢献かどうか疑わしく、不気味である」と報じた。中国は昨今、国際社会の非難をよそに、ダルフール紛争を抱えるスーダンや崩壊寸前にあるジンバブエなど難題山積のアフリカ諸国への支援を続ける。その中国の艦船派遣はもしかすると、海賊退治という緊迫したアフリカ情勢に便乗し、別の目的の舞台に利用しようとしているのではないか。欧州の疑心暗鬼の理由はそこにある。日本の自衛隊は、集団的自衛権の行使も許されていない。海と陸の違いこそあれ、かつてのドイツと同様に、手枷足枷をつけられた状況におかれている。ソマリア沖への艦船派遣は、日本にとってプラスになる。良きにつけ悪しきにつけ、好むと好まざるに関わらず、である。ドイツにできて日本にできないことはない、と私は思う。>

 そうだっ、と思う。ドイツに出来て日本にできないことはないだろう。論理的には。だけど、実際はそうじゃないんだなぁ。残念ながら。

 <あれこれ詮索し躊躇していて、話は先へ進まない。成せば成るもので、ここは覚悟を決めて行動に移すべきだ。ナポレオンではないが、せっかくの優れた能力も、機会なくしては取るに足らなくなるからである。>

 クラインさんは昔から威勢がいい。日本の政治家にこそ、この威勢のよさがほしいのだが。でも、クラインさんの言うように何事も最初は試練だけど、やってみなければ門は開かない。前川春雄氏は日銀職員として、日本が理事でもなんでもなくなったBISの理事会があると出張して、理事会後の懇親会には必ず顔を出していたので、各国の代表は日本の理事国復帰をエンカレッジしてくれたそうだ(「前川春雄 奴雁の哲学」)。

 こつこつと、最初は小さく、後で大きくなることを夢見ながら始めるしかない。経済面でこそ世界第二の大国だが、安全保障、世界政治面ではいまだに敗戦を引きずった政治小国なのだから。

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中国GDP成長6.8%に後退:内外で悲鳴~1月23日朝日新聞朝刊から

 各紙1月22日夕刊が伝えたように中国国家統計局が22日に発表した2008年10~12月の国内総生産(GDP)実質成長率が前年同期比6.8%となった。7~9月の9.0%からさらに減速し、2001年10~12月の6.6%以来、7年ぶりの低成長となった。中国政府は成長率8%を維持するという「保八」を掲げて内需拡大策に取り組むが、足元での大幅減速は強い逆風になり、世界経済の先行きにも影響を与えそうだ(22日朝日新聞夕刊1面)という。10~12月の数字が出たので、2008年の実質成長率が9.0%とまとまった。これも6年ぶりに10%を切り、13.0%に上方修正された2007年から大きく減速した、という。名目GDP総額は30兆670億元(約391兆円)で2007年に続き、米国、日本に続く世界3位の経済大国の地位を維持した。

 この成長減速を受けて各紙は1月23日朝刊に中国経済の分析記事を掲載していた。中でも詳しかったのが朝日新聞だった。

 経済面トップで見出しは<中国減速 内外で悲鳴/GDP成長6.8%に後退/大学新卒者「就職口ない」/日本企業「見通し立たぬ」>である。前文には

 <中国国内では出稼ぎ農民の失業だけでなく、大学卒業生の就職難も社会問題化。欧米を中心に世界経済の低迷が続く中、「中国頼み」を強めてきた先進国にも同様が走る。>

 とあった。北京市内で開かれた市人事局主催の就職説明会に来た女子学生の嘆きから入っている。約400社の企業がブースを構えたが、採用を絞り込む企業が目立つという。昨年は300人を超えた学生を採用した中信銀行の採用予定が50人前後と6分の1まで絞り込まれた。

 <世界的な金融危機はまず輸出産業が集積する広東省など沿海部を直撃。農村出身の出稼ぎ労働者(農民工)が1000万人規模で職を失い、旧正月を待たずに里帰りした。危機の影響はいま全国に広がる。あおりを一番受けているのが、大学の新卒者だ。>

 とある。

 <中国社会科学院が先月発表した「社会青書」によると、08年の大学卒業生計560万人の失業率は都市部全体の失業率の約3倍の約12%で、約70万人が失業中。さらに09年の卒業生も同じ失業率ならば、合わせて約150万人の新卒失業者を生み出し、経済情勢が悪化すればさらに膨らみかねない、と指摘した。>

 すごい数字だ。そこで、

 <共産党関係者は「高学歴の未就職者が不満を抱えたまま都市にとどまれば、一部の不満分子にあおられて政権批判の暴動予備軍に転化しかねない」と警戒する。ネットなども使いこなせる大学生らは05年の反日デモでも中心となった。不満が爆発すれば、農村に土地や家がある農民工よりもはるかに脅威になる、というわけだ。>

 <温家宝首相は先月20日、北京航空航天大学を訪れた際、図書館の学習室を突然訪問し、「政府は大学生の就職問題に最優先で取り組む。勉学に励んだみなさんの努力を無駄にはさせない」と学生らに語った。中国政府は今月7日、大卒者を採用する中小企業を支援したり、09年から3年かけて未就職者100万人を対象に研修実習を実施したりする対策も打ち出した。>

 と、共産党政府のトップが頭を痛めている様子を紹介する。そして、経済成長と失業率の関係についての話になる。12月に開いた中央経済工作会議で共産党・政府が09年の実質成長率目標を8%前後としたことに関連し、

 <政府は成長率1%で約100万人の新規雇用創出が可能と見ており、毎年1000万人超の新規労働者が生まれる中国にとって、8%の成長率は社会不安を招かないための最低ラインとされる。>

 と書いた。

 <政府は、昨年11月に打ち出した4兆元(約52兆円)超の内需拡大策は成長率を年に1%引き上げる効果があると見込む。今年半ばには景気が持ち直し、09年通年では8%前後の成長率を確保するシナリオを描く。だが22日発表された10~12月の成長率は6.8%と8%を大きく下回った。>

 <この日、記者会見した中国国家統計局の馬建堂局長は「中国経済が成長を維持する全体構造が金融危機で失われたわけではない。困難は一時的なものだ」と強調したが、景気が上向く兆しはまだ見えない。雇用への不満が爆発する前に景気を立て直せるか。高成長が続いたここ数年、経験しなかった戦いを中国政府は迫られている。>

  中国経済の先行きについて日本企業は楽観論と悲観論が交錯している、と書いている。

 楽観的なのは中国の消費をあてにする企業だそうだ。伊藤忠商事。キリンホールディングス中国現地法人、ユニクロを展開するファーストリテイリングや牛丼の吉野家ホールディングスなどだ、という。出資などをしているらしい。

 一方、悲観的なのは「世界の工場」に原料を供給する素材メーカーなどだ、という。石油化学工業協会、ジェトロ海外調査部などが悲観論をしゃべっている。日本の財務省のまとめでは12月のプラスチック原料の中国への輸出は前年同期比23%減った、という。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)の事務局の報告書は「中国の経済鈍化」を09年の世界が抱える主要なリスクと位置づけているそうだ。

 まあ、無難にまとめている、という感じだ。

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円高で労働者の3分の2を雇用している中小企業が利益を受ける~フィナンシャル・タイムズから

 英フィナンシャル・タイムズ紙は遠い存在だ、と思っていたのだが、JBPRESSというブログで同紙の日本語訳を毎日1本ずつアップしているのを知って、急に身近に感じるようになった。早速、最近の記事を読んで見たのだが、1月22日付の<日本の新たなキャリートレード?>というコラムに感心した。23日にアップしているので、相当の努力だと思う。

 デイビッド・ピリング記者のコラムである。財務官と四方山話をした時の話題だろう、と思うのだが、聞いた話をどのように記事にするか、のテクニックで日本の記者が学ぶところが多い、と思ったのだ。

 財務官が数年前、都内のレストランで食事した時、近くの席の2人の女性が円高を喜び、最近出かけた海外旅行でハンドバッグやデザイナーブランドの洋服を安く買えた、と友人にしていたのを聞いた、という。当時は円高局面で為替介入の憶測が流れていたが、この会話は財務官に大きな影響を与えた、という。「弱い円が日本の国益にかなう」と疑いもなく信じていた彼は、反対論の力強さに衝撃を受け、その円高効用論を熱心に説いたのが長年、日本経済の弱い部分とされてきた消費者だったので、なおさら驚いたという。

 <結局その時は、2003年のように政府がドル買い円売りに資金を浪費することはなかった。実際、為替介入は全くなかった。例の女性も多分、満足していたことだろう。>

 なるほど。英国人から見ても不可解な為替介入だったのだ。そして、今の話だ。過去6カ月間、円は対ドルで1ドル=110円から90円まで上昇。7月以降、下落するポンドに対しては4分の3も上昇したが、

 <これは日本経済の強さを反映したものではない。それどころか、日本は鉱工業生産の急激な落ち込みや輸出減少に苦しんでいる。>

 と冷静に分析。投資家は資金を米国に回帰させるか、自国に回帰させているため、円キャリートレード取引が解消され、円高に拍車をかけ、今では日米金利差が極小にまで縮小したため円キャリの流れは止まった、という。日本の輸出企業への打撃があまりに大きいので、

 <案の定、為替介入が話題になっている。政府が再び介入に乗り出すのは時間の問題かもしれない。その前に、介入に反対する議論を展開する価値はある。>

 ここが言いたいことだったのだろう。

 そして、次のように論を展開している。

①大手輸出業者は一般に考えられるほど為替変動に弱くない。

 1985年のプラザ合意の円高で日本企業は自社工場を中国を中心に安い生産拠点に移したり、米国や欧州など製品販売地域に移すことで為替リスクをヘッジしてきた。円高は日本企業に生産性の改善を迫る。多くの日本企業は円安で怠け癖がついていた。

②円は目に見える数字が示すほどには強くない。

 インフレ調整後の実質ベースで円は2007年半ばまでにちょうどプラザ合意直前の水準に戻っただけ。これは実質実効為替レートの話だろうと思う。

ここ数カ月間の日本の輸出急減は、日本の競争力不足というより、世界的需要欠如による影響がはるかに大きい。

④日本経済の中でなおざりにされてきた消費者の購買力は、少なくとも輸入品に関しては通貨に連動して強まる。

消費者は今は終わった6年間の日本経済回復期における最大の敗者。大手輸出業者は濡れ手に粟で過去最高の利益を手にしたが、労働者はその恩恵をほとんど何も受けなかった。

大手製造業者の味方をして消費者を疎かにするのが産業界、政治家、官僚の「鉄の三角形」によって刻み込まれた戦後ずっと続くパターンだ。

⑦今は信用によって膨らんだバブルを支えた世界的不均衡を是正するためにも、消費者の側に立った政策がかつてないほど必要。

 KBCフィナンシャル・プロダクツの日本株ストラテジスト、ジョナサン・アラム氏は日本の労働力の3分の2を雇用する数十万の中小企業も円高で恩恵を受けると話す。

輸入するコモディティー(商品)の価格低下で日本はデフレ逆戻りの危険があり、円高はこの傾向を助長する。

円高擁護論は「低金利を続けると資産バブルを生みかねない」と利上げを唱える人々に利用されている。理論的には一理あるが、ここまで成長の勢いが弱く、デフレ退治を完了したと言えない日本でこの議論を正当化するのは難しい。

⑩重要な論点は「経済の特定の一部にとって有益なことは、それがいかに顕著かつ雄弁でも、全員の利益ではないかもしれない」ということだ。

 日本の新聞のコラムと比べると、まるで識者インタビューを読んでいるような気がするくらい論理的で、しっかりした視点で書いている。つまり、主張がある。

 一般ニュース記事ではないのだから、記者もこのくらい自分のものの見方で書いていいのだが、日本の記者はこういう記事を書くと専門家の話の引用を3人も4人も入れるだろう。自信がないのだ。

 記者の育て方に問題があるのと、記者クラブ制度の弊害だろう。欧州も米国も一報記事は通信社に任せて、新聞記者は自分の眼鏡で見た分析を書くのだが、日本は「客観記事」を書くことに疲れてから編集員となって署名記事を書かされる。可哀想だ。

 また、俗に「岡目八目」というが、日本の外から見ているので見える部分があるのかもしれない。それにしても、論点はしっかりしている。

 今、日本の経済論壇ではゼロ金利にするかどうか、が話題になっている。ここでは、そうではなく日本では近く「利上げ論」が出てくる、と見ているようだ。一般的な見方と違う、というか、今は無理だろう、とは思うのだが。

 消費者が6年間虐げられてきた、という論点は、日本でも最近ようやく出てきた。ただ、⑦のように、実は労働者の3分の2を雇用する中小企業が円高でメリットを受ける、などという話は寡聞にして知らなかった。

 やっぱり、たまにはフィナンシャル・タイムズやニューヨーク・タイムズを読まないとダメなのかなぁ。

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米国も国連も北朝鮮に甘くなる+金正日後継問題~日経新聞、読売新聞、東京新聞1月16、23日朝刊から

◆UNDPが対北朝鮮援助再開へ~日経新聞

 1月23日日経新聞朝刊国際面の囲み記事<北朝鮮支援再開へ/国連開発計画、2年ぶり/日本も拠出、透明性要求>にはびっくりした。国連からの支援が朝鮮人民軍の幹部たちによって掠め取られ、困っている民衆には届いていないという「流用疑惑」の究明が終わっていないのに、国連開発計画(UNDP)が4月から対北朝鮮支援の再開を計画している、というのだ。2007年1月に停止して以来約2年ぶりの再開で、農業や環境分野の技術支援プロジェクトが中心になる、と書いてあった。

 <UNDPへの6番目の拠出国である日本が北朝鮮に「間接支援」する格好になるため、日本国内で議論を呼ぶ可能性もある。…日本は現在、執行理事会のメンバーを務めておらず「UNDPが理事会で正式に支援再開を決定すれば、受け入れざるを得ない」(政府関係者)としている。>

 これでは制裁の効き目がないではないか。6番目の拠出国でありながら、発言権がないのか。大体、北朝鮮問題は日本に遠慮して国連の下部機関が決定を行う際には日本に配慮した決定を行うべきだ。なめられているとしか思えない。国連を担当している日本の官僚は何をしていたのか。サボっていた、としか思えない。

 UNDPは近くニューヨークの本部で執行理事会を開き、支援再開を正式に決定する、という。記事によると対象事業は①品種改良など農業生産性の向上②収穫した農産物の貯蔵・流通システムの改善③小規模な風力発電の導入に向けた調査――だという。

 <UNDPは北朝鮮での支援金流用疑惑が発覚したのを受け、2007年1月に総額1790万㌦の新規支援の実施を凍結した。北朝鮮による核実験や日本人拉致問題の停滞を踏まえ、日米が主導する形で停止に至った経緯がある。日米などは再開に同意する条件として援助資金の流用を防ぐため、使途の透明性を確保するとともに、支援事業の進め方や内容を厳しく精査するよう要求。UNDP側は流用防止措置を徹底することにしたという。>

 米国は了承するのだろう。米国はクリントン政権に戻ったような雰囲気になるだろう。日本だけが取り残される。ずるずると融和策に引きずられ、最後には核を持った統一朝鮮が出現する、という悪夢が何年か後に迫っているのだろうか。

 この支援自体、額が小さいし、事荒立てる必要があるかどうか微妙な線上にあるのだろうが、この意思決定システムは危うい。

 日本抜きでどんどん進められていく。

 国連安保理に日本が非常任理事国として入っていない時は、これと同じ状況が安保理でも出現する。国連人権委員会などというキリスト教の権化のような機関が日本非難決議などを突然出してくる背景にはそういう盲点があったのだ。

 日本はこうした機関の事務局に英語のしゃべれるしっかりした職員を配置できていない。中国、韓国は米国に大量に留学生を送り出し、英語を覚えさせて、このような国際機関の事務局職員として押し込む。国連のように事務局主導型の組織では事務局の力が圧倒的に強い。「日本パッシング」が進むのは火を見るより明らかだ。危うい状況だ。日本政府は早急に対策を考えたほうがいい。

 1月23日読売新聞夕刊2面に<対北朝鮮事業を再開へ>のメモ記事が載っていた。理事会で承認した、ということだった。

◆クリントン国務長官の真意

 読売新聞1月23日国際面続き物[変革 外交戦略②]<対北「ムチ」どこまで>はオバマ米政権の北朝鮮政策を占った記事だ。

 そんなに新しい内容はないが、オバマ氏の20日の就任演説の中に金正日総書記への呼びかけと見られる部分があった、という指摘は新鮮だった。

 <「異議を唱える者を黙らせることで権力にしがみつく者よ、握ったこぶしを緩めるなら、我々は手を差し伸べよう」>

 である。記事によると、オバマ氏は圧政国家の独裁者にも「手を差し伸べる」と言った、というのだ。記事は、

 <ブッシュ政権の強硬路線が北朝鮮を核実験に導いたと見るオバマ政権は、対話路線で北朝鮮に核放棄を迫る構えだ。>

 と書いている。「対話と圧力」政策の継承といいながら、やはり「対話」だ、と見ている。その通りだと思う。クリントン国務長官は公聴会で一応は「アメとムチ」双方に言及したが、「アメ」に重点を置いているのは歴然だった。だから、「強硬路線」と書いていた韓国の新聞に違和感を覚えたのだ。読売新聞は、

 <新政権には、大統領の訪朝寸前までいったクリントン政権時代のスタッフも多く、アメをとられるだけの結果となることへの懸念は強い。>

 と書いていた。これもその通りだと思う。よく取材していると思うのは、次のくだりだ。

 <北朝鮮に近い消息筋は、北朝鮮が米国の対話路線を歓迎する真意は、国交樹立ではなく、時間稼ぎと言う。「対話が続く限り、軍事オプションはない。その間に北朝鮮は、健康不安を抱える金正日総書記の後継体制作りに集中できる。ミサイル技術を改良し、他国に売って収入を得ることも出来る」。>

 このリアリズムに徹した見方が必要だ、と思う。

 <北朝鮮の遅延作戦で対話路線が行き詰まった場合、「2010年の中間選挙をにらみ、オバマ政権は就任後1年で強硬路線に転じる」(消息筋)可能性がある。>

 そうなればいいのだけども、

 <ただ、制裁を科そうにも、日中韓と歩調を合わせない限り、効果は限定的だ。オバマ政権がいかにアメとムチを使い分け、北朝鮮のこぶしを開かせるかが焦点となる。>

 そういうことなのだ、残念ながら。軍事オプションには韓国と中国が反対する。日米だけで突き進むわけにはいかない、となれば、北朝鮮に甘い汁だけ吸われて、制裁はできない、という今までのバカバカしいドラマの繰り返しを見せられるだけだろう。日本が手足をもがれている以上、国際政治面でバカにされるのは致し方ないし、じっと我慢でいくしかないのか。

 でも、少なくとも日本国民はこうした国際政治のリアリズムと平和憲法の関係だけは知っておかないといけないのではないか、と思うのだが。

◆金正日後継は相当に混乱しているのか?

 金正日総書記の後継問題が相当に混迷の度を深めているように見える。

 1月14日の読売新聞国際面<北、集団指導体制準備か/総書記義弟が中心 米情報筋/群小枠の立場固める>でまとめ記事を掲載していた。この記事は、

 <長男の金正男氏を形式的元首とする、金一族と朝鮮労働党、朝鮮人民軍の3者による集団指導体制の構築が進められている模様だ。米情報筋が明らかにしたもので、体制作りの中心人物は総書記の義弟、張成沢労働党行政部長。後継体制は実質的に「張政権」になる可能性が増しているという。>

 という前文がすべてを言い表しているだろう。

 縁戚関係を武器に金正男氏の後見人的立場に納まった張氏が妻の金敬姫氏とともに実権を握っているだけでなく、張氏の兄弟2人が朝鮮人民軍の最高幹部であることも利用し、軍部を掌握できる立場を固めた、という。

 記事は朝鮮労働党内では張氏以外には金総書記の信任が厚い金養建党統一戦線部長がおり、2007年10月に平壌で開いた南北首脳会談に側近としてただ一人同席した、という。

 <朝鮮人民軍の中では国防委員会に所属する李明秀、玄哲海両大将の台頭が著しいとされる。いずれも「先軍政治」を掲げる総書記の側近で、昨夏に総書記の重病説が流れて以降に公開された、総書記が地方などを視察する写真の多くに2人が一緒に写っているのが確認されている。>

 <金一族からは、総書記の元秘書で現夫人の金オク氏がポスト金体制での権力拡大を目指す。だが、同筋は「男尊女卑の風潮が強い北朝鮮でトップの座に就くのは困難だ。総書記が死亡した場合の後ろ盾もない」と指摘。このため同氏は現在、張氏との関係強化を通じて権力基盤の確保を目指しているほか、先妻との間に生まれた次男の正哲、三男正雲両氏を取り込み、ゆくゆくは指導者に仕立てることを狙っているという。>

 何かドロドロした宮廷闘争みたいだが、米情報誌筋はどこまで真実に近づいているのだろうか。

◆東京新聞も金正男氏後継の可能性を掲載

 この見方と同じだったのが東京新聞1月23日国際面<金総書記/「軍は国の長男」/後継者選びと関連か>だった。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が22日の論説で金正日総書記(66)の「人民軍隊は国の長兄(長男)になるべきだ」とする言葉を紹介した、という。

 <昨年9月の総書記の健康悪化説以降、長男の正男氏(37)が、後継指導者を指すとみられる「新星将軍」と呼ばれ始めたという情報もあり、論説と後継選びとの関連を指摘する分析も出ている。>

 という解釈をしていた。

 <ラヂオプレス(RP)によると、総書記の発言日時は不明だが、軍の前線視察で指揮幹部らを激励する際に使った。>

 と書いている。つまり、今や金正日は言葉もしゃべれなくなり、元気なころのテープから各陣営が都合のいい言葉を捜し始めた、ということなのだろう。読売新聞の分析に寄れば、金正男後継で得するのは張氏だから、この工作をしたのも張氏と考えれば納得がいくのだが、金正日地方出張に人民軍の反対派2人が同行していたとすれば、その2将軍との折り合いはどうつけたのだろうか? 東京新聞の記事(ソウル支局の築山英司特派員)は、次のように書く。

 <北朝鮮では儒教思想の影響で長男が重視される。RPでは、発言から総書にも同じ考えが伺えるとし、後継者は長男との見方につながる可能性も指摘される。>

 また、

 <長男後継説は、日本の非政府組織(NGO)「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)代表の李英和・関西大学教授が主張する。正男氏が昨年11月ごろ、北朝鮮東部の工場や軍部隊を視察中、幹部らは正男氏を「新星将軍」と呼んだ、という。>

 と書いていた。この辺が築山氏の情報源なのか? 重村智計・早大教授は背中一面に刺青をしている金正男氏の後継だけは絶対ない、と2007年に出した本の中で書いていたのだが、情勢が変化したのか?

 ところが、三男の金正雲氏が後継に選ばれる、という話が妖怪のように情報筋の間を徘徊したのだ。

◆「金正雲後継」の韓国情報はどうなったのだろう?~読売新聞など

 1月16日付朝刊各紙だった。読売新聞朝刊国際面は2番手<「金総書記後継三男」/正雲氏/韓国で報道 真偽不明>で扱ったうえ、<25歳正雲氏めぐる動き注目>の解説記事を付けていた。本記はソウル支局の前田康広特派員、解説は同じソウルの浅野好春特派員が書いていた。

 <韓国の聨合ニュースは15日、消息筋の話として、北朝鮮の金正日総書記(66)が今月初め、三男の正雲氏(25)を後継者と決め、労働党指導部に伝えたと報じた。事実とすれば、北朝鮮の指導者は2代続けての世襲となるが、真偽は不明だ。>

 が前文だ。

 <聨合電によると、同筋は「金総書記が1月8日ごろ、正雲氏を後継者とする教示を下達したと聞いている」と語った。李済剛・組織指導部第1副部長が同部の課長級以上の幹部を緊急招集して決定を伝えたという。聨合電は、健康悪化が伝えられる金総書記は精神的に衰えた状態で、後継者が決まらないと政権が崩壊する可能性があると考えたと分析。顔や性格が総書記と似ていて「権力者として遜色ない」ことが、正雲氏指名の理由だとしている。>

 何かインチキ臭い理由だなぁ。

 <正雲氏の母親は、金総書記の前妻で2004年に死亡したとされる高英姫氏。正雲氏は糖尿病や高血圧を患っているとの情報もある。聨合電によると、韓国政府当局者は、正雲氏の後継指名について、「そうした情報を持っておらず、事実として把握されたものもない」と話している。後継者として長男の正男氏(37)や次男の正哲氏(28)を推す勢力があるとの報道もあるが、聨合電は両氏がどうなるか触れていない。>

 が本文のすべてだ。結局、韓国政府筋も「聞いていない」と言っているので、聨合ニュースの誤報だったのだろうが、人騒がせ、で済ましていい情報だったのかどうか。

 読売新聞の解説も、

 <正雲氏を後継指名したとの報道は、「1月8日ごろに教示が下された」との消息筋の情報以外は根拠が曖昧で、現時点では信頼性が高いとはいえない。>

 としながら、正雲氏を後継者とする見方が以前からあたっため、読売新聞では「今後など、正雲氏をめぐる動きに注目する必要がある」と書いている。

 <後継指名に関しては金日成主席(1994年7月死去)の生誕100年、つまり北朝鮮の年号で「主体100年」の2012年になるとの見方が一般的だ。聨合電は、指名が早まった理由について、健康が悪化した金総書記の「焦燥感」を挙げたほか、実質ナンバー2に急浮上した張成沢労働党行政部長(62)が正雲氏の「後見人」となるとも報じたが、いずれも観測の域を出ていない。>

 なるほど、「2012年問題」か。

 <これまでは、後継指名が明らかになった時点で求心力を失う恐れから、金総書記は後継者を立てず、労働党や軍幹部による「集団指導体制」構築を目指しているとの見方が強まっていた。正雲氏が党や軍で主要な役職に就いていない点も経歴上は不利だ。>

 と聨合電に否定的な見方を列挙する。しかし、である。

 <金総書記のそばで仕えたとされる藤本健二氏は著書「金正日の料理人」(03年、扶桑社)の中で、正雲氏を最有力とする見方を示している。脳卒中などが疑われる金総書記は、自身が32歳だった1974年に父親から後継指名されており、「後継指名するなら急いだほうがいい」と考え直した可能性もある。>

 というのが結びである。あくまで聨合ニュースの配信が事実であれば、という仮定のうえでの頭の体操にすぎないのだが、結構インパクトのある記事だった。

◆日経新聞は冷静にまとめていた

 毎日新聞は2面ベタ記事。産経新聞も国際面メモ記事。朝日新聞は無視。

 一番大きく扱ったのが日経新聞で国際面トップ記事に仕立てていたが、これは方向性を出さないまとめ記事。

 <長男「新星将軍」の呼称/韓国では「三男」報道も/「ポスト金正日」動き激しく/北朝鮮、対立構図にじむ>である。[主な後継候補]の金王朝系統図、金正男、金正哲、金正雲3氏の略歴をつけて、暗闘があるのではないか、という見方を書いている。筆者はソウル支局の山口真典特派員で、相当に冷静にまとめた記事になっていた。

 この記事によると、北朝鮮では金正日、金日成と金正日の母・金正淑の3人だけを「白頭山三大将軍」と「将軍」の名前で呼んでおり金正男が「新星将軍」と呼ばれているとしたら、後継指名されたことを示唆する可能性あり、と書いている。

 その他は新しい事実はない。やっぱり、「ポスト金正日」をめぐって北朝鮮権力層の中で暗闘が繰り広げられているのだろうか? 一番の心配が核兵器管理なのだが。

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2009年1月22日 (木)

同心円と楕円:田中角栄と大平正芳考~1月22日日経新聞夕刊から

 日経新聞1月22日夕刊[永田町インサイド]の左脇の小さな連載コラム[明言迷言]は気に入った時だけ読んでいるが、今日のは[同心円でいこう 田中角栄元首相]と私にとっては生々しい言葉が歴史的な言葉に格上げされて出ていたので、読んでみた。見出しは<「鉄の軍団」終わりの始まり>である。

 1985年2月13日朝、竹下登蔵相(今の財務相に当たる)が東京都文京区目白台の私邸に田中角栄元首相を訪ね、「先日お話しした勉強会ができたのでご報告に来ました。色々ご心配、ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。それに対して田中元首相が言った言葉がこの「いや、いいんだ。とにかく同心円でいこうや」だった、と書いている。

 信濃川河川敷問題を追及されての首相辞任。復活を目指して田中派の膨張作戦を遂行し、巨大派閥を作り上げたが、米国議会で飛び出したSEC報告書でロッキード事件が明るみに出て、コーチャン証言などもあり、田中元首相は三木内閣時代に逮捕されてしまう。起訴され、一審有罪、控訴という段階で死去したのだったかどうか、記憶がもう曖昧になっている。なにしろ、膨張した田中派内の内輪もめが起きたのだ。大きな原因はマスメディアでいつもいつも「罪人の味方」「悪の仲間」と叩かれ、ほとほと嫌になっていたという底流があるのに、膨張作戦を挙行中の田中氏はそんなことにはお構いなく、他派からの鞍替え組みを重用したため、生え抜きが怒ったのだ。

 そして、金丸信、梶山静六、小沢一郎各氏を中心に「竹下を立たせよう」となって、「創政会」を秘密結社のように作って、それが将来、「経世会」に発展し、田中派を乗っ取る、という話である。

 すでに力関係は竹下氏が田中氏を上回っていた。というか、まだ政界への影響力は田中氏のほうが圧倒的に大きかったが、その影響力を支えていたのが数の力だったわけで、その数を侵食されたのは田中氏にとって致命的だった。こうならないように、早坂氏や秘書の佐藤女史を使って情報収集をしていたのだが、金丸グループはおやじさんのその心を知り抜いていたため、おやじに隠れて新グループを立ち上げる際には死ぬか、と思いながらやったそうだ。だから、グループができた時点で勝負はついていた。グループができた、ということはもう田中一人の力で百数十人が一糸乱れず動く集団ではなくなった、ということを意味したからだ。

 この「同心円でいこうや」は過大評価された言葉である。田中角栄氏としては「楕円でいい」とは口が裂けても言えなかったに違いない。しかし、「同心円」など、ありえるはずがない。同心円というのは同じ中心点があり、円が二つあっても三つあっても、中心は同じ、つまり、中心には常に田中角栄が座っている、という意味である。そうはならない。新グループを田中角栄が仕切れない以上、同心円ではありえないのに、この苦しい言葉「同心円」をあたかも新しい田中戦略かの如く解説していたのが当時のマスコミだった。

 早坂秘書が怖かったから、「田中角栄の影響力はこれで消えていく」と書けなかったのだろう、と推測するが、当時の政治記者はそんなレベルだったのだ。

 だから、この「同心円」と大平正芳の「楕円の哲学」の意味するもの、言葉の持つ深みは全く違う。

 ただ、新聞を見ながら、「同心円」と「楕円」の両方が思い浮かんだので、メモしておくだけだ。

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各紙はオバマ演説をどう報じたか~1月22日各紙朝刊コラム、一般分析記事から

◆トマス・ペインの「危機」が原典だったって[産経抄]に教わった

 各紙1月22日朝刊はそろってオバマ米大統領の就任演説の分析に多くの紙面を割いていた。

 勉強になったのは産経新聞[産経抄]だ。

 <トマス・ペインといえば、アメリカ独立の機運を高めた『コモン・センス』の筆者として知られる。1776年に独立宣言が発布されると、ワシントン将軍のもとでイギリス軍と戦った。ところが、敗走につぐ敗走で士気が下がるばかり。そんななか書き上げた論文が『危機』だ。その年の暮れの吹雪の夜、ワシントン将軍は兵士たちを集めて、朗読するよう命令した。「酷寒のなか、希望と良識しか生き残れないとき…」。まもなくアメリカ軍は反攻に転じる。>

 独立戦争である。アメリカ人にしても歴史の彼方の話だろう。

 日本は徳川氏の江戸幕府の安永5年。上田秋成の「雨月物語」が刊行され、平賀源内がエレキテルを完成した。2年前に前野良沢、杉田玄白が墓場をあばき、死体を解剖して人体の組成を科学的に分析した「解体新書」を発行している。アメリカ独立戦争勃発は1775年4月。ワットが蒸気機関を完成した年だ。1776年にはアダム・スミスが「神の見えざる手」で有名な「国富論」を刊行した。天明の大飢饉よりも昔だし、寛政の改革よりも前、文化・文政の百花繚乱の江戸文化の華が咲く約40年前。

 明治維新の92年前である。「明治は遠くなりにけり」の約100年前の歴史である。随分と昔の故事を引っ張ってきたものだ。

 [産経抄]の続きを読む。

 <バラク・オバマ第44代大統領(47)も、就任演説の結び近くで『危機』を引用した。演説の名手は、100年に1度どころか建国以来の危機に際して、国民にあらためて団結の必要を訴えた。>

 というくだりである。そうだったのか。知らずに読んでいた。オバマ演説では最後の部分にこの言葉が出てくる。共同通信の日本語訳でコピペしておこう。

 <米国誕生の年、厳寒の中で、少数の愛国者の一団がいてつく川岸で消えそうなたき火のかたわらに寄り合った。首都は見捨てられ、敵は前進し、雪は血に染まった。独立革命の実現が不確かなときに、建国の父が次の言葉を人々に読むよう命じた。>

 この「建国の父」がジョージ・ワシントン将軍、つまり初代アメリカ大統領だったわけだ。

 <「希望と良識のみが生き残る酷寒の中、共通の敵にさらされた都市と地方は手を取り合ったと、将来、語られるようにしよう」>

 この文章がトマス・ペインの「危機」だったのだ。

 <米国よ。脅威に直面した苦難の冬において、時を超えるこの言葉を記憶にとどめよう。希望と良識を胸に抱き、いてつく流れに立ちはだかり、どんな嵐にも耐えてみせよう。子孫たちにこう言い伝えられるようにしよう。試練を与えられたとき、われわれは旅を途中で終えることを拒んだ。振り返ることも、くじけることもなかったのだと。そして地平線とわれわれにそそがれた神の慈悲を見据えながら、自由という偉大な贈り物を抱き、未来の世代に無事に届けたのだと。>

 これはオバマ演説の結び。結びに向けて米国民に耐乏生活と将来への希望と団結を訴える切り札として持ち出したのが「建国の父」ジョージ・ワシントンたちの行動と思いだったわけだ。つまり、オバマ氏の頭の中では現状変革は「第二の建国」と位置づけられているのだろう、と思う。

 [産経抄]の筆者は目のつけどころがいい。次の文章など、日本国民にちょっとした皮肉を言っている。この話は朝日新聞も演説全文のページで紹介し、毎日新聞は1面[余録]で取り上げていた。

◆深夜なのに視聴率が5.9%(関西では6,7%)

 <史上初の黒人大統領の演説集が人気を呼ぶ日本では、未明に放映された生中継の視聴率が6%近くに達するほど、演説の内容に関心が高まった。>

 そうなのだ。オバマ演説集がベストセラーになっている。未明に放映されたテレビ生中継を見た人がそんなに多かったとは。これは韓流ブームのぺ・ヨンジュン人気と変わらないのではないか、と私も突っ込みを入れてみたくなる。

 まあ、日本の政治家が期待できないから、アメリカの大統領に政治家の理想像を見ている、と皮肉る評論家が多いであろうと推測するが、あまりに日本の政治家を貶めないほうがいい、と私は思う。なお、視聴率について産経新聞の一般記事では、

 <21日未明にオバマ米大統領の就任式を中継したNHKの番組(総合テレビ)の視聴率は、関東地区が5.9%、関西地区が6.7%だったことが同日、ビデオリサーチの調査で分かった。前4週の同じ時間帯の平均視聴率は、それぞれ1.5%、1.6%で、深夜時間帯の硬派ニュースとしては非常に高い数字となった。>

 と書いてあった。関西の人たちは深夜テレビが好きなようだ。

 [産経抄]は続ける。

 <もっとも、「新しい責任の時代」を見出しに取った新聞各紙は、キャッチフレーズ探しに苦労したようだ。おなじみの「イエス・ウイ・キャン」も「チェンジ」も省かれていた。ワシントン駐在経験のある同僚記者は、「意識的に地味にしたのでは」との見方を示す。>

 <新大統領が直面するテロとの戦いや経済の立て直しといった問題は、いずれも成果が挙がるのに時間がかかる。期待が大きすぎると、仕事がやりにくいからだ。>

 <就任式の名演説といえば、誰もが故ケネディ元大統領を思い浮かべる。「自分が国に対して何ができるかを問え」と国民に呼びかけた本人は、自国をベトナム戦争の泥沼に引き入れたまま、2年10カ月後に凶弾に倒れた。「名演説だけが残る大統領にはならない」。新大統領は、こんな意志を示したのかもしれない。

 冷静である。ケネディの名演説は有名だが、ケネディの業績は誰も俎上にしない。つまり、産経抄子が言うように、格好のいいことは言ったが、ベトナム戦争の泥沼に自国を引きずり込み、アメリカ経済凋落のきっかけを作った張本人なのだから。キューバ危機への勇気ある対処はあったが、それだけだった気がする。

 そのケネディやリンカーンをあえて引用せず、トマス・ペインを引用した意味合いを産経抄子がうまく分析していた、と思う。

◆古森氏は会場の黒人の熱気にあてられたようだ

  また、産経新聞1面大型コラム<歴史の象徴が直面する危機>で古森義久・ワシントン駐在編集特別委員が、

 <選挙戦中はすっかり薄められていた人種がらみの要因がこの式典では力強く前面に出て……これほど参加者の規模が巨大で、これほど黒人の数が多い光景は目撃したことがなかった>

 と式典の熱気を書いていた。

 <零下7度の切るような寒気の中、未明からみなオバマ大統領の誕生を待ち受けた…熱心な参加者たちはどの方向をみても、アフリカ系米人とも呼ばれる黒人の老若男女が多数派を占めていた。>

 最初の4段落は黒人の話だけだ。

 <人種要因はオバマ陣営自身、選挙期間中はことさら薄めていた……就任式での黒人パワーの爆発するような発露が、いやでもオバマ大統領の人種的特徴の歴史的意義を明示したと感じさせられた。米国社会で奴隷とされ、参政権を奪われて差別された被迫害の歴史を持つ黒人が、ついに国家元首に選ばれたという事実が証する民主主義や人種融和の前進の意義である。>

 どうも古森氏は現地の熱気にあてられて人種問題をことさら大きく捉えたらしい。しかし、冷静な目も失っていない。

 <進路について新大統領は多数の「挑戦」や「危機」を列記して、もっぱら対応の難しさを強調することで一般の期待のレベルを引き下げようとするかにみえた。解決策については「責任の新時代」とか「平和の新時代」という標語での抽象的な構えをみせるにとどめ、具体策は示さない。就任演説は個々の政策よりも基本の姿勢の表明が主旨とはいえ、オバマ氏のこれまでの主要演説にくらべてずっと平板であり、聞く側を刺激し、鼓舞する内容のようには響かなかった。米国が内外で直面する現状はそれほどに厳しく、その米国を動かすオバマ大統領の立脚点も、もはや「変革」と「希望」を語ることだけではまったく対処できない真剣の実務の世界に入ったということであろう。>

 と書いているのだ。産経抄子の見方と同じである。「責任の新時代」という日本の新聞が飛びついたキャッチフレーズも「抽象的」とズバリ書いている。そういうことだ、と思う。

◆キャシアス・クレイの時代とオバマの父の時代

 朝日新聞[天声人語]も人種問題に焦点をあてていた。

 <モハメド・アリ氏の、選手時代の逸話を思い出した。まだカシアス・クレイの名前だった若いころ、ローマ五輪のボクシングで金メダルを獲得して意気揚々と帰郷した。祝賀会のあと友人とレストランに行った。だが「黒人はお断りだ」と追い払われる。彼は怒りに震えてメダルを川に投げ捨てた。

 この伝説は知らなかった。

 <脚色された「伝説」と言われもするが、オバマ大統領の生まれたころに黒人が置かれていた、隠れもない現実である。>

 として例の「つい60年ほど前はレストランで食事もさせてもらえなかったかもしれぬ父を持つ男がいま、あなた方の前に立っている」というオバマ演説を紹介する。

 <奴隷制以来の過酷な差別を思えば、「大統領になったことが最大の仕事」の声が上がるのもうなずける。それは、自由と平等をかかげた建国の理想の体現だった。>

 として、文章の最後にも、

 <歴史的な就任式にはアリ氏の姿もあったそうだ。メダルの一件以来、人生をかけて差別と闘ってきた人である。人種問題を乗り越え、さらなる困難に旅立つオバマ氏に、大きなエールを送ったに違いない。 >

 で締めていた。そして、さっきの文章の次は、

 <だがその「大仕事」はきのうで終わり、今日からは容赦のない現実が待つ。>

 と話題を転じるのだ。

 そうなのだ。昨日から書いているように、人種問題は大統領選に当選した時点で「終わった問題」。そして、

 <膨らむ期待は、世界に満ちる不平、不満、不幸の裏返しにほかならない。さらに不安、不信、そして不穏。「不」が渦巻く荒海への、いわば船出である。>

 なのである。

 <米国の大統領とは、多種多様な国民が、その時代に求める「かくあらねばならないアメリカ」の象徴といえる。首のすげかえといったお手軽な話ではない。そして期待の横で常に、失望が深々と口を開けている。>

 一般論を書いている。「首のすげ替えといったお手軽な話」は日本の政権交代のことを皮肉を込めて言っているのだろうが、そういう言い方が政治化蔑視を生み、政治不信を生むとは思わないのだろうか?

◆北朝鮮、アフガニスタン、パキスタン、ロシア、中国の受け止め方

 オバマ大統領演説全文を読みやすい形で1ページに収録していた東京新聞は国際面の3分の2を使い、[変化待ち望む世界]のタイトルで北朝鮮、イラン、アフガニスタン、中国などの受け止め方を特集していた。

 ついでに言えば、オバマ演説全文の扱いは各紙工夫をしていたが、読売新聞も1ページに英文と日本語訳を掲載したが、こちらは英語の教科書並みに英文の横に日本文をフレーズごとにまとめて載せて、英語の勉強が出来るようにしてあった。一番工夫が見られたのが読売新聞かもしれない。

 さて、東京新聞記事に戻る。注目の北朝鮮については、

 <朝鮮中央通信など北朝鮮メディアは21日、オバマ米大統領就任を即日、論評抜きで伝えた。ラヂオプレス(RP)によるとブッシュ前大統領の就任時は3日後、クリントン元大統領の際は2日後に報じており、関心の強さを示した。今後は「核兵器保有」の立場をより強く打ち出し、直接対話を通じた国交正常化交渉に本腰を入れる可能性が高い。>

 この点については読売新聞が国際面トップ<北、直接対話に期待/就任直後、異例の報道>で大きく取り上げていた。東京新聞に戻る。

 <「米国による核の脅威が除去され、南朝鮮(韓国)に対する米国の核の傘がなくなれば、わが方も核兵器が必要なくなる」。オバマ大統領就任を控えた13日、北朝鮮は外務省報道官の談話を通じ、今後の核交渉は米国との関係正常化とセットにして進める意思を強調した。>

 <韓国の政府系シンクタンク、統一研究院の朴英鎬・国際関係研究室長は「北朝鮮はオバマ大統領に直接対話への積極的な信号を送る一方で、自国が『核保有国』であるとの主張を既成事実化することを狙っている。関係正常化を達成する以前に、米国が想定する厳格な核検証に応じるつもりはなく、米朝間の交渉が簡単に前進することはないだろう」と予測している。>

 まあ、一般論しか書いてない。

◆事前に米韓で北朝鮮への特使派遣問題で詰めていたそうだ~朝日新聞

 朝日新聞は国際面<北朝鮮の米接近/警戒強める韓国>で少し踏み込んだ内幕を書いていた。

 韓国大統領府関係者が今月、オバマ政権の外交担当者らと面談し、米特使の北朝鮮派遣問題について「早期派遣は北に誤ったメッセージを与える」と主張して①核施設の無能力化など非核化第2段階の完了②米韓の事前協議――を前提にするよう求め、米側が「合理的な考えだ」(リーズナブル、とでも言ったのか?)と回答し、別のルートでも特使派遣は実現しても春以降になるとの見通しを韓国側に示した、とあった。

 おいおい、である。

 日本はそういう協議には参加していなかったのか。これもヒル氏の陰謀ではないのか? オバマ政権の外交担当者とは誰なのか? カート・キャンベル氏ならば、少なくとも日本の外務省か谷内氏にこの協議内容を伝えたと考えるのが普通だが、そうではなく、全く日本がパッシングされた形で進んでいるとしたら、これは由々しいことだ。

 朝日新聞の記事を少し写しておく。

 <オバマ政権の対北朝鮮政策は、クリントン元政権の関与政策(ペリー・プロセス)を引き継ぐとの見方が韓国では強い。韓国政府関係者は「対話が無理なら軍事行動も辞さない政策。どちらに進むのか注視するしかない」と語る。

 ペリー・プロセスか。何年か前、日本である新聞社主催のシンポジウムでペリー氏が北朝鮮の核施設をピンポイントで攻撃することもありうる、と話していたのを聞いたことがある。「本当かいな」と思ったが、あの時は韓国側の必死の説得で米国は路線変更をしたと覚えているのだが。

 朝日新聞記事は続けて、

 <北朝鮮は11月、訪米した李根外務省米州局長がオバマ氏陣営のアジア政策担当者と接触。様々な提案を行ったという。2月には朝鮮労働党傘下にある朝鮮アジア太平洋平和委員会の李種革・副委員長が訪米し、米国の朝鮮半島専門家と意見交換する方向で調整しているという。>

 と書いていた。北朝鮮も表面上は韓国を脅したり、忙しくしているが、水面下では実質的な会談を繰り返しているようだ。

 何か、何もやっていないのは日本だけではないか、と思えてきた。

 東京新聞の記事に戻る。

 アフガニスタンとパキスタンはブッシュ前政権の武力一辺倒から対話と掃討の「和戦両様」に政策転換するオバマ氏の姿勢を歓迎しているが、両国とも政権の求心力が低下、泥沼化の懸念は消えない、としている。

 一方、ロシアは年内に失効する米ロ第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新条約にも意欲的な米新政権を静かに見守り、メドベージェフ大統領は「関係正常化を期待する」と述べたが、期待が裏切られたと判断すればロシアが再び「新冷戦も恐れぬ」姿勢で臨むことも考えられる、と書いている。どうも、ナショナリズムに目覚めたロシアは扱いにくい国に逆戻りしているようだ。

 中国は世界経済が悪化する中、対中貿易赤字を背景とした人民元レートの切り上げ圧力を警戒。人権やチベット問題など、中国側が「主権にかかわる」として譲歩できない問題についても、オバマ政権が是正を要求してくるかどうか関心を寄せる。台湾問題では米国の台湾向け武器売却に一貫して反対している。今後、こうした問題で米中間に摩擦が生じる可能性が焦点になる。中国人識者の多くは「中米関係は、比較的安定した関係が続いたブッシュ政権時と基本的に変化はない」とみている。金融危機克服やイランや北朝鮮の核問題など、ブッシュ政権が残した負の遺産を解決するためには、中国の協力が欠かせないというのが理由だ、と書いていた。

 すべて一般論だが、こういう機会に各国と米国との関係をおさらいしておくのも勉強になっていい。

◆日経新聞はバカ騒ぎにお付き合いしない新聞だった

 日本の新聞のバカ騒ぎをどこ知らぬ顔でわが道を行ったのが日経新聞だった。21日夕刊1面本記と2,3面見開きで十分書いた、という判断だろう、特集面もなく、まとまった記事もない。社説が目立った程度だった。

◆スタンリー・クレイマーの「招かれざる客」と40年間の変化

 読売新聞1面署名記事は岡本道郎アメリカ総局長論文<「黒人初」の次元超えて>だった。

 <1967年、ハリウッド社会派のスタンリー・クレイマー監督は、黒人エリート医師と白人女性との結婚話を描いた映画「招かれざる客」(邦題)で、米社会の人種差別に強烈な問題提起を行った。新聞社主でリベラルを自任する娘の父親が苦悩の末、結局結婚を認める物語なのだが、白人と黒人の結婚がなお全米16州で禁止されていた時代に、異人種間の初キスシーンも含め大きな衝撃を呼んだ。劇中、黒人俳優の草分け的存在、シドニー・ポワチエ演ずる医師が父親に子供について聞かれ答える場面がある。「彼女は、子供はみんな大統領になって、多人種の政権を作るって考えています」。42年後、このセリフは現実となった。ケニア人の黒人男性とカンザス州の白人女性との間に生まれたエリート政治家バラク・オバマ氏が、一気に権力の頂点ホワイトハウスの主となった。>

 なるほど、「招かれざる客」から入ったか。

 <初の黒人大統領。公民権運動の究極の到達点であり、米国の民主主義の輝きを示す人類史的出来事であることは論をまたない。だが、むしろ、わずか40年程度の時間の流れの中で、かつての不可能が可能になる――そんな米国のダイナミズムにこそ、凄みを感じる。今後、オバマ氏の言葉、行動すべてが「歴史」になる。では、歴史はオバマ大統領に何をさせようとしているのか。>

 「黒人大統領」という意味ではオバマ氏の今後の行動はすべて「初めて」尽くしであり、歴史になることは間違いないが、岡本氏がいうようにわずか40年前の「不可能」が「実現」してしまうダイナミックな社会が驚きだ。一体何なのだろう?

 岡本氏は米国健在論、衰退論がたたかわされている中、オバマ氏がいかに「漂う米国に適切な羅針盤を取り付け、その健全な再生に着手する」ことができるかが勝負だ、「失敗はそのまま、衰退論の定着につながる」と言う。

 <オバマ氏の最大の武器は、異論を持つ他者の意見に耳を傾け、「Yes We Can(我々はできるんだ)」の「We(我々)」の中に取り込んでいくマジックにも似た包容力にある。米国と世界の双方に役立つ、オバマ大統領の「We」をどこまで広げられるか。「黒人初」の次元を超え、真の偉大な大統領として歴史に刻まれるかどうかはそこにかかる。>

 と、書いていた。見出しからは相当期待したのだが、黒人大統領論から一歩も出ていなかったのは残念だった。

◆各紙の「識者の話」、そう目新しいものはなかったが……

 読売新聞は政治面トップで<オバマ政権/対北、米の軟化警戒/政府/早期首脳会談目指す>でオバマ政権に牽制球を投げていたのが目立つところか。

 識者談話も読ませる部分なのだが、大体、久保文明・東大教授(アメリカ政治専攻)、渡辺靖・慶大教授(アメリカ研究)が登場した新聞が多かった。久保氏は<党派超え、大局的視野>(読売)▽<価値観の転換見える>(朝日)など。渡辺氏は<派手さ抑え、現実直視>(読売)などの見出し。今の時点ではいくら専門家とはいえ、ジャーナリストと同じようなことしか言えないだろう。

 読売新聞は解説面を全部使って[変革 オバマ新政権と日米関係]の識者インタビュー特集をしていた。大沼保昭・東大教授(国際法専攻=62歳)、谷内正太郎・日本政府代表(早大客員教授、前外務事務次官=65歳)、ケント・カルダー米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院東アジア研究センター所長(元駐日米大使館特別補佐官=60歳)といい顔触れをそろえていた。

 大沼保昭・東大教授(国際法専攻=62歳)の<多極の中での国際責任 双方に>の主張のポイントは

 <「チェンジ」の最も長期的で巨大な変化は、独善的普遍主義から多極の中の最有力国へという米国民の自己認識の変化だろう。この米国民の意識改革の端緒をつけることがオバマ政権の文明史的な課題となる。>

 だろう。「20世紀の米国は自分は国際ルールの外にいながら、他者にはルール順守を求めるリーダーだった」から、京都議定書、国連海洋法条約、女子差別撤廃条約、国際人権規約という「普遍的な条約に米国は入っていないのに、他国には法を守れ、ルールを守れ、と説教する」が、「21世紀の相対的最有力的国としての米国は、そうであってはならない」として、日本人は政治家、官僚、企業人、学者、ジャーナリストも一般市民も有人として米国民に率直にそう告げるべきだ、というのだ。

 <ただ、日本も自らが汗をかかなくては、説得力は生まれない。減少傾向が続いている政府開発援助(ODA)の増額はぜひとも必要だし、難民、外国人労働者、留学生などをもっともっと受け入れていくべきだ。これは少子化、高齢化に悩む日本自身の利益になることだ。>

 前半部分は賛成である。ODAを減らすということの意味合いを政府も政党ももっと考えるべきだ、と思う。軍事力で国際貢献できない日本の限られた有効なツールとしてのODAをもっともっと有効に活用すべきだ、と私も思う。

 ただ、後半部分は賛成しかねる。いわゆる「人の国際化」問題である。

 もしも「人の国際化」を徹底するとなれば、それは国民のある程度のコンセンサスができた後でなければならない、と思う。

 大沼氏は犯罪者らが日本に入り込む危険性を無視しているわけではないと思うが、日本人の生活のありよう(way of life)が大きく変化する、ということを考えなければならないと思うからだ。

 ただでさえ、木造で障子、縁側のあった日本家屋には住みにくくなってる。防犯的な意味合いもある。日本のこれまでの凶悪犯は家を壊して侵入するようなことはまれだったが、韓国の強盗団が日本にやってくるようになった後は、こういう手口も増えた。

 日本国民の「安心・安全」という政治が守るべきことと、国際的トレンドとしての「人の国際化」は折り合いをつけながら進めるべきだ、と思う。無闇矢鱈に開けばいい、というものではないだろう。

 下村治氏ではないが、政治が最も大切にしなければならないのは国民であり、国民経済だ、という基本中の基本を忘れないで対処してほしい。

 谷内正太郎・日本政府代表(早大客員教授、前外務事務次官=65歳)の<温暖化問題 積極姿勢に期待>は、

 <オバマ政権最大の課題は、現在の金融危機、景気後退への対応だろう。解決には3~4年を要し、任期一杯まで及ぶ非常に大きな問題だ。>

 と、金融危機を重く見る。そして、北朝鮮政策である。

 <北朝鮮施策の基本スタンスは前政権を引き継ぎ「対話と圧力」となるが、オバマ政権は、当面は「対話」をより重視し、実際の北朝鮮とのやり取りを通じて対話だけで本当に済むのかどうか検討していくことになるだろう。>

 と見通している。そして、

 <日本には「対話重視路線」を不安に思う向きもあるだろう。日本は日本の立場をきちんと説明し、米側の理解を求めるべきだが、米国の政策は結局、米国が判断するしかない。

 何か、諦めのような書き方なのが気になる。クリストファー・ヒルの後任の国務次官補(東アジア・太平洋担当)のカート・キャンベル元国防次官補代理について「非常に行動力があり、実務能力も高い。日本との関係も深いから大いに期待できる」と書いているが、どう期待すればいいのだろう。

 やはり、北朝鮮関係では日本は数年間、孤立無援の中での苦闘を強いられるのかもしれない。

 懸念するのは、そうした苦しい時期になると、「拉致問題は日朝国交正常化の障害物」などという北朝鮮シンパの学者やジャーナリストの声が大きくなることだ。北朝鮮の宣伝工作も巧妙化するだろう。

 テレビ・メディアが見識を持って、こういう場当たり的で国益にそぐわない声を遮断できるかどうか。ジャーナリストの矜持が問われる場面がくるだろう。

 そして、ケント・カルダー米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院東アジア研究センター所長(元駐日米大使館特別補佐官=60歳)は<同盟 広い概念で追求を>の見出し。最近出した「日米同盟の静かなる危機」のダイジェストのようなものだった。

 内容を少し紹介する。

 <かつては米国にとってアジアで重要な国は日本しかなかったが、今や中国が台頭し、韓国も大きくなった。朝鮮半島も核問題を抱える。日米関係と競合する政策課題が複数ある。米国内のアジア系人口の割合も日系人は1960年頃から横ばいだが、70年代以降、韓国系、中国系が爆発的に増え、日系人を逆転している。日本は企業の米本社などがニューヨークに集まっているため、ワシントンにおける存在感は中韓のほうが日本より大きい。一般の日本国民はこうした構造的な問題を意識しないが、問題は我々が考えるよりも深刻だ。しかも、両国で政権交代があるとすれば、関係が不安定となり、問題はより大きくなる。>

 <「オバマ政権は中国重視ではないか」という懸念が日本にある。確かに「ジャパン・パッシング」(日本無視)は深刻な問題だ。しかし、それはオバマ大統領や政権幹部と日本との人脈の薄さによるものではなく、構造的なことが理由だと理解すべきだ。>

 この構造変化は日本人に理解されていない。

 だから米下院や上院に突然、日本非難決議などが出てびっくりする、というパターンが続いている。慰安婦決議案にしても、南京大虐殺にしても、こういう構造を知らないと対処法も編み出せないだろう。つまり、アジア系アメリカ人の中での韓国系、中国系の隊等である。これに加えて両国からの留学生が圧倒的に多い、つまり、日本からの米国留学生が少ない、ということも付け加えておいたほうがいいだろう。

 カルダー氏は日本が考えるべきこと、として「エネルギーと気候変動といったグローバルな問題が重要」言う。そして、安全保障分野については、

 <海賊問題でのシーレーン防衛がアフガニスタンよりも重要だ。中国が活動に加わる一方で、日本がやらないというのはいい考えではない。

 とシーレーン防衛に踏み出せ、と勧めるまた、

 <アフガンに関しては、米国と疎遠な隣国ウズベキスタンや周辺国を支援することが有効だ。アフガン本土の地方復興チーム(PRT)への協力も感謝されるだろう。

 と示唆する。

 そして、北朝鮮問題である。この部分は書き写しておこう。

 <北朝鮮問題では、政権についた米民主党は共和党より人権重視の傾向が強く、拉致問題を理解できる人が多い。これまで6カ国協議を担当してきたクリストファー・ヒル国務次官補が、日米関係を意識しなかったのははっきりしている。国務長官に指名されたクリントン氏は、地域全体の責任者と特定の問題の特使を分ける考えのようで、効率的になるだろう。>

 とヒル氏が日本嫌いだったことを露骨に書いている。その通りだったのだろう。なぜこのような男を東アジア・太平洋担当にしたのか。ブッシュ政権は本当に日本を考えていたのか? いろいろ疑問が出てくる。

 カルダー氏は、こうした米国政権交代に関する変化についていけない日本政治情勢を「日米関係にとって不幸だ」と懸念する。

 <特に米国の政治プロセスを考えると、政権が取り組む課題が選択される最初の1年半ぐらいがとても大事だ。>

 というのだが。谷内氏らがどこまでやってくれるのだろうか。

◆朝日新聞は同時通訳の鶴田知佳子・東京外大教授の話

 朝日新聞の識者コメントは鶴田知佳子・東京外国語大教授(同時通訳者)の<オバマ演説/希望を実感させる説得力>だった。

 <有名な「イエス・ウィ・キャン」は一度もなく、「チェンジ」も二度しか出てこなかった。しかし、変化、希望、団結という彼のキーワードは、その奥にこめられている。就任演説をひとことで言うなら「過去の成功体験を未来への希望へとつなごう」というものだ。…「安全と理想の二者択一を拒絶する」と語ったのは、ブッシュ政権に対する批判だろう。…彼の演説の一番の特徴は言葉の力そのものにある。選挙戦中の演説で、三つの疑問を示したあとに「答えは…」で始まる三つの文章を並べるなど、3回の繰り返しが特徴的だった。勝利宣言でも「新たにエネルギーを開発し、新たに雇用を作り出し、新たに学校を建てる」というように「新たに(ニュー)」を3回並べた。>

 <雄弁さと巧みなレトリックは、下手をすると大衆をあおるような演説になりがちだ。しかし彼の場合はそうはならない。語り口はクールであり、激高したり叫んだりすることはほとんどない。自己陶酔には陥らず、むしろ常に長州を見ている。抑制した話し方が、かえって説得力、信頼性を増している。>

 <初のアフリカ系大統領だが、黒人特有の発音やアクセントがない。インドネシアやハワイの学校で学んだり、カンザス州出身の白人の祖父母に育てられたりしたからだろう。高い教育を受けた知識人の英語だ。>

 <彼の演説に共通しているのは、この人についていけば明日は良くなると思わせる説得力、そして聞いている人たちを自分も統一体の一部と思わせる力だ。(CNNで)同時通訳をしながら、国家の指導者の言葉とはこういうものかと思った。>

 さすがに同時通訳者だけあって、細かいところから見ているのが印象的だった。

 毎日新聞は久保文明・東大教授(米国政治)、有賀夏紀・埼玉大教授(米国史)、本山美彦・大阪産業大学教授(世界経済論)の3人の談話が演説全文のページに載っていた。

 有賀夏紀・埼玉大教授(米国史)

 <驚いたのは、米国の多様な各宗教と並べて「無宗教者」を挙げたことだ。神を信じることを前提とする米国政治の伝統ではありえないことで、無神論者の存在を認めたのは大統領として初めてだ。勇気ある発言だ。

 という分析には驚いた。そうだったのか。こっちは仏教徒が無視されたことを悲しんでいただけだったのだが。

 本山美彦・大阪産業大学教授(世界経済論)の、

 <金融、経済分野に関して演説内容に具体性が乏しく、がっかりした。>

 というのは、米大統領の就任演説の意味合いを知らない人のコメントのようだった。ただ、次の分析は面白い。

 <世界的な金融危機の根本を作ったのはブッシュ政権ではなく、クリントン民主党政権だ。当時、財務長官を務めたロバート・ルービン氏が中心となって金融規制緩和を進めたためだ。演説では、そうした経緯に触れず、「原因は一部の人々の貪欲さと無責任さにある」という表現でごまかしてしまった。>

 として、経済関係閣僚にルービン派が多いことを問題視。厳しいのは、

 <就任式直後、ニューヨーク株式市場でダウ平均が急落したのも、投資家たちが「この政権は何もできない」と危惧をいだいたためだろう。>

 と書いたことだ。少しはほめているが、辛口の批評だ。このルービノミクス批判って、案外本ボシなのかもしれない、と思った。

◆毎日新聞の北朝鮮研究専門家へのインタビュー

 毎日新聞は国際面で韓国統一研究院北韓研究室長の崔鎮旭氏(49)のインタビューを入れていた。[識者に聞く①]とあるので、[荒波への船出]ワッペンのインタビュー編らしい。その1回目に北朝鮮問題を持っていたのだ。見出しは<核検証先送りなら摩擦も>だった。

 読んでみよう。

 崔氏はオバマ政権の対北朝鮮政策は①米朝間の直接対話を目指す包容政策②非核化での原則主義的な政策――の硬軟両面がある、と分析。北朝鮮がアメリカ、韓国にいろいろとモーションをかけているのはオバマ氏の原則主義に対抗して朝鮮半島の核は北朝鮮だけでなく、韓国が受けている米国からの「核の傘」も問われている、といっているのだ、と。

 今後の北朝鮮については、今は内部引き締めのために対外的に強いことを言っているが、オバマ政権の特使との対話が進展すれば4月頃には柔軟性を示す可能性もある、という。

 なるほど、なるほど。韓国の政権中枢に近い学者の考えはそういうものだろう。 

 いつもこの調子で「何月になれば」「何年たてば」で誤魔化されてきた。その間に北朝鮮が核兵器を着々と開発していた、という繰り返しだった。また、同じことを許そうというのか。日本人にはもう堪忍袋がなくなったから、緒は切れない。黙ってやり過ごすだけらしい。そのうちに北朝鮮さまから核戦争の脅しをかけられ、ごり押しの要求を呑むしかなくなる(かもしれない)。

 と、過激なことをいいたくなるような、生煮えのインタビューだった。

 社説も読もうかと思ったが、そうこうしているうちに夕刊が届く時間になったので、この辺でやめておく。

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石井英夫さんの産経新聞退社の辞~産経新聞1月22日朝刊から

 「産経抄」を35年にわたって書き続けた石井英夫さんが昨年末で産経新聞社を退社したが、昨年暮れに退社に当たっての講演会を社内で開き、その発言のあまりに軽妙洒脱で、社内だけにとどめておくのがもったいない、ということで1月22日の朝刊1ページを使って特集をしていた。よくやった、と思う。この日は各紙(産経新聞もだが)オバマ大統領の就任演説のあれこれでページを総動員しており、他の社だったら、「この日は避けてくれ」と相成っていただろう、と思う。へそ曲がりの産経新聞ならではの配慮で清々しかった。

 見出しは<産経抄”毒”をきたせた35年 石井英夫さん退社の辞/炭殻の意気や此処に>で、<きのうのコラムはきょう忘れる>、<鳥の目と虫の目で見る>、<字引にない言葉にも美しい言葉が>が講演の中でのキーワードだ、として個別の見出しにしてあった。

 昭和30年、22歳で入社し札幌支局に赴任し、誕生日が1月2日なので、正月が来ると76になる、と言っている。今もう76歳である。

 入社以来53年間のモットーが道元「正法眼蔵」の言葉「花は愛惜に散る」だったそうだ。花も人も惜しまれているうちに散らないといけない、という意味だとか。

 見出しの「炭殻」は新人記者の時に仲良しだった北海道新聞の先輩記者Nさんがコップ酒を飲みながら「新聞記事というのは所詮、炭殻みたいなもんじゃねえか」と言ったことに由来する。石炭ストーブの燃えカスが炭殻で朝になれば棄てられてしまうが、一夜は人々を温めたんだ、というのである。そういう記事を書いたと思えば冥利に尽きるのではないか、と言うので「そうだ、そういう人々の心を一晩でも温める記事が書けたらなあと思って、それをモットーにもしてきた」と言う。

 その後日談が面白かった。東京に帰ってきた時、若い女性記者から「札幌に知っている人がいたら紹介して」と言われたのでNさんを紹介した。そうしたら、”道庁の顔役”などと言われていたN記者がその女性記者にほれてしまって、北大病院の看護婦長だった奥さんと別れて、その女性記者と一緒になりたいと言い出し、Nさんは間もなく焦がれ死にしちゃったんです、と。「人生の多くのことは、フロイトみたいですが、男と女のドラマに収斂していくんだということが、私のその後のコラム的人生観になってしまいました」と。

 どこまで本気で、どこからが冗談かが分からないところが抜群に面白い。茶化して、人の死を笑っても、その言葉の中に温かさがあるのが分かる。だから、加藤周一氏らの生硬な文章などにはないユーモアが漂ってくる。また、その裏の凛とした姿勢がうかがえる。

 コラムニストの酒飲み会の話も面白かった。朝日新聞の天声人語子らが「書いたコラムは書いた先から忘れるようにしている」という話で盛り上がっていた時、毎日新聞の社会部の名記者で当時、夕刊1面コラム[近事片々]を書いていた吉野正弘氏が「そうさ、吉原の女が通り過ぎてった男のことをいちいち覚えていられるかい」と言った話だ。吉原の女も俺たちも見過ぎ世過ぎ、手を替え品をかえ、枕をかえて、とにかく一度書いて出したのは、もう二度と書けません。一夜契った相手とは朝別れていくというのが、コラム屋の商売でして、と自分の商売を茶化しながら、「平成何年でしたか、暴走族に殴り殺されるという悲劇にあったんですけど」と吉野氏の最期に触れていた。この時だって見方によれば、人の死を笑っているのか、という丸山真男氏の弟子たち(?)のお叱りを受けそうだが、その言葉の裏にどれだけの無念さがあるのか、文章からだけでも分かる。

 文章というのは面白いものだ。人が分かる。人格が丸出しになる。石井さんという人格そのものが35年間の産経新聞の1面の顔だった、と思う。笑い、泣き、怒り、感激するその心が読者の心に大きく共鳴したのだと思う。

 ニューヨーク・タイムズにしてもフィナンシャル・タイムズにしても英エコノミストにしても、「このコラムニストの文章が読みたいから」と定期購読する読者がいるそうだ。日本でそういう求心力になっているコラムニストが石井さんの他に何人いるのだろう? 寂しい限りだ、と思う。

 石井さんの同業者へのアドバイスが書いてあった。東京オリンピックの前の年の昭和38年、1年間だけサンケイスポーツにいた時に今はない巨人軍の多摩川球場に取材に行ったら、牧野茂さんという守備の名コーチが信心にバッティングを教えていた。「王や長嶋だったら相手のピッチャーは魅せられたようにやつらの好きな球をなげてくるんだ。だけど、おまえたちは違う。とにかく徹底的にボールを選べ」「狙い球を絞ってジャストミートしろ」と教えていて、それには三つのコツがある、という。「それを徹底的に覚えておけ」と言う。バットを短く振れ、鋭く振れ、素直に振れ――と教えている、と。この三つを叩き込んでジャストミートすれば球は必ず野手と野手の間を抜いていくって教えている。

 <それを聞いて、こうすれば文章がうまくなるということと同じではなかろうかと。短く書く、鋭く書く、素直に書く。これをすれば、文章がうまくなるのではないかということを、自分に言い聞かせました。>

 これを忠実に守って、35年間の「産経抄」がある、というのだ。参考になる、というか、真似すべき極意だろう。

 千曲川の文化が「寛容の文化」。善光寺が宗派を選ばない。芭蕉が善光寺を通って、

 <月影や 四門四宗も ただ一つ>

 と詠んだ、という。千曲川の寛容文化は世界に誇れる、発信できる文化なのだ、と。

 アナウンサーの小川宏さんが12月中旬の産経新聞投書欄に亡くなって国民栄誉賞が決まった遠藤実さんの座右の銘「春の来ない冬はない」というのを投稿していたが、そういう目で、明るい紙面を作ってほしい、というのが石井さんからの産経新聞の後輩たちへの注文だった。

 いろいろ言われ、経営的には大変だとも思える産経新聞だが、石井さんの薫陶を受けた後輩たちが連綿と紙面をにぎわせれば、明るさを日本中に振りまくことができるのではないか。いつも暗い紙面を作るのを社是のようにしている朝日新聞や毎日新聞、東京新聞も石井さんを社にお呼びして、自社の中堅記者教育に役立てたらどうだろう。少しは紙面が明るくなるのではないだろうか。

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2009年1月21日 (水)

オバマ米大統領の就任演説はキーワード尽くめ~毎日新聞1月21日夕刊と毎日jp英文全文から

 バラク・オバマ氏は20日正午(日本時間1月21日午前2時)か過ぎ、ワシントンの連邦議会議事堂前で行われた就任式で宣誓し、第44代米大統領に就任。18分間の就任演説で「米国再建の仕事に着手しよう」「責任を果たすべき新たな時代だ」「米国民は国家や世界に義務を負っている」など、”オバマ語”を駆使して”対決より共生”を国民に訴えた、という。日本でもテレビで同時中継されたらしいが、寝てしまって見ていない。

 どうせ後でユーチューブでアップされるだろうから、暇な時にそれを見ようと思っている。

 18分間もしゃべったにしては、内容は今までの演説とそう変わらない。「チェインジ」を叫んでいたオバマ氏がその「チェインジ」の方向性を明示したのがニュースなのではないか、と思う。「責任」「義務」などがキーワードだろう。所得に比して過剰な消費を続ける米国民に身の程を知れ、と言っているようにも聞こえた。

 日本人にとっては、案外、人種問題などはスルーしてもいいテーマなのだろう。問題はオバマ氏が資力のない米国を再生するテコとして日本マネーにどれだけ期待しているか、世界に展開している米の軍事力を今後どうするつもりなのか、が重要で、それは今日の演説からはうかがい知ることはできなかった。

 毎日デーリーニュースに英語のテキストの全文がアップされていたので、読んでみた。

 That we are in the midst of crisis is now well understood.

 として、対テロ戦争、経済危機、福祉の貧弱さ、失業、エネルギー過剰消費体質などを列挙。そして、

 On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.

 さあ、一緒に闘うぞ、である。そして、アメリカ建国からの苦難の歴史を思い起こさせ、ここで頑張るしかない、と訴える。労働者は勤勉だし、開発力も商品力も十分ある、自信を持て、と。

 今のアメリカにそんなでっかいことができるわけがない、と言う奴がいても、アメリカはできるんだ。

 For they have forgotten what this country has already done; what free men and women can achieve when imagination is joined to common purpose, and necessity to courage.

 「大きな政府」「小さな政府」論争などやめて、前を向いて歩き出そう、とオバマ氏らしい。

 The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works - whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward.

 またプリグリム・ファーザーの話。日本だと、こういう国家の統合に使うキーワードは何になるのだろう。皇室のいやさかなのか? 違う気がする。

 As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. Our Founding Fathers, faced with perils we can scarcely imagine, drafted a charter to assure the rule of law and the rights of man, a charter expanded by the blood of generations.

 同盟の大切さを説くのはいいが、やはり、というかいまだに「ファシズムと共産主義」なんだね。日本はこの辺からすでに1翻下がっている。

 Recall that earlier generations faced down fascism and communism not just with missiles and tanks, but with sturdy alliances and enduring convictions. They understood that our power alone cannot protect us, nor does it entitle us to do as we please.

 今度は「この遺産を引き継ぐ」である。60数年前、日本はすべての伝統を否定されて出発したが、オバマ氏のアメリカは伝統が生きているのだ。そこが一番違うところだ。

 We are the keepers of this legacy. Guided by these principles once more, we can meet those new threats that demand even greater effort - even greater cooperation and understanding between nations.

 これも遺産、というか先祖伝来のもの、というか。好きだなぁ、この種の言葉が。宗教の2番目にイスラム教をもってきたのはいいが、仏教がない。多文化共生のつもりなんだろうが、この概念自体が「帝国」の考え方なのだが。この辺、オバマ氏の得意なパターンとみえる。

 For we know that our patchwork heritage is a strength, not a weakness. We are a nation of Christians and Muslims, Jews and Hindus - and non-believers. We are shaped by every language and culture, drawn from every end of this Earth;

 イスラム世界との和解は米国にとって喫緊の課題だ、というオバマ政権の胸のうちが伝わる。

 To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect.

 国家の統合には戦死者が活躍する。アーリントン墓地か。誰もアーリントン墓地を政治問題化しない。そこに誰が眠っていようと。靖国神社の英霊は中国や韓国からの非難をいかにはねつけるか、地下で考えているのだろうか? 国家の統合のお役に立つのではなく、逆に分裂の要因になりかねない存在まで貶められて。

 As we consider the road that unfolds before us, we remember with humble gratitude those brave Americans who, at this very hour, patrol far-off deserts and distant mountains. They have something to tell us today, just as the fallen heroes who lie in Arlington whisper through the ages. We honor them not only because they are guardians of our liberty, but because they embody the spirit of service; a willingness to find meaning in something greater than themselves. And yet, at this moment - a moment that will define a generation - it is precisely this spirit that must inhabit us all.

 次の部分が日本の新聞が大きな見出しにしたフレーズだ。なるべく原文のまま載せておこう。

 What is demanded then is a return to these truths. What is required of us now is a new era of responsibility - a recognition, on the part of every American, that we have duties to ourselves, our nation, and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly, firm in the knowledge that there is nothing so satisfying to the spirit, so defining of our character, than giving our all to a difficult task.
 This is the price and the promise of citizenship.

 神とか運命とか、アメリカ人はよく使う。これも国家統合のための概念だ。日本の政治家はかわいそうだ。こういう便利な言葉がないのだから。

 This is the source of our confidence - the knowledge that God calls on us to shape an uncertain destiny.

 反語的なものの言い方が好きなのか? これが名演説の鉄則なのか、知らないが。

 This is the meaning of our liberty and our creed - why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent mall, and why a man whose father less than sixty years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.

 また昔を思い出せ、と訴えている。結局はそういうことか。歴史は延長線上にあるのだから、昨日のこと、一昨日のこと、1週間前のこと、1ヶ月前のこと、1年前のこと、10年前、100年前のことを思い起こさせて、今の活力を生むしかない。江藤淳氏や高坂正堯氏ら良質の保守主義者の言葉を思い出す。

 In the year of America's birth, in the coldest of months, a small band of patriots huddled by dying campfires on the shores of an icy river. The capital was abandoned. The enemy was advancing. The snow was stained with blood. At a moment when the outcome of our revolution was most in doubt, the father of our nation ordered these words be read to the people: "Let it be told to the future world...that in the depth of winter, when nothing but hope and virtue could survive...that the city and the country, alarmed at one common danger, came forth to meet [it]."

 希望、美徳、勇気、忍耐、子孫のため……。キーワードの羅列みたいだ。

 America. In the face of our common dangers, in this winter of our hardship, let us remember these timeless words. With hope and virtue, let us brave once more the icy currents, and endure what storms may come. Let it be said by our children's children that when we were tested we refused to let this journey end, that we did not turn back nor did we falter; and with eyes fixed on the horizon and God's grace upon us, we carried forth that great gift of freedom and delivered it safely to future generations.

 もう少し短く引用しようと思ったのだが、オバマ氏の言葉って、なかなかブチ切るのが難しいので、長くなってしまった。

 まあ、どうなるんだろうか。今日はあくまで新しいであろうアメリカの「始まり」にすぎないのだが、将来が見通せない。

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都議選は7月12日投票:その前に総選挙はあるのかな?

 東京都選挙管理委員会は1月21日、7月22日に任期満了となる都議会議員(定数127人)の選挙日程を7月3日(金)告示、7月12日(日)投票とすることを決めた。

 現在は自民、公明の与党で70議席を占めているが、「現有34議席の民主や13議席の共産がどこまで伸ばすかが焦点」と朝日新聞1月21日夕刊対社面の記事は書いていた。

 朝日新聞によると、都政の焦点は①新銀行東京への追加出資の是非②2016年五輪招致問題③築地移転④自公両党が支える石原都政の評価――などだそうだ。

 たしかに1993年の日本新党ブームは都議会議員選挙で起きた。それが思わぬ宮沢喜一内閣不信任決議案可決→衆院解散で国政選挙に「反自民連立」の嵐を呼び込む前奏曲になったことはまだ記憶に新しい。(といっても私が60前後だから「記憶に新しい」ので、例えば新成人だったら16年前はまだ4歳だったのだから、記憶していないと思うけれども)。

 有権者約1000万人というのはとんでもない数字である。その前に衆院解散・総選挙があるのかどうかそれによって都議線の注目度も変わってくるのだろう。

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2009年1月20日 (火)

書評「早わかりサブプライム不況」中空麻奈著(朝日新書)

「早わかりサブプライム不況 『100年に一度』の金融危機の構造と実相」(中空麻奈著、朝日新書、2009年1月30日第1刷、定価735円)はその重厚な題名に似合わず、読みやすく、役に立つ本だった。

早わかりサブプライム不況 「100年に一度」の金融危機の構造と実相 (朝日新書) 早わかりサブプライム不況 「100年に一度」の金融危機の構造と実相 (朝日新書)

著者:中空 麻奈
販売元:朝日新聞出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 裏表紙の写真で見る限り、中空麻奈(なかぞら・まな)さんは髪の長い美人である。

 著者紹介には「BNPパリバ証券クレジット調査部長。1991年慶應義塾大学経済学部卒業。野村総合研究所に入社し米国経済担当のエコノミストに。97年野村アセットマネジメントに転籍して経済調査部で主に金融セクター、地方債、財投機関債などを担当するクレジットアナリスト。その後、モルガン・スタンレー証券で事業法人一般を担当。04年8月からJPモルガン証券に移り、クレジット調査部長として金融・事業法人全般をカバー。2008年10月から現職。金融・事業法人全般をカバーしている」とあった。女性だからか、年齢は書いていなかったが、38~40歳くらいだろう。いわゆる「できる女」の典型のような女性だと思うのだが、「はじめに」を読むと、「日々の私の生活を支えてくれている両親、愛する息子たち、そして夫、美和卓にも日ごろは言えない感謝の意を表したいと思います」とあり、男の子が2人以上いて、両親と同居している案外日本的な女性なのだ、と分かる。美和卓(みわ・たかし)氏は野村総合研究所の上級研究員だったと思うのだが、今は何をやっているのか知らない。野村総研時代に社内結婚したのだろう、と思う。

 あるホームページには、

 <93年から2年間郵政省郵政研究所出向。「わが国電気通信サービスの需要予測」(93年10月)、「わが国における電気通信インフラストラクチャア建設の計量経済分析」(94年7月)などの共同研究を郵政研究所より発表。02年総務省「IP化等に対応した電気通信分野の競争評価手法に関する研究会」委員。東洋経済や金融財政事情等にクレジット関連の論文を執筆。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。>

 とも書いてあった。まあ、関係ないことをズラズラ書いたが、美人だと気になるもので。

 さて、冗談はともかく、本の内容に入ろう。例によって表紙帯などの宣伝文句を写しておこう。

 <世界同時不況へ――日本を襲う津波の正体>

 <なぜリーマン・ブラザーズは破綻したのか。そもそもサブプライム問題とは何か。米国が震源地で「100年に一度」と言われる金融危機は、株大暴落を経て世界同時不況に発展しようとしている。危機が増殖していた時も、市場がパニックに陥った時も、常に日本マネーが狙われたのはなぜか。気鋭の証券アナリストが未曾有の危機の全貌をわかりやすく解説した決定版!>

 そして、<本書の内容>として、各章のタイトルが並んでいる。これも書いておこう。

第1章 世界一簡単に「サブプライム問題」を解説する

第2章 「金詰まり」のマグマが蓄積された

第3章 なぜリーマン・ブラザーズは破綻したのか

第4章 世界同時不況で起こること

第5章 世界は米国のために動いている?

第6章 日本はどこへ行く

 である。

 正直言ってサブプライムローン問題については少しは勉強してきたつもりだったし、入門書を今更読み直しても仕方ないか、と思いながら読み始めたのだが、外資系証券で「クレジットアナリスト」として「信用」の変化によって金融商品の価格が変わっていくことを観察し分析するのが生業というだけあって、経済学者の書いた解説書と違って生々しい話が多いうえに、これまで分からなかった内幕についてある程度確度の高い「噂話」を書いているのが非常に面白かった。

 また、日本への影響も歯に衣着せずに鋭角的に書いているので非常にビビッドに理解できた気がする。

 つまり、

 <サブプライム問題は「信用」がキーワードになった点でまさにクレジット市場発の世界不況といえます。>

 という、彼女の専門領域だっただけに、筆も生き生きしているのだろう。

 内容を書き留めておこう。▽印のないものは用語の解説など。▽をつけたのは内容の中で印象に残った部分をメモしたものだ。

 第1章では▽「証券化」とは何か▽証券化商品はなぜ腐ったのか▽銀行が巨額の損失を出した真相――の小見出しでサブプライム問題のお勉強。

 住宅ローンに関連してGSE(政府支援機関)という言葉が出てくる。

 また、「多くのローンを寄せ集めると、いわゆる『大数の法則』があてはまり、リスクが分散できる」として、この「大数の法則」を使ったのが保険事業だ、と教えてくれる。

 さらに、証券化商品といわれるためには「優先劣後構造」がないとだめ、という。これは一つの商品の中に「質」の違うものが混ざっていて、償還に際して優位なものと、それより劣後するものがあるという「建て付け」のことだそうだ。

 証券化商品の優良部分が「シニア債」、良部分が「メザニン債」、可部分が「エクイティ」と呼ばれていること。通常、金融界では価格は「スプレッド」という形式で表わし、これは銀行間取引の標準金利である「LIBOR」(ロンドン銀行間取引金利)にどれだけ上乗せ金利を支払わなければならないか、という観点で商品を評価するものだ、という。

 また「格付け」は債券の発行体などの3~5年後の支払い能力を予測して民間の格付機関が債券どとに付与するもの。

 一般的には信用力に基づいてトリプルA(AAA)からシングルC(C)まで19段階程度に分類され、トリプルB(BBB)以上ならば「投資適格」で、それに満たないダブルB(BB)以下は「ハイイールド」(クズのような債券という意味で「ジャンク債」とも呼ぶ)。

 証券化商品の2階建て、3階建て構造の説明も難しいが、分かった。

 米国の住宅ローンは「ノンリコース」が基本。

 これは住宅ローンが払えなくなると家を差し出すだけでいい、それ以上の負担を債務者が負うことはない、という制度。

 CDOは企業向けのローンや社債を組成した証券化商品。

 サブプライムローンの価格下がり始めて投資家が「やばい」と一斉に売りに走り、それがトレンドとなって、さらに値が下がったのは一種の「合成の誤謬」だ、と。

 これは一人ひとりの行動は理論的に正しくても、それが合成されたマクロの世界では意図しない結果が生じることを指す経済用語だそうだ。老後のために貯蓄を増やそうとして生活費を減らす家庭があれば、それ自体はその家庭にとって正しい選択だが、一部の家庭にとどまっていれば問題はないが、大半の家庭で同じことをすると国全体として消費が減って景気が悪くなる、というような現象を指すのだ、という。

▽サブプライムのロスだけに限れば、2007年の第4四半期がピークだった。

▽保有している資産が目減りした時、金融機関が行う会計処理の手法には主に2種類ある。例えば100の資産が50に目減りした時、「時価会計」に則って証券化商品の時価を50として再評価し、残りの50を損失として処理するやり方。もう一つは値下がりした資産を売却してしまうやり方。時価が50で足元を見られて40で売れば60の損失処理をする。前者が「評価損」で後者が「実現損」。

 評価損はその後にもっと目減りする恐れがあるが、実現損はその後いくらマーケットが混乱しても2度とその影響を受けなくて済む。

 普通ならば「実現損」を選ぶのではないか、と思うが、実はそうではなかった。実際に金融機関が選んだ損失処理スキームは「評価損」がメーンだった。「強制評価減」という既定があるが、これがあくまで資産の価格が半分になった場合で、なかなか一挙に半分にはならないので、これを使う必要がないケースが多いこと、価格下落が一時的で、その後上がるという期待があるので、資産を持ったまま値上がりを待つ、という雰囲気が強くなることから、こうした選択になる、という。

▽問題が起こった当初こそ価格は徐々に下がったが、途中からは「つるべ落とし」となり、最後は「価格のない世界」に突入した。そんな商品の買い手は現れない。

▽売ろうとするといかに買い叩かれるか、の実例はメリルリンチが公表した事例で分かる、という。

 メリルは証券化商品の一部をプライベート・エクイティ・ファンド(PEF:短期的なリターンを狙うヘッジファンドと違って、株式を買い取って長期間保有してリターンを狙う投資スタイルを取るファンド)に売却したが、簿価306億㌦相当のCDOを67億㌦で売却していた。その時点でメリルは時価を110億㌦と評価していたので、簿価の約2割、時価の61%、つまり半値に近い数字で買い叩かれた。そのうえ、メリルは買値の75%にあたる金額を相手のプライベート・エクイティ・ファンドに融資した。買い手が自分の懐から出したのは買値の25%にあたる16億7500万㌦に過ぎなかった、と書いている。

 ものすごい世界、ハゲタカ以上の食い合いが繰り広げられているのだ。

 第2章は▽「金余り」から信用収縮へ▽日本に見るリスクマネー撤退、三つのルート▽日本マネーに焦点が当てられた▽狙われる日本マネー PART1 急増したサムライ債――である。

 ここでも「クレジットクランチ(信用収=貸し渋り)」、「ユーフォリア(陶酔的熱狂)」、「過剰流動性」、「金利差(スプレッド)」、単位としてのbp(ベーシスポイントの略。ベーシスと読む。1bpは0.01%のこと)、安全なマーケットの状態を「なぎ」とよぶ、「質への逃避(flight to quality)」などの用語の解説が分かりやすい。

▽証券化商品が流行り始めた当初は比較的ノーマルな商品が多かった。投資家が群がると需要と供給の関係で証券化商品自体の価格が上がり、上がった分、投資家が期待するリターンが得られなくなる。そうなると、投資家のリターンを確保するために商品の質の変更が行われた。←なぜひどいことになったか、の一つの分かりやすい説明だ。

2007年8月9日のパリバ・ショックでサブプライムローンの商品化商品の危険性が一気に表面化した。その前から「やばそう」という空気があったために、誰もが何らの躊躇なくリスクを避けようと一斉に走り始めた。これが「質への逃避」。

▽信用収縮が起きると世の中にお金が出回らなくなる。「マネーは経済の血液」。流れが止まれば、あらゆる経済活動に支障が及ぶ。

銀行は自己資本の12.5倍までしか貸出できない。資産の目減りで自己資本が減ると、今貸している金を回収しないと12.5倍に収まらなくなるので、貸し剥がしが始まる。

▽日本国内の資金枯渇を招いたルートは①海外投資家の益出し②外資系金融機関の投資縮小③国内金融機関の投資見直し――の三つのルートがあった。①②で不動産価格が低迷したので、国内金融機関が不動産業界から資金を引き揚げた。消費者金融業界からも資金を引き揚げた。

▽マネーに色はないが、「出自」によってはっきりした特徴がある。アラブのオイルマネーは利にさとく、収益をあげることに躍起になり、すぐに引き揚げる。足が速い。日本マネーの特徴は利回りよりも安定性を重視すること。短期的リターンより中長期的に一定のリターンを求めることを好む腰の重いマネー。

▽ヨーロッパの銀行は日本マネーを調達しようと日本で円建て債券を発行。日本より利率が高いのでお金を集めることができた。これがサムライ債。大口だけでなく個人資産家の金も狙われて、円貨社債も発行されている。日本の個人マネーは「宝の山」なのだ。しかし、個人は「情報の非対称性」があるので、危ない橋を渡るべきではない。企業の安全性を社債の「品質」とすると、低い品質の社債を買ってしまう可能性は個人投資家の方がずっと高いから。

 第3章は▽米住宅金融公社救済、「空白の40日」の謎▽リーマンが破綻した本当の理由▽狙われる日本マネー PART2――である。ここは面白い。だけど、今の興味とは外れるのでスルーする。

 ただ、P130の一覧表は面白いと思う。証券業界への影響だ。日本では野村だけ残った。アメリカでもゴールドマン・サックスだけ残った。業界1位だけが残るという共通性を指摘しているのが興味深かった。

 第4章「世界同時不況で起こること」は▽CDSという「地雷原」▽米国の大底は2010年?▽日本を襲う地銀危機、底なし不況の入り口か――である。

 この中で注目は地銀、第二地銀の経営がやばい、という話だろう。

 全国で109行あって、08年9月中間決算で純利益が赤字になった銀行が33行あったという。地銀・第二地銀はサブプライム不況のもとになった証券化商品に手を出していたのだ。地銀の中にはGSE債を持っているところもあるそうだ。預証率が高すぎれば、自己資本を毀損する可能性が高まる。評価が下がると損失を計上せねばならず、その結果、自己資本が減って金融機関の体力が低下する。

 地銀・第二地銀の体力が低下してくると、再編問題が出てくる。経営体力が弱った銀行から再編に動き出すケースが出てくるだろう、と書く。そうなると、下位企業への金詰まりの伝播が09年に出てくる、という。列島総不況の始まりだ、と。

 第5章「世界は米国のために動いている?」は▽米国を支える三つのマネー▽ドルペッグ、”擬似ペッグ”、「52番目の州」……▽「信用マジック」がマネーを呼び込む――は面白い。そして、第6章「日本はどこへ行く」とあわせて、この外資系証券会社に勤めている女性が案外、日本という国を心から愛しているんじゃないか、と思った。そんな雰囲気が透けて見えた気がするのだが。

 「日本マネーが米国へ向かう理由」として①日本を代表する輸出産業の貿易決裁が圧倒的にドル建てで行われていること②太平洋戦争を戦った後の戦後60有余年に及ぶ日米両国の政治的関係――をあげ、「日本は米国の52番目の州」などと揶揄されていることまで書いている。この文章は学術的なくらい冷静だが、裏にはアメリカへの怒りがにじんでいる感じを受けた。

 また、米国は経常収支のうち貿易収支は赤字だが、所得収支が年々黒字を増やしているという魔法のタネはアメリカが基軸通貨国だから、と簡単明瞭に説明する。

 <ドル急落は避けられません。>

 と断言している。その時期が問題なのだが、そこまでは突っ込んでいない。しかし、そういう方向に進むことが確実となれば、日本政府の今後取るべき政策はおのずと明らかではないか。

 ということで、相当に勉強になった。

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地銀、第二地銀の”冬篭り”準備が始まった:札幌北洋の公的資金申請検討~日経新聞、毎日新聞1月20日朝刊から

 1月19日夕刊各紙が報じたように、北海道が地盤で第二地方銀行最大手の札幌北洋ホールディングスが公的資金による資本注入を金融庁に年度内に申請する方針であることを明らかにした。

◆日経新聞は詳しかった

 日経新聞と毎日新聞は1月20日朝刊でその解説を書いていた。

 日経新聞3面トップは<「健全」地銀に公的資金/札幌北洋が申請検討 発表/3月末に優先株で/他行、追随の可能性/09年度にかけ一斉申請も/中小融資を拡大>。金融・経済危機をきっかけに欧米の金融当局が大手銀行を資本支援しているが、日本でもいよいよ動き出した、という節目として大きく報道している。

 <金融庁は融資拡大を狙って経営の健全性が比較的高い地銀にも注入を促し始めており、来年度にかけ地銀が一斉に申請に動く可能性が出てきた。>

 と前文にあるように、日経新聞は札幌北洋だけの特殊事例とは見ていない。

 札幌北洋は持ち株会社。中核の北洋銀行は旧都市銀行だった北海道拓殖銀行の道内拠点を引き継ぎ、札幌銀行と合併した第二地銀最大手だ。札幌北洋の昨年9月末の自己資本比率は連結で9.2%。北洋銀で約9%。国内で営業する金融機関に必要な4%を上回り、比較的健全な財務内容だが、証券投資や不良債権処理の損失が増え、2009年3月期の連結最終損益は275億円の赤字に転落する見通し。今後の市場動向次第では損失が膨らみ、資本がさらに目減りする可能性があった、と書いている。

 公的資金の注入を受けるには銀行は定款変更が必要で、株主総会の承認が必要で、手続きに通常1,2カ月かかるそうだ。だから、3月末の今年度中の注入には早急な臨時株主総会開催が必要。来年度注入でも6月の定時株主総会で定款変更が必要だそうだ。

 信用金庫の中央機関である信金中央金庫は株式会社の臨時株主総会にあたる「臨時総会」を2月に開いて定款を変更する方針だそうだ。

 信金中金は昨年9月に全国の信金から劣後ローンで2200億円の資本を調達したうえ、今年度中に信金から普通出資か優先出資でさらに約2000億円を集める計画で目先は公的資金を申請しないが、将来の選択肢の一つとして新しい種類の優先先出資証券を発行できるように定款を変更するそうだ。

 金融庁の佐藤隆文長官は19日の記者会見で、札幌北洋の申請検討を歓迎する、としたうえで「金融仲介機能を果たすことで地域経済や中小企業を支えるというコミットメント(約束事)の表れ」と評価した、という。

 金融庁は将来申請してほしい金融機関を健全地銀を含めリストアップし、必要な定款変更を済ませて置くように求めるそうだ。いざ、という時に機動的に注入できる態勢を整えるためだ、という。

 記事は金融機関の脆弱性については触れないなど、非常に気を遣っているが、世界金融危機の影響がいよいよ弱小金融機関に及んできそうな雰囲気を十分伝えるものとなっている。

◆毎日新聞も同様の見方

 毎日新聞1月20日朝刊経済面<札幌北洋の公的資金申請/他地銀に拡大焦点>もこの問題の解説だが、こっちのほうはあまり遠慮せずに書いていた。

 <景気後退による不良債権急増や株安で、多くの地銀・第二地銀の自己資本が目減りしていることで、市場関係者の間では「このままでは貸し渋り加速で企業倒産が増え、景気後退を一段と深刻化させかねないうえ、株価再暴落による『3月危機』も杞憂ではない」(米投資会社)との懸念が広がっていた。>

 という表現である。そういうことなのだ、と思う。

 毎日新聞が書いているように昨年12月に施行された改正金融機能強化法では申請行に対し中小企業向け貸出比率や融資残高拡大の数値目標達成は義務付けているが、資本注入に際して原則、経営責任を問わないとされている。08年3月に期限切れを迎えた旧法が申請行に経営責任の明確化を条件付けたうえ再編も前提としたため活用が進まず、注入実績がわずか2行にとどまったことの反省から、使いやすい法律にしたものだ。

 毎日新聞によると、なぜ札幌北洋か、といえば、中川昭一金融担当相のお膝元だから、申請第一号の白羽の矢が立った、としている。そんなもんなんだろうなぁ、日本の政治・行政は。

 この地銀・第二地銀問題、案外深刻らしい。それについては中空麻奈著「早わかりサブプライム不況」の書評で書いておこう。

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韓国統一相に対北朝鮮強硬派~産経新聞、日経新聞、朝鮮日報1月20日朝刊から

◆日経新聞の記事

 韓国の李明博大統領は19日、副首相格の企画財政相ら経済分野を軸に、閣僚級を含めた内閣改造を決めた。日経新聞1月20日朝刊国際面は次のような前文を書いていた。

 <対北朝鮮政策を担当する統一相も交代させる。2月末で発足から1年になる李政権は、景気低迷や南北関係の行き詰まりで支持率が低迷。人事刷新で求心力回復をの活路を探り、政権2年目の基盤固めを図る。>

 目玉は経済、というのが他の新聞にも共通した見方だ。毎日新聞などは経済閣僚の話しか書いていなかったが、統一相交代が気になった。

 日経新聞はこのハコ記事の最後に<統一相に玄氏/北朝鮮反発も/核・人権で譲歩要求>のベタ記事がついていた。

 新統一相に指名されたのは玄仁沢(ヒョン・インテク)高麗大学教授。日経新聞によると、

 <玄氏は大統領選で李明博陣営の外交・安保政策を立案した中心人物で、北朝鮮が非難する現在の対北政策を堅持し核や人権問題で一層の譲歩を求めると予想される。北朝鮮が反発し、南北関係の停滞が長期化する可能性もある。青瓦台の李東官(イ・ドングァン)報道官は19日、玄氏の起用理由として「非核・開放3000構想に主導的に参加した」ことを挙げた。同構想は「北朝鮮が非核化・開放に応じれば積極支援し、国民所得を10年間で3000㌦に引き上げる」という内容で、現政権の対北朝鮮基本政策になっている。>

 とあった。

 17日の北朝鮮の挑発に微動だにしない体制を整えておこう、という李明博大統領の日米へのメッセージだろう。「半端な脅しは逆行かだ」という北朝鮮へのメッセージでもあるだろう。

◆朝鮮日報の分析は鋭かった

 日本の新聞ではこのくらいしか書いていなかった(これは私の誤解で、朝日、毎日、読売、日経だけを見た段階での感想。後で産経新聞を見て、その的確な分析とバランスの取れた記事内容に改めて敬服した次第だ)ので、韓国の新聞を調べたら、金夏中(キム・ハジュン)長官から玄仁沢教授への交代について、朝鮮日報20日付に<内閣改造/玄統一部長官、対北政策で強硬路線か>の解説記事があった。シン・ヒョソプ記者の記事である。

 <北朝鮮政策にはどんな変化が生じるのか。統一部の役割にどんな影響を及ぼすのか。結論から言うと、>

 として、

①李明博大統領の「実用主義」と「原則」に基づく北朝鮮政策の路線が強化される。
②南北関係の冷却期は当分続く。
統一部は従来、北朝鮮政策を南北関係という単純な枠組み内で「独立要素」として扱ったが、今後は韓米など外交関係の大きな枠組みの中で調整する余地が大きい。
統一部の主要な役割が北朝鮮との交流、支援主体から中長期的な対北朝鮮戦略の立案に変わる。

 と書いていた。

 これは大きな変化だ。

 記事はまず現在の金夏中長官の統一部の過去1年の政策実行を検証、表面的には李明博強硬原則論を捨てず、北朝鮮の『盧武鉉政権までの融和路線へ復帰せよ』の圧力に屈せず、北朝鮮に妥協と譲歩の手を差し伸べなかった、と評価する。しかし、

 <金夏中長官の心中は必ずしもそうではなかった形跡がある。「統一部が昨年後半から南北関係正常化のため、青瓦台に北朝鮮に対する妥協、譲歩の意思を打診したが受け入れられなかった」「北朝鮮情報の収集を目的とした金長官の昨年末の訪中も青瓦台の意思を反映したものではなかった」といった話が伝えられているためだ。>

 金夏中氏は金大中路線だったらしい。北朝鮮から贈りものでももらったのか。

 <玄仁沢氏は…誰よりも李大統領の考えに精通しており、それをそのまま実行に移す可能性が高い。>

 そういうことだ。

 <玄仁沢氏が19日、本紙の電話取材に対し、「李大統領の哲学と対北朝鮮政策の根幹を支えていくために努力する」と述べたのも単なる「礼儀上の発言」ではないようだ。「玄仁沢氏は大統領の最も近い側近であるため、さらに果敢な対北朝鮮政策を遠慮なく取ることができる」(元大統領職継承委員)「玄仁沢氏は短期的に北朝鮮と非核・開放問題に関する協議体をつくろうとするのではないか」(北朝鮮問題専門家)といった意見もある。>

 李明博大統領が1年たって、自分の考えを実行に移すための人事だ、というのだ。

 <玄仁沢氏が「南北関係は単純に南北間の単線的な関係ではなく、韓米、米朝関係とリンクしていると見るべきだ」と述べたことも意味がある。玄仁沢氏は「南北関係を韓米、米朝関係まで包括する大きな枠組みから一段階高めるために努力すべきだ」とも述べた。韓米関係と米国の外交政策に明るい国際政治学者として、南北関係も「外交」の枠組みの中で扱っていこうという姿勢だ。>

 なるほど、そういう意見を持っている人か。安心できる。

 <同じ意味において、ヒラリー・クリントン米次期国務長官が議会聴聞会で、「北朝鮮が(核関連の)義務を履行しなければ、解除した制裁を再び加え、新たな制裁も辞さない」と強硬論を展開し、北朝鮮の人権問題の重要性を強調したことを注意深く見守る必要がある。玄仁沢氏率いる統一部は、外交通商部に劣らず、米新政権の基調と調和を目指す対北朝鮮政策を取るのではなかろうか。>

 そういうことだろう。しかし、韓国の新聞は米新政権が対北朝鮮強硬派だ、と見ているのだが、そうではないだろう、と思うのだ。

 <韓国政府の当局者は「玄仁沢氏が学者である以上、中長期的な対北朝鮮政策立案に関心が高いはずだ」と指摘した。玄仁沢氏が統一部の役割を新たに定めることもあり得るという考えだ。これは昨年末の統一部業務報告の際、李大統領が強調した部分でもある。国策シンクタンクの研究員も「統一部が大統領府と歩調を合わせ、北の態度変化を引き出す中長期戦略の立案にさらに注力するとみられる」と指摘した。>

 <玄仁沢氏は済州道出身。高麗大政治外交学科を卒業後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で国際政治学博士号を取得。国家安全保障会議政策諮問委員などを務めた。>

 なるほど、玄統一相がどんな人物かよく分かった。

 しかし、先ほどから書いているように、ヒラリー・クリントン次期国務長官の考えを誤解していないか。そこらへんが少し気になるところだ。

◆産経新聞の黒田さんの記事はバランスがとれていた

 また、産経新聞20日朝刊国際面はソウルの黒田勝弘特派員の記事を掲載、この内閣改造の日本人から見た部分をクローズアップして書いていた。

 <玄仁沢・新統一相は高麗大出身で米国で国際政治学博士号を取得した国際政治学者。李明博大統領の対外政策ブレーンの1人で対米・対北政策を担当してきた。学者らしい風貌の静かなタイプで保守派として知られる。駐中大使が長く外交官出身で旧政権にも仕えた金夏中・前統一相に比べ、より原則的で「ブレない対北政策」が期待されている。とくに米国では新政権がスタートし、北朝鮮は軍事的緊張策など対韓強硬姿勢を強めている。李大統領としては一貫性のある強力な対北政策推進のため同窓の「高麗大人脈」の中から息の合った玄教授を起用したとみられている。>

 という解説は朝鮮日報並みの詳しさだった。

 <新駐米大使には盧武鉉前政権で首相を務めた韓悳洙氏(59)が任命されたが、首相経験者の大使起用は異例。経済官僚出身で対外経済のベテランとして経済外交重視を強調したものだ。韓氏は旧政権で要職を経験し出身地域も李大統領の慶尚北道とは異なる野党地盤の全羅北道出身。李大統領としては「危機克服のための挙国的人事」を誇示する意味もありそうだ。>

 と。なるほど、経済外交では盧武鉉人脈を使っても大丈夫、ということか。でも、米国とのパイプに盧武鉉人脈を置いておくのは危険ではないのか?

 警察庁長官に金碩基・ソウル市警察庁長(54)という内定人事については、

 <金氏は日本の警察大学留学のほか駐日韓国大使館、駐大阪総領事館勤務など計7年の日本経験を持つ。日本との人脈が深く治安関係の世界では最大の知日派として知られる。李大統領とは同じ慶尚北道浦項出身。日本の市民警察をモデルにマスコットの制定などアイデア行政でも評価が高く、日本側でも日本との交流・協力強化など期待が強い。

 と書いている。「へぇー」の世界。知らなかった。また、情報機関である国家情報院(昔のKCIA)の新院長に李大統領のソウル市長時代からの側近、元昇載・前行政安全相(60)が内定したことも書いていた。

 やはり、黒田さんはつぼを心得ていて、過不足なく書いている、という印象だった。

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やり方が荒っぽいなぁ:金泳三元大統領娘婿襲われる~韓国・中央日報20日付から

 韓国・中央日報の20日付記事だろうか、20日に日本語版ネットにアップされていた<金泳三元大統領の婿宅に32人の暴漢、ショベルカーで襲撃>の記事に驚いた。

 金泳三元大統領の婿が住む家に軍服や黒い服を着た暴漢32人がショベルカー3台で門を壊して侵入し「秘密資金を出せ」と2時間にわたり乱闘を繰り広げ、警察に捕まった、という内容だ。犯人たちは事前に電話線を切断し外部との接触を遮断していた。当時この家にはイさんと家政婦だけがおり、夫人はいなかった。

 集団はイさんに「われわれは『国連国際金融捜査団』で特殊業務を執行中だ。金元大統領の秘密資金を取り戻し社会に献納する」などと脅し、地下室で書籍類をひっくり返し、ショベルカーで床をはがしたが、秘密資金が出なかったため、イさんを殴り、財布から10万ウォン(約6500円)の小切手3枚を奪った。イさんは鼻の骨を折るけがを負った、という。

 32人は陸軍准尉出身のキム某(54)ら主導者4人と日当20万ウォンで雇われたアルバイト28人で、別荘に侵入後2組に分かれ1組は地下室を探して別の組は家の周辺で見張りをした、という。キム容疑者は「イさんの家に秘密資金を保管中の地下バンカーがあるといううわさを聞いて犯行に及んだ」と自供しているが、警察は容疑者が「カネが出れば金泳三はおしまいだ」と話していたことから政治的な背後関係があるのではないか、と見て捜査しているそうだ。11日午前零時の話である。発表がこんなに遅れはのはなぜだろう?

 警察によると国連国際金融捜査団は実在しない幽霊団体で、主犯らはすべて詐欺の前科者だという。

 イさんは昨夏、現在の場所にあった築20~30年の平屋建て家屋を改築して最近引っ越した。米国を拠点に東南アジア事業で成功したが、事業を整理して韓国に定住するために帰国したが、新築するため地下の多くの書籍を包んでコンテナに移し、また新しい家に運び入れたのを札束と誤解されたらしい。

 韓国では全斗煥元大統領逮捕(1995年)以来、大統領が替わると、前職大統領の資金問題が取り沙汰されるようになった。この全斗煥逮捕と盧泰愚元大統領逮捕を相次いで指示したのが当時の金泳三大統領だった。金泳三氏に関しては息子の非行が問題視されたことがあったが、資金関係では黒い噂だけで、司法の手は入っていないと思う。

 ただ、日本のメディアの特徴でもあるのだが、「怪しい」となれば集中豪雨的に疑惑を報道し、突撃取材を繰り返すという日本以上に過激な韓国のマスメディアの影響もあって、韓国では多くの人たちが大統領経験者は大枚を秘匿しているのではないか、と疑っているのが現実のようだ。

 政治的背後関係、とあったのが気になったのだが。盧武鉉らの悪あがきでなければいいが、と。金泳三氏のスキャンダルが出ても、今や李明博大統領に傷はつかないとは思うが、オバマ米新政権発足直前で北朝鮮問題が改めてクローズアップされているこの時期になると、盧武鉉勢力は「何でもあり」で李明博攻撃を繰り広げることを覚悟しなければならないだろうから。

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2009年1月19日 (月)

北朝鮮の17日の動きを韓国紙はどう報じたか~19日付中央日報、東亜日報、朝鮮日報

 韓国大手紙の中央日報は19日朝刊で北朝鮮問題を社説、コラム、一般記事で手厚く分析していた。日本語版のネットからコピペする。

◆北朝鮮の韓国非難の狙いは? 中央日報分析

 まずは<北「対韓全面対決」カード、取り出した理由は>という大型解説コラム。

 <北朝鮮人民軍の総参謀部が17日に「韓国に対する全面対決態勢」という声明を発表したことについて「変化する対内外の情勢などを視野に入れた地ならし」という分析が出ている。北朝鮮に対し強硬姿勢を示しつづけてきた李明博政権に圧力を加えると同時に発足を控えたオバマ米次期政権にメッセージを送ったものだというのが、当局と専門家の認識だ。>

 として、北朝鮮の声明が1999年と2002年の2回、韓国軍と北朝鮮軍が衝突した海域である西海(黄海)北方限界線(NLL)に触れたのは「韓国を脅するのに最も効果的だと判断したため」と分析している。>

 また、国家情報院と統一部などは「北朝鮮軍部声明は現(韓国)政権がここ1年間展開してきた北朝鮮関連政策に対する不満が爆発したもの」と受けとめている、という。昨年12月に北朝鮮が開城工業団地への立ち入り制限などといった強硬策を取ったものの、韓国当局がこれといった動揺を見せなかったことから、直接「軍事脅威」のカードを取り出し、また、金剛山で昨年7月発生した韓国人女性観光客射殺事件による南北関係停滞の責任を韓国側に転嫁し、金大中、盧武鉉両政権のように軟弱ではない李明博方式を揺るがす狙いもある、という。

 <北朝鮮軍部による声明がオバマ米次期政権の発足を3日後に控えた時点で発表されたことから、「対米メッセージ」の見方も出ている。>

 として、

 <総参謀部は米国などの問題には直接触れていない。しかし、対北柔軟姿勢という期待とは裏腹に、次期米国務相に指名されたヒラリー・クリントン上院議員が13日、上院外交委員会で行われた指名承認公聴会での証言で「北朝鮮に新たな制裁措置を取ることも可能だ」と明言するなど、雰囲気が思わしくないのを受け、警告のメッセージを送ったものだという分析だ。北朝鮮と韓半島問題を浮上させ、米新政権の対外政策で優先順位を引き上げる狙い、ということだ。>

 なるほど、韓国ではヒラリー演説はそのように受け取られているのか。勉強になった。てっきり「予想通りの演説」というコメントが出るのかと思っていたが、「案外厳しい」と受け止めているのだ。

 <匿名を求めた情報当局者は18日「体制の動搖を防ぐため、内部に緊張ムードを醸成する必要性も反映した多目的の措置と見ている」と述べた。3月の最高人民会議選挙を通じて金正日体制の第3期をスタートさせようとしている北朝鮮としては、住民の不満が表出し動揺するのを防ぐため、南北関係の緊張を高める必要性がある、ということだ。>

 難しい言葉遣いをしているが、体制が揺らぐ危険があるので引き締める、ということ。まあ、そんなところだろう、とは思うが、北朝鮮で今何かが起こっていることは確かなのだ。それが何なのか、韓国の情報機関は匂いくらいはキャッチしていると思うのだが、出てこないなぁ。

 <情報当局が把握したところによると、北朝鮮は十分な食糧を供給できず、住民が厳しい冬を過ごしている状況。ソル(旧正月)と翌月16日が67歳を迎える金正日国防委員長の誕生日だが、特別配給ができるかどうか懸念される状況だ。強硬姿勢を示す声明を発表したものの、北朝鮮が実際に軍事挑発行為に踏み切るかどうかは未知数だ。>

 相当に冷静な分析だ。

 <北朝鮮が2000年3月、一方的に設定した白リョン島など西海5島の海域は、韓国海軍が所轄する領海に位置している。北朝鮮海軍の戦力が劣勢である上、ここ10年とは異なり現政権の韓国海軍が北方限界線(NLL)の固守に確固たる立場を堅持している点も、北朝鮮には負担となっている。>

 「ここ10年」の金大中、盧武鉉政権では一体何をしていたのだ、と突っ込みを入れたくなる一文だ。

 <軍当局は「南北いずれも通常の冬季演習を除いた特異な軍事動向は見せていない」とした。政府は「静かな対応」を基調に決めている。青瓦台の金星煥外交安保首席が出席する対策会議が開かれただけで、閣僚級の緊急会議はなかった。>

 <北朝鮮関連業務を担当するある関係者は「北朝鮮の声明に大騒ぎとなったり、『南南(韓国内部の)対立』を見せるのは北朝鮮の意図に巻き込まれるもの」という言葉で、政府内の雰囲気を伝えた。>

 と冷静な対応を取る李明博政権のスタンスを紹介している。

◆北朝鮮の核実験以来、韓国軍合同参謀本部が「対北警戒強化指示」を出す

 一方で、中央日報には<合同参謀、全軍に対北朝鮮警戒態勢強化を指示>の一般記事もあった。

 <韓国軍の合同参謀本部は18日「北朝鮮人民軍が17日に韓国に対し『全面対決態勢に突入する』という声明を発表したのを受け、同午後6時を期し全軍に対北朝鮮警戒態勢強化を指示した」と明らかにした。合同参謀の対北警戒強化指示は、北朝鮮が核実験に踏み切った2006年10月9日以来初めて。>

 軍隊は国民を守るために対応だけはしなくてはいけない。それが青瓦台など政治家との違いだろう。

 <北朝鮮軍の総参謀部報道官は17日、朝鮮中央テレビを通じ「北朝鮮の革命的な武装力は西海軍事境界線を固守する」という声明を発表し、西海北方限界線(NLL)付近で挑発行為を行う可能性を示唆した。北朝鮮軍の総参謀部報道官が軍服姿でテレビに出演し、声明を読み上げるのは異例のこと。パク・ソンウ韓国合同参謀公報室長は「警戒態勢強化の指示によって、指揮官全員が部隊で警戒任務に全力を尽くしている。現在、北朝鮮軍の特異な動向はとらえられていない」と述べた。>

 やはり、北朝鮮軍部の中で指揮命令系統がどこかおかしくなっている、と考えるのが普通ではないか、と思えてくる。

◆中央日報の社説

 中央日報は19日付社説<「瀬戸際戦術」に頼る北朝鮮の無謀さ>でも北朝鮮の迷走ぶりを冷静に分析していた。

 社説によると、北朝鮮は1月13日に「米国との国交正常化が先行されてこそ、韓半島の非核化が可能だ」との外務省スポークスマン談話で表明したが、16日には「国交正常化が実現しても米国の核による脅威がある限り、核を放棄しない」と矛盾した発言をしたことを取り上げて、

 <何か調整ができていないのか、4日後に言葉を変えたのだ。同時に韓国側に対しても軍部が直接出て軍事的な対応をも踏まえた「全面対決態勢」を宣言する強硬策を取った。しかし開城工業団地は稼働させているのを見れば、不自然な側面がなくない。結局、韓国はもちろんオバマ米次期大統領側まで北朝鮮に関心を示さなくなると、もう少し強い姿勢の瀬戸際戦術を駆使したものとみられる。>
 と、やはり北朝鮮の不自然な発言の揺れを問題にしている。でも、結局は「これしか西側世界に投げつけられるカードがない」北朝鮮が「ここ約20年間、同じ取り組み方を見せてきたのも同じ理由からだ」として気にしない態度なのだ。それで済む問題なのだろうか? 社説は北朝鮮の瀬戸際戦術の無効さを強調しながら、

 <北朝鮮は昨年12月に「開城工業団地への出入り制限措置」を取った当時に続き、今回も軍部の総参謀部スポークスマンが直接出て脅威を示した。軍部のスタンスを強化するなど権力構造の変化ともかかわりがあるとみられる。>

 として、韓国政府と軍に警戒態勢を呼びかけている。

◆東亜日報のまとめ記事

 東亜日報も同様の記事をネットに掲載した。<北朝鮮軍部と外務省、韓国への攻勢姿勢強める>である。これも19日付紙面のネット版だろう。

 <北朝鮮が17日、人民軍総参謀部と外務省などの報道官3人を通じて全方位の対韓、対米攻勢を展開した。>
 として、

 <朝鮮中央通信は同日午前11時59分、外務省報道官のインタビューを通じて「朝鮮半島非核化論」を取り上げた。さらに、朝鮮人民軍総参謀部報道官が、午後4時49分に声明を出し「(韓国に対する)全面対決態勢」を強調し、6.15共同宣言実践北朝鮮側委員会の教職員分科広報担当が午後5時10分、談話を通じて韓国の統一安保教育の強化の動きを非難した。>

 中央日報や日米のメディアが問題視したのは2番目の声明だけだったが、これを見ると北朝鮮は精力的にいろいろな機関を通じて韓国対策をしているようだ。

 <北朝鮮軍指揮組職の総参謀部報道官がテレビに出演したのは98年12月、韓米「作戦計画5027」樹立計画を非難して以来10年ぶり。総参謀部報道官が声明を出したのも99年の西海北方限界線(NLL)無力化宣言以来初めて。

 随分と異例続きなのだ。

 <北朝鮮総参謀部報道官は「我々の革命的武装力はすでに世界に宣布した西海海上軍事限界線を固守する」と、西海での武力衝突の可能性を示唆した。NLL海域で軍事的緊張を高め「紛争地域」にし、対韓国、対米交渉「カード」に活用する意図とみえる。>

 <韓国合同参謀が全軍に対北朝鮮境界態勢の強化を指示したのは、北朝鮮が核実験をした2006年10月9日以来初めて。軍当局は西海NLL近隣の北朝鮮海軍戦力の不審な動向をはじめ、軍事限界線(MDL)地域の北朝鮮軍の動きに対する監視を強化した。このため、在韓米軍にU2偵察機による情報収集と監視活動を強化するよう要請した。>

 まあ、分断国家の現実はこういうものなのか。日本人にはなかなか理解できない。

◆朝鮮日報の社説では……

 一方、韓国最大紙の朝鮮日報は19日の社説<北はいつまで習慣的な対南脅迫を続けるのか>でこの問題を取り上げた。

 <北朝鮮軍の作戦を実際に運用する総参謀部報道官(大佐級)が軍服姿でテレビに登場したのは初めてだ。総参謀部が南に対する立場を明らかにしたのも10年ぶりだ。

 としたうえで、

 <北朝鮮軍総参謀部のこのような対南脅迫はあまりに突然だ。李明博大統領は今月2日の国政演説で「いつでも北朝鮮と対話し、パートナーとして協力する準備ができている」と述べた。昨年11月に韓国統一部は2000年と07年の南北首脳会談で発表された二つの宣言を尊重し、履行計画を協議していく立場も明らかにしていた。大統領選で07年10月の南北首脳宣言を再検討するとしていた李明博大統領にとっては最大の柔軟性を見せた格好だ。しかし、北朝鮮は突然「売国、逆賊李明博逆徒」と繰り返し、「どれだけめちゃくちゃなことになるか目にすることになるだろう」と脅迫した。もし韓国軍の大領(大佐)が軍服姿で放送に登場し「売国、逆賊金正日逆徒」と名指しし、北朝鮮をあらゆる先端武器でたたくと言ったら北朝鮮はどんな反応を示すだろうか。
 面白い。余裕を見せているね。でも、挑発的な書き方だ。

 <オバマ米次期大統領の就任式が20日に迫っている北朝鮮軍報道官の挑発声明は自分たちにもっと関心を持ってほしいと訴えているようだ。>

 そう見るしかない、ということだろう。この社説を書くにあたっては、統一院や情報機関のネタ元に最新情報を確認する作業をしただろうから、韓国政府の見方もやはり、そうなのだろう。

 <米ライス国務長官は先月「北朝鮮を信用するのはばかだけだ」と述べた。北朝鮮軍が声明通り北方限界線での挑発といった軍事行動を起こすならばオバマ政権に「北朝鮮は信頼して対話するのが難しい国だ」という印象だけをさらに強く与えることになる。>

 えぇ、知らなかった。このライス米国務長官の「北朝鮮を信用するのはバカだけだ」発言である。日本の新聞には出ていなかったなぁ。なぜ出さないのか? 韓国の新聞を見て、米国務長官発言を知るなんて、日本の新聞の恥じゃないか。

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朝鮮日報の行天豊雄氏インタビュー~日本版HP1月18日アップ分+読売新聞1月6日朝刊

 朝鮮日報のホームページを見たら、東京特派員の鮮于鉦(ソンウ・ジョン)記者が<行天豊雄・国際通貨研究所理事長に聞く>として、上中下の3回でインタビューを載せていた。

 行天氏は首相臨時特使でソウルに特派され、日韓スワップ協定の改定に取り組んだ人だったと思う。

 韓国でも有名になっているようだ。最終回の人物紹介を最初にコピペしておこう。人物紹介の見出しは<日本経済の全盛期を引っ張った官僚出身の経済学者>である。紹介文は以下のとおり。

 <著名な経済学者であり国際通貨研究所の理事長も務める行天豊雄氏(77)は大蔵官僚だった当時、日本経済全盛期の先頭に立った人物だ。東京大学卒業後、大蔵省に入省、1985年には大蔵省国際金融局長として日本の国際的な立場を変えたプラザ合意にも立ち会った。その後1986年から89年まで、日本の官僚社会ではトップとされる大蔵省財務官(次官クラス)として国全体の経済を引っ張った。退任後は当時の東京銀行会長を経て、96年に国際金融研究機関である国際通貨研究所の理事長に就任、現在も活発な執筆活動を続けている。金融危機発生後には麻生内閣の顧問としての役割を持つ「内閣官房参与(国際通貨問題担当)」として任命され、日本政府の特使として韓国や米国などを訪問している。日本の官僚社会では強大なパワーを持つとされる「通貨マフィア」の代表的人物としても名高い。>

 相当に持ち上げているが、今までの日本人の官僚評価が内政の調整役としての旧大蔵省主計局、主税局と旧通産省にばかり比重を置いていたのがおかしいので、この韓国紙の見方は国際的に見れば一般的だ、と思う。

 記事は前文で「世界的金融危機が起こって以来、以前の米国中心の資本主義体制を先頭に立って守ろうとしている国が日本だ。米国の消費力に依存する資本主義体制が崩壊した場合、日本もやはり存亡の危機を迎えるほどの打撃を受けるしかないからだ」と日本をある意味、評価して始まる。

 国際通貨基金(IMF)への1000億㌦の追加出資もほめている。

 そして、行天氏がG20首脳会議に日本政府特使として派遣されたことを紹介しながら、「(米国を中心とする世界資本主義体制が)根本的に変化するのは難しい」、それは「米国の過剰な消費」と「日本や中国の過剰な生産」というアンバランスな構造にあまりにも多くの国が組み込まれているからだ、という、と行天氏の見方を冷静に伝えていた。

 ただ、「東京で12月26日に話を聞いた」とあるように、相当に古いインタビューを今使っている感じだ。昨年末に掲載すればよかったのに。

 インタビューの中で面白い部分をピックアップしておく。地の分は行天氏の発言。カッコ内は質問だ。

▽(資本主義の修正は可能なのか、という質問に)誰かが「韓国は今や輸出産業が崩壊しても関係ない」と言ったら、その言葉を受け入れられるか。日本も中国も同じだ。米国人に対して「今後は消費をやめて借金を返せ」と言ったとしても、受け入れられるはずがない。自らできなかったため、今強制的に調整されている。アンバランスが根本的に修正されることはないだろうが、だからといって原点に戻ることもない。誰もがアンバランスを改善すべきだ、という認識は持っている。

▽政治的側面からみても、イラク戦争をきっかけに米国の圧倒的優位は終わった。G20首脳会議は歴史的には大きな変化であり進歩だ。パワーが多極化へと徐々に分散する過程にある。

日本のマスコミに「日本が一気に規制を強化すれば、(日本の金融競争力を確保する)チャンスが失われる」と訴えている。米国や欧州に比べて相対的に劣勢にある東京の金融市場を育てるチャンスとして、危機を活用すべきだ。他のアジア諸国にも同じことが言えると思う。

▽欧州は今回の危機でユーロがいかに大きな弱みを持っているか悟った。金融政策は欧州中央銀行が担当するが、金融監督は国ごとに異なり、財政政策もバラバラ。各国が別の動きをするので混乱ばかりが大きくなった。

 今回の危機でドルに対して1.7倍から1.2倍も急落した通貨がユーロだ。

▽今回の危機で世界の通貨で唯一ドルに対し値を上げているのが円だ。日本が強くなったからではなく、相対的に衝撃が少なかったからに過ぎない。

▽日本の超低金利時代に緩和された円キャリートレードの資金が株式市場急落で日本に戻っているという技術的な側面もある。

その時の相対的価値の高い通貨が基軸通貨になるのではなく、総合的な国力が強い国の通貨が基軸通貨となる。

経済力、軍事力、外交力、技術力、文化力、イデオロギーのパワーなどの総合力を持つ国の通貨が基軸通貨となる。高齢化する国民、国民意識の中の軍事的小国主義などを考えてほしい。円がドルに代わるのは非常に難しい。

人民元はまず交換性を持たなければならない。資本取引全体の中において、人民元による取引を自由化して世界のどこの国でも人民元が使えて人民元で投資できるようにすることが基本だ。完全な自由化までには今後10年から15年はかかるだろう

アジア諸国は貯蓄が多い。この貯蓄がアジア諸国に帰ってくるように、アジアの資本市場を発展させる必要がある。アジア市場で債券を発行し、資金調達し投資を行う環流システムを構築すべきだ。個人の家計資産が多い日本がそのような役割を果たせるだろう。

▽同時に特定の通貨であれバスケット通貨であれ「これがアジアの通貨」といえる通貨を持つ必要もある。

アジア諸国が危機に陥った時、直ちに資金投入できる「アジアだけの融資機能」も持つべきだ。

▽国際通貨基金(IMF)だけでは力不足という事実はすでに1997年の通貨危機当時に身にしみて感じている。

▽(アジアの融資機能として10年前に日本はアジア通貨基金(AMF=Asian Monetary Fund)の設立を主張していたが?)中国の反対で実現しなかった。政治的な理由からだった。しかし、今回の危機をきっかけに中国も変わりつつある。数日前に香港で開催された国際会議で会った中国人関係者は「あの時に中国も賛成しておくべきだった」と後悔していた。

▽(日本と中国の協力体制は可能か?)はっきりしているのは日中ではなく日中韓だ。経済力のあるアジア3カ国の協力が絶対的に重要だ。そのため日中韓首脳会談は会うだけでも意味がある。今後は実質的にも大きな役割を果たすようになるだろう。

▽(今回、韓中日の通貨スワップ拡大についての話し合いでは、日本政府は非常に消極的だったとの話があるが?)決してそんなことはない私は昨年11月に日本政府特使として韓国を訪問し、姜万洙企画財政部長官に会い、その際、通貨スワップ問題についても話し合った。

 以上である。

 行天氏の話に新味はないが、韓国の新聞でこういう内容をストレートに載せるられるようになったのはいい変化だと思う。

 円の国際化の話など、反日活動家からすれば猛然と噛みつくだろうし、最後の質問など、そういう類の人向けの質問だろう。朝鮮日報だってアリバイ作りは必要なのだ。ただ、この質問には堂々と答えられる。決して韓国に貸す資金の枠をケチったことはないはずだから。前にも書いたが、外貨準備を韓国に融通すれば円安要因になる。両方にとって得する話のはずだからだ。

◆読売新聞1月6日朝刊インタビュー

 行天氏は1月6日付読売新聞朝刊1、2面掲載の続き物[大波乱に立ち向かう 第4回]のインタビューシリーズに登場、[資本主義の行方]として<米国型金融に「節度」を/米の過剰消費開園がカギ>の見出しで語っていた。読売新聞の要約では、

▽アジア各国から金融面での日本の主導権を望む声が強まっている

▽日本が堅持してきた「与信」「節度」を踏まえたビジネスモデルを世界に発信すべきだ

▽米新政権は米国の過剰消費体質の改善を進める必要がある

 だった。特に印象に残ったのが2番目の論点だ。本文を写す。

 <今回の危機はアングロサクソン的なビジネスモデルの失敗であり、日本にとってはチャンスになる可能性がある。米国が今困っているのは金融の根本をなす「信用市場」が瀕死状態になったことだ。金融の世界の常識だった信用や信頼を無視した商品が蔓延した結果だ。その点、米国などと比べると、日本の金融業には健全な面もあった。金融業は「与信業務」をビジネスの根幹に据えてきた。字が示す通り、信頼を与える商売を続けてきた。日本のビジネスが今も「信頼」と、腹八分目を意味する「節度」を基礎にしているのなら、日本的な価値観として世界に売り込めるはずだ。

 である。また、世界経済と資本主義を占う際に考慮すべき三つの構造として①基軸通貨体制に変化はあるか②金融資本主義はどうなるか③米国の過剰消費依存体質型経済は変化するか――をあげ、基軸通貨交替には時間がかかること、レバレッジ優先の金融資本主義から伝統的な預金を集めて融資する金融モデルに米国でも転換するだろうということ、市場は国内優先になること、米国は消費依存を矯正する力を持っていることをあげていた。オバマ大統領の力なのだろう。

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2009年1月18日 (日)

北朝鮮のオバマ氏歓迎行動? 「プルトニウム30.kgすべて兵器化」~東京新聞、日経新聞1月18日朝刊から

  東京新聞は1月18日朝刊1面トップに<北朝鮮プルトニウム/「30.8㌔すべて兵器化」/申告量と矛盾/当局説明と米の専門家>を持ってきた。北京支局の池田実特派員の記事である。内容を見てみよう。

 <北京発のロイター通信によると、米国の北朝鮮専門家セリグ・ハリソン氏は17日、北朝鮮当局者が6カ国協議の合意に基づき申告した核兵器の原料となるプルトニウムの抽出量について30.8㌔と説明し「すべてを兵器化した」と語ったことを明らかにした。平壌訪問後、北京で記者団に語った。北朝鮮が申告したプルトニウムの内容や用途について公表したのは初めて。

 が前文である。

 直接の取材ではなく、ロイター通信の取材のフォローであるところが弱いが、何しろ北朝鮮が滅茶苦茶なことを言い出したのだから、大きなニュースだ。

 <6カ国協議筋によると、北朝鮮は昨年6月に行った申告で兵器化するために使用したプルトニウム量を約26㌔と説明しており、北朝鮮側が今回提示した内容は、申告と矛盾している。>

 そういうことだ。

 <ハリソン氏によると北朝鮮当局者はどのように兵器化したか明らかにしなかったが、核ミサイルへの搭載用とみられるという。また当局者は、抽出したプルトニウムをすべて兵器化したことで「検証できない」と述べ、核計画の検証対象には含まれない、との考えを示した。

 脅し、と考えるのが常識なのだが、きちんと検証する必要はある。

 というのも、振り返ってみればテポドン発射にしてもノドン発射にしても、最初の日本の反応は「本当かよ、あの貧乏国ができっこない」だったが、後で本当と分かった。

 核実験は臨界に達しなかったのかもしれないが、部分的に核分裂反応が起きたことは確かだった。あまり侮っていてはいけないのだ。

 <ハリソン氏は「説明通りならば北朝鮮は4、5個の核兵器を保有しているだろう」と話した。

 そういう計算になるのか。あとで計算してみよう。

 <金正日総書記の健康状態について「回復しているとの印象を受けた」と述べた。>

 これはどうでもいい。

 <ハリソン氏は13日に平壌入りし、北朝鮮の朴宜春外相や外務省の李根米州局長、朝鮮人民軍の幹部らと意見交換した。>

 北京で米国大使館にまず報告して、米国人記者にある程度の情報を流したのではないか? 日本人記者はこういうケースでは除外されている。

◆ソウルの見方というか、今までの経緯をまとめた記事だった

 東京新聞はこの1面トップ記事に<「検証不可能」と難題設定>とソウル支局の築山英司特派員の解説記事が付いていた。

 <北朝鮮が米国の研究者に対し抽出したプルトニウム全量を兵器化し、検証不可能と主張したことは、核計画の申告をめぐる検証方法の確立に新たな難題を設けるものだ。北朝鮮はオバマ米次期政権でも検証をめぐり容易に譲歩しない考えを示したといえよう。>

 と、まあそう言えるだろう。

 オバマ政権が発足する前だから自分をなるべく高く売ろう、という思惑だろう、と最初に考えるのが普通だが。

 <また、今回の説明が事実であれば、昨年6月に行った申告内容を変えることになり、申告内容全体の信頼性に影を落とすことにもつながる。>

 最初から信頼性がなかったことがバレる、ということだろう。だって、IAEAが検証をしていないんだから。

 <6カ国協議筋は北朝鮮が核計画の申告でプルトニウム総量を約38.5㌔、処理可能なように抽出した量を約31㌔と説明。抽出した約31㌔のうち約26㌔を兵器化に使用し、約2㌔を核実験に使ったと申告した、と明らかにしている。米国の北朝鮮専門家セリグ・ハリソン氏が北朝鮮側から聞いた30.8㌔という数字は同筋が説明した31㌔を指しているとみられる。>

 この数字をめぐって今年は明けて暮れていく可能性が高い。オバマ政権が脅さない限りは。

 <北朝鮮はこれまでも核兵器については、検証の対象とならないという立場をかたくなに主張してきた。

 そう言っていたのだ。それを「けしからん」と言って、検証対象にすべきだったのに、ヒル次官補が妥協してしまったので、6カ国協議が無意味になった。

 <抽出した全量を核兵器化したという今回の説明は、同国が使用済み燃料棒に残存し、抽出していないプルトニウムとして申告した約7.5㌔を除くと、申告内容すべてが現段階では、検証対象に当たらないと主張しているのと同じだ。6カ国協議を舞台にした検証方法をめぐる論議はさらに難航することになりそうだ。>

 そういうこと。6カ国協議が単なる時間つぶしになっていることに早く日本国民は気づくべきだ、と思う。

◆日経新聞のまとめ記事は分かりやすかった

 日経新聞も1月18日朝刊国際面<北朝鮮が警告/「全プルトニウム武器化」/「韓国と全面対決態勢に」/米に「核軍縮交渉」求める>で詳しく報じていた。

 私としては日経の次の解釈があっているのではないか、と思う。

 <一連の発言はオバマ次期米政権発足を前に、核計画の厳格な検証など核放棄プロセスの前進を求める米国を牽制、核保有国であることを前提とした「軍縮交渉」を要求する戦略を鮮明にしたものとみられる。同時に、核問題をめぐる6カ国協議に関する日米韓の連携にくさびを打つ狙いもうかがえる。>

 である。

 クリントン発言やライス発言が政権最末期に飛び出したことは、ブッシュ政権で宥和外交をした責任をおっかぶせるか、責任を免れるか、の米国内の争いの結果の副産物だろうと思うのだが、そういう動きに北朝鮮が敏感に反応したものだろう。

 <ハリソン氏によると、北朝鮮は「米主導で(見返りとなる)エネルギー支援を完了しなければ、核施設の無能力化作業を中断する」とも言明した。北朝鮮はかねて、拉致問題に絡んで支援参加を見合わせている日本が「6カ国協議の参加資格を喪失した」(平壌放送)と主張してきている。

 ここでも出たか。案外重要なのだ。北朝鮮はなるべく見返りなしに日本の「賠償」資金を手に入れようとしているから。

 <外務省報道官は17日、朝鮮中央通信記者の質問に答え「米朝関係正常化と核問題は別個の問題だ」と力説した。朝鮮中央通信の報道を朝鮮通信(東京)が伝えた。>

 <北朝鮮を「核兵器保有国」と位置づけた上で、核放棄を目指す6カ国協議とは別に、核兵器の削減を協議する「軍縮交渉」を米国に求めようとしたもよう。実現すれば「米国の核削減要求」や「在韓米軍の核検証や削減」を持ち出すことも可能となる。>

 <軍総参謀部報道官も異例の声明を発表。「李明博一味が民族の和解と協力を否定する以上、我々の革命的武装力はやむを得ず粉砕のため、全面対決姿勢に突入する」と語った。>

 韓国を脅している。韓国内の金大中、盧武鉉勢力にエールを送り、国内対立を激化させようという意図はみえみえだ。そういう意図を知りながら、自分の政略のためにそれに乗っている卑劣な盧武鉉勢力の汚さに韓国民は気づかないのだろうか?

 <一連の発言は核問題から日本や韓国を排除する意図もあるようだ。米国との2国間交渉に持ち込み、思い通りに進まない場合には危機を演出する「瀬戸際外交」を仕掛ける構えとみられる。>

 以上、ソウル支局の山口真典特派員の記事だ。非常に分かりやすかった。頭の整理が出来た。

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朝日新聞の北朝鮮社説が少しまともになった~1月18日朝日新聞朝刊から

 朝日新聞1月18日社説がようやく日本人として許容できる範囲の文章になった。<北朝鮮の核/オバマ新政権への期待>と題した第2社説である。コピペして読んでみる。

 <北朝鮮の核問題は、今週発足する米国のオバマ新政権にとって最も厄介な外交課題の一つに違いない。 はたして北朝鮮には核を捨てる意思が本当にあるのか。ライス国務長官は、北朝鮮が兵器級の高濃縮ウランを入手ずみという見方を示した。 その北朝鮮は最近の外務省談話で、米国との関係正常化がない限り「先に核兵器を放棄することはない」と言明した。米新政権に向けてさっそく牽制を始めたということだろう。 >

 これが最近の動きである。事実関係に間違いはない。

 <ブッシュ政権の8年を振り返ってみる。北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と声高に非難はしたが、アフガニスタンとイラクでの戦争に足を取られたこともあり、発足後の6年間は核問題に対する実質的な取り組みはほとんどなかった。 その結果が北朝鮮による衝撃的な核実験だ。これを機に米国は北朝鮮との妥協に走り、核計画のずさんな申告を許してしまった。申告に対する検証の問題やテロ支援国家指定の解除をめぐって、日本や韓国との不協和音が生じたことも記憶に新しい。 >

 こう書かれていれば納得できる。直前の記事のように、「ブッシュ政権のネオコンが対話を拒否して軍事的な脅しをしたので、北朝鮮は仕方なく核実験した」のような牽強付会な解説になっていない。

 確かにブッシュ政権は言葉では強いことを言っていたのに、イラクとアフガニスタンと、それにイランにまで視野を広げて軍隊を動員する一方、東アジア問題を事実上軽視した。そのツケが回ってきている、という認識は正しいと思う。

 <北朝鮮が、体制維持のためのよりどころでもある核をやすやすと捨てることは考えにくい。 >

 そうなのだ。現実的にものを考えよう。

 <だが、核武装した北朝鮮との共存という状態は、日本はもちろんのこと、米国や韓国、中国、ロシアにとって容認できるものではない。米新政権の発足を機に、核を一日でも早く放棄させるための国際的な外交努力を改めて活性化させねばならない。>

 ここである。問題はそう単純ではないことを朝日新聞論説委員会は十分認識しているのだろうと思うのだが、その「大変さ」が読者に伝わらない。

 「核武装した北朝鮮との共存という状態は、日本はもちろんのこと、米国や韓国、中国、ロシアにとって容認できるものではない」とサラリと書いているが、そうだろうか? 少なくとも韓国の一部勢力は北朝鮮の核武装を何とも思っていない。

 核兵器が韓国に向けられることはない、と信じているからだ。

 韓国の対北安全保障の最大の問題はソウル防衛である。38度線に並んだ多弾装ランチャー砲が一斉に火を吹けば、1994年当時に北朝鮮の代表が脅したように「ソウルは火の海になる」からだ。韓国軍や在韓米軍がすぐさま反撃するだろうが、第一撃を食い止めるだけの余裕はない。韓国にとってのソウルは日本にとっての東京と比較にならないほど重い。人口の約3分の1が広域ソウル圏に住み、政治、行政、経済の中心である。ソウルが壊滅すると韓国政府は機能しなくなるだけでなく、国家の存立を危うくするのではないか、という人もいる。

 米国は本気で北朝鮮の核武装を脅威と認識していないのは何度も書いた通りだ。テポドンミサイルに核弾頭を搭載できるようになり、そのミサイルの練度が上がれば脅威と考えるかもしれないが、米本土に核爆弾は降らない。

 ロシアは何の関係もない。

 中国は北朝鮮を今や米国やその影響を受けた韓国への国境緩衝地帯として利用する一方、ビルトインスタビライザーのように中国国民により悲惨な国を見せ付けて中国共産党の失政を隠す方便に使っている。核兵器を持つまいが、中国が石油という弁を本気でひねれば、北朝鮮政府は崩壊する。崩壊させたくないから、今のように生かさず殺さずの戦略で対応している。

 残るは日本だけである。憲法9条で軍備を持たず、究極の安全保障を米国に委ねている世界第2の脆弱な経済大国日本は安全保障上の脅威と認識するだけの理由がある。

 北朝鮮が本気で死ぬ気で日本を核攻撃する事態がゼロではないからだ。

 このような複雑な極東の国際政治の現実を無視して「日本だけではない」と言い切ると話がおかしくなる。

 <オバマ政権に期待したいのは、ブッシュ時代を教訓に、一貫した姿勢で臨むことだ。国務長官に指名されたクリントン氏は、現在の6者協議について「北朝鮮に圧力を行使でき、米朝協議の機会も提供する」として、積極的に生かしていく姿勢を示している。単独行動ではなく国際協調による取り組み、硬軟を織り交ぜた「スマートパワー」のねばり強い外交を北朝鮮に対して貫いてほしい。日韓や中ロとの協調を仕切り直しして、対話と圧力の効果を高めてもらいたい。>

 つまり、対話路線で一貫せよ、という要望だ。

 <北朝鮮との交渉は核施設を使えなくする無能力化の段階で停滞している。だがプルトニウムの増産は抑えることができている。これを足場にまず、検証方法の合意、無能力化と見返り支援の完了へ進む必要がある。弾道ミサイル問題にも対処せねばならない。新政権には日本人拉致問題にも積極的に協力してもらいたい。北朝鮮は日米の離間を図ろうとするだろうが、拉致も核もミサイルも、という包括的な前進へ日米の協調を強めたい。北朝鮮も新政権の出方を注視している。新年恒例の主要3紙共同社説に、恒例の対米批判が全くなかった。難題打開への道筋をつけることができるかどうか。正念場の年になる。>

 と結んでいるのだが、基本的に見方が甘い、と思う。オバマ新政権にすべてを委ねるわけにはいかないだろう。オバマ氏だって中国の面子を立てながら、韓国政府の「戦争だけはしてくれるな」という泣き声を聞きながら、日本の要望だけを聞くわけにはいかないだろうから、日本は自分でできる安全保障上の準備はきちんとすべきだ、と思う。

 しかし、最近の論調とはガラリと変わって、日本人らしい論説が掲載されたのはいい傾向だ、と思う。

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2009年1月17日 (土)

次期米国防副長官が「北朝鮮崩壊時には核確保が必要」~読売新聞1月17日朝刊から

 読売新聞1月17日朝刊国際面2段<「北崩壊時、核確保が必要」/次期米国防副長官が言及>は面白かった。

 ウィリアム・リン次期米国防副長官が15日、上院軍事委員会の指名承認公聴会に提出した事前質問への回答書で「北朝鮮崩壊の場合、米国は韓国と緊密に協力しながら、管理が行き届かなくなった核兵器と核物質を迅速かつ安全に確保するように努める必要がある」という方針を示した、という内容である。

 記事は、

 <米韓は金正日総書記の病変を受け、北朝鮮の体制崩壊に備えた米韓両軍の「概念計画5029」を「作戦計画」に格上げして策定する方針とされているが、米高官が北朝鮮の崩壊を前提にした軍事作戦について公式の場で言及するのは異例だ。>

 というものだった。

 まあ、まだ米政府高官ではなく、高官to be  だから正確には違うのだけど、この発言がオバマ政権の一面を表わしていたら面白いのだが。

 この発言に機敏に反応したのが北朝鮮だった、と思う。

 読売新聞のネット版によると、1月17日午後10時45分に<プルトニウムすでに兵器化」北朝鮮側、米専門家に語る>の記事が掲載されていた。

 <【北京=佐伯聡士】ロイター通信によると、訪朝を終えた米国の北朝鮮専門家、セリグ・ハリソン氏は17日、北京で、6か国協議の合意に基づいて北朝鮮が申告したプルトニウム30.8㌔㌘について、同国当局者が「すでに兵器化しており、兵器は検証できない」と語ったことを明らかにした。>

 という短い記事だが、17日に語った、というのはこの公聴会後、ということだろう。北朝鮮がまた虚勢を張っているようだ。17日は面白いように北朝鮮発の記事が読売オンラインに並んでいる。<米朝関係正常化しても核放棄せず、北朝鮮報道官が指摘>はソウル発の記事だ。

 <【ソウル=前田泰広】朝鮮中央通信によると、北朝鮮外務省報道官は17日、同通信記者の質問に答える形で、「米国が米朝関係正常化を核放棄の対価と考えるのは誤りだ」と述べ、関係正常化と核問題は別との考えを示した。報道官は「米国の核脅威が残っている限り、我々の核保有の地位は変わらない」と指摘した。報道官は13日の談話でも、米国の核の脅威などを理由に核放棄に応じない姿勢を示している。

 また、<北朝鮮、韓国と「全面的な対決姿勢」/参謀部声明で警告>もソウル発。

 <【ソウル=前田泰広】朝鮮中央通信によると、朝鮮人民軍総参謀部報道官は17日、韓国政府が北朝鮮との対決の道を選んだとし、「我々は全面的な対決態勢に入るだろう」と警告する声明を発表した。>

 <総参謀部が公式声明を出すのは異例。対北朝鮮融和政策を見直す李明博

)

政権を強く揺さぶる狙いとみられる。声明では、韓国政府が先制攻撃の準備や黄海上で北朝鮮領海の侵犯を続けていると決めつけ、「強力な軍事的対応措置が伴うだろう」などと強調した。韓国の聯合ニュースによると、韓国軍当局はこの声明と関連し、全軍に警戒態勢強化を指示した。朝鮮人民軍の動向を注視、分析しているという。>

 と、何か最近の北朝鮮関連は異例づくめである。もうすでに水面下の攻防は白熱しているようだ。

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2009年1月16日 (金)

「日本は米国の属国なのに政治家は国民を誤魔化している」と75歳の岸田秀氏は言った~1月16日毎日新聞夕刊

 毎日新聞1月16日夕刊[特集ワイド~この国はどこへ行こうとしているのか]は精神分析者の岸田秀(きしだ・しゅう)氏(75)にインタビューしていた。もう75歳なのか、と少し驚く。

 <1933年香川県生まれ。早大文学部心理学専修卒。80年代初めにニューアカデミズムの旗手の一人として注目された。著書に「ものぐさ精神分析」(中公文庫)、「日本がアメリカを赦す日」(毎日新聞社)、「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」、「『哀しみ』という感情」(以上、新書館)など。>聞き手は西和久編集委員だ。

 とあった。見出しは<対米の欺瞞 直視を>だ。岸田氏のデビューは70年代終わりの「唯幻論」だと書いてあった。注釈があり、

 <唯幻論とは「人間は本能の壊れた動物である」ことから、人間やその集団は、本能に代わる行動規範として自我や、自我を正当化するための「物語」といった幻想の体系を作り上げた、とする。>

 だった。何か吉本隆明に似ているような気がする。岸田氏の発言のいくつかをピックアップしておく。

▽日本社会と違って、米国は貧乏人に対して同情がない社会です。貧乏は自業自得と考えられ、格差が米国の強さを生むとさえ信じられています。

▽オバマ氏が失敗しても、白人支配は安全です。

▽大統領が黒人であるという看板を立てているだけで、白人大統領が行うのと同じことしかできないのではないか。スローガンの”CHANGE”は空念仏に終わるのでは。

▽ローマ帝国の歴史を思い起こしてほしい。ローマ帝国は4世紀の初め、それまで差別し虐殺してきたキリスト教徒を公認した。キリスト教を国教にし、皇帝が改宗したことで、ローマ帝国の崩壊が始まった。ローマ文明を支えてきた多神教が捨てられ、ローマ人貴族階級が支配権を失い、差別されてきたゲルマン人キリスト教徒が代わりに台頭して従来の体制を変革しようとしたからです。

▽ローマ帝国の先例が現代の米国にあてはまるかどうかは、もちろん分からないが、従来の支配構造に執着する白人層と、差別のない社会への希望を抱いた非白人層に分裂し、第二次南北戦争が起こりかねません。それを免れる唯一の道は米国を支配してきた白人層がその権力意識、差別意識を本当の意味で克服することだが、そんなことが果たして可能かどうか。

▽日本は政治が混乱しているが、日本という国をどのような基本原則で維持していくか、そのことに確信を持っている政治家がいないのが一つの原因です。戦後日本の政治はずっと国民に嘘をつき、誤魔化してきた。

近代日本は外国を崇拝しあこがれる外的自己と、外国を嫌い憎む誇大妄想的な内的自己とに分裂していた。とりわけ対米関係についてはペリーによって無理矢理開国させられて以来、分裂が極端に振れてきた。内的自己が高揚して真珠湾攻撃にいたり、戦後は外的自己がのさばっている。しかし、もう一方が消えてなくなったわけではない。

現在、日米はお互いに対等なパートナーと言っているが、これは嘘である。日本国内に米軍基地があり、日本の政府は常に米国の顔色をうかがっている。首相が交代するたびに米国へ参勤交代に行く。軍事的、政治的には属国なのだ。

現実には屈辱的な状況にありながら、プライドを保つために、戦後日本の政治は、対等だと言って誤魔化してきた。

▽こうした自己欺瞞のゆえに、日本の政治家は確信を持った政治ができないのではないか。現実を明らかにした上で、そこからどうすれば脱出できるかを考える。今がいいチャンスだと思うのですが。

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朝日新聞の北朝鮮記事はおかしい。毎日新聞を見習え~1月16日朝日新聞、毎日新聞朝刊から

 毎日新聞1月16日朝刊社説[視点 オバマ時代]に中島哲夫論説委員が署名入りで<北朝鮮政策/日本の立場と願いを尊重せよ>のタイトルで書いていた。一昨日、このブログに書いたような視点と内容だった。全面的に賛同する。

 中島氏は北朝鮮の外務省スポークスマンが13日発表した談話で「米国の核の脅威が除かれ、南朝鮮(韓国)に対する米国の核の傘がなくなれば、我々も核兵器の必要がなくなるだろう」「 (そういう状況が実現しなければ)100年たっても我々が核兵器を先に差し出すことはないだろう」と高飛車な態度を鮮明にしたことから書き出している。

 <こんな文言のほか、北朝鮮の核計画申告を検証するなら韓国の米軍基地や核兵器運搬可能な軍備もすべて査察させよ、という意味の要求もしている。>

 として、こういう偉そうな物言いがオバマ政権発足を目前にして「高値の要求」をぶつけ、後日の対米交渉に備えたという見方が強い、と冷静に分析する。だが、「しかし」と書く。

 <しかし、実は本気かもしれない。北朝鮮は現体制が崩壊でもしない限り、核を手放さないのではないか。そんな懸念が消えない。>

 理由は書いていないが、このブログをご覧になっていただいている方々は十分ご承知のことだと思う。そして、中島氏はヒラリー・クリントン次期国務長官の公聴会発言について、

 <クリントン氏は北朝鮮の核問題に6カ国協議と米朝直接対話で対処することを示唆し、これまでの交渉記録を精査中だと語った。「我々のゴールは北朝鮮の核計画終結だ」とも言い、基本的には厳しい姿勢だ。>

 そういうことだ。だが、愛国心旺盛な中島氏はそこにとどまらない。クリントン氏の発言の中の「本音」を嗅ぎ取っている。

 <しかし、気になる点もある。クリントン氏は「核不拡散」重視の立場を強調し、北朝鮮とイランからの核拡散を防ぐ方針を示した。それはよい。ただ、核技術が他国やテロ集団に流出しなければ当面それでよし、という構えなら日本は困る。

 というのだ。私が一昨日書いた通り、米国の対北朝鮮政策はブッシュ政権後期に大きく舵を切り、北朝鮮に数発の核爆弾保有を許し、その核が第3国に移転さえしなければいい、という融和策に転じた。これはダメだ、日本としては認められない、という日本人として当然の主張を中島氏もこの社説で繰り広げているのだ。

 <公聴会でクリントン氏は日米同盟を「米国のアジア政策の要石だ」と持ち上げた。しかし質疑では中国の方がはるかに多く話題にのぼった。明暗両側面を含めての話ではあるが、米国の関心が中国に傾いていることは歴然としている。>

 そういうことだ。

 朝日新聞社説の欺瞞がここでも明らかになる。朝日新聞は米国が日本重視か中国傾斜かという「ありがちな議論」には意味がない、と切り捨てていたが、大いに意味があるのだ。ここでも、日本の新聞としての矜持を持つ毎日新聞と北朝鮮の金正日政権に擦り寄ろうとしているかのように見える朝日新聞との差が鮮明になっている。

 巷間言われるような「毎日新聞はミニ朝日新聞」ではないようなのだ。

 中島氏の論文の続きを読む。

 <その米、中がカギを握っている6カ国協議は、本来、北朝鮮の核問題を解決するための枠組みである。とはいえ日本は拉致問題の解決にもつなげたい。同協議のこれまでの合意には日朝国交正常化という目標も含まれている。だが核を保有したままの北朝鮮と、しかも拉致問題解決への前進がない状態で国交を結ぶという選択は、日本の国民世論が許すまい。>

 その通りだ。

 <こう考えると、オバマ政権の対北朝鮮政策に注文を付けざるを得ない。まず、北朝鮮の核は後戻りできない完全な廃棄を目指さねばならない。甘い交渉や合意は禁物である。

 これも、その通り。甘い妥協策を出してくる可能性は十分ある、と心しなければいけないのがクリントン国務長官という存在なのだから。

 <また、拉致問題での日本の苦悩を理解し、日朝協議参加を北朝鮮に促す役割をしてほしい。ここを誤るとブッシュ政権末期のような摩擦が起きてしまう。>

 問題は日米摩擦の深刻さをオバマ次期政権がどこまで意識しているか、である。谷内正太郎前外務事務次官(65)が政府代表になったそうだ。早急に米国に飛び、オバマ次期大統領本人やスタッフ、そしてクリントン氏に日本人の思いを伝えるべきだ。

 個別案件ではなく長期的に政府代表に任命されたのは1992~98年の松永信雄元駐米大使、98~2008年12月の有馬龍夫元駐ドイツ大使がいるそうだが、谷内氏への期待は過去2人に比べても高い、と見なければなるまい。

 毎日新聞のそうした一貫した主張と比べ、朝日新聞の混迷ぶりは目に余る。

◆朝日新聞の北朝鮮報道、単なる「混迷」なのか、意図があるのか?

 朝日新聞は1月15日の社説だけではない。1月16日朝刊国際面トップ<対立と譲歩、揺れた米朝/ブッシュ外交8年を振り返る/対話拒否、核実験の一因に/南北関係にも暗雲>のまとめ記事が問題だった。

 ワシントン支局の鵜飼啓特派員とソウル支局の箱田哲也特派員が筆者だが、編集局内でデスクが手を入れてこのようなトーンにまとめているのだろう、と想像できる。

 見栄えはいい記事だ。[ブッシュ米政権と北朝鮮の核問題]の年表もきれいに作って添えてあり、切り抜きやすいつくりなので、学生や学者がスクラップするだろう。

 しかし、この記事をスクラップして、引用すると、それこそ「サブリミナル効果」ではないが、朝日新聞の北朝鮮寄りのものの見方がそのまま伝染してしまう。一見、客観的なまとめ記事に見え、隠された朝日新聞の意図がすぐにはわからないだけにジワジワ効いてくる効果が恐ろしい記事なのだ。

 どこがおかしいのか。数点指摘しておこう。

①「核問題が次期政権への積み残し課題になったのは、ブッシュ政権が北朝鮮との対話を拒んだ最初の6年間のつけが大きく影響している」

 朝日新聞はブッシュ政権で駐韓大使を務めたトーマス・ハバード氏の「私の経験の中でも最も劇的な外交政策の転換だった」、国務省東アジア太平洋局の元筆頭次官補代理得バンス・リビア氏の「米政府は中身の伴わない空虚な脅しを繰り返した」という批判をあげて、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官というネオコンが主導した北朝鮮政策を非難する。クリントン政権末期に大統領訪朝直前までいったのに、ブッシュ政権がそれを台無しにしてしまった、という論調である。

 しかし、今になってみればオルブライト国務長官は北朝鮮に騙されていたことが明らかになっており、北朝鮮がクリントン政権と交渉を続けながら、裏では核開発を続けていたことが明らかになっている。この時、クリントン訪朝を強行して、北朝鮮が核開発を続ける、米朝国交正常化だけは行われる、という地獄のシナリオを阻止できたことは良かったのではないか。

②「2期目に入りケリー氏の後任にヒル国務次官補が就任、ホワイトハウスから移ったライス国務長官の影響力もあり、05年9月の6者協議では、北朝鮮の書く蜂起を盛り込んだ共同声明の合意にこぎ着けた」

 ライス氏の無定見ぶり、特に日本軽視の姿勢をどう見ているのだろうか。

③「だが、前後して北朝鮮の不法資金が米国の措置で凍結されたことに北朝鮮が反発し、再び迷走。北朝鮮による06年10月の核実験につながった

 何か、米国が北朝鮮に理不尽ないじわるをしている、という風に読めるが、そうだろうか。偽ドルを世界に流通させ、覚せい剤を先進国に持ち込む北朝鮮の「不法行為」は単純に「不法資金」という一言で片付けていいものだろうか。朝日新聞は国際正義というものをどう考えているのだろうか。

 噴飯ものなのは「核実験につながった」という表現である。米国が不法資金を凍結したから、反発した北朝鮮が核実験をしただけなんだ、北朝鮮は正しい、という主張が透けて見えないだろうか。

④「米政府が締め付けから対話へ政策の舵を切った契機は07年1月にベルリンで開かれた米朝協議だ。背景には、核実験を許した反省があったとの見方が強い」

 「見方が強い」という新聞記事の紋切り型表現には注意が必要だ。記者の主観が反映されるからである。そうでない見方も強いのである。ブッシュ政権がイラク政策で大失敗し、外交的得点をどこかで稼がねばならなくなり、日本を切り捨てても外交成果を急いだ、という見方だって強いのだ。

⑤「ライス氏らは、米朝対話方式を確立した最後の2年間の取り組みにより、核施設の無能力化を進め、北朝鮮のプルトニウム生産能力を奪ったことを、プルトニウム生産の凍結に過ぎなかった枠組み合意を上回る成果と位置づける」

 そうだろう。それがブッシュ政権の「成果だ」というのだ。これを言いたいがために妥協を繰り返してきたのだが、それが嘘だったことは、後でボロボロ出てくる証言で明白になる。

 朝日新聞は「だが、ヒル氏の手法は『北朝鮮に譲歩しすぎ』との批判も招いた」の一言で済ませているが、この問題は大きい。ここでもちらっと書いているように、米朝合意ではプルトニウム問題だけに特化し、ウラン濃縮問題に目をつぶったからだ。だから、07年12月の6カ国協議では合意ができなかった。

 無理に無理を重ねてブッシュ政権の期限内に成果を出そうとした米国の焦りを冷静な北朝鮮が利用して、果実だけ手にした、ということだ。こういう簡単な構図をなぜ歪曲して伝えるのだろうか。

 朝日新聞はなぜマスメディア倫理、ジャーナリズムの心を冒涜する記事を書き続けるのだろうか。よほど北朝鮮が好きなのか? 好きならば、北朝鮮国民が幸せになるような方向で書くべきだ、と思う。それができないのならば、あくまで客観報道を心掛けてほしいのだが、朝日新聞の社説、記事はキャンペーンとでも言うべきものに堕している。これは良質なジャーナリズムではない、と言われても仕方ないだろう。

⑥「『太陽政策』を推進した金大中元政権の幹部らは、米のネオコンの登場で、せっかく開きかけた北朝鮮の門戸が閉ざされてしまった、と嘆く

 何をかいわんや、である。金大中、盧武鉉両政権が巨大な援助を繰り返し、その援助が北朝鮮の軍強化に使われたことは、開城工業団地のありようを見ても明白だ。韓国が貧乏国・北朝鮮に逆合併される寸前まで行って、韓国民がその真相に気づき、李明博氏を大統領に選んだのではなかったのか。金大中好きの朝日新聞にとっては、あくまで民主化闘争の闘士でなければ、韓国の政治家として認めない方針なのだろうか。

 そのほか、表現の問題などいろいろ問題点の多い記事だった。読む人が少なければ実害は少ないだろうが、案外読者数が多いらしいので、ここで注意しておく。

◆金大中氏の牽制球~読売新聞記事から

 読売新聞1月16日朝刊国際面にはベタ記事だったが、金大中氏がソウルの外国人記者クラブで記者会見し、オバマ米次期政権には6カ国協議と歩調を合わせ、北朝鮮の核問題解決に優先的に取り組むよう求めた、と報じていた。

 <具体的には、米国が北朝鮮の安全と国際経済への進出を保証し、国交正常化を確約する一方で、北朝鮮からは①核の完全放棄②弾道ミサイル廃棄③軍縮と平和協定締結の合意――を得るべきだとの考えを示した。>

 というものだ。

 つまり、米国新政権に「北朝鮮を武力攻撃するな」とけん制しているのである。相変わらずしぶとい北朝鮮融和論者である。彼の頭の中には朝鮮半島の統一しかない。日本の安全保障などない。これを冷静に見極めるべきだ。

 北朝鮮は少なくとも金正日政権が崩壊するまで、もしかしたら崩壊後も核兵器は手放さない、という国際政治の冷厳な見方を肝に銘じて日本の政治家、外務省幹部には交渉に臨んでいただきたい。

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2009年1月15日 (木)

「北朝鮮が兵器級ウラン保有」とライス国務長官、アルミ管サンプルから濃縮ウラン検出~読売新聞、朝日新聞1月15日夕刊

◆読売新聞の記事

 読売新聞1月15日夕刊1面<北の試料から濃縮ウラン/米政府高官/「かなりの量の粒子」>は結構大変な内容だ、と思った。ワシントン支局の宮崎健雄特派員の記事である。記事を書き写しておく。

 <北朝鮮が米政府にサンプル(試料)として提出した高強度アルミニウム管から、高濃縮されたウラン粒子が検出されていたことが14日わかった。米政府高官らが明らかにした。米情報機関は、北朝鮮が2002年に一度認めた後、否定している高濃縮ウランによる核開発の証拠となる可能性があるとして注目している。>

 <アルミ管は、核兵器開発のためウランを高濃縮する遠心分離器に使用する目的で、北朝鮮がロシアから輸入したと米政府がみていたものだ。北朝鮮は2007年、米政府当局者を軍事施設に招き、アルミ管を通常兵器に使ったと説明、一部を試料として提出した。>

 <しかし、ポーラ・デサッター米国務次官補(検証担当)は本紙に「予期していなかったかなりの量のウラン粒子が付着していた」と明らかにした。>

 <また、国際原子力機関(IAEA)の元査察官デビッド・オルブライト氏も、米政府から、高濃縮のウラン粒子がアルミ管や提出書類からみつかり、米国防情報局が3年半ほど前に付着したものだと分析していると説明を受けたとしている。>

 3年前に付着したとすると、2005年後半から2006年ごろだろう。そのころ、北朝鮮で濃縮ウランを使った核開発が進んでいた疑いが濃厚、ということだろう。

 <ウランが北朝鮮国内で濃縮されたものかどうか結論は出ていないが、初の「物証」となる可能性がある。>

 と逃げを打っているのは、アルミニウム管がロシアですでにウラン濃縮に使われていたかもしれない、という可能性を見てのことだろうが、どうなのだろう。その可能性は低いと見たほうがいいだろう。

 クリントン氏も6カ国協議の枠内での解決を目指すようだ。また、新聞報道によれば、オバマ政権はヒル氏に東アジア担当国務次官補の留任を打診し、ヒル氏が断ったという情報もあるそうだ。思い切った転換をするつもりなのかどうか、注視すべきだろう。

◆朝日新聞の記事の方が内容は詳しかったが、解釈は違っている

 驚いたのは朝日新聞1月15日夕刊国際面トップ<北朝鮮核/「兵器級ウラン保有」/米ライス長官、見解示す>だった。

 ワシントン支局の鵜飼啓特派員の記事。同じ日に全く別のソースから、同じような記事が出る。不思議だ。記事を書き写す。

 <ライス米国務長官は米紙ワシントン・ポストとの会見で「情報機関は北朝鮮が兵器級の高濃縮ウランを製造か輸入し、隠していると見ている」と述べた。北朝鮮が兵器級の濃縮ウランを保有していると米政府高官が表だって発言したのは初めて。

 そうだろう。米高官からこんな話は聞いたことがない。

 <米国務省が会見記録を14日公表した。>

 なるほど、そういうことだったのか。それで各紙がそれをもとに独自に取材して書いている、ということらしい。

 <米政府は北朝鮮が引き渡した、ウラン濃縮に必要な遠心分離器の仕様に適したアルミニウム管のサンプルや、原子炉の稼働記録から、濃縮ウランの痕跡を検出。ライス氏はこれらを根拠に「それ(痕跡)以上のものがあると示している。製造したか輸入したかは分からない」とした。>

 読売新聞とはここが違うが、ライス国務長官が言っているのならば、そちらが正しいのだろう。

 <核兵器開発には、原子炉から出る使用済み燃料棒からプルトニウムを抽出する方法と、遠心分離器などを使い、天然ウランの中で核分裂を起こしやすいウラン235の割合を高めるウラン濃縮とがある。ウラン235の比率を9割以上に高めたのが兵器級だ。北朝鮮は寧辺の原子炉でプルトニウムによる核開発を進めていたが、米政府は北朝鮮が遠心分離器の仕様に合った資材を輸入しているとの情報から、ウラン濃縮疑惑を追及してきた。 >

 この基礎知識は何度も書いてほしい。

 <米メディアの報道によると、検出された痕跡をめぐっては評価が分かれ、北朝鮮に核技術を提供したパキスタンから転移した可能性が指摘されている。「北朝鮮のウラン濃縮は実用レベルには達していなかった」とする米国務省高官もいる。>

 ロシアではなく、パキスタンだ、と書いているなぁ。まだはっきりしたところは分からないのか。そのうち、詳しいリポートが出るだろう。

 しかし、北朝鮮で高濃縮ウランを開発しているのではない、という説を随分と並べているのは朝日新聞一流の世論操作なのだろう。実際はまだ分からないはずなのに。

 <このところブッシュ政権から北朝鮮のウラン濃縮に関する発言が相次いでいる。ブッシュ大統領は12日の記者会見で「高濃縮ウラン計画があるかもしれないというのが私の懸念の一つ」と発言した。>

 ブッシュ大統領のこの発言は報じられたが、あくまで一般論というか、今までの延長の話として受け取っていた。違っていたのか。朝日新聞の捉え方がおかしいと思う。

 <6者協議は、北朝鮮が核計画の検証合意とりまとめを拒み、暗礁に乗り上げている。ライス氏らは退任間際にウラン濃縮に焦点を当て、オバマ次期政権が北朝鮮と安易に妥協しないよう牽制している可能性がある。

 と書いているのだが、逆だろう。日経新聞15日社説にあったように、ブッシュ政権後期のライス、ヒル枢軸はブッシュ政権の遺産(レガシー)作りに懸命で北朝鮮に対してしてはいけない妥協をし続けたではないか。それが日米同盟にひびを入れ、日本人の米国信頼度を下げた。その最後の悪あがきを糊塗するためにいかにも一生懸命やった、と誤魔化しているだけではないか。

 朝日新聞はどうしてこんな逆の解釈をするのだろう。いかにもブッシュ政権の外交を継承しないオバマ政権に対して北朝鮮に強硬策で臨まないでほしい、と頼んでいるように見える。誰でも知っている最近の歴史を無視し、現実を歪曲してまで北朝鮮を守りたいのか? 朝日新聞は日本の新聞として恥ずかしくないのか。

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「オバマ政権は北朝鮮に融和的」とケネス・キノネス氏が予想~1月15日毎日新聞朝刊[世界の目]

 毎日新聞1月15日朝刊[政界の目]は国際教養大学教授のケネス・キノネス氏。<オバマ氏は約束しすぎたか?>のタイトル。

 言わんとしていることは1国中心主義で突っ走り世界の孤児になったブッシュ政権の反省から、オバマ政権は世界と仲良くするだろう、軍事力で紛争を解決するような真似はしないで、軍事力は最後の最後まで取っておく、ということ。最優先課題はイスラエルが絡む中東問題。第2はロシアがいる欧州政策。そして第3が東アジア政策だ、と分析する。

 そして、軍事力を後ろに隠す政策は東アジアにとって利益になる、と言う。

 <米は武力行使をちらつかせ(朝鮮半島の)緊張を高めることには消極的になるだろう。オバマ氏は北朝鮮の核開発断念に向けての6カ国協議を重視し、平壌での米連絡事務所の設置など、クリントン政権のような外交戦略を取るかもしれない。>

 <冷戦が終わり、米の東アジアへの関心の中心は経済に移っている。米国経済の回復を目指し、オバマ政権はハイテクなどの売り込み先として、東アジア市場への参入がより必要となろう。経済的な利害関係から、中国と良好な関係を維持することがオバマ政権の東アジアでの最重要目標のように見える。>

 <オバマ氏は当面、経済や医療問題、イラク、アフガンへの対応に追われ、中国や日本、韓国への訪問はその次に回されるだろう。北朝鮮が核開発断念の姿勢を見せれば訪朝もあるかもしれないが、その可能性は低い。

 随分と露骨にオバマ次期政権のやりそうなことを列挙している。私もそうだ、と思う。

 ケネス・キノネス氏はたしかクリントン政権時代の北朝鮮核問題担当だったはずだ。北朝鮮の核について相当に軽視したものの言い方である。なぜ軽視しているのか?

 キノネス氏だって日本の安全保障上の問題点は知っているはずだが、こう言うのはなぜか?

 それはきっと日本無視ということではなく、北朝鮮は日本にとっての脅威ではない、つまり、北朝鮮の核爆弾は日本に落ちない、という確信を持っているのだろうと思う。

 しかし、どういう根拠の確信なのか、が明かされていないし、米国からは逆情報も多く寄せられるので、日本人とすれば最悪を想定して準備せざるを得ないのは当然である。

 オバマ政権がキノネス氏の言う通り融和策に出て、韓国、中国がそれに乗って、日本だけが取り残される、という「悪夢」が頭をよぎる。

 同じ毎日新聞の国際面には中国共産党対外連絡部の王家瑞部長が1月中旬、訪朝し、金正日総書記と会うらしい、という記事を掲載していた。北京の外交筋が明らかにしたそうだ。王部長は金正日氏のお気に入りらしく、昨年1月下旬に訪朝した際には金総書記が歓迎宴を開くなど破格の扱いを受けたそうだ。

 王氏はそれ以前も金総書記訪中前の2004年1月、北朝鮮の核保有宣言直後の2005年2月など節目節目で訪朝している人らしい。

 ということは今回はどんな節目になるのか? まず金正日総書記と会えるかどうか、が注目だろう。

 オバマ政権始動に向け、周辺国でも動きが出てきている。日本はどうなっちゃうの?

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社会保障番号と納税者番号についての森信茂樹・中央大学法科大学院教授の提言~1月15日アラタニスより

 「あらたにす」のヒット数が少ないらしいが、私は毎朝チェックして、<新聞案内人>の提言を読むのを習慣としている。今朝の<新聞案内人>は以前、このブログにコメントをくれた森信茂樹・中央大学法科大学院教授の「『番号」の議論が始まる~社会保障番号と納税者番号」だったので興味深く読んだ。森信教授は「国民総背番号制」導入の検討を与党に強く求め、その視点を「行政の利便」ではなく、「弱者の保護」に転じるべきだ、と言っている。焦点のプライバシー保護との関係では会計検査院にチェック機能を持たせればどうか、という提言だった。

 基本的に賛成だが、いくつかコメントしたい。森信教授の文章を引用しながら見ていこう。

 <今年の政策課題のひとつは、社会保障番号や納税者番号といった番号制度について議論を深めることではなかろうか。>

 として、昨年11月の社会保障国民会議(座長・吉川洋東大教授)の最終報告書(「社会保障に関する情報・データの開示、国民一人一人のレベルで社会保障の給付と負担を分かりやすく示すための社会保障番号制」導入の必要性をうたう)▽12月24日閣議決定の「中期プログラム」(税制抜本改革の基本的方向性として、「納税者番号制度の導入の準備を含め、納税者の利便の向上と課税の適正化を図る」)▽直前決定の与党の税制改正大綱(「納税者番号制度については…社会保障番号との関係の整理等を含め…国民の理解を得て、早急かつ円滑な導入をめざすべきである。…与党内に納税者番号に関する検討会を立ち上げ、制度の導入に向けて精力的に議論を行うこととする」)を例示し、

 <これらを総合的に解釈すると、国民利便のために、社会保障番号の導入検討を進め、それを納税者番号の導入に続けていくということになる。>

 とまとめている。その通りだ。っして、番号制導入についての各紙社説のバラバラ具合に話を転じる。社説がバラバラということは、国民合意形成がなされていないことの一つの具体例だ。「社会保障カードと社会保障番号を導入するメリットは大きい」(読売2008年8月17日)▽「国民に役立つ社会保障番号の制度設計を」(日経07年6月22日)は積極導入論。一方、朝日社会保障番号の検討は、「混乱の中で拙速に決めることは避け、中期的な課題として検討すべきだろう」(07年6月29日)と消極論。

 <朝日の慎重論の背景には、「個人情報が一つの番号に整理され、国が情報を串刺しに管理することには、国民の抵抗感が強い」(同年7月15日)という懸念があるようだ。>

 という森信教授のお説通りだ。そして、政府・与党が番号制度に触らなかった理由は「朝日の社説にあるプライバシーの問題を乗り越える自信がないから」だろうこともお説ご尤もである。そして、提言になる。

 <私は、プライバシーへの懸念に対しては、プライバシー基本法の策定と政府の行動を監視する機構の設立(例えば会計検査院の機能拡充)で対応するセットで、まず国民の受益に直結した社会保障番号を導入し、次にそれを活用した納税者番号を導入することが必要だと考えている。プライバシーの問題に対しては、国民の漠たる不安を理由に議論そのものを避けるのではなく、突っ込んだ議論を行うべきだ。>

 と会計検査院の拡充をあげる。「国民のばくたる不安」なのだが、なぜ「ばくたる」なのか。はっきりとした理屈にならないが、何かおかしいのではないか、という感情だろう。私はこの「漠たる」が案外重要ではないか、根深いのではないか、と思っている。

 なぜならば、以前も書いたようにこの感情は戦中の軍人と「新官僚」中心の国家体制を憎む国民感情が現在の官僚不信につながっているのではないか、これは戦中世代が死に絶えても国民の記憶として長く残るのではないか、と思っているからだ。

 だから、実は会計検査院の機能強化という手段が国民に受け入れられるか、危惧するのだ。本来は国家公務員法と関連法を改正し、官僚個人の不法行為の責任も問われることを明記し、罰則も重くし、なおかつ情報公開を確立する。といっても、現時点での情報を公開すると新左翼系弁護士と共産党だけが利用するかもしれないので、福田康夫前首相が意欲を燃やしたように公文書公開制度の充実を図ることが大切だ、と思う。

 森信教授の文章の続きを見てみよう。 

 <これまでの納税者番号導入論が、適正課税の確保や徴税事務効率の向上といった、徴税側の理由に偏っていたのに対して、今後は、一定所得以下の人を対象とした給付付き税額控除のような新たな税制を導入する際の低所得者・家族単位の所得捕捉や、税制優遇のついたポータブル年金の管理といった、国民・納税者利便の立場からの検討を行うことだ。>

 という主張である。これにも賛成だ。「おためごかし」とか「目先を誤魔化すのか」などの批判がおきるかもしれないが、小手先ではなく、制度の根幹にこのような思想を置いておくことは大切だ、と思う。

 いずれにしろ、今年は番号制度の論議が本格化するだろう。その時に、官僚の誤魔化を排除して、官僚の責任の明確化ができるかどうか、が勝負だろうと思っている。

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2009年1月14日 (水)

クリントン氏、北朝鮮の核に圧力を強化へ~毎日新聞1月14日夕刊+朝日新聞、日経新聞15日社説

 ヒラリー・クリントン氏が米上院外交委員会に堂々たる姿を見せた。

 夫のクリントン大統領時代には「ジャパン・パッシング」を夫に働きかけ、中国ばかり注目していたので、てっきり中国贔屓の女だと思って、嫌っていたのだが、どうも少し変身したらしい。本物かどうかは見極めがいるが、どうも「日本重視」に心変わりしてくれたようにもみえるのだ。

◆毎日新聞1月14日夕刊報道

 毎日新聞1月14日夕刊は総合面トップでこのニュースを報じた。見出しは<クリントン氏/北朝鮮核 圧力強化へ/国務長官公聴会/政策転換を示唆/「中東和平あきらめぬ」>だった。

 ワシントン支局の草野和彦特派員は記事の中で、クリントン氏が「原則と現実の融合」に基づいた外交政策を推進する姿勢を強調し、ブッシュ政権の「硬直した理念主義」との差別化を明確にした、としたうえで、

 <核不拡散重視の立場から、緊急課題の一つに北朝鮮の核問題を挙げ「これまでのすべての交渉内容を見直している」と述べ、圧力強化に向けた政策転換の可能性を示唆した。>

 と書いていた。

 <クリントン氏はブッシュ政権の北朝鮮に対する「敵視政策」が同国の核実験を招いたとする立場。核実験後、現政権は米朝交渉を通じて核計画申告などで譲歩を重ねてきた。クリントン氏は北朝鮮の申告で非公開扱いになったウラン濃縮計画やシリア核開発への協力について「信じるに足る理由が存在する」と指摘。6カ国協議の枠組みを重視する姿勢を見せながらも、問題解決に向け「タフな」対応を取ると述べた。>

 というのだ。

 6カ国協議関連のこれまでの文書をすべて読み、勉強しているというから、昔のオルブライト国務長官訪朝の失敗も反省しているだろう。これ以上、北朝鮮融和策に走らないよう期待しよう。

 NHKの午後7時のニュースでもクリントン氏の国務長官指名承認公聴会を長い時間かけて放映していた。アーミテージ元国務副長官のインタビューも交え、クリントン氏が掲げた「スマートパワー」の解説を聞いていた。

 もともと「スマートパワー」はアーミテージ氏とナイ元国防副長官が書いた報告書のタイトルだ。国力の落ちた米国が軍事力だけでなく、外交の力、ODAなどをうまく組み合わせながら国際的な威信を取り戻すための策である。

 NHKによると同盟国重視も大きな項目として入っており、クリントン氏はアジアで日本を同盟国の1番目にあげたらしい。

 NHKもクリントン発言の中の北朝鮮政策について大きく報じたが、米国ではこの部分は注目されていないようだ。

 というのも、米CNNテレビのホームページは<クリントン氏が公聴会証言/アフガン・イラクを優先課題に>の見出しで報じたが、北朝鮮のくだりはなかった。

 きっと米国内では政府も増す・メディアも北朝鮮に関心がない、というのが実態なのだろう。中東で戦火が起きているし、北朝鮮は表面上は静かなのだから。

◆米国では北朝鮮部分は注目されなかったのか?

 CNNによると、

 <クリントン氏は冷戦終結後『最大の危機』に直面している国際社会で米国の指導力回復を目指す方針を明言>

 <オバマ次期大統領が最優先に位置づけるアフガニスタン政策に加え、米軍のイラク撤退に取り組む姿勢を表明した>

 という。また、イラン政策については「まだいかなる選択肢もまだ取り下げられていないが、新たに従来とは異なるアプローチを取る可能性をにじませた、としている。

 きっと親イスラエルのクリントン氏がオバマ氏に働きかけてイスラエルよりの和平案でまとめようとするのだろう。

 そっちはヨーロッパとアメリカに任せておくとして、日本にとって重要なのが北朝鮮政策である。同盟国重視がどう具体化するのか。拉致問題の解決をゴリゴリ押していけば、北朝鮮は困り抜く。核開発を手放すまいと思っても、拉致解決まで日米韓が援助をしなかったら、中国だけが突出して援助するわけにもいかず、北朝鮮国内でいろいろの動きが出てくるかもしれない。

 まあ、お手並み拝見といこうじゃないか。

◆日経新聞1月15日国際面記事

 日経新聞1月15日朝刊国際面<クリントン米次期国務長官/対北朝鮮・イラン「直製外交の用意」/軍事力に頼らず>のまとめ記事に付けた項目別の発言要旨の中で北朝鮮について、

 <核計画にはプルトニウムと高濃縮ウラン双方が存在すると信じるに足る理由がある。(核問題解決に)積極果敢に取り組む。

 という発言を紹介していた。

◆朝日新聞の社説は何を書いているんだか……

 朝日新聞が15日第1社説<米国の新外交/「力」から「賢さ」への転換>で取り上げていた。北朝鮮がらみの部分だけ写しておこう。

 <「米国だけでは難題を解決できないし、世界も米国抜きでは解決できない」。オバマ米次期政権の国務長官に指名されたヒラリー・クリントン上院議員が、こんな表現で国際協調主義を語った。>

 という書き出しで、

 <悪の枢軸や中東民主化といったスローガンを掲げて「力の論理」をむき出しにしたブッシュ外交からの決別宣言である。>

 と持ち上げる。

 <単独行動主義からの脱却を歓迎したい。>

 というのは、その通りだ。中東和平での役割の大きさを説き、北朝鮮に関しては、

 <アジア政策で急を要するのは北朝鮮の核問題だ。6カ国協議の枠組みを継続しつつ、場合によっては重油支援中断で圧力をかける構えも見せた。硬軟両様で臨むということだろう。>

 とさらりと触れただけ。

 <日米同盟を「アジア太平洋の平和と安定の礎石」と位置づけ、中国には「国際社会の全面的で責任ある参加者」になるよう呼びかけた。>

 と簡単に触れた。朝日新聞社説らしいのは、

 <新政権が日本重視か、中国傾斜かという、ありがちな議論には意味がない。この地域、そしてグローバルな課題に日米基軸で中国をどう巻き込み、協力していくか。その構想を持ってこそ健全な同盟関係が築かれる。>

 と結びで書いたところか。こういう議論は無意味なだけでなく、有害なのだ。後で書く。

◆日経新聞の社説は良かった

 日経新聞1月15日社説<オバマ大統領の登場を待つ世界と日本>には直接、クリントン演説には触れていないものの、オバマ外交の基本方針を論じ、示唆される部分が多かった。

 社説はオバマ氏が就任直後にどこを訪問するかが注目される、として、常識的に言えば4月にロンドンで開く金融サミットだろう、と。だが、安全保障面で世界システムを考えればロシアかもしれない、と。また、イラク戦争を批判し、アフガニスタンでの戦いを重視する選挙中の発言から考えればアフガニスタン、パキスタンも考えられる、という。そして、

 <実利的理由からオバマ政権が中国に傾斜する可能性もある。民主党の政策綱領にあるアジアにおける多国間の安全保障機構構想は日米同盟を相対化する恐れがある。>

 と説く。朝日新聞の主張より、こちらのほうがずっと説得力がある。

 朝日新聞の社説は日米同盟か米中か、という問いを「ありがちな議論」と一言で切って捨てる。これは戦時中だったら「そんな議論は非国民」と非論理的に切って捨てていたのの裏返しに過ぎない。つまり、真剣に考えよう、議論しよう、という態度が全く見えないのだ。朝日新聞がダメなところだ。

 日経新聞社説の続きを読む。

 <日本から特に求めたいのは、ブッシュ政権後期の融和的な北朝鮮政策の転換であり、関係者の一掃である。ライス国務長官、ヒル国務次官補らによる融和政策は北朝鮮を信頼できるとする幻想を前提とした。非核化に向けた検証措置をめぐる文書も作れず、失敗に終わった。日米同盟には不信感が残る。オバマ氏がリアリストなら、幻想を前提にして失敗した交渉を繰り返せないはずである。だからこそ米国の新政権発足後、時間をおかずに日米首脳会談が開かれるのが望ましいが、麻生政権は外交に目を向ける余裕があまりない状況にみえる。同盟強化への条件を欠く日本の内政の現実が痛い。>

 である。

 一方、朝日新聞1月15日朝刊国際面<クリントン氏/日本の役割拡大を/対北朝鮮、重油中断継続も>では北朝鮮の核問題でブッシュ政権が12月の6カ国協議で北朝鮮が核計画の検証計画の合意を受け入れなかったことから、関係国による重油支援中断を打ち出したが、クリントン氏は協議内容を精査する、としながら「中断維持も十分あり得る」とした、と書いていた。日本へのリップサービスでなければいいが。

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2009年1月13日 (火)

書評「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」下村治著(文春文庫)

 下村治さんの「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」が文春文庫化された。2009年1月10日第1刷、定価552円+税。この本は昭和62年(1987年)4月、ネスコから単行本として刊行された。下村氏は平成元年(1989年)に亡くなっている。

日本は悪くない―悪いのはアメリカだ (文春文庫) 日本は悪くない―悪いのはアメリカだ (文春文庫)

著者:下村 治
販売元:文藝春秋
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 今回の出版では文庫版序文を神谷秀樹氏が書き、解説を水木楊氏が書く、という重厚な化粧ぶりである。神谷氏は1953年東京生まれ。75年早大政経卒後住友銀行に入行。84年ゴールドマン・サックスに転職し以後ニューヨーク在住。92年にロバーツ・ミタニ・LLCを創業。著書に「強欲資本主義 ウォール街の自爆」(文春新書)、「ニューヨーク流たった5人の『大きな会社』」(亜紀書房)、「さらば強欲資本主義」(同)がある、と書いてあったがこの序文で、

 <下村が言っている経済の基本は「健全性」である。人も、国も、借金と浪費に依存し、砂上の楼閣を築くような経済運営をせず、身の丈にあった健全な生活をしなさい、と説く。数字を追いかける経済運営を戒め、縮小均衡すること、ゼロ成長時代に適応できる経済運営を考えなさいと説く。人口が減少し始め、資源に限りがあり、環境問題に配慮せずにいられない現代日本において、これは当たり前のことである。下村は「日本人が日本人であること」を止める必要など全くないと主張する。勤労に励み、物造りに精を出し、働いて得たお金を貯蓄に回す健全な価値観を尊重する。この価値観こそ日本人が今取り戻すべき最も重要なものであり、また欲を言えば筆者は日本人にこの価値観を世界に伝えて頂きたいとさえ希望する。>

 と書いている。これはほぼ、下村氏の本著の言いたいことだろう。

 また、「解説――恐るべき予言の書」で水木氏は、

 <およそ20年前に出版された本なのに、その先見性には驚愕すべきものがあるのだ。のみならず、これから起きることを予見している部分もある。>

 として、下村氏が昭和20年代から30年代、悲観的な経済見通しを展開する都留重人氏との論争の中で「日本経済についてありとあらゆる弱点を言いつのり、いまにも破局が訪れるような予言をする人々を見ていると、アンデルセンの醜いアヒルの子を思い出す。その人々は日本経済をアヒルか、アヒルの子と思っているのではないか。実際の日本経済は美しい白鳥となる特徴をいくつも備えているにもかかわらず」と批判した、という。

 水木氏は下村氏に事あるごとに話を聞いたというが、今の事態を下村氏ならばどう見るだろうか、と問う。そして、

 <では、日本はどうやって生きていけばいいのかかつて下村さんはぽつりとつぶやいたことがある。これからの日本は江戸時代のような姿になるのがいい。文化とか芸術とか教養に力を入れる時代になるべきだ」。それしか言わなかったのだから、下村さんがどのような具体的なイメージを描いていたかは分からない。だが、いたずらに拡大主義に走るのではなく、他国に過度に依存するわけでもなく、成熟した文化の上に立った、落ち着いた、大人の国を造ってほしいという願いであったろう。>

 と書いていた。

 下村氏の略歴は、

 <明治43年(1910年)佐賀県生まれだ。東京帝国大学経済学部を卒業後、大蔵省に入省。経済安定本部課長、日銀政策委員などを歴任。34年の退官後は日本開発銀行理事、日本経済研究所会長などを務める。国民所得倍増計画を唱えた池田勇人内閣では経済ブレーンとして高度経済成長の理論的支柱となり、また、48年の第1次石油ショック後はいち早くゼロ成長論を唱えるなど、旺盛な言論活動を展開。常に透徹した論理で日本の将来像を描き続けた、戦後を代表するエコノミストの一人。経済学博士。56年勲二等旭日重光章受章。平成元年没。下村治とその時代を描いた書籍に「危機の宰相」(沢木耕太郎)、「エコノミスト三国志」(水木楊)など。>

 とあった。

 下村氏の言いたいことは一言で言えば、国民経済を中心に考えろ、ということだろう。いくら経済がグローバル化しても国がある以上、1億数千万人の国民が仕事をしながら幸せに暮らす生活を守る義務を国は持っている、と。自由主義経済とかいうが、それは国民経済を守るための手段に過ぎない。すべての発想の原点を国民経済にせよ、ということだろう、と理解した。

 だから、中曽根政権の時の前川リポートなど我慢できないわけだ。「前川リポートは日本の健全性を捨てさせるものだ」と小見出しにしているが、

 <この(前川リポートの)勧告が言っていることは、われわれが明治以来百二十年にわたって日本の国民に十分な就業と所得の機会を与えるために続けてきた必死な努力が、現在の危機的な国際状況を引き起こした、といって全面否定しているのである。これは見当違いもはなはだしい。>

 といって、日本は構造的に輸出主導経済の国ではなく、1945年から1980年までは貿易黒字もたいしたことはなかったのに、この数年急増しただけで、これは構造的ではない、また、日本が失業輸出をしている、などと馬鹿なことをいうエコノミストがいるが失業輸出とは国内の失業をなくすために輸出ドライブをかけて外国の職を奪うもので、日本はそもそも失業がなかったのだから失業輸出ではない、という。また、日本の対米黒字の大きさだけを見てもだめで、米国の数字をみなければいけないが、日本の輸出増よりも大きな数字で米国の輸入が増えている。つまり、米国が国内産業の衰退で、国内では生産できずに外国の製品を買っているだけで、日本が輸出をやめれば、韓国や台湾からの輸出が増えるだけだ、と喝破している。

 前川リポートをめぐる論戦はものすごいものだったらしい。下村氏と小宮隆太郎氏がリポートを批判した。そうしたら、加藤寛・慶応大学教授、前川春雄前日銀総裁、鈴木孝信前日本経済研究センター事業部長らが前川リポート擁護の論陣を張り、それに反論を加えたというのだ。論点は輸出超過は日本人の貯蓄のし過ぎのせいかどうか、で、下村氏はどちらが原因で結果かは分からないのに、貯蓄犯人説に決め打ちするのはおかしい、と言うのに、論敵はその説を論破できないまま貯蓄犯人説を言い立て、前川リポートの線に沿って政策が進むのだ。

 下村氏のこの当時のレーガン政策批判、「アメリカ経済は破滅する」という危機感は結果的には空振りに終わったが、それは目くらましだったことが今回はっきりした。アメリカではやはり製造業は壊滅状態だったのだ。

 水木楊氏が言うように、下村氏の予言が注目されるのはそういう理由からである。下村氏の予言は時間を置いて、現実のものになる可能性があるのだ。

 その予言とは、このままの状態が続くとアメリカにある日本の資産は支払い停止を受けるに違いない、と言うのだ。これまでもアメリカは東ヨーロッパの国々に対して懲罰的にやったり、アラブの一部の国に対してやったりした実績があるそうだ。間髪をおかずに支払い停止にすればそれほど世界経済に混乱は起こらないが、貸している方は金融混乱が起きる、という。アメリカの経済がインフレになりそうだ、という心理が働けばドルを持っている人たちは一時的にでも他の通貨に換えようとし、そのためにドルの価値が下がる。もし、こういう心理が広く一般的なものになれば、それだけドルは急激に売られるようになり、一挙に崩落することになってしまう、と書いている。

 そして、投資家がドルの下落を恐れるようなインフレがいつ起こるかはわからない、というのだ。やばい時期になると、ある時に一気に来る、というのである。

 そこで、日米は縮小均衡せよ、という。アメリカは輸入を減らす。日本は輸出がガクンと減るから、生産を縮小し、自国の経済は自国で責任を持って安定させよ、というのだ。「世界同時不況を覚悟するしか解決の道はない」と30年前に書いていることは驚きだ。

 「アメリカは強い、という迷信を早く捨てよ」「個人生活は異常な膨張以前の姿に戻るだけだ」、「これまでの生活はレーガンが大きく振り込んだ余禄と思え」といい、そして、最後には「日本がアメリカに貸したカネは取り戻せない」と言うのだ。これはそういうことのようだ。

 下村氏の言い分を少し書いておこう。

 <もし本気になって日本が取り戻そうとすれば大混乱が起こるに違いない。したがって、最もスムーズな解決策は日本がある段階で貸し金を帳消しすることだ。返さないでも結構です、ということにするのが最も混乱が起こりにくい。混迷するのは日本の金融界だけだ。となれば、一番得するのはアメリカだ、ということになる。ただもうけである。放蕩の限りを尽くして、借金も棒引きなのだから。アメリカが自由世界を軍事的に支えているその報酬だと思って諦める以外にない。>

 <借金とか金融資産というものは本来そういうものである。われわれ日本人は通貨価値の安定について政府に信頼を置くように訓練されている。しかし、通貨価値の根底にあるものは今日では政府そのものなのである。世界の通貨秩序を支えているものは、それぞれの国の政府と中央銀行が節度ある経済運営でその通貨に価値を与えることである。それがくずれたときにその通貨は価値を失う。今日の通貨と金本位時代の通貨との違いはそこにある。アメリカが支払い停止に出た時、日本の金融界がせっせと貯め込んだ金融資産は無価値になってしまう。そのとき金融界に大きな混乱が起こることは避けられない。それどう乗り切るか、銀行などの経営者の腕の見せ所であるが、同時に日本政府としても十分に覚悟して対処しなければならない。>

 というくだりである。今後、こういう事態が来るのだろうか?

 下村氏の危惧は日本人の考え方に向けられている。「アメリカの占領政策の後遺症から抜けきれない日本人」という見出し通りの主張である。下村氏は戦後の占領軍の時代、占領軍に摺り寄り、仲間の日本人を売り渡していた志も何もない日本人をたくさん見てきただろう。その卑しい日本人が1987年時点でもたくさんいる、ということへの危惧である。

 日本国憲法、教育基本法、国語国字問題、すべてGHQが日本弱体化政策の置き土産なのに、戦後の日本はこの置き土産から出発せざるを得なかった。

 <占領時代の尾骶骨みたいなものは、現在でも残っている。>

 <その中でとくに、アメリカが期待した以上に日本の伝統否定、伝統的な価値否定、日本人の自尊心の否定といったことを推進してきたのが日教組なのである。>

 日教組が教育現場を支配して、教育が荒廃し、児童教育に空白が生じて日本人の考え方の弱さというものが生まれた、という。

 結びで下村氏は繰り返す。

 <忘れてならない基本的な問題は、日本の1億2000万人の生活をどうするか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点なのである。>

 日本は加害者ではない。アメリカの理不尽な要求には反論せよ、と。当たり前のことを言っているに過ぎないのだが、その当たり前のことを今でも言える人は少ない。

 安い本だが、価値はものすごいと思う。こういう本を多くの人が読んでくれればいい、と思うのだが。

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日韓首脳会談、朝日新聞は乱を求めているのか?~1月13日毎日新聞、朝日新聞朝刊と毎日jPから

 麻生太郎首相が12日訪韓し、李明博・韓国大統領と会談した。李明博大統領が会談後の記者会見で胸を張ったように両者の会談はすでに5回目。今回は「前に話したから」ということで歴史問題も竹島問題も議題にならなかった、という。頻繁に首脳会談を続ける意味があった、ということだろう。

 今回の会談は麻生首相が韓国側の要望を聞き入れて経済界の代表団を同行させ、韓国の中小企業育成に日本が協力する、ということを目玉にした。時代が変わったから、こういうこともできるようになった、と思う。

 そして、日本側としてはアフガン支援の共同対処が隠された眼目ではなかったか。日本国憲法の規定があって軍隊のアフガン派遣がなかなかできない日本とすれば、韓国の軍事力と日本の技術・民生支援を組み合わせた形でアフガン支援で形ができれば国際的に嫌味を言われなくて済む。

 表面上は金融危機対処だろう。日本は外貨準備の一部を韓国に融通する枠を広げたが、これは、知らなかったらが、韓国が使ってくれれば使ってくれるほど円安要因になる、という。韓国が国家として破綻してカネを返せなくなれば別だが、そうでなければ、急激な円高への一つの対処法として考えればいい。

 当然、韓国政府は感謝してくれるのだから、悪いことはない。

 隠されたテーマは韓国の李明博政権へのエールだろう。韓国内には今でも金大中、盧武鉉政権を支えた左翼グループの影響力が無視できないほど大きい。彼らは日米韓の連携をぶち切って、韓国を北朝鮮への巨額援助国にしたい、という思いが強いので、李明博大統領は失政があれば、彼らから攻撃される。

 だから、麻生首相とすれば(というか日本とすれば、だが)北朝鮮への対処とすれば、李明博政権を応援して、日米韓の連携を強めることが最大の武器だ。オバマ政権が1月20日にスタートするが、オバマ政権の北朝鮮政策がどうなるか、まだ見えない。だからこそ、日韓でがっちりと手を組んでオバマ大統領に北朝鮮政策でふらつかないように、核放棄をさせることをあきらめないように、訴え続けることが大切なのだ。

 何度も書いているように、韓国は別に北朝鮮が核を持とうが持つまいが本当はどうでもいいはずだが、その韓国を日本と同じ主張にしておくことが非常に重要なのだ。

 その意味で、中小企業支援をテコに李明博政権の応援をしながら、韓国の対北朝鮮政策がぶれないように釘を刺した今回の訪韓は意味があるのではないか、と思う。

 毎日jPに日韓首脳会談後の共同記者会見の「全文」があったので、重要部分をコピペしておく。

 まずは李明博大統領の冒頭発言だ。

 <麻生首相の今回の訪韓は、史上初めて日本の主要財界人が大挙して同行した。両国の財界指導者が共同利益のため実質的な協力を拡大するのは、両国間協力を言葉ではなく、実践で裏付けることだ。会談でも韓日間の経済協力について非常に実質的、具体的な議論をした。特に、部品素材産業分野で日本企業の韓国進出が拡大できるよう、努力することを確認した。4月には、日本の投資購買使節団が訪問し、続いて中小企業CEOフォーラムが行われる。中小企業間交流と協力も強化していくことにした。韓国政府は、亀尾(慶尚北道)など何カ所かに部品素材専用工業団地に指定した。日本企業が円滑に韓国に進出できるよう、積極的に支援する。>

 これが中小企業育成のための日本側の強力に対する大統領の感謝の言葉だ。

 <4月にロンドンで開催される第2回緊急首脳会議(G20金融サミット)で、両国は金融システム改革、マクロ経済政策の共同歩調、保護貿易主義対策などで緊密に協力する。韓国の金融安定フォーラム加入を日本政府が積極支援する。これと関連して昨年末の日韓金融当局間通貨スワップの規模を拡大したことは、両国はもちろん領域内の金融市場の安定と協力強化に大きく寄与したと評価する。>

 そして、2012年の麗水世界博覧会成功に向けた協力▽現在500万人の水準で往来がある両国の人的交流が持続的に拡大するよう観光就職査証制や、理工系学部留学生派遣、大学生交流など若い世代間交流事業拡大を積極支援▽韓日関係の望ましい未来像を研究する韓日新時代共同研究の早期実施――などをあげた。

 
 一方、麻生首相は冒頭発言で、

 <世界の安全保障を考えた上で、極めて重要なアフガニスタンの支援について日韓間の協力につき、実務的な協議をしていくことで一致している。>

 <大統領とは6者会合を通じて北朝鮮に核を放棄させるとの日韓両国の基本方針を確認し、米国オバマ新政権と引き続き緊密に協力していくことで一致している。大統領からは韓国も同様な拉致問題を抱えている。この現実を踏まえて、日本の拉致問題解決のための努力への支持を、改めて表明をして頂いた。>

 とアフガン、北朝鮮問題を強調した。日韓EPA(経済連携協定)交渉再開に向けた検討促進で一致したことも付け加えたが、これは現場レベルでなかなか難しい交渉になっている。

 <大統領と協力をして、本年を日韓関係の飛躍の年としていきたいと考えている。>

 と大きく出た。

 その後の質疑応答で大統領は、「部品素材産業の協力が切実だが、具体案はあるか」と聞かれて、

 <韓日間には貿易不均衡が大きい。今年も恐らく昨年1年間も300億㌦近くになるだろう。大部分が部品素材分野だ。見ようによれば、必要な部品と素材を日本から購入しているということだ。しかし、長い間、この問題を解決するために努力したが、韓国の中小企業の側も十分な整備がなかった。日本の中小企業も部品と素材の技術を持った中小企業が少し疎遠となった。しかし今は、両国間が本格的な協力をしている。形式を離れた実質的な協力になっている。亀尾、益山など4カ所の工業団地が指定され、既に昨年末には20余りの日本の中小企業が投資の意向があるという書類を送ってきた。今回は実質的に両国の経済協力となり、かつ韓国に進出できる良い時期になるだろう。だから今回は期待しても構わないと思う。両国間には、さまざまな理由で困難があったが、停滞することはあっても後退はしなかった。日韓関係は今後、より未来指向的に進み、困難を克服しながら、東北アジア地域内だけでなく、国際社会でも協力が必要だ。私たちはより一層前向きに進むと思う。特に、金融危機を通した実物経済危機が世界的な問題だ。この克服にあたっては、両国間の実質的な協力が大変重要であり、両国の協力は世界と協調して危機の早期脱出に大きく寄与する。肯定的な評価ができる。>

 と胸を張っている。これだけ大見得を切ったのだから、日本側は途中で梯子を外さないようにしないと。

 また、麻生首相は北朝鮮問題について、

 <李明博大統領とは、6者会談(6カ国協議)を通じて北朝鮮の非核化を達成する。これが日韓共通の目標、これが大事な所です。6者会合を通じて、そして新しいアメリカの政権ともしっかりと連携していくことを確認しております。オバマ大統領も6者会合の枠組みは評価し、北朝鮮の核計画かつ完全な検証可能な廃棄を目標とする、この立場を明らかにしておられます。私はオバマ政権とも、北朝鮮の核問題の早期解決に向けて、緊密に連携していくことができるものだと、この点に関しては何ら疑いを持っておりません。>

 と語った。その通りだろう。麻生首相の経営者としての経験が生きた韓国訪問だったのではないか。地味で、国会論戦が再開されれば、みんな忘れてしまうかもしれないが、地味だがキラリと光る、こういう外交を積み重ねることが大事なのだろう。

 普段着で行き来できる関係になればいいのだが、先ほど書いたように、李明博氏は韓国知識人層の代表とはみなされていない。あくまで商才のある経営者として見られており、儒教の伝統で言えば一格低い人格だという見方が金大中支持勢力の中にはあるのだ。李王朝末期にヨーロッパの船が押し寄せても泰然としていた、といえば言葉はいいが、実はおろおろとして何も出来なかった知識人たちの末裔である。彼らが言論界で力を持っている限りは、いつか巻き返しがある、と思わなければならない。

 まあ、報道されている通りならば、今回の首脳会談は成功だったと言っていいのではないか。

 朝日新聞13日朝刊を見て驚いた。本記は1面<日韓、連携強化で一致/首脳会談/経済や北朝鮮で>とまともなのだが、問題は政治面トップの受け記事である。<歴史問題踏み込まず/日韓首脳/政権不安に配慮>という見出しだ。本文を読むと、お互い支持率が低く、歴史問題を正面から話し合うだけの力がないから横に置いた、とあった。

 朝日新聞は日韓首脳が会えば歴史問題を話し合うものだ、と決めてかかっているようだだ。これは見当違いもはなはだしい。日本は歴史問題をできるだけ政治日程に乗せずに、宙ぶらりんのまま進むほうがメリットがある。そのうち、韓国の1人当たりGDPが日本に近づけば歴史問題に対する見方も少しは変わるだろう。今蒸し返して一体何を話せというのか? 若宮氏が言うように日本は竹島を韓国にあげろ、とでも言うのか? 国益を全く考えない朝日新聞は顔をどっちに向けているのか分からない。少なくとも、日本のための新聞ではないようだ。

 朝日新聞の朝鮮半島報道はおかしい。

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2009年1月12日 (月)

タイトルにつられて読んでみた:長谷川三千子氏の<ホントは怖い「多文化共生」>~産経新聞1月12日[正論]

 産経新聞1月12日の[正論は]埼玉大学教授・長谷川三千子氏の<ホントは怖い「多文化共生」>だった。「共生」はいいことでなかったの? と疑問を持って読み始めた。

 長谷川氏は▽2004年に内閣府が作った「共生社会政策担当」という部署が「共生社会」の実現を推進中▽総務省が06年に「多文化共生推進プログラム」を提言し、各自治体に多文化共生推進の大号令が下っている――と例示して、「共生」が今後流行のスローガンになるだろう、という。

 そして、この「共生」という言葉について、内閣府は意味不明で使っているが、総務省の「多文化共生推進プログラム」は狙いが明確で、近年の外国人定住者増加現象にともなって出てきた話だという、と書く。

 <このプログラム提言の立役者、山脇啓造先生は、多文化共生の発想は、外国人をいかにもてなすかという従来の「国際交流」とは違うのだと言って、こう説明しています――「今求められているのは、外国人を住民と認める視点であり」「同じ地域の構成員として社会参加を促す仕組みづくりである」。>

 ここからが長谷川氏らしくて面白い。

 < なるほど、これまで日本人は外国人のすることはみな「お客様」のすることとして大目に見てきたけれど、「住民」だとなればキッチリ地域のルールを守ってもらいましょう。日本語もしっかり覚えてもらって、「ニホンゴワカリマセーン」の逃げ得を許さない、ということですね、と思うとさにあらず。今後外国人の定住化がすすめば「『日本人』と『外国人』という二分法的な枠組み」それ自体を見直す必要が出てくるだろうという。その上で、「国籍や民族などの異なる人々が」「互いの文化的違いを認めあい、対等な関係を築こうとしながら、共に生きていくこと」が多文化共生だと山脇先生はおっしゃるのです。つまり、これから外国人定住者がふえつづければ、やがて日本文化は日本列島に存在する多くの文化の一つにすぎなくなる。そしてそれでよい、というのが「多文化共生」の考えだということになります。なんともどうも、怖ろしい話です。>

 そうきたか。

 <どうしてこんな話がまかり通ってしまったのか。おそらくその鍵は「共生」という言葉にあります。生物学では、異種の生物同士が同一の場所で互いに利益を与えたり害を与えたりしながら生きてゆくことを総称して「共生」と言うのですが、「共生」と聞くとわれわれはすぐ、アリとアリマキのような共利共生を思いうかべてしまう。だから「共生」イコールよいこと、というイメージが出来上がってしまうのです。>

 やはり、曖昧な言葉には注意せよ、ということになるだろう。1960年の「安保反対」も思想的には空虚な号令だった、ということが21世紀になってようやく理解される世の中だ。今から警告を発しておくことはいいことだ、とは思う。

 <しかし、実際の生物世界の共生は、互いに害を与え合うことすらある苛酷な現実そのものです。そして、それにもかかわらず、なんとか多種多様の生物たちがこの地球上を生き延びてこられたのは、そこに或る平和共存のメカニズムが働いているからであって、それが「棲み分け」なのです。>

 棲み分けと共生の違いかぁ、なるほど、そこに持って行ったか。これは理解できる議論だろう。

 <これは、かつて今西錦司さんが、同じ一つの川の中でも、流れの速いところ遅いところ、住む場所によってカゲロウの幼虫が違う体形をしていることから思い至った理論です。つまり生物たちはそれぞれ違った場所に適応し、棲み分けて、無用の争いや競争をさけているということなのです。実は人間たちも(カゲロウのように体形自体を変えることはできなくとも)多種多様な文化によって地球上のさまざまの地に適応し、棲み分けてきました。>

 そうです。今西さんの理論です。

 <それぞれの土地に合った文化をはぐくみ、そこに根づいて暮らす――これが人間なりの棲み分けシステムなのです。ところがいま、この平和共存のシステムは世界中で破壊されつつあります。日本に外国人定住者が増加しつつあるのも、そのあらわれの一つに他なりません。この事態の恐ろしさを見ようともせず、喜々として多文化共生を唱えるのは、偽善と言うほかないでしょう。>

 そこまで言うか、とも思うが、外国人労働者を安く使うことばかり考え、その社会的影響を軽視し続けてきた企業トップと政治家にはきっちりと考えてほしい問題ではある。

 鎖国しろ、と言っているのではない。だが、日本列島は日本人が住んでいる土地なのだから、日本語が通じる人たちが住み、その文化を繁栄させるような文化政策をこそ政治家は推進すべきだ、と思う。明治維新の欧化政策の反省をまじめに総括すればそうなる。

 ただ、長谷川教授のように全部ダメとは言えないとも思う。その辺、難しくてまだ詰めて考えてはいないのだが。

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毎日新聞の派遣村ルポ(読む政治)は良かった~毎日新聞1月12日朝刊

 毎日新聞1月12日(月)朝刊1面トップから3面トップに続く[読む政治]シリーズの最新作<官邸動かした派遣村/人があふれている――異例の講堂開放/与野党超え電話リレー/「すぐやれ!」叫ぶ村民/世論を意識、議員奔走/国会では党略に縛られ>を見て、びっくりした。派遣村をめぐって、1月2日から5日にかけてこんなやり取りがあったのか、国会議員やローソン社長、千代田区長、中央区長らが電話を武器に連絡をしあって派遣村の人々を厚生労働省の講堂に収容し、必要な食料を渡すことができたのは、政府のスムーズな活動ではなく、このような議員たちの尽力があったから、ということを初めて知ったのだ。

 ただ、3面の見出し<世論を意識、議員奔走/国会では党略に縛られ>は政治家に意地悪すぎないか。政党などというものはそういうものだし、批判すべきはやはり政府だろう、と思うのだ。それと派遣会社の社長たちは何を考えているのか、も同時に知りたかった。

 毎日新聞の記事はネットの毎日jPにアップされていたので、ある程度コピペしておこう。

 <今月2日夜、厚生労働省は東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった失業者向けに異例の講堂開放に踏み切った。失職と同時に人間の生存基盤までも脅かす経済危機の深刻さが、具体的な姿となって都心に表れ、与野党の議員と政府を突き動かした。>

 が書き出しである。

 <派遣村の湯浅誠村長(39)=NPO「自立生活サポートセンターもやい」事務局長=は焦っていた。入村者の数が予想を上回り用意したテントからあふれ始めたからだ。>

 湯浅氏は岩波新書の著者として有名人になった。東大大学院を修了しながら、ホームレス支援をしている変人である。変人だけにいいものを持っている。やることもしっかりしている。

 <2日朝、隣接する厚労省に出向き、ロビーの使用許可などを文書で求めたが、正月休みで応対できる職員がいなかった。湯浅氏の電話作戦が始まった。副厚労相の大村秀章氏は、地元・愛知県での新年会回りを終えた午後1時ごろに電話を受けた。「100人以上オーバーしています。夜は気温が下がるので何とかしてほしい」。2人は年末にテレビの討論番組で同席し、互いの連絡先を教え合っていた。>

 厚生労働省の役人にしてみたら迷惑な話だっただろうなぁ。お正月だし、「何でオレがこんなやつらに対応しなきゃいけねえんだよ」とブツブツ言っていたかもしれない。

 <「分かった。今から東京に行く」と大村氏は新幹線に乗った。民主党の菅直人代表代行は、同党の山井和則衆院議員経由で要請を受けた。京都にいた山井氏は「今晩にはテントが足りなくなる」と湯浅氏から聞き、党緊急雇用対策本部長の菅氏につないだ。>

 湯浅氏が政治家を知っていたことが役立ったわけだ。

 <菅氏は舛添要一厚労相に電話で「今晩が問題なので早く動いた方がいい」と伝えると、午後1時半に東京・吉祥寺の自宅を出て日比谷に向かった。>

 <車中で首相官邸を動かす必要があると考え、定期的に会談している自民党の加藤紘一元幹事長を頼った。「官房長官に話をしたいので仲立ちをお願いしたい」。加藤氏は河村建夫官房長官に「野党が後ろにいると思わないで話を聞いた方がいい」と進言し、河村氏は「政府としてもできる限りのことをする」と菅氏に電話で伝えた。>

 この辺の議員たちの素早い動き、話半分に聞くとしても立派ではないか。菅直人氏も昔取った杵柄ではあるが、相当に錆付いているのに、錆を落としながら、よくやった、と思う。大村氏など、この新聞を選挙区に配ればいいのに、と思うくらい立派に描かれている。

 <厚労省に到着した大村氏は、夕闇が迫る中、幹部職員らと対策を協議していた。大谷泰夫官房長らは「正月休みは今日で終わりだ」と三々五々集まった。「生活困窮者への対応は基本的に自治体の仕事です。中央政府の施設を宿泊に提供したことは戦後の混乱期もなかったはずです」。官僚たちは難色を示したが、適当な受け入れ施設はいまだに見つかっていなかった。大村氏は「これで麻生政権をつぶしたと言われたらどうするんだ。万策尽きたから開けるぞ」と宣言し、講堂の開放を決めた。>

 やはり、官僚は悪者か。いつもそうなる運命なのだろう。手柄は政治家に、後始末は官僚が、ということ。

 <午後6時半ごろ、湯浅氏の携帯電話が鳴った。「私の判断で講堂を開けます」。大村氏の声だった。野党の議員たちが相次いで駆けつけた2日午後、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」は寝床のない失業者と支援のボランティアであふれ返っていた。民主党雇用対策本部役員の高山智司衆院議員は、菅直人代表代行の指示で現場に駆けつけた。「正直言って最初はイベントくらいの感覚で行ったら、全然違った。これは大変だと思った」という。>

 格好のいい大村さんの清水の舞台である。

 <テントだけでなく、炊き出しの鍋や釜も足りなかった。合流した菅氏と周辺のレストランなどに調理場の提供を頼もうとしたが、正月休みで責任者がつかまらない。民主党本部ビルでの受け入れも、テナントとして入居しているため断念せざるを得なかった。>

 食事をどうする、の問題だ。兵站補給である。

 <厚生労働省で対策を練っていた大村秀章副厚労相は午後5時半ごろ、千代田区の石川雅己区長に電話で支援を頼んだ。しかし、「正月休みに急に言われても対応できない」。>

 千代田区長はどういう人だったっけ?

 <派遣村からあふれた人たちが野党議員とともに厚労省前でシュプレヒコールをあげ、テレビで放映される事態だけは避けたかった。同じころ、菅氏は隣接する中央区の矢田美英区長の携帯電話を鳴らした。「区長選で民主党も支援していたはずだ」と思い出した。「使ってない学校とかで受け入れられませんか」。矢田氏は「検討して部長に返事させます」と前向きだった。>

 悪者は千代田区長、いい人は中央区長、ということか。分かりやすい。

 <首相官邸サイドも独自に動いていた。河村建夫官房長官の秘書官は2日から日比谷公園に行き、現場の状況を把握していた。河村氏は同日、旧知のよしみでコンビニ大手「ローソン」の新浪剛史社長に電話を入れ、食料の提供を頼んだ。「1000個か2000個のおにぎりだったら何とかなる」という答えが返ってきた。>

 ローソンはすごいと思う。おびぎり2000個、この時に用意できるとは。

 <塩谷立・文部科学相は河村氏の指示で千代田区内に学校の空き施設がないか探したものの、回答は「難しい」。このため、河村氏は菅氏とは別に、矢田中央区長に直接電話で協力を求めた。「今回の件は一種の災害だと思っている。協力をお願いしたい」。すでに施設の選定に入っていた区長は協力を約束した。河村氏は自民党東京都連会長を務める石原伸晃幹事長代理にも「東京都の知事部局を動かしてほしい」と要請した。>

 考えるなぁ、政治家は。

 <3日夕、東京・神山町にある麻生太郎首相の私邸。河村氏から派遣村について報告を受けた首相は「これからも支援を徹底してやってくれ」と指示した。支持率急落にあえぐ麻生内閣にとって、派遣村をめぐって対応を間違えれば致命傷になりかねなかった。首相周辺は「通常国会の召集が5日に迫っていたことと、マスコミの関心が高かったことが、異例の判断の理由だ」と打ち明けた。>

 麻生首相は首がつながった、というところか。

 <4日午後3時半過ぎ、日比谷公園内で約400人の「村民集会」が開かれた。講堂の使用期限が5日朝に迫っていた。村民のいらだちが募る中で、野党各党の幹部たちが集会に参加した。>

 殺気立っていたのだろうか?

 <菅氏は「何年後かには、この活動が日本の雇用、労働問題の大きな転機になったと言われることは間違いない」と派遣村の意義を強調したが、言い終わらないうちに「すぐやれ! すぐ必要なんだよ!」とやじが飛んだ。>

 お前ら、菅直人さんがどれだけ苦労して段取りしたのか、わかっちょるのか、と誰も言わなかったのだろうか?

 <共産党の志位和夫委員長は「与党を巻き込んで派遣切り防止のための緊急の立法措置が必要だ」と主張。拍手が起きた。社民党の福島瑞穂党首は「派遣法の抜本改正を実現する通常国会にしよう」と呼びかけた。>

 悪者=菅直人、いい人=志位和夫なのか? それにしても、弱小野党は言いたいことが言えるから、巨大政党の政治家とは違うのになぁ。無責任でいいのだから。

 <最後に新党大地の鈴木宗男代表が「雇用と宿舎を確保するための国会決議を出そうじゃありませんか」と提案すると、熱気に押されるようにその場で全野党幹部による文案作りが始まった。>

 国会決議だ。

 <決議の原案には「このままでは路上での死亡者が出る」とのくだりがあった。しかし、自民、民主両党の調整過程で削除され、7日の参院本会議で全会一致の採択となった。現場では部分的に協力し合った与野党も、舞台を国会に移すと再び党略に縛られた。>

 国会決議を新聞で読んで、「自民党も思い切ったことをするなぁ」と思ったのだが、こういう裏があったのか、と初めて知った。新党大地・鈴木宗男さんもやるじゃないか。やっぱり存在感あふれる庶民の代表だ。

 ということで、毎日新聞はこの日の山田孝男氏のコラムと対社面の記事でも派遣村を取り上げる重厚さ。その後、「記者の目」で社会部記者が内部リポートまで書いていた。派遣労働者問題について今のところ、毎日新聞が一番突っ込んだ報道をしているように見えるが、どうだろうか。

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読売新聞はやはり製造業派遣禁止に反対を表明した~1月12日社説

 読売新聞論説委員会が雇用問題で結論を出した。労働者派遣法の製造業派遣例外化反対の論を1月12日付社説で打ち出したのだ。

 そうだろう、とは思った。

 何を悩んでいたのだか分からなかったが、満を持した形で打ち出したにしては、この日、第2社説に格下げし、第1社説は[成人の日/将来の選択は地に足つけて]だったのはどうしてなのだろう。

 成人の日だし、明るい記事を前面に出すという考えで、こちらを第1にして労働者派遣というちょっと暗い話は第2にしたのだろう、と勘ぐりたくなる。

 とりあえず、じっくり社説を読んでみよう。

 タイトルは<雇用問題/粗雑すぎる製造業派遣論議>である。

 まずは「政府、与野党、産業界は知恵を絞って雇用不安を解消しろ」と言い、「今年度の第2次補正予算案と来年度予算案には緊急雇用対策関連予算が盛り込まれているのだから、2予算案成立を急ぐべきだ」との主張。これはそうだろう。問題はそこからだ。

 <派遣労働を巡って、舛添厚生労働相が「製造業にまで派遣労働を適用するのはいかがなものか」と発言した。民主党など野党も、製造業派遣を原則禁止する労働者派遣法改正案を今国会に提出する動きを見せている。厚労省の調査で、失職する非正規労働者の7割近くは製造業の派遣労働者だ。ここに焦点が絞られるのも当然ではある。製造業派遣は、厳しい国際競争に直面した経済界の要請で2004年に解禁された。コスト削減のため、生産拠点を海外に移す企業が相次ぐ状況下で、雇用の増加を促す狙いもあった。>

 とこれまでの経緯を振り返り、

 <舛添厚労相や野党の見解は検討対象とするには、まだ粗雑すぎる。全面禁止と規制強化とでは議論の中身も違ってくる。一概に是非は論じられない問題だ。世界同時不況で、企業も窮地に立たされている。全面禁止となれば、さらに経営を悪化させ、雇用の場も縮小しかねない。副作用の方が大きいだろう。結論を急ぐべきではない。>

 というのが読売新聞の結論だろう。

 <今後の課題として、製造業派遣の功罪や改善策について、議論を深めていくことは意義がある。>

 とはいうものの、否定的であることは間違いない。

 そして、日本経団連の御手洗冨士夫会長が提唱したワークシェアリングについても「ワークシェアリングの導入が可能かどうかは業種や企業によって事情が異なり、これも一律には議論できないだろう。経済団体が旗を振っても、大きな流れとなるか甚だ不透明だ」と否定的だ。

 読売新聞としての案は、と言えば、

 <非正規労働者の不安定な雇用の状態を改善するためには、失職時の安全網、職業訓練制度などを総点検する必要がある。何よりも効果的な景気対策を打っていくことが求められている。>

 というものだった。

 自民党の「上げ潮派」の言い分に似ている感じがする。それで済むと思っているのだろうか? 「済まなくても済ませてしまうぞ」的な意思がうすうす感じられるのはちょっと怖いが、やはり読売新聞らしいなあ、とは思った。

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イスラエルのガザ侵攻に関する山内昌之・東大教授の解説と読売新聞[基礎からわかるガザ情勢]+笹川陽平氏ブログ~産経新聞1月12日朝刊と読売新聞1月8日朝刊などより

 産経新聞1月12日朝刊1面[歴史の交差点]で山内昌之東大教授が<ガザの悲劇と政治の思惑>のタイトルでイスラエルのガザ侵攻の構図を説明していた。非常に分かりやすい説明だった。

 論文の内容を箇条書きで書き留めておく。

①ハマスは昨年末に失効する停戦協定の条件を有利にすべくイスラエル領内にロケット弾を撃ち込んだ。

 読売新聞1月8日朝刊[基礎からわかるガザ情勢]によるとパレスチナとは現イスラエル領とパレスチナ自治区の総称だそうだ。ここには7世紀以降、イスラム教徒のアラブ人が住んでいた。19世紀末に近代シオニズム運動が起きてユダヤ人の帰還が始まった。そして、第2次世界大戦のナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺で帰還の波は最高潮に達した、という。

 <シオニズムはユダヤ人が神に約束されたと信じるイスラエルの地で国家再興を図る運動だ。近代シオニズムはソ連・東欧圏のポグロムというユダヤ人迫害やフランスで起きたドレフュス事件など欧州の反ユダヤ主義に対抗する手段として提唱されて組織化された。>

 と読売新聞にはあった。そして、

 <国連が1947年11月にイギリスの信託統治領だったパレスチナの56%をユダヤ人国家に割り当てるパレスチナ分割決議を採択し、イスラエル建国への道を開いた。ユダヤ人にアラブの土地を与える決議が採択されたのはユダヤ人国家建設を「虐殺を黙認した償い」と考えた欧州諸国をはじめ、ソ連、米国の後押しがあった。>

 、とある。ユダヤ人を虐待した償いとして、欧州の土地を与えるのならば分かるが、アラブ人の住むパレスチナの土地を与えたのだ。

 <だが、ユダヤ人を歓喜させた決議はパレスチナのアラブ人(=パレスチナ人)とユダヤ武装組織の血で血を洗う抗争の号砲となった。そして、1948年5月の建国宣言と同時に、アラブ5カ国軍がイスラエルに侵攻、第1次中東戦争が始まる。イスラエルは5倍の兵力を有したアラブ軍に勝利し、支配地域をパレスチナの約80%に拡大。今のガザ地区はエジプト領、エルサレム旧市街を含むヨルダン川西岸はヨルダン領となった。>

 読売新聞紙面にある地図を見ると、分割決議で認められた領地はエルサレムが国際管理となっており、ガザやヨルダン川西岸はアラブ人国家だった。それが1949年の第1次中東戦争休戦ラインではエルサレムの西側のアラブ国家領地をイスラエルが吸収し、エルサレムはヨルダン領になっている。

 <戦争中、パレスチナ人はユダヤ部隊の襲撃を恐れてガザ地区や周辺諸国に逃れた。残した家や土地は「所有者不在財産」としてイスラエル国家に接収され、ユダヤ人移民に割り当てられた。今に続くパレスチナ難民問題の発生である。>

 何か、歴史のフィルムを逆まきしている感覚だ。朝鮮半島や満州で日本人がやったことをユダヤ人が真似したようにも見える。日本人は戦争に負けたから非難された。ユダヤ人はその教訓を生かして、戦争には絶対に負けないように準備しているのかもしれない。

 <1967年の第3次中東戦争で、イスラエルは、エジプト領のガザとシナイ半島、ヨルダン川西岸、シリア領ゴラン高原を占領し、ガザや西岸のパレスチナ人を軍事支配下に置いた。そして、古代ユダヤ王国が栄えた「父祖の地」である西岸など占領地へのユダヤ人の入植が始まった。入植地の拡大は和平プロセスの大きな障害となる。>

 歴史というのは連続しているから、どの時点まで返れば正統なのか、というのは恣意的な見方になる。結局はその時代時代の強者の論理に従うしかなくなる。そして、新しい歴史が書かれていく。

 <アラブ諸国は1973年の第4次中東戦争を経て、力による領土奪還は諦める。エジプトは1979年、イスラエルと和平条約を結んだ。>

 第4次中東戦争は日本では石油ショック、トイレットペーパー騒ぎとして記憶されているが、実はアラブの大義を諦めた重要な敗戦だった、というのだ。

 <アラブ諸国の無力に失望したパレスチナ人組織は、第3次中東戦争以降、数々のテロに訴え、世界を騒然とさせる。だが、四半世紀の間に中東一の強大国となったイスラエルを動かしたのはテロではなく、占領下の住民の石つぶてだった。>

 中東テロの起源である。

 <1987年12月に始まったパレスチナ人の抵抗運動「インティファーダ」は、石を投げつける少年にイスラエル兵が発砲するニュース映像によって、占領の実態を世界に伝えると同時に、イスラエルの左派政権に、180万人(当時)のパレスチナ人を永久に占領下に置くことの非現実性を気づかせた。>

 「イスラエルを動かしたのはテロではなく、石つぶて」とあるが、イスラエルを動かしたのは国際世論だったわけだ。そして、その国際世論を形成した元は映像、つまりメディアだった。げに恐ろしきはメディアである。テロが達成できなかったことを映像メディアが達成した、という認識。それが冷戦崩壊2年前の1987年だったことも、何か時代を大きく象徴する動きのような気がする。1989年のベルリンの壁崩壊も、その後のソ連崩壊もメディアが主導した動きだったからだ。西側メディアが東欧やソ連の住民に流れれば、共産党は一党支配を続けられなくなる。それとイスラエルの政権の決定は符合する。

 日本の植民地支配の失敗はまだ本格的に研究されていないが、ユダヤ人のパレスチナ支配失敗と日本の朝鮮半島支配失敗には大きな共通点があるようにも思える。

 <ラビン、ペレスが主導する労働党政権は、アラファトが率いるパレスチナ解放機構(PLO)に歩み寄る。そして、1993年9月、PLOのイスラエル承認と引き換えに、占領地のガザと西岸を段階的に返還することで合意した。歴史的なパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)である。>

 これが金字塔と言われるオスロ合意だった。

 <だが、和平プロセスは、ラビン首相暗殺、その後の右派政権の登場で暗礁に乗り上げる。PLO主流派のファタハによるガザと西岸での自治も、汚職や人権侵害の横行で住民の支持を失い、2006年1月の自治評議会選挙では、イスラム原理主義組織ハマスが圧勝、パレスチナ国家樹立はかなたに遠のいた。>

 以上が読売新聞特集紙面によるパレスチナの歴史である。この基礎知識を得ていると山内教授の論文が読みやすい。

②イスラエルはハマスのテロ攻撃から市民を守る権利を名分に過剰な反撃を合理化している。

③イスラエルの外相、国防相は首相の座を狙っており、地上戦には2月の総選挙を意識した思惑が見え隠れしている。

④ハマスの先制攻撃はパレスチナ自治政府議長とその組織ファタハの権威失墜を狙う点で合理的政治選択だった。

 これも読売新聞1月8日特集紙面でのお勉強が必要だろう。

 <パレスチナ自治政府は、ガザ地区(人口150万)とヨルダン川西岸地区(人口250万)で構成される。イスラム原理主義組織ハマスの本拠地ガザは、地中海に面した東西5~12㌔㍍、南北40㌔㍍の狭隘な平地。農業の他にこれといった産業はない貧しい地域だ。人口の3分の2が60年前のイスラエル建国に伴い故郷を追われた難民とその子孫。このため、反イスラエル感情が強く、街のあちこちでイスラエルと戦って死亡した「英雄」のポスターが掲げられている。>

 ハマスの本拠地には怨念が渦巻いているのだ。

 <一方、西岸地区は三重県の面積に相当する5655平方㌔㍍。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の3宗教の聖地エルサレムに隣接するため、人口の1割はキリスト教徒だ。キリストの生誕地ベツレヘムなど世界的観光地を抱え、隣国ヨルダンとの商業活動も盛んで、開放的な雰囲気が漂う。>

 この西岸については、笹川陽平・日本財団会長が最近の見聞をブログに書いていたので、紹介しておこう。

 笹川氏の1月14日のブログ「ジェリコの農産業団地」である。

 笹川氏はヨルダンのアンマンで開催された「西アジア・北アフリカ(WANA)地域フォーラム」のための国際諮問委員会にヨルダンのハッサン王子、アハティサーリ元フィンランド大統領、有馬龍夫特別大使と共に参加したそうだ。その際、「寸暇をさいてPLO自治区・ウエストバンク(ヨルダン川西岸)のジェリコに日本のODAで建設中の「平和と繁栄の回廊構想」(農産業団地建設)の現場を訪問した」というのだ。

 <「平和と繁栄の回廊構想」プロジェクトは日本のODAを活用しイスラエルとパレスチナの共存・共栄に向けて西岸に農産業団地を建設。パレスチナ農民が生産する農産物・オリーブ、トマト、バナナ、ナツメ、オレンジ等に付加価値をつけ、ヨルダンを通じてサウジアラビアなどの湾岸諸国に輸出する基地にしようとするもので、日本の主導でイスラエル、パレスチナ、ヨルダンの地域協力を通じて民間セクターの活性化を促し、パレスチナ経済の自立を実現しようとする計画である。>

 と書いている。

 笹川氏によれば、西岸の人口約234万人(うち難民75万人)で、南北約130km、東西40~65kmの幅でヨルダン川が死海に流れ込む西側に展開されている地域、という。

 <当日はヨルダン日本大使館・市川書記官の車で出発。30分ほどでヨルダンとイスラエルの国境にあるヨルダン川に架かるアレンビー橋に到着。ヨルダン側の出国手続きはいたって簡単。イスラエル側での手続きは小一時間かかった。イスラエル側では竹内大使、松田公使が出迎えてくださった。西側の援助が不十分な中、パレスチナ西岸における日本政府のODAの活動は大いに評価されて良い。このヨルダン川に架かるアレンビー橋をはじめその他の橋も、日本政府ODAが建設したものである。>

 <農産業団地建設予定地はアレンビー橋を渡り切って直線で約300mの場所に位置する。しかしここはイスラエル軍の管理地のため、一旦死海の方向へ南下し、更に迂回して北上することになる。この直線300mの道路の軍管理を解除するためにはイスラエル政府の了解が必要であり、日本政府はこのプロジェクトの成功のため水面下で、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ政府との合意形成に向け精力的に活動している。>

 思わぬところで日本政府がかかわっている。

 <第一次計画での雇用8000人計画が順調に進展するとは思わないが、このプロジェクトは西側の援助が今一つ実現しない中にあって、評価も高く、特筆されるべき活動である。>

 ODA活動の紹介が日本では少なすぎる、と思う。今度、組織改革ができて、どう変わるか注目だ。

 <短い時間ではあったが、イエス・キリストが洗礼ヨハネと別れ、荒野で40日間の断食、その上悪魔に試練を受けたとされる「誘惑の山」に登った。ケーブルカーで5分。何の変哲もない100~150メートルの荒れ山で、ユダヤ教の修道院の建物が2、3ヶ所岩壁にはりついている以外、宗教色は感じられなかった。ただ一つ、キリスト教信者の多い韓国人の巡礼者が多いのか、ハングル文字の案内版が目に付いた。>

 ここでも韓国人か。世界中、どこにでも行く民族だなぁ。

 <山頂から見る西岸は、ヨルダン川から幅約2kmほどは荒野であるが、外側には肥沃な土地が広がっている。ヨルダン川は思った以上に水量が少なく、水面の幅はわずか5~6mほどである。案内人によると、ヨルダン川の伏流水がヨルダン川西岸の肥沃な土地を潤しているのだろうとの説明であった。一見、平和な土地のように見えるが、国境検問所では緊迫感が漂っていた。>

 陸続きの国境を持たない日本人にはなかなか分かりづらい感覚だろう。しかし、見ようとしなければ見えないものなのだろう。

 <イスラエルは男女ともに徴兵制度があり、男子は18~21歳の3年間、女子は18~20歳の2年間、兵役につく。国境警備は主に女性兵士が多く、背中にマシンガンを背負い、仏頂面で細かく慎重に手荷物検査を行っているのは、いつ自爆テロが発生するかとの恐怖感からと思われる。ヨルダン側の入り口に比べ、あまりの厳しさに、イスラエル、パレスチナ問題の平和解決の困難さを垣間見た気がした。>

 以上、西岸についての読売新聞特集面解説を補足する意味での笹川氏のブログの紹介だ。

 読売新聞記事の紹介を続ける。

 <現在、両地区(西岸とガザ)は40㌔㍍離れており、イスラエル領内を通らなければ行き来ができない。同国政府はテロ防止のため、平時でも両地区をそれぞれ高さ8㍍のコンクリート壁などで囲い込み、厳しい検問を敷いており、往来を取り締まっている。>

 これが笹川氏が書いていた国境検問の異様な緊張感を生んでいるものだ。

 <過去60年以上にわたり切り離された両地区は、同じアラブ人居住区ながら社会や経済、政治は大きく異なるようになった。>

 なるほど、ハマスが西岸で支持を広げている、とよく新聞に出ているが、そういう違いを認識していれば、ハマスが西岸で民主的に政権を握ることはないだろう、と分かるというものだ。

 ⑤ハマスの狙いはイスラエルへの効果より十分な対抗措置を取れない議長の立場を弱め、ヨルダン川西岸でも支持基盤を固める点にあった。

 読売新聞特集面は<ハマスの目的は?>という項目でハマスについて書いていた。しかし、書かれていることはパレスチナ人の組織の歴史である。でも参考になるので、書き写しておこう。

 <パレスチナ人はイスラエル建国まで、統一した政治組織を持たなかったが、イスラエル軍に故郷を追われた難民たちはイスラエル打倒を目指して軍事・政治両面の機能を持つパレスチナ解放機構(PLO)を1964年に作った。カリスマ的指導者ヤセル・アラファトが指導者となり、1974年には国連のオブザーバー参加を果たして、国際的にも「パレスチナ人の代表」と認知された。>

 PLOができたのは1964年だったのだ。

 <ファタハはその中でも最大の組織。名前はアラビア語の「パレスチナ民族解放運動」の頭文字を逆に綴ったものだ。1950年代に設立され、PLO設立後は一貫してその「主流派」として実権を握ってきた。>

 なぜ逆に読むのだろう?

 <1987年、パレスチナでは自然発生的にイスラエル軍の統治に対する住民の抗議活動が起きた。「第1次インティファーダ(アラビア語で蜂起の意味)」と呼ばれる運動で、航空機ハイジャックといったPLO式のテロ行為ではなく、イスラエルの戦車に石を投げるなどの手近な手段で占領に抗議した。>

 先ほど書いていたこととダブるな。

 <ハマスはこの1987年に、この闘争の発起点となったガザに生まれた。イスラム教指導者で慈善活動家として人望を集めていたアハマド・ヤシン師が組織し、現在、ハマス政府の首相を務めるイスマイル・ハニヤ氏は、闘争の学生指導者だった。ファハタと異なり、ハマスは寡婦の職業訓練や保育所、病院の経営、貧困層への草の根活動を行い、支持層を広げた。>

 なるほど、志位共産党委員長や「もやい」の若い指導者のようなものだな。

 <ファタハが宗教にこだわらない「世俗主義」をとるのに対し、ハマスは設立憲章で、イスラム法が統治する国家樹立を目指す。その領土は、現イスラエル領を含めたパレスチナ全土と定め、イスラエルの生存権を認めない。>

 北朝鮮、韓国がいずれも朝鮮半島を全部を自国の領土としているのと同じだろう。

 <ファタハとハマスは早くから政治、軍事両面で衝突してきた。ハマスは独自に民兵組織を育て、今では約2万の民兵を組織。2000年に始まった第2次インティファーダでハマスはイスラエルへの自爆テロ攻撃を連発した。イスラエルがハマスを「テロリスト」として敵視するのはこのためだ。>

 こうしたテロ組織に国際的な認知を与えるべきかどうか。今の主流は与えるべきではない、だろう。

⑥ガザ住民は腐敗まみれのファタハを嫌ってイスラム原理主義組織のハマスを選んだ付けを払わされている。

 これも読売新聞特集面の先ほどの解説に部分的に触れてあった。選挙については次のように書いてあった。

 <2006年、ハマスはパレスチナ自治政府の評議会選挙に初めて参加した。それまで続いたファタハ政治の汚職体質に失望する有権者の支持を集め、議席(120)の過半数を獲得。ハニヤ首相が就任した。選挙結果はイスラエルと米国に衝撃与えた。ハマスは「イスラエル殲滅」を掲げるだけでなく、米国を敵視するイランやシリアから支援を受けていたからだ。>

 汚職について、考えなければならない。金権政治について、だ。日本で軍部が出てきたのは政党政治の腐敗、つまり政治家の汚職がきっかけだった。

 <ハマスは翌2007年6月、治安組織の指揮権をめぐる対立をきkっかえに、ファタハをガザから武力で放逐した。ファタハのアッバス自治政府議長は独自に元世界銀行職員のファイヤド首相を指名、組閣させたため、パレスチナで二つの政府が併存することになった。>

 正統性を主張できるのは、この記事を読む限りではハマス、とならないか。

 <昨年6月、ハマスはエジプトの仲介でイスラエルと半年間の停戦を結んだ。ロケット弾攻撃をやめる代わりに、ハマス政府発足以来イスラエルが科してきた経済封鎖の緩和を期待してのことだったが、封鎖解除は進まず、12月に一方的に停戦破棄を宣言。攻撃を再開したため、イスラエルによるガザ侵攻を招いた。>

 と、長い長い読売の記事が結論に至った。

⑦イスラエル、ハマスとも目的完遂はできないから、どこかで折り合いを付けなければならない。

 山内教授の論文概要は①~⑦の数字の部分。それ以外は他のメディアからの引用と、私の意見である。中東に疎い私ですが、少しは勉強になりました。

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2009年1月11日 (日)

中曽根=与謝野両氏の「情の資本主義」~1月11日読売新聞朝刊など

 読売新聞1月11日朝刊1、2面のの連載企画[大波乱に立ち向かう9(最終回)]<米一極主義の挫折 中曽根康弘/情の資本主義めざせ/日本、大局見据え行動を>で90歳の中曽根康弘元首相が派遣労働について次のように語っていたのが印象的だった。

 <日本で今、大きく報道されている派遣労働者の解雇問題は、米国流自由放任の小泉構造改革で労働市場が規制緩和された結果だが、日本社会は終身雇用が原則だった。いずれ時間をかけて「情を伴った人間資本主義」という方向に大きく是正されていくのだろうと思う。それが日本型資本主義だ。

 中曽根氏のこの発言は重いと思う。レーガン政権の無理無体な貿易開放要求を何とか凌いで、しかし、前川リポートで日本の構造改革を約束せざるを得なかった元首相にとっては、小泉氏の責任にしてはいるが、「派遣切り」多発事態は他人事ではなかったのだろうと思う。

 中曽根氏は経済危機を突破する方法は政治指導者がしっかりすればいい、と言う。

 <政治の指導者がしっかりと勉強し、綿密に計画を立てたうえで大胆な政策、実行のための戦略、推進のための人的配置、そういうものを用意してこの危機に臨むということだ。>

 実際に自分がやってきただけにこの言葉の持つ意味もことさら重い。「日本の政治家はスケールが小さくなってしまった」「自民党にしても民主党にしても2世、3世議員が多い。国会議員に立候補する人の範囲が狭められ、多様な能力を持つ人材が政界に入りにくくなっている」としたうえで、衆院の小選挙区比例代表並立制の弊害を論じる。小さい議論ばかりで「30年後、50年後の日本を考えた政策は何か」「激動の世界の中で日本をどうしていくのか」という大きな議論がなくなった、と嘆くのだ。「その結果、日本の政治自体が狭小になってしまった」と。

 中曽根氏の発言を見て思い出したのが1月9日の衆院予算委員会での与謝野馨経済財政担当相の答弁だった。

◆与謝野馨氏の答弁

 毎日新聞1月9日夕刊総合面<雇用問題/与謝野氏「格差を是正」/民主・枝野氏「経団連会長招致を」>が書いていたのだが、与謝野氏は企業の株主配当や内部留保が増加する一方で従業員給与が伸び悩む状況について、

 <「人を安く使おう」という傾向が企業に見られるのは残念だ。同一労働でありながら、正規社員と非正規に格差が生じている。正義の問題として取り上げねばならないと思っている。>

 と答弁した、というのだ。麻生首相は「企業の生産活動で得られた付加価値の分配は個々の企業が判断する」と述べるにとどまったが、与謝野氏はこれについても、

 <「会社は株主のもの」という、私には理解できない思想が一時期広がったが、会社は従業員、下請け、お客様のもので、株主だけのものではない。何兆円もの内部留保を持つ企業が時給1000円足らずの方の職を簡単に奪うことが本当に正しいのか、ということは当然のこととしてある。>

 と堂々と主張した、というのだ。毎日新聞はこの発言について「現在の労働環境の抜本的な見直しが必要だとの認識を示した」と解釈していたが、そう単純なものではないにしても、閣僚がここまで踏み込んで言うのは珍しい。

 麻生氏の薄っぺらさが如実に出ている。総理の器でないことは言うまでもないが、このような方にはすぐさま辞めていただくしかない。暫定首相を与謝野氏にでも務めてもらい、選挙管理内閣で衆院解散をすればいい。

 与謝野氏の発言を読んで、「おやっ」と思っていたのだが、中曽根氏の発言を見てある程度納得した。

 与謝野氏の政界デビューは中曽根事務所での下足番である。中曽根氏の一挙手一投足を見ながら成長した。この日本の現状への憂慮が共通しているのはそういうところを考えれば納得できる。

 中曽根氏は岸信介氏の思想を継ぐ硬派の保守政治家ではあるが、内務省出身でもある。内務省のアイデンティティーは民心の安定である。派遣切りで日本社会が分裂することを恐れる感情は旧内務官僚とすれば大きいものなのだろう、と推測する。

 このような「良質な保守」の声がもっともっと世に出ないといけないと思う。

 共産党の志位委員長の態度は立派だが、共産党に日本の政治を任せられないのは自明の理だ。保守の中からこのような健全な常識に基づいた議論が起きてきてはじめて、日本の政治もまともになると思うのだ。

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<ケインズなら=伊東光晴氏vsドラッカーなら=上田惇生氏>は面白い~朝日新聞1月11日朝刊[資本主義はどこへ]から

 朝日新聞1月11日朝刊オピニオン面[資本主義はどこへ]で伊東光晴氏と上田惇生氏がケインズ、ドラッカーになりかわって、今の大不況の対処策を語る、という少し際物っぽい企画をやっていた。どうなのか、と読んでみたらまともな内容で面白かった。

 伊東光晴氏は1927年生まれ。千葉大教授、京都大学教授などを歴任し、現在は京都大名誉教授。著書に「経済学は現実にこたえうるか」「伊東光晴 経済学を問う」(全3巻)「現代に生きるケインズ」など、共著に「コメンタール ケインズ一般理論」などがある。

 上田惇生氏は1938年生まれ。経団連会長秘書、同広報部長、経済広報センター常務理事、ものつくり大学教授など経てドラッカー学会代表・立命館大学客員教授。ドラッカーの主要著作をすべて翻訳している。著書に「ドラッカー入門」、最新の翻訳書に「マネジメント」(全3巻)など。

◆伊東氏の発言の中で面白かった部分は次の通り。

▽ケインズは「不況になるとみんなケインジニアン(ケインズ学派)になる」と皮肉を言うに違いない。「ケインジニアンでないのは私だけだ」と。

▽ケインズが批判してやまなかったのは、このような事態を生んだ新自由主義の経済体制とそれを後押しした経済学です。それが80年代以降、復活した。不況はそのなせるわざだ、と言うでしょう。

▽着目するのは、市場中心主義が生んだ投機の弊害です。投機が順調な経済の流れに乗った泡なら害はない。しかし、大きな渦を巻き、経済社会を飲み込み出したら、手に負えないものとなる。「一般理論」でそう書いています。今回の事態はまさに「手に負えない事態」を生みました。1929年の恐慌の発端は株式市場のバブル、今回の発端は不動産市場のバブルです。

日本では欧米のように金融機関への資本投入は必要ありません。財政出動は不況の緩和策にはなるでしょう。しかし、ケインズは「大型財政で景気を回復させる」とか「不況を脱する」などとは言いません。これだけ大きな不況は、すぐに手に負えるものではない。アメリカの不良債権による損失が、公共投資で補えますか? この状態であたかも何かできるかのように言うのは間違いです。確かに財政支出を増やせば、その分だけは一時的に生産水準が上がります。しかし、その効果は減衰します。景気を回復させるためには民間投資が誘発されなければいけません。リストラ中の企業が、そんな投資をするでしょうか? 公共投資の多くは土木建設です。新幹線を造って自動車やカメラが売れますか? (アメリカン・ケインジニアンの)サムエルソンやクルーグマンが言うようにしゃにむに政府需要を増やしたら、経済は歪んでしまいます。

ケインズは派遣労働など想定していませんでした。これは日本と韓国ぐらいにしか存在しません。派遣労働を政府が認めたことは、中間搾取をなくすという戦後の労働政策の原則の崩壊です。本来、職業紹介は公的部門と学校以外やってはいけない。それなのに政治と実業界が崩してしまった。国際競争が大変だ、コストを下げる必要がある、などとグローバル化を理由にしますが、そうなら世界中が導入しているはずです。

▽ケインズならば、規制緩和がこんな事態を生んだ、と考えるでしょう。「派遣切り」された人や失業者に対し、生活保護に相当する額、例えば月12万円程度を渡したらどうですか。100万人で年に計約1兆5000億円。ばらまきの定額給付をやめれば実現できます。月10万円の派遣労働なんかに行くな、と。そうして派遣をやめさせていきます。

▽1930年代の大恐慌の際、スウェーデンは低所得者向け公共住宅の建設などにお金を投入しました。好況時にこれをすれば経済が過熱してしまいますが、不況なら実行できます。不況こそ、貧困対策など社会変革の好機ともいえます。

▽今後、先進国では資本主義経済の修正が進むでしょう。アメリカでは、かつてのニューディール政策が作り出した中産階級社会への復帰がモデルです。低賃金の引き上げと高額所得者への累進課税による「大圧縮政策」が再現するといいのですが。

▽もう一つのモデルは付加価値税で福祉社会を支えている北欧です。従来型の累進課税は必要ですが、日本ではそれによる再分配効果はたいしたものではありません。それだけではなく、広く集めた税で必要なところ、恵まれない人たちに支出するようにする。取ることによって所得再分配をはかるだけではなく、出すことによって安定した社会をつくるのです。日本が向かうべき道はこれです。市場経済のゆがみが集中している高齢者と貧しい母子家庭に対策を打つことです。政府は消費税率を上げ、この人たちに支出したらどうでしょうか。

 と、以上が伊東氏が考える「ケインズならば」だ。伊東氏の考えだろう。言っていることは正しく見えるのだが、どうだろうか。ただ、金融政策とか円高に関する発言がないし、日本の産業構造転換に関する発言もないから、部分的過ぎて、トータルに考えにくいのが難点ではないだろうか。

 規制緩和がいけない、というのは少し言葉が足りないと思う。必要なくなった規制はどんどん緩和すべきだと思う。しかし社会的規制を緩和してはいけない。伊東氏も言っているように労働規制を経済界のごり押しで緩和してしまったことが「派遣切り」の事態を生んだことは間違いない。

 派遣労働をやめさせる方法として月12万円支給は魅力的だと思うが、いつまで続けなければならないのか、の問題がある。産業構造を変え、新規産業を興して雇用を創出しなければ失業率は上がったままになるかもしれない。「雇用のミスマッチ」解消には農業の活性化が一番だ、と思っているのだが。

 公共事業による雇用創出にどちらかと言えば否定的だったのが意外だったが、乗数効果を考えれば本当は伊東氏の言っているほうが正しいのだろう。

 次はドラッカーである。

◆上田惇生氏の発言で面白かった部分

 聞き手の刀祢館正明記者によると、上田氏はドラッカー(1909年~2005年)と約30年の親交があり、草稿段階から相談を受けることもあり「私以上に私の著作に詳しい」「日本での私の分身」と言われているそうだ。

ドラッカーならば企業人に「挑戦しろ」と言うでしょう。量の成長が無理なら、質の成長を目指せと。実行すべきはマーケティング(顧客の創造)、イノベーション(技術革新)、生産性の向上です。生産性を上げれば市場が縮んでいるから、午後3時に仕事が終わるかもしれない。ならば経営セミナーや情報技術(IT)関連の教育などで、社員の能力を高める。人員削減ではなく、労働時間の削減でしのぐ。首切りは社会不安につながります。企業は人を路頭に迷わせてはいけません。

ドラッカーは日本で「派遣切り」が起きているなどと夢にも思わなかったでしょう。働く人にそれぞれの能力を発揮してもらうという、本来の趣旨から外れた使い方をしてしまった。派遣労働者を大量に切らざるを得ないということは、その産業が低い賃金コストでないと成立しない状態だったということです。成長しているつもりが実は肥大化だった。

▽ドラッカーは最晩年の「経営者に贈る五つの質問」で「組織はすべて、人と社会をよりよいものにするために存在する」と述べています。ドラッカーの経営思想の神髄です。企業は何のためにあるのか、と常に問いかけました。企業とは人々に生計の手段、社会との絆、そして自己実現の場を与える存在です。米国のビジネス誌に寄せた最後のメッセージでも「経営者たる者、社会の公器としての会社を考えよ」と呼びかけた。企業と企業人が尊敬される世の中であってほしい、というのが彼の希望です。

▽(経済学の教科書には「企業の目的は利潤の極大化である」とありますが?との質問に)そんなことを考えるからだめなんです。利益は、きょう事業を行い、明日さらにいい事業を行うための条件です。それを目的のように言うから、社員が間違え、幹部が間違え、トップが間違える。金儲けがなぜ悪いと開き直ったり、派遣依存の体質が生まれたりする。企業の存在理由は世のため人のため、です

▽(ドラッカーは日本の企業を特に評価していたが?との質問に)日本の競争力は企業が人を大事にするところにあると見ていた。組織の良し悪しは共同体になっているか、生きた有機体になっているか、がカギだと考えていましたから。でも現在のような状態では「日本よ、お前もか」と嘆くでしょうね。

▽(もし日本企業のトップから「ドラッカーさん、言うことは分かるが、このままでは会社が立ち行かない。それでも非正規労働者を抱えろと言うのですか?と問われたら、と聞かれて)寮から出さなければ今すぐ会社がつぶれてしまうほどなのですか、内部留保もないのですか、かつて日本企業の多くは再就職の世話をしていましたね。そう彼は答えるでしょう。そして、社長には新入社員当時の気持ちを、創業者には創業当時の志を思い出してほしい、と。

▽(ではどうすればいいと?と聞かれて)企業も自治体も、きめ細かく、こつこつと、あちこちで、いっぱい、対策を行っていくことです。一人一人の面倒を見ていく。すでに始めている自治体や、非正規を正規として採用した会社も出てきました。当分はこうやって凌いでいくことです。ドラッカーは日本社会の絆にほれ込んでいました。今こそ再確認の好機です。

政府は景気を動かせません。「不況に対して財政支出を増やせという処方は(病気の男の子に)女の子と付き合えば元気になるよ、と言うのに等しい」と書いています。一律の対策などというものはありません。政策も、きめ細かく、一つひとつです。

▽(不況は悪化しそうです、という質問に)良い時はさらに良くなると思い、悪い時はさらに悪くなると思いがちだが、いずれも必ず終わる。そう述べています。めげないことです。景気が回復する日は、新しい時代が来る日でも、新しい旅が始まる日でもありません。単に馬を乗り換える日に過ぎません。歴史はつながっています。今始めることは、景気が回復した後も続きます。ドラッカーが我々に忠告するのは、社会を壊すようなことはするな、重要なのは人であり社会なのだからということです。

 以上が上田氏の発言だ。

 ドラッカーという人物、全く知らないが、日本的経営を評価していたらしい。何か難しそうだったので、全く読まなかったが、読みたくなった。

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2009年1月10日 (土)

猪木正道氏の昔の論文、「政党の昼の顔、夜の顔」は良かった~産経新聞1月10日朝刊

 産経新聞の[昭和正論座]はいい企画だ。「正論」欄の35周年を記念して、当時の珠玉の論文を再掲する、という趣向なのだが、35年の時の流れが嘘のように、今の時代への教訓に満ちた提言が多いのだ。1月10日紙面に掲載された防衛大学校長(当時)の猪木正道氏の「新総裁の選出に要望する」もその一つだと思う。初出日は昭和49年(1974年)11月29日である。

 【視点】欄で今の時点からのコラム解説を(湯)氏がしていた。

 <田中角栄首相の「日本列島改造論」は、カネと票が結びつく金権政治を生み出した。やがて、世論の厳しい指弾を受けると、極端な政治離れが起きる。猪木正道氏はその日本に向けて、政治の本質とあり得べき政治の使命を明らかにした。政治には政策立案の「昼」の顔と、権力奪取の「夜」の顔があり、後者を根絶できないし必要もないと説く。むしろ政治家の権力欲が国益や政策を推進するエネルギーになるという。問題はそのバランスだ。>

 という指摘はその通りだろう。ただ、

 <いま、与野党による政局至上主義の政権分捕り合いも「夜」に傾斜しすぎる。猪木論文は過去から「政治の危機」に警鐘を鳴らす。>

 と無理矢理今の政局に結びつけなくともよかったのに、とは思った。猪木氏の視線は政治家への忠告というよりは新聞記者らメディア関係者がもう少し成熟した視点で自国の政治を見ろ、ということだろうから。

 猪木氏の文章を少し写しておこう。

 <政党に、二つの対照的な面が存することはよく知られている。仮に“昼”の政党と“夜”の政党と呼ぶことにしよう。“昼”の政党は、200年前にバークが唱えた政党の理想像で「国益を推進するための同志的結合」にほかならない。“夜”の政党は、党首を大統領か首相かの地位につけて、自分たちも相応のポストや利益などにありつこうとめざす。

 <どの時代の、いかなる国の政党も、例外なしに“昼”と“夜”との両面を備えている。わが同胞の間には、奇妙なマゾヒズム(自虐性癖)があって、日本の政党、特に1948年10月以来引き続き21年間も与党の地位についてきた保守党の“夜”の面を誇大に描き出す半面に、外国の政党の“昼”の面を理想化する場合が少なくない。英国の保守党や労働党を“昼”の政党の模範として研究の対象とするのには、もちろん十分な理由があるけれども、この二つの政党とも“夜”の面が欠けているわけでは決してない。

 が書き出しである。そうだろう。1974年も今も変わっていない。アングロサクソンのやることは正しく、日本人のやることはどこか間違っている、という自虐の見方。

 <言論、集会および結社の自由を抑圧する全体主義諸国では、独裁政党の“夜”の面は一切秘密のベールに包まれているから、外見的にはいかにも清潔で、“人民”の利益にだけ奉仕しているかのような観を呈している。全体主義政党の“夜”の実態が暴露されるのは、権力闘争がかくしきれなくなった場合か―例えばスターリン死後のソ連―、または政権が崩壊した後―例えばヒットラーの第三帝国―かのいずれかである。>

 そういうことだ。その本質を理解しなかった進歩的文化人が北朝鮮の素晴らしさを褒めちぎり、軍事政権の韓国を暗黒のように言い募った。今でもその心情は変わっていないから、彼らは、韓国の盧武鉉政権のようなみじめな政権を正統性のある政権、李明博政権の対北朝鮮政策をおかしい、などと批判する。

 <“昼”の部と“夜”の部とがあるのは、政党だけではない。既成政党の“腐敗堕落”を口癖のように罵倒する左右の急進主義運動も、“昼”の部と“夜”の部との両面を備えていたことは歴史が証明している。政治が人間によって行われるかぎり、政党の“夜”の面を根絶することはできないし、またその必要もない。自分たちの首領を大統領乃至首相に押し上げて、各人もそれぞれ大臣などの役職につきたいという人間的な願望が、国益を推進しようという強烈なエネルギーの源泉となるのだ。政治家は権勢欲をきわめて露骨に顕示することが多いので、しばしば“文化人”などから軽蔑される。しかしいくらかでも人生経験を積めば、権力を蛇蝎のように嫌うと称する“文化人”の中に、政治家よりもはるかに陰湿な権力亡者が意外に多いことを確認できるはずである。>

 そういうことだ。

 <田中総理が辞意を表明して以来、自由民主党は後継総裁の選任について活発な動きを示している。どういう方法で新総裁を選出すべきかについて、私は発言すべき立場にないが、国民の一人として、また40年近く政治の歴史を学んできた学究として、若干の要望を表明することは許されるだろう。>

 そういう時期の文章だったのだ。

 <まず第一番に、私が強調したいのは、政党に“昼”の部と“夜”の部との両面が厳として存在することを率直に認めて、堂々と総裁の座を争ってほしい ことである。“金権”政治がよくないのはいうまでもないけれども、だからといって政治の本質が権力をめぐるたたかいであることまで否認しようというのは、偽善にほかならない。わが国には古来「満場一致」を求めるムードがあるが、イザヤ・ベンダサンをまつまでもなく、「満場一致」は全体主義であって民主主義ではない。

 時代を表わすのはイザヤ・ベンダサンの名前だ。山本七平ではないのだな、まだ。

 <第二番目に指摘したいのは、権力をめぐるたたかいが、単に人事やポストを中心とするものであるならば、“夜”の部だけになって、肝心の“昼”の部がぬけおちてしまう。総裁候補者たちは、国益を推進するための政策を争点として、話し合い、かつ争っていただきたい。>

 74年も今も……、と言いたいのだが、今は”夜”の戦いがなくなって久しいので、それはそれで政治の求心力がなくなる原因になっているのではないか、と思うのだ。

 <そこで第三番目に問題になるのは、今日の日本にとって、国益の推進とは一体何かという点であろう。明治の日本には「富国強兵」というわかりやすい国家目標があったし、敗戦後は、経済の復興と成長とが、その役割を果たした。しかも忘れてはならないことは、日露戦争までの「富国強兵」には、日英同盟に象徴されるような透徹した国際政治観の裏付けがあったし、戦後の経済成長政策は日米安全保障条約によって国際的に保障されていた点である。>

 リアルな国際情勢認識を基にしないと政治家はだめだ、ということ。先に公表された外交文書の佐藤栄作元首相の核武装発言や中国核武装への対処法をいかにするか、の発言など、今の政治家に求めるのが難しくなっているのではないか、と危惧するのだ。

 <今や、燃料、食糧、環境汚染、インフレーション等で八方ふさがりのわが国を指導する政治家は、何よりもまず世界における日本の位置づけについてもっとも明確な認識を備えていなければなるまい。>

 先の金権腐敗政治批判への言及といい、この国際問題の話といい、三木だけはだめだ、と言っているようにも見える。

 <自由民主党の総裁候補の中に、日米関係の死活的な重要性を理解していない人は恐らく一人も存しないだろう。問題は、従来通り、アメリカ合衆国に対して受動的でありつづけたり、またはその反動としてむやみに“自主性”を強調したりすることはないかという点にある。安全保障の問題一つをとっても、今までの日本人の発想法は、わが国に対して直接・間接の侵略があるか、もしあるとした場合どのように対処するのがよいか、また侵略を抑止するにはどうすればよいか、といった点に限られていたように思われる。これらの諸点は疑いもなくきわめて重要な問題であって、今後も真剣に取り組まなければならないだろう。>

 <肝心なことは、右のような発想法や取り組み方だけではもはや不十分だという点なのである。第四次中東戦争でアラブ諸国からの石油の輸入が止まりそうになった時、私たち日本国民は、世界各国の“相互依存”関係に深刻なショックを受けたはずである。「のどもと過ぐれば熱さを忘る」ようでは、“ひよわな花”といわれる日本は生き残ることさえ難しいと思われる。>

 当時は第1次石油ショックの悪夢が日本を襲っていた時期だ。その最中、このように突き放してものを考えられたのは素晴らしい、と思う。

 <自由民主党の新総裁が臨時国会で新首相に選出されることはほぼ間違いないとすれば、新総裁はまず何よりも世界の平和と安全に対するわが国の能力に応じた責任を自覚した政治家でなければならないのである。>

 35年前も今も同じだ。突き詰めれば、憲法9条問題も出てくる。

 <アメリカ合衆国やNATO諸国の立場に深い理解を示すと同時に、ソ連、中国およびアジア、アフリカおよびラテン・アメリカの開発途上国に対しても“相互依存”の観点から背伸びしないで堂々と話し合える政治家であることが望ましいわけだ。>

 多角的な外交をうまく進められる胆力の座った人物がほしいのは今も同じだ。

 <多士済済の自由民主党のことであるから、右に挙げた私の要望を満たす政治家は少なくあるまい。いたずらに危機感に酔うことなく、一日も早く新総裁が円滑に選出されることを私は期待する。そして田中総理の辞任という大きな犠牲を党の脱皮に最大限度に活用されることを念願してやまない。>

 田中角栄辞任はマスメディアの「金権政治」キャンペーンの結果だった。新聞はなるべく信濃川河川敷問題を無視しようとしたが、立花隆氏の文言春秋論文を問題視した外国の新聞が大きく取り上げ、日本の新聞も書かざるを得なくなって田中金権批判一色の世相となった。

 行過ぎた金権は批判されるべきだが、それだけではないだろう、という声が論文の背後から聞こえるようだ。

 ロッキード事件が追い打ちをかけ、田中角栄は政界に復帰できず、無念のまま死去する。そして、「金権政治」批判というパンドラの箱を開けた結果、それが日本の「正義」そのものとなったためか、その後のリクルート事件では首相候補者が軒並み失脚し、ポスト竹下の首相候補がいなくなってしまった。

 宇野宗佑、海部俊樹という竹下派に操られたパペット政権が続いた。これが日本政治の転落の始まりだったかもしれない。「政治家を批判するのはいいが、程度というものがあるだろう」という猪木氏の声が論文の後ろから聞こえてきそうだ。

 それにしても「昼の顔」、「夜の顔」とはうまいネーミングだと思う。

 最近、社民主義的な評論家たちの間で田中角栄再評価論が出てきて、興味深いのだが、あの「金権批判」をもう一度自己批判してからでないと、再評価は不十分なものになるのではないか、と危惧する。

 今の時代に読んでも心にしみる論文だ。

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宮内義彦社長参考人招致へ~産経新聞1月8,10日朝刊と朝日新聞10日朝刊から

 すべては鳩山邦夫総務相の1月6日夜の発言から始まった。

 「正義感を持って対応する。『李下に冠を正さず』ということは大事だ」。

 日本郵政がオリックスグループに「かんぽの宿」70施設の一括譲渡を決めたことに異議を唱える国民新党の亀井久興幹事長らが総務省に鳩山総務相を訪ねると、鳩山氏はそう言って契約撤回に向けて働きかける考えを表明した、という(産経新聞1月8日1面トップ<オリックス譲渡「出来レース」「経営の判断」/「かんぽの宿」新たな火種>)。

 オリックスグループの最高経営責任者(CEO)である宮内義彦氏が小泉純一郎内閣で総合規制改革会議議長などを務め、郵政民営化推進派とされるだけに「お手盛り」批判は否めない。産経新聞は「鳩山氏が野党の追及を見越して先手を打ったようだ」と書いているが、「適正な商取引」とはいえ、そう見られる危険性が十分あったのに、なぜ宮内氏はこんな判断をしたのだろうか。

 この問題はまだ謎がたくさん残っている。

 しかし、1月10日までの新聞を見ると、大体の輪郭は浮かんできたので、一応まとめておこう。

 事の次第は1月8日の産経新聞に詳しいので、エッセンスを書き出しておく。

 鳩山氏は1月6日夜、都内のホテルで開かれた「九州選出国会議員の会」を中座する際に記者団に「オリックスは立派な会社だが、譲渡に国民が納得するか。出来レースと受け取られかねない。率直にまずいと思う」と語った、という。これが始まりだった。産経新聞は、

 <唐突な発言に見えたが、実は鳩山氏は用意周到にチャンスを狙っていた。鳩山氏は昨年12月26日、新聞各紙の報道で譲渡話を知り「おかしいな」と思ったが、仕事納めだったこともあり、コメントは出さず、周辺に調査を命じた。調査結果を受けて、鳩山氏は①なぜオリックスなのか②なぜ一括譲渡なのか③なぜ不動産価格が急落しているこの時期なのか――の3点について日本郵政に問い合わせたが、納得のいく説明はなかったという。同時に鳩山氏は国民新党や民主党が国会での追及に向けて動き出したことを知り、「このまま問題を放置しておけば予算審議は大混乱になる」と判断し、異を唱えるチャンスを狙っていたようだ。>

 そういうことだったのか。

 もともと鳩山邦夫氏は郵政民営化には批判的な議員だったのだろう。

 亀井久興氏は郵政民営化反対で自民党を離党、国民新党を立ち上げた人物だ。小泉純一郎氏の呪縛が完全に解けたということだろう。

 安倍晋三政権で野田聖子氏らが復党し、平沼赳夫氏だけが残ったが、この時に郵政民営化の小泉路線の修正ではないか、と早くも言われていた。

 あれから約2年。水面下では郵政民営化に反対する勢力が相当に力を盛り返してきたのかもしれない。

 <宮内氏は平成3年(1991年)から18年(2006年)まで総合規制改革会議(現・規制改革会議)議長などを務め、行政改革や規制緩和の論客として数々の提言を行ってきた。郵政民営化の論議は経済財政諮問会議で進められたが、宮内氏も民営化推進派の一人とされてきた。>

 この略歴は正しいのか?

 鈴木善幸首相の1981年に第2臨調が発足し、土光敏夫氏が会長となり、それが1983年の第1次臨時行政改革推進審議会(行革審)、1987年の第2次行革審、90年の第3次行革審と進み、1994年には行政改革委員会ができた。

 そして、1996年の行政改革会議に引き継がれてきた、という歴史があり、この流れは97年の行政改革会議最終報告で内閣機能強化、内閣総理大臣の指導性の強化を打ち出し、この報告に基づいて橋本龍太郎政権が1998年に中央省庁等改革基本法を成立させ、2001年には1府12省庁が誕生した。

 この行政改革の流れの支流として生まれたのが規制緩和の流れだった。

 臨調・行革審の各報告書、答申にも規制緩和は盛られていたが、規制緩和に特化した形で1995年に行政改革委員会規制緩和小委員会が設置されて、規制緩和が本格化する。

 これはその後、1998年には行政改革推進本部規制緩和委員会、1999年の規制改革委員会、2001年の総合規制改革会議、2004年の規制改革・民間開放推進会議、2007年の規制改革会議と受け継がれて今に至っている。

 そして、1995年に発足した規制緩和小委員会の委員長から2006年10月に規制改革・民間開放推進会議の議長を草刈隆朗・日本郵船会長に交代するまで11年間にわたってトップの座にいたのが宮内氏だった。

 宮内氏がいかに橋本行革路線、小泉構造改革路線の内幕を知る立場にいたか、を物語る経歴だろう。

 たしかに小泉構造改革では経済財政諮問会議が「改革の司令塔」であり、総合規制改革会議はその下にある、という位置づけだったが、実は規制緩和の段取りを決めていたのは総合規制改革会議だった。

 構成員は経済界10人、学者5人で、労働界からの代表を入れずに、労働規制緩和を進めやすい体制を敷いたのが特徴だった。総合規制改革会議には奥谷禮子ザ・アール社長、佐々木かをりイー・ウーマン社長、河野栄子リクルート会長兼CEOという3人の人材派遣業トップも入っていた。

 面白いのは五十嵐仁「労働再規制――反転の構図を読みとく」(ちくま新書)に紹介されているエピソードだ。

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 1994年2月24日、千葉県浦安市舞浜の高級ホテル「ヒルトン東京ベイ」で大手企業トップら14人が日本的経営を提案するため泊り込みで激しい議論を繰り広げた。この「舞浜会議」で有名な「今井・宮内論争」が繰り広げられたそうだ。日本的経営対アメリカ的経営と集約されるその論争は雇用対株主価値、社会の論理対資本の論理、ステークホルダー論対株主価値論という内容だったようだ。

 そして、この論争を盛り込んで日経連の「新時代の『日本的経営』」が1995年5月に発表され、その後の市場原理主義的な規制緩和を導いた歴史的文書といわれるのだが、この報告書を書いた小柳勝二郎日経連賃金部長は「雇用の柔軟化、流動化は人中心の経営を守る手段として出てきた。これが派遣社員などを増やす低コスト経営の口実として抓み食いされた」(朝日新聞2007年5月19日朝刊)と語っている、というのだ。

 五十嵐教授も言うように「人中心」というのは「日本的」と近い概念なのだが、構造改革推進派(国際派)が都合のいい部分だけを抓み食いした結果、その言わんとしたことが逆の意味に転じてしまった、というのだ。

 週刊エコノミスト2007年1月30日号の「立案者が証言する『歪められた規制緩和』」で小柳氏は雇用のポートフォリオについて「固定的でなく柔軟に対応できるような仕組みで弾力的な働き方を根底に置いていた」として、「身分の固定化を意図したものではなかった」との質問には「その通りだ。報告書にもはっきり「書いてある。この点、誤解があってはいけないので、私たちも非常に注意し、いろいろな場で説明した。しかし、『このグループに入ったらこっちに行かれない』という話にすり替わってしまった」と述懐している、とあった。

 そして、五十嵐教授は抓み食いしたのが「平成の政商」といわれる宮内義彦氏と牛尾治朗氏だとズバリ書いている。

 宮内氏が規制緩和にかかわったのは最初は経済同友会の回り持ちの順番だったから、ということのようだが、それが自分のビジネスにも役立つと気づいたのだろう、という。

 有森隆+グループK著「『小泉規制改革』を利権にした男 宮内義彦」に「宮内は公人と私人(企業人)の立場を実に巧みに使い分ける。公人としては参入障壁が高い分野の扉をこじ開け、企業人としては先頭に立ってその分野に新規参入する。政治家や政府高官との結び付きを利用して経済活動上の利権を得たり、政策を自己に有利な方向に誘導したりする企業家を政商という。宮内は政商にほかならない」とある。

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 五十嵐氏は宮内氏が上からの改革を主導してビジネスチャンスを作り出し、経済活動の利権を得た、ことを重視し「これを改革利権という」と言っている。

 森功著「サラリーマン政商」では「かつて単なるリースを生業とするノンバンクに過ぎなかったオリックスは、規制緩和に合わせて業務を拡大させ続けてきた。いまやオリックスグループの機関事業に発展している不動産事業の成長はとどまるところを知らない。債権の買取総額が4兆3000億円に達したサービサー事業では、前年比5000億円増という驚異的な伸びを示している」と書いた。

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 宮内、牛尾両氏が所属する経済同友会と重厚長大産業のトップが多い日本経団連の路線対立が多くなり、今も続くのは底流にはこうした政商ぶりを嫌気した日本の昔ながらの経営者たちの矜持があるのあろう、と思う。

 そういう経歴を知っていると、産経新聞のこの経歴は不十分だ、と思うのだ。

 話を本題に戻そう。

 産経新聞は譲渡の経緯を書いていた。

 <日本郵政は昨年4月、年間約40億円の赤字を出している「かんぽの宿」譲渡に向けて公募を開始。27社が応じ、2回の入札を経て12月26日にオリックスの100%子会社であるオリックス不動産への一括譲渡が決まった。関係筋によると総額109億円で帳簿価額123億円を大幅に下回るという。>

 これだ。政商宮内の本領発揮じゃないか。

 <日本郵政は、かんぽの宿の事業を継承する子会社を設立し、4月1日にオリックスへ譲渡する予定だが、会社分割には総務相の認可が必要で、鳩山氏は「認可しないことも十分ある」と明言した。日本郵政の株式は100%政府が保有していることをテコに契約撤回を促す可能性も示唆している。>

 鳩山いいぞ、やれっ、という声が大向こうから聞こえそうだ。しかし、である。

 <ただ、自民党内の「改革派」には「経営の判断であり、どこがおかしいのか」(幹事長経験者)との意見も出ている。>

 きっと中川秀直氏だろう。こんなこと言うなよなぁ、と思った。

 <オリックスは7日、「当社が把握している限り、総合規制改革会議などの過去の答申中に郵政民営化というテーマは出ていない」とのコメントを発表し、宮内氏と郵政民営化の関係を否定。「一括譲渡は日本郵政が求めていた条件であり、オリックスは公正な手続きで譲渡契約を結んだ」(社長室)と説明した。日本郵政は「コメントできない」(報道担当)としている。>

 というのが記事のすべてだ。

 そういうことだろう。

 五十嵐氏の著書にもあるように規制改革会議では郵政民営化はやっていない。だから、いいだろう、とゴネているのだ。往生際が悪いなあ。これが適正手続きなのかどうか。国会で相当にやられるだろうが、デュー・プロセスという概念よりも株と同じくインサイダー取引にあたるのではないか、と思う。

 産経新聞の粘りはすごい、と思ったのは1月10日朝刊総合面<総務相「譲渡見直し」/かんぽの宿/民主、国民新も賛同>で民主党の枝野幸男衆院議員が宮内義彦氏の予算委員会への参考人招致を要求したことを書いていたことだ。

 民主党は来週以降、衆院総務委員会でも宮内氏の招致を求めるのだという。国会に引きずり出すことが大切だろう。ようやく小泉構造改革の負の部分への切込みが始まろうとしている。

 「100年に一度の大不況」などという脅し文句に浮き足立ってアタフタするのではなく、国民の財産が不当に安く政商に売り捌かれてしまうことを阻止できるかどうか、に注目しよう。

 こういう社会不安の時には政商はチャンスとばかり甘い汁を吸う。歴史で実証されている。小佐野賢治にしても児玉誉士夫にしても国民が敗戦に打ちひしがれていた時、軍の退蔵物資を横流しして戦後の富を手に入れ、自民党結党時にカネを出すことで、罪を問わない裏約束ができた。今も戦後の混乱期のようなものである。政商は舌なめずりしている。鳩山氏はいいことを言った、と思う。

 産経の10日朝刊に戻る。衆院予算委員会で「かんぽの宿」問題が取り上げられ、日本郵政の西川善文社長が参考人として出席した。国民新党の亀井久興氏の「不動産価格が下がる悪い時期になぜ焦って売るのか」と質問すると西川氏は「従業員が先行きの雇用を心配している。不採算事業なので、早く譲渡したい」と優等生答弁をしたそうだ。

 面白かったのは鳩山総務相の発言。宮内氏が議長を務めた政府の規制改革・民間開放推進会議(現・規制改革会議)が平成16年(2004年)8月の中間報告で「公的宿泊施設の廃止または民営化」を盛り込んでいた事実を指摘し「法的に問題はなくとも国民から『出来レースだ』と疑念を抱かれる」と述べたことだ。

 踏まれても潰されても死なない政商だから、このくらいの証拠ではギャフンと言わないだろうが、民主党が何か決定的な証拠を探せるのかどうか。期待したい。

 朝日新聞は1月10日朝刊政策面トップ<かんぽの宿どこへ/オリックスへの売却案に総務相異議/なぜ不況時に なぜ一括 なぜ民営化旗振り役に/郵政「不採算、負担」>で今までの論点を整理していた。スタンスは宮内氏寄りだ。というのも前文の最後の文が「赤字事業を抱え続けるという『重荷』を背負う」で終わっているからだ。

 大体、新聞記事のスタンスを見るには前文の結びの言葉を見ればいい。著者が言いたいことが凝縮されていることが多いからだ。この橋田正城という記者はなるべく公正に書こうと努力しているのだろうが、問題意識が足りないために、政府のスケジュール通りに進むかどうかだけを気にした文章になってしまっている。

 ただ、内容は詳しい。少しピックアップする。

 <かんぽの宿は法律で民営化から5年以内の譲渡、廃止が決まっている。そのため、日本郵政は昨年2月、専門家の助言を求めてメリルリンチ日本証券と契約を結んだ。4月には約3200人の雇用と全国70施設の維持などを条件に参加表明を募り、27社が参加。2度の競争入札を経て12月にオリックス不動産と約109億円で契約を交わした。>

 <かんぽの宿は年間40億円の赤字事業だ。07年度の宿泊者数は208万人。平均稼働率は約70%と高いが、もともと収益事業ではないため、客室単価が安く、赤字体質から抜け出せなかった。西川善文・日本郵政社長は「不採算事業で持てば持つほど負担」としている。かんぽの宿を抱え続ければ、毎年数十億円の赤字が積み上がるだけに、日本郵政は売却先の選定を急いだ。>

 これじゃあ、日本郵政の言うなりの記事じゃないか。

 <オリックス側も「かんぽの宿は団塊世代など110万人の顧客を抱え、様々な新商品を提案できる」と経営の立て直しに自信を見せる。かんぽの宿事業の実質的な資産価値は負債を差し引くと93億円。オリックス側の提示額はこれを16億円上回り、応札企業で最高値だった。両社は、適正な手続きを踏んだ上での売却契約であることを強調する。>

 そりゃそうでしょう。この資産価値は世界同時不況で不動産価格が軒並み下がっている中での価値なのか? そこが問題だと思う。今売る必要はないじゃないか。

 <鳩山氏が認可しなかった場合、売却契約は事実上白紙に戻ることになる。>

そうか。白紙に戻せばいい、と僕も読みながらだんだんと自分が過激になってきているのが分かるので、このへんでやめておく。冷静に考えてもおかしい、と思うのだ。

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2009年1月 9日 (金)

公務員改革でも連合は守旧派の面目躍如~産経新聞1月9日[正論]屋山太郎氏論文

 産経新聞1月9日朝刊[正論]は政治評論家の屋山太郎氏が<消費税の前に公務員改革がある>のタイトルで書いていた。行政改革、規制緩和論者ではあるが、公務員改革と消費税という古くて新しい問題にどう切り込んでいるのか、読んでみた。

 屋山氏は麻生太郎首相が組閣後の初の記者会見では「大胆な行政改革をやり、経済情勢が許すなら、3年後には消費税をお願いしたい」と語っていたのに、今回は来年度予算案作成を前に「3年後には消費税をお願いしたい」と、前段をすっ飛ばして語ったのはケシカラン、というのである。

 <歴代内閣は大胆な行政改革を公約してきたが、不可能だった。天下り法人は役所の人事の延長線上に位置づけられており、省くわけにはいかないのである。衆院調査局の調査によると、天下り法人は4600。そこに天下っている元官僚は2万8000人、そこに流れる資金は12兆6000億円に達する。企業が官僚を受け入れるのは談合や受注に都合が良いからで、日本ほど官僚がらみの談合の多い先進国はない。経済活動や社会活動を不健全にしているのが日本の天下りシステムだ。>

 と言うのである。

 <安倍晋三氏はこの“社会悪”の根絶には公務員制度を変えるしかないと国家公務員法の改正を断行した。これを引き継いだ福田内閣で渡辺喜美行革相が「公務員制度改革基本法」を成立させた。現在、この基本法に基づいて①公務員の定年延長(肩たたきをなくす)②各省の幹部人事の「内閣人事局」への一元化――を骨子とする法案作成作業が公務員制度改革推進本部(本部長=首相)で進められている。>

 安倍氏礼賛である。

 <中川秀直元幹事長は特別会計などの「埋蔵金」が50兆円あると主張した。財務省脱藩官僚の高橋洋一氏も「20兆、30兆円はあるだろう」という。与謝野馨経済財政相は財務省のまわし者よろしく「絶対にない」と断言していたが、超大型予算を組むに当たって財務省は手品のように何十兆円も出してきた。>

 これほど分かりやすい人もいないだろう。ここまで読んだだけで、いい人は安倍、中川、高橋。悪い人は与謝野である。

 <公務員制度改革はこの埋蔵金のような小さな一時的なものではない。麻生首相は「官僚は使うもの」「省益でなく国益を追求させよ」と号令した。しかし地方交付税1兆円、地方整備局、農政局の原則廃止など首相の指示はことごとく無視され、はね返された。官僚はポストを減らさず、自省の予算がふえることのみを目指す。麻生政治はシーリング(上限)を取っ払い、赤字国債の発行を抑えるという財政節度をも踏みにじった。100年に1度の非常事態だというからこの判断は認めよう。しかしいくら非常時でも公務員制度改革を骨抜きにする理由にはならない。首相が「3年後の増税」をいうなら、その前提に「公務員制度改革の完遂」がなければならない。>

 と、ここで公務員制度改革が出てくる。

 <社会保障を手厚くすれば大きな政府は不可避だ。しかしその政府は効率的でなければならない。国民はそこら中に無駄や談合、天下り法人がはびこっていることを知っているからこそ、増税に忌避反応を示すのだ。無駄や不正、不法排除の決め手こそが公務員制度改革だと首相は強く認識すべきだ。首相がリーダーシップを発揮できない官僚制度は憲法の趣旨である議院内閣制にも著しく反する。>

 官僚内閣制だ、と飯尾潤氏のような主張をする。

 <首相はこの公務員制度改革を甘利明行革相に丸投げした。改革推進本部には顧問会議が設けられたが、本部事務局はこの顧問会議には座長も置かず、報告や答申も求めない方針だった。官僚が改革案を作って事後承諾を求めようとの魂胆だった。これには顧問会議が反発し、御手洗冨士夫・日本経団連会長を座長に選出するとともに、桜井正光・経済同友会代表幹事をワーキング・グループの主査として、1カ月に8回の会議を開いて突貫工事を行った。

 そういう内情は知らなかった。私は知らないことが多すぎる。

 <締め切りだとされた昨年11月半ばに「中間報告」を出したところ、甘利氏は“政治判断”で締め切りを今年3月まで延ばした。当然、中間報告の内容を詰める作業は続行されなければならない。しかし甘利氏は「作業は事務方で詰める」という。115年ぶりの官僚改革を官僚の手に委ねるというのは正気の沙汰ではない。まな板の鯉に包丁を握らせて自分で捌けというのに等しい。>

 甘利氏はそんなことを言ったのか。そりゃあ、正気の沙汰ではないわなぁ。

 <この馬鹿げた方針に顧問である総務省のOB、労働省OBが賛同した。加えて顧問の高木剛・連合会長はスト権問題が片付かなければ人事院には手を触れさせないという。立法府の意志(基本法)はスト権も含めて解決することを求めている。連合と人事院が手を組み、全官僚がOBもグルになって、現状を墨守しようという。麻生氏は問題の本質を理解せず、甘利氏は逃げている。これでは日本は救われない。>

 ここでも連合は守旧派として指弾されている。連合、いいところないねぇ。

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赤木智弘氏の「人間爆弾」のような衝撃的な発言~毎日新聞1月9日朝刊[論点]より

 1月9日付毎日新聞朝刊オピニオン面[論点]が面白かった。[2009年日本への提言]というお屠蘇原稿みたいな、気のないタイトルなのだが、人選が▽茂木健一郎氏(脳科学者。1962年生まれ。東京大大学院修了。理学博士。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大連携教授)▽赤木智弘氏(フリーライター。1975年生まれ。論文「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」で話題に。著書「若者を見殺しにする国」)▽猪口孝氏(中央大教授=政治学=1944年生まれ。米マサチューセッツ工科大博士号取得。国連大上級副学長などを経て現職。今春、新設される新潟県立大学長に就任予定)の3人。

 年代も専攻も違う男性を揃え、何でも勝手なこと言ってよ、的な作りが目を引き、読んでみた。この欄の特徴で見出しが長い。この日も<生活を直撃する景気悪化、国の基盤を脅かす少子高齢化、財政悪化……。私たちにできることは>というものだった。そういうことをしゃべっている、ということだろう。

◆茂木健一郎・脳科学者は<内なる原理を磨こう>の見出し。

 <人間の脳は激動の時代乗り切る力持つ。他者と行き交う中で地道な自己省察を>という小タイトルがついている。

 <人間の脳は、長い進化の過程で、複雑に変化する環境に対して適応する能力を獲得してきた。神経細胞の結びつきが変わることで「習」が生じるが、そのプロセスは、永遠に完成形のない「オープン・エンド」なものである。どれほど激動の時代になったとしても、新しい状況に向き合う力を人間の脳は持っているはずなのである。>

 と脳科学者が混迷の経済とどうつながるか、を語った後に、

 <投資の現場では、しばしば「逆張り」ということが言われる。脳の学びのメカニズムを考えれば、逆張りの思想こそが時代にふさわしい。>

 と断言する。おやおや。大丈夫なのですか、そんなこと言って、と思うが、学者であり、政治家じゃないから何を言ってもフリーである。だが、

 <何の基盤もなしに時代の不確実性に立ち向かうのは難しい。脳の感情のシステムは半ば無意識のうちに「確実なこと」と「不確実なこと」のバランスシートを取ろうとする。「確実なこと」が積み上げられた分だけ「不確実なこと」に立ち向かう力を得られる。> として、

 <激動の時代であればこそ、自分の中で揺るぎない「プリンシプル」(原理)は何かということが問われる。どんな変化に巻き込まれても変わらぬプリンシプルがあれば、それを「安全基地」として時代の不確実性に立ち向かうことができるのである。>

 と話は進展する。

 <米国でオバマ氏の登場が米国社会に抱かせた希望は「すべての人は平等に創られている」という建国のプリンシプルに立脚しているからこそ、力強い。>

 として、「ひるがえって、日本のプリンシプルは何なのか? 私たちにとって、大切な価値とは何か?」と問う。

 <それは、日本という一国にだけ通じることではなくて、人類が共有できるものか? 不安のあまり、視野が狭くなったり、偽りの自負にとらわれていはしないか? 脳の中には、他人の行動と自分の行動を映し合う「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞がある。世界に広く目を向け、時に異質な他者に向き合うことで、自らの内なるプリンシプルを磨く。激動の時代を切り抜ける知恵は、他者と行き交う中での地道な自己省察の中にしかない。

 とお利口さん的な結論になっているのは味気ないが、これを読んで「そうだ、ファイトだ!」と叫べる人が一人でも出てくれば、茂木氏も納得するだろう。

 ただ気になるのは「日本だけで通じる視野の狭いプリンシプル」を否定するのに急過ぎると、ナショナルなものが欠けた日本人が量産されるのではないか、という点である。

 茂木氏の言いたいことはそうではないだろう、と思う。ナショナルにきっちりと足を踏ん張った上で国際的に通じるプリンシプルをつかめ、と言っているのだと思う。しかし、前段を省くと、根無し草の薦めと勘違いする人が出てこないか、と思った。それだけが気になった。

赤木智弘氏は<格差問題解決へ一歩>の見出しだった

 前文的な小タイトルは<重視すべきはベアより非正規雇用処遇/立場ごとの利害を丁寧に読む言論必要>である。

 赤木氏の論文は連合批判から始まる。昨年12月2日の連合中央委で「1%ベア要求」の09年春闘方針を決めたが、これは「今後の貧困問題を考える上で、重大な転換点だった」という。

 <連合は07年以降、非正規雇用労働の問題を精力的に扱っていた。昨年4月には高木剛会長が「主犯は経営者、従犯は労働組合」だったと非正規労働問題に対し内省的な態度を示した。それが昨年末「派遣切り」が問題になり始めた重要な時期に、彼らはベア要求を大きく掲げたのだ。>

 この高木会長の発言は知らなかった。

 <わずかばかりの物価の上昇と、職を失えば社会からはじき出される非正規労働者の問題とでは重要度では比較にならない。自分たちが非正規問題の「従犯」だと認めるのならば、現状でまっ先に課題とすべきは、ベアなどではなく、まず非正規の処遇だろう。

 誰でもそう思う。

 <かつてバブルが崩壊したときに雇用確保のために就職氷河期世代を見殺しにしたのと同じことを、彼らが再びしているように思えてならない。>

 見殺し、という厳しい言葉が飛び出すにはそれなりの理由があったのだ。

 <私はまったく悲観していない。それどころか、不況になってくれて、よかったと思っている。それにより社会の大勢には、弱者に対する同情心などなかったということが、ハッキリ示されたのではないか。…原因が分かっていた方が治療はやりやすい。…今回の連合によるベア要求は、格差問題がけっして「労働者VS経営者」という二元論に納まる問題ではないということを明らかにした。今後、現状の立ち位置をうやむやにしたまま「正規も非正規も関係なく、一緒に闘うべきだ」と共闘を訴えるだけの言論は説得力を失うだろう。>

 派遣村の経験を超えて、このような言論が出てくるのか、と溜息が出る。

 <それに代わり、正規労働者、非正規労働者、そして経営者など、さまざまな立場の人たちの利害関係を丁寧に読み解き、答えを出すための言論が求められるはずだ。「正規労働者と非正規労働者が対立している」という当たり前の前提が共有される流れが生まれれば、問題解決に向けた大きな進歩となる。>

 そういうことだろうなぁ、と思う。ただ、赤木氏はそれを問題解決に向けたプラス面だと評価しているが、いわゆる左翼勢力の中には「労働者分断工作だ、敵は経営者と株主だ」と言う人もいる。赤木氏の論の方が分かりやすい。そっちに流れるのか。そうすると、結構大変なことになって、収拾がつかないかもしれない。

 <就職氷河期という人災から、はや15年がたち、当時22歳だった大学生たちは、すでに40歳を目前にしている。40代の人間が、よしんば安定した生活を得たとして、20代、30代に失った時間を取り戻すことは不可能だ。彼らに残された時間は絶望的に少ない。彼らを救うためには、不況をてこにして経済成長を絶対条件とする「戦後日本」の社会システムの膿を、この機会に徹底的に絞り出すしかない。

 2.26事件を起こした青年将校を思わせる思考法だ、と思う。「丸山真男をひっぱたきたい」と同じノリの発言だろう。赤木氏や雨宮処凛氏が「9条の会」などでする発言がどういうハレーションを起こすのか、注目していたい。

◆猪口孝氏の見出しは<全天候型の人育てよ>。小タイトルは<グローバル化で必要な基幹人材に変化/小さなものの尊さしみじみわかる年に>。

 県立大学学長になる、ということで、「くたばれ帝国大学」論を展開し、グローバル時代には江戸時代の藩校のような県立大学がいい、と言う。その理屈はちょっと突飛だが、東大、京大の凋落は事実だ。
 ただ、猪口氏自身、たしか東大卒業だったと思う。そういう人に「県立大学はどうか。今は、ほとんどないに等しい存在である。誰も注目していない。大型旅客機たる帝国大学にくらべれば、たんぽぽの綿毛一本である」とまで卑下されるいわれはないのではないか。何か、ギラギラしたものを感じるのは眇目の私だけだろうか。
 やはり、赤木氏のインパクトの強さは並みじゃない。
 これから本格的な不況がやってくる。「持てる者」が内向きに固まってしまえば、「持たざる者」の反乱は想像を超えた大きさで起きるのではないか。そんな不気味な地鳴りを聞いたような気がした。

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外貨準備高が最高を記録~日経新聞1月9日夕刊から

 1月9日夕刊各紙は財務省が9日発表した昨年12月末時点の外貨準備高が1兆306億4700万㌦(約94兆円)と11月末比277億8600万㌦増加し、昨年3月末以来9カ月ぶりに過去最高額を更新した、と報じた。世界的金利低下に伴い、米国債の金利が低下(価格は上昇)し、ドル建てで保有する債券の時価評価額が膨らんだため、という。

 また、日経新聞夕刊によると①ユーロ相場が対ドルで上昇し、ユーロ建て資産のドル換算額が増加したことも寄与した②日本の外貨準備は昨年2月末に初めて1兆㌦の大台を突破し、3月末に過去最高となる約1兆156億㌦を記録した③2003年~2004年春の累計約35兆円にのぼる外国為替市場への大量の円売りドル買い介入を財務省が実施し、その際に貯めこんだドル資産が膨らんでいる形だ――ということらしい。

 これはいいことなのか、悪いことなのか? 野口氏の著書には出てこなかったなぁ。ただ、介入自体がいけないことだった、とあった。産業構造転換のチャンスだったのに、円高恐怖症ということで介入したために円安が続き、輸出産業の利益となり、その稼いだドルがアメリカに還流して米国消費者の過剰消費の原資となった、とあった。

 貿易黒字の話か思ったが、為替介入で手にしたドルは財務省証券として保有しているから、これこそ米国への資金還流。1兆㌦は100兆円。100兆円がまだアメリカで流動性として動いている、ということなのか。

 野口氏は米国債の価値が下がったので、日本は損をしたと書いてあったが、価値は上昇しているようでもある。このへんがよく分からない。本当に難しい。

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書評「世界経済危機 日本の罪と罰」野口悠紀雄著(ダイヤモンド社)

 野口悠紀雄著「世界経済危機 日本の罪と罰」(ダイヤモンド社、2008年12月11日第1刷発行、定価1575円)を読んだ。また帯の文句を写しておこう。<主犯アメリカに資金を供給し続けた”共犯者”日本。その結果として、この国を未曾有の大不況が襲う!輸出立国の崩壊で、本当の危機はこれから始まる。100年に1度とされる経済危機の本質は何か。その分析、今後の行方、そして今なすべき対策までを野口悠紀雄が緊急提言!いったい何が起きているのか?これからどうなるのか?この経済危機の本質を野口悠紀雄が解き明かす!>である。何か禍々しいぞっき本のようでもあるが、内容はしっかりしている。基本的には週刊ダイヤモンドに連載したコラムを集めて書き直した文章らしいが、ものすごく分かりやすい。

世界経済危機 日本の罪と罰 世界経済危機 日本の罪と罰

著者:野口 悠紀雄
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 表紙裏にも宣伝文句が書いてある。<日本は、「アメリカ発金融危機」の被害者などではない。危機は世界的なマクロ経済の歪みが生んだものであり、日本はその中心に位置している。成長率がマイナス数%になるような、未曾有の大不況が日本を襲う。本書は、それに対する警告である。>

 何かノストラダムスの大予言のような宣伝文句だが、野口氏のファンには慣れっこなのかもしれない。

 この宣伝文句で野口氏の言いたいことは随分と表わされていると思う。例によって、内容で面白かった部分をピックアップしておく。

▽本書の目的は起こった事件を単に列挙するのではなく、分析を行うことだ。新聞や雑誌は生じた事件を報道はしているが、分析は必ずしも十分でない。(P6)

▽前FRB議長のアラン・グリーンスパンが「100年に1度の津波」と言うのはけっして誇張ではない。とくに、日本の立場から言うとそうなのである。(P11)

▽2002年以降の日本の景気回復は、対米輸出の増大と、異常な円安という持続不可能な二つの要因に支えられたものだった。日本の貿易黒字はゼロになる可能性がある。アメリカ以上に急激な日本の株価下落は輸出立国モデルの崩壊を知らせる市場のシグナルである。(P19)

▽「改革によって日本が変わった」という説明はまやかしに過ぎず、日本経済の実態は古いままだった。輸出増は、日本の輸出産業の真の競争力増強によって実現したものではなく、輸出量の拡大と円安によって日本の輸出産業の価格競争力が実力以上に高まったことによるものだった。(P29)

▽1990年代の世界経済の大きな変化の一つとして工業製品の価格低下がある。これは社会主義経済が崩壊し、また中国などの新興国が工業化し、低賃金労働の活用で工業生産ができるようになったからだ。この変化で最も大きな利益を受けたのはアメリカだ。アイルランド、イギリス、北欧諸国などもこの変化によって受益した。

▽1980年代以降の日本経済に生じた最も顕著な構造変化は輸入構造の変化だ。かつての日本経済は原材料を輸入して工業製品の生産を行い、これを輸出するという基本構造を持っていた。これを反映して80年代はじめまでは食料・原材料輸入が総輸入の約4分の3、製品輸入が約4分の1という構成だった。ところが90年代になってこれらがほぼ同比重となり、現在では製品輸入の方が多くなっている。しかし、日本は新興工業国の発展という大変化の利益を十分に享受できなかった。むしろ逆に新興工業国との競争によって国内産業が疲弊した。それは旧来型の産業構造にこだわったからだ。07年の夏ごろでも日本の株式指数が90年の4割にしかならなかったことがそれをよく示している。(P33)

▽古いタイプの産業を支えるために、金融緩和と円安政策が取られた。本当に必要な構造改革は産業構造の変革だったのに、近視眼的なバイアスのために、全く逆の経済政策が取られた。「小泉政権は改革を行った」というが、経済の面から見れば低金利と円安政策で古い産業構造を温存したのである。それだけではない。異常なマクロ政策が長期にわたって継続されたため、それを利用する国際的な投機が発生した。それは、日本から高金利通貨国への投資資金の移動だ。それが今回の金融危機の一つの原因になっている。株価下落の主要な原因は「無理のある円安をこれまで続けてきた」という日本側の事情なのである。しかし、そのバブルは崩れた。現在起こっているのはバブルがなければ実現していたであろう状態への回帰に過ぎない。(P34)

▽1990年代の日本の不良債権処理は極めて不透明なかたちで行われた。不況が続く限り、資本注入で不良債権問題は解決できない。(P45)

▽「投資銀行モデルの終焉」と言われるが、「ハイ・レバレッジのビジネスモデルの崩壊」だ。(P69)

▽サブプライム・ローン問題の本質は本来行われるべき「資産の価格付け」が行われず、似て非なる「格付け」に全面的に依存したことだ。分散投資で回避できるのは「個別リスク」であり「市場リスク」は回避できない。格付けによって住宅ローン証券化商品のリスクを完全に評価することはできない。本来ならファイナンス理論や金融工学を利用して投資対象のプライシングを行うべきだったが、それをしなかったことが問題だ。(P78)

▽アメリカの90年代以降の経常収支の赤字は80年代後半とは違ってストップがかからず拡大を続けた。「アメリカが経常赤字を続けられるのは国債基軸通貨であるドル紙幣をするだけで外国からモノを買えるからだ]という人がいるが、これは違う。これは「アメリカはシニョリッジ(通貨発行権)を持つ」というが、変動為替制度では仮にドルが外国通貨に対して減価すればいくらドル札を印刷しても赤字をファイナンスできない。アメリカが赤字をファイナンスできるのはアメリカへの資本流入があるからだ。(P91)

▽日米貿易不均衡が継続しうるのは何らかの理由で日本が強制されているからではなく、またアメリカの軍事力が強いからでもない。日本が円安政策を取ったのは主として輸出産業の利益のためだ。これは「資本取引を通じた黒字還流」だ。

▽1980年代後半以降、アメリカ経済の順調な成長に伴ってアメリカ人の生活が豊かになり、それが過剰消費を生み、経常収支の赤字増大につながった。そこには郊外の豪華な住宅に住み、自動車で遠距離を通勤するという生活スタイルがある。ガソリンの税が安い。住宅取得の減税も半端じゃない。日本の10倍以上だ。マクロ経済的な観点から見れば「アメリカのガソリンと乗用車の使用、住宅への支出が世界標準に比べて過剰」なのだ。(P94)

▽アメリカの赤字が大きくなりすぎるとその持続可能性に疑問が持たれる。これが「ドル暴落の危機」だ。20年以上も前にポール・クルーグマンが警告していた。しかし、グリーンスパンが自叙伝「波乱の時代」で書いたように、クルーグマン理論への反対論が相次ぎ、実際、アメリカは赤字をファイナンスしてきた。ハーバード大学の国際経済学者リチャード・クーパーやFRB議長のバーナンキは04年、05年ごろに「日本人は働いて得た黒字をアメリカ人の贅沢な生活を支えるために使ってしまったが、貯めた金の使い道はそれ以外なかったのだから仕方ない」という趣旨のことを言っていた。随分馬鹿にされたものだが、そういわれても仕方ない政策を日本は取ってきた。日本の輸出産業にとってそのような世界経済構造が望ましかったのである。だが、貯め込んだ経常収支黒字を国内のインフラ整備に回せばアメリカ並みの住宅環境を実現できたはずだ。そのような潜在的な経済力を持ちながら経常収支黒字を生活の豊かさを実現するために使えなかった。その理由は経済政策が貧困だったからだ。そして、今なお日本はその状況から脱していない。日本の産業構造が大きく変わらない限りアメリカに資金を提供し、そして円安を維持することによってしか日本の企業は生き延びられない。貿易黒字に頼った成長はできないことが明確になったのに、それからの脱却が大きな摩擦を伴うために現実にはほとんど実現不可能である。(P105)

▽アメリカでは住宅を担保に自動車ローンを組む消費者が多い。住宅価格が値上がりし金利が低下すると住宅ローンを借り替えて借入額を増やすだけで返済額はそのままで多額の現金が手に入る(キャッシュ・アウト借り換え)ので、その大部分が新車の購入に充てられた。こうして住宅価格上昇が自動車購入を増やした面が強かった。ところが住宅価格が下落を始めるとこの条件が一変する。ローン審査が厳しくなって信用収縮が生じる。これまで車を買えた人が買えなくなる。これまでの対象者の40%がローンの対象外になるといわれる。だから自動車購入が急激に落ちる。(P107)

▽アメリカの経常収支赤字が巨額である限り、次々にかたちを変えた金融危機が顕在化するだろう。そのたびに日本の株価が下がるだろう。(P121)

▽ドル買い介入が行われた時、それを非不胎化するために貨幣供給量の増加を放任する必要があり、したがって量的緩和政策が必要になる。2001年に導入された量的緩和政策はデフレに対処するためと表向きは説明されたが、真の目的は為替介入による貨幣供給量の増加を放置することだったと考えられる。「デフレ脱却のために金融緩和を行う」というのは、単に正当化のための説明に過ぎなかったのだ。(P133)

▽実質実効為替レートで見ると2000年以降の円安は異常なものだった。にもかかわらず円安が大きな問題にされなかったのは①人々はメインクレーとに注目して実質レートを見ないから②アメリカが脱工業化を実現して製造業の利害が政治に反映されなくなった――ためだ。この結果、古い産業構造が円安で利益を得た。(P140)

▽ドル建て資産の4分の1程度は円高によって失われた。日本の対外資産は07年末で640兆円あり、そのうちドル建てのものが証券投資と同じ比率(41%)あるとすると、損失は63兆円程度だ。ユーロに対しても円高になっているので、それを含めれば損失はもっと拡大する。IMFが08年10月3日に公表した推計によるとサブプライム関連の金融機関損失の総額は今後数年間で約143兆円と予測されており、日本が為替変動ですでにこうむった損失は半分近くになる。今後、ドル安がもっと進むとさらに減価する。この損失を取り戻すのは不可能だろう。これは「史上最大のデフォルト」つまり「踏み倒し」と呼ばれることがある。ドル資産に集中して投資していた日本が愚かだっただけである。(P146)

▽世界経済は大きな転換点だ。新興国の世界経済に与える影響がこれまでの「供給の増加」から「需要の増加」にシフトしている。そのため長期的には価格上昇圧力が働く。(P165)

▽金の価値を基準と考えれば、今までに生じたのは「ドルの減価」であり、原油も農産物もさして価格が上昇したわけではない。(P165)

▽鉄鋼産業は原材料価格の高騰のためむしろ円高で収益が増えるような構造になった。これまで輸出産業はおしなべて円安を望んでいたが、いまや資産価格の値上がりでその一枚岩的な構造は崩れた。(P167)

▽アメリカの経常収支赤字が解決しない限り、混乱は収まらず、しわ寄せは日本と中国に集中する。日本の貿易収支赤字転換は不可避だ。5%のマイナス成長もあり得る。中長期的に見てより大きな問題を抱えているのはアメリカよりもむしろ日本だ。これからの日本は制御不可能な事態に直面する可能性がある。(P194)

▽円高こそが経済成長の利益を日本人が享受するための自然なルートだ。円高は日本人の労働価値が高く評価されることだからだ。日本の中核産業である輸出産業は政治や世論に対する影響力が圧倒的に強い。それゆえ、日本は円安を望むバイアスを持っている。金融緩和、円安政策を進めようとする勢力を抑え、方針を変更させられるだけの声が国民から上がるかどうかが日本の将来を決める。(P239)

▽日本経済が今回の危機を乗り越えるには為替レートが60円台になっても収益が上がる産業構造をつくること。資本面で国際的に開かれた国とすることだ。モノの輸出ではなくカネの運用によって国を支えられる時代においてはファイナンスの手法を習得し、対外資産の収益率を高めることが重要な国民的課題だ。そのために必要なのは高度な金融専門家の養成だ。これは日本の高等教育の中で最も立ち遅れた分野だ。(P246)

 大体、以上が気づいた点だが、疑問点もあった。というのは野口氏は食料自給率アップは必要ない、食料を禁輸されるなどということはありえないのだから、農業を構造改革して輸入に頼ればいい、という。たしかに野口氏のいうようにカロリーベースの自給率という概念は異常に数字が低く出るかもしれないが、食糧安全保障という問題をまったく考慮しなくていいのだろうか? この部分の疑問は残った。

 難しい数式の勉強も出てきて、いい頭の体操になる本だ。

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製造業派遣、朝日新聞は見直し論vs読売は苦しんでいる~1月9日の社説から

◆朝日新聞社説は「製造業派遣、規制の方向で再検討を」

 朝日新聞は1月9日の1本社説<派遣切り拡大の衝撃――雇用を立て直す契機に>で製造業派遣について「規制する方向で再検討」すべきだ、とのスタンスを打ち出した。毎日新聞が昨年いち早く打ち出し、東京新聞が次いで主張していたが、これで毎日、東京、朝日3紙の主張が基本線でそろった形になった。

 社説は「にわかに焦点となってきたのが、製造業への派遣労働を巡る問題」として「厚生労働省は3月末までに、少なくとも8万5千人の非正社員が職を失うとみているが、その3分の2が製造業で働く派遣労働者だ。工場の稼働は景気変動の影響を受けやすい。最も弱い立場の人々を世界不況が直撃した」との現状を説明。

 「当初は通訳のような専門的な仕事に限られていた派遣という働き方が一気に広がったのは90年代後半。国際競争の荒波とバブル崩壊後の不況が重なった時期に、企業は必要な時だけ雇える働き手をほしがった。『多様な働き方』の名のもとに規制は緩められた。その流れを加速したのが小泉政権である。そして5年前に製造業への派遣が解禁された」と派遣労働法の歴史を振り返った。

 朝日新聞が書くように「解禁が審議された当時は、失業率が戦後最悪の水準」だった。社説の「厚生労働相だった坂口力氏は『とにかくどんな形でもいいから働く場をという考えだった。景気が回復すれば正社員に戻ると期待していた』と後に語っている」という指摘は「へぇー」である。自公連立政権の大臣としてこの措置を決定した責任者の発言である。よく調べているなぁ。

 しかし、「失業率はその後、景気回復にも伴いかなり改善した。ただ、坂口氏の言葉とは逆に派遣で働く人々はその後も急速に増え続け、正社員からの置き換えが進んでしまった。社員を大事にする日本企業の価値観も、利益追求や株主重視という米国型経営に引っ張られて姿を変えた。一方で、肝心な働き手を守るしくみの整備は置き去りにされ、その結果生じた社会のひずみが一気に広がっている」と景気回復にもかかわらず、セーフティーネット問題が置き去りにされたことを重視する。

 そこで<■製造業派遣の再検討を>の見出しが出てくる。

 与野党、経済界の主張をさらりと紹介しながら「目の前の現実を見れば、立場の弱い派遣という働き方をここまで広げたのは、やはり行き過ぎだったと言わざるをえない」、「製造業の現場で派遣として働く50万人近い人々に失職の危機が拡大しないよう配慮しつつ、製造業派遣について規制する方向で、最良の策について与野党で検討を始めるべきだろう」と結論を出している。

 そして「解雇や派遣切りが、今ほど深刻な事態につながった原因は、非正社員を増やして雇用の流動化を進めながら、失業しても安心して次の職探しが出来るようなセーフティーネット(安全網)の整備を怠ってきたことだ。……期間工なども含め非正社員として働く人々は、一般的に失業した時の安全網が正社員よりもろい。失業手当や職業訓練を受けられる雇用保険は、これまで1年以上雇われる見込みがなければ加入できない仕組みだった。政府は、この要件を半年に短縮する方針を打ち出したが、それでも2~3カ月の契約を繰り返す細切れ派遣の人には適用されない」として「安全網からこぼれる人をなくすには、まず非正社員を原則としてすべて雇用保険に入れることだ」と要望している。
 「働き方を考え直し、雇用の仕組みをよりよいものに作り直すことは、日本経済を強くすることにもつながる。そんな視点を忘れたくない」という結びの言葉は経済界へのメッセージなのだろう。

 ここまで踏み込んだ主張をまとめるには時間がかかったのだろうが、こういう結論は正しいと思う。

 経済成長は戦後日本の国家目標だったが、いまや輸出産業をエンジンとした成長は期待できない時代になったのだ。成長を期待できる新規産業を育成しなければならないし、それには国家資源の集中が必要だ。

 戦後の傾斜生産方式は限りある国家資源を鉄鋼産業と石炭産業に集中させ、国家として成長の基盤を作った。通産省を創設し、国家ぐるみで日本製品を世界に売った。軽工業製品主体から重工業製品に、そして、自動車や精密電機のような高付加価値製品にと輸出産業の主流が移り変わった。

 いまや、傾斜生産方式を新規成長産業で行わなければならない時代になった。朝日社説も書いているように環境関連の産業などが対象である。太陽電池やエコカーなどもそうだし、自給率アップを考えた時には日本農業を抜本的に転換する新農業政策が求められているはずだ。

◆読売新聞は製造業派遣の取り扱いで苦しんでいるようだ

 一方の雄、読売新聞は論説委員会の議論が空転しているのかどうか、まだはっきりした主張を打ち出すには至っていない。1月9日社説も<衆院予算委 民主党は積極的に対案を示せ>という直接関係ないテーマの中で少しだけ触れている。

 「製造業への派遣規制は、やり方によっては、国際競争力や雇用確保にも影響する。経済界には、1人当たりの労働時間を縮めて仕事を分け合うワークシェアリングを検討する動きも出ている。日本の雇用体系をどうしていくのか。新たな産業、新たな雇用をどう創出するのか。中長期的観点からも論じ合うべきだ」という部分である。

 製造業派遣規制に否定的とも取れるが「やり方によっては」など逃げており、今後、派遣規制に舵を切る含みもありそうだ。どっちにも行けるスタンスを保っており、その苦渋が透けて見えるようだ。

◆ワークシェアリングを怖がる連合

 両紙ともワークシェアリングに触れているのだが、このワークシェアリングが「言うは易く行うは難し」なことを読売新聞などの経済面が書いていた。

 読売新聞1月9日朝刊経済面<「ワークシェア」どうする?/ゆらぐ雇用 割れる財界/経団連・日商トップに溝>である。

 御手洗冨士夫・日本経団連会長のワークシェアリング論について日本商工会議所の岡村正会頭は慎重姿勢を示した、というのだ。8日の記者会見で「検討には値するが議論が未熟で、(導入は)早計に過ぎる。デフレ不況下の日本でワークシェアリングが定着しなかった理由は多くの企業が採用している年功序列型な賃金体系が賃下げを伴うワークシェアリングにはなじまなかったためだ」と語ったという。

 <発言の背景には日商を組織する中小企業の多くで大企業以上に仕事量の減少が加速しており、ワークシェアリングの導入は現実的ではないという事情もあるとみられる。>

 と分析していた。面白かったのが連合のアタフタ、オタオタぶりである。高木会長は「日本経団連と協議の場を持てないか、と議論をしている」と語ったものの、8日の労使フォーラムで団野久茂副事務局長が記者団に対して「議論を否定するわけではないが、本当にできるか慎重に考えないといけない」と語ったというのだ。記事の次の解説が正しいと思う。

 <連合は今春闘でベア要求を掲げるが、ワークシェアリングは賃下げにつながるため、経済界からは「同時に要求するのは矛盾する」(財界関係者)という指摘もある。連合としては、経団連と踏み込んだ協議を行うのは難しいのが実情だ。>

◆内部留保を人件費にあてられないワケ

 参考になったのが日経新聞1月9日朝刊1面ワッペン[雇用]で西條都夫編集委員が<雇用と競争力両立探れ>だった。

 <日本の雇用の転機は01年度だ。松下電器産業(現パナソニック)は創業以来の「人減らしはしない」という慣行に決別し、希望退職に踏み切った。トヨタもベアゼロを決断。政治の世界では小泉政権が誕生、派遣労働の拡大など規制緩和を推進した。グローバル競争が激化する中、日本企業の構造問題といわれた「高コスト体質」「人件費の固定化」を是正する動きが本格化したのだ。>

 という<01年転換期説>はそれなりに説得力を持つ。今回の雇用ショックはその時以来の激震だ、というのだ。

 <前回は人件費の高い中高年が中心だったのに対し、今回は主に若年層という違いはあるが、過去の調整局面と比べても情勢は甘くない。>

 <長らく雇用の受け皿だった建設業は公共投資減少で疲弊した。好調だった製造業のつまずきで、雇用の四番打者が不在の状況だ。かといって業績の悪化している企業が雇用を抱え続けることもできない。円高で収益が圧迫され、減産を迫られる中での過剰雇用は企業の体力を奪い取る。それでなくても米国発の金融危機で金融市場は凍り付いている。>

 と情勢分析は進む。そして、「企業はもうけて、労働分配率が低すぎる」という批判に答えるつもりだろうか、次のように書いている。

 <内部留保を人件費に回せ」という議論もあるが、企業が雇用調整をためらえば社債の格下げのリスクなどに直面、資金繰りが逼迫する恐れすらある。ソニーのような巨大企業ですら例外ではない。>

 と書いている。そして、製造業派遣規制への反対論とその根拠を述べて、ワークシェアリングと当面の失職者対策を急げと書いている。ここでは2兆円バラマキを原資に仕事のない人の生活補助や職業訓練の費用に充ててはどうか、と提言している。

◆産経新聞はワークシェアリング論で勝負か

 面白かったのは製造業派遣の規制論に反対した産経新聞が1月9日朝刊1面トップのワッペン[雇用激震]で<「賃上げ」「非正規社員」置き去り/春闘 焦点はワークシェア>で今後、ワークシェア論を強力に打ち出しそうな雰囲気を出していたこと。昨日も書いたが、政治的にはワークシェア論は連合が困り、連合の支援を受けている民主党が困る、という構図になっている。

 産経新聞は製造業派遣問題についてはこの日の経済面トップ<派遣規制緩和見直し浮上/雇用不安定化も機会増/経営に柔軟性/欠かせぬ「功罪」論議>で社説の主張を側面援護していた。

 各紙の主張がこれだけ割れるのは久しぶりで、展開が面白くなってきた。

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2009年1月 8日 (木)

櫻井よし子さんの「今こそ戦後体制を正せ」実行するのは小沢氏だろう~産経新聞1月8日1面より

 櫻井よし子さんが産経新聞1月8日朝刊1面コラム[麻生首相に申す]で<今こそ戦後体制を正せ>とハッパをかけていた。マスメディアの集中砲火を浴びている感がある麻生首相に対して、

 <こんな時こそ、指導者は1㍉もひるまず、自分の使命に思いをめぐらすのがよい。…首相が肝に銘ずるべきは、天命と信念である。>

 と書く。さて、その「使命」とは? ここで麻生首相の祖父、吉田茂元首相が出てくる。

 <自民党総裁に選ばれたとき、首相は、祖父の吉田茂元首相に言及した。吉田がやり残した課題は、日本に真っ当な軍隊を作ることだった。危機に際して国土、国民を守るに十分な軍事力を整備することであり、外交の支柱としての軍事力を充実させることだった。

 これは、以前何かの本で読み、調べようと、吉田茂の著作を見たが、分からず仕舞いだった点だった。

 <「国防と治安を欠けば国家の存立は期し難い」「(憲法)第9条第2項の軍備否定の条項は、(中略)問題がある」と吉田は明記した(「世界と日本」)。

 そうだったか。「世界と日本」だったか。この本も見たのだが、分からなかった。

 <また、こうも書き残した。「日本のような島国では、国民の将来は海にある。海はいわゆる天空海闊、進退自由である」と。>

 広辞苑によると天空海闊とは「人の度量が空や海のように広く大きいこと」で、進退自由はあまり聞かない言葉だが、進退窮まるの反対で、進むも退くも自在、自由という意味だろう。海洋国家日本の政治学ということか。

 <日本は、吉田の願った9条改正も達成せず、天空海闊、進退自由の闊達な国家となるべきところを、打ちひしがれたかのように内向きの国家となり果てて今日に至る。>

 そんな日本に変化を求める動きがこれまで何度もあったのに、対応できなかった。今回はソマリア沖の海賊退治だ。櫻井氏は、

 <海上警備行動を発令しても、現在のように警察官職務執行法を準用するのでは十分な取り締まりはできない。私たちは現行法下での制約が、いかに自衛官を無意味な危険に晒してしまうか、いかに任務の達成が難しいかを、北朝鮮の工作船に対する取り締まりで十分に体験したはずだ。したがって、海自派遣の際は明確な武器使用規定の整備を欠かしてはならない。

 海上警備行動って警察官職務執行法だったのか。岸政権の際の総評・社会党による「オイこら警官」反対キャンペーンを思い出す法律だ。あくまで国内で、それも微罪に関する法律だろう。それを海賊退治に使おうというのか。びっくりした。

 櫻井氏の本領発揮はここからだ。

 <さて、ここからが麻生首相の天命である。国際社会の必要とする力を、日本も他国と協調して出し合うこの行為を、自衛隊を真っ当な軍隊と位置づけることにつなげていかなければならない。どこに派遣されても、日本の自衛官らは、イラクのサマワで実証したように、誠実に任務を遂行するであろう。彼らが十分に働けるように、明確な武器使用規定を整備して、ソマリア沖に派遣することが大切だ。

 <さらにもう一歩、麻生首相は気力を振り絞って、日本の姿を歪めてきた戦後体制を正さなければならない。それは集団的自衛権の行使を禁じている内閣法制局の憲法解釈を、真っ当な解釈に変え、同権の行使を可能にすることである。それこそが祖父、吉田以来の日本の課題の達成であり、麻生首相に託された天命であろう。

 そういうことなのか。そこに麻生首相の最後の仕事をもってこい、と。しかし、今のふらつく麻生政権にそんなことができるだろうか。

 息も絶え絶えだから。

 櫻井氏はだからこそ「信念を貫け」と主張する。

 岩をも貫く信念があれば、百万人と雖も、という意気込みを期待しているのだろうが、そういう政治情勢ではないと思う。

 麻生政権では無理なのだから、早く解散・総選挙をして小沢政権を作り、小沢首相に集団的自衛権問題を解決してもらうしかないのではないか、と私などは思っているのだが。

 櫻井氏は中国の脅威に触れる。

 <日本周辺諸国の激変に目を移せば、日本の対応は待ったなしだ。中国は正式に空母建造を宣言した。ウクライナから購入した「ワリャ―グ」を含めて中国自身が建造する2隻と合わせて、空母3隻体制の海軍大国、中国が、近い将来私たちの眼前に姿を見せる。アジア唯一の空母保有国となる中国は、従来にもまして、軍事力を背景に外交上の要求を実現していくだろう。>

 <中国はこれまでも長年にわたって東シナ海で日本の海を侵してきた。天然ガス田に関して、日本が試掘の可能性に言及しただけで、中国側は軍艦を派遣して対抗すると、複数回にわたって恫喝した。>

 <軍事力で支えられた中国外交は、すでに日本に対してその軍事力の果実を得てきているのだ。日本側は、首相自らが「お友達のいやがることはしない」と愚にも付かないことを語り、中国の日本への侮りを増幅させた。>

 <日本側が糠喜びした”共同開発”も現状維持の”合意”も、中国にとっては何の意味も持たない。覇気なき日本の姿に、中国側はさぞかし自信を持ってガス田開発を進め、樫(中国名・天外天)での掘削を続けたであろう。>

 その通りだ。中国がソマリアの海賊退治に艦隊を出したときの出陣式で鄭和以来、という活字が中国の新聞に躍ったことを思い出す。

 今、中国はナショナリズムの渦の中にある。日清戦争で優越した艦隊を持ちながら日本に敗れたトラウマは今癒されつつあるのだろう。そして、空母だ。空母を持つということの戦略的意味合いを日本の政府やマス・メディアは十分知らないのではないか、と私など思ってしまうのだが。

 <日本はあらゆる意味で足元を見られているのである。中国同様、米国の新政権も、日本の覇気の欠如に加えて、安全保障の法的基盤の未整備という国家とはいえない欠陥を放置し続ける我が国の足元を見ることだろう。>

 オバマ政権がなぜクリントン氏を国務長官に据えたのか。日本の足元を見て、クリントン政権で中国と蜜月を誇ったヒラリーに勝手に中国外交をさせる、という意味でない、と誰も断言できないだろう。怖い話なのだ。

 <だからこそ、首相は一連の対策に、全力で取り組まなければならない。それを成し遂げれば、祖父の志は実現される。首相の掲げた「自由と繁栄の弧」の旗も輝く。その一事をもって、首相は、自信の信念を貫き、日本の国益に資すること、十分なのだ。>

 愛国心の権化、櫻井さんらしい文章である。麻生首相に向けた文章だから、ちょっと引っかかるのあって、吉田政権で日米安保条約批准に全精力を傾けた小沢佐重喜氏の子どもに対するメッセージであってもいいのだろう。

 麻生氏には悪いが、ここまでのことはできないだろう。ただ、心配なのは今の民主党は万全ではない。旧社会党系の議員もまだ権力を持っており、そのうえ、民主党単独では参院過半数に至らないので、民主党政権となれば社民党などと連立になる可能性が高い。そうなると、憲法9条や集団的自衛権で思い切った方向転換ができない可能性もある。

 そうなって初めて政界再編が起きるのではないか、と思っている。財政支出の方式などでは政界再編は起きないだろうが、憲法9条、集団的自衛権では起きる。

 ただ、問題はそうした時、総選挙が行われると、有権者はまた土井たか子氏が昔叫んだような「日本を戦争に引きこむ改正には断固反対です。子どもを戦場に送らない」などという恣意的なキャンペーンに過敏に反応してしまうのではないか、ということである。

 1989年は政治腐敗と消費税という安全保障問題ではない問題だったが、土井たか子氏の叫びに国民は惑わされた。今回も朝日新聞は憲法改正反対」「集団的自衛権は認めない」とキャンペーンを張るだろう。有権者はそうした運動論的に感情を刺激する俗論を見分ける力があるのかどうか。まだ心配だ。

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製造業派遣禁止に反対する日経新聞、産経新聞社説~1月8日紙面から

 日経新聞と産経新聞が8日付社説で労働者派遣法の対象から製造業を除外すべきだ、という舛添厚労相や民主党、社民党、共産党の考え方に反対する主張を打ち出した。それぞれ経団連応援新聞、産業経済新聞としての立場から致し方ない選択だったのだろうが、変革への意志が感じられないのは寂しい限りだった。明確に製造業を除外しべし、としている毎日新聞や東京新聞とのコントラストがくっきり浮かび上がった。

 日経新聞社説<雇用激震に備え短期・中長期の対策急げ>は、

 <製造業への労働者の派遣事業が解禁された2004年以降、各地の製造現場では直接雇用の期間工などを派遣に置き換える動きが広がった。舛添氏の考え方、野党の案ともに細部は不明だが、04年以前の状態に戻すことを狙っているようだ。>

 として、

 <この規制強化は労働市場を不安定にする副作用がある。工場側にとって派遣社員は直接雇用の期間工を雇うのに比べ社会保険手続きなどを派遣会社に任せられる利点がある。働く側から見ると派遣制度がないのと比べ雇われやすい。また、すぐに仕事に就けるなどの理由で自ら派遣での就労を希望する人も増えている。そうしたことを考えると多様な雇用形態を残しておくことが望ましい。>

 と主張するのだ。大雑把に言えば、その根拠は①労働市場が安定する②工場側の利点③働く側も職を得やすいメリットがあり、派遣希望者が増えている――というものだろう。①②は会社側の都合であり、③が労働者側のメリットだ、というのだ。だが、本当にそうなのだろうか? 最近の新聞で見る派遣労働者の訴えとあまりに乖離していないか? 誰だって望んで派遣労働をやりたくはないが、正社員として雇われないので、仕方なく派遣で働いているのだろう。そして、日経社説は続ける。

 <日雇い派遣を原則禁止するために政府が国会に出し継続審議になった法改正案も問題が多い。派遣失業者にとって、今のようなときこそ一日単位で仕事を見付けられる日雇い派遣はありがたいものではないか。>

 驚くべきことに、日雇い派遣も禁止すべきではない、という主張である。派遣労働者は1日単位の労働の切り売りが望ましい、とでも考えているのだろうか?

 そして、次のように言う。

 <規制強化に走るのは賢いやり方ではない。国が真っ先に取り組むべきなのは、財政資金や雇用保険に積み立てたお金をうまく使い、緊急避難的に仕事を提供したり失業者が次の職場を遅滞なく見付けられるよう職業訓練をしたりすることだ。>

 後半部分はその通りだ、と思う。職業訓練の充実が求められている。ただ、日経新聞らしいと思うのは、公共事業の前倒し執行を求めていることだ。

 <各地域の経済活性化につながる道路の整備などを厳選して事業家を急いでほしい。首都圏では羽田、成田空港への時間距離の短縮に役立つ交通網などが対象になる。>

 というのだ。リチャード・クー氏だったか、公共事業の効用を説いており、その通りだと思う部分も多いのだが、誰かが言っていたが、どの公共事業を選ぶか、という時に省庁の意見が反映されると、実は後が大変なのだ。地方自治体の後年度負担が膨らみ、地方財政を圧迫するのである。だから、極端なことを言えば、穴を掘って、その穴を埋めるような公共事業でもいいから害悪を垂れ流さない公共事業をすべきだ、という主張をした人がいた。そういうことだろ思う。成田、羽田へのアクセスなど、将来の維持費まで考えて言っているのだろうか? 疑わしいと思う。

 非正規雇用者の安全網の充実をせよ、という。まさしくその通りなのだ。雇用保険の適用対象を広げることと職業訓練が例示されている。教育の充実で誰もが手に職を持てば一時的に仕事からあぶれても苦労せずに次の仕事に就く機会が広がるので、そうした基盤整備を急げ、というのだが、抽象論である。

 最後には御手洗冨士夫・日本経団連会長が提案したワークシェアリングに触れ、正社員と非正規社員について「同一労働・同一賃金」原則を導入するように求めるなどしている。この部分を写しておこう。

 <企業が社員をどれだけ解雇しにくいかを経済協力開発機構が指数化したところ、日本は正規社員が手厚く守られている半面、非正規社員の保護の度合いは著しく低いという結果が出た。同一労働・同一賃金の原則とともに、この格差緩和も考えなければならない。どちらかといえば正規社員の既得権益維持に熱心な連合に意識改革を望みたい。>

 このOECD調査の話は日経新聞8日朝刊3面<製造業派遣見直しに溝/与党 業種規制強化に慎重/民主 禁止検討へ方針転換>につけた奥村茂三郎編集委員の解説記事<性急な規制は逆効果/安全網の拡充急務>で詳しく説明してあった。つまり、OECDの08年版対日経済審査報告で「日本の正規労働者と非正規労働者の賃金格差は生産性の差をはるかに上回っている」と指摘し、「デュアリズム(二極分化)」の拡大を懸念している、という。

 日経らしいと思う。社説で打ち出すだけでは言い足りないと思って、社説が2面に出る日の3面にこの記事を掲載し、社説を読む際の手引きにしている。奥村論文は趣旨が社説と同じだった。記事の中には八代尚宏・国際基督教大学教授の「昔も今も製造業は景気変動の影響を和らげるために非正規雇用を必要としている。規制緩和前に戻れば今度は請負や期間従業員が職を失いかねない」という談話を使っているが、この八代氏こそ規制緩和会議などで派遣労働法の製造業適用に動いた張本人だ。張本人にまでご登場j願ってものを言わせるくらいまで規制緩和グループの人材は枯渇してしまったのだろうか。

 いずれにしても苦しい論理だと思うのだが、この問題は各社の論説室、論説委員会ともすぐにハンドルを切る、というわけにはいかない一貫した姿勢があったのだろう、と思う。今までの主張と整合させながら、どのように対処するか、である。その意味で日経新聞は相当に苦しい中でこの結論を選択したのだろう、と想像する。派遣労働者らからのバッシングは覚悟の上なのだろう。というか、派遣労働者は日経新聞をとらないから、読者が減るわけでもない、と達観しているのかもしれない。

 そういう日経新聞のスタンスは一応理解するとして、貧乏だが志だけは高く産経新聞を読み続けよう、と考えているちょっと右翼チックな読者も翼下に抱える産経新聞が同じ日に<製造業派遣 規制強化は慎重な論議を>の社説を掲載したのは正直、意外だった。

 主張の内容は日経新聞とほ同じである。

 <規制緩和は、国際競争の激化でコスト削減を求められた企業側の事情が背景にある。企業は短い納期で多品種少量生産を要求されるようになった。ただ、これは労働者側にも雇用拡大という形でプラスになった。ここ数年の失業率は4%台と低い水準だ。それなのに、非正規雇用者の失業が拡大したから、製造業派遣を禁止すべきだというのは乱暴すぎるだろう。派遣労働者を雇えなくなれば、企業は直接雇用に頼らざるを得なくなる。それは、人件費の増加を招くため、企業側はかえって雇用を減らす方向に動く可能性が懸念される。また、柔軟な雇用調整ができなくなれば、日本企業は人件費の安い中国や東南アジアなどに生産をシフトすることも考えられる。それは、国内全体の雇用を減らし、失業率の上昇を招きかねない。製造業をめぐる喫緊の課題は、雇用の維持である。それを労使双方が認識した上で、正社員と非正規社員が一緒に仕事を分かち合うワークシェアリングを含め、さまざまな工夫を凝らしてほしい。>

 というのが最も言いたい部分だろう。ここでも御手洗氏のワークシェアリング論に逃げているが、日経が最後に注文していたように、ワークシェアリング論というのは、正規社員の給与を下げ、非正規社員の給与を増やせ、という論である。連合にゲタを預ける議論であり、民主党の支持組織をいじめる、という政治的効果はあるかもしれないが、実現可能性はほぼゼロだろう。企業単位の労組の集合体であるナショナル・センターの連合が各企業内労組にそんなマイナスを押し付けることはできっこない。

 産経新聞はどうしてこんな社説を掲載したのか? ただ単に自民党の麻生政権を応援し小沢氏の民主党に反対するためだったら寂しすぎる。

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塩野七生さんの日本政治への提言、心して聞くべきだと思う~読売新聞1月8日朝刊から

 読売新聞1月8日朝刊1,2面の大河企画[大波乱に立ち向かう⑥]は塩野七生さん。あの「ローマ人の物語」の著者である。最新刊「ローマ亡き後の地中海世界」を今「なるほど、なるほど」と読んでいる最中なのだが、この読売新聞インタビューに出ている現代日本への憂国の情あふれる提言は背筋を伸ばして聞く価値がある、と思った。聞き手は文化部の尾崎真理子記者だ。

ローマ亡き後の地中海世界(上) ローマ亡き後の地中海世界(上)

著者:塩野七生
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 塩野氏のインタビューは

 <オバマ新大統領の登場は希望というより、「もう白人エリート層には任せておけない」という米国民の失意ゆえの選択ではないか。米国の覇権時代は、終わったような気がする。>

 というくだりから始まる。そして、覇権を引き継ぐ強力な国が見当たらない。

 <EUもロシアも中国も、あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量はない。>

 というのだ。逆に言えば覇権国家は「あらゆる宗教を受け入れて正義を貫く度量を持った国家」ということである。たしかに昔のアメリカはそうだった、と思う。

 <覇者たる帝国なき時代。それは世界を律する政治意志なき時代であり、中世のような無秩序への逆行を意味する。その証拠が、アフリカ・ソマリア沖などで急激に広がる海賊だろう。>

 まさに今、塩野氏の頭の中にはローマ帝国滅亡後の海賊の時代を描いた「ローマ亡き後の地中海世界」があるのだろう。当然、ソマリア沖の話が出ると思ったら、最初からその話だった。

 <私が通史を書いた古代ローマ帝国なら、無法な略奪行為など即座に鎮圧した。安全保障を帝国の至上課題とすることで、多宗教、多文化が紀元前1世紀から200年も繁栄し続けた。この「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が崩壊した途端、サラセンの海賊が地中海に出現し、暗黒の中世が1000年も続く。

 塩野氏は新著を海賊の定義から始めている。そして、公認の海賊、無法の海賊と分けていた。そして、現代の海賊は近代国家を切り崩す危険も孕むので早急に駆逐しなければならない、という。

 <大国が悪の網に加担する疑念は、徹底的に糾弾すべきだ。困窮する国の無法者やテロリストを抑えるには、正当な経済援助しか結局は有効ではない。>

 として、そこに日本の出番があるのだ、と説く。

 <我々は覇権を持つ国ではないが、いまだ経済大国として、いい位置にいる。途上国や紛争地域の発展に貢献するために、持続的な国際協力活動を可能にする法整備を急ぐべき時だ。>

 というのは異存ない。ただ、識者の中には日本の経済大国としての命もあとわずかだ、という人も多い。90歳を迎えたシュミット元西ドイツ首相もそう言っていた。時間はない。

 <帝国なき時代は日本の好機かもしれない。法の正義を順守して、手堅く生き延びたベネチア共和国のように、キラリと光る国になってはどうか。>

 ここからが塩野氏の提言である。「海の都の物語」(1980年)で塩野氏はベネチアの歴史を書いたが、

 <高度成長を果たした日本と重ねた読者も多い中で、真意を見抜き、自省した識者もいた。「我々にはベネチアが重視した情報政策も、外交手腕もなく、自国の強力な海軍もないではないか」と。その課題は今も残されている。>

 と言うのだ。塩野氏が言うように古代ローマもベネチアも状況に応じて法を活用する懸命な政治を行ったから生き残れたのだ。しかし、と塩野氏は続ける。

 <日本の現状は百年に一度の経済恐慌というが、それ以上にわが国の政治危機は深刻だと思える。>

 として、経済危機よりも深刻な日本の政治危機がどういうものか、説明する。

 <自由市場に任せれば、ひずみは生じ、格差は拡大する。ひずみとはエネルギーの浪費であり、政治とは、ひずみを法で軌道修正する手段のこと。スピードだけで勝敗をつけず、効率よくエネルギーを使い全員がゴールに入るよう調整する。それが政治本来の役割なのに、日本の政治家はその調整能力をすっかりなくしている。

 「政治とは何か」である。塩野氏の言葉は重い、と思う。政治家はこの記事を読んでいるのだろうか? 是非各政党で議員に記事のコピーを配ってほしい。読んでも理解できないような議員だったら、国会議員を辞めていただいたほうがいい、と思う。そして、塩野氏の提言である。

 <思い切って言うが、人材払底のこの危機を大連立内閣で乗り切ってはどうか。5年限定でよい。ベネチアの十人委員会のような非常時の超党派体制を組み、まず経済政策を一本化させる。憲法9条の改正も、大連立で視野に入ってくる。民間の海外進出を自衛隊が護衛できるよう法を整備し、日本企業の生産拠点が途上国に増えれば、国益はもとより世界経済、ひいては「中世」への逆行を食い止める重要な役割を、我が国が果たすことができる。

 随分と思い切って言ってくれたものだが、全面的に賛成である。言い難かっただろうと思う。日本にはまだ丸山真男信者も多く、心情的進歩的文化人を崇拝する伝統が消えておらず、改憲といえば非国民と石もて追われる雰囲気がある中で、言いたいことをズバリ言った、という感じだ。

 <徳川幕府の太平の世に独自の文化が開花し、今のクール・ジャパンの源泉となった。反面、外交能力は失った。産業分野を「士農工商」で再考すれば、忠君一辺倒の「士」の精神はもはや役立たない。他人の資金で儲ける「商」=ファンナンスの才も薄い。「農」には未来がある。若者を引きつけるベンチャー的手法を取り込めば活路は開く。

 なるほど、と思う。目から鱗が落ちる感もある。武士道とかまた見直されており、何か違和感があったのだが、こうズバリ言われると納得である。商業的センスは薄いのだろう、日本人は、確かに。そして、「農」重視は私の年来の考えと一致している。塩野氏が言うように若者を引きつける魅力がなければならない。これを実現するのは大革命を起こすように難しいことなのだと思うのだが、だからこそ、大連立をしろ、と言っているのだろう。つまり産業構造の大転換が必要なのだから。

 <だが、何といっても日本は「工」の国だろう。トヨタ、ソニー、ホンダなどの工業製品は、やはりこの国最良の才の産物。実体経済の要である工業の発展に、心を寄せようではないか。ホンダのF1撤退も、リーダーの英断と評価したい。エコ車の開発に資金を集中させれば、地球全体が恩恵を享受できる。日本は技術力で覇権を握ればいい。

 そうではあるが、それがまた難しいのでしょう。塩野氏が書いているように、製造業は今後、もっともっと途上国に工場をシフトしていくだろう。それを守る海軍を充実し、情報ネットワークを整備することで若者の雇用はある程度吸収できるだろうが、よく産業界で言われるような高度付加価値製品だけ日本国内で作る、とか、研究開発分門は海外移転しない、という仕分けが本当に長年続く保証があるのかどうか。僕は結局は高度付加価値製品まで海外で作るようになる、と思う。日本の青年には語学教育を徹底して仕込み、そういう海外拠点での監督責任者になる教育をしなければならないかもしれない。この辺、ものすごく難しい点だと思う。

 <ルネサンス期の思想家マキャベリ同様、「実際に行動を起こす人のために」、私は歴史エッセーや小説を40年以上書いてきた。現在、海賊と政情不安と干ばつに苦しむ北アフリカも、古代ローマ時代は帝国の下水道が敷かれた緑地帯だった。「人間は食と安全が保障されれば、略奪せず何とか自立できる存在だ」とだけは言っておきたい。人間の意志と実行力こそ、帝国なき時代の平和という奇跡を生む。正義なき宗教への妄信が、それを生むのではない。

 政治家諸兄は心して読んでくれただろうか。読売新聞のこのシリーズ、いいなぁ。

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2009年1月 7日 (水)

90歳のヘルムート・シュミット元西独首相の予言「日本の対中経済優位はあと20年だけ」~読売新聞1月7日朝刊から

 読売新聞1月7日朝刊1面~2面続き物[大波乱に立ち向かう⑤]でヘルムート・シュミット元西ドイツ首相が登場していたので驚いた。「まだ生きていたのか」の驚きである。人物紹介を読むと、独ハンブルク出身。大恐慌時に少年時代を過ごし、第2次世界大戦で軍務に就く。戦後、社会民主党入党、ハンブルク大卒。国防相、財務相を経て1974~82年首相。90歳とあった。やっぱり昔々の人だった。しかし、言っていることはボケていない。

 写真を見ると、ハンブルクの自分の事務所の執務机の前でインタビューを受けているようで、左手の指にはタバコを持っている。ヘビースモーカーのようだ。タバコを吸っても90歳までしっかり元気に生きられる見本のような人だ。

 世界金融危機への対処を主に聞いているので、そういう話題が多いのだが、面白かったのは彼の「日本論」だった。主な発言を書いておこう。聞き手は欧州総局長の森千春記者だ。

▽世界経済・政治の重心は明らかに北米から東アジアあるいは太平洋地域に移りつつある。特に中国、インドの重要性が増し、米国の重みが減少してきた。

▽中国は、若い層の教育に多大な努力を注いでいる。欧米で大学教育を受けた中国人が帰国するのは、自国の経済の未来を信じているからだ。内政上で不測の事態がなければ、中国は今後40~50年で、テクノロジー面では、最先端に到達すると思う。

▽私はこれまで21世紀に世界的影響力を持つ大国の顔触れを「米国、中国、ロシア」と予測してきた。ロシアを挙げるのは、バルト海からベーリング海峡まで延びる世界最大の国土と地下資源を有し、強大な軍事力を保有しているからだ。

▽欧州連合(EU)は少なくとも21世紀前半にはこうした世界的大国の一角を占めることはない。

民主主義、人権といったいわゆる西側の価値観は、もっぱら西側諸国のもので、アジアでは通用してこなかった。日本は例外だ。今後も、西側の価値観は、アジアでは大きな役割を果たさないだろう。中国には、4000年の文化があり、儒教や道教が受け継がれてきた。21世紀の世界で異なる価値観が存在することは、事実として受け入れなくてはならない。

▽西側の人々は、アジアやイスラム圏の人と対話するためには、自分たちの価値観の源泉を知っていなければならない。西側の価値観の由来をキリスト教に求めがちだが、キリスト教の教えには民主主義も法治国家も人権も出てこない。こうした価値観は「啓蒙主義」に源泉があり、200~300年の間に人々の意識に定着した。その結果、欧州諸国は19世紀末から20世紀にかけて「すべての人の福祉」を目指す経済のあり方を志向した。

▽日本の未来を考えるうえで、ドイツと比較したい。両国はともに第2次世界大戦後の半世紀で、当初想像もできなかった経済的成功をおさめた。大きな相違点はドイツがEUの中に根付いているのに対して、日本は近隣諸国から孤立していることだ。政治家をはじめとする日本の指導者たちには隣人と友好的な関係を打ち立てようとする努力が不足していたと思う。ドイツは戦後、近隣諸国との間である程度友好的な関係を構築できた点で、日本より幸福だ。

中国と比較した場合の日本の経済的先進性は、20年もすれば意味がなくなるだろう。日本は自国の経済的優位にあまりにも長く依存してきたのではないか。その優位は、消滅しつつある。

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民主が製造業派遣禁止法案提出へvs経済界首脳発言集~1月7日朝刊各紙から

 昨日、小沢一郎氏の決断が待たれる、と書いたが、どうもすでに小沢一郎・民主党代表は労働者派遣法の製造業への派遣禁止を内容とする見直しを党幹部に指示していたらしい。詳しく読まなかったので分からなかったが、すでに朝日新聞が6日朝刊1面<製造業派遣 見直し焦点/規制案、民主検討へ/首相は慎重姿勢>で書いていた。見落とした。

 朝日6日朝刊によると、

 <民主党も製造業派遣規制に踏み込む。同党は労働組合を支持基盤とするだけに、これまでは「さらなる失業を招きかねない」と消極的だったが、予想を超える雇用情勢の悪化で方針転換を迫られた。共産、社民、国民新各党はかねて製造業派遣原則禁止を掲げており、小沢代表は4日、「4野党でしっかりまとめないといけない」と党幹部に指示。野党共闘を優先し、法改正の検討に入ることになった。>

 <民主党政調幹部は「製造業で派遣切りが相次いでいることは事実。年度末の決算期に向けてさらに派遣が厳しい状況になるのは間違いない。そのままというわけにはいかない」と明言。派遣労働者への雇用保険適用などセーフティーネット強化策とあわせて検討する。菅直人代表代行は5日、「派遣村」の参加者らと国会内で開いた緊急集会で「まさに人災。大きな責任が野党を含む政治にある」と強調した。>

 とあった。あまりに大きな記事なので、読み飛ばした。なぜ気づいたかと言えば、読売新聞1月7日朝刊政治面2段記事<製造業派遣禁止法案 民主提出へ>に目が行ったからだ。最初は勘違いして読売新聞の特ダネかと思ったが、それにしては扱いが小さいので疑問に思って昨日の新聞を読み返して、気づいた。

 読売新聞の記事内容は朝日新聞と同じだった。小沢代表が指示した相手が菅直人代表代行だ、と特定していたのが新しいくいらいだ。

 1月7日朝刊で目立ったのが経済3団体の新年パーティーとその後の3団体トップの共同記者会見を報じた各紙の記事だった。経済人も苦しんでいるらしい。各紙が報じた発言をピックアップしておこう。まずは朝日新聞1月7日朝刊経済面<経営者に聞く/製造業派遣見直し「性急」/給付金の効果疑問視>から。

 桜井正光・経済同友会代表幹事は「製造業を派遣対象から排除するのは行き過ぎだ。(失業者らに対する)セーフティーネット(安全網)の充実など手直しを考えるのが重要だ」。

 岡村正・日本商工会議所会頭は「うまく機能している時は、従業員は仕事の選択ができ、企業は繁閑期の労働調整ができた」と製造業派遣の意義を強調した。

 御手洗冨士夫・日本経団連会長は「(製造業派遣は)働き方の多様化というニーズに対応してきた。将来の環境変化に対応するため政労使で法制の見直しをしていけばよい。ワークシェアリングも一つの選択肢で、そういう選択をする企業があってもおかしくない。時間外労働や所定労働時間を短くすることを検討することもありうる」と雇用の実情に応じた検討の必要性に言及した。

 池田弘一・アサヒビール会長は「(見直し論は)性急すぎる。もし製造業派遣を規制すれば(企業はかえって人を雇わなくなり)失業率が高まる」。

 槍田松瑩・三井物産社長は「バランスのとれた柔軟な雇用の仕組みがなければ、製造業は海外に逃避する」。

 経営悪化を受けて大幅な人員削減に取り組んでいる中鉢良治・ソニー社長は「議論が内向きになりすぎている。日本の国際競争力の低下は避けなければならない」。

 一方、これをきっかけに労働法制のあり方を見直すべきだ、という指摘もあるという。

 鈴木敏文・セブン&アイ・ホールディングス会長は「正社員、非正社員という分け方が正しいのか、考える時期にきている」。

 元産業再生機構専務で現在、経営共創基盤の冨山和彦代表取締役は「非正規社員に対する保護を強化する一方で正社員の保護をもっと緩めるべきではないか」と提案した、という。

 読売新聞7日朝刊2面<ワークシェアで雇用維持/経団連「選択肢の一つ」>で、

 <ワークシェアリングは、2002年の不況期に、政府と日本経団連、連合が進めることで合意した。その後、景気が持ち直したため、企業で導入する動きは広がらなかった経緯がある。>

 として、別稿の[クリップ]で、

 <ワークシェアリングとは幅広い年代層の社会参加を促すため、1980年代からオランダなど欧州を中心に普及した。日本の大手企業では日立製作所やシャープなども一時、導入したが、現在ではほとんどの大企業が制度を打ち切っている。>

 とあった。読売新聞はまた、経済面<経団連ワークシェア言及/雇用改善 財界も模索/背景にリストラ批判>でこの財界新年会の発言をまとめていた。

 面白いのは経済3団体トップの発言内容の重点の置き方が朝日新聞と違っていることだ。読売は以下のように取り上げた。

 御手洗氏は記者会見で経団連、経済同友会、日商が協力して雇用問題に取り組む考えを示し「新たな雇用を生み出すため、イノベーション(事業革新)により高付加価値の製品を生み出したり、新しいサービスを作りたい」と述べ、岡村氏は「環境関連の分野がポイント」と指摘した、とあった。

 産経新聞7日朝刊は政治面<製造業への派遣規制/政府・与党内に溝/野党は格好の攻撃材料に>とまとめていたが、内容は今まで出た発言の羅列だった。

 東京新聞は7日の社説<製造業派遣/禁止に踏み切る時だ>で昨年、毎日新聞が社説で打ち出していた労働者派遣法の見直し論に同調していた。ここに統計の数字があったのでまたメモしておく。何度かメモした数字と同じ統計だ。

 <派遣労働者は労働力調査によると07年で約133万人。厚労省調査では07年度に派遣労働者として働いた人は約384万人。そして製造業派遣は約50万人とされる。禁止する場合には受け皿づくりが必要だろう。>

 という数字だ。133万人と384万人の関係は実数と延べ人数の違いか? 東京新聞社説の主張を写しておく。

 <今国会では継続審議となっていた労働者派遣法改正案が審議される予定だ。日雇い派遣の原則禁止などを盛り込んだものだが、この際、与野党間で協議して法案の修正を検討すべきである。>

 というものだ。そして、経済界の慎重姿勢について次のように述べている。

 <経済同友会などは製造業派遣の禁止に対して国際競争力の維持が困難になると強く反対する構えだ。禁止すれば海外移転が進み失業者は増えるとも指摘する。大事なことは経営者の姿勢だ。ある大手電機首脳は「日本企業の強さは人材にある。経営者はぎりぎりまで雇用を守るべきだ」と安易な解雇を戒めている。>

 経済界の言い分に対して、説得力のある反論になっていない。

 毎日新聞7日朝刊3面[クローズアップ]<財界「我慢の年」/トップ年初の声>もパーティーの一言集。

 下妻博・関西経済同友会会長は「減産で人が余ったからといってすぐ解雇というのは短兵急だ」と。

 数土文夫・JFEホールディングス社長は「日本の法人税は世界に比べて高い。それに加え雇用も維持しろ、非正規社員制度を廃止しろと言われたら、(他国の企業と)同じ土俵で相撲はとれない」と語った、という。随分と本音をしゃべっているなぁ、という感じだ。

 流通業界の意見はどうも違う。さきほどのセブンイレブンではなく、今度は新浪剛史・ローソン社長。「われわれは人が集まらなくて大変な状況にある。産業間のアンバランスが課題だ。自社の採用は積極的にしていく」と言っている。

 そういうことなのだろう。輸出産業、つまり製造業は今後も減産を繰り返し、縮小する傾向にある。しかし、内需は振興すべきだということで、特に流通業と農業は政府が力を入れて新興するだろう。その雇用の調整が今後、政治、経済界、労働界が力を合わせてやらねばならない仕事なのではなかろうか。

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2009年1月 6日 (火)

「覇権」生んだ「派遣」の法的弱さ+年越し派遣村引越し+舛添発言~日経1月5日朝刊、毎日6日[経済観測]、朝日6日まとめ記事

◆日経新聞のQ&Aでお勉強

 日経新聞1月5日朝刊[MONDAY NIKKEI 法務]の[リーガル3分間ゼミ]に<Q派遣契約を中途解除された…/A「登録型」の法的立場弱く>という記事が掲載されていた。派遣契約の仕組み図付きである。

 日経のお得意な[ポイント]がついており、①派遣契約は派遣会社と派遣先の企業との企業間の契約②残った期間の賃金について派遣元への請求権はある――とあった。これだけでは分からないだろうが、記事は案外丁寧で、分かりやすかったので、理解した部分だけまとめておこう。

 まず、非正規労働者には派遣労働者と期間労働者がある。

 期間労働者(期間工)は企業と直接「有期雇用契約」を結んでいるため、労働契約法に基づき、契約期間中の解雇は、やむを得ない理由がある場合でなければ解雇できない。解雇する場合も正規雇用と同様、労働基準法に基づき、少なくとも30日前までの予告が必要とされている。

 一方、派遣労働者は派遣元である派遣会社と「有期労働契約」を結んでいる。派遣会社は派遣先企業と結ぶ「労働者派遣契約」に基づき派遣する。だから、派遣労働者と派遣先企業とは実際には直接の雇用関係はない。

 契約打ち切りについて厚生労働省は「法律上は派遣会社と派遣先企業との民事契約の問題」という。厚労省は派遣先企業に対して①派遣会社への事前通知②派遣労働者の就業斡旋――を求めているが、小川英郎弁護士は「派遣会社にとって派遣先は顧客なので、派遣切りをされても抗議しにくい」と指摘している、という。

 派遣労働者は「常用型」と「登録型」に分かれる。

 「常用型」は派遣会社と継続的な雇用関係があり、派遣先企業から契約解除されても派遣会社との雇用関係は継続する。解雇についても期間工同様に保護されている。

 しかし、派遣労働者の大部分は「登録型」だ。この「登録型」は労働者が希望と合う業務があった場合に派遣先企業で働くため、派遣先が契約解除すると、雇用関係を打ち切る派遣会社もある、と書いている。小川弁護士は「法的な立場は極めて弱いが、残りの期間の賃金について派遣元への請求権はある」と指摘しているという。

 「登録型」であっても派遣元に実態がなく、派遣先が労働条件を決めている場合などについては小川弁護士は「派遣先と労働協約が成立していたとみなすべきケースもある」とするが、裁判で争って派遣先との雇用関係を認められるようなケースはまれだそうだ。

 「登録型」でも①同じ派遣会社で1年以上反復継続して雇用②所定労働時間が週20時間以上――の場合は雇用保険の対象となるので、失業給付の受給資格があるかどうか確認したほうがいい、というアドバイスで記事が終わっている。

◆毎日新聞[経済観測](三連星さん)の視点はしっかりしている

 毎日新聞1月6日朝刊[経済観測]は三連星さんが<派遣が生んだ覇権>でワープロで「ハケン」を変換したら「覇権」が出てきたが、今後は「派遣」が出てくるようになるだろう、という話から始めている。僕の場合、最初から「ハケン」は「派遣」だった気がするが、それはいつも「派遣」の言葉を打ち込んでいるからなのだろう。初期化されたATOKやMSの辞書では、「覇権」の使用頻度が「派遣」より多い、と想定していたのは当然だと思う。今が異常なのだから。コラムであり、少し斜めからものを見ているが、それだけに真実に迫れる部分もあるだろう。面白いフレーズを写しておく。

 <派遣とは何ぞや。正社員ではない。アルバイト、パートタイマー、ちょっと違う。集団で派遣されるのだ。>

 と大雑把に摑む。そして、

 <まず人材派遣会社なるものがある。常時、数百人、数千年の待機労働者を抱えている。企業から「500人ほしい」「700人は」と要望があれば必要人員を派遣する。現代版「口入れ稼業」と思えばよい。>

 そうだ。現代版の口入れ稼業である。

 <そんな頭数だけで工場が動くのかの疑問には、機械化、オートメ化の普及で全員が精鋭の熟練工である必要はない。数週間の研修でリッパに補助工員はつとまる。急膨張する業種ではほとんどと言っていいほど派遣の助けを借りている。>

 そういうことなのだろう。やはり産業技術の高度化が影響していた。大きく言えば「フォーディズム」の流れだろう。

 <企業にすればコスト、人件費引き下げの効果は大きい。仕事は一人前とは行かず八掛け、七掛けかもしれぬが、社宅、家族手当、健康保険、企業年金は節約できる。フリンジ・ベネフィットの厚さは日本企業の特徴だから半減近い。

 そういうことだ。会社人間という微温的な環境に安住しているのは給与の高さだけではない。この「フリンジ・ベネフィット」が大きい。社宅に住めば月3万円で10万円相当の立派な家に住める。差額の7万円を貯蓄しておけば、定年退職までにはマイホームを手に入れるのも夢ではない。家族手当も大きい。子どもの教育には是非とも必要な手当てだ。健康保険は本人が支払う保険料と同額を会社が支払い続けている。企業年金は退職金とは別費目での退職後給付。厚生年金満額支給までのつなぎとして安心材料であるが、企業にとっては大きな出費だ。こういう目に見えない利益を従業員は得ている。しかし、派遣社員はこれを受けられない。社員食堂から締め出されたケースもあるという。社員食堂は一般の店よりも安く提供しているが、その差額を会社が補助しているからだ。

 <そして社員のみの労働組合とは縁が無く、連合幹部の景気のよい掛け声も素通りだ。なにより、首切り宣告は誰だって苦手だが、派遣会社の電話一本ですむ。客観的に見て、こんなに経営者に都合よく労働者に不利な雇用システムはめずらしい

 「連合は問題だ」とナショナル・センター批判をしたいのだが、もう一度立ち止まって考えてみれば、そもそもの連合の成り立ちから言って、「持てる者」の集合体だったわけだから、彼らに期待してもだめだ、ということだと分かる。

 同盟も総評も政治と密着しながら自分たちの賃上げをはじめとする権利獲得闘争を繰り広げてきた歴史を持つ。

 そのナショナル・センター同士が一緒になったのが連合である。

 アルバイトやパートは相手にしてなかった。また、あの時代はそれで十分だった(かどうかは議論が分かれるとしても、社会的な弱者集団スポイルという印象は与えなかった)のに、労働者派遣法改正で製造業派遣が認められてから、非正規労働者が全労働者の3分の1を占めるようになって、その連合というナショナルセンターの「持てる者」の集合体という性格が露わになってしまった。09年度運動方針を見ても分かるように、社会的弱者である非正規雇用問題よりも自分たちの生活レベルアップのための賃上げが重要なのだ。

 電話一本で雇用調整ができるシステム。それは経営者に楽をさせているだけでなく、連合所属の組合員にも「何年連続労働分配率が下がっているのはけしからん。経済成長の果実をおれたちにもよこせ」という都合のいい要求に使われて、差別されている。

 労働分配率が落ちているのは非正規雇用を大幅に増やしたためで、基本的には正社員の給与は下がっていないのだ。非正規社員という透明人間が一生懸命働いた分け前を経営者と連合所属組合員が貪り食っているマンガが頭に浮かぶ。人間性のかけらも見えない。

 <便利なものは普及する。日本経済のバックボーンともいえる自動車もいち早く派遣の利用に乗り出した。天下のビッグスリーを窮地に追い込んだわが日本車の覇権は不況の寒風にさらされている派遣社員の汗と涙の産物である。ワープロの変換エラーもそこまで読み込んではいないか。>

 と、これが締めの言葉である。この斜めから見る視点、ジャーナリストには大切な視点なのだと改めて思う。

◆「年越し派遣村」の引越しと舛添「派遣法見直し」発言

 実は労働者派遣法の問題が1月5日、6日と新聞で取り上げられているのは年末年始を日比谷公園で過ごした失職派遣労働者の数のあまりの多さに多くの日本人が驚き、舛添厚労相が1月5日の閣議後の記者会見ですでに国会に提出している労働者派遣法改正案の修正に前向きな考えを明らかにしたことが大きい。

 この発言を朝日新聞は1月5日夕刊1面トップ<派遣法改正案/厚労相、修正前向き/製造業の規制視野>で大きく扱った。この日は年を越した派遣村が撤収され、最終的に残った約500人が4施設に分散される日だった。日比谷公園に設置された「年越し派遣村」だったが、「派遣切り」などで仕事と家を失った人が続々日比谷公園に集まり、パンク状態となり、2日には隣にある厚生労働省ビルの講堂に約250人が移動した。労働組合や市民団体などでつくる実行委員会の想定の倍近い約300人が集まり、用意したテントが足りなくなったものだ。村長の湯浅誠・NPO法人自立生活サポートセンターもやい事務局長は2日夜の緊急記者会見で行政の対応の遅さを批判した。

 そして、5日の引越しである。舛添厚労相がものを言ったのには伏線がある。5日は各省庁の仕事始めで、講堂を使用する日だったのだ。厚労省が晴れ着の職員らが大講堂に集い、華やかなムードで年の初めを祝う日に、その行事のために大講堂を追い出される非正規労働失業者たち、というコントラスト。これが、頭がいいだけでなく感受性の鋭い舛添氏の心に相当の負荷を与えたことは想像に難くない。講堂は2日夜、厚労省が実行委員会に開放し、約250人が3日間宿泊し、雇用危機を象徴する場所となっていたのだ。

 そこで、舛添厚労相は閣議後の記者会見で「個人的には製造業にまで派遣労働を適用するのはいかがかと思う。多くの人が賛同するなら、その方向で(労働者派遣法の見直しを)検討しないといけない。国際競争で勝ち抜くために、派遣労働にしわ寄せがいくのは、豊かな社会とは言えない」と語った(毎日新聞夕刊より)のだ。同じ頃になるのだろうか、失業者たちはチャーターされたバスに乗り、中央区の閉校になった小学校2カ所や練馬区にある都の体育館、大田区にある都の労働者向け一時宿泊施設の4カ所の仮の宿に移ったという。

◆朝日新聞1月6日朝刊のまとめ記事も分かりやすかった

 しかし、舛添氏の発言はやはり、と言うべきか思い付きに過ぎず、内閣の総意にはならなかった。官房長官も記者会見で即座に舛添案を否定した。

 この経緯と底流は朝日新聞1月6日朝刊政策面<派遣法改正に是非論/製造業の規制急浮上/経済界は否定的 弾力性を重視>と関連記事<04年解禁後急速に増加/数カ月契約の「登録型」多数>に詳しかった。

 記事には経済界の本音がどんどん出てくる。匿名のコメントも多かったが、発言した企業幹部は人非人のようなことを言ってテロに襲われるとでも思って名前を出さなかったのだろうか。

 ある大手電機メーカー役員が製造業派遣が禁止された場合の影響について「雇用調整を弾力的にできなくなれば、日本メーカーは中国や台湾のメーカーにますます生産を委託するようになる。景気が回復しても国内に雇用は戻らないだろう」と話している。

 別の大手電機メーカーは「正社員を増やす方向で議論が進めば人件費の増加につながる」と心配しているそうだ。

 桜井正光・経済同友会代表幹事は派遣会社や請負会社などの製造現場での活用について「経営に柔軟性を与え、長い目で見て成長につながる。(規制強化を含む雇用形態の抜本的な見直しは)やるべきではない」。

 岡村正・日本商工会議所会頭は「企業は(労働)需給調整が可能となり、働く側には働き方の多様化というメリットがある」。

 御手洗冨士夫・日本経団連会長は朝日新聞のインタビューで「ここまで急激に(景気が)深い淵に落とし込まれるとは予測しておらず、一歩遅れた」として請負会社の支援を検討する意向を示した、とある。

 経団連で今春闘での経営側指針をまとめた大橋洋治・日本経団連副会長は5日の連合の新年交歓会で「雇用の維持拡大に労使間で真摯な協議を行うのが重要だ」と歩み寄りの姿勢を示した、とあった。

 以上が経済界の本音と建前である。本音も建前も「単純労働の派遣業除外などとんでもない」という点では一致している。

 本音はそうしないと中国、韓国、台湾に負けるから、安く使える人員が必要だ、ということ。本音を国民の前でベラベラしゃべるのはオリックスの宮内義彦氏とザアールの女社長に任せているようでもある。

 「悪者になってほしい。その代わり、商売のほうはきちんと面倒を見るから」とでも言われているのかどうか知らないが、経団連のお偉方はもう少し冷静な言葉で、だけど、厳しいことを言っているのだ。

 データ集のような別稿も勉強になった。

 <1985年に成立した労働者派遣法では当初、秘書や通訳などの専門業務に限って派遣を認めた。工場での作業が危険なため、派遣が認められなかった製造業も04年には解禁され、大手製造業の工場で派遣が急速に増加した。>

 <小泉政権の規制緩和の流れの中、政府は失業率の改善策として柔軟な雇用形態を求める経済界の要望を受け入れるかたちで解禁した。>

 <2007年度の製造業への派遣労働者は46万人で、前年度の約2倍に増えている。製造現場で働く人の多くは、派遣会社に登録し、数カ月程度の細切れ契約で働く「登録型派遣」が多い。いつ仕事を失うか分からない不安定雇用だとして、労働組合などが規制を求め続けてきた。共産、社民、国民新の野党各党も登録型の原則禁止を主張している。しかし、政府が昨秋の臨時国会に提出した派遣法改正案では、登録型は「労使双方にニーズがある」と規制を見送り、日雇い派遣の禁止にとどめた。民主党も根本的な規制には踏み込まず、「2カ月以内の派遣禁止」にとどめた法改正案を準備していた。>

 というのが今までの流れだ。

 <だが、景気の後退に伴って自動車など製造業で「派遣切り」が急速に進行。厚労省のまとめでは、昨年10月から今年3月までに職を失う非正規社員8万5000人のうち製造業が96%を占めた。>

 そして、

 <「派遣切り」などで仕事と住まいを失った人たちに、年末年始の寝場所と食事を提供する東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に約500人が集まり、世論の批判が急速に強まったことも、政治家の発言を後押しした。>

 <だが、製造業派遣を禁止すれば、メーカーは直接雇用や請負で対応せざるをえない。管理面で派遣より負担が大きくなるため、与党だけではなく、民主党内にも「規制を強めると雇用が減る可能性がある」と根強い慎重論がある。>

 <請負は派遣以上に法規制が不十分だとして、「働く側にもプラスにならない」と懸念する声もある。一方、もやいの湯浅誠事務局長は「職を失って苦しんでいる人は派遣だけではない」と請負や有期雇用を含む働き方全体を見直すべきだと指摘している。>

 と、以上なのだが、<労働者派遣法の規制緩和の動き>年表も勉強になる。

1985年 労働者派遣法制定

1986年 13業務を対象に派遣法施行

1996年 派遣対象を26業務に広げる

1999年 対象業務を原則自由化

2000年 正社員への道がある紹介予定派遣開始

2004年 上限1年で製造業派遣を解禁、制限期間を過ぎたとき派遣先企業に直接雇用の申し込み義務。

2007年 製造業派遣の制限期間を1年から3年に拡大

 である。

 「紹介予定派遣」などという分からない言葉も出てきた。

 この記事は相当に詳しくて参考になったのだが、視点が経済人と同じ目線になってしまっているのが気になる。若い記者は取材すれば取材対象に感情移入するからある程度はやむを得ないのだが、もう少し客観的に書いてほしかった。

 また、民主党の立場が微妙のようだが、こういう問題こそ小沢代表が乗り出してきて「製造業はダメだ」と一言言えばいいのではないか。先ほどから書いているように、日本経団連と連合は同じ鏡の裏表の関係にあるに過ぎない。その連合の代表者たちは自分たちの利益のパイを減らさないように、と経団連と同じことを言うのだろう。ここは剛腕、小沢代表の決断に待つしかない。決断してください、小沢さん。

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2009年1月 5日 (月)

麻生首相の虚勢と小沢代表の余裕が目立った年頭記者会見~毎日jPの会見全文から

 毎日新聞1月5日朝刊を見ていたら、1面3段見出しで麻生太郎首相の年頭会見<「予算成立前、解散せず」/麻生首相/「話し合い」も否定/年頭会見>とあり、その下に2段見出しで<小沢代表/「雇用」で論戦臨む/「早期解散避けられぬ」>が掲載してあったのだが、最後に記者会見全文は毎日jPにある、と注意書きがあったので、インターネットを見てみた。全文があったので、コピペした。

 全文そのままをこのブログに載せておくといろいろ問題があるので、関係部分だけ残して、消していく。少しだけコメントをつけて読んでみよう。

◆麻生太郎首相の年頭記者会見

 まずは麻生太郎首相が4日午前首相官邸で行った年頭記者会見である。

 冒頭発言は「今年は今上陛下即位20年、ご成婚50周年、金婚式、誠におめでたい年」などと明るい話題を並べて「景気は気から」を実践しようとしている様子が見えた。そして、「安心して暮らせる日本。活力ある日本。この思いを年初め字に込めたいと存じます』と言って、演壇横の台で筆で色紙1枚に「安心」「活力」と書き込んだそうだ。

 首相は「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」という言葉をあげて「好きな言葉であり、ある哲学者の言葉です。未来は私たちが創るもの。我々が創る。未来は明るい。そう信じて行動を起こす。そうした意志こそが未来を切り開く、大きな力になるのだと思っております。国民の皆様のために明るい日本をつくりたい。そう強く考えております」と結んだ。楽天主義で勝利を目指しているのである。

 記者との一問一答に移る。

 「民主党は第2次補正予算案から定額給付金を分離するよう求めている。景気対策の早期実行のため民主党と話し合うつもりはあるのか、それとも再可決を前提にあくまで正面突破を図るのか」という質問には事実上、無回答。

 記者が「新年度の予算と関連法案成立までは解散・総選挙をしないのか、国会運営が行き詰まった時、予算成立のための話し合い解散は?」と聞くと、首相は「まずは予算と関連法案を早急に成立させる、これが重要。それまで解散を考えることはありません。また今、国会が行き詰まったときに話し合い、そのようなことは考えて、話し合い解散でしたっけ、考えておりません」と答えた。国会運営についてはこれがすべてだろう。

 内閣記者会も意地が悪い。というか、聞くべきことをやっと聞いている。

 「総理は解散時期は自身で判断する言っているが、支持率がだいぶ下がって行く中で、与党内には麻生総理では選挙を戦えないのではないかという声も強まっている。それでもあくまでも自身で解散するのか」という質問である。

 首相の答えはいつもと同じだった。

 「総理大臣が解散を決断します。すなわち麻生太郎が決断をします」と。争点ということで「国の将来に対して責任を持つことも大事。中福祉いうのならば中負担がどうしても必要と私は景気回復の後に消費税増税をお願いする、と申し上げた。無責任なことはできない。そういうのが政府・自民党だと、私はそこを一番申し上げたい」と胸を張ったらしい。これぞ責任政党、ということだろうか。それで通用すればいいのだが、今はその虚勢が通じなくなっている。麻生氏も気づいているだろうに、もはやスタイルは変えられないのか?

 外交問題では最初にイスラエル軍がガザ地区に地上部隊を侵攻させたことについて聞かれ、首相は「長い話で、もともと(イスラエルがパレスチナ側から)ロケットを撃ち込まれた話からスタートしており、それに対する報復ということになります。事のスタートからなかなか話はまとまりにくいであろう」と暗い見通しを語った。

 国際金融危機については「外交で優先順位の高いのは国際金融。明らかに金融収縮を起こしている。日本はIMFに10兆円、昨年融資した。大きな額をきちんと(拠出)しているのは日本だけだ。世界の大国として責任を持っていかねばならない。新しい国際金融秩序を作らないといけない。すべて市場経済原理主義みたいな話への危機感が出たことは今回明らかで、きちんとした監視が必要ということに関し、昨年のワシントンDC(11月の主要20カ国・地域サミット)でも提案し、日本案がそのまま採用になった。きちんとした対応がされているか、きちんと世界中でチェックし合わないといけない」と雄弁だった。

 集団的自衛権問題については「政府は集団的自衛権の行使は憲法上許されないという解釈を採り、その立場は変わっていない。だが、非常に重要な課題なので、かなり議論される必要がある。ソマリア沖の海賊なども含めて、具体的なことになってきている。そういったことも含めて対応を考えていかない。懇談会報告書も出されているので、そういったものを踏まえて引き続き、検討していかねばならない」と言う。

◆小沢一郎・民主党代表の年頭記者会見

 小沢氏も4日、民主党本部で年頭記者会見を行った。これも毎日jPからピックアップする。

 小沢氏は「去年の金融危機以来、今年も厳しい状況が続くと思うが、今の自公政権はそれを克服するすべを持たないのが現実だと思う。私どもとは国民生活をしっかり守る。国民の生活が第一という観点に立った政権を実現する。それに向けて全力で国民に訴え、目標を達成する大いなる年に、日本の国のために、国民のために、そして我々、民主党のために大いなる年にしたい」とまずは抱負を語った。

 これは当然の内容だろう。

 第2次補正予算については「雇用対策等は、我々なりの意見を是非反映させたい。雇用や中小零細企業の資金繰り対策問題などは可能な限り我々の意見を反映したい。(定額給付金の)2兆円問題は国民の皆さんの7割も反対している。2兆円のキャッシュがあれば例えば高齢者の窓口負担は1兆円ぐらいですか、(この)問題にも充てることができるし、小中学校の耐震構造をきちんと完成させる、これも確か数千億でできる話です。あるいは高速道路無料化という我々の主張も出来る。いろんな意味でもっと有効な使い方があると思う。こういった選挙直前の国民を愚弄するような、あるいはお金を無駄に使うようなやり方については、これは認めるわけにはいかない」と2兆円バラマキが照準だった。
 国会闘争方針も「徹底抗戦ではない。国民の皆さんの主張を断固、国会でも国民の皆さんに代わって主張していくということだ」と余裕の答弁をしている。

 解散時期で記者団に「小沢代表は通常国会冒頭での解散を主張してきたが(できそうもない)」と聞かれると、少し興奮したのだろうか、「私が解散時期を主張していたのではない。勘違いしないで下さい。国民の皆さんが政治、行政に黙って耐えていると到底思えない。年は明けたが、年度末に向け、年末以上に厳しい状況になることが予想され、国民の皆さんの政府批判、そして主権者の意思を問えという声は、麻生首相の単なる政権維持の意図を超える大きな声になるのではないかと思っている」と猛然と反論している。

 小沢氏らしい論理で、首相としての答弁ならば問題を引き起こしかねないが、今は野党党首だからいいのではないか、と思う。

 衆院選の争点、キャッチフレーズ、永田元議員の自殺など質問は多岐にわたったが、内実のある答えはなかった。

 番記者ももう少し政策の内容に踏み込んで質問すべきだと思うのだが、どうしてしないのだろう。農業対策や円高対策としての内需型経済への転換策など、語らせれば面白いのに。政局記者ばかり増えたのだろうか?

 総じて麻生太郎氏の虚勢と小沢一郎氏の余裕がほの見えた記者会見だった。

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2009年1月 3日 (土)

御厨氏のいう「戦後」とは?~朝日新聞1月3日朝刊[私の視点]から

 朝日新聞1月3日朝刊OPINION面[私の視点]は御厨貴・東大教授(政治学)の<今年の選択/「戦後」乗り越える強い首相を>だった。ものすごく抽象的に書かれており、言っていることがよく分からないのだが、「戦後」をめぐる歴代政権の格闘ぶりを書いて興味深かった。

◆吉田茂首相は「戦後」を作った。

 これはサンフランシスコ講和条約と日米安保条約体制のことだろう。軽武装・経済大国路線の基礎を作ったのが吉田茂だった、という意味で「戦後をつくった」と書いたのだろう。

◆1956年の経済白書が「もはや戦後ではない」と高らかにうたった。

 これは鳩山一郎内閣。

 1954年春に明らかになった造船疑獄が吉田内閣の首を絞めた。朝鮮戦争の停戦協定発効で不況に苦しんだ業界が政府・与党に利子補給など業界に有利な法整備を求めて働きかけた。自由党吉田派の佐藤栄作幹事長の逮捕も間近とみられたが、犬養健法相が検事総長に指揮権を発動し、佐藤逮捕が幻になった。内閣不信任案も与党の反対で否決された。吉田批判が燃え盛り、巻き返しを図った吉田は岸信介を除名したが、これを機会に岸派、鳩山派、改進党、日本自由党が合体して日本民主党を結成する。初代総裁は鳩山一郎、幹事長は岸信介で衆院120人の勢力を誇った。左右社会党と連携すれば吉田政権を倒せる勢力になった。

 1954年12月6日、民主党と社会党が内閣不信任案を提出すると、第5次吉田内閣は総辞職の道を選ぶしかなかった。第2次吉田政権から数えて6年2ヶ月にわたる長期政権に幕が下りた。

 1954年12月10日、鳩山一郎が首班指名を受けた。第2次鳩山内閣の55年10月に左右の社会党が左派の鈴木茂三郎氏を委員長に、右派の浅沼稲次郎氏を書記長に新たに日本社会党を結成。

 一方、危機感を深めた財界の後押しもあって11月15日に自民党が誕生した。この自民党政権は宮沢喜一政権が倒れた1993年8月まで38年間、「一党支配」(御厨氏が言う「一党優位体制」)を続ける。国会では多数の自民党と万年野党の社会党による「自社55年体制」が続いた。

 鳩山首相は56年10月19日にはモスクワで日ソ共同宣言に署名し、平和条約締結の際には歯舞色丹両島を返還するとされた。ソ連の賛成で56年12月18日には国連加盟が実現した。

 鳩山首相は55年1月に「経済自立5カ年計画」を閣議決定し、吉田茂前首相が嫌った計画経済を押し進める。

 54年11月に不況を抜け出した後、日本経済は57年6月まで31ヶ月に及ぶ神武景気を謳歌する。55年から56年にかけて主要産業が一気に設備投資を行い、56年はそれまでに見られなかったような好況の年になった。

 そこで、56年度の経済白書は「もはや戦後ではない」と高らかに宣言したのだ。

◆岸信介が60年の安保改定で「戦前」の幻影を呼び覚ました結果、次の池田勇人は高度成長政策で「戦後」をいま一度演出しなければならなくなる。

 それはそうなのだが、草野厚・慶大教授が2005年に出版した「歴代首相の経済政策全データ」(角川oneテーマ21)で「条約の不平等性を改正することに、なぜ、人々が反対したのか。それは、岸が戦前の満州経営の総責任者であり、東條内閣の閣僚でもあったことなど、A級戦犯として訴追された、その経歴にあった」と書いている通り、吉田茂首相が結ばざるを得なかった日米安保条約には米国の日本防衛義務が明記されていなかった。それなのに、日本は米国に基地を提供する義務がある、という不平等条約だった。

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 このため、吉田は講和条約は出席者全員が署名にしたものの、安保条約では自分一人の署名にとどめ、閣僚らを巻き込まなかった。地獄に行って先祖に「こんな屈辱的な植民地になるような条約を結んだのは私だけです。すべては私の責任です」と謝らねばならないだろう。その時、謝るのは自分だけでいい、と考えたのだろう。その日米「不平等押し付け」条約の改定のチャンスがようやくめぐってきたのだ。

 しかし、国民の受け止め方は違っていた。

 草野氏が書いているように、A級戦犯の首相、満州の妖怪、右翼とのつながり…など、当時の空気からすれば「悪」とされる印象ばかりが岸にこびりついていた。

 岸内閣が最初に取り組んだのが鳩山内閣以来の懸案だった教職員に対する勤務評定問題だった。地方公務員法では任命権者が職員の勤務評定をする、と決められているのに日教組が反発していた。日教組は岸内閣発足に合わせて全国で勤評闘争を繰り広げたが、岸内閣は58年4月以降、全国の都道府県で勤務評定を実施した。日教組はストライキなどで抵抗した。

 しかし、一般公務員には行われている勤務評定をなぜ教師に対して行ってはいけないのか、という疑問。日教組社会党もその本質的な国民の質問に答えられなかった。

 58年5月22日の総選挙では社会党は8議席増えたものの、自民党も追加公認を入れて298と8議席増やし、社会党への風は吹かなかった。

 しかし、その後の警察官職務執行法(警職法)は総評・社会党が「おいこら警官がデート中でも邪魔をする」「デートもできない警職法」というキャッチフレーズで反対闘争を展開し、岸首相は58年11月21日、鈴木茂三郎社会党委員長との会談で廃案を明らかにするという敗北を喫した。

 岸は傷を負い、池田勇人、前尾繁三郎、三木武夫の3閣僚が辞任する騒ぎとなった。

 この流れの中で安保改定が出てきた。ソ連と友好関係にあった社会党はソ連が日本に中立を求めたため、中立を党是として、安保廃棄を目標に闘いを組み立てた。冷戦の真っ最中に米国に敵対する勢力に寝返ろうという政策だった。浅沼稲次郎書記長は訪中し「アメリカ帝国主義は日中両国人民の敵」と発言した。日本の中で米ソ冷戦の代理戦争が戦われているようなものだった。

 岸首相は60年1月に訪米して新安保条約に調印した。

 5月20日未明、新安保条約の批准を衆院本会議で単独強行採決。国会を大デモが取り巻き、政治はマヒ状態に陥ったが、1カ月後の自然承認を岸はじっと待った。東大の女子学生がデモ中に死亡するなどの痛ましい事故もあった。

 しかし、条約の自然承認後は、安保反対の熱気が嘘のように引いた。国内は政治無関心、政治アパシー状態に陥った。

 岸首相は混乱の責任を取って1960年6月23日に引退表明した。そして、7月19日に池田勇人政権がスタートする。

 実は所得倍増計画は岸内閣からスタートしている。

 ただ、発案者は池田勇人だった。59年にブレーンの中山伊知郎・一橋大学教授らと協議の上「月給倍増論」を打ち出し、参院選挙の公約にもした。池田は自分の内閣をつくると、本格的に所得倍増論を打ち出した。すさんだ国民感情を慰撫するための内閣のスローガンは「寛容と忍耐」だった。

 池田内閣が「戦後」を卒業するための階段を何段か上ったことは間違いない。

 1963年にはGATT11条国に移行。国際収支の赤字を理由に輸入制限を行うことができなくなった。64年にはIMF8条国に移行。64年4月にはOECDに加盟した。それは日本が国際社会の中で開発途上国を卒業し、先進国の仲間入りしたことを意味した。

 池田首相の最後の晴れ舞台は東京五輪だった。これは「戦後への決別セレモニー」でもあったのだが、池田自身はがんにおかされ、入院。五輪閉会式後に辞任を表明する。

◆続く佐藤栄作は約8年の政権を通して「沖縄の返還なくして戦後は終わらない」と訴え続けた。返還は実現したものの、「戦後」の安定的な秩序を確認するにとどまった。

 「人事の佐藤」と言われる。だから、長期政権ができたのだ、と。しかし、そうでもない。怒りっぽい佐藤は臆病なだけで、決断できない首相だったのかもしれない。満州経営に辣腕を振るった兄にいつもコンプレックスを抱き、運輸相という二流官庁でうだつが上がらなかった青年時代を過ごしながら、這い上がってきた。佐藤は運がいい。首相になった時も池田ががんに倒れたため、権力闘争を繰り広げずに官邸に入れたため、余力を持って政権運営ができた。最も恵まれていたのはライバルがどんどん死んでしまったことだ。大野伴睦、河野一郎である。藤山愛一郎が残ったとはいえ、絹の手袋をして生まれてきた経済人は佐藤の相手ではなかった。運鈍根を地で行ったのが佐藤だろう。

 佐藤時代、外交の発展は目を見張るものがある。1965年6月22日、日韓基本条約を締結した。韓国は対日賠償請求権を放棄する一方、日本は韓国に無償資金協力、円借款を供与するという内容だ。

 この日韓条約は後々、韓国で何度も政争の具とされる。朴正煕政権が「漢江の奇跡」を起こすためにぜひとも必要だった金を日本から調達する意味もあって条約を急いだのは事実だ。そして韓国は長かった朝鮮戦争後遺症からようやくテイクオフすることができた。国と国の取り交わした条約なのに、韓国の「民主化勢力」は「軍事政権のやったことは認めない」「歴史を書き換える」などとめちゃくちゃを言って、条約にけちをつけ、「個人の賠償請求権は残っているはず」などと主張していた。この問題は最高裁が温家宝来日直前に判決を出し、国家が結んだ条約は国民をも縛る、という当たり前の内容をうたったため、ようやく決着したものの、長い間、無駄な法廷闘争が繰り返された、というのが一般的な受け止め方だろう。

 佐藤がいつ沖縄返還を自分の最大の仕事と決意したのか。勉強不足で分からないが、佐藤のすごさは一旦決めたら、その目標に向かって、すべてのことを集中することだ。ここで思い出すのが宮沢喜一通産相の無策ぶりだ。佐藤首相はニクソン大統領の南部対策のため繊維摩擦を解消する必要が出てきた。このため、日米関係に詳しい宮沢氏を通産省にして、繊維問題の解決を託した。ところが宮沢氏は何もできずにおたおたしただけで、終わってしまった。このため、機嫌を損ねたニクソンが米中国交正常化を日本に事前連絡しなかったり、ドルと金の交換停止というニクソンショックも事前連絡なしに行われたのではないか、と言われている。愚図な宮沢氏の実害は実は日米関係で出ていたのだ。

 宮沢氏は回顧録で「私は政治家ではなく官僚だった」とか言って、法制局の説明を真に受けて、法律内ではできることが限られていたので、できなかった、と話しているが、法律内でしかものごとをすることができないのを官僚といい、政治家はできないときには法律を作らねばならない。自分で自覚しているようではあるが、宮沢氏は首相の器でもなければ、本格的な政治家でもなかったことは確かだろう。評論家としてテレビで言うことを聞いているともっともらしかったが。

 この宮沢通産相が無策だったので、佐藤首相は田中角栄を通産相に据え、即座に繊維摩擦を解決する。この手柄も角栄がポスト佐藤で福田に勝つ一つの勲章になっていたはずだ。

 御厨氏のいう「『戦後』の安定的な秩序を確認するにとどまった」の意味がよく分からなかった。つまり、返還とは言っても今も沖縄は事実上、アメリカの植民地ではないか、といっているのか? よく分からない。

◆佐藤を範とした中曽根康弘は82年、「戦後政治の総決算」を華やかに宣言して登場した。国鉄改革など「戦後」改革に着手したものの、イデオロギー面を含めた「戦後」からの転換は未完に終わる。

 臨調行革路線と戦後政治の総決算路線という二つの路線で長期政権を謳歌したのが中曽根康弘だった。レーガン、サッチャー、全斗煥というトップが同時代にいた。新自由主義の二人と軍事政権の一人。系統は違うはずなのに、中曽根を含めてこの4人はよく似ていた。中曽根時代はソ連の力の衰えが目に見えるようになってきた時代でもある。レーガンが軍備拡張でゴルバチョフをいじめ、最後にゴルバチョフはお手上げになる。サッチャーは沈んだままだったイギリスを規制緩和という手段を使って金融大国に蘇生させ、その後のイギリスの栄光の序章を形作った。全斗煥は民主化勢力をいじめはしたが、韓国の安定を最大の目標に日米韓連携を重視、朴正煕の経済成長路線を踏襲した。

 御厨氏の言葉はどうも意味不明なのだが「イデオロギー面を含めた『戦後』からの転換は未完に終わる」というのは、どういう意味なのだろうか? もしかすると平和憲法イデオロギーからの脱却つまり、憲法改正のことか、と思ったのだが、御厨氏は論文の最後に違う文脈で憲法改正の話を書いているので、どうも違うらしい。よく分からない。

◆90年代は「戦後」の限界が指摘され、政治改革や行政改革さらには憲法改正など「改革」が時代のキーワードとなった。もっとも、89年に「昭和」から「平成」への代替わりと重なり、戦後憲法に育まれた最初の象徴天皇が登場、「戦後」的価値の肯定と再確認が行われた。

 1990年代に「戦後」の限界が言われたのは具体的には湾岸危機、湾岸戦争で日本が国際貢献のために自衛隊を湾岸に出せるかどうか、をめぐる憲法論争が起きて、最終的に内閣法制局が縛りをかけて自衛隊の派遣を認めたのが最初だった。海部政権はこの国際貢献問題をめぐり竹下派の小沢幹事長と対立することもあって最終的には衆院解散を封じられ、総辞職する。その後、宮沢政権ではカンボジアPKO問題もあった。世界がグローバル化し、国際貢献が1980年代までのように単純ではなくなったことが日本にとって大きな問題となった。単純に米国の言うことを聞いていればよかった時代から、ある程度自分で判断しなければならない時代に変わったのに、自己決定できるような法制度になっていなかったことに気づいた心ある政治家たちは愕然とする。それが小泉政権時代の有事立法につながるのだが、それはまだ先の話だ。

 昭和天皇の崩御は当時騒いだものの、まだ国民的に決着していない。というのも、戦犯問題が燻っているからだ。これに決着をつけるにはまだ生々しすぎるということなのか。

◆「ぶっ壊す」と「構造改革」を叫び続け、5年半の長期政権を維持した小泉純一郎は、90年代に有名無実化していた「55年体制」と「自民党一党優位体制」にとどめを刺した。しかし新しい何かを生み出すことはなかった。

 「戦後」というキーワードと小泉政権との関係は考えれば考えるほど難しい、と思う。対外的には中国との関係悪化があり、その原因は靖国神社参拝という戦後処理問題だったし、米国との関係もブッシュ=小泉関係で日米運命共同体を形作ったが、5年半の間に徐々に形骸化して米中関係が徐々に深く濃くなっていき、最終的には小泉政権ではないが、米国は日本を裏切るような北朝鮮のテロ支援国家指定解除をやってきた。北朝鮮の脅威に対応するため、遅まきながら有事立法を整備したものの、まだまだだし、基本的に日本の安全保障は片肺飛行で、米国の核兵器がなければ安全を確保できないことは誰が見てもはっきりしている。

 「55年体制」にとどめを刺した、というのはどういうことなのか? これも意味不明だ。「自民党一党優位体制」にとどめを刺した、というのは「自民党をぶっ壊した」ということだろう。これは支持基盤を自らが掘り崩したという意味だろうから、それはそうだと思う。郵政で郵便局長の連合体を離反させ、農協も徐々に離反し、建設業界も離れていった。しかし、小泉ほドラスティックではないにしても、誰がやっても同じようなトレンドで政権運営をせざるを得なかったのではないか、とも思う。

 「新しい何かを生み出すことはなかった」というのはどうか? 小泉政治の総括は難しいが、少なくとも今まで「日本よ国家たれ」などと批判されていた権力中枢のないという批判に対する答えは官邸強化と経済財政諮問会議の活用である程度の方向性を出したのではないか、と思うのだ。橋本龍太郎首相が断行した省庁再編で国家機構は変わった。大蔵省の絶大な権限を奪って官邸に予算編成権を持ってきたこと、それを小泉が実践したことの意味は大きいと思う。

 飯尾潤氏が言うように、今の日本政治は官僚が支配する民主統治の構造から脱却していない。これを真の議会制民主政治に転換しなければならない

 御厨氏も最後の段落で書いているが、憲法を実践することが大切で、それには旧態依然とした慣行をやめるしかない。

 ただ、旧態依然とした慣行というのは弱者保護のための慣行、つまり少数野党を守るための国会規則であり、不文律だった。

 だから、安倍晋三政権はこの慣行をほとんど無視し「憲法の規定にあるから」と強行採決を繰り返したら、マスメディアの徹底攻撃を受けた。新聞記者の頭の中は現実の政治を見ていない。お手本はスクラップブックだ。つまり、過去の記事を見ながら、今の情勢を書くのが記者だから、強行採決となれば「けしからん」という言葉が用意されているわけだ。

 安倍政権は消えた年金問題や閣僚の事務所費問題など政治資金問題疑惑だけではなくこの強行採決への批判が内閣支持率ダウンの大きな要因となったのだろう。

 安倍政権失墜の大きな原因はこの強権的国会運営も響いたはずだ。しかし、憲法の規定で言えばこの国会運営は許されてしかるべきだし、そんなに批判することはないということになる。この辺も難しいところだと思う。

 御厨氏は、

 <政治家は現行憲法の原則や規定に戻ってはどうか。そこには「強い首相」と「機能する国会」がある。もろもろの政治慣習から解き放たれ、原点からコトを考えるようになろう。そうすることによって「戦後」を自覚的にリセットし、政治の新たな飛翔を可能にすると思われる。>

 と綺麗な言葉で書いているが、現行憲法の欠陥は昨年何度も新聞に取り上げられていたように、参議院の権限が異常に強いことだ。「強い首相」という抽象的な言葉の意味がよくわからないが、中曽根氏が勘違いして使っていた「大統領的首相」という意味ならば、小泉以後は実現している。ただ、議院内閣制だという一点でごねる自民党の守旧派を説得できるかどうかは首相やスタッフの力量だろう。小泉氏は自民党総務会を無視して郵政民営化を閣議決定して、押し切った。憲法に戻って首相が国会の今までの慣習を打ち破ってでも国会運営を行うのはいいのだが、限界はある。果たして原点からものを考えて、その先に「戦後」の自覚的リセットがあるのだろうか? これも言葉の遊びのように思えるのだが。

 御厨氏は最後に、

 <そして、逆説的だが、「戦後」から解放されて初めて、戦後憲法の改正が現実の日程に上ってくるに違いない。>

 と書くのだ。私には意味が分からない。何を意味しているのだろうか? まあ、この辺は御厨氏の最も言いたいことなのだろうし、見出しにもなっている「強い首相」がキーワードだとすれば、首相主導でやってくれ、と言うことが言いたいのかとも思う。先を急ぎすぎたので、また、歴代内閣と戦後の問題に戻ろう。

◆初の戦後生まれの首相となった安倍晋三は「戦後レジームからの脱却」をストレートに訴えた。しかしまことに皮肉なことに、安倍は「戦後」の枠組みに足を取られ、わずか1年で退陣を余儀なくされる。戦後憲法下の二院制国会で論理上起こりうる、衆参「ねじれ」状況を招いてしまったのだ。

 「戦後」の枠組みに足を取られた、というのは何か? 年金問題なのか? 年金は戦後の枠組みというよりかは戦時体制の産物だろう。そうすると「戦後」の枠組みとは何なのか? これも私には意味不明だ。二院制の問題は安倍が足を取られたのではなく、参院選の敗北の結果足を踏み入れてしまった蟻地獄だろうから、違うだろう。分からない。

◆福田康夫もなす術もなく、やはり1年で職を辞し、総選挙で勝てるタマとして選ばれた麻生太郎は早くも迷走状態のただ中にいる。

 これはその通りで、福田辞任こそ「戦後」憲法の呪縛に倒されたのだろう。麻生太郎はまだ現在進行形でコメントしづらいが、解散権を事実上なくしてしまった首相である。選挙管理内閣だったのに選挙をしなかったからこうなった。

 以上が御厨氏による歴代首相と「戦後」の関係だそうだ。

 そして、「政権交代可能な二大政党制」による政権交代が起こりうる、としながらも、有権者もマスコミも政治家も「総選挙による政権交代」の意味を考えていないのはお寒い限りだ、と言う。政権交代が「戦後」に終止符を打つものか、「戦後」を延命させるものか、それが曖昧なままであることが問題なのだ、というのだ。器ではない麻生、首相になりたくない小沢が争うのは何とも情けない、とも書く。そして、

 <必要なことは何か。あまりにも長く続き、歴代首相が克服できなかった「戦後」を終わらせるための総選挙であり政権交代であると、どちらもはっきり示すことだ。もちろん一度の総選挙で「戦後」がガラリと変わることはありえまい。しかし今年こそは「戦後」の終わりの始まりと認識すべきだ。そして「戦後」を乗り越えるために「強い首相」を作り出す必要がある。>

 と書く。「強い首相」を作るべきだ、というのは大賛成だ。だが、どうしてそこに「戦後」が出てくるのか? 最近の御厨氏の本を読んでいないので、御厨氏がどういう意味で「戦後」という言葉を使っているのかよく分からないのだが、僕は日本国憲法の改正をもっと堂々と論戦できる空気が醸成できればそれでいいと思っている。個別具体的な問題でタブーが多すぎる。例えば、

 核を持つべきかどうかも論争すべきだ。武器輸出三原則を今後も守るべきかどうか、も論争すべきだろう。同和問題、在日朝鮮人問題、外国人労働者問題、米国の人種差別問題、中国の人権問題、台湾が本当に中国の一部なのかどうかの問題、ロシアとの領土問題、満州に違法に攻めてきて強姦を繰り返し、男をシベリアに連れ去ったソ連の責任問題、米国が原爆という非人道兵器を使用した責任問題、靖国神社参拝問題、東京裁判は勝者の裁きだったのか人類として受け入れるべき裁きだったのかという問題、南京虐殺問題、大東亜戦争はアジア解放戦争だったのかという問題、戦争責任を日本人として問うていない問題――などなど日本人が心の奥底に押し込めている問題は非常に多い。これは多かれ少なかれ「戦争」「戦後」にかかわっている。

 「戦後」を終わらせるということは、こういう問題に日本人としてある程度納得いく解答を得ることではないか。それを次の政権から始めることができるのかどうか。

 僕はまだまだ30年はこのままの状態が続くのではないか、と思うのだが。

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2009年1月 1日 (木)

各紙の元旦社説、何だか「切れ不足」っていう感じがするのだが……

 元旦の新聞は分厚くてなかなか読み終わらない。全部読む必要はないのだが、どうしても全部のページを繰ってしまうので、時間がかかる。お屠蘇気分で読み始めると、案外まともなことが書いてあるので、居ずまいを正すこともある。というのも、各紙、元旦の社説は論説委員長が書いたり、と普段とは違った力を入れたものになっているからだ。本当はお屠蘇気分で読むのではなく、もう少し批判的に比較検討して読むべきなのだろうが、そんな気分的なゆとりもなく、気づいたことだけを書き留めておこう。

 「人間」をキーワードに大きな絵図面を示そうと努力していたのが朝日新聞と東京新聞だった。

 朝日新聞は<混迷の中で考える 人間主役に大きな絵を>である。「100年に一度の津波」とグリーンスパン前FRB議長は言うが、たじろぐな、と言う。どうしてか、と言えば日本は過去1世紀半近い間にそれこそ国がひっくり返る危機に2度も直面し、克服してきたからだ、というのだ。福沢諭吉の「一身にして二生を経るがごとし」の言葉を引用し封建の世と明治の文明開化を生きた先達に思いを馳せながら、軍国主義日本が滅び民主主義の申請日本を築いたのがわずか60年余り前だ、と思い起こさせる。「いずれの場合も、私たちは大規模な変革を通して危機を乗り越えた」と。そして、今直面している複合的な危機の克服は、

 <もういちど日本を作り直すくらいの大仕事になる。しかも、黒船や敗戦といった外からの力によることなく、みずから知恵と力で、この荷を背負わなければならない。>

 という。そして、

 <国民が望んでいるのは小手先の雇用や景気対策を超えた大胆なビジョンと、それを実行する政治の力だ。…将来を見据えた国づくりに集中して資源を投下し、雇用も創出する。そうしたたくましい政治が要るのだ。>

 として、

 <冷戦後の20年間、バブルの絶頂からこの不穏な年明けまで翻弄され続けた日本。有権者の視線はかつてなく厳しいはずだ。>

 でしめている。どっちにしろ9月までには解散・総選挙が来る。その時に、小さな政策ではなく、このように大胆な「転換」「を政党は示しなさい、という意味である。その政策の依って立つ土台を「人間尊重」に置け、と言っている。まあ、当たり前のことしか言っていないのだが、元旦だから、今までの主張を総括したのか。パンチはなかった。

 もう少しお勉強チックだったのが東京新聞<人間社会を再構築しよう 年のはじめに考える>だった。全労働者の3分の1の1700万人が非正規雇用、年収200万円以下の働く貧困層が1000万人。厚生労働省の昨年暮れの調査ではことし3月までに非正規労働の8万5000人が失職か失職見込み。わずか1カ月前の調査に比べ5万5000人も増え、歯止めがかからない、と暗い数字を並べて、ではどうしたらいいか、を考えるのだ。

 神野直彦・東大大学院経済学研究科・経済学部教授の「『希望の島』への改革」(NHKブックス)でスウェーデンの実践をモデルケースとして示している、として紹介している。神野氏は現在は重化学工業の時代が終わり情報・知識産業を基軸とした21世紀の新しい時代が始まろうとしている産業構造の大変革期で混迷と混乱の世紀転換期で、この「歴史の峠」は競争社会では越えられず、協力社会を築くことでやっと切り抜けられる、と主張している、という。希望の協力社会とは利他的行為が結局は自己の利益になるという協力の原理と思想が埋め込まれた社会だそうだ。神野氏は財政再建と景気回復の課題に挑み「ストロングウェルフェア(強力福祉)」を実現したスウェーデンに日本の未来を重ねているそうだ。人間の絆、愛情、思いやり、連帯感、相互理解が重んじられ生きていける社会だという。

 そして、激烈競争のグローバル世界で高福祉高負担国家が可能なのかどうか、は藤井威元駐スウェーデン大使が中央公論1月号「スウェーデン型社会という解答」で、日本の一般的な受け止め方には全く根拠がなく、適度な高負担を伴う高福祉システムの実現こそ最も望ましいと考えるに至った理由を詳述している、という。つまり、スウェーデン国民の税・社会保険負担(国民負担)は所得の7割にのぼるが、民主化された地方自治体が提供する親切安心充実の育児、教育、介護サービスは負担の重さを感じさせない。国民の需要は教師、介護士、保育士などの新たな雇用創出となり、失業や景気対策、地方間格差解消とさまざまな効果で国を元気づけているというのだ。そして、東京新聞社説は、

 <日本はどんな社会をめざすべきか。宗教や歴史、政府への信頼の度合いもあるでしょうがスウェーデン型は検討に値します。日本もまた結いの心や惻隠の情、相互扶助の文化と歴史の国だからです。>

 と言っている。2006年7月、OECDは日本が異様な格差社会で、母子家庭で悲惨さは先進国中最悪などと指摘した、という。企業が日本型経営を捨てた後、政府の小さな所得再配分機能だけが残った結果だった、と社説は言う。この社説も結論は同じだ。

 <「人間社会」の再構築は急務でわれわれも一歩を踏み出すべきです。そのためにはどんな社会をめざすのか、政治に何を求めるのか意思表示と政治への監視と参加がいります。>

 である。まあ、一般論で言えばそういうことでしょう。ただ、スウェーデン型社会は日本には向かないと僕は思っているのだが。

 毎日新聞は<09年チェンジ/日本版「緑のニューディール」を/環境の先導で成長を図れ>と「グリーン・ニューディール」をオバマノミクス(オバマ大統領の経済政策)の柱とするアメリカの向こうを張って環境先進国になれ、とすすめる。というのは、

 <時代は大きく転換しようとしている。米国発の世界不況が明らかにしたのは、実は資源・エネルギーの大量消費を前提とする成長モデルの破綻である。世界はそれに代わる新しい成長モデルを求めている。>

 ので、各国を上回る規模とスピードで環境革命を起こせ、というのだ。アメリカは10年で中東石油への依存を断ち切るために総額1500億㌦を投資、再生可能エネルギーの開発・不朽を推進し、これによって500万人の新規雇用創出を見込む。李明博大統領の韓国も「グリーン・グロース」(環境成長)戦略を掲げているそうだ。

 そして、社説は実用段階の太陽光発電と次世代自動車を飛躍的に普及させることを提案する。2兆円の定額給付金を中止してそれを太陽光発電に回し、学校には全国くまなく設置すればいい、という。太陽光発電の余剰電力を今よりも高く電力会社が買い取り、10年程度でもとがとれる制度にすれないい、という。自動車はすべての公用車をハイブリッドや電気自動車にする、と。このようなことを書いてはいるが、最後の結びは同じになる。

 <日本には資金もあれば知恵もある。しかし、政治が明快なビジョンと強いリーダーシップを欠いている。年頭に当たって、改めて早期に衆院を解散し総選挙を行うよう求めたい。新たな民意を得た政権が、日本版「緑のニューディール」に丈高く取り組むことを切望する。>

 である。やっぱり、麻生政権ではない政権にやらせようというのだ。結論は同じだった。

 毎日新聞は元旦に相当に力瘤を入れたのか、1面に菊池哲郎主筆の<人に優しい社会を>の論文も掲載してあった。朝日新聞、東京新聞の「人間」路線と同じである。

 1500兆円の個人金融資産に象徴される世界に冠たる資産と技術と経験をフル活用することが日本の世界に対する義務だ、という。2兆円のばらまきをやめて、全額投入してがん治療特効薬を開発する、次の産業である航空機開発や介護用ロボットを完成する、アジアの学術の中心都市を作るなどの有効なお金の使い方をしてくれ、と要望している。それによって生き甲斐を保証する雇用を創出して社会の安定をもたらすことが政治の基本中の基本だ、と。

 何しろ政治家が信用されていないのが一番の問題だから、全面的に底辺に横たわる政治家不信をまず払拭することが、多方面で求められる安心感の基本だ、と。結論は、

 <政治の最終目標は人に優しい経済社会を作ることです。それが今回アメリカ的価値観の崩壊からわれわれが学んだ教訓です。久々にみんなで新しい挑戦を始めようではありませんか。>

 である。何を言っているのか、よく分からない。総選挙で政権交代させよ、と言っているのか? それならばそれで、もう少し分かりやすく書いてほしい。政治家不信を払拭することなど金輪際できないのだ。それがどうして分からないのだろう? 政治かも人間なのだから、悪いこともする。利益誘導もするだろうし、たまにはセクハラもするかもしれない。だけど、政治家はそんなことよりも結果で判断すべきでないか。田中角栄が妾に事務所を任せておいて、家族と不仲になろうが、日本をいい方向に導けばいいのではないか。あまりに政治倫理ばかり強調すると、リクルート事件で総理候補がいなくなったように、日本の政治が壊れてしまうだろう。三木武吉の時代ではないから妾の人数で自慢しなくてもいいが、そういう骨太の考えがあったから、昔の政治記者は臍下の話を新聞に書かなかった。

 今はテレビのワイドショーや週刊紙が面白おかしく報じるから、有権者は知ってしまうだろうが、有権者が成熟すべきだと思う。所詮人間なのだから、欠点もある。その欠点を許容できるかどうか、もっと大きな希望を与えてくれそうな政治家なのかどうか、を判断するのは有権者だ。政治家への信頼の喪失などというパターン化した言語は見たくない、と思う。

 読売新聞社説<危機に欠かせぬ機動的対応/政治の態勢立て直しを>は面白くなかった。毎日新聞の菊池論文と同じように、日本の強みは1467兆円もの個人金融資産があることだ、として、このうち150兆円から170兆円が平均的な個人のライフサイクルから見て「余剰貯蓄」といえる、とNIRA試算をあげている。日銀はタンス預金だけでも30兆円、投資や利殖より安全を志向する当座・普通預貯金としてほぼ眠っている資金が120兆円ある、と見ているそうだ。こうした「眠れる資金」を有効活用して成長産業に振り向けるのが大きな政策課題だ、という。

 読売新聞の社説が面白くないのは麻生政権に早期解散を求めるスタンスではないからだ。何とか支えようとするから、論理的に矛盾をきたす。政治関連では小見出しが<「党益より国益」を>だ。何を遠慮しているのだろう。読売新聞世論調査でも麻生内閣支持率はせいぜい20%だったではないか。早期退陣要求をして、解散すべきだ、と書けないのか。そこがすべてだと思う。

 日経新聞社説は<危機と政府① 賢く時に大胆に、でも基本は市場信ぜよ>。迷っているなぁ、と思う。市場原理主義が否定され、規制の必要性が声高に言われているが、日経は一貫して規制緩和を支持している。小泉構造改革路線の応援団である。だから、今回も世界各国の金融危機対応策はあくまで「大胆に、しかし一時的に」だとして、自民党と役人の権限強化のためのバラマキが構造的にならないように念を押している。

 これは正論だと思う。日本人は極端にふれるから、規制緩和が必要だといえば、労働の規制緩和までしてしまうし、だめだ、となれば、本来は緩和すべき規制を残そうとする。判断能力がないのだ。だから、日経のように個別の問題におりてきて、規制の必要なもの、必要ないものを識別する態度は日本では必要なことだと思うのだ。特に、

 <医療、農業、教育、運輸など成長につながる多くの分野で、民間の力をいかすための改革が足踏みしている。この歩みはさらに遅れるのだろうか。>

 という危機意識は共有したい。緩和してはならないのは「人」に関する規制なので、経済的な規制はどんどん緩和すべきなのだ。ずるい役人に騙されるとろくなことはない。

 産経新聞は元旦の新聞から社説(産経の場合は「主張」)がなくなってしまった。1面に皿木喜久論説委員長の<年頭に:日本人の「流儀」にこそ活路>の社説っぽい論文が掲載されていた。社説の代替品だろうが、何を言っているのか分からないような論文だったので、コメントは差し控える。

 全紙見ても「何かなぁ」という感じだった。パッとしたものがない、というか、こんなもんなのだろう、というか、何か切れがない。もぞもぞしている感じだ。

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