◆トマス・ペインの「危機」が原典だったって[産経抄]に教わった
各紙1月22日朝刊はそろってオバマ米大統領の就任演説の分析に多くの紙面を割いていた。
勉強になったのは産経新聞[産経抄]だ。
<トマス・ペインといえば、アメリカ独立の機運を高めた『コモン・センス』の筆者として知られる。1776年に独立宣言が発布されると、ワシントン将軍のもとでイギリス軍と戦った。ところが、敗走につぐ敗走で士気が下がるばかり。そんななか書き上げた論文が『危機』だ。その年の暮れの吹雪の夜、ワシントン将軍は兵士たちを集めて、朗読するよう命令した。「酷寒のなか、希望と良識しか生き残れないとき…」。まもなくアメリカ軍は反攻に転じる。>
独立戦争である。アメリカ人にしても歴史の彼方の話だろう。
日本は徳川氏の江戸幕府の安永5年。上田秋成の「雨月物語」が刊行され、平賀源内がエレキテルを完成した。2年前に前野良沢、杉田玄白が墓場をあばき、死体を解剖して人体の組成を科学的に分析した「解体新書」を発行している。アメリカ独立戦争勃発は1775年4月。ワットが蒸気機関を完成した年だ。1776年にはアダム・スミスが「神の見えざる手」で有名な「国富論」を刊行した。天明の大飢饉よりも昔だし、寛政の改革よりも前、文化・文政の百花繚乱の江戸文化の華が咲く約40年前。
明治維新の92年前である。「明治は遠くなりにけり」の約100年前の歴史である。随分と昔の故事を引っ張ってきたものだ。
[産経抄]の続きを読む。
<バラク・オバマ第44代大統領(47)も、就任演説の結び近くで『危機』を引用した。演説の名手は、100年に1度どころか建国以来の危機に際して、国民にあらためて団結の必要を訴えた。>
というくだりである。そうだったのか。知らずに読んでいた。オバマ演説では最後の部分にこの言葉が出てくる。共同通信の日本語訳でコピペしておこう。
<米国誕生の年、厳寒の中で、少数の愛国者の一団がいてつく川岸で消えそうなたき火のかたわらに寄り合った。首都は見捨てられ、敵は前進し、雪は血に染まった。独立革命の実現が不確かなときに、建国の父が次の言葉を人々に読むよう命じた。>
この「建国の父」がジョージ・ワシントン将軍、つまり初代アメリカ大統領だったわけだ。
<「希望と良識のみが生き残る酷寒の中、共通の敵にさらされた都市と地方は手を取り合ったと、将来、語られるようにしよう」>
この文章がトマス・ペインの「危機」だったのだ。
<米国よ。脅威に直面した苦難の冬において、時を超えるこの言葉を記憶にとどめよう。希望と良識を胸に抱き、いてつく流れに立ちはだかり、どんな嵐にも耐えてみせよう。子孫たちにこう言い伝えられるようにしよう。試練を与えられたとき、われわれは旅を途中で終えることを拒んだ。振り返ることも、くじけることもなかったのだと。そして地平線とわれわれにそそがれた神の慈悲を見据えながら、自由という偉大な贈り物を抱き、未来の世代に無事に届けたのだと。>
これはオバマ演説の結び。結びに向けて米国民に耐乏生活と将来への希望と団結を訴える切り札として持ち出したのが「建国の父」ジョージ・ワシントンたちの行動と思いだったわけだ。つまり、オバマ氏の頭の中では現状変革は「第二の建国」と位置づけられているのだろう、と思う。
[産経抄]の筆者は目のつけどころがいい。次の文章など、日本国民にちょっとした皮肉を言っている。この話は朝日新聞も演説全文のページで紹介し、毎日新聞は1面[余録]で取り上げていた。
◆深夜なのに視聴率が5.9%(関西では6,7%)
<史上初の黒人大統領の演説集が人気を呼ぶ日本では、未明に放映された生中継の視聴率が6%近くに達するほど、演説の内容に関心が高まった。>
そうなのだ。オバマ演説集がベストセラーになっている。未明に放映されたテレビ生中継を見た人がそんなに多かったとは。これは韓流ブームのぺ・ヨンジュン人気と変わらないのではないか、と私も突っ込みを入れてみたくなる。
まあ、日本の政治家が期待できないから、アメリカの大統領に政治家の理想像を見ている、と皮肉る評論家が多いであろうと推測するが、あまりに日本の政治家を貶めないほうがいい、と私は思う。なお、視聴率について産経新聞の一般記事では、
<21日未明にオバマ米大統領の就任式を中継したNHKの番組(総合テレビ)の視聴率は、関東地区が5.9%、関西地区が6.7%だったことが同日、ビデオリサーチの調査で分かった。前4週の同じ時間帯の平均視聴率は、それぞれ1.5%、1.6%で、深夜時間帯の硬派ニュースとしては非常に高い数字となった。>
と書いてあった。関西の人たちは深夜テレビが好きなようだ。
[産経抄]は続ける。
<もっとも、「新しい責任の時代」を見出しに取った新聞各紙は、キャッチフレーズ探しに苦労したようだ。おなじみの「イエス・ウイ・キャン」も「チェンジ」も省かれていた。ワシントン駐在経験のある同僚記者は、「意識的に地味にしたのでは」との見方を示す。>
<新大統領が直面するテロとの戦いや経済の立て直しといった問題は、いずれも成果が挙がるのに時間がかかる。期待が大きすぎると、仕事がやりにくいからだ。>
<就任式の名演説といえば、誰もが故ケネディ元大統領を思い浮かべる。「自分が国に対して何ができるかを問え」と国民に呼びかけた本人は、自国をベトナム戦争の泥沼に引き入れたまま、2年10カ月後に凶弾に倒れた。「名演説だけが残る大統領にはならない」。新大統領は、こんな意志を示したのかもしれない。>
冷静である。ケネディの名演説は有名だが、ケネディの業績は誰も俎上にしない。つまり、産経抄子が言うように、格好のいいことは言ったが、ベトナム戦争の泥沼に自国を引きずり込み、アメリカ経済凋落のきっかけを作った張本人なのだから。キューバ危機への勇気ある対処はあったが、それだけだった気がする。
そのケネディやリンカーンをあえて引用せず、トマス・ペインを引用した意味合いを産経抄子がうまく分析していた、と思う。
◆古森氏は会場の黒人の熱気にあてられたようだ
また、産経新聞1面大型コラム<歴史の象徴が直面する危機>で古森義久・ワシントン駐在編集特別委員が、
<選挙戦中はすっかり薄められていた人種がらみの要因がこの式典では力強く前面に出て……これほど参加者の規模が巨大で、これほど黒人の数が多い光景は目撃したことがなかった>
と式典の熱気を書いていた。
<零下7度の切るような寒気の中、未明からみなオバマ大統領の誕生を待ち受けた…熱心な参加者たちはどの方向をみても、アフリカ系米人とも呼ばれる黒人の老若男女が多数派を占めていた。>
最初の4段落は黒人の話だけだ。
<人種要因はオバマ陣営自身、選挙期間中はことさら薄めていた……就任式での黒人パワーの爆発するような発露が、いやでもオバマ大統領の人種的特徴の歴史的意義を明示したと感じさせられた。米国社会で奴隷とされ、参政権を奪われて差別された被迫害の歴史を持つ黒人が、ついに国家元首に選ばれたという事実が証する民主主義や人種融和の前進の意義である。>
どうも古森氏は現地の熱気にあてられて人種問題をことさら大きく捉えたらしい。しかし、冷静な目も失っていない。
<進路について新大統領は多数の「挑戦」や「危機」を列記して、もっぱら対応の難しさを強調することで一般の期待のレベルを引き下げようとするかにみえた。解決策については「責任の新時代」とか「平和の新時代」という標語での抽象的な構えをみせるにとどめ、具体策は示さない。就任演説は個々の政策よりも基本の姿勢の表明が主旨とはいえ、オバマ氏のこれまでの主要演説にくらべてずっと平板であり、聞く側を刺激し、鼓舞する内容のようには響かなかった。米国が内外で直面する現状はそれほどに厳しく、その米国を動かすオバマ大統領の立脚点も、もはや「変革」と「希望」を語ることだけではまったく対処できない真剣の実務の世界に入ったということであろう。>
と書いているのだ。産経抄子の見方と同じである。「責任の新時代」という日本の新聞が飛びついたキャッチフレーズも「抽象的」とズバリ書いている。そういうことだ、と思う。
◆キャシアス・クレイの時代とオバマの父の時代
朝日新聞[天声人語]も人種問題に焦点をあてていた。
<モハメド・アリ氏の、選手時代の逸話を思い出した。まだカシアス・クレイの名前だった若いころ、ローマ五輪のボクシングで金メダルを獲得して意気揚々と帰郷した。祝賀会のあと友人とレストランに行った。だが「黒人はお断りだ」と追い払われる。彼は怒りに震えてメダルを川に投げ捨てた。>
この伝説は知らなかった。
<脚色された「伝説」と言われもするが、オバマ大統領の生まれたころに黒人が置かれていた、隠れもない現実である。>
として例の「つい60年ほど前はレストランで食事もさせてもらえなかったかもしれぬ父を持つ男がいま、あなた方の前に立っている」というオバマ演説を紹介する。
<奴隷制以来の過酷な差別を思えば、「大統領になったことが最大の仕事」の声が上がるのもうなずける。それは、自由と平等をかかげた建国の理想の体現だった。>
として、文章の最後にも、
<歴史的な就任式にはアリ氏の姿もあったそうだ。メダルの一件以来、人生をかけて差別と闘ってきた人である。人種問題を乗り越え、さらなる困難に旅立つオバマ氏に、大きなエールを送ったに違いない。 >
で締めていた。そして、さっきの文章の次は、
<だがその「大仕事」はきのうで終わり、今日からは容赦のない現実が待つ。>
と話題を転じるのだ。
そうなのだ。昨日から書いているように、人種問題は大統領選に当選した時点で「終わった問題」。そして、
<膨らむ期待は、世界に満ちる不平、不満、不幸の裏返しにほかならない。さらに不安、不信、そして不穏。「不」が渦巻く荒海への、いわば船出である。>
なのである。
<米国の大統領とは、多種多様な国民が、その時代に求める「かくあらねばならないアメリカ」の象徴といえる。首のすげかえといったお手軽な話ではない。そして期待の横で常に、失望が深々と口を開けている。>
一般論を書いている。「首のすげ替えといったお手軽な話」は日本の政権交代のことを皮肉を込めて言っているのだろうが、そういう言い方が政治化蔑視を生み、政治不信を生むとは思わないのだろうか?
◆北朝鮮、アフガニスタン、パキスタン、ロシア、中国の受け止め方
オバマ大統領演説全文を読みやすい形で1ページに収録していた東京新聞は国際面の3分の2を使い、[変化待ち望む世界]のタイトルで北朝鮮、イラン、アフガニスタン、中国などの受け止め方を特集していた。
ついでに言えば、オバマ演説全文の扱いは各紙工夫をしていたが、読売新聞も1ページに英文と日本語訳を掲載したが、こちらは英語の教科書並みに英文の横に日本文をフレーズごとにまとめて載せて、英語の勉強が出来るようにしてあった。一番工夫が見られたのが読売新聞かもしれない。
さて、東京新聞記事に戻る。注目の北朝鮮については、
<朝鮮中央通信など北朝鮮メディアは21日、オバマ米大統領就任を即日、論評抜きで伝えた。ラヂオプレス(RP)によるとブッシュ前大統領の就任時は3日後、クリントン元大統領の際は2日後に報じており、関心の強さを示した。今後は「核兵器保有」の立場をより強く打ち出し、直接対話を通じた国交正常化交渉に本腰を入れる可能性が高い。>
この点については読売新聞が国際面トップ<北、直接対話に期待/就任直後、異例の報道>で大きく取り上げていた。東京新聞に戻る。
<「米国による核の脅威が除去され、南朝鮮(韓国)に対する米国の核の傘がなくなれば、わが方も核兵器が必要なくなる」。オバマ大統領就任を控えた13日、北朝鮮は外務省報道官の談話を通じ、今後の核交渉は米国との関係正常化とセットにして進める意思を強調した。>
<韓国の政府系シンクタンク、統一研究院の朴英鎬・国際関係研究室長は「北朝鮮はオバマ大統領に直接対話への積極的な信号を送る一方で、自国が『核保有国』であるとの主張を既成事実化することを狙っている。関係正常化を達成する以前に、米国が想定する厳格な核検証に応じるつもりはなく、米朝間の交渉が簡単に前進することはないだろう」と予測している。>
まあ、一般論しか書いてない。
◆事前に米韓で北朝鮮への特使派遣問題で詰めていたそうだ~朝日新聞
朝日新聞は国際面<北朝鮮の米接近/警戒強める韓国>で少し踏み込んだ内幕を書いていた。
韓国大統領府関係者が今月、オバマ政権の外交担当者らと面談し、米特使の北朝鮮派遣問題について「早期派遣は北に誤ったメッセージを与える」と主張して①核施設の無能力化など非核化第2段階の完了②米韓の事前協議――を前提にするよう求め、米側が「合理的な考えだ」(リーズナブル、とでも言ったのか?)と回答し、別のルートでも特使派遣は実現しても春以降になるとの見通しを韓国側に示した、とあった。
おいおい、である。
日本はそういう協議には参加していなかったのか。これもヒル氏の陰謀ではないのか? オバマ政権の外交担当者とは誰なのか? カート・キャンベル氏ならば、少なくとも日本の外務省か谷内氏にこの協議内容を伝えたと考えるのが普通だが、そうではなく、全く日本がパッシングされた形で進んでいるとしたら、これは由々しいことだ。
朝日新聞の記事を少し写しておく。
<オバマ政権の対北朝鮮政策は、クリントン元政権の関与政策(ペリー・プロセス)を引き継ぐとの見方が韓国では強い。韓国政府関係者は「対話が無理なら軍事行動も辞さない政策。どちらに進むのか注視するしかない」と語る。>
ペリー・プロセスか。何年か前、日本である新聞社主催のシンポジウムでペリー氏が北朝鮮の核施設をピンポイントで攻撃することもありうる、と話していたのを聞いたことがある。「本当かいな」と思ったが、あの時は韓国側の必死の説得で米国は路線変更をしたと覚えているのだが。
朝日新聞記事は続けて、
<北朝鮮は11月、訪米した李根外務省米州局長がオバマ氏陣営のアジア政策担当者と接触。様々な提案を行ったという。2月には朝鮮労働党傘下にある朝鮮アジア太平洋平和委員会の李種革・副委員長が訪米し、米国の朝鮮半島専門家と意見交換する方向で調整しているという。>
と書いていた。北朝鮮も表面上は韓国を脅したり、忙しくしているが、水面下では実質的な会談を繰り返しているようだ。
何か、何もやっていないのは日本だけではないか、と思えてきた。
東京新聞の記事に戻る。
アフガニスタンとパキスタンはブッシュ前政権の武力一辺倒から対話と掃討の「和戦両様」に政策転換するオバマ氏の姿勢を歓迎しているが、両国とも政権の求心力が低下、泥沼化の懸念は消えない、としている。
一方、ロシアは年内に失効する米ロ第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる新条約にも意欲的な米新政権を静かに見守り、メドベージェフ大統領は「関係正常化を期待する」と述べたが、期待が裏切られたと判断すればロシアが再び「新冷戦も恐れぬ」姿勢で臨むことも考えられる、と書いている。どうも、ナショナリズムに目覚めたロシアは扱いにくい国に逆戻りしているようだ。
中国は世界経済が悪化する中、対中貿易赤字を背景とした人民元レートの切り上げ圧力を警戒。人権やチベット問題など、中国側が「主権にかかわる」として譲歩できない問題についても、オバマ政権が是正を要求してくるかどうか関心を寄せる。台湾問題では米国の台湾向け武器売却に一貫して反対している。今後、こうした問題で米中間に摩擦が生じる可能性が焦点になる。中国人識者の多くは「中米関係は、比較的安定した関係が続いたブッシュ政権時と基本的に変化はない」とみている。金融危機克服やイランや北朝鮮の核問題など、ブッシュ政権が残した負の遺産を解決するためには、中国の協力が欠かせないというのが理由だ、と書いていた。
すべて一般論だが、こういう機会に各国と米国との関係をおさらいしておくのも勉強になっていい。
◆日経新聞はバカ騒ぎにお付き合いしない新聞だった
日本の新聞のバカ騒ぎをどこ知らぬ顔でわが道を行ったのが日経新聞だった。21日夕刊1面本記と2,3面見開きで十分書いた、という判断だろう、特集面もなく、まとまった記事もない。社説が目立った程度だった。
◆スタンリー・クレイマーの「招かれざる客」と40年間の変化
読売新聞1面署名記事は岡本道郎アメリカ総局長論文<「黒人初」の次元超えて>だった。
<1967年、ハリウッド社会派のスタンリー・クレイマー監督は、黒人エリート医師と白人女性との結婚話を描いた映画「招かれざる客」(邦題)で、米社会の人種差別に強烈な問題提起を行った。新聞社主でリベラルを自任する娘の父親が苦悩の末、結局結婚を認める物語なのだが、白人と黒人の結婚がなお全米16州で禁止されていた時代に、異人種間の初キスシーンも含め大きな衝撃を呼んだ。劇中、黒人俳優の草分け的存在、シドニー・ポワチエ演ずる医師が父親に子供について聞かれ答える場面がある。「彼女は、子供はみんな大統領になって、多人種の政権を作るって考えています」。42年後、このセリフは現実となった。ケニア人の黒人男性とカンザス州の白人女性との間に生まれたエリート政治家バラク・オバマ氏が、一気に権力の頂点ホワイトハウスの主となった。>
なるほど、「招かれざる客」から入ったか。
<初の黒人大統領。公民権運動の究極の到達点であり、米国の民主主義の輝きを示す人類史的出来事であることは論をまたない。だが、むしろ、わずか40年程度の時間の流れの中で、かつての不可能が可能になる――そんな米国のダイナミズムにこそ、凄みを感じる。今後、オバマ氏の言葉、行動すべてが「歴史」になる。では、歴史はオバマ大統領に何をさせようとしているのか。>
「黒人大統領」という意味ではオバマ氏の今後の行動はすべて「初めて」尽くしであり、歴史になることは間違いないが、岡本氏がいうようにわずか40年前の「不可能」が「実現」してしまうダイナミックな社会が驚きだ。一体何なのだろう?
岡本氏は米国健在論、衰退論がたたかわされている中、オバマ氏がいかに「漂う米国に適切な羅針盤を取り付け、その健全な再生に着手する」ことができるかが勝負だ、「失敗はそのまま、衰退論の定着につながる」と言う。
<オバマ氏の最大の武器は、異論を持つ他者の意見に耳を傾け、「Yes We Can(我々はできるんだ)」の「We(我々)」の中に取り込んでいくマジックにも似た包容力にある。米国と世界の双方に役立つ、オバマ大統領の「We」をどこまで広げられるか。「黒人初」の次元を超え、真の偉大な大統領として歴史に刻まれるかどうかはそこにかかる。>
と、書いていた。見出しからは相当期待したのだが、黒人大統領論から一歩も出ていなかったのは残念だった。
◆各紙の「識者の話」、そう目新しいものはなかったが……
読売新聞は政治面トップで<オバマ政権/対北、米の軟化警戒/政府/早期首脳会談目指す>でオバマ政権に牽制球を投げていたのが目立つところか。
識者談話も読ませる部分なのだが、大体、久保文明・東大教授(アメリカ政治専攻)、渡辺靖・慶大教授(アメリカ研究)が登場した新聞が多かった。久保氏は<党派超え、大局的視野>(読売)▽<価値観の転換見える>(朝日)など。渡辺氏は<派手さ抑え、現実直視>(読売)などの見出し。今の時点ではいくら専門家とはいえ、ジャーナリストと同じようなことしか言えないだろう。
読売新聞は解説面を全部使って[変革 オバマ新政権と日米関係]の識者インタビュー特集をしていた。大沼保昭・東大教授(国際法専攻=62歳)、谷内正太郎・日本政府代表(早大客員教授、前外務事務次官=65歳)、ケント・カルダー米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院東アジア研究センター所長(元駐日米大使館特別補佐官=60歳)といい顔触れをそろえていた。
大沼保昭・東大教授(国際法専攻=62歳)の<多極の中での国際責任 双方に>の主張のポイントは
<「チェンジ」の最も長期的で巨大な変化は、独善的普遍主義から多極の中の最有力国へという米国民の自己認識の変化だろう。この米国民の意識改革の端緒をつけることがオバマ政権の文明史的な課題となる。>
だろう。「20世紀の米国は自分は国際ルールの外にいながら、他者にはルール順守を求めるリーダーだった」から、京都議定書、国連海洋法条約、女子差別撤廃条約、国際人権規約という「普遍的な条約に米国は入っていないのに、他国には法を守れ、ルールを守れ、と説教する」が、「21世紀の相対的最有力的国としての米国は、そうであってはならない」として、日本人は政治家、官僚、企業人、学者、ジャーナリストも一般市民も有人として米国民に率直にそう告げるべきだ、というのだ。
<ただ、日本も自らが汗をかかなくては、説得力は生まれない。減少傾向が続いている政府開発援助(ODA)の増額はぜひとも必要だし、難民、外国人労働者、留学生などをもっともっと受け入れていくべきだ。これは少子化、高齢化に悩む日本自身の利益になることだ。>
前半部分は賛成である。ODAを減らすということの意味合いを政府も政党ももっと考えるべきだ、と思う。軍事力で国際貢献できない日本の限られた有効なツールとしてのODAをもっともっと有効に活用すべきだ、と私も思う。
ただ、後半部分は賛成しかねる。いわゆる「人の国際化」問題である。
もしも「人の国際化」を徹底するとなれば、それは国民のある程度のコンセンサスができた後でなければならない、と思う。
大沼氏は犯罪者らが日本に入り込む危険性を無視しているわけではないと思うが、日本人の生活のありよう(way of life)が大きく変化する、ということを考えなければならないと思うからだ。
ただでさえ、木造で障子、縁側のあった日本家屋には住みにくくなってる。防犯的な意味合いもある。日本のこれまでの凶悪犯は家を壊して侵入するようなことはまれだったが、韓国の強盗団が日本にやってくるようになった後は、こういう手口も増えた。
日本国民の「安心・安全」という政治が守るべきことと、国際的トレンドとしての「人の国際化」は折り合いをつけながら進めるべきだ、と思う。無闇矢鱈に開けばいい、というものではないだろう。
下村治氏ではないが、政治が最も大切にしなければならないのは国民であり、国民経済だ、という基本中の基本を忘れないで対処してほしい。
谷内正太郎・日本政府代表(早大客員教授、前外務事務次官=65歳)の<温暖化問題 積極姿勢に期待>は、
<オバマ政権最大の課題は、現在の金融危機、景気後退への対応だろう。解決には3~4年を要し、任期一杯まで及ぶ非常に大きな問題だ。>
と、金融危機を重く見る。そして、北朝鮮政策である。
<北朝鮮施策の基本スタンスは前政権を引き継ぎ「対話と圧力」となるが、オバマ政権は、当面は「対話」をより重視し、実際の北朝鮮とのやり取りを通じて対話だけで本当に済むのかどうか検討していくことになるだろう。>
と見通している。そして、
<日本には「対話重視路線」を不安に思う向きもあるだろう。日本は日本の立場をきちんと説明し、米側の理解を求めるべきだが、米国の政策は結局、米国が判断するしかない。>
何か、諦めのような書き方なのが気になる。クリストファー・ヒルの後任の国務次官補(東アジア・太平洋担当)のカート・キャンベル元国防次官補代理について「非常に行動力があり、実務能力も高い。日本との関係も深いから大いに期待できる」と書いているが、どう期待すればいいのだろう。
やはり、北朝鮮関係では日本は数年間、孤立無援の中での苦闘を強いられるのかもしれない。
懸念するのは、そうした苦しい時期になると、「拉致問題は日朝国交正常化の障害物」などという北朝鮮シンパの学者やジャーナリストの声が大きくなることだ。北朝鮮の宣伝工作も巧妙化するだろう。
テレビ・メディアが見識を持って、こういう場当たり的で国益にそぐわない声を遮断できるかどうか。ジャーナリストの矜持が問われる場面がくるだろう。
そして、ケント・カルダー米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院東アジア研究センター所長(元駐日米大使館特別補佐官=60歳)は<同盟 広い概念で追求を>の見出し。最近出した「日米同盟の静かなる危機」のダイジェストのようなものだった。
内容を少し紹介する。
<かつては米国にとってアジアで重要な国は日本しかなかったが、今や中国が台頭し、韓国も大きくなった。朝鮮半島も核問題を抱える。日米関係と競合する政策課題が複数ある。米国内のアジア系人口の割合も日系人は1960年頃から横ばいだが、70年代以降、韓国系、中国系が爆発的に増え、日系人を逆転している。日本は企業の米本社などがニューヨークに集まっているため、ワシントンにおける存在感は中韓のほうが日本より大きい。一般の日本国民はこうした構造的な問題を意識しないが、問題は我々が考えるよりも深刻だ。しかも、両国で政権交代があるとすれば、関係が不安定となり、問題はより大きくなる。>
<「オバマ政権は中国重視ではないか」という懸念が日本にある。確かに「ジャパン・パッシング」(日本無視)は深刻な問題だ。しかし、それはオバマ大統領や政権幹部と日本との人脈の薄さによるものではなく、構造的なことが理由だと理解すべきだ。>
この構造変化は日本人に理解されていない。
だから米下院や上院に突然、日本非難決議などが出てびっくりする、というパターンが続いている。慰安婦決議案にしても、南京大虐殺にしても、こういう構造を知らないと対処法も編み出せないだろう。つまり、アジア系アメリカ人の中での韓国系、中国系の隊等である。これに加えて両国からの留学生が圧倒的に多い、つまり、日本からの米国留学生が少ない、ということも付け加えておいたほうがいいだろう。
カルダー氏は日本が考えるべきこと、として「エネルギーと気候変動といったグローバルな問題が重要」言う。そして、安全保障分野については、
<海賊問題でのシーレーン防衛がアフガニスタンよりも重要だ。中国が活動に加わる一方で、日本がやらないというのはいい考えではない。>
とシーレーン防衛に踏み出せ、と勧めるまた、
<アフガンに関しては、米国と疎遠な隣国ウズベキスタンや周辺国を支援することが有効だ。アフガン本土の地方復興チーム(PRT)への協力も感謝されるだろう。>
と示唆する。
そして、北朝鮮問題である。この部分は書き写しておこう。
<北朝鮮問題では、政権についた米民主党は共和党より人権重視の傾向が強く、拉致問題を理解できる人が多い。これまで6カ国協議を担当してきたクリストファー・ヒル国務次官補が、日米関係を意識しなかったのははっきりしている。国務長官に指名されたクリントン氏は、地域全体の責任者と特定の問題の特使を分ける考えのようで、効率的になるだろう。>
とヒル氏が日本嫌いだったことを露骨に書いている。その通りだったのだろう。なぜこのような男を東アジア・太平洋担当にしたのか。ブッシュ政権は本当に日本を考えていたのか? いろいろ疑問が出てくる。
カルダー氏は、こうした米国政権交代に関する変化についていけない日本政治情勢を「日米関係にとって不幸だ」と懸念する。
<特に米国の政治プロセスを考えると、政権が取り組む課題が選択される最初の1年半ぐらいがとても大事だ。>
というのだが。谷内氏らがどこまでやってくれるのだろうか。
◆朝日新聞は同時通訳の鶴田知佳子・東京外大教授の話
朝日新聞の識者コメントは鶴田知佳子・東京外国語大教授(同時通訳者)の<オバマ演説/希望を実感させる説得力>だった。
<有名な「イエス・ウィ・キャン」は一度もなく、「チェンジ」も二度しか出てこなかった。しかし、変化、希望、団結という彼のキーワードは、その奥にこめられている。就任演説をひとことで言うなら「過去の成功体験を未来への希望へとつなごう」というものだ。…「安全と理想の二者択一を拒絶する」と語ったのは、ブッシュ政権に対する批判だろう。…彼の演説の一番の特徴は言葉の力そのものにある。選挙戦中の演説で、三つの疑問を示したあとに「答えは…」で始まる三つの文章を並べるなど、3回の繰り返しが特徴的だった。勝利宣言でも「新たにエネルギーを開発し、新たに雇用を作り出し、新たに学校を建てる」というように「新たに(ニュー)」を3回並べた。>
<雄弁さと巧みなレトリックは、下手をすると大衆をあおるような演説になりがちだ。しかし彼の場合はそうはならない。語り口はクールであり、激高したり叫んだりすることはほとんどない。自己陶酔には陥らず、むしろ常に長州を見ている。抑制した話し方が、かえって説得力、信頼性を増している。>
<初のアフリカ系大統領だが、黒人特有の発音やアクセントがない。インドネシアやハワイの学校で学んだり、カンザス州出身の白人の祖父母に育てられたりしたからだろう。高い教育を受けた知識人の英語だ。>
<彼の演説に共通しているのは、この人についていけば明日は良くなると思わせる説得力、そして聞いている人たちを自分も統一体の一部と思わせる力だ。(CNNで)同時通訳をしながら、国家の指導者の言葉とはこういうものかと思った。>
さすがに同時通訳者だけあって、細かいところから見ているのが印象的だった。
毎日新聞は久保文明・東大教授(米国政治)、有賀夏紀・埼玉大教授(米国史)、本山美彦・大阪産業大学教授(世界経済論)の3人の談話が演説全文のページに載っていた。
有賀夏紀・埼玉大教授(米国史)の
<驚いたのは、米国の多様な各宗教と並べて「無宗教者」を挙げたことだ。神を信じることを前提とする米国政治の伝統ではありえないことで、無神論者の存在を認めたのは大統領として初めてだ。勇気ある発言だ。>
という分析には驚いた。そうだったのか。こっちは仏教徒が無視されたことを悲しんでいただけだったのだが。
本山美彦・大阪産業大学教授(世界経済論)の、
<金融、経済分野に関して演説内容に具体性が乏しく、がっかりした。>
というのは、米大統領の就任演説の意味合いを知らない人のコメントのようだった。ただ、次の分析は面白い。
<世界的な金融危機の根本を作ったのはブッシュ政権ではなく、クリントン民主党政権だ。当時、財務長官を務めたロバート・ルービン氏が中心となって金融規制緩和を進めたためだ。演説では、そうした経緯に触れず、「原因は一部の人々の貪欲さと無責任さにある」という表現でごまかしてしまった。>
として、経済関係閣僚にルービン派が多いことを問題視。厳しいのは、
<就任式直後、ニューヨーク株式市場でダウ平均が急落したのも、投資家たちが「この政権は何もできない」と危惧をいだいたためだろう。>
と書いたことだ。少しはほめているが、辛口の批評だ。このルービノミクス批判って、案外本ボシなのかもしれない、と思った。
◆毎日新聞の北朝鮮研究専門家へのインタビュー
毎日新聞は国際面で韓国統一研究院北韓研究室長の崔鎮旭氏(49)のインタビューを入れていた。[識者に聞く①]とあるので、[荒波への船出]ワッペンのインタビュー編らしい。その1回目に北朝鮮問題を持っていたのだ。見出しは<核検証先送りなら摩擦も>だった。
読んでみよう。
崔氏はオバマ政権の対北朝鮮政策は①米朝間の直接対話を目指す包容政策②非核化での原則主義的な政策――の硬軟両面がある、と分析。北朝鮮がアメリカ、韓国にいろいろとモーションをかけているのはオバマ氏の原則主義に対抗して朝鮮半島の核は北朝鮮だけでなく、韓国が受けている米国からの「核の傘」も問われている、といっているのだ、と。
今後の北朝鮮については、今は内部引き締めのために対外的に強いことを言っているが、オバマ政権の特使との対話が進展すれば4月頃には柔軟性を示す可能性もある、という。
なるほど、なるほど。韓国の政権中枢に近い学者の考えはそういうものだろう。
いつもこの調子で「何月になれば」「何年たてば」で誤魔化されてきた。その間に北朝鮮が核兵器を着々と開発していた、という繰り返しだった。また、同じことを許そうというのか。日本人にはもう堪忍袋がなくなったから、緒は切れない。黙ってやり過ごすだけらしい。そのうちに北朝鮮さまから核戦争の脅しをかけられ、ごり押しの要求を呑むしかなくなる(かもしれない)。
と、過激なことをいいたくなるような、生煮えのインタビューだった。
社説も読もうかと思ったが、そうこうしているうちに夕刊が届く時間になったので、この辺でやめておく。
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