書評「世界経済危機 日本の罪と罰」野口悠紀雄著(ダイヤモンド社)
野口悠紀雄著「世界経済危機 日本の罪と罰」(ダイヤモンド社、2008年12月11日第1刷発行、定価1575円)を読んだ。また帯の文句を写しておこう。<主犯アメリカに資金を供給し続けた”共犯者”日本。その結果として、この国を未曾有の大不況が襲う!輸出立国の崩壊で、本当の危機はこれから始まる。100年に1度とされる経済危機の本質は何か。その分析、今後の行方、そして今なすべき対策までを野口悠紀雄が緊急提言!いったい何が起きているのか?これからどうなるのか?この経済危機の本質を野口悠紀雄が解き明かす!>である。何か禍々しいぞっき本のようでもあるが、内容はしっかりしている。基本的には週刊ダイヤモンドに連載したコラムを集めて書き直した文章らしいが、ものすごく分かりやすい。
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世界経済危機 日本の罪と罰 著者:野口 悠紀雄 |
表紙裏にも宣伝文句が書いてある。<日本は、「アメリカ発金融危機」の被害者などではない。危機は世界的なマクロ経済の歪みが生んだものであり、日本はその中心に位置している。成長率がマイナス数%になるような、未曾有の大不況が日本を襲う。本書は、それに対する警告である。>
何かノストラダムスの大予言のような宣伝文句だが、野口氏のファンには慣れっこなのかもしれない。
この宣伝文句で野口氏の言いたいことは随分と表わされていると思う。例によって、内容で面白かった部分をピックアップしておく。
▽本書の目的は起こった事件を単に列挙するのではなく、分析を行うことだ。新聞や雑誌は生じた事件を報道はしているが、分析は必ずしも十分でない。(P6)
▽前FRB議長のアラン・グリーンスパンが「100年に1度の津波」と言うのはけっして誇張ではない。とくに、日本の立場から言うとそうなのである。(P11)
▽2002年以降の日本の景気回復は、対米輸出の増大と、異常な円安という持続不可能な二つの要因に支えられたものだった。日本の貿易黒字はゼロになる可能性がある。アメリカ以上に急激な日本の株価下落は輸出立国モデルの崩壊を知らせる市場のシグナルである。(P19)
▽「改革によって日本が変わった」という説明はまやかしに過ぎず、日本経済の実態は古いままだった。輸出増は、日本の輸出産業の真の競争力増強によって実現したものではなく、輸出量の拡大と円安によって日本の輸出産業の価格競争力が実力以上に高まったことによるものだった。(P29)
▽1990年代の世界経済の大きな変化の一つとして工業製品の価格低下がある。これは社会主義経済が崩壊し、また中国などの新興国が工業化し、低賃金労働の活用で工業生産ができるようになったからだ。この変化で最も大きな利益を受けたのはアメリカだ。アイルランド、イギリス、北欧諸国などもこの変化によって受益した。
▽1980年代以降の日本経済に生じた最も顕著な構造変化は輸入構造の変化だ。かつての日本経済は原材料を輸入して工業製品の生産を行い、これを輸出するという基本構造を持っていた。これを反映して80年代はじめまでは食料・原材料輸入が総輸入の約4分の3、製品輸入が約4分の1という構成だった。ところが90年代になってこれらがほぼ同比重となり、現在では製品輸入の方が多くなっている。しかし、日本は新興工業国の発展という大変化の利益を十分に享受できなかった。むしろ逆に新興工業国との競争によって国内産業が疲弊した。それは旧来型の産業構造にこだわったからだ。07年の夏ごろでも日本の株式指数が90年の4割にしかならなかったことがそれをよく示している。(P33)
▽古いタイプの産業を支えるために、金融緩和と円安政策が取られた。本当に必要な構造改革は産業構造の変革だったのに、近視眼的なバイアスのために、全く逆の経済政策が取られた。「小泉政権は改革を行った」というが、経済の面から見れば低金利と円安政策で古い産業構造を温存したのである。それだけではない。異常なマクロ政策が長期にわたって継続されたため、それを利用する国際的な投機が発生した。それは、日本から高金利通貨国への投資資金の移動だ。それが今回の金融危機の一つの原因になっている。株価下落の主要な原因は「無理のある円安をこれまで続けてきた」という日本側の事情なのである。しかし、そのバブルは崩れた。現在起こっているのはバブルがなければ実現していたであろう状態への回帰に過ぎない。(P34)
▽1990年代の日本の不良債権処理は極めて不透明なかたちで行われた。不況が続く限り、資本注入で不良債権問題は解決できない。(P45)
▽「投資銀行モデルの終焉」と言われるが、「ハイ・レバレッジのビジネスモデルの崩壊」だ。(P69)
▽サブプライム・ローン問題の本質は本来行われるべき「資産の価格付け」が行われず、似て非なる「格付け」に全面的に依存したことだ。分散投資で回避できるのは「個別リスク」であり「市場リスク」は回避できない。格付けによって住宅ローン証券化商品のリスクを完全に評価することはできない。本来ならファイナンス理論や金融工学を利用して投資対象のプライシングを行うべきだったが、それをしなかったことが問題だ。(P78)
▽アメリカの90年代以降の経常収支の赤字は80年代後半とは違ってストップがかからず拡大を続けた。「アメリカが経常赤字を続けられるのは国債基軸通貨であるドル紙幣をするだけで外国からモノを買えるからだ]という人がいるが、これは違う。これは「アメリカはシニョリッジ(通貨発行権)を持つ」というが、変動為替制度では仮にドルが外国通貨に対して減価すればいくらドル札を印刷しても赤字をファイナンスできない。アメリカが赤字をファイナンスできるのはアメリカへの資本流入があるからだ。(P91)
▽日米貿易不均衡が継続しうるのは何らかの理由で日本が強制されているからではなく、またアメリカの軍事力が強いからでもない。日本が円安政策を取ったのは主として輸出産業の利益のためだ。これは「資本取引を通じた黒字還流」だ。
▽1980年代後半以降、アメリカ経済の順調な成長に伴ってアメリカ人の生活が豊かになり、それが過剰消費を生み、経常収支の赤字増大につながった。そこには郊外の豪華な住宅に住み、自動車で遠距離を通勤するという生活スタイルがある。ガソリンの税が安い。住宅取得の減税も半端じゃない。日本の10倍以上だ。マクロ経済的な観点から見れば「アメリカのガソリンと乗用車の使用、住宅への支出が世界標準に比べて過剰」なのだ。(P94)
▽アメリカの赤字が大きくなりすぎるとその持続可能性に疑問が持たれる。これが「ドル暴落の危機」だ。20年以上も前にポール・クルーグマンが警告していた。しかし、グリーンスパンが自叙伝「波乱の時代」で書いたように、クルーグマン理論への反対論が相次ぎ、実際、アメリカは赤字をファイナンスしてきた。ハーバード大学の国際経済学者リチャード・クーパーやFRB議長のバーナンキは04年、05年ごろに「日本人は働いて得た黒字をアメリカ人の贅沢な生活を支えるために使ってしまったが、貯めた金の使い道はそれ以外なかったのだから仕方ない」という趣旨のことを言っていた。随分馬鹿にされたものだが、そういわれても仕方ない政策を日本は取ってきた。日本の輸出産業にとってそのような世界経済構造が望ましかったのである。だが、貯め込んだ経常収支黒字を国内のインフラ整備に回せばアメリカ並みの住宅環境を実現できたはずだ。そのような潜在的な経済力を持ちながら経常収支黒字を生活の豊かさを実現するために使えなかった。その理由は経済政策が貧困だったからだ。そして、今なお日本はその状況から脱していない。日本の産業構造が大きく変わらない限りアメリカに資金を提供し、そして円安を維持することによってしか日本の企業は生き延びられない。貿易黒字に頼った成長はできないことが明確になったのに、それからの脱却が大きな摩擦を伴うために現実にはほとんど実現不可能である。(P105)
▽アメリカでは住宅を担保に自動車ローンを組む消費者が多い。住宅価格が値上がりし金利が低下すると住宅ローンを借り替えて借入額を増やすだけで返済額はそのままで多額の現金が手に入る(キャッシュ・アウト借り換え)ので、その大部分が新車の購入に充てられた。こうして住宅価格上昇が自動車購入を増やした面が強かった。ところが住宅価格が下落を始めるとこの条件が一変する。ローン審査が厳しくなって信用収縮が生じる。これまで車を買えた人が買えなくなる。これまでの対象者の40%がローンの対象外になるといわれる。だから自動車購入が急激に落ちる。(P107)
▽アメリカの経常収支赤字が巨額である限り、次々にかたちを変えた金融危機が顕在化するだろう。そのたびに日本の株価が下がるだろう。(P121)
▽ドル買い介入が行われた時、それを非不胎化するために貨幣供給量の増加を放任する必要があり、したがって量的緩和政策が必要になる。2001年に導入された量的緩和政策はデフレに対処するためと表向きは説明されたが、真の目的は為替介入による貨幣供給量の増加を放置することだったと考えられる。「デフレ脱却のために金融緩和を行う」というのは、単に正当化のための説明に過ぎなかったのだ。(P133)
▽実質実効為替レートで見ると2000年以降の円安は異常なものだった。にもかかわらず円安が大きな問題にされなかったのは①人々はメインクレーとに注目して実質レートを見ないから②アメリカが脱工業化を実現して製造業の利害が政治に反映されなくなった――ためだ。この結果、古い産業構造が円安で利益を得た。(P140)
▽ドル建て資産の4分の1程度は円高によって失われた。日本の対外資産は07年末で640兆円あり、そのうちドル建てのものが証券投資と同じ比率(41%)あるとすると、損失は63兆円程度だ。ユーロに対しても円高になっているので、それを含めれば損失はもっと拡大する。IMFが08年10月3日に公表した推計によるとサブプライム関連の金融機関損失の総額は今後数年間で約143兆円と予測されており、日本が為替変動ですでにこうむった損失は半分近くになる。今後、ドル安がもっと進むとさらに減価する。この損失を取り戻すのは不可能だろう。これは「史上最大のデフォルト」つまり「踏み倒し」と呼ばれることがある。ドル資産に集中して投資していた日本が愚かだっただけである。(P146)
▽世界経済は大きな転換点だ。新興国の世界経済に与える影響がこれまでの「供給の増加」から「需要の増加」にシフトしている。そのため長期的には価格上昇圧力が働く。(P165)
▽金の価値を基準と考えれば、今までに生じたのは「ドルの減価」であり、原油も農産物もさして価格が上昇したわけではない。(P165)
▽鉄鋼産業は原材料価格の高騰のためむしろ円高で収益が増えるような構造になった。これまで輸出産業はおしなべて円安を望んでいたが、いまや資産価格の値上がりでその一枚岩的な構造は崩れた。(P167)
▽アメリカの経常収支赤字が解決しない限り、混乱は収まらず、しわ寄せは日本と中国に集中する。日本の貿易収支赤字転換は不可避だ。5%のマイナス成長もあり得る。中長期的に見てより大きな問題を抱えているのはアメリカよりもむしろ日本だ。これからの日本は制御不可能な事態に直面する可能性がある。(P194)
▽円高こそが経済成長の利益を日本人が享受するための自然なルートだ。円高は日本人の労働価値が高く評価されることだからだ。日本の中核産業である輸出産業は政治や世論に対する影響力が圧倒的に強い。それゆえ、日本は円安を望むバイアスを持っている。金融緩和、円安政策を進めようとする勢力を抑え、方針を変更させられるだけの声が国民から上がるかどうかが日本の将来を決める。(P239)
▽日本経済が今回の危機を乗り越えるには為替レートが60円台になっても収益が上がる産業構造をつくること。資本面で国際的に開かれた国とすることだ。モノの輸出ではなくカネの運用によって国を支えられる時代においてはファイナンスの手法を習得し、対外資産の収益率を高めることが重要な国民的課題だ。そのために必要なのは高度な金融専門家の養成だ。これは日本の高等教育の中で最も立ち遅れた分野だ。(P246)
大体、以上が気づいた点だが、疑問点もあった。というのは野口氏は食料自給率アップは必要ない、食料を禁輸されるなどということはありえないのだから、農業を構造改革して輸入に頼ればいい、という。たしかに野口氏のいうようにカロリーベースの自給率という概念は異常に数字が低く出るかもしれないが、食糧安全保障という問題をまったく考慮しなくていいのだろうか? この部分の疑問は残った。
難しい数式の勉強も出てきて、いい頭の体操になる本だ。
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