書評「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」下村治著(文春文庫)
下村治さんの「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」が文春文庫化された。2009年1月10日第1刷、定価552円+税。この本は昭和62年(1987年)4月、ネスコから単行本として刊行された。下村氏は平成元年(1989年)に亡くなっている。
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日本は悪くない―悪いのはアメリカだ (文春文庫) 著者:下村 治 |
今回の出版では文庫版序文を神谷秀樹氏が書き、解説を水木楊氏が書く、という重厚な化粧ぶりである。神谷氏は1953年東京生まれ。75年早大政経卒後住友銀行に入行。84年ゴールドマン・サックスに転職し以後ニューヨーク在住。92年にロバーツ・ミタニ・LLCを創業。著書に「強欲資本主義 ウォール街の自爆」(文春新書)、「ニューヨーク流たった5人の『大きな会社』」(亜紀書房)、「さらば強欲資本主義」(同)がある、と書いてあったがこの序文で、
<下村が言っている経済の基本は「健全性」である。人も、国も、借金と浪費に依存し、砂上の楼閣を築くような経済運営をせず、身の丈にあった健全な生活をしなさい、と説く。数字を追いかける経済運営を戒め、縮小均衡すること、ゼロ成長時代に適応できる経済運営を考えなさいと説く。人口が減少し始め、資源に限りがあり、環境問題に配慮せずにいられない現代日本において、これは当たり前のことである。下村は「日本人が日本人であること」を止める必要など全くないと主張する。勤労に励み、物造りに精を出し、働いて得たお金を貯蓄に回す健全な価値観を尊重する。この価値観こそ日本人が今取り戻すべき最も重要なものであり、また欲を言えば筆者は日本人にこの価値観を世界に伝えて頂きたいとさえ希望する。>
と書いている。これはほぼ、下村氏の本著の言いたいことだろう。
また、「解説――恐るべき予言の書」で水木氏は、
<およそ20年前に出版された本なのに、その先見性には驚愕すべきものがあるのだ。のみならず、これから起きることを予見している部分もある。>
として、下村氏が昭和20年代から30年代、悲観的な経済見通しを展開する都留重人氏との論争の中で「日本経済についてありとあらゆる弱点を言いつのり、いまにも破局が訪れるような予言をする人々を見ていると、アンデルセンの醜いアヒルの子を思い出す。その人々は日本経済をアヒルか、アヒルの子と思っているのではないか。実際の日本経済は美しい白鳥となる特徴をいくつも備えているにもかかわらず」と批判した、という。
水木氏は下村氏に事あるごとに話を聞いたというが、今の事態を下村氏ならばどう見るだろうか、と問う。そして、
<では、日本はどうやって生きていけばいいのかかつて下村さんはぽつりとつぶやいたことがある。これからの日本は江戸時代のような姿になるのがいい。文化とか芸術とか教養に力を入れる時代になるべきだ」。それしか言わなかったのだから、下村さんがどのような具体的なイメージを描いていたかは分からない。だが、いたずらに拡大主義に走るのではなく、他国に過度に依存するわけでもなく、成熟した文化の上に立った、落ち着いた、大人の国を造ってほしいという願いであったろう。>
と書いていた。
下村氏の略歴は、
<明治43年(1910年)佐賀県生まれだ。東京帝国大学経済学部を卒業後、大蔵省に入省。経済安定本部課長、日銀政策委員などを歴任。34年の退官後は日本開発銀行理事、日本経済研究所会長などを務める。国民所得倍増計画を唱えた池田勇人内閣では経済ブレーンとして高度経済成長の理論的支柱となり、また、48年の第1次石油ショック後はいち早くゼロ成長論を唱えるなど、旺盛な言論活動を展開。常に透徹した論理で日本の将来像を描き続けた、戦後を代表するエコノミストの一人。経済学博士。56年勲二等旭日重光章受章。平成元年没。下村治とその時代を描いた書籍に「危機の宰相」(沢木耕太郎)、「エコノミスト三国志」(水木楊)など。>
とあった。
下村氏の言いたいことは一言で言えば、国民経済を中心に考えろ、ということだろう。いくら経済がグローバル化しても国がある以上、1億数千万人の国民が仕事をしながら幸せに暮らす生活を守る義務を国は持っている、と。自由主義経済とかいうが、それは国民経済を守るための手段に過ぎない。すべての発想の原点を国民経済にせよ、ということだろう、と理解した。
だから、中曽根政権の時の前川リポートなど我慢できないわけだ。「前川リポートは日本の健全性を捨てさせるものだ」と小見出しにしているが、
<この(前川リポートの)勧告が言っていることは、われわれが明治以来百二十年にわたって日本の国民に十分な就業と所得の機会を与えるために続けてきた必死な努力が、現在の危機的な国際状況を引き起こした、といって全面否定しているのである。これは見当違いもはなはだしい。>
といって、日本は構造的に輸出主導経済の国ではなく、1945年から1980年までは貿易黒字もたいしたことはなかったのに、この数年急増しただけで、これは構造的ではない、また、日本が失業輸出をしている、などと馬鹿なことをいうエコノミストがいるが失業輸出とは国内の失業をなくすために輸出ドライブをかけて外国の職を奪うもので、日本はそもそも失業がなかったのだから失業輸出ではない、という。また、日本の対米黒字の大きさだけを見てもだめで、米国の数字をみなければいけないが、日本の輸出増よりも大きな数字で米国の輸入が増えている。つまり、米国が国内産業の衰退で、国内では生産できずに外国の製品を買っているだけで、日本が輸出をやめれば、韓国や台湾からの輸出が増えるだけだ、と喝破している。
前川リポートをめぐる論戦はものすごいものだったらしい。下村氏と小宮隆太郎氏がリポートを批判した。そうしたら、加藤寛・慶応大学教授、前川春雄前日銀総裁、鈴木孝信前日本経済研究センター事業部長らが前川リポート擁護の論陣を張り、それに反論を加えたというのだ。論点は輸出超過は日本人の貯蓄のし過ぎのせいかどうか、で、下村氏はどちらが原因で結果かは分からないのに、貯蓄犯人説に決め打ちするのはおかしい、と言うのに、論敵はその説を論破できないまま貯蓄犯人説を言い立て、前川リポートの線に沿って政策が進むのだ。
下村氏のこの当時のレーガン政策批判、「アメリカ経済は破滅する」という危機感は結果的には空振りに終わったが、それは目くらましだったことが今回はっきりした。アメリカではやはり製造業は壊滅状態だったのだ。
水木楊氏が言うように、下村氏の予言が注目されるのはそういう理由からである。下村氏の予言は時間を置いて、現実のものになる可能性があるのだ。
その予言とは、このままの状態が続くとアメリカにある日本の資産は支払い停止を受けるに違いない、と言うのだ。これまでもアメリカは東ヨーロッパの国々に対して懲罰的にやったり、アラブの一部の国に対してやったりした実績があるそうだ。間髪をおかずに支払い停止にすればそれほど世界経済に混乱は起こらないが、貸している方は金融混乱が起きる、という。アメリカの経済がインフレになりそうだ、という心理が働けばドルを持っている人たちは一時的にでも他の通貨に換えようとし、そのためにドルの価値が下がる。もし、こういう心理が広く一般的なものになれば、それだけドルは急激に売られるようになり、一挙に崩落することになってしまう、と書いている。
そして、投資家がドルの下落を恐れるようなインフレがいつ起こるかはわからない、というのだ。やばい時期になると、ある時に一気に来る、というのである。
そこで、日米は縮小均衡せよ、という。アメリカは輸入を減らす。日本は輸出がガクンと減るから、生産を縮小し、自国の経済は自国で責任を持って安定させよ、というのだ。「世界同時不況を覚悟するしか解決の道はない」と30年前に書いていることは驚きだ。
「アメリカは強い、という迷信を早く捨てよ」「個人生活は異常な膨張以前の姿に戻るだけだ」、「これまでの生活はレーガンが大きく振り込んだ余禄と思え」といい、そして、最後には「日本がアメリカに貸したカネは取り戻せない」と言うのだ。これはそういうことのようだ。
下村氏の言い分を少し書いておこう。
<もし本気になって日本が取り戻そうとすれば大混乱が起こるに違いない。したがって、最もスムーズな解決策は日本がある段階で貸し金を帳消しすることだ。返さないでも結構です、ということにするのが最も混乱が起こりにくい。混迷するのは日本の金融界だけだ。となれば、一番得するのはアメリカだ、ということになる。ただもうけである。放蕩の限りを尽くして、借金も棒引きなのだから。アメリカが自由世界を軍事的に支えているその報酬だと思って諦める以外にない。>
<借金とか金融資産というものは本来そういうものである。われわれ日本人は通貨価値の安定について政府に信頼を置くように訓練されている。しかし、通貨価値の根底にあるものは今日では政府そのものなのである。世界の通貨秩序を支えているものは、それぞれの国の政府と中央銀行が節度ある経済運営でその通貨に価値を与えることである。それがくずれたときにその通貨は価値を失う。今日の通貨と金本位時代の通貨との違いはそこにある。アメリカが支払い停止に出た時、日本の金融界がせっせと貯め込んだ金融資産は無価値になってしまう。そのとき金融界に大きな混乱が起こることは避けられない。それどう乗り切るか、銀行などの経営者の腕の見せ所であるが、同時に日本政府としても十分に覚悟して対処しなければならない。>
というくだりである。今後、こういう事態が来るのだろうか?
下村氏の危惧は日本人の考え方に向けられている。「アメリカの占領政策の後遺症から抜けきれない日本人」という見出し通りの主張である。下村氏は戦後の占領軍の時代、占領軍に摺り寄り、仲間の日本人を売り渡していた志も何もない日本人をたくさん見てきただろう。その卑しい日本人が1987年時点でもたくさんいる、ということへの危惧である。
日本国憲法、教育基本法、国語国字問題、すべてGHQが日本弱体化政策の置き土産なのに、戦後の日本はこの置き土産から出発せざるを得なかった。
<占領時代の尾骶骨みたいなものは、現在でも残っている。>
<その中でとくに、アメリカが期待した以上に日本の伝統否定、伝統的な価値否定、日本人の自尊心の否定といったことを推進してきたのが日教組なのである。>
日教組が教育現場を支配して、教育が荒廃し、児童教育に空白が生じて日本人の考え方の弱さというものが生まれた、という。
結びで下村氏は繰り返す。
<忘れてならない基本的な問題は、日本の1億2000万人の生活をどうするか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点なのである。>
日本は加害者ではない。アメリカの理不尽な要求には反論せよ、と。当たり前のことを言っているに過ぎないのだが、その当たり前のことを今でも言える人は少ない。
安い本だが、価値はものすごいと思う。こういう本を多くの人が読んでくれればいい、と思うのだが。
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