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2009年2月

2009年2月28日 (土)

西義之氏の35年前の論文:ワイマールと日本政治の比較が面白い~産経新聞2月28日朝刊

 産経新聞2月28日朝刊[昭和正論座]<「派閥こえた哲学」をもて>昭和49年(1974年)12月5日掲載の東大教授・西義之氏の論説である。ワイマル時代のドイツと日本を比較して、安定した政治の大切さを説いた論だ。自民党一党支配の時代で、そのまま今の時代に援用はできないが、教訓がたくさん汲み取れる論文である。(湯)氏は、

 「少数政党や弱小派閥から首班を獲得した政権は、各党派との調整に苦しみ、党内の反乱にも神経をすり減らす。政府が調整に無益なエネルギーを浪費することになれば『ワリを食うのは国民』であるとの指摘もその通りだ。日本政治の行動パターンが少しも変わっていない証拠だろう。国民が不利益を被ったと感じれば、政権不信を招くことになり、強い指導者の登場を熱望することになる。ワイマール・ドイツの場合は、それが独裁者の台頭を許してしまった。麻生首相が政治の悪弊を避ける道は『国民をひきつける魅力ある哲学とビジョン』を打ち出すということになる。至言である」

 とコメントしていた。本文をじっくりと読んでみよう。

 まず西氏は<ワイマル時代のドイツ?>という小見出しで、

 <現在の日本の政治・経済状況をヒトラーが出現したワイマル共和国時代のドイツになぞらえる論が時々現れる。主としてそれは革新陣営から出る声であって、結論は自民党が右傾化して、ファシズム時代が到来するとなすのが普通である。>

 と書き出す。

 <私はかねてからこの種の議論にうさんくささを感じているが、その第一は当時と現在の日本との経済基盤が全く違っているためであり、第二は現在の日本にナチスに比較できる強力な右翼イデオロギー政党が存在しないためだ。このような政党が存在しないことは、逆に国民のなかにナショナリズム志向の気分がないということでもあるだろう。もっとも外交的問題――たとえば沖縄返還や金大中氏事件――で「屈辱外交」などという声が(意外にも)革新陣営から聞こえてきたことはあったが、社会全体を昭和初期のような国民的興奮に巻き込む力はなかった。このような反論をこころみても、現在の政治状況をあくまでファシズム、少なくとも前ファシズム段階として捉えようとしてやまない論者はあとをたたないし、ある人たちは「新しい型のファシズム」というような言い方で言いあらわそうとする。しかし「新しい型」というのが一向にはっきりしないのが普通であるし、もしそのような言い方が許されるとするならば、もはや過去のファシズムとまぎらわしい用語を断念して、べつの規定を採用すべきだろうと思われる。それをしないのは思考の怠慢か、どうしても現在の状況を過去のファシズムと関係づけようとする薄っぺらな政治的プロパガンダとしか言えないだろう。>

 今も佐藤優氏が「ファシズム」論を掲げて新書を書いているが、ファシズムという言葉を独り歩きさせたい、と思うのはいつの時代も正統保守の側ではない。

 次に西氏は<民主社会が露呈する弱点>の小見出しで、

 <現在の政治状況はワイマル・ドイツのファシズム前段階と同じではない――しかし、現象として似ているところはないわけではない、といま私が書けば、矛盾しているようにとられるかも知れないが、これは成熟していない民主主義社会が経済的危機に直面した場合に露呈する弱点を指しているだけで、とくにワイマル・ドイツを持ち出さなくてもいいのである。ひょっとすれば、成熟した民主主義社会ですら当面する諸困難と言い直したほうが適切かも知れない。たまたま私がワイマル・ドイツに関心があるので、例証として引き出すだけに過ぎない。>

 とワイマールとの類似点に話が移る。

 <その困難の一つは政権担当政党の内部での意見の多様化、そしてその調整の困難ということだろう。ワイマル・ドイツでは政府党が4党乃至5党による連立であったが、日本では「派閥」という名の連立がある。ワイマル期の連立政党の主張の差ほど、日本の政府党派閥の世界観の差は大きくないが、それでも一つの内閣を崩壊せしめるほどのエネルギーはもっている。もっともワイマル期の政府党の離合集散ぶりは1919年から30年までの11年間に15の内閣を交替させるほどはなはだしかったのにくらべて、日本の場合は派閥力学の上に立って安定度はきわめて高い。>

 この時期はそういう政治だった。「11年間に15の内閣」ほどではないが、1989年の竹下、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生と20年間に14人である。ワイマールほどではない、とホッとしていいものかどうか。

 次の小見出しは<政府の調整機能が重要に>である。

 <政局の安定の有難味は、不安定が続いて初めて実感されるが、日本の場合、将来ともに安定が保証されるかどうかは分からない。ワイマル期の超インフレの時点で、少数党であった民主党からシュトレーゼマンが出て大連立内閣を作ったことがあるが、これは弱体派閥の三木武夫氏が出てきたことと比べられないでもない。少数党から首班を出した場合の政局の安定は、シュトレーゼマンがそうであったように、超人的といっていいほどの指導力と柔軟な妥協の精神、そして、それを支える各派閥のまさに派閥を超えた協力が必要だろう。>

 1974年といえば田中内閣が倒れ、三木内閣だったのか。

 <シュトレーゼマンが、連立諸政党間の妥協と調整に苦しんだだけでなく、自分の党内部の反乱にも心身をすりへらしたことは有名である。「議員党専制」といわれたくらいワイマル期の政党間の対立は激しかったが、これは大衆社会の価値観、従って利害関係の多様化を反映したものだった。この多様化は現代において一層はなはだしく、生産者と消費者、企業と市民、雇用主と勤労者との意識、利害、価値観は分裂しているだけではなく、混迷錯綜さえしている。政府はいまやそれらの調整機関としての機能を十分に果さなければならないが、その政府内部で「政党政治(パルタイポリティーク)」のために無益なエネルギーを浪費することになれば、ワリをくうのは国民ということになるだろう。>

 連立政治は国民を不幸にする、と言っている。日本の事態を派閥連立と見るのも面白い。この頃はそういう見方が一般的だったのだろうか。

 次は<不決断がもたらす不利益>である。

 <政治の不決断状況はすでに表面化している。ワイマル期にカール・シュミットが「決断」を言ったことと、田中内閣が「決断の政治」をスローガンにして登場したことを無理に結びつける必要はないが、経済的分野であれ、外交的分野であれ、危機的状況に民主主義体制、とくに多党化(多派閥化)している民主主義体制が即応できない弱点は、政府党は十分認識してかかる必要がある。不決断は、それによって不利益を蒙った階層に、癒し難い不公正感を残す。特に経済の分野で深刻だろう。たとえば土地の値上りにしても、うまくやったものとワリを食った者があまりに明らかだと、すべて政治への不信につながり、国民を決定的に政府党に背を向けさせるだけになるだろう。たとえそれが政府の本意ではなく、不時の国際的要因が大きくても、一方で決断の遅れによって利益を得た者が存在する限り、国民は不公正感を拭えないに違いないからだ。そして一旦失った信頼を回復することは、何倍もの努力がいる。>

 三木政権の機能不全を批判している。政治のスピードの大切さを説いている。

 <ワイマルは現在の日本ではない。このことは繰り返してもいいと思うが、もしワイマル・ドイツから何らかの政治的教訓を学ぶとすれば、やはり派閥をこえた哲学を持つということだろう。ワイマル期の政治を困難にしたもう一つの原因は、国民各階層を通じて走っていた亀裂が余りにも大きいことでもあった。政府党と、ドイツ共産党、ナチスとのあいだには越えがたい一線があった。しかも、その左右の両極に国民が次第に引きつけられて行き、政権維持の各政党のジリ貧、没落が露わになったことを忘れることはできない。この現象を国民の意識の低さに求めるのは傲慢だ。結局は、カトリック中央党のように宗教を媒介とする政党を除いて、他の政権維持政党が、国民を惹き付ける魅力ある哲学もビジョンも持たなかったということだろう。それぞれが単なる連立への駆け引き、党派的利害関係の調整に憂身をやつしていたということだ。この意味で、ワイマルの歴史はやはり何度も顧みられるべきであるかも知れない。>

 以上である。

 まだまだ牧歌的な時代の政治論、という思いはあるが、まともな論である。

 西氏のような人が良質の保守である。革新の目先をクルクル変える戦術で国民は美濃部都知事らに関心を持ち、バラマキ福祉で財政破綻を招いた張本人の罪を総括しないまま、保守の知事に交代させてしまった。進歩勢力の「悪さ」の総括をきちんと行っておくことの大切さも教えてくれる論文だ。

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2009年2月26日 (木)

日米首脳会談の各社社説を比較してみると…:2月26日各紙

 日米首脳会談を各紙社説はどう取り上げたのか。2月26日の各紙社説を見てみよう。

◆日経新聞の社説は形式論に終始~かんぽの宿の敵をワシントンで討った

 日経新聞は<「日本の首相」とオバマ氏の会談だった>のタイトル。

 <オバマ大統領の最初の議会演説と重なり、米国内での関心は低く、対米国世論の観点からは最悪の時機だった。>

 と米国内の関心が低かった事実をあげ、

 <重要問題が包括的に議論された。首脳会談は、多かれ少なかれ外交当局の振り付けで動く。今回は準備期間が短かったにもかかわらず、両首脳がとりわけ振り付け通りに演じたようにみえる。>

 と、卒なくこなしたことに安堵感を表明しながら、

 <会談後、両首脳が記者団に話し合った内容を語る予定だったが、それもなかった。首相は記者団の前に現れたものの、大統領は姿を見せず、ホワイトハウスは本文21行の簡単な声明文を発表した。声明文の書き出しは「オバマ大統領は本日、日本の首相とグローバルな経済危機やその他の分野での二国間協力をめぐって詳細な協議をした」となっている。麻生首相というより「日本の首相」を迎えたという気持ちなのだろうか。>

 と「本論」に入っていく。

 <オバマ大統領は会談前の写真撮影の際に「日米の友情は極めて重要であり、それが首相に最初の外国高官として執務室を訪ねていただいた理由だ」と述べた。早期訪米を求めた麻生首相にこたえたことを強調したわけだ。ただし接遇全体を見れば、最初に訪れた外国首脳という儀礼重視で一貫しているわけでもない。>

 と厳しくなる。

 <政権が違うので単純比較はできないが、ブッシュ政権時代、小泉純一郎、安倍晋三両首相は、最初の訪問でキャンプデービッドに赴いた。福田康夫首相はブレアハウス(迎賓館)に泊まった。麻生首相はワシントン市内のホテルに宿泊した。>

 まあ、形式である。だから、

 <首脳会談は中身が重要であり、周辺的な問題を誇張するのは適切ではない。しかし今回は日米双方が最初の訪問者という儀礼的な意味を強調した。外交の世界は儀礼も重要だとすれば、過去の事例との比較は不可欠である。>

 と形式を比較する正当性を強調して、

 <外交は内政に影響する。内政で苦境にある麻生首相は一定の浮揚効果を期待して早期訪米を求めたのだろう。米側がそれを受けたのは中国を意識した結果ともいわれる。一方、内政も外交に影響する。麻生氏を日本の首相としては大切にもてなすが、政治家同士の個人的な関係を築く気持ちにならない――。日本の内政の現実を直視すれば、仮にオバマ大統領が、そう考えたとしても無理はない。>

 首脳会談の内容をコメントするのではなく、時間の短さ、米国メディアの無関心さを強調しているのは、仕方ないのかもしれないが、日経新聞がここまで先鋭的になっていたとは驚きだった。

 小泉純一郎氏や竹中平蔵氏の路線に忠実な日経新聞とすれば、小泉路線を壊す麻生首相、「かんぽの宿」で郵政民営化を引っ掻き回す鳩山邦夫氏とつるむ麻生首相を許せないのかもしれない。何しろ、朝日新聞が途中でひよってしまったので、「鳩山ケシカラン」論調は今や日経新聞だけとなり、それも次々新事実が出るたびに苦しくなっているのだから、江戸の敵を長崎で討ちたくなるのは分からなくもない。

 しかし、一国の首相の日米首脳会談である。この書き方はいかがなものか、と思う。

◆もっとひどかった東京新聞

 東京新聞は<日米首脳会談/得点期待の手法は古い>と貶す一方だった。

 <日本政府の期待の割にはアピール度を欠くオバマ米大統領との会談だった。初の招待者たる“栄誉”が唯一の成果なら、締まらない話だ。政権浮揚へ外交で得点を狙う手法が通用する時代ではない。>

 この社説は、これがすべてだろう。

 「対日重視の姿勢の表れ」と言っているが、「今回は、招待というよりも、日本外務省が頼み込んで、米側から呼んでもらったとみる方が実態に近いのではないか」とまで書くのだ。共同記者会見の見送りがその温度差を象徴しているかのようだ」とくる。

 <首相が一人寂しく「率直に話し合える、信頼できるリーダーだ」と、オバマ評を記者団に語ったのは、いささか奇妙に映った。>

 ここまで日本の首相を漫画にして何が面白いのだろう。こういう論調は麻生首相を貶めようとして、日本という国を貶めていることにもなりうる、ということに気付かないのだろうか。

 <政権浮揚のみにとらわれて外交カードを切れば、相手に足元を見られ、交渉の主導権を握られることになりかねない。日本はこうしたいのだという明確な意思なく、漫然と首脳外交を繰り返すことは本来、厳に慎むべきことである。>

 <内閣支持率が10%そこそこの政権の現状を考えれば、拙速外交を避けるべきなのは当然のことだ。首相の唐突な駆け足訪米にはそんな危惧がぬぐえない。>

 <今後も4月にロンドンでの金融サミット、5月にはプーチン・ロシア首相が来日するなど外交日程が予定されている。「外交の麻生」を自任する首相の、はやる姿勢が気になる。国益と切り離せない外交を、もしも延命の道具にするつもりならば、本末転倒だといわれても仕方ない。>

 「もしも延命の道具にするつもりならば」と書くことは、春秋の筆法ならずとも、筆者がそう思っているということである。ここまで自国の首相を悪し様に書く東京新聞論説委員会の良識を疑わざるをえない。

◆朝日新聞は冷静に淡々と…だから訴えるものがあった

 朝日新聞は<日米首脳会談―弱い首相の外交の軽さ>のタイトル。タイトルだけを見ると、麻生否定論と見えるが、内容はそうでもなかった。狡さである。

 <「これほど政権基盤が弱っている麻生首相に対米外交を任せられるのか」「米国はそんな首相をなぜ、ホワイトハウスに最初に招いたのか」。そうした疑問が少しも不思議でない状況の中で、オバマ大統領との初の首脳会談が実現した。>

 の書き出しがすべてを物語るのではないか。ただ、朝日新聞の狡ささのか、ためを作る見事さなのか、次のように続けるのだ。

 <とはいえ、会談にはそれなりの大きな意義があった。>

 である。その「大きな意義」とは①世界同時不況の中、経済規模世界1位、2位国のトップが協調を語った②8年ぶりの米大統領交代で国際政治の激変が予想され、主要国が外交を活発化、新しい流れに対応しようとしている中で日本も後れをとってはならず、「日米同盟は東アジアの安全保障の礎石」(オバマ大統領)という認識を土台に、さまざまな国際問題や地球環境対策などで協調していく方向となったのは出発点としてはいい――という2点だ。これは常識的な判断であり、うなずく人が多いだろう。そこを納得させておいて、本論に入るのが朝日新聞の「うまさ」だ。

 <それにしても、内閣支持率が極端に低迷し、与党の中からも退陣論が出ている「弱い首相」が、何より国家指導者としての存在感が問われる首脳外交をする違和感はぬぐいがたい。>

 である。

 日本側の強い要望で実現した会談だが、米側は麻生首相の窮状は承知しながら、大統領の最も重要な施政方針演説の日に会談日程を入れたのは、

 <首相が誰であれ「日本重視」で臨むというメッセージを、日本国民に送りたかったということに違いない。>

 と。これはそうだろう。

 <複数の米欧メディアは「たった1時間の会談のために1万1千㌔の長い旅」などと、首相の訪米を皮肉を交えて報じた。オバマ大統領との出会いを国内での人気挽回につなげたいというのが麻生首相の底意、と見立ててのことだろう。>

 欧米メディアに事寄せて言いたいことを書く、という従来から多用されているパターンだ。

 <来月早々には英国のブラウン首相が訪米する。国際経済やアフガン戦略などをめぐって欧州側で進む作戦づくりを踏まえ、米英の連携を協議する。4月初めの金融サミット(G20)に向けて、主要国首脳の駆け引きはいよいよ激しくなるだろう。それと比べ、麻生首相の今回の訪米がいかにも軽く扱われるのは悲しい。>

 そうなのだ。国民は軽んじられることを悲しんでいるのだ。だから、日本のメディアくらいは悲しい記事をあまり載せないでほしい。

 <近年、首脳外交の重要性はますます高まっている。その支えとなるのは国力であり、国を動かす首脳の力だ。国民の審判を避け続けた揚げ句、民意の支えを失いかけた政権がそれを成し遂げようとしても、もともと無理があるのだ。今回の訪米は、そのことを浮き彫りにした。>

 一歩下がって書いているのが印象的だ。ここで拳を振り上げるよりも、このような書き方の方が訴える力は強いのだと思う。

◆毎日新聞も「国民の支持の有無」を問題にしていたが、良識的だった

 毎日新聞の社説<日米首脳会談/外交は国民の支持あってこそ>も書き出しは、

 <麻生太郎首相とオバマ大統領の初の日米首脳会談は、同盟国として責任を共有していくことを確認する場となった。大統領は日米同盟を東アジアの安全保障の「礎石」と位置づけ、「私の政権が強化したいものだ」と述べた。「強化」とは、日米関係を2国間の問題だけでなく国際社会共通の課題に協調して取り組めるような関係に発展させたいという期待を込めたものだろう。世界的な経済・金融危機、テロとの戦い、深刻化する地球温暖化など各国が国境を超えて対処しなければならない課題が山積している。首相が口癖のように言う世界第1位、2位の経済大国の日米が手を携えなければならない時であるのは論をまたない。>

 と実質的な「成果」から書き始めた。

 <首脳会談で多くの時間を費やしたのは経済・金融問題だった。基軸通貨ドルの信認維持が重要との認識で一致し、保護主義に対抗することが日米の重大な責務であることを確認した。4月のロンドンでの第2回金融サミットへ協力を加速することでも一致した。日本は昨年10~12月期の実質成長率がマイナス12.7%(年率換算)を記録するなど不況の長期化が懸念されている。昨秋以降、事業規模75兆円、財政支出12兆円という3次にわたる景気対策を決定しているが効果は薄い。会談では大統領に内需拡大を求められた。>

 と客観的な叙述が続く。

 <首相は追加景気対策の早期実施という課題を背負わされたが、与野党対立の国会情勢では先行きは不透明だ。>

 <責任の共有という意味ではアフガニスタン安定化支援も重要な分野だ。首相はアフガンの隣国のパキスタン支援のための国際会議開催と、米国が進めているアフガン戦略見直し作業への日本参加の考えを伝えた。軍事的貢献ができない日本に対し大統領は開発や治安、インフラ整備などの分野での協力を求めた。日本は国際社会の一員としてアフガンの復興・安定に最大限の協力を行う必要がある。戦略見直し作業の中で、可能な有効策に知恵をしぼるべきだ。>

 ここまでは当然の日本の責務を書いており、異論は全くない。

 <麻生首相はオバマ大統領がホワイトハウスに招いた最初の外国首脳となった。クリントン国務長官が初の外遊先に日本を選んだのと合わせ、日本重視姿勢のあらわれといえよう。>

 ここまでも客観的な事実であろう。

 そして、最後の最後に言いたいことを言う。

 <しかし、共同記者会見や昼食会が行われなかったのは異例である。「首脳間の信頼関係をいかに築くかが一番大事」(河村建夫官房長官)としていた日本側の期待ははずれたようだ。米側のそっけない対応ぶりは、支持率低下に歯止めがかからず失速寸前の麻生政権の今後をにらんでのことかもしれない。「招待するのは個人ではなく日本の首相」(米国務省)と割り切っているのだろう。外交は国民の支持があってこそ推進できるものである。>

 最後の一言が見出しになっている。見出しがきつかったから、相当な内容かと思ったが、外交問題ではこのくらいの麻生批判にとどめておこう、という良識が働いているようだ。

◆麻生首相の個人の問題や政局に触れなかった読売新聞

 読売新聞社説のタイトルは<日米首脳会談/同盟強化に必要な能動的外交>だった。  <幅広い分野で重層的な協力を続けることが、日米同盟の強化にも大いに役立つだろう。>

 の書き出しだ。

 読売新聞は各紙の中で唯一、2月25日朝刊で首脳会談の内容を報じた。「述べる」「合意する」「一致する」という未来形で、きっちりと1面トップ<日米、経済対策で連携/首脳会談/「重層的な同盟」構築>と、キーワードである「重層的な同盟」という言葉もしっかり入れていた。なおかつ、3面[スキャナー]<日米首脳会談/厚遇見返り 日本に重責/米、国際貢献 拡大要求へ/個人的な信頼構築 二の次>と経済面<日米首脳会談/対話の枠組み探る>で重層的な解説も入れていた。

 <米大統領「日米同盟は礎石」/首脳会談/北ミサイルに懸念>で1面トップにした東京新聞と読売新聞を除けば、他紙は1面トップにはしていなかった。

 2月25日夕刊がオバマ米大統領の初の議会演説中心になるだろう、という予測があれば、読売新聞と東京新聞の選択は正しかった、と言えるのではないか。夕刊は日経新聞、東京新聞が日米首脳会談を1面トップにしていたが、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞はオバマ演説が1面トップ。朝日新聞、毎日新聞と夕刊を廃止した産経新聞は日米首脳会談を1面トップにすらしなかったことになる。

 読売新聞の社説は①オバマ政権は多国間協調外交を志向しており、日本は呼応して従来以上に能動的外交の必要あり②互いに信頼できるパートナーになる努力を重ねることが肝要③百年に一度の経済危機から早期に脱するには、世界1位と2位の経済大国による政策面での共同歩調が欠かせない④両国の国内経済の再生に加え、国際金融システムの安定と途上国支援にも力を入れることが大切⑤米国は今後、国際摩擦が生じないよう「バイ・アメリカン条項」の慎重運用が求められる⑥「テロとの戦い」は国際社会にとって避けて通れない重大問題。アフガンの治安回復に向け日本は500以上の学校や50の診療所を建設・修復したが、教育、医療、農業分野で培ったノウハウを活用して米国の新たな政策策定に積極関与し、資金、人的貢献の両面で応分の責任を担うべき⑦日米が中心となり、北朝鮮に対し、そうした強い姿勢をより明確に示すことが必要だ――と書いていた。

 ここには「弱い基盤の政権」とか、米メディアの無視とかはない。あくまで、日本の政権、政治に対する要望を書き連ねている。この姿勢が最も堂々としているのだろうが、あまりにそういう雑音をシャットアウトしていると、逆に白々しさが出てこないか、心配になる。

◆産経新聞は麻生首相の指導力に期待

 産経新聞は<日米首脳会談/同盟重視に行動で応えよ>で、

 <同盟を通じて米国の努力を支えることは日本の国益にもかなう。欧州の足並みがそろわない中で、アジアの日本が率先して米国と連携する明確な姿勢を世界にアピールした。日米を先導役に、協調して難題に取り組む機運を欧州や世界に広げていきたい。>

 と成果をアピールし、オバマ政権が日本を重視する理由として①4月の金融サミット(G20)に向け保護主義台頭を阻止し、ドルの信認を支えながら世界金融システムを立て直す②イラク撤退、北朝鮮、アフガン、イラン、中東問題など、米国だけでは解決できない課題に日本の協力を必要としているからだ、として、

 <麻生首相は「世界第1、第2の経済大国として世界経済回復に全力をつくす」と応じた。ミサイル発射準備を進める北朝鮮に厳しく警告し、核、拉致と合わせて日米が引き続き連携して立ち向かうことで一致したことも大切だ。>

 とした。また、

 <日本はアフガン・パキスタン特使を任命して、米国の包括戦略策定作業に参画する。4月にはパキスタン支援国会合を開催する。いずれも日本側からの建設的提案として米国も歓迎している。>

 としながら、

 <麻生首相は内政面で厳しい局面に置かれているが、日米同盟をより重層的なものに高めていくためには、こうした提案を今後も具体的に実行していくことが何よりも重要になる。日本が直面している課題はめじろ押しだ。米軍再編、海賊対策、集団的自衛権の問題などの宿題を片づけなければ、同盟の実効性は損なわれていく。同盟の強化と深化のために、首相が指導力をさらに発揮して国際社会の日本の活路を切り開いてもらいたい。>

 と首相の指導力発揮への期待感で終わっている。

 各社ともどう書くか、相当に悩んだ末の論説なのだろうが、こういう時こそ、どこに社のスタンスを置いているか、が分かって面白い。

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郵政民営化で「政治的空間」を語るとは~日経新聞2月26日朝刊[大機小機]から

 日経新聞2月26日朝刊コラム[大機小機]には苦笑してしまった。(夢風)氏による<ブレる政治家と政治的空間>である。

 政治家の発言の「ブレ」が問題になっている、という書き出しで、麻生太郎首相の発言の「ブレ」を小泉純一郎元首相も批判し、政治家の言葉の重さを指摘した、として、

 <政治リーダーが信頼できて初めて、政策に対する市場からの信頼性が確保できる。>

 と書く。何を言っているのか、ここまではあまりに抽象的で、政治学者の論のようでもあるのだが、麻生首相の「郵政民営化には反対だった」発言についてだ、と明らかにされ、なあーんだ、そのことを言っているのね、と分かる。ついでに、

 <与謝野馨財務・金融・経済財政相はサブプライム問題の日本への影響について、当初は「ハチの一刺し」と言いながら、最近は「深刻な影響」と述べるようになった。しかし、ブレているのは麻生内閣の閣僚だけではない。>

 として、郵政造反議員たちが念書にサインして自民党に復党したのに、最近は郵政の見直しを主張している、とヤリ玉にあげる。野党もヤリ玉だ。民営化そのものに反対だった民主党が05年の選挙での敗北後、一転して銀行・保険の民営化、郵便の国営化継続という独自案を国会に提出したのに、最近は国民新党と株式売却凍結の法案を共同提出している、として、

 <民主党が政権をとったら郵政をどうしたいのか、よく分からない。>

 と滅多斬りである。

 そして、

 <以前から、政治倫理に関する「政治的空間」という考え方がある。評論家のように、対案もないまま批判だけするような人は、「政治的空間」にはいないのである。小さな発言にも責任を負わねばならないリーダーは「政治的空間」に置かれている。批判だけのコメンテーターは、政治的でも私的でもない特殊な保護された空間にいる。最近は大臣・国会議員といった政治的リーダーまでもが、政治的空間にいることを忘れているように見える。政治リーダーが政治的空間を放棄したことに対し、市場も厳しい目を向けている。政治的空間を担う真のリーダーを、国民は待っている。>

 と結んでいるのだ。

 一見、憂国の士のような書き方だが、そこらじゅうに論理のほころびが見えるがさつな論である。

 まず、郵政民営化とは何か? が定義されていない。郵便局と郵便貯金と簡易保険と郵便物配達業務を国営(公社)ではなく、民間主体の株式会社にすることではないか? 麻生首相も鳩山総務相もそこの基本は守る、と言っているのだ。ただ、小泉氏や竹中平蔵氏、中川秀直氏らは「4分割案」でなければ民営化ではない、などと硬直した物言いをしているだけではないか。(夢風)さんは小泉氏に同調する方のようだが、その辺は論議の基本としてきっちりと書いておかないと、議論が不毛になる。

 次に、今さかんに行われている「かんぽの宿」について何故触れないのだろうか? 「かんぽの宿」やその前の郵政公社時代の「国有地払い下げ」疑惑こそ、郵政民営化に暗雲をもたらした原因ではないか。世間では「改革利権」という言葉すら使われている。1万円で落札した物件を6000万円ですぐに転売することが許されるのか? この点についての竹中氏の反論には説得力がない。

 今、ポールソン米前財務長官がシティ銀行救済のために公的資金を注入し、自分の出身母体だったゴールドマン・サックスのライバルだったリーマン・ブラザーズには公的資金を入れずに破綻させたことが米国で問題になりかけている。シティにはゴールドマン・サックス時代の同僚、ルービン元財務長官が会長として天下りしており、サマーズ氏、ガイトナー氏もルービン門下という人脈の中で米財務長官が議会も無視して国民の税金をルービンへの責任追及を避けるために使ったのではないか、という疑惑だ。

 同じこと、というか、もっとひどいことが郵政民営化の過程で行われていたのではないか、というのが「かんぽの宿」疑惑だ。

 国民は小泉氏の麻生批判発言をシラケて見ている。みな薄々分かってきたのだ。小泉氏や竹中氏ももしかすると「改革利権」に関与していたのではないか、と。衆院が早期解散となれば、鳩山氏の疑惑追及の努力もその瞬間で雲散霧消してしまう危険がある。小泉、竹中コンビにとっては好都合で、だから、麻生氏の首をすげかえて、解散を望んでいるのではないか、という疑惑である。

 衆院解散直前の永田町など、昔からこんな状態だった。今「政治的空間」とか聞いた風なことを言うよりも、「かんぽの宿」疑惑の解明に全力をあげないと、今後、必要な民営化も規制緩和も胡散臭さが付き纏って実行できなくなることをこそ懸念すべきではなかろうか。

 こんな小泉・竹中両氏の太鼓持ちのようなコラムを書かず、時間があるのならば、疑惑解明に協力してほしい。

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2009年2月24日 (火)

中国で日本車が売れているそうだ、よかった~人民日報日本語版2月24日から

 人民日報日本語版が2月24日配信した<09年中国自動車市場、独日の競争が激化>は中国市場をめぐる日本車とドイツ車との激烈な競争を中国人の目で見た記事だ。

 2008年の中国の自動車販売台数ランキングは独系メーカー・大衆(フォルクスワーゲン、VW)の南北2カ所の系列会社が1位と2位を独占したが、一汽トヨタ、広州ホンダ、東風ニッサンなどの日系各社がランキング入りしたことが注目され、09年には日独とも中国のシェア獲得に向け最新車種で勝負に出る構えだ、という「北京商報」の記事を紹介していた。中国汽車(自動車)工業協会がまとめた統計データである。

 08年の販売総台数は日系車が155万6千台、独系車が102万6513台。今年1月の販売台数データも日系車11万5401台、独系車8万1995台。両方とも日本が勝っている。高級車はクラウン(中国名:皇冠)の売上げが数カ月連続で安定的に伸び、アウディ(奥迪)との差が縮まり、中級車では日系が依然強く、ある統計データによれば1月の販売台数は一汽トヨタのカローラ(ソウ羅拉)が1万1017台、東風ホンダのシビック(思域)が6399台。カローラのライバルとされる上海大衆のスコダ・オクタビア(斯柯達明鋭)は4750台、一汽大衆のジェッタ(速騰)は7763台でカローラに遠く及ばなかった、という。

 中聯汽車市場の張超総経理(社長)は中国市場に遅れて進出した日系メーカーは進出するやいなや、たくましい勢いで成長を遂げ、独系メーカーの勢いを削ぐまでになり、独系車の優位が徐々に揺らぎ、日系車は北米市場の「奇跡」を中国市場で再現しつつある。、と驚くべき日本の自動車の売れ行きぶりを書いている。

 A0クラス、Aクラス、Bクラスの三大自動車市場で大きなシェアを占めるのは日系車で、外観やゴージャス感で優位に立ち、市場を急速に拡大。独系車は日系車に押されて、これまでに築きあげた市場的基盤を維持するのが難しくなっている、という。

 B級市場の状況はさらに深刻で、日系車が圧倒的なシェアを占めている。

 <独系車の外観デザインは既存車の延長または発展で、たとえばパサート(バツ薩特)はB5シリーズからB6シリーズまで一貫したスタイルを維持し、マゴタン(邁騰)のデザインもこれを継承しつつ発展させたものとなっており、日系車ほど注目を集めることはない。張総経理によれば「現在の発展状況からみて、独系車は日系車の特徴を学習しつつあり、たとえば価格11万8800元のボーラ(宝来)のマニュアル車新車には、本革シート、6枚CDチェンジャー、後方衝突防止装置(バックアップコリジョンプリベンション)といった消費者に喜ばれる機能が搭載されている」という。>

 <自動車アナリストの賈新光さんによると、日系メーカーはゴージャス感に重点を置き、科学技術はその次で、独系メーカーと比較して大きな弱点をかかえているといえる。重要な新しい技術はいつも欧州か北米で生まれる。技術的にみれば、マゴタンはアコード(雅閣)やカムリ(凱美瑞)を大きく引き離している。>

 技術はドイツが上だ、と言う。「重要な新しい技術はいつも欧州か北米で生まれる」という書き方、嫌だねえ、欧米崇拝そのものじゃないか。

 <また賈さんによると、日系車には技術的な弱点があるため、ゴージャス感ばかりを追求するのだという。一方、ドイツ車は引き続き実用性や耐久性を原則とし、豪華な装備を過剰に追求することはない。>

 この辺、反日の連中が勝手なことを言っているのだろうが、このような非科学的な論調がまだまだ多いのだろう。

 <技術的にみれば独系車の主導的地位は業界内で認められるところで、安全性や科学技術的な面でも評価を受けている。だがバージョンアップや新車の発売では、日系メーカーは独系メーカーより積極的だ。特にここ数年は、日系車の新車販売ペースが年々加速し、独系車はいささか出遅れた感がある。>

 まだ書いてるよ。

 <また車種についても、トヨタ、ホンダ、日産などの日系メーカーは相ついで新製品を打ち出し、新技術を取り入れた外観やエンジン、ミッションなどが人気を集めている。だがVWが打ち出す新車はいつも「千篇一律」で、飽きられるのが早い。>

 残念だ、という思いが文章から伝わってくる。

 <複数の日系メーカーによると、各社とも09年には重量級新車の販売を予定している。一汽トヨタのRAV4などで、消費者の関心を幅広く集めている。多くの業界関係者が指摘するように、日系車の勢いがますます強まり、独系車を圧倒しつつある。性能も日々改良され、驚くべきペースで発展を遂げている。張総経理によると、日系車の急速な市場拡大は、その優れた価格性能比に原因がある。燃料価格の引き続いての上昇を受けて、消費者が自動車購入に当たり最も関心を寄せるのは価格とランニングコストだ。また消費の個性化に伴い、独系車の四角張ったフォルムは公用車にはふさわしくとも、一般には歓迎されなくなった。日系車が最新の技術を取り入れ、流行のデザインや経済性を追求しているのとは対照的だ。>

 ここでは日本車が「最新の技術を取り入れている」と書いている。論理矛盾であることを記者自身気づいているのだろう。

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北朝鮮がミサイル発射予告~朝日新聞、毎日新聞2月24日夕刊から

 北朝鮮や韓国に関して2本のブログを書いたから、今日はもういいだろうと思っていたら、2月24日夕刊を見て驚いた。北朝鮮が「忘れちゃいやよ」とミサイル発射予告をした、というのだ。「衛星打ち上げ」と言っているそうだ。

 朝日新聞2月24日夕刊1面<「ロケット準備」/北朝鮮が発表>を読もう。ソウルの牧野愛博特派員の記事だ。

 <北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会報道官は24日付の談話で「試験通信衛星『光明星2号』を運搬するロケット『銀河2号』を打ち上げるための準備作業が、咸鏡北道花台郡にある東海衛星発射場で本格的に進行中だ」と明らかにした。朝鮮中央通信が伝えた。>

 ここまでやらないと忘れられてしまう、と思っているのかなぁ。

 <北朝鮮は1998年8月に長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射した際にも、ミサイルを「人工衛星」の運搬ロケットと主張しており、今回の談話は現在、同郡舞水端里で準備しているテポドンの発射を予告したとみられる。発射時期には触れていない。>

 脅しているのだろうが…。

 <同通信は16日、「我が国から何が飛び立つかは、見ていればわかることだ」と伝えたが、発射の動きを具体的に伝えたのは初めて。談話は「衛星が成功裏に発射されれば、我が国の宇宙科学技術は経済強国に向け、大きな一歩を踏み出す」と主張。発射に向けた強い意思を示した。>

 ちゃんと飛びますか?

 <韓国政府によれば、北朝鮮は1月末からテポドン発射に向けた準備を開始。韓国の李相憙国防相は18日、「発射準備が整うまで早ければ2~3週間とみている」と語っていた。>

 何を焦っているのか、とちょっと不思議になるが、例の瀬戸際外交を展開中であることは間違いない。米国を2国間協議に引きずり込むには核問題ではなく、ミサイルしかない、という状況になっている。核は6カ国協議で話し合うことになっているからだ。

 何とかイランやシリアへのミサイル輸出問題と絡めて米国の気を引こうとしているのだが、米国は今、そんなことに構っていられないはずだ。その辺が分からないのか、分かっていてやっているのか。

◆発射は差し迫っていない~毎日新聞夕刊

 毎日新聞2月24日夕刊1面はソウル支局発<「まだ発射台に装着はされず」/韓国消息筋>の記事で、

 <韓国の情報当局消息筋は24日、韓国の聯合ニュースに対し、「ミサイルはまだ発射台に装着されていない」と語った。報道によると、ミサイルの発射台装着後、燃料の注入には5~7日かかり、発射は差し迫ったものではないという。>

 と書いていた。まだ固形燃料は開発されていないのか? 開発したとか、しないとか噂話はあったのだが。

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北は特殊部隊6万人増強:韓国国防白書~東亜日報、日経新聞、朝日新聞2月24日朝刊から

 韓国国防省は2月23日、「2008年国防白書」を発刊した。2月24日日経新聞、朝日新聞朝刊が比較的詳しく報じていたが、ここではまず韓国紙の報道を見てみよう。

 まず東亜日報の2月24日朝刊。見出しは<北朝鮮、特殊部隊を約6万人増強、射程3000㌔㍍の新型ミサイル実戦配置>だ。日経新聞の<特殊部隊6万人増強/韓国国防白書/グアム射程のミサイル「実戦配備」/米意識し戦力強化>と似ている。ちなみに朝日新聞は<新型中距離弾道ミサイル/韓国「北朝鮮、実戦配備」/国防白書>と6万人よりはミサイルの脅威を見出しに取っていた。

 東亜日報の記事を読む。

 <北朝鮮が過去2年間、特殊戦兵力を6万人以上増やし、射程3000㌔㍍の新型中距離ミサイル(IRBM)を実戦配置していることが分かった。これは、韓米連合戦力に対する質的劣勢を克服し、奇襲南侵の効果を極大化するためのものとみられる。>

 が前文である。

 <国防部が23日に発表した「2008国防白書」によると、北朝鮮は休戦ライン付近の軍に、後方侵入用特殊戦兵力である軽歩兵師団を新たに創設し、前方師団の軽歩兵大隊を連隊級に増編するなど、特殊戦兵力を6万人余り増やした。これに伴い、北朝鮮の特殊戦兵力は、計18万人に拡充されたと、国防白書は明らかにした。>

 18万人の特殊戦兵力というのは相当なものだ。

 <白書は「北朝鮮が韓半島の作戦環境を考慮し、夜間、山岳、市街戦訓練を強化するなど、特殊戦遂行能力の向上を集中的に図っている」とし、「有事の際、洞窟などを利用し、韓国後方に侵入し、同時多発的に様々な形の攻撃や配合戦を遂行する考えだ」と説明した。このような特殊戦能力強化は、アフガニスタンやイラクで、多国籍軍に対する抵抗勢力のゲリラ戦術を反映したもので、特殊戦兵力を戦場深く侵入させて、敵・味方の識別を困難にし、韓米連合戦力の精密兵器能力を無力化しようとする意図だと、軍当局は見ている。>

 この説明は日経新聞とほぼ同じ。

 日経新聞では、

 <白書は北朝鮮の戦術について『米軍増派舞台の到着前に奇襲作戦などを展開する短期戦を想定している』と説明。米軍が最新兵器を使用し短期間で壊滅的打撃を与えた『イラク戦争の教訓を反映』して、初期から特殊部隊を大量に投入し米韓軍と混在する混乱状況をつくって集中攻撃を避ける戦術と分析した。>

 とあった。ほぼ同じ内容だが日経新聞の方が分かりやすい。

 東亜日報に戻る。

 <また北朝鮮は1990年代末に開発着手した射程3000㌔㍍のIRBMを2007年半ばに実戦配置した。ロシア製の潜水艦発射弾道ミサイル(SS―N―6)をモデルにした同ミサイルは、グァム、インド、ロシアの一部地域まで射程圏内とする。このほかにも北朝鮮は、最大射程160㌔㍍の新型地対地、地対艦ミサイルも開発し、西海岸一帯でテスト発射している。>

 このミサイルに注目したのが朝日新聞だった。

 朝日新聞の記事を書き写しておく。

 <IRBMはグアムを射程に収める。IRBMについて、国防省当局者は「ロシアで使われていた装備だろう」と話した。旧ソ連軍が実用化した潜水艦発射式弾道ミサイル「SSN6]を陸上発射型に改良した「ムスダン」と見られる。このミサイルは07年4月に軍事パレードで公開された。>

 <一方、発射準備の兆候が見られる長距離ミサイルについて白書は、射程6700㌔㍍以上の「テポドン2」を開発しているとし、98年8月に発射した「テポドン1」、06年7月の「テポドン2」はいずれも失敗だったとしつつ、「テポドン2は推進エンジンの追加などでさらに射程を延ばすと判断される」とした。>

 日本の新聞の方が分析力があるんじゃないか。

 東亜日報に戻る。

 <北朝鮮は通常戦力も補強していることが確認された。戦車は2006年より200台増加した約3900台、多連装ロケットと放射砲は300門増加の約5100門、地対地誘導兵器は20機増加した約100機が配置された。戦闘機は、約20機増加し、約840機と集計され、このうち約40%が平壌~元山以南に前進配置された。>

 としている。また、

 <海軍も一つの戦隊と潜水艦艇約10隻を補強したうえ、地対艦、艦対艦誘導弾や新型魚雷を開発した。特に、指揮自動化システムを構築し、東・西海の艦隊司令部と各艦艇をネットワーク化した模様だ。>

 とあった。どこまで動くかは定かではないが、韓国にとっては脅威である。

 <一方、白書は北朝鮮の核能力について「3回にわたる再処理で、約40㌔㌘(核兵器6、7個製造可能な分量)のプルトニウムを確保したと推定され、2006年10月に核実験を実施した」と指摘した。「2006国防白書」の「北朝鮮が、核兵器1、2個を製造したと推定される」という表現は、「核保有国」の主張をめぐる論議を避けるために削除された。

 なるほど、そういうことか。「核兵器を保有している」と書けば、北朝鮮は「それみたことか」と、その言説を利用するのか。これは初めて知った。

 また、朝日新聞によると、竹島(韓国名・独島)については06年版白書で「韓国の管轄海域」としていたが、「領土」の表現に変えた、とあった。

 韓国の国防白書は隔年刊で昨年2月に発足した李明博政権では初の白書になるそうだ。朝日新聞は、

 <かつては白書で北朝鮮を「主敵」と表現してきたが、盧武鉉前政権時代の04年版から削られた。08年版でも「主敵」とすることは見送ったが、「直接の軍事脅威」とした。> 

 と書いていた。

 朝日新聞のこの日の国際面トップは<南北境界の島 緊張/北朝鮮 強める対決姿勢/韓国兵5000人駐屯/中国漁船も撤収>。

 北方限界線(NLL)の南にある白翎島のルポを掲載していた。

 軍事的挑発を繰り返す北朝鮮が思わぬ事件を起こしかねない、として中国当局はいつもだったら300~400隻いる漁船の立ち入りを禁止。韓国も漁船の立ち入り禁止としたため、軍艦しかいない海になっていること、韓国軍が24時間厳戒態勢を敷いていること、などを写真や地図を載せながら書いていた。

 脅しを繰り返しているうちに、北朝鮮の軍規の緩みから偶発的な戦闘が起きる、という恐れは十分ある。在日・在韓米軍も必死に情報を集めているだろう。

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韓国民は北の核保有を容認する:韓国紙の世論調査~中央日報、朝鮮日報2月23、24日朝刊から

◆朝鮮日報のギャラップ調査で就任1周年の大統領支持率は33.5%

 朝鮮日報が韓国ギャラップに依頼して2月21日に実施した電話世論調査によると、2月25日に就任1周年を迎える李明博大統領の国政遂行に対する韓国国民の評価は「よくやっている」が33.5%、「よくできていない」が54.6%、「普通」6.6%、「分からない・無回答」5.3%だった。

 08年2月末の就任直後のギャラップ調査で52%だった李大統領の支持率は同5月の反政府ろうそく集会以後7カ月にわたり20%前半から半ばにとどまっていたが、12月の調査で32.1%に上り、今回も33.5%と30%台の支持率を維持している。

 「李大統領の過去1年間の国政遂行について、『とてもよくやった(100点)』『普通(50点)』『全然できていない(0点)』まで100点満点で評価せよ」という質問では「100-51点」37.9%▽「50点」27.4%▽「49-0点」34%で、評価点平均値は50.2点だった。全国の19歳以上の男女1020人を対象に実施した今回世論調査の最大許容標本誤差は95%の信頼水準で±3.1ポイント、と書いてあった。

 面白かったのは歴代大統領の就任1年後の支持率の比較。カッコ内は調査時点。盧泰愚大統領(1989年2月)は28.4%▽金泳三大統領(1994年2月)は55.0%▽金大中大統領(1999年2月)は55.9%▽盧武鉉大統領(2004年2月)は25.1%▽李明博大統領(2009年2月)は33.5%。

 韓国民主化後の大統領はこの5人しかいない。中でも盧武鉉氏の不人気がダントツで目立つ。李明博大統領は過去の大統領の時代に比べ、情報のグローバル化、IT時代で反政府的言辞が国民の間に流布されやすい環境の中では頑張っている、と言えそうだ。

 李明博大統領の支持率の経時変化を見ると、

2008年2月25日 就任式

2008年3月2日調査で支持52.0%

2008年5~8月 反政府ろうそく集会

2008年5月31日調査 支持21.2%、不支持68.9%

2008年9月、世界金融危機始まる

2009年1月19日 竜山爆発惨事

2009年2月21日調査 支持33.5%、不支持54.6%

 だった。

 ただ、日本のメディアの世論調査と違うのは「内閣を支持しますか」ではなく「大統領はよくやっていますか、よくできていないですか」という設問である点だ。「支持する」は未来への期待が入るが、「よくやっている」は成果への評価となるのではないか、と思う。

 政党支持率は与党のハンナラ党が35.4%▽野党の民主党が16.6%▽民主労働党が7.6%▽自由先進党が5.7%。

 2008年3月2日調査の政党支持率はハンナラ党52.9%▽民主党15.0%▽民主労働党4.7%▽自由先進党1.2%

 自由先進党の伸びが目立つものの、あの猛烈なウォン安、失業旋風が続く中、韓国の有権者は案外冷静に李明博政権を見守っていることが分かる。

◆中央日報では支持率32.2%

 中央日報は2月23日付<MB、就任から1年/李明博政権、支持率より信頼回復が急がれる>で支持率を載せた。30%台の支持率が気に食わなかったのか、けちをつけるためか、「支持率は兎も角」という論調。

 客観的な数字をまず紹介しておこう。

 <李明博政権が成功するためには「支持率に執着するより、政治的な信頼を回復させるのを優先すべきだ」という調査結果が発表された。>

 という前文はどう考えてもおかしいでしょ? 少し含み笑いをしてしまったんだけど。

 中央日報と東アジア研究院(EAI、院長:李淑鍾・成均館大教授)が韓国リサーチに依頼して2月9~10日、全国の成人男女1000人を対象に「大統領就任1周年・特集アンケート調査」を行い、李大統領の国政運営に対する支持率は32.2%、政府への信頼度は29.4%だった、という。

 <数値は似ていたが、意味は大きく異なる。ひとまず最近の経済危機は、少なくとも支持率の側面では危機と同時に機会の要因となっている。外部の要因から招かれた危機の場合、政府に力を与える結集効果(Rally-Round-the-Flag-effect)が、支持率の下落にある程度歯止めをかけるからだ。>

 と難しい理論を振り回す。

 <これに比べ「政治的な信頼」は「政府政策遂行」の評価に、決定的な影響を及ぼしている。「政府を信頼する」という回答者では、経済危機への取り組みに対し「よくやっている」(47.4%)と「間違っている」(52.6%)と評価が分かれる。しかし、政府を信頼しない回答者の90.6%は「間違っている」と答えた。最小限の信頼が前提にならない場合、政府政策が直ちに不信と冷笑の対象に転落できるという意味だ。>

 <そうした点から、就任1周年という時点は、国政遂行支持率の一時的な変動に注目するよりは、政策を進める過程で国民の要求を持続的に聴取、反映することにより、政治的信頼の回復に努めるべき時点だ。>

 これって、韓国人が大好きな屁理屈ちゃいますぅ~? と私は、なぜか大阪弁になってしまう。

  <今回の調査は、韓国リサーチ(代表:盧翊相)がコンピューターを用いた電話調査(CATI)で行った。標本は性・年齢・地域別の人口比例に伴う割当抽出法で選定し、最大許容の標本誤差は95%信頼の水準で3.1%(回答率18.6%)。>

 おいおい、回答率18.6%かよ。10人に電話して8人は回答拒否か。そんな調査って信じられるのか? 李明博政権に賛成の人は回答拒否をしているかもしれない。ここの段階ですでに8割の「物言わぬ民意」が隠れている、ということだろう。

 でも、結果の「32.2%」だけが独り歩きをするのは日本の世論調査の数字と同じだ。

 政治的信頼については、「『政府や政治家が進める各種の政策が国民の利益に一致する』という心理的な信頼のこと。政策推進の過程(procedure)と結果物(product)に対する長期的な評価で形成されるが、いったん形成されれば簡単に消えない。しかし、政策失敗が繰り返され、国民の改善を求める声に耳を傾けない場合、内容を問わず『無条件の反対』が日常化できる」と書いてあった。

 何か日本の新聞よりも学者的なんだなあ。

◆38.4%が「北が軍事的措置の可能性」

 また、中央日報ではこの調査で国民の安全保障意識も聞いた。これって案外面白い内容だと思う。見出しは<MB、就任から1年/「韓半島情勢、不安」52%>だった。

 前文は、

 <現政権の発足後続いている北朝鮮の強硬姿勢や、緊張感が高まりつつある韓半島の情勢は国民世論の流れと認識を変えている。>

 というものだ。

 <第一、安保不安が続き、韓米同盟への支持が高まった。現在の安保状況に対し「不安だ」という回答が半分を上回る51.9%にのぼった。また、回答者の38.4%が「北朝鮮が戦争や軍事的な措置を取る可能性がある」と答えた。>

 局地戦ということだろうが、偶発戦争の危険を感じている国民が3分の1以上に上っているのは分断国家ならではのことだろう。

 <安保状況に不安を感じ、韓米同盟への支持は高まった。「韓米同盟を支持する」という回答は、北朝鮮の核問題をめぐる危機が高まった2006年には48.8%だったが、翌年の2回目の南北(韓国・北朝鮮)首脳会談を経て34.9%に落ち込んだ。今回は43.7%に高まった。>

 やはりそうだった。韓米同盟への期待は高まると思う。そうなれば、在韓米軍基地移転問題も新たな展開が生まれるかもしれない。

 <第二に、中国に対する認識も変わっている。「中国を肯定的に見るという回答が2005年は48.6%だったが、今回は38.3%に落ちた。半面、米国に対する肯定的な認識は51.9%(2005年)から57.4%へと小幅に上昇した。前政権で台頭した「中国代案論」が弱まる格好となっている。これは多国間の協力を強調するオバマ米新政権の登場とかかわりがあるものと受けとめられる。>

 それは違うと思う。クリントンでもマケインでもほぼ同じ結果だったと思う。安保意識の変容が大きいと思う。

◆北朝鮮の核保持容認論が強まった韓国世論~やっぱりそうだろ!

 <第三に、北朝鮮についての友好的な認識2006年24.3%だったが、今回は9.1%に落ち込んだ。しかし、北朝鮮に対する▽経済制裁措置▽米国による軍事的な手段の使用――には反対する代わり、北朝鮮への経済協力については一貫した支持の立場を見せた。「協力と支援を通じ北朝鮮を管理すべきだ」という考え方が定着しつつあるとみられる。>

 戦争になるのが嫌だ、ということでしょ? 当然の心理だとは思うけど。

 <第四は、「北朝鮮の核保有を認める線で北朝鮮の核問題が解決されるだろう」という見方が強まった。依然として「長期的に北は核を断念するだろう」という回答(45%)が最も多かったが、核を保有しているかどうかが不透明だった2004年(54.9%)よりは10%減った。半面「核保有を認める線で妥協するだろう」という見方は15.7%(2004年)から、今回の調査では36.6%に上がった。

◆ペリー元米国務長官が講演で「北に核開発の対価を明確に示すべきだ」と明言

 中央日報のHPを見ていたら、2月24日付で<ペリー元米国務長官「北に核開発の対価を明確に示すべき>という記事を見つけた。

 <ペリー元米国務長官が23日、今後の北朝鮮の核戦略について、「北朝鮮が核兵器を放棄できる見返りを含めるべきで、核の開発を続ければどのような対価を払うことになるのかを明確にすべきだ」との考えを示した。>

 <国際学術会議「グローバルコリア2009」の主題発表を通じて述べたもの。ペリー元長官は、「(1999年に私が)特使として訪朝した当時の課題が北朝鮮が核兵器を作れないようにすることだったならば、今はすでに保有した核兵器を放棄させるようにすることで、今のほうがより困難だ」と述べた。>

 とあった。

 ペリー氏まで北朝鮮が核兵器を手にした、つまり核保有国だと認めている。オバマ米政権は北朝鮮との交渉を核保有国として行う、ということなのだろう。日本の安全保障にとって由々しきことだ。

 <また、「金正日国防委員長の健康問題があるが、当面は北朝鮮政府は存続するものとみられ、従って核の危険も続く」との見通しを示した。>

 まあ、そういうことでしょう。

 <ペリー元長官は「これまでの6カ国協議は有益であり、これからも有益だろうが、5年以上も問題を解決できていないだけに、いまや北朝鮮核交渉はリセットボタンを押す時だ」と強調した。その上で「北朝鮮がプルトニウムを生産した後に核実験に乗り出したことは冷戦以降で最も深刻な外交の失敗だ。(1994年のジュネーブ枠組み合意)当時に核の脅威を封鎖しようとした努力は中断され、むしろ後退した」と述べ、北朝鮮の核問題がより悪化したと指摘した。>

 ペリー氏の言う通りだろう。

 <ペリー元長官は特に韓国政府に対し「核開発を単純な安保脅威ではなく、世界的な核の脅威を封鎖しようという努力を阻害する要素と見るべきだ」として核問題を韓半島レベルを超えた世界的な核拡散防止の次元からアプローチするよう勧告した。>

 ペリー氏はきっと韓国政府要人たちの北朝鮮への生温い雰囲気を感じたのだろう。これは韓国人への「しっかりしろよ、北朝鮮に核兵器は持たせないのだ」というメッセージだと思う。

 <ともに主題発表に立った玄鴻柱元駐米大使は「ブッシュ政権当時に米国が対テロ次元でイラクにあまりに集中し、北東アジアには十分に気が回らなかったという指摘がある。米国は北朝鮮を(関心度の)低順位に置かず、緊急性を認めすぐに対処すべだ」と指摘した。>

 まさしくその通りだと思うが、残念ながらオバマ政権はアフガニスタン解決に最善を尽くすから、北朝鮮問題はもっと忘れられてしまうだろう。

 日本でも2月24日付で「李明博政権1年」を特集した紙面が多かったが、この韓国2紙を超えるものはなかった、と思う。

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「新聞は愛国主義的である必要はない」とアマーティア・セン教授は言うが…朝日新聞2月24日朝刊インタビューから

 朝日新聞2月24日朝刊3面[あしたを考える]にアマーティア・セン米ハーバード大学教授のインタビューが載っていた。紙面の人物紹介にあるように1998年にノーベル経済学賞を受賞した1933年インド・ベンガル生まれの75歳の長老である。英ケンブリッジ大卒。「哲学や倫理学に根差す豊かな人間観を経済学に採り入れた。近著『アイデンティティーと暴力』では人々を宗教や文明で画一的に分類する考え方を批判、グローバル社会での人間のアイデンティティについて論じている」とあった。一部に熱狂的な「信者」を持つカリスマ的な学者でもある。

 これだけでは分かりにくいから、例によってウィキペディアのお世話になろう。

 <9歳の時、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受けた。この頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。「インドはなぜ貧しいのか」という疑問から経済学者となる決心をし、カルカッタ大学経済学部卒後、1959年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで博士号取得。「アダム・スミスとカール・マルクスに影響を受けた」という。コルカタ、デリー、オックスフォード、ハーバードの大学で教え、1997年から2004年までの間ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジの学寮長。2004年の1月にハーバード大学に戻った。経済の分配・公正と貧困・飢餓の研究における貢献で1998年にノーベル経済学賞、翌年にはインドの文民に与えられる最高の賞、バーラト・ラトナ賞を受賞。1994年アメリカ経済学会会長。>

 <センのミクロ経済学の視点から貧困のメカニズムを説明した研究は経済学に限らず社会科学全体に衝撃を与えた。特に途上国の購買力と飢餓の関係を説明した論文は尊敬と畏怖をもって経済学者達に迎えられた、なぜならば彼以前は貧困とは単純に生産性の問題だけだと考えられていたが、市場競争における市場の失敗によってもたらされた事を簡潔にそして明瞭に表してしまったからである。>

 <経済学において最も高度な数学を使う厚生経済学や社会選択理論においても牽引者適応選好や潜在能力(capability: ケイパビリティ)アプローチ、「人間の安全保障」などの概念は現在日本の高校公民授業で教えられることがある。>

 <センは経済学は数字だけを扱うのではなく、弱い立場の人々の悲しみ、怒り、喜びに触れることができなければそれは経済学ではないと主張した。「飼いならされた主婦、あきらめきった奴隷は、ほんの少しの幸せでも満足してしまう」とし、弱い立場の人々が潜在能力を生かし社会参加することを主張している。>

 <経済学は、「人はいかに生きるべきか」「人間にとっての善」という倫理学と工学の2つの大きく異なる起源から派生しているとされている。センは、前者を「モチベーションの倫理的な考え方」と呼び、後者を「それを達成するための手段」としている。センは、現状の経済学を批判するが、経済学のもつ分析力は否定せず、敬意を払っている。彼が取る分析手法は経済学の一般的テクニックに根ざしている。>

 <センのノーベル経済学賞受賞は「厚生経済学・社会的選択」での功績だが、彼の学説で最も有名な概念は「潜在能力。これは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」としている。具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」など幅広い概念だ。そして「人前で恥ずかしがらずに話しができる」「愛する人のそばにいられる」も潜在能力の機能に含められるとしている。>

 <センの潜在能力アプローチを発展させたものが、国連開発計画(UNDP) の人間開発指数(HDI:Human Development Index)だ。HDIは、平均寿命、識字率、国民所得(一人当たりGDP)の3つの指標からなっている。最初、センは、1990年にパキスタンの経済学者マブーブル・ハックの提唱した生活の質や発展度合いを示す「シンプルな指標」であるHDIに難色を示した。その理由をセンは、「HDIの平均寿命・識字率・国民所得も手段であって、目的そのものではない。目的は、人それぞれ多様なものであり、社会的・文化的背景によって異なる」と述べている。しかし、最終的にはセンも同意し協力メンバーの一人となった。HDIは1993年から国連年次報告「人間開発報告書(HDR)」の中で国連開発計画によって毎年発表されている。現在では、経済中心のGDPに代わる人間性を加味した指標として日本政府も注目している。>

 <2001年1月、センと緒方貞子前国連難民高等弁務官を共同議長に「人間の安全保障委員会」が、日本政府とアナン国連事務総長のイニシアティブによって欧米とは別に創設された。同委員会は、2003年6月まで継続し、最終報告書を持って解散した。その後、「人間の安全保障ユニット」として国連人道問題調整部(OCHA)に移行し、日本政府は2006年度までに335億円を供出している。>

 <次のエピソードも面白かった。トリニティ・カレッジ学寮長時代、毎朝の『もっとも重要な仕事』だった英王室ゆかりの19世紀から動き続けている柱時計のぜんまいを巻くことを忘れてしまい、時計を止めてしまった。「どうせ私は植民地の人間だから。」(セン)。娘のナンダナー・セーンはセクシー女優としてインドで映画デビュー。大学生のとき、顔面がんになり、切除手術を受ける。アマルティアとは「永遠に生きる人」という意味。名付けたのはインドの詩聖と言われアジア人初のノーベル賞に輝いたラビンドラナート・タゴール。>

 <主な著書は、杉山武彦訳『不平等の経済論』(日本経済新聞社, 1977年)▽志田基与師監訳『集合的選択と社会的厚生』(勁草書房, 2000年)▽黒崎卓・山崎幸治訳『貧困と飢饉』(岩波書店, 2000年)▽大庭健・川本隆史訳『合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究』(勁草書房, 1989年)▽鈴村興太郎訳『福祉の経済学―財と潜在能力』(岩波書店, 1988年)▽徳永澄憲・松本保美・青山治城訳『経済学の再生―道徳哲学への回帰』(麗澤大学出版会, 2002年)▽池本幸生・野上裕生・佐藤仁訳『不平等の再検討――潜在能力と自由』(岩波書店, 1999年)▽石塚雅彦訳『自由と経済開発』(日本経済新聞社, 2000年)▽大石りら訳『貧困の克服』(集英社[集英社新書], 2002年)▽細見和志訳『アイデンティティに先行する理性』(関西学院大学出版会, 2003年)▽佐藤宏・粟屋利江訳『議論好きなインド人―対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界』(明石書店, 2008年)▽『人間の安全保障』(集英社[集英社新書], 2006年)。共編著は水谷めぐみ・竹友安彦訳『クオリティー・オブ・ライフ―豊かさの本質とは』(里文出版, 2006年)など。>

 朝日新聞紙面に戻る。

 インタビューは英国のケンブリッジで大野博人特派員によって行われた。ハーバードの教授ではあるが、いつもはケンブリッジに住んでいるのか?

 記事の見出しは<市場依存 危機生んだ/国家の役割 否定は誤り/人間としての意識こそ重要>だった。

 気になった言葉を書き留めておく。

◆グローバル化そのものは「悪」ではない

 <グローバル化は多くの国にとって利益の源泉だ。明治以来、日本を豊かな国にしてきたのも一種のグローバル化だ。今の問題のほとんどはグローバル化自体よりも、ほかの事情による。政治力、所有物、経済手段などの巨大な不平等が世界に非対称性を生み出しているのだ。>

 <危機の原因もグローバル化そのものではなく、米国の経済管理の誤りだ。それが相互依存の進む世界に広がっていった。グローバル化はその過程を可能にし、早くした。>

◆新自由主義は市場万能主義という意味では非生産的な考え方

 <新自由主義という用語にはきちんとした定義がないが、もし市場経済に基礎を置くことを意味するだけなら、結構なことだ。市場経済はどこでも繁栄のもとなのだから。だが市場経済体制はいくつもの仕組みによって働いている。市場はその一つに過ぎない。なのに市場の利用だけを考え、国家や個人の倫理観の果たす役割を否定するなら、新自由主義は人を失望させる非生産的な考え方だということになる。>

◆政府の役割と市場の役割

 <(レーガン元米大統領が「政府は問題の解決策ではなく、政府こそが問題だ」と主張したが、それは)愚かしい。確かに政府が出しゃばり過ぎれば問題だ。改革開放前の中国などがその例だ。しかし、政府は解決でもある。国民皆保険制度を作るのは政府の役割だ。それは人々に幸福だけでなく自由をもたらす。健康でなければ、人は望むことも実現できない。識字教育だって公教育を通して実現される。国家の役割は社会の基盤を作る点で非常に大きい。

 <国家は金融機関の活動を抑制する点でも重要だ。早く金を儲けようとして市場を歪めるのを防がなければならない。米国は金融機関への規制をほとんど廃止したので、市場経済が混乱に陥った。

◆「規制緩和万能」という考え違い

 <規制緩和は非常によいことだと見られてきたが)その考え方には途方もない混乱があった。つまり市場はとても生産的だから、それ以外は何も要らないというのだ。市場に出来ることがあれば出来ないこともあるし、国家が引き受けるべきこともある。こんな基本的なことが無視されてしまった。背景に「国家は悪」という非常に強い右派の政治思想もあった。理論というより衝動みたいなもので、思い込んでいる人は正当化の理屈を後から考える。

 この部分は切り取って竹中平蔵氏にファックスしてあげたい。宮内義彦氏、小泉純一郎氏もだ。「規制緩和=善」というあまりにも単純な考え方、思想は危険だ。

◆問題解決にはグローバルな諸制度が必要

 <問題の解決には国家だけではなくグローバルな諸制度も必要だ。>

◆ナショナリズムとグローバルなアイデンティティー

 <(ただ、国家はナショナリズムのような帰属意識に訴えて人々を統合してきました、という質問に)ナショナリズムは有害なこともあるが役にも立つ。暴力が宗教的対立に起因する時、ナショナリズムは宗教を超えて人々を統合する力になる。インドは人口の80%がヒンドゥー教徒でイスラム教徒やキリスト教徒、シーク教徒などは少数派だ。それでも今、首相はシーク教徒だし、与党の党首はキリスト教徒だ。前任の大統領はイスラム教徒だった。これは人々が指導者たちをインド人と見るから実現した。ナショナリズムが宗教的アイデンティティーを圧倒し、人々の統合を進めたのだ。日本のナショナリズム第2次世界大戦では問題だったが、明治維新からの発展には国民統合が欠かせなかっただろう。>

 <(しかし、世界同時不況のような問題の解決にはナショナリズムは役立ちそうになく、逆に政治を保護主義に走らせる懸念もありますが、という質問に対し)今重要なのは国家や宗教を超えて人々を統合するグローバルなアイデンティティーだ。グローバルな諸制度を支えるためだけではない。現実に我々の行動が他者の生活に影響を及ぼすようになっているのだから、それにはまず、1人の人間が様々なアイデンティティーを持つことを認めなければならない。日本人で、ロンドン在住で、ジャーナリストでという具合に、人はいくつものアイデンティティーを持つ。居住地への愛着、母国への愛着、文化への愛着。どれも矛盾なく共存する。>

◆多様なアイデンティティーの並存を認める、ということ

 <(いずれも争いごとの原因となりそうですが、という質問に)争いごとは、様々なアイデンティティーの一つだけを特別視し、他を無視するから起きる。第1次世界大戦で争った欧州各国の人たちはみなキリスト教徒だし、ほかにも共通点は多かった。ところがナショナルアイデンティティーだけを特別視するから対立になった。第2次大戦でもナショナルアイデンティティーがほかを吹き飛ばした。最近の問題は宗教的アイデンティティーだ。イスラムのテロリストは宗教的帰属を強調するばかりか、ほかのアイデンティティーを否定する。>

◆人間としてのアイデンティティー

 <(とはいえ、国を超えて人々を統合するような市民意識は可能でしょうか、という質問に)グローバルなアイデンティティーは誰にもある。他者への基本的な同情心だ。道で転びそうになる人を見たら思わず支える。どこの国の人か、何教徒か、何語を話すか、助ける前に考えない。人間だからとしか言いようがない。人間としてのアイデンティティーとも言える。その理解を深めなければ。>

 <(どのようにして深めるのか、という質問に)教育が重要だ。学校教育だけではない。たとえばメディアどうニュースを伝えるか、どんな意見を紹介するか。それは教育的意味を持つ。>

 <(メディアもグローバル化しなければならないと言うのか?という質問に対して)新聞などはもっと自由になるべきだ。愛国主義的である必要はない自国の視点から離れた報道や論の展開は可能だ。友人の大江健三郎氏は、日本人であると同時にグローバルな普遍的人間でもある。知識人はこの二重の役割を担わなければならないが、それはメディアについても同じだ。

 「自国の視点から離れた報道」とは何を指しているのか? セン氏は多様なアイデンティティーの並存が今後のグローバル世界には必要、というが、その並存するアイデンティティーには重要度で違いがあるのではないか? 例えばゾルゲ事件でソ連に内通していたとされた知識人は祖国を裏切った。これは日本人というアイデンティティーとマルクス・レーニン主義というアイデンティティーの狭間に陥った知識人の大失敗だった、と思うのだが、その意味では祖国を裏切らない、というのは最低限必要な条件ではないのか? そうでなかったら、国家存亡のときに、そういう知識人は国を滅ぼす勢力になる。やはり、並存するアイデンティティには重要度で段階がある、と思う。

 問題は、メディアの役割、使命に関してである。メディア人こそ愛国者でなければならない、というのが基本だと思っている。ただ、戦時中の国家神道の神官のようにしろ、というのではない。世界の情勢を目を見開いて観察し、世界の趨勢を読み、日本という国家が、私たちの子々孫々が生き残るために今どうしたらいいか、を考えて発信するのがメディア人の役割だと思う。

 よく言われる話だが、ナショナルを抜きにしたインターナショナルはない、と思うからだ。根無し草は必ず、ずるい国家に利用される。スターリンに利用されたインターがいい例だった。

 大江健三郎氏はあくまで小説家だ。小説家と新聞記者を同一に論じることはできない、と思うのだが、どうだろうか?

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2009年2月23日 (月)

ASEAN+3のIMFから独立した枠組み:大化けする可能性~朝日新聞2月23日朝刊から

 ASEAN+3がようやく米国離れを実現できそうだ。2月22日に開かれたASEAN+3財務相会合である。通貨スワップ枠拡大で合意、と言ってもピンとこないかもしれないが、実はこの新しい枠組みは10年間以上、待ちに待った枠組みなのだ。

 朝日新聞2月23日朝刊を見てみよう。1面本記の見出しは<アジア経済 独自に監視/ASEAN+3合意/IMF依存脱却>だ。見出しは難しかったと思う。短い言葉で、この共同声明の意味合いをうたうのは至難の業だからだ。

 意味合いを知るために、先に2008年10月24日に北京で開かれたASEAN+3首脳会議に関する朝日新聞記事を見ておこう。ネットの記事のコピペだ。見出しは<ASEAN+日中韓が首脳会合/通貨協力の強化>である。記事は北京発の特派員電だ。

 <東南アジア諸国連合と日本、中国、韓国(ASEAN+3)13カ国の首脳は24日朝、会合を開き、世界的な金融危機を受け、1997年のアジア通貨危機を機に創設された「チェンマイ・イニシアチブ」の枠組み強化で一致した。今回の会合は、米国発の金融危機で中国の経済成長減速や韓国の通貨ウォンの急落などアジアにも深刻な影響がでていることから、急きょ開催が決まった。>

 <麻生首相は「アジア経済は依然として底堅く、欧米や一部の新興国が直面している状況とは異なっている」との認識を示し「日本としてもアジア諸国の努力をODAなどを通じて積極的に支援したい」と強調した。12月中旬にバンコクで予定されているASEAN+3首脳会議の前に、財務相・中央銀行総裁会議を開くことで調整することを確認した。>

 <チェンマイ・イニシアチブは2国間で資金を融通しあう仕組みで、日中韓を含む8カ国が協定を結んでいる。今年5月のASEAN+3財務相会議では通貨危機への対応を強化するため、各国が計800億㌦以上を拠出して新たな多国間の制度を創設することで合意している。>

 である。今回はこの額を800億㌦から1200億㌦に拡大しただけでなく、IMFの監視とは別の独自の監視によって拠出できる枠組みを創ったことだ。

 朝日新聞2月23日朝刊経済面トップ<ASEAN+3/通貨協力、IMFを補完/経済危機で現実路線>がその意義をうまくまとめていた。会合が開かれたタイ・プーケットに同行した高野弦記者のリポートだ。

 通貨協力の大幅拡充決定はアジア経済失速だけでなく、アジア通貨基金(AMF)構想復活を夢見る日本政府の思惑が背景にあった、と書く。ただ、域内では1997年のアジア通貨危機時に顕著だった国際通貨基金(IMF)への敵対心は影を潜めており、「共存」「補完」を強調する現実路線の色合いが強い、と書いている。

 <チェンマイ・イニシアチブ(CMI)の増額や、IMFとは別の経済監視チームの設立で合意したのは、途上国の声が反映されにくいIMFに対する「警告」の意味もある。地域の実情を独自に判断し、通貨協力を決めるAMF構想に近い形になるからだ。>

 <AMFは97年に大蔵省(当時)の榊原英資財務官や黒田東彦国際金融局長(現アジア開発銀行総裁)らが提案したが、米国のサマーズ財務副長官らによって阻まれた経緯がある。その後、日本政府はCMIを提案し、域内の通貨安定策を主導してきた。AMF構想に近づく今回の合意について、日本政府関係者は「米国は自国の経済対策に追われ、介入する余裕もないのではないか」とみている。>

 これが今回の合意の日本側から見た意味合いだと思う。

 <とはいえ、CMIは条約に基づく多国間の取り決めではないため、資金を1カ所に集めておき、多数決で迅速に発動する仕組みではない。基本は2国間協定で、足並みがそろわない可能性もある。日本の財務省幹部は「AMFは究極の目標だが、実現には、現行の法的な仕組みを作り替える必要がある」という。むしろ、ASEAN諸国ではIMFと反目して独自の通貨基金づくりを進めようという機運は薄れている。>

 IMFとの確執は昔の思い出になってしまったのか?

 <「今の金融危機は、地域ごとに区切って発生しているものではない。規模からしてもCMIがIMFに取って代わることは現実的ではない」。インドネシアのスリ・ムルヤニ財務相は、朝日新聞の取材にこう答えた。アジア通貨危機時にIMFから支援を受けた際は、金融と財政の大幅な引き締めを求められ、同国経済はかえって悪化。IMFの専務理事がスハルト大統領(当時)を見下ろす写真が新聞に掲載されたことで、反IMF感情も一気に高まった。>

 というのだ。そして、ASEANで反IMF感情が薄れた背景に急速な経済悪化がある、という。

 <アジア開発銀行(ADB)の予測では新興東アジア諸国・地域(中国、香港、台湾、韓国とASEAN)の経済成長率は2007年の9.0%から2009年は5.7%に減速する。スリ・ムルヤニ氏は「世界経済の対処に追われるIMFがCMIに寄せる期待も大きいはず」とみる。>

 という悲惨な経済状態がIMFとの離別を妨げているらしい

 <CMIと経済監視チームを機能させるには課題も多い。今回の会議では、経済監視チームの事務局をどこに置くのかは決まらなかった。ASEAN側はインドネシアにあるASEAN事務局が兼務することを求めているが、日中韓は「ASEANが内輪で監視しても機能しない」として、3カ国が影響力を持つADBなどに事務局を置くことを検討しており、深い溝がある。CMIの1200億㌦の分担も、日中韓が8割、ASEANが2割で合意したものの、今回の会議では各国の負担をめぐる意見の食い違いが目立った。共同記者会見で機能拡充のスケジュールを聞かれた議長国タイのゴーン財務相は「5月の会議で話し合う」と述べるにとどめた。>

 なかなか、なのだ。

 ただ、これは後から振り返った時、大きな枠組みへの偉大な一歩だった、と評価されるかもしれない合意であることは確かだろう。なにしろ、独自評価できるシステムを創った、ということは「ワシントン・コンセンサス」を押し付けられないですむのだから。

 米国凋落の一側面を雄弁に物語るものだといえるだろう。

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米2大銀行国有化寸前というFT紙の報道~JBpressの翻訳で

JBpressが2月23日アップした英フィナンシャル・タイムズ紙2月21/22日付の<米国の銀行危機:もう国有化しかない>は衝撃的な見出しが目を引いた。バンカメとシティの話である。小見出しも<金融セクターの「日本化」を心配するのは時既に遅し>、<グリーンスパン前FRB議長さえ一時国有化を支持>、<政府管理が解決する2つの大問題>、<シティグループはさらなる救済資金を求めているが…>と興味深い。

 訳もうまいのだろう。同紙は最初にズバリ、

 <勝負はついた。数日内ないし数週間内に米国政府は事態に介入し、銀行を1行、あるいはそれ以上国有化せざるを得なくなる。>

 と書く。国有化は「ワシントン株式会社」所有銀行だそうだ。

 <さあ来い、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、それに諸々の地方・地域銀行よ。バラク・オバマ米大統領は得意の弁論術を駆使して「Nワード(nationalisation=国有化)」を使うのを避けるかもしれないが、間違えてはいけない。当局は確かにそこへ向かっている。>

 米銀は既に1990年代の日本の銀行と同じく、死んでいるのに人工的に生かされていた「ゾンビ」だった、という。シティグループやバンク・オブ・アメリカなどが融資や引き受けといった基本的な銀行業務さえまともに執行できずにいる状態だ、という。

 このような銀行が「リーマン・ブラザーズやベアー・スターンズ、ワシントン・ミューチュアルなどと一緒に金融機関の廃棄場行きになっていない唯一の理由は、納税者が5000億㌦超の資金注入と政府保証によって彼らを支えてきた」ためだ、という。

 自由市場リベラリズムの象徴だったアラン・グリーンスパン前FRB議長が一時国有化の支持者に転向し、共和党のリンゼー・グレアム上院議員も似たような変節を遂げたのは、「政治の世界の右派でさえ、連邦政府の資金を受けている間は銀行を好きなようにさせるわけにはいかないことに気づいているのである」という。

 金融の観点からすると銀行国有化と再上場は必ずしも社会主義の悪夢ではない、とする。米国ではそんなことを気にしていたのだ!イデオロギー論争がまだ続いていたのか。

 政府管理は①有毒な不良資産の値づけ②銀行による貸し渋り、という二つの大きな問題を解決する、という。

 <さらなる損失計上を恐れる現経営陣と異なり、財務省は問題債権の価格を大幅に下げても、失うものはほとんどない。そうすると今度は、これらの不良資産をプライベートエクイティ(未上場株投資会社)やヘッジファンドなどの投資家に売りやすくなる。あるいは、これらの投資家を追い払ってもいいだろう。>

 二束三文で売り払うとなれば、「かんぽの宿」と同じじゃないか。

 <シティグループ、バンク・オブ・アメリカなどの金融機関がバランスシートを一掃できずにいるのは、現経営陣には、万一を望んで市場が回復することを期待するインセンティブがあるからだ。>

 なるほど、そういうことか。

 <似たような機能不全が融資の判断にも及んでいる。限界までカネを借りている消費者と企業による新たなデフォルト(債務不履行)が発生する事態を恐れ、金融機関は事実上店を閉め、結果的に自分たちが逃れようとしている経済的苦境を悪化させている。対照的に、政府による実地的なアプローチは、損失に対する高い耐性とも合わさって、経済の必要なところに資金を回すことができるだろう。>

 国有化のメリットを書き連ねる。

 <米政権にとっての最大の問題は、傷んだ銀行をいかに国有化するか、だ。>

 ここが問題だ、ということは分かる。

 <ここで、散々批判されている「ガイトナー・プラン」が解決策を提示してくれる。ティム・ガイトナー財務長官のアウトラインはどれだけ具体性を欠こうと、銀行を「ストレステスト」にかけることは、はっきり明示している。ウォール街の経営者たちは、規制当局は定期的に各行の健全性を検査していると言って、この案を嘲笑した。しかし、新たなハードルを設定することで、当局は国有化を是認するという目的を持った物差しを手にする。銀行は、これを気に入らないだろうし、シティグループは既に、国有化を伴わないさらなる救済資金を求めている。しかし、金融システムという鎖が前代未聞の緊張にさらされる中、もういい加減、鎖の一番弱い部分を取り除く時が来た。>

 国有化までは関係者にとって織り込み済みだろうが、どのような国有化なのか、で見解は分かれるのだろう。

 小泉純一郎=竹中平蔵式の「郵政民営化」と麻生太郎=鳩山邦夫式の「郵政民営化」が同じ言葉でも内容が違うように、「国有化」とは言っても、政府が銀行の株をある程度買うケースもあるし、それが100%のケースもあるし、株ではなく資産全部の国有化だってありうるだろう。
 自分たちのバランスシートも良くないのに、投資銀行を吸収してしまった市中銀行は不良債権の山を飲み込んだ化け物みたいなものだ。一説によると、わざわざやばい債券を大量に持つ投資銀行を吸収したりして、国有化をやりやすい環境をつくったのではないか、という説すらあるそうだ。

 国有化して、今までの柵を全部切り捨てた方が楽、ということがあるのではないか。

 ビッグ3もチャプター11を最後に頼らざるを得ないだろうが、そうなれば、退職社員の健康保険などを支払わなくて良くなる、という。そういう細かそうで重要ないろいろな点があるのだろう。

 もうすぐ、そういう細かい話が米国から聞こえてくるだろう。

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林香里さんの「中川番記者」論で思い出した奇妙な金丸辞任会見~「あらたにす」を読んで

 朝日新聞、読売新聞、日経新聞の共同サイト「あらたにす」に2月23日にアップされた林香里・東大大学院情報学環准教授の「『中川番』記者からも説明がほしい」を読み、「前にもこんな論を読んだことがあったなぁ」という既視感(デジャヴュ)に囚われた。

正確に言うとデジャヴュではない。

ウィキペディアで調べてみると、

<デジャヴュとは、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。「過去の体験」は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は「過去に実際に体験した」という確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。過去に同じ体験を夢で見たという記憶そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、たびたび予知夢と混同される事もあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多く、別の内容である場合も多い。>

とあり、超能力研究をしていたフランスの超心理学者・エミール・ブワラック がシカゴ大学在学中に執筆した「超心理学の将来」(1917年) の中で提唱した、とあった。

だが、私は似たような情景を思い出したのだ。

金丸信元自民党副総裁の辞任会見である。

17年も前の話だ。

1992年8月のことだったのだろう。

記憶があいまいだったから、手元にある飯尾潤・政策研究大学院大学教授の「政局から政策へ~日本政治の成熟と転換」(NTT出版、2008年3月刊)を見たら、その前後の動きが書いてあった。

政局から政策へ―日本政治の成熟と転換 (日本の〈現代〉 3) 政局から政策へ―日本政治の成熟と転換 (日本の〈現代〉 3)

著者:飯尾 潤
販売元:エヌティティ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

少し同書の内容を写しておこう。

<大きな衝撃となったのは、1992年夏の東京佐川事件である。竹下派の会長だった金丸信が、東京佐川急便からの資金に関して、政治資金規正法違反を起こしていることがわかったのである。事柄自体は、政治献金を届けていなかったという形式的なもので、それほど大きな問題ではないとみえた。しかし、8月27日に、責任をとるとして、金丸は竹下派会長や議員職をはじめ公職から引退する。そのことで、これまで権力中枢を支えていた金竹小という指導部が崩壊したのである。>

<すでに、竹下と小沢の間は微妙になっており、それをつないでいた金丸の引退で、一挙に亀裂が走った。つまり、金丸側近の間でも、この機を利用して、小沢たちが世代交代をもくろんでいるという疑いを持つものが現れ、それまで金丸を通じて派閥の方針を左右してきた小沢への反発が一挙に噴出したのである。>

つまり、8月27日は最終的な場面である。その前に、副総裁辞任会見があったのではないか、と思う。新聞の縮刷版であとで確かめようと思うが、8月だったのではないか。

その記者会見は自民党本部の記者会見室で突然行われた。

そして、たしか、記者会見とはいうものの、派閥担当記者しか入れないような記者会見だったのではないか、と思う。メディアの業界用語で言う「懇談」と同種の発表形態である。「懇談」もメモを取って、そのまま主語を明らかにして書いていい懇談と、メモを取っていけない懇談、つまりオフレコ懇談があり、これは「自民党首脳は」などという記事になった。
 あの金丸会見は異様な会見だった。たしか幹事長室の事務方というよりも佐藤守良竹下派事務局長が仕切っていたのではないか、と思う。佐藤氏は小沢氏の側近だった。

その「記者会見」はいわば、身内記者を相手に金丸氏が文章を読み上げ、質問もある程度だけは受けたが、途中で打ち切られた。派閥記者たちは政治家にどれだけ食い込むかで能力を評価される。その仲良し記者が金丸の辞任会見を書く役割を担った。

当然、翌日の紙面について「甘い」という世評が盛り上がった。「こんなことで済ませるわけには行かない」という世論である。

そして、8月27日になだれこんだのだ、と思うのだが、こんなうろ覚えの出来事を思い出させてくれたのが林さんの文章だった。

林さんの今回の文章は非常に客観的でありながら、人間性の襞の部分を抉っていてすぐれている、と思う。

書き出しはこうである。

<日本では、仕事場とお酒の席の距離が近い。職場単位で飲みに行くことは珍しくないし、とくに長時間労働が常態化すればするほど、職場における仕事とお酒の相互浸透が進みやすい。そして、先輩、上司、顧客や取材先など、本来なら緊張感を持って接するべき相手も、お酒が入れば「飲み友だち」となって、ちょっぴり羽目をはずすことが許されるようにもなる。>

そして、

<どうやら、中川昭一前財務・金融相の身辺も、飲酒に対してかなり寛容な職場だったようだ。>

と中川氏の話に移るのだ。

<YouTubeで繰り返し記者会見の様子を見たが、とにかく驚くのは、中川氏の周辺の人間たちが、あの状態で大臣が記者会見に出席することを止めなかった(止められなかった)ことだ。あるいは、受け答えもままならぬ大臣の様子を見ても、「またいつものあれか」と見過ごすことができるぐらい、周りの感覚がマヒしていたのかもしれない。>

「周囲の人々」の中には当然、番記者も入っている。

<記者たちの側も、「国民の知る権利」を代行する職業として、中川氏に対してどこまで緊張感を示して向き合ってきたのだろうか。今回の中川氏の騒動は、記者会見とは、記者団に対してではなく、その向こうにいる国民に対して語りかけるものだという「会見」の本質的意義について、政府側も記者側もすっかり忘却していたことを窺わせる事件だった。>

 そういうことなのだ。政治家は「チンピラ」記者に話しかけるのではなく、その後ろに控える多くの国民に話しかけるのだ。記者は国民の代理人だ。あえて「チンピラ」と書いたのは、記者さんたちにはエリート意識だけでなく、そういう意識も少しは持っていただきたい、と思うからだ。

 <かねてからうわさになっていた中川氏の酒癖は、これまでは一部の週刊誌が報道する以外、「スキャンダル」にはならなかった。「夜討ち朝駆け」をしながら中川氏にぶら下がってきた記者たちなら、彼の行状を知らないはずはない。権力監視をするはずの記者たちによる日ごろからの「お目こぼし」が、あのような会見を招く遠因となったのではあるまいか。>

 これはどうだろうか? と思う点もある。新聞に書いても、ベタ記事にしかならなかったりしたのではないか、と思う。書いてはいたのだろう、と信じたい。

 <これまでのところ、中川氏本人はもちろん、首相の任命責任や記者会見出席を黙認した官僚たちの責任が追及されている。だが、私はぜひ、今回の外遊に同行していた記者たち、そして常日ごろから中川氏に張り付いているいわゆる「中川番記者」たちから、なぜこうなるまで彼の飲酒癖が問題にならなかったのか、その理由を聞いてみたいのである。>

 これは、その通りだと思う。説明責任、アカウンタビリティー能力は新聞社こそ問われるのだから。

 <結局、彼の飲酒癖が政治問題として取り上げられたのは、食事には必ずワインが振舞われるイタリアにおいてだった。「世界に醜態をさらした」と民主党の小沢党首は批判したが、永田町からは時差も文化差もある遠い異空間において、日本国大臣の真の姿が顕在化したことは象徴的だ。>

 本当に象徴的でした。ただ、日本のお酒文化を全否定したくない、とも思う。TPOをわきまえればいいのだ。変に萎縮する必要はないのだ。

 <G7という非日常の場が、エリート記者も官僚も総理大臣も目を背けてきた事実をしっかりとあぶり出してくれた。国際化が、こんなところにまで効用を発揮するのは、日本特有の現象かもしれない。>

  「非日常」ですか。それがグローバルというものですか?

 <実は、私はこの原稿の大部分をすでに1月18日の朝までに書き終えていた。読売新聞が1月17日の朝刊で、前日の中川氏の会見の惨状について一面で報道しなかったことがきっかけだった。これはいかなる価値判断によるものだったのだろうか、ということを問いたかったからである。>

 読売新聞の出遅れは確かに目立ったのだが、自社の記者がその場にいた、ということは相当に深刻だったのではないか、と思う。だからこそ、しゃらっと、その記者に「私が見た事実」を書かせればいいのだろう、と思うのだ。この点は林さんに大賛成だ。

 <しかし、振り返って問題の記者会見の扱いを時系列で比較すると、読売新聞だけでなく、各紙はすべて当初は「ちぐはぐな受け答え」「かみ合わない」「口調がはっきりしない」など、全体的に事件を控えめな表現で報道していた。ところが、その後、いったん世論の趨勢が中川氏批判へと流れ始めると、堰を切ったように彼の酒癖がもたらした過去の粗相が暴露されていった。>

 知っていて書かない、という日本の新聞の特徴ですか。信濃川河川敷問題を追及した文藝春秋の誌面を海外のメディアが報じ、その海外電の転電で日本のメディアが田中金脈を報じ始めた、という戦後日本の新聞の「原罪」をまた暴かれている感じがする。

 <さらに、病気だと弁明したにもかかわらず、会見後にバチカン博物館の見学をしていたとか、直前の日ロ財務相会談でも朦朧としていたとか、20日の時点になってもローマ外遊時の中川氏に関する「新」事実の続報が届く。結果的に、日本に住んでいる私たちは先週ずっと、テレビや紙面で中川氏の“宴のあと”におつきあいしなければならなかった。>

 先週は中川昭一氏の週だったのか? 実はそうでもなかったのですが。

 ヒラリー・クリントン米国務長官が来日し、インドネシア、韓国などを経て「本命」の中国で胡錦濤国家主席と会談した週でもあったし、ユジノサハリンスクに麻生太郎首相が行ってメドベージェフ・ロシア大統領と会談したり、何をトチ狂ったのか小泉純一郎元首相までがモスクワを訪問して北方領土の話をするかと思えば、「3分の2を使ったら衆院本会議を欠席する」とわめくなど、いろいろ楽しませてくれる話題にはこと欠かなかったと思いますが。

 <こうした経過を見ていると、普段、大臣のまわりには大勢の記者たちがぞろぞろと付いて回っている(少なくともテレビなどで見るとそう見える)にもかかわらず、いったい彼(女)たちはどのような方針で何を取材しているのか、国民が知るべきことを知らせていないのではないか、そんな不安が募ってくる。>

 日本のメディアの慣行、特に記者クラブ制度の問題がリンクしてくる。

 <日本の政治が低レベルだからといって、ジャーナリズムまで低レベルになる必要はどこにもない。だが、残念ながら、どこかでこの二つは共犯関係にありそうな、そんな予感を抱かせてしまう。今回の記者会見事件については、メディア側にも、国民に対していくばくかの説明をしてほしいと思うのだが、いかがだろうか。>

 その通りでしょう。つまり、形は違っても、17年前と何ら変わらないメディアの姿が見えた、ということかもしれない。業態変更など「外圧」がかからないとメディアも変われないのではないか、と最近、つくづく思っています。

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2009年2月22日 (日)

日本も「1本足」経済の危うさに気付くべきだ~読売新聞2月22日朝刊ポール・ケネディ氏寄稿から

 読売新聞2月22日朝刊1~2面[地球を読む]で英歴史家のポール・ケネディ氏が<金融危機の教訓/当たり前の真理に返れ/「1本足」経済は危険>の見出しで寄稿していた。

 「1本足」は読んで字の如しで、1本の足で立っていること。ジョージ・オーウェルの「動物農場」の豚たちが人間をやっつける際の他の動物を扇動するスローガン「4本足は良い、2本足は悪い」からの発想だ、という。金融危機に陥った国の財源・富みの源泉が一つに偏っている(1本足)と金融立国を目指してつぶれてしまったアイスランドや20年前には1人当たりGNPが世界一だったのに、石油下落で苦しむクウェート、ノルウェーのように、リスクが大きい、という。スイスのように①強力な銀行・保険・投資サービス②工業製品や薬品など高品質で高付加価値の製造業③観光収入④国の手厚い保護を受ける高収入の農業部門――の4部門で生きるスイスは4本足だ。4本足のスイスも今は苦しいが、アイスランドほどではない。

 ポール・ケネディ氏はオバマの米国のことを書いているのだが、この論は日本にこそ当てはまるのではないか。

 というのは、輸出産業=高付加価値製造業だけで外貨を稼ぎ、世界2位の経済大国を維持している日本が今回の世界不況の影響を最も受けてしまったのは、この「1本足」経済の歪さゆえだったからだ。

 内需を喚起し、流通業や農業、水産業、林業の生産性を上げ、国際競争力のある米作りなどをしていれば、こんなに苦しむことはなかったはずだ。

 「失われた10年」で日銀はゼロ金利を続け、庶民が受け取るべき預貯金金利を庶民に渡さず、金融機関と製造業のコングロマリットが吸収し、輸出競争力に拍車を掛けた。人材派遣も単純労働まで広げ、多くの非正規労働者の群れを創り出した。そして、農地は荒れ、海はやせ、国際的な魚類保護の動きもあって、日本漁業は絶滅寸前だ。

 工業製品は今後、いつまでも日本が技術革新の先導役を務められるかどうか、不透明だ。というよりも、人口減と日本の大学の劣化を見れば、インドや中国に技術面でも追い抜かれるのは時間問題ではないか、とも思う。

 そんな危機感を国民の多くが抱き始めた時のこの論文はタイムリーだった、と思う。

 早く、本当に早く本当の構造改革(小泉インチキ構造改革ではなく)をやらないと、日本は沈んでしまうのではないか。

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ヒラリー・クリントンの微笑の裏に見えた日本無視と中国重視~2月18、22日各紙社説から

 クリントン米国務長官がアジア歴訪の旅を終え、帰国した。各紙は2月18日付でクリントン来日の成果について一斉に社説を書き、22日にはそろってアジア歴訪の成果とオバマ外交に注文する社説を書いていた。

 18日と22日の社説を読んでみよう。

◆北問題で現実的指摘をした産経新聞社説

 産経新聞は18日の社説でまず日本を初の外遊先に選んだこと、横田滋さん夫妻ら拉致被害者家族と面会したこと、外相会談で『北朝鮮の核、ミサイル、拉致を包括的に解決する』との日本政府方針に沿って、日米韓の連携を強化することで一致したことを評価した。

 「今後は日本が各論で同盟国としての期待と責務に十分に応えていけるかが問われる」

 と日本政府への注文も忘れていない。

 22日は<北のミサイル 米は早急に包括政策示せ>というタイトルが示すように、北朝鮮のミサイル問題に関して米政府に強い対応を求めていた。

 「ミサイル問題は日米外相会談でも話し合われたが、クリントン長官は『われわれの関係のためにならない』などの弱いメッセージを示すにとどまった。オバマ大統領も就任後、北朝鮮政策については包括的かつ基本的な方針をいまだに明らかにしていない

 と不満をぶつける。

 「北朝鮮がミサイル実験を強行した場合、米国は…制裁を科すなどの強硬手段を取ることになろう」が、「対北朝鮮の基本政策や方針が存在しなければ基盤が脆弱で効果は期待できない」

 というのだ。

 そして、オバマ政権に①交渉の基礎を6カ国協議に置く時に米朝直接対話との関係は?②交渉による解決が優先か、圧力が重点か③北が核開発を放棄した場合の見返りや国交正常化プロセスは?④核危機以降の朝鮮半島の恒久和平体制をどう考えるか――などを明確にせよ、と要望した。

 「その上で、制裁などミサイル実験が強行された場合の対応を明確にし、日韓両国との連携強化を鮮明にすれば、さらにその重みと威圧感は増す」

 と言うのだ。

 「前任のブッシュ大統領は就任4カ月半後の2001年6月、前政権の方針を見直した上で、米朝2国間協議も含む包括政策を発表した。当時はウラン濃縮疑惑などが発覚する以前のことで、米朝関係も相対的に静かな時期だった。だが今は事態が切迫している。予告したことをほとんど強行してきた過去の行動パターンからみると、北朝鮮が近い将来、ミサイル実験を強行する可能性は高い。4カ月後などと悠長なことは許されない。景気対策など他の緊急課題があるにせよ、今こそオバマ政権は北朝鮮への強いメッセージを内外に鮮明にする時だ」という。

 指摘はもっともだ、と思う。

◆米中両国の安全保障対話の日本への影響を懸念する読売新聞社説

 読売新聞も18日の<米国務長官来日/戦略的に政策調整を深めよ>で日米両政府戦略対話、政策調整を深めよと注文。北朝鮮が発射準備の動きを見せている長距離弾道ミサイルについて「ミサイル発射は2006年10月の核実験後の国連安全保障理事会決議に違反し、追加制裁を招くなど、北朝鮮の利益にはならない。日米両国が、そうした明確なメッセージを発することが大事だ」と、より厳しいメッセージの必要性を訴えた。

 22日の社説<クリントン外交/米中対話の拡大をうたったが>では、

 「クリントン国務長官は『米国は、欧州に強いパートナーを必要としているように、アジアにも強いパートナーを求めている』と強調してきた。日韓両国との同盟関係を強化、発展させるのは当然ながら、同盟関係にないインドネシアや中国とも関係を深める方針だ」

 と書いた。

 「インドネシアは、オバマ大統領が少年時代を過ごした縁もある。世界最大のイスラム教徒人口を抱える国への訪問は、イスラム諸国に関係改善のメッセージを送る狙いもあったのだろう

 という指摘は頷ける。

 米中が「戦略経済対話」について、安全保障分野も取り込んだより包括的戦略対話に拡大することで合意したことについて、読売社説は

 「米中両国による安全保障分野での戦略対話は、日本の安全保障にも重大な影響をもたらす

 と注意を喚起する。

 また、

 「北朝鮮の核開発で核拡散は現実になった。オバマ政権は核不拡散でリーダーシップをとるためにも、核保有国の核軍縮を率先したい意向だ。ロシアだけでなく、軍拡路線の中国も引き込まなければ意味はない

 というのも現実的な見方だ。

 「米国の景気対策法に盛り込まれたバイ・アメリカン条項で中国製品が締め出されることになれば、経済摩擦は避けられまい。クリントン長官は『(人権問題によって)経済危機や気候変動、安全保障の議論が妨げられることはない』と述べた。だが、今年は天安門事件から20年、ダライ・ラマ亡命から50年になる。この節目をとらえ、民主化運動が高まる兆しがある。人権問題は、米中関係の火種である

 と、北朝鮮問題や戦略核軍縮問題でも中国を重視するオバマ政権という政権から見た中国の意義に詳しく触れた。暗に「人権問題無視」は許されない、とオバマ政権にもの申しているようだ。

 米国も世界金融危機の発端となっただけでなく、リーマン破たんで世界大不況へと深化するトリガーも引いてしまっただけあって必死だが、あちこちでリップサービスをしたツケは必ず米国に回ってくる。

◆沖縄海兵隊のグアム移転問題など現実的見方に徹した日経新聞社説

 日経新聞18日社説<複眼で日本を見る米政権>は「オバマ政権の高官は既にバイデン副大統領が欧州、ミッチェル特使が中東、ホルブルック代表が南アジアを訪問した。クリントン長官のアジア訪問は役割分担の一環ではある」として、「アジア重視」とはしゃぐなよ、と戒める。

 この見方に賛成だ。米オバマ政権の戦略の一環だからだ。クリントンはさすがにうまい。だけど、老けていてよかった。あれで、ファーストレディの時のような華やかさがあったら、日本ではもっと騒がれていただろうし、すっかりヒラリー魔術にからめとられていたかもしれない。

 この点で日本国民が中長期的に見て感謝しなくてはいけないのが中川昭一氏ではないか、と思う。まさか、中川氏が何も意図なくあんな無様な真似はするまい、と思っていたのだが、ヒラリーマジックの効果を消すため、自分がピエロになって、新聞の1面トップやテレビのニュースショーでヒラリーが出てこないように、ブロックしていてくれたのだろう。ヒラリーはもう少し、日本人に自分の旅を印象付けておかなければいけなかったのではないか。なにしろ、日本はイメージとのお付き合いに過ぎず、本当の「血族」としてのお付き合いは中国とらしいから。

 さすが愛国的情熱をもった中川さんだ。たいしたものだ。

 「クリントン氏自身は最初の訪問先に日本を選んだ点に象徴的な意味を込めた」が、これは「日本の歴代政権は共和党政権に親近感があり、民主党政権には警戒感があった。オバマ政権はそれを意識したのだろう。北朝鮮拉致被害者の家族との面談も含め、窮地にある麻生政権に対する政治的な助け舟を出した。首相は官邸で夕食会を開いて返礼した。首脳間では普通だが、閣僚に対しては異例である」

 と裏読みをする。こういう指摘が必要だが、さっき書いたように、ヒラリーの頭の中には日本国民にいい印象を与えることしかなかったのだと思う。実質的な話をするにも、あまりにも日本の関心と米国の関心は違い過ぎたし、米国と中国の関心はほぼ一致するのだから、日本は疲れておらず、まだ化粧ののりのいい旅の最初に寄って、笑顔を振りまいて、と、それで終わったのだと思う。本番は中国なのだから。

 沖縄海兵隊のグアム移転に関する協定については、

 「自民党、共和党政権下の2006年5月、外務、防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意した在日米軍再編に関する合意を協定にまとめたものであり、日本政府は今国会に提出し、承認を得る考えである。日米間の政治的合意を国会審議を経て法的合意に格上げするのは適切である。協定という名前の条約だから憲法61条により、国会の会期切れや衆院解散がない限り衆院の議決から30日後に国会の承認となり、参院で野党が多数を占める衆参ねじれ現象の影響を受けない。条約として発効すれば、衆院選挙の結果、民主党政権ができても、米側と交渉して改定しない限り、拘束される

 と書くのが日経新聞らしい。論理で詰める。

 そういうことなのだ。だから、小沢一郎民主党代表も安心して勝手な振る舞いが出来る。どんな振る舞いをしても反米にはならないからだ。民主党が阻止できる手続きだったら、小沢氏は相当深刻に悩んだかもしれないが、今回は口先で「反対」などと言ってもいい手続きだった、ということだ。ヒラリーにその意図は通じた、と思う。

 22日の社説<多様なアジアに米国はどう向き合うか>では、クリントン氏の13日のニューヨークのアジア・ソサエティーでの講演

 「アジアは技術革新や流行の最先端にある」

 に触れ、「アジアを一括して語るのは不可能ではないにせよ、歴訪した4カ国だけをとってもアジアの特徴はむしろ多様性と考えるのが正確だろう。日本は米国の同盟国であり、経済力は世界第2位だ。インドネシアは世界最大のイスラム国家であり、韓国は地球上で数少ない冷戦構造が残る分断国家だ。中国は世界最大の人口を抱え、共産党体制下で市場経済を進め、軍事的には米国に脅威を与えうる数少ない国である」と書く。

 ヒラリーはニューヨーク講演で、

 「ノーベル平和賞を受けたアウン・サン・スー・チーさんが自国で自由に生活できるように、北朝鮮の人々が自由に指導者を選べるように、チベット人、すべての中国人が迫害の恐怖なしに宗教の自由を享受できるように」

 と語ったそうだ。

 日経社説は「アジアの多様性に対する寛大な姿勢は重要だが、それはミャンマー、北朝鮮、中国などでの人権問題に目をつぶる意味ではないだろう。日本は経済、安全保障上の利益だけでなく、価値観も米国と共有する関係にある。『日米同盟が米国のアジア政策の要石』とされるのはこのためである。日本政府には、この点の感度も求められる

 と書いていた。

 つまり、米国よ、中国、北朝鮮の人権無視に目をつぶるな、日本政府は米国のそのような二重基準を許すな、という主張だ。極めて大切な指摘だと思う。

 しかし、きっとこの主張は無視されるだろう。また昔の話で恐縮だが、天安門事件に際し、欧米はG7サミットで中国制裁決議案を出そうとしたが、日本が必死に止めた経緯がある。日本政府は米国以上に中国の人権問題に不感症なのである。

日経新聞の論説室はこと「かんぽの宿」を除いてはいい線いっているのだが、なぜあの疑惑だらけの西川善文氏の組織を守ろうとするのだろうか? 郵政民営化はもう既定方針で、鳩山邦夫氏が何と言おうと、麻生首相が何を言おうが、民営化される。ただ、4分社化で今後の営業が成り立っていかない、と分かれば3分社化にすればいい。それをも「民営化つぶし」というのが分からない。

 竹中、小泉、西川、宮内各氏らの論にもならない論にどこまでも付き合おうということですか? もったいない、と思うのだが。国民はあれだけの疑惑の存在を知って、解明なしに先には進めないのだから。

◆中国批判を控える朝日新聞社説のごまかし

 朝日新聞は18日の社説<日米関係/首脳会談は組まれたが>で、まず

 「勘違いしてはいけないことがある。米国が日本を重視するということは、我々が『重視』という日本語から想像するような、日本に甘く、大切にしてくれるということではない。米国の利益や戦略のために、日本を活用していくというドライな側面もあるのだ。問われるのは、日本側が何を伝えるかである。会談を開くこと自体が目的であってはなるまい」

 と指摘していた。頷けるが、ことさら言われなくとも分かる当たり前のことだ。

  「忘れてはならないのは、グアムへの海兵隊の移転は、普天間飛行場の辺野古への移設が進むことが条件としてセットになっていることだ。肝心の沖縄の基地問題について、麻生政権には真剣に取り組む意欲が感じられない。地元との対話を促進しないことには、前に進めない問題だ」

 「アフガニスタンについても、日本はさらにどんな貢献ができるか。本来なら、野党も巻き込んで日本の役割を検討しなければならないが、麻生政権にはすでにその力がない」

 と書く。

 「首脳会談はよいが、伝えるべきメッセージは準備できるのか。弱い政権は外交交渉で譲歩を重ねて成果を取りつくろうことになりがちだ。結局、外交は内政の基盤があってこそである」

 と続くのだ。この社説は米政権への注文を語っているように見せて、結局は麻生内閣倒閣の話のようだ。いかにも朝日新聞らしい。

 22日の社説<クリントン歴訪/同舟相救う外交に注目>はどうか?

 「オバマ氏が子供時代を過ごしたインドネシアは、イスラム教徒が主体の東南アジアの大国。ブッシュ前政権の時代は、反米意識が強まっていた。ここで『イスラムと民主主義の共存』をたたえ、イスラム世界への融和的なメッセージを放った。韓国では、懸念が強まる北朝鮮のミサイル発射の動きに、韓国側とともに強く自制を求めた」

 というのはヒラリーを褒め過ぎているんじゃないか。

 朝日新聞社説の問題点はヒラリーが大統領夫人として95年に中国の人権問題を厳しく批判したことに触れ、なおかつヒラリーがニューヨーク講演で「同じ舟に乗っているときは、平和的に一緒に川を渡らなければならない」と中国の「孫子」から「同舟相救う」を引用して語ったことを紹介しながら、

 「大きな目標に向けての多国間協力の重要性を訴えたものだ。その裏には、アジアの地域協力が米国抜きに進んでは困るという警戒感もあるだろう。長官のいう舟には多くの国が乗り込んでいる。日米中や日米韓など様々な『協働』のあり方がありうる。知恵と力を出し合いたい」

 という部分だ。こんな卑屈な文章を最近読んだことがなかった。「米中二国間で何でも決めちゃおうよ」とヒラリーが言って、中国外相らがニコニコしながら頷いている姿が目に浮かぶ。

 なぜ朝日新聞はヒラリーの米中二国間交渉重視姿勢を正面から批判しないのか。なぜ、こんな卑屈なつくり笑いのような文章を書くのか。筆者は日本人として恥ずかしくないのだろうか。

 なにしろ、論理が全く一貫していない。いかにも中国好きの朝日新聞だ、と思う。このような腰の据わらない論説は付和雷同的、刹那的な世論を作り出す。害あって益なし、だと思う。

◆毎日新聞が最も注目したのは日米ではなく米中だったらしい

 毎日新聞は18日の社説<クリントン長官/日米対話の重層的展開を>で「クリントン長官が拉致問題を6カ国協議の一部と位置づけたことは評価したい。ブッシュ前政権は日本の反対を押し切って北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解除し、日本側に対米不信を残した。同長官がオバマ政権の高官として初めて拉致被害者家族と面会したのはそうした不信を解消したいという思いがあったからだろう。北朝鮮に対し拉致問題の解決を強く迫ってほしい」と要望したのは当然だ。

 また、22日の社説< 国務長官訪中/米中対話は内向きでなく>で目を剥いたのは

 「今回の歴訪で世界が最も注目したのは中国首脳との会談だ

 という指摘だった。

 「中国はいまやアジアで最も影響力のある国というだけではない。米国が金融危機を切り抜けるには、米国債の最大の保有国であり、世界一の外貨準備を持つ中国との協調が不可欠だ」

 という理由らしい。本当に筆者はそう思っているのかどうか? 日本訪問以上に中国訪問を記者は重要だと考えているのか? 日本人がそう考えているのならば、欧米の首脳がそう考えても仕方あるまい。日本を最初に訪問したことにどんな意味があったと思っているのか? 18日の社説の期待いっぱいの雰囲気とは随分違うではないか。

 「だが、その中国は核ミサイル搭載の原潜や空母の新造開発に力を入れ、米国の不安と疑念をつのらせる存在でもある。ブッシュ政権の時は、米国の財務長官と中国の副首相とが定期的に協議する『戦略経済対話』の枠組みを作っていた。オバマ新政権になってどのような対話の枠組みを作るかが、今回のクリントン長官訪中の課題だった。歴訪に先立ち長官は「同舟共済」(川を渡るには、心をあわせてボートをこがなくてはならない)という中国のことわざを引用し、米中協調を呼びかけた。アジア重視外交といっても、事実上、米国は中国を最も重要な外交の相手と見なすと宣言したのである」

 これは朝日新聞が引用していた孫子の言葉だ。

 米国は中国を「最も重要な外交の相手」と見ているのか? では、なぜ、まず中国を訪問しなかったのか? あまりに自分の国を卑下しすぎているのではないか? 自虐史観という言い方があるが、自虐論説ではいけないのではないか?

 「北京での一連の会談で、米中は閣僚級による経済対話、政治安保対話の二つの枠組みを作ることを決めた。バイデン副大統領と温家宝首相との定期協議というハイレベル対話の構想も流れていたが、クリントン長官が仕切る閣僚級対話に落ち着いた。また、台湾への武器売却で中断していた軍事交流についても再開が決まった。温暖化問題での対話にも合意した」

 これは事実だ。バイデンなんかに仕切らせてやるものか、私が仕切るのよ、と言ったか言わなかったか、ヒラリー流だ。中国重視は中国が膨大なドル、米国債を持っているからだろう。それが一番大きいと思う。ただ、ヒラリーは本当に中国が好きなのだが、オバマはどうか、分からない。今後のヒラリーの暴走を止めるのはオバマしかいないかもしれない。バイデンじゃあね。

 「だが、そのために米国が人権、民主化、チベット問題などで外交圧力を後退させたことは否定できない。譲歩だと批判がでている。また、長官が米中2国で世界の問題を解決できるかのような表現を時々使ったことも見逃せない点だ。米中外交だけではアジア重視外交にならない。米中協調という姿勢は歓迎する。しかしボートに乗っているのは米中だけではないことを両国は忘れないでもらいたい

 何をおずおず書いているのか。「批判が出ている」ではなく、毎日新聞の論説委員会としてきちんと批判すべきだろう。

 ヒラリーの中国重視はファーストレディー時代から有名だった。裏返せば「日本パッシング」である。当時、それが判明して日本中が騒いだ。今回はうまい具合に日本を重視するふりを見せながら、中国に擦り寄っていった。

 そのようなやり方を相手がしてきた場合、本音と建前をきちんとするのは弱者(核兵器も持たず、正式の軍隊だっていない)の義務である。ヒラリーの本音は中国重視であっても、麻生首相らにはそうは言えなかったのだろうし、何しろ、ヒラリーの思いはどうだったかは知らないが、最初の訪問国として日本を選び、25日に日米首脳会談もやる。

 一応、オバマは日本に敬意を払っているのだ。日本人には「チベットを弾圧し、国内の少数派を弾圧する共産党政権と『価値観』を同じくして語れるのだろうか?」と疑問に思っている人が多い。

 そういう日本人に「米国の本音はこうなんですよ」と本音を教えながら、建前として米国に価値観外交を迫る、くらいの文章を書けないのか。「日本人よ、浮かれるな」+「ヒラリーの微笑の裏に隠された日本無視を凝視せよ」と書くべきではないか、と思う。

 尖閣諸島の中国不法主張問題、両国間の歴史問題などに関して、オバマ政権は最終的に中国の肩を持つかもしれない、と腹を固める必要がある、と思っている。日本は日本人が守るしかないのだ。

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2009年2月21日 (土)

チョムスキー氏のオバマ政権論:ルービン、サマーズ批判~毎日新聞2月21日朝刊から

 毎日新聞2月21日朝刊国際面にマサチューセッツ工科大のノーム・チョムスキー教授(80)のインタビューが掲載されていた。

 最近、新聞などで見なかったなぁ、と懐かしくなって読んでみた。聞き手は小倉孝保特派員だった。見出しは<ノーム・チョムスキー氏語る/オバマ政権誕生、負の側面も見よ/黒人と女性競う 考えられぬ光景だった/経済危機の遠因作った者たち 新政権に>である。

 記事に付けられた略歴によると、チョムスキー氏は1928年(昭和3年)米フィラデルフィア(ペンシルベニア州)近郊で、ユダヤ人の両親のもとに生まれる。ペンシルベニア大で言語学博士号を取得。61年からマサチューセッツ工科大言語・心理学部教授。すべての言語に普遍的特性があるとする生成文法理論をうち立て、注目される。ベトナム戦争を批判したのを始め、詳細な事実分析で米国の政策を厳しく批判している、とあった。

 まず、チョムスキー氏が批判してやまなかったブッシュ前政権の8年間の評価については、

 <大多数の国民の実質所得は減少し、巨額の貿易・財政赤字ができた。イラク戦争はテロの危険を増加させると予測されていたが、結果はこれをはるかに超えた。世界における米国の権威は失墜。「テロから国民を守る」との口実で拷問や不法拘束、市民へのスパイ行為が行われ、法による統治システムはずたずたになった。

 と思った通り手厳しい。そして、オバマ氏当選については、

 <米国では建国以来、少数の豊かな者が権力を握り、政府の目的はそうした層の権利保護だった。黒人はいまだに2級市民で、女性が社会的権利を獲得するのも遅かった。だが、今回の民主党の候補者選びは黒人と女性の争いになった。わずか20年前にも考えられなかったことで、米社会の文明化を示すものだ。黒人とヒスパニック(中南米系)が投票に大きな役割を果たしたことも注目される。>

 と一応は素直に評価している。評価は黒人大統領という面とヒラリーの登場という女性問題の面だった。ユダヤ人として少数民族への思いはものすごく強いのだろう、と想像できる。昭和3年生まれ、といえば、終戦時に17歳。黄色人種差別や移民法の騒ぎの中で思春期を送ったのだろうから。

 でも、それだけでは終わらない。

 <ただ、(大統領選の結果を)詳細にみると、白人はおおむねマケイン氏(共和)を支持したと言える。(金融危機の悪化などで)明日にも職を失うかもしれない状況の中、白人は保守傾向を示した。また、オバマ氏が草の根の資金調達を行った、というのは神話だ。メディアによると、オバマ氏の選挙資金の多くは金融界からだった。小口の寄付は全体の25%程度とみられている。巨大企業が当落を決める非民主的状況は変わっていない。

 ここからがチョムスキー氏の真骨頂だ。

 本質をズバリ突いている。そうなのだ。黒人大統領が出現したとは言っても、米国の権力構造そのものが変わったわけではない。

 国際社会から米国が信頼回復されるのか、という質問には、

 <オバマ氏は(前政権のように)科学を否定しないし、(キューバの)グアンタナモ収容所での拷問も支持しない。ブッシュ(前大統領)・チェイニー(前副大統領)体制が高慢で不作法だったこともあり、欧州は米国と距離を置いたが、オバマ氏となら一緒に(政策を)やれるだろう。

 ブッシュ嫌いの本領発揮。そして、今回の経済危機をどう見ているのか、これも興味がある質問だ。

 <第二次大戦後の経済制度が終焉し、1970年代に経済の中心が製造から金融に移行した結果、資本は管理されず、通貨は(規制や国境の枠を超えて)自由に飛び回るようになった。こうした新自由主義経済について、まじめな経済学者は当初から危険性を予測していた。今回の危機はまた、豊かな国が貿易や市場の自由化を自国に都合良く利用していることを示している。約10年前にインドネシアやロシア、ブラジルなど貧しい国が経済危機に見舞われた際、国際通貨基金(IMF)は(公営企業の)民営化を促し、金利を上げるよう指導した。だが、米国は今回、金利を下げ、(金融機関への公的資本注入などで)国の関与を強めている。かつて貧しい国に求めた政策とはまったく逆なのだ。

 これは真実である。

 10年前のアジア経済危機でIMFはインドネシア、韓国などにアメリカン・デファクト・スタンダードを押し付け、潰さなくともよかった金融機関をどんどん潰し、金利上げを強いた。破綻金融機関はアメリカのハゲタカ・ファンドが二束三文で買い取った。しかし、今回の危機では米国はその失敗を教訓に全く逆のことをしている。その言い訳は「日本の失われた10年を教訓にした」だった。ワシントン・コンセンサスによって国を滅茶苦茶にされたアジア諸国は今回、また流動性の不足で苦しんでいる。アメリカ発の世界恐慌によって。チョムスキー氏はこのへん、アメリカ人とは思えない率直さで語るのが小気味いい。

 そして、世界金融危機へのオバマ政権の対応ぶりを聞かれると、

 <オバマ政権の経済担当者の中にも、この危機の遠因を作った者がいることを知っておくべきだ。(国家経済会議委員長の)サマーズ氏はクリントン政権時代に財務長官として、デリバティブなど金融派生商品の規制に反対した。また、オバマ氏の経済政策顧問を務めるルービン氏は、クリントン政権の財務長官から(米金融大手で政府の救済を受けた)シティグループの経営委員会会長になり、膨大な報酬を受け取っていた。オバマ政権では、こうした人々に歓迎される解決策が模索されるのだろう。>

 そうかぁ、ルービンも顧問として政権に参画しているのか。ルービン本人がいなくとも、ガイトナーとか、サマーズとか、みんなルービンの部下だから同じだけど。

 何か尻切れトンボのように終わっているのは新聞のスペースの問題なのか、仕方ないが、これ以上聞いても同じような話しか出てこないのかもしれない。

 でも、チョムスキー氏が今回の危機について、どれほどの深さを持っていて、回復はいつごろと考えているのか、くらいは読みたかった。

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「遅く考える」時間の大切さ:中山元氏の論に賛成~朝日新聞2月21日夕刊

 哲学者の中山元氏が朝日新聞2月21日夕刊文化面に寄稿していた。<言葉と思考 遅さの技法/朗読・翻訳 その豊穣な時間>のタイトルだ。短文だが、書いてある内容は滋味に富んでいる。今、政治家だけでなくマスメディア、思想家、文芸評論家たちを含めて言葉の軽さが問題になっている時、この「言葉」=「思想」を理解するために時間をかける、という「ゆっくり」のススメは貴重な提言ではないだろうか。

 中山氏はデリダ、フーコー、カントらの翻訳書が多いので、どちらかといえば翻訳家として知られているかもしれないが、その本質は現代が抱える諸問題をすべて自分の頭で考えて解いていく、という珍しい哲学者だと思っている。借り物の欧米思想を物差しのように当てて、計算機に頼るような真似は間違ってもしない人だから、安心して著書が読める。この記事で紹介されている「賢者と羊飼い」は読んだことがなかったが、哲学入門のような題名は忘れたが、分厚い文庫本を読んで感動したことを覚えている。

 寄稿に移ろう。中山氏はまず、

 <思考は言葉によって紡がれる。言葉にならない思考は、昨晩の夢のようなものであり、雰囲気としては残っていても、揺らいでいく。思考は言葉に定着させる必要がある。>

 <言葉のうちで思考は育ってゆく。蚕が糸を紡ぐように、思考は言葉を繭として、言葉のうちで育まれ、成長し、やがて羽ばたくようになる。思考は言葉の網の目のうちで息づく命のようなものだ。>

 と、「言葉」と「思考」との密接な関係に注目する。

 <だから他者の思考を理解するということは、そのひとの言葉のうちで呼吸している思考を理解するということだ。しかしただテクストを読んでいても、著者の思考の鼓動を感じ取れないことがある。優れたテクストの多くは長い時間をかけて書かれたものであるのに、読む者の目は、しばしばテクストの上を高速で滑走してしまうからである。>

 これは、いつも経験していることだ。

 <思考を読み解くためには、遅さというものが大切なのだ。テクストの背後と行の間を読み込み、その白紙の部分にみずからの思考を書き込みながら、長い時間を過ごす。著者との沈黙の対話のうちに過ごすこの時間は無駄ではない。それこそが豊穣な時間なのだ。>

 ここまで読んで、万歳をしたくなる。いつも、私はこのような新聞掲載の論文を読みながら、パソコンに手でキーボードを叩いて入力し、それへのコメントを短く書いているのだが、その行為をも意味ある行為だ、といってくれているような感じを受けるのだ。「読む」という作業は、今の忙しい時代、一人一人の心の中で、徐々に軽んじられてきているのではないか、と思うのだ。読んでも、たいしたことが出ていないな、とか、表題だけチェックして、自分の興味のある記事だけ熱心に読むが、それも、斜め読み。事実関係だけ知れば、あとは新聞を棄てる。そんな「読書」が今、一般的になってしまったのだ、と思う。しかし、思考の格闘をしなければ、本当の読書とはいえない、というのは正しいと思う。

 中山氏はこの「遅さ」を担保する方法として、テクストを朗読し、録音し、その自分の声の録音をじっと聞く。何度も聞くことによって、目と耳を通した他者の思考と対峙する、という。次第に自分の思考と絡み合ってくる。その生き物のような変化が微妙で深い、と書く。

 また、翻訳してみるのだ、という。これは誰にでもできることではないが、思わぬほど思考の道筋が見えてくるのだ、という。日本語のテクストだったら、覚束なくとも他の国の言葉に翻訳してみるのだ、という。

 <翻訳という営みでは、もとの言葉の網の目のうちに入りこみ、著者と同じようにその思考の鼓動を感じ取ろうとすることが、決定的に重要な意味を持つ。翻訳家というぼくの仕事では、どうしても肌の合わない文体の思想家のテクストを翻訳するときに苦しくなることがある。それは相手と思考を共有しにくいためなのだ。>

 なるほど、翻訳ねえ、できればいいのだけれども。

 <必要なのは、滑りすぎる目の速度から、どのようにして思考を「遅らせる」かということなのだ。>

 だから、すでに翻訳がある、例えばジョージ・オーウェルの「1984年」の原著をペンギンブックスで買って、自分だけで翻訳して読むのも価値があるのだ、という。それはそうだろう。

 <「遅く考える」時間をぼくにくれるのだ。>

 という方法を自分たちで見つけるしかないのだろう。ぼくは、このブログに、特に書評を書く時には、本の内容をなるべくエッセンスにして略述しているが、そういう略述する、という作業の中で著者と会話しているつもりだ。

 中山氏の深い思考と比べるのは牽強付会だろうが、各自自分の方法で「遅く考える」手段を見つけることが大切なのだろう。

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かんぽの宿の腐臭プンプンの疑惑、徹底解明を~2月18日東京新聞朝刊、21日読売新聞朝刊から

 「かんぽの宿」の疑惑追及が進んでいる。西川善文・日本郵政社長は2月20日、第3者委員会の初会合を開き、格好をつけようとしているが、2月21日付読売新聞朝刊で第3者委員会は今後の売却方式を話し合うだけで、これまでの疑惑解明には触らないという方針を報じている。西川氏はまさに「頭隠して尻隠さず」だ。疑惑追及はしない、と国民の前ではっきり言えばいいのに、いかにも第三者委員会で解明できるかのようなふりをする。

 疑惑は徐々に核心に迫っている、と見たほうがいいだろう。

 小泉元首相の一連の発言も、竹中平蔵元郵政民営化担当相の慌てぶりも、すべてそういう前提を考えると納得がいく。

 2月21日の読売新聞朝刊はまたスクープを報じた。

 社会面の<旧郵政施設 不可解売却/随意契約で優良物件手放す/値段提示せず「言い値」取引>だ。

 記事を見てみよう。

 <旧日本郵政公社の売却施設の約7割がすでに転売されていた問題で、首をかしげるような売却の実態が次々と浮かび上がってきた。買い手がつかないとして、地元の自治体に随意契約で譲渡されながら結局は転売されたり、希望しても個人では購入できない一括売却対象の物件を、購入した企業の転売後に取得することになったり……。本来、国民の財産でもある旧郵政施設の売却が、その場しのぎに行われた印象が色濃くなっている。>

 が前文である。

 <島根県大田市が2007年3月、随意契約により約7350万円で購入した「かんぽの宿・三瓶」は、翌4月に同額で岡山県内の旅館業者に転売された。同市の石見銀山は同年7月から世界文化遺産に登録されることになっていたため、同市は大規模な宿泊施設が必要と考え、転売を前提に購入した。>

 <同市が売却を公表すると、直後に数社が運営に名乗りを上げた。同市担当者は「客の増加が確実なのに(旧郵政が)手放すという不思議な話だった。一般競争入札を行っていたら、高値で買い手がついたはず」と、首をかしげる。>

 これは「いい人」の部類らしい。

 <岡山県浅口市も2007年4月、「かんぽの宿・遙照山」を随意契約で8500万円で購入した。前年8月、地元自治体に売却が打診され、同市は宿泊施設を残すために手を挙げた。相手から売却額の提示は一切なく、同市が提案した“言い値”で取引されたという。施設は8日後、同額で都内の建設会社に転売され、現在、ホテルとして運営されている。>

 この2件はまあ、相手が地方公共団体だから、ある程度の特別扱いは許されるのかもしれないが、記事が言おうとしているのは、「こういう手法ですべてが行われている疑いがあるよ」ということだろう。

 <一方、茨城県内の60歳代の無職男性は2006年ごろ、自宅の隣にある郵政社宅跡地(約40平方㍍)が売りに出ていると知ったが、企業向けの一括売却の対象だったため、一度は購入を断念した。ところが1年後、全国で郵政施設を落札した企業が別の不動産会社に転売後、購入を持ちかけられ、210万円で購入した。>

 このおじさん、何が何だか分からなかっただろうなぁ。

 <郵政施設の中には、個人に直接売却した物件も複数あり、男性は「この違いはなぜなのか。きちんと説明してほしい」と話した。>

 その通りだ、と思う。

 この疑惑の追及に最初から取り組んでいた東京新聞の特報面も2月18日朝刊で<かんぽの宿「1万円」落札業者/オリックスとの接点も?/合同会社、所在地同じ/親会社 KKR物件も購入/企業グループはほぼ同じ/規制緩和と同調 急成長>という本質的な疑惑を報じている。

 ここまで疑惑追及が伸びてくると、規制緩和→民営化→オリックスへの売却という過程の中でのもろもろの疑惑が明るみに出てくるし、小泉構造改革の闇の部分が明るみに出る可能性もある。

 この疑惑に蓋をした勢力はしきりに麻生政権を倒して、政局をゴチャゴチャにしようと画策している。内閣が替われば、政治がらみの疑惑など消え去っていたのがこれまでの日本政治だった。今回だって、解散・総選挙になれば、もう「かんぽの宿」どころではなくなる。小泉構造改革で「改革利権」を貪った連中は何とかそういう状況に持っていこうとしている。

 麻生首相と鳩山総務相はそのような策謀に負けずに、何とか小泉構造改革の闇を天下に晒してほしい。そうしなければ、今後、民営化手法も規制緩和も日本では薄汚れた手法となって、使えなくなるからだ。

 このような汚い疑惑だけは徹底解明してほしい。

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大韓航空機爆破事件、北朝鮮の犯行ではないと主張した社会党~産経新聞2月21日・石川水穂論説委員

 産経新聞2月21日朝刊オピニオン面コラム[土曜日に書く]で石川水穂・論説委員が<共産党が正論を唱えた時期>というタイトルで大韓航空機爆破事件について書いていた。思い起こせば、確かに共産党はまともだった。ひどかったのは社会党だった。

 石川氏の文章を読んでみよう。まずは、<社党は韓国発表に疑問>の小見出しである。大韓航空機爆破事件(1987年11月)の実行犯、金賢姫元死刑囚と拉致被害者で金賢姫に日本語を教えた田口八重子さんの家族との面会が近く実現しそうになったことに関する話である。

 <この事件がソウル五輪妨害を狙った北朝鮮の爆破テロだと韓国捜査当局が発表したのは、21年前の1988(昭和63)年1月15日だ。韓国側はこのとき、金賢姫の日本語指導員が拉致された日本人女性で、金正日書記(当時)から「恩恵」という朝鮮人名を付けられたことも明らかにした。発表には金賢姫も同席し「私はだまされていた」と告白した。>

 古い話だが、私もまだ鮮明に覚えている。

 <ここで思い出されるのは、韓国側の発表をめぐる旧社会党(現社民党)と共産党の論争だ。当時の土井たか子・社会党委員長は1月21日、来日中の米下院議員との会談で「北朝鮮がやったといっているが、北にとってプラスになる行為と考えることはできない」と韓国側の発表に疑問を示した。これに対し、共産党の宮本顕治議長は1月22日の党内の会議で「大韓航空機事件は北がやったと確信している」と明言したと、機関紙「赤旗」が24日付1面トップで報じた。その後、社会党機関紙「社会新報」が1月26日付で「自白に疑問続出」と金賢姫の供述に疑問を投げかけたのに対し、赤旗は翌27日付で「テロは社会主義国にあるまじき行為」とする朝鮮問題研究者の論文を載せた。>

 やはり、土井たか子元衆院議長の「犯行」だった。

 <2月7日、「恩恵」に関するさらに詳しい情報が日韓捜査当局によって発表された。これに社会党が衝撃を受け、執行部の中に「拉致がはっきりすれば断固、北朝鮮に対し抗議すべきだ」という声が出始めたと、翌8日付産経は伝えている。>

 そうだったかなぁ、その辺はよくは覚えていない。

 <その後も社会党内の動揺は続いた。3月7日、同党の井上一成国際局長が民放テレビのインタビューで、大韓航空機事件を「北朝鮮のテロ行為だ」と明言したのに対し、山口鶴男書記長は「国際局長がそのような発言をするはずがない」と反論した。だが、社会党の支持母体である全電通の山岸章委員長は、井上氏の発言を「常識論だ」と支持した。>

 ひどい話だ。山口鶴男氏がそんなことを言っていたのか。

 <一方、共産党は日本政府から重要な答弁を引き出した。3月26日午前の参院予算委員会で、共産党の橋本敦氏は産経が昭和55年1月に報じた「アベック蒸発事件」について、竹下内閣の見解を質した。これに対し、梶山静六・国家公安委員長(自治相)は「昭和53年以降のアベックの行方不明は、おそらくは北朝鮮の(工作員による)拉致の疑いが濃厚だ。今後とも真相究明に全力を挙げる」と答えた。このことは産経と日経の夕刊にベタ記事で報じられただけだったが、実は、この梶山答弁は日本政府が拉致事件を北朝鮮の犯行だと公式に認めたものだった。>

 そうだったのだ。1988年3月26日の参院予算委での梶山静六・国家公安委員長答弁を朝日新聞も毎日新聞も読売新聞も報じなかった。

 <当時の日本共産党は昭和60年11月の党大会で北朝鮮を「覇権主義の一つの野蛮な典型」と批判して以降、北との断交状態が続いていた。こうした政治的な背景があったにせよ、この時期の共産党の活動は評価されてよいだろう。その後、共産党は平成12年11月の党大会に朝鮮総連幹部を来賓として招くなど、逆に北との関係修復への動きを強めている。>

 なぜ、共産党は変身してしまったのだろうか? 折角、日本国民のため、国益に合致する路線を選択していたのに。2000年になにがあったのだろうか?

 石川氏はコラムの後半を金賢姫との面会に期待する田口さんの家族について書いていたので、その部分は省略する。

 一時期とはいえ、社会党が嘘をつき続けた中、共産党が事実に立脚した立場を堅持したことは評価できる。

 でも、こういう話を聞くにつけ、本当に社会党が潰れて良かった、と思う。

 ただ、まだ民主党内に亡霊が生きており、安全保障問題、特に北朝鮮問題で足を引っ張っている。何とか早めにこの亡霊を外に出さないと、小沢政権樹立の際に社民党と民主党内の旧社会党分子が邪魔をするのではないか、と懸念される。

 政界再編も容易くないようだし、本当にこれは困ったことだ。

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2009年2月20日 (金)

面白くてやがて恐ろしい…英フィナンシャル・タイムズの空想小説~2月17日号の日本版から

 英フィナンシャル・タイムズ紙2月17日の仮想未来小説「2012年11月の悪夢、もしも『CHANGE』が失敗したら」はギデオン・ラックマン氏が執筆し、gooニュースの加藤祐子さんが翻訳したもの、とあった。

 フィナンシャル・タイムズ日本語版のホームページに2月20日朝にアップされたものらしい。ジョージ・オーウェルの「1984年」とは全然違うが、4年後の世界がどうなっているか、どちらかと言えば「暗転シナリオ」を描いている。

 面白かったのは欧米有名人が出てきて、中国人も出てくるが、日本人とか日本は全く出てこない。すでに米国の一つの州と見ているのか、存在感が消え失せてしまっているのか、原因は分からない。悪役ででも出てこないのは寂しいものだ。

 <大西洋の両側で、政府幹部たちが深刻な警告を発している。世界的な政治混乱が起きているのだと。米国では、デニス・ブレア国家情報局長(DNI)「経済危機が引き起こした不安定性が今や、米国の国家安全保障にとって最大の短期的な脅威だ」と発言。そして英国では閣僚のエド・ボールズ氏が、今のこの経済危機は1930年代よりも「さらに深刻だ」と述べ、「1930年代の経済が当時の政治にどれほど影響を与えたか、みんな覚えてますよね」とにこやかに語っている。政府関係者のこういう警告はどれも気がかりだが、どれもいささか曖昧だ。>

 という書き出しだ。ここまでは今の段階のお話だろう。

 <4年後の世界政治は実際、どうなっているのだろう? たとえばこうなったりしていないだろうか……。>

 として空想物語が始まる。

 欧米の記者ってこういう遊び的な書き方もする。

 あまり、日本の新聞記者のような型にはまった思考形態にとらわれていない。

 これは日本の、特に新聞記者たちは新人時代から「型」にはまるように徹底的に教育されるからで、年配になってコラムニストでやっていこうとすると、この新人時代から体に染みついた新聞記者の文体(つまり思考法)をぬぐい去るのが大変だ。ぬぐい去れずに一生を終わる記者がいかに多いか。

 だが、日本の新聞社だって物好きでそんな教育をしているのでもないし、何か新聞社ごとのイデオロギーを持っているわけでもない。

 日本の新聞記者の「客観報道」主義の原因は全国紙である、という一点にある。

 米英の新聞記者は基本的にローカル紙の記者だから、影響力は実は小さい。

 だが、日本の記者の書く記事は全国に配布されるだけでなく、テレビのワイドショーでも紹介され、大きな影響力を持つ(と新聞社内では信じられている)。

 そこで、くそ面白くもない記事ばかり出てくるようになった。
 歴史的に見てみれば、もっといろいろあるのだが、細かいことは今は省略する。

 話を戻す。フィナンシャル・タイムズのお遊び記事を少し写してみる。

 <時は2012年11月7日。午前3時、げっそり疲れ果てた様子のバラク・オバマ大統領が登場し、シカゴ・ヒルトンの宴会場で涙にかきくれる支持者を前に、ついに敗北宣言をした。4年前に同じシカゴのグラント・パークで勝利演説に酔った人々の、あの激しい歓喜と熱狂は、すでい遠い記憶の果てだ。オバマ政権は、アメリカの経済問題に太刀打ちできず、飲み込まれてしまった。新しい米大統領に選ばれたのは、サラ・ペイリンなのだ。

 想像力が豊かである。そのうえ、英語圏の人々は発想が世界的だ、と思うかもしれない。

 実はアメリカもフランスも同じ英語を使っているから、日本人が米英を外国と思う感覚で言えば、お互いの国を「外国」とは思っていないはずだし、ドイツもフランスも言葉がちょっと違うだけで、翻訳しないでも何とか意味は通じるくらいの言葉の近さがある。

 日本と韓国の言葉以上の近さがあるから、想像力だけで描く未来予想も一国にとどまらずに欧米を舞台に幅広く、リアルなものになるのだろう。

 <内政ではポピュリズム(大衆主義)を、そして外交ではナショナリズム(国家主義)を全面に打ち出して、ペイリン氏は当選。次期大統領となって、外国首脳からかかってくるお祝いの電話を次々と取り始めた。>

 ポピュリズムとナショナリズム? 小泉純一郎という男が昔いたなぁ。

 <最初の相手は、イスラエルのアビグドル・リーバーマン首相(愛国党党首)。次はロシアのウラジーミル・プーチン大統領だ。それから、自分こそが欧州連合(EU)の代表と名乗る国家首脳が5人ほど次々と電話してくるが、みんな保留状態で待たされている。そして次の米国大統領は中国とは話をしないと決めているので、中国の指導部からの電話は全く相手にしない。彼女が中国首脳陣と話しなどできるわけがない。選挙戦中ペイリン氏はずっと、「為替を操る北京の共産党連中」と攻撃し続けてきたのだから。>

 面白いなぁ。アラスカの多産女が大統領だって。高校生の娘は大学生兼母親になっているはずだし、イラクに行っていた息子は軍隊で出世しているのか?

 <対する中国政府は、ペイリン氏を「資本主義の走狗」と呼びたいのをグッとこらえてきた。しかしそれでも、輸出市場の崩壊・閉鎖という衝撃に何とか対応しようとしている中国政府の公式発表には、毛沢東的なフレーズが少しずつ復活しつつある。都市部に大量の失業者が集中していることに危機感を抱いた中国共産党は、農地私有化の計画を諦め、代わりに農村部の大型公共事業や集団農場に重点投資。この政策はたちまち「大躍進」ならぬ「大後退」と呼ばれるようになった。>

 毛沢東の失敗の代名詞になっている「大躍進」政策を皮肉った「大後退」かぁ。これもエスプリが効いてるね。またコルホーズ、ソホーズですか。

 <オバマ氏に最大の打撃を与えた国際的な出来事は、2011年のイラン核実験だった。イランは核兵器の開発に成功してしまったのだ。イランとは包括的な合意が可能だと騙されていたオバマ氏を、共和党側は「第2のジミー・カーター」呼ばわりして徹底的に批判。(イラン革命時の大使館人質事件などですっかり国民の信用を失った)元大統領と、オバマ氏を見事に重ね合わせたのだ。>

 ここからが面白いのだ。

 この国際情勢の見方、読み方は日本人が勉強した方がいい、と思う。市民運動から出発し、人権派弁護士として世に出たオバマ氏の限界は武力行使に踏み切れないところだろう。国際政治ではそれは「臆病」「優柔不断」のレッテルを貼られる危険と裏腹だ。

 <イランの核実験成功によって、イスラエル政治も今まで以上に右傾化し、リーバーマン愛国党党首の台頭を招いた。2011年イスラエル総選挙でのリーバーマン氏のスローガンは「奴らが便所に座っている間に爆撃しちまえ」。これはプーチン氏からそっくり借用したもので、リーバーマン氏のロシア系支持者たちがこぞってロシア語で繰り返した選挙の合言葉だった。>

 イスラエルである。イランの核実験が成功したら、きっと現実政治ではその核実験場やウラン濃縮工場、プルトニウム工場をはじめとする軍需施設をイスラエルが核攻撃するだろう。イスラエルにとってアラブの核武装は絶対に許容できない事態だから。

 だから、この空想物語は甘いと言わざるを得ないと思う。ここまで進んだら、第三次世界大戦直前の地獄を世界中が見るはずだ。

 <米軍をイラクから撤退させるというオバマ大統領の公約は、確かに見事に実現した。しかし2012年にもなると有権者はそんなのは当たり前だと大して評価していなかった。むしろ北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタン撤退の惨憺たる大混乱の方が、オバマ氏の大失点になってしまったのだ。米国と同盟諸国が去って後に残ったのは、大して協力的でない軍閥が群雄割拠するつぎはぎ国家だ。新しい対テロ戦略の名称は公式には「監視と攻撃(watch and strike)」だったが、通称は「もぐら叩き」。テロリスト拠点かもしれない対象を遠くから監視し、爆撃するというものだった。>

 権力基盤が弱いオバマ大統領は米国の青年の戦死者が増えることに耐えられない。そうなると、自軍の兵士が死なない方法、つまり、クルーズミサイルなどの遠隔地からの爆撃に頼ることになる。効率が悪く、相手軍の中枢は楽々と生き残る。

 <プーチン氏はアフガニスタンの顛末について、それ見たことかと言うつもりはないと言いながらも、「傲慢なるアメリカの時代は終わった」と付け足した。そしてそのプーチン氏は2010年の時点ですでに、無事クレムリンに返り咲き。ロシアの経済危機はあまりに深刻なので強力な指導者が必要だと、ロシアの政府系メディアはこぞってキャンペーンを張ったのだった。メドベージェフ大統領はすぐに空気を察して、2010年初めに辞任。それだけに翌年にそのメドベージェフ氏が逮捕された時は、世界中が驚き、暗い気持ちになったものだ。2011年にはウクライナとグルジアで、何週間にもわたる政情不安の末に弱体化した民主政権が倒れた。政変の黒幕はロシアだったのではないかと疑われたが、誰も何も立証できなかった。米国と欧州は抗議したものの、さしたる影響力はなかった。ロシアとファシズムの間に立つのはプーチン氏だけだというのが、大方の西側外交官の密かな本音だった。>

 ロシアが「プーチンの20年支配」となるだろう、という説は佐藤優氏も何かの本で書いていたなぁ。メドベージェフというサンクトぺテルスブルグ・グループのプーチン派の弟子は使い捨てされて、逮捕されるのか。こりゃあ、いくらなんでもメドベージェフがかわいそうじゃないかな。

 ウクライナとグルジアの反ロシア政権の崩壊と親プーチン政権樹立は米国が本気で邪魔さえしなければ、すぐにでもできるのだろう。両国の政権が一見、ファシズムに見えるとしても、もともとロシアがファシズム政権なのだから、整合はとれている。

 <ドイツでは、メルケル政権が2009年に倒れると、不安定な連立政権と印象の薄い首相が次々と入れ替わり立ち替わりした。英国では保守党のデビッド・キャメロン氏が「let the sunshine in (陽の光を入れよう)」を合い言葉に首相になったが、その時のあふれる希望はたちまち消え去ってしまった。運の悪いキャメロン氏は今や、英国史上で最も不人気な首相になってしまった。この結果、欧州連合(EU)では消去法で、フランスのサルコジ大統領が最も影響力のある人物として残った。カーラ・ブルーニと離婚してマドンナと再婚したことも、一時的な脱線にすぎなかった。>

 女好きのサルコジがマドンナと、だって? マドンナみたいなタイプが好きなのだろうか? 何か女の好みが違うんじゃないか、と思うんだけど。サルコジは苦労人で下層階級からの這い上がりだから、上流階級のシンボルのような女が好きなはずだけど。

 それにしても、ここに出てくるドイツの政治って、今の日本の政治そのままだね。

 <サルコジ氏は2010年、競争と政府助成についてEU共通政策から正式離脱すると決定した。これでサルコジ氏は一時、ひどく非難されたが、それも耐えしのいだ。その結果、フランス政府は自国の主要な銀行と企業連合体に対して、投資活動の90%を国内で行うよう指示。EU各国はこのサルコジ大統領のやりようを大々的に批判した後、自分たちもこぞって真似し始めた。それでもフランスの主要野党は政府に対して、もっともっとナショナリズムに傾斜するよう圧力をかけていた。フランスの二大野党を率いるのは「郵便配達員と主婦」。トロツキストのオリビエ・ブザンスノと、極右・国民戦線のマリン・ルペンのことだ。そのルペン氏いわく、彼女を「奮い立たせた」のは、サラ・ペイリンの台頭なのだという。>

 保護主義が各国を席巻している、ということか。こういう風に登場人物がもっともらしいと、何か現実味があるね。

 <2012年11月7日の朝。日が昇るに伴い、ペイリン次期大統領はアラスカ州アンカレッジで壇上に現れた。支援者たちは歓声を上げ、ホッケースティックを振り回す。それを前にしてペイリン氏が吠えた。「ムッラ(イスラム教師)やアカ連中に言いたいことがある」と。「アメリカ復活よ!」>

 最後のフレーズの意味は? 何か深読みすべき点があるのだろうか? というよりも、馬鹿馬鹿しいということでいいのか?

 それにしても、このくらいの未来予測を簡単に考えることのできる記者をたくさん抱える英国の新聞社の強靭さを考える。日本の記者よ、頑張ろう。麻生首相の漢字の読み間違いや、物言いの変化を追っていればいい、というものではない、と私は思うのだ。

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旧郵政公社も日本郵政も同じ手口で一部業者に儲けさせていた~読売新聞2月19日夕刊、20日朝夕刊

 鳩山邦夫総務相が指摘して始まった旧郵政施設の売却問題が急進展を見せている。小泉純一郎元首相がモスクワで麻生首相に不快感を示し、竹中平蔵元郵政民営化担当相が産経新聞だけでなく、朝日新聞や読売新聞のインタビューに登場して、「かんぽの宿」など旧郵政施設の売却に何ら問題が無い、と明言する先から新事実が明らかになるので、西川善文・日本郵政社長も心穏やかではないだろう。

 衝撃的だったのは読売新聞2月20日朝刊1面トップ<旧郵政物件7割転売/434件、社宅跡地など/本社調査/11社で369件占める>と社会面トップ<旧郵政公社/1000円投げ売り7物件/識者「国民の財産 認識欠く」>だった。

 旧郵政公社時代のおかしな売買は、すでに鳥取県の施設が1万円で払い下げされ、6000万円で転売された事実が明るみに出ており、「他にもあるのではないか」との疑念を国民に抱かせていたが、詳細が分からなかった。

 全国調査をかけて、調査報道で事実を暴くのはリクルート事件以来、日本の新聞社も多用してきた手法だが、今回の「かんぽの宿」問題では東京新聞特報部の独り舞台で、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞という3大紙が霞んで見えていただけに、今回の読売新聞の努力を多としたい。

 読売新聞1面の記事を読んでみよう。

 <日本郵政が、旧日本郵政公社時代の2004年から昨年にかけて売却した旧郵便局などの施設634件のうち、少なくとも約7割にあたる434件がすでに転売されていたことが、読売新聞の調査でわかった。多くは全国各地の施設を一括売却する手法で入札が行われ、落札した企業のうち11社だけで369件を転売していた。保養宿泊施設「かんぽの宿」の一括売却の不透明な入札経緯が問題になる中、多くの郵政施設が、転売目的で取得された実態が明らかになった。>

 という前文である。

 <日本郵政では2004年7月以降、維持費などがかさむ郵便局や社宅跡地、「かんぽの宿・鳥取岩井」など計634物件を総額約890億円で売却。このうち137件は、地元自治体などに随意契約で譲渡されたり、一般競争入札で個別に売却されたりしたが、残りの多くは、北海道から沖縄までの物件をまとめて譲渡する「バルクセール方式」で売却された。>

 この890億円という数字を覚えておこう。

 <この一括売却は2005年に60件、2006年186件、2007年は2回で計185件を対象に一般競争入札で行われ、初めの3回は、計12社が6~7社ずつ三つのグループに分かれて424件を落札。最後の1回は1社単独の落札だった。>

 詳しい。この部分は全国の支局の調査ではなく、日本郵政が総務省に提出した膨大な資料の中に入っている数字ではないか。

 <読売新聞が施設の所在地を確認した465件の登記簿と日本郵政の資料を調べた結果、全売却施設の68.5%に当たる434件がすでに転売されていた。12社が落札した424件に限ると、11社が落札物件の多くを転売し、転売が3回繰り返された物件が67件に上ったほか、4回の転売が18件、5回の転売も2件あった。>

 これは、これは。南青山の地上げ屋の活動と似ている。この転売の多さはヤクザの匂いすらするのではないか。

 <11社の一つ、マンション販売会社「コスモスイニシア」(東京都千代田区、旧リクルートコスモス)など3社は、3回の入札にすべて参加。不動産投資を募るために設立された特定目的会社「CAM6」(港区)も参加していた。>

 インナーサークルなのだな。

 <取得物件が最も多かったのは「CAM7」(港区)で、一括売却の対象施設の29%近くにあたる124物件を計約21億7000万円で取得、123件を転売していた。>

 124のうち123ということはほぼ全部を転売していた、ということ。転売目的で入札したわけだ。やはり、郵政民営化で甘い汁を吸った会社があったわけだ。

 ひどい話である。読売新聞は1面に、

[一括売却の入札に参加した企業の転売状況(読売新聞の集計)]
の一覧表を掲載していた。
 一覧表は次の通り。
           購入物件     転売物件
CAM7         124         123
東急リバブル       81          79
CAM6             44         39
穴吹不動産センター       40         35
リーテック           36         35
コスモスイニシア        36         30
(旧リクルートコスモス)
レッドスロープ         18         18
G7-1              9          9
穴吹工務店            4          0
長谷工コーポレーション    1           1

 (コスモイニシアの36には他の2社と共同購入した物件を含む、との注あり)

 また、1面には[バルクセール]の説明があった。

 <バルクセール=英語で「まとめ売り」の意味。個別に売却しにくい不良物件と、資産価値の高い物件を一括して売る手法で、1990年代に米国で広まった。売り手にとっては速やかに物件を処分できる利点がある一方、「優良物件が安値で買い叩かれる」という指摘もある。>

 という説明だった。「バルク」という語感から「ガラクタ」っぽい意味があるのかと思っていたが、そうではなさそうだった。

 また、社会面トップ<旧郵政公社/1000円投げ売り7物件/識者「国民の財産 認識欠く」>である。

 この記事には、

 [旧郵政公社所有不動産の高額転売例]

 として、長野市の社宅約900平方㍍が2005年3月に約290万円(評価額)でCAM6に売られ、翌06年3月だから丁度1年後に私鉄会社に約4080万円で転売された。1年で3780万円儲けたわけだ。1年というのは転売禁止期間か何か、意味があったのではないか、と思う。

 また、堺市の社宅約3360平方㍍が2007年3月にコスモスイニシアに約2億4000万円(評価額)で売られ、2007年6月というと3ヵ月後には不動産会社に約3億3000万円で転売された。つまり、コスモスイニシアは3カ月で9000万円儲けたわけだ。

 こんな美味しい商売はないだろう、と思う。

 読売新聞の特報がなければ、こうした汚い取引は闇に埋もれたままで、竹中平蔵氏の高飛車な「問題ない」発言だけが一人歩きしかねない状況だった。

 それでは、読売新聞社会面トップを読んでみよう。

 <旧日本郵政公社が不動産会社などに売却した郵政関連施設が、次々に転売されていた実態が、読売新聞の全国調査で浮かび上がった。売却時の評価額の14倍もの高値で転売されたケースもあれば、購入からわずか3か月で、9000万円上乗せして売られた物件も。さらに地方の社宅など7施設の評価額は、わずか1000円だった。これらは、旧郵政省の所有地や郵便局の簡易保険で集めた資金などで購入されたもので、専門家は「旧郵政公社は、国民の財産に対する認識が欠けていたのではないか」と指摘している。>

 評価額とわざわざ断っているのは、一つひとつ別個で売買契約を結んだのではなく、一括売買されたからだが、評価額の合計が落札金額だと思えばいいのだろうか。

 <旧公社の社宅だった長野市内の土地(約900平方㍍)は2005年3月、旧公社が保有する他の不動産物件と一括して、不動産投資を目的とする「CAM6」(東京都港区)に売却された。日本郵政によると、この土地の評価額は約290万円だった。ところが、1年後の2006年3月、地元の鉄道会社に転売された時には、売却額は約4080万円と約14倍に。CAM6を設立したのは都内の投資会社で、同社関係者は「個別の取引内容については、お話しできない」としている。>

 これだ。オリックスと同じ対応だ。ぼったくりの利権を貪った連中の中で、口裏あわせが進んでいる、と見たほうがいいだろう。900平方㍍は約272坪だ。300坪のまとまった土地が290万円で手に入るわけがない。

 <一方、マンション販売会社「コスモスイニシア」(千代田区)は2007年3月、堺市にあった旧公社の社宅(約3360平方㍍)を、同じように他の物件とともに一括購入した。同社はこの社宅を2億4000万円と評価して購入したが、3か月後の同年6月、地元の不動産会社に転売した価格は約9000万円を上乗せした約3億3000万円だった。コスモスイニシアも「個別の話については答えられない」としている。>

 やはり、同じ文句を使ってきたか。

 <2006年3月に一括売却された千葉県東金市内の社宅(約187平方㍍、日本郵政の評価額約407万円)は2年間に4回も転売された。転売にかかわった都内の不動産業者は「物件は転売目的で購入した」と読売新聞の取材に答えた。>

 業者が「転売目的」をはっきり証言している。

 <旧公社の一括売却は、優良資産や資産価値が乏しい物件をまとめて売却する「バルクセール」と呼ばれる手法。6000万円で転売されたことが判明した鳥取県岩美町の「かんぽの宿・鳥取岩井」は、評価額がわずか1万円とされ、評価額がわずか1000円の物件も、北海道夕張市の社宅や山形県鶴岡市の社宅など7件あった。>

 バルクセールと言えば済むのか? すべてが許されるのか?

 <物件によっては、個別に値段を付ければ、高値で売れた可能性もあるが、日本郵政は「売れ残りをなくすために一括売却の手法を使った。全体の売却価格は、当社の鑑定評価額の合計額以上になっているので問題はない」と説明している。>

 そう言わざるを得ないだろう。日本郵政は鳩山総務相の「問題提起」発言以降、きっと証拠隠滅に必死だったのだろうが、いくら隠滅しても相手があることだから、真実はいずれ分かってしまう。

 国会もくだらない論争をしていないで、旧郵政公社と日本郵政の疑惑解明に全力を尽くしてほしいものだ。

◆鳩山氏が「抜け道」を発見したようだ

 同じ読売新聞2月20日夕刊に掲載されるのだろう、ネットに先行して次の記事がアップされていたので、付けておこう。見出しは<かんぽの宿「転売禁止」に抜け穴条項…オリックス判断で可能に>である。記事は以下の通りだ。

 <鳩山総務相は20日の閣議後の記者会見で、日本郵政の保養宿泊施設「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却が白紙撤回された問題について「すべてがごまかしの中にある」と述べ、日本郵政から提出された資料の分析で、これまでの説明を覆す証拠が出てきたとの認識を示した。>

 <2年間の事業継続や転売禁止などが盛り込まれている契約書に、オリックス側が「事業の発展的かつ継続的な運営に資さない」と判断すれば、個別の資産売却や施設閉鎖を行える“抜け穴”条項が見つかったとしている。鳩山総務相は「結局、何でもできるということ」と批判した。>

 ひどい話だ。本当なのか? 総務相が嘘は言わないだろう。今まで西川日本郵政社長が国会で話したことは嘘だった、ということなのか? 国会侮辱罪じゃないか。

 <また、昨年10月末に行われた2次入札で、オリックスと最後まで争ったホテル運営会社が提示した条件について、「事業継続や雇用の面については、いい条件が出ていたように思う」と述べた。鳩山総務相は、交渉の過程で日本郵政をローマ、オリックスをオルガンと呼び替えて書類が作成されていたことも明らかにした。>

 暗号かよ! 笑っちゃう、と言いたいが、深刻な話だ。

◆オリックスへの譲渡土地でも簿価は固定資産税評価額の7分の1~読売新聞

 読売新聞2月19日夕刊2面<税評価額 簿価の7倍/かんぽの宿/79施設で856億円>は旧郵政公社ではなく、日本郵政の疑惑である。しかし、これも同じ手法でなされた誤魔化しのように見える。つまり、旧郵政公社時代も日本郵政時代も同じようなことをやって、一部の業者を儲けさせていたという疑いが濃くなったのだ。

 記事は以下の通りだ。

 <日本郵政の保養宿泊施設「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却が白紙撤回された問題で、売却対象となっていた79施設の固定資産税評価額(2008年)の合計が856億7600万円と、簿価(2008年9月末で計123億7200万円)の約7倍となっていることが明らかになった。鳩山総務相は19日の衆院予算委員会の答弁で「私も驚いている。実勢価格の方が固定資産税評価額より高いというのが常識であるとすれば、極めて大きな疑問がある」と述べた。>

 ひどい話だ。

 <日本郵政が、民主党の松野頼久衆院議員に提出した資料によると、売却対象の固定資産税評価額は土地が計253億6500万円、建物が計603億1100万円だった。売却対象のうち固定資産税評価額が最も高かったのは「ラフレさいたま」(さいたま市)の85億3700万円で、簿価の15億5800万円の5倍超だった。>

 やはり「ラフレさいたま」か。問題のある施設だ。

 <日本郵政は、簿価は、地価下落や建物の老朽化に加え、赤字施設が多いことを考慮して、収益性の低下を反映させる減損処理を行ったもので、「政府の評価委員会の承認を得ているので、適正だ」と説明している。>

 言い訳を考えるのも大変だろうが、いずれ真実は明らかになる。日本郵政などの内部で自殺者などを出さないように、幹部はこの際、潔く真実を明らかにすべきだと思うのだが、どうだろうか。

 <この問題では、オリックスへの売却価格約109億円に対し、鳩山総務相が「安すぎる」などと反対を表明したことがきっかけになって一括売却が白紙撤回された。>

 以上が記事だ。最近の読売新聞はなぜか疑惑解明に熱心で、読むに値する新聞になってきている感じを受ける。

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メディアの首相周辺疑惑報道と「新聞の品格」と言霊の大切さ~あらたにす、毎日新聞、日経新聞2月20日朝刊から

 今日は朝から砂を噛んだような嫌な感覚が体に染み付いたようで、雨が降っていることもあり、暗い一日となりそうだ。毎日新聞を読んだことが大きい。麻生太郎首相の政策秘書による「口利き」疑惑を1面トップと社会面トップで大々的に取り上げていた。贈収賄事件が発覚したのか、と驚いて読んだのだが、少なくとも刑法や刑事関係の特別法に違反した行為をしたわけではないようだ。それも、麻生氏が首相になる前の話。金銭授受も「ない」と言っており、それを突き崩す証言は掲載されていない。

 すべてを読んで感じたのは「あぁ、また”ケシカラン罪”で道義的な処罰を与えるのか」ということだった。新聞は正義を標榜する天下の公器だから、ジャーナリズム魂で政治家やその周辺の倫理性のなさを国民になりかわって処罰してやった、ということなのだろう。

 1面の記事にも社会面の記事にも毎日新聞が誇りにしている記者の署名が見当たらなかったのはどうしてだろう? これだけのことを書くのだから、堂々と自分の名前を明らかにすべきではないか、と思う。特に社会面のインタビューなど、誰が当事者にインタビューしたか、明らかにするのは「公器」の常識ではないだろうか?

 しかし、「砂を噛んだ」感覚の源泉はそんな細かいところではない。

 ちょうどこの日の「あらたにす」に哲学者の鷲田清一・大阪大学総長が「『品格』という言葉、そして言葉の品格」というタイトルで朝日新聞、日経新聞、読売新聞の紙面批評を書いているが、読んでみると、その中の幾つかの言葉が、まるで毎日新聞のこの記事を指しているのか、と思われたのだ。

 鷲田氏は、

 <苦手な言葉に「品格」というのがある。「品格」がきらいなのではなく、大声で言われる「品格」という言葉がきらいなのである。「国家の品格」に「女性の品格」。「品格」について語られる言葉にどれほどの品格があるか、それがつい気になる。>

 として、朝日新聞2月15日朝刊「耕論」の金田一秀穂氏の言葉と読売新聞2月19日朝刊掲載の北野武氏の言葉を引用していた。

 <金田一は言う。「品」も「格」も、地位の高さとか社会的な階層をさすものではない。「品格」は、「俗世間とは違った価値観を示す言葉」であって、だからもともと、「政治家とか実業家にはそぐわない」。そしてこう言葉を継ぐ。「いつの時代の流行語も、そのとき欠けているものを表している」。そういう意味では、いま「国家の価値が経済力でしか語られない」から、「品格」という言葉がその穴を埋めるべく呼び寄せられて、みずみずしく感じられたにすぎないのではないか、と。>

 そして、

 <最後は言語学者らしくこう締める。――「『品格のある日本語』というのは、借り物ではなく、自分が一番よく知っている言葉で語られるものですよね。方言なんかはとても品格がある」。ここのところ、つまり「品格」について語るその地声に言い及ぶところに、金田一の矜持が現われでているとおもう。>

 長く引用してしまったが、ここまでは前段である。

 私が感銘を受けたのは次の部分である。

 <自分について語る言葉が信用できるかどうかは、語られる自分に対してどれほどの距離がとれているかにかかっている。「離見の見」などと高尚なことを言わなくてもよい。何かについて語るとき、そのように語っている自分がどこから語りだしているのか、それについての明確な意識をもっているかどうかに、その言葉の誠はかかっている。>

 <何かについて語るとき、いつもどこか断片的であって、語りつくすことをしない。語りだすのは否応もなくつねに地上のどこかからであって、語りつくすというのは、自分がこの地上のどこでもないある特権的な場所に自分がいると錯覚することである。それこそ品格に欠けることである。>

 取材し執筆する記者、紙面化する編集者のスタンスに関して言えば、この「自分の言葉への責任」は大きな課題だと思う。

 鷲尾氏はまた、

 <これに対して、北野武は、品格から外れることに自己の品格を賭けるという、それこそ綱渡りをしてきた。>

 と言い、

 <自分が壊れる……。そういうあぶない場所に自分をもってゆきながら、かろうじて身を持す。ぎりぎりのところでみずからを揺さぶることのないひとに、「品」はぜったいに訪れない。「自分が壊れる」という、そういう危うさのなかに自分を置いたことのないひとの語り口に、わたしは「品格」を感じたことがない。>

 と、社会と自分とのギリギリの格闘を経験しない人への軽蔑を明らかにしている。ジョージ・オーウェルの『絞首刑』(小野寺健訳)の次の文章を引用したのもその「覚悟」を見たからだろう。

 <絞首台まではあと40ヤードくらいだった。わたしは自分の目の前を進んで行く囚人の、茶色い背中の素肌をみつめていた。腕を縛られているので歩きかたはぎごちないが、よろけもせず、あの、インド人特有の、決して膝をまっすぐ伸ばさない足どりで跳ねるように進んで行く。ひと足ごとに、筋肉がきれいに動き、一掴みの頭髪が踊り、濡れた小石の上に彼の足跡がついた。そして一度、衛兵に両肩をつかまれているというのに、彼は途中の水たまりをかるく脇へよけたのだ。>

 惰性で死刑執行を見届けようとしていた英植民地管理官がふとした死刑囚の動作で、その死刑囚が自分と同じ血が流れる、家族のいる人間だと思い知る重要な瞬間を描写した文章である。

 <オーウェルはこの情景を目にして、とっさにこう感じた。「その囚人が水たまりを脇へよけたとき、わたしはまだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついたのだった」、と。「品格」のある文章というのは、例外なしに、空恐ろしいことを告げている。さりげなく、いとおしく、かろやかに。>

 麻生首相は今、四面楚歌だ。

 よもや、毎日新聞編集局が「あと一押しスキャンダルで攻めれば、総辞職するかもしれない。そうなれば毎日新聞が麻生首相の首を取ったことになる」というさもしい考えでこの記事を掲載したことはないだろう。

 しかし、今の永田町は異常事態なのだ。すべての政策が棚上げされ、すべてが政局の文脈で語られるようになってしまっている永田町的に言えば、「反麻生勢力」にとって都合のいい麻生攻撃材料にされるのではなかろうか。

 面白いのは今、反麻生勢力は民主党など野党だけではなく、自民党の小泉構造改革派が正面切って反麻生に転じたため、この記事を利用できる勢力、拍手を送る勢力は数の上では多数派かもしれない。

 しかし、「新聞の品格」という視点で見た場合、それでいいのだろうか? つまり、品がないのではないか、という疑問を読者に与えないだろうか。

 これは、先にも書いたが「ケシカラン罪」に過ぎない。

 この記事を読む限りでは刑事事件にもなりそうもない出来事を1面トップ、社会面トップでキャンペーンするというのは、社をあげて麻生政権と喧嘩する、という決意表明なのか?

 そうだとすれば、その心意気やよし、である。

 しかし、現下の情勢を鑑みれば、何か「水に落ちた犬は打て」のように感じる読者が少なくないのではないか、とも危惧する。

 なぜそのような受け止め方が出ると思うか、と言えば、それが、記事の内容の弱さ、記者の覚悟のなさ、事実としての可罰的違法性のなさ、などである。

 政治家に国民を先導する倫理性を求める、というのだろうか?

 この「事件」がどのような進展を見せるのか、注目しよう。

 ちょうどこの日、日経新聞が社説で<中正公平な報道への責任>を取り上げていたのが「奇妙な一致」のようでおかしかった。

 この社説自体は日経新聞の社員株主制度を巡る訴訟で、株式譲渡ルールは有効、と最高裁が判決を出したことに関するものだ。「報道の自由を守るため日刊新聞法に基づく現行のルールが必要だという日経の主張が認められた」というどちからといえば、業界ルールの話なのだが、次のような文章があったのが目を引いた。

 <私たちは言論報道機関としての社会的使命を改めて自覚し、社の理念どおり、中正公平な報道に徹していきたい。>

 <新聞事業の環境は厳しくなっている。インターネットの普及や景気悪化による広告収入の減少、若者の活字離れなどが原因だ。海外ではメディアの買収も増えた。この環境変化に対応して日経は経営改革を断行し、自由な報道の裏付けとなる健全な事業基盤の維持に努めている。こうしたなかで海外を含む外部の資本が入り込み報道を著しくゆがめるようでは困る。特に日経は経済情報が生命線だ。企業の大株主がいるために、その企業の公正な批判をできないといった事態を避けなければならない。日経の譲渡ルールの今日的な意味合いは増しており、その正当性が認められたのを歓迎したい。>

 <今回の判決を機に、民主主義と市場経済の擁護・発展のため、読者の期待にこたえて力を尽くす決意である。>

 喜びがあふれている、どちらかと言えば社内外の関係者向けの社説かもしれないが、「民主主義と市場経済の擁護・発展」など、各新聞社が使いそうな言葉に鷲田氏のいう意味合い、つまり「言霊」が宿っているかどうか、が問われている、と思う。

 社説などはどうでもいい。というと叱られそうだが、社説というのは人間の理性に訴えかける「論」だから、少しくらい間違えていても影響は小さい、という意味で言っている。

 しかし、1面トップと社会面トップのキャンペーン報道は一般読者の目を引く。

 今の時代は新聞記事とテレビのワイドショーとの相互連携も増えてきた。ワイドショーでキャスターが記事を面白おかしく紹介し、そのショーに新聞記者が出てコメントを言う、という連携である。

 お互い、自分の持つメディアに足りないものを補完できるメリットがある。新聞は多くの人に見てもらうことであり、テレビはしゃべる内容への権威付けだ。

 今朝はテレビのワイドショーを見なかったが、興味本位で取り上げたのだろうと推測できる。

 記事のトーンはこの秘書と元文部官僚は「悪」という暗黙の前提で書かれている。ちょうどテレビ朝日の夜のニュースショーの男性キャスターが「みなさん、どう思われますか」で、「悪い」と言う寸前に止めるという寸止め手法と同じではないか。

 麻生首相はこのような「スキャンダル」攻勢にもめげず踏みこたえるだろうと思う。踏みとどまって、何しろ第二次補正を上げ、本予算を成立させるのが最低限の首相の責任である。

 このような白黒はっきりしないような「疑惑」で「政局」が動くことだけは避けてほしい、と切に願っている。

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2009年2月19日 (木)

韓国、来年は4.2%成長=IMF予測~民団新聞2月18日号+中央日報2月4日

 久しぶりに「民団新聞」を手に取った。2月18日号の2面トップ記事<「韓国の回復が最も早い」/来年の成長率4.2%に/IMF予測>に驚いた。日本の新聞では隣国・韓国の経済事情についてはあまり報じないので、こんな状況になっているとは知らなかったのだ。そこで、まず韓国紙がこの「IMF見通し」をどう報じているのか、を見てみた。

 三星財閥お抱えの新聞で、経済分野では最も権威がある、と言われ、日本の日経新聞と提携している中央日報のHPを見たら、2月4日配信で<IMF「韓国、今年第4四半期から回復」>が出ていた。

  <今年の韓国経済が第1~3四半期にマイナス5%台(前年同期対比)の成長の低迷を見せた後、第4四半期からプラス成長になるものと国際通貨基金(IMF)が見通しを示した。>

 という前文である。つまり、1~3月期で反転する、とIMFが見通しているのだ。

  <IMFが3日発表した韓国経済修正の見通しによると、韓国経済は第1四半期はマイナス5.1%、第2四半期はマイナス5.9%、第3四半期はマイナス5.7%成長を記録した後、第4四半期に0.9%のプラス成長と予想した。年間成長率予測はマイナス4%で、昨年11月の2%に比べ6ポイント下げた。主要20カ国(G20)中、最も低い成長率だ。>

 <しかし、来年は主要国の中で最大幅の反騰を示し、4.2%成長すると見込んでいる。ドミニク・ ストロスカーンIMF総裁はこの日のブリーフィングで「マイナス4%という韓国の今年の成長率がちょっと驚くべき数値だという点を理解する」とし「ただ韓国が最も早く回復する国になるだろう」と述べた。>

 <IMFの前四半期対比の成長展予測は第1四半期マイナス0.8%、第2四半期0%、第3四半期0.7%、第4四半期1.1%だ。景気が第2四半期に底を打って第3四半期から上昇に転じるという意味だ。>

 <ホ・ギョンウク企画財政部第1次官は「我々は第1四半期が底だと思っているが、もう少し見守らなければならない」と述べた。しかし、国内の専門家たちはIMFの今年の展望値がかなり悲観的な一方、来年の景気をあまりに楽観していると指摘する。>

 <LG経済研究院オ・ムンソク経済研究室長は「韓国経済は世界経済がどれだけ早く回復するのか、各国の景気浮揚策がどの程度効果を発揮するのかにかかっている」とし「来年の予測に確信を持つのは早い」と述べた。>

 何か、いい事を言われすぎて信じられない、ということか。

 <特に今年がマイナス4%、来年がプラス4.2%というIMFの成長見通しは、額面通りに解釈すれば韓国経済は来年には2008年水準に戻れるという意味だ。>

 <ジェラルド・シーフIMFアジア太平洋局長は「韓国経済は通貨、財政政策など弾力的なマクロ経済政策を運用するのに十分な余裕がある」とし、より果敢な内需浮揚策を間接的表現で促した。>

 というものだった(日本語訳がおかしい部分は適宜直した)。

 「民団新聞」の記事も、この記者会見を基にした記事で、大所は同じだ。中央日報に出ていない部分だけ書いておこう。

 シン局長が「今年のマイナス4%成長については昨年の第4四半期(10~12月)のマイナス5.6%成長というすでに発生した数値を反映したもので、大きな意味はない。世界経済の回復基調に足並みをそろえ、韓国経済が今年の第4四半期には前年同期比で1%成長することに意味がある。韓国経済は積極的にマクロ経済政策を推進しており、政策を柔軟に運用する余裕も十分にある。来年4%成長の根拠は①銀行が十分な資本金を保有している②金融機関の低い不良債権比率③大企業の良好な財務状況――だ。

 また、IMFが6日発表した「主要20カ国・地域(G20)の成長率見通し修正」でも、韓国の国内総生産(GDP)比の景気浮揚策の規模について昨年が1.0%、今年が1.5%と推定している、と書いている。

 <景気浮揚策が実現されることで、G20の成長率が0.5~1.2ポイント押し上げられると予想し、世界の成長率は今年が0.5%、来年は3.0%と見通している。大幅な成長効果が期待される国として韓国のほか日本やカナダ、ドイツ、米国、中国、ロシア、南アフリカ共和国をあげている。>

 これって、やっぱり、IMFの推計、甘すぎるんじゃない? 世界同時不況は年末から本格化して、来年は首切りの嵐になるのではないのか? なぜIMFはこんなに強気なのだろう?

 また、「民団新聞」はKBSが6日放映した対談番組でストロスカーン専務理事が次のように話した、と報じている。

 <「韓国は10年前とは全く状況が異なる。2000億㌦を超える外貨準備高を有し、米国や日本、中国と通貨スワップ協定を締結しているので、通貨危機が再び起きる可能性は低い。韓国は危機を克服できる力と十分な資源を有していると確信する。韓国政府の景気てこ入れ策はこれまでの経済政策を見る限り正しい方向に進んでいる。韓国は対GDP比の負債比率が低いため、経常収支で黒字を出す財政政策が可能だ」>

 ヒュンダイの自動車が米国とカナダで「カー・オブ・ザ・イヤー」を射止めたり、今、韓国は頑張っている。つまり、急激で劇的な円高で轟沈してしまった日本の輸出産業がいない間に韓国の輸出産業は輸出で稼いでいる。やはり、ウォン安は輸出を加速している。世界史上の何割が消えた、とか言うが、安くて丈夫な製品ならば売れる、ということを証明したようなものだ。

 トヨタもホンダもインドのタタ自動車と張り合える低価格自動車を大量生産し、第三世界に打って出るしか生き残りは望めないのだろう。プラグインワンとか、は先進国の景気が回復しなければ売れないのだろう。

 それにしても、IMFの事務局はどんな材料でこんな数字をはじき出したのだろう? 役に立たない、と言われている現代経済学の数理分析を駆使した結果だったら、この数字は空中楼閣ということだってあるのだが。

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[ナショナリズムと中間団体]に関する中島岳志、中野剛志両氏の対談~毎日新聞2月19日夕刊から

 毎日新聞2月19日夕刊文化面の連載[中島岳志的アジア対談]は評論家の中野剛志氏との対談でタイトルは<金融危機、保守と国家>だったが、議論がそうは深まっていないように思う。経済政策が今後、社民勢力も保守勢力も似たようなものになるだろう、というような話とナショナリズムの話。

 このナショナリズムに絞って、中野氏の経済ナショナリズム論をもう少し多面的に話し合ったほうが深まったのではないか、と思った。

 中野剛志(なかの・たけし)氏は経済産業省産業構造課課長補佐。1971年生まれ。東大卒。旧通産省入省後、英エディンバラ大大学院に留学。同大学院博士号取得。経産省新エネルギー対策課課長補佐などを経て現職。雑誌『表現者』などで論考を発表。著書に『国力論』『経済はナショナリズムで動く』と人物紹介してあった。中島岳志氏同様、西部邁氏に影響を受け「経済ナショナリズム」論を展開している、という。どちらかと言えば右派の若手論客らしい。

 対談記事の見出しは<中野さん 不況に対し構造改革でミス/中島さん 左派も賛成し違い不鮮明に>、<中野さん 経済政策はナショナリズム/中島さん 国が乗っ取ると暴力が加速>だった。今、「かんぽの宿」問題をめぐって問い直されている郵政民営化をはじめとする小泉構造改革の是非なども、もう少し突っ込んでほしかった。

 発言の中で面白い部分を書きとめておく。

▽中野氏 日本はバブル崩壊後の不況で民営化、規制緩和、小さな政府など新自由主義的構造改革を行った。手本は80年代の米英。当時の両国はインフレに悩み、緊縮財政、規制緩和、競争促進でデフレを起こし、価格上昇を止めようとした。日本の平成不況はデフレが懸念されたのにインフレ対策をした。初歩的なミスを10年以上続けた。

 そういう見方があるのか。知らなかった。視点を変えればそういう事実が見えるのか、これは勉強になった。

▽中野氏 欧米は今、金融規制を強化しようとしている。日本は平成不況の原因を金融ではなく産業構造や社会システムとして、金融市場を規制緩和し、米国型金融システムを導入しようとした。日本の構造改革は今の欧米と全く逆のことをやった。

 金融ビッグバンを平成大不況が顕在化する前に橋本政権で決めてあり、そのスケジュールに則って進めていた。当時は金融、特に世界的な過剰流動性が大きな原因だ、とは分からなかった。

▽中島氏 日本は、保守も「左派」もそれを推し進めた。保守と新自由主義に共通するのは「左派」的な理性で良き社会を設計するという設計主義への批判だが、保守は人知を超えた常識や経験知を重視し、新自由主義は市場に依拠する。

▽中野氏 米英保守が80年代、新自由主義に転じた理由は、その通りかもしれないが、日本の構造改革論者で伝統や地域社会を重視した人はいなく、レベルの低い議論だった。気になるのは「左派」だ。福祉国家で弱者への配慮を言っていた人たちがなぜ小さな政府で痛みを伴う改革に賛成したのか。マスメディアは右も左も団結して賛成した。メディアは戦後ずっと「軍国主義を反省して全体主義反対」と言っていた。なのに、全体主義的に構造改革に賛成した。

 このメディア批判は重要だと思う。確かに小泉構造改革に正面切って反対した社説はなかった。その当時の社説に対する反省の弁も見ていない。日本の論説は言いっ放し、書きっ放しの傾向があるのだろう。別に年がら年中反省していなくてもいいが、今のような節目に昔を振り返ることくらい、やってもらいたいものだ。

▽中島氏 人間の努力、英知で平等社会を実現できるとするのが「左派」の最大公約数的定義で、手段は二つ。国家を通してか、市民社会を通じてか。社民主義、社会主義と自立した個人の連帯で平等社会を実現する市民主義的な立場で、極端なのがアナキズムだ。この両者が勘違いした。社民主義者は政治改革を主張する延長線上で足元が見えなくなった。市民社会派は小さな政府は小さな権力になると思ったのではないか。

▽中島氏 今後、保守と社民の違いが経済政策ではよく分からなくなるだろう。財政出動をすべきとの点で同じになる。両者の違いは「中間団体」への認識の違いではないか。中野氏はナショナリズムが単なるステイティズム(国家主義)にならないよう家族や職業団体など中間的なものが必要だ、と強調するが、この中間団体を保守は自生的、歴史的なものと見て、社民は、人工的に作れると考える。

 この中島氏が紹介した中野氏の中間団体論は佐藤優氏も近著の「テロリズムの罠」で書いていた。人民の国民意識の高まりは国民史の中で再生された「想像上の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)に至り、それが新しい集団的自己アイデンティティーの結晶化の核となる」ユルゲン・ハーバーマスの「他者の受容―多文化社会の政治理論に関する研究」からの引用で、(佐藤本右巻P100~)、佐藤氏は続けて雨宮処凛氏の思想に触れながら、国家に強制されない多層「社会」の必要性を強調し、ナショナリズムをファシズムや宗教原理主義と並べたf形で論じる、という離れ業を展開して、読者を惹き付けている。

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▽中島氏 保守とは自生的秩序をそのまま称揚するのではなく、何かを伝統として選び直す立場で、理想社会が実現不可能なら状況に応じた漸進的改革が必要と考える。

▽中野氏 左派にも過激な暴力革命論から漸進的な福祉国家論まである。保守も中間団体が壊れたら理性で計画的に作り直すが、その理性の根拠は良識や伝統、慣習に行き着くと保守は言う。左翼思想家にも似た議論をする人がいる。米国では共和主義が保守とされるが西欧の社民主義やマルクス主義論者には共和主義者が多い。結局、保守と「左派」を厳密に分類しても、あまり意味はないのかもしれない。

▽中野氏 国民国家が遂行する経済政策はすべてナショナリズムと無縁ではない。それ自体に善悪はないが、ナショナリズムは暴走の危険性もあり、それを防ぐには中間団体が大事だ。

▽中島氏 現実のナショナリズムの多くがステイティズムを含むから難しい。ナショナリズムはフランス革命のように主権を求める国民の要求として下から生じるが、内での同質化と外への排除が出る。それを国家が上から乗っ取り、権力的暴力が加速する。

▽中野氏 下からのフランス革命の結果はとても排他的だ。旧ユーゴスラビア、ルワンダなど下からの民主化で虐殺が起きた例は多い。むしろ上からできるのが、保守思想が好む国民国家のスタイルだ。王朝の下で暮らす人々が同じ国民となり、時間をかけて穏健に民主化する。たとえばイギリスだ。王朝がある限り暴力的な革命はない。国民が殺し合わないためには、王朝の権威をねつ造しても構わない。

▽中島氏 ナショナリズムは国民がそれをフィクションだと知りつつ引き受けて、初めて可能な概念だと思う。

▽中野氏 ナショナリズムがフィクションだと国民全体が知る必要はあるのか。知らないから排外的になるわけではない。ナショナリズムに限らず、仲間意識は排他性を伴うが、排他性にも限度がある。問題は排他と博愛ではなく極端か極端ではないかだ。「ナショナリズムは悪いことをしたから全否定」では「悪い大人がいるから大人は全員信用できない」という話。結局、物事の複雑さをとらえるためには、いろんな議論が必要だと思う。

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2009年2月18日 (水)

中谷巌氏の弁明:薄っぺらいんだけど~産経新聞2月18日[正論]

 産経新聞2月18日朝刊[正論]に三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長で多摩大学教授の中谷巌氏が<私が「懺悔の書」を書いた理由>のタイトルで寄稿していた。何と、ベストセラーになっている、というから面白い。

 本は読んだが、本に書かなかったことをどこまで書いてあるのか、興味があったので読んでみた。

 <昨年末、私は『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)という「懺悔の書」を出版した。同著に対しては、多くの方々から「よく言った」という賛同と同時に、「時流におもねっている」「今さら何を」「守旧派に肩入れする裏切り者」といった多くのご批判も頂いている。もっともな批判も多いが、誤解も少なからずある。そこで、同著執筆の意図をここでもう一度簡潔に述べさせていただきたいと思う。>

 というのが寄稿の理由だそうだ。「誤解も多い」というのが中谷氏らしい。

 <同著執筆の意図は、結論的にいえば、アメリカ流の新自由主義思想に基づく改革を進めていくと、「社会」が分断され、日本という国が持っている伝統的な良さや日本産業の競争力が失われていくという点について、私の遅ればせながらの「気づき」を率直に書いてみたかったということに尽きる。>

 これは執筆意図である。

 <もともと、アメリカの個人主義的価値観に基づいて形成されてきた新自由主義思想を、国情の著しく異なる日本という国にそのまま当てはめるのは無理があったし、事実、その結果、日本社会のあちこちに「ほころび」が出始めている。>

 オイオイ、そこまでスラッと言うから誤解されるんだろう、あなたは。

 <筆者がかつて信じた新自由主義とは何であったか。この考え方は今でも多くの経済学者に支持されている考え方であるが、それは、資源配分は可能な限り、個人の自由意思が反映される「市場」に任せるべきであり、「国家」はできる限り市場への介入を避けるべきであるという考え方である。すなわち、個人の自由(と自己責任)を最大限尊重するために、政府は小さければ小さいほど良いとする考え方と言ってもよい。>

 随分とくだけて書いている。一般向けにはこの説明でいいのだろうが、その根本理念は違うのだ。

 <私が懺悔しなければならないのは、「市場」を信用しすぎた点である。実際、「市場」はどの程度信用できるのであろうか。今回の金融危機が示していることは少なくとも2点ある。>

 市場を信用しすぎたのですか。

 <一つは、経済学でいうところの「市場の効率性」は、市場参加者がすべからく完全な情報を有していることを前提にしているが、これは虚構であるという点。現実世界では情報は著しく非対称的であり、情報優位に立つ者が「強欲」に基づいて「市場」を操作する現実は「市場」が効率的でないことを示している。>

 なるほど、情報の非対称性を持ってきたか。これは近代社会に限らず、江戸時代でもそうだったのだけど。

 <もう一つは、「市場」は本源的に「投機」であり、必ずバブルの生成とその崩壊を来すという点。事実、市場の歴史はバブルの歴史でもあった。グローバル資本主義が跋扈した最近年だけをとってみても、1987年ブラックマンデー、1990年日本のバブル崩壊、1997年のアジア通貨危機やロシア通貨危機、2001年のITバブル崩壊、そして今回の金融危機と続く。>

 それはそうだ。

 <むしろバブルは「常態」なのであって、決して例外的現象ではなく、従って、「市場」は適切に管理されなければならない。この点はもっと強調されてしかるべきであると思う。>

 これはいかに強欲資本主義と批判される新自由主義者だって言っていることじゃないの?

 <さらに重要なのは、グローバルな市場が世界経済活性化に貢献したことは認めるにしても、それが所得格差を拡大する機能を持ったという点である。しかし、多くの経済学者は次のように反論するであろう。競争によって格差が発生したとしても、民主主義的な手続きを経た「国家」が税制や社会保障政策によって適切な所得再分配を実行に移せば、格差は是正され、その弊害は是正されるはずだ、と。>

 所得格差の拡大、貧富の差ときたか。

 <しかし、この考え方も、市場万能の考え方と同様、ナイーブな考え方である。なぜなら、民主主義もどう考えても万能ではないからである。というのは、競争の勝者が政治に与える影響力は敗者よりもはるかに大きいからである。まして、「格差は自己責任」とみる新自由主義者が支配的な影響力を持つ社会では、格差是正は不可能である。>

 「格差是正は不可能」ときた。言うことが少しエキセントリックなところが受けるのだが、逆の立場のなっても、今までの自分のいた陣営をエキセントリックに責めるんですね、中谷さんは。何か、「中庸」という言葉から最も遠いところにいる人のように見える。

 <日本ではこの20年ほどの間に年収200万円以下の貧困層が激増した。非正規労働者が増え、正規労働者との不平等感が蔓延している。その結果、一体感を誇っていた日本社会が急激に分断され、それがかつての日本社会の「温かさ」を失わせている。企業組織内にも従業員間の分断が起こっており、それはおそらく日本企業の中長期的な競争力を損なうことになるだろう。>

 今、流行ですね、この種の議論。

 <もちろん、われわれは「市場」を否定することはできない。「市場」はおそらく人類最大の発明の一つであり、誰しもそこで得た自由を失いたくはないからだ。しかし、だからといってわれわれが「市場」に振り回されては何にもならない。われわれは「望ましい」社会を構想し、それを創るには「市場」をどう抑制し、どう利用するかという視点で改めて「市場」と向き合う必要があるのではないだろうか。>

 言っている方向は正しいと思うのだが、自分の理論の何を反省したのか、がよく見えないのです。「転向」には少なくとも、市場という新ダーウィニズム的な自由主義と国家権力を牽制しながら民間人同士の関係も規定する民主主義とをどう整合させるか、という思想的な生みの苦しみが必要なのではないでしょうか。

 このまま浮付いた議論だけしていると、単なるご都合主義者のように見られてしまうのではないでしょうか。

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やはり「2島返還論」を口にしていた麻生太郎首相~毎日新聞、読売新聞2月18日夕刊

 やはりそうだった。麻生訪露である。毎日新聞2月18日夕刊1面4段記事<北方領土返還/「4島」こだわらず/日露首脳会談/首相が新手法言及>で報じている通りだ。

 昨日、書いたように麻生首相は訪露前に外交面で得点をあげるにはどうしたらいいか、いろいろと画策をしていたようだ。その画策に飛び付いたのが金がなくて困っているメドベージェフ大統領だ。メドベージェフ氏が責任者をしていたこともある「かつて知ったる」サハリン2の稼動式を舞台にその取引は始まったようだ。

 と思わせぶりを書くよりも毎日新聞夕刊を読んでみよう。ユジノサハリンスクについて行った大谷麻由美記者の記事だ。

 <麻生太郎首相は18日午前、ロシア・サハリン州ユジノサハリンスクでメドベージェフ露大統領と会談した。会談後、麻生首相は記者団に、北方領土問題について「新たな、独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」と語った。四島返還について「4島の話は向こう(ロシア)が2、こっちが4ではまったく進展しない。日露間すべてに引っかかっている問題だ。政治が決断しなければいけない」とも述べた。また両首脳が、プーチン首相の5月の訪日でも合意したことを明らかにした。>

 が前文である。もっと見よう。

 <会談でメドベージェフ大統領は「両国の互恵的協力を拡大したい。日露間の政治対話が積極的に行われていることを心から歓迎する。金融サミット、イタリアサミットでも必ず個別会談を行うつもりだ」と発言。麻生首相は「ロシアはアジア太平洋地域の重要なパートナーだ。日露双方の関心事項の話を続けて行きたい」と述べた。>

 これはお互い「建前」なのだろうが、案外、この建前は重要だ。

 <両首脳の会談は昨年11月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席に合わせてペルー・リマで行って以来2度目。>

 これはどうでもいい部分だ。

 <北方四島の領土交渉でメドベージェフ大統領は昨年、麻生首相との初会談で「この問題の解決を次世代に委ねることは考えていない。首脳の善意と政治的意思があれば解決できる」と発言していた。 両首脳は両政府の懸案である「ビザなし交流」問題も協議。ビザなし交流は北方四島の元島民や人道支援目的などに限って身分証明書などで四島に渡航できる仕組みだが、ロシア政府は1月、国後島に渡航しようとした日本の支援団に「出入国カード」の記入・提出を要求。日本政府は「カード提出は北方四島をロシア領と認めることになる」と反発し、支援を中止している。>

 麻生提案の詳しい内容には触れていなかった。でも「やっぱりネ」だった。

 読売新聞は尾山宏、緒方賢一両記者の記事だった。ダブっている部分は飛ばして核心だけ見てみよう。

 <両首脳は5月にプーチン首相が来日することで一致し、領土問題を政治主導で解決していく方針を確認した。会談終了後、首相は記者団に対し、「領土問題について、新たな独創的で、形にはまらないアプローチで我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速させることで一致した」と述べた。そのうえで、日本が返還を求めている北方4島に関し「向こうは2島(返還)、こっちが4島では進展しないのだから、これまでの宣言、条約などを踏まえ、役人に任せていてはだめで、政治家で決断するということだ」と説明した。>

 が眼目だろう。

 <メドベージェフ大統領は、昨年11月にペルーで行われた麻生首相との会談で、領土問題の解決を「次世代にゆだねることは考えていない」と述べていた。今回の会談で両首脳は、改めて、早期に問題解決を目指す方針を確認した。プーチン首相は政権に強い影響力を持っている。18日の会談で大統領は、「対話を歓迎する。互恵的協力を拡大するため努力したい」と述べた。首相は「ロシアはアジア太平洋地域における重要なパートナーだ。日露双方の関心事項の話を続けていきたい」と応じた。両首脳は、ロシア極東・東シベリア地域の開発に日本が協力することでも一致した。>

 細かい言葉遣いは違うが、大体は同じだ。結局、麻生首相はここに政権の命運を賭けたのだ、と思う。そうかぁ、ロシアだったのか! ちょっと思いも寄らなかった。金融に詳しく、財務相からの秘書官も周囲の物言いを封じて国際金融極から呼ぶなど、大胆な配置をしていたが、この振り付けは外務省のラインではなく、別の谷内正太郎元事務次官に連なるラインなのだろう。誰なのだろうか?

 それにしても気になるのは同じ時期、モスクワを訪問した小泉純一郎氏の動きだ。麻生首相と連携しているのかどうか。国内政局で対立していても外交では手を組むのは当然の話で、日中国交回復の時に佐々木更三社会党委員長に大平正芳氏が協力要請したり、竹入義勝公明党委員長の「竹入メモ」などは有名だ。小泉氏と麻生首相が役割分担して動いたとなれば、相当にいい線が出てきた、ということか。2島返還で済ます、となれば国内は大揺れになる。

 今回の日帰り訪問では双方ともそれ以上はしゃべらないだろうから、今回は分からないが、5月のプーチン来日でほぼ内容を確定できるのか。

 麻生氏の発言を素直に聞けば、外務官僚には任せずに、政治家とその助っ人が動いている形だろう。したたかなロシアに騙されなければいいが。何しろ、麻生太郎氏は人がいいから。

 でも、麻生氏がそこまで考えているとしたら、5月前の辞任劇や衆院解散はないということだろう。さて、どうなるのか?

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面白きこともなき世を面白く:高杉晋作=榊原英資=近藤勝重~毎日新聞2月18日夕刊から

 毎日新聞2月18日夕刊特集ワイド面に近藤勝重・専門編集委員の連載コラム[しあわせのトンボ]が載っていた。今回のテーマは<生き方再発見の時代>。読むとはなしに見ていたら、

 <先夜、MBSラジオの「ニュースレーダー」に旧大蔵省時代「ミスター円」で鳴らした早大教授、榊原英資氏が出演して、持論の円高国益論を語ったあと、こう続けた。

 円高は物が安く買えますから、庶民にはプラスなんです。食材を安く買って来て自分で料理するんですよ」

 自分で料理すれば節約もでき、達成感もあるわけで、ぼくは大いに共感した。

 氏は近著「榊原式スピード思考力」の中で今日の不透明な時代にふれて、<見方によってはチャレンジングな時代であるともいえます>と高杉晋作の有名な辞世の句「面白きこともなき世を面白く」を引いておられた。>

 という文章に目が行った。

 へぇー、知らなかった。榊原氏がラジオに出演していたんだぁ、と思って、その内容に私も共感した。

 ルービン元米財務長官の「強いドルは米国の国益」という意味での「円高国益論」とは違うと思うが、円高という現象、日本の国力の強さをある程度反映していることは間違いない。

 円キャリートレードに代表されるように、政府・日銀が政策として円安に誘導して弱い円が世界にばらまかれた。一時的には日本の輸出産業にプラスだったのだが、ツケは思ったより早く回ってきた。円キャリで世界にばら撒かれた円が世界の過剰流動性を作り出していたのだ。

 米住宅バブルの崩壊が世界金融危機にまで発展した理由は金融工学の異常な発達だけでなく、安い円=過剰流動性の創出が大きな原因だった、とは浜矩子氏もベストセラーの岩波新書で述べておられる通りだ。

 イタリアの通貨が円のようにリラ高になることはありえない。円は様々な政策手法の結果とはいっても、国際的な評価の元で円高になっている。だから、この円高を楽しもうよ、というのが榊原氏の提案なのだろう。

 ただ、そうは言っても「じゃあ日本は何で食っていけばいいのか」という強烈な反論が来る。そこで、榊原氏は近著の「メルトダウン」で農業の抜本改革を提案しているわけだ。

 コラムに戻ろう。

 <何かを得れば何かを失う。逆に何かを失えば何かを得る。得失は表裏一体、それは道理と言うべきで、世の中も大きくは得つつ失い、失いつつ得るということを繰り返しているのだろう。そうだとすると、考えようである。>

 この辺が近藤おじさんのコラムの真骨頂である。

 <目下の時代を、ただただ失う時代ととらえ絶望視する向きもあるようだが、人間としてのたしなみとか節度を再び得て、あるいは自然への謙虚さといった次代につながる価値を手に入れ、そこに新たな幸せが感じられるのなら、ことさら悲嘆にくれることもないのではなかろうか。>

 として、山歩きが趣味の夫婦の話を紹介し、

 <ヒルティの「幸福論」は、主としてキリスト教的倫理観を背景に仕事の価値が論じられている。ユングの「幸福の5条件」も、その一つに「朝起きた時、その日にやるべき仕事があること」とある。労働をおいては幸福感も乏しいだろう。そこに今日の雇用問題の深刻さもあるわけだが、一方で時代は働くとは?と再考をうながしているかもしれない。いずれ農林業など大地での労働は若い世代にも見直されるのではなかろうか。>

 と、近藤氏も農業に目を向ける。

 <いかに生きるか。おそらく今はめいめいが社会との関係を見つめ直し、自分にふさわしい生き方を再発見すべき時代であろう。面白くもない世に面白さを見つけ、またそのように見方を切り替えることができれば、大丈夫、何とかなるさと顔を上げて生きられそうに思えるのだが、どうだろうか。>

 大賛成だ。経済がシュリンクしたって、ある程度は当然という面もある。人口が減っているのだから、国のGDPは落ちるだろう。つまりマイナス成長である。でも、1人当たりGDPがそんなに落ちなければいいわけで、物差しを国のGDPだけに固定するものの見方が古くなっている、と思う。

 総幸福指数を基準にしろ、とは言わないが、いずれにしろ、現代経済学の限界論をもっと深めて、政府統計も徐々に変えていく時代になったのだ、と思う。

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2009年2月17日 (火)

中川昭一氏に構っている暇はない:麻生首相の危険な対ロシア譲歩案~テレビ朝日ニュースショーは相変わらずひどかったが+産経新聞2月12日、17日朝刊、毎日新聞2月16、17日朝刊

 中川氏の辞任についてまたテレビ朝日の夜のニュースショーを見るともなく見ていたら、VTRのニュースまとめの後に、例の男性キャスターがしゃべるのだが、「麻生首相の任命責任を考えるとき、どうだったのかな、と考えるんですが」などという言い方をしていた。

 この人の癖なのだろうか、視聴者を一方向にリードしようという言葉だとは思わないのだろうか? 今日は朝日新聞編集委員の星浩氏が隣に座っている。

 星氏も「自民党内で麻生をやらせ続けるマイナスと4人目を選ぶマイナスを比べて、続けさせるマイナスのほうが大きいという意見が強くなっている」と言って、谷垣、野田聖子、舛添氏らの名前をあげていた。

 「辟易している人が多い」「3月末で多くの人が路頭に迷うと言われている」「予算が大渋滞して何もできていない」など、キャスターが言う。

 星氏はオバマ大統領と麻生首相との政策はとても似ているのだが、やっている人が国民の信任を得ているかどうかが違う、などとしゃべっていた。

まとめはまた、例のキャスターの「総選挙しかありませんね」式の麻生批判だった。

 何か、この番組を見たくないのだが、家族が見ているので、見てしまう。やはり、おかしいのではないか、と思う。ものの言い方が論理的でないのだ。

 テレビに論理を求めるのは八百屋で魚を…といわれるかも知れないが、冷静に考えてほしい。テレビでもいろいろあって、スポーツ番組ならばスポーツ番組だと思って、大げさな言葉遣いをするだろうという予断を持って見るから、別に大きなことを言われても、何だ大げさな、ですんでしまう。それが娯楽番組ならなおさらだ。

 しかし、報道番組は一応は事実を伝えてくれている、と思って見ている。薄っぺらいキャスターの感想を聞かされると、洗脳教育を受けているようで非常に不愉快になるのだ。

 麻生首相の任命責任と言うが、麻生首相は「任命した責任はあるが、仕事はちゃんとやってくれていた」と言う。それは確かなのだろう。ただ、野党は選挙を考えて徹底的にそこを突くだろうが、事実関係としては、任命責任問題は中川氏の辞任で終わりだろう。自民党内が麻生おろしをするかどうかは、自民党の衆院議員らの自分の生き残りのための行動・言論だから勝手に言いあえばいい。ただ、本当に総理大臣の首のすげ替えをするとなれば、そうはいかない。それは国民に関わる政治行動なのだから、口にするのと行動に移すのとはゼロと1000の違いくらい大きな違いだ。

 最大の問題は国際的な舞台で醜態をさらした主要閣僚のけじめをどうつけるか、だったはずだ。そのけじめは中川氏が自分の行動を恥じて辞任したことで一段落したのではないか。

 あとは早く政府予算案を成立させることだ。何しろ予算を上げなければ何も始まらない。

 星氏が言っていたように米国でも日本でもできることは限られている。限られた財源を有効に使うためにはスピードがどうしても必要だ。

 野党も協力してほしい、と喉から手が出るほど言いたいが、それは違うと思うから言わない。

 この難局の打開れは政権与党の責任なのだ。

 政権与党のトップが小沢氏に土下座してでも早期成立を図り、あとは国民に信を問えばいいではないか。

 しかし、自民党の議員たちが縮こまってしまっていて、衆院解散はいやだ、となれば、9月までズルズルとこのまま行かざるを得ない。

 今の憲法ではどうしようもない。憲法の持っている限界なのだ。だかrふぁ、その打開には知恵を絞るしかない。

 約10年前、小渕首相は金融国会で野党案を丸呑みして、危機を切り抜けただけでなく、政策新人類たちの友情を梃に与野党の橋渡しもある程度できるようになった。

 つまり、麻生首相はまだ野党案を丸呑みするというウルトラCの策が残されているのだ。09年度予算案だけでは不足だ、と野党も言い、エコノミストも言っている。野党の案を取り込んで予算修正をすればいい。三木政権だったか福田(父)政権だったか、野党が予算書の書き換えを伴わない修正を行わなければ採決に応じない、とごねたことがあった。自民党は結局応じて、修正予算案を可決、成立させたのだったと思う。

 昔から予算案はそんなものなのだ。70年代の与野党伯仲でそうだったのだから、与野党逆転参院を抱えて、政府案のまま成立させようというのが虫がよすぎる、と覚悟しなければならない。

 実はこの策は示現流の極意に通じるものがある。死ぬ気で相手の懐に飛び込むことで、死中活がありうるのだ。

 このままでは自民党はいいところ全くなしのまま消えていくようにも思われる。自民党はそんな軟な政党だったのか。もう少し根性を持って国会に臨んでほしい。

 というのは、自民党議員にとって敵は民主党議員ではないからだ。敵は世界である。

 麻生首相はロシアのユジノサハリンスクに行く。メドベージェフ大統領と会談する。

 ロシアの思惑含みの首相招待か、と思っていたのだが、どうもそうではなかったようだ。谷内正太郎元外務事務次官が裏で動いて日本側から働きかけた会談だったそうだ。それをいかにもロシア側からと見せかけるところなど、麻生首相も案外やるじゃないか。(竹内氏ではなく谷内氏のようです。訂正します:2月18日午後3時半)

 ところが、外交で得点を稼ぎたいという首相の背伸びはとっくに相手国に見抜かれている。ロシアはまず、南樺太というポツダム宣言で日本から領有権を略奪した領土に日本の首相を招き、南樺太がロシア領であることを日本人に鮮明にすることができるという、黙っていても得るメリットがあり、もしかすると経済協力も得られるかもしれない。

 何よりもロシアにとって大きいのは北方領土問題を麻生方式で解決するメリットだ。歯舞色丹2島の返還と国後択捉2島の経済開発協力で手を打とうというのが麻生案だ。麻生氏が外相当時から温めていた案らしいが、これはロシアにとっては願ってもない解決策だ。

 西正面ではEU諸国とガスパイプラインで衝突し、いつもは味方をしてくれるドイツ、フランスまでロシア批判に転じた。グルジア問題では米国との間がおかしくなっている。

 ロシアの最大の問題は石油価格の急低下だ。設備投資をしたものの、債務返済もできず、困りぬいている。日本のカネがほしくてたまらない。でも、領土問題がネックになっている。

 そんな時、麻生案は最高に飛びつきやすい案である。プーチン首相のロシアではなく、今はメドベージェフのロシアが進みつつあるという。メドベージェフ氏はプーチン氏などを無視して決断ができるはずだ。

 2島返還でいいのかどうか、その際に平和友好条約締結をどう絡めるのか、麻生流の「勝手でしょ路線」が外交で繰り広げられると危険ではないか。

 実はいつまでも中川昭一さんなどにお付き合いしている時間は日本人にはないのだ。おとなしく引っ込んでほしい。もういじめないから、次の選挙には出ないほうがいいんじゃないのか。酒乱では国会議員は務まるまい。

 後で気付いたのだが、毎日新聞2月17日朝刊国際面のコラム[潮流]でロンドンの町田幸彦特派員が<サハリン訪問の軽挙>のタイトルで首相がサハリンに行くことをなぜ誰も止めなかったのか、と怒っていた。この問題は朝日新聞のまとめ記事が発端で、その後、産経新聞2月12日朝刊1面トップ<首相、18日サハリン訪問 露帰属を容認?/実利優先主義に危惧も>で詳報していたものだ。

 まずは、産経新聞の記事のエッセンスをコピペしておく。

◆2月12日産経新聞朝刊1面トップ<サハリン帰属>の記事

 <サハリンは日本では「樺太」と呼ばれ、南部は終戦時まで日本領だったが、旧ソ連の一方的な侵攻で占領された地だ。麻生首相は資源開発への協力関係の構築を通じて北方領土問題の進展を図るためにサハリン訪問を決断したが、帰属未確定のサハリンへの首相訪問は、日本の間違った外交姿勢を伝える場にもなりかねないと危惧する声があがっている。>

 というような前文で、

 <サハリンは、日本国民にとって複雑な感情を抱かざるをえない地だ。明治38(1905)年の日露戦争後のポーツマス条約で、北緯50度以南のサハリンが日本領となり、日本政府は現在のユジノサハリンスクのある場所に「樺太庁」を置いた。だが、昭和20(1945)年の第二次大戦終戦直前の8月9日に旧ソ連が侵攻し占領。26(1951)年のサンフランシスコ講和条約で日本はすべての権利や請求権などを放棄した。とはいえ、旧ソ連が講和条約に不参加だったため、日本政府は北方四島を除く千島列島と南樺太の国際法上の帰属は「今も決まっていない」という立場だ。>

 というのが事の本質の説明だ。また、その後の動きとしては、

 <サハリン沖での石油・天然ガス開発に対する日本側の協力が本格化するにつれ、日本への渡航者のために査証(ビザ)発給手続きが増加。日本政府は平成9(1997)年にユジノサハリンスクに出張駐在官事務所を新設した。さらに、サハリンでの邦人保護の必要性が高まったとして、13(2001)年に総領事館に格上げした。>

 としっかり書いている。

 つまり、外交的には2001年の段階で事実上、ロシア領と認定していたことになるのだが、まだ言い逃れができた。それが麻生首相が外国訪問の地として訪問すれば、それが単なる既成事実ではなく、日本の意思となる、ということだ。

 産経新聞は日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長の「北方領土問題が全く動いていないときに、日本の首脳がサハリンを訪問すべきタイミングなのか。旧ソ連の軍事行動を承認することにはならないか」という批判的コメントを掲載していた。

 また、「サハリン2」の説明もあり便利なのでコピペしておく。

 <サハリン2=ロシアがサハリン周辺地域で進めてきた石油・天然ガス開発事業のひとつ。推定可採埋蔵量は石油11億バレル、天然ガス5000億立方㍍。国際石油資本のロイヤル・ダッチ・シェルや三井物産、三菱商事が出資して平成11(1999)年に生産を開始したが、ロシアが「環境破壊」を名目に国で管理する政策を強めたため、途中から政府系企業ガスプロムが経営権を握った。天然ガスをいったん零下約160度に冷却して液化天然ガス(LNG)に加工し、タンカーで輸出する。>

 というものだ。

 毎日新聞の町田特派員の記事もほぼ同じようなものだったが、主張がきつい。

 <領土交渉で微妙な場所であるサハリンに、首相の戦後初の訪問という重要な外交カードをいともたやすく差し出してしまった。歯舞、色丹、国後、択捉4島はロシアの強制区画上、サハリン州に属する。>

 として、産経新聞が書いたような歴史を詳述し、

 <平和条約のない日露間に国境は画定していない。>

 <ロシアはここぞとばかりに日本の首脳のサハリン訪問を都合のいいように国内で喧伝するだろう。>

 と口を極めてロシアを非難している。前モスクワ特派員とすればロシアへの悪感情は分からなくもないが、コラムなのだから、もう少し巨視的に見たほうがいい、とは思うのだ。しかし、町田氏の言わんとすることはよく分かる。

◆小堀桂一郎氏の樺太論~産経新聞2月17日から

 この問題に関しては学術的に論考している人がいた。東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏である。産経新聞2月17日「正論」で<樺太を露領と認めたのはいつか>のタイトルで論文を掲載していた。内容を見てみよう。

 <米国に史上初の異色の大統領が登場し、その政治がいよいよ開始されたことから、報道界や論壇の耳目はそちらに集中し、我が国内の重要な問題に向かふべき注意が疎かになつてゐる嫌ひがある。>

 という書き出しだ。旧かな遣いである。

 <2月7日の北方領土の日に開催された北方領土返還要求全国大会に麻生首相が出席し、領土問題の最終解決に向けての決意表明をされたのは結構だつたが、その姿勢を支持乃至批判する様な論壇の関心が特に紙上に見受けられたわけでもない事に、或る淋しさを覚える。>

 として、

 <建国記念の日の祝賀式典について、政府が此事に寄せる公的な祝意が数年来次第に稀薄になつてゆく現状に対しては当日の本紙「主張」が憂慮を表明してゐるし、筆者も昨年のその日付の本欄で「国民的団結」と「主権の尊厳」といふ契機を焦点としてこの祝日の意義を再考し、それを実践的な行動に反映させる事を訴へた。この二つの契機を殊に本年北方領土問題を考へるための踏台として再認識することを再度訴へたい。>

 とまずは建国記念日への注文だ。そして、

 <麻生首相はメドべージェフ大統領の招待に応じて、領土問題についての会談のためサハリン(樺太)を訪問するといふ。その積極的姿勢は一応評価に値するが、然しそれには、本紙2月7日付の主張が述べてゐる如く〈日本は戦後、サハリンを放棄はしたが、その帰属がロシアにあるとは認めていない。首相訪問はそれを自ら認めることになる〉との危惧の声が生ずるのも当然である。>

 と、論点が樺太に移る。

 <ところで、筆者の本日の意見はそこに関はつてくるのだが、本紙の翌8日付第2面の記事にも見えてゐるこの危惧の念と警告は、もはや手遅れといふべきではないか。>

 となぜか悲観的だ。

 <何故ならば、平成13年(2001年)1月の事、日本時代の豊原市、現在サハリン州の州都になつてゐるユジノサハリンスクに、日本政府は総領事館を設置してゐる。領事館を開設したといふことは、日本政府がその地をロシア領であると認めての上であると解されるのだから、日本外務省は麻生氏の訪問に俟つまでもなく、サハリンがロシア領である事を既に認めてしまつてゐるのである。〈その帰属がロシアにあるとは認めていない〉といふ本紙の主張は、他ならぬ我が外務省によつて夙に否定されてゐる事になる。

 先ほど書いた通りである。

 <最近或る知人から工藤信彦著『わが内なる樺太』といふ論著の存在を教へられた。工藤氏は樺太生れで戦前から戦後にかけての樺太といふ島の歴史と運命を極めて着実に考察してきた人の様であるが、平成13年のサハリンでの総領事館開設(駐在事務所の昇格)事件の不条理を「樺太連盟」の機関紙で直ちに広く訴へたのに、それは政界からも学界・言論界からも何の反響も得られなかつたらしい。氏が外務省国内広報課に見解を質したところ、返つてきた答の中に〈サハリンにおけるロシアの実効支配が長く、現在では外国人の出入りが認められ〉云々との説明があつた由である。>

 なるほど、工藤信彦著『わが内なる樺太』か。読んでみたい本だ。

 <この説明に少々注釈をつけるとすれば、この〈実効支配〉の一語こそは所謂「既成事実への屈服」といふ日本の外務省に特徴的な心的機制の修辞であり、しかもそれは客観的にその実在を認めざるを得ない確たる事実についてとは限らず、相手が政治的意図を以て造り出してゐる虚構を、それと戦ふだけの努力を厭ふが故に偽善的に公正を装つて認めてゐるといふ場合が多い。竹島の不法占拠に毅然たる対応ができないのも、実効支配といふ擬装に怯気づいて、屈服といふよりは横着を決め込んでゐるだけである。>

 その通りだ。外務省がいけない。政治家にも責任がある。

 <「従軍慰安婦」問題といふ露骨な虚構による恫喝に脆くも屈服して謝罪談話を出し、国家国民全体の名誉を敵に売渡して自己一身の安泰を図つた政治家の醜行も同じ横着に発する。因みに当時のイワノフ露国外相と水面下の取引をしてサハリン領事館の開設を企んだのは「従軍慰安婦」問題で国民の顔に泥を塗る罪を犯した男と同一人物である。>

 河野洋平氏だったのか。犯人は。

 <金持ち喧嘩せずといふ俗諺がある。紛争の負担を避けるためには謂れなき侮辱や不利益を忍ぶ方がよいといふ選択は、私人の次元でならばそれも又宜しといふ場合があり得よう。然し、国家の名誉と尊厳とに責任を有する、外交折衝の現場の人間がその選択をするといふのは端的に売国奴の所業である。サハリン領事館開設事件が広く一般の認識に達してゐなかつたのは、当事者が己の売国的行為に対する疾しさを自ら感じてゐて、出来る限りその始終を人眼から隠す工作をしてゐた故ではなかつたか。国家主権の尊厳についての感覚の無残な欠如である。建国記念の日の意義をめぐつての深刻な憂慮のたねが又一つ増えた。>

 「売国的行為」などきつい言葉が並ぶが、小堀氏の怒りもよく分かる。こういう筋の通った人がだんだんいなくなる。

◆最近の日露交渉史~2月16日毎日新聞[読む政治]から

 毎日新聞2月16日朝刊[読む政治]には次のような簡単な日露交渉史が書いてあった。

 <68歳の麻生太郎首相が25歳年下のメドベージェフ露大統領と会談するのは、昨年11月22日、ペルー・リマでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)以来2回目だ。この時、麻生首相は日露交渉の現状について「(ロシア側の)官僚のメンタリティーを打破してもらう必要がある」と単刀直入に注文を付けた。首脳間で平和条約交渉の促進を確認しても、事務折衝段階でロシア側の態度が硬直的なため、日本外務省が首相に振り付けた発言だった。

 これに対し、大統領は「どこの国でも官僚の抵抗はある。より重要なのは首脳の立場だ。首脳の善意と意思があれば解決できる」と答えた。同時にそばのプリホチコ大統領補佐官をにらみつけたところ、補佐官は隣のラブロフ外相を指さして「こいつです」という仕草をし、外相が下を向く場面があった。

 日露交渉は、旧ソ連の崩壊過程から浮沈を繰り返している。1993年の「東京宣言」は北方四島の帰属問題を明記し、1997年の「クラスノヤルスク合意」は2000年までの平和条約締結を目標に掲げたが、進展がないまま頓挫した。

 2001年3月の「イルクーツク声明」は日露が最も接近した事例の一つだ。当時のプーチン大統領は歯舞、色丹2島の返還を明記した日ソ共同宣言の有効性を公式に確認し、「2島先行返還」が現実味を帯びて語られた。しかし、森政権を継いだ小泉純一郎首相が田中真紀子氏を外相に起用したことにより、日露関係は大混乱に陥る。以後、静観を続けてきたロシアの姿勢に日本側が変化を感じ取ったのは、昨年7月の北海道洞爺湖サミットで初来日したメドベージェフ大統領の発言だ。

 福田康夫首相との会談で大統領は、平和条約の不存在が「支障になっている」と述べるとともに「平和条約は領土問題を最終的に解決するものでなければならない」との考えを明らかにした。さらにサミット直後に大統領が承認した外交政策概念には「国境の国際法上の形式を整える作業を完了する」との一文があった。

 「プーチンより前向きなのではないか」。日本側はそう受け止める一方、双頭体制のロシアでプーチン首相とのすり合わせができているか不明だった。

 昨年9月11日、ロシアが西側の学者やジャーナリストを集めた「バルダイ会議」の報告を聞いて、日本側は意を強くした。日本から招かれた下斗米伸夫法政大教授がプーチン氏に大統領発言の真意を直接ただしたところ、「あれは従来の我々の政策を拡大発展させたものだ」という答えが返ってきたためだ。下斗米氏は「ロシア経済が予想以上に悪いことを背景に、対日重視路線を加速させているのだろう」と見る。

 以上だ。1分で分かる日露交渉史という感じだ。

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北朝鮮の「テポドン2」発射は2月25日か4月15日か~読売新聞2月17日朝刊から

 読売新聞2月17日朝刊国際面トップ<北、交渉に米誘い込み/ミサイル「予告」/月末発射の可能性>は勉強になった。

 北朝鮮が16日、テポドン2号(射程4300~6000㌔㍍)とみられる弾道ミサイル発射を「予告」した意味合いと、北の発射時期に関する予測、まとめでソウル支局の浅野好春特派員の記事だ。

 発射予告の意味合いとして①2月16日に67歳の誕生日を迎えた金正日総書記の「祝砲の前触れ」②オバマ政権を対話に引きずり出すメッセージ、だ、としている。クリントン米国務長官がアジア歴訪前にニューヨークで北朝鮮の核放棄を前提に「2国間関係を正常化する用意がある」と表明したことに対する「回答」だ、というのだ。

 そして、実際にミサイルが発射された場合、オバマ政権は当初は強く反発するものの、最終的には交渉解決に転換せざるを得なくなるとの読みが北朝鮮側にある、という。6カ国協議中心の核問題とは違い、ミサイルは米国を標的にしており、米朝直接交渉で扱わざるをえないので、今回わざわざ予告し、米側が早期交渉に応じれば発射取りやめもありうる、という誘いのポーズだったと見ている。

 重要なのは発射時期に関する記述だ。要点を箇条書きにする。

▽16日付韓国紙・中央日報によると韓国軍高官の情報として発射に必要なすべての機材は北東部の舞水端里基地にすでに運び込まれたが、ミサイル本体はまだ発射台に据え付けられていない状態。

液体燃料注入などに時間を要する。同紙は2006年7月のテポドン2号発射の際には発射台据付から20日後に発射された、としている。

一部報道では技術改良が進み、今回はより早く発射できるとの分析もある。

韓国では早ければ2月末には発射可能との見方が支配的。2月25日の李明博大統領の就任1周年にぶつける可能性がある、との指摘もある。

▽韓国国防研究院の白承周・安保戦略研究センター長は「ミサイル発射は祝砲の意味を込めて4月15日の金日成主席生誕97周年前後を想定していると考える」と分析している。

 以上だ。

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中途半端な処置は破綻を広げる:中川昭一財務・金融相の即時辞任を求める

 中川昭一財務・金融担当相が17日、政府予算案の衆院通過後に辞任する、と記者会見で明らかにしたらしい。なぜ今すぐ辞めないのか? 何か勘違いしてはいないか。野党がこのような状態で国会審議に応じるとでも思っているのか? このような処置しか出来ないようでは、麻生太郎首相は危機管理ができない総理大臣と言われても仕方あるまい。

 「100年に一度の経済危機」が口癖の麻生首相と中川財務相だが、大恐慌の経験を持ち出すまでもなく、政策の内容は兎も角、政府や関連自治体、民間がどれだけ早く手を打つことが出来るか、が今回の不況の深まり具合と関係しているのは政府関係者ならば十分に承知しているだろう。

 「衆院通過後」と中川氏は言うが、もしも「辞めてしまう無責任な大臣の答弁など聞けない」と民主党が審議拒否した場合、国民は「民主党は審議拒否してけしからん」と怒るだろうか? 私はそうは思わない。自分の不始末で途中で辞めざるを得なくなっただらしない大臣の出処進退の過ちにこそ責任あり、と見るのが常識的だと思うのだ。

 つまり、野党は堂々と審議拒否できる。野党だって深まる不況を防ぐために政府予算案を早期に成立させる必要性は十分認識していると思うが、議会制民主主義では役割分担がある。野党とすれば疑義のある予算案をそのままの形で成立させるわけにはいかないのは理の当然なのだ。もしも「100年に1度」を免罪符に野党に審議拒否しないようにお願いする気持ちで衆院通過までは、と言うのならば考えが甘いといわざるを得ない。

 中川氏が「お友達」である麻生首相の政権を大切に思うのだったら、自ら首相に申し出て即時辞任をすべきだと思う。

 与謝野経済財政担当相の財務相・金融担当相兼任を4、5時間前に提案したが、別にそれにこだわることはない。しかし、閣外から人を持ってくる余裕はないだろう。本来はこういう時には首相が兼任すべきなのだ。首相は内閣を総括する大臣である。予算の細かい数字についても答弁できなければならない、というのが建前だ。

 その建前ができるのだったら、ご自分で兼任すべきだし、そうでないのならば、閣内で誰か緊急避難的に答弁できる人を探して財務・金融担当相を兼任させるベきだ。

 与謝野氏の兼任となれば昔流に言えば大蔵大臣と経済企画庁長官の兼任である。言ってみれば、閣内で対立することのある部署の上に同一人物が立つことになるので、確かに望ましくはないし、長期にわたるべきではないが、今のような緊急事態に対処できる人物が閣内に他にいるだろうか? 首相だけでなく、責任を負うべき中川氏も沈思黙考して結論を出すべきだ。

 こんな時に国対政治に頼って、「衆院通過まで」などと格好をつけるものではない。

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どう見ても北朝鮮の権力闘争は始まっている~毎日新聞2月17日夕刊から

 「どうでもいいですよー」の世界に段々と近づいていくようだ。北朝鮮の後継者問題である。毎日新聞2月17日夕刊1面4段見出し<金総書記後継、混とん/「正雲氏」軍が通達>で北京支局の西岡省二特派員が書いていた。三男が後継者だろう、というのだ。前に韓国の聨合ニュースが韓国政府筋の話で流した情報と同じ結論なのだが、ソースが同じなのかどうか。記事を見てみよう。

 <北朝鮮軍の中枢機関、朝鮮人民軍総政治局が先月上旬までに、金正日総書記(67)の後継者に三男正雲氏(26)が選ばれたとする内部通達を出していたことが分かった。北朝鮮政権に近い関係者が毎日新聞に明らかにした。>

 という前文だ。次男の正哲氏(28)は朝鮮労働党の最有力ポストに就任している。軍が党を無視して三男を担ぐ、というのだろうか。毎日新聞は、

 <政権中枢で後継者選びが複雑化している様子が浮き彫りになった。>

 と無難に逃げていたが、何かとんでもないことが起きているのかもしれない。

 <後継者として有力視されているのは、映画女優だった成恵琳さん(2002年5月死去)との間に生まれた長男の正男氏(37)と、大阪出身の帰国者の高英姫さん(2004年6月死去説)との間に生まれた正哲、正雲両氏の男性3人。>

 というのはいつもの兄弟相関図。

 <関係者によると総政治局通達は軍部隊の思想教育用とみられ、正雲氏が後継者に選出されたことを明記し、軍大佐レベルまで伝えられたという。>

 とあるので、これはどうも本当らしい。

 <正雲氏は2007年まで金日成軍事総合大学で学んだとされ、容ぼうや性格が総書記に似ているという。朝鮮労働党ではなく軍に配属され、現在は党の副部長職に相当する軍の幹部職に就いているとみられる。>

 社会にも出ていないチンピラである。

 来月8日に行われる最高人民会議(国会)代議員選挙で正雲氏が平安北道内の選挙区で候補者登録をしたとの情報があり、党や軍の高級幹部は代議員が必須条件なので正雲氏も高級幹部就任を念頭に登録した可能性が高く、選挙は信任投票形式で、候補者登録が受け付けられれば、そのまま選出される、とある。ひどい国だ。

 関係者は、今回の通達は軍部の先走りの可能性があり、正雲氏後継者確定とは断言できない、と言うが、韓国の聯合ニュースが先月中旬、金総書記が正雲氏を後継指名、組織指導部が決定を1月8日に部内で伝えたと報じていた、とも書いていた。

 権力闘争が始まっていることは確かなようだ。

 米中はもう少し詳しい動きを知っているだろうし、韓国も独自ルートで情報を得ているだろう。

 だから、金正日総書記の健康が回復した、という韓国・米国からの情報は周辺諸国、特に日本を落ち着かせようという趣旨で流したとも考えられる。

 本当に元気ならば、こんな無様な情報漏れは許さないだろう。金正日総書記はグリップが効かない程、心身とも弱っている、と見るのが普通だろう。

 日本に本当の意味の情報機関がないことの怖さが徐々に出てくるのか。少なくとも、ヒル国務次官補のクリントン国務長官のアジア歴訪前に中国と韓国を訪問した事実を考えれば、6カ国協議は実質的に日本抜きで進むと考えたほうがよさそうだ。

 クリントン訪日はその慰撫工作だった、と考えれば辻褄はあう。

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麻生首相は泣いて馬謖を斬り、与謝野氏を3相兼任とせよ

 「三国志」の有名な話がある。

 蜀の武将・馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑される。馬謖は諸葛亮の愛弟子。他の武将の一部から「馬謖ほどの有能な将を」と慰留する声が出たが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と涙を流しながらも処刑に踏み切った、という故事だ。

 「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使われることが多いという。

 中川昭一財務・金融担当相は気骨のある人物だとは思う。しかし、G7財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で酔眼朦朧として、事実関係も間違えて、英タイムズ紙に「世界第2の経済大国の舵取り役が無能な酔っ払いのようだった」と書かれてしまっては、庇いようがない。ここは諸葛孔明の故事にならうしかあるまい。

 麻生太郎首相は中川氏の罷免をなかなか肯んじようとはしないだろう。内閣への痛手が大きすぎる、という気持ちと、自分を理解している数少ない閣僚の1人を捥ぎ取られる痛手を考えての判断だと思う。

 しかし、政治家のスキャンダルと一口に言うが、例えば宇野宗佑元首相の女性スキャンダルなどはかわいいもので、戦前だったら臍の下の話は笑って済まされた。中川秀直氏のスキャンダルも同じだ。しかし、中川昭一氏のスキャンダルは違う。国際舞台で日本を代表して雄姿を見せねばならない時に、無様な姿を晒し、日本の印象を落としたのだ。

 ここは首相に決断願って罷免の決断をしていただくしかないだろう。野党の問責決議案を待たずに、決意を見せてほしい。

 時あたかも予算審議中である。本来ならば首相が職務を兼任すべきだと思うのだが、麻生首相に財政・金融の答弁能力はないだろう。ここは閣議に出ており、経済運営の担当大臣をしている与謝野馨氏に財務・金融まで任せるしかないのではないか。与謝野氏ならば答弁も出来るだけでなく、今後の日本の財政・金融・経済政策をいい方向に導く力量を持っているし、官僚をうまく使いこなす術も心得ていると思う。

 首相は時をおかずに決断すべきだ。

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2009年2月16日 (月)

竹中平蔵氏が見落としている重要な部分~産経新聞2月16日朝刊[ポリシー・ウオッチ]

 竹中平蔵慶応大学教授(元総務相、元経済財政担当相、郵政民営化担当相)が2月16日の産経新聞朝刊1、2面の[ポリシー・ウオッチ 竹中平蔵]に<歪む政府介入>のタイトルで寄稿していた。いつも通りもっともらしい内容だった。主な内容を箇条書きすると、

▽グリーンスパンが言った「100年に一度」でみんな「大変だ」となっているが、大恐慌時の1932年の米国の成長率はマイナス13%で翌年の失業率は25%。今年は成長率がマイナス2~3%と予測されていること、金本位制時代に比べ、通貨量を調整する手段も財政政策の手段もあり、傷はまだ浅い。対応を誤れば重大事態になるが、単純に大恐慌と比較するのは危険だ。

▽「だから何でもあり」ということで安易な政策へのエクスキューズ(言い訳)になってはいけない。

▽財政金融政策をフルに活用した対応が必要。最も落ち込みが大きい日本が財政金融両面で最も消極的なマクロ政策しか行わないのはおかしい。補正予算と本予算をすべて実行してもマクロの財政刺激はGDP比2%程度と考えれている。米国はGDP比4~5%の刺激策を行い、中国が同じく5%程度の刺激策を行う中で日本の対応はいかにも小さく遅い。

▽本予算後の補正予算ではなく、本予算の修正で対応すべきだ。

▽金融政策でも昨年のマネーサプライの伸びは米国9%、ユーロ圏8%に対し、日本はわずか1.8%。日銀はCP(短期金融市場で信用度の高い大企業が資金調達を目的に発行する無担保の約束手形)の買い取りなど個別の流動性供給にはそれなりの対応をしているが、マクロの金融政策には極めて消極的。

▽日銀がこのような姿勢を崩さないため一部で政府紙幣を発行せよとの話も出てくる。

▽経済の落ち込みが最も激しい国で、諸外国よりもはるかに低いマネーしか供給されていない点を放置することはできない。

▽今、非金融機関(事業会社)への公的資金活用という政府介入の動きが生まれてきた。経済産業省が政策投資銀行を使って打撃を受けた一般企業(非金融機関)に出資することを検討中という。しかし、10年間の教訓が生かされるべきだ。10年前の金融危機の時、政策投資銀行を活用してダイエーなどに対する融資・出資が行われたが、結果的に誤った救済だった。融資をいくら重ねても業況は改善せず、失敗に終わった。結局、ダイエーは産業再生機構によって再生へと向かった。

▽政策投資銀行自体、今は民間金融機関だ。現状は100%政府出資だが、5~7年後には政府所有株式を処分して完全民営化されることが法律で決まっている。そんな銀行に対して傷んだ企業に出資させることを政府が強要すれば、結果的に完全民営化などできなくなってしまう。

▽下手をすると、こういう動きは「民営化つぶし」になる。

▽基本は存立できない企業は破綻させること。ただし、可能な限り清算型破綻ではな再生型破綻にし、コアビジネスへの特化と雇用の維持を図ることである。これを秩序立てて行う、混乱を避けて進める役割を、かつての産業再生機構は果たした。日米ともこうしたいわば「管理された破綻」こそが必要であり、政府による安易な企業救済は必ず失敗するし、一方で著しいモラルハザードを招く。

▽これは中長期的に一国の産業競争力を大きく低下させるだろう。

▽産業再生機構の経験を日本自身が思い起こすとともに積極的に世界に発信すべきだ。100年に一度という言葉をエクスキューズに何でもありの政府介入を実現させてはならない。

▽首相の「郵政民営化に反対だった」発言は政権に致命的。

▽本来のマクロ経済運営が行われず、一方で官主導の安易な政府介入が行われようとする中、麻生政権は一層求心力を失った。

 以上が竹中氏の分析と主張である。

 問題は企業破綻のススメの部分だと思う。経済理論的には正しいし、今の自民党はつぶれるべき企業や商店、農家を存続させているので生産性が上がらないのは確かだ。真の構造改革を進める必要があることは竹中氏に言われなくとも、結構多くの人が確信していると思う。

 ところが、小泉構造改革の結果を見てほしい。労働分野での規制緩和を無制限に進めた結果、労働分配率が下がっただけでなく、憲法で保障された人間的な生活すらできない「ワーキングプア」がどんどん生まれている。派遣労働者などの非正規労働者が労働者の3分の1を占める、という現状は異常としか言えないのではないか。

 日本は心身ともに欧米化する必要はない、と思う。どこかに、日本的共同体の温かさを残しながら、欧米と協調していけばいいのだ、と思うのだ。

 その場合、竹中式ショック療法が必要なのかどうか。もしも、ショック療法を行う場合にはセーフティーネットを完備してから行うべきだ。失業者を再教育して、雇用を見つける、新たな成長産業を育成する、などの前提作業を抜きにして竹中式ショック療法を行えば、日本の歪み、ひずみはもっともっと大きくなるのではないか。

 順序だてて考えるのはいいのだが、経済外的要素を入れ込みながら考えてほしい。人間は金だけで生きているのではないし、金にしても新古典派の経済学では割り切れない分野が大きく広がっていることを、もっと自省すべきだと思う。

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クリントン来日、はしゃげない!~毎日新聞、朝日新聞、日経新聞2月16日朝刊から

 ヒラリー・クリントン米国務長官が16日来日する。クリントン政権のファーストレディの時代は米中蜜月の演出に活発に動いた人である。基本は中国重視派だ、と見ておいていいのだろう、と思う。しかし、小手先で日本を安心させるため、最初の訪問国として日本を選んだ。まだ日本の協力が必要らしい。

 日本の政府当局との話し合いでは特に新しい展開はないのではないか、と思っている。眼目は訪中だろう。北朝鮮をどう扱うか、にしても外貨準備の問題も米国は台頭する中国を無視できなくなっているからだ。各紙は16日までに様々なクリントン来日事前原稿を掲載しているが、目新しい内容はなかった。

◆ケント・カルダー氏のキルギス財政協力論

 毎日新聞2月16日朝刊国際面トップは<クリントン米国務長官きょう来日、日米関係どう変わる/米ライシャワー東アジア研究所長ケント・カルダー氏に聞く/環境政策で日本の提案評価/キルギス基地再開へ支援を>で事前記事を作っていた。

 ケント・カルダー氏は1948年、米ユタ州生まれ。1972年にハーバード大に進み、ライシャワー教授(元駐日大使)のもとで日本の政治経済を研究。米プリンストン大・日米研究所所長を務めた。クリントン政権時代の1996年に国務次官補(東アジア・太平洋担当)主任顧問、1997年に駐日米大使特別補佐官を歴任し、米民主党の対日政策の立案に影響を持つと言われる、と紙面で紹介してあった。つまり、オバマ政権への影響力のある米識者としてインタビューしてるわけだ。

 面白いのは「日本を最初に訪れるのはなぜか」と聞かれて、言葉に詰まったのではないか、と思われるが「最大の理由は金融危機だ。世界最大の米国債保有国は中国になったが、日本は民間、公的機関とも国債を買ってくれている」と理由にもならない理由を述べていた点だ。

 つまり、世界金融危機が日本重視の理由だとすれば、それはクリントン氏が日本にさらなる財政出動や金利下げ、流動性供給を要求する、というのか、それとも米国債をもっと買えというのか、何か具体的な目的がありそうだ。

 「ブッシュ前政権とオバマ政権の対日政策の違いは」という質問も面白かった。ケント氏の答えは「環境政策では米国は180度変わるので、日本の提案を聞くし評価するだろう。集団自衛など安全保障面で日本に関与してほしいのはどの政権でも同じだ。だが、日本の平和志向の政策を根本的に変えるような要求はしないだろう」というものだった。

 抽象的な物言いだから、想像力をたくましくしないと、ケント氏の言いたいことが分からないのだが、オバマ政権が環境政策を大胆に変える、というメッセージだけは伝わる。逆に日本の政策の遅れにハッパをかけるのではないか。

 「安保面で日本に期待するものは」という質問への答えが印象的だった。「例えばキルギスが閉鎖を発表した米軍基地の問題だ。アフガニスタンの補給拠点で、非常に重要な基地だ。この問題は(キルギスに支払う賃貸料を巡り)まだ交渉の余地がある。金融危機にあえぐキルギスにとって日本は重要な援助国。問題解決のため水面下で働きかけることができる。軍事的ではないが感謝される貢献だ」と非常に具体的な提案をしている。

 この辺はオバマ政権で結構詰めた議論をしている可能性があるのではないか。

 つまり、キルギスへのODAを増やし、その際に水面下で米軍基地協力を取り付ける、というものだろう。

 そして、最大の問題である北朝鮮の核問題である。

 ケント氏は「オバマ政権の外交上の最優先地域の一つは中東で、その中でも重要なのはイランの核兵器開発の阻止だ。既に核実験をした北朝鮮との交渉は、イランとの交渉に悪影響を与えないように慎重に進めるはず。6カ国協議が実質的に動き出すのは来年だろう」と素っ気ない。

 6カ国協議が本格的に動き出すのは来年、というのはまだ2月なのだから、あと1年、何の成果もなしに年月が流れる、ということなのか。

 それ以上にショックなのは「核実験を終えた北朝鮮」と「まだしていないイラン」とを峻別している点だ。オバマ政権はいままでチラチラと出ていたが、北朝鮮を核保有国と認定するのではないか? そこは日本は断固として拒否しなければならない。米国が北朝鮮を核保有国と認定しようとするならば、日本は米国に対して日本の選択肢として自らの核保有があることを公言すべきだ。

 ケント氏の本音はそこにはないようだ。

 つまり、次の質問「長官は(日本のあとに訪れる)中国と包括的対話を構築すると話していますが」という問いに「対中政策は、ブッシュ政権の後半とそう変わらないだろう。米中の(06年に始まった)戦略経済対話は政権の大半がかかわっている非常に重要な問題だからだ」という何とも分かりにくい答えがその本質ではないか、と思うのだ。

 つまり、米国は金融危機への対応でまだあまり傷んでいない日本からは金を期待し、東アジアの安全保障では中国と協議する、という姿勢を鮮明にしかねないのではないか。
 つまり、北朝鮮の核問題に関しての日本外しである。

 拉致被害者家族との面会など、日本人の琴線に触れる行動はするものの、リアルな国際政治で米国は中国との取引の中での北朝鮮政策を展開するのではないか。

 そんな構図がケント・カルダー氏の話から透けて見えるようだ。

◆ヒルは韓国で何事かを話し込んでいた

 米国も大変だなぁ、と思うのは「昔の名前で出ています」的なヒル国務次官補が15日、ソウルで金塾朝鮮半島平和交渉本部長と会談してクリントン訪韓前の事前打ち合わせをした、と同じ毎日新聞2月16日朝刊ベタ記事で報道していたのを見た感想だ。

 金本部長は会談後「これまで維持した韓米の緊密な共助関係は今後も維持される」と強調した、というのは何を意味しているのか?

 こんな時、言葉の表面的な意味合いだけ信用するのは国際政治を知らない人間のやることだ。

 ヒルは何を言ったのだろうか? 米中枢軸の中でも韓国の利権は守る、とでも言ったのか? 外されるのは日本だけなのか?

 先にケント・カルダー氏がキルギスを題材に日本の財政協力の大切さを説いていたが、実際に予算化されているのはグアムの米軍基地への日本の財政協力らしい。

◆実際はグアム米軍基地への協力が進んでいる

 朝日新聞が2月16日朝刊1面トップで特報していた。

 <沖縄海兵隊グアム移転費の日本負担/米海空軍施設にも充当/202億円/政府説明とズレ>である。

 <米軍再編で日米合意された沖縄の米海兵隊のグアム移転を巡り、2009年度の政府予算案に計上された日本側の経費負担346億円のうち202億円が、グアム島の米海・空軍の施設の基盤整備にあてられることが分かった。政府は日本側の負担について「海兵隊の移転に伴って必要となる司令部庁舎などの施設整備が対象」と説明していたが、部隊移転とは直接関係ない施設にまで日本側の負担が拡大することになる。>

 が前文である。まあ、そうだろうなぁ、と思う。以前から言われていた話だ。クリントン来日にあわせてぶつけたのだろう。

 中曽根弘文外相とクリントン長官が17日、グアム移転を巡る協定に正式合意し、日本側の資金の目的外使用を禁じる項目も盛り込まれる見通しだ、とある。防衛省は「海空軍施設への支出も海兵隊の移設に関連する経費」という見解でこの予算案の整合性を説明するが、朝日新聞の土居貴輝記者は、

 <政府が支出の根拠としてきた「同隊の沖縄からの移転に伴う施設やインフラ経費」の範囲の不明確さが改めて問われそうだ。>

 と徹底追及の姿勢で記事を書いている。記事をもう少し見てみよう。

 <政府は09年度予算案でグアム移転の日本側の経費負担として346億円を計上している。このうち174億円がグアムの海軍基地内にあるアプラ港の基盤整備事業に、28億円は同島のアンダーセン空軍基地の土地造成や上下水道管の埋設などの基盤整備事業にあてられることが、防衛省への取材で判明した。>

 足すと202億円である。

 <防衛省は、海空軍の施設経費を負担することについて「移転が最も効率的かつスムーズに進む負担のあり方」と説明。アプラ港では沖縄から移転する海兵隊の港湾運用部隊の司令部庁舎を建設するため港の一角を整備するほか、海兵隊と一体運用される米軍佐世保基地(長崎県)の強襲揚陸艦の寄港のための港湾整備の意味もあるとしている。また、アンダーセン空軍基地ではヘリの運用管制部隊の庁舎など海兵隊の施設群の建設予定地一帯を整備することから、いずれも「海兵隊移転に伴う経費」にあたるとしている。>

 随分と取材を重ねたのだろうことは推測が付く。

 <しかし、防衛省幹部によると、アプラ港の司令部庁舎はまだ建設場所も決まっていない段階。アンダーセン空軍基地で運用されるのは米軍岩国基地(山口県)など沖縄以外の基地から移転するヘリで、沖縄の海兵隊移転とは直接の関係はないという。米軍の世界戦略の中で、グアムには、米本土などから陸・海・空・海兵隊の様々な戦力が移転する計画がある。沖縄の海兵隊移転は一部に過ぎず、「どの部分が沖縄から移る部隊の施設、インフラなのかは厳密には区別できない」との指摘もある。今回のように海兵隊移転との関連が不明確な支出まで認められれば、日本側の財政支出の対象は歯止めなく広がる恐れがある。>

 つまり、ゴチャゴチャになってしまうじゃないか、という苦情だ。

 <沖縄の海兵隊のグアム移転を巡っては、日米両政府が2006年、司令部庁舎や隊員の隊舎などの整備費について日本側が28億㌦を上限に財政支出することに合意。政府は「日本国民の税金を使うわけで、沖縄の海兵隊がグアムに移る、そのことに限定してお支払いする」(08年4月18日の参院決算委員会での石破防衛相=当時=の答弁)と説明していた。同盟国同士でも、海外にある他国の基地整備に、国民の税金を拠出することは極めて異例だ。>

◆朝日新聞の追及はいいが、政府の対米協力には仕方ない面もあると思うのだ

 日本の国民の税金を日本防衛と直接関係ない部分に出すのはけしからん、という論理なのか? 昔ならば社会党の大出俊氏らの「爆弾三勇士」が憲法問題で政府を追及し、国会を止め、大変な事態になっていたかもしれない。

 しかし、民主党はそんなことをしないだろうと思う。

 日本国民の税金の使われ方、という意味では米国債を買うのと、安全保障という目で見える貢献に金を出すのとどっちが米国が有難がるか、という比較検討も必要な時期に来ているのではないか。どっちにしろ、北朝鮮が暴発した場合、自衛隊だけでは日本、国民を守れないのだから、在日米軍やもっと広く世界に展開する米軍のお情けで守っていただくしかないのだ。そういう構造を無視して拳を振り上げてなんぼのものか、という冷めた感じを受けてしまうのだ。

◆存在感を強める中国

 アジアの中での日本のプレゼンスがますます小さくなっている、と2月16日日経新聞社説<アジア経済再生へ日本の役割は重い>にあった。一般論を長い行数を使って書いているのだが、中で驚いたのは、

 <中国は昨年末から韓国、香港、マレーシアとの間で多額の通貨スワップ協定を相次ぎ締結している。日本が手をこまぬいていれば、主導権を中国に奪われかねない。

 という部分だった。

 びっくりした。

 日韓通貨スワップと同額の中韓通貨スワップ協定を結んだことはその時にここに書いておいたが、香港、マレーシアまで手を広げていたとは。中国はもしかすると「元」経済圏をっもくろんでいるのかもしれない。交換性のない通貨で「元経済圏」もないものだ、と思うが、そうでなかったら、それをてこにした資源外交なのか。何しろ日本のような御人好しではないから、国際政治に利用しようという意図は明白である。

 こんな時に国際会議にろれつが回らない財務相しか出せない日本って一体どうなっているのか、とやはり思ってしまうのではないか。

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パキスタン核開発に協力していた日本企業:噂は本当だった~2月16日東京新聞朝刊

 やはり噂は本当だった。このような暴露話が今後たくさん出てくるだろう。黒いコネクションで暴利を稼いでいた日本の悪辣企業は今、いつ旧悪がばれるか、戦々恐々かもしれないが、これはものすごい話である。今回はパキスタンの核開発への協力だが、北朝鮮の核開発でも日本企業の関与が取り沙汰されている。もしも将来、北朝鮮の核開発に関与した日本企業の名前が暴露された時、その企業はどのように弁明するのだろうか。

 カーン博士の自宅軟禁が解かれて、何らかの動きが出るだろうと思っていたのだが、最初の動きはこのイスラマバード発の共同電だった。東京新聞が1面4段<カーン博士証言/日本ヵら特殊磁石6000個/80年代/「核」向け資機材調達>で大きく掲載した。

 共同電を見てみよう。

 <1970年代以降、パキスタンの核兵器計画を主導した「核開発の父」カーン博士に、特殊磁石など核開発に必要な資機材が複数の日本企業から大量に輸出されていたことが15日、博士の証言で分かった。取引に携わった日本側関係者も、80年代に少なくとも6000個の特殊磁石を輸出したと明言。唯一の被爆国、日本の一流メーカーが、パキスタンの核開発に結果的に協力し、資機材供給体制に組み込まれていた実態が初めて判明した。>

 という前文だ。「唯一の被爆国」などという形容詞がいまだに生きているのが日本である。この価値観がいまだ日本人を拘束しているのだから、その価値観で行動しなければならないのが日本の企業だ。

 <特殊磁石は「リングマグネット」と呼ばれ、原爆原料の高濃縮ウランを生産する遠心分離機の回転部分を支える部品として使われる。核関連研究に使用可能な電子顕微鏡も他のトップメーカーが輸出しており、博士は「日本は非常に重要な輸入元だった」と強調した。>

 カーン・コネクションは中欧に拠点を置いた資機材調達グループを駆使してドイツ製の資機材を主に調達した、というのがこれまでの「常識」だった。私もそう思っていたのだが、まさか日本の企業が核開発の核心部分を提供していたとは思わなかった。

 <経済産業省によると、遠心分離機の専用部品は当時の輸出規制対象。取引関係者は、博士側から特殊磁石の用途を聞かされなかったとしているが、一部取引が法令に抵触していた恐れもある。>

 当時の通産省、今の経済産業省は当時はまだココムの規定を順守していたはずだし、日本の独自規制もあったはずなのに、フリーパスもいいところだった。西側自由諸国の中でスパイ規正法もなく、各国のスパイがうようよいる、と言われる日本。その日本が世界最先端の技術を持ってもいるのだから、ブラック・コネクションにとっては最高の場所だったのかもしれない。

 <博士らによると、博士側との取引窓口となったのは東京の中堅商社ウェスターン・トレーディング(WT社、2004年に破産)。WT社は70年代後半、博士の資機材調達担当ビジネスマン、ファルーク氏と取引を開始。同氏の紹介で博士とも接触、核開発に応用可能な資機材調達の依頼を受けるようになった。>

 この破産後の人の動きが知りたい。こういう連中は」「やばい」と感じると、会社を破綻され、別の会社を作って、同じような違法行為を繰り返す癖がある。この破綻会社の社長、役員らはどうしているのか?

 <取引関係者は、WT社が80年代前半、日本の大手金属メーカー製リングマグネットを複数回輸出したと証言。博士も日本からの輸入を認めた。メーカー側は「WT社との取引はなかった」としている。>

 これはおかしなことだ。日本の大手メーカーが「WT社との取引はなかった」というが、WT社はカーン博士に売っていた。つまり、中間にダミー会社などが介在している可能性が高い。最初から、中間ダミー会社でロンダリングして闇輸出をしようとする計画的確信犯だった可能性が高いではないか。

 <博士はまた、日本電子(東京)の電子顕微鏡を輸入したと言及。日本電子関係者も、電子顕微鏡2台とエックス線解析装置を博士側に納入したと認め、遠心分離機素材の組成分析に使われた可能性が高いと語った。>

 日本電子は認めている。

 <日本電子広報部は、80年代後半に電子顕微鏡1台をカーン博士に販売した事実を確認し「取引に際しては法律にのっとった対応をしていた」とコメントした。電子顕微鏡は当時、輸出規制対象外だった。>

 輸出規制対象外だったのか。「法律に則って販売するのは企業の通常の商取引だ。この品目を規制対象に加えなかった当時の通産省の責任になるだろう。

 <博士はこのほか、日立精機(2002年に経営破綻の自動旋盤などをWT社経由で輸入したことなどを証言。博士は「核の闇市場」を80年代末に構築、北朝鮮やイランに遠心分離機を供給した。>

 やはり、日本企業が間接的に北朝鮮の核開発を手助けしていたことになる。この事実は重いのではないか。産経新聞は国際面メモで大筋を紹介した。毎日新聞は国際面横見出しで東京新聞と同じ分量の記事を掲載していた。

 しかし、朝日新聞、読売新聞、日経新聞は完全に無視した。自社の特派員電でないから無視したのだろうか? 大体、日本の新聞はセクショナリズムが強すぎるのではないか。米国の新聞のように第一報は通信社、解説記事を自社の記者に書かせる、というような仕分けをすればいいのではないか。このような第一報は掲載すべきだと思うのだが。

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2009年2月14日 (土)

「歯切れを悪くする」市民の役目:曽野綾子氏の34年前の論~産経新聞[昭和正論座]から

 曽野綾子さんの昔の論文を読んで、今も昔も同じだと思った。

 産経新聞2月14日朝刊[昭和正論座]の<矛盾と混とんは社会の摂理>である。昭和50年(1975年)1月3日掲載だ。論文を読む前に、当時がどんな時代だったかを見ておこう。

 1972年7月7日に成立した田中角栄内閣は日本列島改造論をひっさげて過疎と過密の同時解消を狙う。9月29日には訪中した田中首相と大平正芳外相が日中共同声明を出し、外交関係を樹立した。その前の佐藤栄作政権時の1971年8月15日にニクソン米大統領が金とドルの交換を一時停止するなどのドル防衛策を発表し、国際通貨体制は揺らぎ始めていた。1973年10月6日には第4次中東戦争が勃発。アラブ産油国が石油価格を上げ、輸出を制限したため、日本では11月16日から主婦がトイレットペーパーに群がる「狂乱物価」騒ぎが起きた。

 始まっていたインフレは列島改造論で加速され、石油値上げで油を注がれた。過剰流動性は地価を押し上げた。1974年の参院選挙は田中首相がヘリコプターで全国を飛びまわり、企業が自民党を推す「企業ぐるみ選挙」となったが、自民tの右派改選議席70に届かない62しか取れず、敗北。保革接近参院が出現した。8月15日には朴正煕大統領夫人が在日韓国人に狙撃され死亡。1973年8月8日に起きた金大中拉致事件の処理をめぐっても日韓が対立した。

 8月4日にはニクソン米大統領がウオーターゲート事件を引責辞任。5日にフォード大統領が就任した。文藝春秋11月号の立花隆論文などの田中金権批判が外国プレスの報道で火がつけられ、日本の新聞も報道。11月18日に現職大統領の初来日という記念すべきフォード米大統領来日をこなした後、田中首相は辞任表明。

 12月1日の椎名裁定で三木武夫氏が12月9日に首相になった。12月27日に通常国会が召集され、院の構成を決めて自然休会。1月中旬から再開される、その直前の1975年1月3日に掲載された論文である。

 曽野さんはこの当時から根性が座っていた。書き出しがいい。

 <年の初めに当たり、何を望むかと言われると、私は、ますます深く迷いたい、と思っている。などというと体裁はいいが、実は、昔から、私は何事につけても、なかなか本質が見えてこないので、それがよく見えるようになるまで、かなり長い時間、待たねばならぬことを何とかして正当化しようとしているのかも知れない。>

 である。相当に謙虚だが、「本質が見える」人などほとんどいないのだ。だから、曽野さんは時間がかかるけれども「私は本質が見えるようになるまで見続ける」と言っているのだ。

 交通戦争でトラックの運転者が加害者という論理、ヘドロを出す製紙会社が加害者、と割り切れない現実をあげ、加害者と被害者が大抵の場合重なっているという事実、その矛盾がまさに人生そのものだ、と書くのである。

 チクロという薬の発がん物質と認定されたり、また使用可能となったり、という歴史に触れながら、炎上したタンカーを沈没させようとして自衛艦から魚雷を撃ったが、一発で沈まなかったことなどの「矛盾」をあげていく。

 そして、本ボシである。田中角栄首相退陣に触れる。

 <クリーンな政治家が、田中内閣後にひとしきり望まれるようになった。もちろん、政治家といえども、私生活はきれいな方がいいだろう。しかし、本当にひたすらふるまいのきれいな政治家がもしあるとすれば、その人は恐らく国際社会で日本の国益になるような交渉はできまい。人間が、個人としても集団としても、あることを決定するまでには、決して単純ではない、複雑な配慮が必要になって来るからである。>

 曽野綾子氏の人間観察は透徹している。悪い人、いい人と単純に区分けできないこの世の仕組みを述べて、

 <私たち大部分の平凡な市民にとって、大切なことは、せめて軽挙妄動、即断をせぬことではないか、という気がしてならない。あらゆるものは毒を含み、すべての美と善は、醜と悪のうらうちによって支えられる面が必ずあるからである。>

 <一人の首相が全くきれいだったり、一人の総理が悪いことしかしなかった、というのは、むしろ人間性の面から見て、不可能なことなのである。>

 <この矛盾の中にただよっていると、本当に歯切れは悪くなる。しあkし、私は歯切れ悪くしていることが、むしろ一人の市民のささやかな役目のように思うのである。>

 立派な言説だ。先ほど歴史を見たように、この時期は「田中ケシカラン、三木は素晴らしい」とテレビも新聞も一斉に報道していた時期である。これだけのことを言える曽野綾子氏は腹が据わっている。

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2009年2月13日 (金)

森達也氏のセキュリティ意識過剰論はおかしい!~毎日新聞2月13日夕刊[特集ワイド]から

 毎日新聞2月13日夕刊[特集ワイド~この国はどこへ行こうとしているのか]は作家の森達也さん(52)の<暴走防ぐ「違和感」>だった。森氏は1956年広島県生まれ、立教大卒業後、俳優などを経てテレビ番組製作会社に入り、数々のドキュメンタリーを手がける。自主制作した「A」(1998年)が話題となり、続編の「A2」(2001年)は山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞に。「放送禁止歌」「下山事件」「悪役レスラーは笑う」「死刑」など著書多数、と紹介してあった。

 <「最近、気づきませんか? 地下鉄の駅に張られた防犯カメラのステッカー、以前は『作動中』だったのが、いつの間にか『監視中』になっているんです。結構大きなことだと思うんですよ。『お前ら監視してるぞっ』と言っているわけですからね」>

 なるほど、気付かなかった。「監視中」かぁ。何か国家の暴力性を象徴するような言葉ですね。

 <「放送禁止歌」ではメディアの自主規制の問題からこの国の宿痾とでもいうべき差別問題に迫り、オウム真理教をテーマにしたドキュメンタリー映画「A」「A2」では異物を排除しないではいられない日本の社会を描いた。「死刑」問題もしかり……。誰もが見ているのに、気づかない、気づこうとしない禁忌領域に迫り、押しつけではなく自らが感じた「違和感」を提示して見せる。>

 というのは地の文で、隈本浩彦記者が書いている。禁忌など何か曰く言い難い言葉遣いをする記者だなぁ。

 <「よくコンビニとかにもぶら下がっていますけど、『特別警戒実施中』の看板。24時間、一年中なのに『特別』というのもおかしな話ですよね。セキュリティー意識が過剰なほど高まっている。その行き着く先は大きな悲劇のような感じがするんです」>

 「安全」「安心」と国家の問題を語るのか?

 <初の本格小説「東京スタンピード」を出版した。スタンピードとは群れが恐怖、興奮で一斉に暴走するさまを意味する。近未来の日本を舞台に、危機意識の高まりが虐殺事件を引き起こす群衆の「狂気」を描いた。執筆の動機は「福田村事件」だった。関東大震災の5日後の1923(大正12)年9月6日、千葉県東葛飾郡の利根川沿いの村で、香川県からやってきた行商人の一行9人が自警団に虐殺された事件だ。関東大震災では「朝鮮人が日本人を襲撃している」といううわさが流れ、朝鮮人、中国人それに社会主義者の6000人を超える人たちが自警団らによって惨殺されたことは比較的知られている。けれどもこの事件は日本人が日本人を襲っていた。四国の言葉が聞き慣れず、朝鮮人と思い込んだらしい。>

 と毎日新聞から出版された「東京スタンピード」の粗筋を書き、

 <「背景には過剰な危機管理意識があったと思います。当時、日本が朝鮮を植民地としたことで、多くの日本人は朝鮮人にいつ襲われるか分からないという恐怖感があった。そして震災。流言飛語のなかで自警団が結成され、自分たちから見て『異質』な人々を次々に襲い殺していった。重要なのは襲った側が『善』である点なんです。アウシュビッツにも行きましたが、当時のドイツ人すべてが邪悪だったわけではない。人はよこしまな欲望だけで大勢の人を殺すことはできません。セキュリティー意識、あるいは愛するものを守るという大義名分が高まったときに人は虐殺に走る。『悪』という存在に目を奪われがちですが怖いのは『善』だと思う。善の陶酔、善の暴走がスタンピードを起こす。関東大震災の自警団だって『善』と信じて虐殺に走ったんです」>

 なるほど、これが「森哲学」の一端ですか。悪は目に見えるし、制御できるが、善はみんなアプリオリに安心して従う。思考停止になる。そして、その結果、悪が行われる、ということだろう。

 <集団暴走を考えるきっかけはオウム真理教事件だった。>

 というのは記者のト書きである。

 <「オウムのドキュメンタリー作品(『A』『A2』)は、オウム施設の内側から日本社会がどう見えるのかということをテーマにすえました。警察の捜査、メディアの報道、市民の反応のどれをとっても『集団暴走』を感じた。オウムも同じですが、個としての考えは吹き飛んで周りに同調して一つの方向に突き進む。その怖さを知りました」>

 見ていないので何とも言えないが。

 <「A2」はオウム信者の退去を求める「善良」な市民をとらえているが、集団となって「異物」を排除しようとする姿は、関東大震災での自警団もかくやと思わせるほど日常から逸脱した雰囲気が漂う。そのオウム事件が起きた1995年を境に日本の社会は変調をきたしたと見る。>

 これも記者のト書き。「関東大震災の自警団もかくや」と書いているが、自分の家の隣にオウムのアジトがあったら、この記者はどうするのだろう。「オウムだっていい人がいるのだから。法律違反はしていないのだから」と日常生活を今まで通り続けることができるのだろうか? やはり、オウムは近くにいてほしくない集団ではないか。

 <「膨大な報道を通して更生できない邪悪な人間、組織が存在する、という刷り込みが徹底してなされたと思う。その結果、監視カメラなどの設置が進み、危機管理意識が高揚し、犯罪に対する厳罰感もどんどん進行している」>

 私もそんな「刷り込み」をされた一人に過ぎないのか?

 <死刑廃止論議はすっかりなりを潜め、それどころか死刑相当犯罪の時効廃止について論議されようとしている。>

 毎日新聞がキャンペーンしているのではないか。

 <もう一つ危惧するのは、同調圧力に弱く周りを気にしやすい国民性ゆえに、共同体への帰属意識が強い点だ。>

 それは昔の話だろう。今は異質な人間、「アトム化した個」がうじゃうじゃいるじゃないか。

 <「稲作、島国という条件が影響しているのでしょう。和を重んじる文化もある。今も同じです。仲間内で状況が読めないとKY(空気が読めない)と呼んで排除したりする。歴史問題で中国、韓国が反発するけど、集団化したときの日本人の怖さみたいなものを民族の記憶として継承しているのではないかと思う」>

 何か、このへんは薄べったい感じがするし、第一、牽強付会だ。

 <いま、この国を見渡せば、「100年に1度」の名のもとに派遣、正社員切りの動きが加速する。そう、あたかもスタンピードのように。>

 100年に一度の言葉と派遣切りとは直接関係ないだろう。100年に一度だから思い切り国費を使った経済対策をする。派遣切りはその前の小泉政権の申し子ではないか。混同している。

 <「断言」「反復」によって群衆は自覚的な個を喪失して扇動されると指摘したのは、フランスの社会心理学者のル・ボン(1841~1931年)。扇動者として想定したのは為政者で、ヒトラー、スターリンらの出現でその説は実証された。けれども今日、仕掛けるのは為政者ではなく無自覚なメディアではないか――。森さんはそう考える。>

 この辺のメディア批判は面白い。私もファシズムとメディアとの関係は研究したいテーマだ。

 <「メディアは過剰に危機をあおる傾向にあります。刺激的でないと視聴率はとれないし、読者も離れていく。だからますます扇情的にならざるを得ない。メディアが『断言』『反復』の危険な連鎖に陥っている。問題なのはメディアの無自覚性だと思うんです。『放送禁止歌』もそうだったんですが、だれも制限なんかしていないのにみんな勝手に放送してはダメだと思いこんでしまっている。思考が止まってしまっているんです。オーウェルの『1984年』(全体主義が支配する世界を描いた小説)で最高権力者として『ビッグブラザー』が設定されているが、最後まで姿を見せない。つまり実体がないものに、過剰な忖度で空白を埋め合わせているわけです」>

 そうかぁ、この人が「放送禁止歌」の研究をしていたんだっけ。「1984年」のビッグブラザーは今流行といっていい。

 次は記者のト書きだ。

 <果たして人ごとだろうか。おもしろい話を聞いた。モンゴルでは羊の群れに何頭かのヤギを放すという。群れへの依存度の高い羊は草を食べ尽くすとその場で立ちつくしてしまう。ヤギは違う。草がなくなれば別の場所に向かう。結果として羊も移動する。>

 これって有名な話なのかな? 前にも誰かに聞いたことがある。

 <「ヤギは群れようとしない。同調圧力に強い。摩擦を起こし足並みを乱すことで、破滅的な危機から群れを救っているわけです。私たちも同じですよ。個人が抱く『違和感』という『摩擦』が危機的な集団暴走を防ぐ」>

 牽強付会な比喩が始まる。 

 <東京メトロによると、防犯カメラのステッカーの表現が「作動中」から「監視中」に変わったのは北海道洞爺湖サミット前の昨年6月。けれども広報担当者は「聞かれるまで知らなかった」と話した。ふだん見ているのに、見えない、気づかない変化の積み重ねの先に控えているのは、どういう国のかたちなのだろうか。>

 と隈元浩彦記者は読者に問いかけて終わる。何かなぁ、テレビ朝日の夜のニュースショーの例の男性キャスターを思い出すので、こういうような問いかけは嫌いなんだけど。

 一読、違和感を覚えた。森氏の「人間主義」と日本人固有の「どうでもいい」感覚は合わないのではないか、と思うからだ。汎神論ではなく、一神教の考えだろう、森氏の言っていることは。人間中心主義、近代理性万能主義。それではうまくいかなかくなったから、日本の心を探そう、ということではないか。それとオウム真理教がどこで結びつくのか? 悪いものは悪いのではないか? ゴミ屋敷の主が森氏の隣に引っ越してきても文句一つ言わずにニコニコできるのか? という単純なことを問いたい。

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中国が太平洋支配のための原子力空母建造へ~朝日新聞2月13日朝刊から

 朝日新聞は2月13日朝刊1面トップ<中国軍が原子力空母/2隻建造へ/遠洋展開狙う>で中国の海軍力増強を報じていた。中国の軍事費が増え続けていることは、先に防衛白書などで詳しく分析されていたが、いよいよ世界的海軍国家向けての飛翔が始まろうとしているようだ。

 朝日新聞の記事は北京支局の峯村健司特派員の署名入りだ。

 <中国軍が2020年以降、同国として初めてとなる原子力空母2隻の建造を計画していることを軍関係者が明らかにした。今年から通常型空母2隻の建造を始めることがすでに明らかになっているが、原子力型は燃料補給せずに長期間移動できるため、遠洋への本格展開を目指す動きとして注目される。>

 の前文が示すように、ただの空母とは違う。米海軍に挑戦できる海軍力を持とうとしていると見ていいだろう。

 <中国軍関係者によると、北京で2008年12月30日に開かれた軍主催の内部検討会議で、軍幹部が「海軍は2009年から空母建造を本格的に始める」と説明。電力制御システムの部品は国内での製造をすでに始め、2015年をめどに2隻の通常型空母を完成させることを明らかにした。2020年までに運用体制を確立し、沖縄、台湾、フィリピンなどを結ぶ防衛ライン「第1列島線」を越え、沿岸防衛からの脱却を目指す。>

 朝日新聞紙面には図がついており、沖縄の中国側、台湾の中国側からフィリピン西側を通り、ベトナムの南、タイの横でぐっと回転するように沿岸に向かう線が第一列島線

 東京からグアム島、インドネシアをほぼ一直線に結ぶのが第二列島線だ。第一列島線は分かるが、第二列島線など、完全に日本の制海権の領域である。

 <これに加えて建造を目指す原子力空母2隻はいずれも6万㌧級の中型艦。旧ソ連が建造を中断した原子力空母「ウリヤノフスク」の設計図をすでに入手しているといい、開発の参考にするとみられる。>

 ソ連型なのか。

 <中国軍は将来的には日本列島からグアム島、インドネシアに至る「第2列島線」内の西太平洋海域の制海権を確保したうえで、インド洋や太平洋全域で米海軍に対抗することを目標に掲げている。>

 アジアの盟主争いだ。

 <同関係者は「今年から造る通常型2隻は布石に過ぎない。原子力型は建造や運用に膨大な費用がかかるが、我が国の経済発展のペースを考えれば大きな障害にはならず、さらに多くを建造する可能性もある」と述べた。>

 ついこの間まで日本から円借款というODAをもらっていた国がそんなことをする? 信じられない面もあるが、北朝鮮が原爆を作る時代だから。何でもできるし、共産主義体制は資源の集中という戦略では非常にやりやすい体制だから、民主主義国家が5年かかるところを1年でやり遂げるのだろう。

 この言葉からは、中華帝国が軍事力をバックに砲艦外交と重商主義を使い分けながら、国際政治の主役に躍り出ようという意図がはっきり見える。

 <1月20日に発表された中国の国防白書には初めて「遠洋での作戦能力向上をめざす方針」と明記されたが、空母には触れていない。しかし、空母建造のため海軍は専門部署「048事務室」を開設。海南島三亜の亜竜湾では、弾薬などを貯蔵する地下トンネルを含め、空母の母港機能を持つ埠頭の建設に着手している。>

 海南島は過ごしやすい観光地である。私の友人がそこの大学で日本語の教授をしているが、そんな重要な基地があるとは知らなかった。

 <現在、原子力空母を保有するのは米国のほかはフランスだけだ。中国が機動力の高い原子力空母を含む将来計画を具体化させるにあたり、日本や東南アジアの周辺国だけでなく、米国も警戒を強めるのは必至だ。>

 ロシアだって持っているのではないか? 持っていないか。作ろうとして、あきらめて、その設計図を中国がもらったのか。それにしても、予想されていたとはいえ、それが事実だったことが分かったわけで、結構すごい話だ。日本の防衛構想の見直しなど、いつかやるのかなぁ? その時は遅きに失するのだろうなぁ。

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西岡論文に驚いた!盧武鉉政権は金賢姫元死刑囚にもっとひどいことをしていた~産経新聞、朝日新聞2月13日朝刊

 産経新聞2月13日【正論】に東京基督教大学教授・西岡力氏が「金賢姫証言があぶり出した闇」として、金賢姫元死刑囚を北朝鮮宥和政策のために切り捨てようとした盧武鉉政権の非道ぶり、それを地道に取材して公にした韓国のジャーナリスト、趙甲済氏の努力を書いていた。改めて「民主」政権の非道な実態が暴かれた。こういう事実を知っても韓国の方々はまだ盧武鉉一派を支持するのだろうか? やはり外国だなぁ、と思う。

 西岡氏の論文を見ていこう。

 <大韓航空機爆破事件の犯人、金賢姫氏が十数年ぶりに口を開いた。彼女は韓国が10年ぶりに保守政権となった昨年10月初め、元国会議員に長い手紙を書き、盧武鉉前政権と親北テレビ局などから受けた迫害を告発した。その手紙を入手した『月刊朝鮮』元編集長、趙甲済氏が同誌12月号に寄稿した。>

 という書き出しである。

 <趙氏は金賢姫氏と連絡を取り続けており、私は昨年末、ソウルで趙氏と面会し、金氏への質問を託した。日本に帰国した拉致被害者は、横田めぐみさんが「スッキ」という北朝鮮女性に日本語を教えていたと証言した。そのスッキが金氏の同僚工作員、金淑姫(キム・スクヒ、韓国語で続けて発音すると「スッキ」と聞こえる)であったのかの確認もその一つだった。>

 これは知らない話だ。

 <年が明け、趙甲済氏は金氏と3時間にわたり面談し、同誌2月号に寄稿した(『月刊正論』2月号に和訳掲載)。それによると、金氏は横田めぐみさんについて次のように話している。「淑姫がめぐみから日本語を学んだといいます。もちろんそのときは金淑姫に日本語を教えてくれた女性の名前がめぐみだとは分かりませんでした。幼いとき日本から拉致されてきて、性格がおとなしく、拉致されてきた韓国男性と結婚し、娘を産んだという話を聞きました」>

 やはり、めぐみさんが韓国人と結婚させられ、娘を産んだ、ということ自体は北朝鮮の作り話ではなく本当のことだったのか。

 金賢姫氏は田口八重子さんが死んだとは信じられない、と言っている。工作員教育の実態を日本人に知られるのを恐れて返さないのではないか、と推測している。西岡氏は、2002年9月に北朝鮮は日本人を拉致したことを認め謝罪したが、「拉致したのは13人だけで8人は死亡した。5人とその家族の帰国で拉致問題は解決した」と嘘を付いた。死亡の証拠も出ず、日本政府は全被害者の生存を前提に即時帰還を求めている、という。

 嘘に嘘を重ねる理由を西岡氏は、

 <私は、国家ぐるみのテロ犯罪への金正日総書記の責任を回避するためと主張してきた。北は田口さん拉致は認めたが、大韓機爆破事件は韓国の捏造、田口さんは金賢姫氏の教官ではないと主張している。>

 という。田口八重子さんが帰国すれば金賢姫氏が北朝鮮にいたこと、日本語教育を受けたことがはっきりしてしまい、北朝鮮が主張する「大韓航空機事件は韓国の謀略」という嘘がばれてしまうので、金賢姫氏に関係する田口さん、めぐみさんは日本に返せないのだ、と書いている。

 ここからが日本人がほとんど知らない、というか、知らされていない話だ。

 <韓国で大韓機事件を捏造とするキャンペーンが盛り上がるのが2001年秋からだった。親北組織が記者会見などを開き、04年にかけ、テレビの3大ネットワークが、事件には疑惑が多いとする長時間の特別番組を放映した。特に、KBSは第2回小泉訪朝の当日から、そのような特別番組を2夜連続で流した。

 こんなニュースは報じられたとしても国際面メモ扱いだったろうし、ほとんどの日本の読者には伝わらなかっただろう。

 <そして05年、盧武鉉政権は、三審制の司法が有罪判決を下した大韓機事件を「疑惑事件」だとして、国家情報院に組織した「委員会」で再調査を行った。その上、全政府機関の上に立つ「真実と和解」委員会は、今も再調査を続けている。事件の遺族の一部も捏造説を主張し、日本人に会う前に自分たちと会えと金賢姫氏を圧迫している。

 こういうことなのか!

 すべては盧武鉉前大統領の責任かと思っていたが、2001年といえばまだ金大中大統領の時代だった。よほど金正日総書記との接触をしたかったのだろう。そのために何を犠牲にしても、と思ったのだろう。金大中氏の時代に種をまき、盧武鉉時代に国家権力が命令する形で大韓航空機事件の真相隠蔽が図られようとした、というのだ。大変な事態だった。

 <金正日総書記が拉致を認めたとき、日本では朝鮮総連や旧社会党など親北勢力が大変なダメージを受けた。もし、田口さんらが帰ってきて金賢姫氏と会ったなら、金総書記は115人の韓国人労働者らを爆殺したテロリストということになり、親北派は重大な影響を受けたはずだ。それを防ぐため北の工作機関は、小泉訪朝の直前、日本に拉致の一部を認める準備を始めたころから、韓国の親北派を使って大韓機事件捏造キャンペーンを展開したのだ。

 なるほど。そういう展開だったのか。知らなかった。

 <いま世界でも、捏造説が残っているのは韓国だけだ。金賢姫氏の告発を受け、李明博政権が国家情報院やテレビ局の正常化に大胆に取り組むなら、真実が韓国民にも伝わる。そうなれば北としては被害者死亡というウソをつき続けるメリットがなくなる。>

 韓国の人々はかわいそうだ。こんな嘘を大統領から吹き込まれたのだから。

 <李政権が金氏の告発を真摯に受けとめ、田口さんの家族と金氏との早期の面会実現や、捏造キャンペーンを操った勢力の摘発にまで踏みこめるか注目していきたい。>

 そういうことらしい。やはり、金賢姫氏がしゃべることのインパクトは衰えていないのだ。朝日新聞の「新事実は望めない」という趣旨の昨日の見出しはやはり北朝鮮シンパから強制された見出しだったのだろうか。そんなことない、と思いたいが、何しろ「竹島は韓国に渡せ」と主張する前論説主幹がいる社だから。

 小泉政権の一時期、朝日新聞は拉致被害者切り捨て的な論を掲載し、大きな非難を浴び、あわてて論を引っ込めたことがあった。

 そんな朝日新聞だが、2月13日の社説<金賢姫元死刑囚/田口さんの家族と語れ>は大韓航空機事件を北朝鮮の犯行だった、と断定していた。

 <北朝鮮の工作員として87年にビルマ沖で大韓航空機を爆破した金賢姫元死刑囚。彼女の日本語教育係だったと日本政府が断定しているのが、かつて「李恩恵」という名で語られた拉致被害者の田口八重子さんだ。…大韓機爆破はソウル五輪を翌年に控えた韓国への妨害工作でもあった。「蜂谷真由美」名義の偽造旅券を持った金元工作員らが実行した。 彼女は韓国に移送後、爆破事件について詳しく語り、自伝も出版した。>

 というくだりである。

 <だが金大中、盧武鉉の両政権時代には、ほとんど姿が見られなくなった。韓国に亡命して北朝鮮の金正日体制の打倒を訴えた黄長ヨプ元朝鮮労働党書記もそうだ。韓国の政権が南北交流を進めることにまず目を向け、北朝鮮を無用に刺激することを避けたためだ。>

 「北朝鮮を無用に茂刺激」という言葉に何か意図があるのかどうか。

 <そんな金元工作員が再び表に出られるようになったのは、保守の李明博政権ができたことが大きい。前政権が北朝鮮に融和的すぎたとして、李政権は見直しを始めた。>

 これは事実だ。

 <そのため北朝鮮は非難の度を強め、南北関係は悪化の一途をたどっている。ここは李政権として、いたずらに北朝鮮に譲歩するのではなく、まず日本や米国との協調を確認して北朝鮮に臨もうということだろう。今回の面会問題の進展は、そうしたなかでの新たな日韓協力の象徴的な出来事ともいえる。>

 新たな日韓協力なのか。前政権による真実隠蔽の動きを正常な方向に戻そうとしているだけだ、ということだろう。ただ、その影響論で言えば、北朝鮮を刺激することにもなるし、日本との連携も深まる。しかし、日本との連携を深めるためにやった、とは思えないが。韓国民が嘘を信じさせられていることに我慢できなかったのではないか。

 <金元工作員の証言の多くはすでに公になり、日本政府も事情を聴いた。面会で拉致の新事実がわかる可能性は大きくないかもしれないが、真相究明へ一歩でも進めれば幸いなことだ。>

 これは12日付見出しの修正のつもりなのか。

 <韓国も多くの拉致被害者を抱える。拉致問題の進展へ日韓の連携を強め、そして核問題も含めて米国のオバマ新政権との結束を固めていきたい。週明けのクリントン国務長官のアジア歴訪はそのいい機会になる。>

 何か無理矢理いろいろなことを結びつけて書いているようで、論理の一貫性がない感じだなぁ。でも、西岡氏の論文を読んでよかった。「正論」の翻訳も読んでみよう。

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人民日報が日本のヒラリー騒ぎを嘲笑っていた:まあ、笑わせておこう

 人民日報日本語版に2月13日、「自ら『辺縁国家化』する日本、『二流国』への没落を懸念」という挑戦的なタイトルの論文が掲載されていた。蒋立峰という人が筆者だ。

 ヒラリー氏のアジア歴訪前の観測記事だが、日本の政治家は1998年のクリントン大統領の「頭越し」訪中によって失ったメンツをヒラリー氏の日本訪問で取り戻したと興奮している、と日本メディアを題材に書き、日本人はこの事態が米民主党とオバマ政権の日本重視姿勢を示すもので、米国外交における日米同盟の重要な地位に変わりはない、と考えていると高みから論じていた。

 そして、「日本が、こうした本来余り真剣になるに値しないことに、これほど真剣になるのは、米国との同盟関係が弱まり、米国の外交戦略における自国の地位が下降することを恐れているからだ」と一刀両断斬り捨てている。

 <数十年来、日本は自らをアジアの長男、「雁行の先頭」と見なしてきた。だが近年日本は、この「長男」としての地位が中国の脅威と試練にさらされ始めているのを感じ、はなはだしくは中国に敵対する右翼である石原慎太郎さえもが「先入観」を棄て、「中国が朝鮮を合併する」ことに賛成するに至っている。米国に軽視され、国際問題において次第に端へ追いやられることが、人々の間で盛んに議論されるようになっている。>

 など、中国人の見方はいつも中華思想で他国への思いやりも何もない。日本から莫大なODAをもらいながら、その何十倍という金を資源外交でアフリカや南米の途上国にばらまき、石油や希少金属を独り占めし、軍事力を毎年増やし、原子力空母も持つのだ、という。江沢民前国家主席の反日教育を受けた世代が書いているのかどうかは知らないが、そういう本当の歴史を知らずに、共産党から教え込まれた偽史だけで育つと、こういう頭でっかち人間ができる。

 面白いからもっと読んでみよう。

 キーティング米太平洋軍司令官が2007年5月に訪中した時に「中国の空母開発は理解できる。米国はこれを援助したい」と表明。2008年夏の米誌「フォーリン・アフェアーズ」が「米中G2モデル」という斬新かつ重大な戦略構想を提言し、その後オバマ政権の顧問・ブレジンスキー氏が「米中は手を結び成果を上げるべきだ」と表明した、と書き、「米国の中国重視・中国有望視政策はすでに疑問の余地がない」と堂々の宣言だ。

 <他の西側諸国も、金融危機が日増しに深刻化する中でも次々と中国に期待し、経済回復の希望を中国に寄せている。温家宝総理の欧州歴訪の際、スイスのメディアは、両国間で多数の協力合意が締結されたことについて「中国が欧州に危機解決の援助の手を差し伸べた」と表現した。ドイツのメルケル首相は「ドイツは中国の国際的な地位と役割を非常に重視している。両国の対話・協力レベルをさらに引き上げたい」と述べた。英国のブレア首相は「中英は強大な関係を構築し、われわれが難局を乗り越えるための要の力、将来において(経済)成長と繁栄を実現するための力強い推進力となる」と表明した。フランスのフィヨン首相は中国との関係の強化を希望するとし、「われわれには中国が必要だ。世界も中国に頼り経済衰退を抜け出すことを必要としている」と表明した。EUのソラナ上級代表は「中欧関係には計り知れぬ意義がある」と表明した。>

 なるほど、そうだろう、とは思う。特に欧州の金融機関の傷は深く、中国の国家ファンドに期待する声が上がるのは当然なのだ。

 日本人が知らないだけで、実はヨーロッパの国々は中国市場の有望さに目が眩んでおり、それは昔からだったのだ。ドイツがヒトラーが台頭する前から蒋介石の中国に軍事顧問団を派遣、軍隊を鍛えたから、上海事件では中国軍は強く、日本軍は苦戦の連続だった。ドイツ参謀本部はヒトラーが政権を取ってからも中国へのコミットをやめようとせず、日本からの苦情でヒトラーが軍に命じてようやく顧問団が引き揚げた。なぜコミットしたかと言えば、中国はドイツから最新鋭の武器を買い、他にも多くの品を輸入したから、ドイツは市場としても中国を手放したくなかったのだ。

 最近だって同じだ。中国の軍事・民生両面の技術開発にフランス、ドイツの高度技術が導入され、日本人が知っている以上に中国・ヨーロッパ関係は深い。

 そういう背景を知っていれば、こういう文章を読んでも驚かないだろう。

今まで、中国の人権問題をあげつらう米国を苦々しい顔で見て、裏で貿易で儲けていたヨーロッパである。

 <世界各国から中国への称賛の声が潮の如く押し寄せているが、なおも中国には己を知る賢明さがあり、これらを「ほめ殺し」とも見なければ、有頂天にもならず、他国の危機に乗じて自国の利益を謀ることもなく、心を合わせて助け合い、大国としての責任を履行しようとしているのである。だが日本はこれにかえって神経過敏になり、居ても立ってもいられず、なぜ各国が同様に巨額の外貨準備高を持つ日本を軽視して、社会主義の中国を持ち上げるのか理解できずにいる。今日に至ってなお、いわゆる「価値観外交」のロジックを堅持している日本は、あらゆる努力を尽くして国際社会における地位の下降、「辺縁国家化」(国際社会において端に追いやられること)を回避する必要に迫られている。>

 しかし、よく言うよね。偉そうに。それだけ日本への劣等感があるんどあろう。

 <日本は先月、国連安保理の1カ月交代の議長国に就任した。これはモルディブの議長国就任と同じで、なんら特別な意義を持たないのだが、日本はこの件を「辺縁国家化」を阻止するための、重要な一手と見なしている。>

 これは、その通り。何ともちんまい。こんな使い勝手の悪い国連など捨てて、新しい組織をつくればいいのに、そういう知恵が回る人間が今、日本では表面に立っていないから、仕方ない。

 <日本の学者・北岡伸一氏は「外交フォーラム」2008年11月号に寄稿した「岐路に立つ日本??積極平和主義とグローバル外交」において、「冷戦時代の残滓を捨て去り、新たな外交の展望を切り開き、かつこれに適合した体制を構築できるか否か、日本外交は重大な選択に直面している」「今後数年内に、この難関を乗り越えられなければ、日本は世界の大きな趨勢にとってどうでもよい二流国家に没落せざるを得ない」と指摘し、「二流国家」への没落は、国際問題において端へ追いやられることを意味すると懸念している。>

 今後数年、というのはどういう意味なのか? 北岡論文も読まにゃいかんなぁ。

 <北岡氏の懸念は単に日本人特有の危機意識によるものではななく、現実の変化に直面して生じた焦燥や不安の発露であると見るべきだろう。だが強調しておく必要があるのは、国際問題において日本を「辺縁国家」に追いやっているのは、他国ではなく、ほかならぬ日本であるということだ。>

 これはいい指摘だ。私も同感だ。

 <ひとたび日本が北岡氏の望むように「平和主義陣営」を完全に放棄したうえで、かつ政局不安を脱却できず、いわゆる「価値観外交」と「一本槍」の対米従属外交を引き続き堅持し、経済力が低下し続け、対外援助も削減した場合、日本は国際問題において端へ追いやられていく一方だろう。少し前に米国防副次官(アジア太平洋担当)を務めたリチャード・ローレス氏が言ったように、「日本は自信や自己主張に欠け、自分で自分を隅へ追いやっている」のだ。米国に言わせれば日本は「自閉症を患ったパートナー」だ。>

 20%の事実と、80%の嘘をゴチャゴチャに混ぜて書くのはやめようよ。こっちは真面目に読んでいるのだから。そんな手の込んだ書き方をしなくとも、日本人は反省すべきは反省している。公害を日本にまで持ち込んだり、毒の食品を輸出したりしながら、日本の領海を侵犯して、尖閣諸島まで奪おうとしているのは海賊そのものだと思うけれども、まあ、黙っていよう。

 <細かく思い起こせば、日本の「辺縁国家」化には必然性があったように思える。国際政治の表舞台でも舞台裏でも、対米従属外交を常に忘れぬ日本が、この大がかりな芝居に出て、米国の後ろをついて行くその他大勢の脇役以外に、いったい何の役を演じることができるのか?近代以来、日本国内では「大日本主義」と「小日本主義」の論争が絶えたことがない。日本はかつて2回、アジア、さらには世界で大役を演じたが、それを千年、万年と続けるのは不可能だ。>

 過去2回大役を演じたことをちゃんと覚えていてくれるのはありがたい。日清戦争と南京大虐殺で覚えているのだろうが。

 <「元曲」に「今日の少年、明日は老い、山は変らず美しく、人はやつれ果てる」という歌がある。日本は、作家の五木寛之氏が最近「中央公論」で主張したように、衰退に直面する心構えをし、「優雅な縮小」を目ざし、ギリシア、ポルトガル、スペインのような世界に尊敬される国になった方が良い。その実、「辺縁国家化」は恥辱と同義ではない。風水は循環するのであり、お互い100年だ。「辺縁国家化」は、次の再起に向けた準備でもある。スペインのように世界各地に日本版「セルバンテス文化センター」を設立して日本文化を広める能力があるのかどうかはわからないが、それでも日本が「優雅」で紳士的な「辺縁国家化」を納得することを望むものである。(編集NA)>

 敵ながら天晴れだ。

 ここまで堂々と挑戦的な文章を相手国に叩き付ける自信のある日本男児はいるだろうか? どこかにはいるだろうが、私は知らない。こういう愛国心溢れる若者を育ててしまった中国の反日=愛国心教育はとんでもない結果を引き起こすかもしれない。

 それにしても、人民日報日本語版でこんな論文を掲載するんだぁ。随分と自信満々なんだねぁ、中国は。

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2009年2月12日 (木)

日本人の「初期設定」、国民合意がないのは昔からか?~内田樹氏の毎日新聞2月12日夕刊寄稿から

 毎日新聞2月12日夕刊文化面連載[水脈]に内田樹・神戸女学院大教授(フランス現代思想専攻)の<日本特殊論/他国と比較「だから、どうした」>が掲載されており、面白かったので書いておく。何が何だか分からないと思うので、第一段落を書き写しておこう。

 <「日本特殊論」という言説がある。任意の論件について「日本は他国とこう違う」ということおを列挙し、そこから「だからダメなんだ」と「だからよいのだ」と二種類のどちらかの言明を導くものである。私はそれ以外の第三の言明もあってよいのではないかと思う。「だから、どうした」である。>

 この文章を読めば、内田氏が他者に論争を挑もうとしているのが分かる。楽しい論争を、である。今、若者に抜群の人気の哲学者だという。論争相手には不足だろうが、一応、内田氏の論にコメントをつけながら読んでみる。

 まず内田氏はオバマ米大統領の就任演説について「アメリカ的なスピーチだと思った」として、

 <清教徒も、アフリカから連れてこられた奴隷たちも、西部開拓者も、アジアからの移民たちも、それぞれが流した汗や涙や血は、どれも今ここにいる「私たちのため」というものだったという国民の歴史の連続性が強調されていたからである。>

 <アメリカ人がアメリカ人であるのは、「かつてアメリカ人がそうであったようにふるまう」限りにおいてである。つまり、アメリカ人の国民性格はその建国のときに初期設定されている。だからもし、アメリカがうまくゆかないことがあったとしたら、それはその初期設定から「逸脱」したせいなのだ。彼らはそう考える。そういう場合には「初期設定に戻す」のである。(誤作動したコンピューターといっしょである。)>

 アメリカ人はリセットできる、という。ところが、日本人には立ち還るべき「初期設定」が一杯ありすぎて、どれが「初期設定」なのか、国民合意ができていない、というのだ。「敗戦」なのか「明治維新」なのか「天孫降臨」なのか、と。

 <だから、私たちは危機に際会したときに立ち還るべき原点を持たないのである。>

 という問題提起は重いと思う。

 <私たちがうるさく語り合うのは「アメリカではこうだが、日本ではこうだ」、「フィンランドではこうだが、日本ではこうだ」という類の他国との比較だけである。私たちには「時代を超えて継承されてきた国民性格」に基づいて、国民として果たすべきことを叙するという習慣がないのである。>

 これは、今の時代というか明治維新後を見ればその通りだと思う。特に戦後は「戦前、戦中はすべて悪だった」というGHQの史観を受け入れながら民主化が進んだこともあって、この考え方がほぼ日本を覆い尽くしている観がある。

 しかし、内田氏の次の言葉が挑戦的に聞こえるのだ。

 <私たちは「そういう国民」なのだ。私たちは「あるべき国民像」を、祖先たちの生き方を範とすることでなく、同時代の他国との比較でしか語れない国民なのである。それが「時代を超えて継承されてきた国民性格」であるなら、「それで何か問題でも?」と反問しつつ、その「同じ旅程」を私たちもたどる他ないだろう。>

 である。

 内田氏ほどの方だから、「反米」と「親米」、「鎖国」と「摂取」、「愛国」と「国際化」など対立する概念を一つの人格の中に持つ近代知識人の煩悶の歴史を知らないわけがないだろう。夏目漱石、和辻哲郎、柳田國男、小林秀雄、江藤淳各氏らの努力はまさにそこにあったわけだろう。

 だから、内田氏の言いたいことは軽佻浮薄で伝統の重みを全く理解できないマスメディアと文化人、学者や政治家への痛烈な批判なのだ、と理解している。

 内田氏は温故知新ができないことを「日本人の国民性格」というが、兼好法師や紫式部、親鸞や日蓮を見れば、あふれるほどの愛国心と伝統を大切に受け継ぎながら一部を壊し、新たに建てるという作業を繰り返してきたことが分かると思う。日本人の国民性を考えた時、決して、縦の思考(歴史的思考)ができずに平目のような横の思考(世界比較)だけで生きてきた民族とは思っていない。

 しかし、内田氏はそんなことは百も承知で言っているのだろう、と思う。内田氏が言うように他国比較を絶対である如く言う「文化人」「政治家」が多すぎるし、テレビメディアなどを通じて、相当の悪影響を日本国民に与えていると思う。「だから、どうした」の視点は非常に大切だ、と思う。

 特に外人による日本論、日本人論を有難がって拝聴し、神棚に祭り上げることだけはやめたほうがいい。最近の新聞でチャルマーズ・ジョンソンのインタビューが出ていた。例の日本異質論者だ。最近は日本の左翼と相性がいいようだが、そんな連中の片言隻句に一喜一憂することはやめよう。外人の話も日本人の話も同じ地平で見るようにすれば、違ったものが見えてくると思う。

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金賢姫元死刑囚と会える!+田口八重子さんは生きている?~2月12日各紙朝刊から

◆金大中、盧武鉉両政権の犯罪的な北朝鮮摺り寄り→金賢姫貶め工作

 中曽根弘文外相が11日、韓国の柳明桓外交通商相と会談し、1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元北朝鮮工作員(47)と拉致被害者の田口八重子さん(行方不明時22歳)の家族の面会が「遠からず実現すると承知している」(柳氏)と、実現の運びとなった。家族は以前から要望していたが、金大中、盧武鉉両政権は金賢姫氏が北朝鮮が爆破事件を実行した、と歯に衣着せずに証言し、北朝鮮がその犯罪を否定していることから、北朝鮮に気兼ねして、金賢姫氏を事実上、軟禁状態に置き、外部との接触を断っていた。

 穏健保守の李明博政権になってようやく拉致被害者家族と金元死刑囚との会談が実現するが、金大中、盧武鉉の8年間の「空白」が日韓関係にとっていかに長かったか、が立証される事態となっている。

 金大中、盧武鉉両政権下での不気味な動きについては朝日新聞が最も詳しく報道していた。朝日新聞は2月12日朝刊1面2段<金元死刑囚と田口さん家族/「遠からず面会」/韓国外相>で、

 <韓国政府関係者によると、田口さんの家族は今年に入って日韓両政府を通じて金元死刑囚に『韓国で1月中に面会したい』と打診。金元死刑囚は『お目にかかりたいが、今は事情があって会えない。時期を改めて考えたい』と回答していた。韓国政府関係者によると、面会は早くても春ごろになる見通し。金元死刑囚の安全を考え、面会を非公開とする意見も内部で出ているという。>

 と書いていた。そして、田口さんの兄、飯塚繁夫さん(70)の「我々が会うこと自体が拉致問題全体へのインパクトになると思う」との話を掲載した。

 良かったのが朝日新聞国際面のまとめだった。見出しは<金元死刑囚 田口さん家族への面会/新事実判明は期待薄>となぜか後ろ向きで、せっかく会えることになったのに、朝日新聞は冷や水をかけようとしているのか、と思ったが、これは見出しだけのことだった。社内に相当数の北朝鮮シンパがいて、見出しだけは北朝鮮を怒らせないものに、と頼んだのかもしれない。見出しはひどかったが、ソウル支局の牧野愛博特派員の記事はしっかりしていた。

 記事の内容をピックアップして書いておこう。

 <金元死刑囚との関係がこじれた過去2代の革新系政権に取って代わった李明博政権が協力的なことから、春ごろには面会にこぎつける可能性がある。>

 <1998年の金大中政権発足後間もなく、金元死刑囚は水面下に姿を消した。盧武鉉前政権まで2代にわたり北朝鮮に融和的な政権が続き、北朝鮮に批判的な金元死刑囚の言動に神経をとがらせたからだ。 田口さんの家族は2004年にも日本政府を通じて面会を打診したが、韓国政府は「母親がテロリストだったことを子どもに知られたくないと金元死刑囚が訴えている」と説明。田口さん側が託した手紙の受け取りも拒んだ。

 2004年だから、金大中か盧武鉉か。いずれにしても、非人道的もいいところだ。金大中大統領はノーベル平和賞に値しない。その弟子の盧武鉉大統領はもっとひどい。北朝鮮に金を送ることばかり考えていたのだろう。何を怖がっているのだろうか? 北朝鮮に弱みを握られているのか?

 <ところが保守の李政権になって金元死刑囚は昨年10月、元韓国国会議員に接触。盧前政権下で、情報機関の国家情報院が「韓国側の自作自演だった」などとして爆破事件の見直し調査を進めたことを批判する手紙を託した。 元議員は「自分の証言が疑われたことに怒ったようだ」と語る。1月には、有力ジャーナリストとも面会し、国情院の対応を批判した。元議員らによると、金元死刑囚は国情院長らに謝罪を求める手紙を送ったが、反応がないため、直接行動に出たという。>

 李明博政権への政権交代が実現していなかったら、親北朝鮮政権が3代も続いていたら…と思うとゾッとする。国家情報院の中まで親北朝鮮勢力に侵食されていては、米国だって安易に米韓合同演習だってできない。安全保障にかかわる重大事なのだ。

 しかし、この親北朝鮮勢力と日本の和田春樹氏らに代表される「進歩勢力」がタッグを組み、北朝鮮に利益を与えるように様々な策動がまだまだ続いている、ということを忘れてはならない。

 <田口さんの家族と面会する案も、そんな中で浮上した。金元死刑囚は元議員にあてた手紙で「テレビで(田口さんの)息子をみた。会ってあげられなくてもどかしい」と語り、ジャーナリストには「ぜひ会いたい。日本にも行ってみたい」と伝えた。金元死刑囚は元議員に「国情院から納得のいく返事をもらうまで面会には応じられない」とも語っており、実現に時間がかかる可能性もある。>

  国家情報院の謝罪がないとなかなか難しいだろう。李明博政権は国家情報院の中の左翼勢力は排除できたのだろうか? なかなかしぶとい連中だから、日本が全面的に後押ししてあげないと、李明博大統領もやりにくいだろう。

 <韓国政府は面会に全面的に協力する方針だが、金元死刑囚は電話を持たないため、具体的な面会時期の指定について連絡を待っている状態だ。韓国政府内には面会の実現時期を「春先」と予想する声が多いが、「北によるテロの可能性もある。メディアの関心が高いうちは面会は難しいかもしれない」との声もある。>

  北朝鮮は金賢姫を殺したくて仕方ないだろう。もともと青酸カリカプセルを噛もうとして、その前に取り押さえられたので生きている。一緒にいた男性は青酸カリで死んだ。生きていること自体が奇跡なのだ。そこまでの危険な任務をさせて、見捨てて殺そうとする北朝鮮という独裁国家に批判の目を向けない和田氏らが韓国で反政府勢力におためごかしを言って人気を集めているのはいいとして、どうしてそのような人物が国立大学教授として、国民の税金を貰っているのか? 非常に疑問に思う。

 <一方、金元死刑囚は取り調べや手記などで、田口さんとの生活について詳細に語っている。このため面会が実現しても新事実は出てこないとの見方が日韓両政府には強い。>

 この部分と前文の中の同趣旨の部分は牧野氏が誰か編集局内の北朝鮮シンパに書かされているのではないか。突然、木に竹を接ぐように出ている。会談してみなけりゃ分からないじゃないか、と思う。大体、北朝鮮の主張する「韓国の反北朝鮮宣伝だ」という主張を打ち砕く証言が出てくるのだ。それが嫌な連中が日本にも韓国にも多数いる、ということを示している文章ではないか、と思う。

◆田口八重子さんは生きている?

 東京新聞は2月12日朝刊1面トップ<拉致2女性、北で結婚か/生存の可能性強まる/「田口さんは韓国人と」「松本さんは日本人と」>で北朝鮮が発表した田口さん死亡の情報自体が嘘だった可能性がある、と報じた。ソウル支局の築山英司特派員の記事だ。

 情報ソースは日本政府関係者である。東京新聞は前文で「認定拉致被害者17人のうち、少なくともこの2人は北朝鮮で生存している可能性が高いとみている」と書いていた。特に田口さんは金賢姫元死刑囚に日本語を教えた「李恩恵(リ・ウネ)」だったという。焦点の2人が生きており、当時の証言が出来れば、大きく事態は動くだろう。

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行天豊雄元財務官は「円高阻止の為替介入するな」と産業構造の転換要望~毎日新聞2月12日朝刊、日経新聞10日朝刊から

 毎日新聞2月12日朝刊2面[危機を解く④]は国際通貨研究所理事長の行天豊雄氏(78)のインタビューだった。聞き手は日銀を担当しているのか、赤間清広記者である。見出しは<米国依存からの脱却を>だ。

 行天氏は東大経済学部卒。プラザ合意後の1986~89年に大蔵省財務官。今回の金融危機では金融サミットの首相特使を務める。

 危機が米国経済だけでなく世界に広がり、なおかつ、最初は傷が浅いと見られていた日本経済が最も深い傷を負いそうになっており、そのへん、通貨マフィアがどう見ているか、注目のインタビューだ。本文を見てみよう。

 <金融危機の震源地の米国や欧州は金融機関に対する公的資金投入や大量の資金供給をしているが、信用収縮が止まっていない。金融機関も、投資家も、企業も「いったん金を出してしまったら返ってこない」と疑心暗鬼に陥っているためだ。>

 米国で信用収縮が止まらない、と。今でもそうなのか。この日の毎日新聞経済面にバーナンキFRB議長が10日、米下院金融委員会でインフレ目標について「建設的なステップだ」と前向きな評価を明らかにした、と出ていた。

 面白いのはバーナンキ氏らの言葉遣いが普段、私たちが新聞で知っている用語と違う、ということだ。

 この点については秋元英一氏が199年の著書「世界大恐慌~1929年に何がおこったか」の講談社学術文庫版を出版して、その90ページで

 「経済学では自立反転のプロセスをとおして景気回復が起きる可能性のある時期を不況とは呼んでも、デフレーションとはいわない。不況が深化して、人々の期待がある点をこえて悪化すると、もはや自律的に景気回復を望むのは無理で、放置すれば需要不足、資金不足が経済活動の低下を呼び込んで、景気は螺旋的悪循環を描いて悪化する。この時期をデフレーションの時期と見る

 と書いていた。

世界大恐慌――1929年に何がおこったか (講談社学術文庫 1935) 世界大恐慌――1929年に何がおこったか (講談社学術文庫 1935)

著者:秋元 英一
販売元:講談社
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 バーナンキ氏はこの言葉遣いをしている。だから、毎日新聞の先ほどの記事でも、

 「FRBは、景気低迷と原油価格の下落でデフレへの懸念を強めている。インフレ目標は一般的に物価上昇を抑えるために使われるが、デフレ阻止にも有効との見方がある。バーナンキ議長は過去『大恐慌時代は典型的なデフレ』と指摘している」

 と書いてあった。

 行天氏の話に戻る。

 <危機収束には信用の回復が重要で、政府がカネに糸目を付けず金融機関の債務を保証したり、不良資産を買い上げるなど政策を総動員するしかない。ただ、実体経済の急速な悪化が金融安定化策の効果を減殺しているうえ、危機の根源である米国の住宅価格も下落を続けている。経済の現状は相当厳しいと言わざるを得ない。>

 相当に厳しい、との御託宣だった。オバマ政権の「21世紀版ニューディール政策」の評価を聞かれると、

 <フランクリン・ルーズベルト大統領の積極的な財政出動によるニューディール政策が大恐慌からの回復に役立ったのは事実だが、景気復興を早めたのは戦争経済への移行に伴う需要急増だったことは無視できない。オバマ政権は環境やエネルギー分野で大胆な公共投資を打ち出しているが、「戦争特需」には勝てない。

 冷静である。日本の高度経済成長への道が傾斜生産方式だけでなく、天佑のように持ち上がった朝鮮戦争だったのと同じように、ルーズベルトのニューディールも戦争景気というもう一つの要素が絡み合わなければあれだけ大きな効果は出なかった、というのである。事実だ。

 <米景気の年内の底打ちは難しく、先行きが明るいのか、相当暗いのかはっきりしてくるのは2010年末になるだろう。景気が持ち直しても「V字回復」はあり得ず、「U字形」の緩やかな回復にとどまる。>

 来年末にようやく先の見通しが明るいか暗いか分かる、という。底なし世界不況だ。また、今後の世界経済のあり方を聞かれて、

 <問題は米国がどういう形で復活していくかだ。ウォール街がハイリスク・ハイリターンのビジネスをやめ、伝統的な金融に回帰するのか。消費者は本当に貯蓄志向に変わるのか。また、公的関与が強まった結果、米経済のダイナミズムが失われてしまわないか。米国の経済再生の道筋を見通すのは非常に難しいが、日本も、欧州も、中国も米国の経済構造変化にいや応なく大きな影響を受ける。

 つまり、まだまだ見えない、ということ。米国民の過剰消費体質が改まるかどうか、見極めないとものを言えないだろう。日本については、

 <(日本は)米国頼みの輸出依存からの脱却が必須だ。輸出企業に不利だからと安易に円高阻止の為替介入をするようでは経済は立て直せない。今後、世界経済はドル圏、ユーロ圏など地域化に向かうと見ているが、その時アジアはどのように経済統合を進めていくのか。通貨の問題など課題も多いが、日本は中国や韓国、ASEAN(東南アジア諸国連合)と連携してアジア域内での生産と消費を活性化し、各国が互いに繁栄する構造を目指すべきだ。>

 輸出産業中心の産業構造から内需中心の産業構造、内需中心でも生き残れる国家戦略の策定、ということだろう。鎖国はできないのだから、アジアでまとまろう、と。今はそのチャンスなのかもしれない。中国の脆弱性が露わになっており、日本の存在感、必要性をアジア諸国が再認識するようならば、この提案は実現の可能性がある、と思うのだが。

 行天氏は2月10日日経新聞朝刊5面[金融危機下のG7~焦点を聞く㊤]<日本、アジアで存在感を>にも登場していた。このインタビューでも同様な内容なのだが、メモしておくべきは、

 <当局は政策を打ち出すだけでなく、市場の信認をきちんと得ることに気を配らなくてはならない。景気刺激に向けて財政支出が拡大し、中央銀行も大量の資金供給を続けている。規律があまりに緩んでいると市場がみなすようになれば(長期金利の上昇など)新たなリスクが生まれ、施策の効果が帳消しになりかねない。>

 という部分と、

 <オバマ政権の課題は住宅、金融、雇用の三つだが、いずれも特効薬があるわけではない。住宅は建てる人、売る人、資金を貸す人のそれぞれがうまく機能しなくてはならない。不良債権処理が欠かせない。金融市場の再建では、公的資金の注入など走りながら考えるようなところがあり、必ずしも十分に練られているわけではない。保護主義のようなポピュリズム(大衆迎合主義)も強まっており、新政権の課題は多い。>

 為替については、

 <日本は景気の悪化が急なため円高となる要素が薄れ、為替介入が必要な状況ではないと思う。>

 という見通しが重要だと思う。

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植草氏は「小泉氏が郵政民営化の真実隠蔽のために解散に言及した」と言うが……

 <植草一秀の『知られざる真実』~マスコミの伝えない政治・社会・株式の真実・真相・深層を植草一秀が斬る>という植草氏のブログは以前も内容を紹介したが、2月12日アップ分<「かんぽの宿」疑惑解明に慌てふためく小泉元首相>は小泉純一郎氏の行動をどう読むか、を分析していた。

 <郵政4分社化とは①「ゆうちょ」、「かんぽ」の340兆円の資金が特定勢力に「収奪」されること②「郵便局ネットワーク」が将来的に「破壊」されること③日本郵政グループ保有の巨大不動産資産が特定勢力によって「私物化」されること――をもたらす「工作」である。>という主張を手を替え品を替えて訴える植草氏だが、その主張だけでなく、折に触れて政治批評のように永田町の動きを批判している。

 以下は植草氏のこのブログの中からピックアップした言葉である。

 <小泉元首相は「定額給付金」を実行するための衆議院3分の2条項での再可決を否定する見解を示した。法案が衆議院で再可決されなければ、麻生政権は解散か総辞職に追い込まれる。小泉元首相の発言は衆議院解散を誘導しようとするものである。

 <小泉元首相が慌てふためいて麻生首相批判を展開し、衆議院の解散総選挙を誘導しようとしていることは、「かんぽの宿疑惑」解明が進むことにより、よほど「不都合な真実」が浮上することを暗示している。選挙による疑惑解明阻止を狙っている側面も感じられる。

 なるほど、そこまで大胆に発言したか。何が何だか分からなくしてやろう、ということか。

 <「かんぽの宿疑惑」解明が進めば、日本郵政の西川善文社長が解任される可能性が高まるだろう。日本郵政株式会社法附則第2条および第3条に規定された、「かんぽの宿」売却および日本郵政株式売却が凍結される可能性が高まる。>

 <小泉元首相は「郵政民営化」が見直されることを阻止するのに懸命である。>

 ここが私植草氏の見解が決定的に異なる点だ。植草氏は郵政民営化を潰さねばならない、と思い込んでいるようだが、潰してどうするのか? 私は民営化はやむを得ないのではないか、と思っている。ただ、「かんぽの宿」問題のような問題をそのままにして売却を続ければ、国民の中に芽生えた疑惑、不信、不満がいずれ爆発して、民営化そのものが信用されなくなり、駄目になってしまうのではないか、と思っているのだ。

 前にも書いたが、財政投融資の合理化を進めるためにも、郵貯や簡保をそのままにするわけにはいかないだろう。ただ、国鉄の分割・民営化も電電公社でも公正で透明な手続きで民間に売却したり、と、その手続きの情報公開性には相当に気を遣っていた。当たり前の話で、そうでなかったら、李下に冠である。

 だから、今回の問題は入札→落札業者がオリックスの宮内義彦氏の関連会社だったということだけで、国民から疑惑の目で見られているのだ。

 竹中平蔵氏はテレビに出たり、産経新聞の1面コラムを使ったりしながら、宮内氏を排除したら、今後、政府の審議会に協力する経済人がいなくなる、とかかばっているが、それは論点のすりかえだ。肝心なのは国民に納得いく公明正大さが担保されているかどうか、である。

 植草氏のブログに戻る。植草氏はこの前もそうだったが、マスメディア批判を展開する。なぜだろうか?と疑問だったのだが、今回、理由が分かった。

 <「郵政利権化」に連なると見られるテレビ朝日をはじめとするマスメディアも、麻生首相の「郵政見直し」発言を激しく攻撃し、もはや国民からまったく支持されていない小泉元首相を「水戸黄門」の如くの演出を凝らして報道する。マスメディアは、「日本竹中新聞」や「テレビ小泉」のような偏向メディアに占拠されている。

 なるほど、「メディア」と言っていたのはテレビ朝日のことだったのか。

 そういえば、私もテレビ朝日の夜のニュースショーを見ていて、「みなさんはどう思われますか」と上目遣いで媚びるような言葉遣いをしていた男性キャスターの、あまりに身勝手な理屈に驚いたことがある。植草氏はキャスターが悪いのではなく、テレビ朝日が総体の意思でやったことだ、と言おうとしているのか? まさかぁ。

 それと、「日本竹中新聞」は「日本経済新聞」のことだろうか? 「日本」がついているから、そうなのだろうか? 日経はかわいそうなくらい、この問題では反鳩山にのめりこんでしまって、方向転換ができずに苦しんでいるようなのだが。テレビ朝日は民放だから、総務省と喧嘩できず、総務省をいまだに牛耳る(?)竹中氏の一派に頭が上がらないのかもしれないが(無理やりそう書いたけど、違うと思うけど。というのも旧郵政省の官僚は「竹中憎し」だろうから、竹中氏がいまだに影響力を持っているとは思えないから)、日経新聞が竹中氏に遠慮する筋合いは全くないのではないか? 何か、植草氏が描く「人脈相関図」も分かりにくいなぁ。

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2009年2月11日 (水)

亀井勝一郎氏が選んだ「心に沁みる名言」から

 44年前に読んだ本を開いたら、所々に赤線が引いてあった。亀井勝一郎監修「日本名言集~青春を生きる知恵」(青春新書、青春出版社、昭和36年12月30日発行、定価220円)で、昭和40年10月28日と買った日付を書き込んであった。あの転向文学者の亀井氏である。高校生の頃だから、そんな監修者の来歴も知らず、心の襞など想像のしようもなく、ただあの「大和古寺風物誌」を書いた人が選んだ名言だ、ということで読んだのだと思う。残念なことに、今になると、なぜその部分に赤鉛筆で線を引いたのか、の理由も線を引いた事実も覚えていない。心に響かなかったのかもしれない。

 当時は、大学受験のために受験勉強の日々を送っていた。私が通っていた都立の高校は一風変わっていて、理科系志向の生徒が多く、文科系志望者が小さくなっていた雰囲気もあった。物理・化学が苦手だった私は最初から文科系志望だったが、どんな勉強をしていたのかも、あまりに昔なのではっきりは覚えていない。

 ただ、社会的なものごとに関心が全くなかったことだけは覚えている。小説を読みまくっていた。そんな中の息抜きのつもりの一冊だったのだろう。

 パラパラとめくって、赤線を引いてある言葉を読むと、いいことが書いてあるので、幾つかメモしておこうと思った。もはや青春は遠く去り、いまさら「青春を生きる知恵」でもないもんだ、とは思う。この本は、そういう若者向けの本だったから、「老い」とか「病気」に関する言葉は意識しては拾っていないが、「人生」とか「生と死」とかの項目の中で幾つかは拾っている。亀井氏が50代半ばで読み込んだ本の中から選んだだけあって、言葉には亀井氏の思いが込められているようでもある。

分別過ぐれば大事の合戦は成し難し

 黒田孝高(くろだ・よしたか)「名将言行録」

 ウィキペディアによると、黒田孝高とは黒田 如水、通称黒田官兵衛のことだ。キリシタン大名として。ドン・シメオンという洗礼名も持っていたから、四つの名前で生きていた人だ。天文15年11月29日(西暦では1546年12月22日となる)、黒田職隆の嫡男として姫路生まれ。永禄10年(1567年)頃に家督を継ぎ姫路城代。永禄12年(1569年)、赤松政秀が足利義昭を抱える織田信長に属した池田勝正と別所安治の支援を受け、姫路城に3,000の兵を率いて攻め込んでくるが、300の兵で奇襲攻撃を仕掛け撃退した青山・土器山の戦いですでに天才ぶりを発揮している。

 その後、長篠の戦いで武田勝頼を破った信長の配下に入り、天正4年(1576年)には毛利は小早川隆景の水軍の将、浦宗勝を5000の兵で攻め込ませるが、英賀に上陸したところを孝高は500の兵で攻撃し退けた。1年間の捕虜生活で左脚関節に障害が残り、歩行がやや不自由になる。本能寺の変で信長が死んだことを知った孝高は秀吉に毛利輝元と和睦し、光秀を討つように献策し、中国大返しを成功させた。

 天正11年(1583年)の秀吉と柴田勝家との賤ヶ岳の戦い、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いにも参加。毛利との外交に手腕を発揮し国境線を確定し、実質的に秀吉配下に加えた。天正17年(1589年)、家督を長政に譲って隠居。文禄元年(1592年)から秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に参加、文禄2年(1593年)に石田三成と確執を生じ、秀吉の怒りを買って出家、中津城に引退した。

 慶長3年(1598年)8月に秀吉が死去すると如水は12月に上洛し、吉川広家に書状を書いた。

 <かようの時は仕合わせになり申し候。はやく乱申すまじく候。そのお心得にて然るべき候>

 如水は遠からず天下の覇権をめぐって大乱が起きると予想していた。慶長5年(1600年)、徳川家康らが会津の上杉景勝討伐のため東へ向かうと、7月17日(8月25日)石田三成らが家康の非を鳴らして挙兵し(西軍)、関ヶ原の戦いが起こった。嫡男・長政は家康の養女を正室として迎えていたことから秀吉の死去前後から家康に与し、豊臣恩顧の大名を多く家康方に引き込み後藤基次ら黒田軍の主力を率いて家康に同行、関ヶ原本戦で武功を挙げた。

 九州にいた如水は領内の百姓中心に9000人ほどの速成軍を作り上げ、9月13日(10月19日)、石垣原(現在の別府市)で大友義統軍と衝突、勝利した。合戦の後、長政は家康から勲功第一として筑前国名島(福岡)で52万3000石を与えられた。如水も中津城から福岡城に移り、政治に関与することなく慶長9年3月20日(1604年4月19日)、京都伏見藩邸にて死去。59歳。

 「名将言行録」には徳川秀忠が孝高を評した

 <今世の張良なるべし。>

 という言葉も残されている。

 また、秀吉が孝高を恐れたことを示す言葉として、

 <秀吉、常に世に怖しきものは徳川と黒田なり。然れども、徳川は温和なる人なり。黒田の瘡天窓は何にとも心を許し難きものなりと言はれしとぞ。>

 も名将言行録に残されている。ウィキペディアにはエピソードも豊富だ。

 秀吉が家臣に「わしに代わって、次に天下を治めるのは誰だ」と尋ねた。家臣たちは徳川家康や前田利家の名前を挙げたが秀吉は黒田官兵衛(孝高)を挙げ、「官兵衛がその気になれば、わしが生きている間にも天下を取るだろう」と言った。側近は「官兵衛殿は10万石程度の大名に過ぎませんが」と聞き返したところ、秀吉は「お前たちはやつの本当の力量をわかっていない。やつに100万石を与えたらとたんに天下を奪ってしまう」と言った。これを伝え聞いた官兵衛は身の危険を感じて隠居を申し出たという。文禄4年(1594年)の伏見の大地震の際、倒壊した伏見城に駆けつけたが、秀吉は同じ蟄居中の加藤清正の場合には賞賛したのに対し、如水に対しては「俺が死ななくて残念であったであろう」と厳しい言葉をかけたと言われている。

 晩年は家臣に対して冷たく振舞ったとされる。これは殉死者を出さないためとも、当主の長政に家臣団の忠誠を向けさせるためとも言われている。村重謀反のとき、信長は翻意するよう説得に向かった孝高が帰ってこないのは村重に寝返ったからだと判断し、人質として預けられていた長政を殺害するように命じた(村重と一緒に主君の小寺政職も裏切った事がこの疑念を助長している)。しかし重治(半兵衛)は密かに長政を匿った。このため、重治への感謝の気持を忘れないために黒田家は家紋に竹中家の家紋を用いた(この家紋とは黒餅の事を指す。黒餅とは石高の加増を願う家紋である)。遺訓は「人に媚びず、富貴を望まず」だった、と書いてあった。

 以上の基礎知識を学んだ後に、亀井氏の選んだ「 分別過ぐれば大事の合戦は成し難し」を見ると、黒田如水の生き方の何を若者に伝えたいのか、はなはだ分からなくなる。人生訓だったら、遺訓の

 <人に媚びず、富貴を望まず

 ではないか。

 亀井氏が選んだ徳川家康の遺訓はあまりにも人口に膾炙されているきらいはあるが、じっくり噛み締める価値がある言葉だ。

 <人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なく心に望みおこらば困窮した時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の基。怒は敵と思へ勝つ事ばかりを知って負くる事を知らざれば害その身に至る。おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるより優れり。

 山岡宗八の「徳川家康」を昔、読んだ。あれは山岡宗八の家康だった。つまり、山岡宗八という人間がその大きさの家康を描いた小説だった。戦後の日本の荒廃の中、日本人に気概を持て、と発破をかけた小説だった、と思う。いろいろな小説家、歴史家が家康を描いているが、こうした本人の言葉を読むことの大切さは若者に伝えたいものだ。

 いろいろな読み方ができると思うが、私は「失敗しても諦めるな」、「成功してもいい気になるな」、「心を強く持ち、澄み渡らせよ」と言っているように思えた。どう受け取るかはそれぞれの勝手だ。

 <一時に怯懦の心を発作して終身の恥辱を帯ぶる勿れ

 乃木希典「訓示」

 この文を打ち込んでいて驚いた。「きょうだ」と打っても、「怯懦」が出てこないし、「まれすけ」と打っても「希典」が出てこないのだ。私はIMFスタンダードの入力方式にしているのだが、外国の製品だからなのか? 最近よく使われる日本語には不自由しないのだが、昔、と言ってもせいぜい明治時代の文を打とうとすると、すべて手書きのIMFパッドのお世話になるのも何だか情けなくなってきた。

 この言葉は微妙だ。何も知らない若者ならば、言葉通りに受け取るかもしれないが、私たちはすでに二〇三高地での乃木の失敗をしっているだけに、この言葉を見ると、複雑な思いが湧いてくるのだ。

 乃木を認める人びとと、「能力がなかったので、必要のない戦死者の山を築いた」と批判する司馬遼太郎のような人が今でも両派に分かれて論争している状況で、いわく言いがたいが、きっと乃木さんは<終身の恥辱>と思い込んでいたのだろう、と想像する。犬死のように戦死した兵士も痛ましいが、この乃木さんの言葉も痛ましい。

 しかし、あの戦いはせざるを得なかった戦いだったし、日本は国運を賭けて戦い、ロシアを破ることができたから、独立国として生き残れたのだと思う。あの場面で戦わなかった朝鮮は戦後処理で日本の保護国となり、その5年後に国としての体裁を失った。

 戦うべきときは戦わねばならない。しかし、戦いは戦死者だけでなく、生き残った人々の心にも死ぬまで残る恥辱を植えつける。

 <心なしと見ゆる者も、よき一言はいふものなり

 吉田兼好「徒然草」

 「おっさん、よく見てるね」と言いたくなるこの言葉、思わず笑ってしまった。

 市場原理主義の経済学者として政府の提灯持ちのような審議会で活躍しながら、市場中心の主流経済学が批判されると、すべて打っちゃって、「私は改心しました」とまたノコノコ出てくる人(面白い本だったのでたしか書評を書いたと思ったが)、朝のテレビのコメンテーターとして軽い言葉を毎日切り売りしてる人々、そして、旧社会党系の「北朝鮮は素晴らしい国だ」と言っていた人たち、韓国に頻繁にでかけては「独島(普通、日本人は竹島と言います)は韓国のものだ」と言い歩いている和田とかいう東大の先生……、顔が思い浮かんでしまって笑いが止まらなかった。

 彼らはきっと、「一時に怯懦の心を発作して終身の恥辱を帯ぶる勿れ」と思って、勇気を出して生きているのだろう。

 ちょっと理屈っぽいが、次の言葉を亀井氏が選んだのも面白かった。

 <政党には、党勢拡張、政権獲得などいう一種の病気がつきまとう。そのために、あるいは種々の不正手段に出たり、あるいは敵に向って進む勇気を失ったりすることがある。これを監視し激励するのが言論に従事する人々の責任でなければならぬ。

 犬養毅

 これもウィキペディアのお世話になろう。

 犬養 毅(いぬかい・つよし)、通称は仙次郎。号は木堂。1855年6月4日(安政2年4月20日)― 1932年5月15日。第29代の首相で立憲政友会第6代総裁。備中国賀陽郡庭瀬村(現・岡山市川入)に大庄屋 犬飼源左衛門の次男として生まれ、後に犬養と改姓した。一時二松学舎にも通い、最終学歴は慶應義塾退学。郵便報知新聞(後の報知新聞)記者として西南戦争に従軍。東海経済新報記者をへて、1882年(明治16年)、大隈重信が結成した立憲改進党に入党、活躍する。

 1890年(明治23年)の第1回衆議院議員総選挙で当選し、以後42年間で18回連続当選という、尾崎行雄に次ぐ記録を作る。1913年(大正2年)の第一次護憲運動の際は第3次桂内閣打倒に一役買い、尾崎行雄(咢堂)とともに「憲政の神様」と呼ばれた。しかし、当時所属していた立憲国民党は首相桂太郎の切り崩し工作により大幅に勢力を削がれ、以後犬養は辛酸をなめながら小政党を率いる。

 第2次護憲運動の結果成立した第1次加藤高明内閣(護憲三派内閣)で逓信相。小政党に限界を感じ、革新倶楽部を立憲政友会に吸収させ政界引退するが、世間は犬養の引退を許さず、岡山の支持者たちは勝手に犬養を立候補させ、衆議院選挙で当選させ続けた。政友会総裁の田中義一が没すると後継総裁をめぐって内紛が生じ、犬養は幹部に乞われて1929年(昭和4年)に第6代立憲政友会総裁に就任する。

 1930年(昭和6年)ロンドン海軍軍縮条約に統帥権干犯を絡めて、鳩山一郎とともに政府を攻撃した。これは軍部に統帥権を武器として使えることを教え、自らの死につながった。1931年(昭和6年)12月に立憲民政党(民政党)の若槻禮次郎内閣が崩壊したため、反対党の総裁である犬養に組閣の大命が降下、内閣総理大臣に就任する。世界恐慌、そして満州事変の最中という荒波の中の船出であった。大蔵大臣には高橋是清を任じ、組閣と同時に金輸出再禁止を行い積極財政をとるなど、不況対策に努めた。また、外務大臣には女婿の芳澤謙吉を任じることにより、軍部に左右されがちな外交政策をリードしようとした。犬養の就任後は桜田門事件、血盟団事件と不穏なテロ事件が相次ぎ、ファッショ排撃を訴えた犬養自身も5.15事件で、海軍将校の凶弾に倒れた。享年77歳。

 犬養には常に毀誉褒貶が付きまとった。第1次護憲運動では尾崎行雄とともに「憲政の神様」と崇められ、東京朝日新聞の記者だった中野正剛は

 <「咢堂が雄弁は珠玉を盤上に転じ、木堂が演説は霜夜に松籟を聞く」

 と評した。

 犬養の演説は理路整然としていて無駄がなく、聞く者の背筋が寒くなるような迫力があったという。

 その犬養が一旦藩閥政権である寺内内閣への内閣不信任案の共同提出を憲政会(桂に引き抜かれた元国民党議員が所属)に対して呼びかけながら、不信任案反対派の政友会と憲政会の足の引っ張り合いを皮肉って、政権を巡って右往左往する憲政会の態度を切って捨てて、そのまま衆議院解散に持ち込み、総選挙では孤立した憲政会に大打撃を与えた上で寺内正毅の要請を受けて寺内内閣の臨時外交調査会に入ったため、たちまち「変節漢」の悪罵を浴びた。その落差は大きい。

 その後も、山本権兵衛内閣や護憲三派による加藤高明内閣にも閣内協力をした。ただ、これだけで犬養を「変節漢」と呼ぶのはいささか酷かもしれない。犬養は普通選挙の実現をはじめ、経済的軍備論、南方進出論、産業立国論など独自の政策を温めていた。その実現のために、よりましと思われる政権に加わったとも解釈できる。

 明治の政界で隠然たる影響力を誇っていた山縣有朋が

 <「朝野の政治家の中で、自分の許を訪れないのは頭山満と犬養毅だけ」

 と語ったという話もある。同じように藩閥支配に敵意を抱きながら、原敬は山県に接近し、その力を利用して自らの勢力拡大を図った。一方で犬養はその道をたどらず、ほとんど少数政党に身を置いて苦労を重ねた。

 犬養は毒舌でも有名だった。親友の古島一雄は、犬養の毒舌がやたらに政敵を増やすのを見て「ご主人の出掛けに口を慎めと必ず言ってくれ」と夫人に頼んだほどである。これは、意志が強固で悪や卑劣を憎む犬養の性格からくるものからでもあったと思われる。

 私生活では全く無欲の人で、細かいことには無頓着だった。嫌いな食べ物が出ても文句を言わず、着せられる着物を黙って着ていた。議会事務局で働く少年が病気になると、自宅に引き取って学校に通わせるなど、困った人を見ると援助の手を差し伸べずにはいられないところもあった。

 宮崎滔天ら革命派の大陸浪人を援助し、宮崎に頼まれて中国から亡命してきた孫文や蒋介石、インドから亡命してきたラス・ビハリ・ボースらをかくまったこともあった。宮崎は当初、犬養が大隈重信寄りだったため警戒していたが、自宅で会ってみると、煙草盆片手にヒョロヒョロと出てきて、あぐらをかいて煙草を吸い全く気取らない。宮崎は直感的に「好きな人」と判断したという。ちなみに孫でエッセイストの安藤和津によると、ひどく女好きであったという。

 犬養が首相に就任したのは「憲政の常道」のルールが確立されていた上に、元老・西園寺公望は犬養が満州事変を中華民国との話し合いで解決したいとの意欲を持つことを評価して、昭和天皇に推薦したため。この時、犬養は数え年で77歳。新聞は「昭和の実盛」と書いた。白髪を黒く染めて戦った源平期の老武将斎藤実盛になぞらえたのだ。

 <情けは人のためならず>、 <禍福は糾へる縄の如し

 太平記

 この言葉は西欧の諺か何かの翻訳だ、と勘違いしていた。太平記だったとは……。

 <学者になる学問は容易なるも無学になる学問は困難なり

 勝海舟「海舟全集」

 勝はここで何を言わんとしているのか? ぼにゃり想像はできるが、本当にそうなのかどうか。「無学になる学問」の意味が分からないと、この言葉の深さは感じられない。

 <改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり

 吉田兼好「徒然草」

 このへんになると、政治を思い出す。制度改革をやる時、民主主義国家では、このような言葉で野党が攻めてくるケースは多い。「益なし」なのか「益あり」なのかの論争になるのだが、未来の話をしているので、結局分からず、声の大きい人が言い勝ってしまう、というパターンだ。しかし、そうした政治的な使われ方をされる、という点を除いてこの言葉を虚心に読んだ時、「そうだなぁ」と頷くことが多いだろう。保守の保守たる所以を垣間見せる言葉なのかもしれない。

 <兵の勝敗は人にありて器(き)にあらず

 頼三陽「日本外史」

 これって、その通りなんだけど、先の戦争を少しでも知っている世代から見ると、誤読される危険性に目が行くのではないか。戦争に勝つか負けるか、は兵器のよさではなくどれだけ人的資源を有するかにかかっている、優秀な司令官、参謀をtkすあん擁していれば、少しぐらい軍備が劣っていても負けるものではない、という意味だろうと思う。

 先ほどの黒田如水ではないが、5000人の軍隊を500人でやっつけた歴史もある。ただ、逆に徹底的に軍備が劣っていて、後は人間魚雷と竹やりしかない、という時には、この言葉はあてはまらないのだ、ということを後世の日本人にしっかり伝えていくのが、先の世代の義務なのではないか、と思う。

 日本人って普段はそうでないのに、そういう時だけ、付け焼刃の精神論をぶって、竹やり精神を説くようだから。

 <古人の跡をもとめず古人のもとめたる所をもとめよ

 松尾芭蕉「風俗文選」

 そういうことだと思う。ケインズの講義録や著作の重箱の隅をつついて、合っている間違えている、などと論争し、現実を見ようとしなかったケインズ学派なるものもあったし、マルクスの心を無視して、「資本論」読みに没頭した学者は掃いて捨てるほどいた。しかし、彼等のやっていたことは違うんだよ、と丁寧に芭蕉が教えてくれている。

 <口に才ある者は多く事に拙なり

 伊藤東涯「間居筆録」

 これも、見た瞬間、笑ってしまった。昔、「君は新聞記者より、新聞話者が向いているね」という流行語がマスメディア関係者の中で流行したことがあった。今のように新聞記者が誰かれなくテレビのニュースショーにコメンテーターとして出演し、自分の得意分野でもないのに、知ったかぶりの知識をひけらかす、などということは、まだなかった時代のことである。新聞社では朝刊の出稿予定を編集局の会議で各部が報告しあう。それを当日の編集責任者がまとめる形で1面トップ記事や社会面トップ記事が決まるのが普通のスタイルだった。そして、この会議に出す出稿予定メニューを作るため、各部のデスクは記者がいる記者クラブに電話をしたり、政治部などの場合には国会記者会館に出向いて、各記者クラブのキャップから出稿予定を聞き取っていた。まだ、ネットなどない時代のことだから、パソコンを使った意思疎通ができず、アナログで動いていた。

 その聞き取りに答えるために、複数の記者がいる大クラブのキャップやサブキャップは若い記者たちから何を書くのか、聞いておく。発表モノだけでなく、調べて書く独自記事があれば、内容にまで突っ込んで話し合い、1面に出せるのか、中面でもトップにできるのか、付加価値を付けられるのか、応援の取材が必要かどうか、などを討議する。

 その時、本当に面白い話をする記者がいる。話をテープレコーダーに入れて、そのまま記事にしたら、読者が喜んで、洛陽の紙価もさぞかし上がるだろう、というドキドキワクワクの話も多い。「じゃあ書いてね、頼むね」と言い残して本社に帰り、期待して原稿を待つと、出てきた記事はありふれたただの原稿。話にあった面白いところが書いてない。「なぜ書かないのか」と電話で聞くと「まだ、そこのところは裏がとれていない」とか「ストレートに書くと○○政治家に迷惑がかかるので」などの言い訳が次から次に出てくる。

 そのことを思い出してしまったのだ。

 伊藤氏はまた違ったシチュエーションを考えて言ったのだろうが。

 <撃つべきの機は、その間に髪を容れず

 頼三陽「日本政記」

 これも頼三陽である。しかし、これも閑話休題だが、この頼三陽も変換できないのだ、このパソコンは。「らいさんよう」と打ち込むと「礼讃洋」と出てくる。仕方なしに「頼む」と打って「む」を消し、「三つ」と打って「つ」を消し、「太陽」と打って「太」を消している。だから、同じ文章に何度も出てくるとイライラする。コピペするのだが、めんどうで……。

 この言葉は大岡昇平の「俘虜記」を思い出させた。「撃つ」の意味は実は、頼と大岡とでは違っているのだが、若くて新米だと思われた米兵を撃てるのに撃たなかった大岡の迷いは頼が言っている「撃つべき機は、その間に髪を容れず」を実行できなかった近代人の迷いだった、とまあ、ありきたりなことを思ったのだ。間髪容れずにやらないといけない、という頼の「撃つ」は戦国大名が下克上を知ったときに、平定するとか、そういう意味だろうと思うのだが。

 <真(まこと)の善悪(よしあし)を云はば、鉄(くろがね)最も善(よろ)しく、銅(あかがね)これにつぎ、金(こがね)銀(しろがね)これにつぐべし

 権田直助「心の柱」

 鉄が一番だ。何にでも使える。銅は使い道は限られているが、銅だけにしかない使途もあり有用だ。それに比べて金銀は何に使うのか?

 貨幣、通貨という交換価値をこっちに置いておいて、使用価値だけで見れば、という話だろう。現実の世界ではそうはいかないから、非現実的でそれこそ「何の役にも立たない論」と言われてしまうかもしれないが、この発想は面白い。

 無人島に漂流した100人の男女が鉄と銅と金銀と何がほしいのか、聞かれてどう答えるだろうか? もしも、前の社会に戻るということを前提にすれば金銀だろう。たっぷり持って帰れば大金持ち。何でもできるから。しかし、その「何でもできる」というのは交換価値だ。無人島で畑を耕したり、家を建てる際には金銀よりは鉄が役立つ。使用価値がある。100年後、200年後、錬金術が成功して、誰でもどこででも金を作れるようになったら、金は一番先に人気をなくすのではないか。今は希少価値だから人気があるだけなのだから。

 人工ダイヤモンドがもう少し精密になって、天然と識別できなくなったら、天然ダイヤモンドの価格は暴落するだろう。ダイヤモンドも金も単に希少価値だから、価値がある。でも、鉄は違う。

 この論理って、ポスト資本主義を考える時、ブレイクスルーをもたらす一つのキーワードにならないかな?

 <生死は車の輪の如くにて、始りては終り、畢(おわ)りては始り、いつを始め、いつを畢(おわ)りともいふ事あるべからず

 水鏡

 この輪廻思想が日本独特の思想なのか、南方始原なのか知らないが、少なくとも一神教の西欧にはない思想だ。死を身近に感じ、恐れず、生と死との連続性を信じ……、といいことだらけのようだが、この死生観」が行き過ぎると「己を喪へる生は死よりも意義なし、己を喪はざる死は生よりも意義あり」(長谷川如是閑「如是閑語」)となってしまう。この考えだって本当は尊重されてしかるべきなのだが、これを東条英機のような輩が「戦陣訓」などに書き込んで、国民に押し付けると、「人命尊重をないがしろにした」などと批判されるようになってしまう。この西欧的な「人間主義」の限界が今回の世界同時不況や核支配の世界を生んだのだ、と思うのだが、人道主義の旗を高く掲げている方々にはこの理屈は通じないから、あまり言わない。

 <春くれて、後夏になり、夏はてて秋のくるにはあらず、春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気。草も青くなり、梅もつぼみぬ。木の葉の落つるも、まづ落ちてめぐむにはあらず、下りよきざしつはるに堪へずして落つるなり、迎ふる気下にまうけたる故に、待ちとるついで甚だはやし。生老病死のうつり来る事、また是に過ぎたり。四季は猶定まれるついであり、死期はついでを待たず

 吉田兼好「徒然草」

 兼好法師らしい文章だが、デジタル的に、「はい、春は終わり、次は夏さ~ん」という具合に四季が移り変わるのではなく、春の中にも夏を含んでいる、という、当たり前のことを当たり前に書いていて、それが連綿と800年も読まれているというのは、書物、文字文明というものの危うさを吉田兼好がいみじくも言い当てている、その教訓を易しい言葉で警告しているからではないか。「春」t言えば、春を思う。その中に少しは夏を含むと知ってはいるものの、「春」と言われた瞬間、含まれている夏の要素がどこかに飛んでいってしまう。ただ単純な「春」だけになってしまい、平板なものとなる。でも、「春」には「冬」の名残もあるし、「夏」の先行指標も入っているんだよ、と常に思うべし、と。そういう理解をしないと、計量経済学が大失敗したように、言葉の魔法にかかって、人類は大失敗するよ、と兼好法師が教えてくれているのかもしれない。

 <神道に書籍なし。天地を以って書籍となし、日月を以って証明となす

 吉田兼好「神代上下鈔」

 これも兼好法師。ずっと後の時代、本居宣長は「吉凶(よしあし)き万(よろ)づの事を、あだし国にて、仏の道には因果とし、漢の道々には天命といひて、天のなすわざと思へり。これはみなひがごとなり」(『直毘霊』 )と、仏教、儒教なにするものぞ、神道だけが正しい、と言っているのだが、その神道が理論体系ではなく、日本列島の自然と人間の同一化の中にあることを示した輝く言葉だ。

 <口は禍の門なり、舌は禍の根なり

 十訓抄

 何か、そういうことだよなぁって納得する。最初のほうはよく知っていたが、後ろがあったんだ。

 <商人は死ぬまで金銀を神仏と尊ぶ。これが町人の真の道

 近松門左衛門

 なるほど。作品名は書いてないが、何かの人形浄瑠璃の中で登場人物に言わせているのだろう。本当に日本のシェイクスピアだ。この江戸爛熟期の文化人が見た商売道、アメリカのリーマンだ、ゴールドマン・サックスだ、という人たちと似てないか。あまりアメリカが特殊だとか、日本は違う、とか言わないほうがいいだろう。ギラギラした時代だってあったんだから。日本にも。ただ、江戸幕府という政治は腐敗していたかもしれないが、この商人資本主義が暴走するのを適度に押さえ込んでいた。今流に言えば、政治が機能していた。

 <思ふべし、人の身に止むを得ずしていとなむ所、第一に食物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三に過ぎず。飢えず、寒からず、風雨にをかされずして、閑(しずか)に過すを楽とす。ただし人皆病あり、病にをかされぬれば、其の愁忍びがたし。医療をわするべからず薬を加へて四の事、求め得ざるを貧しとす。此の四の外をもとめいとんむを驕(おごり)とす。四の事倹約ならば、誰の人か足らずとせむ

 吉田兼好「徒然草」

 またまた徒然草だが、内容がいいから、何度でも出てくる。衣食住に医療を加えて、貧困のメルクマールにしている。吉田兼好という人、本当にすごい人だなぁ、と思う。今、米国でも全員福祉はできていない。日本は医療保険制度で貧乏人でも薬をもらえるようになっているはずだ。実態はなかなか違うかもしれないのだが。しかし、兼好法師の言うとおりだろう。雨露を凌げる家があり、一日三食のご飯が食べられ、寒いときには厚着ができて、風邪を引いたり、お腹が痛かったら医者で薬をもらって直せる。ここまで過ごしやすい国に住んでいて何の文句があるんだい? と麻生首相に聞かれたら、何と答えよう。

 <災難にあふ時節には災難にあふがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候

 良寛

 何か鯰を素手で掴もうとしたら逃げられ、また掴もうとして……といった感じの禅問答の一部なのだろう。災難にあってわけが分からなくならずに、「これは災難だが、どんな災難なんだ」と冷静になっていろ、という教えなのか? 理解できないが、面白い言葉だ。

 <人生五十功なきを愧ず

 細川頼之

 何もいえねぇ、か。私はアラウンド還暦なのに、功なきもいいところですから。

 <年五十になるまで上手にいたらざらん芸をば捨つべきなり。励み習ふべき行末もなし

 吉田兼好「徒然草」

 何もそこまであけすけに言わなくとも。まだまだコツコツやろうと思っているのに、ダブルパンチを食らわされてしまった。

 <学をなすに三要あり、志なり、勤なり、好なり。

 伊藤東涯

 ここまできて、少しホッとする。

 <志を立つることは大にして高くすべし。小にしてひくければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと平生志すべし。

 貝原益軒「大和俗調」

 私はもう手遅れだが、若い人にはいいアドバイスだと思う。

 このほか、吉田兼好の言葉で気に入ったのが幾つかあったが、書き写すのに疲れたので、この辺にしておく。面白かったのは、小林秀雄が「作品は自然の模倣を出られない」(「文学と自分」)と書き、松尾芭蕉が「心花にあらざる時は夷狄(いてき)にひとし、鳥獣に類す。夷狄を出で、鳥獣を離れて、造化にしたがひて造化に帰れとなり」(「笈の小文」)と、いずれも人間と自然との融合に大きな価値を見出していることだ。やっぱり日本人だ、と思う。

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五輪招致、民主党の反対は筋が通らない:社民党への配慮は無用だ

 民主党がおかしい。2016年夏季五輪招致を目指す東京都が招致に賛同する国会決議を衆参両院に協力要請しているのだが、民主党が決議することに反対している、というのだ。

 先ほど、TBSの昼のニュースショーで特集していたが、今回の話は石原慎太郎都知事に分がある、と思う。石原知事が言うように「何でも政局で判断するのは不可解」という批判が当たっているだろう。都議会で民主党が賛成、全会一致で決議しておきながら、今、なぜ決議をすることに反対するのか。TBSの番組では五輪招致に反対している社民党に配慮しているのだろう、と言っていた。

 やはり出てきた。「社民党への配慮」である。筋が通らなくとも、票がほしい、総選挙が終わるまでは「我慢の子」だ、という論理だろうが、非常に危うさを秘めていることを馬鹿ではない有権者は見抜くのではないか。こんな社民党の「ごね得」を許すならば、安全保障面で思い切った政策など望むべくもなくなる。

 今回の五輪招致問題はその意味では民主党が本当に保守政党として安心して任せられる政党かどうかのメルクマールになるかもしれない。

 国際オリンピック委員会(IOC)への立候補ファイルの提出期限は2月12日。このままでは国会決議なしのファイル提出になるらしい。「国を挙げて取り組んでいる証しに」と決議の重みを知事は先週から衆参両院議長らを訪ねて説明、協力を要請している、という。

 立候補ファイルとは立候補した4都市が詳細な開催計画などを記してIOCに提出する書類で、日程や会場配置、宿泊施設数などが盛り込まれる。IOC委員が開催都市を決める際の重要な資料になる、といわれるものだ。

 国会の招致決議は立候補要件ではないが、2008年夏季大会を北京と争った大阪の場合、ファイル提出前に衆参両院で採択された。しかし、この北京に最終的に敗れた大阪と、これも最終的にソウルに敗れた名古屋の場合、国会決議は全会一致ではなかった。1964年の東京、その後の札幌、長野五輪では全会一致の決議だった。

 候補地が最終的に同じ程度の評価で競った時には、こんな些細なことでも合否の要素になりかねない。

 昨年12月には招致を目指す国会議員連盟が発足し、自民、民主、公明各党などから約180人が参加しており、、都は決議の早期採決を見込んでいた。

 民主党は表面上は2007年の都知事選で石原知事と対立し、党内に慎重論が根強いことを消極論の理由としている。菅直人代表代行は5日の記者会見で「知事が国会何するものぞという姿勢でやってきたことへの反発もあり、進まなくなっているのではないか」と述べた。好き嫌いの感情だ、という。鳩山由紀夫幹事長は6日の会見で議員宿舎の建て替えを巡る参院と都の意見対立を例に挙げて「参院の多くの方は石原知事に苦い思いをしている。ふざけるな、という思いは与野党超えてある」と話したそうだ(読売新聞2月7日)。

 しかし、TBSで誰かがしゃべっていたように、総選挙が近づいて、社民党への配慮が強く働いた、というのが反対の真相だろう。民主党政権になったら、日本を明るくするイベントは多い方がいい。五輪招致が決まれば、北京の例を出すまでもないが、目的のある公共投資がしやすくなる。大義名分のある公共投資が進み、失業者の群れに仕事が供給される。造った施設は五輪後も使えるような、少子高齢化社会向けの多目的施設にすればいい。つまり、世界的大恐慌を乗り切るのに大きな力を貸してくれる大イベントを日本に引っ張ってくることができるか、オバマ氏のシカゴに奪われるか、の対決が始まっているのに、愛国者の多い、と思っていた民主党がこんなバカな理由で国民的イベントに反対するとは、驚いた。

 これは瑣末な話ではない。

 最初に書いたように、民主党が政権を奪取した後の政権の性格にかかわる重大なメルクマールである。社民党のへ理屈に付き合うのか、それとも大義のために行動するのか、国民は声を上げなくとも見ているのだ、ということを小沢一郎代表は忘れずに行動していただきたい。

 何度も書いているように、自民党政治は行き詰まり、民主党政権ができるのは必然だと思っているし、それが望ましいとも思っているのだが、リクルート事件から永田町が激震した20年前、細川護煕政権ができた15年前に比べ、今の日本に残された糊代は非常に小さくなっており、残された時間も少ない。小児病的な社民党の組合一本主義、偽善的人道主義に付き合っている暇はないはずだ。

 民主党政権を作る前に、社民党を切って、自民党の一部を引きずりこんで強力な保守政権をつくらないと、日本の「大転換」はできないと思っている。

 こんなバカなことで政権担当能力を疑われるような真似をしないでいただきたい。

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2009年2月10日 (火)

英エコノミストの「アジアよ内需拡大を」+英フィナンシャル・タイムズの日本診断~JBpressから

 JBpressのHPに2月2日アップされた英エコノミスト誌 2009年1月31日号の「沈みゆくアジア経済:アジアの内憂外患」だ。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/533

 気になったのは記者の視線がすっかり中国に向いていて、日本はすでに「ワンオブゼム」扱いだったことだ。

 それはさておき、本論を見てみよう。

 アジアの低迷は米欧の責任ではなく、輸出依存体質からの脱却の遅れが原因だ、という。

 アジアでも景気後退の規模、速度は猛烈で、1997~98年危機より広く、2007年に13%拡大した中国のGDPは2008年第4四半期(季節調整値)、ほとんど成長せず、第4四半期GDPは日本が年率換算10%、シンガポール17%、韓国21%のマイナス成長と見られるだけでなく、工業生産の落ち込みはさらに激しいという。そして、

 <直接の原因は実に明白だ。大幅な在庫削減と輸出の落ち込みである。中国でさえ輸出が躓き、昨年12月は前年同月比で2.8%減少した。同じ月、日本の輸出は35%、シンガポールは20%減少した。多くの場合、輸入の減少はさらに著しく、中国では12月に21%減少、ベトナムは1月に45%も減少した。>

 中国の輸出は12月、そんなに減っていないじゃないか。

 <現時点で、アジア経済の成長減速の大部分は純輸出の減少ではなく、内需の減退から派生している。アジア最大の輸出国である中国でさえ、輸入は輸出よりも速いペースで減少している。>

 内需の減退のものすごさ、なのか。

 <内需低迷が続いているのは、暗い世界展望のせいだけではなく、アジア各国政府の政策にも原因がある。10年前の危機以降、多くの国は破綻した金融システムを修復したが、輸出に偏った経済には手をつけなかったからだ。貯蓄が高水準のまま、国内消費は抑制された。当時直面していた国際収支の圧力を恐れたこともあり、アジア諸国は大幅な貿易黒字を維持し、巨額の外貨準備高を積み上げた。こうして、アジアの貧しい農民の貯蓄が欧米の浪費習慣を支える資金となったのだ。>

 これは世界金融危機を解説するエコノミストが一致している点だ。

 <とはいえ、それもすべて悪い話というわけではない。こうした施策の結果、今、アジア各国政府には、内需を押し上げることで景気回復を図る余地があるからだ。特に中国は、大規模な経済刺激策の約束を実現するのに十分な財源がある。やるべきは大規模な公共事業である。どのみち投資が必要な分野なのだから。

 内需拡大のための公共事業のススメだった。

 <日本が1990年代初頭に経済活性化策としてインフラに多額の投資をした時は、そもそも設備が不足していたわけではなかったため、かなりの投資が無駄になった。しかし中国はまだ、もっと多くの、そしてもっと質の高い橋や道路や鉄道が必要だ。>

 やっぱり日本のあの巨額公共投資は無駄だった、と判断している。そうだろうと思った。

 <しかし、インフラ投資だけでは長期的な解決にはならない。この種の刺激策はいずれ資金が続かなくなり、それだけでは経済成長が息切れしてしまう。アジア経済が持続可能な長期成長軌道に乗るには――そして、アジア以外の世界を景気後退から引っ張り上げる助けとなるためには――、ほかの方法で経済の輸出依存度を軽減する必要がある。>

 なるほど、公共投資は緊急策なのだ。ただ、日本の経験でいえば、このリンゲル注射をいるやめるか、がまた混乱のもととなる可能性もある。

 <アジア各国の政府は、国民の消費を促し、貯蓄の必要性を減らすための構造改革を行わなければならない。中国では、土地を担保に借金したり、土地を売却したりできるよう、確たる不動産所有権を農民に与えるべきだ。

 構造改革という言葉は今、日本で鬼門になっているけれども、本当は必要なのだ。中国の所有権問題は法律問題、中国の国内問題かと思っていたのだが、それだけではなかったようだ。

 <中国を含む多くの国の政府は、子供の教育費や医療費を心配しなくて済むセーフティーネットを確立しなければならない。そして、アジア全域の経済は、国民所得のより大きな割合が家計に回るよう、一段と資本集約度が高まる製造業から労働集約型のサービス業への移行を進めるべきである。

 なるほど、これは日本も対象に考えていることなのか?

 <自国の問題を解決しようとするアジア諸国政府にとって、つい手を出したくなるお馴染みの誘惑は、輸出を促す重商主義的な通貨政策だ。だがアジア地域の指導者たちは、競い合って為替レートを切り下げることは誰の得にもならないことを理解しているようだ。>

 円安誘導で円キャリートレードが進み、世界に過剰流動性をばら撒いた日本がサブプライム金融危機の元凶だ、と浜矩子さんは「グローバル恐慌」(岩波新書)で書いていた。

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 <中国は、米国からの為替「操作」の非難に対して、輸出を後押しするために人民元を切り下げる意思は一切ないと反論した。内需拡大のための構造改革は、アジアの貧しい層への打撃を緩和し、中国などの政府が恐れる社会不安の爆発を防ぐのに役立つだけでなく、欧米の保護主義への圧力の高まりに対抗する助けにもなるだろう。>

 確かに中国当局はそう言ったが、言行不一致の可能性もまだ疑われているのだが。

 <もし輸出依存の危険性をアジアの新興国に警告する必要があるのなら、日本のケースを示せばいい。>

 最近、日本は反面教師で出てくることが多い。

 <2002年まで10年間も続いた日本の不景気は、特に中国への輸出増加のおかげでようやく終わりを告げた。しかし今、内需の弱さという根本的原因に取り組まなかったことが主因となり、日本経済は先進諸国の中でもとりわけ大きな打撃を被っている。日本はかつてアジア地域という野鳥の群れの先頭に立つリーダーを自認し、輸出主導型の繁栄に向けて針路を示してきた。ほかの鳥は今、この群れから離れるべきなのである。

 なるほど、雁行型のアジア成長はもうおしまいだ、か。

 そうかもしれないが、ちょっと違う気もする。まず中国への輸出のおかげではなく、米国への輸出のおかげでだろう。今の日本経済のダメージはひどいから、何とでも説明できるのだが、少し考えてみないと、この論があっているのかどうか、判断できない。

 JBpressの2月10日アップ分は、2月7/8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙の「世界不況の打開策~行動の先に成果がある」だった。世界各国の景気の現状と対策のまとめになっていたが、そこで描かれた日本の姿は、「外人も案外、見るべきところを見ているなぁ」という感じの文章だった。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/573

 <アジアでは、日本以上に景気後退の脅威と戦う政治家の無能さを象徴する国はない。2月初旬に発表された統計で、12月の鉱工業生産が前月比10%近く減少し、在庫が急増、さらに失業率が急激に高まったことが明らかになると、日銀は一切のためらいを捨て、株価対策のためにお金を刷るという憎むべき対策に回帰した。
 <それでも市場は1兆円に上る日銀の救済策(銀行の保有株買い取り)に反応せず、株価はわずかに下げた。

 「株価対策のためにお金を刷る」作業だったのか、あの決定は。

 <日本の大企業は軒並み、収益予想を下方修正している。この問題に170億㌦の資金をつぎ込む経済産業省の対策も、無意味に見える。ドレスナークラインオートのピーター・タスカ氏は、その深刻さにおいて前例を見ない企業収益の急減は、外需のショックに対する日本の高付加価値製造業の脆さをさらけ出すと言う。>

 <さらにタスカ氏は、不良資産へのエクスポージャー(投資残高)が比較的少ない日本の銀行に触れて、「あまりに不条理に思える」とつけ加える。「本来、一番派手にドンちゃん騒ぎした連中が、一番ひどい二日酔いに見舞われるべきだ。日本はその間、部屋に閉じこもってミネラルウオーターをすすっていた。それなのに今、すさまじい頭痛に苦しんでいる」>

 <日本の状況は概ね、アジア全域にも当てはまる。サブプライムローンの大惨事に巻き込まれたアジアの銀行は極めて少なかったが、それも経済を悪性の不況から守ってはくれなかった。サブプライムショックは貿易を通じて感染し、工業生産の急減と、消費者心理の劇的な悪化を招いたのである。>

 とあった。このタスカ氏の指摘は残念ながら正しい。輸出先だった米国経済の縮小、個人消費の冷え込みで、日本を引っ張ってきた輸出産業が苦しむ。その苦しみに円高が追い打ちをかける、という形だ、という例の話だ。ここまで来ると認めざるを得ないだろう。

 どっちみち、新しい試みをしないといけないのだろう。今までと同じでは生き残れない。

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早くも苦しいオバマ米大統領初の記者会見と対話集会~毎日新聞、読売新聞2月10日夕刊、フィナンシャル・タイムズから

 オバマ米大統領が9日午後8時からホワイトハウスで就任後初の記者会見を行った。

 ブッシュ前大統領時代は午前中の記者会見が普通だったが、オバマ氏はテレビ視聴率の高い「プライムタイム」に合わせた会見で全米に中継された。

 国民に顔を向けた政権であることをアピールする意図があったとみられる。ルーズベルト元大統領の炉辺談話ラジオは知らないが、レーガン元大統領、中曽根康弘元首相の演説やパネルを駆使して滔滔と弁じた細川護煕元首相を思い出した。

 毎日新聞が1面3段<オバマ米大統領/米国再生「大胆に」/初の記者会見/90年代の日本例示>と6面トップ<オバマ大統領会見/景気危機感を強調/法案通過へ理解求め>と関連の3段<イランとの直接対話言及/共通利害の分野で>とベタ記事<初の対話集会>と[オバマ大統領会見要旨]で紙面の半分を使って詳しく報道していた。

 毎日新聞夕刊を読んでみよう。

 <大統領は米国が大恐慌以来の深刻な危機に直面し、迅速に行動しなければ「破局に陥る」と警告。「米国再生のためには何でもやる」と強調し、議会に景気対策法案の早期成立を促した。>

 が今回会見の眼目なのだろう。プライムタイムに設定した理由は、

 <景気対策に伴う巨額支出には議会共和党を中心に反発もあるため、テレビ中継には景気回復に向けた政府の取り組みを国民に直接訴える狙いがある。>

 と解説していた。

 <オバマ大統領は「景気対策は完全ではない」と認める一方で、バブル経済の崩壊に伴う1990年代の日本の「失われた10年」に言及。大胆で速やかな行動がなければ悪循環から抜け出せないとして「問題を解決する自信はある」と述べた。>

 この部分は読売新聞夕刊の要旨が詳しかった。

 <もしこの厳しい経済状況に対して行動を起こすのが遅れれば、いつかネガティブ・スパイラル(負の連鎖)を作り出すことになる。1990年代、日本では十分に大胆かつ迅速な行動をとらなかったため、経済成長を遂げられず、90年代は失われた10年と呼ばれるようになった。ここで強調したいのは、この危機は普通の景気後退ではなく、大恐慌以来最悪の経済危機だということだ。

 日本の対応の遅さをこのように批判するのはバーナンキ、クルーグマン両氏らのプリンストン大経済学部教授グループの「失われた10年」研究チームの結論と同じであり、オバマ政権内でバーナンキ氏の見方が浸透していることを示すものではないか。

 内容は読売新聞夕刊2面の要旨で読もう。

 <まず我が国の経済状態や、なぜ(経済)復興計画をできるだけ早く実行する必要があるのかについて話したい。>

 <今日、インディアナ州のエルクハートに行った。米国のどこよりも早く職が失われている場所だ。1年で失業率は4.7%から15.3%に上昇した。この地域を長年にわたって支えてきた企業は恐るべき速さで雇用を削減した。職を失った人々は何をしたらいいか分からずにいる。請求書の支払いもできないので金を使うのをやめている。彼らが金を使うのをやめたので、企業はさらに多くの労働者を解雇せざるを得なくなっている。>

 これが、あとで触れる対話集会だ。

 <同じような場面は、米国中の多くの町で見られる。9日にはマイアミの消防士35人の求人に対し1000人以上の男女が列を作った。先月、我が国は59万8000人分の職を失った。メーン州全体の雇用数とほぼ同じ規模だ。もし、これが本格的な危機だとまだ信じない人がいるとすれば、生活が崩壊し、次の給料がどこから来るか分からない数百万人の米国人と話せばいい。>

 日本でも同じだった。九州かどこかの自治体が臨時で職員採用を公募したら、十数人の枠に1000人とかいうニュースが出ていた。

 <経済再生計画の最も重要な部分は400万の雇用を創出することだ。政府だけで雇用や成長はつくり出せないが、民間部門がここまで弱まっている時、連邦政府だけが経済を再び活性化させる資源を提供できるこの計画は、完全ではない。完全な計画などありえない。この計画のすべてが期待通りに機能するとは言い切れない。だが、完全な自信を持って言えるのは、今行動しなければ、危機と何百万人もの米国民の苦痛は深まるだけだということだ。>

 雇用創出にどれだけ苦労するか。ボルカーが今回の知恵袋なのか? サマーズなのか? それとも政府の要員ではないが、バーナンキなのか?

 <我が政権は、1兆㌦以上の赤字を受け継いだが、大恐慌以降で最も深刻な経済非常事態も受け継いだ。何もしないでいると、より多くの雇用や所得、そして信頼の不足を招くことになるだろう。それが、危機を破局へと変えることもあり得る。私が大統領の職にある限り、そんな事態が起きることは拒否する。この国が再び正常に機能するよう、私は何でもするだろう。

 <我々は今年約1兆㌦、来年さらに1兆㌦規模の需要を失おうとしている。これこそが、我々が当初、(景気対策として)約8000億㌦の数字を提示した理由だ。これは場当たりな数字ではない。危機の深刻さを考慮して、共和党と民主党、保守とリベラルのエコノミストがはじきだした数字だ。>

 大統領が「場当たり的な数字じゃない」などと説明するんだ、アメリカでは。

 毎日新聞の要旨には、

 <適切に対処すれば、来年にも回復が期待できる。

 という言葉もあった。

 大統領ともなれば、こんなバラ色の夢を語らなければならないのか。来年回復するわけないじゃないか。今年の後半から来年にかけて実体経済の傷みがもっともっと進み、世界恐慌の様相を示すはずなのに。

 また、

 <今後4年間の目標は具体的証拠と事実に裏づけされた説得力ある政策の下に(党派の違うさまざまな)人々を結集させることだ。>

 と就任演説で強調した「アメリカの再統合」への意欲を再び語ったらしい。

 6面の記事にもあるように、米国では年明け以降も雇用情勢悪化に歯止めがかからず、1月の雇用統計で失業率は昨年12月から0.4ポイント悪化し7.6%となり、1992年9月以来、16年4カ月ぶりの高水準。景気動向を敏感に反映する非農業部門の就業者数も前月比59万8000人減り、1974年12月(60万2000人減)以来、約34年ぶりの大幅な落ち込み。リストラは大手企業でも加速し、米産業機械大手キャタピラーが2万人削減を発表。ゼネラル・エレクトリック(GE)が1万1000人など人員削減発表が相次ぐ

 昔もこういうニュースがよく米国の新聞に出ていた。1994年のことだった。米国で毎日、ウォールストリートジャーナルを読んでいたが、リストラは日常茶飯事。リストラされた人たちはどうなっているのか、と当時は考えたものだった。

 今回の米の人員削減は今のところ、そう驚くレベルではないと思う。かえって日本、中国、欧州の失業の方が大変ではないか。いろいろな意味で。

 <英国ではブラウン首相が議会答弁で「各国政府は恐慌脱出のための協調策を」と世界経済の現状を恐慌と表現ストロスカーン国際通貨基金(IMF)専務理事も、米国や欧州、日本など先進各国が「すでに恐慌状態にある」と発言するなど、世界経済の落ち込みを1930年代の大恐慌に例える発言は日に日に増えている。>

 その通りだが、ブラウン氏はこの議会発言で揚げ足を取られ、訂正したはずだ。IMFは実務者で政治的配慮がないからか、ズバリ言っていた。

 斉藤信宏特派員は、

 <国民の高い支持率を背景に就任したオバマ大統領にとって、景気対策でつまずけば、政権運営全体に大きな影響が及ぶことは避けられない。会見でオバマ大統領は、終始険しい表情を崩さず「400万人分の雇用確保を第一に考えている」と強調した。危機を訴えるとともに不退転の決意を示すことで国民に景気対策への理解を求めた。>

 と文章を締めくくっていた。

 また、オバマ米大統領は記者会見前に中西部インディアナ州エルクハートで就任後初の対話集会を開いたそうだ。

 <質疑ではオバマ政権の指名閣僚らの相次ぐ税金未納問題に批判が出るなど、大統領の厳しい立場も浮かび上がらせた。>

 <ある女性が「あなたが指名した閣僚には信頼に値しない人もいる」とオバマ大統領が指名した高官らの税金未納問題を引き合いに批判。>

 <大統領は「それは私の間違いだった」と率直に認めた。エルクハートは失業率が全米平均の約2倍の15%超。ラスムセン社の9日の世論調査では、民主党が反発する減税をさらに求める意見が6割を超え、景気対策法案に明確に賛意を示したのは37%。反対の43%を下回っている。オバマ大統領は10日に南部フロリダ州で遊説するが、国民の支持を一気に獲得するのは厳しい情勢だ。>

 と及川正也特派員は雰囲気の悪さに驚いている。

 オバマ氏にとっては「100日間のハネムーン」とか「蜜月半年」と言われた歴代大統領のマスメディアとの協調期間がそんなに長くないのではないか、と予感させるものだった。

 民衆の支持を失った時、オバマ氏は権力の源泉を封じられる。就任直後からこれでは先が思いやられる。

 麻生首相とどっこいどっこいではないか。演説がうまいだけではトップは務まらない。この難局をどのような大胆な手で切り抜けるか。どこにブレイクスルーを求めるのか。「日本の二の舞いをしない」という言やよし、だ。お手並み拝見といこう。

 2月8日付フィナンシャル・タイムズ紙(JBpressのホームページhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/573による)は、

 <近く、米国のティム・ガイトナー財務長官が追加的な銀行救済策を発表する。不良資産に対する保険のような政府保証が柱となると見られているが、ある種の『バッドバンク』設立も含まれる可能性がある。同時に、ガイトナー長官は住宅差し押さえを減らすための対策も発表する見込みだ。>

 としたうえで、

 <アナリストたちは、新対策が説得力を欠く内容であれば、オバマ政権の危機打開策に対する期待が粉々に砕かれてしまう恐れがあると言う。

 と書いている。オバマ政権は早速正念場を迎える、と予測しているのだ。ただ、

 <対策の発表は人々の心理を好転させるチャンスだ。そうなれば、世界中でムードが明るくなる可能性だってある。>

 と書くのも忘れない。オバマ氏の初の記者会見もだが、銀行救済策にこそ世界は注目しているそうだ。

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2009年2月 9日 (月)

吉本隆明氏の内村剛介氏への追悼文、勉強になった~東京新聞2月9日夕刊から

 東京新聞2月9日夕刊文化面に[追悼・内村剛介さん]として吉本隆明氏が語った話を大日方公男記者がまとめた文章が掲載されていた。タイトルは<国家や主義に同化せず>。いい文章だった。内村氏はずっと以前、たしか「収容所」ものを1冊読んだだけで、ロシア学者だ、ということは知っていたものの、ご本人がどのような方か、は全く知らなかったが、吉本氏の文章を読み、その名前さながらの剛直さ、芯が通っている生き方に感動した。最近「内村剛介著作集」(恵雅堂出版)が出始めた、と書いてあり、読んでみたくなった。

  最初に内村氏の訃報を見てみよう。朝日新聞の記事がネットにあったので、コピペする。<評論家・元上智大教授の内村剛介さん死去>1月30日午後1時過ぎに配信された記事だ。

 <内村 剛介さん(うちむら・ごうすけ=評論家、ロシア文学者、元上智大教授、本名内藤操〈ないとう・みさお〉)が30日、心不全で死去、88歳。通夜は2月5日午後6時、葬儀は6日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。喪主は長女冨永まなみさん。栃木県出身。ロシア文学研究とともに、シベリア抑留体験に基づく評論活動を展開した。著書に「生き急ぐ」「呪縛の構造」ほか。>

 随分と簡単な訃報だった。各社、訃報本記はこの程度の扱いだったのだろうか? と思って、ためしに毎日新聞のネットを見たら、詳しい訃報が出ていた。<内村剛介さん 88歳 死去=シベリア抑留…独自の思索ロシア文学者>とあって、

 <シベリア抑留体験を背景に社会や文学に対して独自の思索を進めた評論家でロシア文学者の内村剛介さんが30日、死去した。88歳。栃木県生まれ。元上智大教授。>

 までは同じ。その後に、

 <14歳で中国東北部に渡り、ハルビン学院などで学んだ。関東軍に徴用されたが、敗戦時にソ連軍に捕らえられ、以後1956年の帰国まで、約11年間にわたって、監獄や強制収容所で過ごした。帰国後は商社勤務の傍ら文筆活動を続ける。収容所で身につけたロシア語を基に、ロシア人の思考方法を深く洞察。ソ連国家を厳しく告発しスターリン批判を行った。同時に現代日本の思想の軽薄さについても警鐘を鳴らした。主な著書に「生き急ぐ」「呪縛の構造」「ドストエフスキー」「ソルジェニツィン・ノート」、訳書に「エセーニン詩集」など。>

 <抑留体験が原点>の小見出しがあって、

 <沼野充義・東京大教授(ロシア・東欧文学)の話 ロシア文学者の系譜で、批評家として自立した独特な人でした。原点にあったのはシベリアでの抑留体験。ソ連という巨大な怪獣のはらわたの中に入って地獄巡りをし、一対一で立ち向かった。反権威の人で若手には優しく目をかけてくださった。>

 と、識者の談話を入れていた。この扱いが正当だろう。それに比べると、朝日新聞は何か、不当に内村氏の業績を貶めている感じを受ける。

 毎日新聞記事で大体の輪郭を得た後、東京新聞夕刊に戻って、吉本氏の話を読んでみよう。

 <内村さんは日本の高等小学校を出てすぐ満州に渡り、後藤新平がつくった満州国立大学ハルピン学院でロシア語やロシア文学を学んで、優秀でしたから関東軍に軍属として徴用された。そして二葉亭四迷以来の、ロシア(ソ連)の文化を探求し、社会政治事情を調査する<ロシア学>を身につけた。

 満州育ちなのだ。

 <満州は多くの民族や移民がおり、ソ連と中国と日本の力が拮抗する面倒な場所でした。敗戦間際にソ連軍が侵攻し、内村さんも抑留され、シベリアの強制収容所を転々とした。関東軍の軍属でロシア語も堪能ですから、ソ連軍から見ると内村さんは最も目をつけるべき人間で、収容所よりも監獄生活が長かった。>

 そういう生活だった。

 <ロシア文学者の江川卓さんのような戦後に進歩派と呼ばれた知識人も抑留されており、多くはソ連と折り合いをつけて帰国しましたが、内村さんはソ連の共産主義体制に頑強に同化しなかった一人で、それが11年間という長い拘束につながったと思います。昨年出た陶山幾朗さんの「内村剛介ロングインタビュー」(恵雅堂出版)は、そういう生涯を完璧に近く丹念になぞっています。>

Book
内村剛介ロングインタビュー
販売元 恵雅堂出版
定価(税込) ¥ 2,940

 <かくのごとく僕は内村さんを、国家や主義に頑強に同化しない二葉亭につながる<ロシア学>の最後の学徒だととらえていました。彼らはロシアの風土や宗教や文芸、西洋的ロシアと東洋的ロシアの違いなどを探求し、それを日本に紹介した。それはレーニンの革命理論の中心をなす西洋的ロシアの教養や認識では包摂できないロシア像だったと思います。彼らに比べれば、戦後の日本共産党の同伴知識人のロシア認識も問題にならないと感じていました。>

 このへんから深い話になっていく。こういうインタビューものが楽しいのは、ロシアを論じる時に、こういうことを知っていて論じるのか、それとも、今の新聞や雑誌の表面的知識の継ぎはぎで論じるか、同じように見えても違う、と思うからだ。吉本氏の内村氏評価は確かに深い。

 <スターリニズムの毒が凝縮された強制収容所という場所で痛めつけられ、ようやく帰国してから、内村さんはわが身を絞るかのような発言を始めました。抑留中に日本の左翼のことも勉強したようで、帰国後に用心深く左翼知識人を歴訪した。「ソ連が死ぬか、俺が死ぬか」という思いで帰国した人の目に、僕らのような日本の発言者の姿は、お寒く写ったようでした。>

 内村氏はソ連との戦いに勝ったわけだ。

 <安保までは進歩的だった江藤淳が「小林秀雄」を書いて転身したような「一身にして二世を生きる」経験は認めなかったし、僕が埴谷雄高や花田清輝と付き合うのも内心は快く思わなかったようです。>

 江藤淳が進歩派だった、とは迂闊にも知らなかった。60年安保で相当数の文化人が転向したのか。埴谷、花田を認めない、というのは今の時代から見れば「了見が狭い」と言われるだろうが、内村氏にはそういう言い方は適切ではないだろう。

 <内村さんと初めて会ったのは1960年ごろ。僕が出していた「試行」に連載してもらい、ロシアについて僕は生き生きと教えられました。トルストイやドストエフスキーの小説の描写や会話はなぜごてごてと長いのかと聞くと、ロシア人は理屈が大好きで屁理屈でも徹底すれば納得してしまう、だから長弁舌になる、と解説してくれたのは内村さんが初めてでした。戦後すぐのドイツ政府はあれだけ敵対していたソ連に交渉して捕虜の返還を求めて了承された、と陶山さんのインタビューで言っています。ソ連が科学技術や文化をドイツに依拠していたからでしょうが、堂々とした理屈が正当であるなら彼らは無視しない。

 ここは非常に重要な部分だ。

 <僕はロシア人もアメリカ人も毅然とした態度と理屈で訴えていけば通ると思います。日本人もそうすれば占領も捕虜の問題も早く解決されたでしょうし、最近で言えばイラク派兵や三浦和義の裁判や疑惑の死の問題も、もっと正面から合理で臨むべきだと思います。戦後何十年もたっていますし、遠慮する必要はないですね。>

 日本人から「毅然さ」が失われてしまったことを嘆いているのだろう。内村氏の思想を借りて、吉本氏が自分の主張を展開している、と見たほうがいい。

 そうなのだ、と私も思う。

 すべて、堂々と正面から向かい合う、という態度が必要なのだ。すぐに「近隣条項」などと気を遣ったふりをするその偽善が国民も国際社会も嫌気がさしてきているのだ、と思う。幕末のちょんまげを結った訪米使節団は好奇心の強い米国民からバカにされず、歓迎を受け、幕末明治の日本人は来日した欧米人から、その礼儀作法などが絶賛された。

 <内村さんは自分一個で旧ソ連邦全体に向き合い、その姿勢は世界を見る時にはどれほど重要なことかを単身で示しました。

 以上である。心にしみる言葉が並んでいた。なぜ、日本人がこうなってしまったのか? 安倍元首相的な戦後否定しか解決策はないのか? 大平正芳が今生きていたら、どのような形で「古き良き日本の心」を取り戻そうとするのだろうか?

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2009年2月 8日 (日)

江上剛さんの「かんぽの宿疑惑は北海道開拓使官有物払い下げ事件並みの疑獄事件の可能性」指摘は鋭い~東京新聞2月8日朝刊

 東京新聞2月8日朝刊[新聞を読んで]は作家・コメンテーターの江上剛氏で、見出しは<かんぽの宿 徹底追及を>だった。題材は2月3日付東京新聞[こちら特報部]の記事である。1万円でかんぽの宿を入札取得し、6000万円で売却した不動産会社はあまり実体のない幽霊会社のように見える、というところから論が展開される。

 <銀行でもバルクセールといい、不良債権をただ同然で売却することがある。これらは時間を買うという手法で、不良債権を維持しているコストより、それを資産から外して、より収益のあがるものに投資した方が合理的だという考えによるものだ。その際の売却先は、コンプライアンスを厳格に適用し、幽霊会社に売却することなどありえない。>

 これは以前、産経新聞1面の寄稿論文で竹中平蔵元総務相が展開していた議論と似ている。竹中氏は安くても売ることが大切なのだ、という論を展開していた。しかし、竹中氏はこのコンプライアンスの重要性などにはあえて触れていなかった、と思う。それがなければ国民は疑念ばかり増すのである。

 <日本郵政も赤字続きのかんぽの宿という不良資産をバルクセールしたのだろうが、どうして幽霊のような会社に売却したのだろうか。この[会社の本当のオーナーはだれなのか。一連の入札、落札、その後の売却は、そもそも出来レースではなかったのか。誰が一番得をしたのか。次々と疑問が湧いてくる。>

 その通りだ。あまりに疑問点が多く出て、忘れていたが、あの1万円→6000万円入札について、東京新聞だけがその疑惑を掘り起こしてきた。たしかに週刊朝日、サンデー毎日では第1次入札に参加できず、その前に落とされた業者が「いろいろと書面審査を受けて、何が原因か分からないが落とされた」と語っていた。日本郵政は会社の規模などを調べて落とした、というのだが、この幽霊会社は調べなかったのか、疑問が湧いてくる。

 そこからの書きっぷりがいい。

 <こうなるとオリックスへの一括売却も、オリックス以外にどんな会社が入札希望を出したのか知りたくなる。優良な国有資産の払い下げであるため、名だたる不動産会社が入札に応募し、公正な競争の結果、一括売却が決まったのだろうと皆が思っている。まさかオリックス以外はすべて幽霊会社だったなどということはないとは思うが…。>

 そうなのだ。そういう疑いが出てくる。

 <もしそうであれば事例は古いが、明治14年(1881年)の政変の原因となった北海道開拓使官有物払い下げ事件並みの疑獄事件になるだろう。>

 徹底して調べてほしい、と思う。もしも、江上氏が想像するような内容だったら、日本郵政の社長、オリックスのトップらはお縄頂戴となる。

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2009年2月 7日 (土)

北朝鮮が掘った韓国侵攻用トンネルを34年前に見たルポ~産経新聞2月7日[昭和正論座]村松剛氏

 産経新聞2月7日朝刊オピニオン面【昭和正論座】は文芸評論家の村松剛氏昭和50年(1975年)5月12日に掲載された論文の再掲だ。タイトルは<対韓侵攻 第2トンネルを見る>である。

 評論を現代の視点で解説する【視点】で(石)氏は、

 <1970年代半ば、朝鮮半島の南北軍事境界線の地下で北朝鮮が韓国への侵攻用に掘ったとみられるトンネルが相次いで発見された。日本のマスコミが大きく扱わなかったため、村松氏は直接現地へ行き、自分の目で確かめた結果をこの正論欄で詳しく報告した。>

 と経緯を説明し、

 <村松氏は、もしトンネルが発見されなかったら、「一時間に2万4000」の北朝鮮軍が韓国の国境守備隊を背後から急襲していた可能性を指摘した。本来、このようなことはマスコミの役目だ。日本の学者やジャーナリストの多くが韓国・朴正煕政権の強権的な手法を厳しく批判しながら、金日成政権の独裁政治にはほとんど目をつむっていた時代のことである。>

 と解説していた。

 今もこのマスメディアの思い込みは続いており、勝手な思い込みによる「善悪」の判断をしながら、それを隠して記事を書く、という「似非客観主義」が蔓延っているのは35年前と同じなのだ。そういう気持ちでこの論文を読んでみよう。

 <北朝鮮が韓国の国境内に向けて掘ったトンネルを、見せてもらった。対韓侵攻用の、トンネルである。日本ではマス・コミがあまり大きく扱わず、知る人も少ないように思われるので、あえていささか詳しく書いておく。トンネルはこれまでに2本発見されていて、ここにいうのは第2トンネルの方である。>

 【視点】で書いた通りのことを本人が書いている。場所はソウルから東北に100㌔㍍くらいの地点か、自動車とジープを乗り継ぎ2時間ばかり走ると、1950年の朝鮮戦争当時「鉄の三角地帯」と呼ばれた山あいの盆地に出たそうだ。有名な激戦地で、一つの町(鉄原)が戦火で跡形もなく消え茫々とした草原と化している、という。韓国語ではチョルウォンと読むのだろうか、鉄原という町が消えたような激戦地。兵どもの夢の跡である。

 <激しい戦いの跡は、この地域がいかに戦略上重要な意味をもっているかを物語る。その戦略上の要地の外れに、北側からのトンネルがもう少しで口を開こうとしていたのである。>

 やはり、戦略上の要地だった。

 <朝鮮半島のまんなかを平均4㌔㍍幅の非武装地帯が走り、そのまた中央に北朝鮮と韓国との境界線がある。トンネルは境界線の下をくぐって非武装地帯を抜け、韓国側の守備線にまで達していた。トンネルの高さは平均して2㍍30㌢くらい、幅は約3㍍だから、ジープは走行可能である。韓国軍の計算ではこれを通って1時間に2万4000の将兵が76㍉砲を積んだジープとともに地下から湧出できるという。>

 韓国軍はきちんと説明してくれていたのだ。当時は、これを掲載した産経新聞を読むしか、この実情を知ることはできなかったのだろうか?

 <非武装地帯の両側はこのあたりは丘陵のつらなりである。トンネルは地底深く掘られていて、丘の下では地表から300㍍以上にもなる。硬い花崗岩ばかりの土地であり、掘るのも大変だったろうが見つけた方も尋常の努力ではなかったと思う。>

 深さ300㍍! いかに計画的で、戦略的に掘られたものかが想像できる。

 <北朝鮮側は第1トンネルが発見されたときと同様に、掘ったのは自分たちではなく韓国である、と強弁した。しかしこれはどう見ても、無理な言い分であろう。そもそもトンネルの口が、韓国の前線内部にはないのである。>

 北朝鮮の手口は昔も今も変わっていない。「自分は悪くない」と言い続けるのだ。そして、証拠品を消し、証人を殺す作業を続けたのが北朝鮮の歴史だった。

 <地下で何ごとかが行われていることを察知した韓国軍が、アメリカから穿岩機を取り寄せ、国連軍の許可を得て非武装地帯(韓国寄り)に入って穴をあけ、小型カメラを地下深く降ろした。四十数回の試掘のうち、七つとか八つとかのカメラがトンネルの存在をとらえ、そこで本格的な穴掘りがはじまったのである。韓国側からのその探索用の穴の入口は、したがって非武装地帯にある。>

 よく気づいたものだ。

 <ヘルメットを借りて探索用の穴を降りてゆくと、トンネルの横っ腹に出る(深さはこのあたりで、地表から30㍍ほどである)。北朝鮮軍は探知されたことに気づき、内部に障害物を構築し地雷を埋伏して去った。韓国方向への行きどまりの岩面には、穿岩用のダイナマイトをつめこむ穴が20ばかりあけられたままになっている。>

 やることが一々汚い。

 今もそうであることは、最近の大韓航空機爆破事件の主犯女性の告発で分かる。北朝鮮はあの爆破事件を自分たちの犯行ではなく、韓国の仕業だ、と言いくるめようとしている、と告発したし、拉致被害者についても新たな証言をしていた。

 <「あと500㍍掘りすすめば平原(ピョンウォン)です」と、案内の韓国軍の師団長が説明してくれた。つまりもしも発見されずにトンネルの開穿が進行していたら、1時間に2万4000の兵力が大砲とともに500㍍先の平原部分に湧き出し、韓国の国境守備隊を背後から急襲していたことになる。北朝鮮の主席・金日成は、もし韓国内部で叛乱が起こったら、いつでも助けに行くと言明しているのである。

 金日成主席がそういう言葉を口にした裏付けがこのトンネルだった。北からの進軍にあわせて武装蜂起する内通者たちは当時、どの程度いたんどあろうか? 今では内通者たちが膨れ上がり、盧武鉉という大統領まで誕生してしまったほどだが。

 <この種のトンネルはぜんぶで10個程度掘りすすめられているだろうと、韓国の軍や政府首脳部の人びとはいう。第2トンネルについては、その全長は3500㍍に達し、たぶん1971年の暮ごろから掘り始められた、という説明だった。この説明が正確だとすれば、南北統一についての会談がはじまったのが1972年の夏だから、まさに協調会談最中に北朝鮮は地下に攻撃用トンネルを掘っていた計算である。>

 そういうことだ。右手で握手、左手にピストル、の世界。

 <世界を支配しているのは、依然として力である。北ベトナムの正規軍が南を攻撃し、ついにはサイゴンを陥落させたのはどう考えてもパリの平和協定違反だが、世界のどの国もあえてそれを問題にしようとはしないし、まして条約の履行を保障しようとはしない。(南には北の政治をきらって逃亡して来た100万の人びとがいたのである。彼らの運命は、どうなるのだろうか)>

 当時の国際情勢である。

 <ベトナムの次は韓国という不安の声は世上高く、事実、金日成主席はサイゴン政府の滅亡の直前に軍首脳をつれて北京に行っているのである。>

 金日成が輝いて見えた時代だったのだろう。というか、日本の進歩的文化人が勝手に「輝ける将軍」視して騒いでいた。勉強不足のメスメディアは進歩的文化人の掌の上で踊っていた。

 <連休を利用してのごく短い韓国旅行だったが、その間に朴大統領とも会って話を聞き、こちらの意見も率直に述べることができた。話の内容は別の機会に譲ることとして、大統領が淡々とした口調で説いたことも、南北間の緊張の高まりだった。>

 朴正煕大統領は日本が赤化した、と見ていたのだろう。陸軍士官学校でともに学んだ友人たちがたくさんいた。だから、政府の公式ルートとは別の人脈を持っていたので、日韓関係は表面上の大波にもかかわらず、基調は安定していた。しかし、日本は朴正煕に本当にすべき協力をしただろうか? 経済協力をしたことで許してもらうしかないだろう。それが「漢江の奇跡」を呼び起こしたのだから。

 <問題は、トンネルだけではないのである。北朝鮮はこれも韓国の首脳部の説明によれば、昨年の秋以来182㍉の長距離砲を三十数門ソ連から輸入し、国境近くの地下陣地に配備している。ソウルは国境から直線距離で40㌔㍍しかなく、砲弾は首都に届く。

 1974年だったのだ。米国はベトナムに足を取られて38度線どころではなかった時期だ。そして、韓国はソウルへの第一撃を怖がり、北朝鮮融和に動く国家になっていくのだ。この時はまだ違ったが、豊かになってそうなったのだ。

 <韓国はその経済をGNPの1人当たり500㌦にまでようやく引き上げた。北朝鮮はその気になれば長距離砲とミサイルとによって韓国経済の心臓部に打撃をあたえることも可能だろうし、また万一奇襲作戦でソウルを奪われれば、韓国は半身不随となる。韓国の総人口の半分近くがソウル周辺に集中している。韓国が緊張するのは当たりまえだろう。

 その通りだ。この時から、こういう警鐘を鳴らす人がいたこと自体うれしいが、産経新聞社を除く新聞社はすべて知っていて無視したわけだ。歴史の審判に耐えられない紙面を作っていた、ということだろう。

 <北朝鮮に関しては明るい面ばかりをもっぱら強調し、韓国の方は暗い独裁国としての面を強調する傾向が、最近のマス・コミには強い。まるで北朝鮮の独裁制や貧しさは忘れられているかのようで、これは均衡のとれた報道の態度とはいえない。半島の軍事的な緊張状況も、一衣帯水の日本に不思議なほど伝えられていない のである。>

 これは今も続くマスメディアの潮流である。

 <朝鮮半島の将来は、日本そのものの運命に結びついている。例えば釜山に赤旗がたち、そのうえ、仮にカムラン湾がソ連の軍港と化したとして、なお日本は今のままでいられるかどうか。それを思い、ここにありのままの見聞をしるした。>

 貴重な資料だと思う。この産経新聞のシリーズはいい企画だ。知らなかったこと、知ってはいたが十分ではなかったこと、知っていて誤解していたことを今の時点でもう一度考えるきっかけを作ってくれる。

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 各社の社説はおおむね順当だったと思うが……:麻生「民営化見直し」発言~2月7日朝刊から

 麻生太郎首相の「郵政民営化見直し」発言が永田町で騒ぎになっているそうだ。

 6日夜もTBSのニュースショーで男性キャスターがコメントしていたが、さすがに共同通信編集局長まで勤め上げた常識人だったから、その前の日のテレビ朝日のニュースキャスターのような変な決め付けはなく、首相の口の軽さ、立場をわきまえない考えのなさを批判しただけで、「小泉純一郎首相が3分の2の衆院議席を取った衆院総選挙の前提を覆す許しがたい発言。首相は解散・総選挙を」というようなテレビ朝日キャスターや日経新聞社説のような単純な決め付けがなかった。

 7日の各紙社説を見ると、東京新聞が日経新聞同様、衆院解散を求めた。毎日新聞は首相に衆院解散を迫っているようでもあり、言葉の軽さを咎めているようでもあり、どうとでも取れる鵺のような書き方をしていた。朝日新聞や民営化推進派の産経新聞は言葉の軽さの問題と見ていた。読売新聞はこの日は社説を書かなかった。

 衆院解散論を匂わせた(?)毎日新聞<郵政見直し/首相発言のあまりの軽さよ>から見ていこう。

 <郵政民営化関連法は、政府の郵政民営化委員会に対して3年ごとに民営化の進ちょく状況や経営形態を総合的に見直すよう求めており、今年3月がその期限に当たる>

 と事実関係をあげたうえで、

 <過疎地で簡易郵便局の閉鎖が相次ぐなどサービス低下が指摘されている。小泉内閣当時、説明されていたように、民営化で「すべてがバラ色」になったわけではないのは事実であり、何らかの見直しを進めていくのは当然だろう。>

 と見直しの必要性に理解を示す。

 <だが、看過できない問題がある。同法が閣議決定された05年春当時、麻生首相は小泉内閣の総務相だった。ところが衆院予算委でこの点をただされた首相は「私は郵政民営化に賛成じゃなかった」とあっけらかんと答弁。民営化担当ではなかったかとの指摘には「反対だったので(担当を)外されていた。ぬれぎぬを着せられると、おれもはなはだ面白くない」とまで語ったのだ。そこまで言うのなら、なぜ、当時、総務相を辞任するなどして体を張って反対しなかったのか。「私は反対だった」で済むと思っているとすれば、首相としてという以前に、政治家としてあまりに無責任だ。>

 と、麻生発言を批判している。麻生発言は批判されてしかるべきだ。こんな口の軽い、というか、物事の軽重の分からないことでは先が思いやられる、という趣旨には全く同感である。

 <思い起こしてみよう。確かに自民党には民営化反対の議員が多数いた。関連法はいったん参院本会議で否決。そこで当時の小泉純一郎首相は「民営化に賛成か反対かを国民に問いたい」と衆院を解散し、造反議員の自民党公認を認めず、「刺客候補」まで立てた。その結果、自民党は大勝し、公明党と合わせ3分の2を超える圧倒的多数の与党勢力を得た。麻生政権は今、その基盤に助けられてかろうじて維持されているのだ。まさか、それを忘れているのではなかろう。>

 ここは事実関係を書いているだけだが、昨日、日経新聞社説を批判した時に書いたように、小泉郵政選挙の公約である「郵政民営化」とその手段である「4分社化」をゴチャゴチャにとらえているのではないか、と誤解されかねない書き方でもある。

 <首相は国営に戻すつもりはないようだ。だが、4社体制を見直すというのは、従来方針の根幹にかかわる話だ。ならば、早急に衆院を解散し、民意を問い直すのが筋である。>

 ここで、突然、衆院解散が出てくる。やはり、衆院解散論ですか。これでは日経新聞と同じではないですか。

 <支持率低下に苦しむ中、首相や自民党の一部には民営化で離反した全国郵便局長会をはじめ関係団体との関係修復を図るねらいもあるようだ。民営化に反対し自民党を離れた国民新党などとの連携も期待しているのかもしれない。だとすればなおさら総選挙で路線変更を問い直すべきだ。>

 これが解散のすすめの根拠らしい。そんな政局的な物言いで議論をしようとしているのではないのに、どうしても視線はそっちに向いてしまうようですね。

 <首相にそんな覚悟があるとは思えない。国会答弁後、首相は記者団に対し今度は「(見直し)内容に私がこうしろああしろと言う立場にない」と述べた。答弁は単なる一個人の感想とでもいうのだろうか。発言の重さをまるで理解していないと見るほかない。>

 ここで、トーンはガクンと落ちる。一体、何を言いたいのか、最後の結論までくるとよく分からない社説だ。結論として「言葉の軽さ」を批判し、改めろ、というのならばいい、と思うのだが。やはり、どう捉えていいのか、論説委員会の中でもいろいろな意見が出たのではないか、と推測できる。

 朝日新聞は<「郵政」発言/麻生首相の見識を疑う>である。

  <そのころ麻生氏が郵政民営化に慎重だったのは事実だ。だが、麻生氏が今率いる自民党は、小泉元首相が「郵政民営化に賛成か反対か、国民に聞いてみたい」とぶち上げた05年の総選挙で大勝し、その遺産でかろうじて政権の命脈を保っている。衆院の再議決で野党優位の参院の結論を覆せるのも、そのおかげなのだ。それなのに、こともあろうに、自らに託された権力の最大の裏づけになっている郵政民営化について、反対だったと平然と言ってのける神経を疑う。>

 はその通りだ。そして、首相の4分社化への疑問提起について、

 <大がかりな制度変更だったから、不都合な点があれば手直しするのは当然のことだ。郵政民営化法には見直し規定がある。それに基づき、3月には政府の委員会が報告書をまとめる予定だ。自民党内にも、四つのうち郵便局会社と郵便事業会社との合併を求める声がある。国民を説得してそれを実現したいというのなら、ひとつの問題提起ではあったろう。だが、驚いたのはその夜、記者団に「(見直し)委員会の答えを受け取るのが私の立場。内容についてああしろこうしろなんていう立場にない」と語ったことだ。では、国会での答弁はいったい何だったのか。>

 と書く。つまり、毎日新聞や日経新聞の論理とは違い、麻生首相の4分社化見直しという問題提起自体はありうべし、と書いているのである。根本の修正になるのだから衆院を解散せよ、とは書かなかった。

 <いつもの迷走発言と片づけるにはことが重大すぎる。「かんぽの宿」の施設売却に待ったをかけた鳩山総務相は、きのうも首相の答弁に寄り添うように「国営には戻さないが、あとは聖域なく、すべて見直しの対象にする」と強調してみせた。深刻な不況のなかで、かつて圧倒的に世論に支持された小泉改革路線には強い逆風が吹く。その象徴である郵政民営化に、首相が距離を置くような発言を出したり、引っ込めたりする。それで自民党から離れた郵政票を取り戻し、世論の受けを狙っているとしたら、あまりにご都合主義である。これほどの基本政策で言葉をもてあそぶかのような首相の態度は、国のリーダーとしての見識を疑わせる。>

 寸止めである。今のケースでは最善の社説ではなかろうか。国のリーダーとしての見識の問題だ、と私も思う。

 そして産経新聞[主張]は<郵政民営化/見直すべきは改革の逆行>の見出しだ。

 <分社化による民営化は、そのために欠かせない基本手法である。見直すべきは改革の趣旨が十分踏まえられているかどうかであり、改革路線の後退につながるものであってはならない。>

 と民業圧迫などの弊害を除去するための改革という原点に逆行しないようにせよ、と注文をつける。産経新聞らしい主張である。

 首相は5日の衆院予算委員会での答弁で、「4つに分断した形が本当に効率としていいのか」と経営形態の見直しを示唆した。鳩山総務相もこれを受けて「国営に戻す以外はすべて対象」と、大幅な見直しを行う姿勢を強調した。具体的にどういうことか。

 <見直しを言うなら、郵便事業部門のリストラ不足や収益力強化などの課題とあわせ、民営化理念の徹底を図ることだろう。>

 もっとリストラしろ、という主張のようだ。世界同時不況でなかったら、私も全面賛成したいところだが、今は状況が悪すぎる。産経新聞は最後まで、

 <これでは国民も改革への逆行としか受け取れまい。>

 と一点集中で批判している。これも一つの見識だろう、とは思う。ただ、「100年に一度の不況」も考慮してください、としか言えない。

 東京新聞は<「郵政」発言/解せぬ首相の責任逃れ>で解散を求めた。

 <麻生首相の国会答弁が、政界だけでなく国民を戸惑わせている。郵政民営化に賛成ではなかった、政府が決めた当時の担当大臣は自分でなかった、と言う。理解に苦しむ。責任逃れではないか。>

 この書き出しがすべて、という社説だが、突然、最後に「衆院解散」が出てくるところは毎日新聞と同じだ。

 <結果の是非は別として、民営化路線を推進する最高責任者が、いまさら責任逃れするようでは、国民は何を信じればよいか。首相が民営化に疑問を持っているなら、解散・総選挙でその信念を語り、民意を聞くのが筋ではないか。>

 東京新聞も毎日新聞、日経新聞派だった。

 だが、「民営化に疑問をもっているなら」というのも随分とアバウトな表現だ。

 麻生首相の肩を持つわけではないが、首相は「郵政民営化をやめる」と言っているのではない。また、小泉「3分の2」議席は「4分社化」議席ではない。あくまで「郵政民営化」公約で勝ち取った議席だから、この社説も厳密性に欠ける、と言わざるを得ない。

 麻生首相の言葉の乱れを批判するのならば、各社の論説委員も自分の言葉の厳密性にもう少し注意したほうがいい、と思った。

 「あかさたなの執行実験場」さんの「いつから郵政民営化法の条文は教典になったんだ?」はしっかりしたまとめだった。

 http://sikkojikken.at.webry.info/200902/article_11.html

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清張生誕百年=朝日新聞2月7日夕刊<清張なら「いま」どう描く>と毎日新聞朝刊の昨年10月からの長期連載の中の「点と線」

 松本清張生誕100年で新聞紙上にも清張に関する記事がよく掲載されるようになった。

◆朝日新聞2月7日文化娯楽面<清張なら「いま」どう描く>

 最近では毎日新聞朝刊文化面で昨年10月から連載している[清張とその時代 生誕百年]が面白いので、記事を切り抜いているが、今日2月7日の朝日新聞夕刊文化・娯楽面の<清張なら「いま」どう描く/バブル後に届く先見性と時代的限界/リアルな社会派始祖の視座>も難しい言葉を使っていて読みづらいが、内容は面白かった。

 結局、松本清張の時代、つまり戦前を引き摺り、戦争の生々しさが記憶に鮮明で、戦後のGHQの無理無体が許される時代には、犯罪が「貧しさ」から抜け出す、という動機で起こることが多かった、ということと、今ではそういう貧しさ、貧乏やそういう家に生まれたことへの卑下はほぼ消えたけれども、<人間が社会に承認されず、犯罪によって「成り上がる」ことすら不可能な社会>だ、というのだ。鳥居達也記者の解釈だ。秋葉原の無差別殺傷事件「アキバ事件」などを経た現代犯罪学的な見方なのだろうか。

 この記事に出てくる大澤真幸・京都大学教授(社会学)が「現実の向こう」などで清張論を展開していることは初めて知ったが、その大澤氏が、「砂の器」の「和賀」や「けものみち」の成沢民子、「黒革の手帖」の原口元子ら一見勝ち組的な生き方について「だが、その繁栄は、先の戦争(死者のまなざし)を棚上げして、米国流民主主義と経済市場主義に滑り込んだという思想的ごまかしを土台としていた」と言った、というのだが、文脈の中で、この言葉が浮いてしまっている。

 <清張は、和賀を大衆から遊離した前衛音楽家と設定することで、虚妄性を強調した。和賀を通じて、戦後日本社会の繁栄のもろさと危うさを暴いて見せたのだ。大澤教授は、そこに清張の先見性を見る。と、同時に「時代的制約」もあると話す。>

 大澤氏の言葉である。

 <「『砂の器』では多くの人が和賀を勝ち組とみなしていたが、80年代後半以降は、社会的成功やそれに基づく幸福がどこか底の浅いものであることをみんな知ってしまった。例えばホリエモンや小室哲哉の成功はどこかむなしい、というふうに。金融バブルがはじけた『ポスト虚構の時代』の今は、清張が鋭い洞察力を持って暴いた社会の虚妄性・欺瞞性は、犯罪を犯てでも隠すべきものどころか、自明の前提となった」>

 前半は分かるのだが、最後の部分で、なぜ隠したり、自明だったりするのか、がどうも分からない。何か論理の飛躍があるのではないか?

 鳥居記者は続けて、

 <加えて、「100年に一度の不況」下での格差の拡大。著書「新しい階級社会 新しい階級闘争」で橋本健二・武蔵大教授(理論社会学)は書く。「階級構造の底辺には『階級以下』の存在、つまり『アンダークラス』」が大規模に形成されていると。それは、ホームレスの支援活動を行っている湯浅誠氏が著書「反貧困」で、社会から排除された人間が「自分自身からの排除」に行き着いて暴発する可能性に言及した認識と重なる。>

 として、アキバが出てくるのだ。どうも理解できない。

 何か、清張を出汁に使って、現在の状況を大澤氏と湯浅氏に語らせただけのような気もするのだが、言おうとしていることは「清張の時代よりも良くなった、といわれるけど、そうじゃないんだ」ということだったのか? 何しろ考えさせる記事だった。

 そして、毎日新聞の連載だ。

◆毎日新聞の清張生誕百年連載=初回3回の「点と線」だけ取り上げる

 タイトル通り、2009年が松本清張の生誕100年にあたることから、今の時代から見直してみよう、という趣旨のようで、「点と線」、「小説 帝銀事件」、「「ゼロの焦点」などと続いている。「点と線」は上中下、2008年10月6日、13日、20日付の3回で、筆者は鈴木英生記者だ。

 上は<『点と線』/あさかぜ/感傷が見つけた「東京駅の4分間」>だった。

 <1957年の1月14日午後6時前後、東京駅15番線ホームに姿を見せた一組の男女。2人は6日後、福岡県の香椎海岸で死体となって見つかる。男性は汚職事件の渦中にあった××省課長補佐、佐山憲一、女性は東京・赤坂の料亭に勤める、お時。当初、心中に見えた2人の死は、××省汚職の隠ぺいが絡む殺人事件の線が濃くなってゆく。疑いの目は、同省出入り業者の安田辰郎に注がれた……。『点と線』は、言わずとしれた松本清張の初期代表作だ。57年2月から1年間、雑誌連載され、58年2月に単行本が出た。>

 元祖社会派推理小説だが、

 <今の視点では、経済白書が「もはや戦後ではない」とうたった時代の東京と地方の距離感がうかがえることも、興味深い。>

 と書いている。具体例は次のようなことらしい。

 <佐山とお時が乗ったのは1956年秋に登場した博多行き夜行特急「あさかぜ」。終点まで約17時間半は当時最速。事件を追う刑事の三原紀一は、博多まで20時間以上かかる急行を使った。博多まで「あさかぜ」3等寝台下段が3250円、急行は3等座席車で1790円。飛行機なら1万2600円かかり、大卒初任給とほぼ同額である。今春の大卒初任給は平均20万6969円で、57年の約16倍だが、夜行特急の料金はB寝台2万3040円と約7倍になっただけ。飛行機の割引料金は夜行より安く、所要時間1時間40分。>

 そして、

 <『点と線』の連載誌が『旅』だったことも興味深い。旅行が今よりはるかに大変だった当時、この作品は、読者に長距離を移動する興奮をバーチャルに与えていた。>

 なるほど、今だったらアテネで出逢った男女がニューヨークの投資銀行で仕事をして、香港で遊び、インドに旅行に行くようなものか。

 清張は、『点と線』連載の少し前まで朝日新聞社に勤め、53年に小倉から東京へ単身赴任。帰宅途中の東京駅で「この夜行列車に乗れば明日の昼には小倉の家族に会えるのだが」という感傷がホームでの4分間の目撃シーンを思いつく背景となった、という。

 <東京発の九州行き夜行は57年に8本あったが、今は「はやぶさ」と「富士」の2本だけ。「あさかぜ」は既に廃止された。9月のある日、「はやぶさ」に乗ってみた。東京―博多間は、かつてより1時間半だけ速い。乗った車両は、東京出発時点の客が4人で定員の1割強。小説では、佐山のポケットにあった食堂車の受取証が警察の疑問を呼び、殺人事件の捜査が始まるきっかけになった。今の「はやぶさ」に食堂車はなく、朝まで車内販売すら来ない。東京からの乗客は、全員が鉄道ファンだった。九州行き夜行は来春にすべて廃止となる。だから、廃止前に乗っておくのだという。>

 中は<『点と線』/香椎海岸/多喜二が殺された年、歩いた街>は<西鉄香椎駅で降りて、海岸の現場までは、歩いて十分ばかり>の遺体発見現場。今は変わってしまったのだ、という。

 今は福岡高速道のすぐ横にある川の南側とされ、作中では<石ころの多い広い海岸>とされたが、北側が後年埋め立てられて団地となったため、今の海岸線は、川より500㍍ほど奥にあり川は、両岸がコンクリートで固められて高速道と近くの国道3号の音が響いていたそうだ。そして、新しい海岸線は、『点と線』に出てくる<黒い岩肌のごつごつした>、<これはいかにも荒涼とした>場所ではなく、人工的に砂浜が作られ、海岸に沿った道に街路樹もあり、家族連れが散歩を楽しみ、遠くにはショッピングセンターやマンションが見えるような場所に変わっていた、という。

 <清張が香椎に遊んだのは1933年。貧しさの中、尋常小学校高等科を出て以来9年間、働き詰めだった。文壇デビューは、まだ17年も先だ。4年前は、友人がプロレタリア文学雑誌を購読したことに絡んで検挙された。>

 そういう時代だった。

 西鉄香椎駅とJR香椎駅前間は5分もかからない。西鉄香椎駅は2年前に建て替わり、JRも駅ビルが建ち、県内上位の乗降客数がある。駅前と海岸をつなぐ道の両脇は商店が建ち並び、歩道は大変な混雑。JRの駅前に、『点と線』で海岸へ向かう男女を目撃した店主のいた果物店が、今はたばこ店となって残る。店は40年ほど前に持ち主が変わった。今の店「恒久堂」の店主、大部慶金さんは当時、小学生だった。「道路は未舗装で、西鉄より海側は、小説通りのさみしいところでしたね。よく、通りで遊びました。にぎやかになったのは、団地ができて以降です」と振り返る、とあった。

 <清張がこの駅前にも来たであろうその年、プロレタリア文学作家、小林多喜二が警察に殺されている。それを思うと、『点と線』が、汚職の隠ぺいで殺された死体を香椎海岸へ置いたことに、評論家・小説家、伊藤整の、次の言葉も重なってくる。清張は、<プロレタリア文学が昭和初年以来企てて果たさなかった資本主義社会の暗黒の描出に成功>した(「『純』文学は存在し得るか」)。>

 そういう読み方もできるのか。勉強になる。

 下は<『点と線』/造船疑獄/踏み出せない憤り>。この回も記者は、時代を反映している部分をピックアップして訪問している。

 <『点と線』は、省庁の汚職を殺人事件の背景としている。この作品が書かれた1950年代、日本経済は戦後復興から高度成長への助走期間に入る。そして、似たような汚職が多発した。特に、54年の「造船疑獄」は、『点と線』を解説する際、しばしば引き合いに出されてきた。造船疑獄では、石川島重工社長の土光敏夫ら、政官財の計約70人が逮捕された。しかし、焦点だった佐藤栄作・自由党幹事長の逮捕は、犬養健法相の「指揮権発動」によって政治的に回避されてしまう。池田勇人・同党政調会長も無傷だった。>

 「点と線」の解説で造船疑獄が取り上げられているとは知らなかった。

 <「かわいそうなのは、その下で忠勤をはげんで踏台にされた下僚どもです」。『点と線』の最後で警視庁の刑事、三原紀一が、福岡県警の刑事に手紙を送る。現実の汚職で、事件解明の鍵となる<下僚ども>は、自殺する例が少なくなかった。造船疑獄でも、運輸省の課長補佐や石川島重工の取締役が自殺した。作中の三原は、××省課長補佐、佐山憲一が殺されて、「安堵の胸を撫でおろした佐山の上役はずいぶん多いでしょう」と、こぼす。>

 そういう意味で関連付けられているのか。分かった。

 <ところで「『清張以前・清張以後』という言葉がある」(『松本清張を読む』細谷正充著)。現実にあり得る犯罪をリアルに扱った作品群は、「それまで限られたマニアの読み物だったミステリーを、一般読者へと開放した」(同前)。つまり、『点と線』はプロレタリア文学を引き継ぐかのように社会悪をえぐった。しかも、社会派推理小説という新分野を広く認知させるほど、多くの読者を獲得した。ここで、そのわけを考えたい。>

 随分と学問的なのだ。

 <戦前のプロレタリア文学には、労働者の決起を促すという目的があった。だから、どうしても「希望」が描かれなければならなかった。『点と線』も社会悪を弾劾した。だが、その完全な排除は無理だという、ある種のあきらめをも描いたような面がある。このあきらめが、ポイントではないだろうか。たとえば、殺された佐山の上司や殺人の片棒を担いだはずの事務官は出世してゆく。それを見ても、三原は、<役所というものはふしぎなところですね>と記すことしかできない。この後味の悪さが、むしろ、作品に現実味を与え、読者の心をとらえたかに思える。北九州市立松本清張記念館の中川里志・学芸担当主任は「松本清張は、普通の庶民の視点で社会を見て、憤った。しかも、憤ってもその先に踏み出せない状況を描いたのです」。三原のセリフは、まさに、この状況を象徴しているだろう。>

 と一般論を書き、

 <造船疑獄で逮捕を免れた佐藤栄作と池田勇人は、後に首相となり、高度経済成長を推進した。汚職の温床でもあった政官財のトライアングルは、フル回転で成長を支えた。同じ疑獄で逮捕された土光敏夫は、80年代、臨時行政改革推進審議会会長などとして3公社民営化などを提言。高度成長期の枠組みを解体する、そのさきがけとなる。高度成長と土光臨調との間に、幾多の佐山憲一、清張の言う「気の小さい、善良な人間」がいたのではないか。造船疑獄と絡めて『点と線』を読み返すと、そんな思いにとらわれる。>

 と具体論を書いている。

 それが日本社会なのだ、と思う。「許す」というのとは違う何かがある。単純に「流される」というのともまた違うと思う。

 毎日新聞の連載は読みでがある。いずれ一冊の本にまとめてもらいたい。

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[古典の思想家 再注目―世界不況の経済学]藤生京子記者のまとめは役立った~朝日新聞2月7日朝刊から

 朝日新聞2月7日朝刊文化面[古典の思想家 再注目/世界不況の経済学]は世界不況を読み解くツールとしての現代経済学の有効性に疑問が呈された中で経済学の古典が注目されている、というまとめ記事だが、随分と幅広く取材しているらしく、参考になる見方を提示してくれていた。

 「国富論」で有名なアダム・スミス(1723~90)の「道徳感情論」に注目して、<他者への「同感」を社会秩序の要と説く思想の上に、最下層の人々の幸福を念頭におく経済理論が確立したと主張する>堂目卓生・大阪大教授の「アダム・スミス」は昨年暮れ、サントリー学芸賞を受賞し、6万2000部売れた、という。堂目さんの話を紹介している。

 <「といって、スミスは単に欲望の抑制を唱えた人ではありません。野心や虚栄の表れである競争意識が、経済的繁栄の源泉である点も認めた。だからこそ各人にフェアプレーの精神、内部の「公平な観察者」という基準を求めた点に光を当てました」>

 <企業人と話し、スミスへの関心は、危機意識と結びついていることを知った。政府の規制によらず、いかに我が身を律してコンプライアンス(法令順守)を実現するか。今の論壇に多い、構造改革か規制緩和反対かという分かりやすい図式を突破する道を、保守穏健派のスミスの知見に探ろうとしている。「うれしい発見でした」と堂目さん。>

 なるほど。そういう読み方をされていると知ればうれしくなる。私もいつも書いているように、構造改革は必要だが、それが即規制緩和全面賛成論に結びつくのはおかしい、という素朴な意見をどう理論化できるのか、興味があったのだが、企業人の中で、同じ意識を持ってスミスを読んでいる、というのは驚きでもある。

 昨年刊行が始まった「日経BPクラシックス」ではガルブレイス(1908~2006)、ドラッカー(1909~2006)、フリードマン(1912~2006)の「資本主義と自由」、ウェーバー(1864~1920)の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」も出す、と。

 「世界」2月号は日本総合研究所の寺島実郎氏がウェーバーと渋沢榮一(1840~1931)を評価している、という。また、「エコノミスト」2月3日号では神野直彦・東大教授が米国流の新自由主義に対抗する道として「働くための福祉」をめざす北欧モデルを示し、「創造的破壊」を提唱したシュンペーター(1883~1950)を参照した、と書いてあった。

 そして、本命登場だ。ケインズ(1883~1946)だ。

 <米国で大規模な財政出動が決まって以来、1929年の大恐慌後のニューディール政策に指針を与えた理論をめぐる議論が熱気を帯びている。>

 として、昨年「雇用、利子および貨幣の一般理論」(一般理論、岩波文庫)の新訳を出した間宮陽介・京大教授の考えとして、以下のように書いている。

 <不況の原因を需要不足に求め、失業が生じる構造の分析など現実感覚に富んだ「歯医者の経済学」を提示したケインズは一方で、数式を多用しない思想家でもあった。彼が呼び戻される背景には、「だれのための経済成長か」という問いが置き去りにされ、実証主義に偏る現代経済学への批判もあるのではないか。金融工学など、経済界の要請に応えたにすぎない――。>

 そして、同じ問題意識を間宮氏も共有している、という。間宮氏が勧めるのがケインズのほか、マルクス(1818~83)、ポランニー(1886~1964)、ベブレン(=ウェブレン、1857~1929)ら「異端の経済学者」だ、という。

 <例えばベブレンが20世紀初め、すでに金が金を生む、金儲けの手段としての企業のあり方を問い、現代を先取りしていたことは、あまり知られていない。>

 と書いてあった。

 <冷戦期のようなイデオロギー的な読み方も後退した。>

 という記述には複雑な思いがする。学者というだけでなく、ジャーナリズムがイデオロギー的な取り上げ方で論壇を形成してきたのが冷戦期だったからだ、と思うからだ。

 1月から春秋社でハイエク(1899~1992)全集の第二期の刊行が始まった、という。

 <自由の用語のために計画経済を批判、市場を信頼する「自生的秩序」を唱えて、フリードマンと同じ潮流とされることが多い人だが、訳者の一人で小樽商科大学教授の江頭進さんは反論する。>

 として、ハイエク擁護論を掲載している。

 <主張の根幹は、市場の価格調整機能を混乱させるすべての要因への批判だった。貨幣発行権を政府から取り上げようと提案したのも、貨幣供給が恣意的に統制されることへの警戒感があった。「逆説的ですが、金融資本が当局の制限を離れて独り歩きし、実物経済の価格にまで影響を及ぼす現状に、ハイエクは批判的だと思います」>

 そりゃあそうだろう。今、生きていたら、誰でも現状を「これでいい」とは言わない、という意味では。ただ、このハイエク擁護論は理屈になっていない。

 <どうやら特効薬はない資本主義の近未来。「経済学という教養」などの著書で社会倫理学という、いわば外野から発言してきた明治学院大教授の稲葉振一郎さんが指摘するように、公共政策と個人の生活をつなぐ回路が、人間社会を、深く多角的に洞察する古典の知見から見つかるかもしれない。>

 これが結びである。結びに稲葉氏をもってきたか。たしかに魅力的な論なのだ。私はNTT出版から出た何とかいう本を読んだが、大いにインスパイアされた覚えがある。

 しかし、ここまで書いてくれるのだったら、ケインズの異端の弟子である英国の女性経済学者、ジョーン・ロビンソン(Joan Violet Robinson, 1903~1983)にも触れてほしかった。彼女だけがハイエク、フリードマンと堂々四つに組んで、新自由主義批判を展開していた。弟子に宇沢弘文氏がいることでも知られるが、女性で唯一ノーベル経済学賞候補になったことでも有名な頑固ばあさんだ。マルクス経済学からイデオロギー的側面を取り除き、ケインズを超えたのではないか、と思っているのだが、そこまでの国際的評価はないのかなぁ。

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ロシアの不可解な行動:裏に何があるのか?~JBpressの3論文から

 ロシアの行動が最近、不可解である。「最近だけじゃない」と突っ込みを入れられそうだが、最近、「おかしいな」「これは何だろう」と思ったことだけでも列挙してみよう。

▽メドベージェフ政権は何を考えているのか?

▽ロシアは日本をどう見ているのか?

▽ロシアは原油で儲けたというが、金持なのか貧乏なのか?

▽共産主義ではなくなった、とは言うが、国民は自由なのか?

▽国民に日本のような多様な情報は届いているのか、マスメディアに報道の自由はあるのか?

▽グルジア紛争の真の原因は何だったのか?

▽ウクライナとの対立の真相は何か?

▽米ロ戦略核兵器削減交渉はどうなるの?、

▽冷戦時にあれだけこだわった米ロ核バランス、今は諦めているのか、いまだに気にして追求しているのか?

▽共産主義が消えて人々は何を精神的支えに生きているのか?ロシア正教なのか、土着の宗教的なものが他にあるのか?

▽ロシア正教のトップ交代は何を意味しているのか?

 そして、この辺からが生臭くなるのだが、

▽日本海での日本漁船拿捕の狙いは何か?

 そして、

▽北方領土の人道支援問題の真相は何か?

 思いつくまま書いただけなのに、もうこれだけの疑問点が出てくる。

 あのロシアである。ロシア……不思議な国、愛憎半ばするというよりか、憎しみの対象となることの多い国。司馬遼太郎も注目した国。

 戦前、大正ロマンティシズムの空気に育った真面目で律義な日本の青年が理想に燃えて、コミンテルンに忠誠を誓ってソ連共産党の世界共産主義革命に身を投じた。

 彼らはソ連が日本を負かすことが正義だ、と思い込んでしまった。そして、日本の軍事秘密、国策をスターリンの子分たちに漏らした。スパイになっていたのだ。ソ連軍は日本の中枢の情報を知り、随分前から満州の軍が張り子の虎になっていたことを知っていたらしい。

 ソ連共産党が勝てば理想の世界が来る、と思い込んでいた裏切り者たちのために、満州開拓民たちは虐殺され、男はシベリアに抑留され、女は強姦された。

 コミンテルンに内通した人々は赤い学者、マスコミ人、政治家だけでなく、軍部の中枢部にもいたという。治安維持法で左翼が弾圧されると、コミンテルンの日本支部に属する彼らは極左なのに極右になり済まし、軍に入り込んだという。そして、出世して手に入る軍事秘密が多くなると、彼らがをソ連に流し続けた情報は高度になった。

 そういうスパイは米国にもいたから、原爆の秘密はスターリンに届けられていたそうだ。

 嘘は大きく付いたほうがばれにくい。コミンテルン、世界共産革命などというとんでもない嘘(できっこない理想論)をスターリンは全世界相手についた。ロシア革命に心酔していた世界の知識人はこの嘘に飛びついた。マルクスが予言したことが現実になった、レーニンに続こう、と。不満分子たちだけではなく、各国のエリート層の中にも「伝染病患者」が発生した。 

 ロシアへの愛憎の感情について書こうとしたら、こんな話になった。

 最初の話題に戻ろう。

 最近、JBpressでロシアの謎について幾分か解答を与えてくれるような論文を三つ見つけた。その論文を読みながら、ロシアの「なぜ?」を検討してみようと思う。

 まずは、コンスタンチン・サルキソフ氏の連載コラム[ 日ロ新時代の作り方 ]に2月6日アップされた「国後島をめぐる『小さな混乱』~さらに大きな問題としないために」である。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/538

 コンスタンチン・サルキソフ氏は1942年、旧ソ連邦アルメニア共和国生まれ。66年にサンクトペテルブルグ国立大学東洋学部日本学科を卒業。主な共著書に『日・米・ロ新時代へのシナリオ』『日本の領土問題』などがある。現在、山梨学院大学大学院教授。法政大学講師。ロシア科学アカデミー東洋学研究所(ロシア)特別顧問・所長を務めているそうだ。

 このコラム連載の狙いは「日本人から見て、極めて分かりにくい国、ロシア。日ロの新しい関係の構築は、ロシアの価値観を理解することから始まる。日ロ外交、北方領土問題などに精通した筆者が、来るべき日ロ新時代に向けて、ロシアの思惑や意思決定プロセスを解説する」と書いてあった。

 以下、コラムの内容を紹介する。

 1月24日にメドベージェフ・ロシア大統領が麻生太郎首相に電話し、サハリン2(サハリン州沖の石油・ガス開発プロジェクト)の天然ガス輸出開始記念式典に首相を招待した。橋本・エリツィンの『ネクタイなし』会談を除けば、今までには例のないロシアからの働きかけだった。

 <また、1月30日と31日には、モスクワで日露原子力協定締結交渉が行われた。原子力の平和的利用を共同で進める協定の締結に向けて、内容を討議する会談である。 2007年2月にスタートして、今回は8回目。協定に至るのは決して簡単なことではないが、お互いの関心が高いので着実に前進していると言える。>

 <さらにほとんど同じ時期、東京では1月28日と29日に「水産物の密漁・密輸出対策に関する第3回日露関係省庁会議」が行われた。日本の外務省、財務省、経産省、水産庁、海上保安庁、そしてロシアの連邦漁業庁、連邦保安庁、外務省、税関などの関係者が参加していた。1回目は2007年9月に東京で、2回目は昨年6月にモスクワで開催された。水産物の密漁・密輸出対策を検討する会議だ。ロシアの関係筋によれば、両国の暴力団絡みの闇漁業による水揚げは金額にして20億㌦にも達するという。>

 事務レベルで着々進んでいる話だ。まあ、普通の話だ。特に「友好度が深まった証拠」とは言えない話ではあるが、仲が悪いとも言えない。普通の二国間関係だ。ところが、1月末に国後島に人道支援物資を陸揚げしようとしたところ、「カードの提示が必要」と言われて引き揚げる事件が起きた。

 <1月27日、北方領土に人道支援物資を届けようとした船が国後島に到着した。乗っていたのは日本の民間団体メンバーと外務省関係者だ。しかし、到着したところ、ロシア当局から出入国カードの記入を求められた。日本側は記入を拒否し、結局、荷物を降ろさずに29日の朝早く、国後島沖から根室に引き返した。

 日本政府は「理解できない」と反発し、「ロシアの対応は今までの両国の合意に反し、筋が通らない」とロシアを非難した。

 <日本外務省によれば、日ロ双方の立場を損なわないように、身分証明書および挿入紙(訪問する団員の情報を記載したもの)があれば四島に入れるという口上書が1998年に交わされている。ロシアの要求はその文書を反故にするものだというのが日本側の主張である。>

 ロシア外務省は28日、次のような談話を出した。

 <「出入国カードの記入を要求したことに政治的な背景は一切ない。ロシア全土で外国人登録するごくささやかな必要性に起因するものであり、たとえカードに記入したとしても、日本の方針・立場が変化したものとは受け止めない。人道支援はありがたく受け止めているが、その支援を政治問題化すべきではない」。>

 サルキソフ氏は経緯を次のようの整理する。

日本側がカードに記入すれば四島はロシアの領土だと認めることになってしまう(=Webサイトで出入国カードを見ると、明らかに上と下の部分に「ロシア連邦へ入国と出国」と書かれている)。

②ロシアは 「この手続きは、ロシアの主権を認めない日本の立場を害するものではない」と言うが、日本側は納得しない。

日本人の「ビザなし訪問」はフルシチョフの雪解けの時代、1964年に開始した。「北方墓参」(旧島民、その家族による墓参)と呼ばれ、「身分証明書による入域」という特別方式が認められた。

1976年、ベレンコ中尉亡命事件(ミグ25事件)発生。ソ連政府は日本の「非友好的な」立場を批判、北方領土訪問に旅券とビザの取得を要求した。このため日本は訪問を1985年まで完全に中断した。

ゴルバチョフ時代の1986年7月、ビザなしで身分証明書だけで北方四島に入域する枠組みができ、再開した。

 (コンスタンチン・サルキソフ氏は「ロシアに悪意があるとは信じたくない。むしろ、両国間の問題解決のメカニズムに原因があると思う」といい、次のように分析する。)

1991年に日ソ外相間で四島交流をめぐる往復書簡が交わされた。その書簡によって、問題が起きたら両国で協議し、お互いの立場を害さないように解決することが規定された。この新枠組みは日ロ関係の大事なパイプとなった。

⑦今回、ロシア側は1月23日に「手続きが変わり出入国カードへの記入が必要になった」と日本側に通告していた。日本側は出入国カードの内容を分かっていたのに、26日に支援物資と代表団を乗せた船を出港させた。その結果、船が立ち往生した。

 サルキソフ氏は「事前に話し合いがされていたらトラブルは起きなかったかもしれない」と言う。

 そして、「領土問題が未解決の状態であることが、いかに不健全であるかをよく表している。コミュニケーションが不足している場合は特にトラブルにつながりやすい」と分析し、「個別の問題を解決する努力はもちろん必要だが、今回のような出来事を起こさないために、両国の外務省に特別な組織を設置したほうがいい」と提案している。

 そんなことだったのか? でも、ロシアの法律はなぜ突然改定されたのだろうか? その辺も知りたかった。

【反西側主義で結束するロシア】2009年2月4日付 英フィナンシャル・タイムズ紙(Financial Times)

 これもJBpessに2月6日アップされた記事だ。

 グルジアやウクライナとの紛争で西側諸国は強いロシアの復活と新冷戦を心配してるけれども、世界金融危機とコモディティー(商品)価格急落がロシアの経済を揺るがし、政治制度を緊張させたことで、西側諸国は近い将来再び、ロシアの強さではなく弱さを心配するようになるかもしれない、という趣旨の前文である。

 今回の危機は①公正な国家機関創設の失敗②合法的なチェック・アンド・バランスの排除③経済的な財の供給をクレムリンに依存する④潜在的に不安定な社会契約――などプーチン首相のプロジェクトの設計上の欠陥を一気に露呈した、という。

 <西側はロシアを「失った」ことを認め、なぜそうなったのかを理解するよう努めなければならない。ロシアが本能的に親欧米派のパートナーに変わるという1990年代初めの期待はすっかり消滅した。

 とは何だろうか、と思ったら、次のようなことが書いてあった。

 <いくつかの世論調査は、年齢、地域、所得に関係なく、今や反西側的な感情がロシア社会に深く根差していることを示している。多くのイスラム世界のように、ロシアは西側に屈辱を与えられたと感じているのだ。ロシアは西側とは違う別の運命を追求する決意を固めている。

 西欧近代文明と他の文明との衝突。冷戦というベールが覆いつくしていた時は、そんなことを考えなくともよかった。しかし、今は文明の衝突と意識されてしまった。イスラムもロシアも「西側」を許さないだろう。

 <西側諸国自らが、ロシアの反欧米主義に寄与してきたのは間違いない。1990年代に、欧米は、ロシア経済を変貌させるための十分な資金援助をしなかった。その一方で西側とロシアの関係をうまく取り持つという仕事を不当に任された国際通貨基金(IMF)は、1990年代のロシア経済の苦境の一端を担ったとされた。ソ連経済の崩壊や安いコモディティー価格を考えると、避けられなかった苦境だったとしても。>

 <「我々は2度にわたり西側の理論を取り入れ、それをロシアに適用しようとした。マルクス主義自由主義だ。我々は今、我々自身の考えと価値観を頼りにしなければならない」とロシア議会のアンドレイ・クリモフ議員は言う。>

 <北大西洋条約機構(NATO)が(以前ミハイル・ゴルバチョフ元大統領に与えた確約に反して)旧ワルシャワ条約国を取り込んだこと、西側の連合軍による1999年のセルビア爆撃、その後のコソボ独立の承認も、ロシアの反感を買った。さらに悪いことに、西側諸国はそんなこと一切気にしていない、という印象を与えた。>

 なるほど、西欧のロシア無視の時代が続いたのか。大国ロシアの知識人たちにとっては腹が立ったことだろう。

 <さらにプーチン氏は8年間の大統領時代に、自らに有利になるように意図的に反西側感情をかき立てた。

 江沢民の反日教育と同じじゃないか。江沢民だけじゃあなかったんだ。

 <欧米の民主主義の価値観を拒絶することは、ロシア指導部が透明性や説明責任を一切無視できるということを意味した。クレムリンは、もっぱら欧米とは正反対のロシア特有のアイデンティティーを規定しようとした。思想家らは独裁型の「主権民主主義」を作り出した。クレムリンの批判派が言うように、電気椅子が椅子と違うように、独裁型の主権民主主義が民主主義と同じでないとしても――。>

 この辺が知りたかったのだ。日本から見ていると見えない部分だ。国民の屈辱感+プーチンの生き残り戦略が相乗作用を起こしたのか。というか、多文化共生主義とひとくくりにされても、内容をよく確かめないと、このような指導者が『ためにする』方策で人々に押し付けた風習と民族古来の風習はきちんと分けて考えなければならない。

 <だが、ロシアが反西側主義に傾いている3番目の理由は恐らくもっと偶発的なもので、原油価格の高騰と急激な経済成長によって間接的にもたらされた政治的帰結だった。>

 <ニュー・エコノミック・スクール校長で、欧米に対するロシアの態度に関する論文の共著者であるセルゲイ・グリエフ氏は「ゴルバチョフやエリツィンは西側と一体化して失敗したという見方がある。プーチンは反西側で、うまくいった。反西側でいる方が、いい生活ができるように思えるのだ。だが、反西側だからうまくいったと考えるのは間違いだ」として、原因と相関関係が混同されてきたと指摘する。> 

 「ロシア人は、現在の危機からどのような教訓を学ぶのか」と問う。、

 <彼らは、欧米がロシアに「病気をうつした」と結論づけ、孤立主義に逃げ込むのだろうか。それともロシアの運命は世界経済と密接不可分に結びついていることを理解し、もっと全面的に関与していくのだろうか。意外かもしれないが、ロシア指導部の考えは後者であることを示す兆候がある。>

 として、ロシアは孤立主義に陥らず、世界に関与するとの見通しを明らかにする。

 <グルジアに対するロシアの高圧的な対応は、外国人投資家を警戒させ、ルーブルの下落と外貨準備の激減を招く資本流出を加速させた。欧州へのガス供給を一時的に停止したことで(ロシア政府は今なおウクライナ政府のせいにしているが)、ロシアはドイツやブルガリアといった伝統的な同盟国さえをも遠ざけた。

 この辺の見方だ。日本のメディアに欠けているのは。何か、日本のメディアは誰かに遠慮しながら恐る恐る国際記事を書いている感じもするのだ。

 <恐らくこれがロシアの中に、自国の脆さに対する新たな現実主義を引き起こしたのではないだろうか。そしてこれが西側諸国とのより前向きな対話につながる可能性がある。イゴール・ガイダル元首相代行によると、「外貨準備が少なければ少ないほど、意思決定プロセスの質が上がる」のだ。>

 面白い見方、というか比喩である。面白い。

 <米国の新政権はどこかの時点で、ミサイル防衛やNATO拡大といった安全保障問題についてロシア政府を対話に引き込むだろう。だがそれまでの間、欧州連合(EU)が経済的、政治的つながりの再構築を先導しているのは正しい。>

 これはフィナンシャル・タイムズがEUの新聞として地元の人々に呼びかけている内容だろう。

 <EUはロシアとグルジアの関係改善を仲介した。またロシア政府とウクライナ政府との間では、天然ガス問題の調停を手助けした。ロシアのガスの最大の顧客であり、最大の貿易相手国として、EUは関与する以外に選択肢はないのである。>

 それにしても、EUの活躍は目覚ましい。極東に比べてみれば、日本の経団連にしても、同友会にしてもシンクタンクにしても、朝鮮半島、インドシナ、ASEANなどの政治・経済関係のブレイクスルーに寄与したということを聞いたことがない。

 <欧州委員会のジョゼ・マヌエル・バローゾ委員長は今週、使節団を引き連れてモスクワに向かい、エネルギー、貿易、投資について話し合う。>

 ほらね、どんどんとやっている。

 <多くのロシア人は、EUを理解できない得体の知れない動物だと軽蔑している(そう思っているのはロシア人だけではない)。彼らからすると、EUはあまりにも政治的で、動きが鈍く、プロセスに取りつかれているように見えるのだ。しかし、そのプロセスにも利点はある。それはEU加盟27カ国の間で活発で透明な議論をもたらしており、それが最終的に共通のアプローチにつながっている。英国とポーランドとバルト諸国は、EUはエネルギー供給源を多様化しなければならないと主張している。ドイツとフランスとイタリアは、ロシアを孤立させることは愚かなことだと提言している。>

 そういうことか。だからEUが面白いのか。国の外交がEUの中で行われている。

 <ロシアの指導者たちは、多極的な世界を望んでいると言う。EUは、頭にくるほどの――だがしばしば有益な――複雑さの中で、それを具体化しているのである。(By John Thornhill© The Financial Times Limited 2009. All Rights Reserved.)>

 そういうことになるだろうなあ。なるほど、ロシアとEUかぁ。面白かった。

 JBpressにはロンドン・エコノミストの論文も掲載されていた。こちらも「ロシアとEU]だが、エネルギーの話である。

◆「EUとロシア:エネルギー紛争の行方」英エコノミスト誌 2009年1月17日号[ The Economist ]1月20日(Tue) The Economist

◎ウクライナを経由する天然ガスパイプライン〔AFPBB News〕

 1月1日から続いているウクライナとロシアの間のガスを巡る紛争。ロシアのウラジーミル・プーチン首相は、ウクライナの首脳陣を「犯罪者」と呼び、欧州向けのガスを盗んでいると非難。ウクライナのビクトル・ユーシェンコ大統領は、同国を経由して欧州諸国に向かうガスの供給を止めたロシアが悪いと主張し、ロシアの天然ガスがウクライナに運ばれる際の拠り所となっている不透明な協定を「胡散臭い」と表現した、というのが論文の入り口だ。

 <しかし今、欧州連合(EU)加盟国の中で最も影響を受けているブルガリアでさえ、国営ガス独占企業のトップ、ディミタール・ゴゴフ氏が、ガスが供給されない理由が分からないと語っている。ゴゴフ氏は1月13日に「もはや誰を信じていいのか分からない」と心境を吐露し、「ロシアがこう言ったかと思うと、ウクライナが別のことを言う」と述べた。>

 ロシア政府系ガス企業ガスプロムとウクライナの分裂した政治指導部が対立する紛争には「オリガルヒ」と呼ばれるロシアの新興財閥まで複数絡んでいるので、実際に何が起きているのか、誰にも分からないという。「EUはどちらの肩を持つことも避けようと必死だ」とも書いてあった。

天然ガスの供給が止まり、ブルガリアでは多くの人がまきを燃やして暖をとることに〔AFPBB News〕

 <ロシアには、EU圏内の一般消費者に影響が及ばないような方法で自らの主張を通す機会が何度もあったのに、ロシアはそれを無視し、欧州住民の暮らしよりも2国間の紛争を優先させた。紛争が口火を切った当初、ロシアはガスの供給を減らすだけにとどめていたが、その後、欧州向けのガスを抜き取っているとしてウクライナを非難し、ガスの供給を完全に停止した。これは、厳しい寒波の真っ只中にある供給先の国々を、確実に悲惨な状態に陥れる行為だ。その後EU首脳が、ウクライナに出入りするガスの流れを検証するための監視団派遣の条件をすり合わせようとすると、ロシアは政治的な駆け引きを際限なく弄した。一例を挙げると、ロシアは協定を書面にして写しを渡すよう要求し、さらには監視団の派遣を認める前に、その作業内容を指示するマニュアルを提出するよう主張した。EUの高官らは、早ければ1月9日にもガス供給を再開し、後に協定に関する書類が届くのを待つことが、ロシアが本来取るべき道義的な行動だったと主張する。人道的被害が大きく、供給再開から供給網の末端で寒さに震える人々にガスが届くまでに36時間もかかるからだ。が、ロシア・ウクライナ間のより大きな対立の是非はともかくとして、ロシアは道義的な行動を取らない道を選んだ。ある外交官は、ガス供給を完全停止したことはロシアにとって大きく「裏目に出た」と指摘する。「だからと言って、ウクライナ側の行動に稚拙でまずい点がなかったというわけではない。しかし、ロシアはやり過ぎた」>

 <ロシアの出方にショックを受けたEU各国政府は、このガス紛争が昨年夏にロシアとやはり旧ソ連国のグルジアとの間で起きた戦争の繰り返しになることを防いできた。>

 なるほどね、日本ではあまりにも抽象的なことばの羅列でニュースが伝えられるから、真剣に読まないけど、そういうことが行われていたのか。

 <グルジア紛争の時、EUは例によって例のごとく、ロシアを侵略者と非難する側と、ロシアは無責任なグルジアのあからさまな挑発に「過剰反応」しただけだと主張する側とに分裂した。さらには、一部のEU諸国では、グルジア紛争に米国が密かに関与しているというロシアの主張に同調する閣僚まで現れた。>

 そういうことなのだろう。ドイツ、フランスが親ロシア勢力だった、とは。独仏露連合軍か。

 <しかし今回、ガスプロム重役のアレクサンドル・メドベージェフ氏が、ウクライナの政策は外国(つまりは米国)の影響を受けているとほのめかしたことに対しては、ブリュッセルのEU本部では、訳知り顔でそれに同調するささやきはなく、逆に信じ難いといった不信の目が向けられた。ウクライナの行動が怒りを招いたのは確かだが、ロシアは自らの信用を深く傷つけてしまったのである。>

 メドベージェフの意思ではないだろう。プーチンの考えをパペットがしゃべっている、ということか。

◎新パイプラインと欧州内の論議の行方

 <全員が全員、立場を変えたわけではない。イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相は欧州はこの危機を気に病むべきではないと主張し、「ガスプロムの言い分は理解できる」と述べた。イタリアは豊富なガス備蓄を持つうえ、ベルルスコーニ首相はプーチン首相と親密な関係を築いており、EUのガス供給に対するガスプロムの支配力を強める天然ガスパイプライン「サウスストリーム」の建設にイタリアが協力する計画もある。

 ベルルスコーニーというのも個性が強い男だな。

 <しかし、一部の政府関係者によれば、ドイツの立場は変わり始めた可能性がある。欧州最大の経済大国であるドイツは、ガスプロムとの緊密な関係で有名だ。ドイツの政治家や実業家たちは、ガスプロムが信頼の置けるエネルギー供給企業であり、対EU投資を歓迎すべき存在だと主張している。

 <ドイツは(さらにはドイツほどではないがフランスも)天然ガスについて、透明性の高い自由化された単一欧州市場を構築する動きに抵抗してきた。こうした市場は何にも増して、ロシアが天然ガスを武器に欧州を分裂させ、支配する力を弱めるものだ。ドイツはいまだに、大手ガス会社がガス輸送システムを所有する権利を擁護している(これが新規参入業者には障壁になっている)。>

 ドイツとフランスはこういう形でロシアに味方してきたのか。毎年のサミットだけで席の序列を競っているだけじゃあなかったんだ。

 <だが、1月12日に開催された緊急エネルギー担当相会議で、ドイツは欧州におけるより完全な市場統合と、ロシアを経由せずにカスピ海から欧州へガスを供給することを目的としたナブコ・パイプラインを含めた新しいパイプラインの必要性に言及した。>

 ドイツの変化だ。これは結構大きいのではないか。ドイツは利に敏いから、裏には何かがあるのだろう。

 <EU首脳は長い間、透明性の高いガス市場の構築と、不測の事態の時に深刻な被害が及ぶ地域にガスを容易に供給できるようにする各国間の相互接続について議論してきた。今回の天然ガス危機で政治家たちは、言葉ではなく行動が必要なことを痛感させられたと述べている。3月に開かれるEUサミットでは、その言葉が試されることになる。各国政府は、現実のプロジェクトに実際に資金をつぎ込むことを承認するよう要請されるのだ。各国がこのテストに失敗すれば、欧州内部の対立は悲劇的な結末を招く恐れがある。© 2009 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.英エコノミスト誌の記事は、JBpressがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。>

 三つの論文とも、日本の新聞では読めない視点を示していて興味深い。

 ロシアの対日姿勢の変化をあまり大きく受け取らないほうがいい、というサジェスチョンはその通りだろう。

 グルジア、ウクライナとの紛争の裏はこれを読んでもまだ分からない。じっくりと、外国の論文を読み続けるしかないだろう。EUの内幕は面白かった。

 特にドイツ、イタリアは食えない奴らだ。なぜあんな奴らと同盟を組んで米英と戦ったのだろう。逆だったらよかったのに。松岡洋右の責任は重いし、そんな松岡に騙されていた日本のメディアの後進性が問われるだろう。ドイツは三国同盟を結ぶ直前まで、裏で蒋介石の中国に軍事顧問団を送り続け、武器を供給し、日中戦争では作戦計画だけでなく、実際の戦闘で指揮官まで勤めさしていたことが分かっている。そんな裏切りを平気でやる国と同盟を結んだアホさ加減。日本の政治家はきちんと総括しているのだろうか。

 日本ももう少し外交に習熟しないといけない。それには外交にもっと金と人をかけないとダメだろう。絶海の孤島が世界に伍していくにはそれなりの中規模の軍備と鮮やかで鋭い外交が是非とも必要だ。麻生太郎首相の戦略論、論としては正しいと思うのだが、どうなのだろう。

 以上、生意気で自分勝手な文章を作成して、夕食を終えて、パソコンでいろいろなブログを見ていたら、極東ブログさんの「ロシア関連の報道がどうも変だ」を見つけた。よく調べて書いてあった。産経新聞社説の深さ、毎日新聞が遅れていることなど、勉強になった。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/02/post-195f.html

 トラックバックとかリンクとか、まだやったことがなかったが、初めて両方にチャレンジしてみた。でも、うまくいかなかったようだ。もう少し習熟したらまたやってみよう。

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2009年2月 6日 (金)

取得額-簿価=約2280億円(オリックスの懐に入ったはずの上乗せ価値は約2390億円だった)~読売新聞2月6日夕刊、東京新聞2月6日朝刊から

 東京新聞2月6日朝刊は1面トップ<かんぽの宿簿価判明/「ラフレ」15億6000万円/最安物件は500万円>でオリックスに一括譲渡された「かんぽの宿」関連70施設の簿価の一覧表を掲載した。日経新聞2月6日夕刊を見て、政府が野党議員の質問趣意書に対する答弁書で出した数字と同じものだ、と分かった。東京新聞の特報は、野党議員を丹念に取材していたので取れたネタだったのではないだろうか。取得価格と2008年9月末の簿価が比べられる表だった。

 東京新聞の記事を見てみよう。

 <日本郵政の宿泊保養施設「かんぽの宿」などの一括売却問題で、対象となっている社宅を含む計79施設それぞれの帳簿価格(土地、建物の合計)が5日、分かった。施設ごとの簿価が判明したのは初めて。最高が、さいたま新都心の地上16階建ての温泉付きホテル「ラフレさいたま」の約15億6000万円。最低が「かんぽの宿 三ケ根」(愛知県幡豆町)の500万円。今回明らかになった帳簿価格は2008年9月末時点の数字。日本郵政はこれまで、79施設合計で123億円としていたが、個別の金額は公表を拒んでいた。>

 が前文である。そういうことだった。随分前のことのようだ。何度か読んだ内容だったが、忘れてしまっていた。そうだった、日本郵政は頑なに公表を拒んでいたのだった。

 <神戸・有馬温泉や千葉県旭市の宿など黒字運営の11施設は大半が1億―6億円台で、計約32億4000万円。首都圏の住宅街に立地する社宅9カ所は、計約32億円だった。黒字施設にラフレと社宅を加えた「優良物件」21カ所で計約80億円に上り、残り58施設は計約43億6000万円にとどまる。>

 <帳簿価格は、不動産鑑定して評価した金額に、過去1年間の収益性の低下を資産価値に反映させる「減損処理」を施した額。日本郵政の前身となる旧日本郵政公社は79施設の建設に向けて用地取得費を含め計2400億円を投入したが、減損処理による簿価は約20分の1に縮小特に、過剰投資や人件費などのコスト負担が重く、黒字転換が厳しいことなどを考慮して03年から07年にかけ累計で1300億円超に上る減損処理を実施した。>

 手口が明らかになってくる。

 <日本郵政が昨年実施した競争入札は、帳簿価格の合計から負債を差し引いた純資産額(約93億円)を上回る109億円でオリックス不動産が落札。しかし、鳩山邦夫総務相は「109億円は安すぎる」などとして、売却を認めていない。>

 である。ここでも、まだ記事は「競争入札」である。

 ところが、西川社長は6日の国会に参考人として出席し「競争入札というよりは提案書方式だった」と答弁している。

 日本郵政は国会ではウソをつけず、ちょろまかし易い記者たちが日本郵政のブリーフィング通りの記事を書いていたこと、発表を疑わずに垂れ流しで書いていたこと、不勉強ぶりが嫌でも明るみに出てしまった。

 日経新聞6日夕刊は答弁書で数字を発表した、という事実を紹介していただけだった。

 読売新聞2月6日夕刊は2面で東京新聞と同じような一覧表を掲載していたが、読売新聞が賢いと思ったのは、取得価格ではなく[土地代と建設費の合計]と[2008年9月末の簿価]との比較一覧表にしていた点だった。

 これだと、簿価合計は123億7200万円だが、取得価格合計は2402億2000万円となり、その圧倒的な差が際立って目に飛び込む。

 国、つまり国民の税金が約2280億円無駄にされた、というか、オリックスの懐に入るところだったことが一目で分かる。庶民目線に立った記事だったと思う。

 読売新聞は[減損処理]という言葉の意味も説明していた。それによると、

 <減損処理とは不動産や株式などの時価が、購入価格より値下がりした際に、下がった分を損失として計上する手続き。不動産の場合は、収益性が低く、土地代や建設費など投資額の回収が見込めない状態になった場合に簿価を減額している。>

 である。

 週刊朝日、サンデー毎日によれば、直前までは黒字体質だったのが、減価償却を入れるか入れないかなどの会計処理方式の変更で赤字に転落した、とあった。そのうえ、この減損処理だ。

 一般の国民にはどうせ本当のところは分からないだろう、と見くびっていたとしか思えない。

 鳩山氏の指摘がなければ、いまごろ、オリックス不動産が宝の山を安い金で手に入れて、開発計画を実行に移そうと舌舐めずりしているところだったのかもしれない。本当に危ないところだった。でかした!鳩山大臣。

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かんぽの宿売却白紙とはなりそうだが…追及・監視を緩めるな!~朝日新聞2月6日朝刊と毎日、読売、日経6日夕刊から

 朝日新聞が2月6日朝刊1面トップで<かんぽの宿 売却白紙/日本郵政/個別譲渡も検討>の特ダネを書いていた。「本当かいな?」と少し疑っていたが、各紙夕刊を見ると、日経新聞が1面4段<かんぽの宿/オリックスへの譲渡 白紙/日本郵政/売却方法を再検討>できっちり追いかけていた。日経新聞によると、

 <日本郵政は近く設置する専門家による検討委員会で、情報開示の在り方などを含めた資産売却の進め方を議論する。委員会の結論を待ち、民営化から5年以内の売却が法律で義務付けられている「かんぽの宿」の売却方法を決める。鳩山総務相が反対している一括売却だけでなく、地元企業が入札に参加しやすい個別売却などの方法も視野に入れて検討を進めるとみられる。>

 という進め方になるらしい。日経新聞はまだ未練たらしく、

 <売却が先送りされることで、年間40億―50億円規模の「かんぽの宿」事業の赤字が、日本郵政の経営を圧迫し続けることになる。>

 と最後っ屁のように書いていたのはご愛嬌だろう。

 このほか、読売新聞も6日夕刊1面3段<「かんぽの宿」売却白紙/オリックス「一括」断念/郵政「個別」検討へ>で、

 <日本郵政は、売却の白紙撤回についてオリックスと最終協議する方向だ。>

 と書き、あとは日経新聞の見通しとほぼ同じだった。

 毎日新聞も6日夕刊1面横見出し2番手扱い<かんぽの宿 譲渡白紙/批判受け日本郵政>で法律で2012年9月末までに譲渡または廃止することが決められていることなどのほか、今までの経緯を中心に書いており、読売新聞や日経新聞が書いているような今後の進め方のシミュレーションには触れていなかった。

 びっくりしたのは、NHKの夜7時のニュースがトップで大々的にこれを報道。各地の「かんぽの宿」を映像で映していたことだった。これは効くだろうなあ、と思った。立派な施設であることが一目瞭然だから。

 ただ、これは日本郵政の目晦ましだ、ということをよく認識しておかないと騙される。つまり、オリックスに一括譲渡した際の手続きは週刊朝日やサンデー毎日が詳しく書いているように普通の一般競争入札ではない。言ってみれば随意契約だがいかにも競争入札をしたかのように見せかけたインチキ入札だったのだ。総務省の立ち入り調査が行われればそのカラクリが分かってしまう。それは絶対に防ぎたい。だとしたら、オリックスはせっかくの儲け話だったけれども、これから別の儲け話を持ち掛けることにして、今回は諦めてもらおう、という筋書きである疑いが非常に濃いと見られるからだ。

 野党は手を抜いてはいけない。徹底的に国会で追及すれば、郵政民営化という衆院3分の2の議席に反映した「国策」の裏でうごめいた悪党どもの悪事が明るみに出るだろう。そうなって、初めて郵政という国民財産を公明正大に民間に渡す大義名分が立つ。今のままでは戦前、前後の国有財産払い下げの長州閥、薩摩閥のワイロ政治と何ら変わらないとみられてしまうからだ。

 国民が納得した形で国有財産を処分するのは当然の責務だろう。国会にはそれを徹底して監視する義務がある。

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日経平均4000円で3大メガ銀の含み損5兆円~日経新聞2月6日夕刊と内海氏講演+日経新聞2月7日朝刊

 これはショッキングな数字だ。日経新聞2月6日夕刊[十字路]<大手銀が抱える爆弾>で(丹沢)氏が試算した。

 <日経平均が今の半値、4000円に下落したら、何が起きるか。乱暴を承知で計算すれば、三菱UFJ、みずほ、三井住友の三大金融グループが保有する総額9兆円の株式に4兆―5兆円の含み損が発生、メガの屋台骨すら揺らぐ。>

 の記述である。

 <最悪のシナリオは起きない方がいい。だが、”爆弾”が破裂してからでは取り返しがつかない、というのが、リーマン破綻の教訓だ。>

 と脅してくれている。

 言霊説からすれば、また、日本人は悲観的すぎる、という国際世論比較からしても、そこまで考えなくともいいのかもしれない。

 しかし、私たち一般庶民が考えなくともいい、というのと、企業を預かる経営者が考えなくともいい、というのでは話が違う。企業経営者は最悪の事態を予測して手を打たねばならないのは言うまでもない。

 本当にこんなことが起こりうるのか?

 参考にすべきは内海孚・日本格付研究所社長の08年12月10日の講演内容だと思う。これは最近、よく参考にさせていただいているJBpress立ち上げを記念した特別講演で、内容はJBpressのHPに12月12日にアップされていた。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/329

 この中で内海氏は

<最近心配しているのは、乱高下を伴う株価の大幅下落で日本の銀行の資本も傷んできており、段々カネの動きが凍りつくような状況が出てきたことだ。「貸し渋り」は明らかに起きているし、外国へのシンジケートローンもなかなか出にくくなり、サムライ債に至っては完全に凍りついてしまった。欧州の超一流企業ですら、円建て債が出せない。そういう意味では、円高を阻止するのが難しくなる。>

 とメガバンクの内情を明かす。そして、

 <日本の株価について何らかの安定策が取られればいいのだが、何もしない状況が続けば、非常に日本の為替政策が難しくなる可能性がある。ワイルドカードというか撹乱要因は、来年度税制改正に向けて経済産業省が推進している政策だ。日本企業の海外留保利益を国内に戻す場合、課税を緩める改正だが、7兆円近い還流が起こるとの試算がある。これは、円高阻止の有力要因となるべき、日本企業の海外直接投資を完全に打ち消してしまい、「逆噴射」になるのでは、と心配している。>

 専門的な事柄で、よく分からないのだが、何か経済産業省と財務省との間に大きな軋轢があるようだ。

 <米新政権の為替政策に関して、サマーズもガイトナーもクリントン政権下のルービン財務長官の直接の部下だった。ルービンはクリントン政権初期の「ドル安・円高」政策を完全に修正し、「強いドルは米国の国益」へ転換し、市場介入さえ辞さずにドル安・円高を阻止した。また、ボルカーはいつも「ドルの価値を下げるのは実に簡単だけれども、これを持ち上げるのは難しい」と話している。実は内心では、FRB議長時代のプラザ合意には決して賛成ではなかった。だから、オバマ次期政権が「ドル安」政策を取る心配はない。

 として、昨年12月段階ですでに株式市場が今以上に落ち込むことを予測していた。

 ただ、「世界の流動性が締まっている中、米国への資金還流が続くため、ドルが強い以上は円高にも限度がある」という予測は鋭いと思う。これは、先に引用したオバマ政権の経済スタッフが実質、第3期クリントン政権である、と予測し、ボルカー氏の内面にまで踏み込んだ分析から出てきた結論であろう。

 話を戻すと、(丹沢)氏は対処策として、株価が下がる前に銀行から保有株を切り離すか、株価急落に備え、資本を入れておくことだ、と書いている。

 銀行が損失確定を嫌って株売却に消極的だ、という部分を読んで、97、98年の「損失確定を嫌って不動産売却に消極的だ」という、よく出ていた識者の指摘を思い出す。その教訓で日銀は2002年に銀行株の買い入れ制度を創設した。今よりずっと多額だった銀行の保有株を強制的に圧縮するための受け皿づくりだった、と(丹沢)氏は書いている。しかし、日銀が市場に買い出動するわけに行かない以上、株価急落の恐れは消えていない。

 地方銀行などへの公的資金注入は今年になって徐々に進んでいるそうだが、メガバンクは大丈夫なのか?

 今こそ日本の金融機関が世界に飛躍する時、という勇ましい論も多かったし、今でも私はそれに期待しているのだが、足元の小石にも注意しながら進んでほしい。

(2月7日追加)

 と書いたら、2月7日朝刊各紙は「6大銀行、大幅減益」などの見出しで大手銀行の急激な業績悪化を報じていた。

◆日経新聞による6大銀行の決算まとめ

 日経新聞2月7日朝刊4面<邦銀「冬の時代」再び/株持ち合い裏目に/「本業」は2桁増も>でやはり、株持ち合いに触れていた。

 この記事は昨日書いた記事の補足のようだった。分かりやすいので解説的な部分を抜書きしておく。

 6日まとまった大手6グループの2008年4-12月期の最終利益は前年同期比で89%減だった、という。

 <米住宅ローン問題では欧米銀に比べ傷が浅かった邦銀も、株安と不良債権処理のダブルパンチに苦しんでいる。欧米金融機関への大型出資など攻めに転じたのもつかの間、再び”冬の時代”を迎えつつある。>

 という前文の結びがすべてを表わしているだろう。昨年秋からの株安に苦しみ、保有株の損失処理額が6グループ合計で約1兆円に上ったのを見て、メガバンクの幹部が「かつてと同じ光景だ」と言った、と。昨日、私が書いたのと同じ感想を持ったのだ。

 <銀行と取引先が株式を持ち合う日本独特の慣習のため、邦銀は欧米金融機関に比べて大量の株式を保有する。その分、株安の影響を受けやすく、ITバブル崩壊後の株価低迷でも数兆円規模の損失に苦しんだ。07年以降の米住宅ローン問題による直接の損失は限定的だったが、実体経済の悪化で”弱点”を直撃された格好だ。>

 <日銀によると、2001年度に約27兆円だった大手銀の保有株式は06年度までに半減。しかい、その後は減少のペースが鈍っている。>

 として、証券アナリストの「株価が回復して銀行経営者の緊張感が緩んでしまった」というコメントを掲載している。

 金融危機で社債などの発行が難しくなり、大企業は銀行借り入れへの依存を強めている。ここ数年伸び悩んでいた大手銀行の貸出残高は9月末からの3カ月で約9兆円増。あるメガバンクの法人担当者は「何十年も無借金経営だった企業さえ融資を申し込んできた」と驚く状況が起きている。しかし、こうした特需に対応し切れていない、と書いている。

 <保有株式の値下がりで銀行の自己資本が目減りし、貸し出し余力が低下したからだ。あるメガバンクの役員は「緊急性の低い融資は断らざるをえない。千載一遇のチャンスなのに」と明かす。JPモルガン証券の笹島勝人アナリストは「株安によって自己資本比率が低下し、貸し出しに慎重になるという負の連鎖を何度繰り返すのか」と批判する。>

 ただ、本業部分のもうけを示す実質業務純益はほぼ前年並みで「ベースの部分はそんなに悪くなかった」(永易克典・三菱東京UFJ銀行頭取)だそうだ。ども、景気低迷が続けば資金需要が減り、「収益を確保するためにはコスト削減を進めるしかない」(メガバンク幹部)ということらしい。

 日経新聞は他紙と比べてさすがに読みやすかったのは[リーマンショック後の主要金融機関の業績]として、米シティグループ、米ゴールドマン・サックスやみずほなどを横に並べて比較したグラフを掲載していたことだ。これを見ると、まだまだ米銀に比べると大丈夫、と分かった。

 このグラフを見る限り、バンカメとゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーは邦銀並み。JPモルガン・チェースはただ1行、黒字を出していた。ひどいのは米シティグループとドイツ銀行。えっと思ったが、ドイツ銀行(ブンデスバンクとは違う民間銀行)がこんなに傷んでいるとは……。驚いた。

◆毎日新聞で「りそながトップに踊り出た」

 毎日新聞2月7日朝刊によると、6大銀行の株の減損処理合計は9913億円と08年9月中間決算の3.4倍に膨らんだ。減損処理は時価が簿価より50%以上下がった場合に義務付けられているが、50%未満ならば「含み損」となる。(丹沢)氏の説はこの含み損が減損処理基準を超すようになれば、という話だと思う。ぞっとする話で、考えたくないが。

 また、奇妙な現象は2003年の実質国有化で株保有削減の手を緩めることが出来なかったりそなホールディングスが最終損益で4位から首位に躍り出たこと。数字のマジックだ。だれも、りそなが三菱東京UFJより信用力があるとは思っていないのに、今の会計基準ではそうなってしまう。

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榊原英資氏の農業立国論~産経新聞2月6日[正論]

 産経新聞2月6日朝刊[正論]に榊原英資・早稲田大学教授が<世界同時不況の危機に日本は>のタイトルで寄稿していた。

 最近、「メルトダウン」(朝日新聞出版)を出したばかりの「旬」の経済評論家、というよりも元財務官、国際金融の専門家、国際通貨マフィアとしてサマーズ、バーナンキ氏らと「お友達」で、民主党の国際金融政策の最大のブレーン。小沢政権ができれば、財務相候補のナンバーワンと言われている人だ。

 どこまで踏み込んでものを言っているのか? 見てみよう。 まず榊原氏は、

 <世界はおそらく、今、第二次世界大戦後最大の同時不況に突入している。>

 と書く。先進国の09年成長率予測が軒並みマイナスで、時間がたつほど下方修正され、現在の日米欧のマイナス2%程度予測がもっと下落する可能性も決して低くない、というのだ。

 <日本は欧米と異なって金融危機の直撃を受けていないので、アメリカなどに比べて危機感が強くない。麻生総理も「100年に1度の危機」とは言っているが、それ程の切迫感は感じられない。景気対策はいちおう打とうとしているものの、オバマ新大統領の総額8250億㌦のパッケージに比べると大きく見劣りのする対策である。>

 危機感のなさ、である。たしかに昨年10月ごろの私のブログを見てみても、「日本は大丈夫だ」という論を取り上げていることが多かったし、私もそう思っていた(実は今も不況をそう実感していないので、そう思っているのだが)。

 <たしかに、大手銀行がほとんどすべて国家管理下に入ってしまったアメリカや危機が拡大しつつあるヨーロッパに比べると日本の金融機関は相対的には健全だし、今のところ公的資本の注入もなされていない。また、多くの先進国で銀行間取引を軸とした金融システムが麻痺し、中央銀行が直接システムを支えざるをえなくなっているのに比べると、日本は金融システムがそこそこ正常に機能している数少ない国の一つでもある。>

 そういうことだ。だから、実感がない。

 <しかし、このことは日本が世界同時不況の影響を受けていないということではない。まず、株式や不動産市場などは世界的なディレバレッジ(損失処理)、あるいは、資産売却を背景に大きく下げているし、また、輸出の急落は実物経済に強いダメージを与えている。消費を中心にアメリカ経済は2008年10-12月期に急落しているが、日本経済も同時期に大きく下げに転じていると思われる。今回の危機を筆者は「メルトダウン(炉心溶解)」と呼んでいるが10年以上にわたって積み上げられてきた金融バブルの崩壊は、極めて深刻である。>

 論理では分かるのだが、これを実感させられるのは今年の後半なのだろうか?

 <1995年1月に米財務長官に就任したロバート・ルービンは「強いドルはアメリカの国益」と弱いドルによる経常赤字の削減から強いドルによる経常収支のファイナンスへとその政策を転換している。この政策転換はアメリカへの資金の還流をもたらし、短期的には成功するが、アメリカの経常収支の赤字は1995年の1136億㌦から2006年には7881億㌦と10年余の間に7倍にも拡大している。そして、この間、アメリカの対外債務残高は3.9兆㌦から16.3兆㌦まで膨らんでいったのだ。また、アメリカの金融資産全体は同時期にほぼ100兆㌦増大したといわれている。こうした金融バブルの拡大のなかでアメリカの家計の新規借入額は1995年の3000億㌦から1兆1000億㌦まで膨らんでいったのだ。>

 この数字のリアルさはどうだろう。ものすごい説得力を持っている。

 <いわゆるサブプライム問題をきっかけにバブルは一気に破裂し、アメリカの金融システムは崩壊した。アメリカは既に1兆ドルを超える公的資金などを金融機関に提供し、オバマ新大統領はさらなる金融支援と財政刺激策を約束している。オバマ氏に対する期待は高いが、壊滅状態にあるアメリカ経済がそう簡単に反転するとは思えない。>

 そういうことなのだ。急速反転はありえない。2011年の米中間選挙までに反転しなかった場合、オバマ氏は政権を投げ出さざるを得ないのではないか、と副島隆彦氏が言っているように、危機はものすごく根深いのだ。そして、日本。榊原氏は、

 <日本にとってこれは対岸の火事ではありえない。戦後最大の、おそらく1930年代以来の世界不況は日本を巻き込み、相当の期間続いていくことになるのだろう。>

 と予測する。そして、総額2兆円の給付金等景気対策では「大きな効果はないだろうというのが大方の見方」と切り捨てる。

 <日本銀行はかなり踏み込んで、政策対応を展開しているが、政府・財政当局は思い切った手を打ちかねている。たしかに、従来型のオーソドックスなマクロ政策はあまり効きそうにない。中長期的財政危機のなかで無駄弾を撃ちたくないという気持ちは分かるが、このままずるずると大不況に突入していくのを手をこまねいて見ているわけにもいかない。>

 そうなのだ。日銀が頑張っているのに、思考停止の永田町・霞が関がすくんでしまっているように見える。

 <こういう時こそ本物の構造改革が必要なのではないだろうか。>

 と、榊原理論に入る。著書ではこの「本物の構造改革」を「小泉純一郎氏が進めようとした『構造改革』とは違った真の構造改革だ」と書いていたが、ここでは省略している。

 <筆者には、エネルギーと農林水産業に集中的に財政資金を投入して、こうした分野の活性化を図るのが望ましいと思われる。>

 戦後の日本は石炭と製鉄に資源を集中投入したが、今度はエネルギーと農林水産業である。一見、先祖がえりのようにも見えるが、そうではない。

 <短期的にはともかく、中長期的にはほぼまちがいなくエネルギー不足、食糧不足の時代が到来する。原子力発電に加え、太陽光、風力発電に補助金を投入して実用化に向けて育てる時期であろう。また、自給率が40%にまで下がっている食糧の大増産計画を始める時期でもある。自給率60-70%をめざして農林水産業の拡大をはかり、こうした分野への株式会社の参入とそこでの雇用の拡大を目指すべきであろう。>

 これが榊原氏の結論である。大賛成だ。

 実はこの寄稿が掲載された3日前、2月3日に開かれた経済財政諮問会議に「農政抜本改革に向けて」と題する民間委員の提言が出され、石破茂農水相は臨時議員として「農業・農村の潜在力の発揮のために~国民に安心を、農業者に希望を、農村に雇用とにぎわいをもたらす農政改革の推進」という提言をしている。

 自民党が民主党に参院選で大敗した大きな原因が農村票の離反であることは間違いない。民主党が訴えた農家への戸別所得補償制度が1人区の有権者に魅力的に映ったのだ、として、政府・自民党は必死に農業政策に取り組み始めた。

 その一つが石破案である。麻生首相が乗った。自民党の旧来の農政族の反発はあるものの、この案が政府・自民党案の基本となっていくだろう。

 この農政改革については稿を改めて書くつもりだが、榊原氏のような「国際派」が農業に回帰しようとしているのは非常に心強いことだ。

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「『郵政』見直しなら民意を問え」の日経社説はおかしい~2月6日各紙朝刊から

 昨夜、テレビ朝日のニュースショーで麻生首相の郵政民営化見直し発言に対するキャスターの感情的とも受け取れる非難発言を聞いて、疑問を抱き文章をアップしておいたが、今朝の朝刊各紙を見ると、大体各社とも冷静に受け止めており、キャスターのように騒いでいたのは日経新聞だけだった。日経新聞は社説<「郵政」見直しなら民意を問え>に加えて、3面に菅野幹雄編集員の署名入り解説<2/3の民意 忘れるな>と社説と全く同じトーンの論文を掲載、現行工程表の堅持を訴えていた。

 いろいろな見方があるのはいいことだ。民主主義だから、私のような少数意見でもこのような形でブログで表明できるので、有難いと思っているのだが、日経の一連の論を読んで疑問も生じたので、その疑問を書いておこう。社説を題材に取らせていただく。コピペして、一々コメントする形で論じる。

 <麻生太郎首相は衆院予算委員会で郵政民営化について「4つに分断した形が本当に効率としていいのかどうか、もう1回見直すべき時に来ている」と4分社化の見直しに言及した。当時の総務相として民営化に賛成でなかったと述べ「内閣の一員として民営化ということになったので最終的に賛成した」と弁明した。>

 この書き出しは事実関係である。その通りだ。

 <2005年の衆院選で与党が得た3分の2超の圧倒的な多数議席は、郵政民営化を支持した民意の表れである。郵政民営化法による1回目の見直し時期が3月に来るが、4分社体制を変えることは民営化路線の根幹にかかわる。それならば、首相は衆院を解散して、はっきりと民意を問うべきだろう。>

 ここの論理が飛躍していないか。思い出してほしい。小泉純一郎首相(当時)は衆院本会議で郵政民営化関連法案が自民党議員の造反劇でギリギリの数で可決し、参院では造反議員の数が多かったので否決された時「国会は郵政民営化は必要ないという。私は必要だと思う。必要かどうか国民に聞いてみる」と言って衆院を解散したのだった。この段階での小泉首相の訴えの中心は「郵政民営化が是か非か」であって、その細かい内容ではなかった。だから、2/3の絶対多数を与党に与えた民意は「郵政民営化」をやってほしい、やるべきだという民意であって、4分社化に全面的に賛成したかどうかは別問題だったのではないか、というのが第一点だ。

 また、4分社化の法律にしても、まだ海のものとも山のものとも分からない段階での法案だったので、実際にやってみて、おかしなところが出てきたら手直ししていこう、ということで「3年後の見直し」条項が入った。

 日経社説は「4社体制を変えることは民営化路線の根幹にかかわる」と言う。だから、「それならば、首相は衆院を解散して、はっきり民意を問うべきだろう」と書いているのだが、「4社体制」が非合理的だということが後に判明した場合、法律改正をしてはいけない、とでも言うのだろうか。それはおかしい、と思う。「民営化路線の根幹」は国からの実質的な分離であろう。セクターを公共セクターから民間セクターに名実ともに移すことが郵政民営化の根幹だと思う。4社体制はそのための手段ではないか。

 経営的に無理がある、と分かれば虚心坦懐、改めればいいのではないか。

 <首相は当時の竹中平蔵郵政民営化担当相との意見対立を念頭に「妙にぬれぎぬをかぶせられると面白くない」とも語り、民営化と距離を置く発言もした。首相は昨年11月にも日本郵政グループの政府保有株の売却を凍結すべきだと発言した。「国営に戻すわけではない」と補足したが、与党内で郵政民営化に反対する勢力が勢いづいたのは事実だ。>

 この麻生首相の衆院予算委員会での発言は意味不明のおしゃべりだった、と私も思う。麻生氏の気持ちを忖度すれば、前から全面賛成ではなかったのだ、と言いたかったのかもしれないが、それを言ってはいけない、という国会議員としての基本、大臣としての基本ができていなかったのは確かだ。これは批判されるべきだと思う。

 ただ、昨年11月の段階での政府保有株の売却先送り発言はアメリカ発世界金融危機が明らかになった時点であり、この時期に株を手放すメリット、デメリットはじっくり考える必要があり、麻生首相を一方的に責めるのはおかしい、と思う。「決まったことだからそれに沿ってどんどん進めろ」では政治家はいらなくなる。

 橋本龍太郎首相が景気悪化を知って方向転換をしようとしたが、折悪しく参院選とぶつかり、発言が二転三転したと追及されて、参院選で惨敗。方針転換が遅れたため、後継の小渕恵三首相があれだけ巨額の公共投資予算を組んだのに景気が上向かなかったのは、タイミングを逸した、最初の重要な段階で方針転換が遅れたことに大きな原因がある、とも言われている。「改むるに逡巡するなかれ」である。

 <政権の責任者として一連の答弁は有権者に不誠実ではないか。郵政民営化は前回衆院選の最大の争点で、多大な賛意が集まった。ねじれ現象を起こしている国会で、与党が衆院で3分の2条項を生かして重要法案を再可決できるのもその結果だ。>

 これは先ほど書いたように、論者の前提が間違えている、と言わざるを得ない。麻生首相は「郵政民営化を白紙にする」とは言っていない。発言内容を見ると、特に骨抜きにするという意図もないように思えるのだが。

 <郵政改革の基本は「官から民へ」にある。資金の入り口である郵便貯金や簡易保険を民業に転換し、肥大化した財政投融資にメスを入れることは、政府のリストラの大前提だ。>

 これはその通りである。橋本政権の財政投融資改革からの大きな流れの中での一環である。

 <持ち株会社の日本郵政の傘下で郵便局、郵便事業、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の4社が並行して経営向上を目指す今の方針は、ペースはなお遅いものの、民営化を着実に進める上で最低でも必要な内容ではないかとわたしたちは考える。>

 ここでトーンダウンしているのを大方の読者はお気づきにならないと思う。最初は「4社体制は根幹」と言っておきながら、ここでは「…とわたしたちは考える」と、あくまで日経論説委員会の意見として書いているのだ。

 <集票力のある全国郵便局長会(全特)の政治組織は野党の国民新党を支持し、選挙協力先の民主党候補も後押しする。首相の発言には次期衆院選で郵政票が野党に流れるのを阻止したい思惑もあろう。それならばあいまいな軌道修正の繰り返しでなく、極力早く解散で路線変更への民意を問うのが筋ではないか。>

 これが永田町で今言われている解説である。たしかにそうかもしれない。しかし、そういう政局解説は今はどうでもいい、と言っては言い過ぎかもしれないが、大きな比重を持っていないと思う。

 日経の論説委員の方々に考えていただきたいのは、郵政民営化法が成立した時点と現在とで世界経済情勢が大きく変わった、ということだ。

 小泉時代はアメリカの経済も順調で、その過消費体質に救われて日本の輸出産業が「失われた10年」から回復していった時代だった。労働分配率は低かったが、企業は徐々に上向きの業績をあげるようになっていた。

 ただ、輸出産業主導で、そうでない流通業などの生産性は依然低く、日本の産業全体の構造改革は是非ともしなければならなかった。国策だった。

 小泉構造改革はそういう時代の流れに乗った政策として国民に支持されたのだろ思う。行き過ぎた福祉国家化に代表される「大きな政府」の矛盾が出てきたのが、サッチャー、レーガン、中曽根政権時代だった。英国、米国に続き日本でも「小さな政府」民営化路線が始まった。国鉄がJRとなり、電電公社がNTTになった。民営化が進み、残る大物は郵政だけになっていた。昔、三公社五現業という言葉があった。人事院勧告などでいつも出てきた言葉で、ニュースでもよく使われていたから一般の国民でも知っていた。その三公社が民営化された。

 しかし、その後の世界経済の動きはご承知の通りだ。

 世界的規模で営業している大銀行が潰れ、潰れないまでも公的資金というリンゲル液の点滴を注入されて生きながらえているのが現状だ。

 今、「他の民間銀行を圧迫するといけないから」という理由で、手足を縛って民営化する必要があるのだろうか? 小泉時代と世界の風景は変わってしまったのではなかろうか? 民営化するからには国民の大事な資産を守れるような強力な銀行にするのが当然だ、と思う。その意味では、麻生、鳩山両氏らのこのような主張は頷けると思うのだ。

 他紙はまだ論説を書いていないので、どのように考えているのか不明だが、政局の動きだけにとらわれることなく、大きな世界経済の動きの中での日本の今後の金融行政、金融競争力、ユニバーサル・サービスとしての郵便物配達の重要性などを、じっくり考えながら論を立てていただきたい、と思う。同じことを田中直樹氏の見直し委員会にも注文しておきたい。

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2009年2月 5日 (木)

麻生首相の「郵政民営化見直し」発言~読売新聞HPから

 夜のテレビのニュースショーで初めて知ったのだが、麻生太郎首相が国会で郵政民営化見直しのような発言をしたらしい。ちょっと驚いたので、ネットで新聞社の記事を探したら、各社ともすでにアップしていた。明日の朝刊に掲載されるのだろう。

 最初に見たサイトだったので、読売新聞のニュースをコピペする。

 <麻生首相は5日の衆院予算委員会で、郵政民営化で発足した日本郵政グループの4分社化体制について、「四つに分断した形が本当に効率としていいのか。もう一回見直すべき時に来ているのではないか」と述べ、経営統合などを含め、経営形態の見直しを検討すべきだとの考えを表明した。>

 という前文だ。「えぇっ」という感じだ。

 <4分社化の見直しは、リスク回避のため郵便事業と金融を切り離すことにした民営化方針の根幹を揺るがすことにつながるため、波紋を広げそうだ。>

 これが意味付け。そういうことだろう、抽象的に言えば。もっとはっきり言えば、小泉時代のスキームは駄目だ、という麻生首相の考えが出たことで、この小さな問題がまた政局を動かす材料になる、ということだろう。特定郵便局長の票がほしくて口にした話だったのか、もっと根が深いのか、このニュースからだけでは分からないが。

 <自民党内には、郵便局網維持のため、経営が伸び悩んでいる郵便局会社を郵便事業会社など別の会社と合併させるよう求める声がある。首相の発言は、こうした合併案を念頭に置いたものと見られる。>

 そういうことあろう。郵政民営化そのものに反対しているのではなく、小泉=竹中スキームの修正を言っているのだろう。

 だから、その意味では口のよく回るキャスターが「郵政民営化で民意を問うて、民営化をしたのに、それに反対するのはおかしい」とかわめいていたのは論理的ではない、ということだと思う。

 テレビのキャスターはなぜあのように善悪を決めつけるようにしてニュースを報ずるのだろう。一つ一つのニュースについて全部自分の意見を言わないといけないと思い込んでいるのだろうか?

 「お前の意見なんか聞きたくないよ」と言いたいのだが、テレビメディアは本当の意味でのインタラクティブ・メディアではないので、それも言えずに、他のチャンネルに回そうにも家人が見ているので回せず、仕方なく我慢して見ている。

 ニュースの報じ方、考えないといけないのではないのではないか。

 読売新聞ニュースの続きを読もう。

 <首相は同委員会で、「民営化された以上、もうからないシステムはダメだ。きちんと運営して黒字になってもらわないと(いけない)」とも語った。郵政民営化担当の鳩山総務相も「郵政民営化という改革の全面的な見直しも聖域なくやっていく。国に戻すというのでなければ、どんな見直しをしてもいいということで対処したい」と述べた。いずれも民主党の筒井信隆衆院議員の質問に答えた。>

 そういうことだろう。麻生氏も鳩山氏も間違ったことは言っていないと思う。ただ、もう少し論理的に、分かりやすく言ってほしいとは思うのだが。

 昨日も書いたように、財政投融資改革を進めれば、郵貯は不要になる。だから、民営化する。植草一秀氏はその民営化会社を米金融資本がハゲタカのように狙っている、と言う。そうかもしれないが、何しろ、鳩山氏の言うようにせっかくつくる会社なのだから、潰れるような会社はつくってほしくない。当たり前の話だ。

 郵政だけでなく、たしか、NTTつまり旧電電公社の形態も見直すべきだと思う。強い組織をつくることが今の時代に必要だ、と思う。ただ、ここは麻生氏も鳩山氏も気を付けてほしいが、情報公開を担保しないと、でかくて秘密いっぱいの化け物ができあがる。情報公開のシステムだけはしっかりと作らないといけない。

 <2005年10月に成立した郵政民営化法には、民営化の進捗状況を検証する「見直し規定」がある。この規定に基づき、政府の郵政民営化委員会(田中直毅委員長)は今年3月末に首相に報告を提出することになっている。首相の発言で、同委員会が経営形態の見直しにまで踏み込むかどうかが焦点となる。>

 田中直樹氏が思い切ったことをしてくれるだろう。彼だって愛国者だと思うから。

 <首相は衆院予算委終了後、首相官邸で記者団に、「(民営化見直しを)検討すべき時期に来ている。(ただし、郵政民営化委員会に)『ああしろ、こうしろ』とは言わない」と語り、同委員会の議論を見守る考えを示した。>

 この記事を読む限り、何も麻生首相が変な発言をしたとは思わない。さっきのテレビ朝日のニュースショーの男性キャスターの興奮した感想は一体何だったのだろう?

 でも、こういうニュースを見ると、武部勤氏や中川秀直氏らが騒ぐのではないか。「小泉改革を骨抜きにするのか」と。そうじゃあないのだ、と各新聞社の良識ある論説委員諸兄が明日の朝刊で教えてくれるだろう。

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「北朝鮮はミサイル発射基地の近代化が進んでいる」と米専門家~日経新聞、東京新聞2月5日朝刊から

 日経新聞2月5日朝刊国際面<北朝鮮のミサイル開発/新発射基地、春に完成/「テポドン」改良/米南東部射程か>は軍事専門家による興味深い分析だった。

 軍事分野の米有力研究機関グローバル・セキュリティーのミサイル専門家で衛星写真の解析に当たっているチャールズ・ビック高級研究員にワシントン支局の弟子丸幸子特派員がインタビューした内容を項目別に羅列した味も素っ気もない記事なのだが、内容が濃かったので驚いた。

 興味深い点を写しておこう、と思ったが、全文を筆写してしまった。

▽北朝鮮ではミサイル発射基地の近代化が進み、2006年のテポドン2号の発射実験に使った舞水端里では衛星の打ち上げが可能になった。新しい東倉里発射基地は大陸間弾道ミサイル(ICBM)と衛星の双方に対応。日本など周辺国を飛び越えず(直接の脅威を与えないで)ミサイル発射の実験ができる能力を備えている。

 ミサイル開発は北朝鮮の外貨獲得の数少ない優等生だから、どれだけ人々の食べ物がなくなってもなけなしの資源を注ぎ込む。だから、国連などの援助が北朝鮮に届いても朝鮮人民軍はこれらの作業に従事する関係者にまず配布するのは北朝鮮にすれば当然の話だ。そこが民主主義、人道主義を当然だと思っている国際理解とは違うところだ。このリアルな現実に目をつぶってはいけない。

 作家の柳美里さんが北朝鮮訪問ルポで民主党政権になったら、在日朝鮮人への制裁が厳しくなり、相互交流ができなくなる、考え直してほしい、と週刊現代で訴えていたが、柳さんにも、こういうリアルな現実を直視してほしい、と思う。

 日本を跳び越さずにテストできる、というのはどういうことを意味しているのだろうか? ここが分からないが、原爆起爆装置のコンピューターシュミレーション実験のようなものなのか?

▽商業衛星の画像を解析すると、新しい発射基地はまだ建設中で、完成は3月後半か4月になる見通しだ。完成後、8月ごろまでに弾道ミサイルの発射実験もしくは衛星関係の実験があるのではないか、とみている。最近の画像ではロケット用の台を移動していた。

 この専門家は画像解析のプロだけあって、見方が専門的だ。8月実験というのは画像解析だけではなく、他の情報を総合しての判断だろう。

▽テポドン2号は全面的な近代化が進んでおり、「テポドン3号」とも呼べるほどだ。射程は超長距離になった模様だ。弾頭をどこまで軽量にできるかに左右されるが、最大射程はフロリダのある米国本土南東部をおさめる1万4000~1万5000㌔㍍と見積もっている。

 日経新聞はいかにもフロリダを狙っているかのような見出しをつけていたが、そうではないだろう。飛ぶ距離の話ではないか?

 しかし、いずれにしても、米国はすごい、と思う。このような専門家が軍事衛星が世界中から送ってくる画像を四六時中チェックして、変化を見ているのだろう。日本も対象になっている、と思う。

◆東京新聞は北朝鮮のテポドン2発射準備を舞水端里と見ている

 東京新聞2月5日朝刊国際面トップ<北ミサイル/日本海側で発射準備か/列車の移動先 情報交錯>はソウル支局の福田要特派員の記事だ。

 韓国政府関係者が4日、テポドン2の発射準備とみられる動きがあるのは2006年に同ミサイルの試射実験を行った東海岸の舞水端里の基地だ、と明らかにした、という記事だ。

 聨合ニュースは5日、韓国情報当局の話としてテポドン2と推定される円筒形の貨物を載せた列車は当初予定された西海岸の東倉里の基地ではなく、舞水端里基地に着いたことが確認されたと伝えたという。貨物は覆いをかけられたまま、発射台に移すなどの動きは見られないと書いている。

 ただ、KBSテレビは韓国政府高官の話として列車は5日にも舞水端里に到着すると報じた、と書いている。情報が交錯している、というが、韓国情報は昔から本物とガセの見分けが難しいので有名だ。

 ただ、聨合ニュースもKBSも東倉里ではなく舞水端里だ、という大きな方向は合致している、というのだ。

 米専門家の話と総合すると、もしかすると、8月までに発射実験をせざるを得ない情勢になれば舞水端里で実験を行い、新基地が完成すれば、新基地のお披露目もかねてそっちで打ち上げる、ということか、と想像する。

 それにしても人騒がせだけど、韓国も米国もよくフォローしている、と思う。日本はどうなっているのだろう?

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今度は1000円が4900万円:いい加減にしてほしい「かんぽの宿」~朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞2月5日朝刊から

◆衆院予算委で明らかにされた事実~朝日新聞2月5日朝刊から

 朝日新聞2月5日朝刊政策面トップ<評価額1000円の運動場/4900万円で転売/旧郵政公社 かんぽの宿と一括売却/東京の業者、沖縄の私学に>が掲載されていた。4日の衆院予算委員会で国民新党の下地幹郎衆院議員(沖縄1区)が概要を明らかにした、とあった。

 公開の場で資料を公表して国民に日本郵政のやり方の是非を問うたわけだ。

 朝日新聞記事は[かんぽの宿問題]の[キーワード]をつけたうえ、鳥取県岩美町岩井の軽費老人ホームに改修・運営されている「1万円入札」の旧「かんぽの宿」の立派な写真を掲載している。

 朝日新聞の記事は以下のようなものだった。

 <旧日本郵政公社が「かんぽの宿」と一緒に売却し、購入者の東急リバブル(本社・東京)1000円と評価した沖縄県内の運動場を、沖縄尚学高校を経営する学校法人・尚学学園(那覇市)が4900万円で購入していたことが分かった。沖縄尚学高は選抜高校野球大会で2度優勝した甲子園の常連校。今は野球場として使われているという。>

 以上が前文だ。

 <下地氏が入手した資料などによると、東急リバブルが転売していた沖縄の施設は、旧沖縄東風平(こちんだ)レクセンター(沖縄県八重瀬町)。同社と旧郵政公社は2007年3月に契約し、所有権が移った。運動場で、広さは9873平方㍍。この土地を尚学学園が購入した。同校は3583万円で購入する予定だったが、「競争相手がいる」などと言われ、4900万円で購入したという。>

 この「競争相手がいる」と言って値段を吊り上げた、というのが笑わせるところだ。

 つまり、東急リバブルは1000円で買ったものを3583万円で売るのは安すぎると思って4900万円で売った、ということか。1300万円も上乗せさせているのが、いかにもこの「かんぽの宿」問題の登場人物たちの「さもしさ」(麻生首相の言葉遣いを真似したわけではないが)を象徴しているようで笑ってしまうのだ。

 <この売却案件について、日本郵政は4日夜、旧沖縄東風平レクセンターの鑑定評価額が6256万円だったことを明らかにした。この値段を東急リバブルが市場価格に沿って引き直し、立地や収益性を考えて評価額を1000円にしたとみられる。東急リバブル広報IR課は「個別の取引内容は答えられない」としている。

 ここらへんから、何だか分からなくなる。6256万円の鑑定評価だった、というのが正解なのだろう。そうでなければ、不動産鑑定士などの汚職、業務上横領、背任事件になってしまうところだったのではないか。

 <旧郵政公社は2007年、全国の施設178カ所を総額115億円で一括売却した。東急リバブルや穴吹工務店など計7社による共同購入だった。その中には、買い手が1万円と評価し、社会福祉法人に6000万円で転売された鳥取県内の旧「かんぽの宿 鳥取岩井」も含まれていた。>

 一昨年の一括売却が相当に問題だったことが次々明らかになる、ということだ。

 <この案件は、日本郵政がオリックス不動産にかんぽの宿を109億円で一括売却する契約とは直接関係していない。ただ、不動産業者が多額の転売益を得ていることが発覚し、鳩山総務相や野党が日本郵政の不動産売却のあり方を問題視している。>

 毎日新聞2月5日朝刊対社面<評価1000円→転売4800万円>には、日本郵政

 「178件の資産評価は114億円だったが、落札価格はそれより1億円高かった

 という話が掲載されていた。

 これも考えてみればおかしな話だ。7社の共同入札の価格が日本郵政側の金額よりも1万円だけ高かった、と? 完全な談合ではないか、という疑いが出てくる話ではないか。あまりにも出来すぎている。

◆有馬温泉かんぽの宿は地元が購入意欲、オリックスへの売却白紙化を要望

 朝日新聞はこの記事の後に<施設の地元購入/有馬温泉が検討/総務相に要望>を掲載していた。兵庫県の有馬温泉観光協会が鳩山総務相に対し、オリックス不動産への一括売却白紙化を要望した、という内容だ。地域の事情を考えた個別の売却先の選定を求め、有馬温泉の同施設については地元での購入も検討することを伝えた、と書いてある。

 鳩山総務相はその後、記者団に「地域で引き受けて地域の観光に役立てたいということだったので、私の考えと方向は同じですとお伝えした」と話した、という。

◆読売新聞朝刊1面の<かんぽの宿「ゼロから検討」/郵政社長>

 読売新聞2月5日朝刊1面<かんぽの宿「ゼロから検討」/郵政社長>は西川善文・日本郵政社長が4日の衆院予算委でオリックス売却問題を「ゼロから検討する」と答弁したことを取り上げて、

 <白紙撤回を含めて見直す方針を表明した。>

 と書いていた。今までの言い方と変化した、という解釈である。今までは「凍結」「白紙凍結」だったが、「ゼロから検討」は「白紙撤回」なのだ、というのかもしれないが、何しろはっきりした物言いをしない人だから、よくは分からない。

◆オリックスの宮内氏は優良物件を8年前、目をつけていた?~東京新聞2月5日朝刊

 東京新聞2月5日付朝刊[こちら特報部]面の[ニュースの追跡]で<かんぽの宿売却問題/”優良物件”8年前に注目?/オリックスの宮内氏 自著で言及/「一介の私企業かなうはずない」>という見出しで、宮内義彦氏が2001年に東洋経済新報社から出版した「経営論」を取り上げている。

 これは日経ビジネス人文庫から改定版が出ているというから、そこそこ売れた本なのだろう。まあ、こういう本は宮内氏の部下のゴマすり男たちが自分の部下に買わせて、宮内氏にいい顔をする、という目的で売れることもあるので、家や会社で「積んどく」状態の本も多いとは思うが。

 その本の中でかんぽの宿に触れている、というのだ。この問題は実は週刊朝日(2月13日号)でも取り上げていたから、すばしっこい特報部記者が週刊朝日を見て、取材し直したのかもしれないなぁ、と思った。

 週刊朝日によれば、2001年6月という出版時期は宮内氏が総合規制改革会議の議長に就任した直後だ、という。宮内イズムの「バイブル」といってもいい本だ、と週刊朝日の評価は高い。当時の総合規制改革会議のメンバーの一人の証言が週刊朝日の読みどころだったのだ。

 <「宮内さんは、郵政民営化を03年度のテーマに取り上げたいと強く主張していた。しかし、郵政は経済財政諮問会議で議論することになっていたので、政府からストップがかかり断念したのです。さも自分が関係ないかのように振る舞っているのは変ですね」>

 東京新聞によると、この本の記述については1月28日に開かれた社民党・国民新党の「かんぽの宿」合同ヒアリングの席上、国民新党の森田高参院議員が取り上げた。

 森田議員は「かんぽの宿の資産構成の良さには早くから注目していたようだ。郵政民営化後の宿泊部門は宮内氏に、という郵政推進役の中での役割分担ができていたのではないか」とみる、と書いてある。

 また、

 <森田議員は郵政グループ各社の一部の役員構成にも着目。役員の出身企業と郵便局との関係の強さを指摘し、「かんぽの宿の一括売却は氷山の一角。郵政民営化をめぐり、インサイダー同士で調整があったとみている。郵政見直しが必要だ」と厳しく語った。>

 と、郵政改革反対の主張の背景に、このようなインサイダー疑惑もあることを付け加えたというのだ。

 かんぽの宿問題を疑惑まみれのままで幕引きすると、将来、郵政民営化だけでなく、今後の民営化手法への強い疑念を生みかねない。ここは徹底的に膿を出してほしい。

 竹中平蔵氏も勘違いせず、大きな視野でこの問題を見てほしい、と思う。郵政民営化を貫徹し、守るためにも真実究明は避けられないのだから。

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2009年2月 4日 (水)

一斉に「偽装入札」疑惑を報じた週刊朝日とサンデー毎日~かんぽの宿問題+日経新聞2月4日夕刊

 「かんぽの宿」問題で新聞社系の週刊誌が盛り上がっている。週刊朝日2月13日号とサンデー毎日2月15日号がそろって日本郵政が行った「競争入札」がインチキだった可能性について指摘した。保坂展人・社民党衆院議員の話ではないが、やはり日本郵政とオリックスとの「出来レース」だったのではないか、という疑いはさらに濃くなった気がする。

 週刊朝日はこの疑惑の入札に参加した業者の一人にインタビューしていた。30年以上、郵政と付き合いながら仕事をし、全国のかんぽの宿もすべて現地に行って状況は分かっているという内部関係者である。彼の話である。

 日本郵政のホームページに「競争入札のお知らせ」がアップされたのは2008年4月1日だった。彼はすぐに入札準備に取り掛かる。入札に際しては日本郵政とアドバイザリー契約を結んでいたメリルリンチ日本証券に会社のコンプライアンス体制、不動産事業実績、共同出資者の名称など7項目について書類提出が求められた。電話問い合わせも訪問もダメ、という中でメールか手紙でしか問い合わせを受け付けず、応募した数週間後にメリルの担当者が事務所に来て1時間程度簡単な質問をしていっただけ。結局、彼の会社は第1次提案の前の予備選考で落選した、という。

 彼の言い分が面白い。

 <「当初、告知や応募資料には売却物件に『世田谷レクセンター』が入っていた。世田谷の一等地にあるスポーツセンターで、約2万5000平方㍍もの広さがある。これだけで200億円はするというのが、私の計算でした。超目玉物件ですよ。実際、内部の人間からは、『雇用保障や2年の転売禁止という条件があるから、埼玉と世田谷はオマケとして付けているんですよ』と聞いていました。>

 この世田谷の施設の問題が奇奇怪怪なのだ。

 詳しかったのはサンデー毎日2月15日号だった。

 <旧郵政省管轄の簡易保険福祉事業団が建設した「ゆうぽうと世田谷レクセンター」(東京都世田谷区)。旧称は「かんぽレクセンター東京」だ。地元不動産業者が説明する。>

 <「20㍍と25㍍のプールや体育館棟に加え、屋外にはテニスコート21面と150台収容の平面駐車場があり、敷地も野球場のグラウンドが二つ入る6000坪(約2万平方㍍)はあります。人気の東急田園都市線二子玉川駅と高級住宅地の小田急線成城学園駅の間に位置する好立地で、多摩川にも近い。不動産不況下で周辺の坪単価は数十万円下がっていますが、それでも110万円くらい。マンション用地としても時価40億円程度の価値はありますね」>

 井上卓弥記者が現地に行ってみると、ニコタマからバスで10分、徒歩なら20分以上かかるが、閑静な住宅地にこれだけのまとまった土地が存在するのは驚きだ、と書いていた。飛び地だが、近くにはオリックスグループがマンション用地の名目で取得した土地もある、という近所の人の話も紹介していた。

 <レクセンターは現在、全国で会員制スポーツクラブを運営する「セントラルスポーツ」(東京都中央区)が日本郵政からスポーツ指導業務の委託を受けて営業している。水泳や体操の五輪メダリストを輩出したことでも知られる同社だが、世田谷レクセンターには、高級フィットネスのような敷居の高さはない。>

 井上記者は詳細に調べている。

 <「もともとかんぽ施設ですから、利用料金は周辺の施設に比べて休日で半額程度。気軽に通っていただけるレベルです。”儲けてはいけない”施設だと心得ています」(施設マネジャー)。施設の稼働率は高く、利用者数や収支は”右肩上がり”というが、日本郵政の資料では2007年度は2900万円の赤字を計上している。マネジャーの言を引くまでもなく、儲けを封印された「塩漬け」優良物件というわけだ。>

 ただ、井上記者が騙されている可能性もあるのだ。決算のトリックである。この辺は週刊朝日に詳しい。

 週刊朝日がインタビューした例の業者の話である。「毎年40~50億円の赤字という話は予備選考では出てこなかった話だ」というのだ。

 <「まさに『作られた赤字』ですよ。今回の入札では1次審査で3分の2の会社が辞退しましたが、これは異常です。審査の途中で、この赤字の存在が明らかにされたからでしょう。普通の企業ならば、毎年数十億円も赤字があると知れば、入札価格は0円でもいい。むしろ撤退を考えます。だけど、私はそれを聞いたとき『会計方法をいじった、都合のいいマジック』だと思った。というのも、旧郵政公社はここ数年、不採算の施設を処分してきた経緯があるので、かんぽの宿にそんな赤字があるわけがないんです」>

 さすがに業者である。詳しい。週刊朝日の記者もこれだけでは止めなかった。旧郵政公社幹部にも突撃取材を敢行したのである。元幹部の証言だ。

 <「実は、03年から07年までの公社時代、売却によってかんぽの宿の収支はかなり改善され、キャッシュフローではすべて黒字になっていた。減価償却費を加えると赤字になるが、これはあくまで帳簿上の問題で、直接に金銭的ダメージはない。実は売り急ぐ必要はなかったんです。公開する情報をコントロールしてさりげなく、ある方向に誘導していくというのは、官庁ではよく使われる手口です」>

 ここまで詳しい証言ができるのは相当上にいた幹部だったのだろう。もしかすると取締役だったかもしれない。

 旧郵政公社のディスクロージャー誌に掲載されている「加入者福祉施設の損益状況」によると、かんぽの宿を含めた福祉施設の収支はどんどん黒字化が進み、05年度には計約17億円のプラスとなるが、06年度になると突如として計約36億円の赤字が計上されている。これは「06年度から減価償却費、固定資産税等の金額が含まれたため」(日本郵政)という、とある。会計方法の変更による「帳簿上」の「赤字」だったのだ。ある「かんぽの宿」の総支配人も赤字が単なる数字のマジックだったことを認めている、という。

 こういう手口を見ると、井上記者が周辺の地取りをして調べた世田谷の優良施設も、会計方法のトリックを使って赤字にしているだけではないか、と疑えるのだ。

 サンデー毎日によると、その世田谷のレクセンターが日本郵政から一括譲渡先決定の連絡を受けたのは公表の昨年12月26日の少し前だった、という。ところが、この施設がいつの間にか一括譲渡の中から消えてしまったのだ。

 先の週刊朝日のインタビュー記事に戻る。

 この業者は世田谷施設を含めて400~500億円はかかるだろう、と考え、銀行から借り入れの手はずも整えたのだという。ところが、オリックス不動産への109億円売却が公表された時には実際の売却物件から世田谷の施設が消えていた。つまり、公表時には「全部で70」とされた施設は最初は「全部で71」だった(サンデー毎日)というのだ。

 週刊朝日によると、

 <日本郵政は本誌の取材に、こう説明した。「最終入札参加者から企画提案を受けた際、同センターについて適正な評価を得られないと判断したことから、一括譲渡の対象施設から除外したものです。なお応募先各社には対象施設の変更があり得ることについて、事前にご理解を頂いております」(コーポレート・コミュニケーション部)。>

 週刊朝日は「そもそも国民の財産である施設の売却が、こうも”恣意的”に条件変更されていいものなのか」と怒りをぶつけている。

 この「なぜ除外したか」について、サンデー毎日では日本郵政とオリックスの説明が微妙に食い違っていることを注意喚起している。

 <入札では最低1年間の雇用維持が条件とされたというが、その制約を受けない施設がなぜ入札から外れたのか。>

 として、野党のヒアリングに対して日本郵政担当者は、

 <「オリックスを含む2社競合の状態でしたが、両者とも宿泊事業を提供したいとの考えで、レクセンターには宿泊施設がないため除外しました。10月か11月ごろでした」>

 と語った、という。一方、オリックス側は文書で次のように回答した、という。

 <「日本郵政様の意思により除外されたものと理解しております」(不動産広報)>

 そこで井上記者は別の不動産関係者に話を聞いたら、

 <「不動産価格の急落で、オリックスは落札額の109億円の手当ても難しい状況と噂されています。レクセンターの簿価は非公開ですが、恐らく単一の物件では最高額。これを含めれば価格はさらに上がり、とても手が届かない。あくまで推測ですが、そのために泣く泣く優良物件の切り離しを選択したのでは……」>

 と言ったという。そもそもオリックスという会社がどんな会社なのか、もう少し詳しく知りたくなる。井上記者は素早い。ちゃんと経済ジャーナリスト、須田慎一郎氏のコメントを取っている。

 <「リースから出発し、保険業などに進出したオリックスですが、最盛期には不動産売買と証券化・開発事業などで収益の6割をあげており、本業はいわば”不動産ファンド”です。市況悪化の影響は相当大きいはず。帳簿外の損失などは不明ですが、永田町では政府系金融機関を通じた公的資金の注入話も浮上していた矢先の(日本郵政からオリックス不動産への売却)凍結だけに、ショックは大きいでしょう」>

 そうなのか。不動産ファンド的な会社だとは思ったが、まさか儲けの6割が不動産とは。政商という噂は本物だったのだ。

 この不動産会計者は、

 「1次入札後の最終段階で対象から外すのはインチキ臭く、公正な入札とは思えません。民間の入札でもこんな例はほとんど聞いたことはありません」

 と話した、という。

 そこで、井上記者は日本郵政に詰めに詰めた。レクセンターが外れたのはいつだったのか?と。そうすると、日本郵政広報から、

 「担当者によると、11月ということです」

 という回答があった、という。

 最終入札が行われた10月31日よりも後だった、というのだ。

 そうなると、2社の事情ではなく、オリックスの事情で外したことになる。須田氏の話とも符合する。

 こんな事後調整を行った行為は「公正な入札」ではない、と井上記者は声を大にして訴えている。

 この「レク」を外した問題は週刊朝日も相当にしつこく取材しているようだ。

 両誌に登場しているが、この問題に詳しいのが保坂展人・社民党衆院議員のようだ。週刊朝日では、

 <「公正な競争入札であれば、最初の入札公告で提示した売却内容を途中で変えるなどありえない。日本郵政は競争入札という言葉を使っていますが、売却の実質は随意契約であったというのが私の見方です。実際に応募した企業が提出したのは入札金額ではなく提案、つまり企画書だった。民間企業で言う「企画コンペ」で、企画書の締め切りはあっても、入札日や入札時刻が決められていない。企画書を送った後は日本郵政側が自由に取捨選択できてしまうわけで、透明性が確保された競争入札とは言えません。日本郵政の動きにも不審な点がある。我々の説明要求に日本郵政が出してきた資料で当初使われていた『企画提案』という用語が、最近になって『競争入札』にこっそり書き換えられていたんです。姑息なことをするなあ、と驚きました。これでは自らやましいところがあると表明しているようなものです」>

 日本郵政は、

 「今回の手続きは各応募者からの『企画提案』内容を総合的に審査する『競争入札』によりますので、より適切な表現に変更したものです」

 と弁明した、という。

 総合評価方式という競争入札のやり方はあるそうだ。しかし、五十嵐敬喜・法政大学教授は「総合評価方式では審査の基準や審査員の素性、審査結果の点数などを公開するのが原則。それに、審査員には弁護士や地域の住民などの第三者も入れる必要がある。今回の売却ではそうした情報が公開されておらず、きちんとした競争入札だったかは極めて疑わしい」と話している、という。

 どうも、両誌のスクープ合戦を見ただけでも、日本郵政のこれまでの主張、釈明はボロボロになっている、と言わざるをえないと思う。

◆入札資料を全面公開へ~日経新聞2月4日夕刊

 日経新聞2月4日夕刊によると、日本郵政はとうとう入札資料を全面開示する方針に転じた、という。

 1面4段の特ダネで<かんぽの宿/入札資料を全面開示/日本郵政/立ち入り回避狙う>だ。

 見出しにあるように、日本郵政には鳩山総務相が意欲を見せている総務省による立ち入り検査をどうしても避けなければならない理由があるのだろう。そこで入札資料を出すのだ、と表明したのだが、両誌にあるように、実際に行われたのは普通の入札ではない。そのうえ、世田谷の施設を突然外すという、普通の入札ではありえないようなことまでしているので、どこまで本当の資料が出せるか、注目したい。

◆男を上げた鳩山邦夫総務相

 それにしても、鳩山邦夫総務相は男を上げた、と思う。

 財界、マスコミぐるみの鳩山バッシングに負けずにオリックスと日本郵政の癒着に切り込んでいったので、ようやく敵が動き始めた、というところだろう。

 この調子でドンドン進んでほしい。野党も負けずに国政調査権で調査、宮内氏の証人喚問に持ち込んでほしい。こういう時こそ、鳩山由紀夫・民主党幹事長との兄弟コンビで「悪」を追い詰めてほしいものだ。

 この闇が明らかにされない限り、「郵政民営化は利権だった」という誤解が広がってしまう恐れがある。

 郵政民営化自体は橋本政権からの財投改革から始まった一連の改革である。今まで特殊法人や官僚の「隠れ蓑」会社に流れていた第二の予算、財政投融資が抜本的に改革されつつあるのに、その財源である郵貯だけ残すと、郵便貯金をする人が減らなくとも、そのカネを運用する先がなくなるので、今までとは違ってリスクのある運用が必要になる。

 そうなれば、今までの郵貯とは違って普通の銀行と同じになってしまう。つまり、郵貯はいらなくなるのだ。論理的な必然である。

 それにもかかわらず、郵貯を無理に残そうとすれば、大企業が株式市場から資金調達する直接金融時代に生き延びていた長期信用銀行のような「時代に取り残された存在」になってしまう。

 しかし、そのような「神学論争」に深入りする前に、まずは「かんぽの宿」疑惑の事実解明である。

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2009年2月 3日 (火)

北朝鮮がテポドンⅡ発射準備という未確認情報~産経新聞2月3日朝刊と各紙夕刊

 さすが産経新聞だ。ここぞ、というところでキッチリと特ダネを書いている。2月3日朝刊1面トップの<北、テポドン発射準備/米偵察衛星確認/改良型の可能性も>である。産経新聞には申し訳ないが、この特ダネ、あまり鮮やかだったので、「ホントかいな?」とちょっと疑っていたところ、各紙の夕刊を見たら、一斉に追いかけていたので、そのスクープの大きさが分かった。

 産経新聞の記事を写しながら、見ていこう。

 <北朝鮮が、核弾頭を搭載可能な長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射準備を進めていることが2日、分かった。複数の政府筋が明らかにした。米国などの偵察衛星が発射準備とみられる動きを確認しており、1~2カ月中に発射準備が完了する可能性が大きい。北朝鮮は日本や韓国の対北強硬姿勢に強く反発しており、対抗措置としてミサイル発射準備を進めているとみられるが、万一発射すれば、国際世論の反発は必至で、6カ国協議の行方にも大きな影響を与えそうだ。>

 という前文である。日本政府筋から取っているようだ。産経新聞は昔から公安情報に抜群に強い伝統があるから、これも公安筋からの情報かもしれない。

 <複数の政府筋によると、米などの偵察衛星が、北朝鮮北東部の平安北道東倉里で新たに建設中のミサイル発射施設に複数のトラックが頻繁に出入りしているのを確認。ミサイルを格納する大型コンテナも運び込まれていることが分かった。コンテナなどの大きさからミサイルは、テポドン2号と同等以上のサイズとみられる。

 米軍事衛星の情報しか、このような変化をキャッチできないのだろうか?

 <すでに北朝鮮は昨年秋までに発射施設でエンジンの燃焼実験を行っていることが確認されている。北朝鮮のミサイルは液体燃料を使用しているため、発射台への設置や燃料注入にはかなりの時間を要するため、発射は早くても1~2カ月先になる可能性が大きい。>

 やはり、この基本構造は変わっていないようだ。テポドンⅡは少なくとも液体燃料だ、という。ノドンは個体燃料が開発されたという情報もあった、と思うのだが。

 <テポドン2号は北朝鮮が独自開発した弾道ミサイルで、1段目に新型ブースターを登載し、2段目には旧ソ連が開発した短距離弾道ミサイル「スカッドC」を改良したノドンを使用しているとされる。射程は約6000㌔㍍で、米国のアラスカやハワイ周辺まで到達するとみられている。今回のミサイルはテポドン2号の改良型である可能性もある。改良型ならば射程は1万㌔㍍に達するとみられ、米本土も射程圏に入るとされる。>

 米国は少しは怖がってくれるのだろうか?(冗談です)

 <北朝鮮は、韓国・李明博政権の対北強硬姿勢に反発を強めており、先月30日に朝鮮中央通信は祖国平和統一委員会の声明として「北南間のすべての政治・軍事的合意を無効化する」と伝えた。麻生政権も「核、ミサイル、拉致問題が包括的な解決が国交正常化の条件」との立場を崩さず、対北経済制裁を続けている。>

 ここからはこれまでの経緯説明に入るようだ。

 <北朝鮮は平成5年(1993年)5月29日、日本海に向けてノドンを発射。18年(2006年)7月5日にはテポドン2号やノドンなど7発のミサイル発射実験を実施した。テポドン2号は空中分解し、実験は失敗したが、国連安保理は7月15日、全会一致で非難決議を採択し、ミサイル発射再凍結を求めた。>

 安倍首相が中国と韓国を訪問している時には核実験をやった。その前の話である。

 記事はこのほか、[ことば]でテポドンを説明している。

 <テポドンミサイル 北朝鮮が開発を進めている弾道ミサイル。スカッド(射程数百㌔㍍)、ノドン(同1300㌔㍍)の後継。平成10年(1998年)にテポドン1号(同1500㌔㍍以上)の発射実験を行い、18年(06年)に発射した7発の弾道ミサイルのうち、3発目がテポドン2号(射程6000㌔㍍)とみられる。2段式で液体燃料を使用。北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から発射されて命名された。>

 そして、年表である。題名は、

[北朝鮮のミサイル開発に関わる動き]

平成10年(1998年)8月 北朝鮮がテポドン1号発射。弾頭部分は日本列島を越えて三陸東方沖に着弾

  14年(2002年)9月 小泉純一郎首相訪朝、金総書記と初会談。ミサイル発射凍結の延長などを明記した日朝平壌宣言を発表

  16年(2004年)5月 小泉首相が再訪朝。金総書記、ミサイル発射凍結を確認

  18年(2006年)2月 北京で日朝政府間協議。北朝鮮は日朝平壌宣言のミサイル発射凍結を破棄する意思を日本側に伝達

  18年(2006年)7月 テポドン2号を含む弾道ミサイルを7発連続発射

 以上が産経新聞の1面トップだ。完璧な特ダネである。ただ、北朝鮮北東部とあるが、今回の東倉里は北西部になるのではないか。些細な話だが。

 どっちにしろ、こういう発射実験場は米国がミサイルや爆撃機で攻撃しづらいように中朝国境の近くにあるのは面白い。

 この産経新聞の世界的特ダネを韓国の聨合ニュースがキャリーした。こちらは韓国政府筋にコンファームした記事になっている。東京新聞が2月3日夕刊2面2段扱い<テポドン準備の動き/韓国報道/北朝鮮へ監視強化>。

 日経新聞は同2面3段<北朝鮮、ミサイル発射準備か>で、

 <東倉里の新発射場では2008年夏ごろ、射程6000㌔㍍以上とされる長距離弾道ミサイル「テポドン2号」やその改良型と推定されるミサイルのエンジン燃焼実験を実施した模様。北朝鮮は06年7月に舞水端里(ムスタンリ、北東部)からテポドン2号を発射したが、機体は数十㍍先の海上に落下、日本政府見解では「失敗」した。>

 と書いていた。産経新聞が書いていた準備作業が昨年夏からだった、というのだ。米偵察衛星はずっと監視していたのだろう。

 読売新聞は夕刊1面2段<北、テポドン発射準備か>で、日経同様地図つきで報じた。聨合の配信内容を詳しく書いている。

 <聨合電によると、情報当局が最近、衛星を通じ、平安北道の軍需工場から「円筒形の物体」と推定される部品を積んだ列車が、東倉里に向かっているのを発見。この物体はミサイルとみられるが、消息筋は「カバーをかけられているため、精密な分析が必要だ」との見方を示している。

 というものだ。

 毎日新聞は夕刊総合面3段<北朝鮮/「テポドン2」発射準備?/韓国報道/「円筒形物体搬送を確認」>だ。内容は読売と同じだが、地図は載せていなかった。

 朝日新聞夕刊は2面2段<テポドン発射準備か/北朝鮮/韓国、警戒強める>と韓国にゲタを預けた書き方。「列車がどこに到着したかのかは、まだわかっていない」とも書いている。ただ、中曽根外相の話を「コメント控える」の見出しつきで入れていた。日経は官房長官の話を入れていた。

 黒井文太郎さんの「スパイ&テロ」を見たが、まだ関連情報はアップされていなかった。こういうケースでは最近は黒井さんの分析を見るのが一番なのだが。

http://wldintel.blog60.fc2.com/

 どっちにしろ、北朝鮮の存在誇示、オバマ米新政権へのアピールでしかないのだろうが、それと純軍事的な意味合いはまた違うので、その純軍事的な意味合いをキッチリと捉えておかないと事を誤る。

 いずれ出てくる情報に目を光らせよう。

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「国民生活が第一」はいけないことか?~産経新聞2月3日付[くにのあとさき]

 書こうか、書くまいか、少し迷ったのだが、疑問をぶつけておくのも大切だろうと思って書く。産経新聞2月3日朝刊1面[くにのあとさき]<いまだ鎖国を実践中>の湯浅博・東京特派員のコラムである。

 基本的に湯浅氏の論に賛成だ。特に最後の文章の中の、

 <幕末期に登場した勝海舟は稀有な戦略家なのか。官軍と幕軍の激突による国力の低下と、諸外国の介入を避けるべく奔走したリアリストであった。>

 には「そうだっ」と相槌を打ちたくなる。しかし、それに続く文に違和感を覚えるのだ。

 <いまの日本に「国民生活が第一」など、言わずもがなの偽善はいらない。平成の世に視野広く行動する海舟のような政治家はいないか。>

 である。私は「国民生活第一」は単なる「言わずもがなの偽善」とは思わない。国民生活を無視して大企業=族議員=利権官庁のための政治が今まで横行していたのではないか。

 それが、今回の「かんぽの宿」問題でも噴出している。これは「どうでもいい問題」ではない、と思う。日本の国際化、グローバル資本主義の荒海の中で今後、どのような立ち位置を保持して世界優位を続けていくか、に関連した非常に大きな問題だと思う。

 というのは、ご承知のように戦後、財閥が解体され、軍もなくなり、政治家もパージされた中で中央官僚だけは生き残り、日本国憲法の「主権在民」は言葉だけで、実際は「官僚支配」が続いた。これも、ある時期までは仕方なかった、と思う。極貧状態に陥った戦後日本が残った乏しい資源を集中して、鉄と石炭の産業を興し、朝鮮戦争という神風が吹いたこともあって、高度経済成長にまでつなげることができた。

 ところが、この官僚と大企業、そして政治家が一体で国策を遂行するシステムの有用性は情報のグローバル化が進む中で陳腐化していく。また、豊かな社会の中、過度の分配政治が行われたため、福祉国家の悪い面ばかりが出てきてしまった時が、後から考えると高度成長の神話が終わった時でもあった。

 規制に守られて弱者も保護しながら護送船団で荒波を乗り切る方式が通用しなくなったことがはっきり認識されたのは冷戦崩壊だった。東欧や中国、旧ソ連の安い労働力を使って企業が生産を開始し、先進国の労賃が下がる。労働分配率低下の大きなトレンドはここから始まっている。

 そして、グローバル資本主義はアメリカがデファクト・スタンダードを握る形で世界金融資本主義に発展し、1997~98年のアジア経済危機などを引き起こしながら、世界を席巻した。こうした時代に政府は自国民を守る。つまり、安全保障面で守るのは当然だが、生活できるように守る義務が今まで以上に強まった、と考える。自由放任ではやっていけない時代になったのだ。そして、その変化を表わす言葉が「国民生活が第一」なのだ、と理解している。

 国民を無視する政治は悪政である。建前かもしれないが、建前を常に言わせ続け、それが本当の意味で実現するように誘導するのが識者、メディアのある意味、責任ではないか、とも考えている。

 湯浅氏はグローバル時代に外の変化を見ない日本の政治家に切歯扼腕しているのだ、と思う。それはそうだろう、と私も思う。しかし、政治家だけを責めても仕方ないのではないか。そういう政治家しか永田町に残さない日本の大きな意味でのシステムに問題があるので、私はメディアの責任が物凄く大きい、と思っている。

 和辻哲郎氏の「鎖国」。私も読んだが、たしかに昭和の軍部が「国内の敵」にばかり目が行って外国を冷静に分析していなかったことを示唆する内容かもしれない。

 マサチューセッツ工科大学のR・サミュエルズ教授のIHT紙論文は読んでいないが、教授は「国際社会で日本がその機会を失うと、大損することが分かっていない」「日本は国内政治の都合で外交が混乱することを許すつもりらしい」と日本政府を皮肉っている、と湯浅氏は書いている。そして、朝日新聞の海賊対策論への批判をしている。

 それはいずれも正しいのだろうが、今の日本はそういう国なのだし、そういう国なりの良さもあることを認識したほうが生きやすいのではなかろうか。

 日本人はいざとなれば、火事場の馬鹿力を出すことができる。まだその時期が到来したという認識がないのではないか、と思う。

 警世家として、常に世の中に警告を与え続けると、疲れてしまうかもしれないが、短期にならず、のんびりと、定点観測を深めながら警告を出し続けてほしい。

 「国民国家の経済」つまり「経国済民」の大切さは是非、認識していただきたい。

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仮面ライダーはセロトニン効果で変身した?~朝日新聞2月2日朝刊から

 朝日新聞2月3日朝刊社会面ハコ記事<無害バッタ ワルに変身/エサ減ると群れに→神経物質の濃度3倍/英豪チームが発表>に教わった。子どもの頃から、茶色っぽいバッタと緑色のバッタは別のバッタだ、と思っていたが、同じ種類だというのだ。戦闘モードのバッタが茶色で、のんびり型が緑色だ、と。セロトニンという物質がこの変化に関わっているということだった。これは驚き。「へぇー」である。

 写真が良かった。同じ形の緑色のバッタと茶色のバッタがにらめっこをしている。大きさも形も同じである。だけど、色が決定的に違う。

 子どもの頃から不思議だ、と思っていた。こういうふうに50~60年間不思議だと思っていたことが、科学の力で解明されることは日常的に行われているのだろう。たまたまバッタの記事を見つけたから溜息をついているだけで、例えば縄文時代と弥生時代、その後の古墳時代の前期については、最近の研究で、昔、中学・高校で教わったことが全く違ってきている。

 考えてみれば、アインシュタインが相対性原理を発見して、日本を訪れてからもう何年になるのだろうか? 私も含めて、いまだに相対性原理など知らない人間が多く、ニュートン力学の常識で育って死んでいく。

 その意味では、科学の発達とはいってもまだら模様を描くのだろうし、バッタの新発見だって、知らなければ知らないですむんだけど、常識というか、子ども時代からの不思議を解明してくれた、という驚きは深い。

 記事はワシントン支局の勝田敏彦記者が書いた。

http://www.asahi.com/science/update/0202/TKY200902020264.html

 <ふだんは無害なバッタの仲間が大群となって食害を起こすとき、神経系でセロトニンと呼ばれる物質の濃度が3倍に上昇していることがわかった。セロトニンは人間の脳にもあり、精神活動に影響する物質。ケンブリッジ大など英豪チームによる論文が、米科学誌サイエンスに掲載された。>

 という前文だ。

 <バッタの仲間サバクトビバッタは本来、単独行動を好む。しかしエサが少なくなると残ったエサを求めて集まり、大群となって農作物などを食い荒らしつつ移動し始める。途上国で食糧問題の原因の一つになっている。体色も緑から黒っぽく変わる「変身」は、お互いの体が接触するほど近くなると起きる。研究チームはバッタの後ろ脚の近くを刺激し、変身が2時間ほどで起きるのを確かめた。この時、神経系でセロトニンの濃度が3倍になった。セロトニンの作用を人工的に止めるとバッタは刺激しても変身しなかった。>

 セロトニンという薬はものすごい薬なんだなぁ、と。

 <研究チームの英オックスフォード大のマイケル・アンスティー博士は「ジキル博士とハイド氏のような変身の裏には、こんな変化が神経系にあった」と話す。セロトニンは動植物に広く存在する。人間ではうつなど精神疾患との関係もわかっており、セロトニンの再吸収を阻害する物質などが抗うつ薬として使われている。>

 そうか、抗うつ剤なのか。精神の力で変身できる、ということなのか? 仮面ライダーはバッタだった。あの変身もセロトニンだったりして。

 それは冗談だが、久々に心温まる面白い記事だった。

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今は「日本の旗艦」はトヨタなのだろう~毎日新聞2月3日朝刊「経済観測」+2月4日付訃報

 2月3日毎日新聞朝刊新経面[経済観測]は三連星さんの<トヨタは日本の旗艦か>だった。例の軍艦の隊列の中で司令塔となる艦である。

 日本海海戦の東郷平八郎とかいているが、この時の旗艦は「三笠」だったはずだ。スペインのトラファルガー岬沖でナポレオン軍率いるフランス・スペイン連合艦隊と戦った「トラファルガーの海戦」のイギリス海軍・ネルソン提督は敵の隊列を分断するため2列の縦隊で突っ込むネルソン・タッチという戦法を使ったことで有名だが、その時の旗艦は「ヴィクトリー」で、総勢27隻。ピエール・ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊の旗艦は「ビューサントル」で総勢33隻だった。

 トラファルガーの教訓は数に勝っていたフランス・スペイン艦隊が寄せ集めで士気が低く、指揮命令系統がしっかりしていなかったことと、練度が低かったのに比べ、数で劣るネルソン軍は士気が高かった上に指揮命令系統がしっかりしており、多勢に無勢のはずが、チビがノッポをやっつけた、ということだろう。

 三連星さんは日本経済の旗艦は戦後復興期には八幡製鉄だった、という。何をするにも鉄だった、超重点産業であり、「鉄は国家」だった、という。その通りだ。傾斜生産方式で極貧国家の資源をすべて製鉄業と石炭産業に振り向けて、土台を築いた時期だった。

 高度経済成長期の旗艦は確かに見解が分かれるだろうが、三連星さんは日立製作所をあげている。

 <重電・軽電のバランスのとれた総合電機メーカーであり、売り上げは全機械産業のほぼ1割、日立を10倍すると日本産業が分かるといわれた。>

 なるほど。その時代、私はまだ経済にも政治にも興味がなく、毎日、少年マガジンと少年サンデーを読んで過ごしていたので、実感はないのだが、日立にもそういう輝ける時代があったのだ、と初めて知った。

 <そして今は、といえば10人中10人、トヨタ自動車を指すであろう。>

 そういうことなのだが、最近読んだ本か何かで「トヨタやホンダを日本の産業の代表と考えてはいけない。あれは世界産業だ」という説を読んで、「なるほど」と思ったことがあることを思い出した。三連星さんも同様のことは書いている。

 <20世紀は自動車の世紀といわれるが、その戦略産業の中、ビッグスリー、GMをおさえ世界一である。次世代カー、ハイブリッド開発でも先鞭をつけている。収益力、財務内容、いわゆるブルーチップの条件はすべてみな備えている。弱みと言えばあまりにもグローバル化して国内基盤がひ弱に見えることだ。もともと日本の自動車が国内ではどうしても500万台の販売のカベを突破できないのに生産は1000万台を超える。つくった半分は輸出しなければソロバンがとれぬ。世界不況の影響を全身に受け、為替1円、2円の円高は敏感に反応する。>

 だから、工場の海外移転を行い、為替リスクと貿易摩擦リスクを解消しようとしたが、それが国内産業の空洞化を生むという結果を生んだのは知っての通りだ。

 なお、ブルーチップとはおもにダウ工業株30種平均に採用されている代表的な米国企業の株式銘柄で、収益力や成長力で優れているもの、つまり優良銘柄の代名詞として使われる言葉らしい。

 三連星さんはコラムの結論で次のように書く。

 <その混乱を回避するためトヨタの決算は内部留保を超手厚く、労働分配率はじめ社外流出を極力抑え、保守的な決算である。一企業としてはそれもよし、だが、旗艦としてみると――不況ここから始まる。>

 内部留保と労働分配率の関係は一般人が考えるような単純なものではない、ということは最近、各紙が書き始めた。内部留保とは言ってもおカネの形で貯め込んでいるとは限らないのだ、という説である。それはそうなのだが、労働分配率が低いことは間違いない。

 三連星さんがいうようにグローバル企業の労働分配率は賃金の低い国の労働単価に引っ張られやすい。そこが一国経済で完結する国民経済理論で説明しきれないところなのだろう。輸出産業にこれ以上を望むのは無理なのかも知れない。

 つまり、内需主導の産業を育てるしかないのだ。戦後、傾斜生産方式で八幡製鉄を育てたように、そして、ジェトロと商社を先兵に日本製品を売り込み、輸出産業を育てたように、今は国内にデーンと基盤をおくことができる新産業を育成することに国家資源を注力すべき時なのではないか、と思うのだが。私見では農業の活性化がその一つの可能性だと思う。そういう産業が育てば、真の「旗艦」が生まれると思うのだ。

(2月4日追記)

 何も知らずに上記ブログを掲載させていただいたが、三連星さんがこのコラム執筆後、急性心不全で亡くなったことを2月4日毎日新聞朝刊で知った。神崎倫一(こうざき・りんいち)さんというお名前だった、と書いてあった。82歳とあった。随分とご年配だったのに、若々しいコラムだった。ご冥福をお祈りします。

 元東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)取締役で[経済観測]に三連星として40年以上書き続けた、という。新経面に竹川正記記者の署名で追悼記事が出ていた。<「三連星」神崎倫一さん死去/庶民の視点忘れず>の見出しはその通りだと思う。

 東京帝大を出て1947年に野村證券に入社。同証券の社長、会長をつとめ「証券界のドン」と呼ばれた田淵節也氏と同期入社だったという。2人の共通の友人は「田淵氏は神崎氏の幅広い知識や生き様に敬意を持ち、神崎氏が東洋信託に転じ、コラムニストとして活躍し始めた後も親交を深めていた」という、とあった。

 <2日夕、毎日新聞の編集者と連絡を取って原稿をチェックした3日付の「経済観測」が絶筆となった。>

 これがその絶筆である。合掌。

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2009年2月 2日 (月)

「かんぽの宿」疑惑、植草一秀氏の<米金融資本陰謀説=竹中氏・宮内氏共謀説>は本当なのか?~植草氏のブログから

植草一秀氏のブログ「知られざる真実」22<「かんぽの宿疑惑」報道を封殺する巨大な闇の力>がアップされていた。参院代表質問でこの問題が取り上げられたことが書き出しだ。

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/

ファンドが株式を取得する時には信託銀行を窓口にするのだそうだ。オリックスの筆頭株主に日本トラスティー・サービス信託銀行が躍り出た。これは特定のファンドがオリックス株式を買い集めていることを意味するのではないか、と今日の参院代表質問で自見庄三郎氏(国民新)が麻生首相を追及したそうだ。

知らなかったが、麻生首相はダボスで竹中平蔵、宮内義彦両氏と同じ会食の席におり、話をしたのではないか、とも追及し、麻生首相は「個別には話していない」と否定した、と。なぜか、植草氏はこだわっているのだが。植草氏は鳥取県岩美町のかんぽの宿が1万円で売却され、6ヵ月後に6000万円で転売されたことをワイドショーが報道しなかったのは圧力があったのではないか、とかんぐる。それはないだろう。

また、植草氏はかんぽの宿疑惑は郵政民営化の実態が郵政利権化だったことを明らかにする突破口としての意味を持っている、とも書いている。

日本郵政株式会社CRE部門担当部長・斎藤隆司氏が作成したと見られる「JP日本郵政グループにおけるCRE戦略」と題する資料の5ページ、6ページに日本郵政グループ各社の主な不動産が示されている、という。5ページには施設別不動産、6ページには金額別数値が記述されている。以下に一部を転載する、として以下の数字が羅列されている。

[日本郵政グループ各社の主な不動産(施設別)]

・日本郵政=本社ビル、病院、郵政資料館、メルパルク、かんぽの宿など

・郵便事業会社=物流センター、郵便物の集配事務を取り扱う郵便局、拠点となる郵便局等

・郵便局会社=支社、東京中央郵便局、大阪中央郵便局、名古屋中央郵便局駅前分室、郵便物の集配事務を取り扱わない郵便局、社宅、職員訓練所等

・ゆうちょ銀行=貯金事務センター等

・かんぽ生命= 簡易保険事務センター等

[日本郵政グループ各社の主な不動産(金額別)]

・日本郵政     2250億円

・郵便事業会社 1兆4030億円

・郵便局会社  1兆0020億円

・ゆうちょ銀行   1200億円

・かんぽ生命     900億円

・合計     2兆8400億円

 ゆうちょ銀行とかんぽ生命の不動産資産が極端に少ない、と言う。また、かんぽの宿の所有権がなぜ日本郵政に帰属しているのか疑問、とも書いている。

 「郵政民営化」は①小泉元首相の私的怨念②銀行業界の熱望③米国の対日収奪戦略――の「三位一体」の意志によって推進された、という。

<銀行業界は経団連を通じて郵貯排除活動を展開し続けてきた。銀行協会会長を務めた西川善文氏が日本郵政社長に起用されたことは、「郵政民営化」が銀行業界の意向を反映していることの証左でもある。>

 というのだ。そして、次のような事実が暴露される。

 <日本が金融危機に誘導された2002年から2003年の危機のさなかの20021211日に、竹中平蔵金融相(当時)は三井住友銀行の西川善文頭取、ゴールドマン・サックスのヘンリー・ポールソンCEOと密会している。三井住友銀行はゴールドマン・サックスと関係を深め、三井住友ファイナンシャルグループの発行済株式の39.8%を外国人投資家が保有している。小泉元首相は落選した最初の総選挙立候補の際に郵便局が支援しなかったことに個人的な怨恨を抱いていると伝えられている。米国が対日規制改革要望書で「郵政民営化」を強く要請し、郵政民営化を法制化する過程で「郵政民営化準備室」が米国関係者と18回にわたって会合を重ねたことも明らかにされている。米国通商代表のゼーリック氏から竹中平蔵氏への信書も国会で内容が暴露された。>

 と。小泉改革=竹中改革だ、と。つまり、郵政民営化は小泉の怨念に米国の手先である竹中の暗躍があってできたのだ、というのだ。

 <主要不動産が郵便局各社および日本郵政株式会社に集中的に配分された裏側には、郵政利権に直結する銀行業界と外国資本の思惑が隠されている、と判断する。米国および銀行業界は「ゆうちょ銀行」、「かんぽ生命」の弱体化を期待していると考えられる。これらの機関が弱体化すれば350兆円の資金が流出してくる。銀行業界も外国資本も350兆円の資金に狙いを定めており、ゆうちょ銀行、かんぽ生命そのものについては、強くならないことを期待していると考えられる。米国が制度設計において「ゆうちょ銀行」および「かんぽ生命」にいかなる特権も与えぬよう執拗に要求したことも、米国資本が「ゆうちょ」および「かんぽ」からの資金流出を期待していることを示唆している。>

 米国金融資本による郵貯銀行弱体化作戦と、それを忠実に実現したポチ=竹中という構図だろう。

 <オリックス傘下の保険会社が販売しているいわゆる「第三分野の保険商品」は米国保険会社が得意分野とする保険商品であり、「かんぽ」からの資金流出によって販売残高を増加することが狙われていると考えられる。これらの事業のなかで、もっとも採算性が低いと考えられるのが「郵便事業会社」である。全国津々浦々まで郵便を配達しなければならない「ユニバーサル・サービス」も義務付けられている。日本郵政株式会社の株価は市場に放出される際、郵便事業を傘下に持つために低い価格で売り出されることになるだろう。政府が3分の2の株式を売却すれば、株式の2分の1以上を買い集めることも可能になる。日本郵政の株式を買い集めた上で、郵政事業会社を切り離せばどのようなことになるか。「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」を売却し、郵政事業を切り離した日本郵政株式会社は不動産会社になる。「三菱地所」、「三井不動産」に次ぐ、日本第三位の不動産会社「日本地所」に変身する。「ゆうちょ」、「かんぽ」の350兆円の資金に加えて、「日本地所」を獲得することが外国資本の大きな狙いであるのではないか。>

 米国金融資本が日本第三の不動産会社を買ってしまう? 何か話が大きすぎて見えない部分があるのだが。

日本郵政は「不動産開発事業」を重点事業分野に定めているように見える。日本郵政が保有する巨大な不動産資産を再開発すれば、巨大な不動産事業を展開しうる。57年で利益を獲得するビジネスモデルを考慮すると①「日本郵政」の上場を急ぐため②株式上場に必要な利益を「不動産売却」によって確保し③大型不動産開発事業を今後57年を目安に加速して実現し④採算性の悪い郵便事業会社を日本郵政から切り離し⑤不動産開発事業が評価され、日本の資産市場の環境が好転した時点で株式を売り抜ける――出口戦略が描かれているのではないか。>

 難しい話だが、非常に論理的に分析しているようでもある。

<こうした「売国政策」を阻止しなければならない。まず重要なことは、株価が暴落している現在の状況下で、日本郵政の上場を絶対に認めてはならないことだ。株式市場の環境が好転し、日本郵政の持つ不動産事業の潜在力が明確になるまでは株式を売却するべきでない郵便事業会社を切り離す可能性が、万が一にでもあるなら、日本郵政株式の売却は郵政事業会社を切り離した後に延期すべきである。だが、そもそも巨大な不動産資産を保有し、国がその不動産を保有する必要が無いのなら、日本郵政の株式ではなく、不動産そのものの売却を検討するべきだ。雇用確保の条件の付いた不動産だから価格が低くなるというのなら、不動産は不動産として売却し、雇用対策は別途検討するほうが透明な処理が可能になる。「かんぽの宿」の雇用確保条件も売却価格を低くするための「隠れ蓑」であって、長期の正社員雇用を保証するものではなかったのではないか。「かんぽの宿疑惑」の徹底解明が必要だが、「かんぽの宿」がなぜ「かんぽ生命」ではなく「日本郵政」の帰属とされて、日本郵政から真っ先に売却されるのかも極めて不透明である。「簡易保険」加入者の利益が外部流出している可能性がある。「郵政民営化」に実態が「郵政利権化」であったことが白日の下に明らかにされる日が近づいている。利権に群がり利権をむさぼった者は断罪されなければならない。>

面白過ぎるのではないか。私は単純に宮内義彦氏の暗い闇を追及できればいい、と思っていたのだが、植草氏の言うようなことがもしも事実ならば、ことはそんなに単純ではないし、日本の国会や検察当局では真実を明らかにすることはできないだろう。

何か、時代が60年遡って、今の日本がGHQに支配されていそうな気がするから不気味だ。

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ダボス会議閉幕→本番は4月2日のG20~フィナンシャル・タイムズ1月27日付、日経新聞、朝日新聞2月2日朝刊、読売新聞1月30日朝刊

◆ダボス会議は閉幕したが……~適切に予見したフィナンシャル・タイムズ紙

 ダボス会議が閉幕した。麻生太郎首相も演説した。緒方貞子氏も出た。だけど、ダボス会議というのが注目され始めたのはいつだったのだろう? いつから、新聞やテレビがこんなに報道するようになったのだろう? 少なくとも10年前には「ダボス」と聞いても何だか分からなかった人が多かった、と思う。

 そう思って、最近、私が会社と自宅のパソコンでホームページに設定したJBpessを調べてみたら、英Financial Times(フィナンシャル・タイムズ)が1月27日付で<危機の真っ只中でダボス会議開幕~最悪にして最良の時>のタイトルで28日アップ分で掲載してあった。筆者はJohn Gapperc記者。

http://jbpress.ismedia.jp

 <世界中の実力者が一堂に会する世界経済フォーラムの年次総会(通称ダボス会議)は、危機において本領を発揮する。今ほどいいタイミングはない。>

 という前文である。

 ダボス会議とはスイスの保養地ダボスに毎年、世界の政財界の実力者が集まる「世界経済フォーラム(WEF)年次総会」の愛称だ。今年は1月28日~2月1日。

 フィナンシャル・タイムズ紙は「今は最良の時であり最悪の時でもある」と、そのタイミングを意味づけている。世界金融危機→実体経済を巻き込んだ世界不況の嵐は昨年の会議終了後の話。(米サブプライム・ローン破綻の話は出ていたが、これほどの話になるとは誰も思わなかった頃だった。)今回、会議参加者は他国の人々と「交わり、見識を広め、スキーを楽しむ以外に会議に参加する正当な理由があることを確認できる」と流石にイギリス人、皮肉っぽく書いている。

 ダボス会議は紛争、対立の解決に役立ってきた、という。1988年の「ダボス宣言」はギリシャとトルコの紛争を回避した、という。逆に世界がうまくいっている時は目立たない、と書いている。そこで、「危機後の世界の形成」と題した今年の会議が1971年の創設以来、最も重大な会議になるだろう、と予測する。

 <このことは、参加者の関心を周囲の環境―ダボス市内のホテルでの顧客とのディナーパーティーやスキーツアー、トーマス・マンの小説『魔の山』の舞台となったダボスの街中でくつろぐことなど―から引き離し、大会議場そして真剣な議論へと向かわせる。>

 なるほど。文学的な表現だ。ここが日本の新聞と大きく違うところだ。記者の主観というか、考え方を書くのに、文学的表現を散りばめることもあえてする、という手法。日本人は何か照れくさくてできないかもしれないが。

 ダボスに集まる「私企業の自由と道義的責任、そして、彼(あるいは彼女)のような人々が世界を良くする力を信じる、世界を飛び回る国際人」(フィナンシャル・タイムズ)を「ダボス人(Davos Man)」というそうだ。

 下記の部分、詳しいだけでなく、「フラットな世界」のトーマス・フリードマン氏ら世界の超有名マスコミ人であり、お調子者への批判にもなっていて、面白い。

◆今年の様変わりぶりをここまで詳しく報じてくれると有難い

 <リーマン・ブラザーズのディック・ファルド氏をはじめ、昨年の会議に出席したウォール街の大物数人は今年戻ってこない。職を失ったからである。権力と影響力を持つ大物として君臨したファルド氏は、昨年秋のリーマン破綻後、一転して憎まれ役となった。社会の尊敬を失ったのは、ウォール街のバンカーだけではない。サティヤム・コンピュータ・サービス創業者のB・ラマリンガ・ラジュ氏は、先に10億㌦を超える詐欺容疑で逮捕されるまで、ダボス会議の常連参加者でありスピーカーでもあった。彼の不名誉はダボス会議にとっても問題となる。というのも、インドのアウトソーシング会社は、米ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トーマス・フリードマン氏が、越境貿易と金融自由化の「フラットな世界」と呼んだものの象徴的存在だったからだ。突如として、往年のダボスのヒーロー数人が意外な弱点を露見した。シニカルな向きは、世界が果たして残りの人々の話を真剣に受け止めるべきかどうか疑問を抱くかもしれない。この意味において、今年の会議はより大きな世界の縮図と言える。企業のCEO(最高経営責任者)や銀行のトップが最も権力と影響力のある地位を占める代わりに、必死に危機の後始末に取り組む政治家がダボス会議を主導することになるからだ。>

◆財界人主導から政治家主導への変化

 つまり、「CEOではなく政治家が会議をリード」する、という。その通りだろう。よく見ている。

 <WEFの創始者で会長のクラウス・シュワブ氏は世間のムードを読み取ることに長けており、これまで反グローバル化の抗議行動を見事に収め、ダボスに招待されるハリウッドスターの数をうまく調整してきた。シュワブ氏は今年、会議初日に登場する中国の温家宝首相やロシアのウラジーミル・プーチン首相をはじめ、各国政府および政界のリーダーに重点を置いた。>

 シュワブという人、なかなかの人らしい。

 <ダボス会議がオバマ氏の大統領就任直後に開かれることで、米新政権からの参加者は限られることになった。同政権からの参加者で最も地位が高いのは、国家安全保障担当の大統領補佐官に任命されたジェームズ・ジョーンズ氏と、国家経済会議(NEC)委員長のローレンス・サマーズ氏だ。>

 そうかぁ、サマーズ氏が来れば、オバマ政権がそろって来るようなもんじゃないか。

 <実際、偶然なのか、あるいは他国政府と色々な問題を話し合いたいと願うためか分からないが、世界およそ40カ国の国家元首が今年のダボス会議に参加する。これは通常のほぼ2倍に上る数だ。これほど多くの首脳が集まるとあって、ダボス会議は4月にロンドンで開催予定の次回G20会合の準備会合の場となるかもしれない。4月のG20会合の主催国である英国政府は、ロンドン会議のアジェンダ作りにダボスを活用するだろう。>

 <こうなると、過去数年間、ダボス会議が提供してきた、より心地よい息抜きの余地があまりなくなってくる。アンジェリーナ・ジョリーやブラッド・ピットをはじめとしたハリウッドスターの代わりに、今年ショービジネスを代表して参加するのは、中国人俳優のジェット・リーとボリウッドスターのアミターブ・バッチャンだ。また今年は、気候変動や水・食糧安全保障といったダボスの伝統的な重要課題から関心が逸れてしまう恐れもある。シュワブ氏はそうした事態を防ぐために、今週のダボス会議の6大テーマの1つにサステナビリティと発展を加えた。>

 なるほど、世界のVIPが集まる会議って、そんな趣向もあるんだ。

 <しかし、ダボス会議が普段より多少シリアスなものになり、一部の参加者が反省を強いられたとしても、シュワブ氏が気を病むことはないだろう。彼が創設したダボス会議は危機に際して本領を発揮する。そしてシュワブ氏にしてみれば、これ以上好ましい事態の展開は望めないくらいなのである。>

 よく見通している、と思う。やはり、英語文化圏の記者は情報源が広くて深いのか? 少なくとも日本の新聞で見る事前予告記事より詳しくて分かりやすかった。

◆JBpressは良い試みをしている

 何度も書くようだが、JBpressのこの試みはいいと思う。フィナンシャル・タイムズと英エコノミストの長い記事を完全翻訳して1日1本くらいアップしている。そのホームページのトップページが見やすいのもいい。

 さて、そのダボス会議が始まって、終わった。

 2月2日各紙朝刊は会議の終了を報道していたが、その中で朝日新聞と日経新聞がまとめらしいまとめを掲載していたのが目立ったくらいで、あとは読むところがなかったのは寂しい限りだ。

◆日経新聞のまとめ~「主役はG20?」という見通しは?

 日経新聞3面トップ記事<危機への連携 対立含み/ダボス会議閉幕/協調体制構築先送り>は、まさにフィナンシャル・タイムズが予告していた通りに、

 <政権交代直後の米国からの参加者が少なかったこともあり、協調体制の構築は4月の20カ国・地域(G20)首脳会合(金融サミット)に先送りされた。>

 ということのようだった。

 でも、これも予告通り、政府の役割をめぐり、侃侃諤諤の議論が白熱、米金融資本悪玉論に米経営者が反論したり、と面白い展開になったようである。

 日経が書いているように会議の最大の関心事は保護主義だったらしい。

◆米景気対策法の「バイ・アメリカン」条項~読売新聞1月29日夕刊と30日朝刊

 この記事で初めて知ったのだが、米下院が可決した景気対策法案に米国製鉄鋼の使用を義務付ける「バイアメリカン」条項が入ったという。

 新聞を読み返してみたら、流石に読売新聞は1月29日夕刊2面にハコ記事<「公共事業 鉄鋼は米国製で」/米景気法案に条項>をちゃんと掲載していた。

 米下院の可決は28日である。読売新聞はよく見つけた、と感心した。

 というのは、保護貿易規定の盛り込みは、あまり名誉な話ではないので、米メディアも小さくしか扱わなかったのではないか、と思うからだ。

 大体、日本のワシントン支局はロイター、APのパソコン画面とにらめっこしながら、各紙の大きな記事をフォローすることが多い、と聞いている。だから、米メディアが大きく扱わなければ気づかないことも多いはずなのだ。

 読売新聞は翌30日付朝刊経済面トップ<鉄鋼にバイ・アメリカン条項/米に保護主義の影/オバマ政権の対応に注目>、<日本の米向け鋼材、全体の5%未満>で詳しく報じていた。

 それによると、バイ・アメリカン条項は経営不振にあえぐ米鉄鋼業界の強い要望で実現した。大手需要先であるビッグ・スリーの低迷や住宅市場の冷え込みなどで米粗鋼生産は昨年11月には前年同月比39.9%減と急激に落ち込み、米鉄鋼大手USスチールが27日、09年1~3月期の営業赤字見通しを発表するなど、経営環境は悪化の一途だというのだ。

 その鉄鋼業界にとって景気対策に盛り込まれた高速道路や橋など900億㌦ものインフラ建設は願ってもない特需であり、海外勢にさらわれる前に自分たちが独占したい、という思いがこの条項につながった、と読売新聞ワシントン支局の岡田章裕特派員は分析していた。

 法案が成立すれば米国内で十分な生産量がない特殊鋼、総工事費を大幅に高めてしまうケースなどを除いて米国産鉄鋼が使われる、という。

 しかし、全米商工会議所など15団体が反対声明を出した。特定業界の要望に沿った政策が保護主義的な動きを強めるという警戒感が根底にある、という。

 読売の記事には、

 <米政府は昨年11月の金融サミットで「今後1年は新たな貿易障壁や輸出制限を設けない」とする首脳宣言のまとめ役となった。それだけに同条項が発動される事態となれば、「公約違反」と指摘されかねない。同条項の取り扱いはオバマ大統領にとって早速決断を迫られる問題となる。>

 と書いてあった。日本はWTO協定違反の可能性がある(経済産業省)と警戒感を強めている、という。

 米上院は同条項の対象を鉄鋼だけでなくセメントや政府職員の制服など広範囲に拡大する方向で調整中だという。上院が景気対策法案を可決後、オバマ大統領が拒否権を発動するかどうか、が今後の米通商政策を占う試金石となる、とある。

 なるほど、である。

 ただ、日本の鉄鋼業界は鋼材の対米輸出割合が低下しているので、冷静に受け止めている、という。

 新日鉄の増田規一郎副社長は29日の記者会見で「直接的な影響はほとんどない。怖いのは世界各地で保護主義の動きが広がること」と語った、という。

 日本の鋼材の輸出先は中国を含めたアジアが全体の6割以上。米国向けは07年が166万㌧、08年も11月までの累積で計152万㌧と全体の5%に満たない水準だという。

 鋼材の用途も自動車や電機メーカーなどのメーカー向けが主体で公共事業向けは少ないと。

 それに新日鉄は米国のインランドスチール(現アルセロール・ミッタルUSA)、JFEスチールはAKスチールと提携して現地の日系自動車メーカーなどに鋼材を供給する体制を整えているので、この条項の影響は限定的だ、と詳しく書いてあった。

 そういうことで、この下院が可決した「バイ・アメリカン」条項で日本がすぐさま影響を受ける、ということはないようだが、ここにあるように上院で修正されて、もっと幅広い対象で「アメリカ製でないとダメ」となれば、直接的な影響も出てくるだろう。

 ただ、問題は新日鉄の副社長が言っているように、そのような直接的な影響というよりも、世界に保護主義の動きが広まる大きなきっかけになる、ということだ。

 ダボス会議でもこの点が大きく取り上げられたらしい。

◆日経新聞2月2日朝刊3面の内容紹介

 日経新聞2月2日朝刊に戻る。

 韓国外交通商省の金宗?(キム・ジョンフン)通商本部長は「政治は選挙民を優先しがちで、政府が関与すればするほど保護主義的な性格が強まる」と指摘。自国の景気回復を優先するあまり、政策が内向きになることへの警戒感が台頭しつつある、と書いた。

 英ブラウン首相は「貿易の保護主義より危険なのは金融の保護主義だ」。自国民を対象とする預金保護や金融機関の国内企業向け融資の政府保証が結果的に国際的な資本移動を妨げることへの懸念を表明したものだ。

 インドネシアのパンゲストゥ貿易相は「資金不足は途上国にとって最大の脅威」と訴えた、という。

 面白かったのが米中の確執。英国や英国のエコノミストが世界金融危機発生の構造要因として米国や英国の大幅な経常赤字と中国や産油国の経常黒字という国際的不均衡を問題視した。それに対して温家宝・中国首相が米国の過剰消費をやり玉に挙げて反論。これに対し、米国のローラ・タイソン・カリフォルニア大学バークレー校教授が「中国、ドイツ、日本など貯蓄国が世界の需要を奪っている」と反論した、という。

 懐かしい名前が出てくるものだ。ローラ・タイソン教授。今でもそんなことを言い続けているのだ、と呆れたのだが。

 危機を招いた上「貸し渋り」に転じた米金融界にも激しい批判の声が降り注いだが、米銀大手JPモルガン・チェース幹部は「自身が抱えるリスク資産をより安全な資産に移したのなら、あなたたちも共犯だ。銀行悪玉論は単純すぎる見方だ」と反論した、という。

 何でもあり、なんだなぁ、と思った。

 東京裁判を持ち出すまでもないが、東久邇が国民総懺悔的な物言いをして、大宅がそれを追認した戦後のあの時期を思い出す。バタバタになると、何を言っても許されるのか? 米金融界のモラル失墜を表わす言葉だろう。

 会議ではG8首脳会議議長が演説するのが通例だったが、今年の議長であるイタリアのベルルスコーニ首相は姿を見せず、代わりにG20首脳会議議長の英ブラウン首相が演説した、というのは日経新聞が書いているようにG8の凋落、G20の台頭を象徴する出来事だ、と思う。

 シュワブ氏も「世界の力点がG8からG20に変わった」と言ったそうだ。

 日経新聞によると各国首脳の発言要旨は次の通り。

▽温家宝・中国首相「危機のさなか、責任ある大国として中国は積極的に行動した」

▽プーチン・ロシア首相「パーフェクト・ストーム(未曾有の暴風雨)に似た状況のなか、すべての国は同じボートに乗っている」

▽メルケル・ドイツ首相「いまは危機にしか目が向かないかもしれないが、この先には大きな機会も開けつつある」

▽麻生太郎首相「世界二位の日本経済が活力を取り戻すことが責務だ」

◆日経新聞は社説でも取り上げた

 日経新聞は社説<ダボスが示す危機の深化と指導者たち>でも麻生首相の積極姿勢を評価しながら、金融・経済危機への踏み込みが今一歩だったことから「世界的な危機の克服を主導する力は欠いているといわざるをえないだろう」とわけの分からない書き方をしていた。

 まあ、このダボス会議は第一歩。本番は4月2日にロンドンで開くG20だ、というのは国際的コンセンサスなのだから、それまでに日本経済がどのような姿になっているのか、世界も注視しているだろうし、与野党の対立を超えてやらねばならないことも多い、と思う。

 でも、その頃って、丁度、日本の政界では衆院解散・総選挙かどうかギリギリの攻防をしているかもしれないなぁ。どこまでも国際的についてゆけていない国家、日本だとも思う。ついてないのかなぁ。

◆朝日新聞2月2日朝刊3面

 朝日新聞2月2日朝刊3面トップは<ダボス会議 自責の念/議長「正しい価値観、問う必要がある」/危機とらえきれず/「リーマンCEOに昨年まで喝采=市場優先発信も/緒方氏「グローバル化で問題広がりすぎた」=影響力に維持、岐路/ダボス会議とは 世界の課題、政財界トップが議論>の見出し。

 会議場外につめかけた国際NGOの話。

 <「ダボス会議は規制緩和や民営化を推進し、企業の利益を最大化する経済新自由主義の発信の場だった。拘束力あるルールを決める場ではないが、知的責任は重大。リーマン・ブラザーズの破綻と法外な報酬で非難を浴びたCEOのファルド氏など金融危機に責任ある人物の発言について昨年まで喝采を送っていたじゃないか。世界的企業のトップを中核としたダボスはグローバル世界の課題を考えるのに適切ではない」(ジャン・ジグラー元ジュネーブ大教授)>

 などの抗議の動きもあったことを伝えているのは、さすが朝日新聞というところか。

 朝日によるとシュワブ氏はドイツ出身で71年にこの会議を創設。87年、西ドイツ外相の演説が冷戦終結の始まりを示した、と注目を集めた、という。ゲンシャー氏だったかな?

 日本からは01年に森首相が現職首相として初めて出席し、08年の福田首相で、今回の麻生首相は3人目だそうだ。

 面白い発言は次の通り。

共同議長を務めた南アフリカの女性経営者マリア・ラモス氏「ダボスに集う世界的な大企業経営者から市民社会の代表者まで、私たちは、正しい価値観に基づいて生きているのか、自らに問う必要があるのではないでしょうか」

英ブレア首相「最良の企業というのは、短期利益だけでなく、信頼や透明性など長期的な価値を大事にする企業だ」(経済危機をもたらした銀行や証券会社への批判だ、と朝日は解釈している)

英大手金融HSBCのグリーン会長「(金融業会は)いつの頃からか、そこに市場があり違法でなければ、正しいか、適切かを全く考えないようになっていた。大切なものを失っていた」

シュワブ氏「バランスを失した世界のリスクを認識しなかったという点で、われわれ全員に何らかの責任がある」

緒方貞子・国際協力機構(JICA)理事長「(影響力を持つ)世界の多くの人たちとこれだけ短時間に会える場は他にない。パレスチナ問題への対処や南アフリカの人種隔離政策の撤廃など、ダボス会議は変化を促進する場を提供してきた。しかし、グローバル化の余波で問題も広がりすぎている。どういう整理をしていい方向づけを伴った討議が出来るかがこれからの課題だ」

 朝日新聞が面白かったのは[この10年のダボス会議のテーマと主な出席者]の一覧表をつけていたこと。

00年 新たな始まり

01年 持続的な成長と格差の橋渡し

02年 脆弱な時代の指導力

03年 信頼の構築

04年 安全と繁栄に向けての連携

05年 タフな選択に責任を持つ

06年 創造的な規範

07年 変わる力の均衡点

08年 協調する変革の力

09年 危機後の世界の形成(今回)

 である。何か、歴史を感じるなぁ。

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2009年2月 1日 (日)

猪木正道氏の「独善的な無防備平和論」が懐かしい~産経新聞2月1日朝刊[昭和正論座]から

 2月1日の産経新聞朝刊【昭和正論座】は昭和50年(1975年)2月18日掲載の防衛大学校長・猪木正道氏による[独善的な無防備平和論]だった。これもまず(湯)氏の【視点】を紹介させていただく。

 <英国の哲学者ホッブスは300年以上も前に、「恐怖心」が人間社会の行動の動機になると説いた。猪木正道氏はそこから、ある国からみれば防御と反撃でも、周辺国にとってはその国からの侵略になると噛み下す。だからこそ、「警戒心と恐怖感」を制御する以外に平和の途はないとの指摘だ。中露も欧露も相互侵略の繰り返しだったから軍事力を均衡させようとする。猪木氏はこれを直視せずに、日本だけが空想の世界に閉じこもる危険をついた。いま、中国は空母保有を策し、北朝鮮は核開発に血道をあげる。日本の与野党が自在に足を引っ張り合うのは、なお空想社会に住んでいるからなのだろう。>

 この【視点】欄が35年前と今とを繋ぐ道になっているのだろう。今の政治に、35年前の識者の提言をどう生かすか、という問題意識を持って読んでほしい、という編集者からの「お願い」である。

 でも、(湯)氏は与野党が足を引っ張る、と言うが、自民党と民主党という2大政党制が曲がりなりにもできあがり、国会論戦に「神学論争」はほぼなくなり、小泉政権ではそれまで手つかずだった有事立法があっという間に成立した。保守の2党による2大政党政治(建前かも知れないが)なので、今までのような自社国対政治は必要なくなった。

 本音と建前の分離が必要なくなり、国会議員の考えはほとんど表明できるようになった。
 民主党の内情を見れば、まだまだ非武装中立論を党是としていた社会党系の力も強く、民主党政権でどこまで国際貢献、自主的防衛力整備に踏み切れるか分からないが、少なくとも、この分野では35年前とは見違えるような姿を示している、とは思う。十分だとは決して思わないが。

 さあ、冷戦時代の猪木氏の論を見てみよう。猪木氏はまず、「ソ連はなぜその強大な軍事力をさらに一層増強しようとするのだろうか?」「なぜ超大国間の軍備拡充競争がとめどもなく続くのか」と問う。

 そして、

 <わが国では、軍拡競争ばかりでなく、軍備そのものをせせら笑う意見が根強く唱えられている。国力に不相応なほどの軍備を持ったにもかかわらず――あるいは持ったからこそ――第二次世界大戦で袋たたきにあい、完敗した日本国民の中に防衛力アレルギーが存するのは、むしろ当然といえよう。しかし日本国は空想の世界に位置しているのではなく、国際社会の一員としての権利を有し、義務を負っているのだから、まわりの国々の立場に対する理解を失ってはならない。かつて“八紘一宇”などという神がかりのスローガンをふりかざして隣邦に多大の迷惑をかけた日本が、ふたたび独善的な理想の追求によって、国際社会から爪はじきされては困るのである。>

 と国民の呑気さ加減に警鐘を鳴らす。

 <中国の指導者たちが、ロシア・ソ連の“膨張主義”を恐れるのは、歴史的に見ても十分な根拠がある。それでは、ロシア・ソ連だけが悪玉かというと、全くそうではない。ロシアが世界史の舞台に登場してから今日までの歴史は、彼等の立場から見れば、まわりの国々から脅威を受け続けた受難の歴史なのである。>

 ここからが、当時の本論である。なぜロシアは軍備拡張に熱心なのか? 今にも続く大問題なのだ。

 <ロシアの心臓部がモスクワからキエフまでにあるとすれば、この地域は、建国以来ほとんど間断なく、外からの脅威にさらされてきた。その中でも13世紀にロシアの全土を征服して、長くこれを支配した蒙古人の来襲はもっとも有名である。ようやく蒙古人の支配から脱したと思ったら、今度は西の方のポーランドによって脅されている。19世紀のはじめにはナポレオンが攻め込んできて、モスクワまで占領され、辛うじて焦土作戦によって窮地を脱することができた。20世紀に入ると、ドイツ軍が2度も侵入し、ロシア国民は人的にも、物的にも手ひどい打撃を受けている。>

 侵略された歴史の記憶の重要性を説いている。

 <このようなロシア国民の歴史的体験を多少とも理解するならば、今日のソ連が軍備の充実を国家の最優先目標としているのも無理はないといわなければなるまい。ところが外からの侵略に対するロシア人の警戒心は、当然まわりの国々の恐怖感を生むことになる。米国は自国のICBMがソ連の強大な新型ミサイルによって一挙に無力化されることを恐れ、中国はソ連が予防戦争を企図するのではないかと心配し、国内にソ連と気脈を通じるものが現れることを懸念する。>

 恐怖の連鎖という今に繋がるテーマだ。これが軍備拡張競争を生み……、という現在では中国と周辺諸国の関係を考えれば分かりやすいだろう

 <こうして警戒が警戒を呼び、恐怖が恐怖を生む連鎖反応は、国際社会の現状では避け難い。ソ連国民は東方や西方からの侵略の歴史を忘れないが、まわりの国々の立場から見れば、ロシア・ソ連は一貫して膨張政策をとってきたように見えるからである。ハーバード大学のパイプス教授によれば、ロシア・ソ連は自国の安全を脅威する隣国に対しては、ねばり強い努力によって、これを窮極的には分割し、その一部を併合して、徹底的に弱体化することを狙う傾向があるといわれる。>

 ロシアの近隣外交方針である。方針というよりは、その裏に隠された意図である。本音といってもいい。ここを理解しないと、日本というロシアの隣国はロシアにうまいようにやられてしまう、というのだ。

 <たしかにロシア・ソ連の安全を脅威したものは、モーコ帝国から、ポーランドをへてドイツにいたるまで、長年月のうちに分割され、その一部をロシアに併合され、弱体化されている。同じ歴史的事実でも、ロシアから見れば侵略に対する防御と反撃であるのに対して、まわりの国々から眺めれば、ロシアの侵略であり、膨張である。>

 日本を分割しようと策動したのはつい64年前のことだった。降伏がもっともっと遅れていれば、北海道と東北の半分が日本共産主義人民共和国になっていたかもしれなかったのである。

 <国際社会の難しさは、まさに右の点に存するといってよかろう。一方の立場だけに固執していては、国際関係は理解できないし、国際平和を守ることも不可能だ。互いに相手方の立場からものを見る努力を重ねて、警戒心と恐怖感との連鎖反応を制御する以外に平和の途は存しないのである。この意味で、主観的にはどれほど高い理想から出発し、いかに善意に貫かれていても、国際社会の常識に反する独善ほど世界の平和にとって有害なものはない。例えば、わが国だけは防衛力を持つべきでないなどという主張は、まことに独善的な思い上りであって、日本国民ばかりでなく、まわりの国々が例外なしにひどい迷惑を受けることになる。>

 軍部の独善が満州事変から太平洋戦争まで一気通貫で日本を惨めな敗戦国にしたのと同じ精神構造で「平和憲法」を振り回して「独善」をしている、と猪木氏は進歩的文化人を厳しく批判しているのだ。

 <300年以上も前にホッブスが強調しているように、人間の社会では残念ながら“恐怖心”がもっとも根本的な行動の動機なのである。日本が最小限度の防衛力を備え、米国と安全保障条約を結んでいればこそ、まわりの国々は一応安心しているのだ。毛主席や周首相が日本の防衛力と米国との結びつきに理解を示しているのは、国際社会の常識の現れといってよい。他の分野ではきわめて優秀な能力を発揮している日本国民が、国力相応の防衛力を備えるという点では、しばしば非常識な独善主義におちいるのはまことに残念である。戦前には過大な軍事力によって隣国を脅威したかと思うと、戦後には、最小限の防衛力に対してさえアレルギー症状を示すというのでは、国際社会の一員としての資格さえ疑われるだろう。>

 こういう猪木氏の教えを受けた学生たちが今、政治学者になり、政治家になり、マスメディアに進出し、現実的アプローチという手法で猪木氏の教えを守りながら実践している。でも、この「現実主義」に「理想」「目的」という心を吹き込まないと、前進活力が生まれないのではないか、とも思える。難しいところだろう。

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