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2009年2月

2009年2月28日 (土)

西義之氏の35年前の論文:ワイマールと日本政治の比較が面白い~産経新聞2月28日朝刊

 産経新聞2月28日朝刊[昭和正論座]<「派閥こえた哲学」をもて>昭和49年(1974年)12月5日掲載の東大教授・西義之氏の論説である。ワイマル時代のドイツと日本を比較して、安定した政治の大切さを説いた論だ。自民党一党支配の時代で、そのまま今の時代に援用はできないが、教訓がたくさん汲み取れる論文である。(湯)氏は、

 「少数政党や弱小派閥から首班を獲得した政権は、各党派との調整に苦しみ、党内の反乱にも神経をすり減らす。政府が調整に無益なエネルギーを浪費することになれば『ワリを食うのは国民』であるとの指摘もその通りだ。日本政治の行動パターンが少しも変わっていない証拠だろう。国民が不利益を被ったと感じれば、政権不信を招くことになり、強い指導者の登場を熱望することになる。ワイマール・ドイツの場合は、それが独裁者の台頭を許してしまった。麻生首相が政治の悪弊を避ける道は『国民をひきつける魅力ある哲学とビジョン』を打ち出すということになる。至言である」

 とコメントしていた。本文をじっくりと読んでみよう。

 まず西氏は<ワイマル時代のドイツ?>という小見出しで、

 <現在の日本の政治・経済状況をヒトラーが出現したワイマル共和国時代のドイツになぞらえる論が時々現れる。主としてそれは革新陣営から出る声であって、結論は自民党が右傾化して、ファシズム時代が到来するとなすのが普通である。>

 と書き出す。

 <私はかねてからこの種の議論にうさんくささを感じているが、その第一は当時と現在の日本との経済基盤が全く違っているためであり、第二は現在の日本にナチスに比較できる強力な右翼イデオロギー政党が存在しないためだ。このような政党が存在しないことは、逆に国民のなかにナショナリズム志向の気分がないということでもあるだろう。もっとも外交的問題――たとえば沖縄返還や金大中氏事件――で「屈辱外交」などという声が(意外にも)革新陣営から聞こえてきたことはあったが、社会全体を昭和初期のような国民的興奮に巻き込む力はなかった。このような反論をこころみても、現在の政治状況をあくまでファシズム、少なくとも前ファシズム段階として捉えようとしてやまない論者はあとをたたないし、ある人たちは「新しい型のファシズム」というような言い方で言いあらわそうとする。しかし「新しい型」というのが一向にはっきりしないのが普通であるし、もしそのような言い方が許されるとするならば、もはや過去のファシズムとまぎらわしい用語を断念して、べつの規定を採用すべきだろうと思われる。それをしないのは思考の怠慢か、どうしても現在の状況を過去のファシズムと関係づけようとする薄っぺらな政治的プロパガンダとしか言えないだろう。>

 今も佐藤優氏が「ファシズム」論を掲げて新書を書いているが、ファシズムという言葉を独り歩きさせたい、と思うのはいつの時代も正統保守の側ではない。

 次に西氏は<民主社会が露呈する弱点>の小見出しで、

 <現在の政治状況はワイマル・ドイツのファシズム前段階と同じではない――しかし、現象として似ているところはないわけではない、といま私が書けば、矛盾しているようにとられるかも知れないが、これは成熟していない民主主義社会が経済的危機に直面した場合に露呈する弱点を指しているだけで、とくにワイマル・ドイツを持ち出さなくてもいいのである。ひょっとすれば、成熟した民主主義社会ですら当面する諸困難と言い直したほうが適切かも知れない。たまたま私がワイマル・ドイツに関心があるので、例証として引き出すだけに過ぎない。>

 とワイマールとの類似点に話が移る。

 <その困難の一つは政権担当政党の内部での意見の多様化、そしてその調整の困難ということだろう。ワイマル・ドイツでは政府党が4党乃至5党による連立であったが、日本では「派閥」という名の連立がある。ワイマル期の連立政党の主張の差ほど、日本の政府党派閥の世界観の差は大きくないが、それでも一つの内閣を崩壊せしめるほどのエネルギーはもっている。もっともワイマル期の政府党の離合集散ぶりは1919年から30年までの11年間に15の内閣を交替させるほどはなはだしかったのにくらべて、日本の場合は派閥力学の上に立って安定度はきわめて高い。>

 この時期はそういう政治だった。「11年間に15の内閣」ほどではないが、1989年の竹下、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生と20年間に14人である。ワイマールほどではない、とホッとしていいものかどうか。

 次の小見出しは<政府の調整機能が重要に>である。

 <政局の安定の有難味は、不安定が続いて初めて実感されるが、日本の場合、将来ともに安定が保証されるかどうかは分からない。ワイマル期の超インフレの時点で、少数党であった民主党からシュトレーゼマンが出て大連立内閣を作ったことがあるが、これは弱体派閥の三木武夫氏が出てきたことと比べられないでもない。少数党から首班を出した場合の政局の安定は、シュトレーゼマンがそうであったように、超人的といっていいほどの指導力と柔軟な妥協の精神、そして、それを支える各派閥のまさに派閥を超えた協力が必要だろう。>

 1974年といえば田中内閣が倒れ、三木内閣だったのか。

 <シュトレーゼマンが、連立諸政党間の妥協と調整に苦しんだだけでなく、自分の党内部の反乱にも心身をすりへらしたことは有名である。「議員党専制」といわれたくらいワイマル期の政党間の対立は激しかったが、これは大衆社会の価値観、従って利害関係の多様化を反映したものだった。この多様化は現代において一層はなはだしく、生産者と消費者、企業と市民、雇用主と勤労者との意識、利害、価値観は分裂しているだけではなく、混迷錯綜さえしている。政府はいまやそれらの調整機関としての機能を十分に果さなければならないが、その政府内部で「政党政治(パルタイポリティーク)」のために無益なエネルギーを浪費することになれば、ワリをくうのは国民ということになるだろう。>

 連立政治は国民を不幸にする、と言っている。日本の事態を派閥連立と見るのも面白い。この頃はそういう見方が一般的だったのだろうか。

 次は<不決断がもたらす不利益>である。

 <政治の不決断状況はすでに表面化している。ワイマル期にカール・シュミットが「決断」を言ったことと、田中内閣が「決断の政治」をスローガンにして登場したことを無理に結びつける必要はないが、経済的分野であれ、外交的分野であれ、危機的状況に民主主義体制、とくに多党化(多派閥化)している民主主義体制が即応できない弱点は、政府党は十分認識してかかる必要がある。不決断は、それによって不利益を蒙った階層に、癒し難い不公正感を残す。特に経済の分野で深刻だろう。たとえば土地の値上りにしても、うまくやったものとワリを食った者があまりに明らかだと、すべて政治への不信につながり、国民を決定的に政府党に背を向けさせるだけになるだろう。たとえそれが政府の本意ではなく、不時の国際的要因が大きくても、一方で決断の遅れによって利益を得た者が存在する限り、国民は不公正感を拭えないに違いないからだ。そして一旦失った信頼を回復することは、何倍もの努力がいる。>

 三木政権の機能不全を批判している。政治のスピードの大切さを説いている。

 <ワイマルは現在の日本ではない。このことは繰り返してもいいと思うが、もしワイマル・ドイツから何らかの政治的教訓を学ぶとすれば、やはり派閥をこえた哲学を持つということだろう。ワイマル期の政治を困難にしたもう一つの原因は、国民各階層を通じて走っていた亀裂が余りにも大きいことでもあった。政府党と、ドイツ共産党、ナチスとのあいだには越えがたい一線があった。しかも、その左右の両極に国民が次第に引きつけられて行き、政権維持の各政党のジリ貧、没落が露わになったことを忘れることはできない。この現象を国民の意識の低さに求めるのは傲慢だ。結局は、カトリック中央党のように宗教を媒介とする政党を除いて、他の政権維持政党が、国民を惹き付ける魅力ある哲学もビジョンも持たなかったということだろう。それぞれが単なる連立への駆け引き、党派的利害関係の調整に憂身をやつしていたということだ。この意味で、ワイマルの歴史はやはり何度も顧みられるべきであるかも知れない。>

 以上である。

 まだまだ牧歌的な時代の政治論、という思いはあるが、まともな論である。

 西氏のような人が良質の保守である。革新の目先をクルクル変える戦術で国民は美濃部都知事らに関心を持ち、バラマキ福祉で財政破綻を招いた張本人の罪を総括しないまま、保守の知事に交代させてしまった。進歩勢力の「悪さ」の総括をきちんと行っておくことの大切さも教えてくれる論文だ。

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2009年2月26日 (木)

日米首脳会談の各社社説を比較してみると…:2月26日各紙

 日米首脳会談を各紙社説はどう取り上げたのか。2月26日の各紙社説を見てみよう。

◆日経新聞の社説は形式論に終始~かんぽの宿の敵をワシントンで討った

 日経新聞は<「日本の首相」とオバマ氏の会談だった>のタイトル。

 <オバマ大統領の最初の議会演説と重なり、米国内での関心は低く、対米国世論の観点からは最悪の時機だった。>

 と米国内の関心が低かった事実をあげ、

 <重要問題が包括的に議論された。首脳会談は、多かれ少なかれ外交当局の振り付けで動く。今回は準備期間が短かったにもかかわらず、両首脳がとりわけ振り付け通りに演じたようにみえる。>

 と、卒なくこなしたことに安堵感を表明しながら、

 <会談後、両首脳が記者団に話し合った内容を語る予定だったが、それもなかった。首相は記者団の前に現れたものの、大統領は姿を見せず、ホワイトハウスは本文21行の簡単な声明文を発表した。声明文の書き出しは「オバマ大統領は本日、日本の首相とグローバルな経済危機やその他の分野での二国間協力をめぐって詳細な協議をした」となっている。麻生首相というより「日本の首相」を迎えたという気持ちなのだろうか。>

 と「本論」に入っていく。

 <オバマ大統領は会談前の写真撮影の際に「日米の友情は極めて重要であり、それが首相に最初の外国高官として執務室を訪ねていただいた理由だ」と述べた。早期訪米を求めた麻生首相にこたえたことを強調したわけだ。ただし接遇全体を見れば、最初に訪れた外国首脳という儀礼重視で一貫しているわけでもない。>

 と厳しくなる。

 <政権が違うので単純比較はできないが、ブッシュ政権時代、小泉純一郎、安倍晋三両首相は、最初の訪問でキャンプデービッドに赴いた。福田康夫首相はブレアハウス(迎賓館)に泊まった。麻生首相はワシントン市内のホテルに宿泊した。>

 まあ、形式である。だから、

 <首脳会談は中身が重要であり、周辺的な問題を誇張するのは適切ではない。しかし今回は日米双方が最初の訪問者という儀礼的な意味を強調した。外交の世界は儀礼も重要だとすれば、過去の事例との比較は不可欠である。>

 と形式を比較する正当性を強調して、

 <外交は内政に影響する。内政で苦境にある麻生首相は一定の浮揚効果を期待して早期訪米を求めたのだろう。米側がそれを受けたのは中国を意識した結果ともいわれる。一方、内政も外交に影響する。麻生氏を日本の首相としては大切にもてなすが、政治家同士の個人的な関係を築く気持ちにならない――。日本の内政の現実を直視すれば、仮にオバマ大統領が、そう考えたとしても無理はない。>

 首脳会談の内容をコメントするのではなく、時間の短さ、米国メディアの無関心さを強調しているのは、仕方ないのかもしれないが、日経新聞がここまで先鋭的になっていたとは驚きだった。

 小泉純一郎氏や竹中平蔵氏の路線に忠実な日経新聞とすれば、小泉路線を壊す麻生首相、「かんぽの宿」で郵政民営化を引っ掻き回す鳩山邦夫氏とつるむ麻生首相を許せないのかもしれない。何しろ、朝日新聞が途中でひよってしまったので、「鳩山ケシカラン」論調は今や日経新聞だけとなり、それも次々新事実が出るたびに苦しくなっているのだから、江戸の敵を長崎で討ちたくなるのは分からなくもない。

 しかし、一国の首相の日米首脳会談である。この書き方はいかがなものか、と思う。

◆もっとひどかった東京新聞

 東京新聞は<日米首脳会談/得点期待の手法は古い>と貶す一方だった。

 <日本政府の期待の割にはアピール度を欠くオバマ米大統領との会談だった。初の招待者たる“栄誉”が唯一の成果なら、締まらない話だ。政権浮揚へ外交で得点を狙う手法が通用する時代ではない。>

 この社説は、これがすべてだろう。

 「対日重視の姿勢の表れ」と言っているが、「今回は、招待というよりも、日本外務省が頼み込んで、米側から呼んでもらったとみる方が実態に近いのではないか」とまで書くのだ。共同記者会見の見送りがその温度差を象徴しているかのようだ」とくる。

 <首相が一人寂しく「率直に話し合える、信頼できるリーダーだ」と、オバマ評を記者団に語ったのは、いささか奇妙に映った。>

 ここまで日本の首相を漫画にして何が面白いのだろう。こういう論調は麻生首相を貶めようとして、日本という国を貶めていることにもなりうる、ということに気付かないのだろうか。

 <政権浮揚のみにとらわれて外交カードを切れば、相手に足元を見られ、交渉の主導権を握られることになりかねない。日本はこうしたいのだという明確な意思なく、漫然と首脳外交を繰り返すことは本来、厳に慎むべきことである。>

 <内閣支持率が10%そこそこの政権の現状を考えれば、拙速外交を避けるべきなのは当然のことだ。首相の唐突な駆け足訪米にはそんな危惧がぬぐえない。>

 <今後も4月にロンドンでの金融サミット、5月にはプーチン・ロシア首相が来日するなど外交日程が予定されている。「外交の麻生」を自任する首相の、はやる姿勢が気になる。国益と切り離せない外交を、もしも延命の道具にするつもりならば、本末転倒だといわれても仕方ない。>

 「もしも延命の道具にするつもりならば」と書くことは、春秋の筆法ならずとも、筆者がそう思っているということである。ここまで自国の首相を悪し様に書く東京新聞論説委員会の良識を疑わざるをえない。

◆朝日新聞は冷静に淡々と…だから訴えるものがあった

 朝日新聞は<日米首脳会談―弱い首相の外交の軽さ>のタイトル。タイトルだけを見ると、麻生否定論と見えるが、内容はそうでもなかった。狡さである。

 <「これほど政権基盤が弱っている麻生首相に対米外交を任せられるのか」「米国はそんな首相をなぜ、ホワイトハウスに最初に招いたのか」。そうした疑問が少しも不思議でない状況の中で、オバマ大統領との初の首脳会談が実現した。>

 の書き出しがすべてを物語るのではないか。ただ、朝日新聞の狡ささのか、ためを作る見事さなのか、次のように続けるのだ。

 <とはいえ、会談にはそれなりの大きな意義があった。>

 である。その「大きな意義」とは①世界同時不況の中、経済規模世界1位、2位国のトップが協調を語った②8年ぶりの米大統領交代で国際政治の激変が予想され、主要国が外交を活発化、新しい流れに対応しようとしている中で日本も後れをとってはならず、「日米同盟は東アジアの安全保障の礎石」(オバマ大統領)という認識を土台に、さまざまな国際問題や地球環境対策などで協調していく方向となったのは出発点としてはいい――という2点だ。これは常識的な判断であり、うなずく人が多いだろう。そこを納得させておいて、本論に入るのが朝日新聞の「うまさ」だ。

 <それにしても、内閣支持率が極端に低迷し、与党の中からも退陣論が出ている「弱い首相」が、何より国家指導者としての存在感が問われる首脳外交をする違和感はぬぐいがたい。>

 である。

 日本側の強い要望で実現した会談だが、米側は麻生首相の窮状は承知しながら、大統領の最も重要な施政方針演説の日に会談日程を入れたのは、

 <首相が誰であれ「日本重視」で臨むというメッセージを、日本国民に送りたかったということに違いない。>

 と。これはそうだろう。

 <複数の米欧メディアは「たった1時間の会談のために1万1千㌔の長い旅」などと、首相の訪米を皮肉を交えて報じた。オバマ大統領との出会いを国内での人気挽回につなげたいというのが麻生首相の底意、と見立ててのことだろう。>

 欧米メディアに事寄せて言いたいことを書く、という従来から多用されているパターンだ。

 <来月早々には英国のブラウン首相が訪米する。国際経済やアフガン戦略などをめぐって欧州側で進む作戦づくりを踏まえ、米英の連携を協議する。4月初めの金融サミット(G20)に向けて、主要国首脳の駆け引きはいよいよ激しくなるだろう。それと比べ、麻生首相の今回の訪米がいかにも軽く扱われるのは悲しい。>

 そうなのだ。国民は軽んじられることを悲しんでいるのだ。だから、日本のメディアくらいは悲しい記事をあまり載せないでほしい。

 <近年、首脳外交の重要性はますます高まっている。その支えとなるのは国力であり、国を動かす首脳の力だ。国民の審判を避け続けた揚げ句、民意の支えを失いかけた政権がそれを成し遂げようとしても、もともと無理があるのだ。今回の訪米は、そのことを浮き彫りにした。>

 一歩下がって書いているのが印象的だ。ここで拳を振り上げるよりも、このような書き方の方が訴える力は強いのだと思う。

◆毎日新聞も「国民の支持の有無」を問題にしていたが、良識的だった

 毎日新聞の社説<日米首脳会談/外交は国民の支持あってこそ>も書き出しは、

 <麻生太郎首相とオバマ大統領の初の日米首脳会談は、同盟国として責任を共有していくことを確認する場となった。大統領は日米同盟を東アジアの安全保障の「礎石」と位置づけ、「私の政権が強化したいものだ」と述べた。「強化」とは、日米関係を2国間の問題だけでなく国際社会共通の課題に協調して取り組めるような関係に発展させたいという期待を込めたものだろう。世界的な経済・金融危機、テロとの戦い、深刻化する地球温暖化など各国が国境を超えて対処しなければならない課題が山積している。首相が口癖のように言う世界第1位、2位の経済大国の日米が手を携えなければならない時であるのは論をまたない。>

 と実質的な「成果」から書き始めた。

 <首脳会談で多くの時間を費やしたのは経済・金融問題だった。基軸通貨ドルの信認維持が重要との認識で一致し、保護主義に対抗することが日米の重大な責務であることを確認した。4月のロンドンでの第2回金融サミットへ協力を加速することでも一致した。日本は昨年10~12月期の実質成長率がマイナス12.7%(年率換算)を記録するなど不況の長期化が懸念されている。昨秋以降、事業規模75兆円、財政支出12兆円という3次にわたる景気対策を決定しているが効果は薄い。会談では大統領に内需拡大を求められた。>

 と客観的な叙述が続く。

 <首相は追加景気対策の早期実施という課題を背負わされたが、与野党対立の国会情勢では先行きは不透明だ。>

 <責任の共有という意味ではアフガニスタン安定化支援も重要な分野だ。首相はアフガンの隣国のパキスタン支援のための国際会議開催と、米国が進めているアフガン戦略見直し作業への日本参加の考えを伝えた。軍事的貢献ができない日本に対し大統領は開発や治安、インフラ整備などの分野での協力を求めた。日本は国際社会の一員としてアフガンの復興・安定に最大限の協力を行う必要がある。戦略見直し作業の中で、可能な有効策に知恵をしぼるべきだ。>

 ここまでは当然の日本の責務を書いており、異論は全くない。

 <麻生首相はオバマ大統領がホワイトハウスに招いた最初の外国首脳となった。クリントン国務長官が初の外遊先に日本を選んだのと合わせ、日本重視姿勢のあらわれといえよう。>

 ここまでも客観的な事実であろう。

 そして、最後の最後に言いたいことを言う。

 <しかし、共同記者会見や昼食会が行われなかったのは異例である。「首脳間の信頼関係をいかに築くかが一番大事」(河村建夫官房長官)としていた日本側の期待ははずれたようだ。米側のそっけない対応ぶりは、支持率低下に歯止めがかからず失速寸前の麻生政権の今後をにらんでのことかもしれない。「招待するのは個人ではなく日本の首相」(米国務省)と割り切っているのだろう。外交は国民の支持があってこそ推進できるものである。>

 最後の一言が見出しになっている。見出しがきつかったから、相当な内容かと思ったが、外交問題ではこのくらいの麻生批判にとどめておこう、という良識が働いているようだ。

◆麻生首相の個人の問題や政局に触れなかった読売新聞

 読売新聞社説のタイトルは<日米首脳会談/同盟強化に必要な能動的外交>だった。  <幅広い分野で重層的な協力を続けることが、日米同盟の強化にも大いに役立つだろう。>

 の書き出しだ。

 読売新聞は各紙の中で唯一、2月25日朝刊で首脳会談の内容を報じた。「述べる」「合意する」「一致する」という未来形で、きっちりと1面トップ<日米、経済対策で連携/首脳会談/「重層的な同盟」構築>と、キーワードである「重層的な同盟」という言葉もしっかり入れていた。なおかつ、3面[スキャナー]<日米首脳会談/厚遇見返り 日本に重責/米、国際貢献 拡大要求へ/個人的な信頼構築 二の次>と経済面<日米首脳会談/対話の枠組み探る>で重層的な解説も入れていた。

 <米大統領「日米同盟は礎石」/首脳会談/北ミサイルに懸念>で1面トップにした東京新聞と読売新聞を除けば、他紙は1面トップにはしていなかった。

 2月25日夕刊がオバマ米大統領の初の議会演説中心になるだろう、という予測があれば、読売新聞と東京新聞の選択は正しかった、と言えるのではないか。夕刊は日経新聞、東京新聞が日米首脳会談を1面トップにしていたが、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞はオバマ演説が1面トップ。朝日新聞、毎日新聞と夕刊を廃止した産経新聞は日米首脳会談を1面トップにすらしなかったことになる。

 読売新聞の社説は①オバマ政権は多国間協調外交を志向しており、日本は呼応して従来以上に能動的外交の必要あり②互いに信頼できるパートナーになる努力を重ねることが肝要③百年に一度の経済危機から早期に脱するには、世界1位と2位の経済大国による政策面での共同歩調が欠かせない④両国の国内経済の再生に加え、国際金融システムの安定と途上国支援にも力を入れることが大切⑤米国は今後、国際摩擦が生じないよう「バイ・アメリカン条項」の慎重運用が求められる⑥「テロとの戦い」は国際社会にとって避けて通れない重大問題。アフガンの治安回復に向け日本は500以上の学校や50の診療所を建設・修復したが、教育、医療、農業分野で培ったノウハウを活用して米国の新たな政策策定に積極関与し、資金、人的貢献の両面で応分の責任を担うべき⑦日米が中心となり、北朝鮮に対し、そうした強い姿勢をより明確に示すことが必要だ――と書いていた。

 ここには「弱い基盤の政権」とか、米メディアの無視とかはない。あくまで、日本の政権、政治に対する要望を書き連ねている。この姿勢が最も堂々としているのだろうが、あまりにそういう雑音をシャットアウトしていると、逆に白々しさが出てこないか、心配になる。

◆産経新聞は麻生首相の指導力に期待

 産経新聞は<日米首脳会談/同盟重視に行動で応えよ>で、

 <同盟を通じて米国の努力を支えることは日本の国益にもかなう。欧州の足並みがそろわない中で、アジアの日本が率先して米国と連携する明確な姿勢を世界にアピールした。日米を先導役に、協調して難題に取り組む機運を欧州や世界に広げていきたい。>

 と成果をアピールし、オバマ政権が日本を重視する理由として①4月の金融サミット(G20)に向け保護主義台頭を阻止し、ドルの信認を支えながら世界金融システムを立て直す②イラク撤退、北朝鮮、アフガン、イラン、中東問題など、米国だけでは解決できない課題に日本の協力を必要としているからだ、として、

 <麻生首相は「世界第1、第2の経済大国として世界経済回復に全力をつくす」と応じた。ミサイル発射準備を進める北朝鮮に厳しく警告し、核、拉致と合わせて日米が引き続き連携して立ち向かうことで一致したことも大切だ。>

 とした。また、

 <日本はアフガン・パキスタン特使を任命して、米国の包括戦略策定作業に参画する。4月にはパキスタン支援国会合を開催する。いずれも日本側からの建設的提案として米国も歓迎している。>

 としながら、

 <麻生首相は内政面で厳しい局面に置かれているが、日米同盟をより重層的なものに高めていくためには、こうした提案を今後も具体的に実行していくことが何よりも重要になる。日本が直面している課題はめじろ押しだ。米軍再編、海賊対策、集団的自衛権の問題などの宿題を片づけなければ、同盟の実効性は損なわれていく。同盟の強化と深化のために、首相が指導力をさらに発揮して国際社会の日本の活路を切り開いてもらいたい。>

 と首相の指導力発揮への期待感で終わっている。

 各社ともどう書くか、相当に悩んだ末の論説なのだろうが、こういう時こそ、どこに社のスタンスを置いているか、が分かって面白い。

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郵政民営化で「政治的空間」を語るとは~日経新聞2月26日朝刊[大機小機]から

 日経新聞2月26日朝刊コラム[大機小機]には苦笑してしまった。(夢風)氏による<ブレる政治家と政治的空間>である。

 政治家の発言の「ブレ」が問題になっている、という書き出しで、麻生太郎首相の発言の「ブレ」を小泉純一郎元首相も批判し、政治家の言葉の重さを指摘した、として、

 <政治リーダーが信頼できて初めて、政策に対する市場からの信頼性が確保できる。>

 と書く。何を言っているのか、ここまではあまりに抽象的で、政治学者の論のようでもあるのだが、麻生首相の「郵政民営化には反対だった」発言についてだ、と明らかにされ、なあーんだ、そのことを言っているのね、と分かる。ついでに、

 <与謝野馨財務・金融・経済財政相はサブプライム問題の日本への影響について、当初は「ハチの一刺し」と言いながら、最近は「深刻な影響」と述べるようになった。しかし、ブレているのは麻生内閣の閣僚だけではない。>

 として、郵政造反議員たちが念書にサインして自民党に復党したのに、最近は郵政の見直しを主張している、とヤリ玉にあげる。野党もヤリ玉だ。民営化そのものに反対だった民主党が05年の選挙での敗北後、一転して銀行・保険の民営化、郵便の国営化継続という独自案を国会に提出したのに、最近は国民新党と株式売却凍結の法案を共同提出している、として、

 <民主党が政権をとったら郵政をどうしたいのか、よく分からない。>

 と滅多斬りである。

 そして、

 <以前から、政治倫理に関する「政治的空間」という考え方がある。評論家のように、対案もないまま批判だけするような人は、「政治的空間」にはいないのである。小さな発言にも責任を負わねばならないリーダーは「政治的空間」に置かれている。批判だけのコメンテーターは、政治的でも私的でもない特殊な保護された空間にいる。最近は大臣・国会議員といった政治的リーダーまでもが、政治的空間にいることを忘れているように見える。政治リーダーが政治的空間を放棄したことに対し、市場も厳しい目を向けている。政治的空間を担う真のリーダーを、国民は待っている。>

 と結んでいるのだ。

 一見、憂国の士のような書き方だが、そこらじゅうに論理のほころびが見えるがさつな論である。

 まず、郵政民営化とは何か? が定義されていない。郵便局と郵便貯金と簡易保険と郵便物配達業務を国営(公社)ではなく、民間主体の株式会社にすることではないか? 麻生首相も鳩山総務相もそこの基本は守る、と言っているのだ。ただ、小泉氏や竹中平蔵氏、中川秀直氏らは「4分割案」でなければ民営化ではない、などと硬直した物言いをしているだけではないか。(夢風)さんは小泉氏に同調する方のようだが、その辺は論議の基本としてきっちりと書いておかないと、議論が不毛になる。

 次に、今さかんに行われている「かんぽの宿」について何故触れないのだろうか? 「かんぽの宿」やその前の郵政公社時代の「国有地払い下げ」疑惑こそ、郵政民営化に暗雲をもたらした原因ではないか。世間では「改革利権」という言葉すら使われている。1万円で落札した物件を6000万円ですぐに転売することが許されるのか? この点についての竹中氏の反論には説得力がない。

 今、ポールソン米前財務長官がシティ銀行救済のために公的資金を注入し、自分の出身母体だったゴールドマン・サックスのライバルだったリーマン・ブラザーズには公的資金を入れずに破綻させたことが米国で問題になりかけている。シティにはゴールドマン・サックス時代の同僚、ルービン元財務長官が会長として天下りしており、サマーズ氏、ガイトナー氏もルービン門下という人脈の中で米財務長官が議会も無視して国民の税金をルービンへの責任追及を避けるために使ったのではないか、という疑惑だ。

 同じこと、というか、もっとひどいことが郵政民営化の過程で行われていたのではないか、というのが「かんぽの宿」疑惑だ。

 国民は小泉氏の麻生批判発言をシラケて見ている。みな薄々分かってきたのだ。小泉氏や竹中氏ももしかすると「改革利権」に関与していたのではないか、と。衆院が早期解散となれば、鳩山氏の疑惑追及の努力もその瞬間で雲散霧消してしまう危険がある。小泉、竹中コンビにとっては好都合で、だから、麻生氏の首をすげかえて、解散を望んでいるのではないか、という疑惑である。

 衆院解散直前の永田町など、昔からこんな状態だった。今「政治的空間」とか聞いた風なことを言うよりも、「かんぽの宿」疑惑の解明に全力をあげないと、今後、必要な民営化も規制緩和も胡散臭さが付き纏って実行できなくなることをこそ懸念すべきではなかろうか。

 こんな小泉・竹中両氏の太鼓持ちのようなコラムを書かず、時間があるのならば、疑惑解明に協力してほしい。

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2009年2月24日 (火)

中国で日本車が売れているそうだ、よかった~人民日報日本語版2月24日から

 人民日報日本語版が2月24日配信した<09年中国自動車市場、独日の競争が激化>は中国市場をめぐる日本車とドイツ車との激烈な競争を中国人の目で見た記事だ。

 2008年の中国の自動車販売台数ランキングは独系メーカー・大衆(フォルクスワーゲン、VW)の南北2カ所の系列会社が1位と2位を独占したが、一汽トヨタ、広州ホンダ、東風ニッサンなどの日系各社がランキング入りしたことが注目され、09年には日独とも中国のシェア獲得に向け最新車種で勝負に出る構えだ、という「北京商報」の記事を紹介していた。中国汽車(自動車)工業協会がまとめた統計データである。

 08年の販売総台数は日系車が155万6千台、独系車が102万6513台。今年1月の販売台数データも日系車11万5401台、独系車8万1995台。両方とも日本が勝っている。高級車はクラウン(中国名:皇冠)の売上げが数カ月連続で安定的に伸び、アウディ(奥迪)との差が縮まり、中級車では日系が依然強く、ある統計データによれば1月の販売台数は一汽トヨタのカローラ(ソウ羅拉)が1万1017台、東風ホンダのシビック(思域)が6399台。カローラのライバルとされる上海大衆のスコダ・オクタビア(斯柯達明鋭)は4750台、一汽大衆のジェッタ(速騰)は7763台でカローラに遠く及ばなかった、という。

 中聯汽車市場の張超総経理(社長)は中国市場に遅れて進出した日系メーカーは進出するやいなや、たくましい勢いで成長を遂げ、独系メーカーの勢いを削ぐまでになり、独系車の優位が徐々に揺らぎ、日系車は北米市場の「奇跡」を中国市場で再現しつつある。、と驚くべき日本の自動車の売れ行きぶりを書いている。

 A0クラス、Aクラス、Bクラスの三大自動車市場で大きなシェアを占めるのは日系車で、外観やゴージャス感で優位に立ち、市場を急速に拡大。独系車は日系車に押されて、これまでに築きあげた市場的基盤を維持するのが難しくなっている、という。

 B級市場の状況はさらに深刻で、日系車が圧倒的なシェアを占めている。

 <独系車の外観デザインは既存車の延長または発展で、たとえばパサート(バツ薩特)はB5シリーズからB6シリーズまで一貫したスタイルを維持し、マゴタン(邁騰)のデザインもこれを継承しつつ発展させたものとなっており、日系車ほど注目を集めることはない。張総経理によれば「現在の発展状況からみて、独系車は日系車の特徴を学習しつつあり、たとえば価格11万8800元のボーラ(宝来)のマニュアル車新車には、本革シート、6枚CDチェンジャー、後方衝突防止装置(バックアップコリジョンプリベンション)といった消費者に喜ばれる機能が搭載されている」という。>

 <自動車アナリストの賈新光さんによると、日系メーカーはゴージャス感に重点を置き、科学技術はその次で、独系メーカーと比較して大きな弱点をかかえているといえる。重要な新しい技術はいつも欧州か北米で生まれる。技術的にみれば、マゴタンはアコード(雅閣)やカムリ(凱美瑞)を大きく引き離している。>

 技術はドイツが上だ、と言う。「重要な新しい技術はいつも欧州か北米で生まれる」という書き方、嫌だねえ、欧米崇拝そのものじゃないか。

 <また賈さんによると、日系車には技術的な弱点があるため、ゴージャス感ばかりを追求するのだという。一方、ドイツ車は引き続き実用性や耐久性を原則とし、豪華な装備を過剰に追求することはない。>

 この辺、反日の連中が勝手なことを言っているのだろうが、このような非科学的な論調がまだまだ多いのだろう。

 <技術的にみれば独系車の主導的地位は業界内で認められるところで、安全性や科学技術的な面でも評価を受けている。だがバージョンアップや新車の発売では、日系メーカーは独系メーカーより積極的だ。特にここ数年は、日系車の新車販売ペースが年々加速し、独系車はいささか出遅れた感がある。>

 まだ書いてるよ。

 <また車種についても、トヨタ、ホンダ、日産などの日系メーカーは相ついで新製品を打ち出し、新技術を取り入れた外観やエンジン、ミッションなどが人気を集めている。だがVWが打ち出す新車はいつも「千篇一律」で、飽きられるのが早い。>

 残念だ、という思いが文章から伝わってくる。

 <複数の日系メーカーによると、各社とも09年には重量級新車の販売を予定している。一汽トヨタのRAV4などで、消費者の関心を幅広く集めている。多くの業界関係者が指摘するように、日系車の勢いがますます強まり、独系車を圧倒しつつある。性能も日々改良され、驚くべきペースで発展を遂げている。張総経理によると、日系車の急速な市場拡大は、その優れた価格性能比に原因がある。燃料価格の引き続いての上昇を受けて、消費者が自動車購入に当たり最も関心を寄せるのは価格とランニングコストだ。また消費の個性化に伴い、独系車の四角張ったフォルムは公用車にはふさわしくとも、一般には歓迎されなくなった。日系車が最新の技術を取り入れ、流行のデザインや経済性を追求しているのとは対照的だ。>

 ここでは日本車が「最新の技術を取り入れている」と書いている。論理矛盾であることを記者自身気づいているのだろう。

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北朝鮮がミサイル発射予告~朝日新聞、毎日新聞2月24日夕刊から

 北朝鮮や韓国に関して2本のブログを書いたから、今日はもういいだろうと思っていたら、2月24日夕刊を見て驚いた。北朝鮮が「忘れちゃいやよ」とミサイル発射予告をした、というのだ。「衛星打ち上げ」と言っているそうだ。

 朝日新聞2月24日夕刊1面<「ロケット準備」/北朝鮮が発表>を読もう。ソウルの牧野愛博特派員の記事だ。

 <北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会報道官は24日付の談話で「試験通信衛星『光明星2号』を運搬するロケット『銀河2号』を打ち上げるための準備作業が、咸鏡北道花台郡にある東海衛星発射場で本格的に進行中だ」と明らかにした。朝鮮中央通信が伝えた。>

 ここまでやらないと忘れられてしまう、と思っているのかなぁ。

 <北朝鮮は1998年8月に長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射した際にも、ミサイルを「人工衛星」の運搬ロケットと主張しており、今回の談話は現在、同郡舞水端里で準備しているテポドンの発射を予告したとみられる。発射時期には触れていない。>

 脅しているのだろうが…。

 <同通信は16日、「我が国から何が飛び立つかは、見ていればわかることだ」と伝えたが、発射の動きを具体的に伝えたのは初めて。談話は「衛星が成功裏に発射されれば、我が国の宇宙科学技術は経済強国に向け、大きな一歩を踏み出す」と主張。発射に向けた強い意思を示した。>

 ちゃんと飛びますか?

 <韓国政府によれば、北朝鮮は1月末からテポドン発射に向けた準備を開始。韓国の李相憙国防相は18日、「発射準備が整うまで早ければ2~3週間とみている」と語っていた。>

 何を焦っているのか、とちょっと不思議になるが、例の瀬戸際外交を展開中であることは間違いない。米国を2国間協議に引きずり込むには核問題ではなく、ミサイルしかない、という状況になっている。核は6カ国協議で話し合うことになっているからだ。

 何とかイランやシリアへのミサイル輸出問題と絡めて米国の気を引こうとしているのだが、米国は今、そんなことに構っていられないはずだ。その辺が分からないのか、分かっていてやっているのか。

◆発射は差し迫っていない~毎日新聞夕刊

 毎日新聞2月24日夕刊1面はソウル支局発<「まだ発射台に装着はされず」/韓国消息筋>の記事で、

 <韓国の情報当局消息筋は24日、韓国の聯合ニュースに対し、「ミサイルはまだ発射台に装着されていない」と語った。報道によると、ミサイルの発射台装着後、燃料の注入には5~7日かかり、発射は差し迫ったものではないという。>

 と書いていた。まだ固形燃料は開発されていないのか? 開発したとか、しないとか噂話はあったのだが。

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北は特殊部隊6万人増強:韓国国防白書~東亜日報、日経新聞、朝日新聞2月24日朝刊から

 韓国国防省は2月23日、「2008年国防白書」を発刊した。2月24日日経新聞、朝日新聞朝刊が比較的詳しく報じていたが、ここではまず韓国紙の報道を見てみよう。

 まず東亜日報の2月24日朝刊。見出しは<北朝鮮、特殊部隊を約6万人増強、射程3000㌔㍍の新型ミサイル実戦配置>だ。日経新聞の<特殊部隊6万人増強/韓国国防白書/グアム射程のミサイル「実戦配備」/米意識し戦力強化>と似ている。ちなみに朝日新聞は<新型中距離弾道ミサイル/韓国「北朝鮮、実戦配備」/国防白書>と6万人よりはミサイルの脅威を見出しに取っていた。

 東亜日報の記事を読む。

 <北朝鮮が過去2年間、特殊戦兵力を6万人以上増やし、射程3000㌔㍍の新型中距離ミサイル(IRBM)を実戦配置していることが分かった。これは、韓米連合戦力に対する質的劣勢を克服し、奇襲南侵の効果を極大化するためのものとみられる。>

 が前文である。

 <国防部が23日に発表した「2008国防白書」によると、北朝鮮は休戦ライン付近の軍に、後方侵入用特殊戦兵力である軽歩兵師団を新たに創設し、前方師団の軽歩兵大隊を連隊級に増編するなど、特殊戦兵力を6万人余り増やした。これに伴い、北朝鮮の特殊戦兵力は、計18万人に拡充されたと、国防白書は明らかにした。>

 18万人の特殊戦兵力というのは相当なものだ。

 <白書は「北朝鮮が韓半島の作戦環境を考慮し、夜間、山岳、市街戦訓練を強化するなど、特殊戦遂行能力の向上を集中的に図っている」とし、「有事の際、洞窟などを利用し、韓国後方に侵入し、同時多発的に様々な形の攻撃や配合戦を遂行する考えだ」と説明した。このような特殊戦能力強化は、アフガニスタンやイラクで、多国籍軍に対する抵抗勢力のゲリラ戦術を反映したもので、特殊戦兵力を戦場深く侵入させて、敵・味方の識別を困難にし、韓米連合戦力の精密兵器能力を無力化しようとする意図だと、軍当局は見ている。>

 この説明は日経新聞とほぼ同じ。

 日経新聞では、

 <白書は北朝鮮の戦術について『米軍増派舞台の到着前に奇襲作戦などを展開する短期戦を想定している』と説明。米軍が最新兵器を使用し短期間で壊滅的打撃を与えた『イラク戦争の教訓を反映』して、初期から特殊部隊を大量に投入し米韓軍と混在する混乱状況をつくって集中攻撃を避ける戦術と分析した。>

 とあった。ほぼ同じ内容だが日経新聞の方が分かりやすい。

 東亜日報に戻る。

 <また北朝鮮は1990年代末に開発着手した射程3000㌔㍍のIRBMを2007年半ばに実戦配置した。ロシア製の潜水艦発射弾道ミサイル(SS―N―6)をモデルにした同ミサイルは、グァム、インド、ロシアの一部地域まで射程圏内とする。このほかにも北朝鮮は、最大射程160㌔㍍の新型地対地、地対艦ミサイルも開発し、西海岸一帯でテスト発射している。>

 このミサイルに注目したのが朝日新聞だった。

 朝日新聞の記事を書き写しておく。

 <IRBMはグアムを射程に収める。IRBMについて、国防省当局者は「ロシアで使われていた装備だろう」と話した。旧ソ連軍が実用化した潜水艦発射式弾道ミサイル「SSN6]を陸上発射型に改良した「ムスダン」と見られる。このミサイルは07年4月に軍事パレードで公開された。>

 <一方、発射準備の兆候が見られる長距離ミサイルについて白書は、射程6700㌔㍍以上の「テポドン2」を開発しているとし、98年8月に発射した「テポドン1」、06年7月の「テポドン2」はいずれも失敗だったとしつつ、「テポドン2は推進エンジンの追加などでさらに射程を延ばすと判断される」とした。>

 日本の新聞の方が分析力があるんじゃないか。

 東亜日報に戻る。

 <北朝鮮は通常戦力も補強していることが確認された。戦車は2006年より200台増加した約3900台、多連装ロケットと放射砲は300門増加の約5100門、地対地誘導兵器は20機増加した約100機が配置された。戦闘機は、約20機増加し、約840機と集計され、このうち約40%が平壌~元山以南に前進配置された。>

 としている。また、

 <海軍も一つの戦隊と潜水艦艇約10隻を補強したうえ、地対艦、艦対艦誘導弾や新型魚雷を開発した。特に、指揮自動化システムを構築し、東・西海の艦隊司令部と各艦艇をネットワーク化した模様だ。>

 とあった。どこまで動くかは定かではないが、韓国にとっては脅威である。

 <一方、白書は北朝鮮の核能力について「3回にわたる再処理で、約40㌔㌘(核兵器6、7個製造可能な分量)のプルトニウムを確保したと推定され、2006年10月に核実験を実施した」と指摘した。「2006国防白書」の「北朝鮮が、核兵器1、2個を製造したと推定される」という表現は、「核保有国」の主張をめぐる論議を避けるために削除された。

 なるほど、そういうことか。「核兵器を保有している」と書けば、北朝鮮は「それみたことか」と、その言説を利用するのか。これは初めて知った。

 また、朝日新聞によると、竹島(韓国名・独島)については06年版白書で「韓国の管轄海域」としていたが、「領土」の表現に変えた、とあった。

 韓国の国防白書は隔年刊で昨年2月に発足した李明博政権では初の白書になるそうだ。朝日新聞は、

 <かつては白書で北朝鮮を「主敵」と表現してきたが、盧武鉉前政権時代の04年版から削られた。08年版でも「主敵」とすることは見送ったが、「直接の軍事脅威」とした。> 

 と書いていた。

 朝日新聞のこの日の国際面トップは<南北境界の島 緊張/北朝鮮 強める対決姿勢/韓国兵5000人駐屯/中国漁船も撤収>。

 北方限界線(NLL)の南にある白翎島のルポを掲載していた。

 軍事的挑発を繰り返す北朝鮮が思わぬ事件を起こしかねない、として中国当局はいつもだったら300~400隻いる漁船の立ち入りを禁止。韓国も漁船の立ち入り禁止としたため、軍艦しかいない海になっていること、韓国軍が24時間厳戒態勢を敷いていること、などを写真や地図を載せながら書いていた。

 脅しを繰り返しているうちに、北朝鮮の軍規の緩みから偶発的な戦闘が起きる、という恐れは十分ある。在日・在韓米軍も必死に情報を集めているだろう。

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韓国民は北の核保有を容認する:韓国紙の世論調査~中央日報、朝鮮日報2月23、24日朝刊から

◆朝鮮日報のギャラップ調査で就任1周年の大統領支持率は33.5%

 朝鮮日報が韓国ギャラップに依頼して2月21日に実施した電話世論調査によると、2月25日に就任1周年を迎える李明博大統領の国政遂行に対する韓国国民の評価は「よくやっている」が33.5%、「よくできていない」が54.6%、「普通」6.6%、「分からない・無回答」5.3%だった。

 08年2月末の就任直後のギャラップ調査で52%だった李大統領の支持率は同5月の反政府ろうそく集会以後7カ月にわたり20%前半から半ばにとどまっていたが、12月の調査で32.1%に上り、今回も33.5%と30%台の支持率を維持している。

 「李大統領の過去1年間の国政遂行について、『とてもよくやった(100点)』『普通(50点)』『全然できていない(0点)』まで100点満点で評価せよ」という質問では「100-51点」37.9%▽「50点」27.4%▽「49-0点」34%で、評価点平均値は50.2点だった。全国の19歳以上の男女1020人を対象に実施した今回世論調査の最大許容標本誤差は95%の信頼水準で±3.1ポイント、と書いてあった。

 面白かったのは歴代大統領の就任1年後の支持率の比較。カッコ内は調査時点。盧泰愚大統領(1989年2月)は28.4%▽金泳三大統領(1994年2月)は55.0%▽金大中大統領(1999年2月)は55.9%▽盧武鉉大統領(2004年2月)は25.1%▽李明博大統領(2009年2月)は33.5%。

 韓国民主化後の大統領はこの5人しかいない。中でも盧武鉉氏の不人気がダントツで目立つ。李明博大統領は過去の大統領の時代に比べ、情報のグローバル化、IT時代で反政府的言辞が国民の間に流布されやすい環境の中では頑張っている、と言えそうだ。

 李明博大統領の支持率の経時変化を見ると、

2008年2月25日 就任式

2008年3月2日調査で支持52.0%

2008年5~8月 反政府ろうそく集会

2008年5月31日調査 支持21.2%、不支持68.9%

2008年9月、世界金融危機始まる

2009年1月19日 竜山爆発惨事

2009年2月21日調査 支持33.5%、不支持54.6%

 だった。

 ただ、日本のメディアの世論調査と違うのは「内閣を支持しますか」ではなく「大統領はよくやっていますか、よくできていないですか」という設問である点だ。「支持する」は未来への期待が入るが、「よくやっている」は成果への評価となるのではないか、と思う。

 政党支持率は与党のハンナラ党が35.4%▽野党の民主党が16.6%▽民主労働党が7.6%▽自由先進党が5.7%。

 2008年3月2日調査の政党支持率はハンナラ党52.9%▽民主党15.0%▽民主労働党4.7%▽自由先進党1.2%

 自由先進党の伸びが目立つものの、あの猛烈なウォン安、失業旋風が続く中、韓国の有権者は案外冷静に李明博政権を見守っていることが分かる。

◆中央日報では支持率32.2%

 中央日報は2月23日付<MB、就任から1年/李明博政権、支持率より信頼回復が急がれる>で支持率を載せた。30%台の支持率が気に食わなかったのか、けちをつけるためか、「支持率は兎も角」という論調。

 客観的な数字をまず紹介しておこう。

 <李明博政権が成功するためには「支持率に執着するより、政治的な信頼を回復させるのを優先すべきだ」という調査結果が発表された。>

 という前文はどう考えてもおかしいでしょ? 少し含み笑いをしてしまったんだけど。

 中央日報と東アジア研究院(EAI、院長:李淑鍾・成均館大教授)が韓国リサーチに依頼して2月9~10日、全国の成人男女1000人を対象に「大統領就任1周年・特集アンケート調査」を行い、李大統領の国政運営に対する支持率は32.2%、政府への信頼度は29.4%だった、という。

 <数値は似ていたが、意味は大きく異なる。ひとまず最近の経済危機は、少なくとも支持率の側面では危機と同時に機会の要因となっている。外部の要因から招かれた危機の場合、政府に力を与える結集効果(Rally-Round-the-Flag-effect)が、支持率の下落にある程度歯止めをかけるからだ。>

 と難しい理論を振り回す。

 <これに比べ「政治的な信頼」は「政府政策遂行」の評価に、決定的な影響を及ぼしている。「政府を信頼する」という回答者では、経済危機への取り組みに対し「よくやっている」(47.4%)と「間違っている」(52.6%)と評価が分かれる。しかし、政府を信頼しない回答者の90.6%は「間違っている」と答えた。最小限の信頼が前提にならない場合、政府政策が直ちに不信と冷笑の対象に転落できるという意味だ。>

 <そうした点から、就任1周年という時点は、国政遂行支持率の一時的な変動に注目するよりは、政策を進める過程で国民の要求を持続的に聴取、反映することにより、政治的信頼の回復に努めるべき時点だ。>

 これって、韓国人が大好きな屁理屈ちゃいますぅ~? と私は、なぜか大阪弁になってしまう。

  <今回の調査は、韓国リサーチ(代表:盧翊相)がコンピューターを用いた電話調査(CATI)で行った。標本は性・年齢・地域別の人口比例に伴う割当抽出法で選定し、最大許容の標本誤差は95%信頼の水準で3.1%(回答率18.6%)。>

 おいおい、回答率18.6%かよ。10人に電話して8人は回答拒否か。そんな調査って信じられるのか? 李明博政権に賛成の人は回答拒否をしているかもしれない。ここの段階ですでに8割の「物言わぬ民意」が隠れている、ということだろう。

 でも、結果の「32.2%」だけが独り歩きをするのは日本の世論調査の数字と同じだ。

 政治的信頼については、「『政府や政治家が進める各種の政策が国民の利益に一致する』という心理的な信頼のこと。政策推進の過程(procedure)と結果物(product)に対する長期的な評価で形成されるが、いったん形成されれば簡単に消えない。しかし、政策失敗が繰り返され、国民の改善を求める声に耳を傾けない場合、内容を問わず『無条件の反対』が日常化できる」と書いてあった。

 何か日本の新聞よりも学者的なんだなあ。

◆38.4%が「北が軍事的措置の可能性」

 また、中央日報ではこの調査で国民の安全保障意識も聞いた。これって案外面白い内容だと思う。見出しは<MB、就任から1年/「韓半島情勢、不安」52%>だった。

 前文は、

 <現政権の発足後続いている北朝鮮の強硬姿勢や、緊張感が高まりつつある韓半島の情勢は国民世論の流れと認識を変えている。>

 というものだ。

 <第一、安保不安が続き、韓米同盟への支持が高まった。現在の安保状況に対し「不安だ」という回答が半分を上回る51.9%にのぼった。また、回答者の38.4%が「北朝鮮が戦争や軍事的な措置を取る可能性がある」と答えた。>

 局地戦ということだろうが、偶発戦争の危険を感じている国民が3分の1以上に上っているのは分断国家ならではのことだろう。

 <安保状況に不安を感じ、韓米同盟への支持は高まった。「韓米同盟を支持する」という回答は、北朝鮮の核問題をめぐる危機が高まった2006年には48.8%だったが、翌年の2回目の南北(韓国・北朝鮮)首脳会談を経て34.9%に落ち込んだ。今回は43.7%に高まった。>

 やはりそうだった。韓米同盟への期待は高まると思う。そうなれば、在韓米軍基地移転問題も新たな展開が生まれるかもしれない。

 <第二に、中国に対する認識も変わっている。「中国を肯定的に見るという回答が2005年は48.6%だったが、今回は38.3%に落ちた。半面、米国に対する肯定的な認識は51.9%(2005年)から57.4%へと小幅に上昇した。前政権で台頭した「中国代案論」が弱まる格好となっている。これは多国間の協力を強調するオバマ米新政権の登場とかかわりがあるものと受けとめられる。>

 それは違うと思う。クリントンでもマケインでもほぼ同じ結果だったと思う。安保意識の変容が大きいと思う。

◆北朝鮮の核保持容認論が強まった韓国世論~やっぱりそうだろ!

 <第三に、北朝鮮についての友好的な認識2006年24.3%だったが、今回は9.1%に落ち込んだ。しかし、北朝鮮に対する▽経済制裁措置▽米国による軍事的な手段の使用――には反対する代わり、北朝鮮への経済協力については一貫した支持の立場を見せた。「協力と支援を通じ北朝鮮を管理すべきだ」という考え方が定着しつつあるとみられる。>

 戦争になるのが嫌だ、ということでしょ? 当然の心理だとは思うけど。

 <第四は、「北朝鮮の核保有を認める線で北朝鮮の核問題が解決されるだろう」という見方が強まった。依然として「長期的に北は核を断念するだろう」という回答(45%)が最も多かったが、核を保有しているかどうかが不透明だった2004年(54.9%)よりは10%減った。半面「核保有を認める線で妥協するだろう」という見方は15.7%(2004年)から、今回の調査では36.6%に上がった。

◆ペリー元米国務長官が講演で「北に核開発の対価を明確に示すべきだ」と明言

 中央日報のHPを見ていたら、2月24日付で<ペリー元米国務長官「北に核開発の対価を明確に示すべき>という記事を見つけた。

 <ペリー元米国務長官が23日、今後の北朝鮮の核戦略について、「北朝鮮が核兵器を放棄できる見返りを含めるべきで、核の開発を続ければどのような対価を払うことになるのかを明確にすべきだ」との考えを示した。>

 <国際学術会議「グローバルコリア2009」の主題発表を通じて述べたもの。ペリー元長官は、「(1999年に私が)特使として訪朝した当時の課題が北朝鮮が核兵器を作れないようにすることだったならば、今はすでに保有した核兵器を放棄させるようにすることで、今のほうがより困難だ」と述べた。>

 とあった。

 ペリー氏まで北朝鮮が核兵器を手にした、つまり核保有国だと認めている。オバマ米政権は北朝鮮との交渉を核保有国として行う、ということなのだろう。日本の安全保障にとって由々しきことだ。

 <また、「金正日国防委員長の健康問題があるが、当面は北朝鮮政府は存続するものとみられ、従って核の危険も続く」との見通しを示した。>

 まあ、そういうことでしょう。

 <ペリー元長官は「これまでの6カ国協議は有益であり、これからも有益だろうが、5年以上も問題を解決できていないだけに、いまや北朝鮮核交渉はリセットボタンを押す時だ」と強調した。その上で「北朝鮮がプルトニウムを生産した後に核実験に乗り出したことは冷戦以降で最も深刻な外交の失敗だ。(1994年のジュネーブ枠組み合意)当時に核の脅威を封鎖しようとした努力は中断され、むしろ後退した」と述べ、北朝鮮の核問題がより悪化したと指摘した。>

 ペリー氏の言う通りだろう。

 <ペリー元長官は特に韓国政府に対し「核開発を単純な安保脅威ではなく、世界的な核の脅威を封鎖しようという努力を阻害する要素と見るべきだ」として核問題を韓半島レベルを超えた世界的な核拡散防止の次元からアプローチするよう勧告した。>

 ペリー氏はきっと韓国政府要人たちの北朝鮮への生温い雰囲気を感じたのだろう。これは韓国人への「しっかりしろよ、北朝鮮に核兵器は持たせないのだ」というメッセージだと思う。

 <ともに主題発表に立った玄鴻柱元駐米大使は「ブッシュ政権当時に米国が対テロ次元でイラクにあまりに集中し、北東アジアには十分に気が回らなかったという指摘がある。米国は北朝鮮を(関心度の)低順位に置かず、緊急性を認めすぐに対処すべだ」と指摘した。>

 まさしくその通りだと思うが、残念ながらオバマ政権はアフガニスタン解決に最善を尽くすから、北朝鮮問題はもっと忘れられてしまうだろう。

 日本でも2月24日付で「李明博政権1年」を特集した紙面が多かったが、この韓国2紙を超えるものはなかった、と思う。

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「新聞は愛国主義的である必要はない」とアマーティア・セン教授は言うが…朝日新聞2月24日朝刊インタビューから

 朝日新聞2月24日朝刊3面[あしたを考える]にアマーティア・セン米ハーバード大学教授のインタビューが載っていた。紙面の人物紹介にあるように1998年にノーベル経済学賞を受賞した1933年インド・ベンガル生まれの75歳の長老である。英ケンブリッジ大卒。「哲学や倫理学に根差す豊かな人間観を経済学に採り入れた。近著『アイデンティティーと暴力』では人々を宗教や文明で画一的に分類する考え方を批判、グローバル社会での人間のアイデンティティについて論じている」とあった。一部に熱狂的な「信者」を持つカリスマ的な学者でもある。

 これだけでは分かりにくいから、例によってウィキペディアのお世話になろう。

 <9歳の時、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受けた。この頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。「インドはなぜ貧しいのか」という疑問から経済学者となる決心をし、カルカッタ大学経済学部卒後、1959年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで博士号取得。「アダム・スミスとカール・マルクスに影響を受けた」という。コルカタ、デリー、オックスフォード、ハーバードの大学で教え、1997年から2004年までの間ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジの学寮長。2004年の1月にハーバード大学に戻った。経済の分配・公正と貧困・飢餓の研究における貢献で1998年にノーベル経済学賞、翌年にはインドの文民に与えられる最高の賞、バーラト・ラトナ賞を受賞。1994年アメリカ経済学会会長。>

 <センのミクロ経済学の視点から貧困のメカニズムを説明した研究は経済学に限らず社会科学全体に衝撃を与えた。特に途上国の購買力と飢餓の関係を説明した論文は尊敬と畏怖をもって経済学者達に迎えられた、なぜならば彼以前は貧困とは単純に生産性の問題だけだと考えられていたが、市場競争における市場の失敗によってもたらされた事を簡潔にそして明瞭に表してしまったからである。>

 <経済学において最も高度な数学を使う厚生経済学や社会選択理論においても牽引者適応選好や潜在能力(capability: ケイパビリティ)アプローチ、「人間の安全保障」などの概念は現在日本の高校公民授業で教えられることがある。>

 <センは経済学は数字だけを扱うのではなく、弱い立場の人々の悲しみ、怒り、喜びに触れることができなければそれは経済学ではないと主張した。「飼いならされた主婦、あきらめきった奴隷は、ほんの少しの幸せでも満足してしまう」とし、弱い立場の人々が潜在能力を生かし社会参加することを主張している。>

 <経済学は、「人はいかに生きるべきか」「人間にとっての善」という倫理学と工学の2つの大きく異なる起源から派生しているとされている。センは、前者を「モチベーションの倫理的な考え方」と呼び、後者を「それを達成するための手段」としている。センは、現状の経済学を批判するが、経済学のもつ分析力は否定せず、敬意を払っている。彼が取る分析手法は経済学の一般的テクニックに根ざしている。>

 <センのノーベル経済学賞受賞は「厚生経済学・社会的選択」での功績だが、彼の学説で最も有名な概念は「潜在能力。これは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」としている。具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」など幅広い概念だ。そして「人前で恥ずかしがらずに話しができる」「愛する人のそばにいられる」も潜在能力の機能に含められるとしている。>

 <センの潜在能力アプローチを発展させたものが、国連開発計画(UNDP) の人間開発指数(HDI:Human Development Index)だ。HDIは、平均寿命、識字率、国民所得(一人当たりGDP)の3つの指標からなっている。最初、センは、1990年にパキスタンの経済学者マブーブル・ハックの提唱した生活の質や発展度合いを示す「シンプルな指標」であるHDIに難色を示した。その理由をセンは、「HDIの平均寿命・識字率・国民所得も手段であって、目的そのものではない。目的は、人それぞれ多様なものであり、社会的・文化的背景によって異なる」と述べている。しかし、最終的にはセンも同意し協力メンバーの一人となった。HDIは1993年から国連年次報告「人間開発報告書(HDR)」の中で国連開発計画によって毎年発表されている。現在では、経済中心のGDPに代わる人間性を加味した指標として日本政府も注目している。>

 <2001年1月、センと緒方貞子前国連難民高等弁務官を共同議長に「人間の安全保障委員会」が、日本政府とアナン国連事務総長のイニシアティブによって欧米とは別に創設された。同委員会は、2003年6月まで継続し、最終報告書を持って解散した。その後、「人間の安全保障ユニット」として国連人道問題調整部(OCHA)に移行し、日本政府は2006年度までに335億円を供出している。>

 <次のエピソードも面白かった。トリニティ・カレッジ学寮長時代、毎朝の『もっとも重要な仕事』だった英王室ゆかりの19世紀から動き続けている柱時計のぜんまいを巻くことを忘れてしまい、時計を止めてしまった。「どうせ私は植民地の人間だから。」(セン)。娘のナンダナー・セーンはセクシー女優としてインドで映画デビュー。大学生のとき、顔面がんになり、切除手術を受ける。アマルティアとは「永遠に生きる人」という意味。名付けたのはインドの詩聖と言われアジア人初のノーベル賞に輝いたラビンドラナート・タゴール。>

 <主な著書は、杉山武彦訳『不平等の経済論』(日本経済新聞社, 1977年)▽志田基与師監訳『集合的選択と社会的厚生』(勁草書房, 2000年)▽黒崎卓・山崎幸治訳『貧困と飢饉』(岩波書店, 2000年)▽大庭健・川本隆史訳『合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究』(勁草書房, 1989年)▽鈴村興太郎訳『福祉の経済学―財と潜在能力』(岩波書店, 1988年)▽徳永澄憲・松本保美・青山治城訳『経済学の再生―道徳哲学への回帰』(麗澤大学出版会, 2002年)▽池本幸生・野上裕生・佐藤仁訳『不平等の再検討――潜在能力と自由』(岩波書店, 1999年)▽石塚雅彦訳『自由と経済開発』(日本経済新聞社, 2000年)▽大石りら訳『貧困の克服』(集英社[集英社新書], 2002年)▽細見和志訳『アイデンティティに先行する理性』(関西学院大学出版会, 2003年)▽佐藤宏・粟屋利江訳『議論好きなインド人―対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界』(明石書店, 2008年)▽『人間の安全保障』(集英社[集英社新書], 2006年)。共編著は水谷めぐみ・竹友安彦訳『クオリティー・オブ・ライフ―豊かさの本質とは』(里文出版, 2006年)など。>

 朝日新聞紙面に戻る。

 インタビューは英国のケンブリッジで大野博人特派員によって行われた。ハーバードの教授ではあるが、いつもはケンブリッジに住んでいるのか?

 記事の見出しは<市場依存 危機生んだ/国家の役割 否定は誤り/人間としての意識こそ重要>だった。

 気になった言葉を書き留めておく。

◆グローバル化そのものは「悪」ではない

 <グローバル化は多くの国にとって利益の源泉だ。明治以来、日本を豊かな国にしてきたのも一種のグローバル化だ。今の問題のほとんどはグローバル化自体よりも、ほかの事情による。政治力、所有物、経済手段などの巨大な不平等が世界に非対称性を生み出しているのだ。>

 <危機の原因もグローバル化そのものではなく、米国の経済管理の誤りだ。それが相互依存の進む世界に広がっていった。グローバル化はその過程を可能にし、早くした。>

◆新自由主義は市場万能主義という意味では非生産的な考え方

 <新自由主義という用語にはきちんとした定義がないが、もし市場経済に基礎を置くことを意味するだけなら、結構なことだ。市場経済はどこでも繁栄のもとなのだから。だが市場経済体制はいくつもの仕組みによって働いている。市場はその一つに過ぎない。なのに市場の利用だけを考え、国家や個人の倫理観の果たす役割を否定するなら、新自由主義は人を失望させる非生産的な考え方だということになる。>

◆政府の役割と市場の役割

 <(レーガン元米大統領が「政府は問題の解決策ではなく、政府こそが問題だ」と主張したが、それは)愚かしい。確かに政府が出しゃばり過ぎれば問題だ。改革開放前の中国などがその例だ。しかし、政府は解決でもある。国民皆保険制度を作るのは政府の役割だ。それは人々に幸福だけでなく自由をもたらす。健康でなければ、人は望むことも実現できない。識字教育だって公教育を通して実現される。国家の役割は社会の基盤を作る点で非常に大きい。

 <国家は金融機関の活動を抑制する点でも重要だ。早く金を儲けようとして市場を歪めるのを防がなければならない。米国は金融機関への規制をほとんど廃止したので、市場経済が混乱に陥った。

◆「規制緩和万能」という考え違い

 <規制緩和は非常によいことだと見られてきたが)その考え方には途方もない混乱があった。つまり市場はとても生産的だから、それ以外は何も要らないというのだ。市場に出来ることがあれば出来ないこともあるし、国家が引き受けるべきこともある。こんな基本的なことが無視されてしまった。背景に「国家は悪」という非常に強い右派の政治思想もあった。理論というより衝動みたいなもので、思い込んでいる人は正当化の理屈を後から考える。

 この部分は切り取って竹中平蔵氏にファックスしてあげたい。宮内義彦氏、小泉純一郎氏もだ。「規制緩和=善」というあまりにも単純な考え方、思想は危険だ。

◆問題解決にはグローバルな諸制度が必要

 <問題の解決には国家だけではなくグローバルな諸制度も必要だ。>

◆ナショナリズムとグローバルなアイデンティティー

 <(ただ、国家はナショナリズムのような帰属意識に訴えて人々を統合してきました、という質問に)ナショナリズムは有害なこともあるが役にも立つ。暴力が宗教的対立に起因する時、ナショナリズムは宗教を超えて人々を統合する力になる。インドは人口の80%がヒンドゥー教徒でイスラム教徒やキリスト教徒、シーク教徒などは少数派だ。それでも今、首相はシーク教徒だし、与党の党首はキリスト教徒だ。前任の大統領はイスラム教徒だった。これは人々が指導者たちをインド人と見るから実現した。ナショナリズムが宗教的アイデンティティーを圧倒し、人々の統合を進めたのだ。日本のナショナリズム第2次世界大戦では問題だったが、明治維新からの発展には国民統合が欠かせなかっただろう。>

 <(しかし、世界同時不況のような問題の解決にはナショナリズムは役立ちそうになく、逆に政治を保護主義に走らせる懸念もありますが、という質問に対し)今重要なのは国家や宗教を超えて人々を統合するグローバルなアイデンティティーだ。グローバルな諸制度を支えるためだけではない。現実に我々の行動が他者の生活に影響を及ぼすようになっているのだから、それにはまず、1人の人間が様々なアイデンティティーを持つことを認めなければならない。日本人で、ロンドン在住で、ジャーナリストでという具合に、人はいくつものアイデンティティーを持つ。居住地への愛着、母国への愛着、文化への愛着。どれも矛盾なく共存する。>

◆多様なアイデンティティーの並存を認める、ということ

 <(いずれも争いごとの原因となりそうですが、という質問に)争いごとは、様々なアイデンティティーの一つだけを特別視し、他を無視するから起きる。第1次世界大戦で争った欧州各国の人たちはみなキリスト教徒だし、ほかにも共通点は多かった。ところがナショナルアイデンティティーだけを特別視するから対立になった。第2次大戦でもナショナルアイデンティティーがほかを吹き飛ばした。最近の問題は宗教的アイデンティティーだ。イスラムのテロリストは宗教的帰属を強調するばかりか、ほかのアイデンティティーを否定する。>

◆人間としてのアイデンティティー

 <(とはいえ、国を超えて人々を統合するような市民意識は可能でしょうか、という質問に)グローバルなアイデンティティーは誰にもある。他者への基本的な同情心だ。道で転びそうになる人を見たら思わず支える。どこの国の人か、何教徒か、何語を話すか、助ける前に考えない。人間だからとしか言いようがない。人間としてのアイデンティティーとも言える。その理解を深めなければ。>

 <(どのようにして深めるのか、という質問に)教育が重要だ。学校教育だけではない。たとえばメディアどうニュースを伝えるか、どんな意見を紹介するか。それは教育的意味を持つ。>

 <(メディアもグローバル化しなければならないと言うのか?という質問に対して)新聞などはもっと自由になるべきだ。愛国主義的である必要はない自国の視点から離れた報道や論の展開は可能だ。友人の大江健三郎氏は、日本人であると同時にグローバルな普遍的人間でもある。知識人はこの二重の役割を担わなければならないが、それはメディアについても同じだ。

 「自国の視点から離れた報道」とは何を指しているのか? セン氏は多様なアイデンティティーの並存が今後のグローバル世界には必要、というが、その並存するアイデンティティーには重要度で違いがあるのではないか? 例えばゾルゲ事件でソ連に内通していたとされた知識人は祖国を裏切った。これは日本人というアイデンティティーとマルクス・レーニン主義というアイデンティティーの狭間に陥った知識人の大失敗だった、と思うのだが、その意味では祖国を裏切らない、というのは最低限必要な条件ではないのか? そうでなかったら、国家存亡のときに、そういう知識人は国を滅ぼす勢力になる。やはり、並存するアイデンティティには重要度で段階がある、と思う。

 問題は、メディアの役割、使命に関してである。メディア人こそ愛国者でなければならない、というのが基本だと思っている。ただ、戦時中の国家神道の神官のようにしろ、というのではない。世界の情勢を目を見開いて観察し、世界の趨勢を読み、日本という国家が、私たちの子々孫々が生き残るために今どうしたらいいか、を考えて発信するのがメディア人の役割だと思う。

 よく言われる話だが、ナショナルを抜きにしたインターナショナルはない、と思うからだ。根無し草は必ず、ずるい国家に利用される。スターリンに利用されたインターがいい例だった。

 大江健三郎氏はあくまで小説家だ。小説家と新聞記者を同一に論じることはできない、と思うのだが、どうだろうか?

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2009年2月23日 (月)

ASEAN+3のIMFから独立した枠組み:大化けする可能性~朝日新聞2月23日朝刊から

 ASEAN+3がようやく米国離れを実現できそうだ。2月22日に開かれたASEAN+3財務相会合である。通貨スワップ枠拡大で合意、と言ってもピンとこないかもしれないが、実はこの新しい枠組みは10年間以上、待ちに待った枠組みなのだ。

 朝日新聞2月23日朝刊を見てみよう。1面本記の見出しは<アジア経済 独自に監視/ASEAN+3合意/IMF依存脱却>だ。見出しは難しかったと思う。短い言葉で、この共同声明の意味合いをうたうのは至難の業だからだ。

 意味合いを知るために、先に2008年10月24日に北京で開かれたASEAN+3首脳会議に関する朝日新聞記事を見ておこう。ネットの記事のコピペだ。見出しは<ASEAN+日中韓が首脳会合/通貨協力の強化>である。記事は北京発の特派員電だ。

 <東南アジア諸国連合と日本、中国、韓国(ASEAN+3)13カ国の首脳は24日朝、会合を開き、世界的な金融危機を受け、1997年のアジア通貨危機を機に創設された「チェンマイ・イニシアチブ」の枠組み強化で一致した。今回の会合は、米国発の金融危機で中国の経済成長減速や韓国の通貨ウォンの急落などアジアにも深刻な影響がでていることから、急きょ開催が決まった。>

 <麻生首相は「アジア経済は依然として底堅く、欧米や一部の新興国が直面している状況とは異なっている」との認識を示し「日本としてもアジア諸国の努力をODAなどを通じて積極的に支援したい」と強調した。12月中旬にバンコクで予定されているASEAN+3首脳会議の前に、財務相・中央銀行総裁会議を開くことで調整することを確認した。>

 <チェンマイ・イニシアチブは2国間で資金を融通しあう仕組みで、日中韓を含む8カ国が協定を結んでいる。今年5月のASEAN+3財務相会議では通貨危機への対応を強化するため、各国が計800億㌦以上を拠出して新たな多国間の制度を創設することで合意している。>

 である。今回はこの額を800億㌦から1200億㌦に拡大しただけでなく、IMFの監視とは別の独自の監視によって拠出できる枠組みを創ったことだ。

 朝日新聞2月23日朝刊経済面トップ<ASEAN+3/通貨協力、IMFを補完/経済危機で現実路線>がその意義をうまくまとめていた。会合が開かれたタイ・プーケットに同行した高野弦記者のリポートだ。

 通貨協力の大幅拡充決定はアジア経済失速だけでなく、アジア通貨基金(AMF)構想復活を夢見る日本政府の思惑が背景にあった、と書く。ただ、域内では1997年のアジア通貨危機時に顕著だった国際通貨基金(IMF)への敵対心は影を潜めており、「共存」「補完」を強調する現実路線の色合いが強い、と書いている。

 <チェンマイ・イニシアチブ(CMI)の増額や、IMFとは別の経済監視チームの設立で合意したのは、途上国の声が反映されにくいIMFに対する「警告」の意味もある。地域の実情を独自に判断し、通貨協力を決めるAMF構想に近い形になるからだ。>

 <AMFは97年に大蔵省(当時)の榊原英資財務官や黒田東彦国際金融局長(現アジア開発銀行総裁)らが提案したが、米国のサマーズ財務副長官らによって阻まれた経緯がある。その後、日本政府はCMIを提案し、域内の通貨安定策を主導してきた。AMF構想に近づく今回の合意について、日本政府関係者は「米国は自国の経済対策に追われ、介入する余裕もないのではないか」とみている。>

 これが今回の合意の日本側から見た意味合いだと思う。

 <とはいえ、CMIは条約に基づく多国間の取り決めではないため、資金を1カ所に集めておき、多数決で迅速に発動する仕組みではない。基本は2国間協定で、足並みがそろわない可能性もある。日本の財務省幹部は「AMFは究極の目標だが、実現には、現行の法的な仕組みを作り替える必要がある」という。むしろ、ASEAN諸国ではIMFと反目して独自の通貨基金づくりを進めようという機運は薄れている。>

 IMFとの確執は昔の思い出になってしまったのか?

 <「今の金融危機は、地域ごとに区切って発生しているものではない。規模からしてもCMIがIMFに取って代わることは現実的ではない」。インドネシアのスリ・ムルヤニ財務相は、朝日新聞の取材にこう答えた。アジア通貨危機時にIMFから支援を受けた際は、金融と財政の大幅な引き締めを求められ、同国経済はかえって悪化。IMFの専務理事がスハルト大統領(当時)を見下ろす写真が新聞に掲載されたことで、反IMF感情も一気に高まった。>

 というのだ。そして、ASEANで反IMF感情が薄れた背景に急速な経済悪化がある、という。

 <アジア開発銀行(ADB)の予測では新興東アジア諸国・地域(中国、香港、台湾、韓国とASEAN)の経済成長率は2007年の9.0%から2009年は5.7%に減速する。スリ・ムルヤニ氏は「世界経済の対処に追われるIMFがCMIに寄せる期待も大きいはず」とみる。>

 という悲惨な経済状態がIMFとの離別を妨げているらしい

 <CMIと経済監視チームを機能させるには課題も多い。今回の会議では、経済監視チームの事務局をどこに置くのかは決まらなかった。ASEAN側はインドネシアにあるASEAN事務局が兼務することを求めているが、日中韓は「ASEANが内輪で監視しても機能しない」として、3カ国が影響力を持つADBなどに事務局を置くことを検討しており、深い溝がある。CMIの1200億㌦の分担も、日中韓が8割、ASEANが2割で合意したものの、今回の会議では各国の負担をめぐる意見の食い違いが目立った。共同記者会見で機能拡充のスケジュールを聞かれた議長国タイのゴーン財務相は「5月の会議で話し合う」と述べるにとどめた。>

 なかなか、なのだ。

 ただ、これは後から振り返った時、大きな枠組みへの偉大な一歩だった、と評価されるかもしれない合意であることは確かだろう。なにしろ、独自評価できるシステムを創った、ということは「ワシントン・コンセンサス」を押し付けられないですむのだから。

 米国凋落の一側面を雄弁に物語るものだといえるだろう。

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米2大銀行国有化寸前というFT紙の報道~JBpressの翻訳で

JBpressが2月23日アップした英フィナンシャル・タイムズ紙2月21/22日付の<米国の銀行危機:もう国有化しかない>は衝撃的な見出しが目を引いた。バンカメとシティの話である。小見出しも<金融セクターの「日本化」を心配するのは時既に遅し>、<グリーンスパン前FRB議長さえ一時国有化を支持>、<政府管理が解決する2つの大問題>、<シティグループはさらなる救済資金を求めているが…>と興味深い。

 訳もうまいのだろう。同紙は最初にズバリ、

 <勝負はついた。数日内ないし数週間内に米国政府は事態に介入し、銀行を1行、あるいはそれ以上国有化せざるを得なくなる。>

 と書く。国有化は「ワシントン株式会社」所有銀行だそうだ。

 <さあ来い、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、それに諸々の地方・地域銀行よ。バラク・オバマ米大統領は得意の弁論術を駆使して「Nワード(nationalisation=国有化)」を使うのを避けるかもしれないが、間違えてはいけない。当局は確かにそこへ向かっている。>

 米銀は既に1990年代の日本の銀行と同じく、死んでいるのに人工的に生かされていた「ゾンビ」だった、という。シティグループやバンク・オブ・アメリカなどが融資や引き受けといった基本的な銀行業務さえまともに執行できずにいる状態だ、という。

 このような銀行が「リーマン・ブラザーズやベアー・スターンズ、ワシントン・ミューチュアルなどと一緒に金融機関の廃棄場行きになっていない唯一の理由は、納税者が5000億㌦超の資金注入と政府保証によって彼らを支えてきた」ためだ、という。

 自由市場リベラリズムの象徴だったアラン・グリーンスパン前FRB議長が一時国有化の支持者に転向し、共和党のリンゼー・グレアム上院議員も似たような変節を遂げたのは、「政治の世界の右派でさえ、連邦政府の資金を受けている間は銀行を好きなようにさせるわけにはいかないことに気づいているのである」という。

 金融の観点からすると銀行国有化と再上場は必ずしも社会主義の悪夢ではない、とする。米国ではそんなことを気にしていたのだ!イデオロギー論争がまだ続いていたのか。

 政府管理は①有毒な不良資産の値づけ②銀行による貸し渋り、という二つの大きな問題を解決する、という。

 <さらなる損失計上を恐れる現経営陣と異なり、財務省は問題債権の価格を大幅に下げても、失うものはほとんどない。そうすると今度は、これらの不良資産をプライベートエクイティ(未上場株投資会社)やヘッジファンドなどの投資家に売りやすくなる。あるいは、これらの投資家を追い払ってもいいだろう。>

 二束三文で売り払うとなれば、「かんぽの宿」と同じじゃないか。

 <シティグループ、バンク・オブ・アメリカなどの金融機関がバランスシートを一掃できずにいるのは、現経営陣には、万一を望んで市場が回復することを期待するインセンティブがあるからだ。>

 なるほど、そういうことか。

 <似たような機能不全が融資の判断にも及んでいる。限界までカネを借りている消費者と企業による新たなデフォルト(債務不履行)が発生する事態を恐れ、金融機関は事実上店を閉め、結果的に自分たちが逃れようとしている経済的苦境を悪化させている。対照的に、政府による実地的なアプローチは、損失に対する高い耐性とも合わさって、経済の必要なところに資金を回すことができるだろう。>

 国有化のメリットを書き連ねる。

 <米政権にとっての最大の問題は、傷んだ銀行をいかに国有化するか、だ。>

 ここが問題だ、ということは分かる。

 <ここで、散々批判されている「ガイトナー・プラン」が解決策を提示してくれる。ティム・ガイトナー財務長官のアウトラインはどれだけ具体性を欠こうと、銀行を「ストレステスト」にかけることは、はっきり明示している。ウォール街の経営者たちは、規制当局は定期的に各行の健全性を検査していると言って、この案を嘲笑した。しかし、新たなハードルを設定することで、当局は国有化を是認するという目的を持った物差しを手にする。銀行は、これを気に入らないだろうし、シティグループは既に、国有化を伴わないさらなる救済資金を求めている。しかし、金融システムという鎖が前代未聞の緊張にさらされる中、もういい加減、鎖の一番弱い部分を取り除く時が来た。>

 国有化までは関係者にとって織り込み済みだろうが、どのような国有化なのか、で見解は分かれるのだろう。

 小泉純一郎=竹中平蔵式の「郵政民営化」と麻生太郎=鳩山邦夫式の「郵政民営化」が同じ言葉でも内容が違うように、「国有化」とは言っても、政府が銀行の株をある程度買うケースもあるし、それが100%のケースもあるし、株ではなく資産全部の国有化だってありうるだろう。
 自分たちのバランスシートも良くないのに、投資銀行を吸収してしまった市中銀行は不良債権の山を飲み込んだ化け物みたいなものだ。一説によると、わざわざやばい債券を大量に持つ投資銀行を吸収したりして、国有化をやりやすい環境をつくったのではないか、という説すらあるそうだ。

 国有化して、今までの柵を全部切り捨てた方が楽、ということがあるのではないか。

 ビッグ3もチャプター11を最後に頼らざるを得ないだろうが、そうなれば、退職社員の健康保険などを支払わなくて良くなる、という。そういう細かそうで重要ないろいろな点があるのだろう。

 もうすぐ、そういう細かい話が米国から聞こえてくるだろう。

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林香里さんの「中川番記者」論で思い出した奇妙な金丸辞任会見~「あらたにす」を読んで

 朝日新聞、読売新聞、日経新聞の共同サイト「あらたにす」に2月23日にアップされた林香里・東大大学院情報学環准教授の「『中川番』記者からも説明がほしい」を読み、「前にもこんな論を読んだことがあったなぁ」という既視感(デジャヴュ)に囚われた。

正確に言うとデジャヴュではない。

ウィキペディアで調べてみると、

<デジャヴュとは、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。「過去の体験」は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は「過去に実際に体験した」という確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。過去に同じ体験を夢で見たという記憶そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、たびたび予知夢と混同される事もあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多く、別の内容である場合も多い。>

とあり、超能力研究をしていたフランスの超心理学者・エミール・ブワラック がシカゴ大学在学中に執筆した「超心理学の将来」(1917年) の中で提唱した、とあった。

だが、私は似たような情景を思い出したのだ。

金丸信元自民党副総裁の辞任会見である。

17年も前の話だ。

1992年8月のことだったのだろう。

記憶があいまいだったから、手元にある飯尾潤・政策研究大学院大学教授の「政局から政策へ~日本政治の成熟と転換」(NTT出版、2008年3月刊)を見たら、その前後の動きが書いてあった。

政局から政策へ―日本政治の成熟と転換 (日本の〈現代〉 3) 政局から政策へ―日本政治の成熟と転換 (日本の〈現代〉 3)

著者:飯尾 潤
販売元:エヌティティ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

少し同書の内容を写しておこう。

<大きな衝撃となったのは、1992年夏の東京佐川事件である。竹下派の会長だった金丸信が、東京佐川急便からの資金に関して、政治資金規正法違反を起こしていることがわかったのである。事柄自体は、政治献金を届けていなかったという形式的なもので、それほど大きな問題ではないとみえた。しかし、8月27日に、責任をとるとして、金丸は竹下派会長や議員職をはじめ公職から引退する。そのことで、これまで権力中枢を支えていた金竹小という指導部が崩壊したのである。>

<すでに、竹下と小沢の間は微妙になっており、それをつないでいた金丸の引退で、一挙に亀裂が走った。つまり、金丸側近の間でも、この機を利用して、小沢たちが世代交代をもくろんでいるという疑いを持つものが現れ、それまで金丸を通じて派閥の方針を左右してきた小沢への反発が一挙に噴出したのである。>

つまり、8月27日は最終的な場面である。その前に、副総裁辞任会見があったのではないか、と思う。新聞の縮刷版であとで確かめようと思うが、8月だったのではないか。

その記者会見は自民党本部の記者会見室で突然行われた。

そして、たしか、記者会見とはいうものの、派閥担当記者しか入れないような記者会見だったのではないか、と思う。メディアの業界用語で言う「懇談」と同種の発表形態である。「懇談」もメモを取って、そのまま主語を明らかにして書いていい懇談と、メモを取っていけない懇談、つまりオフレコ懇談があり、これは「自民党首脳は」などという記事になった。
 あの金丸会見は異様な会見だった。たしか幹事長室の事務方というよりも佐藤守良竹下派事務局長が仕切っていたのではないか、と思う。佐藤氏は小沢氏の側近だった。

その「記者会見」はいわば、身内記者を相手に金丸氏が文章を読み上げ、質問もある程度だけは受けたが、途中で打ち切られた。派閥記者たちは政治家にどれだけ食い込むかで能力を評価される。その仲良し記者が金丸の辞任会見を書く役割を担った。

当然、翌日の紙面について「甘い」という世評が盛り上がった。「こんなことで済ませるわけには行かない」という世論である。

そして、8月27日になだれこんだのだ、と思うのだが、こんなうろ覚えの出来事を思い出させてくれたのが林さんの文章だった。

林さんの今回の文章は非常に客観的でありながら、人間性の襞の部分を抉っていてすぐれている、と思う。

書き出しはこうである。

<日本では、仕事場とお酒の席の距離が近い。職場単位で飲みに行くことは珍しくないし、とくに長時間労働が常態化すればするほど、職場における仕事とお酒の相互浸透が進みやすい。そして、先輩、上司、顧客や取材先など、本来なら緊張感を持って接するべき相手も、お酒が入れば「飲み友だち」となって、ちょっぴり羽目をはずすことが許されるようにもなる。>

そして、

<どうやら、中川昭一前財務・金融相の身辺も、飲酒に対してかなり寛容な職場だったようだ。>

と中川氏の話に移るのだ。

<YouTubeで繰り返し記者会見の様子を見たが、とにかく驚くのは、中川氏の周辺の人間たちが、あの状態で大臣が記者会見に出席することを止めなかった(止められなかった)ことだ。あるいは、受け答えもままならぬ大臣の様子を見ても、「またいつものあれか」と見過ごすことができるぐらい、周りの感覚がマヒしていたのかもしれない。>

「周囲の人々」の中には当然、番記者も入っている。

<記者たちの側も、「国民の知る権利」を代行する職業として、中川氏に対してどこまで緊張感を示して向き合ってきたのだろうか。今回の中川氏の騒動は、記者会見とは、記者団に対してではなく、その向こうにいる国民に対して語りかけるものだという「会見」の本質的意義について、政府側も記者側もすっかり忘却していたことを窺わせる事件だった。>

 そういうことなのだ。政治家は「チンピラ」記者に話しかけるのではなく、その後ろに控える多くの国民に話しかけるのだ。記者は国民の代理人だ。あえて「チンピラ」と書いたのは、記者さんたちにはエリート意識だけでなく、そういう意識も少しは持っていただきたい、と思うからだ。

 <かねてからうわさになっていた中川氏の酒癖は、これまでは一部の週刊誌が報道する以外、「スキャンダル」にはならなかった。「夜討ち朝駆け」をしながら中川氏にぶら下がってきた記者たちなら、彼の行状を知らないはずはない。権力監視をするはずの記者たちによる日ごろからの「お目こぼし」が、あのような会見を招く遠因となったのではあるまいか。>

 これはどうだろうか? と思う点もある。新聞に書いても、ベタ記事にしかならなかったりしたのではないか、と思う。書いてはいたのだろう、と信じたい。

 <これまでのところ、中川氏本人はもちろん、首相の任命責任や記者会見出席を黙認した官僚たちの責任が追及されている。だが、私はぜひ、今回の外遊に同行していた記者たち、そして常日ごろから中川氏に張り付いているいわゆる「中川番記者」たちから、なぜこうなるまで彼の飲酒癖が問題にならなかったのか、その理由を聞いてみたいのである。>

 これは、その通りだと思う。説明責任、アカウンタビリティー能力は新聞社こそ問われるのだから。

 <結局、彼の飲酒癖が政治問題として取り上げられたのは、食事には必ずワインが振舞われるイタリアにおいてだった。「世界に醜態をさらした」と民主党の小沢党首は批判したが、永田町からは時差も文化差もある遠い異空間において、日本国大臣の真の姿が顕在化したことは象徴的だ。>

 本当に象徴的でした。ただ、日本のお酒文化を全否定したくない、とも思う。TPOをわきまえればいいのだ。変に萎縮する必要はないのだ。

 <G7という非日常の場が、エリート記者も官僚も総理大臣も目を背けてきた事実をしっかりとあぶり出してくれた。国際化が、こんなところにまで効用を発揮するのは、日本特有の現象かもしれない。>

  「非日常」ですか。それがグローバルというものですか?

 <実は、私はこの原稿の大部分をすでに1月18日の朝までに書き終えていた。読売新聞が1月17日の朝刊で、前日の中川氏の会見の惨状について一面で報道しなかったことがきっかけだった。これはいかなる価値判断によるものだったのだろうか、ということを問いたかったからである。>

 読売新聞の出遅れは確かに目立ったのだが、自社の記者がその場にいた、ということは相当に深刻だったのではないか、と思う。だからこそ、しゃらっと、その記者に「私が見た事実」を書かせればいいのだろう、と思うのだ。この点は林さんに大賛成だ。

 <しかし、振り返って問題の記者会見の扱いを時系列で比較すると、読売新聞だけでなく、各紙はすべて当初は「ちぐはぐな受け答え」「かみ合わない」「口調がはっきりしない」など、全体的に事件を控えめな表現で報道していた。ところが、その後、いったん世論の趨勢が中川氏批判へと流れ始めると、堰を切ったように彼の酒癖がもたらした過去の粗相が暴露されていった。>

 知っていて書かない、という日本の新聞の特徴ですか。信濃川河川敷問題を追及した文藝春秋の誌面を海外のメディアが報じ、その海外電の転電で日本のメディアが田中金脈を報じ始めた、という戦後日本の新聞の「原罪」をまた暴かれている感じがする。

 <さらに、病気だと弁明したにもかかわらず、会見後にバチカン博物館の見学をしていたとか、直前の日ロ財務相会談でも朦朧としていたとか、20日の時点になってもローマ外遊時の中川氏に関する「新」事実の続報が届く。結果的に、日本に住んでいる私たちは先週ずっと、テレビや紙面で中川氏の“宴のあと”におつきあいしなければならなかった。>

 先週は中川昭一氏の週だったのか? 実はそうでもなかったのですが。

 ヒラリー・クリントン米国務長官が来日し、インドネシア、韓国などを経て「本命」の中国で胡錦濤国家主席と会談した週でもあったし、ユジノサハリンスクに麻生太郎首相が行ってメドベージェフ・ロシア大統領と会談したり、何をトチ狂ったのか小泉純一郎元首相までがモスクワを訪問して北方領土の話をするかと思えば、「3分の2を使ったら衆院本会議を欠席する」とわめくなど、いろいろ楽しませてくれる話題にはこと欠かなかったと思いますが。

 <こうした経過を見ていると、普段、大臣のまわりには大勢の記者たちがぞろぞろと付いて回っている(少なくともテレビなどで見るとそう見える)にもかかわらず、いったい彼(女)たちはどのような方針で何を取材しているのか、国民が知るべきことを知らせていないのではないか、そんな不安が募ってくる。>

 日本のメディアの慣行、特に記者クラブ制度の問題がリンクしてくる。

 <日本の政治が低レベルだからといって、ジャーナリズムまで低レベルになる必要はどこにもない。だが、残念ながら、どこかでこの二つは共犯関係にありそうな、そんな予感を抱かせてしまう。今回の記者会見事件については、メディア側にも、国民に対していくばくかの説明をしてほしいと思うのだが、いかがだろうか。>

 その通りでしょう。つまり、形は違っても、17年前と何ら変わらないメディアの姿が見えた、ということかもしれない。業態変更など「外圧」がかからないとメディアも変われないのではないか、と最近、つくづく思っています。

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2009年2月22日 (日)

日本も「1本足」経済の危うさに気付くべきだ~読売新聞2月22日朝刊ポール・ケネディ氏寄稿から

 読売新聞2月22日朝刊1~2面[地球を読む]で英歴史家のポール・ケネディ氏が<金融危機の教訓/当たり前の真理に返れ/「1本足」経済は危険>の見出しで寄稿していた。

 「1本足」は読んで字の如しで、1本の足で立っていること。ジョージ・オーウェルの「動物農場」の豚たちが人間をやっつける際の他の動物を扇動するスローガン「4本足は良い、2本足は悪い」からの発想だ、という。金融危機に陥った国の財源・富みの源泉が一つに偏っている(1本足)と金融立国を目指してつぶれてしまったアイスランドや20年前には1人当たりGNPが世界一だったのに、石油下落で苦しむクウェート、ノルウェーのように、リスクが大きい、という。スイスのように①強力な銀行・保険・投資サービス②工業製品や薬品など高品質で高付加価値の製造業③観光収入④国の手厚い保護を受ける高収入の農業部門――の4部門で生きるスイスは4本足だ。4本足のスイスも今は苦しいが、アイスランドほどではない。

 ポール・ケネディ氏はオバマの米国のことを書いているのだが、この論は日本にこそ当てはまるのではないか。

 というのは、輸出産業=高付加価値製造業だけで外貨を稼ぎ、世界2位の経済大国を維持している日本が今回の世界不況の影響を最も受けてしまったのは、この「1本足」経済の歪さゆえだったからだ。

 内需を喚起し、流通業や農業、水産業、林業の生産性を上げ、国際競争力のある米作りなどをしていれば、こんなに苦しむことはなかったはずだ。

 「失われた10年」で日銀はゼロ金利を続け、庶民が受け取るべき預貯金金利を庶民に渡さず、金融機関と製造業のコングロマリットが吸収し、輸出競争力に拍車を掛けた。人材派遣も単純労働まで広げ、多くの非正規労働者の群れを創り出した。そして、農地は荒れ、海はやせ、国際的な魚類保護の動きもあって、日本漁業は絶滅寸前だ。

 工業製品は今後、いつまでも日本が技術革新の先導役を務められるかどうか、不透明だ。というよりも、人口減と日本の大学の劣化を見れば、インドや中国に技術面でも追い抜かれるのは時間問題ではないか、とも思う。

 そんな危機感を国民の多くが抱き始めた時のこの論文はタイムリーだった、と思う。

 早く、本当に早く本当の構造改革(小泉インチキ構造改革ではなく)をやらないと、日本は沈んでしまうのではないか。

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ヒラリー・クリントンの微笑の裏に見えた日本無視と中国重視~2月18、22日各紙社説から

 クリントン米国務長官がアジア歴訪の旅を終え、帰国した。各紙は2月18日付でクリントン来日の成果について一斉に社説を書き、22日にはそろってアジア歴訪の成果とオバマ外交に注文する社説を書いていた。

 18日と22日の社説を読んでみよう。

◆北問題で現実的指摘をした産経新聞社説

 産経新聞は18日の社説でまず日本を初の外遊先に選んだこと、横田滋さん夫妻ら拉致被害者家族と面会したこと、外相会談で『北朝鮮の核、ミサイル、拉致を包括的に解決する』との日本政府方針に沿って、日米韓の連携を強化することで一致したことを評価した。

 「今後は日本が各論で同盟国としての期待と責務に十分に応えていけるかが問われる」

 と日本政府への注文も忘れていない。

 22日は<北のミサイル 米は早急に包括政策示せ>というタイトルが示すように、北朝鮮のミサイル問題に関して米政府に強い対応を求めていた。

 「ミサイル問題は日米外相会談でも話し合われたが、クリントン長官は『われわれの関係のためにならない』などの弱いメッセージを示すにとどまった。オバマ大統領も就任後、北朝鮮政策については包括的かつ基本的な方針をいまだに明らかにしていない

 と不満をぶつける。

 「北朝鮮がミサイル実験を強行した場合、米国は…制裁を科すなどの強硬手段を取ることになろう」が、「対北朝鮮の基本政策や方針が存在しなければ基盤が脆弱で効果は期待できない」

 というのだ。

 そして、オバマ政権に①交渉の基礎を6カ国協議に置く時に米朝直接対話との関係は?②交渉による解決が優先か、圧力が重点か③北が核開発を放棄した場合の見返りや国交正常化プロセスは?④核危機以降の朝鮮半島の恒久和平体制をどう考えるか――などを明確にせよ、と要望した。

 「その上で、制裁などミサイル実験が強行された場合の対応を明確にし、日韓両国との連携強化を鮮明にすれば、さらにその重みと威圧感は増す」

 と言うのだ。

 「前任のブッシュ大統領は就任4カ月半後の2001年6月、前政権の方針を見直した上で、米朝2国間協議も含む包括政策を発表した。当時はウラン濃縮疑惑などが発覚する以前のことで、米朝関係も相対的に静かな時期だった。だが今は事態が切迫している。予告したことをほとんど強行してきた過去の行動パターンからみると、北朝鮮が近い将来、ミサイル実験を強行する可能性は高い。4カ月後などと悠長なことは許されない。景気対策など他の緊急課題があるにせよ、今こそオバマ政権は北朝鮮への強いメッセージを内外に鮮明にする時だ」という。

 指摘はもっともだ、と思う。

◆米中両国の安全保障対話の日本への影響を懸念する読売新聞社説

 読売新聞も18日の<米国務長官来日/戦略的に政策調整を深めよ>で日米両政府戦略対話、政策調整を深めよと注文。北朝鮮が発射準備の動きを見せている長距離弾道ミサイルについて「ミサイル発射は2006年10月の核実験後の国連安全保障理事会決議に違反し、追加制裁を招くなど、北朝鮮の利益にはならない。日米両国が、そうした明確なメッセージを発することが大事だ」と、より厳しいメッセージの必要性を訴えた。

 22日の社説<クリントン外交/米中対話の拡大をうたったが>では、

 「クリントン国務長官は『米国は、欧州に強いパートナーを必要としているように、アジアにも強いパートナーを求めている』と強調してきた。日韓両国との同盟関係を強化、発展させるのは当然ながら、同盟関係にないインドネシアや中国とも関係を深める方針だ」

 と書いた。

 「インドネシアは、オバマ大統領が少年時代を過ごした縁もある。世界最大のイスラム教徒人口を抱える国への訪問は、イスラム諸国に関係改善のメッセージを送る狙いもあったのだろう

 という指摘は頷ける。

 米中が「戦略経済対話」について、安全保障分野も取り込んだより包括的戦略対話に拡大することで合意したことについて、読売社説は

 「米中両国による安全保障分野での戦略対話は、日本の安全保障にも重大な影響をもたらす

 と注意を喚起する。

 また、

 「北朝鮮の核開発で核拡散は現実になった。オバマ政権は核不拡散でリーダーシップをとるためにも、核保有国の核軍縮を率先したい意向だ。ロシアだけでなく、軍拡路線の中国も引き込まなければ意味はない

 というのも現実的な見方だ。

 「米国の景気対策法に盛り込まれたバイ・アメリカン条項で中国製品が締め出されることになれば、経済摩擦は避けられまい。クリントン長官は『(人権問題によって)経済危機や気候変動、安全保障の議論が妨げられることはない』と述べた。だが、今年は天安門事件から20年、ダライ・ラマ亡命から50年になる。この節目をとらえ、民主化運動が高まる兆しがある。人権問題は、米中関係の火種である

 と、北朝鮮問題や戦略核軍縮問題でも中国を重視するオバマ政権という政権から見た中国の意義に詳しく触れた。暗に「人権問題無視」は許されない、とオバマ政権にもの申しているようだ。

 米国も世界金融危機の発端となっただけでなく、リーマン破たんで世界大不況へと深化するトリガーも引いてしまっただけあって必死だが、あちこちでリップサービスをしたツケは必ず米国に回ってくる。

◆沖縄海兵隊のグアム移転問題など現実的見方に徹した日経新聞社説

 日経新聞18日社説<複眼で日本を見る米政権>は「オバマ政権の高官は既にバイデン副大統領が欧州、ミッチェル特使が中東、ホルブルック代表が南アジアを訪問した。クリントン長官のアジア訪問は役割分担の一環ではある」として、「アジア重視」とはしゃぐなよ、と戒める。

 この見方に賛成だ。米オバマ政権の戦略の一環だからだ。クリントンはさすがにうまい。だけど、老けていてよかった。あれで、ファーストレディの時のような華やかさがあったら、日本ではもっと騒がれていただろうし、すっかりヒラリー魔術にからめとられていたかもしれない。

 この点で日本国民が中長期的に見て感謝しなくてはいけないのが中川昭一氏ではないか、と思う。まさか、中川氏が何も意図なくあんな無様な真似はするまい、と思っていたのだが、ヒラリーマジックの効果を消すため、自分がピエロになって、新聞の1面トップやテレビのニュースショーでヒラリーが出てこないように、ブロックしていてくれたのだろう。ヒラリーはもう少し、日本人に自分の旅を印象付けておかなければいけなかったのではないか。なにしろ、日本はイメージとのお付き合いに過ぎず、本当の「血族」としてのお付き合いは中国とらしいから。

 さすが愛国的情熱をもった中川さんだ。たいしたものだ。

 「クリントン氏自身は最初の訪問先に日本を選んだ点に象徴的な意味を込めた」が、これは「日本の歴代政権は共和党政権に親近感があり、民主党政権には警戒感があった。オバマ政権はそれを意識したのだろう。北朝鮮拉致被害者の家族との面談も含め、窮地にある麻生政権に対する政治的な助け舟を出した。首相は官邸で夕食会を開いて返礼した。首脳間では普通だが、閣僚に対しては異例である」

 と裏読みをする。こういう指摘が必要だが、さっき書いたように、ヒラリーの頭の中には日本国民にいい印象を与えることしかなかったのだと思う。実質的な話をするにも、あまりにも日本の関心と米国の関心は違い過ぎたし、米国と中国の関心はほぼ一致するのだから、日本は疲れておらず、まだ化粧ののりのいい旅の最初に寄って、笑顔を振りまいて、と、それで終わったのだと思う。本番は中国なのだから。

 沖縄海兵隊のグアム移転に関する協定については、

 「自民党、共和党政権下の2006年5月、外務、防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意した在日米軍再編に関する合意を協定にまとめたものであり、日本政府は今国会に提出し、承認を得る考えである。日米間の政治的合意を国会審議を経て法的合意に格上げするのは適切である。協定という名前の条約だから憲法61条により、国会の会期切れや衆院解散がない限り衆院の議決から30日後に国会の承認となり、参院で野党が多数を占める衆参ねじれ現象の影響を受けない。条約として発効すれば、衆院選挙の結果、民主党政権ができても、米側と交渉して改定しない限り、拘束される

 と書くのが日経新聞らしい。論理で詰める。

 そういうことなのだ。だから、小沢一郎民主党代表も安心して勝手な振る舞いが出来る。どんな振る舞いをしても反米にはならないからだ。民主党が阻止できる手続きだったら、小沢氏は相当深刻に悩んだかもしれないが、今回は口先で「反対」などと言ってもいい手続きだった、ということだ。ヒラリーにその意図は通じた、と思う。

 22日の社説<多様なアジアに米国はどう向き合うか>では、クリントン氏の13日のニューヨークのアジア・ソサエティーでの講演

 「アジアは技術革新や流行の最先端にある」

 に触れ、「アジアを一括して語るのは不可能ではないにせよ、歴訪した4カ国だけをとってもアジアの特徴はむしろ多様性と考えるのが正確だろう。日本は米国の同盟国であり、経済力は世界第2位だ。インドネシアは世界最大のイスラム国家であり、韓国は地球上で数少ない冷戦構造が残る分断国家だ。中国は世界最大の人口を抱え、共産党体制下で市場経済を進め、軍事的には米国に脅威を与えうる数少ない国である」と書く。

 ヒラリーはニューヨーク講演で、

 「ノーベル平和賞を受けたアウン・サン・スー・チーさんが自国で自由に生活できるように、北朝鮮の人々が自由に指導者を選べるように、チベット人、すべての中国人が迫害の恐怖なしに宗教の自由を享受できるように」

 と語ったそうだ。

 日経社説は「アジアの多様性に対する寛大な姿勢は重要だが、それはミャンマー、北朝鮮、中国などでの人権問題に目をつぶる意味ではないだろう。日本は経済、安全保障上の利益だけでなく、価値観も米国と共有する関係にある。『日米同盟が米国のアジア政策の要石』とされるのはこのためである。日本政府には、この点の感度も求められる

 と書いていた。

 つまり、米国よ、中国、北朝鮮の人権無視に目をつぶるな、日本政府は米国のそのような二重基準を許すな、という主張だ。極めて大切な指摘だと思う。

 しかし、きっとこの主張は無視されるだろう。また昔の話で恐縮だが、天安門事件に際し、欧米はG7サミットで中国制裁決議案を出そうとしたが、日本が必死に止めた経緯がある。日本政府は米国以上に中国の人権問題に不感症なのである。

日経新聞の論説室はこと「かんぽの宿」を除いてはいい線いっているのだが、なぜあの疑惑だらけの西川善文氏の組織を守ろうとするのだろうか? 郵政民営化はもう既定方針で、鳩山邦夫氏が何と言おうと、麻生首相が何を言おうが、民営化される。ただ、4分社化で今後の営業が成り立っていかない、と分かれば3分社化にすればいい。それをも「民営化つぶし」というのが分からない。

 竹中、小泉、西川、宮内各氏らの論にもならない論にどこまでも付き合おうということですか? もったいない、と思うのだが。国民はあれだけの疑惑の存在を知って、解明なしに先には進めないのだから。

◆中国批判を控える朝日新聞社説のごまかし

 朝日新聞は18日の社説<日米関係/首脳会談は組まれたが>で、まず

 「勘違いしてはいけないことがある。米国が日本を重視するということは、我々が『重視』という日本語から想像するような、日本に甘く、大切にしてくれるということではない。米国の利益や戦略のために、日本を活用していくというドライな側面もあるのだ。問われるのは、日本側が何を伝えるかである。会談を開くこと自体が目的であってはなるまい」

 と指摘していた。頷けるが、ことさら言われなくとも分かる当たり前のことだ。

  「忘れてはならないのは、グアムへの海兵隊の移転は、普天間飛行場の辺野古への移設が進むことが条件としてセットになっていることだ。肝心の沖縄の基地問題について、麻生政権には真剣に取り組む意欲が感じられない。地元との対話を促進しないことには、前に進めない問題だ」

 「アフガニスタンについても、日本はさらにどんな貢献ができるか。本来なら、野党も巻き込んで日本の役割を検討しなければならないが、麻生政権にはすでにその力がない」

 と書く。

 「首脳会談はよいが、伝えるべきメッセージは準備できるのか。弱い政権は外交交渉で譲歩を重ねて成果を取りつくろうことになりがちだ。結局、外交は内政の基盤があってこそである」

 と続くのだ。この社説は米政権への注文を語っているように見せて、結局は麻生内閣倒閣の話のようだ。いかにも朝日新聞らしい。

 22日の社説<クリントン歴訪/同舟相救う外交に注目>はどうか?

 「オバマ氏が子供時代を過ごしたインドネシアは、イスラム教徒が主体の東南アジアの大国。ブッシュ前政権の時代は、反米意識が強まっていた。ここで『イスラムと民主主義の共存』をたたえ、イスラム世界への融和的なメッセージを放った。韓国では、懸念が強まる北朝鮮のミサイル発射の動きに、韓国側とともに強く自制を求めた」

 というのはヒラリーを褒め過ぎているんじゃないか。

 朝日新聞社説の問題点はヒラリーが大統領夫人として95年に中国の人権問題を厳しく批判したことに触れ、なおかつヒラリーがニューヨーク講演で「同じ舟に乗っているときは、平和的に一緒に川を渡らなければならない」と中国の「孫子」から「同舟相救う」を引用して語ったことを紹介しながら、

 「大きな目標に向けての多国間協力の重要性を訴えたものだ。その裏には、アジアの地域協力が米国抜きに進んでは困るという警戒感もあるだろう。長官のいう舟には多くの国が乗り込んでいる。日米中や日米韓など様々な『協働』のあり方がありうる。知恵と力を出し合いたい」

 という部分だ。こんな卑屈な文章を最近読んだことがなかった。「米中二国間で何でも決めちゃおうよ」とヒラリーが言って、中国外相らがニコニコしながら頷いている姿が目に浮かぶ。

 なぜ朝日新聞はヒラリーの米中二国間交渉重視姿勢を正面から批判しないのか。なぜ、こんな卑屈なつくり笑いのような文章を書くのか。筆者は日本人として恥ずかしくないのだろうか。

 なにしろ、論理が全く一貫していない。いかにも中国好きの朝日新聞だ、と思う。このような腰の据わらない論説は付和雷同的、刹那的な世論を作り出す。害あって益なし、だと思う。

◆毎日新聞が最も注目したのは日米ではなく米中だったらしい

 毎日新聞は18日の社説<クリントン長官/日米対話の重層的展開を>で「クリントン長官が拉致問題を6カ国協議の一部と位置づけたことは評価したい。ブッシュ前政権は日本の反対を押し切って北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解除し、日本側に対米不信を残した。同長官がオバマ政権の高官として初めて拉致被害者家族と面会したのはそうした不信を解消したいという思いがあったからだろう。北朝鮮に対し拉致問題の解決を強く迫ってほしい」と要望したのは当然だ。

 また、22日の社説< 国務長官訪中/米中対話は内向きでなく>で目を剥いたのは

 「今回の歴訪で世界が最も注目したのは中国首脳との会談だ

 という指摘だった。

 「中国はいまやアジアで最も影響力のある国というだけではない。米国が金融危機を切り抜けるには、米国債の最大の保有国であり、世界一の外貨準備を持つ中国との協調が不可欠だ」

 という理由らしい。本当に筆者はそう思っているのかどうか? 日本訪問以上に中国訪問を記者は重要だと考えているのか? 日本人がそう考えているのならば、欧米の首脳がそう考えても仕方あるまい。日本を最初に訪問したことにどんな意味があったと思っているのか? 18日の社説の期待いっぱいの雰囲気とは随分違うではないか。

 「だが、その中国は核ミサイル搭載の原潜や空母の新造開発に力を入れ、米国の不安と疑念をつのらせる存在でもある。ブッシュ政権の時は、米国の財務長官と中国の副首相とが定期的に協議する『戦略経済対話』の枠組みを作っていた。オバマ新政権になってどのような対話の枠組みを作るかが、今回のクリントン長官訪中の課題だった。歴訪に先立ち長官は「同舟共済」(川を渡るには、心をあわせてボートをこがなくてはならない)という中国のことわざを引用し、米中協調を呼びかけた。アジア重視外交といっても、事実上、米国は中国を最も重要な外交の相手と見なすと宣言したのである」

 これは朝日新聞が引用していた孫子の言葉だ。

 米国は中国を「最も重要な外交の相手」と見ているのか? では、なぜ、まず中国を訪問しなかったのか? あまりに自分の国を卑下しすぎているのではないか? 自虐史観という言い方があるが、自虐論説ではいけないのではないか?

 「北京での一連の会談で、米中は閣僚級による経済対話、政治安保対話の二つの枠組みを作ることを決めた。バイデン副大統領と温家宝首相との定期協議というハイレベル対話の構想も流れていたが、クリントン長官が仕切る閣僚級対話に落ち着いた。また、台湾への武器売却で中断していた軍事交流についても再開が決まった。温暖化問題での対話にも合意した」

 これは事実だ。バイデンなんかに仕切らせてやるものか、私が仕切るのよ、と言ったか言わなかったか、ヒラリー流だ。中国重視は中国が膨大なドル、米国債を持っているからだろう。それが一番大きいと思う。ただ、ヒラリーは本当に中国が好きなのだが、オバマはどうか、分からない。今後のヒラリーの暴走を止めるのはオバマしかいないかもしれない。バイデンじゃあね。

 「だが、そのために米国が人権、民主化、チベット問題などで外交圧力を後退させたことは否定できない。譲歩だと批判がでている。また、長官が米中2国で世界の問題を解決できるかのような表現を時々使ったことも見逃せない点だ。米中外交だけではアジア重視外交にならない。米中協調という姿勢は歓迎する。しかしボートに乗っているのは米中だけではないことを両国は忘れないでもらいたい

 何をおずおず書いているのか。「批判が出ている」ではなく、毎日新聞の論説委員会としてきちんと批判すべきだろう。

 ヒラリーの中国重視はファーストレディー時代から有名だった。裏返せば「日本パッシング」である。当時、それが判明して日本中が騒いだ。今回はうまい具合に日本を重視するふりを見せながら、中国に擦り寄っていった。

 そのようなやり方を相手がしてきた場合、本音と建前をきちんとするのは弱者(核兵器も持たず、正式の軍隊だっていない)の義務である。ヒラリーの本音は中国重視であっても、麻生首相らにはそうは言えなかったのだろうし、何しろ、ヒラリーの思いはどうだったかは知らないが、最初の訪問国として日本を選び、25日に日米首脳会談もやる。

 一応、オバマは日本に敬意を払っているのだ。日本人には「チベットを弾圧し、国内の少数派を弾圧する共産党政権と『価値観』を同じくして語れるのだろうか?」と疑問に思っている人が多い。

 そういう日本人に「米国の本音はこうなんですよ」と本音を教えながら、建前として米国に価値観外交を迫る、くらいの文章を書けないのか。「日本人よ、浮かれるな」+「ヒラリーの微笑の裏に隠された日本無視を凝視せよ」と書くべきではないか、と思う。

 尖閣諸島の中国不法主張問題、両国間の歴史問題などに関して、オバマ政権は最終的に中国の肩を持つかもしれない、と腹を固める必要がある、と思っている。日本は日本人が守るしかないのだ。

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2009年2月21日 (土)

チョムスキー氏のオバマ政権論:ルービン、サマーズ批判~毎日新聞2月21日朝刊から

 毎日新聞2月21日朝刊国際面にマサチューセッツ工科大のノーム・チョムスキー教授(80)のインタビューが掲載されていた。

 最近、新聞などで見なかったなぁ、と懐かしくなって読んでみた。聞き手は小倉孝保特派員だった。見出しは<ノーム・チョムスキー氏語る/オバマ政権誕生、負の側面も見よ/黒人と女性競う 考えられぬ光景だった/経済危機の遠因作った者たち 新政権に>である。

 記事に付けられた略歴によると、チョムスキー氏は1928年(昭和3年)米フィラデルフィア(ペンシルベニア州)近郊で、ユダヤ人の両親のもとに生まれる。ペンシルベニア大で言語学博士号を取得。61年からマサチューセッツ工科大言語・心理学部教授。すべての言語に普遍的特性があるとする生成文法理論をうち立て、注目される。ベトナム戦争を批判したのを始め、詳細な事実分析で米国の政策を厳しく批判している、とあった。

 まず、チョムスキー氏が批判してやまなかったブッシュ前政権の8年間の評価については、

 <大多数の国民の実質所得は減少し、巨額の貿易・財政赤字ができた。イラク戦争はテロの危険を増加させると予測されていたが、結果はこれをはるかに超えた。世界における米国の権威は失墜。「テロから国民を守る」との口実で拷問や不法拘束、市民へのスパイ行為が行われ、法による統治システムはずたずたになった。

 と思った通り手厳しい。そして、オバマ氏当選については、

 <米国では建国以来、少数の豊かな者が権力を握り、政府の目的はそうした層の権利保護だった。黒人はいまだに2級市民で、女性が社会的権利を獲得するのも遅かった。だが、今回の民主党の候補者選びは黒人と女性の争いになった。わずか20年前にも考えられなかったことで、米社会の文明化を示すものだ。黒人とヒスパニック(中南米系)が投票に大きな役割を果たしたことも注目される。>

 と一応は素直に評価している。評価は黒人大統領という面とヒラリーの登場という女性問題の面だった。ユダヤ人として少数民族への思いはものすごく強いのだろう、と想像できる。昭和3年生まれ、といえば、終戦時に17歳。黄色人種差別や移民法の騒ぎの中で思春期を送ったのだろうから。

 でも、それだけでは終わらない。

 <ただ、(大統領選の結果を)詳細にみると、白人はおおむねマケイン氏(共和)を支持したと言える。(金融危機の悪化などで)明日にも職を失うかもしれない状況の中、白人は保守傾向を示した。また、オバマ氏が草の根の資金調達を行った、というのは神話だ。メディアによると、オバマ氏の選挙資金の多くは金融界からだった。小口の寄付は全体の25%程度とみられている。巨大企業が当落を決める非民主的状況は変わっていない。

 ここからがチョムスキー氏の真骨頂だ。

 本質をズバリ突いている。そうなのだ。黒人大統領が出現したとは言っても、米国の権力構造そのものが変わったわけではない。

 国際社会から米国が信頼回復されるのか、という質問には、

 <オバマ氏は(前政権のように)科学を否定しないし、(キューバの)グアンタナモ収容所での拷問も支持しない。ブッシュ(前大統領)・チェイニー(前副大統領)体制が高慢で不作法だったこともあり、欧州は米国と距離を置いたが、オバマ氏となら一緒に(政策を)やれるだろう。

 ブッシュ嫌いの本領発揮。そして、今回の経済危機をどう見ているのか、これも興味がある質問だ。

 <第二次大戦後の経済制度が終焉し、1970年代に経済の中心が製造から金融に移行した結果、資本は管理されず、通貨は(規制や国境の枠を超えて)自由に飛び回るようになった。こうした新自由主義経済について、まじめな経済学者は当初から危険性を予測していた。今回の危機はまた、豊かな国が貿易や市場の自由化を自国に都合良く利用していることを示している。約10年前にインドネシアやロシア、ブラジルなど貧しい国が経済危機に見舞われた際、国際通貨基金(IMF)は(公営企業の)民営化を促し、金利を上げるよう指導した。だが、米国は今回、金利を下げ、(金融機関への公的資本注入などで)国の関与を強めている。かつて貧しい国に求めた政策とはまったく逆なのだ。

 これは真実である。

 10年前のアジア経済危機でIMFはインドネシア、韓国などにアメリカン・デファクト・スタンダードを押し付け、潰さなくともよかった金融機関をどんどん潰し、金利上げを強いた。破綻金融機関はアメリカのハゲタカ・ファンドが二束三文で買い取った。しかし、今回の危機では米国はその失敗を教訓に全く逆のことをしている。その言い訳は「日本の失われた10年を教訓にした」だった。ワシントン・コンセンサスによって国を滅茶苦茶にされたアジア諸国は今回、また流動性の不足で苦しんでいる。アメリカ発の世界恐慌によって。チョムスキー氏はこのへん、アメリカ人とは思えない率直さで語るのが小気味いい。

 そして、世界金融危機へのオバマ政権の対応ぶりを聞かれると、

 <オバマ政権の経済担当者の中にも、この危機の遠因を作った者がいることを知っておくべきだ。(国家経済会議委員長の)サマーズ氏はクリントン政権時代に財務長官として、デリバティブなど金融派生商品の規制に反対した。また、オバマ氏の経済政策顧問を務めるルービン氏は、クリントン政権の財務長官から(米金融大手で政府の救済を受けた)シティグループの経営委員会会長になり、膨大な報酬を受け取っていた。オバマ政権では、こうした人々に歓迎される解決策が模索されるのだろう。>

 そうかぁ、ルービンも顧問として政権に参画しているのか。ルービン本人がいなくとも、ガイトナーとか、サマーズとか、みんなルービンの部下だから同じだけど。

 何か尻切れトンボのように終わっているのは新聞のスペースの問題なのか、仕方ないが、これ以上聞いても同じような話しか出てこないのかもしれない。

 でも、チョムスキー氏が今回の危機について、どれほどの深さを持っていて、回復はいつごろと考えているのか、くらいは読みたかった。

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「遅く考える」時間の大切さ:中山元氏の論に賛成~朝日新聞2月21日夕刊

 哲学者の中山元氏が朝日新聞2月21日夕刊文化面に寄稿していた。<言葉と思考 遅さの技法/朗読・翻訳 その豊穣な時間>のタイトルだ。短文だが、書いてある内容は滋味に富んでいる。今、政治家だけでなくマスメディア、思想家、文芸評論家たちを含めて言葉の軽さが問題になっている時、この「言葉」=「思想」を理解するために時間をかける、という「ゆっくり」のススメは貴重な提言ではないだろうか。

 中山氏はデリダ、フーコー、カントらの翻訳書が多いので、どちらかといえば翻訳家として知られているかもしれないが、その本質は現代が抱える諸問題をすべて自分の頭で考えて解いていく、という珍しい哲学者だと思っている。借り物の欧米思想を物差しのように当てて、計算機に頼るような真似は間違ってもしない人だから、安心して著書が読める。この記事で紹介されている「賢者と羊飼い」は読んだことがなかったが、哲学入門のような題名は忘れたが、分厚い文庫本を読んで感動したことを覚えている。

 寄稿に移ろう。中山氏はまず、

 <思考は言葉によって紡がれる。言葉にならない思考は、昨晩の夢のようなものであり、雰囲気としては残っていても、揺らいでいく。思考は言葉に定着させる必要がある。>

 <言葉のうちで思考は育ってゆく。蚕が糸を紡ぐように、思考は言葉を繭として、言葉のうちで育まれ、成長し、やがて羽ばたくようになる。思考は言葉の網の目のうちで息づく命のようなものだ。>

 と、「言葉」と「思考」との密接な関係に注目する。

 <だから他者の思考を理解するということは、そのひとの言葉のうちで呼吸している思考を理解するということだ。しかしただテクストを読んでいても、著者の思考の鼓動を感じ取れないことがある。優れたテクストの多くは長い時間をかけて書かれたものであるのに、読む者の目は、しばしばテクストの上を高速で滑走してしまうからである。>

 これは、いつも経験していることだ。

 <思考を読み解くためには、遅さというものが大切なのだ。テクストの背後と行の間を読み込み、その白紙の部分にみずからの思考を書き込みながら、長い時間を過ごす。著者との沈黙の対話のうちに過ごすこの時間は無駄ではない。それこそが豊穣な時間なのだ。>

 ここまで読んで、万歳をしたくなる。いつも、私はこのような新聞掲載の論文を読みながら、パソコンに手でキーボードを叩いて入力し、それへのコメントを短く書いているのだが、その行為をも意味ある行為だ、といってくれているような感じを受けるのだ。「読む」という作業は、今の忙しい時代、一人一人の心の中で、徐々に軽んじられてきているのではないか、と思うのだ。読んでも、たいしたことが出ていないな、とか、表題だけチェックして、自分の興味のある記事だけ熱心に読むが、それも、斜め読み。事実関係だけ知れば、あとは新聞を棄てる。そんな「読書」が今、一般的になってしまったのだ、と思う。しかし、思考の格闘をしなければ、本当の読書とはいえない、というのは正しいと思う。

 中山氏はこの「遅さ」を担保する方法として、テクストを朗読し、録音し、その自分の声の録音をじっと聞く。何度も聞くことによって、目と耳を通した他者の思考と対峙する、という。次第に自分の思考と絡み合ってくる。その生き物のような変化が微妙で深い、と書く。

 また、翻訳してみるのだ、という。これは誰にでもできることではないが、思わぬほど思考の道筋が見えてくるのだ、という。日本語のテクストだったら、覚束なくとも他の国の言葉に翻訳してみるのだ、という。

 <翻訳という営みでは、もとの言葉の網の目のうちに入りこみ、著者と同じようにその思考の鼓動を感じ取ろうとすることが、決定的に重要な意味を持つ。翻訳家というぼくの仕事では、どうしても肌の合わない文体の思想家のテクストを翻訳するときに苦しくなることがある。それは相手と思考を共有しにくいためなのだ。>

 なるほど、翻訳ねえ、できればいいのだけれども。

 <必要なのは、滑りすぎる目の速度から、どのようにして思考を「遅らせる」かということなのだ。>

 だから、すでに翻訳がある、例えばジョージ・オーウェルの「1984年」の原著をペンギンブックスで買って、自分だけで翻訳して読むのも価値があるのだ、という。それはそうだろう。

 <「遅く考える」時間をぼくにくれるのだ。>

 という方法を自分たちで見つけるしかないのだろう。ぼくは、このブログに、特に書評を書く時には、本の内容をなるべくエッセンスにして略述しているが、そういう略述する、という作業の中で著者と会話しているつもりだ。

 中山氏の深い思考と比べるのは牽強付会だろうが、各自自分の方法で「遅く考える」手段を見つけることが大切なのだろう。

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かんぽの宿の腐臭プンプンの疑惑、徹底解明を~2月18日東京新聞朝刊、21日読売新聞朝刊から

 「かんぽの宿」の疑惑追及が進んでいる。西川善文・日本郵政社長は2月20日、第3者委員会の初会合を開き、格好をつけようとしているが、2月21日付読売新聞朝刊で第3者委員会は今後の売却方式を話し合うだけで、これまでの疑惑解明には触らないという方針を報じている。西川氏はまさに「頭隠して尻隠さず」だ。疑惑追及はしない、と国民の前ではっきり言えばいいのに、いかにも第三者委員会で解明できるかのようなふりをする。

 疑惑は徐々に核心に迫っている、と見たほうがいいだろう。

 小泉元首相の一連の発言も、竹中平蔵元郵政民営化担当相の慌てぶりも、すべてそういう前提を考えると納得がいく。

 2月21日の読売新聞朝刊はまたスクープを報じた。

 社会面の<旧郵政施設 不可解売却/随意契約で優良物件手放す/値段提示せず「言い値」取引>だ。

 記事を見てみよう。

 <旧日本郵政公社の売却施設の約7割がすでに転売されていた問題で、首をかしげるような売却の実態が次々と浮かび上がってきた。買い手がつかないとして、地元の自治体に随意契約で譲渡されながら結局は転売されたり、希望しても個人では購入できない一括売却対象の物件を、購入した企業の転売後に取得することになったり……。本来、国民の財産でもある旧郵政施設の売却が、その場しのぎに行われた印象が色濃くなっている。>

 が前文である。

 <島根県大田市が2007年3月、随意契約により約7350万円で購入した「かんぽの宿・三瓶」は、翌4月に同額で岡山県内の旅館業者に転売された。同市の石見銀山は同年7月から世界文化遺産に登録されることになっていたため、同市は大規模な宿泊施設が必要と考え、転売を前提に購入した。>

 <同市が売却を公表すると、直後に数社が運営に名乗りを上げた。同市担当者は「客の増加が確実なのに(旧郵政が)手放すという不思議な話だった。一般競争入札を行っていたら、高値で買い手がついたはず」と、首をかしげる。>

 これは「いい人」の部類らしい。

 <岡山県浅口市も2007年4月、「かんぽの宿・遙照山」を随意契約で8500万円で購入した。前年8月、地元自治体に売却が打診され、同市は宿泊施設を残すために手を挙げた。相手から売却額の提示は一切なく、同市が提案した“言い値”で取引されたという。施設は8日後、同額で都内の建設会社に転売され、現在、ホテルとして運営されている。>

 この2件はまあ、相手が地方公共団体だから、ある程度の特別扱いは許されるのかもしれないが、記事が言おうとしているのは、「こういう手法ですべてが行われている疑いがあるよ」ということだろう。

 <一方、茨城県内の60歳代の無職男性は2006年ごろ、自宅の隣にある郵政社宅跡地(約40平方㍍)が売りに出ていると知ったが、企業向けの一括売却の対象だったため、一度は購入を断念した。ところが1年後、全国で郵政施設を落札した企業が別の不動産会社に転売後、購入を持ちかけられ、210万円で購入した。>

 このおじさん、何が何だか分からなかっただろうなぁ。

 <郵政施設の中には、個人に直接売却した物件も複数あり、男性は「この違いはなぜなのか。きちんと説明してほしい」と話した。>

 その通りだ、と思う。

 この疑惑の追及に最初から取り組んでいた東京新聞の特報面も2月18日朝刊で<かんぽの宿「1万円」落札業者/オリックスとの接点も?/合同会社、所在地同じ/親会社 KKR物件も購入/企業グループはほぼ同じ/規制緩和と同調 急成長>という本質的な疑惑を報じている。

 ここまで疑惑追及が伸びてくると、規制緩和→民営化→オリックスへの売却という過程の中でのもろもろの疑惑が明るみに出てくるし、小泉構造改革の闇の部分が明るみに出る可能性もある。

 この疑惑に蓋をした勢力はしきりに麻生政権を倒して、政局をゴチャゴチャにしようと画策している。内閣が替われば、政治がらみの疑惑など消え去っていたのがこれまでの日本政治だった。今回だって、解散・総選挙になれば、もう「かんぽの宿」どころではなくなる。小泉構造改革で「改革利権」を貪った連中は何とかそういう状況に持っていこうとしている。

 麻生首相と鳩山総務相はそのような策謀に負けずに、何とか小泉構造改革の闇を天下に晒してほしい。そうしなければ、今後、民営化手法も規制緩和も日本では薄汚れた手法となって、使えなくなるからだ。

 このような汚い疑惑だけは徹底解明してほしい。

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大韓航空機爆破事件、北朝鮮の犯行ではないと主張した社会党~産経新聞2月21日・石川水穂論説委員

 産経新聞2月21日朝刊オピニオン面コラム[土曜日に書く]で石川水穂・論説委員が<共産党が正論を唱えた時期>というタイトルで大韓航空機爆破事件について書いていた。思い起こせば、確かに共産党はまともだった。ひどかったのは社会党だった。

 石川氏の文章を読んでみよう。まずは、<社党は韓国発表に疑問>の小見出しである。大韓航空機爆破事件(1987年11月)の実行犯、金賢姫元死刑囚と拉致被害者で金賢姫に日本語を教えた田口八重子さんの家族との面会が近く実現しそうになったことに関する話である。

 <この事件がソウル五輪妨害を狙った北朝鮮の爆破テロだと韓国捜査当局が発表したのは、21年前の1988(昭和63)年1月15日だ。韓国側はこのとき、金賢姫の日本語指導員が拉致された日本人女性で、金正日書記(当時)から「恩恵」という朝鮮人名を付けられたことも明らかにした。発表には金賢姫も同席し「私はだまされていた」と告白した。>

 古い話だが、私もまだ鮮明に覚えている。

 <ここで思い出されるのは、韓国側の発表をめぐる旧社会党(現社民党)と共産党の論争だ。当時の土井たか子・社会党委員長は1月21日、来日中の米下院議員との会談で「北朝鮮がやったといっているが、北にとってプラスになる行為と考えることはできない」と韓国側の発表に疑問を示した。これに対し、共産党の宮本顕治議長は1月22日の党内の会議で「大韓航空機事件は北がやったと確信している」と明言したと、機関紙「赤旗」が24日付1面トップで報じた。その後、社会党機関紙「社会新報」が1月26日付で「自白に疑問続出」と金賢姫の供述に疑問を投げかけたのに対し、赤旗は翌27日付で「テロは社会主義国にあるまじき行為」とする朝鮮問題研究者の論文を載せた。>

 やはり、土井たか子元衆院議長の「犯行」だった。

 <2月7日、「恩恵」に関するさらに詳しい情報が日韓捜査当局によって発表された。これに社会党が衝撃を受け、執行部の中に「拉致がはっきりすれば断固、北朝鮮に対し抗議すべきだ」という声が出始めたと、翌8日付産経は伝えている。>

 そうだったかなぁ、その辺はよくは覚えていない。

 <その後も社会党内の動揺は続いた。3月7日、同党の井上一成国際局長が民放テレビのインタビューで、大韓航空機事件を「北朝鮮のテロ行為だ」と明言したのに対し、山口鶴男書記長は「国際局長がそのような発言をするはずがない」と反論した。だが、社会党の支持母体である全電通の山岸章委員長は、井上氏の発言を「常識論だ」と支持した。>

 ひどい話だ。山口鶴男氏がそんなことを言っていたのか。

 <一方、共産党は日本政府から重要な答弁を引き出した。3月26日午前の参院予算委員会で、共産党の橋本敦氏は産経が昭和55年1月に報じた「アベック蒸発事件」について、竹下内閣の見解を質した。これに対し、梶山静六・国家公安委員長(自治相)は「昭和53年以降のアベックの行方不明は、おそらくは北朝鮮の(工作員による)拉致の疑いが濃厚だ。今後とも真相究明に全力を挙げる」と答えた。このことは産経と日経の夕刊にベタ記事で報じられただけだったが、実は、この梶山答弁は日本政府が拉致事件を北朝鮮の犯行だと公式に認めたものだった。>

 そうだったのだ。1988年3月26日の参院予算委での梶山静六・国家公安委員長答弁を朝日新聞も毎日新聞も読売新聞も報じなかった。

 <当時の日本共産党は昭和60年11月の党大会で北朝鮮を「覇権主義の一つの野蛮な典型」と批判して以降、北との断交状態が続いていた。こうした政治的な背景があったにせよ、この時期の共産党の活動は評価されてよいだろう。その後、共産党は平成12年11月の党大会に朝鮮総連幹部を来賓として招くなど、逆に北との関係修復への動きを強めている。>

 なぜ、共産党は変身してしまったのだろうか? 折角、日本国民のため、国益に合致する路線を選択していたのに。2000年になにがあったのだろうか?

 石川氏はコラムの後半を金賢姫との面会に期待する田口さんの家族について書いていたので、その部分は省略する。

 一時期とはいえ、社会党が嘘をつき続けた中、共産党が事実に立脚した立場を堅持したことは評価できる。

 でも、こういう話を聞くにつけ、本当に社会党が潰れて良かった、と思う。

 ただ、まだ民主党内に亡霊が生きており、安全保障問題、特に北朝鮮問題で足を引っ張っている。何とか早めにこの亡霊を外に出さないと、小沢政権樹立の際に社民党と民主党内の旧社会党分子が邪魔をするのではないか、と懸念される。

 政界再編も容易くないようだし、本当にこれは困ったことだ。

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2009年2月20日 (金)

面白くてやがて恐ろしい…英フィナンシャル・タイムズの空想小説~2月17日号の日本版から

 英フィナンシャル・タイムズ紙2月17日の仮想未来小説「2012年11月の悪夢、もしも『CHANGE』が失敗したら」はギデオン・ラックマン氏が執筆し、gooニュースの加藤祐子さんが翻訳したもの、とあった。

 フィナンシャル・タイムズ日本語版のホームページに2月20日朝にアップされたものらしい。ジョージ・オーウェルの「1984年」とは全然違うが、4年後の世界がどうなっているか、どちらかと言えば「暗転シナリオ」を描いている。

 面白かったのは欧米有名人が出てきて、中国人も出てくるが、日本人とか日本は全く出てこない。すでに米国の一つの州と見ているのか、存在感が消え失せてしまっているのか、原因は分からない。悪役ででも出てこないのは寂しいものだ。

 <大西洋の両側で、政府幹部たちが深刻な警告を発している。世界的な政治混乱が起きているのだと。米国では、デニス・ブレア国家情報局長(DNI)「経済危機が引き起こした不安定性が今や、米国の国家安全保障にとって最大の短期的な脅威だ」と発言。そして英国では閣僚のエド・ボールズ氏が、今のこの経済危機は1930年代よりも「さらに深刻だ」と述べ、「1930年代の経済が当時の政治にどれほど影響を与えたか、みんな覚えてますよね」とにこやかに語っている。政府関係者のこういう警告はどれも気がかりだが、どれもいささか曖昧だ。>

 という書き出しだ。ここまでは今の段階のお話だろう。

 <4年後の世界政治は実際、どうなっているのだろう? たとえばこうなったりしていないだろうか……。>

 として空想物語が始まる。

 欧米の記者ってこういう遊び的な書き方もする。

 あまり、日本の新聞記者のような型にはまった思考形態にとらわれていない。

 これは日本の、特に新聞記者たちは新人時代から「型」にはまるように徹底的に教育されるからで、年配になってコラムニストでやっていこうとすると、この新人時代から体に染みついた新聞記者の文体(つまり思考法)をぬぐい去るのが大変だ。ぬぐい去れずに一生を終わる記者がいかに多いか。

 だが、日本の新聞社だって物好きでそんな教育をしているのでもないし、何か新聞社ごとのイデオロギーを持っているわけでもない。

 日本の新聞記者の「客観報道」主義の原因は全国紙である、という一点にある。

 米英の新聞記者は基本的にローカル紙の記者だから、影響力は実は小さい。

 だが、日本の記者の書く記事は全国に配布されるだけでなく、テレビのワイドショーでも紹介され、大きな影響力を持つ(と新聞社内では信じられている)。

 そこで、くそ面白くもない記事ばかり出てくるようになった。
 歴史的に見てみれば、もっといろいろあるのだが、細かいことは今は省略する。

 話を戻す。フィナンシャル・タイムズのお遊び記事を少し写してみる。

 <時は2012年11月7日。午前3時、げっそり疲れ果てた様子のバラク・オバマ大統領が登場し、シカゴ・ヒルトンの宴会場で涙にかきくれる支持者を前に、ついに敗北宣言をした。4年前に同じシカゴのグラント・パークで勝利演説に酔った人々の、あの激しい歓喜と熱狂は、すでい遠い記憶の果てだ。オバマ政権は、アメリカの経済問題に太刀打ちできず、飲み込まれてしまった。新しい米大統領に選ばれたのは、サラ・ペイリンなのだ。

 想像力が豊かである。そのうえ、英語圏の人々は発想が世界的だ、と思うかもしれない。

 実はアメリカもフランスも同じ英語を使っているから、日本人が米英を外国と思う感覚で言えば、お互いの国を「外国」とは思っていないはずだし、ドイツもフランスも言葉がちょっと違うだけで、翻訳しないでも何とか意味は通じるくらいの言葉の近さがある。

 日本と韓国の言葉以上の近さがあるから、想像力だけで描く未来予想も一国にとどまらずに欧米を舞台に幅広く、リアルなものになるのだろう。

 <内政ではポピュリズム(大衆主義)を、そして外交ではナショナリズム(国家主義)を全面に打ち出して、ペイリン氏は当選。次期大統領となって、外国首脳からかかってくるお祝いの電話を次々と取り始めた。>

 ポピュリズムとナショナリズム? 小泉純一郎という男が昔いたなぁ。

 <最初の相手は、イスラエルのアビグドル・リーバーマン首相(愛国党党首)。次はロシアのウラジーミル・プーチン大統領だ。それから、自分こそが欧州連合(EU)の代表と名乗る国家首脳が5人ほど次々と電話してくるが、みんな保留状態で待たされている。そして次の米国大統領は中国とは話をしないと決めているので、中国の指導部からの電話は全く相手にしない。彼女が中国首脳陣と話しなどできるわけがない。選挙戦中ペイリン氏はずっと、「為替を操る北京の共産党連中」と攻撃し続けてきたのだから。>

 面白いなぁ。アラスカの多産女が大統領だって。高校生の娘は大学生兼母親になっているはずだし、イラクに行っていた息子は軍隊で出世しているのか?

 <対する中国政府は、ペイリン氏を「資本主義の走狗」と呼びたいのをグッとこらえてきた。しかしそれでも、輸出市場の崩壊・閉鎖という衝撃に何とか対応しようとしている中国政府の公式発表には、毛沢東的なフレーズが少しずつ復活しつつある。都市部に大量の失業者が集中していることに危機感を抱いた中国共産党は、農地私有化の計画を諦め、代わりに農村部の大型公共事業や集団農場に重点投資。この政策はたちまち「大躍進」ならぬ「大後退」と呼ばれるようになった。>

 毛沢東の失敗の代名詞になっている「大躍進」政策を皮肉った「大後退」かぁ。これもエスプリが効いてるね。またコルホーズ、ソホーズですか。

 <オバマ氏に最大の打撃を与えた国際的な出来事は、2011年のイラン核実験だった。イランは核兵器の開発に成功してしまったのだ。イランとは包括的な合意が可能だと騙されていたオバマ氏を、共和党側は「第2のジミー・カーター」呼ばわりして徹底的に批判。(イラン革命時の大使館人質事件などですっかり国民の信用を失った)元大統領と、オバマ氏を見事に重ね合わせたのだ。>

 ここからが面白いのだ。

 この国際情勢の見方、読み方は日本人が勉強した方がいい、と思う。市民運動から出発し、人権派弁護士として世に出たオバマ氏の限界は武力行使に踏み切れないところだろう。国際政治ではそれは「臆病」「優柔不断」のレッテルを貼られる危険と裏腹だ。

 <イランの核実験成功によって、イスラエル政治も今まで以上に右傾化し、リーバーマン愛国党党首の台頭を招いた。2011年イスラエル総選挙でのリーバーマン氏のスローガンは「奴らが便所に座っている間に爆撃しちまえ」。これはプーチン氏からそっくり借用したもので、リーバーマン氏のロシア系支持者たちがこぞってロシア語で繰り返した選挙の合言葉だった。>

 イスラエルである。イランの核実験が成功したら、きっと現実政治ではその核実験場やウラン濃縮工場、プルトニウム工場をはじめとする軍需施設をイスラエルが核攻撃するだろう。イスラエルにとってアラブの核武装は絶対に許容できない事態だから。

 だから、この空想物語は甘いと言わざるを得ないと思う。ここまで進んだら、第三次世界大戦直前の地獄を世界中が見るはずだ。

 <米軍をイラクから撤退させるというオバマ大統領の公約は、確かに見事に実現した。しかし2012年にもなると有権者はそんなのは当たり前だと大して評価していなかった。むしろ北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタン撤退の惨憺たる大混乱の方が、オバマ氏の大失点になってしまったのだ。米国と同盟諸国が去って後に残ったのは、大して協力的でない軍閥が群雄割拠するつぎはぎ国家だ。新しい対テロ戦略の名称は公式には「監視と攻撃(watch and strike)」だったが、通称は「もぐら叩き」。テロリスト拠点かもしれない対象を遠くから監視し、爆撃するというものだった。>

 権力基盤が弱いオバマ大統領は米国の青年の戦死者が増えることに耐えられない。そうなると、自軍の兵士が死なない方法、つまり、クルーズミサイルなどの遠隔地からの爆撃に頼ることになる。効率が悪く、相手軍の中枢は楽々と生き残る。

 <プーチン氏はアフガニスタンの顛末について、それ見たことかと言うつもりはないと言いながらも、「傲慢なるアメリカの時代は終わった」と付け足した。そしてそのプーチン氏は2010年の時点ですでに、無事クレムリンに返り咲き。ロシアの経済危機はあまりに深刻なので強力な指導者が必要だと、ロシアの政府系メディアはこぞってキャンペーンを張ったのだった。メドベージェフ大統領はすぐに空気を察して、2010年初めに辞任。それだけに翌年にそのメドベージェフ氏が逮捕された時は、世界中が驚き、暗い気持ちになったものだ。2011年にはウクライナとグルジアで、何週間にもわたる政情不安の末に弱体化した民主政権が倒れた。政変の黒幕はロシアだったのではないかと疑われたが、誰も何も立証できなかった。米国と欧州は抗議したものの、さしたる影響力はなかった。ロシアとファシズムの間に立つのはプーチン氏だけだというのが、大方の西側外交官の密かな本音だった。>

 ロシアが「プーチンの20年支配」となるだろう、という説は佐藤優氏も何かの本で書いていたなぁ。メドベージェフというサンクトぺテルスブルグ・グループのプーチン派の弟子は使い捨てされて、逮捕されるのか。こりゃあ、いくらなんでもメドベージェフがかわいそうじゃないかな。

 ウクライナとグルジアの反ロシア政権の崩壊と親プーチン政権樹立は米国が本気で邪魔さえしなければ、すぐにでもできるのだろう。両国の政権が一見、ファシズムに見えるとしても、もともとロシアがファシズム政権なのだから、整合はとれている。

 <ドイツでは、メルケル政権が2009年に倒れると、不安定な連立政権と印象の薄い首相が次々と入れ替わり立ち替わりした。英国では保守党のデビッド・キャメロン氏が「let the sunshine in (陽の光を入れよう)」を合い言葉に首相になったが、その時のあふれる希望はたちまち消え去ってしまった。運の悪いキャメロン氏は今や、英国史上で最も不人気な首相になってしまった。この結果、欧州連合(EU)では消去法で、フランスのサルコジ大統領が最も影響力のある人物として残った。カーラ・ブルーニと離婚してマドンナと再婚したことも、一時的な脱線にすぎなかった。>

 女好きのサルコジがマドンナと、だって? マドンナみたいなタイプが好きなのだろうか? 何か女の好みが違うんじゃないか、と思うんだけど。サルコジは苦労人で下層階級からの這い上がりだから、上流階級のシンボルのような女が好きなはずだけど。

 それにしても、ここに出てくるドイツの政治って、今の日本の政治そのままだね。

 <サルコジ氏は2010年、競争と政府助成についてEU共通政策から正式離脱すると決定した。これでサルコジ氏は一時、ひどく非難されたが、それも耐えしのいだ。その結果、フランス政府は自国の主要な銀行と企業連合体に対して、投資活動の90%を国内で行うよう指示。EU各国はこのサルコジ大統領のやりようを大々的に批判した後、自分たちもこぞって真似し始めた。それでもフランスの主要野党は政府に対して、もっともっとナショナリズムに傾斜するよう圧力をかけていた。フランスの二大野党を率いるのは「郵便配達員と主婦」。トロツキストのオリビエ・ブザンスノと、極右・国民戦線のマリン・ルペンのことだ。そのルペン氏いわく、彼女を「奮い立たせた」のは、サラ・ペイリンの台頭なのだという。>

 保護主義が各国を席巻している、ということか。こういう風に登場人物がもっともらしいと、何か現実味があるね。

 <2012年11月7日の朝。日が昇るに伴い、ペイリン次期大統領はアラスカ州アンカレッジで壇上に現れた。支援者たちは歓声を上げ、ホッケースティックを振り回す。それを前にしてペイリン氏が吠えた。「ムッラ(イスラム教師)やアカ連中に言いたいことがある」と。「アメリカ復活よ!」>

 最後のフレーズの意味は? 何か深読みすべき点があるのだろうか? というよりも、馬鹿馬鹿しいということでいいのか?

 それにしても、このくらいの未来予測を簡単に考えることのできる記者をたくさん抱える英国の新聞社の強靭さを考える。日本の記者よ、頑張ろう。麻生首相の漢字の読み間違いや、物言いの変化を追っていればいい、というものではない、と私は思うのだ。

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旧郵政公社も日本郵政も同じ手口で一部業者に儲けさせていた~読売新聞2月19日夕刊、20日朝夕刊

 鳩山邦夫総務相が指摘して始まった旧郵政施設の売却問題が急進展を見せている。小泉純一郎元首相がモスクワで麻生首相に不快感を示し、竹中平蔵元郵政民営化担当相が産経新聞だけでなく、朝日新聞や読売新聞のインタビューに登場して、「かんぽの宿」など旧郵政施設の売却に何ら問題が無い、と明言する先から新事実が明らかになるので、西川善文・日本郵政社長も心穏やかではないだろう。

 衝撃的だったのは読売新聞2月20日朝刊1面トップ<旧郵政物件7割転売/434件、社宅跡地など/本社調査/11社で369件占める>と社会面トップ<旧郵政公社/1000円投げ売り7物件/識者「国民の財産 認識欠く」>だった。

 旧郵政公社時代のおかしな売買は、すでに鳥取県の施設が1万円で払い下げされ、6000万円で転売された事実が明るみに出ており、「他にもあるのではないか」との疑念を国民に抱かせていたが、詳細が分からなかった。

 全国調査をかけて、調査報道で事実を暴くのはリクルート事件以来、日本の新聞社も多用してきた手法だが、今回の「かんぽの宿」問題では東京新聞特報部の独り舞台で、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞という3大紙が霞んで見えていただけに、今回の読売新聞の努力を多としたい。

 読売新聞1面の記事を読んでみよう。

 <日本郵政が、旧日本郵政公社時代の2004年から昨年にかけて売却した旧郵便局などの施設634件のうち、少なくとも約7割にあたる434件がすでに転売されていたことが、読売新聞の調査でわかった。多くは全国各地の施設を一括売却する手法で入札が行われ、落札した企業のうち11社だけで369件を転売していた。保養宿泊施設「かんぽの宿」の一括売却の不透明な入札経緯が問題になる中、多くの郵政施設が、転売目的で取得された実態が明らかになった。>

 という前文である。

 <日本郵政では2004年7月以降、維持費などがかさむ郵便局や社宅跡地、「かんぽの宿・鳥取岩井」など計634物件を総額約890億円で売却。このうち137件は、地元自治体などに随意契約で譲渡されたり、一般競争入札で個別に売却されたりしたが、残りの多くは、北海道から沖縄までの物件をまとめて譲渡する「バルクセール方式」で売却された。>

 この890億円という数字を覚えておこう。

 <この一括売却は2005年に60件、2006年186件、2007年は2回で計185件を対象に一般競争入札で行われ、初めの3回は、計12社が6~7社ずつ三つのグループに分かれて424件を落札。最後の1回は1社単独の落札だった。>

 詳しい。この部分は全国の支局の調査ではなく、日本郵政が総務省に提出した膨大な資料の中に入っている数字ではないか。

 <読売新聞が施設の所在地を確認した465件の登記簿と日本郵政の資料を調べた結果、全売却施設の68.5%に当たる434件がすでに転売されていた。12社が落札した424件に限ると、11社が落札物件の多くを転売し、転売が3回繰り返された物件が67件に上ったほか、4回の転売が18件、5回の転売も2件あった。>

 これは、これは。南青山の地上げ屋の活動と似ている。この転売の多さはヤクザの匂いすらするのではないか。

 <11社の一つ、マンション販売会社「コスモスイニシア」(東京都千代田区、旧リクルートコスモス)など3社は、3回の入札にすべて参加。不動産投資を募るために設立された特定目的会社「CAM6」(港区)も参加していた。>

 インナーサークルなのだな。

 <取得物件が最も多かったのは「CAM7」(港区)で、一括売却の対象施設の29%近くにあたる124物件を計約21億7000万円で取得、123件を転売していた。>

 124のうち123ということはほぼ全部を転売していた、ということ。転売目的で入札したわけだ。やはり、郵政民営化で甘い汁を吸った会社があったわけだ。

 ひどい話である。読売新聞は1面に、

[一括売却の入札に参加した企業の転売状況(読売新聞の集計)]
の一覧表を掲載していた。
 一覧表は次の通り。
           購入物件     転売物件
CAM7         124         123
東急リバブル       81          79
CAM6             44         39
穴吹不動産センター       40         35
リーテック           36         35
コスモスイニシア        36         30
(旧リクルートコスモス)
レッドスロープ         18         18
G7-1              9          9
穴吹工務店            4          0
長谷工コーポレーション    1           1

 (コスモイニシアの36には他の2社と共同購入した物件を含む、との注あり)

 また、1面には[バルクセール]の説明があった。

 <バルクセール=英語で「まとめ売り」の意味。個別に売却しにくい不良物件と、資産価値の高い物件を一括して売る手法で、1990年代に米国で広まった。売り手にとっては速やかに物件を処分できる利点がある一方、「優良物件が安値で買い叩かれる」という指摘もある。>

 という説明だった。「バルク」という語感から「ガラクタ」っぽい意味があるのかと思っていたが、そうではなさそうだった。

 また、社会面トップ<旧郵政公社/1000円投げ売り7物件/識者「国民の財産 認識欠く」>である。

 この記事には、

 [旧郵政公社所有不動産の高額転売例]

 として、長野市の社宅約900平方㍍が2005年3月に約290万円(評価額)でCAM6に売られ、翌06年3月だから丁度1年後に私鉄会社に約4080万円で転売された。1年で3780万円儲けたわけだ。1年というのは転売禁止期間か何か、意味があったのではないか、と思う。

 また、堺市の社宅約3360平方㍍が2007年3月にコスモスイニシアに約2億4000万円(評価額)で売られ、2007年6月というと3ヵ月後には不動産会社に約3億3000万円で転売された。つまり、コスモスイニシアは3カ月で9000万円儲けたわけだ。

 こんな美味しい商売はないだろう、と思う。

 読売新聞の特報がなければ、こうした汚い取引は闇に埋もれたままで、竹中平蔵氏の高飛車な「問題ない」発言だけが一人歩きしかねない状況だった。

 それでは、読売新聞社会面トップを読んでみよう。

 <旧日本郵政公社が不動産会社などに売却した郵政関連施設が、次々に転売されていた実態が、読売新聞の全国調査で浮かび上がった。売却時の評価額の14倍もの高値で転売されたケースもあれば、購入からわずか3か月で、9000万円上乗せして売られた物件も。さらに地方の社宅など7施設の評価額は、わずか1000円だった。これらは、旧郵政省の所有地や郵便局の簡易保険で集めた資金などで購入されたもので、専門家は「旧郵政公社は、国民の財産に対する認識が欠けていたのではないか」と指摘している。>

 評価額とわざわざ断っているのは、一つひとつ別個で売買契約を結んだのではなく、一括売買されたからだが、評価額の合計が落札金額だと思えばいいのだろうか。

 <旧公社の社宅だった長野市内の土地(約900平方㍍)は2005年3月、旧公社が保有する他の不動産物件と一括して、不動産投資を目的とする「CAM6」(東京都港区)に売却された。日本郵政によると、この土地の評価額は約290万円だった。ところが、1年後の2006年3月、地元の鉄道会社に転売された時には、売却額は約4080万円と約14倍に。CAM6を設立したのは都内の投資会社で、同社関係者は「個別の取引内容については、お話しできない」としている。>

 これだ。オリックスと同じ対応だ。ぼったくりの利権を貪った連中の中で、口裏あわせが進んでいる、と見たほうがいいだろう。900平方㍍は約272坪だ。300坪のまとまった土地が290万円で手に入るわけがない。

 <一方、マンション販売会社「コスモスイニシア」(千代田区)は2007年3月、堺市にあった旧公社の社宅(約3360平方㍍)を、同じように他の物件とともに一括購入した。同社はこの社宅を2億4000万円と評価して購入したが、3か月後の同年6月、地元の不動産会社に転売した価格は約9000万円を上乗せした約3億3000万円だった。コスモスイニシアも「個別の話については答えられない」としている。>

 やはり、同じ文句を使ってきたか。

 <2006年3月に一括売却された千葉県東金市内の社宅(約187平方㍍、日本郵政の評価額約407万円)は2年間に4回も転売された。転売にかかわった都内の不動産業者は「物件は転売目的で購入した」と読売新聞の取材に答えた。>

 業者が「転売目的」をはっきり証言している。

 <旧公社の一括売却は、優良資産や資産価値が乏しい物件をまとめて売却する「バルクセール」と呼ばれる手法。6000万円で転売されたことが判明した鳥取県岩美町の「かんぽの宿・鳥取岩井」は、評価額がわずか1万円とされ、評価額がわずか1000円の物件も、北海道夕張市の社宅や山形県鶴岡市の社宅など7件あった。>

 バルクセールと言えば済むのか? すべてが許されるのか?

 <物件によっては、個別に値段を付ければ、高値で売れた可能性もあるが、日本郵政は「売れ残りをなくすために一括売却の手法を使った。全体の売却価格は、当社の鑑定評価額の合計額以上になっているので問題はない」と説明している。>

 そう言わざるを得ないだろう。日本郵政は鳩山総務相の「問題提起」発言以降、きっと証拠隠滅に必死だったのだろうが、いくら隠滅しても相手があることだから、真実はいずれ分かってしまう。

 国会もくだらない論争をしていないで、旧郵政公社と日本郵政の疑惑解明に全力を尽くしてほしいものだ。

◆鳩山氏が「抜け道」を発見したようだ

 同じ読売新聞2月20日夕刊に掲載されるのだろう、ネットに先行して次の記事がアップされていたので、付けておこう。見出しは<かんぽの宿「転売禁止」に抜け穴条項…オリックス判断で可能に>である。記事は以下の通りだ。

 <鳩山総務相は20日の閣議後の記者会見で、日本郵政の保養宿泊施設「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却が白紙撤回された問題について「すべてがごまかしの中にある」と述べ、日本郵政から提出された資料の分析で、これまでの説明を覆す証拠が出てきたとの認識を示した。>

 <2年間の事業継続や転売禁止などが盛り込まれている契約書に、オリックス側が「事業の発展的かつ継続的な運営に資さない」と判断すれば、個別の資産売却や施設閉鎖を行える“抜け穴”条項が見つかったとしている。鳩山総務相は「結局、何でもできるということ」と批判した。>

 ひどい話だ。本当なのか? 総務相が嘘は言わないだろう。今まで西川日本郵政社長が国会で話したことは嘘だった、ということなのか? 国会侮辱罪じゃないか。

 <また、昨年10月末に行われた2次入札で、オリックスと最後まで争ったホテル運営会社が提示した条件について、「事業継続や雇用の面については、いい条件が出ていたように思う」と述べた。鳩山総務相は、交渉の過程で日本郵政をローマ、オリックスをオルガンと呼び替えて書類が作成されていたことも明らかにした。>

 暗号かよ! 笑っちゃう、と言いたいが、深刻な話だ。

◆オリックスへの譲渡土地でも簿価は固定資産税評価額の7分の1~読売新聞

 読売新聞2月19日夕刊2面<税評価額 簿価の7倍/かんぽの宿/79施設で856億円>は旧郵政公社ではなく、日本郵政の疑惑である。しかし、これも同じ手法でなされた誤魔化しのように見える。つまり、旧郵政公社時代も日本郵政時代も同じようなことをやって、一部の業者を儲けさせていたという疑いが濃くなったのだ。

 記事は以下の通りだ。

 <日本郵政の保養宿泊施設「かんぽの宿」のオリックスへの一括売却が白紙撤回された問題で、売却対象となっていた79施設の固定資産税評価額(2008年)の合計が856億7600万円と、簿価(2008年9月末で計123億7200万円)の約7倍となっていることが明らかになった。鳩山総務相は19日の衆院予算委員会の答弁で「私も驚いている。実勢価格の方が固定資産税評価額より高いというのが常識であるとすれば、極めて大きな疑問がある」と述べた。>

 ひどい話だ。

 <日本郵政が、民主党の松野頼久衆院議員に提出した資料によると、売却対象の固定資産税評価額は土地が計253億6500万円、建物が計603億1100万円だった。売却対象のうち固定資産税評価額が最も高かったのは「ラフレさいたま」(さいたま市)の85億3700万円で、簿価の15億5800万円の5倍超だった。>

 やはり「ラフレさいたま」か。問題のある施設だ。

 <日本郵政は、簿価は、地価下落や建物の老朽化に加え、赤字施設が多いことを考慮して、収益性の低下を反映させる減損処理を行ったもので、「政府の評価委員会の承認を得ているので、適正だ」と説明している。>

 言い訳を考えるのも大変だろうが、いずれ真実は明らかになる。日本郵政などの内部で自殺者などを出さないように、幹部はこの際、潔く真実を明らかにすべきだと思うのだが、どうだろうか。

 <この問題では、オリックスへの売却価格約109億円に対し、鳩山総務相が「安すぎる」などと反対を表明したことがきっかけになって一括売却が白紙撤回された。>

 以上が記事だ。最近の読売新聞はなぜか疑惑解明に熱心で、読むに値する新聞になってきている感じを受ける。

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メディアの首相周辺疑惑報道と「新聞の品格」と言霊の大切さ~あらたにす、毎日新聞、日経新聞2月20日朝刊から

 今日は朝から砂を噛んだような嫌な感覚が体に染み付いたようで、雨が降っていることもあり、暗い一日となりそうだ。毎日新聞を読んだことが大きい。麻生太郎首相の政策秘書による「口利き」疑惑を1面トップと社会面トップで大々的に取り上げていた。贈収賄事件が発覚したのか、と驚いて読んだのだが、少なくとも刑法や刑事関係の特別法に違反した行為をしたわけではないようだ。それも、麻生氏が首相になる前の話。金銭授受も「ない」と言っており、それを突き崩す証言は掲載されていない。

 すべてを読んで感じたのは「あぁ、また”ケシカラン罪”で道義的な処罰を与えるのか」ということだった。新聞は正義を標榜する天下の公器だから、ジャーナリズム魂で政治家やその周辺の倫理性のなさを国民になりかわって処罰してやった、ということなのだろう。

 1面の記事にも社会面の記事にも毎日新聞が誇りにしている記者の署名が見当たらなかったのはどうしてだろう? これだけのことを書くのだから、堂々と自分の名前を明らかにすべきではないか、と思う。特に社会面のインタビューなど、誰が当事者にインタビューしたか、明らかにするのは「公器」の常識ではないだろうか?

 しかし、「砂を噛んだ」感覚の源泉はそんな細かいところではない。

 ちょうどこの日の「あらたにす」に哲学者の鷲田清一・大阪大学総長が「『品格』という言葉、そして言葉の品格」というタイトルで朝日新聞、日経新聞、読売新聞の紙面批評を書いているが、読んでみると、その中の幾つかの言葉が、まるで毎日新聞のこの記事を指しているのか、と思われたのだ。

 鷲田氏は、

 <苦手な言葉に「品格」というのがある。「品格」がきらいなのではなく、大声で言われる「品格」という言葉がきらいなのである。「国家の品格」に「女性の品格」。「品格」について語られる言葉にどれほどの品格があるか、それがつい気になる。>

 として、朝日新聞2月15日朝刊「耕論」の金田一秀穂氏の言葉と読売新聞2月19日朝刊掲載の北野武氏の言葉を引用していた。

 <金田一は言う。「品」も「格」も、地位の高さとか社会的な階層をさすものではない。「品格」は、「俗世間とは違った価値観を示す言葉」であって、だからもともと、「政治家とか実業家にはそぐわない」。そしてこう言葉を継ぐ。「いつの時代の流行語も、そのとき欠けているものを表している」。そういう意味では、いま「国家の価値が経済力でしか語られない」から、「品格」という言葉がその穴を埋めるべく呼び寄せられて、みずみずしく感じられたにすぎないのではないか、と。>

 そして、

 <最後は言語学者らしくこう締める。――「『品格のある日本語』というのは、借り物ではなく、自分が一番よく知っている言葉で語られるものですよね。方言なんかはとても品格がある」。ここのところ、つまり「品格」について語るその地声に言い及ぶところに、金田一の矜持が現われでているとおもう。>

 長く引用してしまったが、ここまでは前段である。

 私が感銘を受けたのは次の部分である。

 <自分について語る言葉が信用できるかどうかは、語られる自分に対してどれほどの距離がとれているかにかかっている。「離見の見」などと高尚なことを言わなくてもよい。何かについて語るとき、そのように語っている自分がどこから語りだしているのか、それについての明確な意識をもっているかどうかに、その言葉の誠はかかっている。>

 <何かについて語るとき、いつもどこか断片的であって、語りつくすことをしない。語りだすのは否応もなくつねに地上のどこかからであって、語りつくすというのは、自分がこの地上のどこでもないある特権的な場所に自分がいると錯覚することである。それこそ品格に欠けることである。>

 取材し執筆する記者、紙面化する編集者のスタンスに関して言えば、この「自分の言葉への責任」は大きな課題だと思う。

 鷲尾氏はまた、

 <これに対して、北野武は、品格から外れることに自己の品格を賭けるという、それこそ綱渡りをしてきた。>

 と言い、

 <自分が壊れる……。そういうあぶない場所に自分をもってゆきながら、かろうじて身を持す。ぎりぎりのところでみずからを揺さぶることのないひとに、「品」はぜったいに訪れない。「自分が壊れる」という、そういう危うさのなかに自分を置いたことのないひとの語り口に、わたしは「品格」を感じたことがない。>

 と、社会と自分とのギリギリの格闘を経験しない人への軽蔑を明らかにしている。ジョージ・オーウェルの『絞首刑』(小野寺健訳)の次の文章を引用したのもその「覚悟」を見たからだろう。

 <絞首台まではあと40ヤードくらいだった。わたしは自分の目の前を進んで行く囚人の、茶色い背中の素肌をみつめていた。腕を縛られているので歩きかたはぎごちないが、よろけもせず、あの、インド人特有の、決して膝をまっすぐ伸ばさない足どりで跳ねるように進んで行く。ひと足ごとに、筋肉がきれいに動き、一掴みの頭髪が踊り、濡れた小石の上に彼の足跡がついた。そして一度、衛兵に両肩をつかまれているというのに、彼は途中の水たまりをかるく脇へよけたのだ。>

 惰性で死刑執行を見届けようとしていた英植民地管理官がふとした死刑囚の動作で、その死刑囚が自分と同じ血が流れる、家族のいる人間だと思い知る重要な瞬間を描写した文章である。

 <オーウェルはこの情景を目にして、とっさにこう感じた。「その囚人が水たまりを脇へよけたとき、わたしはまだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついたのだった」、と。「品格」のある文章というのは、例外なしに、空恐ろしいことを告げている。さりげなく、いとおしく、かろやかに。>

 麻生首相は今、四面楚歌だ。

 よもや、毎日新聞編集局が「あと一押しスキャンダルで攻めれば、総辞職するかもしれない。そうなれば毎日新聞が麻生首相の首を取ったことになる」というさもしい考えでこの記事を掲載したことはないだろう。

 しかし、今の永田町は異常事態なのだ。すべての政策が棚上げされ、すべてが政局の文脈で語られるようになってしまっている永田町的に言えば、「反麻生勢力」にとって都合のいい麻生攻撃材料にされるのではなかろうか。

 面白いのは今、反麻生勢力は民主党など野党だけではなく、自民党の小泉構造改革派が正面切って反麻生に転じたため、この記事を利用できる勢力、拍手を送る勢力は数の上では多数派かもしれない。

 しかし、「新聞の品格」という視点で見た場合、それでいいのだろうか? つまり、品がないのではないか、という疑問を読者に与えないだろうか。

 これは、先にも書いたが「ケシカラン罪」に過ぎない。

 この記事を読む限りでは刑事事件にもなりそうもない出来事を1面トップ、社会面トップでキャンペーンするというのは、社をあげて麻生政権と喧嘩する、という決意表明なのか?

 そうだとすれば、その心意気やよし、である。

 しかし、現下の情勢を鑑みれば、何か「水に落ちた犬は打て」のように感じる読者が少なくないのではないか、とも危惧する。

 なぜそのような受け止め方が出ると思うか、と言えば、それが、記事の内容の弱さ、記者の覚悟のなさ、事実としての可罰的違法性のなさ、などである。

 政治家に国民を先導する倫理性を求める、というのだろうか?

 この「事件」がどのような進展を見せるのか、注目しよう。

 ちょうどこの日、日経新聞が社説で<中正公平な報道への責任>を取り上げていたのが「奇妙な一致」のようでおかしかった。

 この社説自体は日経新聞の社員株主制度を巡る訴訟で、株式譲渡ルールは有効、と最高裁が判決を出したことに関するものだ。「報道の自由を守るため日刊新聞法に基づく現行のルールが必要だという日経の主張が認められた」というどちからといえば、業界ルールの話なのだが、次のような文章があったのが目を引いた。

 <私たちは言論報道機関としての社会的使命を改めて自覚し、社の理念どおり、中正公平な報道に徹していきたい。>

 <新聞事業の環境は厳しくなっている。インターネットの普及や景気悪化による広告収入の減少、若者の活字離れなどが原因だ。海外ではメディアの買収も増えた。この環境変化に対応して日経は経営改革を断行し、自由な報道の裏付けとなる健全な事業基盤の維持に努めている。こうしたなかで海外を含む外部の資本が入り込み報道を著しくゆがめるようでは困る。特に日経は経済情報が生命線だ。企業の大株主がいるために、その企業の公正な批判をできないといった事態を避けなければならない。日経の譲渡ルールの今日的な意味合いは増しており、その正当性が認められたのを歓迎したい。>

 <今回の判決を機に、民主主義と市場経済の擁護・発展のため、読者の期待にこたえて力を尽くす決意である。>

 喜びがあふれている、どちらかと言えば社内外の関係者向けの社説かもしれないが、「民主主義と市場経済の擁護・発展」など、各新聞社が使いそうな言葉に鷲田氏のいう意味合い、つまり「言霊」が宿っているかどうか、が問われている、と思う。

 社説などはどうでもいい。というと叱られそうだが、社説というのは人間の理性に訴えかける「論」だから、少しくらい間違えていても影響は小さい、という意味で言っている。

 しかし、1面トップと社会面トップのキャンペーン報道は一般読者の目を引く。

 今の時代は新聞記事とテレビのワイドショーとの相互連携も増えてきた。ワイドショーでキャスターが記事を面白おかしく紹介し、そのショーに新聞記者が出てコメントを言う、という連携である。

 お互い、自分の持つメディアに足りないものを補完できるメリットがある。新聞は多くの人に見てもらうことであり、テレビはしゃべる内容への権威付けだ。

 今朝はテレビのワイドショーを見なかったが、興味本位で取り上げたのだろうと推測できる。

 記事のトーンはこの秘書と元文部官僚は「悪」という暗黙の前提で書かれている。ちょうどテレビ朝日の夜のニュースショーの男性キャスターが「みなさん、どう思われますか」で、「悪い」と言う寸前に止めるという寸止め手法と同じではないか。

 麻生首相はこのような「スキャンダル」攻勢にもめげず踏みこたえるだろうと思う。踏みとどまって、何しろ第二次補正を上げ、本予算を成立させるのが最低限の首相の責任である。

 このような白黒はっきりしないような「疑惑」で「政局」が動くことだけは避けてほしい、と切に願っている。

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2009年2月19日 (木)

韓国、来年は4.2%成長=IMF予測~民団新聞2月18日号+中央日報2月4日

 久しぶりに「民団新聞」を手に取った。2月18日号の2面トップ記事<「韓国の回復が最も早い」/来年の成長率4.2%に/IMF予測>に驚いた。日本の新聞では隣国・韓国の経済事情についてはあまり報じないので、こんな状況になっているとは知らなかったのだ。そこで、まず韓国紙がこの「IMF見通し」をどう報じているのか、を見てみた。

 三星財閥お抱えの新聞で、経済分野では最も権威がある、と言われ、日本の日経新聞と提携している中央日報のHPを見たら、2月4日配信で<IMF「韓国、今年第4四半期から回復」>が出ていた。

  <今年の韓国経済が第1~3四半期にマイナス5%台(前年同期対比)の成長の低迷を見せた後、第4四半期からプラス成長になるものと国際通貨基金(IMF)が見通しを示した。>

 という前文である。つまり、1~3月期で反転する、とIMFが見通しているのだ。

  <IMFが3日発表した韓国経済修正の見通しによると、韓国経済は第1四半期はマイナス5.1%、第2四半期はマイナス5.9%、第3四半期はマイナス5.7%成長を記録した後、第4四半期に0.9%のプラス成長と予想した。年間成長率予測はマイナス4%で、昨年11月の2%に比べ6ポイント下げた。主要20カ国(G20)中、最も低い成長率だ。>

 <しかし、来年は主要国の中で最大幅の反騰を示し、4.2%成長すると見込んでいる。ドミニク・ ストロスカーンIMF総裁はこの日のブリーフィングで「マイナス4%という韓国の今年の成長率がちょっと驚くべき数値だという点を理解する」とし「ただ韓国が最も早く回復する国になるだろう」と述べた。>

 <IMFの前四半期対比の成長展予測は第1四半期マイナス0.8%、第2四半期0%、第3四半期0.7%、第4四半期1.1%だ。景気が第2四半期に底を打って第3四半期から上昇に転じるという意味だ。>

 <ホ・ギョンウク企画財政部第1次官は「我々は第1四半期が底だと思っているが、もう少し見守らなければならない」と述べた。しかし、国内の専門家たちはIMFの今年の展望値がかなり悲観的な一方、来年の景気をあまりに楽観していると指摘する。>

 <LG経済研究院オ・ムンソク経済研究室長は「韓国経済は世界経済がどれだけ早く回復するのか、各国の景気浮揚策がどの程度効果を発揮するのかにかかっている」とし「来年の予測に確信を持つのは早い」と述べた。>

 何か、いい事を言われすぎて信じられない、ということか。

 <特に今年がマイナス4%、来年がプラス4.2%というIMFの成長見通しは、額面通りに解釈すれば韓国経済は来年には2008年水準に戻れるという意味だ。>

 <ジェラルド・シーフIMFアジア太平洋局長は「韓国経済は通貨、財政政策など弾力的なマクロ経済政策を運用するのに十分な余裕がある」とし、より果敢な内需浮揚策を間接的表現で促した。>

 というものだった(日本語訳がおかしい部分は適宜直した)。

 「民団新聞」の記事も、この記者会見を基にした記事で、大所は同じだ。中央日報に出ていない部分だけ書いておこう。

 シン局長が「今年のマイナス4%成長については昨年の第4四半期(10~12月)のマイナス5.6%成長というすでに発生した数値を反映したもので、大きな意味はない。世界経済の回復基調に足並みをそろえ、韓国経済が今年の第4四半期には前年同期比で1%成長することに意味がある。韓国経済は積極的にマクロ経済政策を推進しており、政策を柔軟に運用する余裕も十分にある。来年4%成長の根拠は①銀行が十分な資本金を保有している②金融機関の低い不良債権比率③大企業の良好な財務状況――だ。

 また、IMFが6日発表した「主要20カ国・地域(G20)の成長率見通し修正」でも、韓国の国内総生産(GDP)比の景気浮揚策の規模について昨年が1.0%、今年が1.5%と推定している、と書いている。

 <景気浮揚策が実現されることで、G20の成長率が0.5~1.2ポイント押し上げられると予想し、世界の成長率は今年が0.5%、来年は3.0%と見通している。大幅な成長効果が期待される国として韓国のほか日本やカナダ、ドイツ、米国、中国、ロシア、南アフリカ共和国をあげている。>

 これって、やっぱり、IMFの推計、甘すぎるんじゃない? 世界同時不況は年末から本格化して、来年は首切りの嵐になるのではないのか? なぜIMFはこんなに強気なのだろう?

 また、「民団新聞」はKBSが6日放映した対談番組でストロスカーン専務理事が次のように話した、と報じている。

 <「韓国は10年前とは全く状況が異なる。2000億㌦を超える外貨準備高を有し、米国や日本、中国と通貨スワップ協定を締結しているので、通貨危機が再び起きる可能性は低い。韓国は危機を克服できる力と十分な資源を有していると確信する。韓国政府の景気てこ入れ策はこれまでの経済政策を見る限り正しい方向に進んでいる。韓国は対GDP比の負債比率が低いため、経常収支で黒字を出す財政政策が可能だ」>

 ヒュンダイの自動車が米国とカナダで「カー・オブ・ザ・イヤー」を射止めたり、今、韓国は頑張っている。つまり、急激で劇的な円高で轟沈してしまった日本の輸出産業がいない間に韓国の輸出産業は輸出で稼いでいる。やはり、ウォン安は輸出を加速している。世界史上の何割が消えた、とか言うが、安くて丈夫な製品ならば売れる、ということを証明したようなものだ。

 トヨタもホンダもインドのタタ自動車と張り合える低価格自動車を大量生産し、第三世界に打って出るしか生き残りは望めないのだろう。プラグインワンとか、は先進国の景気が回復しなければ売れないのだろう。

 それにしても、IMFの事務局はどんな材料でこんな数字をはじき出したのだろう? 役に立たない、と言われている現代経済学の数理分析を駆使した結果だったら、この数字は空中楼閣ということだってあるのだが。

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[ナショナリズムと中間団体]に関する中島岳志、中野剛志両氏の対談~毎日新聞2月19日夕刊から

 毎日新聞2月19日夕刊文化面の連載[中島岳志的アジア対談]は評論家の中野剛志氏との対談でタイトルは<金融危機、保守と国家>だったが、議論がそうは深まっていないように思う。経済政策が今後、社民勢力も保守勢力も似たようなものになるだろう、というような話とナショナリズムの話。

 このナショナリズムに絞って、中野氏の経済ナショナリズム論をもう少し多面的に話し合ったほうが深まったのではないか、と思った。

 中野剛志(なかの・たけし)氏は経済産業省産業構造課課長補佐。1971年生まれ。東大卒。旧通産省入省後、英エディンバラ大大学院に留学。同大学院博士号取得。経産省新エネルギー対策課課長補佐などを経て現職。雑誌『表現者』などで論考を発表。著書に『国力論』『経済はナショナリズムで動く』と人物紹介してあった。中島岳志氏同様、西部邁氏に影響を受け「経済ナショナリズム」論を展開している、という。どちらかと言えば右派の若手論客らしい。

 対談記事の見出しは<中野さん 不況に対し構造改革でミス/中島さん 左派も賛成し違い不鮮明に>、<中野さん 経済政策はナショナリズム/中島さん 国が乗っ取ると暴力が加速>だった。今、「かんぽの宿」問題をめぐって問い直されている郵政民営化をはじめとする小泉構造改革の是非なども、もう少し突っ込んでほしかった。

 発言の中で面白い部分を書きとめておく。

▽中野氏 日本はバブル崩壊後の不況で民営化、規制緩和、小さな政府など新自由主義的構造改革を行った。手本は80年代の米英。当時の両国はインフレに悩み、緊縮財政、規制緩和、競争促進でデフレを起こし、価格上昇を止めようとした。日本の平成不況はデフレが懸念されたのにインフレ対策をした。初歩的なミスを10年以上続けた。

 そういう見方があるのか。知らなかった。視点を変えればそういう事実が見えるのか、これは勉強になった。

▽中野氏 欧米は今、金融規制を強化しようとしている。日本は平成不況の原因を金融ではなく産業構造や社会システムとして、金融市場を規制緩和し、米国型金融システムを導入しようとした。日本の構造改革は今の欧米と全く逆のことをやった。

 金融ビッグバンを平成大不況が顕在化する前に橋本政権で決めてあり、そのスケジュールに則って進めていた。当時は金融、特に世界的な過剰流動性が大きな原因だ、とは分からなかった。

▽中島氏 日本は、保守も「左派」もそれを推し進めた。保守と新自由主義に共通するのは「左派」的な理性で良き社会を設計するという設計主義への批判だが、保守は人知を超えた常識や経験知を重視し、新自由主義は市場に依拠する。

▽中野氏 米英保守が80年代、新自由主義に転じた理由は、その通りかもしれないが、日本の構造改革論者で伝統や地域社会を重視した人はいなく、レベルの低い議論だった。気になるのは「左派」だ。福祉国家で弱者への配慮を言っていた人たちがなぜ小さな政府で痛みを伴う改革に賛成したのか。マスメディアは右も左も団結して賛成した。メディアは戦後ずっと「軍国主義を反省して全体主義反対」と言っていた。なのに、全体主義的に構造改革に賛成した。

 このメディア批判は重要だと思う。確かに小泉構造改革に正面切って反対した社説はなかった。その当時の社説に対する反省の弁も見ていない。日本の論説は言いっ放し、書きっ放しの傾向があるのだろう。別に年がら年中反省していなくてもいいが、今のような節目に昔を振り返ることくらい、やってもらいたいものだ。

▽中島氏 人間の努力、英知で平等社会を実現できるとするのが「左派」の最大公約数的定義で、手段は二つ。国家を通してか、市民社会を通じてか。社民主義、社会主義と自立した個人の連帯で平等社会を実現する市民主義的な立場で、極端なのがアナキズムだ。この両者が勘違いした。社民主義者は政治改革を主張する延長線上で足元が見えなくなった。市民社会派は小さな政府は小さな権力になると思ったのではないか。

▽中島氏 今後、保守と社民の違いが経済政策ではよく分からなくなるだろう。財政出動をすべきとの点で同じになる。両者の違いは「中間団体」への認識の違いではないか。中野氏はナショナリズムが単なるステイティズム(国家主義)にならないよう家族や職業団体など中間的なものが必要だ、と強調するが、この中間団体を保守は自生的、歴史的なものと見て、社民は、人工的に作れると考える。

 この中島氏が紹介した中野氏の中間団体論は佐藤優氏も近著の「テロリズムの罠」で書いていた。人民の国民意識の高まりは国民史の中で再生された「想像上の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)に至り、それが新しい集団的自己アイデンティティーの結晶化の核となる」ユルゲン・ハーバーマスの「他者の受容―多文化社会の政治理論に関する研究」からの引用で、(佐藤本右巻P100~)、佐藤氏は続けて雨宮処凛氏の思想に触れながら、国家に強制されない多層「社会」の必要性を強調し、ナショナリズムをファシズムや宗教原理主義と並べたf形で論じる、という離れ業を展開して、読者を惹き付けている。

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▽中島氏 保守とは自生的秩序をそのまま称揚するのではなく、何かを伝統として選び直す立場で、理想社会が実現不可能なら状況に応じた漸進的改革が必要と考える。

▽中野氏 左派にも過激な暴力革命論から漸進的な福祉国家論まである。保守も中間団体が壊れたら理性で計画的に作り直すが、その理性の根拠は良識や伝統、慣習に行き着くと保守は言う。左翼思想家にも似た議論をする人がいる。米国では共和主義が保守とされるが西欧の社民主義やマルクス主義論者には共和主義者が多い。結局、保守と「左派」を厳密に分類しても、あまり意味はないのかもしれない。

▽中野氏 国民国家が遂行する経済政策はすべてナショナリズムと無縁ではない。それ自体に善悪はないが、ナショナリズムは暴走の危険性もあり、それを防ぐには中間団体が大事だ。

▽中島氏 現実のナショナリズムの多くがステイティズムを含むから難しい。ナショナリズムはフランス革命のように主権を求める国民の要求として下から生じるが、内での同質化と外への排除が出る。それを国家が上から乗っ取り、権力的暴力が加速する。

▽中野氏 下からのフランス革命の結果はとても排他的だ。旧ユーゴスラビア、ルワンダなど下からの民主化で虐殺が起きた例は多い。むしろ上からできるのが、保守思想が好む国民国家のスタイルだ。王朝の下で暮らす人々が同じ国民となり、時間をかけて穏健に民主化する。たとえばイギリスだ。王朝がある限り暴力的な革命はない。国民が殺し合わないためには、王朝の権威をねつ造しても構わない。

▽中島氏 ナショナリズムは国民がそれをフィクションだと知りつつ引き受けて、初めて可能な概念だと思う。

▽中野氏 ナショナリズムがフィクションだと国民全体が知る必要はあるのか。知らないから排外的になるわけではない。ナショナリズムに限らず、仲間意識は排他性を伴うが、排他性にも限度がある。問題は排他と博愛ではなく極端か極端ではないかだ。「ナショナリズムは悪いことをしたから全否定」では「悪い大人がいるから大人は全員信用できない」という話。結局、物事の複雑さをとらえるためには、いろんな議論が必要だと思う。

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2009年2月18日 (水)

中谷巌氏の弁明:薄っぺらいんだけど~産経新聞2月18日[正論]

 産経新聞2月18日朝刊[正論]に三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長で多摩大学教授の中谷巌氏が<私が「懺悔の書」を書いた理由>のタイトルで寄稿していた。何と、ベストセラーになっている、というから面白い。

 本は読んだが、本に書かなかったことをどこまで書いてあるのか、興味があったので読んでみた。

 <昨年末、私は『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)という「懺悔の書」を出版した。同著に対しては、多くの方々から「よく言った」という賛同と同時に、「時流におもねっている」「今さら何を」「守旧派に肩入れする裏切り者」といった多くのご批判も頂いている。もっともな批判も多いが、誤解も少なからずある。そこで、同著執筆の意図をここでもう一度簡潔に述べさせていただきたいと思う。>

 というのが寄稿の理由だそうだ。「誤解も多い」というのが中谷氏らしい。

 <同著執筆の意図は、結論的にいえば、アメリカ流の新自由主義思想に基づく改革を進めていくと、「社会」が分断され、日本という国が持っている伝統的な良さや日本産業の競争力が失われていくという点について、私の遅ればせながらの「気づき」を率直に書いてみたかったということに尽きる。>

 これは執筆意図である。

 <もともと、アメリカの個人主義的価値観に基づいて形成されてきた新自由主義思想を、国情の著しく異なる日本という国にそのまま当てはめるのは無理があったし、事実、その結果、日本社会のあちこちに「ほころび」が出始めている。>

 オイオイ、そこまでスラッと言うから誤解されるんだろう、あなたは。

 <筆者がかつて信じた新自由主義とは何であったか。この考え方は今でも多くの経済学者に支持されている考え方であるが、それは、資源配分は可能な限り、個人の自由意思が反映される「市場」に任せるべきであり、「国家」はできる限り市場への介入を避けるべきであるという考え方である。すなわち、個人の自由(と自己責任)を最大限尊重するために、政府は小さければ小さいほど良いとする考え方と言ってもよい。>

 随分とくだけて書いている。一般向けにはこの説明でいいのだろうが、その根本理念は違うのだ。

 <私が懺悔しなければならないのは、「市場」を信用しすぎた点である。実際、「市場」はどの程度信用できるのであろうか。今回の金融危機が示していることは少なくとも2点ある。>

 市場を信用しすぎたのですか。

 <一つは、経済学でいうところの「市場の効率性」は、市場参加者がすべからく完全な情報を有していることを前提にしているが、これは虚構であるという点。現実世界では情報は著しく非対称的であり、情報優位に立つ者が「強欲」に基づいて「市場」を操作する現実は「市場」が効率的でないことを示している。>

 なるほど、情報の非対称性を持ってきたか。これは近代社会に限らず、江戸時代でもそうだったのだけど。

 <もう一つは、「市場」は本源的に「投機」であり、必ずバブルの生成とその崩壊を来すという点。事実、市場の歴史はバブルの歴史でもあった。グローバル資本主義が跋扈した最近年だけをとってみても、1987年ブラックマンデー、1990年日本のバブル崩壊、1997年のアジア通貨危機やロシア通貨危機、2001年のITバブル崩壊、そして今回の金融危機と続く。>

 それはそうだ。

 <むしろバブルは「常態」なのであって、決して例外的現象ではなく、従って、「市場」は適切に管理されなければならない。この点はもっと強調されてしかるべきであると思う。>

 これはいかに強欲資本主義と批判される新自由主義者だって言っていることじゃないの?

 <さらに重要なのは、グローバルな市場が世界経済活性化に貢献したことは認めるにしても、それが所得格差を拡大する機能を持ったという点である。しかし、多くの経済学者は次のように反論するであろう。競争によって格差が発生したとしても、民主主義的な手続きを経た「国家」が税制や社会保障政策によって適切な所得再分配を実行に移せば、格差は是正され、その弊害は是正されるはずだ、と。>

 所得格差の拡大、貧富の差ときたか。

 <しかし、この考え方も、市場万能の考え方と同様、ナイーブな考え方である。なぜなら、民主主義もどう考えても万能ではないからである。というのは、競争の勝者が政治に与える影響力は敗者よりもはるかに大きいからである。まして、「格差は自己責任」とみる新自由主義者が支配的な影響力を持つ社会では、格差是正は不可能である。>

 「格差是正は不可能」ときた。言うことが少しエキセントリックなところが受けるのだが、逆の立場のなっても、今までの自分のいた陣営をエキセントリックに責めるんですね、中谷さんは。何か、「中庸」という言葉から最も遠いところにいる人のように見える。

 <日本ではこの20年ほどの間に年収200万円以下の貧困層が激増した。非正規労働者が増え、正規労働者との不平等感が蔓延している。その結果、一体感を誇っていた日本社会が急激に分断され、それがかつての日本社会の「温かさ」を失わせている。企業組織内にも従業員間の分断が起こっており、それはおそらく日本企業の中長期的な競争力を損なうことになるだろう。>

 今、流行ですね、この種の議論。

 <もちろん、われわれは「市場」を否定することはできない。「市場」はおそらく人類最大の発明の一つであり、誰しもそこで得た自由を失いたくはないからだ。しかし、だからといってわれわれが「市場」に振り回されては何にもならない。われわれは「望ましい」社会を構想し、それを創るには「市場」をどう抑制し、どう利用するかという視点で改めて「市場」と向き合う必要があるのではないだろうか。>

 言っている方向は正しいと思うのだが、自分の理論の何を反省したのか、がよく見えないのです。「転向」には少なくとも、市場という新ダーウィニズム的な自由主義と国家権力を牽制しながら民間人同士の関係も規定する民主主義とをどう整合させるか、という思想的な生みの苦しみが必要なのではないでしょうか。

 このまま浮付いた議論だけしていると、単なるご都合主義者のように見られてしまうのではないでしょうか。

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やはり「2島返還論」を口にしていた麻生太郎首相~毎日新聞、読売新聞2月18日夕刊

 やはりそうだった。麻生訪露である。毎日新聞2月18日夕刊1面4段記事<北方領土返還/「4島」こだわらず/日露首脳会談/首相が新手法言及>で報じている通りだ。

 昨日、書いたように麻生首相は訪露前に外交面で得点をあげるにはどうしたらいいか、いろいろと画策をしていたようだ。その画策に飛び付いたのが金がなくて困っているメドベージェフ大統領だ。メドベージェフ氏が責任者をしていたこともある「かつて知ったる」サハリン2の稼動式を舞台にその取引は始まったようだ。

 と思わせぶりを書くよりも毎日新聞夕刊を読んでみよう。ユジノサハリンスクについて行った大谷麻由美記者の記事だ。

 <麻生太郎首相は18日午前、ロシア・サハリン州ユジノサハリンスクでメドベージェフ露大統領と会談した。会談後、麻生首相は記者団に、北方領土問題について「新たな、独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」と語った。四島返還について「4島の話は向こう(ロシア)が2、こっちが4ではまったく進展しない。日露間すべてに引っかかっている問題だ。政治が決断しなければいけない」とも述べた。また両首脳が、プーチン首相の5月の訪日でも合意したことを明らかにした。>

 が前文である。もっと見よう。

 <会談でメドベージェフ大統領は「両国の互恵的協力を拡大したい。日露間の政治対話が積極的に行われていることを心から歓迎する。金融サミット、イタリアサミットでも必ず個別会談を行うつもりだ」と発言。麻生首相は「ロシアはアジア太平洋地域の重要なパートナーだ。日露双方の関心事項の話を続けて行きたい」と述べた。>

 これはお互い「建前」なのだろうが、案外、この建前は重要だ。

 <両首脳の会談は昨年11月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席に合わせてペルー・リマで行って以来2度目。>

 これはどうでもいい部分だ。

 <北方四島の領土交渉でメドベージェフ大統領は昨年、麻生首相との初会談で「この問題の解決を次世代に委ねることは考えていない。首脳の善意と政治的意思があれば解決できる」と発言していた。 両首脳は両政府の懸案である「ビザなし交流」問題も協議。ビザなし交流は北方四島の元島民や人道支援目的などに限って身分証明書などで四島に渡航できる仕組みだが、ロシア政府は1月、国後島に渡航しようとした日本の支援団に「出入国カード」の記入・提出を要求。日本政府は「カード提出は北方四島をロシア領と認めることになる」と反発し、支援を中止している。>

 麻生提案の詳しい内容には触れていなかった。でも「やっぱりネ」だった。

 読売新聞は尾山宏、緒方賢一両記者の記事だった。ダブっている部分は飛ばして核心だけ見てみよう。

 <両首脳は5月にプーチン首相が来日することで一致し、領土問題を政治主導で解決していく方針を確認した。会談終了後、首相は記者団に対し、「領土問題について、新たな独創的で、形にはまらないアプローチで我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速させることで一致した」と述べた。そのうえで、日本が返還を求めている北方4島に関し「向こうは2島(返還)、こっちが4島では進展しないのだから、これまでの宣言、条約などを踏まえ、役人に任せていてはだめで、政治家で決断するということだ」と説明した。>

 が眼目だろう。

 <メドベージェフ大統領は、昨年11月にペルーで行われた麻生首相との会談で、領土問題の解決を「次世代にゆだねることは考えていない」と述べていた。今回の会談で両首脳は、改めて、早期に問題解決を目指す方針を確認した。プーチン首相は政権に強い影響力を持っている。18日の会談で大統領は、「対話を歓迎する。互恵的協力を拡大するため努力したい」と述べた。首相は「ロシアはアジア太平洋地域における重要なパートナーだ。日露双方の関心事項の話を続けていきたい」と応じた。両首脳は、ロシア極東・東シベリア地域の開発に日本が協力することでも一致した。>

 細かい言葉遣いは違うが、大体は同じだ。結局、麻生首相はここに政権の命運を賭けたのだ、と思う。そうかぁ、ロシアだったのか! ちょっと思いも寄らなかった。金融に詳しく、財務相からの秘書官も周囲の物言いを封じて国際金融極から呼ぶなど、大胆な配置をしていたが、この振り付けは外務省のラインではなく、別の谷内正太郎元事務次官に連なるラインなのだろう。誰なのだろうか?

 それにしても気になるのは同じ時期、モスクワを訪問した小泉純一郎氏の動きだ。麻生首相と連携しているのかどうか。国内政局で対立していても外交では手を組むのは当然の話で、日中国交回復の時に佐々木更三社会党委員長に大平正芳氏が協力要請したり、竹入義勝公明党委員長の「竹入メモ」などは有名だ。小泉氏と麻生首相が役割分担して動いたとなれば、相当にいい線が出てきた、ということか。2島返還で済ます、となれば国内は大揺れになる。

 今回の日帰り訪問では双方ともそれ以上はしゃべらないだろうから、今回は分からないが、5月のプーチン来日でほぼ内容を確定できるのか。

 麻生氏の発言を素直に聞けば、外務官僚には任せずに、政治家とその助っ人が動いている形だろう。したたかなロシアに騙されなければいいが。何しろ、麻生太郎氏は人がいいから。

 でも、麻生氏がそこまで考えているとしたら、5月前の辞任劇や衆院解散はないということだろう。さて、どうなるのか?

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面白きこともなき世を面白く:高杉晋作=榊原英資=近藤勝重~毎日新聞2月18日夕刊から

 毎日新聞2月18日夕刊特集ワイド面に近藤勝重・専門編集委員の連載コラム[しあわせのトンボ]が載っていた。今回のテーマは<生き方再発見の時代>。読むとはなしに見ていたら、

 <先夜、MBSラジオの「ニュースレーダー」に旧大蔵省時代「ミスター円」で鳴らした早大教授、榊原英資氏が出演して、持論の円高国益論を語ったあと、こう続けた。

 円高は物が安く買えますから、庶民にはプラスなんです。食材を安く買って来て自分で料理するんですよ」

 自分で料理すれば節約もでき、達成感もあるわけで、ぼくは大いに共感した。

 氏は近著「榊原式スピード思考力」の中で今日の不透明な時代にふれて、<見方によってはチャレンジングな時代であるともいえます>と高杉晋作の有名な辞世の句「面白きこともなき世を面白く」を引いておられた。>

 という文章に目が行った。

 へぇー、知らなかった。榊原氏がラジオに出演していたんだぁ、と思って、その内容に私も共感した。

 ルービン元米財務長官の「強いドルは米国の国益」という意味での「円高国益論」とは違うと思うが、円高という現象、日本の国力の強さをある程度反映していることは間違いない。

 円キャリートレードに代表されるように、政府・日銀が政策として円安に誘導して弱い円が世界にばらまかれた。一時的には日本の輸出産業にプラスだったのだが、ツケは思ったより早く回ってきた。円キャリで世界にばら撒かれた円が世界の過剰流動性を作り出していたのだ。

 米住宅バブルの崩壊が世界金融危機にまで発展した理由は金融工学の異常な発達だけでなく、安い円=過剰流動性の創出が大きな原因だった、とは浜矩子氏もベストセラーの岩波新書で述べておられる通りだ。

 イタリアの通貨が円のようにリラ高になることはありえない。円は様々な政策手法の結果とはいっても、国際的な評価の元で円高になっている。だから、この円高を楽しもうよ、というのが榊原氏の提案なのだろう。

 ただ、そうは言っても「じゃあ日本は何で食っていけばいいのか」という強烈な反論が来る。そこで、榊原氏は近著の「メルトダウン」で農業の抜本改革を提案しているわけだ。

 コラムに戻ろう。

 <何かを得れば何かを失う。逆に何かを失えば何かを得る。得失は表裏一体、それは道理と言うべきで、世の中も大きくは得つつ失い、失いつつ得るということを繰り返しているのだろう。そうだとすると、考えようである。>

 この辺が近藤おじさんのコラムの真骨頂である。

 <目下の時代を、ただただ失う時代ととらえ絶望視する向きもあるようだが、人間としてのたしなみとか節度を再び得て、あるいは自然への謙虚さといった次代につながる価値を手に入れ、そこに新たな幸せが感じられるのなら、ことさら悲嘆にくれることもないのではなかろうか。>

 として、山歩きが趣味の夫婦の話を紹介し、

 <ヒルティの「幸福論」は、主としてキリスト教的倫理観を背景に仕事の価値が論じられている。ユングの「幸福の5条件」も、その一つに「朝起きた時、その日にやるべき仕事があること」とある。労働をおいては幸福感も乏しいだろう。そこに今日の雇用問題の深刻さもあるわけだが、一方で時代は働くとは?と再考をうながしているかもしれない。いずれ農林業など大地での労働は若い世代にも見直されるのではなかろうか。>

 と、近藤氏も農業に目を向ける。

 <いかに生きるか。おそらく今はめいめいが社会との関係を見つめ直し、自分にふさわしい生き方を再発見すべき時代であろう。面白くもない世に面白さを見つけ、またそのように見方を切り替えることができれば、大丈夫、何とかなるさと顔を上げて生きられそうに思えるのだが、どうだろうか。>

 大賛成だ。経済がシュリンクしたって、ある程度は当然という面もある。人口が減っているのだから、国のGDPは落ちるだろう。つまりマイナス成長である。でも、1人当たりGDPがそんなに落ちなければいいわけで、物差しを国のGDPだけに固定するものの見方が古くなっている、と思う。

 総幸福指数を基準にしろ、とは言わないが、いずれにしろ、現代経済学の限界論をもっと深めて、政府統計も徐々に変えていく時代になったのだ、と思う。

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2009年2月17日 (火)

中川昭一氏に構っている暇はない:麻生首相の危険な対ロシア譲歩案~テレビ朝日ニュースショーは相変わらずひどかったが+産経新聞2月12日、17日朝刊、毎日新聞2月16、17日朝刊

 中川氏の辞任についてまたテレビ朝日の夜のニュースショーを見るともなく見ていたら、VTRのニュースまとめの後に、例の男性キャスターがしゃべるのだが、「麻生首相の任命責任を考えるとき、どうだったのかな、と考えるんですが」などという言い方をしていた。

 この人の癖なのだろうか、視聴者を一方向にリードしようという言葉だとは思わないのだろうか? 今日は朝日新聞編集委員の星浩氏が隣に座っている。

 星氏も「自民党内で麻生をやらせ続けるマイナスと4人目を選ぶマイナスを比べて、続けさせるマイナスのほうが大きいという意見が強くなっている」と言って、谷垣、野田聖子、舛添氏らの名前をあげていた。

 「辟易している人が多い」「3月末で多くの人が路頭に迷うと言われている」「予算が大渋滞して何もできていない」など、キャスターが言う。

 星氏はオバマ大統領と麻生首相との政策はとても似ているのだが、やっている人が国民の信任を得ているかどうかが違う、などとしゃべっていた。

まとめはまた、例のキャスターの「総選挙しかありませんね」式の麻生批判だった。

 何か、この番組を見たくないのだが、家族が見ているので、見てしまう。やはり、おかしいのではないか、と思う。ものの言い方が論理的でないのだ。

 テレビに論理を求めるのは八百屋で魚を…といわれるかも知れないが、冷静に考えてほしい。テレビでもいろいろあって、スポーツ番組ならばスポーツ番組だと思って、大げさな言葉遣いをするだろうという予断を持って見るから、別に大きなことを言われても、何だ大げさな、ですんでしまう。それが娯楽番組ならなおさらだ。

 しかし、報道番組は一応は事実を伝えてくれている、と思って見ている。薄っぺらいキャスターの感想を聞かされると、洗脳教育を受けているようで非常に不愉快になるのだ。

 麻生首相の任命責任と言うが、麻生首相は「任命した責任はあるが、仕事はちゃんとやってくれていた」と言う。それは確かなのだろう。ただ、野党は選挙を考えて徹底的にそこを突くだろうが、事実関係としては、任命責任問題は中川氏の辞任で終わりだろう。自民党内が麻生おろしをするかどうかは、自民党の衆院議員らの自分の生き残りのための行動・言論だから勝手に言いあえばいい。ただ、本当に総理大臣の首のすげ替えをするとなれば、そうはいかない。それは国民に関わる政治行動なのだから、口にするのと行動に移すのとはゼロと1000の違いくらい大きな違いだ。

 最大の問題は国際的な舞台で醜態をさらした主要閣僚のけじめをどうつけるか、だったはずだ。そのけじめは中川氏が自分の行動を恥じて辞任したことで一段落したのではないか。

 あとは早く政府予算案を成立させることだ。何しろ予算を上げなければ何も始まらない。

 星氏が言っていたように米国でも日本でもできることは限られている。限られた財源を有効に使うためにはスピードがどうしても必要だ。

 野党も協力してほしい、と喉から手が出るほど言いたいが、それは違うと思うから言わない。

 この難局の打開れは政権与党の責任なのだ。

 政権与党のトップが小沢氏に土下座してでも早期成立を図り、あとは国民に信を問えばいいではないか。

 しかし、自民党の議員たちが縮こまってしまっていて、衆院解散はいやだ、となれば、9月までズルズルとこのまま行かざるを得ない。

 今の憲法ではどうしようもない。憲法の持っている限界なのだ。だかrふぁ、その打開には知恵を絞るしかない。

 約10年前、小渕首相は金融国会で野党案を丸呑みして、危機を切り抜けただけでなく、政策新人類たちの友情を梃に与野党の橋渡しもある程度できるようになった。

 つまり、麻生首相はまだ野党案を丸呑みするというウルトラCの策が残されているのだ。09年度予算案だけでは不足だ、と野党も言い、エコノミストも言っている。野党の案を取り込んで予算修正をすればいい。三木政権だったか福田(父)政権だったか、野党が予算書の書き換えを伴わない修正を行わなければ採決に応じない、とごねたことがあった。自民党は結局応じて、修正予算案を可決、成立させたのだったと思う。

 昔から予算案はそんなものなのだ。70年代の与野党伯仲でそうだったのだから、与野党逆転参院を抱えて、政府案のまま成立させようというのが虫がよすぎる、と覚悟しなければならない。

 実はこの策は示現流の極意に通じるものがある。死ぬ気で相手の懐に飛び込むことで、死中活がありうるのだ。

 このままでは自民党はいいところ全くなしのまま消えていくようにも思われる。自民党はそんな軟な政党だったのか。もう少し根性を持って国会に臨んでほしい。

 というのは、自民党議員にとって敵は民主党議員ではないからだ。敵は世界である。

 麻生首相はロシアのユジノサハリンスクに行く。メドベージェフ大統領と会談する。

 ロシアの思惑含みの首相招待か、と思っていたのだが、どうもそうではなかったようだ。谷内正太郎元外務事務次官が裏で動いて日本側から働きかけた会談だったそうだ。それをいかにもロシア側からと見せかけるところなど、麻生首相も案外やるじゃないか。(竹内氏ではなく谷内氏のようです。訂正します:2月18日午後3時半)

 ところが、外交で得点を稼ぎたいという首相の背伸びはとっくに相手国に見抜かれている。ロシアはまず、南樺太というポツダム宣言で日本から領有権を略奪した領土に日本の首相を招き、南樺太がロシア領であることを日本人に鮮明にすることができるという、黙っていても得るメリットがあり、もしかすると経済協力も得られるかもしれない。

 何よりもロシアにとって大きいのは北方領土問題を麻生方式で解決するメリットだ。歯舞色丹2島の返還と国後択捉2島の経済開発協力で手を打とうというのが麻生案だ。麻生氏が外相当時から温めていた案らしいが、これはロシアにとっては願ってもない解決策だ。

 西正面ではEU諸国とガスパイプラインで衝突し、いつもは味方をしてくれるドイツ、フランスまでロシア批判に転じた。グルジア問題では米国との間がおかしくなっている。

 ロシアの最大の問題は石油価格の急低下だ。設備投資をしたものの、債務返済もできず、困りぬいている。日本のカネがほしくてたまらない。でも、領土問題がネックになっている。

 そんな時、麻生案は最高に飛びつきやすい案である。プーチン首相のロシアではなく、今はメドベージェフのロシアが進みつつあるという。メドベージェフ氏はプーチン氏などを無視して決断ができるはずだ。

 2島返還でいいのかどうか、その際に平和友好条約締結をどう絡めるのか、麻生流の「勝手でしょ路線」が外交で繰り広げられると危険ではないか。

 実はいつまでも中川昭一さんなどにお付き合いしている時間は日本人にはないのだ。おとなしく引っ込んでほしい。もういじめないから、次の選挙には出ないほうがいいんじゃないのか。酒乱では国会議員は務まるまい。

 後で気付いたのだが、毎日新聞2月17日朝刊国際面のコラム[潮流]でロンドンの町田幸彦特派員が<サハリン訪問の軽挙>のタイトルで首相がサハリンに行くことをなぜ誰も止めなかったのか、と怒っていた。この問題は朝日新聞のまとめ記事が発端で、その後、産経新聞2月12日朝刊1面トップ<首相、18日サハリン訪問 露帰属を容認?/実利優先主義に危惧も>で詳報していたものだ。

 まずは、産経新聞の記事のエッセンスをコピペしておく。

◆2月12日産経新聞朝刊1面トップ<サハリン帰属>の記事

 <サハリンは日本では「樺太」と呼ばれ、南部は終戦時まで日本領だったが、旧ソ連の一方的な侵攻で占領された地だ。麻生首相は資源開発への協力関係の構築を通じて北方領土問題の進展を図るためにサハリン訪問を決断したが、帰属未確定のサハリンへの首相訪問は、日本の間違った外交姿勢を伝える場にもなりかねないと危惧する声があがっている。>

 というような前文で、

 <サハリンは、日本国民にとって複雑な感情を抱かざるをえない地だ。明治38(1905)年の日露戦争後のポーツマス条約で、北緯50度以南のサハリンが日本領となり、日本政府は現在のユジノサハリンスクのある場所に「樺太庁」を置いた。だが、昭和20(1945)年の第二次大戦終戦直前の8月9日に旧ソ連が侵攻し占領。26(1951)年のサンフランシスコ講和条約で日本はすべての権利や請求権などを放棄した。とはいえ、旧ソ連が講和条約に不参加だったため、日本政府は北方四島を除く千島列島と南樺太の国際法上の帰属は「今も決まっていない」という立場だ。>

 というのが事の本質の説明だ。また、その後の動きとしては、

 <サハリン沖での石油・天然ガス開発に対する日本側の協力が本格化するにつれ、日本への渡航者のために査証(ビザ)発給手続きが増加。日本政府は平成9(1997)年にユジノサハリンスクに出張駐在官事務所を新設した。さらに、サハリンでの邦人保護の必要性が高まったとして、13(2001)年に総領事館に格上げした。>

 としっかり書いている。

 つまり、外交的には2001年の段階で事実上、ロシア領と認定していたことになるのだが、まだ言い逃れができた。それが麻生首相が外国訪問の地として訪問すれば、それが単なる既成事実ではなく、日本の意思となる、ということだ。

 産経新聞は日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長の「北方領土問題が全く動いていないときに、日本の首脳がサハリンを訪問すべきタイミングなのか。旧ソ連の軍事行動を承認することにはならないか」という批判的コメントを掲載していた。

 また、「サハリン2」の説明もあり便利なのでコピペしておく。

 <サハリン2=ロシアがサハリン周辺地域で進めてきた石油・天然ガス開発事業のひとつ。推定可採埋蔵量は石油11億バレル、天然ガス5000億立方㍍。国際石油資本のロイヤル・ダッチ・シェルや三井物産、三菱商事が出資して平成11(1999)年に生産を開始したが、ロシアが「環境破壊」を名目に国で管理する政策を強めたため、途中から政府系企業ガスプロムが経営権を握った。天然ガスをいったん零下約160度に冷却して液化天然ガス(LNG)に加工し、タンカーで輸出する。>

 というものだ。

 毎日新聞の町田特派員の記事もほぼ同じようなものだったが、主張がきつい。

 <領土交渉で微妙な場所であるサハリンに、首相の戦後初の訪問という重要な外交カードをいともたやすく差し出してしまった。歯舞、色丹、国後、択捉4島はロシアの強制区画上、サハリン州に属する。>

 として、産経新聞が書いたような歴史を詳述し、

 <平和条約のない日露間に国境は画定していない。>

 <ロシアはここぞとばかりに日本の首脳のサハリン訪問を都合のいいように国内で喧伝するだろう。>

 と口を極めてロシアを非難している。前モスクワ特派員とすればロシアへの悪感情は分からなくもないが、コラムなのだから、もう少し巨視的に見たほうがいい、とは思うのだ。しかし、町田氏の言わんとすることはよく分かる。

◆小堀桂一郎氏の樺太論~産経新聞2月17日から

 この問題に関しては学術的に論考している人がいた。東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏である。産経新聞2月17日「正論」で<樺太を露領と認めたのはいつか>のタイトルで論文を掲載していた。内容を見てみよう。

 <米国に史上初の異色の大統領が登場し、その政治がいよいよ開始されたことから、報道界や論壇の耳目はそちらに集中し、我が国内の重要な問題に向かふべき注意が疎かになつてゐる嫌ひがある。>

 という書き出しだ。旧かな遣いである。

 <2月7日の北方領土の日に開催された北方領土返還要求全国大会に麻生首相が出席し、領土問題の最終解決に向けての決意表明をされたのは結構だつたが、その姿勢を支持乃至批判する様な論壇の関心が特に紙上に見受けられたわけでもない事に、或る淋しさを覚える。>

 として、

 <建国記念の日の祝賀式典について、政府が此事に寄せる公的な祝意が数年来次第に稀薄になつてゆく現状に対しては当日の本紙「主張」が憂慮を表明してゐるし、筆者も昨年のその日付の本欄で「国民的団結」と「主権の尊厳」といふ契機を焦点としてこの祝日の意義を再考し、それを実践的な行動に反映させる事を訴へた。この二つの契機を殊に本年北方領土問題を考へるための踏台として再認識することを再度訴へたい。>

 とまずは建国記念日への注文だ。そして、

 <麻生首相はメドべージェフ大統領の招待に応じて、領土問題についての会談のためサハリン(樺太)を訪問するといふ。その積極的姿勢は一応評価に値するが、然しそれには、本紙2月7日付の主張が述べてゐる如く〈日本は戦後、サハリンを放棄はしたが、その帰属がロシアにあるとは認めていない。首相訪問はそれを自ら認めることになる〉との危惧の声が生ずるのも当然である。>

 と、論点が樺太に移る。

 <ところで、筆者の本日の意見はそこに関はつてくるのだが、本紙の翌8日付第2面の記事にも見えてゐるこの危惧の念と警告は、もはや手遅れといふべきではないか。>

 となぜか悲観的だ。

 <何故ならば、平成13年(2001年)1月の事、日本時代の豊原市、現在サハリン州の州都になつてゐるユジノサハリンスクに、日本政府は総領事館を設置してゐる。領事館を開設したといふことは、日本政府がその地をロシア領であると認めての上であると解されるのだから、日本外務省は麻生氏の訪問に俟つまでもなく、サハリンがロシア領である事を既に認めてしまつてゐるのである。〈その帰属がロシアにあるとは認めていない〉といふ本紙の主張は、他ならぬ我が外務省によつて夙に否定されてゐる事になる。

 先ほど書いた通りである。

 <最近或る知人から工藤信彦著『わが内なる樺太』といふ論著の存在を教へられた。工藤氏は樺太生れで戦前から戦後にかけての樺太といふ島の歴史と運命を極めて着実に考察してきた人の様であるが、平成13年のサハリンでの総領事館開設(駐在事務所の昇格)事件の不条理を「樺太連盟」の機関紙で直ちに広く訴へたのに、それは政界からも学界・言論界からも何の反響も得られなかつたらしい。氏が外務省国内広報課に見解を質したところ、返つてきた答の中に〈サハリンにおけるロシアの実効支配が長く、現在では外国人の出入りが認められ〉云々との説明があつた由である。>

 なるほど、工藤信彦著『わが内なる樺太』か。読んでみたい本だ。

 <この説明に少々注釈をつけるとすれば、この〈実効支配〉の一語こそは所謂「既成事実への屈服」といふ日本の外務省に特徴的な心的機制の修辞であり、しかもそれは客観的にその実在を認めざるを得ない確たる事実についてとは限らず、相手が政治的意図を以て造り出してゐる虚構を、それと戦ふだけの努力を厭ふが故に偽善的に公正を装つて認めてゐるといふ場合が多い。竹島の不法占拠に毅然たる対応ができないのも、実効支配といふ擬装に怯気づいて、屈服といふよりは横着を決め込んでゐるだけである。>

 その通りだ。外務省がいけない。政治家にも責任がある。

 <「従軍慰安婦」問題といふ露骨な虚構による恫喝に脆くも屈服して謝罪談話を出し、国家国民全体の名誉を敵に売渡して自己一身の安泰を図つた政治家の醜行も同じ横着に発する。因みに当時のイワノフ露国外相と水面下の取引をしてサハリン領事館の開設を企んだのは「従軍慰安婦」問題で国民の顔に泥を塗る罪を犯した男と同一人物である。>

 河野洋平氏だったのか。犯人は。

 <金持ち喧嘩せずといふ俗諺がある。紛争の負担を避けるためには謂れなき侮辱や不利益を忍ぶ方がよいといふ選択は、私人の次元でならばそれも又宜しといふ場合があり得よう。然し、国家の名誉と尊厳とに責任を有する、外交折衝の現場の人間がその選択をするといふのは端的に売国奴の所業である。サハリン領事館開設事件が広く一般の認識に達してゐなかつたのは、当事者が己の売国的行為に対する疾しさを自ら感じてゐて、出来る限りその始終を人眼から隠す工作をしてゐた故ではなかつたか。国家主権の尊厳についての感覚の無残な欠如である。建国記念の日の意義をめぐつての深刻な憂慮のたねが又一つ増えた。>

 「売国的行為」などきつい言葉が並ぶが、小堀氏の怒りもよく分かる。こういう筋の通った人がだんだんいなくなる。

◆最近の日露交渉史~2月16日毎日新聞[読む政治]から

 毎日新聞2月16日朝刊[読む政治]には次のような簡単な日露交渉史が書いてあった。

 <68歳の麻生太郎首相が25歳年下のメドベージェフ露大統領と会談するのは、昨年11月22日、ペルー・リマでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)以来2回目だ。この時、麻生首相は日露交渉の現状について「(ロシア側の)官僚のメンタリティーを打破してもらう必要がある」と単刀直入に注文を付けた。首脳間で平和条約交渉の促進を確認しても、事務折衝段階でロシア側の態度が硬直的なため、日本外務省が首相に振り付けた発言だった。

 これに対し、大統領は「どこの国でも官僚の抵抗はある。より重要なのは首脳の立場だ。首脳の善意と意思があれば解決できる」と答えた。同時にそばのプリホチコ大統領補佐官をにらみつけたところ、補佐官は隣のラブロフ外相を指さして「こいつです」という仕草をし、外相が下を向く場面があった。

 日露交渉は、旧ソ連の崩壊過程から浮沈を繰り返している。1993年の「東京宣言」は北方四島の帰属問題を明記し、1997年の「クラスノヤルスク合意」は2000年までの平和条約締結を目標に掲げたが、進展がないまま頓挫した。

 2001年3月の「イルクーツク声明」は日露が最も接近した事例の一つだ。当時のプーチン大統領は歯舞、色丹2島の返還を明記した日ソ共同宣言の有効性を公式に確認し、「2島先行返還」が現実味を帯びて語られた。しかし、森政権を継いだ小泉純一郎首相が田中真紀子氏を外相に起用したことにより、日露関係は大混乱に陥る。以後、静観を続けてきたロシアの姿勢に日本側が変化を感じ取ったのは、昨年7月の北海道洞爺湖サミットで初来日したメドベージェフ大統領の発言だ。

 福田康夫首相との会談で大統領は、平和条約の不存在が「支障になっている」と述べるとともに「平和条約は領土問題を最終的に解決するものでなければならない」との考えを明らかにした。さらにサミット直後に大統領が承認した外交政策概念には「国境の国際法上の形式を整える作業を完了する」との一文があった。

 「プーチンより前向きなのではないか」。日本側はそう受け止める一方、双頭体制のロシアでプーチン首相とのすり合わせができているか不明だった。

 昨年9月11日、ロシアが西側の学者やジャーナリストを集めた「バルダイ会議」の報告を聞いて、日本側は意を強くした。日本から招かれた下斗米伸夫法政大教授がプーチン氏に大統領発言の真意を直接ただしたところ、「あれは従来の我々の政策を拡大発展させたものだ」という答えが返ってきたためだ。下斗米氏は「ロシア経済が予想以上に悪いことを背景に、対日重視路線を加速させているのだろう」と見る。

 以上だ。1分で分かる日露交渉史という感じだ。

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北朝鮮の「テポドン2」発射は2月25日か4月15日か~読売新聞2月17日朝刊から

 読売新聞2月17日朝刊国際面トップ<北、交渉に米誘い込み/ミサイル「予告」/月末発射の可能性>は勉強になった。

 北朝鮮が16日、テポドン2号(射程4300~6000㌔㍍)とみられる弾道ミサイル発射を「予告」した意味合いと、北の発射時期に関する予測、まとめでソウル支局の浅野好春特派員の記事だ。

 発射予告の意味合いとして①2月16日に67歳の誕生日を迎えた金正日総書記の「祝砲の前触れ」②オバマ政権を対話に引きずり出すメッセージ、だ、としている。クリントン米国務長官がアジア歴訪前にニューヨークで北朝鮮の核放棄を前提に「2国間関係を正常化する用意がある」と表明したことに対する「回答」だ、というのだ。

 そして、実際にミサイルが発射された場合、オバマ政権は当初は強く反発するものの、最終的には交渉解決に転換せざるを得なくなるとの読みが北朝鮮側にある、という。6カ国協議中心の核問題とは違い、ミサイルは米国を標的にしており、米朝直接交渉で扱わざるをえないので、今回わざわざ予告し、米側が早期交渉に応じれば発射取りやめもありうる、という誘いのポーズだったと見ている。

 重要なのは発射時期に関する記述だ。要点を箇条書きにする。

▽16日付韓国紙・中央日報によると韓国軍高官の情報として発射に必要なすべての機材は北東部の舞水端里基地にすでに運び込まれたが、ミサイル本体はまだ発射台に据え付けられていない状態。

液体燃料注入などに時間を要する。同紙は2006年7月のテポドン2号発射の際には発射台据付から20日後に発射された、としている。

一部報道では技術改良が進み、今回はより早く発射できるとの分析もある。

韓国では早ければ2月末には発射可能との見方が支配的。2月25日の李明博大統領の就任1周年にぶつける可能性がある、との指摘もある。

▽韓国国防研究院の白承周・安保戦略研究センター長は「ミサイル発射は祝砲の意味を込めて4月15日の金日成主席生誕97周年前後を想定していると考える」と分析している。

 以上だ。

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中途半端な処置は破綻を広げる:中川昭一財務・金融相の即時辞任を求める

 中川昭一財務・金融担当相が17日、政府予算案の衆院通過後に辞任する、と記者会見で明らかにしたらしい。なぜ今すぐ辞めないのか? 何か勘違いしてはいないか。野党がこのような状態で国会審議に応じるとでも思っているのか? このような処置しか出来ないようでは、麻生太郎首相は危機管理ができない総理大臣と言われても仕方あるまい。

 「100年に一度の経済危機」が口癖の麻生首相と中川財務相だが、大恐慌の経験を持ち出すまでもなく、政策の内容は兎も角、政府や関連自治体、民間がどれだけ早く手を打つことが出来るか、が今回の不況の深まり具合と関係しているのは政府関係者ならば十分に承知しているだろう。

 「衆院通過後」と中川氏は言うが、もしも「辞めてしまう無責任な大臣の答弁など聞けない」と民主党が審議拒否した場合、国民は「民主党は審議拒否してけしからん」と怒るだろうか? 私はそうは思わない。自分の不始末で途中で辞めざるを得なくなっただらしない大臣の出処進退の過ちにこそ責任あり、と見るのが常識的だと思うのだ。

 つまり、野党は堂々と審議拒否できる。野党だって深まる不況を防ぐために政府予算案を早期に成立させる必要性は十分認識していると思うが、議会制民主主義では役割分担がある。野党とすれば疑義のある予算案をそのままの形で成立させるわけにはいかないのは理の当然なのだ。もしも「100年に1度」を免罪符に野党に審議拒否しないようにお願いする気持ちで衆院通過までは、と言うのならば考えが甘いといわざるを得ない。

 中川氏が「お友達」である麻生首相の政権を大切に思うのだったら、自ら首相に申し出て即時辞任をすべきだと思う。

 与謝野経済財政担当相の財務相・金融担当相兼任を4、5時間前に提案したが、別にそれにこだわることはない。しかし、閣外から人を持ってくる余裕はないだろう。本来はこういう時には首相が兼任すべきなのだ。首相は内閣を総括する大臣である。予算の細かい数字についても答弁できなければならない、というのが建前だ。

 その建前ができるのだったら、ご自分で兼任すべきだし、そうでないのならば、閣内で誰か緊急避難的に答弁できる人を探して財務・金融担当相を兼任させるベきだ。

 与謝野氏の兼任となれば昔流に言えば大蔵大臣と経済企画庁長官の兼任である。言ってみれば、閣内で対立することのある部署の上に同一人物が立つことになるので、確かに望ましくはないし、長期にわたるべきではないが、今のような緊急事態に対処できる人物が閣内に他にいるだろうか? 首相だけでなく、責任を負うべき中川氏も沈思黙考して結論を出すべきだ。

 こんな時に国対政治に頼って、「衆院通過まで」などと格好をつけるものではない。

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どう見ても北朝鮮の権力闘争は始まっている~毎日新聞2月17日夕刊から

 「どうでもいいですよー」の世界に段々と近づいていくようだ。北朝鮮の後継者問題である。毎日新聞2月17日夕刊1面4段見出し<金総書記後継、混とん/「正雲氏」軍が通達>で北京支局の西岡省二特派員が書いていた。三男が後継者だろう、というのだ。前に韓国の聨合ニュースが韓国政府筋の話で流した情報と同じ結論なのだが、ソースが同じなのかどうか。記事を見てみよう。

 <北朝鮮軍の中枢機関、朝鮮人民軍総政治局が先月上旬までに、金正日総書記(67)の後継者に三男正雲氏(26)が選ばれたとする内部通達を出していたことが分かった。北朝鮮政権に近い関係者が毎日新聞に明らかにした。>

 という前文だ。次男の正哲氏(28)は朝鮮労働党の最有力ポストに就任している。軍が党を無視して三男を担ぐ、というのだろうか。毎日新聞は、

 <政権中枢で後継者選びが複雑化している様子が浮き彫りになった。>

 と無難に逃げていたが、何かとんでもないことが起きているのかもしれない。

 <後継者として有力視されているのは、映画女優だった成恵琳さん(2002年5月死去)との間に生まれた長男の正男氏(37)と、大阪出身の帰国者の高英姫さん(2004年6月死去説)との間に生まれた正哲、正雲両氏の男性3人。>

 というのはいつもの兄弟相関図。

 <関係者によると総政治局通達は軍部隊の思想教育用とみられ、正雲氏が後継者に選出されたことを明記し、軍大佐レベルまで伝えられたという。>

 とあるので、これはどうも本当らしい。

 <正雲氏は2007年まで金日成軍事総合大学で学んだとされ、容ぼうや性格が総書記に似ているという。朝鮮労働党ではなく軍に配属され、現在は党の副部長職に相当する軍の幹部職に就いているとみられる。>

 社会にも出ていないチンピラである。

 来月8日に行われる最高人民会議(国会)代議員選挙で正雲氏が平安北道内の選挙区で候補者登録をしたとの情報があり、党や軍の高級幹部は代議員が必須条件なので正雲氏も高級幹部就任を念頭に登録した可能性が高く、選挙は信任投票形式で、候補者登録が受け付けられれば、そのまま選出される、とある。ひどい国だ。

 関係者は、今回の通達は軍部の先走りの可能性があり、正雲氏後継者確定とは断言できない、と言うが、韓国の聯合ニュースが先月中旬、金総書記が正雲氏を後継指名、組織指導部が決定を1月8日に部内で伝えたと報じていた、とも書いていた。

 権力闘争が始まっていることは確かなようだ。

 米中はもう少し詳しい動きを知っているだろうし、韓国も独自ルートで情報を得ているだろう。

 だから、金正日総書記の健康が回復した、という韓国・米国からの情報は周辺諸国、特に日本を落ち着かせようという趣旨で流したとも考えられる。

 本当に元気ならば、こんな無様な情報漏れは許さないだろう。金正日総書記はグリップが効かない程、心身とも弱っている、と見るのが普通だろう。

 日本に本当の意味の情報機関がないことの怖さが徐々に出てくるのか。少なくとも、ヒル国務次官補のクリントン国務長官のアジア歴訪前に中国と韓国を訪問した事実を考えれば、6カ国協議は実質的に日本抜きで進むと考えたほうがよさそうだ。

 クリントン訪日はその慰撫工作だった、と考えれば辻褄はあう。

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麻生首相は泣いて馬謖を斬り、与謝野氏を3相兼任とせよ

 「三国志」の有名な話がある。

 蜀の武将・馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑される。馬謖は諸葛亮の愛弟子。他の武将の一部から「馬謖ほどの有能な将を」と慰留する声が出たが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と涙を流しながらも処刑に踏み切った、という故事だ。

 「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使われることが多いという。

 中川昭一財務・金融担当相は気骨のある人物だとは思う。しかし、G7財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で酔眼朦朧として、事実関係も間違えて、英タイムズ紙に「世界第2の経済大国の舵取り役が無能な酔っ払いのようだった」と書かれてしまっては、庇いようがない。ここは諸葛孔明の故事にならうしかあるまい。

 麻生太郎首相は中川氏の罷免をなかなか肯んじようとはしないだろう。内閣への痛手が大きすぎる、という気持ちと、自分を理解している数少ない閣僚の1人を捥ぎ取られる痛手を考えての判断だと思う。

 しかし、政治家のスキャンダルと一口に言うが、例えば宇野宗佑元首相の女性スキャンダルなどはかわいいもので、戦前だったら臍の下の話は笑って済まされた。中川秀直氏のスキャンダルも同じだ。しかし、中川昭一氏のスキャンダルは違う。国際舞台で日本を代表して雄姿を見せねばならない時に、無様な姿を晒し、日本の印象を落としたのだ。

 ここは首相に決断願って罷免の決断をしていただくしかないだろう。野党の問責決議案を待たずに、決意を見せてほしい。

 時あたかも予算審議中である。本来ならば首相が職務を兼任すべきだと思うのだが、麻生首相に財政・金融の答弁能力はないだろう。ここは閣議に出ており、経済運営の担当大臣をしている与謝野馨氏に財務・金融まで任せるしかないのではないか。与謝野氏ならば答弁も出来るだけでなく、今後の日本の財政・金融・経済政策をいい方向に導く力量を持っているし、官僚をうまく使いこなす術も心得ていると思う。

 首相は時をおかずに決断すべきだ。

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2009年2月16日 (月)

竹中平蔵氏が見落としている重要な部分~産経新聞2月16日朝刊[ポリシー・ウオッチ]

 竹中平蔵慶応大学教授(元総務相、元経済財政担当相、郵政民営化担当相)が2月16日の産経新聞朝刊1、2面の[ポリシー・ウオッチ 竹中平蔵]に<歪む政府介入>のタイトルで寄稿していた。いつも通りもっともらしい内容だった。主な内容を箇条書きすると、

▽グリーンスパンが言った「100年に一度」でみんな「大変だ」となっているが、大恐慌時の1932年の米国の成長率はマイナス13%で翌年の失業率は25%。今年は成長率がマイナス2~3%と予測されていること、金本位制時代に比べ、通貨量を調整する手段も財政政策の手段もあり、傷はまだ浅い。対応を誤れば重大事態になるが、単純に大恐慌と比較するのは危険だ。

▽「だから何でもあり」ということで安易な政策へのエクスキューズ(言い訳)になってはいけない。

▽財政金融政策をフルに活用した対応が必要。最も落ち込みが大きい日本が財政金融両面で最も消極的なマクロ政策しか行わないのはおかしい。補正予算と本予算をすべて実行してもマクロの財政刺激はGDP比2%程度と考えれている。米国はGDP比4~5%の刺激策を行い、中国が同じく5%程度の刺激策を行う中で日本の対応はいかにも小さく遅い。

▽本予算後の補正予算ではなく、本予算の修正で対応すべきだ。

▽金融政策でも昨年のマネーサプライの伸びは米国9%、ユーロ圏8%に対し、日本はわずか1.8%。日銀はCP(短期金融市場で信用度の高い大企業が資金調達を目的に発行する無担保の約束手形)の買い取りなど個別の流動性供給にはそれなりの対応をしているが、マクロの金融政策には極めて消極的。

▽日銀がこのような姿勢を崩さないため一部で政府紙幣を発行せよとの話も出てくる。

▽経済の落ち込みが最も激しい国で、諸外国よりもはるかに低いマネーしか供給されていない点を放置することはできない。

▽今、非金融機関(事業会社)への公的資金活用という政府介入の動きが生まれてきた。経済産業省が政策投資銀行を使って打撃を受けた一般企業(非金融機関)に出資することを検討中という。しかし、10年間の教訓が生かされるべきだ。10年前の金融危機の時、政策投資銀行を活用してダイエーなどに対する融資・出資が行われたが、結果的に誤った救済だった。融資をいくら重ねても業況は改善せず、失敗に終わった。結局、ダイエーは産業再生機構によって再生へと向かった。

▽政策投資銀行自体、今は民間金融機関だ。現状は100%政府出資だが、5~7年後には政府所有株式を処分して完全民営化されることが法律で決まっている。そんな銀行に対して傷んだ企業に出資させることを政府が強要すれば、結果的に完全民営化などできなくなってしまう。

▽下手をすると、こういう動きは「民営化つぶし」になる。

▽基本は存立できない企業は破綻させること。ただし、可能な限り清算型破綻ではな再生型破綻にし、コアビジネスへの特化と雇用の維持を図ることである。これを秩序立てて行う、混乱を避けて進める役割を、かつての産業再生機構は果たした。日米ともこうしたいわば「管理された破綻」こそが必要であり、政府による安易な企業救済は必ず失敗するし、一方で著しいモラルハザードを招く。

▽これは中長期的に一国の産業競争力を大きく低下させるだろう。

▽産業再生機構の経験を日本自身が思い起こすとともに積極的に世界に発信すべきだ。100年に一度という言葉をエクスキューズに何でもありの政府介入を実現させてはならない。

▽首相の「郵政民営化に反対だった」発言は政権に致命的。

▽本来のマクロ経済運営が行われず、一方で官主導の安易な政府介入が行われようとする中、麻生政権は一層求心力を失った。

 以上が竹中氏の分析と主張である。

 問題は企業破綻のススメの部分だと思う。経済理論的には正しいし、今の自民党はつぶれるべき企業や商店、農家を存続させているので生産性が上がらないのは確かだ。真の構造改革を進める必要があることは竹中氏に言われなくとも、結構多くの人が確信していると思う。

 ところが、小泉構造改革の結果を見てほしい。労働分野での規制緩和を無制限に進めた結果、労働分配率が下がっただけでなく、憲法で保障された人間的な生活すらできない「ワーキングプア」がどんどん生まれている。派遣労働者などの非正規労働者が労働者の3分の1を占める、という現状は異常としか言えないのではないか。

 日本は心身ともに欧米化する必要はない、と思う。どこかに、日本的共同体の温かさを残しながら、欧米と協調していけばいいのだ、と思うのだ。

 その場合、竹中式ショック療法が必要なのかどうか。もしも、ショック療法を行う場合にはセーフティーネットを完備してから行うべきだ。失業者を再教育して、雇用を見つける、新たな成長産業を育成する、などの前提作業を抜きにして竹中式ショック療法を行えば、日本の歪み、ひずみはもっともっと大きくなるのではないか。

 順序だてて考えるのはいいのだが、経済外的要素を入れ込みながら考えてほしい。人間は金だけで生きているのではないし、金にしても新古典派の経済学では割り切れない分野が大きく広がっていることを、もっと自省すべきだと思う。

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クリントン来日、はしゃげない!~毎日新聞、朝日新聞、日経新聞2月16日朝刊から

 ヒラリー・クリントン米国務長官が16日来日する。クリントン政権のファーストレディの時代は米中蜜月の演出に活発に動いた人である。基本は中国重視派だ、と見ておいていいのだろう、と思う。しかし、小手先で日本を安心させるため、最初の訪問国として日本を選んだ。まだ日本の協力が必要らしい。

 日本の政府当局との話し合いでは特に新しい展開はないのではないか、と思っている。眼目は訪中だろう。北朝鮮をどう扱うか、にしても外貨準備の問題も米国は台頭する中国を無視できなくなっているからだ。各紙は16日までに様々なクリントン来日事前原稿を掲載しているが、目新しい内容はなかった。

◆ケント・カルダー氏のキルギス財政協力論

 毎日新聞2月16日朝刊国際面トップは<クリントン米国務長官きょう来日、日米関係どう変わる/米ライシャワー東アジア研究所長ケント・カルダー氏に聞く/環境政策で日本の提案評価/キルギス基地再開へ支援を>で事前記事を作っていた。

 ケント・カルダー氏は1948年、米ユタ州生まれ。1972年にハーバード大に進み、ライシャワー教授(元駐日大使)のもとで日本の政治経済を研究。米プリンストン大・日米研究所所長を務めた。クリントン政権時代の1996年に国務次官補(東アジア・太平洋担当)主任顧問、1997年に駐日米大使特別補佐官を歴任し、米民主党の対日政策の立案に影響を持つと言われる、と紙面で紹介してあった。つまり、オバマ政権への影響力のある米識者としてインタビューしてるわけだ。

 面白いのは「日本を最初に訪れるのはなぜか」と聞かれて、言葉に詰まったのではないか、と思われるが「最大の理由は金融危機だ。世界最大の米国債保有国は中国になったが、日本は民間、公的機関とも国債を買ってくれている」と理由にもならない理由を述べていた点だ。

 つまり、世界金融危機が日本重視の理由だとすれば、それはクリントン氏が日本にさらなる財政出動や金利下げ、流動性供給を要求する、というのか、それとも米国債をもっと買えというのか、何か具体的な目的がありそうだ。

 「ブッシュ前政権とオバマ政権の対日政策の違いは」という質問も面白かった。ケント氏の答えは「環境政策では米国は180度変わるので、日本の提案を聞くし評価するだろう。集団自衛など安全保障面で日本に関与してほしいのはどの政権でも同じだ。だが、日本の平和志向の政策を根本的に変えるような要求はしないだろう」というものだった。

 抽象的な物言いだから、想像力をたくましくしないと、ケント氏の言いたいことが分からないのだが、オバマ政権が環境政策を大胆に変える、というメッセージだけは伝わる。逆に日本の政策の遅れにハッパをかけるのではないか。

 「安保面で日本に期待するものは」という質問への答えが印象的だった。「例えばキルギスが閉鎖を発表した米軍基地の問題だ。アフガニスタンの補給拠点で、非常に重要な基地だ。この問題は(キルギスに支払う賃貸料を巡り)まだ交渉の余地がある。金融危機にあえぐキルギスにとって日本は重要な援助国。問題解決のため水面下で働きかけることができる。軍事的ではないが感謝される貢献だ」と非常に具体的な提案をしている。

 この辺はオバマ政権で結構詰めた議論をしている可能性があるのではないか。

 つまり、キルギスへのODAを増やし、その際に水面下で米軍基地協力を取り付ける、というものだろう。

 そして、最大の問題である北朝鮮の核問題である。

 ケント氏は「オバマ政権の外交上の最優先地域の一つは中東で、その中でも重要なのはイランの核兵器開発の阻止だ。既に核実験をした北朝鮮との交渉は、イランとの交渉に悪影響を与えないように慎重に進めるはず。6カ国協議が実質的に動き出すのは来年だろう」と素っ気ない。

 6カ国協議が本格的に動き出すのは来年、というのはまだ2月なのだから、あと1年、何の成果もなしに年月が流れる、ということなのか。

 それ以上にショックなのは「核実験を終えた北朝鮮」と「まだしていないイラン」とを峻別している点だ。オバマ政権はいままでチラチラと出ていたが、北朝鮮を核保有国と認定するのではないか? そこは日本は断固として拒否しなければならない。米国が北朝鮮を核保有国と認定しようとするならば、日本は米国に対して日本の選択肢として自らの核保有があることを公言すべきだ。

 ケント氏の本音はそこにはないようだ。

 つまり、次の質問「長官は(日本のあとに訪れる)中国と包括的対話を構築すると話していますが」という問いに「対中政策は、ブッシュ政権の後半とそう変わらないだろう。米中の(06年に始まった)戦略経済対話は政権の大半がかかわっている非常に重要な問題だからだ」という何とも分かりにくい答えがその本質ではないか、と思うのだ。

 つまり、米国は金融危機への対応でまだあまり傷んでいない日本からは金を期待し、東アジアの安全保障では中国と協議する、という姿勢を鮮明にしかねないのではないか。
 つまり、北朝鮮の核問題に関しての日本外しである。

 拉致被害者家族との面会など、日本人の琴線に触れる行動はするものの、リアルな国際政治で米国は中国との取引の中での北朝鮮政策を展開するのではないか。

 そんな構図がケント・カルダー氏の話から透けて見えるようだ。

◆ヒルは韓国で何事かを話し込んでいた

 米国も大変だなぁ、と思うのは「昔の名前で出ています」的なヒル国務次官補が15日、ソウルで金塾朝鮮半島平和交渉本部長と会談してクリントン訪韓前の事前打ち合わせをした、と同じ毎日新聞2月16日朝刊ベタ記事で報道していたのを見た感想だ。

 金本部長は会談後「これまで維持した韓米の緊密な共助関係は今後も維持される」と強調した、というのは何を意味しているのか?

 こんな時、言葉の表面的な意味合いだけ信用するのは国際政治を知らない人間のやることだ。

 ヒルは何を言ったのだろうか? 米中枢軸の中でも韓国の利権は守る、とでも言ったのか? 外されるのは日本だけなのか?

 先にケント・カルダー氏がキルギスを題材に日本の財政協力の大切さを説いていたが、実際に予算化されているのはグアムの米軍基地への日本の財政協力らしい。

◆実際はグアム米軍基地への協力が進んでいる

 朝日新聞が2月16日朝刊1面トップで特報していた。

 <沖縄海兵隊グアム移転費の日本負担/米海空軍施設にも充当/202億円/政府説明とズレ>である。

 <米軍再編で日米合意された沖縄の米海兵隊のグアム移転を巡り、2009年度の政府予算案に計上された日本側の経費負担346億円のうち202億円が、グアム島の米海・空軍の施設の基盤整備にあてられることが分かった。政府は日本側の負担について「海兵隊の移転に伴って必要となる司令部庁舎などの施設整備が対象」と説明していたが、部隊移転とは直接関係ない施設にまで日本側の負担が拡大することになる。>

 が前文である。まあ、そうだろうなぁ、と思う。以前から言われていた話だ。クリントン来日にあわせてぶつけたのだろう。

 中曽根弘文外相とクリントン長官が17日、グアム移転を巡る協定に正式合意し、日本側の資金の目的外使用を禁じる項目も盛り込まれる見通しだ、とある。防衛省は「海空軍施設への支出も海兵隊の移設に関連する経費」という見解でこの予算案の整合性を説明するが、朝日新聞の土居貴輝記者は、

 <政府が支出の根拠としてきた「同隊の沖縄からの移転に伴う施設やインフラ経費」の範囲の不明確さが改めて問われそうだ。>

 と徹底追及の姿勢で記事を書いている。記事をもう少し見てみよう。

 <政府は09年度予算案でグアム移転の日本側の経費負担として346億円を計上している。このうち174億円がグアムの海軍基地内にあるアプラ港の基盤整備事業に、28億円は同島のアンダーセン空軍基地の土地造成や上下水道管の埋設などの基盤整備事業にあてられることが、防衛省への取材で判明した。>

 足すと202億円である。

 <防衛省は、海空軍の施設経費を負担することについて「移転が最も効率的かつスムーズに進む負担のあり方」と説明。アプラ港では沖縄から移転する海兵隊の港湾運用部隊の司令部庁舎を建設するため港の一角を整備するほか、海兵隊と一体運用される米軍佐世保基地(長崎県)の強襲揚陸艦の寄港のための港湾整備の意味もあるとしている。また、アンダーセン空軍基地ではヘリの運用管制部隊の庁舎など海兵隊の施設群の建設予定地一帯を整備することから、いずれも「海兵隊移転に伴う経費」にあたるとしている。>

 随分と取材を重ねたのだろうことは推測が付く。

 <しかし、防衛省幹部によると、アプラ港の司令部庁舎はまだ建設場所も決まっていない段階。アンダーセン空軍基地で運用されるのは米軍岩国基地(山口県)など沖縄以外の基地から移転するヘリで、沖縄の海兵隊移転とは直接の関係はないという。米軍の世界戦略の中で、グアムには、米本土などから陸・海・空・海兵隊の様々な戦力が移転する計画がある。沖縄の海兵隊移転は一部に過ぎず、「どの部分が沖縄から移る部隊の施設、インフラなのかは厳密には区別できない」との指摘もある。今回のように海兵隊移転との関連が不明確な支出まで認められれば、日本側の財政支出の対象は歯止めなく広がる恐れがある。>

 つまり、ゴチャゴチャになってしまうじゃないか、という苦情だ。

 <沖縄の海兵隊のグアム移転を巡っては、日米両政府が2006年、司令部庁舎や隊員の隊舎などの整備費について日本側が28億㌦を上限に財政支出することに合意。政府は「日本国民の税金を使うわけで、沖縄の海兵隊がグアムに移る、そのことに限定してお支払いする」(08年4月18日の参院決算委員会での石破防衛相=当時=の答弁)と説明していた。同盟国同士でも、海外にある他国の基地整備に、国民の税金を拠出することは極めて異例だ。>

◆朝日新聞の追及はいいが、政府の対米協力には仕方ない面もあると思うのだ

 日本の国民の税金を日本防衛と直接関係ない部分に出すのはけしからん、という論理なのか? 昔ならば社会党の大出俊氏らの「爆弾三勇士」が憲法問題で政府を追及し、国会を止め、大変な事態になっていたかもしれない。

 しかし、民主党はそんなことをしないだろうと思う。

 日本国民の税金の使われ方、という意味では米国債を買うのと、安全保障という目で見える貢献に金を出すのとどっちが米国が有難がるか、という比較検討も必要な時期に来ているのではないか。どっちにしろ、北朝鮮が暴発した場合、自衛隊だけでは日本、国民を守れないのだから、在日米軍やもっと広く世界に展開する米軍のお情けで守っていただくしかないのだ。そういう構造を無視して拳を振り上げてなんぼのものか、という冷めた感じを受けてしまうのだ。

◆存在感を強める中国

 アジアの中での日本のプレゼンスがますます小さくなっている、と2月16日日経新聞社説<アジア経済再生へ日本の役割は重い>にあった。一般論を長い行数を使って書いているのだが、中で驚いたのは、

 <中国は昨年末から韓国、香港、マレーシアとの間で多額の通貨スワップ協定を相次ぎ締結している。日本が手をこまぬいていれば、主導権を中国に奪われかねない。

 という部分だった。

 びっくりした。

 日韓通貨スワップと同額の中韓通貨スワップ協定を結んだことはその時にここに書いておいたが、香港、マレーシアまで手を広げていたとは。中国はもしかすると「元」経済圏をっもくろんでいるのかもしれない。交換性のない通貨で「元経済圏」もないものだ、と思うが、そうでなかったら、それをてこにした資源外交なのか。何しろ日本のような御人好しではないから、国際政治に利用しようという意図は明白である。

 こんな時に国際会議にろれつが回らない財務相しか出せない日本って一体どうなっているのか、とやはり思ってしまうのではないか。

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パキスタン核開発に協力していた日本企業:噂は本当だった~2月16日東京新聞朝刊

 やはり噂は本当だった。このような暴露話が今後たくさん出てくるだろう。黒いコネクションで暴利を稼いでいた日本の悪辣企業は今、いつ旧悪がばれるか、戦々恐々かもしれないが、これはものすごい話である。今回はパキスタンの核開発への協力だが、北朝鮮の核開発でも日本企業の関与が取り沙汰されている。もしも将来、北朝鮮の核開発に関与した日本企業の名前が暴露された時、その企業はどのように弁明するのだろうか。

 カーン博士の自宅軟禁が解かれて、何らかの動きが出るだろうと思っていたのだが、最初の動きはこのイスラマバード発の共同電だった。東京新聞が1面4段<カーン博士証言/日本ヵら特殊磁石6000個/80年代/「核」向け資機材調達>で大きく掲載した。

 共同電を見てみよう。

 <1970年代以降、パキスタンの核兵器計画を主導した「核開発の父」カーン博士に、特殊磁石など核開発に必要な資機材が複数の日本企業から大量に輸出されていたことが15日、博士の証言で分かった。取引に携わった日本側関係者も、80年代に少なくとも6000個の特殊磁石を輸出したと明言。唯一の被爆国、日本の一流メーカーが、パキスタンの核開発に結果的に協力し、資機材供給体制に組み込まれていた実態が初めて判明した。>

 という前文だ。「唯一の被爆国」などという形容詞がいまだに生きているのが日本である。この価値観がいまだ日本人を拘束しているのだから、その価値観で行動しなければならないのが日本の企業だ。

 <特殊磁石は「リングマグネット」と呼ばれ、原爆原料の高濃縮ウランを生産する遠心分離機の回転部分を支える部品として使われる。核関連研究に使用可能な電子顕微鏡も他のトップメーカーが輸出しており、博士は「日本は非常に重要な輸入元だった」と強調した。>

 カーン・コネクションは中欧に拠点を置いた資機材調達グループを駆使してドイツ製の資機材を主に調達した、というのがこれまでの「常識」だった。私もそう思っていたのだが、まさか日本の企業が核開発の核心部分を提供していたとは思わなかった。

 <経済産業省によると、遠心分離機の専用部品は当時の輸出規制対象。取引関係者は、博士側から特殊磁石の用途を聞かされなかったとしているが、一部取引が法令に抵触していた恐れもある。>

 当時の通産省、今の経済産業省は当時はまだココムの規定を順守していたはずだし、日本の独自規制もあったはずなのに、フリーパスもいいところだった。西側自由諸国の中でスパイ規正法もなく、各国のスパイがうようよいる、と言われる日本。その日本が世界最先端の技術を持ってもいるのだから、ブラック・コネクションにとっては最高の場所だったのかもしれない。

 <博士らによると、博士側との取引窓口となったのは東京の中堅商社ウェスターン・トレーディング(WT社、2004年に破産)。WT社は70年代後半、博士の資機材調達担当ビジネスマン、ファルーク氏と取引を開始。同氏の紹介で博士とも接触、核開発に応用可能な資機材調達の依頼を受けるようになった。>

 この破産後の人の動きが知りたい。こういう連中は」「やばい」と感じると、会社を破綻され、別の会社を作って、同じような違法行為を繰り返す癖がある。この破綻会社の社長、役員らはどうしているのか?

 <取引関係者は、WT社が80年代前半、日本の大手金属メーカー製リングマグネットを複数回輸出したと証言。博士も日本からの輸入を認めた。メーカー側は「WT社との取引はなかった」としている。>

 これはおかしなことだ。日本の大手メーカーが「WT社との取引はなかった」というが、WT社はカーン博士に売っていた。つまり、中間にダミー会社などが介在している可能性が高い。最初から、中間ダミー会社でロンダリングして闇輸出をしようとする計画的確信犯だった可能性が高いではないか。

 <博士はまた、日本電子(東京)の電子顕微鏡を輸入したと言及。日本電子関係者も、電子顕微鏡2台とエックス線解析装置を博士側に納入したと認め、遠心分離機素材の組成分析に使われた可能性が高いと語った。>

 日本電子は認めている。

 <日本電子広報部は、80年代後半に電子顕微鏡1台をカーン博士に販売した事実を確認し「取引に際しては法律にのっとった対応をしていた」とコメントした。電子顕微鏡は当時、輸出規制対象外だった。>

 輸出規制対象外だったのか。「法律に則って販売するのは企業の通常の商取引だ。この品目を規制対象に加えなかった当時の通産省の責任になるだろう。

 <博士はこのほか、日立精機(2002年に経営破綻の自動旋盤などをWT社経由で輸入したことなどを証言。博士は「核の闇市場」を80年代末に構築、北朝鮮やイランに遠心分離機を供給した。>

 やはり、日本企業が間接的に北朝鮮の核開発を手助けしていたことになる。この事実は重いのではないか。産経新聞は国際面メモで大筋を紹介した。毎日新聞は国際面横見出しで東京新聞と同じ分量の記事を掲載していた。

 しかし、朝日新聞、読売新聞、日経新聞は完全に無視した。自社の特派員電でないから無視したのだろうか? 大体、日本の新聞はセクショナリズムが強すぎるのではないか。米国の新聞のように第一報は通信社、解説記事を自社の記者に書かせる、というような仕分けをすればいいのではないか。このような第一報は掲載すべきだと思うのだが。

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2009年2月14日 (土)

「歯切れを悪くする」市民の役目:曽野綾子氏の34年前の論~産経新聞[昭和正論座]から

 曽野綾子さんの昔の論文を読んで、今も昔も同じだと思った。

 産経新聞2月14日朝刊[昭和正論座]の<矛盾と混とんは社会の摂理>である。昭和50年(1975年)1月3日掲載だ。論文を読む前に、当時がどんな時代だったかを見ておこう。

 1972年7月7日に成立した田中角栄内閣は日本列島改造論をひっさげて過疎と過密の同時解消を狙う。9月29日には訪中した田中首相と大平正芳外相が日中共同声明を出し、外交関係を樹立した。その前の佐藤栄作政権時の1971年8月15日にニクソン米大統領が金とドルの交換を一時停止するなどのドル防衛策を発表し、国際通貨体制は揺らぎ始めていた。1973年10月6日には第4次中東戦争が勃発。アラブ産油国が石油価格を上げ、輸出を制限したため、日本では11月16日から主婦がトイレットペーパーに群がる「狂乱物価」騒ぎが起きた。

 始まっていたインフレは列島改造論で加速され、石油値上げで油を注がれた。過剰流動性は地価を押し上げた。1974年の参院選挙は田中首相がヘリコプターで全国を飛びまわり、企業が自民党を推す「企業ぐるみ選挙」となったが、自民tの右派改選議席70に届かない62しか取れず、敗北。保革接近参院が出現した。8月15日には朴正煕大統領夫人が在日韓国人に狙撃され死亡。1973年8月8日に起きた金大中拉致事件の処理をめぐっても日韓が対立した。

 8月4日にはニクソン米大統領がウオーターゲート事件を引責辞任。5日にフォード大統領が就任した。文藝春秋11月号の立花隆論文などの田中金権批判が外国プレスの報道で火がつけられ、日本の新聞も報道。11月18日に現職大統領の初来日という記念すべきフォード米大統領来日をこなした後、田中首相は辞任表明。

 12月1日の椎名裁定で三木武夫氏が12月9日に首相になった。12月27日に通常国会が召集され、院の構成を決めて自然休会。1月中旬から再開される、その直前の1975年1月3日に掲載された論文である。

 曽野さんはこの当時から根性が座っていた。書き出しがいい。

 <年の初めに当たり、何を望むかと言われると、私は、ますます深く迷いたい、と思っている。などというと体裁はいいが、実は、昔から、私は何事につけても、なかなか本質が見えてこないので、それがよく見えるようになるまで、かなり長い時間、待たねばならぬことを何とかして正当化しようとしているのかも知れない。>

 である。相当に謙虚だが、「本質が見える」人などほとんどいないのだ。だから、曽野さんは時間がかかるけれども「私は本質が見えるようになるまで見続ける」と言っているのだ。

 交通戦争でトラックの運転者が加害者という論理、ヘドロを出す製紙会社が加害者、と割り切れない現実をあげ、加害者と被害者が大抵の場合重なっているという事実、その矛盾がまさに人生そのものだ、と書くのである。

 チクロという薬の発がん物質と認定されたり、また使用可能となったり、という歴史に触れながら、炎上したタンカーを沈没させようとして自衛艦から魚雷を撃ったが、一発で沈まなかったことなどの「矛盾」をあげていく。

 そして、本ボシである。田中角栄首相退陣に触れる。

 <クリーンな政治家が、田中内閣後にひとしきり望まれるようになった。もちろん、政治家といえども、私生活はきれいな方がいいだろう。しかし、本当にひたすらふるまいのきれいな政治家がもしあるとすれば、その人は恐らく国際社会で日本の国益になるような交渉はできまい。人間が、個人としても集団としても、あることを決定するまでには、決して単純ではない、複雑な配慮が必要になって来るからである。>

 曽野綾子氏の人間観察は透徹している。悪い人、いい人と単純に区分けできないこの世の仕組みを述べて、

 <私たち大部分の平凡な市民にとって、大切なことは、せめて軽挙妄動、即断をせぬことではないか、という気がしてならない。あらゆるものは毒を含み、すべての美と善は、醜と悪のうらうちによって支えられる面が必ずあるからである。>

 <一人の首相が全くきれいだったり、一人の総理が悪いことしかしなかった、というのは、むしろ人間性の面から見て、不可能なことなのである。>

 <この矛盾の中にただよっていると、本当に歯切れは悪くなる。しあkし、私は歯切れ悪くしていることが、むしろ一人の市民のささやかな役目のように思うのである。>

 立派な言説だ。先ほど歴史を見たように、この時期は「田中ケシカラン、三木は素晴らしい」とテレビも新聞も一斉に報道していた時期である。これだけのことを言える曽野綾子氏は腹が据わっている。

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2009年2月13日 (金)

森達也氏のセキュリティ意識過剰論はおかしい!~毎日新聞2月13日夕刊[特集ワイド]から

 毎日新聞2月13日夕刊[特集ワイド~この国はどこへ行こうとしているのか]は作家の森達也さん(52)の<暴走防ぐ「違和感」>だった。森氏は1956年広島県生まれ、立教大卒業後、俳優などを経てテレビ番組製作会社に入り、数々のドキュメンタリーを手がける。自主制作した「A」(1998年)が話題となり、続編の「A2」(2001年)は山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞に。「放送禁止歌」「下山事件」「悪役レスラーは笑う」「死刑」など著書多数、と紹介してあった。

 <「最近、気づきませんか? 地下鉄の駅に張られた防犯カメラのステッカー、以前は『作動中』だったのが、いつの間にか『監視中』になっているんです。結構大きなことだと思うんですよ。『お前ら監視してるぞっ』と言っているわけですからね」>

 なるほど、気付かなかった。「監視中」かぁ。何か国家の暴力性を象徴するような言葉ですね。

 <「放送禁止歌」ではメディアの自主規制の問題からこの国の宿痾とでもいうべき差別問題に迫り、オウム真理教をテーマにしたドキュメンタリー映画「A」「A2」では異物を排除しないではいられない日本の社会を描いた。「死刑」問題もしかり……。誰もが見ているのに、気づかない、気づこうとしない禁忌領域に迫り、押しつけではなく自らが感じた「違和感」を提示して見せる。>

 というのは地の文で、隈本浩彦記者が書いている。禁忌など何か曰く言い難い言葉遣いをする記者だなぁ。

 <「よくコンビニとかにもぶら下がっていますけど、『特別警戒実施中』の看板。24時間、一年中なのに『特別』というのもおかしな話ですよね。セキュリティー意識が過剰なほど高まっている。その行き着く先は大きな悲劇のような感じがするんです」>

 「安全」「安心」と国家の問題を語るのか?

 <初の本格小説「東京スタンピード」を出版した。スタンピードとは群れが恐怖、興奮で一斉に暴走するさまを意味する。近未来の日本を舞台に、危機意識の高まりが虐殺事件を引き起こす群衆の「狂気」を描いた。執筆の動機は「福田村事件」だった。関東大震災の5日後の1923(大正12)年9月6日、千葉県東葛飾郡の利根川沿いの村で、香川県からやってきた行商人の一行9人が自警団に虐殺された事件だ。関東大震災では「朝鮮人が日本人を襲撃している」といううわさが流れ、朝鮮人、中国人それに社会主義者の6000人を超える人たちが自警団らによって惨殺されたことは比較的知られている。けれどもこの事件は日本人が日本人を襲っていた。四国の言葉が聞き慣れず、朝鮮人と思い込んだらしい。>

 と毎日新聞から出版された「東京スタンピード」の粗筋を書き、

 <「背景には過剰な危機管理意識があったと思います。当時、日本が朝鮮を植民地としたことで、多くの日本人は朝鮮人にいつ襲われるか分からないという恐怖感があった。そして震災。流言飛語のなかで自警団が結成され、自分たちから見て『異質』な人々を次々に襲い殺していった。重要なのは襲った側が『善』である点なんです。アウシュビッツにも行きましたが、当時のドイツ人すべてが邪悪だったわけではない。人はよこしまな欲望だけで大勢の人を殺すことはできません。セキュリティー意識、あるいは愛するものを守るという大義名分が高まったときに人は虐殺に走る。『悪』という存在に目を奪われがちですが怖いのは『善』だと思う。善の陶酔、善の暴走がスタンピードを起こす。関東大震災の自警団だって『善』と信じて虐殺に走ったんです」>

 なるほど、これが「森哲学」の一端ですか。悪は目に見えるし、制御できるが、善はみんなアプリオリに安心して従う。思考停止になる。そして、その結果、悪が行われる、ということだろう。

 <集団暴走を考えるきっかけはオウム真理教事件だった。>

 というのは記者のト書きである。

 <「オウムのドキュメンタリー作品(『A』『A2』)は、オウム施設の内側から日本社会がどう見えるのかということをテーマにすえました。警察の捜査、メディアの報道、市民の反応のどれをとっても『集団暴走』を感じた。オウムも同じですが、個としての考えは吹き飛んで周りに同調して一つの方向に突き進む。その怖さを知りました」>

 見ていないので何とも言えないが。

 <「A2」はオウム信者の退去を求める「善良」な市民をとらえているが、集団となって「異物」を排除しようとする姿は、関東大震災での自警団もかくやと思わせるほど日常から逸脱した雰囲気が漂う。そのオウム事件が起きた1995年を境に日本の社会は変調をきたしたと見る。>

 これも記者のト書き。「関東大震災の自警団もかくや」と書いているが、自分の家の隣にオウムのアジトがあったら、この記者はどうするのだろう。「オウムだっていい人がいるのだから。法律違反はしていないのだから」と日常生活を今まで通り続けることができるのだろうか? やはり、オウムは近くにいてほしくない集団ではないか。

 <「膨大な報道を通して更生できない邪悪な人間、組織が存在する、という刷り込みが徹底してなされたと思う。その結果、監視カメラなどの設置が進み、危機管理意識が高揚し、犯罪に対する厳罰感もどんどん進行している」>

 私もそんな「刷り込み」をされた一人に過ぎないのか?

 <死刑廃止論議はすっかりなりを潜め、それどころか死刑相当犯罪の時効廃止について論議されようとしている。>

 毎日新聞がキャンペーンしているのではないか。

 <もう一つ危惧するのは、同調圧力に弱く周りを気にしやすい国民性ゆえに、共同体への帰属意識が強い点だ。>

 それは昔の話だろう。今は異質な人間、「アトム化した個」がうじゃうじゃいるじゃないか。

 <「稲作、島国という条件が影響しているのでしょう。和を重んじる文化もある。今も同じです。仲間内で状況が読めないとKY(空気が読めない)と呼んで排除したりする。歴史問題で中国、韓国が反発するけど、集団化したときの日本人の怖さみたいなものを民族の記憶として継承しているのではないかと思う」>

 何か、このへんは薄べったい感じがするし、第一、牽強付会だ。

 <いま、この国を見渡せば、「100年に1度」の名のもとに派遣、正社員切りの動きが加速する。そう、あたかもスタンピードのように。>

 100年に一度の言葉と派遣切りとは直接関係ないだろう。100年に一度だから思い切り国費を使った経済対策をする。派遣切りはその前の小泉政権の申し子ではないか。混同している。

 <「断言」「反復」によって群衆は自覚的な個を喪失して扇動されると指摘したのは、フランスの社会心理学者のル・ボン(1841~1931年)。扇動者として想定したのは為政者で、ヒトラー、スターリンらの出現でその説は実証された。けれども今日、仕掛けるのは為政者ではなく無自覚なメディアではないか――。森さんはそう考える。>

 この辺のメディア批判は面白い。私もファシズムとメディアとの関係は研究したいテーマだ。

 <「メディアは過剰に危機をあおる傾向にあります。刺激的でないと視聴率はとれないし、読者も離れていく。だからますます扇情的にならざるを得ない。メディアが『断言』『反復』の危険な連鎖に陥っている。問題なのはメディアの無自覚性だと思うんです。『放送禁止歌』もそうだったんですが、だれも制限なんかしていないのにみんな勝手に放送してはダメだと思いこんでしまっている。思考が止まってしまっているんです。オーウェルの『1984年』(全体主義が支配する世界を描いた小説)で最高権力者として『ビッグブラザー』が設定されているが、最後まで姿を見せない。つまり実体がないものに、過剰な忖度で空白を埋め合わせているわけです」>

 そうかぁ、この人が「放送禁止歌」の研究をしていたんだっけ。「1984年」のビッグブラザーは今流行といっていい。

 次は記者のト書きだ。

 <果たして人ごとだろうか。おもしろい話を聞いた。モンゴルでは羊の群れに何頭かのヤギを放すという。群れへの依存度の高い羊は草を食べ尽くすとその場で立ちつくしてしまう。ヤギは違う。草がなくなれば別の場所に向かう。結果として羊も移動する。>

 これって有名な話なのかな? 前にも誰かに聞いたことがある。

 <「ヤギは群れようとしない。同調圧力に強い。摩擦を起こし足並みを乱すことで、破滅的な危機から群れを救っているわけです。私たちも同じですよ。個人が抱く『違和感』という『摩擦』が危機的な集団暴走を防ぐ」>

 牽強付会な比喩が始まる。 

 <東京メトロによると、防犯カメラのステッカーの表現が「作動中」から「監視中」に変わったのは北海道洞爺湖サミット前の昨年6月。けれども広報担当者は「聞かれるまで知らなかった」と話した。ふだん見ているのに、見えない、気づかない変化の積み重ねの先に控えているのは、どういう国のかたちなのだろうか。>

 と隈元浩彦記者は読者に問いかけて終わる。何かなぁ、テレビ朝日の夜のニュースショーの例の男性キャスターを思い出すので、こういうような問いかけは嫌いなんだけど。

 一読、違和感を覚えた。森氏の「人間主義」と日本人固有の「どうでもいい」感覚は合わないのではないか、と思うからだ。汎神論ではなく、一神教の考えだろう、森氏の言っていることは。人間中心主義、近代理性万能主義。それではうまくいかなかくなったから、日本の心を探そう、ということではないか。それとオウム真理教がどこで結びつくのか? 悪いものは悪いのではないか? ゴミ屋敷の主が森氏の隣に引っ越してきても文句一つ言わずにニコニコできるのか? という単純なことを問いたい。

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中国が太平洋支配のための原子力空母建造へ~朝日新聞2月13日朝刊から

 朝日新聞は2月13日朝刊1面トップ<中国軍が原子力空母/2隻建造へ/遠洋展開狙う>で中国の海軍力増強を報じていた。中国の軍事費が増え続けていることは、先に防衛白書などで詳しく分析されていたが、いよいよ世界的海軍国家向けての飛翔が始まろうとしているようだ。

 朝日新聞の記事は北京支局の峯村健司特派員の署名入りだ。

 <中国軍が2020年以降、同国として初めてとなる原子力空母2隻の建造を計画していることを軍関係者が明らかにした。今年から通常型空母2隻の建造を始めることがすでに明らかになっているが、原子力型は燃料補給せずに長期間移動できるため、遠洋への本格展開を目指す動きとして注目される。>

 の前文が示すように、ただの空母とは違う。米海軍に挑戦できる海軍力を持とうとしていると見ていいだろう。

 <中国軍関係者によると、北京で2008年12月30日に開かれた軍主催の内部検討会議で、軍幹部が「海軍は2009年から空母建造を本格的に始める」と説明。電力制御システムの部品は国内での製造をすでに始め、2015年をめどに2隻の通常型空母を完成させることを明らかにした。2020年までに運用体制を確立し、沖縄、台湾、フィリピンなどを結ぶ防衛ライン「第1列島線」を越え、沿岸防衛からの脱却を目指す。>

 朝日新聞紙面には図がついており、沖縄の中国側、台湾の中国側からフィリピン西側を通り、ベトナムの南、タイの横でぐっと回転するように沿岸に向かう線が第一列島線

 東京からグアム島、インドネシアをほぼ一直線に結ぶのが第二列島線だ。第一列島線は分かるが、第二列島線など、完全に日本の制海権の領域である。

 <これに加えて建造を目指す原子力空母2隻はいずれも6万㌧級の中型艦。旧ソ連が建造を中断した原子力空母「ウリヤノフスク」の設計図をすでに入手しているといい、開発の参考にするとみられる。>

 ソ連型なのか。

 <中国軍は将来的には日本列島からグアム島、インドネシアに至る「第2列島線」内の西太平洋海域の制海権を確保したうえで、インド洋や太平洋全域で米海軍に対抗することを目標に掲げている。>

 アジアの盟主争いだ。

 <同関係者は「今年から造る通常型2隻は布石に過ぎない。原子力型は建造や運用に膨大な費用がかかるが、我が国の経済発展のペースを考えれば大きな障害にはならず、さらに多くを建造する可能性もある」と述べた。>

 ついこの間まで日本から円借款というODAをもらっていた国がそんなことをする? 信じられない面もあるが、北朝鮮が原爆を作る時代だから。何でもできるし、共産主義体制は資源の集中という戦略では非常にやりやすい体制だから、民主主義国家が5年かかるところを1年でやり遂げるのだろう。

 この言葉からは、中華帝国が軍事力をバックに砲艦外交と重商主義を使い分けながら、国際政治の主役に躍り出ようという意図がはっきり見える。

 <1月20日に発表された中国の国防白書には初めて「遠洋での作戦能力向上をめざす方針」と明記されたが、空母には触れていない。しかし、空母建造のため海軍は専門部署「048事務室」を開設。海南島三亜の亜竜湾では、弾薬などを貯蔵する地下トンネルを含め、空母の母港機能を持つ埠頭の建設に着手している。>

 海南島は過ごしやすい観光地である。私の友人がそこの大学で日本語の教授をしているが、そんな重要な基地があるとは知らなかった。

 <現在、原子力空母を保有するのは米国のほかはフランスだけだ。中国が機動力の高い原子力空母を含む将来計画を具体化させるにあたり、日本や東南アジアの周辺国だけでなく、米国も警戒を強めるのは必至だ。>

 ロシアだって持っているのではないか? 持っていないか。作ろうとして、あきらめて、その設計図を中国がもらったのか。それにしても、予想されていたとはいえ、それが事実だったことが分かったわけで、結構すごい話だ。日本の防衛構想の見直しなど、いつかやるのかなぁ? その時は遅きに失するのだろうなぁ。

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西岡論文に驚いた!盧武鉉政権は金賢姫元死刑囚にもっとひどいことをしていた~産経新聞、朝日新聞2月13日朝刊

 産経新聞2月13日【正論】に東京基督教大学教授・西岡力氏が「金賢姫証言があぶり出した闇」として、金賢姫元死刑囚を北朝鮮宥和政策のために切り捨てようとした盧武鉉政権の非道ぶり、それを地道に取材して公にした韓国のジャーナリスト、趙甲済氏の努力を書いていた。改めて「民主」政権の非道な実態が暴かれた。こういう事実を知っても韓国の方々はまだ盧武鉉一派を支持するのだろうか? やはり外国だなぁ、と思う。

 西岡氏の論文を見ていこう。

 <大韓航空機爆破事件の犯人、金賢姫氏が十数年ぶりに口を開いた。彼女は韓国が10年ぶりに保守政権となった昨年10月初め、元国会議員に長い手紙を書き、盧武鉉前政権と親北テレビ局などから受けた迫害を告発した。その手紙を入手した『月刊朝鮮』元編集長、趙甲済氏が同誌12月号に寄稿した。>

 という書き出しである。

 <趙氏は金賢姫氏と連絡を取り続けており、私は昨年末、ソウルで趙氏と面会し、金氏への質問を託した。日本に帰国した拉致被害者は、横田めぐみさんが「スッキ」という北朝鮮女性に日本語を教えていたと証言した。そのスッキが金氏の同僚工作員、金淑姫(キム・スクヒ、韓国語で続けて発音すると「スッキ」と聞こえる)であったのかの確認もその一つだった。>

 これは知らない話だ。

 <年が明け、趙甲済氏は金氏と3時間にわたり面談し、同誌2月号に寄稿した(『月刊正論』2月号に和訳掲載)。それによると、金氏は横田めぐみさんについて次のように話している。「淑姫がめぐみから日本語を学んだといいます。もちろんそのときは金淑姫に日本語を教えてくれた女性の名前がめぐみだとは分かりませんでした。幼いとき日本から拉致されてきて、性格がおとなしく、拉致されてきた韓国男性と結婚し、娘を産んだという話を聞きました」>

 やはり、めぐみさんが韓国人と結婚させられ、娘を産んだ、ということ自体は北朝鮮の作り話ではなく本当のことだったのか。

 金賢姫氏は田口八重子さんが死んだとは信じられない、と言っている。工作員教育の実態を日本人に知られるのを恐れて返さないのではないか、と推測している。西岡氏は、2002年9月に北朝鮮は日本人を拉致したことを認め謝罪したが、「拉致したのは13人だけで8人は死亡した。5人とその家族の帰国で拉致問題は解決した」と嘘を付いた。死亡の証拠も出ず、日本政府は全被害者の生存を前提に即時帰還を求めている、という。

 嘘に嘘を重ねる理由を西岡氏は、

 <私は、国家ぐるみのテロ犯罪への金正日総書記の責任を回避するためと主張してきた。北は田口さん拉致は認めたが、大韓機爆破事件は韓国の捏造、田口さんは金賢姫氏の教官ではないと主張している。>

 という。田口八重子さんが帰国すれば金賢姫氏が北朝鮮にいたこと、日本語教育を受けたことがはっきりしてしまい、北朝鮮が主張する「大韓航空機事件は韓国の謀略」という嘘がばれてしまうので、金賢姫氏に関係する田口さん、めぐみさんは日本に返せないのだ、と書いている。

 ここからが日本人がほとんど知らない、というか、知らされていない話だ。

 <韓国で大韓機事件を捏造とするキャンペーンが盛り上がるのが2001年秋からだった。親北組織が記者会見などを開き、04年にかけ、テレビの3大ネットワークが、事件には疑惑が多いとする長時間の特別番組を放映した。特に、KBSは第2回小泉訪朝の当日から、そのような特別番組を2夜連続で流した。

 こんなニュースは報じられたとしても国際面メモ扱いだったろうし、ほとんどの日本の読者には伝わらなかっただろう。

 <そして05年、盧武鉉政権は、三審制の司法が有罪判決を下した大韓機事件を「疑惑事件」だとして、国家情報院に組織した「委員会」で再調査を行った。その上、全政府機関の上に立つ「真実と和解」委員会は、今も再調査を続けている。事件の遺族の一部も捏造説を主張し、日本人に会う前に自分たちと会えと金賢姫氏を圧迫している。

 こういうことなのか!

 すべては盧武鉉前大統領の責任かと思っていたが、2001年といえばまだ金大中大統領の時代だった。よほど金正日総書記との接触をしたかったのだろう。そのために何を犠牲にしても、と思ったのだろう。金大中氏の時代に種をまき、盧武鉉時代に国家権力が命令する形で大韓航空機事件の真相隠蔽が図られようとした、というのだ。大変な事態だった。

 <金正日総書記が拉致を認めたとき、日本では朝鮮総連や旧社会党など親北勢力が大変なダメージを受けた。もし、田口さんらが帰ってきて金賢姫氏と会ったなら、金総書記は115人の韓国人労働者らを爆殺したテロリストということになり、親北派は重大な影響を受けたはずだ。それを防ぐため北の工作機関は、小泉訪朝の直前、日本に拉致の一部を認める準備を始めたころから、韓国の親北派を使って大韓機事件捏造キャンペーンを展開したのだ。

 なるほど。そういう展開だったのか。知らなかった。

 <いま世界でも、捏造説が残っているのは韓国だけだ。金賢姫氏の告発を受け、李明博政権が国家情報院やテレビ局の正常化に大胆に取り組むなら、真実が韓国民にも伝わる。そうなれば北としては被害者死亡というウソをつき続けるメリットがなくなる。>

 韓国の人々はかわいそうだ。こんな嘘を大統領から吹き込まれたのだから。

 <李政権が金氏の告発を真摯に受けとめ、田口さんの家族と金氏との早期の面会実現や、捏造キャンペーンを操った勢力の摘発にまで踏みこめるか注目していきたい。>

 そういうことらしい。やはり、金賢姫氏がしゃべることのインパクトは衰えていないのだ。朝日新聞の「新事実は望めない」という趣旨の昨日の見出しはやはり北朝鮮シンパから強制された見出しだったのだろうか。そんなことない、と思いたいが、何しろ「竹島は韓国に渡せ」と主張する前論説主幹がいる社だから。

 小泉政権の一時期、朝日新聞は拉致被害者切り捨て的な論を掲載し、大きな非難を浴び、あわてて論を引っ込めたことがあった。

 そんな朝日新聞だが、2月13日の社説<金賢姫元死刑囚/田口さんの家族と語れ>は大韓航空機事件を北朝鮮の犯行だった、と断定していた。

 <北朝鮮の工作員として87年にビルマ沖で大韓航空機を爆破した金賢姫元死刑囚。彼女の日本語教育係だったと日本政府が断定しているのが、かつて「李恩恵」という名で語られた拉致被害者の田口八重子さんだ。…大韓機爆破はソウル五輪を翌年に控えた韓国への妨害工作でもあった。「蜂谷真由美」名義の偽造旅券を持った金元工作員らが実行した。 彼女は韓国に移送後、爆破事件について詳しく語り、自伝も出版した。>

 というくだりである。

 <だが金大中、盧武鉉の両政権時代には、ほとんど姿が見られなくなった。韓国に亡命して北朝鮮の金正日体制の打倒を訴えた黄長ヨプ元朝鮮労働党書記もそうだ。韓国の政権が南北交流を進めることにまず目を向け、北朝鮮を無用に刺激することを避けたためだ。>

 「北朝鮮を無用に茂刺激」という言葉に何か意図があるのかどうか。

 <そんな金元工作員が再び表に出られるようになったのは、保守の李明博政権ができたことが大きい。前政権が北朝鮮に融和的すぎたとして、李政権は見直しを始めた。>

 これは事実だ。

 <そのため北朝鮮は非難の度を強め、南北関係は悪化の一途をたどっている。ここは李政権として、いたずらに北朝鮮に譲歩するのではなく、まず日本や米国との協調を確認して北朝鮮に臨もうということだろう。今回の面会問題の進展は、そうしたなかでの新たな日韓協力の象徴的な出来事ともいえる。>

 新たな日韓協力なのか。前政権による真実隠蔽の動きを正常な方向に戻そうとしているだけだ、ということだろう。ただ、その影響論で言えば、北朝鮮を刺激することにもなるし、日本との連携も深まる。しかし、日本との連携を深めるためにやった、とは思えないが。韓国民が嘘を信じさせられていることに我慢できなかったのではないか。

 <金元工作員の証言の多くはすでに公になり、日本政府も事情を聴いた。面会で拉致の新事実がわかる可能性は大きくないかもしれないが、真相究明へ一歩でも進めれば幸いなことだ。>

 これは12日付見出しの修正のつもりなのか。

 <韓国も多くの拉致被害者を抱える。拉致問題の進展へ日韓の連携を強め、そして核問題も含めて米国のオバマ新政権との結束を固めていきたい。週明けのクリントン国務長官のアジア歴訪はそのいい機会になる。>

 何か無理矢理いろいろなことを結びつけて書いているようで、論理の一貫性がない感じだなぁ。でも、西岡氏の論文を読んでよかった。「正論」の翻訳も読んでみよう。

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人民日報が日本のヒラリー騒ぎを嘲笑っていた:まあ、笑わせておこう

 人民日報日本語版に2月13日、「自ら『辺縁国家化』する日本、『二流国』への没落を懸念」という挑戦的なタイトルの論文が掲載されていた。蒋立峰という人が筆者だ。

 ヒラリー氏のアジア歴訪前の観測記事だが、日本の政治家は1998年のクリントン大統領の「頭越し」訪中によって失ったメンツをヒラリー氏の日本訪問で取り戻したと興奮している、と日本メディアを題材に書き、日本人はこの事態が米民主党とオバマ政権の日本重視姿勢を示すもので、米国外交における日米同盟の重要な地位に変わりはない、と考えていると高みから論じていた。

 そして、「日本が、こうした本来余り真剣になるに値しないことに、これほど真剣になるのは、米国との同盟関係が弱まり、米国の外交戦略における自国の地位が下降することを恐れているからだ」と一刀両断斬り捨てている。

 <数十年来、日本は自らをアジアの長男、「雁行の先頭」と見なしてきた。だが近年日本は、この「長男」としての地位が中国の脅威と試練にさらされ始めているのを感じ、はなはだしくは中国に敵対する右翼である石原慎太郎さえもが「先入観」を棄て、「中国が朝鮮を合併する」ことに賛成するに至っている。米国に軽視され、国際問題において次第に端へ追いやられることが、人々の間で盛んに議論されるようになっている。>

 など、中国人の見方はいつも中華思想で他国への思いやりも何もない。日本から莫大なODAをもらいながら、その何十倍という金を資源外交でアフリカや南米の途上国にばらまき、石油や希少金属を独り占めし、軍事力を毎年増やし、原子力空母も持つのだ、という。江沢民前国家主席の反日教育を受けた世代が書いているのかどうかは知らないが、そういう本当の歴史を知らずに、共産党から教え込まれた偽史だけで育つと、こういう頭でっかち人間ができる。

 面白いからもっと読んでみよう。

 キーティング米太平洋軍司令官が2007年5月に訪中した時に「中国の空母開発は理解できる。米国はこれを援助したい」と表明。2008年夏の米誌「フォーリン・アフェアーズ」が「米中G2モデル」という斬新かつ重大な戦略構想を提言し、その後オバマ政権の顧問・ブレジンスキー氏が「米中は手を結び成果を上げるべきだ」と表明した、と書き、「米国の中国重視・中国有望視政策はすでに疑問の余地がない」と堂々の宣言だ。

 <他の西側諸国も、金融危機が日増しに深刻化する中でも次々と中国に期待し、経済回復の希望を中国に寄せている。温家宝総理の欧州歴訪の際、スイスのメディアは、両国間で多数の協力合意が締結されたことについて「中国が欧州に危機解決の援助の手を差し伸べた」と表現した。ドイツのメルケル首相は「ドイツは中国の国際的な地位と役割を非常に重視している。両国の対話・協力レベルをさらに引き上げたい」と述べた。英国のブレア首相は「中英は強大な関係を構築し、われわれが難局を乗り越えるための要の力、将来において(経済)成長と繁栄を実現するための力強い推進力となる」と表明した。フランスのフィヨン首相は中国との関係の強化を希望するとし、「われわれには中国が必要だ。世界も中国に頼り経済衰退を抜け出すことを必要としている」と表明した。EUのソラナ上級代表は「中欧関係には計り知れぬ意義がある」と表明した。>

 なるほど、そうだろう、とは思う。特に欧州の金融機関の傷は深く、中国の国家ファンドに期待する声が上がるのは当然なのだ。

 日本人が知らないだけで、実はヨーロッパの国々は中国市場の有望さに目が眩んでおり、それは昔からだったのだ。ドイツがヒトラーが台頭する前から蒋介石の中国に軍事顧問団を派遣、軍隊を鍛えたから、上海事件では中国軍は強く、日本軍は苦戦の連続だった。ドイツ参謀本部はヒトラーが政権を取ってからも中国へのコミットをやめようとせず、日本からの苦情でヒトラーが軍に命じてようやく顧問団が引き揚げた。なぜコミットしたかと言えば、中国はドイツから最新鋭の武器を買い、他にも多くの品を輸入したから、ドイツは市場としても中国を手放したくなかったのだ。

 最近だって同じだ。中国の軍事・民生両面の技術開発にフランス、ドイツの高度技術が導入され、日本人が知っている以上に中国・ヨーロッパ関係は深い。

 そういう背景を知っていれば、こういう文章を読んでも驚かないだろう。

今まで、中国の人権問題をあげつらう米国を苦々しい顔で見て、裏で貿易で儲けていたヨーロッパである。

 <世界各国から中国への称賛の声が潮の如く押し寄せているが、なおも中国には己を知る賢明さがあり、これらを「ほめ殺し」とも見なければ、有頂天にもならず、他国の危機に乗じて自国の利益を謀ることもなく、心を合わせて助け合い、大国としての責任を履行しようとしているのである。だが日本はこれにかえって神経過敏になり、居ても立ってもいられず、なぜ各国が同様に巨額の外貨準備高を持つ日本を軽視して、社会主義の中国を持ち上げるのか理解できずにいる。今日に至ってなお、いわゆる「価値観外交」のロジックを堅持している日本は、あらゆる努力を尽くして国際社会における地位の下降、「辺縁国家化」(国際社会において端に追いやられること)を回避する必要に迫られている。>

 しかし、よく言うよね。偉そうに。それだけ日本への劣等感があるんどあろう。

 <日本は先月、国連安保理の1カ月交代の議長国に就任した。これはモルディブの議長国就任と同じで、なんら特別な意義を持たないのだが、日本はこの件を「辺縁国家化」を阻止するための、重要な一手と見なしている。>

 これは、その通り。何ともちんまい。こんな使い勝手の悪い国連など捨てて、新しい組織をつくればいいのに、そういう知恵が回る人間が今、日本では表面に立っていないから、仕方ない。

 <日本の学者・北岡伸一氏は「外交フォーラム」2008年11月号に寄稿した「岐路に立つ日本??積極平和主義とグローバル外交」において、「冷戦時代の残滓を捨て去り、新たな外交の展望を切り開き、かつこれに適合した体制を構築できるか否か、日本外交は重大な選択に直面している」「今後数年内に、この難関を乗り越えられなければ、日本は世界の大きな趨勢にとってどうでもよい二流国家に没落せざるを得ない」と指摘し、「二流国家」への没落は、国際問題において端へ追いやられることを意味すると懸念している。>

 今後数年、というのはどういう意味なのか? 北岡論文も読まにゃいかんなぁ。

 <北岡氏の懸念は単に日本人特有の危機意識によるものではななく、現実の変化に直面して生じた焦燥や不安の発露であると見るべきだろう。だが強調しておく必要があるのは、国際問題において日本を「辺縁国家」に追いやっているのは、他国ではなく、ほかならぬ日本であるということだ。>

 これはいい指摘だ。私も同感だ。

 <ひとたび日本が北岡氏の望むように「平和主義陣営」を完全に放棄したうえで、かつ政局不安を脱却できず、いわゆる「価値観外交」と「一本槍」の対米従属外交を引き続き堅持し、経済力が低下し続け、対外援助も削減した場合、日本は国際問題において端へ追いやられていく一方だろう。少し前に米国防副次官(アジア太平洋担当)を務めたリチャード・ローレス氏が言ったように、「日本は自信や自己主張に欠け、自分で自分を隅へ追いやっている」のだ。米国に言わせれば日本は「自閉症を患ったパートナー」だ。>

 20%の事実と、80%の嘘をゴチャゴチャに混ぜて書くのはやめようよ。こっちは真面目に読んでいるのだから。そんな手の込んだ書き方をしなくとも、日本人は反省すべきは反省している。公害を日本にまで持ち込んだり、毒の食品を輸出したりしながら、日本の領海を侵犯して、尖閣諸島まで奪おうとしているのは海賊そのものだと思うけれども、まあ、黙っていよう。

 <細かく思い起こせば、日本の「辺縁国家」化には必然性があったように思える。国際政治の表舞台でも舞台裏でも、対米従属外交を常に忘れぬ日本が、この大がかりな芝居に出て、米国の後ろをついて行くその他大勢の脇役以外に、いったい何の役を演じることができるのか?近代以来、日本国内では「大日本主義」と「小日本主義」の論争が絶えたことがない。日本はかつて2回、アジア、さらには世界で大役を演じたが、それを千年、万年と続けるのは不可能だ。>

 過去2回大役を演じたことをちゃんと覚えていてくれるのはありがたい。日清戦争と南京大虐殺で覚えているのだろうが。

 <「元曲」に「今日の少年、明日は老い、山は変らず美しく、人はやつれ果てる」という歌がある。日本は、作家の五木寛之氏が最近「中央公論」で主張したように、衰退に直面する心構えをし、「優雅な縮小」を目ざし、ギリシア、ポルトガル、スペインのような世界に尊敬される国になった方が良い。その実、「辺縁国家化」は恥辱と同義ではない。風水は循環するのであり、お互い100年だ。「辺縁国家化」は、次の再起に向けた準備でもある。スペインのように世界各地に日本版「セルバンテス文化センター」を設立して日本文化を広める能力があるのかどうかはわからないが、それでも日本が「優雅」で紳士的な「辺縁国家化」を納得することを望むものである。(編集NA)>

 敵ながら天晴れだ。

 ここまで堂々と挑戦的な文章を相手国に叩き付ける自信のある日本男児はいるだろうか? どこかにはいるだろうが、私は知らない。こういう愛国心溢れる若者を育ててしまった中国の反日=愛国心教育はとんでもない結果を引き起こすかもしれない。

 それにしても、人民日報日本語版でこんな論文を掲載するんだぁ。随分と自信満々なんだねぁ、中国は。

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2009年2月12日 (木)

日本人の「初期設定」、国民合意がないのは昔からか?~内田樹氏の毎日新聞2月12日夕刊寄稿から

 毎日新聞2月12日夕刊文化面連載[水脈]に内田樹・神戸女学院大教授(フランス現代思想専攻)の<日本特殊論/他国と比較「だから、どうした」>が掲載されており、面白かったので書いておく。何が何だか分からないと思うので、第一段落を書き写しておこう。

 <「日本特殊論」という言説がある。任意の論件について「日本は他国とこう違う」ということおを列挙し、そこから「だからダメなんだ」と「だからよいのだ」と二種類のどちらかの言明を導くものである。私はそれ以外の第三の言明もあってよいのではないかと思う。「だから、どうした」である。>

 この文章を読めば、内田氏が他者に論争を挑もうとしているのが分かる。楽しい論争を、である。今、若者に抜群の人気の哲学者だという。論争相手には不足だろうが、一応、内田氏の論にコメントをつけながら読んでみる。

 まず内田氏はオバマ米大統領の就任演説について「アメリカ的なスピーチだと思った」として、

 <清教徒も、アフリカから連れてこられた奴隷たちも、西部開拓者も、アジアからの移民たちも、それぞれが流した汗や涙や血は、どれも今ここにいる「私たちのため」というものだったという国民の歴史の連続性が強調されていたからである。>

 <アメリカ人がアメリカ人であるのは、「かつてアメリカ人がそうであったようにふるまう」限りにおいてである。つまり、アメリカ人の国民性格はその建国のときに初期設定されている。だからもし、アメリカがうまくゆかないことがあったとしたら、それはその初期設定から「逸脱」したせいなのだ。彼らはそう考える。そういう場合には「初期設定に戻す」のである。(誤作動したコンピューターといっしょである。)>

 アメリカ人はリセットできる、という。ところが、日本人には立ち還るべき「初期設定」が一杯ありすぎて、どれが「初期設定」なのか、国民合意ができていない、というのだ。「敗戦」なのか「明治維新」なのか「天孫降臨」なのか、と。

 <だから、私たちは危機に際会したときに立ち還るべき原点を持たないのである。>

 という問題提起は重いと思う。

 <私たちがうるさく語り合うのは「アメリカではこうだが、日本ではこうだ」、「フィンランドではこうだが、日本ではこうだ」という類の他国との比較だけである。私たちには「時代を超えて継承されてきた国民性格」に基づいて、国民として果たすべきことを叙するという習慣がないのである。>

 これは、今の時代というか明治維新後を見ればその通りだと思う。特に戦後は「戦前、戦中はすべて悪だった」というGHQの史観を受け入れながら民主化が進んだこともあって、この考え方がほぼ日本を覆い尽くしている観がある。

 しかし、内田氏の次の言葉が挑戦的に聞こえるのだ。

 <私たちは「そういう国民」なのだ。私たちは「あるべき国民像」を、祖先たちの生き方を範とすることでなく、同時代の他国との比較でしか語れない国民なのである。それが「時代を超えて継承されてきた国民性格」であるなら、「それで何か問題でも?」と反問しつつ、その「同じ旅程」を私たちもたどる他ないだろう。>

 である。

 内田氏ほどの方だから、「反米」と「親米」、「鎖国」と「摂取」、「愛国」と「国際化」など対立する概念を一つの人格の中に持つ近代知識人の煩悶の歴史を知らないわけがないだろう。夏目漱石、和辻哲郎、柳田國男、小林秀雄、江藤淳各氏らの努力はまさにそこにあったわけだろう。

 だから、内田氏の言いたいことは軽佻浮薄で伝統の重みを全く理解できないマスメディアと文化人、学者や政治家への痛烈な批判なのだ、と理解している。

 内田氏は温故知新ができないことを「日本人の国民性格」というが、兼好法師や紫式部、親鸞や日蓮を見れば、あふれるほどの愛国心と伝統を大切に受け継ぎながら一部を壊し、新たに建てるという作業を繰り返してきたことが分かると思う。日本人の国民性を考えた時、決して、縦の思考(歴史的思考)ができずに平目のような横の思考(世界比較)だけで生きてきた民族とは思っていない。

 しかし、内田氏はそんなことは百も承知で言っているのだろう、と思う。内田氏が言うように他国比較を絶対である如く言う「文化人」「政治家」が多すぎるし、テレビメディアなどを通じて、相当の悪影響を日本国民に与えていると思う。「だから、どうした」の視点は非常に大切だ、と思う。

 特に外人による日本論、日本人論を有難がって拝聴し、神棚に祭り上げることだけはやめたほうがいい。最近の新聞でチャルマーズ・ジョンソンのインタビューが出ていた。例の日本異質論者だ。最近は日本の左翼と相性がいいようだが、そんな連中の片言隻句に一喜一憂することはやめよう。外人の話も日本人の話も同じ地平で見るようにすれば、違ったものが見えてくると思う。

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金賢姫元死刑囚と会える!+田口八重子さんは生きている?~2月12日各紙朝刊から

◆金大中、盧武鉉両政権の犯罪的な北朝鮮摺り寄り→金賢姫貶め工作

 中曽根弘文外相が11日、韓国の柳明桓外交通商相と会談し、1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元北朝鮮工作員(47)と拉致被害者の田口八重子さん(行方不明時22歳)の家族の面会が「遠からず実現すると承知している」(柳氏)と、実現の運びとなった。家族は以前から要望していたが、金大中、盧武鉉両政権は金賢姫氏が北朝鮮が爆破事件を実行した、と歯に衣着せずに証言し、北朝鮮がその犯罪を否定していることから、北朝鮮に気兼ねして、金賢姫氏を事実上、軟禁状態に置き、外部との接触を断っていた。

 穏健保守の李明博政権になってようやく拉致被害者家族と金元死刑囚との会談が実現するが、金大中、盧武鉉の8年間の「空白」が日韓関係にとっていかに長かったか、が立証される事態となっている。

 金大中、盧武鉉両政権下での不気味な動きについては朝日新聞が最も詳しく報道していた。朝日新聞は2月12日朝刊1面2段<金元死刑囚と田口さん家族/「遠からず面会」/韓国外相>で、

 <韓国政府関係者によると、田口さんの家族は今年に入って日韓両政府を通じて金元死刑囚に『韓国で1月中に面会したい』と打診。金元死刑囚は『お目にかかりたいが、今は事情があって会えない。時期を改めて考えたい』と回答していた。韓国政府関係者によると、面会は早くても春ごろになる見通し。金元死刑囚の安全を考え、面会を非公開とする意見も内部で出ているという。>

 と書いていた。そして、田口さんの兄、飯塚繁夫さん(70)の「我々が会うこと自体が拉致問題全体へのインパクトになると思う」との話を掲載した。

 良かったのが朝日新聞国際面のまとめだった。見出しは<金元死刑囚 田口さん家族への面会/新事実判明は期待薄>となぜか後ろ向きで、せっかく会えることになったのに、朝日新聞は冷や水をかけようとしているのか、と思ったが、これは見出しだけのことだった。社内に相当数の北朝鮮シンパがいて、見出しだけは北朝鮮を怒らせないものに、と頼んだのかもしれない。見出しはひどかったが、ソウル支局の牧野愛博特派員の記事はしっかりしていた。

 記事の内容をピックアップして書いておこう。

 <金元死刑囚との関係がこじれた過去2代の革新系政権に取って代わった李明博政権が協力的なことから、春ごろには面会にこぎつける可能性がある。>

 <1998年の金大中政権発足後間もなく、金元死刑囚は水面下に姿を消した。盧武鉉前政権まで2代にわたり北朝鮮に融和的な政権が続き、北朝鮮に批判的な金元死刑囚の言動に神経をとがらせたからだ。 田口さんの家族は2004年にも日本政府を通じて面会を打診したが、韓国政府は「母親がテロリストだったことを子どもに知られたくないと金元死刑囚が訴えている」と説明。田口さん側が託した手紙の受け取りも拒んだ。

 2004年だから、金大中か盧武鉉か。いずれにしても、非人道的もいいところだ。金大中大統領はノーベル平和賞に値しない。その弟子の盧武鉉大統領はもっとひどい。北朝鮮に金を送ることばかり考えていたのだろう。何を怖がっているのだろうか? 北朝鮮に弱みを握られているのか?

 <ところが保守の李政権になって金元死刑囚は昨年10月、元韓国国会議員に接触。盧前政権下で、情報機関の国家情報院が「韓国側の自作自演だった」などとして爆破事件の見直し調査を進めたことを批判する手紙を託した。 元議員は「自分の証言が疑われたことに怒ったようだ」と語る。1月には、有力ジャーナリストとも面会し、国情院の対応を批判した。元議員らによると、金元死刑囚は国情院長らに謝罪を求める手紙を送ったが、反応がないため、直接行動に出たという。>

 李明博政権への政権交代が実現していなかったら、親北朝鮮政権が3代も続いていたら…と思うとゾッとする。国家情報院の中まで親北朝鮮勢力に侵食されていては、米国だって安易に米韓合同演習だってできない。安全保障にかかわる重大事なのだ。

 しかし、この親北朝鮮勢力と日本の和田春樹氏らに代表される「進歩勢力」がタッグを組み、北朝鮮に利益を与えるように様々な策動がまだまだ続いている、ということを忘れてはならない。

 <田口さんの家族と面会する案も、そんな中で浮上した。金元死刑囚は元議員にあてた手紙で「テレビで(田口さんの)息子をみた。会ってあげられなくてもどかしい」と語り、ジャーナリストには「ぜひ会いたい。日本にも行ってみたい」と伝えた。金元死刑囚は元議員に「国情院から納得のいく返事をもらうまで面会には応じられない」とも語っており、実現に時間がかかる可能性もある。>

  国家情報院の謝罪がないとなかなか難しいだろう。李明博政権は国家情報院の中の左翼勢力は排除できたのだろうか? なかなかしぶとい連中だから、日本が全面的に後押ししてあげないと、李明博大統領もやりにくいだろう。

 <韓国政府は面会に全面的に協力する方針だが、金元死刑囚は電話を持たないため、具体的な面会時期の指定について連絡を待っている状態だ。韓国政府内には面会の実現時期を「春先」と予想する声が多いが、「北によるテロの可能性もある。メディアの関心が高いうちは面会は難しいかもしれない」との声もある。>

  北朝鮮は金賢姫を殺したくて仕方ないだろう。もともと青酸カリカプセルを噛もうとして、その前に取り押さえられたので生きている。一緒にいた男性は青酸カリで死んだ。生きていること自体が奇跡なのだ。そこまでの危険な任務をさせて、見捨てて殺そうとする北朝鮮という独裁国家に批判の目を向けない和田氏らが韓国で反政府勢力におためごかしを言って人気を集めているのはいいとして、どうしてそのような人物が国立大学教授として、国民の税金を貰っているのか? 非常に疑問に思う。

 <一方、金元死刑囚は取り調べや手記などで、田口さんとの生活について詳細に語っている。このため面会が実現しても新事実は出てこないとの見方が日韓両政府には強い。>

 この部分と前文の中の同趣旨の部分は牧野氏が誰か編集局内の北朝鮮シンパに書かされているのではないか。突然、木に竹を接ぐように出ている。会談してみなけりゃ分からないじゃないか、と思う。大体、北朝鮮の主張する「韓国の反北朝鮮宣伝だ」という主張を打ち砕く証言が出てくるのだ。それが嫌な連中が日本にも韓国にも多数いる、ということを示している文章ではないか、と思う。

◆田口八重子さんは生きている?

 東京新聞は2月12日朝刊1面トップ<拉致2女性、北で結婚か/生存の可能性強まる/「田口さんは韓国人と」「松本さんは日本人と」>で北朝鮮が発表した田口さん死亡の情報自体が嘘だった可能性がある、と報じた。ソウル支局の築山英司特派員の記事だ。

 情報ソースは日本政府関係者である。東京新聞は前文で「認定拉致被害者17人のうち、少なくともこの2人は北朝鮮で生存している可能性が高いとみている」と書いていた。特に田口さんは金賢姫元死刑囚に日本語を教えた「李恩恵(リ・ウネ)」だったという。焦点の2人が生きており、当時の証言が出来れば、大きく事態は動くだろう。

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行天豊雄元財務官は「円高阻止の為替介入するな」と産業構造の転換要望~毎日新聞2月12日朝刊、日経新聞10日朝刊から

 毎日新聞2月12日朝刊2面[危機を解く④]は国際通貨研究所理事長の行天豊雄氏(78)のインタビューだった。聞き手は日銀を担当しているのか、赤間清広記者である。見出しは<米国依存からの脱却を>だ。

 行天氏は東大経済学部卒。プラザ合意後の1986~89年に大蔵省財務官。今回の金融危機では金融サミットの首相特使を務める。

 危機が米国経済だけでなく世界に広がり、なおかつ、最初は傷が浅いと見られていた日本経済が最も深い傷を負いそうになっており、そのへん、通貨マフィアがどう見ているか、注目のインタビューだ。本文を見てみよう。

 <金融危機の震源地の米国や欧州は金融機関に対する公的資金投入や大量の資金供給をしているが、信用収縮が止まっていない。金融機関も、投資家も、企業も「いったん金を出してしまったら返ってこない」と疑心暗鬼に陥っているためだ。>

 米国で信用収縮が止まらない、と。今でもそうなのか。この日の毎日新聞経済面にバーナンキFRB議長が10日、米下院金融委員会でインフレ目標について「建設的なステップだ」と前向きな評価を明らかにした、と出ていた。

 面白いのはバーナンキ氏らの言葉遣いが普段、私たちが新聞で知っている用語と違う、ということだ。

 この点については秋元英一氏が199年の著書「世界大恐慌~1929年に何がおこったか」の講談社学術文庫版を出版して、その90ページで

 「経済学では自立反転のプロセスをとおして景気回復が起きる可能性のある時期を不況とは呼んでも、デフレーションとはいわない。不況が深化して、人々の期待がある点をこえて悪化すると、もはや自律的に景気回復を望むのは無理で、放置すれば需要不足、資金不足が経済活動の低下を呼び込んで、景気は螺旋的悪循環を描いて悪化する。この時期をデフレーションの時期と見る

 と書いていた。

世界大恐慌――1929年に何がおこったか (講談社学術文庫 1935) 世界大恐慌――1929年に何がおこったか (講談社学術文庫 1935)

著者:秋元 英一
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 バーナンキ氏はこの言葉遣いをしている。だから、毎日新聞の先ほどの記事でも、

 「FRBは、景気低迷と原油価格の下落でデフレへの懸念を強めている。インフレ目標は一般的に物価上昇を抑えるために使われるが、デフレ阻止にも有効との見方がある。バーナンキ議長は過去『大恐慌時代は典型的なデフレ』と指摘している」

 と書いてあった。

 行天氏の話に戻る。

 <危機収束には信用の回復が重要で、政府がカネに糸目を付けず金融機関の債務を保証したり、不良資産を買い上げるなど政策を総動員するしかない。ただ、実体経済の急速な悪化が金融安定化策の効果を減殺しているうえ、危機の根源である米国の住宅価格も下落を続けている。経済の現状は相当厳しいと言わざるを得ない。>

 相当に厳しい、との御託宣だった。オバマ政権の「21世紀版ニューディール政策」の評価を聞かれると、

 <フランクリン・ルーズベルト大統領の積極的な財政出動によるニューディール政策が大恐慌からの回復に役立ったのは事実だが、景気復興を早めたのは戦争経済への移行に伴う需要急増だったことは無視できない。オバマ政権は環境やエネルギー分野で大胆な公共投資を打ち出しているが、「戦争特需」には勝てない。

 冷静である。日本の高度経済成長への道が傾斜生産方式だけでなく、天佑のように持ち上がった朝鮮戦争だったのと同じように、ルーズベルトのニューディールも戦争景気というもう一つの要素が絡み合わなければあれだけ大きな効果は出なかった、というのである。事実だ。

 <米景気の年内の底打ちは難しく、先行きが明るいのか、相当暗いのかはっきりしてくるのは2010年末になるだろう。景気が持ち直しても「V字回復」はあり得ず、「U字形」の緩やかな回復にとどまる。>

 来年末にようやく先の見通しが明るいか暗いか分かる、という。底なし世界不況だ。また、今後の世界経済のあり方を聞かれて、

 <問題は米国がどういう形で復活していくかだ。ウォール街がハイリスク・ハイリターンのビジネスをやめ、伝統的な金融に回帰するのか。消費者は本当に貯蓄志向に変わるのか。また、公的関与が強まった結果、米経済のダイナミズムが失われてしまわないか。米国の経済再生の道筋を見通すのは非常に難しいが、日本も、欧州も、中国も米国の経済構造変化にいや応なく大きな影響を受ける。

 つまり、まだまだ見えない、ということ。米国民の過剰消費体質が改まるかどうか、見極めないとものを言えないだろう。日本については、

 <(日本は)米国頼みの輸出依存からの脱却が必須だ。輸出企業に不利だからと安易に円高阻止の為替介入をするようでは経済は立て直せない。今後、世界経済はドル圏、ユーロ圏など地域化に向かうと見ているが、その時アジアはどのように経済統合を進めていくのか。通貨の問題など課題も多いが、日本は中国や韓国、ASEAN(東南アジア諸国連合)と連携してアジア域内での生産と消費を活性化し、各国が互いに繁栄する構造を目指すべきだ。>

 輸出産業中心の産業構造から内需中心の産業構造、内需中心でも生き残れる国家戦略の策定、ということだろう。鎖国はできないのだから、アジアでまとまろう、と。今はそのチャンスなのかもしれない。中国の脆弱性が露わになっており、日本の存在感、必要性をアジア諸国が再認識するようならば、この提案は実現の可能性がある、と思うのだが。

 行天氏は2月10日日経新聞朝刊5面[金融危機下のG7~焦点を聞く㊤]<日本、アジアで存在感を>にも登場していた。このインタビューでも同様な内容なのだが、メモしておくべきは、

 <当局は政策を打ち出すだけでなく、市場の信認をきちんと得ることに気を配らなくてはならない。景気刺激に向けて財政支出が拡大し、中央銀行も大量の資金供給を続けている。規律があまりに緩んでいると市場がみなすようになれば(長期金利の上昇など)新たなリスクが生まれ、施策の効果が帳消しになりかねない。>

 という部分と、

 <オバマ政権の課題は住宅、金融、雇用の三つだが、いずれも特効薬があるわけではない。住宅は建てる人、売る人、資金を貸す人のそれぞれがうまく機能しなくてはならない。不良債権処理が欠かせない。金融市場の再建では、公的資金の注入など走りながら考えるようなところがあり、必ずしも十分に練られているわけではない。保護主義のようなポピュリズム(大衆迎合主義)も強まっており、新政権の課題は多い。>

 為替については、

 <日本は景気の悪化が急なため円高となる要素が薄れ、為替介入が必要な状況ではないと思う。>

 という見通しが重要だと思う。

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植草氏は「小泉氏が郵政民営化の真実隠蔽のために解散に言及した」と言うが……

 <植草一秀の『知られざる真実』~マスコミの伝えない政治・社会・株式の真実・真相・深層を植草一秀が斬る>という植草氏のブログは以前も内容を紹介したが、2月12日アップ分<「かんぽの宿」疑惑解明に慌てふためく小泉元首相>は小泉純一郎氏の行動をどう読むか、を分析していた。

 <郵政4分社化とは①「ゆうちょ」、「かんぽ」の340兆円の資金が特定勢力に「収奪」されること②「郵便局ネットワーク」が将来的に「破壊」されること③日本郵政グループ保有の巨大不動産資産が特定勢力によって「私物化」されること――をもたらす「工作」である。>という主張を手を替え品を替えて訴える植草氏だが、その主張だけでなく、折に触れて政治批評のように永田町の動きを批判している。

 以下は植草氏のこのブログの中からピックアップした言葉である。

 <小泉元首相は「定額給付金」を実行するための衆議院3分の2条項での再可決を否定する見解を示した。法案が衆議院で再可決されなければ、麻生政権は解散か総辞職に追い込まれる。小泉元首相の発言は衆議院解散を誘導しようとするものである。

 <小泉元首相が慌てふためいて麻生首相批判を展開し、衆議院の解散総選挙を誘導しようとしていることは、「かんぽの宿疑惑」解明が進むことにより、よほど「不都合な真実」が浮上することを暗示している。選挙による疑惑解明阻止を狙っている側面も感じられる。

 なるほど、そこまで大胆に発言したか。何が何だか分からなくしてやろう、ということか。

 <「かんぽの宿疑惑」解明が進めば、日本郵政の西川善文社長が解任される可能性が高まるだろう。日本郵政株式会社法附則第2条および第3条に規定された、「かんぽの宿」売却および日本郵政株式売却が凍結される可能性が高まる。>

 <小泉元首相は「郵政民営化」が見直されることを阻止するのに懸命である。>

 ここが私植草氏の見解が決定的に異なる点だ。植草氏は郵政民営化を潰さねばならない、と思い込んでいるようだが、潰してどうするのか? 私は民営化はやむを得ないのではないか、と思っている。ただ、「かんぽの宿」問題のような問題をそのままにして売却を続ければ、国民の中に芽生えた疑惑、不信、不満がいずれ爆発して、民営化そのものが信用されなくなり、駄目になってしまうのではないか、と思っているのだ。

 前にも書いたが、財政投融資の合理化を進めるためにも、郵貯や簡保をそのままにするわけにはいかないだろう。ただ、国鉄の分割・民営化も電電公社でも公正で透明な手続きで民間に売却したり、と、その手続きの情報公開性には相当に気を遣っていた。当たり前の話で、そうでなかったら、李下に冠である。

 だから、今回の問題は入札→落札業者がオリックスの宮内義彦氏の関連会社だったということだけで、国民から疑惑の目で見られているのだ。

 竹中平蔵氏はテレビに出たり、産経新聞の1面コラムを使ったりしながら、宮内氏を排除したら、今後、政府の審議会に協力する経済人がいなくなる、とかかばっているが、それは論点のすりかえだ。肝心なのは国民に納得いく公明正大さが担保されているかどうか、である。

 植草氏のブログに戻る。植草氏はこの前もそうだったが、マスメディア批判を展開する。なぜだろうか?と疑問だったのだが、今回、理由が分かった。

 <「郵政利権化」に連なると見られるテレビ朝日をはじめとするマスメディアも、麻生首相の「郵政見直し」発言を激しく攻撃し、もはや国民からまったく支持されていない小泉元首相を「水戸黄門」の如くの演出を凝らして報道する。マスメディアは、「日本竹中新聞」や「テレビ小泉」のような偏向メディアに占拠されている。

 なるほど、「メディア」と言っていたのはテレビ朝日のことだったのか。

 そういえば、私もテレビ朝日の夜のニュースショーを見ていて、「みなさんはどう思われますか」と上目遣いで媚びるような言葉遣いをしていた男性キャスターの、あまりに身勝手な理屈に驚いたことがある。植草氏はキャスターが悪いのではなく、テレビ朝日が総体の意思でやったことだ、と言おうとしているのか? まさかぁ。

 それと、「日本竹中新聞」は「日本経済新聞」のことだろうか? 「日本」がついているから、そうなのだろうか? 日経はかわいそうなくらい、この問題では反鳩山にのめりこんでしまって、方向転換ができずに苦しんでいるようなのだが。テレビ朝日は民放だから、総務省と喧嘩できず、総務省をいまだに牛耳る(?)竹中氏の一派に頭が上がらないのかもしれないが(無理やりそう書いたけど、違うと思うけど。というのも旧郵政省の官僚は「竹中憎し」だろうから、竹中氏がいまだに影響力を持っているとは思えないから)、日経新聞が竹中氏に遠慮する筋合いは全くないのではないか? 何か、植草氏が描く「人脈相関図」も分かりにくいなぁ。

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2009年2月11日 (水)

亀井勝一郎氏が選んだ「心に沁みる名言」から<