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2009年5月

2009年5月31日 (日)

中央日報の社説が良かった:民主化勢力の金正日崇拝を否定する論理だ~5月31日中央日報社説

 韓国紙「中央日報」5月31日の社説<韓国人は頭に核を載せて暮らす「意識の戦争」状態>は立派だった。「北朝鮮の核兵器はいずれおれたちの武器になるのだから、そのままでいい」などと無責任なことを言う左翼勢力や学生たちに「そんなことはありっこない」と釘をさしながら、安全保障政策でまともに北朝鮮に対峙しよう、と呼びかけている。民主化勢力といわれる人たちが金正日総書記の奴隷になってしまった現在、孤高を保っている言論界が血を吐くようにして書いた愛国の社説である。
 <21世紀に入って地球上に2度の核実験があった。主人公は我が民族の半分である北朝鮮だ。2006年10月に続き、25日、2度目核実験をした。ロケット発射→核実験以後にも挑発は続いている。北朝鮮は停戦協定の無効化を宣言したかと思ったら、30日には大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の動きまで見せた。韓国の国民葬は気にも止めなかった。>

 盧武鉉のことなど金正日は気にかけていないのだそうだ。仲間とのも思っていない。自分で言っているように「馬鹿な盧武鉉」と見ているのだろう。

 <北朝鮮が取る一連の歩みは全世界を相手に核攻撃ができる能力、すなわち「核兵器体系の完結性」を誇示するために計算されたパッケージ型挑発だ。北朝鮮の目標は明らかになった。核保有国そのものだ。交渉用ではないのだ。韓国はこれからは、北朝鮮の核を頭に載せて暮らすことになった。>

 韓国も核兵器の照準に入るのだぞ、という話だ。

 <核兵器は破滅の安保手段であると同時に、絶対恐怖だ。一つの投下で数十万人が命を失う。核保有国と戦線を合わせた国の在来式戦力はあっという間に武力化する。韓国が599兆ウォンをかけて推進する「2020国防改革」のような戦力先端化努力も無意味になってしまう。建国以後、特に韓国戦争後に築いた国家の富と外交力は揺れるほかない。>

 通常兵力の国防力が無意味になる、という核兵器の怖さだ。

 <不動産発世界金融大乱を精密に予見し、ドクタードゥーム(Doom、破滅)または「最後の悲観論者」と呼ばれるヌリエル・ルビニ米ニューヨーク大学教授は「10年を見守った。韓国の基礎は丈夫だ。現在、成績はB+だが、Aに行く希望がある」と言った。こうした希望を北朝鮮の破滅的脅威が振さぶっている。>

 ヌリエル・ルビニ米ニューヨーク大学教授がそう言っているのか。

 <もっと大きな問題は韓国人一般の意識だ。「その核は我々を狙ったのではないのに何を騒いでいるのか」、「統一されれば北朝鮮の核は結局私たちのものではないか」という声が耳に入る。2006年1回目の核実験のときは「強硬な」米国ブッシュ政権のせいだと言った人々が、今度は「李明博政権が南北関係を遮っていったから」と言う。北朝鮮が核実験をしたことに対する対応として、韓国政府が大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)に加入すると「韓半島平和を脅威する行為」だと主張する人もいる。>

 若者の馬鹿な考えを戒めている。

 <しかし、学生たちのためにもはっきりすることはしよう。韓半島の平和を脅かしたのは韓国政府ではなく核実験をした北朝鮮であり、核実験の責任者はブッシュ大統領や李明博大統領ではなく金正日国防委員長だ。>

 金正日の責任だ、という当然のことをこれだけ回りくどく言わないといけないのか?

 <北朝鮮は国際社会の代表的ならず者国家であると同時に予測しにくい国だ。韓国が太陽政策を推進した10年の間にも2度、延坪海戦を起こした。金正日の核は韓国人を守ってくれることも、韓国と無関係なこともありえない。北朝鮮の核は私たちに破滅的恐怖を与えるだけだ。その上に北朝鮮が核を保有している限り、統一は不可能だ。核を持った統一韓国を支援する強大国はないだろうからだ。北核の解体は統一の必須条件だ。そのためには我が内部の分裂を克服すべきである。安保に関する限り、現在の南北関係が「意識の戦争状態」にあることを直視して屈強な意志を共有しなければならない。不安を育てようというのではない。厳重な現実を直視しようということだ。>

 北朝鮮の核排除が南北統一の条件だというのは本当だ。その前に北朝鮮を滅ぼさないといけないのだが。

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北朝鮮で富裕層叩きだって! 億万長者がいるのだそうだ~朝鮮日報5月31日ネット版から

 朝鮮日報ウェブ日本語版の5月31日アップ分に<北朝鮮で「富裕層たたき」が本格化>という記事があった。姜哲煥記者のリポートで、北朝鮮の国内事情だ。脱北者や公安の資料をもとにまとめた記事だろう。上下の連載だったが、一緒にコピペする。

 <北朝鮮で「富裕層たたき」が本格化している。国防委員会は最近「社会に根深く浸透した資本主義的な要素を根こそぎ抜き取ろう」という指示を出し、違法な手段で大金を稼いだ富裕層に対する監察を行っている。北朝鮮情勢に詳しい消息筋によると、今回の監察は、朝鮮労働党中央委員会の高級幹部を最高責任者とし、国家安全保衛部や検察などの権力機関が一体となって、全国を巡回して行っているという。>

 <最近韓国へ入国した脱北者によると、今回の措置は昨年中ごろ、咸鏡北道清津市で初めて行われた「非社会主義検閲」で、人民警備隊傘下のナムガン販売所のホン少将の自宅から200万㌦(現在のレートで1億9000万円)が発見されたことがきっかけとなった。ホン少将はこの莫大な金を国家に寄付する条件でいったんは釈放が決まったが、保衛部の調査の結果「敵線」(敵対国の情報機関)から資金が流れていたことが確認され、結局処刑された。この事件をきっかけに富裕層に対する監察が始まった。>

 富裕層叩きとは言うものの、日米韓3カ国の情報機関のスパイ摘発なのか。

 <取得した経緯が分からない資産があると、無条件で保衛部へ連行され、「敵線」からの資金かどうかについての取り調べを受ける。その結果「敵線」からの資金であることが分かれば、地位を問わず処刑される。北朝鮮で億万長者が最も多い平壌を皮切りに、これまでに清津や新義州で監察が行われたが、先月には新義州だけで3人が処刑され、約10人が強制収容所へ送られた。>

 そこまでやらねばならないほど、西側から賄賂をもらって生活している高級幹部が多いということか。

 <監察団は住民からの情報提供を基に監察を行うという手法を取っている。自宅にフィットネス設備やサウナがあったり、愛人がいたり、あるいは水やコメ以外のすべての食糧を外国産のものでまかなっていたりする者が監察の対象になっている。北朝鮮では最近、カラオケルームや大きな水槽、豪華な庭園などを設けた豪邸を建てることが、富裕層の間で流行している。>

 中国共産党の一部階級と同じなのだなぁ、北朝鮮も。こういう暮らしをする一方で、道路を挟んだスラムで飢え死にする赤ん坊がいれば、こういう人物、家族は貧乏人の怨嗟の的になるだろう。

 <北朝鮮では極度の経済難に加え、外国からの援助も途絶え、食糧難は最悪の状況に陥っている。このため、体制に不満を持つ人々が増えており、これを宥め鋤かす手段として、ぜいたくな生活を送り一般住民たちの怒りを買っている富裕層をいけにえにした。金正日政権に対する住民たちの恨みつらみを、富を独占する富裕層に向けさせようとしているというわけだ。>

 人身御供らしい。

 <2000年代に入り、中朝国境が封鎖されて以降、国家機関が中国との貿易を独占するようになり、国家権力とのパイプを持つ幹部や商人らが莫大な利益を得、これによって億万長者が続々と誕生した。貿易権を持つ軍隊や保衛部、労働党などの権力機関で貿易業務に携わる人たちが中国との正式な貿易や密貿易を通じてたやすく金を稼いだのだ。>

 そうか。別に西側のスパイではなくとも、高級官僚が地位を利用して稼いだことか。

 <一部の関係者たちは麻薬の密輸で大金を稼いだ。脱北者たちによると、かつては海外に多くの資産を持つ親せきがいる人たちが「富裕層」とされたが、最近は権力を持ち、海外との貿易に携わる人やその親せきが「富裕層」として急浮上している。>

 在日の家族を持っていても今では富裕層扱いもしてもらえないのか。

 <元軍人の脱北者は「清津で保衛部が把握した富裕層のうち、100万㌦(約9500万円)を稼いだ人は約10人、10万~50万㌦(約950万~4700万円)を稼いだ人は約100人に達する。ごく少数の人が富を独占している」と話した。平壌ではそこそこの高級幹部が億万長者とされ、たとえ権力があっても金がなければ尊敬されないほどだという。>

 北朝鮮でもカネがすべて、ってか。

 <北朝鮮のある経済官僚は、「金総書記が“対外業務を行う機関のメンバーによる、外貨稼ぎを口実とした不正行為が限度を超えている”という保衛部の報告を受け、外貨稼ぎを担当するすべての機関のメンバーによる不正行為について調査するよう指示した。今回の措置により、中国に常駐しているほとんどの機関の関係者らが北朝鮮へ帰国させられ、取り調べを受けている」と話した。>

 金王朝そのものに献金を怠ったのではないか?

 <一方、高級幹部だった脱北者たちは、北朝鮮当局によるこのような措置に対しても、「“不透明な体制の下で生き残るためには、結局カネに頼るしかない”という幹部たちの考えが変わらない限り、このような不正行為は続くとしか考えられない」と主張した。このような「富裕層たたき」は、特権階級を倒すことになり、その結果さらに体制を弱体化させる要因になるものと考えられる。>

 そういうことだ。金正日総書記は目先のことに忙しく、中長期的な影響である特権階級の弱体化まで気にしていられなくなったのだろう。

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米国防次官補が「日本の敵基地攻撃能力論を支持する」発言の意味~朝日新聞、読売新聞5月31日から

 朝日新聞5月31日朝刊2面に小さい記事だが重要な記事が掲載されていた。シンガポールで加藤洋一特派員がウォレス・グレッグソン米国防次官補(アジア太平洋安全保障担当)と就任後初めてインタビューした、という記事だ。肝心の部分を書き写す。

 <北朝鮮情勢を受けて日本国内で議論が出ている敵基地攻撃能力の獲得について「日本が決めれば、米国は当然できる限りの方法で支持する」との考えを明らかにした。>

 <グレッグソン氏は、「日本にどのような防衛政策を取るべきか指図するつもりはない」と断ったうえで、これまでの「日本は盾、米国は矛」という役割分担を変えることは理解する姿勢を示した。>

 以上だ。あまりに短いので、この言葉をどう解釈するか、なかなか難しいだろう。

 まず、日米軍事同盟の大前提として加藤記者が聞いた(であろう)日米安保と2005年の「日米同盟:未来のための再編」で確認していたはずの「米国は日本の攻撃的軍事力保持を許さない」という米国の「ポスト冷戦後ドクトリン」について、グレッグソン氏の回答がどうであったか、正確な言葉遣いを書いていないのだが、この記事を見る限りでは、そのドクトリンが消え去った可能性がある、というのが最も大きな点だろう。

 敵基地攻撃能力と一口に言うが、この論議は1956年から延々とされてきている議論である。しかし、冷戦時には米国の核の傘への信頼感が強く、中国、ソ連の核に対しては米国が守ってくれる、という素朴な思い込みがあった。

 冷戦後もその思い込みは続いていたのだが、北朝鮮の第1次核危機(1993~94年)と今回の第2次核危機で米国が韓国や中国に影響されたことと2正面の戦争が出来ないという現実的な理由で北朝鮮に宥和姿勢でアメのみを与え続けたため、北朝鮮がいつの間にか核兵器を保有し、もう少しでその核兵器を小型化して日本を射程県内におさめるノドンに搭載できるところまで進んだため、米国の「核の傘」の信頼性を日本人が初めて考え始めた、ということなのだ。

 だから、古い問題ではあっても、日本人が本気で考え出したのはつい先日のことなのだ。そして、グレッグソン氏が言っていることだが、オバマ大統領、オバマ政権の北東アジア政策が固まったと理解すべきなのか、まだ策定中と理解するべきなのか、そこがまだ分からないので、あまりに過大評価はできない。

 ただ、逆に言えば、米国は核の傘で北朝鮮から日本を守りきれないから、日本が独自でやってね、というメッセージかもしれない。その場合には、精密な衛星情報を日本に提供するから、と。それが「協力する」の中身だろう。

 敵基地攻撃論のアイロニーを知っておかないと日本は火傷をする。

 <「敵基地攻撃」は基本的に先制攻撃である。先制攻撃をされた国は残りの総力をあげて反撃する。したがって攻撃する国は、先制攻撃によって相手国の9割程度の攻撃能力を破壊することが必要となる。しかしそれは実現不可能である。かつ敵基地攻撃は北朝鮮だけに該当する議論であって、中国、ロシアにはまたtく該当しない。先制攻撃をした後の展開についてまったく能力を持たない国が先制攻撃能力だけを持とうとするのは極めて危険である。これは山本五十六的考えの延長線上にある。>

 以上は孫崎享氏の「「日米同盟の正体ー迷走する安全保障」の236ページに書いてあることだ。

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 孫崎氏の説に全面的に賛同する必要はないが、それが国際的な常識、というか、ハーバード大学やウエストポイントなどで教える戦略論から導き出される「常識」であることは頭に入れておきたい。

 日米同盟の絆を強める中で日本が敵基地攻撃能力を持つ、という意味合いをもう少し考えるべきだろう。

 そのためには国会などでこのような現実的な議論を深めねばならない、と思う。社民党や「9条の会」の観念論にいまだに付き合っている内閣法制局の見解をまず改め、日本政府は何でもできるのだ、という大前提で議論すべきだろう。

 読売新聞も5月31日朝刊2面ハコ記事<北の核放棄「行動方針」策定へ/米国防次官補に聞く/日中韓露歴訪し意見調整>で同じ人物へのインタビューを掲載していたが、こちらの内容は全く違う。

 シンガポール発の黒瀬悦成特派員の記事だ。

 <アジア・太平洋地域の安全保障問題を担当するウォレス・グレグソン米国防次官補は30日、読売新聞のインタビューに応じた。次官補は、オバマ政権が北朝鮮の核実験を受けてスタインバーグ国務副長官ら米政権高官が日中韓露の4か国に派遣されることに関し、同盟国である日韓との協議を軸に、北朝鮮の核放棄に向けた「行動方針」の策定を目指すことを明らかにした。>

 という日程記事なのだ。

 <グレグソン次官補は、自らも派遣団に加わることを明らかにした上で、今回の歴訪が北朝鮮に圧力を加えるための「戦術的手段」ではなく、北朝鮮を除く6か国協議参加国が朝鮮半島の非核化に向けた展望を構築するための意見調整が目的となるとの見通しを表明。米国から具体的提案は行わず、まずは各国の意見や立場を聴取すると述べた。>

 よく分からない記事だ。

 <また、中国とロシアに関し、「両国政府の公式声明を見る限り、北朝鮮の行動に不快感を抱いている」とし、中露が対北朝鮮圧力で日米韓と共同歩調を取ることに「希望を抱いている」と述べた。>

 きっと、こっちが米国が言いたかった部分なのだろう。米国は日本を見捨てていませんよ、と。しかし、朝日新聞の記者はその上を行ったわけか。問題意識が鋭いのか。

 グレッグソン氏がなぜシンガポールにいるかといえば、ゲーツ国防長官が出席したアジア・太平洋地域の安全保障に関するフォーラム出席のためだった。そして、肝心のゲーツ氏はメーン演説で何を訴えたのか、が知りたいところだ。

 この部分は読売新聞の黒瀬特派員が31日朝刊国際面4段<米・アジア 対テロ連携/ゲーツ国防長官/アフガン支援要請>で分かる。

 ここでゲーツ氏はオバマ大統領について「アジアと強い個人的つながりのある初の米大統領だ」インドネシアで少年時代を過ごしたことを強調したうえで、冷戦時に取っていた米国と各国との二国間関係を中心とした「車軸型」安全保障体制だけでなく、多国間協力の枠組みを拡大させて地域的脅威に対処する必要を力説した、という。

 特に「テロ問題は引き続きアジアでの重大な脅威」としてバリ島の爆弾テロ、ミンダナオ島の武装勢力などとアル・カイーダの思想的影響を受け、時に支援を受けている、とした。

 面白いのはブッシュ政権だったら「裏でつながっている」と言い切るところだろうが、流石にオバマ政権は留保しながら、同じことを主張しているところだ。

 そのうえで「アフガンが失敗国家になれば影響はアジアに及ぶ」として、各国にインフラ整備やアフガン国軍拡充のための財政援助、農業や教育、保健衛生の専門家の派遣などを要請した、という。

 オバマ氏の目は北朝鮮ではなく、アフガンに向いていることは間違いない。

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坂村健・東大教授の新型インフル話、ためになった~毎日新聞5月31日朝刊[時代の風]

 毎日新聞5月31日朝刊2面コラム[時代の風]は坂村健・東大教授の<新型インフルエンザ騒ぎ/必要な多様性得られる>だった。先に新型インフルで役に立つ記事を二つ見つけた、と書いたが、これも新型インフルエンザについて、ちょっと違う視点から考えさせる記事だった。

 <5月はずいぶんと成田空港にお世話になった。ちょうど今回の新型インフルエンザ騒ぎが大きくなっていくのを成田で実感した形だ。>

 外国出張が多いIT学者だから、成田空港を利用するのか。

 <で、行った先の外国はどうだったかというと――これは最近よく報道されるようになったが――確かにマスクは全然していない。アジアはそれなりだが、ヨーロッパなどは全くしていないといっていい。その比較で言うなら、確かに日本は突出している。パリなどでは飛行機を降りた所に箱が置いてあって中に発熱時の連絡先の紙があるだけで、気がつかないと誰も取っていかないという「ゆるさ」だ。>

 マスクの話だった。

 <他国ではこんなに落ち着いているのに、日本は騒ぎ過ぎで恥ずかしい――というような文章も最近よく見かけるようになった。「大変だ」と脅したり「騒ぎすぎ」と水をかけたり、マスコミの時代の風もコロコロ変わって忙しいことだが、その状況を少し引いた目で見て感じたのは「これが国の文化の違いというものなんだな」ということだ。>

 なるほど、この辺から面白くなりそうだ。文化論、特に日本文化論は日本人が一番好きな分野なのだ。

 <一義的にはインフルエンザの話は科学の問題。しかし、たとえば、「コップに水がちょうど半分入っている」というのが科学とするなら、それを見て他の人に「もう半分しか残っていない」と伝えるか、「まだ半分ある」と伝えるかが文化なのだろう。>

 ものの見方、考え方の話だが、それが社会的なものの見方にまで発展した時に文化になる、ということか。

 <粗っぽく言えば、日本の文化――というか日本人が一番恐れるのは実際の「危険」ではなく、それに「未知の」がつくことの方だという気がする。普通の季節性インフルエンザが原因で命をなくす人は日本でも毎年1万人ぐらいいるらしいが、そちらは「既知の脅威」だから恐れない。>

 そういうことだろうなぁ。未知に対する恐れは異常に強い。徳川270年の鎖国後にケトウがやって来た時の騒ぎようったらなかった。

 <繰り返しになるが、だから日本のマスクは恥ずかしいといっているわけではない。家に入るとき土足で上がらないのも日本の文化なら、感染症流行時にマスクをしたくなるのも日本の文化だ。ニューヨーク・タイムズ電子版が「マスクに手洗い、日本は偏執狂」と書いたそうだが、「未知」でなく「敵」の脅威を感じたときの米国の対応も、米国以外からは「騒ぎすぎ」に感じられていた。しかしそれも、米国の文化と考えれば理解できなくもない。>

 ニューヨーク・タイムズも大したことないなぁ。

 <科学的に言うなら、文化というのは長いレンジの合理性を維持するためのシステムというとらえ方もできる。人間はつい短期間での合理性に流されやすいからだ。明治時代に西洋から「合理性」が入ってきたとき「鎮守の森」など開発禁忌の土地は非合理だからと開発したら、数年後に土砂崩れとか不作が起こったというような話がある。それは「鎮守の森」が、今の科学で見れば表土の保持など多くの長期の合理性を持っていたからだ。>

 いいことを言うなぁ。理性で割り切れないものがある、ということ。

 <当時はそれをエコロジーの言葉で説明できなかったから、「やっぱり祟りはおこる」として次代に継承した。高温多湿で人口密度も高いという日本の国土条件からして、清潔さを大切にする文化的システムは十分な長期の合理性を持つ。>

 なるほど。

 <さらに言えば、ニューヨーク・タイムズにはあきれられてしまった日本だが、米疾病対策センター(CDC)をはじめ、世界中の防疫関係者は日本にたまりつつある貴重なデータに高い関心を抱いているはずだ。現代の高度な科学技術を背景に新種パンデミックの過程をこれほどのバックアップ態勢と国民の合意のもとにデータ収集できるとは、とうらやましがられているぐらいかもしれない。>

 そうだろう、そうだろう。どんなもんだ、日本は偉いのだ!と少しは自慢してもいいかな?

 <また、日本自身にとってもこの経験は貴重だ。現場は優秀だが、初めての事態に適切に対応できる胆力と想像力を持った指揮官は少ないといわれる日本。米国ならぶっつけ本番で見事な危機管理ができるかもしれないが、日本にとっては予行演習が重要だ。逆にそれさえできれば、適切な対応を磨いていける。>

 いいところを突いている。指揮官不在とまでは言わないが、頼りない、不甲斐ない指揮官ばかりの国ですから。でも、そういう人にだっていいところはあるのです。

 <今回の件でさまざまなノウハウが現場から上がり、それはいつか来ると言われている強毒性鳥インフルエンザの変異など「本当の脅威」の時にきっと役に立つ。それで国としての抵抗力が増すなら、まさに今回の新型ウイルス騒ぎは日本という国にとっての生ワクチン接種。「マスクフィーバー」などの「副作用」は我慢の範囲だろう。>

 このくらいロングスパンでものを見ないと近視眼国民という国際的評価は覆らない。

 <抽象的な話をすれば、家畜などでよく知られているが、均質な集団は病原菌で簡単に全部がやられてしまう。生物が単細胞分裂という簡単な方法にとどまらず「性」という高コストなシステムを取り入れたのも、それによって生まれる多様性に防疫上のメリットがあるためという。だから、文化の多様性として、日本のように騒ぐ国と騒がない国のどちらもあってもいい。それによって人類全体としては必要な多様性が得られる。>

 この比喩からいうと、日本が生き残るのか、雑種国家アメリカが生き残るのか(シンボリックな譬えだが)ということになるが。

 <ところで私が海外でどうしていたかだが、文化は郷に入れば郷に従え。海外では、マスクをしていると感染者と思われて、かえって周囲がいやな目で見る。同調化圧力に弱い日本人としては当然マスクはすぐ外した次第(ちなみに、成田には律義に日本のマスク文化に合わせてくれる逆のアメリカ人もいた)。>

 そういう知恵が人間の無用な争いを防いできた。

 <航空会社や旅行会社の打撃も見ていてかわいそうになるぐらいだ。「未知」でもなくなってきたし、日本の文化からしてそろそろ「水に流す」頃合いかなとも感じている。>

 だから最近は<新型インフル、終息宣言いつ?>などという記事が散見されるようになっている。日本の新聞記事って本当に庶民感覚に忠実だから、笑っちゃう時も多い。まあ、健全なのだが。

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ヘリテージ財団研究員が「北朝鮮は核を放棄しない」~朝鮮日報5月31日朝刊

 韓国の新聞に注目する理由は未明に書いたブログに明らかにしたが、今回は朝鮮日報5月31日朝刊コラム<「核には核で」>を読もう。ヘリテージ財団の朝鮮半島専門家のブルース・クリンナー氏が「北朝鮮は核を放棄しない」、「交渉が不可能なことを交渉しようとしている」と苦しい物言いをしているのを冷静に読むべきだろう。池海範(チ・ヘボム)記者である。まず㊤から見てみよう。

 <5月12日、ソウル市瑞草区にある平和財団5階の会議室で、小さなセミナーが開かれた。米国の保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」のシニア・リサーチフェローで韓半島(朝鮮半島)専門家でもあるブルース・クリンナー氏を招き、「オバマ政権の対韓半島政策」を考察する集まりだった。1時間程度の発表が終わった後、傍聴席から多くの質問が降り注いだ。ある傍聴者が「北朝鮮が究極的に核を放棄すると見ているか」という質問を投げかけると、クリンナー氏は困惑気味の表情を浮かべ、「個人的には、放棄しないだろうと見ている。われわれは、交渉が不可能なことを交渉しようとしているのかもしれない」と答えた。>

 こういうセミナーには出てみたいものだ。

 <クリンナー氏の答えを聞いても分かるように、北朝鮮は25日午前9時54分、咸鏡北道吉州郡豊渓里で第2次核実験を敢行した。また北朝鮮は、25日と26日の2日間で計5発の短距離ミサイルを相次いで発射した。まるで、北朝鮮の金正日が米国のオバマ大統領と日本の麻生太郎首相に向け、「いつでもお前たちの頭上に核ミサイルを撃ち込める」と大声で叫んでいるかのようだ。>

 金正日総書記が叫んでいるのは麻生とオバマだ、と見ている。ここに李明博が入らないところもおもしろい。朝鮮半島で核を使わないというのが韓国の常識なのか?

<今回の第2次核実験を契機として、「交渉を通じ北朝鮮の核開発を阻止できる」という国際社会の期待は「錯覚」だったことが確認された。過去16年間、対北交渉論者は「北朝鮮が望むものを与えれば、北朝鮮の核開発をやめさせることができる」という仮定の上に立ち、6カ国協議などを進めて来た。しかしこの仮定は、北朝鮮の政権の考え方をよく知らない純真な状況認識だったことが明らかになった。>

 まあ、1993年からの北朝鮮核問題で宥和派と強硬派が延々と争ってきて、米国が武力鎮圧しようとした好機も宥和派の反対で失われ、今や何ができるのか、分からない状態になってきたらしい.

 今こそピンポイントで金正日一派をせん滅するための限定核戦争を行えば北朝鮮軍は使いたくてもまだ核ノドンは完成していないから、せいぜい生物化学兵器を日本に打ち込むぐらいの反撃を我慢するぐらいで済む。だけども、あと少しすると核ノドンが飛んでくるので、北朝鮮を攻撃できなくなる。そうなると、日本は金正日の植民地ということかもしれない。

 <大勢の脱北者らの話を総合すると、金正日は「金日成の遺訓事業」である核兵器開発をただの一度も放棄したことはないという。北朝鮮は、核開発を体制維持と直結する問題だと見ている。このため金正日は、国民が飢死するほどに国家財政が枯渇した状態を数十年間強いているだけでなく、韓国や国際社会を相手に「大きな詐欺」を働くということもためらわなかった。>

 次は㊦だ。

 <北朝鮮が絶対に核兵器を放棄しないということは、核開発の歴史とその間の行動からもはっきりしている。北朝鮮は、韓国戦争(朝鮮戦争)が休戦した直後の1954年、人民軍内部に「核兵器防衛部門」を設置し、2年後には30人余りの原子物理学者をソ連に派遣した。続いて1959年には朝ソ原子力協定を締結し、1962年には金日成大学と金策工科大学に核研究学科を設立、人材育成に乗り出した。またこの年には寧辺に元力研究所も設置された。1965年にはソ連からIRT2000という研究用原子炉を導入し、本格的な研究を開始した。韓国の朴正煕政権よりはるかに早い動きだった。>

 朝鮮戦争の休戦直後からかぁ。そういうことか。

 <また北朝鮮は、1993年の核拡散防止条約(NPT)脱退(いわゆる第1次核危機)時から今年の第2次核実験に至るまでの16年間、国際社会を相手に核を放棄するふりをしつつ、最大限時間を稼いで核技術の開発に尽力してきた。特に、韓国の金大中政権と米国のクリントン政権が「太陽政策」を通じ北朝鮮へひたすら支援を行っていた1990年代末から2000年代初めにかけては、北朝鮮の「偽装戦術」がその極みに達した。当時、ジュネーブ合意により寧辺の核施設を利用したプルトニウム抽出が難しくなったことを受け、北朝鮮はパキスタンのアブドル・カディル・カーン博士と秘密裏に接触し、高濃縮ウラン(HEU)技術と関連設備の提供を受けた。>

 金大中、クリントン両政権が宥和政策を進めた1990年代末から2000年代初めは朝鮮半島問題のについての「失われた10年」だった。北朝鮮の「偽装戦術」を本当に見破っていなかったのだろうか? どこまで知っていて知らんふりしているのか、分からない。

 <今回の第2次核実験の威力が第1次核実験の時よりはるかに大きくなっているということは、過去数年、国際原子力機関(IAEA)の要員が寧辺の核施設を監視している間に、別の場所で「休まず」核技術を発展させてきたことを示している。北朝鮮の核は、必然的に日本の核武装を刺激することになる。イ・サンヒ国防長官が語るように、「核には核で対抗するのが基本戦略」だ。韓国は今、北朝鮮の核保有を既成事実化した上で、国家安全保障戦略を大きく修正すべき時期を迎えている。>

 朝鮮日本の編集幹部がこの続きものをそのまま掲載したのは、筆者の「日本の核武装を必然的に刺激する」という見方を他の編集幹部が許容というか、同調しているからだろう。新聞だけではない。韓国の知識人層をはじめ、一般国民の間でも日本核武装はいまや常識の線になったのかもしれない。

 こういう変化を知らされていないのは日本人だけなのだ。

 こういう論調、今や韓国の新聞は日本語版があるので、私たちも読めるのだが、中国やアメリカでの論調もリアルタイムで全容なり反響なり位置づけが知りたい。それをきちんとやるのが特派員だろうと思うのだが、今の特派員の仕事にはそれは入っていない。だから、英エコノミスト誌やフィナンシャル・タイムズ紙の日本語訳が随分早く掲載されるJBpressのホームページや中国の人民日報の日本語版メール新聞などでたまに見てるが、たとえばニューヨーク・タイムズの社説対向面にあるコラム(opposite editorial)などをリアルタイムでずっと読み続けたらいいあろう、と思うのだ。

 そう思うくらいに日本の新聞は何も報じてない。というか、編集幹部が「これは同じような趣旨だからいらない」などと切り捨てることが多すぎるのではないか。もっと、くだらない論説でも読みたいし、その論説の意味合いをリアルタイムで知りたいのだ。

 そういうことを専門にやる新聞ができたら、月2000円までだったら購読すると思うのだが。

 という話題は別の機会にするとして、韓国国防相の「核には核で対抗するのが基本戦略」というのが「世界の常識」であることを、もっともっと新聞で報じてほしい。日本の左翼勢力は憲法9条問題に凝り固まるために自国の安全保障を見ないできた。見ないで同調するのならばいいが、反対する。そんな勢力が、弱ってきたとはいえ、今でも「9条の会」を中心にそれなりの数を誇る。

 彼らに聞きたい。北朝鮮に「核を落とすぞ。それが嫌なら土井たか子を平壌に来させろ」と脅されたら土井を平壌に送るだろう。「それが嫌なら3000億円をよこせ」だったら、政府に同調して3000億円渡すだろう。「それがいやなら、竹島の領有権を手放せ」。ここで意見が分かれるかもしれない。しかし、これはできない、となるだろう。

 もっとすごいのは「日本人の女を3万人、性奴隷として金正日に捧げろ」などという要求がきた時はどうするのだろうか? 「天皇を殺せ」とか。

 こういう要求を唯唯諾諾従っていこうというのが「9条の会」の考えなのだろうか?

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「縦深が浅い日本の全領土が報復打撃圏」:韓国・中央日報にはズバリ、北朝鮮の対日脅しの文章が載っていた~中央日報5月28、29日と朝鮮日報30日

 核戦略とか戦争に関する記事を日本の新聞で見ても、説明が下手でよく分からない。書いている記者も訳が分からずに書いている、ということもあるのだろう。日本の防衛計画の大綱ならば日本だけに通じる特殊用語で「軍隊ではないんだけど」「戦艦ではなく護衛艦というんだけど」などオドオドしていた方が好感度が高かった時代が長く、新聞記者の世界でも戦争用語や核戦略用語などは「汚らわしい」というような扱いを受け、先輩から後輩への伝承の世界でも、対象にのぼらない言葉になっているのだろう。

 だから、そういう問題は韓国の新聞を見るに限る。韓国の新聞記者はものすごく現実的だし、米国の記者が使っている言葉で書いている。英語と韓国語の違いがあるだけで、たとえば米国が「戦争マニュアル」と書くものを、日本は外務省も防衛省もマスメディアも「ガイドライン」と訳すが、韓国だったら「戦争マニュアル」とそのままの言葉で書くだろう。「ガイドライン」ではイメージがわかなかった人も、さすがに「戦争マニュアル」と書かれたら物騒で「何だろう」と真剣に読む。政府もメディアも一般の怒りやすく感情的な国民に、「戦争」という言葉を見せたくないので、わざと意訳したのだ、と思っているのだが。

 早速に韓国紙の中央日報の5月28日の<米、北朝鮮が核使用なら核で報復も>を読んでみよう。日本の新聞では見なかった気がするのだ。

 <北朝鮮の核実験を受け、米国が韓国に「核抑止力」として提供することにした「拡大抑止」の概念が新たに関心を集めていると、聯合ニュースが28日報じた。 米国の同盟国に対する核抑止力の提供は「核の傘」(Nuclear umbrella)と「拡大抑止」(extended deterrence)という概念で表現される。「核の傘」が包括的で政治的な概念なら、「拡大抑止」は核の傘をより軍事戦略的な次元で具体化した概念だ。>

 「核の傘」と「拡大抑止」をそれなりに区別して使い、違いを説明してる。

 <米国は19678年に在韓米軍に配置された戦術核兵器を1992年にすべて撤収した後、「核の傘」の提供を約束し、これを1992年の韓米定例安保協議(SCM)共同声明に明示した。 その後、「核の傘」概念は2005年のSCM共同声明まで明示されていたが、2006年に政府の強力な要請に基づき「拡大抑止」に変わった。国防部は北朝鮮の核実験を受け、当時のSCM実務協議でより一層強力な米国の防衛公約を要求し、この概念が共同声明に反映されたのだ。>

 <「拡大抑止」の概念は、米国の同盟国が核攻撃を受ければ米国本土が攻撃を受けた場合と同じ戦力水準で報復攻撃を加えるという概念だ。 すなわち米国は同盟国が核攻撃を受けた場合、大陸間弾道ミサイル(ICBM)と潜水艦発射ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機で報復するということだ。>

 日本では両方とも「核の傘」と呼んでいるように思うのだが。国会でもどこでも議論しないから、言葉を知らなくとも政治家を続けることができるし、マスメディアもあまり詳しくなると、逆に「軍事フリーク」などと冷やかされるので、一般国民並みのレベルにとどまり、あえて考えようとしない政治家が増えてきていると思う。

 <米国は2002年にNPR((核計画見直し報告)を発表し、「拡大抑止」の手段として従来の3大戦略武器に多様な打撃手段を補完する方向に概念を修正した。すなわち地下軍事施設、核や生物・化学兵器施設を実際に核兵器で報復できるようにし、このために超精密打撃体系を「拡大抑止」の手段として追加したということだ。>

 書き方が専門的だ。

  <特に敵の大量破壊兵器(WMD)が米国本土や同盟国の地上に到達する前に空中で爆破させる防御活動、WMD使用の徴候があれば警報、探知、提督までの手段を同盟国に提供する概念に変わったということだ。 韓米間の合意に基づきSCM共同声明に明示した「拡大抑止」はこのように変化した手段を含んでいる、というのが国防部の説明だ。 韓米は10月にソウルで開かれるSCMの共同声明に拡大抑止の概念を改めて明記する案を協議中という。>

 そして、別の記事も面白かった。

 5月29日の記事だ。<北紙「日の対北攻撃論に日本全領土打撃圏」>の見出しで、
  北朝鮮労働機関紙、労働新聞が29日、北朝鮮の2度目の核実験以後、日本で提起している「適基地攻撃論」に対し「再侵略策動」だと非難し、再び侵略戦争を起こせば何倍もの報復をする万端の軍事的態勢を整えている」と主張したとYONHAPニュースが報道した。>

 この記事は日本の新聞も目立たないところでベタ記事で掲載した東京新聞は立派だったが、同じ夕刊で、他紙には見当たらなかった。

 記事を読もう。

  <同紙は「葬送行進曲を呼ぶ無謀な適基地攻撃論」という見出しの論評で「日本の反動勢力はどんな方法ででも海外侵略戦争の火をくべようとしている。彼らは我々のミサイル発射基地に対する空襲をその火種にしようとしている」と主張した。>

 まあ、ここまでは今までと同じトーンだ。

  <また「我々の軍隊と人民は日本軍事勢力の再侵略策動を注視している」とし「我々の打撃力は非常に力強く、限界を知らない。我々は地上なら地上、海上なら海上、空中なら空中で日本軍事侵略者たちを無慈悲な報復打撃で全て掃討する」と豪言した。「日本は島国で領土は狭小で縦深が浅い。日本が再侵略戦争を挑発すれば、縦深が浅い日本の全領土が報復打撃圏から脱することはできないだろう」と強調した。>

 南北協議の際に北朝鮮の代表団が「ソウルが火の海になっていいのか」と凄んだことがあったが、今度は日本を脅そうとしてる。大都市への人口集中の脆弱性を嘲笑うような気分の悪くなる文章だが、北朝鮮責任者の品性下劣さがまともに出ている感じがして、嫌な感じを受けた。

 朝鮮日報5月30日のネットには<「150日戦闘」に出た北朝鮮>の解説記事があった。日本の新聞でも「150日戦闘」という言葉が出てきたが、意味が書いていなかったので、ここで教わろう。

 <まるでハリネズミのようにとげを立て、世界を相手に戦いを挑もうとしている北朝鮮。その戦いは一体いつまで続くのだろうか。専門家たちは「すべての住民の労働力を動員する“150日戦闘”が終わる今年9-10月ごろまで、北朝鮮の国内外に対する強硬策は続く可能性が高い」との見方を示している。>

 <北朝鮮は長距離ミサイルの発射(先月5日)によって国際社会の制裁が本格化したのを受け、「150日戦闘」に打って出た。>

 <今月4日、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が社説で「全党・全国・全人民が心意気を新たにし、“150日戦闘”に挑もう」と訴えて以来、北朝鮮のすべてのメディアは「戦闘」のアピールに力を入れている。「核兵器よりもさらに強力な一心団結の威力を示せ」(労働新聞7日付)、「食糧問題の解決に向けた決定的な転換をもたらす」(同11日付)、「労働党の歴史における特筆すべき大変革」(12日の朝鮮中央放送)といった報道が相次いだ。また、朝鮮中央テレビは毎日、労働者などの組織が決意集会を開く場面を放送している。>

 ここまで読んでも、まだ「150日闘争」の意味が分からない。

 <とりわけ北朝鮮は、「150日戦闘」に打って出て以来、「口だけの脅迫」を実際の行動に移す動きを見せている。4月までは「(韓国に対する)全面的な対決態勢に突入」「6カ国協議の拒否」「米朝間の対話は無用」といった脅し文句を並べてきた。だが今月に入り、核実験の強行に続き、短距離ミサイルを相次いで発射した。西海(黄海)における南北間の武力衝突の可能性も次第に高まっている。>

 不気味なことを書いてるなぁ。「口だけの脅迫」を実際の行動に移す動き、だって? そんなはずはない、とは思いつつ、怖くなる。

 <韓国政府の関係者は「北朝鮮は“150日戦闘”の期間について明らかにしていないが、重要な記念日が集中する10月初めまで続くものとみられる」と話した。10月初めには「10・4南北首脳宣言(2007年)記念日」や、金正日総書記の推戴記念日(8日)、労働党創建記念日(10日)などがある。また、9月9日は北朝鮮の建国記念日だ。中央大のイ・ジョウォン教授は「北朝鮮による最近の挑発は、外国との交渉を意識したものではなく、体制を守るためという性格が強い。住民たちへの統制を強める“150日戦闘”が終わり、米国の対北朝鮮政策の方向性が定まる9月から10月ごろになれば、対話に応じようとするのではないか」と指摘した。>

 結局、緊張させたまま9月、10月になだれ込もうということなのか。

 <体制の強化を図るため、「70日」「100日」「150日」「200日」といった期間を設けて住民たちを総動員する手法は、金総書記が1970年代から用いてきたものだ。最近では2005年7月3日から10月10日(労働党創建60周年)まで行われた「100日戦闘」がある。当時、北朝鮮は「戦闘」を始める前に核兵器の保有を宣言し(2005年2月)、さらに寧辺の原子炉から使用済み燃料棒8000本を抜き取ったことを発表(5月)していた。その後、「100日戦闘」が終盤を迎えた9月になって、北朝鮮は核兵器の廃棄に向けた「9・19共同声明」に合意した。>

 これも北朝鮮の常套手段だったのか。

 <こうした動きに関し、京畿大の南柱洪教授は「北朝鮮との関係におけるこう着状態が当分続くという前提の下で、戦略を打ち出していくべきだ」と述べた。>

 というのが本文だ。安勇炫記者の署名が入っていた。

 こういうデータが入って入れば役に立つ。

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2009年5月30日 (土)

大日本印刷のコングロマリット化:出版会の再編→地殻変動だそうだ~朝日新聞5月30日朝刊

 出版業界に地殻変動が起きているそうだ。初耳だった。朝日新聞が5月30日朝刊1面トップ<出版界地殻変動/ブックオフ株 3社が取得/印刷・出版・書店 一体化も/マンガ利益綱引き>と解説別稿<大日本印刷が主導>で詳しく報じていたので、コピペしておく。西秀治、竹端直樹、久保智祥3記者の名前が連記されていた。記者クラブに座っていて発表で書いた記事ではなく、足を使った記事なのだろう。
 <長引く不況の中、出版業界が激しく動いている。今月中旬、講談社、集英社、小学館の大手3社と大日本印刷グループが発表したブックオフ株の取得は長く両者が対立してきただけに、業界を驚かせた。筆頭株主となった大日本印刷は今回の提携を主導したほか主婦の友社や大手書店の丸善、ジュンク堂などを次々に傘下に置いている。今後新たな再編が生まれる可能性もある。>
 という前文からして驚きである。
 <出版社にとって新古書店のブックオフは新刊本が売れない一因で、作者への還元もしない「敵」だった。今回の資本参加について、ある中堅出版社の社長は「もうブックオフの好きにさせないということ」とみる。>
 <ブックオフは約900店舗を全国展開し、本の売り上げは年間220億円を超える。出版社側にはむしろ取り込むことで二次流通市場をコントロールしようという考えがある。大きな狙いは3社の売り上げが市場の6割強を占めるといわれるマンガ単行本(コミック)だ。2008年の新刊コミックの推定販売金額は2372億円。ブックオフのコミック販売額は90億円強だが、新刊本の定価に換算すると数百億円になる。>
 マンガがこんな大きな市場だったとは、知らなかった。
 <ブックオフ側も株取得を歓迎した。リーマン・ショック後に大株主の日本政策投資銀行系のファンドが株を手放そうとした時、取得を検討した中に新古書も扱う企業が含まれていた。業界の主導権を競争相手に握られたくなかったからだ。>
 お互い相思相愛だった、と。
 <だが、出版社とブックオフの思惑は早くもずれている。>
 というのだ。
 <講談社の森武文常務は「要請の第一がコミックを含めて価値を創造する者へのリターン。次の作品が生み出される世界を構築してくださいということ」と話す。ある出版社幹部からはブックオフの売値の1~2%程度を作者に還元することを求める声が上がっている。新刊が出たあと一定期間は店頭で売らないでほしいと要望も出そうだ。>
 当然の要望のように思えるが。
 <これに対しブックオフの佐藤弘志社長は慎重だ。「売値の1%でも小売業者にとって厳しい数字だが、それ以前に、中古本に著作権は及ばないと認識している。また、新刊本を一定期間売らないのは事実上無理」。一方で「出版社は定価のない自由価格本の販売にブックオフを使ってほしい。例えば洋服なら、デパートで売れ残ったらアウトレットに持って行く」と期待を込める。>
 ブックオフは本のアウトレットか。
 以下は別稿<大日本印刷が主導>である。
 <今回、出版3社にブックオフ株取得を打診したのは大日本印刷グループだった。大日本印刷は凸版印刷に匹敵する業界最大手で、年間売り上げは約1兆5848億円。これに対し出版物の販売金額は業界全体でも約2兆円だ。>
 <株取得発表の直前には主婦の友社との資本・業務提携を発表したほか、昨年から今年にかけて図書館流通センター、丸善、ジュンク堂を次々に子会社化している。来春をめどに持ち株会社を設立予定だ。出版の上流から下流まで押さえたことになる。>
 すごいコングロマリットだ。
 <「一人勝ちを狙った覇権主義」と冷ややかな声もあるが、一連の資本参加の指揮を執る森野鉄治常務は「我々の原点である出版業界を活性化させたい」と強調する。傘下企業がその「実験場」になる。>
 印刷会社が主導権を握った再編など考えてもみなかった。設置産業、設備産業で古臭いというイメージが強かったのだが。
 <例えば、丸善とジュンク堂には大日本印刷が開発中の顧客情報管理システムを導入し、どんなコンテンツが望まれるかを把握する。このデータは、主婦の友社が発行する出版物の企画に役立てる。>
 ハイテクを駆使する、つまり、人件費を削減するのか。
 <出版界はこれまで、出版社や、問屋にあたる大手取次会社主導で動いてきた。しかし、一連の再編劇では取次会社はかやの外に置かれている。取次会社の中には当初、大手3社のブックオフ株取得に警戒感や懸念を示したところもあった。返品された本を出版社が安値でブックオフに流したら不利益になるからだ。出版社側がそういうことにならないと説明したため、現在は静観の姿勢を取っている。>
 取次ぎというのは日販、東販などか。
 <大日本印刷の動きは出版不況への危機感から黒衣が表舞台に躍り出たように見える。業界には「大日本印刷はさらに巨大化するのではないか」という懸念もあるが、森野常務は「数ばかり増やしても仕方ない」。だが、最近では大日本印刷グループに対抗できるような書店連合や出版社の合従連衡のうわさ話が、業界内では具体名で語られるのが常になっている。>
 凸版印刷だって黙っていないだろう。

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「バカ盧武鉉」という自覚があった~朝日新聞5月30日朝刊

 ネットで朝日新聞のホームページを見ていたら、<愛された「バカ盧武鉉」へ哀悼一色/容疑者から評価一転>という面白そうな記事を見つけた。

新聞に載っていたのかな? と5月30日朝刊を見直したら、国際面ハコ記事<哀悼ムード 韓国一色/国民葬/盧政権を再評価も>の見出しで、AFP時事配信の「ソウルで29日、盧武鉉大統領の遺影に頭を下げる支持者」という道路で、車の後ろに積んだ盧武鉉の大きな写真に、車の後ろに飛び出した男が跪いて頭を地面にこすり付けている異様な写真が掲載されていた。

 精神異常者のようでもあるが、まあ、日本にも過激なファンはいるし、どの国にもいるから、とは思うのだが。この記事にこのような極端な写真を使う朝日新聞編集者の常識を疑うのだが。

 ネットの写真は朝日新聞本紙では1面に使った「ソウルで29日、韓国の盧武鉉・前大統領のひつぎを乗せた車を見送る市民たち=ロイター。盧氏の国民葬が同日営まれ、市民とのお別れの場となったソウル市庁前の広場には約18万人が訪れた」というビルの上から撮ったような写真だった。

 ソウル支局の箱田哲也特派員の記事だ。この記者の記事はどちらかといえば、北朝鮮擁護、民主化万歳のトーンがきつすぎて、不快になるので、あまり読まなかったのだが、「バカ盧武鉉」というタイトルにつられて読んでみた。

 それにしても、ネットのように「バカ盧武鉉」という見出しをつければ、新聞でも読んだのに、朝日新聞では自己規制して「盧武鉉をバカと言ったら韓国から抗議されるから」とどうでもいい見出しにしたのだろう。いかにも朝日新聞らしい。

 <韓国の故・盧武鉉前大統領の国民葬が29日営まれ、市民らのお別れの場となったソウル市庁前広場には、平日にもかかわらず18万人(警察発表)の市民らが集まり、哀悼ムード一色に包まれた。盧氏は不正資金疑惑で検察当局の捜査を受けていたさなかに自ら命を絶ったが、死を境に評価は一転。盧政権を再評価する動きも一部に出ている。>

 そんなもんですかねぇ。

 <朝鮮時代の旧王宮、景福宮であった告別式。献花する李明博・大統領夫妻に詰め寄ろうとした野党国会議員が警備関係者に取り押さえられると、多くの参席者が立ち上がり、罵声を飛ばした。>

 何かのきっかけで、猛烈にカッカするのが韓国人の特徴だ。

 <「李明博、お前のせいだ」「国策捜査をやめさせろ」>

 それを韓国語で言ったわけですね。きっと丁寧語ではなく、ヤクザ言葉というか、パンマルでしゃべったのでしょう。大統領への敬愛の念もない。酷い国民が多いのが韓国なのでしょうか。盧武鉉への親近感も「バカ」だったからなのだろう。

 <続いて金大中・元大統領や日本から参席した福田康夫前首相らが献花する際には騒ぎは収まった。健在の大統領経験者のうち、全斗煥、盧泰愚両氏は欠席した。>

 そりゃそうだ。こんな狂騒の場に出たら殺されるかもしれないし。

 <告別式で流された、生前の思い出をつづった映像のタイトルは「バカ大統領」。続いて「いろいろあるあだ名の中で私はバカ盧武鉉というのが最も好きだ。政治家はバカでなきゃいけない」と笑いながら語る姿が映し出されると、参列者から嗚咽が漏れた。遺体を乗せた霊柩車が通過する沿道は、盧氏が好んだ黄色の帽子やリボンを身に着けた市民らで埋まり、「ありがとう」「大好きでした」との声が飛んだ。>

 盧武鉉好きの記者でなければ、こうは書かないだろうなぁ。「バカ大統領」というのは自分で言っていたのだなぁ。やっぱり自分でもバカだ、と自覚していたということか。バカだかえなら許せるが、日本を貶めるような行為をし続けたのは盧武鉉が死んだからといっても許せない。

 <盧氏の古くからの有力後援者をめぐる不正資金事件の捜査が進むにつれ、大手紙を中心とする韓国メディアは連日、盧氏周辺の不正疑惑を大きく伝えてきた。盧氏の処分に関する最高検の最終判断が迫っていると伝えられた矢先の5月23日早朝、盧氏は自宅の裏山から飛び降りた。>

 そういうことなんですけど、韓国民は自分の陣営の悪かったことはすぐさま忘れるのでしょうか。

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2009年5月29日 (金)

農業問題が分からない:減反やめればバラ色か?~毎日新聞5月20日夕刊、朝日新聞5月29日朝刊から

 農業政策が分からない。今、日本の農業がどうなっているのかも分からない。私の勉強不足もあるのだが、新聞を読んでも細切れのニュースが載っているだけでトータルの問題点を指摘、まとめた記事に最近はお目にかかったことがない。雑誌の特集はコピーしたのだが、あまりに膨大なので読んでいない。やはり、雑誌特集を読まないと分からないのだろうか? と思っていたら、最近、新聞紙上で二つの興味深い記事を見つけた。

 まず毎日新聞5月20日夕刊総合面4段見出しの<OECD/減反撤廃を提言/14年ぶり/日本農政の報告書>である。パリ支局の福原直樹特派員の記事だ。他紙がこの報告書に触れていないところを見ると、膨大に出されるOECDの各国審査書の中の一つで、各紙特派員が無視したものを福原氏だけが問題意識を持って拾ってきた感じがする。

 まさしく、そういう内容だと思うのだ。内容を見てみよう。 

 <経済協力開発機構(OECD)は19日、日本の農業政策に関する特別報告書を発表、コメの生産調整(減反)や輸入米に対する高率の関税を改革・撤廃するよう提言した。一方で報告書は、日本が過去10年間進めた大規模農家への重点的支援などの改革について、「競争力ある農業達成のための良い出発点」と評価した。日本農政に関するOECDの報告書は1995年以来、14年ぶり。>

 年がら年中出しているのか、と思ったら14年ぶりだったとは。特に今の時期に出した意味合いもありそうだ。

 <報告書は、減反について、日本米の競争力を低めたと批判。試算では、減反を一部やめた場合、農家は土地の有効活用ができ、所得補償も受けられると指摘、この場合①コメの生産量が2.5%増え、コメの価格は約4%下落する②農家、消費者を含め、日本全体で1200億円の効用がある――とした。報告書は、「海外の消費者は日本食の良さに気付いている」と指摘。減反政策や高率関税などの段階的な廃止で、国際競争力のある農産物を生産するよう日本に求めた。>

 この最後の文章が気に入ったのだ。「国際競争力のある農業」を日本で展開できる、とOECDは見ている。伊達や酔狂で言っているのではないだろう。真剣に検討すべき課題だろうと思うのだ。

 そして、朝日新聞5月29日朝刊1面トップ<減反続けば負担倍増/農水省、10年後試算>も同じような傾向の記事だった。安川嘉泰記者の署名記事だった。

 <コメの生産調整(減反)で米価を維持しようとすると、10年後には国費負担が現在の2倍以上の年額4300億円に膨らむ可能性があることが、農林水産省の試算でわかった。減反政策には農家の不満が強いが、財政面からも制度の維持が国の重荷になりそうだ。農水省は試算をもとに、減反見直しに反対している自民党などに理解を求めるとみられる。>

 何か、農水省とOECDとがタッグを組んで自民党農政族と農協を攻めているようにも見えるのだが。 

 <減反の見直しは政府の農政改革の焦点で、石破農水相が強い意欲を示している。関係閣僚会合の下、各省の担当者が参加した「農政改革特命チーム」が議論している。農水省は6月の特命チーム会合で試算を報告する予定。農水省内では、減反参加を農家の自主性に任せ、参加農家に限り所得を補償する「減反選択制」構想が浮上している。>

 やはり石破構想を勉強しないとついていけないのか。

 <現在、農家への転作助成金など減反の財政負担額は年間約2000億円。試算によると、今後、人口減に伴いコメの需要低下が見込まれ、米価を維持するには、減反強化が必要になる。財政負担は次第に増加。10年間の累計では3兆4700億円に達する。>

 人口減少でコメを食べなくなるから、作らなくする、という論理は「輸出」を全く念頭に置いていない欠陥論理だと思うのだが。

 <2009年度の当初予算で農林水産関連予算は2兆5605億円。うち公共事業や人件費などの必要経費を除いた「裁量的経費」は7256億円。現在の予算規模で見て4300億円は半分以上にあたり、現実的には難しい。>

 こういう試算で論議していること自体、国際的におかしいと思うだろうなぁ。別に日本の特殊事情を切り捨てて、国際標準にあわせろ、という議論ではない。国際的に「何馬鹿な議論をしているのだろう。そんな議論で日本が何も決められないうちに、韓国や中国が農業市場を握るかもしれない」という考え方が強まることがしゃくにさわるだけなのだ。

 <農水省は今回、減反強化を含め五つのケースを想定した。減反を完全に廃止した極端な場合では、米価の暴落に対応した農家への所得補償が1年目は3500億円に跳ね上がる。その後、米価水準が下がるため、所得補償額も減る。ただ、この場合は別の農家支援策が不可欠になりそうだ。>

 筆者はどうも自民党農水族に頭を毒されている感じがする。もう少し、まっさらな状態で議論しないと未来が見えてこないのではないか? と思うのだ。

 それにしても農業は難しい。なぜ農協が改革のがんなのか、勉強しよう。

 ついでに朝日新聞のネット版にあった次の記事をコピペしておく。

 <減反見直しで米価は/農水省、試算を公表>で4月23日1時4分にアップされていた。

 <農林水産省は22日、農政改革の在り方を検討している「特命チーム」の会合で、生産調整(減反)を見直した場合の試算を公表した。減反を廃止した場合は、1年目に60㌔㌘(1俵)当たりの米価が今のほぼ半分の7506円に下落すると予想した。試算では、基準となる米価を60㌔当たり1万5075円と仮定したうえで①減反を強化した場合②現行を維持③減反廃止に加え、選択制など減反を緩めた場合――を程度に応じて二つを想定した。>

 <減反廃止のケースでは現在減反に応じている農地のうち、60万㌶が再び食用米の生産に戻ると想定した。食用米の生産が増えるため、1年目の米価は大幅に下落するが、その後は需給が安定。10年後に9721円に戻るとした。 減反廃止のケースについては、農家が一斉に食用米生産に転換するという極端なケースも参考値として想定。その場合は米価は一時的に5894円まで下落するとした。>

 政府がすべてコメを買い取る方式を前提とした試算だからそうなるのか。

 <政府が進めている転作強化の「水田フル活用」を継続した場合では、同1万8365円に高止まりすると予想している。だが、今回の試算ではそれぞれのケースを選択した場合の財政支出は明示しておらず、6月上旬に予定されている特命チームの再開までに持ち越した。>

 以上である。何か、よけい分からなくなる。

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毎日新聞の農業企画[再生の条件 農&食]は読ませた~毎日新聞5月25-29日朝刊から

 毎日新聞が5回連載した[再生の条件 農&食]はトータルの問題点を分かりやすく示すという点では今一つだったが、現場の農家の抱える問題点を鋭く抉っていた。

◆第1回は猫の目農政の矛盾を突いた

 5月25日朝刊1面トップ<減反と並行 国営開発に228億円/残った巨石と借金/農家「行政信じて裏目に」>は農水省のデタラメ農政そのものを見せ付けるものだ。

 前文は、

 <農家の高齢化や耕作放棄地の拡大などに悩む日本農業。減反や補助金、高い輸入関税による農家保護策は限界を迎えつつある。農業を再生の軌道に乗せるには何が必要か。現場から問う。>

 だった。最近の流行で、前文は1回目の最後に■で区切って書いてある。この方が格好いいのかなぁ? 最初に前文があるほうが分かりやすいのに、と思うのだが。

 そして、いよいよ本文だ。

 <「行政の言うことにバカ正直に従った。それが裏目に出た」。古い土蔵造りの街並みやラーメンで知られる福島県喜多方市の中心部から南東へ約8㌔㍍の高台。国営農地開発事業で造られた雄国山麓地区の大深沢ダムを前に、同市塩川町の物江康平さん(84)がつぶやく。事業は1971年に着工。山林を切り開いて約1000㌶の農地をダムや農道と一体で整備、農業の大規模化を推し進めるはずだった。物江さんはそこに大きな夢を抱いた。>

 「つぶやく」とか、新聞でよく出てくるワンパターン表現には辟易するが、そういう細かい部分は目くじら立てずに読み進めよう。

 <19歳で農業を継いで間もなく召集令状が届き、朝鮮半島で敗戦を迎えた。旧ソ連のグルジアに抑留され、2年後に郷里へ引き揚げた時、5㌶あった実家の水田は農地改革で2㌶に減っていた。国営事業の構想を聞いた時は「これでまた田んぼを広げられる」と喜んだ。ところが、着工前年の1970年に減反(コメの生産調整)政策が始まり、造成されるはずの水田はすべて畑に切り替えられた。農家には失望が広がり、計画への同意を拒む人も続出した。それでも物江さんは事業の必要性を信じ、地域のまとめ役として他の農家を説得した。1976年度完了予定だったが、工事計画変更による事業費の膨張、公共事業費の削減などで迷走し、1993年3月にやっと完了。約228億円が投入されたが、造成された土地は粘土質で石も多く、農業には不向きだった。後継者不足などもあり、開発面積900㌶のうち63㌶が耕作放棄地になっている。>

 今、80歳以上の方々は戦争で苦労した世代だ。それぞれ苦労が染み付いた個人史を持っている。

 <物江さんは造成地2.6㌶の大半を牧草地にし、約30頭の肉牛などを飼う。だが、設備投資に充てた数千万円の借金や飼料代の高騰で経営は厳しい。その上、年間約46万円の事業負担金がのしかかる。事業費の約13%が「受益者」の自己負担で、事業完了後に分割払いする。雄国山麓土地改良区によると、約820戸が払う毎年の負担金は平均約13万円。最も重い農家では80万円近くになる。支払いは27年まで続く。>

 相当の個人負担だ。

 <農地開発というアクセルと、減反というブレーキを同時に踏んだ農林水産省。物江さんは「何のための開発だったのか」と、農水省の担当者に問いかけたことがある。返ってきたのはこんな言葉だった。「事業はあなたたちがやりたいと言ったからやった。農業振興は私の担当ではない」。>

 以上が1面。続きは3面だ。3面の見出しは<畑に10㌧トラック5台分の石…負債1億円/「何とか乗り切る」/参入企業「綱渡り」/福島・喜多方/自助努力促す市>である。

 <トラクターで耕した土は一見きれいだが、手で数㌢掘るとこぶし大の石が次々と出てくる。畑の脇には抱えきれないほど大きな石もゴロゴロ。「こんな石が10㌧トラック5台分も出た。うちはパワーショベルで掘り出したけど、普通の農家にはどうしようもないでしょうね」と、遠藤広さん(53)が苦笑する。福島県喜多方市内で建設会社を営む遠藤さんは2003年、市の勧めに応じ、国営事業で開発された雄国山麓地区で農業を始めた。計7㌶でアスパラやトマト、タラノメなどを栽培している。>

 会津磐梯山の噴火で出た石なのか?

 <農業法人でない企業が農業を直接営むことは農地法上できないが、2003年に構造改革特区として設定された「喜多方市アグリ特区」で例外が認められた。市の狙いは雄国山麓地区の耕作放棄地解消と新規参入による農業の活性化。企業なら重機を使って農地を改良できるとの読みもあった。参入したのはすべて建設業者で、最多時は10社を数えたが、うち2社は倒産した。市は「公共事業の減少などによる本業の不振が原因」と説明する。>

 構造改革特区が出てきたか。中国のようだ。

 <遠藤さんが借りた農地も耕作放棄地。樹木の伐採、石の除去、土壌改良などに約9000万円を費やした。今年からようやく利益が出る見通しだが、1億円を超す借金を抱える。金融機関に新規融資を打ち切られ、経営は綱渡りだ。市に農地改良費用の助成を求めたが、市の回答は「参入後は自己責任」。遠藤さんは「だまされた思いはあるが、何とかここを乗り切って農業経営を軌道に乗せたい」と話す。>

 自助努力か。

 <特区を発案した喜多方市の白井英男市長は農林水産省出身。1992年8月から1993年7月まで東北農政局長を務め、雄国山麓地区を管轄する立場だった。1998年4月の市長就任時から、同地区を「何とかしたい」との思いがあったという。しかし、農家や参入企業の救済には否定的で、自助努力を促す。白井市長は「従来の農政は内向きだった。バリアー(参入障壁)を低くし、外の風を当てなければいけない。戦艦大和のように身動きの取れない農水省に代わり、小回りのきく自治体が先べんをつけた」と、特区の意義を強調する。>

 農政に詳しい市長だったからできたことだったのか。

 <企業参入の特例は2005年9月に「特定法人貸付事業」として全国に広がった。農水省によると2008年9月までに建設業を中心に延べ351社が参入したが、うち31社が撤退。東北農政局の調査では東北地方の参入企業の7割が赤字だった。企業の経営手法でも厳しい農業情勢がそこに浮き彫りになっている。>

 全国に広げたのはいいが、という話か。

 ついで別稿。見出しは<「作る人」と「食べる人」/交流で縮まる距離>である。

 <白井市長は地元農家と消費者の交流を図る「グリーン・ツーリズム」事業にも力を注ぐ。1999年から雄国山麓地区の一部でそば打ち体験などのイベントを始めたが、現在は修学旅行の小中学生に農業体験や農家への宿泊機会を提供するまで発展した。地元農家が五つの受け入れ組織を結成し、窓口業務を担う任意団体「喜多方市グリーン・ツーリズムサポートセンター」は近くNPOの法人格を取得する。2007年度に訪れた人は1万2000人を超え、4年前と比べて3倍近くに増えた。>

 まあ、アイデアだな。

 <都市住民との交流は、過疎や高齢化に悩む農家にとって励みにもなる。同市岩月で肉牛の繁殖を手がける山富士雄さん(62)は「私らには癒やしの時間。参加した子供たちも顔つきが変わっていく」と満足げだ。市の遠藤吉正グリーン・ツーリズム推進室長は「自分たちが楽しめば、来る人も楽しい。ウィンウィン(ともに勝者となる)関係ができる」と話す。>

 <農業の衰退の背景には生産者と消費者の間にできた大きな距離もある。食の安全・安心が課題になる中、「作る人」と「食べる人」の関係を結び直すことも農政の重要なテーマだ。農政の矛盾に揺れた喜多方市。しこりは今も残るが、それを乗り越えるための新たな風も吹き始めている。>

 そして、もう一つの別稿は<就業人口8割減/耕地面積24%減/過去50年、農政改革急務>の見出し。

 <日本の農業就業人口は昨年初めて300万人を割り、299万人に落ち込んだ。ピーク時の1960年は1454万人。8割の減少だ。その半数近くが70歳以上。新規就農者数は2007年で約7万3000人で、引退する高齢者の穴を埋めるには足りない。耕地面積も1961年の609万㌶から2008年は24%減の463万㌶になった。放棄農地も増え、農水省が5年ごとにまとめる農林業センサスによると2005年時点の耕作放棄地面積は39万㌶。埼玉県の面積を上回る。>

 データ満載だ。

 <現状に歯止めをかけるため、農政の抜本改革が急務。農地法改正案や減反見直しなど、論議が高まっているが、衆院選を前にした政治的思惑も絡み、方向性は定まっていない。>

 <国営農地開発事業とは 農業経営の規模拡大を図るため農地や水利施設、ダムなども整備した国直轄事業。事業費の70~75%を国、残りを自治体や地元農家が負担した。1970年代から全国171地区で実施されたが、減反政策や後継者難から農家が離脱するケースも多く、全地区の完了は2003年度。事業費の総額など全体像について農水省は「文書保存期間が過ぎている」ことを理由に明らかにしていない。>

◆第2回は減反政策だ

 5月26日朝刊は連載第2回<減反政策 二転三転>だった。

 <九十九里浜から吹く南風が、植えられたばかりの稲の苗を揺らす。千葉県匝瑳市は古くから「干潟八万石」と呼ばれる県内屈指の穀倉地帯。そのコメどころで昨秋、主食用の銘柄米が豚の餌になる珍事があった。農林水産省による減反(コメの生産調整)政策の強化が原因だった。「農薬を減らし、ブランド米として売り出してきたコメを豚に食わせるのは農家の顔に泥を塗ることだ」。同市春海地区の水田1.8㌶でコメを生産する椎名久男さん(67)が悔しがる。同地区では、椎名さんを含む7戸が市などの要請で収穫の1割にあたる約50㌧のコメを飼料米として出荷した。減反の実績を作るためだ。>

 ひどい話だ。

 <主食用なら1俵(60㌔㌘)1万4000円程度になるコメが約3000円。国などから10㌃あたり約9万円の減反助成金が出るが「トントンにはならない」(椎名さん)という。春海地区は水はけが悪く、コメしか作れない事情もあり、県はこれまで減反達成率がほぼゼロでも黙認してきた。だが、水田の区画を整理し、用排水施設を造る基盤整備事業がその流れを変えた。今年度から始まった事業は同地区の135㌶が対象。基盤整備を実施すれば農作業の効率が上がるため、地元農家の要望も強かった。県の事業だが事業費の50%は国の補助金だ。地元農政関係者は「田植えを終えた昨年6月、県が『減反に協力しないと国の補助事業には採択されない』と通告してきた」と餌に回した事情を明かす。>

 千葉県独自の判断ではなかった、というのだ。やはり農水省だった。

 <県が態度を変えた背景には農水省の方針転換がある。同省は2004年、公共事業の採択で減反実施地区を優先する措置を廃止したが、「『減反に協力した農家の不公平感を解消すべきだ』という声が自民党などから強まり、以前のやり方に戻さざるを得なかった」(同省関係者)。「先祖返り」の背景には、2007年参院選で農村票を大きく減らした自民党の焦りがあるとの見方も出ている。>

 参院選大敗は自民党をバラマキ政党に変えてしまった、というのか。

 <「あっ、カエルだ」「転ばないでね」。千葉県印西市の雑木林に囲まれた17㌃の水田で約50人の親子が歓声を上げながら田植えに励む。減反で荒れた農地を消費者の手で「復田」する試みだ。昨年12月から立ち木の伐採などを始め、5月16日に田植え。毎回、ほぼ同じ家族が参加している。千葉県北西部の農家約100人で作る農事組合法人「船橋農産物供給センター」と東京都世田谷区の東都生協が企画。菊地謙治さん(60)が田を提供した。菊地さんは「ここは場所が不便で、30年ぐらい作っていなかった。消費者が頑張ってくれるのはうれしい」と顔をほころばす。以前から減反の助成金はもらっておらず、復田しても不利益はないという。作業に参加した東京都八王子市の主婦(58)は「コメを作らせないために補助金を出す一方で、汚染された輸入米を売る政府はおかしい」と話す。>

 まさしくそういうことだ。コメを作らない農家に補助金を出し、汚染米を流通させている農水省の官僚への怒りを消費者が共有してくれれば、農政は大きく変わるだろう。

 <水田面積の4割近くに達した減反政策。その呪縛を解くことは農政改革の最重要課題のひとつだが、今までのように農水省と自民党、農業団体が内向きの論議を重ねていては解決はおぼつかない。生産者・消費者という立場を超えた国民的議論を喚起できるかが鍵になる。>

 そういうことだが、ブレイクスルーはいかにして行われうるのか? そこが読みたいのだ。

 <減反とは コメ余りによる米価下落を防ぐ生産調整策。本格的に始まったのは1970年度。日本には約239㌶の水田があり、すべてにコメを植えると平年作で約1266万㌧が生産される。一方、主食用のコメ需要は855万㌧程度しかないため、麦・大豆などの畑作物や飼料用、米粉用のコメに転作した農家に補助金を出している。減反に参加しない農家も多く、2008年産米は約5万4000㌶の過剰作付けとなった。>

◆第3回は集落営農という形態と地域のまとまることの難しさ

 5月27日朝刊2面には第3回<集落営農 人材が鍵>だった。

 内容が段々と専門的になってくるように思うのだが、なるべくならば、私のような素人にも分かる内容であってほしい。

 <「味付けは大丈夫?」「ボウル持ってきて!」。山口県境に近い島根県益田市の山間部。稲作を中心とした集落営農組織「横尾衛門」の作業場に女性7人の声が響く。副業として「道の駅」などで売るフキのつくだ煮の調理作業だ。メンバーの一人(68)は「近所の人との会話が増え、何より働く場ができた」と喜ぶ。「横尾衛門」は鎌倉時代に集落を開いたとされる人の名。農作業を集団で行う営農組合として1992年に発足し、2005年に法人化した。現在の組合員は23人。農作業ができない高齢者を除く60代以上の6人前後が交代で稲作を中心とする農作業を担当、収穫高に応じた配分に加え、時給制で賃金を受け取る。農地を提供するだけの高齢者は、収穫高の配分を得る仕組みだ。>

 高齢者をうまく配置するシステムか。

 <経営面積は約20㌶。集落内に2㌶あった耕作放棄地の解消にも一役買った。代表理事の豊田島夫さん(62)は地元出身だが、JR西日本で車掌を務め55歳で退職した後に運営に加わった。「長い間顧みなかった古里への恩返しをしたい。高齢化や過疎化のスピードは想像以上。へき地の農業を守るには力を合わせなければ」と語る。>

 定年退職後の第二の人生を農業に賭けた人か。

 <横尾衛門のような集落営農組織は、農林水産省が2007年度に導入した所得補償政策「品目横断的経営安定対策」の柱の一つ。対策は大規模農家や農業法人の育成が主眼だが「小規模農家切り捨て」との批判に配慮し、集落営農も対象とした。集落営農の手法は、横尾衛門のように集落全体を一農場として共同作業を営むタイプのほか、農業機械を共同利用するなどさまざま。経理の透明化や販売力の強化などを図るため、結成から5年以内の法人化が義務づけられている。>

 新しい名前だが出てきた。これについては、記事の中で[キーワード]で解説していた。

 <品目横断的経営安定対策とは 関税引き下げなど農産物貿易自由化の進展に備え、農業経営の安定を図るため2007年度にスタートした所得補償政策。コメ、麦、大豆、でんぷん用バレイショ、テンサイの5品目について、一定の要件を満たす大規模農家や農業法人、集落営農を対象に標準的な生産コストを収入が下回った分などを補てんする。2007年度は約5万戸の農家(法人と集落営農を含む)に約1800億円が支給された。>

 とあった。本文の続きを読もう。

 <しかし、高齢化が進む山間部では核になる人材の確保に悩む例も多い。農林水産政策研究所の吉田行郷・政策研究調整官は「機械の共同利用などの実績がない、急ごしらえの組織には難しさもある」と指摘する。横尾衛門は営農組合の実績や豊田さんという人材に恵まれた理想的なケースと言えそうだ。ただ、高齢化や後継者問題もあり、将来を見通せているわけではない。>

 これも人材難というのか。

 <模範的な集落営農組織が崩れる例もある。宮城県角田市の集落営農組織「夢の里えだの」はメンバー7人中6人がそれぞれ8~20㌶を経営する大規模農家だった。元々は減反に対応してコメの代替作物となる麦や大豆の生産に取り組み、39㌶を共同耕作していた。しかし、法人化をめぐって意見対立が表面化。2006年の結成以来、コメも含めた本格的な農業法人を作るかどうか議論してきたが折り合わず、今年4月25日に解散した。個々の農家の複雑な事情が絡むが、地元の農政関係者には「後継者のいる農家は家族経営を崩したくなかったのでは」との見方もある。副組合長だった横山力さん(55)ら3人は近くコメも共同化した農事組合法人を設立する方針。横山さんは「無駄な設備投資を省け、機械利用や資材購入も効率的。今の時代、家族経営には限界がある」と強調する。>

 地域が同じ考えでまとまるだけでも大変な努力がいるのだろうなぁ。

 <将来へ向けた地域農業の基盤を確立するための集落営農。だが、所得補償というカネの論理だけで農業を守ることは難しい。さまざまな利害関係を調整し、地域全体で取り組む機運を育てることも農政の重要な課題だ。>

◆第4回はユニクロもセブン・イレブンも農業に挑戦していた

 5月28日朝刊2面の第4回は<企業の参入 発展途上>だ。この辺は読む前からドキドキするのだが、うまくいっていないのだろうか?

 本文を読む。

 <南国の太陽が輝く鹿児島県・種子島の芋畑。建設会社「西田工業」のパート社員らが苗の手入れをする。同社は2003年に農業生産法人を設立。70㌶の農地で、濃厚な甘さとねっとりした食感が女性に人気の「安納芋」や、焼酎原料用のサツマイモなどを生産する。芋焼酎ブームに加え、安納芋も首都圏の百貨店から注文が相次ぎ、売り上げは本業の倍にあたる年間約8億円まで成長した。公共事業削減で倒産に追い込まれる建設会社も出る中、西田工業は農業に活路を求めた。西田春樹社長(55)は「参入しなければ社員(37人)は半分に減っていた」と話す。>

 建設業からの農業参入の典型的な例なのか?

 <千葉県内のイトーヨーカドーで昨秋から小ぶりのニンジンが売り出された。5~6本入りで1袋59円。出荷元はセブン&アイ・ホールディングスが富里市農協と共同で設立した農業生産法人「セブンファーム富里」だ。普通、スーパーなどで売られるニンジンは50~180㌘。それ以外は「規格外」として捨てられる。しかし、少子化や独居世帯の増加で小さなニンジンも売れる可能性にセブン&アイ側が着目した。富里市農協の仲野隆三常務理事は「生産者にはなかった発想。売り手側と結びつくことで、消費者が求めるものを知ることができる」と話す。セブン&アイは農協との提携を「富里モデル」とし、埼玉・神奈川両県でも広げる方針だ。>

 消費者目線というのか? こういう視線がうれしい。

 <規制緩和の流れを受け、企業の農業参入が盛んになっている。農水省は農業に企業の経営手法や資金力を導入、担い手不足に悩む農業を活性化することを目指す。昨年5月から秋田県の農業法人にコメの生産を委託したイオンや、カゴメやキユーピーといった食品メーカーも野菜などの生産に取り組む。JR東海、豊田通商なども参入を始めた。だが、農業は作付けから収穫まで半年もかかる。台風などで収益がゼロになるなど、リスクも多い。種子島で成功を収めた西田社長は「すぐに利益を求めても、時間のサイクルが違う。片手間で参入すると痛い目に遭う」と戒める。>

 リスクが大きい産業であることは間違いない。このリスクを生産者だけに取らせるのか、どこかが保険をかけてあげられるのか?

 <一度は農業に参入したものの、撤退する企業も少なくない。北海道千歳市の「田園倶楽部北海道」。「東洋一」と言われる東京ドームの1.5倍規模のガラスハウスでトマト農場を営んできたが、昨年6月、親会社の破綻に伴い連鎖倒産した。冬場の暖房費は週100万円に達し、同社の関係者は「トマトの売り上げだけでは維持できない。異業種の参入は簡単ではない」と語る。農場は以前、精密機器メーカー、オムロンの子会社が運営していたが2002年に撤退。2代続けての失敗となった。>

 失敗例である。

 <ファーストリテイリングも契約栽培による野菜販売を手がけてきたが2004年に打ち切った。居酒屋チェーン「ワタミ」の農業部門「ワタミファーム」の武内智社長は「農業は収益性が悪く、理解と熱意がなければできない。今の企業にそういう人材がどれだけいるか」と疑問を示す。農業に新たな収益機会を求める企業と、企業の経営力に期待する農水省。農協との提携など垣根を越えた協力関係も生まれているが、それを本物にするためにも、企業側と農業側双方がより理解を深め合うことが課題となりそうだ。>

 ユニクロも参入していたのか。やはり、成長企業は目のつけどころが違うなぁ。

 <農地法と企業参入 戦後の農地改革を踏まえて制定された農地法は「農地は耕作者が所有する」と定め、農地の売買や貸借を厳しく制限した。しかし、結果的に零細農家が温存され規模拡大が進まなかったため、農水省は「所有」より「利用」を重視する農地法改正案を今国会に提出した。貸借の規制を大幅に緩和、農業生産法人への企業の出資規制も緩めて企業参入を促す内容。逆に宅地などへの転用については規制を強化している。>

◆第5回はフリーターからの転職組み支援の話

 最終回、第5回は5月29日朝刊2面<就農 支えは「満足感」>だった。

 <琵琶湖東岸に位置する滋賀県長浜市の農業法人「農工舎」。4月11日朝、自宅にいた中川善則社長(48)の携帯電話が鳴った。「従業員が休むのか」と思って出ると、1日に研修生として入ったばかりの男性(26)からの電話だった。男性は、「ガソリンスタンドの仕事に戻ることになりました」と切り出す。中川さんが戸惑いながら「うちを辞めるということか」と聞き返すと「はい」と一言。電話はそのまま切れた。農工舎は40㌶の稲作と果菜類のハウス栽培などで年間8000万円近い売り上げがある。面積を広げているため人手は不足がちだが、今春は不況で「農業をやりたい」という問い合わせが殺到。約30人の面接者から選んだ2人のうち1人がこの青年だった。男性は地元の高校を卒業後、職を転々。派遣社員として市内の機械メーカーで働いていたが、昨年、契約を打ち切られ、ガソリンスタンドのアルバイトを経て農工舎の求人に応募。身長180㌢と体格が良く「根気もあるだろう」と採用した。男性はわずか10日間で「離農」した。4月に始まった農林水産省の「農の雇用事業」で1年間の研修費助成を受けるはずだったため、中川さんは落胆する間もなく研修費を辞退する手続きに追われた。>

 若者が根性なしなのか?

 <農水省は農業の雇用拡大を支援する制度の拡充を急ぐ。「農の雇用事業」もその一つで、1226人が対象。2009年度補正予算が成立すれば2000人を上積みする計画だ。だが、全国農業会議所によると、4月に研修を始めた1226人のうち、すでに約30人が農業をやめたという。日本総研の大澤信一・主任研究員は「人手不足を補うだけなら、すでに大勢の外国人研修生(農水省の推計では2007年度で約1万5000人)が農業現場で働いている。本当に熱意ある人材を得るには、農業の魅力を伝える努力も必要」と話す。>

 そりゃあ、食い詰めて日本に来た外人は熱心だろうが、何か納得できない。

  <同じ琵琶湖を望む同県彦根市。100㌶を超す農地で、コメ、麦、大豆と野菜などの多角経営で年間約1億8000万円を売り上げる農業法人「フクハラファーム」(福原昭一社長、従業員17人)。田中政義さん(30)ら2人の研修生が働く。田中さんは京都市内の工業高校を卒業後、金型工場などで働き、2007年7月からはバッテリー工場の契約社員になった。30歳を前に将来を意識し、大阪市内の就農フェアに参加。2月から研修生となり、農業への第一歩を踏み出した。>

 派遣社員から農業へ、の典型的なパターンのようにも見える。

 <あぜの補修や畑の整地は土木工事と変わらない。月給は約15万円と安いが「対価はお金じゃなく、やりがいと満足感。辞めたいとは思わない」と言い切る。決められた時間内に決められた仕事をこなすだけだった以前の自分とは違う。「漫然と時間の経過を待っても作物は育たない。お金のためだけに働く派遣の仕事とは違う」と実感している。>

 <雇用の受け皿と期待される農業だが、そもそも楽に稼げる職業なら後継者不足とはならない。期待を肩透かしに終わらせない工夫が農政に求められている。>

 その通りだが。

 <農の雇用事業 就農希望者に実践的な研修をした農業法人に研修費用を補助する事業。2004年度からOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)研修制度として始まった。5年間に約360人が研修を受け、約8割がその後も農業に携わったため、2009年度から期間を半年から1年間に拡大、名称も「農の雇用事業」に改めた。2009年度補正予算が成立すれば住居費なども対象となり、支給額は最大月額13万円に増額される。>

 いい制度だと思うのだが。

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2009年5月28日 (木)

中西寛氏が推薦する「ポスト冷戦後」論文~毎日新聞5月28日朝刊[論壇を読む]

 毎日新聞5月28日朝刊文化面[論壇を読む 5月]は京都大教授・中西寛氏による<20年の「ポスト冷戦」期/日本がとるべき政策は>だった。

 取り上げている論文は次の通り。

①「ポスト冷戦」の終わり(納家政嗣)=アステイオン70号
②「砂社会」ロシアの復活(袴田茂樹)=同上
③中国共産党政権の本質は何も変わらない(清水美和)=中央公論6月号
④平成皇室の「象徴力」とその危機(ケネス・ルオフ)=世界6月号

 最近、いろいろな紙面で「アステイオン」という雑誌が出てくるのだが、近くの本屋には置いていない。丸善にでも行かないとないのかもしれない。年に2回ほど出ている雑誌で、昔はTBSブリタニカが出していたが、売れなくて休刊していたと思った。1000円しない雑誌だから、買うのには抵抗感はないのだが、普通の本屋でも置いてほしい。

 中西氏の論を読もう。

 <今年はベルリンの壁が崩壊し、アメリカのブッシュ(父)大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が冷戦の終結を高らかに謳ってから20年目になる。しかし、当時の希望に満ちた空気はほぼ一貫して裏切られ、現在は世界経済危機の中にある。今の我々の位置を理解する上で20年間の軌跡を振り返ることには意味があろう。>

 というのが中西氏の今回の論文を通底するであろう問題意識のようだ。

 <『アステイオン』は内外の政治学者、経済学者が冷戦終結後20年間の総括を試みた本格的な特集を組んだ。代表的な論考として国際政治学者の納家による①を紹介する。それによれば、過去20年間の「ポスト冷戦」期は、アメリカ発の新自由主義思想が普遍性のある価値ないしイデオロギーとして世界的に共有され、その一環として進められた市場経済の浸透や政府規制の緩和が格差の拡大、市場の暴走、テロなどの非対称的脅威といった諸問題を顕在化させる過程と捉えられる。現在はこうしたアメリカ主導の新自由主義に対する反省ないし反動の時期であり、政府規制の拡大やロシアの復活、中国などの新興国の台頭などといった国家の再評価の時代ではあるが、それは決して「ポスト冷戦」前の時代への逆行を意味するわけではなく、グローバリゼーションやその中でのアメリカの主導性は基本的に保たれる、という認識である。>

 これが「ポスト冷戦後」ということなのか。

 納家氏の論文を読んでいないので、何とも言えないが、少なくとも地政学者、戦略学者らによる「ポスト冷戦後」議論を取り込んだものになっていないと面白くはないのではないか、とも思った。

 読んだばかりの孫崎享氏を何度も引用してしまうのだが、「日米同盟の正体」(講談社新書)は冷戦後に対応する米世界戦略が1993、1994年ごろに策定され、その後、2001年の9.11を経て、より米国世界一極支配的戦略が色濃くなった、と見ていた。その延長線上に2005年の日米安保条約の実質的見直しがくる、という論だった。

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書) 日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)

著者:孫崎 享
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 また、経済学者たちも「帝国」概念を使う人、使わない人の差はあるが、米国中心のドル循環体制の成立と強化を分析する中で、ポスト冷戦後に迫ろうとしていた。

 当然、そういう議論を取り込んだ論文なのだろう。読んでみたいものだ。

 <袴田は②で冷戦のもう一方の当事者ロシアの側から過去20年を振り返る。ソ連崩壊後のロシアで知識人たちが主導した自由化、西側追随は1990年代を通じて幻滅へとつながり、一般国民の中に潜在していたナショナリズム、大国願望の復活に帰結して大国ロシアの復活を唱えるプーチン体制の強大化を支えた。しかし、メドベージェフとの二頭体制が始まった昨年、経済危機の開始によってロシアの自信は急速に崩壊し、ロシア独自の道への愛着と国際協調主義の間で戸惑いが広がりつつあると袴田は分析する。>

 この袴田茂樹・青山学院大学教授の分析は正しいと思う。戸惑いが広がって、世論が分裂するのか、プーチン―メドベージェフ双頭体制が求心力を持って統合を強化するのか、今年の大きな見所なのか? 日本にとっては、北方領土問題も絡んでくる。

 <社会主義体制の崩壊を経験したソ連東欧諸国に対し、中国は民主化運動を弾圧して体制の維持に成功し、グローバリゼーションの潮流に乗って世界的影響力を高めつつある。しかし、中国を観察し続けてきた清水は③で、天安門事件後20年を経て中国の悩みも深まっていることを指摘する。>

 清水美和氏は東京新聞の論説委員。今でも覚えているのは温家宝来日の前に光華寮裁判で最高裁が予想もしなかった時期に判決を下し、台湾の負け、中国(胡錦濤の中国)の勝ち、との裁きを出し、日を置かずに従軍慰安婦などの日本国への請求権を認めない、との判決を出し、各地裁、高裁で係争中の裁判の指針を出したことと、温家宝来日を結びつけて論じていたことだった。司法と行政の独立とは真っ向から対立するのだが、日本という国の国家意思を決める際に、最高裁事務局と外務省条約局とで続けられている水面下の接触が生きたケースだった、という趣旨だったと思う。

 相当詳しく取材している記者なのだなぁ、と舌を巻いたものだった。

 去年くらいに出たちくま新書の「『中国問題』の内幕」も面白かった。注目の中国分析家である。

「中国問題」の内幕 (ちくま新書) 「中国問題」の内幕 (ちくま新書)

著者:清水 美和
販売元:筑摩書房
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 <天安門事件は改革開放の恩恵に恵まれなかった知識人、学生の不満が鄧小平と趙紫陽の路線対立に利用されて起きた事件だった。勝利した鄧小平とその継承者は体制批判の抑圧と市場開放の急進化を両立させる路線をとった。今や共産党は経済的特権集団となり、多くの知識人もそこにとり込まれたが、逆に労働者、農民の生活は困窮し、不満は鬱積している。今回の金融危機にあたって西側との協調を維持すべきか、中国独自の道を主張すべきか、潜在的な路線対立もほの見えるという。>

 中国共産党に入っている人は金持ちになり、非党員は金がない。不満も出てくるだろう、と思うが、その不満を情報統制と警察力で押さえつけられている、というのは驚くべきことだ、と思う。

 <20年前に繁栄の絶頂期にあった日本はバブル崩壊以降、経済的、政治的混迷が続いてきた。その間に大きく変化したのは天皇、皇室に対する国民の関心、発言のあり方である。④は外国人研究者の視点から天皇夫妻の「象徴」としての取り組みと、皇室が抱える課題を整理した好論文である。>

 これも読みたいが……。

 <他方、未来に向けて日本が国際政治上とるべき政策について論壇の議論は活気に乏しい。今号で休刊となる『諸君!』も過去を振り返るトーンが強い。櫻井孝昌『アニメ文化外交』(ちくま新書)は、日本外交のこのテーマでの取り組みを紹介していて興味深いが、今後予想される国際政治の荒波をアニメ外交だけでは乗り切れまい。近づく総選挙をきっかけに本格的な外交論議を期待したい。>

 中西氏の言う通り、アニメじゃないでしょ、麻生さん。

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読売新聞[基礎からわかる核ミサイル]は永久保存版! 北朝鮮核問題が分かりやすい~5月28日朝刊解説面から

 読売新聞5月28日朝刊解説面[基礎からわかる核ミサイル]は時宜を得たまとめだった。

①威力は?→通常兵器にない破壊力

②なぜ北朝鮮は開発するの?→撃墜されにくい+危機高め譲歩得る

③「潜在的」脅威は?→中国、日本の都市に照準

④廃絶できるの?→拡散防止体制揺らぐ

 ――のQ&Aに[核問題を巡る世界の動き]年表をつけており、この1ページ(昔の計算でいうと15段紙面の10段分、つまり3分の2を使っている)を読めば、核兵器に関する知識と核ミサイルに関する知識が、少なくとも基礎は分かる、という仕組みだ。

 班長役の編集委員と科学部記者4人の合作と書いてあるが、新聞社の科学部は間口が広く、大変だと思うが、今の時代、最先端の記事を書く職場になった、と改めて思った。

 では①~④の順番に記事を読んでいこう。

 まずは、<①威力は?→通常兵器にない破壊力>である。

 <広島、長崎に原爆が投下された際、実際に爆発(反応)したウラン(広島)とプルトニウム(長崎)は、わずか1㌔㌘程度。それでも破壊力は、通常火薬の1万5000㌧分(広島)と2万㌧分(長崎)と桁違いだった。しかも、核兵器は爆発とともに大量の放射線を放出し、長期にわたって放射能汚染を引き起こすなど、通常兵器にはない損害を与える。>

 核爆発というのは「反応」なのだ。

 <広島、長崎では、爆発のエネルギーの半分が爆風、3分の1が熱、残りが放射線だったと推定されている。原爆投下から数ヶ月で広島で十数万人、長崎で約7万人が死亡したとされ、広島では爆心地から半径2㌔以内では建物が根こそぎ失われ、周辺地域の広い範囲で家屋が半壊した。>

 日本橋がいろいろな道路の起点になっており、日本橋から何㌔という表示がある。もしも日本橋に同程度の威力を持った原爆が落ちると、半径2㌔の建物は建物が根こそぎ失われる。日本橋三越は蒸発するようになくなるのだろう。

 <弾道ミサイルの通常弾頭(火薬量1㌧前後)では、人的被害は半径数百㍍以内で、家屋を根こそぎ破壊する爆風が発せられるのは、直撃地に近い限られた範囲だけ。違いは圧倒的だ。>

 通常弾頭ならば放射線も出ない。

 <こうした違いは、核兵器の爆風が核分裂や核融合の連鎖反応という物理学的な現象によって引き起こされるからだ。そのエネルギーの甚大さは、太陽のエネルギー源が核融合であることからも分かる。>

 昔、沢田研二主演でたしか「太陽を盗んだ男」とかいう映画があった、と思い出した。

 <通常火薬の爆発は、火薬の成分が酸化されるだけの化学反応で、原子の構造までは変わらない。しかし、核分裂ではウランやプルトニウムの原子核が壊れて、より軽い別の元素に変わるという現象が起こる。しかも、生成した元素の質量を合計すると、元の核物質の質量よりわずかに少ない。質量の一部が失われ、膨大なエネルギーに変わったことを示しており、この原理はアインシュタインが数式で示したことでも有名だ。>

 アインシュタインのE=mcの2乗のことだろうか? これでアインシュタインが原爆開発に参加したかのような誤解が広まったことは事実なのだが、一般相対性理論がなかったら、原爆はできなかっただろう。

 <この爆発を起こすには、高い純度を持つ一定量の核物質が必要で、特にプルトニウム爆弾を作る場合は、球状に加工したプルトニウムの周辺で均等な爆発を起こし、小さい球に押し潰す「爆縮」という技術が必要だ。核実験は技術を実証し、世界に示すための手段となる。>

 爆縮などについては黒井文太郎氏の本にも書いてあった。以前、ブログで紹介した。

 <問題は、北朝鮮がミサイルに搭載できるサイズにまで核兵器を小型化しているかどうかだが、米国の軍事専門家の多くは、核兵器技術の一定の進歩は認めながらも、現時点での小型化には懐疑的な見方を示す。>

 ここが最も重要なポイントだ。小型化が完成していれば、大変なことになる。

 次は<②なぜ北朝鮮は開発するの?→撃墜されにくい+危機高め譲歩得る>だ。

 広島、長崎の原爆は米戦略爆撃機B29が落とした。広島に落としたB29の「エノラゲイ」は有名だ。

 <戦後、米国に続き旧ソ連、イギリス、フランス、中国が核兵器を開発するが、当時、核兵器を攻撃目標まで運搬する手段は、航続距離の長い爆撃機しかなかった。しかし、1970年代以降は航空機を撃ち落とす対空ミサイルなど兵器の能力が向上し、攻撃目標まで制空権を確保していなければ爆撃機を飛行させることは極めて難しくなった。このため、各国は爆撃機に代わる運搬手段として弾道ミサイルの開発を急ぎ、ミサイルの弾頭に搭載できるまで核兵器を小型化することに躍起になってきた。>

 そういう歴史だったのか。今、北朝鮮が短時間でやっていることを米英仏露中は30年近くかけて精密化しているわけだ。

 <北朝鮮にすれば、航空機に核兵器を積んで日本を狙っても、日本回上で簡単に撃墜されてしまう。だが、核を弾道ミサイルに積んで発射すれば、ミサイル防衛(MD)システムでも、すべての弾道ミサイルを撃ち落とせる保証はなく、北朝鮮は目的を達することが出来る。>

 そういうことなのだ。MDだけですべて安心とはいかないのがつらいところだ。

 <防衛省によると、1969年に米ソだけが持っていた弾道ミサイルは、冷戦末期の1989年に15カ国に増え、現在は北朝鮮、中国、韓国、台湾など40前後の国と地域が保有するまで拡散している。このうち9カ国は核兵器を持っている。>

 弾道ミサイルを持っている40カ国以上の国の中で9カ国なのか。日本は「弾道ミサイルを持っていない」国に分類されているのだろうか?

 <危機高め譲歩得る>の項目では北朝鮮が核ミサイルを持つのは軍事的な理由からだけではなく、外交交渉のテコに利用するためだ、という視点で解説している。

 <いくら貧しい小国でも、軍事的影響力を極限まで高める核ミサイルを保有するのを、諸外国は看過できないからだ。>

 という理由である。そして、北朝鮮の脅しと米国のアメの関係を解説する。

▽2006年7月のテポドン2発射→米国は北朝鮮を無視するというそれまでの政策を変更し、2007年1月に北朝鮮との2国間協議に応じた。以後、6カ国協議が本格再開され、北朝鮮は寧辺核施設の稼動停止、無能力化の代わりに、5カ国から重油100万㌧相当の支援を受ける権利を得た。

▽1993年には核拡散防止条約からの脱退を宣言して各国を慌てさせた。→1994年、米朝核合意。核施設凍結の見返りに重油の供給や将来の軽水炉提供の約束を取り付けた。

▽1998年にはテポドン1発射。→1999年に米国との間でミサイル発射実験の「モラトリアム(猶予)」に同意するかわりに経済制裁の緩和を取り付けた。

 つまり、

 <北朝鮮にとって、核ミサイル開発は、経済困難にあえぐ同国が喉から手が出るほど欲している燃料や食糧などの手っ取り早い獲得手段ともいえる。>

 と解説していた。その通りだ。随分とはしょった説明だったが、北朝鮮が脅しをかければ米国はアメをくれる、という歴史が続いていたことが分かる。米国の北朝鮮政策はブレが大きく、分析もしづらいが、少なくとも冷戦終結後の米世界戦略の中で「悪の枢軸」の中でイラク、イランは優先順位が高く、北朝鮮の優先順位が低いのは間違いないようだ。特に、ブッシュ政権の2001年9月11日の同時テロ事件以降は米国の目は中東と南アジアにしか向かなくなった。北朝鮮の核ミサイル開発を「脅しに過ぎない」とわざと軽くとらえようとしている感じもある。

 次は<③「潜在的」脅威は?→中国、日本の都市に照準>である。ここに引用された米陸軍大学戦略研究所「中国の核戦力・2007年版」はどんな資料なのだろう? 少なくとも、資料は正確なのだろう、とは思うのだが、驚くべき内容が書いてある。

 <日本は核大国のロシア、核戦力の増強を続ける中国と向き合っており、日本にとって脅威は北朝鮮の核ミサイルだけではない。>

 脅威とは、という定義は戦略論の教科書を見れば最初に出てくる。インターネットで探していたら下記の政府答弁書を見つけたので、コピペしておく。あくまで「抄録」であり、原文通り」ではない。

 1986年11月28日の参議院議員志苫裕君提出「昭和61年版防衛白書に関する質問に対する答弁書」で、

 <脅威は侵略し得る「能力」と侵略しようとする「意図」が結びついて顕在化する。意図は変化する。我が国防衛を考える場合には、我が国周辺における軍事能力について配慮する必要がある。>

 <「潜在的脅威」の表現は侵略し得る軍事能力に着目し、その時々の国際情勢等をも含め、総合的に判断して使用してきている。現在の国際情勢下においては、潜在的脅威と表現することが適切な国があるとは考えていない。>

 ついでに、「専守防衛」についての答弁書もコピペしておこう。

 1985年11月5日、参議院議員秦豊君提出「防衛政策の基本に関する質問に対する答弁書」の専守防衛に関する部分だ。

 <「専守防衛」という用語は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限度にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。「戦略守勢」という用語は、我が国の防衛力の運用面において、「専守防衛」と同じ意味で使用していたものである。>

 その「潜在的脅威」とは政府は国会では認めないが、実際の潜在的脅威となっているのが中国だ、と読売新聞が書いているのだ。

 なぜ潜在的脅威なのか? 「中国の核戦力・2007年」の引用を書き写しておこう。

 <(中国は)米国を最大の脅威とみなし、米空母を中心とする米第7艦隊に対し、核と非核の弾頭を装備した弾道ミサイルで攻撃できる能力を保持、日本を射程とする弾道ミサイルにも核と非核2種類の弾頭が配備されている。>

 <中国派中距離ミサイル「東風21」などを、沖縄の米軍基地や日本の主要都市に照準を合わせて配備している。>

 以上がリポートの中の表現の引用を書き写したもの。そして、読売新聞は、

 <具体的には、北朝鮮との国境に近い吉林省通化にミサイル基地があり、車両で移動できる「東風21」(射程1800㌔)など24基の弾道ミサイルが配備されているとされる。日本にとっては「潜在的」脅威だ。>

 と書いていた。

 <防衛省などの資料によると、中国は現在、少なく見積もっても核兵器が搭載可能な射程7000~1万3000㌔の大陸間弾道弾26基、同1700~5000㌔の中距離弾道弾55基を配備し、射程7200㌔の潜水艦発射型の弾道弾の配備も進んでいる。また、核弾頭は120~200個に上るとみられる。>

 とあった。朝鮮戦争などで米国による核の威嚇を目の当たりにした中国が毛沢東時代の1950年代後半に核兵器開発を決心し、東京五輪開催に合わせたように1964年10月に初の核実験を成功させた。ミサイル開発は70年代以降で、中距離弾頭にはじまり、ICBM、SLBMなどを次々開発した、という。日本では非核三原則を守らせるため、「市民団体」や新聞社説が政府に猛烈に噛み付いていた時期だった。中国にとっては日本の「平和憲法」ほど有難いものはなかったかもしれない。

 そして、最後のQ&Aは<④廃絶できるの?→拡散防止体制揺らぐ>だった。

 これはオバマ米大統領の「核廃絶」演説と世界の情勢をまとめたもので、あまりに遠大なテーマなので、ここではパスする。

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2009年5月27日 (水)

毎日新聞夕刊のシリーズ危機 農業(上中下)が面白かった~5月25、26、27日

 毎日新聞夕刊特集ワイド面が5月25日(月)、26日(火)27日(水)の3日連続で[この国はどこへ行こうとしているのか 農and食]の[’09 シリーズ危機 農業]を上中下で掲載していた。一般ニュース面ではなかなかこれだけのスペースを使っての展開はできないだろう。この欄の使い勝手の良さを改めて実証したいい企画だと思う。
◆佐藤藤三郎氏インタビュー
 5月25日の㊤は農民作家・佐藤藤三郎さんへのインタビュー。聞き手は根本太一記者。見出しは<耕してこそ百姓>だった。
 <政府が食料自給率の向上を訴える一方で、農業の衰退が著しい。耕作放棄地は増え続け、就農人口は減少する。高齢化が進む地域では、いずれ2643の集落が消えゆく可能性があるという。童謡「故郷」の原風景や、いずこへ。>
 という前文がついていた。
 <佐藤藤三郎さん(73)は蔵王高原麓の山形県上山市の上山農業高を卒業後、著作・評論活動を続ける。級長で卒業した「山びこ学校」の物語は映画にもなった。著書に「私が農業をやめない理由」(ダイヤモンド社)「村からの視角」(同)「底流からの証言」(筑摩書房)「どろんこの青春」(ポプラ社)「まぼろしの村1~5」(晩聲社)「山びこ学校ものがたり」(清流出版)など。新幹線駅から車で20分の山あいに住んでいる。>
 <旧山元村狸森。坂道だらけで、平らな所といったら、今年3月に廃校になった母校の中学校の校庭ぐらいだろうか。1951(昭和26)年に、教師を務めていた無着成恭さんが、子どもたちの文集を出版し、ベストセラーになった「山びこ学校」。そのころ1学年40人以上いた生徒は、旧村全体で3人に減った。小学校も3年前に学びやの歴史を閉じていた。>
 <「うちの集落は36戸なんですが、小学生は3人ですよ。子どもを産んで育てる世代が街へ下りちゃったからね」。苦笑いする佐藤さんの2人の子も市外に出た。妻トキさん(70)と2人暮らし。「ここにいたって、食えないもの。我々の年代がムラを壊さぬように守っているんです」>
 <山をひらいた斜面に80㌃の棚田を持っている。しかし、21日に田植えしたのは30㌃。残りの50㌃には水さえ張っていない。年を取り、体力が衰えたことだけが原因なのではない。「稲作の労働に対する評価があまりに低いから」。佐藤さんはそう、心の奧で感じている。>
 <「去年の米は買い取り価格が1田原(60㌔㌘)1万2700円でした。小売り段階で何割か増すんでしょうが、輸入小麦のラーメンやらパンやらが増えて、日本人は1年間に1田原の米も食べませんし」。米を毎日食べたとしても、1日アタリ34円。>
 <「企業の人は『農業コストを安くしろ』と言いますが、米価は下がって肥料は年々高くなる。ここの若い人は土建会社に勤めた金で農業の分の埋め合わせをしてるようなもんですよ。近所のかあちゃんは時給600円のパートに出て野菜作りをやめちゃった。農業に執着しない方がかえって収入が多いんです」>
 <訪ねたのは5月半ばというのに、こたつに入っている。「このところ冷えて。今朝は霜が降りるかと思ったほどです。まあ今年は暖冬とかで雪下ろしは2階で住みましたけど」。400坪(約1320平方㍍)の自宅は38年前に400万円で立てた。は新聞や雑誌の原稿料、残りは農業で得た貯金だったという。「あのころはこんな小規模農家でも、少しは金が残ったんです。ムラにいればぜいたくもしないしね」>
 <旧国鉄(JR)バスの初乗りが5円の時代、米価は1俵2万2000円。養蚕と肉牛14頭も飼っていた。「乳牛も3頭いて1頭から30万円分の乳が搾れました。働き詰めで、私も妻も体に今がたが来てますけど、まあ当時は餌代などを差し引くと年50万円でその金額で十分暮らしていけました」>
 <ただし、外国産の安い農産物が入ってくるまでは――。「豊かさ」を追求し続ける時代。海外に自動車や家電を売り、資源と食料を買う。減反政策の半面、米までも輸入する。政府は耕作放棄地ゼロを目標に掲げるが、自治体の本音は「放棄を食い止める策で精いっぱい」だ。>
 <「だれかを犠牲にして成り立っているんだね。進歩と退歩。ほどほどに調整していく力が政治にないんです。企業も安い賃金で社員の生活を間に合わせるためには食べ物が安くないと困るから。まんまと引っかかってるわけです。他の産業が農業を支配する構図そのままで、今さら自給率向上なんて言われても」>
 <一方、中央では昨今、農政改革論議が百家争鳴だ。減反政策を見直し、農地法も改め大規模化によって経営効率を高める案も検討されている。「頭のいい人は、いろいろと考えますね。でも減反やめて米をだれが作るのか。国の勧めで集落営農をやってみたら赤字でしたし、集落そのものが消えていく。1俵2万円なら話は別ですけど、その値で買ってくれますか?」>
 <佐藤さんは、トキさん手製のたくあんをパリッとかじってみた。良い出来栄えだと満足そうな笑みを浮かべている。隣の皿には、ワラビの漬物。日が落ち、薄暮もうせていくと農作業を終え350CCの缶ビール1本の次に酒1合の晩酌が待っている。時に魚も食べるが、つまみは天然山菜づくしの日々という。>
 <「都会の人に『うらやましい』なんて言われても……。山菜も今や多くが輸入物で、胃袋にヨソモノを詰め込んでいるんだ……。田んぼの跡に桜を植えていまして。4月の末に花見をやったんです。会費1000円で酒とシイタケやらを持ち寄ってね。でね、タンポポやオオバコや桜の花も試しに天ぷらにしたら、意外に食えるぞって大笑い。自然の中に『宝』を見つけて楽しんでいますよ。さて私はスイートコーンの畑を耕さなくてはならないんでね」>
 <街の直売所に持ち込めば1本100円になるという。売店のマージンは15円。だが肥料と燃料代を引くと、労賃は出ない。ガソリンが高騰した一昨年は、売りに行くのもためらった。「赤字でも作るのが百姓なんですよ。効率や合理性では語れない。執念なんでしょうか。減反の棚田でも草取りして耕す。土を荒らしたらもったいないでしょう。飢えた子ども時代からの夢だと米100俵を作る70代の人も集落に3人いますよ。働く喜びの代償が赤字でも、道楽だと笑っていますけどね」>
 <佐藤さんは、旧式の耕運機に軽油を注いでいる。手で、シリンダーを回転させた勢いで始動させる年代物。修理に修理を重ね、畑仕事を支えてきた。農業は再生するのだろうか。「それは、私たちじゃない、食べる側の人たちに聞くべきですよ……そうだね、一緒に作りませんか? たとえ労働が厳しく経費がかさんでも、食べ物を他人任せにしないという精神が失われたら、国は滅びていきますよ。毒入りギョーザ事件で安全点検の徹底を、なんて次元じゃないんだね。私が生きている間に気付いてくれるかな?」>
 <そう言い残して、佐藤さんはムラが総出で舗装し直した坂道を、畑に向かって上って行った。>
◆内山節氏インタビュー
 以下は㊥。哲学者・内山節さんのインタビュー。見出しは<「100年後」に投資を>だ。聞き手はこれも根本太一記者。内山節(うちやま・たかし)氏は東京都世田谷区生まれ。1971年から二重生活を送る上野村に大型連休中、墓を建てて3年越しの望みをかなえた。著書に「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(講談社)「<創造的である>ということ上・下」(農文協)「<里>という思想」(新潮社)など。
 <哲学者の内山節さん(59)は東京・本郷と群馬県上野村に家を持ち、都内の大学で講義、村に帰って150坪(約500平方㍍)の畑を耕し、約1㌶の裏山でまきを集め、山菜を採る。20歳過ぎにヤマメ釣りに行った鉱泉旅館で長期滞在を重ね、群馬が気に入って古い民家を譲ってもらった。>
 <「いま植えているのはジャガイモ、サトイモ、インゲンにナス、ショウガ……1年に20~30種類ほど育てますね。食べきれないから、本郷のご近所さんにあげたり、友人が上野村に遊びに来れば帰りに持たせたり。村の人々がする農業も私と同じようなものですね。直売所に持ち込んで多少のお小遣いをもらったり、知り合いに宅配便で送ったりの暮らしです」>
 <上野村の人口は1407人(608世帯=1日現在)。ほとんどが農家だが、徐々に兼業化し、専業農家はわずか2戸になったという。1戸はプラムや菊の切り花、養蜂などの多角経営。もう1戸は高品種のキノコ栽培で、2戸の収入源は主に電話注文などによる顧客との直接販売だ。>
 <「市場に出荷すると、手間をかけた良い作物でも業者に買いたたかれるんです。生産量が少ない、つまり『ブランド』物じゃないからと。本当にうまい米でも『○○産』でなければ『知らない』『何これ?』と。名の知れた銘柄や産地でなければ価格が大きく落ちてしまうんですね」>
 <焼き物の世界の目利きのように、名がなくとも優れた一品を選ぶ客がいないと、農を主体とした生計は成り立たない。ところが現場とは無関係な視点で全国一律・画一的に進むのが政府の農業政策だと、内山さんは指摘する。>
 <「日本が戦後、大量生産・大量消費路線を行くアメリカ的な農業をモデルにしたからです。欧州もやはり戦後に大農場経営に移って、先進国で大規模化でないのは日本だけですね。農林水産省は『先進国並み』にならなければだめだと思い込んでいるのでしょう。欧米とは、気候も風土も違うのに」>
 <企業などが参入し、農地をアメリカやオーストラリアのように広大に集約させれば経営はより効率化し安定する。日本農業に競争力が付く――規制緩和論者の中にはそんな考え方も根強い。しかし、内山さんは否定する。「企業は利益が出ないとなれば撤退するでしょう。倒産する可能性もあり、農地はどうなるのか」。さらには大規模農法で、農業にとって最も重要な「継続性」が50年後も100年後も保証されるのか疑問を呈するのだ。>
 <「農は自然相手なんです。例えば夏に寒ければ、農家はいもち病を心配して田んぼを毎日見回ります。よその田も見る。まん延したら全滅ですからね。害虫が出てないか、危ないなと思ったらそこだけ薬を少量まくとか、きめ細かな手間をかけているんです。朝も必ず水回りをチェックして、問題がなかったら食事を取る。田んぼの『世話』は日常の一部で、人件費なんて計算外なんです」>
 <ところが水田の面積が広大になると、そうはいかない。「企業は肥料、農薬、数百万円から1000万円台の機械や減価償却などコストと売上高とを計算し、黒字見込みを株主に説明はできますよ。しかし、それは人工空間の中のつじつま合わせ。台風が来たらどうするか。しかも長期的な視野が抜け落ちる。いもち病の例でも、安全策や予防と称して全域に農薬散布するかもしれません。害虫駆除の薬も、すべての虫を殺して生態系を破壊します。土が硬くなって作物も弱くなる。農地がしだいに荒廃していく可能性をはらんでいます」>
 <日本には1枚の水田から1000年収穫してきた伝統農法の強さがあるという。>
 <「ところがアメリカの大規模農業の歴史は約100年。今の農法を続けていって、果たして100年後に健全な農地が残っているのかどうか。持続可能性を考えた時、グローバルな経済に巻き込まれて農産物をWTO(世界貿易機関)という土俵で競争させるのは危険なんですね。負けた一方の農業が破壊されたら、将来的に共倒れするかもしれないんです」>
 <内山さんは「怯えの時代」(新潮社)を今年2月に出版した。>
 <――近代以降つくりあげられてきた体系は壁につきあたり、一部は瓦解しはじめている。とすると私たちの社会はこの変動のなかで自滅していくしかないのだろうか――。本の帯には「誰も勝ち残れない」とも書いてある。>
 <日本が戦後最悪の不景気に陥る以前から、グローバル経済のうねりの中でおぼれる農業。助ける策はどこにあるのだろうか。>
 <「農家の仕事を市場原理で考えないことですね。お金で買えない部分を都会の人がどうとらえるか。ホタルが舞う姿を見て育った子と、一度も見たことのない子ども。村があれば祭りやお神楽など日本の伝統文化もテレビを通して楽しめる。棚田の美しい景観も残される。そんな部分に、例えば『環境貢献費』みたいな社会的負担があっていいと思うんですね」>
 <欧州では1975年ごろから農政を改めて補助金をやめ、農業維持政策として所得補償をしている国が増えたという。農があるからこそ地域社会や環境が保たれるとの考え方。「フランスの山間地の農家は専業が大半で年収は400万円くらいなんですが、半分は政府からの補償金なんです。日本では、農家と消費者とがまず互いに尊重し合うことですね。垣根を越えて連帯し、行き来し交流して意識を変えることです」>
 <夏場、作物の成長は早い。同時に雑草も生えてくる。内山さんの畑も例外ではない。だが、何日かぶりに上野村に戻ると、村のだれかが草取りをしてくれているそうだ。労賃は求めない。計算ずくではない支え合いの精神。野菜の作り方、土の「読み方」まで教えてくれるという。>
 <「農政で最もエネルギーを使うべきは、国策による規模拡大ではなく後継者をどうするかという問題です。血縁でつながっていなくても、農を継承させる仕組み。定年帰農でもいい。高齢者の後に次の希望者が控えているような制度です。『だれか継いでくれる人がいる』と思えば、姿勢も全く違ってくる。100年先の土と食を残すための社会全体での投資。それを惜しんではいけないんです」>
 <100年後の上野村では、豊作を喜ぶ老若男女の祭りばやしが聞こえるだろうか。>
◆立松和平、高木美保氏対談
 5月27日の㊦は<元気づける努力を>のタイトルで、全国の農村を訪ね歩いている作家の立松和平さん(61)と自らも田畑を耕す女優の高木美保さん(46)の対談。司会は根本太一記者だ。見出しは立松氏が<「飼料は外国産」おかしい/減反田で餌米を作ろう>。高木氏が<意欲持った人が参入し後継者育てる仕組みを>だった。
 立松和平(たてまつ・わへい)氏は栃木県出身。早稲田大在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞。宇都宮市役所勤務を経て1979年から文筆活動に専念。80年の野間文芸新人賞(「遠雷」=河出書房新社)以来、文学賞を多数受賞。各地を旅する行動派作家として知られる。近著に「人生のいちばん美しい場所で」(東京書籍)「道元禅師 上・下」(同)など。
 高木美保(たかぎ・みほ)氏は東京都出身。1984年に映画「Wの悲劇」でデビュー。テレビドラマの主役をはじめ、NHK大河ドラマなどに出演。98年に栃木・那須高原に移住。講演、執筆活動や「とくダネ!」(フジ系)などテレビコメンテーターとしても活躍。著書に那須での暮らしぶりをまとめたエッセー集「木立のなかに引っ越しました」(幻冬舎)など。
 以下は対談の記事のコピペだ。
 立松 田植えが終わって田んぼはすごくきれいなのに、農業の最前線で働いている人の多くは70代ですよね。10年後には80代。高齢化と後継者不足は深刻で、日本の農業は土壇場にきていますね。
 高木 私にも米作農家の知人がいますが、高齢ですし、兼業で、収入は別の仕事に頼っています。なんとか農業を活気づけたい、興味を持ってもらいたいと、その人たちは「ソーシャルワーク」(社会事業)のような思いで続けているんですね。日本は農業を保護するという目的で輸入米に778%の高い関税をかけている。その結果、WTO(世界貿易機関)からミニマムアクセス米として輸入義務を課せられ、汚染米も入ってくる。一方で40年も前から減反政策をしているのに国内の米価の下落は止まらない。ものすごい矛盾を感じます。
 立松 減反政策は見直す時期です。国は価格維持のためだから米を作り過ぎるな、寝ていろ、死んだふりをしていろと農家に減反をさせて40年たって起こそうとしても本当に死んじゃっている。先日、山形県で農業をしながら詩を書く人に会ったんです。小さな農家の生まれで、自立した農業をしようと頑張って、冬は出稼ぎして田んぼを増やしてきたんです。なのに子どもは農業は継がない。彼は、まともに農業ができない時代だ、70歳を過ぎて自分の人生を否定されているようで苦しいと嘆くんです。
 高木 かたや意欲があっても減反で自由に作れない。息子がやる気になっているのに継がせられないよってこぼす農家の人もいるんです。担い手を呼び込もうという政策になっていないんですね。逆に農家も含めた社会から厳しい批判の声もあって……。例えば補助金に頼るばかりの農家のあり方への疑問、公共事業で農地が道路用地や宅地として高く売れるのを待っているとか……。そこに政治家もかかわって、本当なら俵の田んぼが票の田になっているというものです。
 立松 国も市町村も道を造らなかった限界集落に、一昨年招かれたんですけど、なんとトロッコですよ、そこに行くのに。車が入れないんです。高齢者ばっかりで、畑もシカやイノシシに荒らされてね。撃退する体力がないよって。若い人は収入がないから暮らさないし、日本の限界集落は最終的に人が野生動物に追い出されてしまう気がしますよ。それで国は集落営農をやれと言うんですから。中山間地と平野部とではコストも違う。政策はもっと緻密であるべきだと思います。
 高木 衆院予算委員会で日本の自然資源を人工的に造ったらコストはいくらになるかの試算が紹介されて、森林は70兆円以上、農地は8兆2000億円なんだそうです。それだけのものが存在して、そこに暮らす人が手入れをして守っているってすごいことだと思います。国産品は高い、輸入物は安いって言われますが、それは結果論で、私たちはプロセスをも自覚すべきなんですね。
 立松 プロセスといえば去年、店頭からバターがなくなって大騒ぎになりましたね。あれは国内で牛乳が一時生産過剰になったのが大本の原因で、つまり生産調整のために乳牛の数を減らしたんです。ミルクは保存がきかないからバターやチーズに加工するんですが、冷凍設備が高いんです。輸入した方が経済効率が良いということになる。農家は設備投資しているから大変で、減産中に多くの酪農家が廃業しました。今度は生産量を上げようとしても、牛がミルクを出す、子を産む年齢になるまで3年かかる。また酪農家が苦しくなる。ペットボトルの水より安い加工牛乳が出ているのに、バターがないとパニック。経済の原則、生産の構造を踏みにじっていますよ。
 高木 自然原則にもそぐわないですね。元農相と食料自給率のシンポジウムをしたんですが、うちの安い農産物をぜひ買ってほしいと以前ある外国が売り込みに来たらしいんです。日本人の食はすべて面倒を見ますと。元農相は信用できないと断ったというんですが、数年したらその国では、温暖化の影響による洪水と干ばつで農産物の生産量は激減。安いからとあの時、全面的に依存していたらどうなっていたか、鳥肌が立ったのを覚えています。毒入りギョーザの問題などもあり、ようやく私たちは安心、安全、安定という国産の価値に気付き始めたような気がします。そもそも国産は高いという前に私たちは捨て過ぎますね、食べ物を。調理する時だって、どれくらい無駄にしているか。捨てない努力をして、浮いたお金で国産を買いましょうよ。そうしたら、日本の農家収入も増えて農業に魅力を持てるようになると思うんです。
 立松 問題は農地ですね。血縁関係のある人だけで農地を引き継ぐシステムはもはや限界にきています。子どもたちに学歴をつけさせて他の産業に就かせ、農業は自分の代で終わりという人も多い。今は日本のどこを見たって、耕作放棄地だらけですよ。
 高木 意欲のある人や経営センスと食への理念を持った企業が参入しやすいような仕組みが必要ですね。やめたい農家もいるのに、手続きや審査が煩雑過ぎて農地のレンタルや売買が難しいんです。農業・農家をひとくくりにして考えた制度では現実に合わないと思うんです。農家の後継者はもちろんですが「農業の後継者」を育てていかないと。私も米の有機栽培をしましたが、3年目から、どこから出てきたのかドジョウが泳ぐようになったんです。水や土の力ってすごいなと思って。農業をする喜びを味わわせてもらいました。確かに、なりわいとしての農業と農的な生活には違いがあって、農業となれば楽ではないんです。経験がなければ最初の何年間は利益が出ないかもしれない。チャレンジ精神だけでは体が付いていかないかもしれません。それを承知で参入して来る新しい後継者を、地域もしっかり受け止める態勢が必要なんだと思いますね。
 立松 会社でリストラ係をして最後に自分のクビを切って、島根県でメロン栽培を始めた人と会ってきました。彼の場合は3年で商品化するまでになったんですね。生産組合の名前で出荷するから糖度の割合なんかもかなり厳しくチェックされるんですが、周りが何十年も苦労して作ったノウハウを全部教えてくれるんです。補助金でハウスも建つ。3年を短いと見るか長すぎると見るか別として、そういう意欲を支えることは大事なんですね。ところで、国産牛肉があって牛乳も国産なのに、飼料は外国産っておかしくないですか? 僕は減反している田んぼで餌用の米を作ったらいいと思うんですね。牛も豚もコシヒカリが欲しいとは言わないでしょう。わらだって喜んで食べます。
 高木 米の飼料で育った豚や鶏は、肉に甘みがあって人気だと聞きました。 立松 だから減反の田んぼの転作に餌米を作るんです。今は減反のために稲を青刈りしているんですよ。実る前に刈らせる政策って、いったい何なんだと思いますよ。日本の本当においしい牛肉を日本の農家が作る。耕作放棄地も減るんじゃないかなあ。
 高木 最近の飼料の高騰で倒産した酪農家も多かったですから、その方法で日本の農業を活性化したら本当にいいですね。それができて零細農家を取り残さないための補償制度を充実させれば、規模は小さくても、食育や環境保護や社会貢献する農業を活用できる余力も生まれるのでないでしょうか。今すぐにでも取りかかるべきですね。
 立松 零細でも、本当においしい米や野菜を作る農家はあるんです。ただ商品開発や流通の能力に乏しいんです。農村と都市部との人的交流をもっと深めて、互いに農業を元気づける努力も必要なんでしょうね。

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2009年5月26日 (火)

鎌田慧氏の<盧武鉉氏を悼む>には驚いた~東京新聞5月26日朝刊コラム

 ルポライターの鎌田慧氏が東京新聞5月26日朝刊特報面コラム[本音のコラム]で<盧武鉉氏を悼む>というタイトルで書いていた。見出しを見て、「なぜ?」と疑問に思って読んでみた。書き出しがすごい。

 <韓国の盧武鉉前大統領の自死を、テレビのニュースで知って絶句した。おそらく、日本のどの首相が死亡したにしても、これほどまでには驚かないだろう。>

 という驚くべき文章で始まっているのだ。なぜ驚いたのか?

 <なぜだろうか。彼が政治課題とした問題解決に、期待があったからだ。政権末期には、批判が強まっていたが、それでも金大中元大統領の平和外交を引き継いだ、「平和国家」へむかう姿勢は、日本の政治よりは、はるかに未来を目指していた。>

 盧武鉉氏が「平和国家」を目指していたのだ、という。そして、その姿勢は日本の政治に比べてはるかに未来志向だった、と言うのだ。

 <4年前の8月15日、「光復60年」を祝う式典で演説する大統領をソウル街頭の大画面で眺めていた。当時の小泉首相のような絶叫調ではなく、説得型の話し方だった。「人権弁護士」として知ってはいたが、市民に支持され当選した自信が表情にみなぎっていた。>

 ここでも小泉との比較→小泉より盧武鉉がいい、という結論。何なのか?

 <日本の首相とは逆に、国内の分裂と葛藤、階層間、地域間、企業間などの格差を克服し、寛容の文化と民主主義の発展に向かう、と語った。政権末期には、人気は衰えていたが、なぜ墜落に至ったか。その背景にある政治経済の深層は、やがて明らかにされる。>

 何を言っているのだろうか? ここでも日本の首相をけなしている。こういう根拠のない日本政治家への誹謗中傷が左派の得意技なのか? こういう感情論が左派の集会で雰囲気を支配し、運動論の域から出ることができずに、現実の動きに取り残され、左派は堕落したのだ、という事実に関する反省がまだ足りないように見える。

 政治家は誰でも格好のいいことは言えるが、実行が難しく、政治家は実行して初めて評価される人種だ、ということをこの方は知らないようにみえる。格好のいい言葉だけだったら、細川護煕元首相の言葉の方がもっと格好良かったのではないか。でも、彼がやり切ったのは衆院の選挙制度改革、中選挙区から小選挙区への改革だけ、と言っても過言ではない。この小選挙区制度も「世襲政治」の原因と言われて久しい。二大政党制が実現する選挙制度、というたい文句で導入され、ようやくその可能性が指呼の間に見えてきたのだが、鎌田氏ら「正義派」が崇拝する東京地検特捜部の選挙直前の「国策捜査」で民主党の勢いは殺がれてしまい、鳩山由紀夫代表に代わったから、今度は麻生太郎VS.鳩山由紀夫が吉田茂VS.鳩山一郎の怨念対決になってしまった。

 それはいいとしても、鎌田氏はなぜ盧武鉉氏の人気が落ちたのかご存じないようだから少しお教えすると、ウソばかり言っていたから国民が愛想を尽かしただけだ。北朝鮮にばかり入れ込み、米国を恨み、日本を非難する。

 西側の日米韓同盟の国家の大統領ではなく、朝鮮半島ナショナリズムをかき立てる大統領だった。了見の狭さは、これ以上ない、という人物だった。

 「清潔な政治」「反軍事政権」「財閥支配反対」と言っていることは格好良かったが、清潔な政治はできず、6億円も家族が収賄し、それも韓国の通貨ウォンで受け取るのではなく、憎むべき米国の通貨ドルで受け取って、自分の息子は憎むべき米国に留学させていた人物である。言っていることとやっていることが反対、という人はよくいるが、そういう人物は普通、大統領にはならない。

 盧武鉉政権の誕生は韓国の恥辱として、韓国人はなるべく早く忘れようとするだろう。そんな大統領を表面上の言葉や雰囲気だけで誉めそやすのはいかがなものか。

 鎌田氏が左派に愛着を持っていることは、この文章を読めば感じられるが、左派だから立派だ、ということはない。逆に大阪生まれで少年時代から苦労してのし上がった李明博大統領の苦労を考えれば、その変革の現実的アプローチに感激するのではないか。

 鎌田氏はどうも感激屋のようだから、今度ソウルに行って、ぜひ李明博大統領の演説を街頭の大画面で見てほしいものだ。

 北朝鮮の核実験について、

 <北朝鮮の「地下核実験」は、国際的な核軍縮の高まりに水を差す。米国もようやく核戦略を見直す。東アジアの国が独自に平和にむかっていく時代である。北朝鮮の「核実験」を抱えながらも、かつての太陽政策をねばり強く続けるしかない。>

 と結んでいた。地下核実験に「」がついているのは、「いわゆる」と読ませたいのだろうが、北朝鮮も地下核実験をした、と認めているのに、なぜ「いわゆる」なのか? これも分からない。何か左翼用語の決まりがあるのだろうか? 国際的な核軍縮の高まりに水を差す、というコメントだけか。日本の安全保障についてはコメントはないのだろうか? 日本など「東アジアの国が独自に辺英和にむかっていく」プロセスの中で核弾頭をぶちこまれてなくなればいい、と思っているのだろうか? 何か釈然としない論だ。

 そして、締めが「太陽政策」だ。ここにこそ、「いわゆる」を入れてほしかった。「太陽政策」という名前で呼ぶものの、実際は宥和政策ではないか。英国のチェンバレンである。ナチス・ヒトラーは国際的に非難される侵略はしない、と信用した英国の首相である。金大中、盧武鉉の「太陽政策」でどれだけ北朝鮮の核開発、ミサイル開発が進んだことか。

 まあ、鎌田氏にとっては、そんなことはどうでもいいのかも知れないが、普通の日本人は北朝鮮という気味の悪い国が日本を核攻撃できる能力を持つことは悪夢なのですが。蒲田氏にとっては「独自に平和に向かっていく」姿なのかもしれない。

 東京新聞はこういう人物の論に同調しているのだろう。北朝鮮びいきが朝日新聞に次いで多い新聞だから。

 それにしても、大胆な意見をおっしゃるものだ。

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朝日新聞は今度は「軍事は駄目」と北朝鮮擁護~5月26日各社「北朝鮮核実験」社説から

 北朝鮮の2度目の核実験について在京新聞各社は社説で北朝鮮を非難していたが、当然のように色合いの違いが目立ち、日本独自の核保有までにおわせる産経新聞と北朝鮮に軍事オプションは絶対に使うべきではない、と国際社会の手足を縛ることに汲々とする朝日新聞の姿勢の違いが際立った。朝日新聞はなぜ金正日総書記を野放しにするような論調に終始するのだろうか? そんなに「共和国」が好きなのか? 日本の安全保障よりも北朝鮮の安全保障の方を優先させるような思考法を見せ付けられると、朝日新聞が本当に日本の日本人に読ませるための新聞なのかどうか、疑問が湧いてくる。それとも、北朝鮮のエージェントとして、日本国民に対して「北朝鮮が何をやってもぶっては駄目だよ」と言っているのだろうか? どう考えても理解できない。

◆軍事オプションを排除せよ、と強調する朝日新聞

 その朝日新聞の社説から見てみよう。タイトルは<北朝鮮の核実験/米中の連携で暴走とめよ>である。日本は最初から蚊帳の外である。

 <2006年10月の実験に対する国連安保理の決議を無視し挑戦する行動だ。日本の安全保障にとってはもちろんのこと、世界の安全保障や平和にとってもゆゆしき事態である。 日本政府などの要請で安保理は緊急会合を開き、対応を話し合う。国連をはじめ核の拡散防止を課題とする国際機関の存在意義が問われている。>

 という書き出しは他紙とそう変わりない。まあ、ここから「北朝鮮にも言い分がある」などという本音を書けば、朝日新聞不買運動すら起きかねないから、おとなしい入り方をしたのだろう。<繰り返された暴挙>などという小見出しまでつけて、本心を隠している。

 <前回の実験があった2年半前からのことを思い起こしたい。>

 として、

 <核実験に直面した当時のブッシュ米政権は対話路線に大きくカジを切り、北朝鮮に核を放棄させようと、あの手この手で取引してきた。そんな米国の足元を見たこの再核実験だ。これまで北朝鮮を核放棄に向かわせる重要な装置と期待されてきた6者協議への懐疑論も強まるだろう。 >

 ブッシュ政権末期の宥和策への批判なのかどうか、はっきりと書いていない。朝日新聞にしてみれば宥和策が好ましいのだから。ここで件の文章が登場する。

 <だが、いかに脅威であるからといって、軍事力で解決を目指すことが現実的でないことは米国や中国、日本をはじめ関係国が共有している認識だ。であれば、国際社会は忍耐強く知恵を絞り、北朝鮮の基本的な政策転換を生み出すための努力を外交的手段で続けなければならない。>

 この論理はいつもの朝日新聞そのものだ。「軍事力で解決を目指すことが現実的でないことは米国や中国、日本をはじめ関係国が共有している認識だ」と勝手に断定して、「であれば」と当たり前のようにつないで、自分の主張をする。前提が思い込みだから、結論や主張も勝手なものになる。特に「 外交的手段で続けなければならない」という偉そうな物言いは何なのだ! 北朝鮮の回し者としか思えない。

 そして、北朝鮮の狙いを探り、①「核」をめぐる交渉に米国を引き出す狙いがあるのに、オバマ政権が北朝鮮を振り向いてくれないからこっちを向いてもらうために実験した②金正日総書記の健康不安で、権力継承に備え強硬路線で国内の体制を引き締めるという政権内の事情――の2点をあげ、一応は<不拡散へ重大な挑戦>などという小見出しをつけて、

 <北朝鮮の相次ぐ核実験は、地域の今日の安全を脅かすにとどまらず、人類の明日を危うくしている。核不拡散条約(NPT)体制を一層空洞化させかねない。>

 と書くが、面白いのは、次の文章だ。

 <4月の北朝鮮のミサイル発射実験のその日、オバマ大統領はたまたまプラハで「核のない世界」を目指すという歴史的な演説をした。来年のNPT再検討会議に向け、核拡散抑止への環境が整いつつあると見られていた。そこにこの実験である。世界の流れに冷や水を浴びせた北朝鮮の行動に、重ねて強い憤りを覚える。北朝鮮は寧辺の核施設を監視してきた米国と国際原子力機関(IAEA)の要員を国外に追い出した。北朝鮮のやりたい放題になっている。 >

 の中で「たまたま」という表現があることだ。本当に「たまたま」だったのか、それとも、核廃絶演説に北朝鮮がぶつけてきたのか、朝日新聞は裏を取って書いているのだろうか?

 続けて朝日新聞はロシア、中国の責任にも触れているが、いずれもお座なりだ。

 そして、日本である。<日本も積極的に動け>の小見出しで、

 <日本は、被爆国として「核のない世界」への取り組みに参画しようとしている。同時に、北朝鮮の核実験や拉致問題を深刻な脅威として受け止めざるをえない立場だ。現実には日朝の直接協議で事態を動かせる可能性は、いまは残念ながら乏しい。米中の連携を促し、韓国とともに地域の安全確保へ積極的に後押ししていきたい。 >

 と結んでいる。わざと「被爆国」を持ち出して、日本の手足を縛る道具に使おうとしている。被爆国ならばもう一度核兵器を落とされないように安全保障をきちんとする、というのが国際的常識ではないか。そのために、日米安保条約で米国の「核の傘」に守られている、というのが現在の日本の立場だ。

 ところが、その「核の傘」が対北朝鮮では空洞化しているように見えるのに、そうした安全保障の問題には何も触れずに社説を終わらせている。

 朝日新聞は日本防衛には関心はないようだ。これで日本の新聞なのか。

◆産経新聞は安全保障を前面に出していた

 産経新聞「主張」は<北朝鮮の核再実験/断固たる制裁発動せよ/弾頭小型化に備えはあるか>だった。小見出しは<米は包括政策固めよ>、<中露は責任を果たせ>の二つ。

 <北朝鮮が2006年10月の核実験に続き、「地下核実験を成功させた」と発表した。先月、国際社会の制止を振り切って強行した長距離弾道ミサイル発射に次ぐ暴挙だ。世界の平和と安全を正面から脅かす重大な挑戦である。東アジア地域の脅威を高め、核・大量破壊兵器拡散の危険も増大させた。2006年以来の一連の国連決議に対する明確な違反を断じて許してはならない。日本は米韓などとともに国連安全保障理事会の緊急協議に力を結集し、国際社会の総意をまとめて速やかに厳しい制裁を発動すべきである。一方、北の核再実験は日本の防衛に重大な問題を突きつけた。長距離ミサイル発射と同様に、日米同盟の抑止力が機能不全に陥っている現実をみせつけたからだ。ミサイルと核の脅威増大への備えをどうするかこそ、国の総力をあげて取り組むべき課題である。>

 という書き出しは頷ける。

 <前回の核爆発規模が1㌔㌧以下で「実質的に失敗」との見方があったのに対し、今回は核弾頭小型化技術の確立を狙ったとの観測もある。弾頭を小型化してミサイル搭載が可能になれば、脅威は飛躍的に増大し、世界的な核・ミサイル拡散の危険も高まるのは明らかだ。>

 ここが重要だ。そして、北朝鮮に勝手なまねを許した

 <背景には米国の対北政策が迷走状態にあることと、6カ国協議のメンバーで安保理常任理事国でもある中国、ロシア両国の非協力的な姿勢の2点が挙げられよう。>

 と的確に分析する。どうしてか? 次の説明を読めば納得できる。

 <北は2005年以降、核の検証や核施設無能力化の約束を果たそうとしなかった。にもかかわらず、ブッシュ前米政権は、北の行動や経済を締めつける効果を示した金融制裁とテロ支援国家指定の外交カードを二つとも口約束で解除してしまった。これは重大な失敗といわざるを得ず、反省すべきだ。6カ国協議の継続方針を掲げたオバマ政権も、包括的な対北政策はまだ固まっていない。それなのに、クリントン国務長官が指名したボズワース担当特使は「金融制裁もテロ支援国家指定も再発動の予定はない」と公言、北に「圧力はかけない」と教えるような言動を重ねてきたのは遺憾である。>

 ちゃんとボズワース批判もしている。中国重視、日本無視が底流に流れるオバマ政権は信用できない、という前提で思考しないと足を掬われる。そして、中ロを非難してから、

 <北の行動を改めさせるには、明確で断固とした制裁措置の実行が不可欠である。米国は金融制裁とテロ支援国家指定の再発動を真剣に検討すべきであり、中露は世界の平和と安全を担う重大な責任を自覚し、義務を果たすよう求めたい。>

 と米国にテロ国家の再指定を求め、

 <日本の防衛力はこれまで「専守防衛」を基本とし、攻撃能力は米軍に委ねてきた。日本は自ら報復能力を持っていないが、自衛力の一環として北の核・ミサイル施設に対する先制破壊などの抑止能力を整えるべきだ。同時に、日米同盟の強化も必要である。自衛隊と米軍の連携に不可欠な集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈の改定を急ぐとともに、米国の「核の傘」に安全を委ねる日本のあり方に関する議論も必要かもしれない。最低限、核抑止がどの程度機能しているかを日本政府は検証しなければならないだろう。国連の場での制裁論議や日本独自の制裁強化もさらに検討する必要がある。そうした外交的対応と同時に、防衛・安全保障のあり方の検討も怠ってはならない。>

 と結ぶ。全面的に賛同できる。特に先制破壊能力を保持することを真剣に検討し、早急に取り掛かる必要があるのではないか、と思う。米国は朝鮮半島と日本で何かあっても「核の傘」を発動しない。これは断言できる。

 米国の代表的戦略家、ヘンリー・キッシンジャーは「核兵器と外交政策」という著書の中で米国の核の傘について

①全面戦争という破局に直面した時、ヨーロッパといえども、全面戦争に値すると(米国の中で)誰が確信しうるか、米国大統領は西ヨーロッパと米国の都市50とを引き換えにするだろう。

②西半球以外の地域は争う価値がないように見えてくる危険がある。

 という趣旨を述べている。西欧に対してすら、その防衛で米国本土が叩かれるならば、米国は核の傘は与えないのではないか、まして西半球以外の土地、つまり日本を守る価値はないと判断するのではないかと見ている。

 つまり、米国の核の傘は米国本土攻撃という人質を取られた時には機能しなくなる。

 孫崎享氏は「日米同盟の正体――迷走する安全保障」(講談社現代新書、2009年3月20日第1刷発行、798円)の中で、

 <ここから欧州の主要3カ国はそれぞれ異なった戦略を選択した。英国は自ら核兵器を保有し、これを取引材料として、米英核戦略の一体化を目指した。フランスは独自の核兵器を持った。ドイツは核兵器に依存することなく、敵となるソ連との間の対立点の減少を目指す独自の対ソ外交を展開した。三者に共通するのは、米国への依存で十分との判断をしなかったことである。>

 と書いていた。

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書) 日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)

著者:孫崎 享
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 日本の対米依存は2005年10月29日の日本の外相、防衛庁長官と米国務長官、国防長官との文書「日米同盟:未来のための変革と再編」で一気に進み、事実上60年安保は取って代わられた、と孫崎氏は分析する。小泉首相時代だ。それからの日本外交は米国の鼻息を覗いながら、独自行動は封じて、米国に命令されたことだけやっていた、というのだ。情けないが、どうもそれが事実らしい。

 しかし、産経新聞が書いているように米国にとって朝鮮半島は優先順位が低いらしい。

 読売新聞社説は

 <核を持たない日本にとって、米軍の核抑止力こそが北朝鮮に核使用を思いとどまらせる唯一の対抗手段だ。いわゆる「核の傘」が確実に機能するよう日米同盟関係の信頼性を確保する必要がある。ミサイル防衛(MD)システムの一層の充実も欠かせない。迎撃ミサイルの着実な配備はもちろん、米国との情報共有や、相互運用性の向上など、システムの実効性を高めることが重要だ。>

 と書いているが、この核抑止力が北朝鮮に効果なし、となった場合、日本の選択肢は何があるのか、今のうちに考えておかなければならないだろう。

 日経新聞社説は中国、ロシアへの恨み節に終始していた。

 毎日新聞社説では珍しく、

 <米国にとって北朝鮮はさしたる脅威ではない。核兵器がテロ集団の手に渡るような事態を封じることを条件に、北朝鮮の核保有を黙認するのではないか。そんな観測も流れている。北朝鮮の脅威に直面している日本としては、とうてい受け入れられない。>

 と書いていた。日本の安全保障問題を真剣に受け止めようという姿勢が見える。デタラメな朝日新聞とは一線を画していた。盧武鉉自殺の社説も毎日新聞は良かった。最近の朝日新聞はどこかおかしくなっているのではないか? 北朝鮮勢力に思想的に則られたのではないか、と危惧する。

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2009年5月25日 (月)

小此木政夫氏がわざと分かりにくい談話にした訳:北朝鮮再度の核実験~産経新聞ネット版5月25日アップ分

 産経新聞のネット版に5月25日午後8時4分に<「北指導部に焦り」>というタイトルの小此木政夫・慶應義塾大学教授の談話が掲載されていた。朝鮮半島問題を専門に、慶応大学法学部長まで出世した学者である。以下が談話の内容である。

<北朝鮮が核実験を行った理由は4月のミサイル発射実験だけでは①新しい技術の獲得②政権の威信高揚と国民の団結③米国との高いレベルでの交渉実現――といった目的が達成されなかったということだ。米朝関係についてはミサイル発射実験の後も、オバマ米政権は比較的冷静だった。北朝鮮はブッシュ前政権の時のように米国との直接交渉を始められなかった。従って目的達成のため今後、予告通り大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に踏み切る可能性もある。>

米国を何としても二国間交渉の場に引き摺り出してやる、という気構え、か。

 <核実験問題はミサイル発射実験のケースと同様、国連安全保障理事会に持ち込まれ、北朝鮮への制裁決議が採択されるだろう。前回の決議と同様、北朝鮮に対話を呼びかける内容が含まれるだろうが、前回との違いは、北朝鮮が6カ国協議開催を当面考えていないという点だ。北朝鮮は米国と別の形での交渉を期待している。それは、朝鮮戦争の当事国による安全保障フォーラムのようなものだろう。現在の休戦協定を平和協定に変えることを目指している。>

 国連安保理では対話呼びかけを含んだまったりしたものになる、との見通しだ。誰だってそう考えたくなるだろう。なにしろ中国とロシアが常任理事国で、拒否権を持っているのだから。いくら非常任理事国の日本が断固、断固と叫んでも「まあまあ」で済まされてしまうのが、おちだ。期待できない。

 <もう一つの違いは北朝鮮指導部にある種の焦りがあることだ。金総書記の健康問題や後継者問題を抱え、2012年に強盛大国の入り口に立つという目標も近づいている。米国との交渉は体制の生き残りが目的だったのに、残された時間はなくなりつつある。それが北朝鮮に大きな冒険をさせている。今回の核実験はかなり本格的な瀬戸際政策だ。>

 2012年の強盛大国というスローガンかぁ。金日成生誕100年だったかで、国民にお祝いをさせて、国内を引き締めるらしい。ここで、金正日が息子に世襲するのだろう。

 残された時間がなくなりつつある、というのはどういう意味だろう? 金正日の健康なのか、米朝交渉の時間が、か。

 <中国は今後も米朝の仲介者的役割を果たす試みを捨てないだろう。G2といわれる米中が主導する交渉が進めば、日本の存在感が低下するだろう。米国が北朝鮮からの交渉要求にどのように応じるかが、今後の焦点だ。>

 何か奥歯にものが挟まったようなコメントだ、何を言っているのかよく分からない。わざとだろう。今はあまり断定的なことを言いたくない、ということなのかもしれない。

 それにしても北朝鮮のやり方は15年前と何も変わっていない。韓国で総選挙や大統領選挙があるたびに北朝鮮が38度線付近や海上で示威行動を繰り広げる。「俺がいることを忘れるなよ」という趣旨でやっているのだろうが、韓国民は選挙のたびごとに北朝鮮の脅威を思い出して、「やっぱり民主化と言っても防衛が大切だ」と、保守勢力に投票してきた。

 この「北風」の効果がなかったのが金大中大統領誕生の際の大統領選挙と盧武鉉当選時の大統領選挙だった。金大中の時はアジア経済危機で北朝鮮どころではなかったから、誰も気にしてくれなかった、というか、大きく報道してくれなかったから、影響がなかった。盧武鉉の時も反米世論が燃え上がり、北朝鮮など気にする暇がなかったから、「北風」策動をしたにもかかわらず、効き目がなかった。

 そして今回だ。盧武鉉という味方が痛めつけられて自殺したという好機に韓国内の「革命勢力」の蜂起を願って大きな打ち上げ花火をあげたのが核実験と短距離ミサイルだったのかもしれない。だけど、核実験は思ったよりも効果が大きく、三連休のアメリカにもかかわらず、オバマ大統領がコメントを出し、国連安保理も味方のはずのロシアが議長国として早々と緊急会議の開催を決めた。

 3年前の核実験と違うのは、今回は北朝鮮が居直っていること。どうせ制裁されても今の状態とそうは変わらないだろうし、最後には北朝鮮崩壊を恐れる中国が米や石油をくれるだろう、と読んでいる。

 でも、面白いのは全力をあげた「花火」だったはずなのに、せいぜいがあのくらいしかできないことだ。そりゃあそうだろう。国民を飢え死にさせながら核開発、ミサイル開発を続けるのだから、実力があるはずはない。大々的な打ち上げなど。できっこない。

 しかし、北朝鮮には悪いが、日本人が今じっくりと注視しなければならないのは米国である、という冷厳な事実を日本人は忘れてはならない。

 オバマの米国が今最大の関心を持って注視してるのは日本なのだ、ということだ。オバマは日本が北朝鮮の挑発にどう対応するか、永田町ではどういう議論になるのか、核保有論が出るのか、霞が関ではどうなのか、武器輸出三原則見直し論が出るのか、市ヶ谷はどうなのか、基地先制攻撃論の研究を始めるのか、などをじっくり見ている。

 日本の核開発阻止が1945年の日本占領以来、一貫した米国の最大目的なのだ。だから、変な動きが出れば、裏で手を回して政治家をスキャンダルなどで失脚させ、何とか「従米」路線への疑問を表面化させないように最大限努力してきたし、これからもするだろう。米国の最大の「仮想敵」は北朝鮮や中国ではなく日本だからだ。

 こういうと陰謀史観、謀略史観、ただの思い込み、という感想が返ってくるだけだろう。しかし、もう、ここまで言ってもいい時期がきたような気がする。

 米国は日本人のナショナリズムを怖がっている。

 小此木政夫・慶應義塾大学教授がわざと訳が分からないような談話を出した意味を考えた時、慶応大学法学部長失脚を防ぎながら、本当のことを国民に伝えなければならない、という学者の良心にもさいなまれる真面目な朝鮮研究者の「本音」がちらりと見えた気がするのだ。その「本音」は分かりやすく日本人に伝えると、小此木氏が痴漢や窃盗で濡れ衣を着せられ、社会的に抹殺される恐れもある怖い結果を生みかねない。だから、このような判じ物のような形で、感情抜きのロボットコメントみたいな形でしか伝えられなかったのかもしれない。

 そう考えないと、この「分かりにくさ」の理由が説明できないのではないだろうか?

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中国がインド封鎖作戦か?周辺諸国の港を次々整備~産経新聞5月25日朝刊から

 産経新聞5月25日朝刊1面トップ<中国、インド洋に勢力拡大/周辺国の港湾整備 橋頭堡か>は考えさせる記事だった。北京支局の野口東秀特派員の記事だが、産経新聞の北京は伊藤記者だけでなく、やり手の記者がどんどん育っているようだ。目のつけどころが違うのか、勉強量が違うのか、人脈が豊富なのか、どんな原因で産経新聞が他紙よりも強いのか分からないが、何かコツがあるのだろう。

 記事を見てみよう。

 <中国がインド洋で影響圏の拡大を進めていることが、24日までに明らかになった。ミャンマーからパキスタンまで、ライバルのインドを包囲する形で港湾施設を建設し、将来的には中国海軍の“橋頭堡”とする海洋戦略の一環とみられる。しかし、インドをにらむ中国の「真珠の首飾り」(西側外交筋)構築は、南アジアを自国の勢力圏とみなしてきたインドを刺激しかねない。>

 「真珠の首飾り」というのか、インドを取り巻く港を地図の中に点描した時、インドを人の首に見立てると、ちょうど首飾りをつけたように見える。なぜ真珠なのだろうか、という疑問は残るが、いい言葉を知った。

 <中国は2007年からスリランカ南岸ハンバントタの港湾整備に十数億㌦を融資している。軍事的協力関係の深いパキスタンでも、南西部グワダルの港湾建設費の7割以上を負担したとされる。バングラデシュ・チッタゴン、ミャンマー・シットウェの港湾やミャンマーから雲南省に抜ける交通網の整備も支援。ベンガル湾に位置するミャンマー領のココ諸島、西部のラムリー島などに海上交通を監視できる通信施設があるとのうわさは根強い。>

 2007年から本格化した動きなのか?

 <これらの港湾施設について、中国側は一貫して「商業目的」と主張している。しかし、2022年に完成予定のハンバントタ港は、軍艦艇も燃料補給や修理に利用できる。ホルムズ海峡まで約400㌔㍍に位置するグワダル港は水深も深く「(ここを押さえれば)戦略的に中国の利となる」(中国紙)という。>

 地政学だ。そうなのだ。産経新聞の特派員は地政学的発想が出来て、他社の記者はできない。それは、産経新聞が地政学的な記事をどんどん掲載しているのに、他紙がほとんど載せない、避けていることと符合するのだろう。需要があるから勉強して供給する。需要もなければ、求められてもいなければ勉強もしない。

 <20日付の英紙デーリー・テレグラフ(電子版)は「公式には民間船舶だけを扱うことになっているが、将来、海軍基地として利用するというオプションを中国政府に与えている」「これらの施設は中国の海軍力を従来の沿海地域からインド洋に拡大させるかもしれない」と指摘している。>

 将来のオプションを与えている、などいかにもありそうだ。

 <インド洋で「真珠の首飾り」のように連なる港湾施設は、海洋戦略を本格化させつつある中国にとって石油輸送路の確保というエネルギー安全保障の目的に加えて、「インド軍などの通信傍受や艦艇の動きを把握できるという軍事的側面を持つ」と米外交関係者は指摘した。中国が海賊対策のための艦艇をソマリア沖に派遣した目的も、「戦略的利益を持つインド洋にある」(香港誌)。>

 ソマリア沖の海賊対策を名目とした大艦隊派遣もこの動きの一環だったという驚くべき見方だ。

 <北京在住の軍事専門家によると、中国は石油輸送ルートのマラッカ海峡をにらんでミャンマーに数十億ドル規模の軍事援助を施している。北京在住の軍事専門家によると、最近、約25年に及んだ内戦が終結したスリランカとも、中国は2007年に3500万㌦(約33億円)近い武器装備売買契約を締結し、戦闘機数機を無償供与した。>

 対中ODA援助はやめたはずだが、確か日本は環境か何かを名目に中国にいまだにお金をあげている。そういうお金がこうした戦略的作戦に使われていることを麻生太郎首相は知っているのだろうか?

 <米国が2007年に人権問題でスリランカへの軍事援助を停止した後、中国は同国への最大の武器供給国になった。インド紙、タイムズ・オブ・インディアは、「中国は国防分野での協力を利用して影響力を広めてきた」と非難している。>

 アフリカ諸国のケースも同じだった。「人権」「民主主義」を名目に西側の国々が手を引いた真空地帯にスーッと入り込んで、自国の権益を増やしていく手法だ。

 <インドはスリランカの内戦が終結するやいなや、高官2人を派遣して支援を申し出るなど、同国への影響力回復を画策している。中国が今後、建造に向けて動き出した航空母艦をインド洋に展開させれば、インドをさらに刺激し、両国による軍備競争に発展する危険性をはらんでいる。>

 以上がこのトップ記事だ。

 中国の海洋国家への変身作戦がよく分かる。

◆中国、西沙で最大規模の監視活動/ベトナムと領有権争い

 産経新聞のネットを見ていたら、5月24日アップ分で<中国、西沙で最大規模の監視活動/ベトナムと領有権争い>の記事もあった。共同通信の記事を掲載したものだ。これもコピペする。

 <24日付の中国紙、北京晨報によると、中国はこのほど、ベトナムと領有権を争う南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島の周辺海域で、過去最大規模の監視活動を始めた。
 漁業監視船4隻で船隊を組む今回の監視活動について、農業省の担当者は、中国が国家主権と南シナ海での漁業権益を守る決意を示している、と話している。監視活動中に、中国の海域で違法操業していた外国籍の漁船1隻を発見し、海域外へ退去させたという。中国の監視船をめぐっては、ベトナム外務省報道官が「国際法に従って関係国の主権を尊重すべきだ」と述べるなど警戒が強まっている。(共同)>

 である。西沙だ。

◆中国が東シナ海の大陸棚拡張を国連委に申請/200カイリ超まで

 そして、5月12日アップ分には以下のような記事もあった。これも共同通信で、見出しは<中国が東シナ海の大陸棚拡張を国連委に申請/200カイリ超まで>だ。コピペする。

 <中国外務省の馬朝旭報道官は12日までに、中国が国連の大陸棚限界委員会に対し、東シナ海で沿岸から200カイリ(約370㌔)を超える海域に大陸棚の拡張を求める関連資料を提出したことを明らかにした。国連海洋法条約は大陸棚の縁辺部が200カイリを超えて延びている場合、200カイリの外側に大陸棚を設定できると規定。13日が大陸棚拡張を求める資料の提出期限で、日本政府も昨年11月に同様の資料を提出している。馬氏は「中国は南シナ海の諸島やその近海にも争いのない主権を有している。中国は一貫して海洋権益の保護を主張している」と強調した。(共同)>

 ものすごいスピードで海洋膨張をしようとしている。尖閣諸島も危ない。

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松原隆一郎氏の竹中平蔵氏批判が面白かった~朝日新聞5月25日朝刊[論壇時評]とエコノミスト5月19日号

 朝日新聞5月25日朝刊[論壇時評]で社会経済学者の松原隆一郎氏が<経済学の行方/いまこそ発想の新基軸を>のタイトルで各雑誌の論文を評していた。途中からは相当に難しい理論的な話になっていて、歯が立たなかったのだが、書き出しの竹中平蔵氏批判が面白かった。

 松原氏は経営危機に陥っているGMの幹部数人が退職金の一部となるはずの自社株計約20万株(約2000万円相当)を前倒しで受け取り、すべて売却していた「モラル崩壊」ぶりから書き出し

 <報酬が経営成績には連動しない雇用契約だったから頂戴するという理屈らしい。モラルはリスクと裏腹の関係にあるから、リスクを引き受けない経営陣がモラルを欠くのは当然ではあるが、ではエコノミストはどうか。>

 として、

 <小泉政権で構造改革を先導した竹中平蔵は、外需頼みだったために日本経済は世界同時不況の波をかぶったのではないか、と聞かれ、「なぜ外需依存になったかというと、内需が伸びなくなったから。構造改革が止まり、企業や国民の期待成長率が下がったから」と答えている。(竹中平蔵「経済が悪くなったのは構造改革を止めたから アメリカだけのせいではない」エコノミスト5月19日号)。構造改革の旗を振ったことを「懺悔」した中谷巌については、「(政策や行政手続きの)細かいことがだんだん分からなくなってくると、みんな思想と歴史の話をします」と述べる。>

 <中谷評としては頷けるものもあるが、では竹中に思想がないかといえば、そうではない。構造改革によって供給の効率を高めれば需要は自動的に増え、一国経済は自律的に発展するというのが彼のサプライサイド思想である。>

 と竹中の「思想」を表現し、

 <この論法では、都合の悪いことはすべて反対勢力のせい、うまくいったことは構造改革の成果となる。どう転んでも反証されないのである。需要が不足している時に供給力を強化すれば需給ギャップは拡がり不況は深まると思われるが、そうした反論は受け付けない。>

 と「竹中マジック」の非論理性を暴いている。そして、一方では、

 <中谷は、経済学者からも「拠って経つ理論も実証分析もない」と酷評の集中砲火を浴びている。(宮崎哲弥・若田部昌澄・飯田泰之「経済常識のウソを斬る!」Voice6月号)。耳汚しな表現だが、現代マクロ経済学を信奉する若手の「専門家」にとっては、上の世代に対し共有される心の叫びであるらしい。>

 ここで松原氏は「現在の若手専門家」が膨大な勉強を強いられて専門家になったのだ、と説明する。サミュエルソン、トービンらが1960年代に駆使した伝統的マクロ経済学(IS-LMモデル)が80年代にミクロ的基礎付けがないと批判され、刷新され、フリードマンに発する発想がRBC(リアル・ビジネス・サイクル・モデル)となり、その後、DSGE(動学的一般均衡分析)になる。そういう一連のモデルを習得し、それに沿った論文を苦労して書き上げたのが現代の若手研究者なので、その基礎を掘り崩すような中谷氏の論は「無責任で理論でも何でもない」と批判されるのだ、というのだ。

 ところが、金融危機はDSGEモデルにも襲い掛かった。このモデルでも賃金を硬直的とすれば失業が説明できるから、RBCという「公理」を保持し、追加条件を変えてDSGEを取り繕う策はありうる。しかし、A/レィヨンフーブッドが「それ自身、知的に破綻した事業計画であった」と批判するように、将来収益が正規分布に従うという中核仮説がバブル崩壊に反し、米国の物価安定は輸入材がもたらしたもので、肝心の金融政策は想定外の資産バブルを生んだからだ、としている(A/レィヨンフーブッド「ケインズと恐慌」現代思想5月号)と書いている。

 松原氏は現代マクロ経済学理論に批判的だ。小島寛之「『時間』と『不確実性』の理論」(現代思想5月号)を引きながら、

 <知的な事業には、さして元手がかからない。危機の時代にこそ、知識人は破綻した知的事業からの退職金引き出しに固執せず、新機軸に挑むべきであろう。>

 という結びのメッセージはGM役員らだけでなく、竹中イズムを実践している日本の多くの経営者、学者に向けたものだろう。

 ここまで批判されている竹中インタビューというものはどういうものだったか?

 「エコノミスト」誌5月19日号のインタビューを読んでみた。

◆エコノミスト誌5月19日号の竹中インタビュー

  この中で竹中氏は「小泉・竹中構造改革への批判の象徴として、年末の派遣村がある。振り返って、今でも2004年の製造業への派遣労働者解禁はよしとしますか」という質問に対して、竹中氏は

 <事実と異なるとんでもない議論が平気で行われていることに私は唖然としています。派遣解禁と、今の経済問題はほとんど関係ありません。2004年の解禁の結果、派遣は増えましたが、正規労働者は970万人のままで、請負が減った。今、派遣を減らしたら請負が増えるだけ。派遣の方が労働者は守られます。正規と非正規の格差の問題は確かにある。しかし、非正規の雇用が増えたのは小泉改革のせいではない。1979年の東京高裁の東洋酸素事件の判決で、正規雇用者の解雇が非常に厳しいためです。正規で雇用調整ができないから、経営者は判例が及ばない人を増やしていった。これが非正規が増えた理由です。改革が悪いのではなく、正規と非正規の格差を埋めるための労働市場の改革こそが必要です。>

 と力説していた。質問者も食い下がった。「では、なぜ製造業への派遣解禁と同時に格差を埋めるための改革をやらなかったのですか」である。これに対しては、竹中氏は

 <そこまでする時間がなかった。不良債権処理に3年、郵政民営化に2年、公共事業の削減に1年かかった。格差是正をやるべきだったと言われればその通りです。だが今はなぜ改革をしたんだという批判が多い。小泉政権がもっと続いたらやれたでしょう。安倍内閣は小泉路線を引き継ぐということで、労働市場の改革をやろうとしたら財界からも総スカンを食った。必ずある反対と戦う力が安倍・福田内閣には残念ながらなかった。>

 「そこまで言うか」と驚く。こんな勝手な弁明は通用しないだろう。「時間がなかった」といいながら、労働市場の規制緩和はしている。派遣労働者法の改正である。この改正も国会マターだから力がいるものの、経済界の全面バックアップを受け、連合まで黙らせた上での法改正だった。その法改正と同時にセーフティーネットの整備をしておかねばならなかったのに、なぜしなかったのか、と聞いているのに、巧みに論点をずらしながら、「時間がなかった」で済まそうとする。それでは許されないことは言うまでもない。

 そのうえで、「小泉政権が続いていたとしたら、竹中さんは何をやっていましたか」の質問に対し、

 <一番やりたかったのは貧困対策です。貧困調査をやりたかった。日本ではやったことがないんです。ワーキングプアなんて言うけど、本当の貧困者は何人いるのですか。貧困の原因は三つある。働きたいけど職がない。これは雇用対策が必要です。働いているけど賃金が安い。であるなら、最低賃金制度の見直しが必要です。健康上の理由などで働けない。これは生活保護が必要です。これらがどのくらいの割合で何人いるか分からない。調査によって貧困とその理由が分かったら、雇用対策をすればいい。重要なのは間違いなく職業訓練です。>

 と言って自分が職業訓練バウチャー(引換券)のアイデアを経済財政諮問会議に何度も出したが、通らなかった、と自慢している。竹中氏の考え方の基本はアメリカ発のグローバリズムをすべて受け入れるしか日本の生きる道はない、と思い込んでいることだろう。だから、

 <今日のグローバリゼーションやIT革命のように、未開拓の分野が開くフロンティアの時代には、大きなチャンスと大きなリスクがあります。チャンスを生かした人はどんどん所得を上げていくし、リスクを取らなかった人はどんどん取り残されていく。日本だけでなく世界中そうなっている。>

 という意見になる。それこそ、新自由主義経済思想をアメリカでフリードマンらから教わった通りに日本で実践しようという考えだ。つまり、竹中氏の頭の中はアメリカ人なのだ。日本というアメリカとは違う社会をアメリカ化することに生涯を賭ける意気込みが感じられるが、それは大部分の日本人の望みとは違う方向だろう。

 大部分の日本人はそんなグローバリズムの強風が吹き荒れる世界でもコツコツと働き、人並みに食べることが出来て、家族仲良く生活したい、というささやかな望みを持って、そうなるように政府に期待しているのだ。それが消費者の論理でもある。食料自給率が40%を割ったと聞けば日本の未来を心配し、自由貿易だけでいいのか、と疑念を抱く。

 そういう庶民の素朴な感性を生かした政治が出てこないと竹中氏のようなアメリカの手先にいいようにされる時代が今後も続くだろう。場合によってはアメリカに「ノー」を言える腹の据わった政治家が現れないと、日本人は救われないのだ。

 松原氏が鋭く指摘しているように、竹中氏は経済がうまくいけば「小泉改革のおかげ」と主張し、経済が悪化すれば「改革をサボったため」と言う。改革の果実は自分のもの、改革の罪悪は他人の責任、という人物だ。

 この口先男をまだ信用して定期的にコラムを書かせている産経新聞はそろそろ反省して、竹中切りをすべきではないか。慶応大学は「人寄せパンダ」として使い続けるのだろうが。

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北朝鮮の核実験、核ノドン実現が近づいている~5月25日産経新聞ネットニュース、NHKニュースなどから

 北朝鮮が盧武鉉自殺という好機をとらえて核実験をした。産経新聞のネット版は<北朝鮮が核実験か>で5月25日午前11時過ぎにニュースをアップした。まず産経新聞ニュースで見てみよう。ソウル支局の水沼啓子特派員の記事だ。

 <韓国の聯合ニュースは25日、北朝鮮が同日、核実験を実施したもようだと伝えた。報道によれば、北朝鮮の北東部で地震波が関知されたという。韓国与党関係者によれば、地震波は「人工地震」のような波動といい、核実験の可能性が指摘されている。北朝鮮が核実験を行う可能性については、7日付の韓国紙・朝鮮日報が、北朝鮮が2006年に実験を行った北東部の咸鏡北道豊渓里で最近、新たな核実験の準備とみられる兆候を見せ、関係当局が注視していると伝えていた。韓国政府筋によると、豊渓里で車両や人の動きが活発になっているのが持続的に把握されているとされていた。>

 <北朝鮮は4月29日に、核実験と大陸間弾道ミサイルの発射に言及しており、朝鮮日報は、韓国政府筋の話として「地下核実験は事前予測が難しく、いつ核実験が可能かは正確にわからないが、北朝鮮がその気になれば近いうちに実施できる準備をしている状態とみられる」と報じていた。>

 とあった。

 NHKの正午のニュースでは北朝鮮国営の朝鮮中央通信が「地下核実験を行った」と発表した、とのテロップが流れた。

 しかし、北朝鮮の核実験は分裂気味の韓国世論を一つにまとめる役割があったのではないか。李明博政権に打撃を与えようとした核実験だったのだろうが、そうはならないだろう。青瓦台は緊急会議を招集した。日本政府も麻生首相が午前11時45分、首相官邸で緊急会議を開いている。

 このようなドサクサでやったから、以上のような冷静な分析が出回るだろうが、私が懸念しているのは北朝鮮の核実験の効果である。

 ノドン搭載核の小型化に向けてアクセルを踏んでいる、とみられるからだ。

 日本はここで本気で対応策を考えないと、いずれの日にか「核ノドンを東京に撃ち込まれてもいいのか」という北朝鮮の脅しに屈せざるを得なくなる恐れがあるからだ。

 ことは朝鮮半島の内輪もめではない。日本政府はちゃんとやってほしい。

 午後零時2分アップ分の産経ネットでは水沼特派員の記事で、<「核実験実施」と北朝鮮 北東部でM4.5の揺れを観測、韓国>の見出しに差し替えられていた。夕刊を廃止した産経新聞だが、ネットのニュースの速さは群を抜いている。

 <朝鮮中央通信は25日、北朝鮮が核実験を実施したと発表した。核実験は3年ぶり2回目。韓国のニュース専門テレビYTNは25日午前11時半過ぎに緊急ニュースを流し、韓国気象庁が25日午前9時54分にマグニチュード(M)4以上の揺れを観測、北朝鮮が核実験を実施した可能性が高いと伝えた。北朝鮮が核実験を実施したかどうかをめぐり米韓両国政府が確認中という。>

 <青瓦台(大統領官邸)関係者がYTNに語ったところによると、25日午前9時54分、北朝鮮が2006年に核実験を行った北東部の咸鏡北道豊渓里でM4.5の揺れが観測されたという。一般的な爆発物だとM4以上の揺れは観測されないことから、地震か核実験の可能性が高いという。朝鮮半島ではM4以上の地震が発生することはこれまでないことから、核実験の可能性が高いといわれる。>

 以上だった。

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盧武鉉氏は国家元首ではなく、米植民地の総統のつもりだったのか?~産経新聞5月25日社説から

 産経新聞は5月25日社説「主張」<盧前大統領自殺/旧弊を打破できなかった>で1日遅れで盧武鉉政治総括をしていた。思った通りの内容だ。産経新聞の場合は黒田ソウル支局長が論説委員も兼ねているから、これも黒田氏の論だろう。さすがにしっかりしている。

 詳しく見ていこう。

 <韓国の盧武鉉前大統領の自殺は韓国政治の悲劇だ。自殺の背景には、家族が後援者の企業人から受け取った600万㌦の外貨を「包括的ワイロ」とする、金銭疑惑への検察当局の追及がある。韓国では歴代権力者の家族が、金銭疑惑に巻き込まれてきた。とすると、これは政治的悲劇というより、韓国社会の古くからの問題点が改めて浮き彫りになったということではないだろうか。盧武鉉氏は政治的には「左派」「革新系」「進歩派」などといわれ、市民団体と手を握り、権威主義を否定するなど政治改革に取り組んだ。にもかかわらず、家族を巻き込む金銭疑惑という旧弊は打破できなかった。>

 まあ、こう書くしかないだろう。死んでしまったのだから。

 そして、死んでしまったことについて、

 <彼は商業高校卒で弁護士になった庶民的政治家として、日ごろから意表をつく大胆な言動で知られた。今回の自殺もその一環だろうか。死を選択することで責任を取ったとみれば、政治家としては「いさぎよかった」と評価されるかもしれない。>

 と書きつつ、

 <しかし一方では、600万㌦の背景や行方など、疑惑の真相がうやむやにされる恐れがある。起訴を逃れ、法廷に立つことを回避したという意味では「卑怯だ」という声もありうる。弁護士出身だけに、自殺は自ら「敗北」を認めたに等しい。>

 と、きちんと押さえている。そして、次が重要な指摘だ。

 <それにしても疑惑の焦点が、家族による600万㌦の授受だったというのはさびしい。なぜドルなのか。どこか発展途上国のような印象を受ける。韓国はとっくに、そんな段階を脱していたはずではなかったのか。韓国国民からすれば、国際的に韓国の国家イメージを傷付けた責任は大きいということになる。>

 まさしくそうだ。黒田氏に指摘されるまで気付かなかったが、なぜドルなのだろう? 韓国の最高責任者、元首まで務めた男が家族がやったとはいえ、米国の通貨でワイロを貰っていた。いくら米国留学中の息子に送るため、とは言っても逆に言えば韓国の通貨を信用していなかった、ということを如実に示している。盧武鉉シンパはなぜこの点を不問に付すのだろうか?

 盧武鉉氏は心理的には植民地総統のつもりだったのかもしれないのだ。

 <すでに退任していた盧武鉉前大統領に対する政治的評価は今さらの感がするが、対外政策についてだけ振り返っておきたい。>

 と前置きして、

 <盧武鉉氏は任期末期の2007年10月、平壌を訪れ、金正日総書記と会談するなど金大中政権に続き「親北政策」を進めた。しかし結果は周知のように、核・ミサイル問題をはじめ北朝鮮に何らの変化ももたらさなかった。>

 本当にひどい外交だった。「金正日皇帝」の前で這い蹲る朝貢外交そのものだった。

 <日韓関係では、領土問題や靖国問題をはじめ歴代政権以上に対日強硬策が記憶に残る。世論の反日愛国ムードに迎合した印象が強い。疑惑の背景究明を含め、李明博政権には、「盧武鉉時代」を教訓に、内外で新たな時代を築いてほしい。>

 短い文章だが、盧武鉉氏のこれまでの行動の問題点が余さず出ている。

 こういう社説を読むと、朝日新聞や日経新聞の24日の社説のひどさが改めて思い出される。

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韓国国防相は先制攻撃に言及したが、それはない~5月25日産経新聞ネット版

 面白い記事だった。共同通信の配信で5月25日午後10時4分に産経新聞がネットのホームページにアップした<北核実験問題/韓国国防相「北核施設の攻撃計画ある」>である。ソウル支局の共同通信記者が配信したものらしい。

 <韓国の李相喜国防相は25日の国会で、北朝鮮の核兵器に関連し「北が使用できないようにするため、有事に備えて貯蔵施設の(先制)攻撃計画を持っている」と述べ、弾道ミサイルや発射基地に加え、核兵器貯蔵が疑われる施設も攻撃対象として具体的に想定していることを明らかにした。>

 というものだ。どうせ聯合ニュースが流したのを共同通信がキャリーしたのだろうが、日本人の中では「まあ、そのくらいのことは言うだろう」という反応と、「えっ?」という反応に分かれるかもしれない。憲法9条政治に慣れていると、このような物言いがものすごいこと、と感じてしまう。

 <李国防相は北朝鮮が同日強行した核実験の爆発規模は最大20㌔㌧に達する可能性があると指摘し「(2006年の)前回より発展している」と技術的進展があったとの見方を示した。ただ弾道ミサイルに搭載可能な小型化に成功しているかどうかは別問題とした。>

 そりゃあ、言えないよなぁ。もしも搭載可能な小ささにすることに成功した、なんて言った途端に日本が騒がしくなるのは目に見えているから、実際は分かっていても、言いたくないだろう。韓国政府がこっそりと日本政府に情報を伝えていれば、それでいいのだ。別にワイドショーにすべて流すことはなくていい、と思う。

 <また、北朝鮮が核実験に続き、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を強行する可能性が高いとした上で「現時点で具体的な兆候はない」と語った。さらに寧辺の核施設でプルトニウム抽出のための再処理作業は本格的には始まっていないとの見方を示した。(共同)>

 このしゃべりかたを見る限りでは韓国政府は落ち着いている。盧武鉉の変な自殺騒ぎがすぐに消え去って李明博大統領も内心少しホッとしているのではないか。

 韓国は北朝鮮の核開発に関し、基本的に不感症なのだ。なぜか、といえば単純なことで、「同胞に核爆弾を落とすことはない」と心から信じているからだ。それだけなのだが、この民族という感覚はポスト冷戦時代、案外大きなものがある。韓国民は心の中では「原爆が落ちるとすれば日本だろうし」と思っている。韓国民が怖いのは38度線の多弾短距離・中距離ミサイル群だけだ。

 だから、国防相の国会答弁など、口先だけと韓国の有識者も北朝鮮の権力者も分かっている。こんな答弁を信用してはだめだ。しかし、それは李明博政権が信用ならない、ということではない。韓国と日本と違う国なのだから、国益は違う。だから、国益を実現するための戦略も違う。それをきちんと認識せず、理想論的な期待をすると、すぐに「裏切られた」ということになる。李明博政権は日本を裏切らないと思う。そこは北朝鮮の回し者、盧武鉉とは全く違う。そこだけは押さえておこう。

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2009年5月24日 (日)

朝日新聞社説は朝鮮日報以上に韓国的だった:盧武鉉氏評価~5月24日日本・韓国各紙社説から

 5月24日各紙朝刊は社説で盧武鉉前韓国大統領の自殺を取り上げていた。

◆読売新聞<盧武鉉前大統領/疑惑の中での尋常ならざる死>は良かった

 <疑惑の渦中にあった韓国の前国家元首の尋常ならざる死である。盧武鉉前大統領が、自宅付近の山を登山中、転落して死亡した。側近によると、遺書があり、自殺だったという。盧武鉉氏は、収賄容疑で最高検察庁の事情聴取を受け、近く在宅起訴されるのではないかと見られていた。夫人と、実兄の娘婿が有力後援者から計600万㌦(約6億円)の外貨を受け取った疑惑に直接関与したとの疑いである。その最中の突然の死だ。収賄疑惑が関係したに違いあるまい。パソコンに打ち込まれていたという遺書に「私のせいで人々が受けた苦痛はあまりにも大きい」「小さな石碑を残してほしい」など、心情がつづられていたようだ。>

 と、まず事実関係を紹介し、収賄疑惑が関連した死に間違いないとする。そして、

 <それにしても、なぜ命を絶たなければならなかったのか。>

 と自殺原因の背景を探る。

 <盧武鉉氏は、先月末の10時間に及ぶ事情聴取の際「カネの授受を知らなかった」と述べて収賄容疑を否定したとされる。検察当局は前大統領の死を受けて捜査の打ち切りを決め、盧武鉉氏にかけられた疑惑の全容は解明されずに終わることになった。だが、どうにも説明のつかない不明朗な巨額のカネを家族が受け取った事実は残る。人権派の弁護士で能弁家で知られた盧武鉉氏も、家族の罪状までは弁解のしようがなかったろう。面目なさと後ろめたさにさいなまれ、精神的に相当追い込まれていたのかもしれない。>

 「人権派」弁護士が家族の犯罪に面目なく死を選んdなという推定だ。これが最もリーズナブルな見方だろう。そして、読売社説は一転、韓国の政治風土に思いを巡らせる。

 <盧武鉉氏の悲劇は、韓国の“政治文化”の所産とも言える。大統領に強大な権力が集中するシステムのもと、私利私欲を求める勢力が地縁血縁を利用して大統領周辺に近づき、家族、側近たちもカネまみれになる醜態が、歴代政権で繰り返されてきた。清廉潔白を標榜した左派政権も例外ではなかった。こうした文化をどこまで是正できるかが、保守派の李明博政権には問われている。>

 というのだ。李明博大統領に政治風土の是正まで期待するのはちょっと大変すぎるかなぁ、とも思うが、論理的に書こうとすれば、こういう文章になるのだろう。

 そして、盧武鉉大統領の功罪である。少なくとも、隣国日本にとっては「功」よりも「罪」が大きかった大統領だった。

 <盧武鉉前政権の時代、日韓関係は、歴史認識や竹島問題で冷え込み、首脳同士のシャトル外交もストップした。当時、韓国は一方的な北朝鮮支援に傾く融和政策に固執し、そのため日本や米国との安全保障関係はぎくしゃくした。政権交代で登場した李政権は、北朝鮮の核開発に厳しい態度で臨み、日米韓連携が再構築されてきている。盧武鉉氏の死は、時代の変化を象徴するようにも映る。>

 随分と突き放してはっきり書いているが、その通りなのだろう。もう用済みの人間なのだ。「清潔」「反日」「反米」の「空気」に乗って大統領になったものの、なにも出来ずに、金正日・北朝鮮総書記に利用されるだけ利用され、捨てられた人物だ。

 気になるのは北朝鮮の韓国対策の責任者が処刑された直後の自殺だったことだ。そんなことはないとは思うが、この処刑された北朝鮮高官と秘密の関係を持っていたとしたら、裏金問題だけでなく、もっと国を裏切るような背信行為が明るみに出る可能性もあったのではないか、と推測できる。どっちにしろ、切羽詰まって追い詰められての自殺だったことは間違いない。

 あとは韓国民の冷静な判断、行動を望むだけだ。

◆日経新聞<韓国の変化と前大統領の死>はなぜか欠陥社説だった

 日経新聞の社説も読売新聞と同様、韓国の変化と盧武鉉前大統領の自殺を結び付けて考察していた。

 <親族らの不正資金疑惑で検察から事情聴取を受けていた韓国の盧武鉉前大統領が亡くなった。「あまりに多くの人々に迷惑をかけた」との家族あての遺書が残っており、疑惑を苦にした自殺とみられている。成長より分配、低所得者層への配慮、北朝鮮との融和政策……。2002年大統領選で盧武鉉氏を当選に導いた公約だが、当時の韓国社会の要請はもう一つあった。経済界との癒着のないクリーンな政治だ。>

 として、盧武鉉氏がなぜ大統領に当選したのか、の背景説明をする。

 <人権派の弁護士として労働問題や民主化運動に携わった経歴を持ち、既存の利権構造から遠かった盧武鉉氏は、政治の変化を望む時代の風にも後押しされていた。韓国では1980年代までの軍事政権下、大手財閥が大統領に多額の資金を提供するのが慣例となっていた。時の政権はその見返りに、許認可や政府系金融機関を通じた融資の便宜を図ったといわれる。世界を舞台に活躍する財閥も生まれたが、不透明な癒着の構図は海外から不信の目で見られ、後に金融機関が不良債権に苦しむ伏線になった。97年のアジア通貨危機で、国際通貨基金(IMF)に支援を仰がざるを得なくなった一因でもある。90年代以降、政権は癒着を断ち切る方向にかじを切った。大統領経験者である全斗煥、盧泰愚の両氏や財閥トップが贈収賄に問われた「秘密資金事件」は、その一例だ。97年の危機を教訓に韓国が市場開放や外資受け入れを軸に経済を立て直した時期は、金大中、盧武鉉と10年続いた左派の政権の時代と重なる。政権による「財閥たたき」は、より透明な経済構造への移行を目指す動きの一側面ともいえる。>

 金大中、盧武鉉両政権時代に経済の立て直しが進んだ、とプラス評価。

 <盧武鉉氏は北朝鮮との過度な融和政策で批判を受け、政権末期には「経済失政」と国民の支持も失ったが、政治資金改革など政治の浄化への自負はあったはずだ。歴代大統領と違って退任後すぐ故郷に戻って一切の政界活動から退いたのも、自らの政治哲学の表れだったのだろう。盧武鉉氏の身辺でも浮上した不正資金疑惑は、強大な権限を持つ大統領、青瓦台(大統領府)をめぐる経済利権の暗部の根深さを示唆する。前大統領の死は、掲げた理想と現実のジレンマの深さも象徴している。>

 何か追悼文のようで、真実を書いていない気がする。歯に衣を着せて書いても仕方ないだろう。もう少し突っ込んだ分析をしてほしかったし、盧武鉉時代の反日姿勢、日韓交流断絶に触れていないところなど、欠陥社説といわれても仕方あるまい。

◆毎日新聞<盧武鉉前大統領/衝撃的な最期だった>は良かった

 <韓国の盧武鉉前大統領が自宅に近い岩山のがけから転落し、死亡した。この国の現職大統領または退任者の受難や非運は切れ目なく続いてきたが、自殺は建国以来初めてで、世界的にも稀有のことだ。突然の最期を悼むとともに、この衝撃が韓国内の政治的混乱や対立激化を招かないよう祈りたい。>

 と一応は哀悼の意を表して、さあ、本文だ。

 <盧前大統領は先月末、在任中に後援者の企業会長から約6億円相当のわいろを受け取った容疑で検察当局の聴取を受けた。在宅起訴されるという見通しの中で、夫人に対する2度目の聴取が迫っていた。前大統領の実兄も別の不正事件で懲役4年の実刑判決を受けたばかりだ。前大統領のパソコン画面には家族への遺書が残っていたという。捜査当局が公表した内容を見ると、多くの人々に迷惑と苦痛をもたらしたことへの強い自責の念や「本も読めず、字も書けない」といった疲労感がつづられている。重い抑うつ状態にあったのだろうか。>

 これは事実関係の説明だ。ここからが「論」になる。

 <盧武鉉という人は強烈な個性の持ち主だった。高卒後に独学して人権派弁護士になり、野党党首だった金泳三氏の誘いで政界入りしたが、その金氏が政権獲得の手段として軍人出身大統領の与党に合流すると、同調を断固拒否した。金大中政権の後継者として出馬した大統領選では、経済発展を主導した「既得権勢力」への敵意や反米感情をあらわにして、新世代の国民の共感を得た。大統領在任中も国会の弾劾訴追を受けるなど波乱が続き、米国や日本とも摩擦を起こして「革命政権のようだ」と評された。任期末が迫って実現した金正日総書記との南北首脳会談では、次期政権が履行できないような大盤振る舞いの支援約束をして禍根を残した。>

 反日だったこと、米国との関係悪化など、漏らさず書いている。当たり前だが。李明博大統領が盧武鉉の対北約束を前に困ってしまった、という説明は分かりやすい。だから、金正日総書記は援助をよこせと言い、李明博大統領はダメだ、と言う論争になって、南北関係が悪くなっているのだ。そもそもは盧武鉉前大統領のやりすぎた大盤振る舞い、北朝鮮に期待を持たせすぎたことに今の南北関係不調の原因があった。

 援助は核放棄に連動させるべきなのに、勝手に援助をしていたので、日米の反感を買った。李明博氏は日米韓の大きな枠組みの中で援助を考えている。

 日本人の中に、いまだに盧武鉉びいきがいるのが不思議でしょうがない。こんな明確な反日政治家はどこを探してもめったにいないのだ

 <このように「信念を貫く」一方で激越さが目立ち、和合の精神に乏しい政治家だったが、死去を受けて、金大中元大統領が「民主政権10年を共にした人間として、私の体の半分が崩れたような心情」だと述べただけではない。インターネットの各種サイトには追悼の書き込みが殺到している。歴史的評価はともかく、一時代を作った人であった。>

 深い事情を知らずに金大中一派の謀略に乗せられている若者が騒ぐのは仕方ない。いつになったら、悪夢から覚めるのだろうか。

 <気になるのは特に前大統領の側近や支持者の間でこの自殺を「政治的他殺」などと評し、李明博政権への攻撃を強める気配があることだ。現政権が検察を使って前政権への狙い撃ち捜査をしているという見方が前提になっている。韓国の政争は激しい。李大統領は大差で当選したが左右対立の構図は解消されていない。世界同時不況の中、盧前大統領の悲劇をさらなる混乱の引き金にしてはならないということを共通認識にしてほしい。>

 感情過多の韓国の友人たちに、「自制せよ」とあえて贈る言葉なのだろう。

◆朝日新聞<盧前大統領の死/隣国の政治の悲劇を思う>は韓国の新聞だ

 あの金正日びいきの朝日新聞である。どうせ、つまらないことを書いているのだろう、と読みたくもなかったのだが、一応各社の社説を比較してみようと思い立ったので、蛮勇をふるって読んでみた。やはりひどかった。読まなければよかった。

 <思いもかけない、何とも悲痛な結末である。1年あまり前まで韓国の大統領だった盧武鉉氏が亡くなった。>

 何と思い入れたっぷりの書き出しなのか。読んでいて恥ずかしくなる。「思いもかけない」という協調の形容詞と「何とも悲痛な」という極端な形容が二重にかぶさっている文章が社説の冒頭に来る。こんな感情的な社説を読まされるのか、朝日新聞の読者は。

 <きのう早朝、自宅の裏山に警護員とともに登り岩場から落ちた。家族あての短い遺書を盧前大統領は残していたと側近の弁護士が明らかにした。自殺と見られている。盧氏は在任中の収賄の容疑者として検察の聴取を受けた。会社を経営する後援者が盧氏の妻や親族に640万㌦(約6億1千万円)の資金を渡したが、絶大な権限が集まる大統領制のもと、大統領への賄賂として問うべきではないか、との判断からだ。「退任後に知った」などと盧氏は容疑を否認していたが、身内が受け取ったことは認め、自分のホームページで「民主主義や正義という言葉を述べる資格は失った」と記していた。出頭時も「面目ない」と国民にわびた。検察が盧氏の法的処分をどうするかを決める最終段階での死である。>

 ここまでは事実関係の説明だ。

 <今回の盧氏周辺の資金疑惑は、韓国の国民に対して、これまで以上に政治への深い失望を与えてきた。地縁や血縁、学閥が幅を利かす。日本もそうだが、政治とカネが切り離せない。そんな社会を変えてほしい。盧政権は、国民のその熱い期待にこたえるべく登場したはずだった。全斗煥、盧泰愚の両元大統領は自身が腐敗に問われ、続く金泳三、金大中元大統領は、いずれも子息が不正資金の受け取りで断罪された。それもあって盧武鉉氏は裏取引のない透明な政治を唱えた。人権派弁護士として活躍し、対立する野党からもカネに清潔と見られる庶民派だった。かつて政権と検察の癒着が激しかったが、盧氏は検察の独立を保証し、陪審制導入を含む司法改革を支えた。過去の権力犯罪の解明にも切り込んだ。そういう盧氏も旧弊は断ち切れなかったということか。「歴史の清算」を目指したのにできず、司法の裁きに耐えかねたのだろうか。>

 最後の太字部分を読んでほしい。盧武鉉は立派な改革政権だった、という位置づけである。だが、韓国の病根が深すぎてメスが届かなかった、と。

 冗談じゃない。「清潔」「改革」のお面を被って、その裏ではせっせと自分の一族のためにカネをためていた因業政治家ではないか。「清潔」しか売り物がなかっただけに、理念を持っている保守政治家よりもっと始末が悪い。そういう真実の面を隠す社説は最低だと思う。

 それに「日本もそうだが」と書いているが、どこが「日本もそうだが」なのか? 自虐が過ぎるのではないか?

 <韓国では早速、捜査が強引だったとの批判が噴き出している。政界対立の火種にもなりかねない。だが、今回の悲劇をそうさせるべきではない。世界は未曽有の経済危機にある。輸出に頼る韓国経済もまた、たいへんに苦しい状況だ。ここで政治も対立を深めてしまってはよくない。>

 朝日新聞の社説子と同じようなトンマな考えを持った「市民」が騒いでいるだけで、一般の常識を持った韓国民は冷静ですから、安心してください。朝日新聞社説子はどうも自分の同類の動向しか気にならないようだ。

 <朝鮮半島の安定を望む日本にとっても、まず韓国が安定してほしいし、存在感を高めてもらいたい。曲折はあっても、韓国には独裁から民主への一貫した流れがある。そしてこの20年あまり、民主主義を深めて市民社会を成熟させ、経済の発展という輝かしい成果をあげてきた。こうした実績を踏まえ、政治の安定に歩みを進めてほしい。それが、盧氏の死を無にしない道ではないか。>

 この太字部分の歴史認識が間違いなのだ。こういう認識で社説を書いているから、パキスタンではムシャラフは悪人でブットは善人というような事実関係を踏まえないワンパターン記事が出てくる。

 それぞれの国で歴史は違うのだ。朴正煕政権を「軍事政権だから悪」と単純に決めつける「思考不在」が朝日新聞読者にどれだけ悪影響を与えているか、もう少し真剣に考え直してほしいものだ。

 盧武鉉前大統領の反日姿勢について一切触れなかったのは日経新聞と同じだ。

 朝日新聞と日経新聞は盧武鉉に世話になっているのか? 借りがあるのか? 日本の新聞ならば、その大統領が対日関係でどうだったか、きちんと総括すべきだと思うのだが。

 どうも朝日新聞の病巣はもっと深いようにも見える。

 盧武鉉氏の「歴史の清算」をプラスにとらえているのだ。

 盧武鉉政権の「歴史の清算」が竹島問題や従軍慰安婦問題でどれだけ日本を不当に貶めるものだったか、すっかり忘れたようでもある。というか、忘れたふりをして、実際は朝日新聞は竹島は韓国のものだと考えているようでもある。若宮啓文前論説主幹が朝日新聞紙上で「竹島を韓国にやればいい」と主張していたことを思い出した。だから、このような盧武鉉氏の高い評価が出てくるわけか。

 朝日新聞は李明博大統領をバカにして、金大中、盧武鉉という2代にわたる反日政権に親近感を持っている、と読者は受け止めるだろう。李明博大統領は知っての通り、朴正煕大統領を尊敬し、「漢江の奇跡」の再現を狙って経済政策を展開、それが成功していることはよく知られているのだが、そういう経済面での成功よりは「民主化」なのですか。だったら、北朝鮮の反民主主義的な政権をきちんと批判してほしい。

 あまりダブルスタンダードを続けると、信用されなくなると思うのだが。やはり、朝日新聞は日本の新聞とは思えない。

◆産経新聞は社説なし。これも見識だろう。朝日新聞のような気分の悪い社説を読んだ後は、スカッとした産経新聞の「主張」を読みたかったが、後日の楽しみにしよう。

 では、韓国の新聞はどう書いているのか? ネットのホームページにアップしてある社説を見てみよう。

◆朝鮮日報<盧武鉉前大統領の急逝を哀悼する(上)>

 <盧武鉉前大統領が23日、慶尚南道金海市の私邸の裏にある烽火山の岩場から飛び降り、自ら命を絶ったというニュースに全国民はぼう然とした。盧前大統領とその家族は検察の取り調べを受けているさなかではあるが、たった1年4カ月前まで大韓民国の大統領として国を率いた盧前大統領がこんな非業の死を遂げるとは国民の誰もが予想していなかった。>

 という書き出しは冷静である。朝日新聞の社説と比べると、どっちが韓国の新聞か分からないほどだ

 <われわれは盧前大統領の急な死に接し、改めて大韓民国の歴代大統領の悲劇を思い浮かべ、さらにいたましい思いを抱く。初代の李承晩元大統領は海外亡命先のハワイで生涯を閉じ、朴正煕元大統領は部下の凶弾に倒れ死去した。全斗煥、盧泰愚両元大統領は退任後に包括的収賄罪で逮捕され、金泳三、金大中両元大統領は任期末に息子が逮捕される悲運を経験した。その悲劇がやまずに依然続いていることに身の毛がよだつ思いだ。>

 全斗煥氏から書き始める日本の新聞が多い中で、李承晩氏から歴史を始めているのも好感を持った。朴正煕氏の歴史を抹殺せず、自分たちの大統領だった、と胸を張っているのだ。朴正煕氏を不当に貶めようとしてる朝日新聞とは対照的である。

 <盧前大統領は4月30日、朴淵次前泰光実業会長から金品を受け取った疑いで検察の取り調べを受けた。検察は近く盧前大統領を起訴するか否か決定する構えだった。盧前大統領は23日未明に自宅裏山に登る前、パソコンに家族宛ての短い遺書を残した。その遺書には「わたしによってたくさんの人が受けた苦痛はあまりに大きい。余生も他人の荷物にしかならない。健康状態がすぐれず、何もできず、本を読むことも文章を書くこともできない」と書いた。盧前大統領が最近味わっていた心理的苦痛と複雑な心境を想像させる文言だ。盧前大統領は本人と家族、親族、側近が相次いで収賄容疑などで検察の捜査を受けたり、逮捕、収監されている現在の状況から何としてでも脱却したかったのかもしれない。「反則と特権がない世の中」を訴えて大統領に当選した盧前大統領だったからこそ、退任後に表面化した収賄容疑に対する心苦しさや挫折感はひときわ大きかったはずだ。>

 言葉は冷静だが、言いたいこと、知りたいことは全部書いてある。「余生も他人の荷物にしかならない」という文章は、盧武鉉氏が有罪を確信し、名誉回復が不可能であることに生きる望みをなくしていたことを雄弁に物語っている。

 <【社説】盧武鉉前大統領の急逝を哀悼する(下)>

 <盧前大統領は退任後、「故郷に帰り静かに暮らしたい」と語った。本人の希望通りに金海市に私邸を建てて田舎に戻り、農業を始めたりもした。しかし、検察が昨年末、世宗証券売却に関連して数十億ウォンの不正資金を受け取った容疑で盧前大統領の兄、建平氏を逮捕したのに続き、今年に入ってからは朴淵次氏をめぐる資金の流れに対する本格的な捜査が進んだ。そして、盧前大統領夫妻と家族が朴淵次氏から約640万㌦(約6億円)の不法資金を受け取っていたことが明るみに出た。盧前大統領は歴代大統領の中で既存の制度に最も批判的だったが、盧前大統領本人もその周辺も韓国の大統領文化の代表的な負の遺産である腐敗問題を避けて通ることはできなかった。>

 言葉は工夫してるが、「清潔」だけが売りの大統領だったのに「お前もか」という思いがにじむ。

 <盧前大統領は今年3月、インターネット上で「朴会長から受け取ったカネは夫人が借りたものだ」と説明し、さらに大きな批判を浴びた。すると盧前大統領は検察への出頭に先立ち、支持者に「わたしを忘れてほしい」と語った。盧前大統領は包括的収賄の疑いで検察の取り調べを受けた3人目の大統領経験者となった。盧前大統領に自ら命を絶つという極端な選択をさせた大統領権力文化の負の遺産をいかに清算し、再びこのような悲劇が繰り返されないようにすることは、韓国全体が必ずや解決すべき宿題として残った。>

 大統領権限が強すぎるというシステム的な問題だ。

 <金慶漢法務部長官は23日に発表した声明で「盧前大統領に関する捜査は終了すると理解している」と語った。検察は盧前大統領が死去したことを受け、公訴権が消滅したとして、盧前大統領とその家族に対する捜査を終える方針だという。しかし、朴淵次氏をめぐる事件の別筋として、与党関係者が関与した税務調査もみ消しロビー疑惑と朴淵次氏から不正資金を受け取った政官界関係者に対する捜査は予定通りに早急に締めくくるべきだ。前大統領の死去にまで発展した今回の事件に対する捜査をしっかりと終えた後には、大統領をめぐる権力型不正が起きないような制度的な仕組みを整えるべきだ。それは政府と国会、学界と市民・社会団体、国民全体が参加する論議と決意があってこそできることだ。そうしてこそ、盧前大統領の死が前大統領個人の悲劇を乗り越え、韓国の歴史が再出発する契機として記録されるはずだ。>

 冷静な言葉を連ねているが、言っていることは検察よ、捜査をやめるな、病巣を摘出せよ、というしごく尤もなことである。これでこそ新聞の社説だ。

 <盧前大統領は家族に宛てた遺書に「生と死は全て自然の一部ではないか。誰も恨まないでほしい。運命だ」と書いた。挑戦と屈辱、栄辱に満ちた63年の人生を終えた盧前大統領の冥福を祈る。>

 これは形式的な付け足し。儒教の伝統のまだ残る国ではこの形式論は書かざるをえない部分なのだろう。

 朝鮮日報の言いたかったことは検察への捜査継続、けりをつけよ、という激烈なメッセージだった。

◆中央日報<大韓民国16代大統領の衝撃的な逝去>

< 大韓民国16代盧武鉉前大統領が逝去した。「誰も恨まない」という遺書を残して自ら命を絶った。前・現職大統領の被殺・亡命・流刑・投獄に点綴された韓国現代史でもこんな悲劇はなかった。世界現代史でも事例がほとんどない。韓国人には形容しにくい悲痛な衝撃であり、全世界の人にとっても悲しく、驚くべき事件だ。盧前大統領は国民の委任を受けて5年間、国家の発展と国民の安寧を担った国家元首だった。我々は彼の功過を離れ、心より永遠の安息の地が見つかることを願う。そして権良淑さんをはじめとする遺族に心から哀悼の意を伝える。>

 朝鮮日報の前文に似ているが、芯がない。ふやけている。

<貧しく、弱く、学ぶ機会のなかった人々に盧武鉉は勇気を与える成功事例だった。彼は慶南の奥地で貧しい農夫の息子として生まれ、貧乏だったため、商業高校しか出られなかった。ところが彼は刻苦の努力で判事になった。彼は裁判所を離れ、平凡な弁護士を始めたが、後には時代の大部分を学生・労働者のための人権運動に力を尽くした。>

 気味が悪いくらいのべたほめだ。

  <そんな蓄積で野党国会議員となった。落選しても彼は地域感情と争うのだとして、わざわざ不利な所から出馬した。彼はそれなりに一貫性を追求し、権威主義を拒否し、庶民型言行を固守した。盧武鉉はそれで貴族型と分類された野党候補を破って大統領になった。大統領になっても彼は続いて形式的な権威主義を拒否した。話し方は荒かったが、彼は庶民を擁護し、社会がより良い方向に変わらなければならないと主唱した。彼の在任時代、政経の癒着が大きく減り、金銭選挙も多く改善された。盧武鉉改革は一定部分で残滓を残した。>

 なぜ、こんな変な評価をするのだろう? 盧武鉉時代、サムスンと青瓦台は良かったんだっけ? 中央日報はサムスンの新聞だから、この論調にはサムスンの意向が色濃く反映されているはずだ。

  <盧武鉉政府5年に対する評価は食い違う。権威主義打破を最大の業績に挙げるが、むしろ青臭い言行で大統領と国家の権威を多く毀損したという指摘もある。建国と国家のアイデンティティが試されたという批判もあった。破格的な言行は、ついに弾劾訴追にまでなった。国民が知らぬ間に在任中、家族、知人、側近の不正が進行され、退任後、検察の捜査を受けるまでに至った。>

 ようやく「悪」の部分が出てきた。それも「評価が食い違う」と断った上での書き方である。何に遠慮しているのだろうか?

 <功過を残して、栄辱を抱いたまま盧前大統領は去った。前職大統領の自殺という衝撃を踏み越えて韓国社会は冷静にすべきことをしながら進まなければならない。彼が逝去する前、支持者たちは盧前大統領が潔白で検察が無理やりに有罪を予断すると主張した。検察捜査に無理な部分がなかったのか点検が必要だ。それでも盧前大統領の死が事件全体に性急な影響を及ぼしてはいけない。検察は冷静に朴淵次捜査の残りの部分を仕上げなければならない。「生きている権力」とかかわる部分もバランスをとって扱わなければならない。>

 腰を引いた言い方ではあるが、こちらも朝鮮日報同様、検察に捜査続行を求めている。当たり前のことだが、この「当たり前」がなかなか言い出せない雰囲気があるのだろうか? 山本七平氏の「空気の研究」ではないが、韓国でも「空気」が法律以上に国民を縛っているのか?

  <誰も盧前大統領の死を政治的に利用しようと思ってはいけない。盧前大統領に対する捜査を前政権に対する弾圧で追いたてたり悲劇的な死を政争の道具にしようと思うことは歴史の健全な進行に反することだ。故前職大統領が望む国民和合とも食い違う。なおさら強硬労組と一部運動圏勢力の「6月闘争」を控えて国民の不安は小さくない。>

 6月闘争なんてものがあるのか。

  <盧前大統領の死で社会は厳正な教訓を見つけなければならない。大統領の統治がある程度冷酷な歴史の評価を受けるのか、大統領の家族、親戚、側近は権力と金の誘惑からどれだけ冷静でなければならないか、現政権は深く感じなければならない。国史で大統領たちは大部分美しくない後ろ姿を見せてきた。側近に殺害されたり、在職中に不正で法の審判を受けたりした。家族たちの腐敗により頭を下げて、謝罪を繰り返した。>

 これは歴史。

  <前大統領を審判した大統領が、再びその二の舞を演じている。再びこんな悲劇を繰り返してはいけない。もう一度盧前大統領の冥福を祈って、遺族が勇気を出して彼の情熱と維持を奉じていけることを祈る。>

 よく分からない文章だ。何を言っているのやら。

 日韓の主要紙の社説を読むと、盧武鉉評価の難しさが際立っていることが分かる。

 つまり、盧武鉉評価は党派性に非常に連動する、ということではないか、と思う。金正日総書記の「主体思想」に少しでも近い人々は盧武鉉氏をプラス評価をしようとバイアスがかかる。日本人でも、主体思想にいかれてしまうと、日本人であることを忘れてしまうのではないか。

 「日本を敗戦させるように策動せよ」というコミンテルンの指令を受けて、そのまま動いた共産主義者と、その心は同じだ。イデオロギーの怖さを感じる。

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2009年5月23日 (土)

毎日新聞が言うように盧武鉉死去で南北関係や韓国政局は激動するのか?~5月23日各紙夕刊と産経新聞ネット版から

 韓国の盧武鉉前大統領が23日朝、自宅裏山で崖から飛び降りて自殺した。パソコンに家族宛の遺書が残され、運命だから誰も怨むな、と書いてあった、という。5月23日各紙夕刊は日経新聞を除いて1面トップで扱った。お隣の国の前職大統領が不正資金を溜め込んでいた疑惑追及に耐え切れずに自殺した、という特異な事件だから1面トップは妥当な扱いなのだろう。

 ただ、違和感を持ったのは毎日新聞と東京新聞の受け記事だった。

 毎日新聞は6面総合面トップにソウル支局の大澤文護特派員の<韓国政局緊迫へ>という大トッパンをかぶせた記事を掲載した。その下にある見出しは<盧武鉉前大統領自殺/資金疑惑捜査頓挫/支持勢力「検察聴取は圧力」>である。

 記事を見てみよう。

 <韓国の盧武鉉前大統領(62)が23日、死亡したことで、前大統領とその家族らをめぐる不正資金疑惑の捜査は頓挫することになった。前大統領を支持してきた韓国内の進歩勢力が、政府に対する抗議や批判を激化させることは確実で、韓国政局は一気に緊張状態に入るとみられる。>

 という前文だ。おかしいぞ、と思う。まあ、続きを読んでみよう。

 <韓国検察当局は4月30日、前大統領をソウルの最高検察庁まで呼び出し、収賄容疑で事情聴取した。検察は、前大統領の在任中、有力後援者から、夫人や親族に計600万㌦(約5億7000万円)などの金品が渡った事実を把握し、前大統領が在任中に、この事実を知っていたかどうかを中心に深夜まで聴取を続けた。しかし、前大統領は「辞任後、(家族による)金品受け取りの事実を知った」と主張し、容疑を強く否定。>

 ここまでは今までに出ていた経緯だ。

 <これに対し、前大統領を支持する勢力は、事情聴取当日も最高検前でデモや抗議活動を継続。今月に入ると、ソウル市内でたびたび集会やデモの開催を企図し、警察と激しくぶつかる事態が発生。さらに、労働組合による大規模集会が韓国中部・大田市などでも起きたことから、韓国政府は、デモの事前届け出制の強化や、催涙弾の使用許可を検討するなど、対立姿勢を強めていた。>

 こういうカネ、権力に群がる輩が騒ぐのがたまらなかったのか? 盧武鉉氏は。

 <こうした状況の中で、前大統領が死亡したことで、野党側は政府や捜査当局による「圧力」が死亡原因となった可能性を激しく追及するのは間違いない。これに対し李明博政権は、国民への冷静な対応を呼びかけると同時に、野党の反政府行動に対する警戒心を高めるとみられる。>

 この記事の一番の欠陥は「間違いない」と断定しているものの、その根拠を何も示していないことだ。盧武鉉氏の経歴がこの記事にくっついていた。また改めて読んでみよう。この略歴が今回の事件の見方に影響するからだ。

 <盧武鉉氏の経歴 1946年8月6日、韓国慶尚南道金海市生まれ。釜山商高卒業後、独学で司法試験に合格し「人権派弁護士」として民主化闘争事件の弁護活動に従事した。88年に国会議員に初当選。海洋水産相などを歴任した後、2002年12月の大統領選で当選し第16代大統領に就任。2008年まで務めた。1980年代の学生運動出身で「反米・反日・親北朝鮮」の傾向が強いスタッフを政府機関に多数配置。金権選挙の改善、外交文書公開などの成果の一方、格差拡大、不動産価格の上昇を招いた。退任後は故郷で自然農法の研究に取り組み、政治の表舞台から姿を消していた。>

 何か好意的な書き方だが、上手の手からも水が漏れる。つまり、貧乏人だった盧武鉉氏は青瓦台(韓国大統領府)に入ってから財産を形成しているわけだ。政治家になってからもうける輩は日本では最低の政治家と言われる。自分のために使わず、政権交代のために資金を集めただけで東京地検から公設秘書を逮捕された野党党首がいるくらいだ。韓国人が特にカネに寛大だ、という話は寡聞にして聞いたことはない。

 それに盧武鉉氏は今までの与党政治家の「汚さ」を批判して大統領まで上りつめた人物だ。ミイラ取りがミイラになって、無様な姿を国民の前に晒したことを恥じて自殺したのだろう。いくら支持者だってそのくらいは分かると思う。この問題で騒いで李明博政権批判をして、国民は「そうだ!」と言うだろうか? 韓国人は日本j人とは違うのだ、という筆者の声が聞こえそうだが、昔の韓国ならいざ知らず、今はほとんど日本人と変わらないメンタリティの国民が増えている。

 この問題で李明博政権を引き摺り下ろすようなことがあったら、韓国民を軽蔑するだけだ。李明博大統領のおかげで日本や米国とも仲直りできて、国際社会も韓国を認めるようになっているのだ。少し勘違いしすぎだろう。

 しかし、どうも大澤特派員はこの路線を貫くらしい。同じ面には4段見出しで<半島情勢にも影響/北朝鮮硬化も>という記事が出ていた。

 南北関係への影響だ。他紙がそこまで書いていない中、まるで独演会だ。

 <在任中、親北朝鮮政策をとった盧武鉉前大統領の23日の死亡によって、北朝鮮が李明博現政権を激しく非難し、南北接触に応じないばかりか、南北交流事業にも深刻な影響を与えることは避けられない情勢だ。>

 という書き出しで、

 <李政権は、北朝鮮との対話や交流を優先・重視してきた金大中、盧武鉉の両政権に比べ、北朝鮮の核・ミサイル開発放棄を求める原則的な立場をとると宣言。これに反発する北朝鮮は李政権との対話をしない方針を示してきた。さらに15日、北朝鮮側は、開城工業団地の契約無効を宣言。労働者の賃金値上げと、土地代支払いの猶予期間繰り上げを要求した。韓国政府は18日に「南北接触」を図ったが、北朝鮮側からの反応はなく、北朝鮮側が唯一の南北交流の機会となっている開城工業団地の事業を完全に放棄する可能性も指摘されてきた。>

 何か、盧武鉉氏の自殺で北朝鮮は自国民を殺されたような反応をするように見える。

 <こうした情勢の中で、不正資金疑惑を追及中の盧前大統領が死亡したことに対し、北朝鮮側は「李政権の政治的圧迫が原因」などと主張してくる可能性は極めて高い。さらに、6カ国協議への参加を一層、激しく拒否し、米朝接触の早期実現を求めてくるとみられる。また、22日には北朝鮮の北東部で新たなミサイル発射実験の兆候が確認されている。現状では、地対地短距離ミサイルとの見方が強いが、韓国の政治的混乱を増大させるため、中・長距離ミサイルの実験に切り替えるなど、軍事的圧迫を強める危険性もある。>

 6カ国協議は盧武鉉氏が自殺しようがしまいが駄目になっているのではないか。何か無理矢理結び付けているが、誰か盧武鉉シンパだけに取材して書いているとしか思えない。バランス感覚のない記事だ。

 これだけではないのだ。大澤氏の記事は。今度は明日の朝刊に載るのかどうか分からないが、23日夜にネットにアップしてあった大澤氏の記事である。見出しは<盧氏自殺/検察の責任論浮上/李政権波及も>らしい。

 <盧武鉉前大統領の死亡について検察当局の責任論が浮上し、当局が対応を誤れば李明博政権に対する国民的な非難にもつながるとの見方が出ている。23日、最高検察庁は緊急幹部会議を招集し今後の対応策を協議した。会議参加者によると、複数の検察幹部から「(盧氏に対する)捜査は、大統領経験者に対する最大限の配慮をもって実施されたが、想像もできない事態が起きた」との意見が相次いだという。>

 何かおかしい。「見方が出ている」とか、この記者の記事には具体性がなく、決め付けばかりだからだ。

 <先月30日の事情聴取では、質問書を送って事前の回答を求め、聴取時間の短縮を目指した。さらに盧氏の自宅まで専用バスを派遣し、最高検庁舎の特別室を用意した。韓国では国家指導者に対する「礼遇」が重視され、大統領経験者も社会的に特別待遇を受けることが慣例になっている。だが関係者によると、実際の捜査は難航を極めた。盧氏は有力支持者から、権良淑夫人や長男に渡った計600万㌦について「在職中はまったく知らなかった」との主張を崩さなかった。さらに、大統領が極めて幅広い職務権限を持っていることから、「資金のワイロ性も包括的に認められる」という検察側の主張に対し、「法律の解釈を誤っている」と強く反発。法廷で最後まで争う態度を示した。検察側が、資金を提供した有力支援者を同席させての事情聴取実施を求めても、「長時間にわたる」との理由で拒否した。>

 これは繰り返しだ。経緯の説明に過ぎない。

 <こうしたやり取りについて、盧氏を支持する勢力は「検察は政治的捜査を進めている」と反発し、事情聴取から自宅に戻った盧氏を熱烈に歓迎していた。その後、李政権は盧氏支持勢力などを中心とした「ろうそく集会1周年」を記念するソウルでの集会や、中部・大田市での労働組合の集会を強力に規制した。また、無届け集会規制の強化策も打ち出した。23日、盧氏の遺体を自宅で迎えた支持者らは、こうした政府側の強硬策を批判。さらに、李政権寄りとされる、保守系メディアによる自宅への接近を拒否するなど、対決姿勢を強め、政治的緊張感は高まっている。>

 「支持する勢力」とか何とか、なぜ匿名を貫くのか? 本当に取材しているのか?

 こんな思い込みだけの記事を読まされる読者はたまらないだろう。

 日本では東京地検特捜部の無理筋の捜査であっても小沢一郎氏の説明責任を追及して、総選挙前だというのに、結局は代表職から引き摺り下ろしたのに、韓国では自殺させた検察が悪い、というのか? 誰か韓国人がそういっているのならば理解するが、匿名ばかりでは、本当にそう言っている人がいるのかどうかも分からない。

 この論理で言えば、小沢一郎氏が自殺していれば検察の横暴と麻生政権の失政を追及する世論になる、といことだ。そうはならないだろう。自殺するというのは「負けた」ということ。韓国人はなかなか自殺しない。キリスト教が多いこともあるが日本人に比べると政治犯の自殺は少ないと思う。恥ずかしくて世間に顔を見せられなかったに決まっているじゃないか。「清潔」だけが売りだった大統領が汚れていたのだから。

 どれだけ「盧武鉉好き」の特派員か知らないが、やはりもう少し冷静な分析記事が出ていないと、毎日新聞の読者だけは韓国で政変が起きるかもしれない、と勘違いするだろう。頭を冷やしてほしい。

◆産経新聞・黒田特派員の記事はさすが、と思った

 夜になってネットを見ていたら、産経新聞のホームページで黒田特派員の記事を見つけた。こっちは「うーん」とうなるような立派な文章だった。タイトルは<盧前大統領 落ちた偶像…屈辱の日々>だ。コピペする。

 <【ソウル=黒田勝弘】自殺した盧武鉉・前韓国大統領の最後は“屈辱の日々”だったに違いない。盧氏が自殺に追い込まれる原因になった検察捜査によるファミリーの金銭疑惑は、彼が大統領在任中を含めこれまでカッコよく主張してきた「清潔」や「正直」「庶民風」などとはまったく逆の事態だったからだ。
 彼は2002年の大統領選でダークホースながら意外な当選を果たした。その背景には左派・革新系の市民勢力のほか、既成の政治家に飽きた新しいネット世代など無党派の若い人びとの支持があった。「新しい指導者像」への期待から、初の戦後(解放後)生まれとして盧武鉉大統領は誕生した。
 ところが“盧武鉉疑惑”の中身はそれらのイメージと期待をまったく裏切るものだった。国民はその偽善に驚き、大きく失望した
 検察が「包括的ワイロ」としている業者からの外貨600万㌦(約5億6900万円)は象徴的だ。この外貨の一部は米国在住の息子や娘に送られ、豪華マンション購入などに使われたとの疑いが出ている。
 在任中、「アメリカが何だ!」といわんばかりに反米的な言動で話題になった盧氏が、自分の子供はちゃっかり米国に留学させ、しかも米国で豪邸まで買ってやっていたというのだ。
 さらに盧氏は高卒の人権派弁護士出身という”たたき上げ”(?)らしく、一流大学卒や高級官僚、財閥経営者、富裕層などを「既得権層」として終始、非難するなど「庶民の味方」になっていた
 ところが夫妻ともども業者から1個1億ウォン(約800万円)もするスイス製の超豪華腕時計をプレゼントされていたという。これでは「落ちた偶像」以外の何モノでもない。
 疑惑について本人は「在任中は知らなかった」といい、夫人や子供のこととして逃れようとしていたふしがある。しかし結局、「逃れようもない偽善」に耐えられず自殺を選んだとみられる。
 政治家・盧氏は1980年代末、全斗煥元大統領への疑惑追及国会で脚光を浴びた。聴聞会のスターといわれ、国会で全氏に木製の名札を投げつけるなど激しい追及ぶりで有名になった。
 大統領になってからも保守派やエリートなど他者批判が大好きで、俗語をまじえた冗舌で知られた。領土問題や靖国問題など反日外交も目立った庶民風ざっくばらんさを装いながら、非エリート出身として自己顕示の強い「突っ張り人生」を歩いてきた感じだが、最後に突っ張り切れなかったようだ。>
 これを読めば、盧武鉉前大統領が何者だったか、過不足なく分かろうというものだ。こういう位置づけをさぼって、政局だ、南北だと騒いでもピンとこない。

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2009年5月21日 (木)

ジョン・ルース新駐日米大使とは?~日経新聞5月21日朝刊、28日夕刊、読売新聞29日朝刊から

 オバマ米政権の新駐日大使人事がようやく固まったようだ。今まで「ナイ元国防次官補(ハーバード大学教授)に決まり」という報道がなされていたのだが、別人で、日本人にはほとんど知られていない弁護士のジョン・ルース氏が大使予定者だ、という。54歳。一体どうなっているの? と普通の人ならば感じていたはずだ。日経新聞がその疑問に答えようと、5月21日朝刊2、3面にルース氏の特集を掲載していた。なるほど、と思える説明だったうえに、なぜ各紙がナイ氏にほぼ決まり、と報道したかも分かった。ワシントンでの日本人特派員の取材なんてこんなレベルだったんだ、という内幕が明らかになった点でも大きな意味を持つと思う。これは日本各社を誹謗中傷する意味ではなく、今の日本の情報収集能力の問題点だ、として考えたほうがいいと思う。日本とアメリカのパイプはやはり、相当にやせ細っているのだ、ということを実証した出来事でもあるのだから。

 日経新聞5月21日朝刊3面<米駐日大使にルース氏/オバマ氏側近が主導/国務省の構想と溝>は関連記事<「最も小切手を集めた一人」/オバマ氏を選挙で支援/企業金融の専門家>をつけて、ルース氏選任に至る経緯と、ルース氏の人柄が浮かび上がる記事だった。ワシントン支局の大石格特派員が本記を書き、関連記事は国際部の森安健記者が書いていた。

 まずは大石特派員の記事を読んでみよう。

 オバマ米政権の次期駐日大使人事が終盤までもつれ、日本になじみの薄い弁護士ジョン・ルース氏(54)の起用が内定した、という書き出しだ。

 <イラクや中国などを含め同政権の大使人事を振り返ると、ホワイトハウスに陣取るオバマ大統領側近グループとクリントン国務長官が率いる国務省の微妙な確執が見え隠れする。>

 という前文は興味深い。決して一枚岩ではない、ということなのだ。いつでもそうなのだが、今回の人事は最後まで縺れた印象があるだけに、「確執」と言われると、そういう気がしてくるのだ。

 大石氏の記事は実証的だ。

▽オバマ大統領が昨年11月に当選が決まると、共和党員だったが外交が不慣れなオバマ氏の外交指南役をしてきた、政界引退直後のヘーゲル前上院議員に「北京、東京、ロンドンに興味がありますか」という言い回しで大使にならないか、と婉曲に誘ったら、ヘーゲル氏は「役職に就くつもりはない」と断った。

▽東京の米大使館からはホワイトハウスや国務省に「日本政府はマンスフィールド氏やモンデール氏のような知名度のある大物の起用に期待している」という報告が来ていたが、オバマ旋風に乗って民主党は上院選も圧勝し、思わぬ落選で行き先を探す大物議員はいなかった。

▽政権移行チームは現役議員の鞍替え希望がないかどうかも調べた。日系のイノウエ上申議員らが有力候補だったが、枢要ポストの歳出委員長が回ってくる順番に当たっていたイノウエ氏は日本行きに全く関心を示さなかった。

▽政界の大物探しに行き詰まった国務省のアジア政策担当者が思いついたのが、相談相手だった国際政治学者であるナイ・ハーバード大学教授の起用だった。今年1月に入り、クリントン国務長官周辺がナイ氏に「アジアの大使」を提示。オバマ氏周辺への根回しを始めた。

▽この動きを察知した周辺から「ナイ氏有力」との観測が一気に広まった。

▽オバマ大統領のもとにはほかにも多くの推薦状が届いており、国務省は2月末に形勢不利を感じ始める。駐イラク大使人事で国務省が有力と見ていた候補が外され、バイデン副大統領ら民主党幹部に評判が良かったヒル国務次官補が起用されたからだった。

▽2月末頃、オバマ大統領側近のアクセルロッド上級顧問やエマニュエル首席補佐官らは上院での勢力拡大を目指し、共和党議員の切り崩しに必死だった。閣僚や太子の椅子は議席明け渡しへの貴重な誘い水。クリントン国務長官主導の人事構想との溝が広がった。

▽5月16日に発表された駐中国大使人事もホワイトハウスと国務省はギリギリまで対立した。指名されたハンツマン・ユタ州知事は共和党員で、2012年の大統領選挙でオバマ大統領のライバルになる可能性があった。それを大統領の直属組織である国家安全保障会議(NSC)のベーダー上級アジア部長が口説き落とした。

▽オバマ氏側近も知日派のナイ氏に比べ見劣りしない駐日大使候補の選定には腐心した。閣僚や議員の経験者を探しあぐねた結果、急浮上したのが有力支持者の起用だった。大義名分がほしい側近たちは「ナイ氏は大統領に一度しか会ったことがない」と言い立てた。

▽側近たちの調整で残った候補者は2人。ルース氏とオバマ氏が黒人弁護士仲間として親交を結んできたアンドリューズ元国務省顧問だった。2人とも大手企業の顧問弁護士の経験がある。オバマ氏は資金集めを通じ大統領選の勝利に大きく貢献し、よりビジネスの実務に通じたルース氏に白羽の矢を立てた。

 以下は国際部の森安健記者の記事からの抜粋だ。

▽上院議員になったばかりのオバマ氏は2005年初頭、「バラク・オバマと会ってみませんか」という形で民主党の有力支持者に接触を始めた。サンフランシスコで開かれた顔合わせには前年の大統領選挙で敗れたケリー候補の大口献金者20人が集まり、ジョン・ルース氏もその一人だった。

▽2年後の2007年、大統領選挙出馬を決めたオバマ氏を応援するため、ルース氏は自宅にシリコンバレーの実業家ら100人を招き、一晩で30万㌦(約3000万円)集めた。カリフォルニア州北部の資金調達責任者となり、米紙は「オバマ氏のために最も小切手を集めた一人」と評した。カリフォルニア州は全米で最多の資金を集めたという。

▽ルース氏は「強力な政治的ブランド力を持つヒラリー・クリントンと比べて、オバマ氏はまるでシリコンバレーの新興企業のような存在だった」と回顧している。

▽弁護士のルース氏がシリコンバレーを選んだのは1985年で「若い起業家とともに働き、助言したい」という思いから。当時は小規模だった法律事務所ウィルソン・ソンシニ・グッドリッチ&ロサティ(WSGR)入りした。

▽ルース氏はIT(情報技術)、電機、バイオ分野に強い企業金融の専門家として頭角を現した。グーグルやアップルなど大手企業だけでなく、ユーチューブなどベンチャー企業も顧客として開拓した。WSGRは有力事務所に成長し、2005年には最高経営責任者(CEO)についた。50社以上の日本企業とも契約している。

 以上が日経新聞の記事の大要である。ほぼ全文を書き写してしまった。

 日経新聞は2面<歴代の大使、日米関係映す/知日派学者→外交官→政界重鎮→友人>という分かりやすい見出しを付け、歴代の11人(ルース氏を含まず)の一覧表を掲載していた。

 政界の重鎮エドウィン・ライシャワーから外交官出身で国務次官代理を務めたアレクシス・ジョンソンへ。同じ外交官出身でイラン大使を務めたアーミン・マイヤー。その後、1972年2月にはシカゴ商工会議所理事だった経済人のロバート・インガソル。経済界出身で労働長官を務めたジェームズ・ホジソンを経て、1977年4月からは民主党上院院内総務のマイケル・マンスフィールドが就任する。1989年4月には外交官出身の国務次官経験者、マイケル・アマコストが。1993年8月からは副大統領経験者という政界の重鎮、ウォルター・モンデールが。1997年11月からは下院議長経験者のトーマス・フォーリー。2001年5月からは共和党上院院内総務のハワード・ベーカーが。そして、2005年からはブッシュ大統領と共同で球団経営をしている大統領の友人、トーマス・シーファーが大使を務めている。

 米国の大志人事といえばすぐに思い出すのがジョン・F・ケネディの父、ジョセフ・ケネディが1937年12月に駐英大使に任命されたことだ。

 ロバート・ダレク「JFK 未完の人生」(松柏社、2009年6月1日初版発行、鈴木淑美訳、3990円)という分厚いケネディ伝によれば、駐英大使はアメリカの外交で最も威信あるポストだそうだ。独立独歩で成功したアイルランド系アメリカ人を選ぶことでルーズヴェルト大統領は英国の保守的政府にも、また英国政府のナチス・ドイツに対する宥和政策にも縛られない、という立場を示したものだ、とダレク氏はルーズヴェルトの心中を忖度しているが、ジョセフ・ケネディにしてみればアイルランド出身ということで英国は敷居が高かったのに、これで一気に上流層の仲間入りが出来る。

 大統領が大使ではなく商務長官につかせようとすると、ジョー(ジョセフ・ケネディ)はルーズヴェルト大統領の息子ジェイムズに「私が行きたいのはロンドン。ほかにはどこへも行くつもりはありません」と言い切った、と書いてある。ところが、ジョセフ・ケネディはネヴィル・チェンバレン首相の対独宥和策に賛成し、ドイツは戦争をしない、という電報を送り続け、いざ第2次世界大戦となって意気消沈するのだが。

 アメリカ人にとって、大使人事というのは昔から、生臭いものなのだ。日本のように外務事務次官から駐米大使になる、他国の大使にも基本的に外務省職員がなる、という国とは違うのだ、という基本をおさえておかないと判断が間違えると思う。

 そして、今、日本にとって果たしてナン・ハーバード大学教授がベターなのか、ルース氏の方がベターなのかはまだよく分からない。しかし、大統領側近たちが言うように、ルース氏は直でオバマ大統領と繋がっていることは確かだろう。そのメリットを日本がどれだけ行かせるかどうか、だ。

 ただ、気になるのはルース氏の経歴だ。シリコンバレーのヴェンチャーには中国系と韓国系が多い。ルース氏の友人関係をよほど注意しないと、変なところで中国系のアメリカ人や韓国系のアメリカ人の助言が重要な場面で出てくる可能性があると思うのだ。その辺は外務省がしっかりと調べているのだろうが、何しろ日本全体の調査能力が落ちているという感じを受けるので、あえて注意しておきたい。

(追記 5月28日)

 日経新聞5月28日夕刊にワシントン支局の大石格特派員が<米駐日大使/ルース氏を指名/加州の弁護士、夏にも赴任>の見出しで記事が載っていた。米政府の正式発表である。

 <就任には上院の承認が必要なため、日本への赴任は2、3ヵ月後になる見込み。戦後15代目の大使となる。>

 という見通しのようだ。ルース氏は「非常に名誉だ」と言いながら、現時点ではコメントはしない、ということらしい。短い記事なので、その後の部分も書いておこう。

 <ホワイトハウスは同日、文書や英仏や日本など12カ国の次期大使指名を一斉に明らかにし、上院へ指名を通知した。文書でオバマ大統領は「これらの優れた人々が米国を代表し、海外とのパートナーシップを強化する一助となることに同意したことをうれしく思う。21世紀の課題に合致する米外交を進めてくれると確信する」と強調した。しかし、個別の国への言及はなかった。>

 である。文書ということは、ホワイトハウスの報道官かスピーチライターに書かせた文章だろう。ここからは何も読み取れない。

 しかし、他国大使の顔触れを見ると、オバマ大統領の考えが透けて見えてくる。同じ多い識者が書いている2面<米駐日大使にルース氏/経済外交重視 映す>である。この見出しだけだとオバマ大統領が「日本は経済だ」と思っている、と誤解されかねないが、そうではないのだ。記事の途中から見てみよう。

 <同じ27日に発表された他の次期大使人事を見ると、駐英大使にシティグループのサスマン前副会長、駐独大使にゴールドマン・サックスのマーフィー元専務といった経済界の大物が並ぶ。いずれも選挙戦の大口献金者で、オバマ氏の信頼が厚いアクセルロッド上級顧問らホワイトハウスの中枢が強く推していた面々だ。>

 ここまで読み進むと、納得できる。オバマ氏にとって大使人事は選挙戦の論功行賞の道具だったのだ。そして、カネ絡みの強い関係を基礎に、いいポストを与え、オバマ氏の言うことをきかせる、という構図だ。外交専門家でない人物が西側主要国大使を占めるわけだ。

 <オバマ氏は中東、アフガニスタン、北朝鮮など重視する地域には特使や特別代表などを任命し、ホワイトハウス直轄で対応する体制を敷いた。裏返せば、英仏日などは特に問題がなく、外交経験に乏しい経済人向きのポストともいえる。>

 大石氏は相当にオバマ氏に理解を示している。

 <前任のシーファー氏はブッシュ前大統領との長年のビジネス仲間。一方、ルース氏はオバマ大統領と親しいものの、初めて会ったのは2005年。大統領選挙を通じて急速に関係を深めたようだ。>

 オバマ人脈といっても、付け焼刃だ、と。

 <昨年のルース氏の献金歴を見ると、クリントン国務長官にも限度額一杯を供与している。予備選撤退後も選挙でつくった借金に苦慮していたクリントン陣営への援助をオバマ氏が呼びかけた際に出しており、単なるオバマ・ファンではなく、選挙戦での民主党の団結を睨んだ戦略的な役割を担っていたことがうかがえる。>

 なるほど、という感じがある。政商だろう。岩崎弥太郎とか、そういうイメージではないか、と想像する。

 大石特派員の別稿<駐日大使人事/米発表は文書のみ/駐中国大使とは対応に差>は今のオバマ政権の性格を如実に表わしていて面白かった。

 <次期駐日大使の指名は27日夜になってホワイトハウスの記者会に文書で連絡があった。「オバマ大統領は以下の主要ポストへの指名を発表した」で始まり、英国、フランスなど12人の大使候補の名前を羅列してあった。>

 <次期中国大使の指名時はホワイトハウスでオバマ氏自らがお披露目した。この日はホワイトハウスを留守にしていたこともあり、事務的な発表となった。日本政府関係者は「駐英大使も同時発表で、日本だけが違う扱いをされたわけではない」と話すが、中国との「格差」は日米関係に微妙な波紋を広げる可能性もある。>

 である。まあ、大石特派員の愛国心あふれる目からは中国との差別と遷ったのだろうし、実際そう見える。ただ、英国大使もいつもそういう扱いだとしたら、身内だから形式ばらずにやった、とも受け取れるのだが。微妙だ。

 日経新聞は識者の談話をつけていた。中山俊宏・津田塾大学教授は日本との関係の薄さは気になるが、日本にプラスかどうかは性急には判断できない、としながら、次のように言っている。

 <日米関係は安全保障の議論を深める新たな段階にある。米政府が期待するアフガニスタン問題への貢献を日本からどう引き出すか、北朝鮮問題で、日本政府の意向を円滑に米政府に伝えられるかどうかも注目される。>

 そうなのだ。北朝鮮もあり、アフガンがある時に、経済界で大丈夫か、それもオバマと4年しか付き合っていなくて大丈夫か、というのが大部分の日本人の感想だろう。

(追記5月29日)

 読売新聞も5月29日朝刊国際面<米が12大使発表/「オバマ側近人事」色濃く/知人・献金者/外交手腕懸念の声も>でオバマ大統領の大使人事を分析していたが、その記事につけた顔写真入りの一覧表が優れものだ。[大使に指名された12人]の分析だ。

▽日本 ジョン・ルース 弁護士。大統領知人。選挙で貢献。経済に詳しい。

▽フランス チャールズ・リプキン 国土安全保障省諮問評議会委員。選挙で資金提供。経済に詳しい。

▽インド ティム・ローマー 政策研究機関所長。元下院議員で早くからオバマ支持を表明。インディアナ州で大統領選挙勝利に貢献。

▽ブラジル トーマス・ジャノン 西半球担当の国務次官補。職業外交官。

▽英国 ルイス・サスマン シティーグループ元副会長。民主党に資金調達。弁護士で大統領の知人。経済に詳しい。

▽アフリカ連合 マイケル・バトル アトランタ神学センターの学長。選挙で貢献。

▽アルゼンチン ビルマ・マルティネス 企業関係訴訟専門の弁護士。

▽デンマーク ローリー・フルトン ワシントンの辣腕弁護士。選挙で貢献。

▽バチカン ミゲル・ディアス 大学の神学教授。選挙中に補佐官を務めて貢献。

▽アイスランド ロバート・コナン 欧州連合米政府代表部の幹部。外交官経験者で選挙に貢献。

▽コソボ クリストファー・デル 駐アフガニスタン大使館公使。

▽スリランカ パトリシア・ビュテニス 駐イラク大使館公使。

 記事はワシントン支局の本間圭一特派員の署名。

 <弁護士や企業経営者など交渉に長けた実務家が並ぶ「オバマ外交チーム」からは、大統領主導で機動的な外交を展開しようという思惑が透けて見える。>

 という見方だった。12人中少なくとも4人はすでに大統領と緊密な関係だという。既に就任しているスーザン・ライス国連大使も大統領の友人で選挙で外交顧問を務めた。北朝鮮の核実験への対応ではクリントン国務長官を通さず大統領と直接やり取りし、指示を受けているという。

 <外交のプロ集団である国務省に配慮はしている。12人のうちブラジル、コソボなどに赴任する4人は国務省幹部だった。ブッシュ前政権で北朝鮮政策を担ったクリストファー・ヒル前国務次官補が駐イラク大使に転じたのは、国務省出身のリチャード・ホルブルック米特別代表(アフガン・パキスタン担当)が推したからとされる。大統領は元ライバルのクリントン国務長官との政権内での政治力学を考慮し、バランスを取った形だ。>

 という結びだった。何か、もうひとつよく分からないが。

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2009年5月20日 (水)

日本ではエボラ出血熱などのウイルス検査が出来ない!!:罷り通っている住民エゴ~「あらたにす」5月20日から

 朝日新聞、日経新聞と読売新聞の共同サイト[あらたにす]の<新聞案内人>に5月20日、(独)製品評価技術基盤機構理事長で東大名誉教授の安井至氏による<次なる感染症到来に備えは十分か>という論文が出ていた。これも新型インフルエンザ関連の記事では参考になる記事だったので、コピペしておこう。安井氏は物事の理非善悪をよく分かっている人のようで、特に文章の最後にある強毒性ウイルスの研究施設が周辺住民の反対で稼動していないため、エボラ出血熱などのウイルス研究が進んでいない、などという指摘は考えさせるものだった。

 強毒性インフルエンザやエイズ、エボラなどについては、事前にどれだけ研究できるか、が最大の勝負だ。それなのに、周辺住民のエゴに負けている、というのだ。複雑な事情があるのだろうとは思うが、こういう事態である。国は強権発動して研究を開始できないのだろうか?

 安井氏の論文を読んでみる。

 <とうとう日本は新型インフルエンザの大々的な感染国になってしまった。大型連休の前ぐらいから、新型インフルエンザの世界的な感染拡大が連日大きなニュースになっていた。患者数の増加速度が依然として大きいが、弱毒性ということもあって、世界的なパニックになっていないのは救いだろうか。>

 <今回のブタ起源のインフルエンザの流行に対して、どのような戦略で臨むのか、国によって大きな違いが見られた。最初の大量発症が起きたメキシコは、あまり戦略性がなかったように思われる上、感染者数、死亡者数のデータにも納得できない部分があるので除外するが、一般的に言って、欧米系の国では、日本で言う水際戦略を取る傾向が低かった。>

◆日・韓・中で採用「水際作戦」の結果は……

 <一方、アジアでは、日本だけでなく、韓国、中国も同様の水際戦略を採用した。>

 <この違いはどこにあるのだろうか。海が一応の国境になっているイギリスなどを除けば、欧州には国境はないに等しい。米国とカナダの間にも国境はないに等しい。一方、日本と韓国は、かなり厳密に定義できる国境がある。このような国の置かれた状況が、対応に違いを生んだのだろうか。>

 なるほど、韓国は分かるとしても、中国も日本と同じ対応を取っていた、というのが面白い。中国は結局、日本の真似をしているのではないか?

 <今回のような弱毒性のインフルエンザが、世界規模で感染が広まることが最初に起きることは想定外だったのだが、それを強毒性のインフルエンザの流行に対応するための良い学習の機会だと考えるべきだったのではないだろうか。>

 <そう考えれば、日本あるいは韓国のような水際作戦を行うことが、どれほど有効なのか、その労力はどのぐらいのものなのか、いわばその実証実験を行うことはかなり意味があったのではないかと思う。しかし、水際作戦はやはり難しいという結果を導いてしまったのは残念だった。>

 本当にそう思う。これだけグローバル化した世界では「鎖国」作戦が通用しない、ということをウイルスの世界で実証したようなものだからだ。潜伏期間が1週間ある、というのが盲点だった。日本に入ったときにはまだ何の症状も見せなかったのに、自宅で発熱して、という人がいたから大阪、神戸の大流行が起きた。例の飛行機に載っていた乗客とは別のルートでウイルス保有者が簡単に入国していた、ということだ。

 <国際機関であるWHO(世界保健機関)は水際作戦に対してあまり高い評価をしていない。それは、弱毒性という今回の新型インフルエンザの特性を十分に考慮すれば、それほど神経質になることはない、という立場だと思われる。たしかに、国境を閉鎖するといった対応にでる国があってはならないので、国際機関としての立場も理解できない訳ではない。>

 つまり、国際機関からすれば、弱小国で感染が出た場合、その国に入らず、その国からの人も入れず、となったら、その弱小国に壊滅的な被害が出ることを恐れているのだろう。国際機関とすれば当然の判断だが、日本人とすればまた別の判断がありえる、ということを言っているのだろう。

◆強毒性インフルやエボラ出血熱が来たら

 <いずれにしても、次に起こり得る強毒性のインフルエンザや、それ以外のエボラ出血熱のように致死率が非常に高い新興感染症を想定して、近未来戦略を早急に練り直しておく必要があるだろう。>

 その通りだ。

 <日本国内の体制を考えると、いくつか改善すべき点があるように思える。一つは、米国におけるCDC(Center for Disease Control=米疾病対策センター)のような強力な実務機関がないことである。国立感染症研究所は、その役割の第一項目に、「感染症に関わる基礎・応用研究」を掲げており、研究所的な色彩が強い。しかし、今回の新型インフルエンザでは、実務的な対応を担当していることもあって、職員は現時点で疲労困憊状態のようである。>

 毎日のように岡部さんがテレビや新聞に出ている。岡部さんだけでなく、実務部隊もフル回転しているのだろう。水際作戦をやるだけの人数がいなくなった、という政府の判断は正しい、とは思う。

 <実は、筆者が所属する製品評価技術基盤機構も、無害化され送られてくるウイルスの遺伝子解析の任務を分担している。強毒性への変異、あるいは、タミフル耐性ウイルスの発生などが起きることが怖いので、ウイルスの遺伝子レベルでの状況の把握が必要であり、特に、時間的にどのように変異するか、しっかりと見張る必要がある。>

 私たちが知らないところで、こういう地味な仕事がなされている。独立行政法人は税金泥棒だ、などと一概に言ってはならない、ということだろう。

 <もう一つの懸念事項は、これも体制に関わることであるが、もしもエボラ出血熱のような致死性が非常に高い感染症患者が出た場合、現在の日本は、そのウイルス検査を行う施設を持っていない国だということである。>

 ここは非常に大切なところだ、と思う。ウイルス検査ができなければ、アメリカなどへウイルスを運んで検査してもらうしかない。

 <国立感染症研究所の村山分室(東京都武蔵村山市)には、エボラウイルスなどを扱うことが可能なレベル、いわゆるBSL4(Biosafty Level 4)の施設がある。しかし、地域の反対によって現在BSL4施設としての運用を行えないでいる。このような検査施設に、病人が運び込まれる訳ではない。検体としての少量のウイルスが運び込まれるだけである。そして、遺伝子解析が可能になる。遺伝子解析とは何か、なぜそれが必要不可欠なのか。もしも解析が不可能に終わると、どのようなリスクがあるのか。このようなことについて、十分なリスクコミュニケーションが行われることが必須である。>

 まったく、住民運動の弊害だ。神奈川県で米軍基地に住宅を造ろうとしたら、周辺住民が反対したという話と共通点がある。迷惑施設を自分の家の近くに作ってはいやだ、というエゴ丸出しだ。そういう施設があるから、土地も安く手に入れたのではないか? 政府は国民の安全のために、即座に行政代執行でエボラ出血熱などの研究を開始する命令を出すべきだ。

 <いずれにしても、今後に向けて、体制の強化が必要である。各メディアにおいても、この問題について真剣な対応が切に望まれる。>

 その通りだ。マスメディアはこのような住民エゴを応援するケースが目立ち、全体のための行動、つまり「公共の福祉」をなおざりにする傾向がある。それは戦後民主主義の「負」の部分を引き摺っているからだ。マスメディア各社も責任ある公共圏の担い手としての自覚を持って、こうした住民の説得に一肌脱ぐべきではないか。

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2009年5月19日 (火)

さすが護憲新聞、「これで5回の駆け付け警護」だ、と+陸自中央即応部隊派遣:ソマリア沖海賊対策~東京新聞、朝日新聞5月19日朝刊

 東京新聞5月19日朝刊社会面2番手<ソマリア沖/「不審船攻撃」でヘリ発信/海自/駆け付け警護の疑いも>には驚いた。見出しである。「疑いも」とは何事なのだろうか? いかにも刑法犯罪を犯したかのような扱いにびっくりしたのだが、東京新聞らしいといえば、これほど「らしい」記事もない。

 いまや朝日新聞よりも毎日新聞よりもずっと左の地平を一人行くのが東京新聞なのだ。あくまで東京地区の6新聞を比較しての話である。地方紙まで比較対象に含めると、この比率は逆転し、全国紙の読売新聞、日経新聞、産経新聞などは新聞業界的には「異端児」なのかもしれないが。

 なぜ地方紙がそんなに左傾しているのか? ことは単純だ。二つの原因である。一つは永田町や霞が関から遠く、外交や安全保障政策の実態を見ていないこと。高級役人の切歯扼腕も知らずに、お気楽であることが第一だ。第二は地方紙に記事を配信している共同通信の社風が読売新聞、産経新聞、毎日新聞、日経新聞に比べて圧倒的に左寄りであることだ。これは昔からの伝統で、なぜそうなっているのか、は知らないが、本当にそうなのである。各社政治部などが取材して紙面化し、その後書籍化した本を見てもらえば分かるだろうが、共同通信の企画はものすごく左的だ。

 東京地区の新聞で共同通信の配信を一般ニュースで使っているのは日経新聞、産経新聞と東京新聞なのだが、そのうち、産経新聞と日経新聞は取材網がしっかりしているので、共同通信の影響を受けていない。東京新聞はもともと東京では「都新聞」だったのを名古屋の駐日新聞が買収した新聞で、編集基本方針は名古屋が立てている。つまり、東京で配られているものの、実は地方紙なのだ。だから、他の地方紙と同じような左傾化傾向を持っている、と理解している。

 前書きが長くなったが、この異常とも言えるような見出しがついた記事を読んでみよう。記事内容自体は勉強になるものだから。

 書き出しは防衛省の発表である。発表によると、18日にソマリア沖の海賊対策に派遣した海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が関係国から「マルタ船籍のタンカーが小型船舶から攻撃、追跡を受けている」との連絡を受け、搭載ヘリコプターを発進させた、という内容だ。

 東京新聞の記事は、

 <武器使用を前提にした「駆け付け警護」になりかねない際どい活動に、防衛省は「詳細は分からない」としている。>

 と書いている。ヘリが現場に到着すると、すでに小型船舶はなく、タンカーから「安全な状態」という連絡を受けた、といい、実際にタンカーが攻撃を受けたかどうかは「分からない」としている、と書いてる。4月30日にも「関係国または関係機関」からの情報を元に約140㌔㍍離れた海域まで搭載ヘリが駆け付け警護したが、現場に不審船はいなかった、と書いてある。

 <攻撃を受けている相手を救助するため、銃撃戦を覚悟して現場に向かうのは憲法で禁じられた武力行使にあたる「駆け付け警護」とされる。ただ、政府は「海賊は私的集団なので、国などを相手にする武力行使には当たらない」と説明している。小型船が海賊だったかは不明だ。>

 と憲法違反だ、と勝手に解釈している。政府の有権解釈が正しいと思うのだが、東京新聞は社として、政府解釈を認めないつもりなのだろうか?

 記事は最後に、

 <派遣された護衛艦の任務は、日本船舶の護衛活動で外国船の救助は含まれていない。だが、これで5回、外国船救助のために出動したことになる。>

 と結んでいた。参院予算委員会で社民党に追及してもらうのだ、という魂胆丸見えの浅ましい記事だと思うのだが、東京新聞の記者の魂胆を超えて、この記事はインパクトを持っている。つまり、海賊対処法が早くできないと、海上自衛隊は手足が縛られて、なかなか海賊対策ができない、ということだ。

 この記事は海賊対処法案早期成立のための応援歌だと思うほうがすっきりするのかもしれない。

 海賊対処法成立を見越して、政府は着々と準備を重ねている。

 西日本新聞の5月16日付朝刊<ソマリア派遣で陸自が結成式/P3C警護の部隊>で次のような記事を掲載した。

 <ソマリア沖海賊対策で海上自衛隊のP3C哨戒機が派遣されることを受け、活動拠点のアフリカ・ジブチ空港で機体警護などに当たる陸上自衛隊部隊の結成式が16日、陸自宇都宮駐屯地(宇都宮市)で行われ、火箱芳文幕僚長は「海自と連携して任務を完遂し、米軍や欧州連合(EU)諸国軍との情報交換や信頼関係を深め国際活動能力を向上させてほしい」と訓示した。派遣されるのは中央即応連隊を主体とする約50人。同連隊は海外派遣で先遣隊を務めたり、災害やゲリラ攻撃対処、国際平和協力活動への取り組みを強化したりするため発足した中央即応集団(司令部・陸自朝霞駐屯地)の中核で、初の海外での実任務となる。活動根拠となる自衛隊法の海上警備行動は、海上での治安維持活動が目的だが、防衛省は「P3Cの運用には警備や補給・整備も重要で陸自の活動も海上警備行動に含まれる」と説明。隊員は小銃を携行し、軽装甲機動車2両も持ち込む。陸自とP3C部隊を合わせた約150人のうち一部は先遣隊として18日に出発。本隊は今月下旬に派遣される。>

 そして、朝日新聞は5月19日朝刊第3社会面で次のような記事を出しているのだ。

 <陸自専門部隊、初の海外へ/ソマリア海賊対策で>の見出しで、

 <ソマリア沖の海賊対策に関連して、新たにアフリカ・ジブチに派遣される海上自衛隊の哨戒機・P3Cの機体整備のため>に<国際平和協力やテロ対処のため、2008年3月に編成された陸上自衛隊中央即応隊(CRR,宇都宮駐屯地)が初めて海外に派遣される。>

 というのが主な内容である。

 <28日に予定されている派遣部隊本隊の出発に先立ち、受け入れ準備や現地調整のため、海自と陸自の先遣隊約35人が18日午後、成田空港からP3Cの活動拠点となるソマリアの隣国ジブチに向けて出発した。6月上旬から現地での任務を始める。>

 とある。28日がメーン行事だ。

 <海賊対策として、上空からの警戒監視に派遣される海自P3Cはジブチの空港を拠点に活動する。米軍やフランス軍もこの空港を拠点としているが、民間空港のため、駐機中の機体を警備する必要がある。派遣されるのは約50人。2006年12月、防衛省昇格に伴う自衛隊法の改正で国土防衛に加えて国際平和協力など海外での活動も自衛隊の本来業務となった。陸自はこれを受け、2008年3月、CRRをつくった。大地震など国際緊急援助や平和維持活動などで、海外派遣の際の先導隊としての役割と、首都圏でのテロ対処を専門的に担う舞台としての役割を担わせた。>

 いままでの経過だ。これを知らないと、今の自衛隊の海外活動は理解できない。浅井基文氏らはこの自衛隊法の改正を知らないのではないか? とうか、故意に無視しているのではないか、と思われて仕方ない。

 <イラクに陸自の部隊が派遣された際には、様々な部隊から優秀な隊員ばかりを集め「オールスター編成方式」をとった。今回、小規模とはいえ、海外での活動のために編成し、訓練をつんできた「常設の専門部隊」を派遣する。陸自幹部は「海外の活動のために準備・待機させてきた部隊を出す。陸自の海外での活動が新たな段階に入ったと言える」と話す。>

 で記事を結んでいた。

 分かりにくいけど、陸自はイラクに行ったことはある。だかrふぁ、海外活動は最初ではないが新設組織であるCRRが海外で仕事をするのは初めてだ、ということだ。相当に優秀な隊員が選抜されて行く。こういう時に海賊対処法案がまだ成立していない、というのは嘆かわしいとは思うのだが。

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金正日氏が北朝鮮の韓国担当責任者を処刑~読売新聞5月19日朝刊から

 ショッキングだが、いかにもありうる話である。金正日政権が韓国担当の責任者を処刑した、というニュースだ。処刑というのは例の公開銃殺なのだろうか、秘密裏に殺したのだろうか? いまだにこのような「野蛮」が罷り通り国なのだ。このような西欧民主主義の通用しない国に対して「冷静に」とだけ主張し、北朝鮮の核開発やミサイル開発についても「主権国家の権利」などという論を立てて頑張っている社民党や浅井基文氏らのコメントを聞きたいものだ。どうせ、「あくまで情報で、確認されていない話にはコメントできない」といういつもの切り口上で対応するだけなのだろうが。そういう主張を許している朝日新聞のスタンスもまた問われるのではないか?

 読売新聞5月19日朝刊国際面ハコ記事<北の対韓国担当者 処刑か.韓国通信社報道>でソウル支局の浅野好春特派員が報じていた。

 短い記事なので、写しておく。

 <韓国の聯合ニュースは18日、消息筋の話として、北朝鮮の崔承哲・前労働党統一戦線部副部長が昨年「対南(韓国)政策の失敗」を理由に処刑されたと報じた。崔氏は韓国で左派政権が続く中で南北関係を担当し2007年10月に行われた第2回南北首脳会談に先立ち、南北軍事境界線を徒歩で越えた盧武鉉大統領(当時)夫妻を出迎えた人物として知られる。韓国では今年に入り、崔氏が地方の養鶏場に左遷され、再教育を受けているとの情報が流れていた。>

 今年に入って流れた噂は何だったのだろうか? 養鶏場というと、鶏を飼う施設だが、政治犯収容所を兼ねているのか? 何か面白い隔離方法ではある、思うのだが、やはり行きたい国ではない。行ってうっかり捕まったら、一生帰れないかもしれないからだ。

 <聯合電によると処刑の理由は表面的には「南北交流に絡む個人的な不正」とされている。だが、実際には、崔氏が韓国の李明博政権の対北朝鮮政策に対して誤った判断を下したことや、盧政権まで10年間続いた対北融和政策により「北朝鮮社会全般に韓国に対する依存度が高まり、韓国への幻想を抱かせた」ことが問題視されたという。>

 この部分は考えさせる内容だ。

 崔承哲氏の罪は、想像するに、次のようなものではなかったか。

①李明博政権を誕生させたこと

 ソウルのロウソク集会などで反米・反日の世論を煽り、金大中、盧武鉉と続いた親北朝鮮勢力の後継者を政権に付かせることが崔承哲氏の最大の任務だったろう、と想像できる。韓国内には金正日総書記に呼応する勢力が日本人が想像する以上に多い。だから金大中、盧武政権ができたのだが、金正日氏はその勢力の強さを過信していたのだろう。自分のミスは部下のミス。だから、自分を裁けない分、部下の崔承哲氏には最も厳しい罪が課せられたと思われる。

 この意味合いは大きい。つまり、北朝鮮の権力中枢にいる人々に対するメッセージだからだ。もう韓国と仲良くす政策は終わったのだ、というメッセージを出した、と考えられる。狙いはアメリカだけになった、ということだろう。そうなれば、北朝鮮がやってくることは核実験で核弾頭の小型化を急ぎ、ミサイル開発も加速して、テポドン2を完成させる。核搭載テポドン2が完成すれば、アメリカは2国間交渉の場に出ざるを得ないだろう、という思惑である。

②開城工業団地から民主主義思想が流れ出した罪

 韓国人が常駐する施設で、北朝鮮人と一緒の作業をすれば、お互いハングルで会話できるのだから、意思疎通が出来ソウルの反映ぶりは即座に伝わるだろう。韓国が世界で10位に入る先進国になったのに、北朝鮮は最貧国、という現実を北朝鮮人に知らしめてしまった罪である。

③韓国への依存度アップの罪

 これは②と関連するが、北朝鮮は資源をミサイル・核開発に重点投下する戦術でこの30年間進んできたのだから、一般民衆の生活はひどいものになっている。その実態が韓国からの援助を見た北朝鮮人に分かってしまうのもやむを得ない話だ。しかし、金正日総書記は理屈ではなく、結果だけで判断して「ダメ」を出したのだろう。きっと崔承哲氏は金正日氏の信任厚い「イエスマン」だったのだろう。そういう「イエスマン」を切る切らざるを得なくなった、ということは、金正日氏が自分の勝手だけで政策を遂行しているのではなく、軍中枢部などに気兼ねしながら政策遂行をして、失敗した場合には自分の側近を切らざるを得なくなっているのではないか、と思われる。

 つまり、この処刑から見えてくるものは対米一本やり外交への集中と金正日総書記の権力弱化だと思う。

 以上、想像に過ぎないがそうは間違えていないと思っている。

 なお、東京新聞国際面によると、韓国政府当局者は聨合ニュースのこの情報を「まだ確認できていない」と話している、ということだった。

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「北ミサイル」朝日新聞外交・国際部長の思い上がりは「笑っちゃう」次元を超えている~朝日新聞5月19日朝刊

 朝日新聞5月19日朝刊[声]面に[紙面モニター⇔編集局:北朝鮮のミサイル]が掲載されていた。読者3人の声と沢村瓦・外交・国際エディターの署名論文という、紙面の上半分の3分の1くらいのスペースにコンパクトに収容した団地サイズのコーナーだ。

 だから、朝日新聞とすればそうは力を入れていないのだろうが、読者3人の投書を読んで驚いた。<北の真意に迫る多角的な取材を>を書いた神奈川県の八木寧子さんは新聞に求められるのは第一報後の解説や識者の多面的な受け止め方の紹介だ、という。これは正しいと思う。ただ、最後の「北朝鮮の真意に迫る多角的な取材と多様なオピニオンの抽出」というのはどういう意味なのだろうか? 社民党的な「少数者」、朝鮮総連のような「非差別者」の意見をきちんと載せろ、ということだったら、それはイカサマ民主主義だ、と言いたい。浅井基文氏のような意見の集団があり、その意見を聞くと金太郎飴のように同じ。これは自分の頭で考えているのではなく、イデオロギーをガソリンスタンドかどこかで注入されている、としか思えない。そうした北朝鮮のダミー会社員のような「意見」まで「多様」として掲載したら、朝日新聞の見識が疑われるだろう。

 宮城県の大塚正宸氏は<どう向き合うか具体論読みたい>で北朝鮮の瀬戸際外交なのだから「過剰に反応するのはまさに北朝鮮の思うつぼ。手練手管は通じないと思い知らせるためにも、冷静な対応が肝心」として、朝日新聞の「冷静」なお対応を評価し、「一部政治家がまたぞろ唱えている『日本核武装論』などは、聞き流しにせず、きちんと批判していくべきだ」と書いていた。

 私も大塚氏の意見の後半部分には賛成だ。前半の「冷静」に、というのは何を意味しているのか、分からないし、「過剰に反応しないで」というのは、それはそれで分かるのだが、北朝鮮が核搭載ノドンミサイルを1,2年後に開発するまで黙って待っていろ、と主張されているように聞こえるのは残念だ。後半部分で賛同する、と言ったのは、核武装論議をどんどんと朝日新聞でも取り上げればいい、ということだ。批判でもいいし、「賛成」でもいいが、何しろいまのメディア界を見ると、日本核武装論がまともに論議されていない。これはおかしい。憲法9条はわれわれ日本人が生きるためにみんなで作った最高法規だ、という建前がある以上、憲法9条はいつでも変えられる可能性を考えなければならないし、(私は改憲の必要は、今はないと思っているが)、それこそタブーなしに話し合わなければ、いざという時にまた「超法規的措置」で北朝鮮と戦争することになる。民主主義国家として不幸だと思う。議会制民主主義システムがいざという時に機能せず、昔は軍部に、今は自衛隊にすべてお任せ、というのでは、日本人は一体何なのか、ということになる。今のうちから国会、政府、マスコミできちんと核武装した北朝鮮にどう対処するか議論すべきだ、という意味で大塚さんの意見に賛成なのだ。どうも大塚さんは私と逆の方向を見ているようではあるが。

 奈良県の加藤有里さんは<朝鮮半島分断の歴史をまとめて>というタイトルで、北朝鮮がよく分からないから、朝鮮半島が分断された頃からの歴史、問題をまとめてくれ、それによって今の問題への理解を深めたい、という優等生の投書。日本の一部だった植民地朝鮮は1945年8月15日を境にソ連とアメリカの植民地になり、半分ずつの国家ができて、北の半分国家が朝鮮半島全部を支配したいから、と南半分に攻め入り、朝鮮半島最南端の釜山まで攻め込んだものの、マッカーサーが仁川上陸作戦を成功させて、北軍を挟み撃ち、やっつけた。マッカーサー軍は北軍を追って平壌を攻め落としたが、もっと北まで追ったら中共軍が出てきて、またマッカーサー軍は負けて、勝ったり負けたりを繰り返し、最終的に北緯38度線付近で線を引いて休戦ラインとした。だから、戦争はまだ続いているのだ、終わっていないのだ、という類の歴史のことだろうか? これだけのことを言うために朝日新聞はイデオロギーの粉をたくさんまぶし、日本軍国主義やアメリカの帝国主義への批判を上塗りして金日成、金正日親子は偉い、というトーンで書くだろう。それができない状況になると、韓国の軍事政権を貶して、金大中を異様に持ち上げる。池明観などというインチキ学者の談話なども入れてくるだろう。

 大体は読めているのですよ、加藤さん。新聞にそんなことを期待するよりかは、この前亡くなった神谷不二さんの中公新書「朝鮮戦争」でも古書店で探してきて読んだほうが余程ためになる、と思う。

 北朝鮮のミサイル発射に際して朝日新聞に寄せられた「声」の代表格を紹介しているようではあるのだが、ここで驚くのは朝日新聞の読者には北朝鮮はけしからん、という意見の方はいないように見えることだ。

 みな、一様に「冷静に」と訴え、北朝鮮にもそれなりの事情があるのだろうから、勉強したい、だから朝日新聞さん、もっと理性的に多様な見方を紹介する中で歴史の中での北朝鮮を教えてください、と朝日新聞に教えを乞うている。思想の乞食のように見える、と感じるのは私の見方が歪んでいるのだろうか?

 それは兎も角、みな安心しきっているようなのだ。北朝鮮は日本に核搭載ノドンは撃ち込まない、と信じ切っている。性善説なのだ。そして、将軍様への親近感なのか、拉致問題には一言も触れていない。これが朝日新聞の読者らしい。

 そして、そういう読者の声を受けた沢村国際部長の答えは敵基地攻撃や日本核武装得をするのは誰か、と問い、国防力の増強につなげたい一部の政治家たち。彼らの思惑通りに進めば、中国を刺激し、その軍拡路線に「正当性」を与えかねません。「日中」がきしむシナリオこそ、対「北」包囲網を崩したい北朝鮮の「思うつぼ」なので、私たちはいたずらに危機感をあおる報道を避けた、と白状している。

 面白い論理だ。すっと読むと、これでも論理的のように見えるから不思議だ。しかし、じっくりと考えてみよう。沢村氏には日本の安全保障、日本人の安全確保という視点が全く欠落していることが分かると思う。

 中国が原子力空母を作ったり、ICBMでアメリカと張り合うのは「仕方ない」けれども、朝日新聞はちゃんと批判しているからいいじゃないか、という大前提があって、中国をこれ以上批判したり、日本が「中国だってやっているんだから尖閣諸島を守るために原子力空日を持とう」などと議論すれば、中国様を刺激するからいけない、という主張なのだ。

 朝日新聞によると、中国の核兵器は安全な核兵器で日本には脅威にならないものらしい。しかし、そう見ていない国民の方が多いのだ。そういう「多様な見方」も朝日新聞できちんと紹介してほしいものだ、と思うが、そういう意見は「多様な」ではなく、「軍国主義的」で「抹殺すべき」意見らしく、朝日新聞に載ることはない。そういう朝日新聞的な世論操作を続けていて、最後に北朝鮮が核武装し、核で脅してきた時「日本政府の無策のせいだ」と真っ先に日本政府を批判してくれるのが天下の朝日新聞であることは目に見えている。

 無責任で時代がいかに変わっても、昔ながらの進歩的文化人を気取り、朝鮮総連と胡錦濤共産党グループに最大の敬意を示し、日本の天皇陛下を蔑むその汚らしい品性下劣さをこの小さなコーナーでもちらリズムで見せた、ということなだろう。

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2009年5月18日 (月)

海自に守られ、海自派遣反対を叫ぶピースボート~5月14日、18日産経新聞朝刊から

 産経新聞5月18日朝刊1面コラム[産経抄]を見て、ピースボートがソマリア沖で海上自衛隊から守ってもらっている、という事実を知った。「いささか旧聞に属するけれど」という書き出しで、なおかつ、産経新聞しか報じていない事実だ、とあったので、古い産経新聞をひっくり返していたら、見つけた。

 5月14日朝刊3面4段見出し<「反対、でも守って」/ピースボート 海自が護衛>である。

 短い記事なので、書き写そうと思ったが、念のためネットで検索したら、まだ産経新聞のホームページに残っていたので、コピペする。

 <海賊対策のためアフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の船旅の旅客船を護衛したことが13日、分かった。ピースボートは海賊対策での海自派遣に反対しており、主張とのギャップは議論を呼びそうだ。>

 おちょくってんか、という趣旨? 書いている記者の得意満面の笑顔が見えるようだ。

 <海自の護衛艦2隻は11日から13日にかけ、ソマリア沖・アデン湾を航行する日本関係船舶7隻を護衛。うち1隻がピースボートの船旅の旅客船だった。ピースボートは社民党の辻元清美衆院議員が早稲田大在学中の昭和58年に設立。船旅は寄港地のNGO(非政府組織)や学生らと交流を図ることなどを目的としている。>

 やはり、ここで社民党の辻元清美衆院議員の名前が出てくるだろうなぁ。ピースボートからすれば格好悪いことこの上ないだろう、と思う。崇高な理念と荒々しい現実のギャップを嫌というほど思い知っただろうか?

 <66回目となる今回の船旅は約3カ月半に及ぶ地球一周で、北欧5カ国とフィヨルドを巡るのが目玉。約600人が参加し、4月23日に横浜港を出発後、中国とシンガポールに寄港。ピースボートのホームページには船旅の最新リポートとして、デッキで催されたフルーツパーティーの様子が掲載されている。>

 何か「繁栄ニッポン」のお坊ちゃん、嬢ちゃんたちのお遊びみたいだ。世界漫遊旅行に出てみよう、か。全共闘時代の若者にありがちな行動パターンではある。辻元清美氏というのは年齢に似合わず、古臭い頭を持っているのではないか?

 <ピースボート事務局によると、船旅の企画・実施を行う旅行会社が護衛任務を調整する国土交通省海賊対策連絡調整室と安全対策を協議し、海自が護衛する船団に入ることが決まったという。>

 自分がやったんじゃない、自衛隊に頼むなんて恥さらしな行為をしたのは旅行社です、と弁明しているようにも見える。

 <ピースボートは市民団体による海自派遣反対の共同声明にも名を連ねている。事務局の担当者は「海上保安庁ではなく海自が派遣されているのは残念だが、主張とは別に参加者の安全が第一。(旅行会社が)護衛を依頼した判断を尊重する」と話している。>

 理念と現実は違うのだ、と認めているのか。何か拍子抜けだなぁ。国会でもきちんと「海自に守ってもらって有難かった」くらいは言ってほしい。利用するときだけ利用して、あとは反対じゃあ世間は通らないと思うのだが。

 でも、この記事のような「理念と現実の乖離」だけじゃあない、ということを[産経抄]で教わった。悪口を言って、軽蔑して、「どうだ、俺たちは偉いんだ、お前らとは違うんだ」という優越感を自衛隊員の前でひけらかしていた、とおいうのである。そこまでいくと許せない、という感情が湧いてくる。いくらお坊ちゃん、お嬢ちゃん集団だからって、常識というものを知らなければ、世界に出て行って日本の恥をさらしているようなものじゃないか。有害無益な集団なのだろうか?

◆5月18日の[産経抄]

 5月18日の[産経抄]を見てみよう。

 <いささか旧聞に属するけれど、アフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の旅客船を護衛した話題を取り上げたい。ネットの世界でも、論議が盛り上がっている。>

 というのが書き出し。ここまで読んで、古新聞を探してしまった。

 <ピースボートは、社民党の辻元清美衆院議員が、早稲田大学在学中の昭和58年(1983年)、客船をチャーターしてグアムなどへのクルーズを実現したのが始まりだ。その後も、反戦の主張を掲げて世界各地への旅を続けてきた。平成4年(1992年)暮れには、辻元さんを含めたメンバー約70人が、カンボジアを訪れている。>

 今から17年前の出来事である。

 <わが国初の本格的な国連平和維持活動(PKO)に参加していた自衛隊施設大隊を見学するためだ。隊を取材中だったカメラマンの宮嶋茂樹さんによると、基地内で勝手気ままに振る舞う人たちに、声をからして対応する広報担当者は、幼稚園の先生のようだった(『ああ、堂々の自衛隊』クレスト社)。「従軍慰安婦を派遣するというウワサがある」「隊内でコンドームを配っているとか」「帝国時代の軍人を尊敬している人がたくさんいるのか」。対話集会でのメンバーの質問は、泥まみれになって道路の補修などに取り組む隊員たちへの悪意に満ちていたそうだ。>

 ここの部分だ、頭にきたのは。人を見下すことしか出来ない人間に人権とか平和とか気軽に口にしてほしくない。

 <今回の海自の派遣にも反対していた。その海自に、海賊から守ってもらったことを批判するつもりはない。せめてこれを機会に船内で、自衛隊を含めた安全保障の問題をまじめに論じ合ってほしいと願うばかりだ。>

 産経抄子の言う通りだろう。

 <ところで、今のところ小紙しか、ピースボート護衛の事実を伝えていない。辻元さんが、設立を思い立ったのは、侵略を進出と変えたと報じた、例の教科書問題だったそうだ。誤報だったと認めたのも、読者のご存じの通り、小紙だけである。>

 情けない。毎日新聞や読売新聞はどうしてしまったのだ。社内に社民党シンパの多い朝日新聞はこういう情報を握り潰すのは目に見えているが、毎日新聞、読売新聞、日経新聞はまともな新聞だと思う。産経新聞だけに任せずに、こうした事態はキチンと報じてほしい。

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民主党の支持率が上がった~各社5月18日朝刊の世論調査結果から

 小沢一郎氏の民主党代表辞任表明記者会見の直後に毎日新聞だけが世論調査を実施したところ、民主党の支持率は1ヶ月前と同じだった、と書いたが、この素早い世論調査実施に各社が驚いたのか、今回の鳩山由紀夫・新代表誕生から時間をおかず、週末を利用して緊急世論調査を実施していた。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞と共同通信(東京新聞に掲載)で、産経新聞はいつもの500人調査で、参考にならない。いずれの調査(産経を除く)でも民主党支持率が自民党支持率を上回ったのが特徴だろう。また、人気投票的な色合いの濃い「「首相には誰が相応しいのか」の質問でも鳩山由紀夫氏が麻生太郎首相を上回った、という。「鳩山では小沢傀儡だからダメ」という永田町の議論はこれで一応は否定された形であり、解散時期をめぐる神経戦が最後の局面を迎えることになる。

 まず先に小沢氏辞任表明会見後の調査を紹介した毎日新聞の新しい調査結果から順番に各社の数字を見ていこう。朝日の前回調査は4月18、19日。毎日の前回調査は5月12、13日。読売の前回は1週間前。日経の前回調査は4月末。日経は今回調査を16、17両日実施した注意点として「調査時点で小沢氏や岡田克也氏の処遇はほとんど判明していなかった」と書いていた。共同の前回調査は5月11、12日。

               毎日       朝日   読売   日経      共同

内閣支持率      24(4月27)  27(4月26) 30.0  30(4月32)   26.2(28.0)

内閣不支持      58(4月52)  56(4月57) 60.4  62(4月59)   60.2(55.1)

首相に相応しい鳩山 34        40      41.9  29         43.6

首相に相応しい麻生 21        29      31.8  16         32.0

    日経は「どちらでもない」が52%。4月末の前回は小沢9、麻生18、「どちら」69。

    共同は4月下旬調査で麻生が小沢を13.7ポイントリード。今回は11.6逆転した。

勝ってほしい民主   56(12日は45)

勝ってほしい自民   29(12日は34)

比例民主に投票            38(4月32) 40.9  41(2月末の42水準)37.3(36.5)

比例自民に投票            25(4月27) 27.4  28           25.8(26.7)

 日経は「次期衆院選投票先」の質問民主15(前回18)、自民13(前回5)とあった。

民主党支持     30(12日は24) 26(4月21) 30.8  38(4月28)      30.0(25.9)

                         日経の政党支持率はは2月末以来の逆転。

自民党支持     23(12日は27) 25(4月25) 28.4  33(4月36)      25.2(26.6)

公明党支持     3(12日は6)   4(4月4)  3.6   4(4月3)       4.2(3.2)

支持政党なし    37(12日は36) 33(4月40) 30.6  16(4月19)      33.8(38.7)

鳩山に期待する  49          47       39.5  47           47.5

鳩山期待しない  49           43       52.7  49           50.6

小沢→鳩山評価上17           16       21.8              31.9

小沢→鳩山評価下13            6         7.5              16.2

小沢鳩山評価不変68           75       67.4              49.0

小沢辞任良かった            68

小沢辞任良くなかった          17

今後自民中心がいい          28(4月29) 16.0  14(3月は13)    18.7

民主中心がいい             45(4月41) 23.5  29(3月は22)    31.2

自・民大連立                       23.9  42(3月は49)    18.9

政界再編の新枠組み政権              31.5               24.3

 大体、主な数字を拾うと上記のような感じのようだ。

 日経が書いているように、西松建設事件で小沢一郎氏の公設秘書が逮捕された2月の前の状態に戻った、という感じのようだ。麻生首相も今後、民主党をどう誹謗中傷するのか、頭が痛いかもしれないが、もうこうなったら、居直って堂々とやればいい。民主党は消費税を上げないと言っている。その非現実性をどこまで突けるか。また、海賊対処法案で社民党に配慮している「安全保障」問題での頼りなさも突けるだろう。

 民主党は鳩山由紀夫氏を首相にする、という選択をしたのだが、小沢氏が首相にならないで、細川政権の二の舞いにはならないのか? その点の説明を国民にきちんとすべきだろう。

 私の直感でいえば、総選挙後にガラガラポンがある、とは思うのだが。小沢氏の影響力がもしも残っているのならば、という前提付きだが、安全保障問題で社民党と組むわけにはいかない、ということは小沢氏は心得ている、と信じている。

 ただ、小沢氏の統率力が今後、どこまで発揮されるのか疑問もあり、今後の政局はその意味で流動化してしまったことは事実である。

 まあ、以前、毎日新聞世論調査をもとに、辞任表明記者会見の効果はなかった、というようなことを書いたが、ようやく効果が出てきた、というのが18日に明らかになった各社調査結果の表わす事実だろう。

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2009年5月15日 (金)

北朝鮮ミサイルに関する防衛省報告書~朝日新聞5月15日夕刊と防衛省HPから

 防衛省は5月15日、北朝鮮が4月5日に発射した弾道ミサイルについて弾道ミサイルの長射程化が進んだ結果、3000㌔㍍以上飛んだとする分析結果をまとめ、政府の安全保障会議(議長・麻生太郎首相)に報告した。

 朝日新聞5月15日夕刊1面<北朝鮮ミサイル長射程化/防衛省報告/飛距離3000㌔㍍>は、

 <背景に第3国からの資材・技術の流入があると指摘し、「北朝鮮は将来、更なる長射程化などの弾道ミサイル開発を一層進展させる可能性が高い」と警戒感を示している。>
 と書いていた。防衛省のホームページを見たら、文書があったので、コピペしておく。二つの文書だ。

 まずは<北朝鮮によるミサイル発射について>という平成21年5月15日付けの文書。
 内容は以下の通り。

<1 経緯
 朝鮮中央通信は3月12日、北朝鮮が国際民間航空機関(ICAO)等の国際機関に対して、「人工衛星」を打ち上げる準備の一環として、航空機・船舶の航行の安全に必要な資料(注1)を提供したと報じた。
(注1)4月4日から8日の間の毎日11時から16時まで(日本時間)、日本海及び太平洋の一部に危険区域を設定したとの内容。
 防衛省は、情報収集・警戒監視の態勢を強化し、3月27日、不測の事態に備え、自衛隊法第82条の2第3項に規定する弾道ミサイル等に対する破壊措置命令を発出し、イージス艦とペトリオット・ミサイルPAC-3を展開させ、必要な態勢をとった。また、防衛省は、4月5日の発射に際しては、直ちに地方公共団体等への情報提供を実施できるよう、発射情報を入手次第、官邸や関係省庁に提供した。
 なお、4月10日、政府は、今回の北朝鮮による発射が、国連安保理決議第1695号及び第1718号(別添1参照)に違反する北朝鮮の弾道ミサイル計画に関連する活動であること等にかんがみ、「北朝鮮によるミサイル発射」と呼称することとした(本文書では北朝鮮が発射したものを「ミサイル」という)。
2 分析
 現時点までに入手し得た諸情報を分析・検討して得られた内容は以下のとおりである。
(1)発射後、「4月5日11時30分頃、北朝鮮から東の方向に1発発射された。」と発表した件(別添2参照。以下同じ。)については、北朝鮮は、同日11時30分、北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から1発の「ミサイル」を発射したと判断される(注2)。
(注2)北朝鮮は、発射当日、「銀河2号」が同日11時20分に咸鏡北道花台郡にある東海衛星発射場から発射され、11時29分2秒に「光明星2号」を自らの軌道に正確に進入させた旨発表。
 「11時37分頃、東北地方から太平洋に通過したものと推定される。」と発表した件については、当該「ミサイル」は、1段目の推進装置とみられる物体を分離した後、11時37分頃、我が国の上空約370km~約400kmを東北地方から太平洋に通過したと判断される。我が国領域内には落下物は確認されていない。
 「落下物1が11時37分頃秋田県の西、約280kmの日本海上に、落下したものと推定される。」と発表した件については、1段目の推進装置とみられる物体は、11時37分頃、北朝鮮が日本海に設定した危険区域内である秋田県の西約320km(テポドン地区から約540km離れた場所)に落下したと推定される。
 「落下物2が11時43分頃日本の東、約1270kmの太平洋上に落下すると予測された。(11時38分の時点)」と発表した件については、そのような落下は確認されていない。
 「11時48分頃、日本の東、2100kmの太平洋上で追尾を終了した。」と発表した件については、2段目以降の部分については、テポドン地区から3000km以上飛翔して、11時46分頃、北朝鮮が太平洋上に設定した危険区域の西端付近に落下したと推定される。
 北朝鮮が発表した、「人工衛星を軌道に進入させることに成功した」こと及び「衛星から旋律等が470メガヘルツで地球上に伝送されている」こと(注3)は確認されていない。
(注3)北朝鮮は、発射当日、衛星からは、不滅の革命頌歌「金日成将軍の歌」と「金正日将軍の歌」の旋律と測定資料が470MHzで地球上に伝送されており、衛星を利用してUHF周波数帯域で中継通信が行われている旨発表。
(2)今回の発射は、北朝鮮は3段式の人工衛星運搬ロケットであると発表しているが、これまでの北朝鮮の弾道ミサイル開発状況等を踏まえれば、「テポドン2」又は派生型(注4)が利用されたものと判断される。
(注4)「テポドン2」は、新型ブースターを1段目、ノドンミサイルを2段目に利用した2段式ミサイルで、射程が約6000km、液体燃料推進方式であると考えられる。2006年に発射実験を行ったが、発射数十秒後に高度数kmの地点で、1段目を分離することなく空中で破損し発射地点の近傍に墜落したと考えられる。また、「テポドン2」の派生型については、例えば、2段式の「テポドン2」の弾頭部に推進装置を取り付けて3段式としたものなどが考えられる。
 なお、北朝鮮の朝鮮中央テレビの映像等を踏まえれば、その全長は約30mで、3段式であった場合、1段目の長さは約16m、2段目の長さは約8m、3段目の長さは約6mとなる。また、燃焼の火炎状態等から、1段目の推進剤として液体燃料を使用したと考えられる。
(3)今回の発射については、
物体が軌道を周回していることは確認されていない
地球周回軌道に乗せ得る速度(第一宇宙速度)に達していることは確認されていない
人工衛星の打ち上げと考えられる軌跡(平坦な軌跡)は確認されていない
との特徴を有している。
 以上のことから、今回の発射は、北朝鮮が発表したような「運搬ロケットで人工衛星を軌道に正確に進入させることに成功した」ものとは考えられない。弾道ミサイルの発射であれ、人工衛星の打ち上げであれ、推進部の大型化、多段階推進装置の分離、姿勢制御、推進制御等必要となる技術は共通していることから、北朝鮮は、今回の発射を通じて、弾道ミサイルの性能の向上のために必要となるこれら種々の技術的課題の検証等を行い得たと考えられる。
 今回の発射に際して、1段目の推進装置とみられる物体が分離し、2段目以降の部分が3000km以上飛翔したと推定されること(注5)から、2006年の「テポドン2」の発射失敗時と比較すれば、北朝鮮が弾道ミサイルの長射程化を進展させたと考えられる。
(注5)1998年の発射実験の際に「テポドン1」が飛翔した距離(約1600km)の約2倍。
 一般論ではあるが、北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく、弾道ミサイル開発を急速に進展させてきた背景としては、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への流入の可能性が考えられる。また、弾道ミサイルの輸出先で試験を行い、その結果を利用しているとも考えられる。
3 我が国の安全保障等に与える影響
 北朝鮮は、今回の発射を通じて、所要の技術を検証し得たと考えられるため、将来、更なる長射程化等の弾道ミサイル開発を一層進展させる可能性が高い。
 長射程の弾道ミサイル実験は、射程の短い他の弾道ミサイルの射程距離の延伸、弾頭重量の増加や命中精度の向上にも資するものと考えられるため、今回の発射が、ノドン等北朝鮮が保有するその他の弾道ミサイルの性能の向上につながる可能性が考えられる。
 今回の発射により北朝鮮の弾道ミサイル開発が進展するにともない、これまで弾道ミサイルに関する協力が指摘されている国々に対する弾道ミサイル本体又は関連技術の更なる移転・拡散が一層懸念される。
 今回の発射は、北朝鮮の弾道ミサイルの開発・配備に加え、移転・拡散の観点からも、我が国周辺地域のみならず、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、その動向が強く懸念されるものである。>

 以上が北朝鮮のミサイルについての分析結果だ。

 そして、<北朝鮮のミサイル発射に係る防衛省の情報伝達について。という同じく平成21年5月15日付の文書も発表された。

 内容は次の通りだ。

 <本年4月5日の北朝鮮によるミサイル発射に際しては、米軍からの早期警戒情報や自衛隊の各種レーダーにより得た情報を官邸等へ迅速に伝達し、限られた時間の中で情報収集や伝達を適切に実施できたと考えている。
 一方、発射前日の4月4日の発射情報の誤報については、防衛省・自衛隊における情報伝達の不手際により、国民の皆様及び関係の皆様に多大な御迷惑をかけた。
 以上の一連の経緯を踏まえ、今後ともこのような事態に際して、的確に対応できるようにする観点から、今般の防衛省・自衛隊における情報伝達に関して検証・分析を行ったところである。その内容については次のとおりである。
1 情報伝達の背景と経緯
(1)情報伝達要領
 今回の北朝鮮によるミサイル発射に際しては、政府から地方自治体、公共機関等への情報伝達については、内閣官房が情報伝達のハブ(中心軸)の役割を務めることになっていた。
 これを踏まえ、今回の北朝鮮によるミサイル発射に際しての基本的な情報伝達の方法については、内閣官房との調整の結果、北朝鮮からの発射に関する米軍からの早期警戒情報(以下「SEW」という。)が防衛省・自衛隊に伝達されたことを確認した場合に、これを官邸危機管理センターに派遣された防衛省の連絡官を通じて官邸危機管理センターへ伝達することとしていた。また、自衛隊の各種レーダーにより得たミサイルの飛翔情報についても官邸危機管理センターへ随時伝達することとしていた。
 具体的な情報伝達については、内閣官房と防衛省が調整の上、官邸危機管理センターに派遣され防衛省ブースにおいてテレビ会議システムにより防衛省中央指揮所からの連絡としてアナウンスを聞いた防衛省の連絡官が、SEWによる発射情報及び我が国領域上空通過の情報を、官邸危機管理センターに伝達することとされていた。また、その他の飛翔情報についてはFAXで随時行うこととし、4月4日の誤報事案においては、このような伝達の方法がとられた。4月5日の実際の発射に際しては、SEWによる発射情報及び我が国領域上空通過の情報については、テレビ会議システムを利用した音声による連絡に加え、防衛省中央指揮所から防衛省連絡官に対し、電話による連絡が行われ、それが官邸危機管理センターへ伝達された。
(2)4月4日の情報伝達の経緯
 12時16分頃、技術研究本部電子装備研究所飯岡支所のFPS-5レーダーが日本海上に何らかの航跡を探知し、当該探知情報が航空総隊隷下の防空指揮群(府中)に伝えられた。
 この情報を受けて、同16分頃、防空指揮群の担当官が、航空総隊司令部(府中)の担当官に、「スパーク・インフォメーション(注1)」「飯岡探知」と音声(会議通話)で伝達した。
 同16分頃、この連絡を受けた同司令部の担当官は、防空指揮群からの連絡内容の「スパーク・インフォメーション」「飯岡探知」ではなく、「飯岡探知」「SEW入感」と航空総隊司令部内に音声で報告した。
 この報告を受けて、同16分頃、同司令部の別の担当官が、防衛省中央指揮所に「飯岡探知」「SEW入感」と音声(会議通話)で伝達した。
 (注1)スパーク・インフォメーションとは、弾道ミサイル発射の探知情報を意味する航空自衛隊の用語である。
 同16分頃、航空総隊司令部からの連絡を受けた防衛省中央指揮所の担当官は、「飯岡探知」「SEW入感」とマイクで報告を行った。
 同16分頃、これを受けて運用企画局の管理職クラスの者がマイクで「発射」とアナウンスした。この連絡を受けた官邸危機管理センターの防衛省連絡官(統幕担当官)が、同所において、「統幕連絡幹部。発射。」をマイクで2回アナウンスした。このアナウンスに基づき官邸危機管理センターから、同16分、エムネット(Em-Net)を通じて発射情報が地方自治体等へ伝達された。 また、発射情報の大臣への報告については、同16分頃、運用企画局の管理職クラスの者が、防衛省中央指揮所より電話にて第1省議室(注2)の担当官に伝達し、同担当官が防衛大臣に発射された旨の報告を行った。
 12時17分頃、防衛省中央指揮所において統幕の複数の担当官から、中央指揮所のSEW端末でSEW入感が確認されていない旨の発言がなされ、運用企画局の管理職クラスの者は、第1省議室に電話にて誤報である旨の連絡をした。これを受けて、第1省議室の別の担当官が、防衛大臣に誤報である旨の報告を行った。
 (注2)当時、防衛省幹部への情報伝達、省内の会議の準備等を行う担当官が第1省議室に待機していた。
 同17分頃、航空総隊司令部から防衛省中央指揮所に、「飯岡失探」との音声による連絡があり、これを受けて、防衛省中央指揮所の担当官が、「センサーは飯岡、現在、失探17分」とマイクでアナウンスした。
 12時18分頃、防衛省中央指揮所において、運用企画局の管理職クラスの者が、「誤報」をマイクでアナウンスした。
 12時19分頃には、航空総隊司令部より防衛省中央指揮所に、「SEW入感なし」との連絡があり、防衛省中央指揮所の担当官がこれをマイクでアナウンスした。
 12時20分頃、航空総隊司令部からの「イージス艦探知情報なし」の情報を受け、防衛省中央指揮所の担当官がこれをマイクでアナウンスした。
 同20分頃、この状況を官邸危機管理センターの防衛省ブースにおいてモニターしていた防衛省連絡官(統幕担当官)が、防衛省中央指揮所に「SEW入感なし」「飯岡失探」の情報を電話にて確認し、同連絡官は官邸危機管理センターにおいて、「統幕連絡幹部。飯岡誤探知。」とマイクで2回アナウンスした。これを受けて、同20分、エムネット(Em-Net)を通じて発射情報が誤探知であることが地方自治体等へ伝達された。
 12時22分頃、航空総隊司令部より、防衛省中央指揮所に、「先程の状況、SEWについては訂正、誤報。探知は、飯岡はFPS-XXのみ。イージス艦については探知していない」との連絡があり、防衛省中央指揮所の担当官がこれをマイクでアナウンスした。
(3)4月5日の情報伝達の経緯
 前日4日の誤報事案の反省を踏まえ、4月5日の実際の発射に際しては、航空総隊及び防衛省中央指揮所において、基本的な伝達手順の再確認と用語の徹底を図った。具体的には、航空総隊においては、「スパーク・インフォメーション」という用語の使用をやめ、言い間違いや勘違いを生じさせにくい分かりやすい言葉の使用を徹底した。また、防衛省中央指揮所においては、SEWの有無を統合幕僚長などの複数の者で確認した。官邸への情報伝達においても、発射情報及び我が国領域上空通過の情報については、テレビ会議システムを利用した音声による連絡に加え、電話でも防衛省連絡官に連絡することとした。具体的な情報伝達の経緯については以下のとおり。
 11時31分頃、11時30分頃北朝鮮より東方向に1発発射されたとの米軍からのSEWが防衛省中央指揮所及び防空指揮群に伝達された。
 これを受けて、同31分頃、統幕の担当官が中央指揮所へのSEW伝達を確認した上で、SEW入感についてマイクでアナウンスした。
 11時31分頃から32分頃にかけて、統合幕僚長、運用企画局の管理職クラスの者、統幕の複数の担当官が、SEWによる発射情報について確認作業を行った。
 11時32分頃、運用企画局の管理職クラスの者が、「SEW情報を入手しました。発射を確認しております」とマイクでアナウンスした。
 また、同32分頃、運用企画局の管理職クラスの者から、官邸危機管理センターの防衛省連絡官(統幕担当官)及び第1省議室の担当官に電話にて「SEW情報にて発射を確認」との連絡を行った。
 これを受けて、官邸危機管理センターにおいて、防衛省連絡官が「統幕連絡幹部。発射。」をマイクで2回アナウンスし、この伝達に基づき、同32分、官邸危機管理センターから、エムネット(Em-Net)を通じて発射情報が地方自治体等へ伝達された。
 また、11時33分頃、第1省議室の担当官が、大臣に「発射」の報告を行った。
  その後、北朝鮮のミサイルの飛翔情報については、随時、電話又はFAXにより官邸危機管理センター等に情報伝達されたところである。
2 分析
 4月4日の誤報事案については、連絡を受けた事項をそのまま正確に伝えるとともに、防衛省中央指揮所及び航空総隊においてSEWの有無を確認すべきであった。これは、守るべき情報伝達の手順を怠ったことによるものであり、ヒューマンエラーであると考えている。誤報が生じた原因については複数の人為的なミスが重なったものであり、具体的には以下の点が考えられる。
(1)防衛省中央指揮所におけるSEWの未確認
 航空総隊司令部からの「飯岡探知」「SEW入感」との連絡を受け、防衛省中央指揮所におけるSEW入感が確認されていない状況で、運用企画局の管理職クラスの者が「発射」をアナウンスし、官邸危機管理センターへ情報伝達を行ったことは適切ではなかった。
 また、SEWの有無の確認については、運用企画局の管理職クラスの者が一人で行うべきものではなく、統合幕僚長を含めた複数の者で確認すべきものであった。防衛省中央指揮所において、官邸危機管理センターに情報伝達を行うにあたり、SEWの有無について複数の者で確認がなされていれば、このような誤報は防ぐことができたと考えられる。
(2)官邸危機管理センターへ伝達するに当たっての問題点
 4月4日の時点では、上記1(1)で述べたとおり、官邸危機管理センターに派遣された防衛省の連絡官が、官邸危機管理センターに情報を伝達することとされていた。このため、防衛省連絡官は、運用企画局の管理職クラスの者の「発射」とのアナウンスを聞いたことから、かねてから内閣官房と防衛省との間で調整された要領に基づき、即座に官邸危機管理センター内で「統幕連絡幹部。発射。」とのアナウンスを行った。防衛省中央指揮所から防衛省連絡官への情報連絡に当たっては、防衛省中央指揮所においてSEWの有無について確認を行った情報である旨当事者間で確認をする要領となっていれば、誤報は防ぐことができたと考えられる。
(3)航空総隊司令部における不正確な情報伝達
 航空総隊司令部の担当官が、防空指揮群からSEW入感との連絡を受けていないにもかかわらず、航空総隊司令部内で、「飯岡探知」「SEW入感」と伝達したのが誤報につながる最初の人為的なミスである。具体的には、防空指揮群からの「スパーク・インフォメーション」「飯岡探知」との連絡を受けた航空総隊司令部の担当官が、緊張状態の中、「飯岡探知」「SEW入感」と言い間違えたことである。
 また、航空総隊司令部からの防衛省中央指揮所への連絡に際しては、SEWの端末が設置されている防空指揮群にSEWの有無について確認をすべきであった。航空総隊司令部において、防衛省中央指揮所への情報伝達前に、SEWによる発射情報について確認がなされていれば、このような不正確な情報伝達が行われることを防ぐことができたと考えられる。
3 再発防止策
 このような事案に際し的確な情報伝達ができるよう、以下(1)~(4)の再発防止策を徹底することとする。
(1)SEWによる発射情報の確認の徹底
 ミサイルの発射については、SEWによる発射情報が、現時点で自衛隊が利用可能な確認手段の中では最も有効であることから、防衛省中央指揮所や航空総隊からミサイルの発射情報について伝達する際には、SEWの有無について複数の者で確認を行った後に情報伝達をすることを徹底した。
(2)官邸危機管理センターへ伝達するに当たっての改善点
 官邸危機管理センターへの情報伝達に当たっては、防衛省中央指揮所においてSEWの有無について確認を行った後に、防衛省中央指揮所と同省から官邸危機管理センターに派遣された防衛省連絡官との間で確認が行われるよう徹底した。
(3)情報伝達において使用する言葉の徹底・見直し
 迅速な情報伝達を実現するためには、音声(会議通話)による伝達も重要であるが、情報伝達の正確性を期す必要があることから、言い間違いや勘違いが生じないよう、分かりやすい言葉の使用を徹底した。
(4)(1)~(3)を徹底するための情報伝達訓練の定例的実施
 ミサイル発射情報に関する伝達訓練を、要すれば官邸危機管理センター等の省外の関係機関の参加も得て定例的に実施することにより、各関係部局における担当官の伝達手順・要領の習熟を図ることが必要である。>

 新聞各社は重要文書だと思ったらしく、5月16日朝刊で詳しい要旨を掲載していたが、一読、どこがニュースなのかよく分からなかった。日本の分析能力、つまり手の内を国際的に明らかにする、という意味なのか? 昔、ソ連が大韓航空機を撃墜したことがあり、ソ連が認めなかった際に、後藤田官房長官が像のおりでキャッチした極秘情報を発表し、ソ連を追い込んだことがあったが、情報のプロからすれば、あれを明らかにすることは日本の情報探知能力を敵に教えることで、良くない、という話だった。

 だから、この文書の意味はよく分からない。

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中国が北朝鮮に肩入れする理由:趙甲済氏の[正論]は学ぶべき点が多い~5月15日産経新聞朝刊

 産経新聞5月15日朝刊[正論]は韓国の「月刊朝鮮」編集委員の趙甲済氏による<「北」を抱き込む中国の狙いは>だった。先のミサイル打ち上げに際し、日本の動きを[騒ぎ過ぎ」とコメントし、「冷静に対処を」といち早く温家宝首相が言い出して、国際的な潮流を作ったことは記憶に新しい。日本の安全保障の「柔らかい腹」である朝鮮半島問題なのに、日本の事情を全く無視したような態度を取り、国内の親中派は首が薄ら寒かったと思う。さて、中国がリーズナブルな限界を超えてまで北朝鮮を庇い続ける理由は何なのか? 最も知りたい点について北朝鮮問題では世界最高の権威である趙甲済氏がどう解析するか、興味深く読んだ。

 小見出しは≪核・ミサイルで壁に直面≫、≪中国も北の崩壊は防げず≫、≪圧力と住民への直接支援を≫だった。

 趙甲済氏は、

 <北朝鮮のミサイル発射で韓国と米国、日本の協調関係が強まる中、北朝鮮の中国への依存が鮮明になっている。中国は国連安保理の対北制裁決議を阻むなど、国際社会の北への圧力を抑えた。中国が北側にいる限り、核・ミサイルの問題は解決されず6カ国協議は失敗するだろう。中国の協力なしに、金正日政権への軍事的、経済的圧力が効果を生むのは難しい。>

 と書き出す。ぼんやりと考えていた通りのことをズバリ書いている。

 <中国は北朝鮮を緩衝地帯とみなしている。韓米日の影響力が中国にまで北上するのを、北朝鮮は食い止める。冷戦時代、韓国が日米の前で中ソの南進を阻む緩衝地帯だったのと同じだ。>

 なるほど、分かりやすい。そういうことなのか。私は在韓米軍との間の緩衝地帯だ、と思っていたので、それならば米中和解で北朝鮮は不要になるのではないか、という疑問も湧いたのだが、結局は西側の民主主義思想が中国東北部に入ることを阻止するラインということなのか。

 <韓国政府は、対話を拒む北への食糧や肥料の支援を中断し、韓国人観光客の射殺事件を受けて金剛山観光も中断させた。金大中、盧武鉉政権下では、韓国から年間約10億㌦(約1000億円)分の金品が北に渡った。韓米日からの援助が減るほど北は中国に依存するようになった。中国は、北が延命できる程度の物資だけを支援し、金正日政権を操ろうとしているのだ。>

 李明博政権は本当に日韓連携を大切にしてくれているようだ。

 <中国政府は、北の核・長距離ミサイル技術が依然、実戦配置できない低水準のものとみている。核爆弾を500㌔㌘ほどに小型化し、これを搭載したミサイルが誤差なく目標物に到達するまでにはさらに数十年の期間と幾度かの追加的核実験が必要との認識だ。韓国に亡命した北朝鮮の元高位級科学者も「北は、国際的な封鎖で技術や部品の輸入が困難になり、核・ミサイル開発で壁に直面している」と語っている。>

 それが本当ならばいいのだが、実態が闇の中、というのが最も悩ましい点なのだ。しかし、この西側の輸出規制で開発が遅れている、という指摘は重要だ。やはり、新潟からの大型船や境港からの偽装漁船に載せてミサイル、核開発の部品を送っていたのだろう。アメリカ、ドイツ、日本、英国、フランスなどからの輸出がストップされたので、相当に違ってきたのだろう。

 <12年前韓国に亡命した黄長燁元書記は「中国は、米軍が北に展開すれば、朝鮮半島に軍事介入するだろう。領土的野心はないが、朝鮮半島が韓国中心に統一され、自由の風が“裏門”から入り込み、中国大陸の安定が脅かされることは絶対に容認しない」と言った。黄氏は「(韓米日にとって)最善の対北政策は、中国式の改革・開放の道を歩むべく、北の内部に体制変化が起こるようにすることだ」と主張する。中国は北の政権の親米化は防げる。だが、体制の崩壊は防げない。>

 なるほど。黄長燁氏のそのような発言は読んだことがあったかもしれないが、忘れていた。そういうことなのか。

 <最近発表された北の国防委員会の名簿を見ると、軍や公安警察の代表者が多く配置され、さながら戒厳司令部を思わせる。核とミサイルの実験は、対外的脅威を通して緊張を作りだし、揺らぐ体制の統制を強化するという対内的目的に重きを置いている。>

 対内引き締めだけだったらいいのだが。

 <最近の北東アジア情勢は、新羅が朝鮮半島を統一した7世紀末に似ている。新羅は唐と連合して百済、高句麗を滅亡させた。倭(日本)の百済支援を白村江の戦いで挫折させる中で新羅は、唐の狙いが朝鮮半島の属国化だと見破り唐との戦いに備えた。新羅は、倭が唐につき、新羅の背後を攻めないよう対日外交攻勢にも努めた。>

 私も当時との相似について思いを巡らせたことがあるが、よく分からなかった。分からなかったのは現在の情勢が頭に入っていなかったからで、趙甲済氏のようにはっきりと国と国との関係を整理してはじめて過去との比較ができるのだ、と思う。

 <新羅と唐が戦っていた670年から6年間、日本は新羅への友好的中立を守る。日本は唐の侵略に備え、九州北部に防御施設を造った。新羅の勝利は、唐の対日侵略を防ぐ防波堤を意味する。新羅と日本の対中戦略が一致した約50年間、両国関係は良好だった。>

 白村江の戦いは元寇、太平洋戦争と並ぶ国難だった。白村江の敗戦後、倭は日本という統一国家に変身する。統一国家の必要性は内在的に認識されたのではなく、朝鮮半島での敗戦で指導者間のコンセンサスとなり、国家統一に結びついたのだった。

 <現在の韓国が北を吸収、統一する過程で、韓日は同じような経験をするかもしれないのだ。>

 どういうことなのだろう。もう少し説明をしてほしい、と思ったら、その後の文章で詳しく書いていた。

 <憲法にも明示された韓国の目標は「統一され、強力で自由な繁栄した国の建設」である。日本が韓国の国家目標に同意すれば、韓米日関係は戦略的価値のある同盟として称賛されよう。三国はすでに自由民主主義と市場経済という政治理念を共有している。>

 民主主義国家である韓国による朝鮮半島統一に日本は協力しろ、ということなのか?

 <新羅と戦ったとき吐蕃が反乱したため、唐は両面作戦をとれず朝鮮半島を放棄した。唐と新羅は国交を回復し、北東アジア三国は約200年間、共存共栄の黄金期に入る。朝鮮半島が統一されれば周辺国家は平和を享受し、分裂や弱体化すれば困るのである。>

 唐が吐蕃と会盟したのが783年。日本では794年の平安京遷都直後の796年、渤海使が来日し、貢物を献上。859年には唐末争乱が起き始め、875年には黄巣の乱。900年に後百済ができて新羅が分裂する。907年には唐が滅びる。917年には王建が高麗を建国している。新羅滅亡は935年。唐の滅亡が朝鮮半島を不安定にしたことが史実からも読み取れる。島国日本だけは武士の興隆はあったものの、1192年の鎌倉幕府までは貴族政治を続けることが出来た。日本海という海で隔てられていたためだった。

 <新羅の朝鮮半島統一から、中国の漢民族と朝鮮半島の韓民族の間には1200年にわたり親善関係が続いた。遊牧民族による侵略はあったが、漢族政権の宋と明は韓族に友好的で、軍事支配はしなかった。>

 そういうことだ。

 <長年の親善関係は1950年10月、中国が金日成を救うために朝鮮戦争に介入したことで終わる。92年、韓中は国交を樹立したが、現在も中国と北朝鮮が軍事的同盟国である事実に変わりはない。それは今回のミサイル騒動でもわかる。>

 1950年の金日成主席の朝鮮半島統一戦争に加担した中国の毛沢東主席の決断は間違いだった。蒋介石が統一中国の主人公だったらこうはならなかっただろう。歴史は皮肉である。

 <中国は、北の政権を支えることが韓国主導の統一を黙認するより安くあがると考える。これからも、北を抱き込み続けるだろう。だが、朝鮮半島統一は、ドイツ統一のように民族自決の原則に立たねばならない。結局は北住民の選択にかかる。>

 やはりドイツの先例は出てくるだろう。本当はシチュエーションは相当に違う、ということを認識しないといけないのだが。

 <北の住民が決定的瞬間に「われわれは南の兄弟とともに生きる」と決断するとき、中国を含むいかなる国も統一を阻むことはできない。今から北の住民の心をつかむ努力が必要だ。金正日政権への圧力と北住民への直接支援は並行しなければならない。>

 愛国者である。趙甲済氏が最後まで日本を大切に思ってくれることを願わざるを得ない。強大な統一朝鮮ができることを脅威と考える日本人もいることは確かである。日本の国益を考えた時、隣人があまりに強すぎるのはいかがか、という論である。ただ、中国が世界一の大国になる可能性もあり、日本はワンクッションなければ中国の属国になりかねない、という危険も考えざるを得ない。その時に非核地域としての朝鮮半島が存在していることは大切なことだ。

 日本も過去の怨念や感情的な対応に終始することなく戦略的外交を始めないと、世界の孤児になりかねない、と思う。日本語を話す同盟国がないという宿命を持つ日本にとって、DNAがある程度共通している朝鮮半島の人々と将来手を携えて生きていくことは非常に大事なことなのだろう。

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2009年5月14日 (木)

「過激な言論」の流行と「追従」についての村田晃嗣氏の論は面白い~産経新聞5月14日[正論]から

 産経新聞5月14日朝刊[正論]で村田晃嗣・同志社大学教授が<保守は現実主義を取り入れよ>というタイトルで中庸、穏当、均衡という概念の大切さを説いていた。

 昨年末に永井陽之助、神谷不二という著名な国際政治学者が相次いで死去したことから書き出しているのだが、たしかにこのお二人は「現実主義者」の典型だった、と思う。現実主義を政治学、国際政治学に取り入れ、教条主義に陥る愚を避けた貴重な学者たち。

 村田氏は現実主義の定義について、保守の代表的論客だった高坂正尭氏の言葉を引用する。

 <(現実主義とは)…社会・歴史・政治について、それに内在する不可知なものを承諾し、簡単な図式でもって置き換えないこと、そして、目的と手段との間の相互関連性を認め、この両者の間の生き生きとした会話を重視することを説くものなのである。>

 村田氏は「伝統」などと結びつく「保守」は現実主義や懐疑主義と接点を持たないと、狭量で硬直的なものになりかねない、と書く。現実主義は「保守」VS.「リベラル」という単純な図式で判別することを避けてきた、とも書いている。「真の保守」などと断定する物言いは、不可知なものへの謙虚さや自らを懐疑する知恵が欠けている、というのだ。

 いい言葉だなぁ、と感心したのが、村田氏が引用した、次の永井陽之助氏の言葉だ。

 <政治権力への抵抗のポーズそれ自身が何かに対するひとつのサービスなのだ、という現代の逆説に厳しい自覚を欠いた言論は、いつかまた、世論や民衆のムードの変化に応じて、たちどころに総転換が始まるだろう。>

 そして、村田氏は、北朝鮮のミサイル実験でまたまた出てきた「日本核武装論」について、核武装に伴うリスク、コスト、どのような方法でどのような種類の核武装を行うか、という論点を十分に検証しないままの議論は、「劇薬」である核武装を弄ぶことになり、場合によっては日本国の存亡にかかわるのだ、ということを肝に銘じなければいけない、愛国心を持った日本人ならば思いつきだけで議論はできないはずだ、と書き、

 <多くの場合、過激な言論を説くことは容易だし、不安や不満の蔓延する現下の社会では、過激な言論に一時的に身を委ねることで、ある種の清涼感が得られるかもしれない。しかし、目的と手段との間に「生き生きとした会話」「を欠く核武装論では、一時的な清涼感以上のものは期待できない。>

 と書き、

 <日本の外交課題が山積する中で、「保守」が「現実主義」と再び合流し、優先順位の感覚と寛容の精神を再発見することに、心から期待したい。>

 と結んでいる。

 村田氏の論に基本的に大賛成だ。

 でも、面白かったのはこの日の産経新聞の全体構成と村田氏の論との関係である。この日の1面トップ[民主党解剖 第3部 ぶれる輪郭⑤]<旧態依然の多数派工作/出来ていた筋書き>は民主党の小沢代表が辞任記者会見をする時点で後継鳩山というシナリオが出来上がっていて、すべてできレースだ、という内容。まあ、これは小沢氏嫌いの編集局による続き物だから、こんな内容になるだろう、とは予測できるのだが、その左隣には櫻井よしこさんの[麻生首相に申す]があり、<領土問題1㍉も譲るな>が掲載されていたのだ。ロシアは汚いことをする国だから、北方領土問題で1㍉も譲ってはいけない、面積半分でおさめる、などというのは論外である、という主張である。

 残念ながら、この櫻井氏の論は戦後60年以上が無為に過ぎ去った今となっては、説得力に欠ける論となった気がする。言っていることは正論である。まさしく、領土問題というのは国家そのもの、国家意思の塊のような事案であり、ベネディクト・アンダーソンのいう「想像の共同体」を形作る大事な要素、視認可能な「もの」である。領土問題で他国に譲るなどということは弱体政府のトップにはできないだろう。結局、3.5島を返還し、なおかつ最終的な4島の帰属は将来確定する、という中間条約でお茶を濁すしかないと思うのだが、それではロシアは乗ってこないだろう。だから、北方領土問題は7月のイタリア・サミットでの麻生・メドベージェフ会談でも合意できず、平和条約締結は諦めながら、いかに戦略的互恵関係をロシアと結ぶか、に方向転換せざるを得ないのではないか、と思う。

 しかし、日本国首相には幅広い選択肢を与えておかないと、60年以上前の怨念だけでは国際政治は動かせないのだから、ポスト冷戦後の国際情勢にますます置いていかれることになりはしないか、と素人の私などは心配するのだ。

 その意味で、櫻井氏の論は村田氏のいう「現実主義的」保守主義者の論ではなく、原理主義的保守主義者の論と見られてしまうのではないか。

 櫻井氏を尊敬する私としてはこれ以上言いたくないのだが、中国の脅威に日本がどう対処するか、がこの先10、20年ずっと問われるだろうことが予想される中、ロシアを極東に引きずり出し、中国、日本、アメリカに加えて4国のパワーゲームに持ち込む方が米中接近が濃厚になった現状では望ましいのではないか、と思うのだ。

 見識豊かな櫻井氏に北東アジアの国際情勢をどう見るのか、日本の選択肢は何か、をじっくりお伺いしたいが、少なくとも私はそういう感想を持った。

 そして、本論である。

 過激な反対論がお追従と裏腹であることが多い、という経験則である。

 これは日米安保、自衛隊に反対しながら、自社連立政権でコロッと寝返った社会党を考えれば、分かりやすい。社会党そのものを批判する気持ちはあまりない。問題は社会党を支え続け、今でも社民党の理論的バックボーンとなっている進歩的文化人や韓国の進歩派学者だ。岩波新書の「韓国からの通信」だったかを若い頃、よく読んだ。雑誌「世界」に連載された文章を新書化したもので、続編や続々編も出た朴正煕軍事政権がいかにひどいか、を毎回書き連ね、普通の感覚を持っている学生や国民は韓国民主派勢力を「正義」だ、と思い込んだ。

 この真実が暴かれるのは相当後だった。金大中、盧武鉉政権当時など、韓国の進歩勢力は安心したのだろうか、当時の裏話を明かし始めた。何と、「韓国からの通信」は東京にいた池明観という学者が想像で、いかにも見てきたように書いていたのだ、という。これをごまかしと言わずに何というのか? しかし、岩波書店も池氏も自己批判らしきものはしていない。あれだけ多くの日本国民を騙した罪は大きい。あの本を読んだ世代はアプリオリに「金大中は正義、朴正煕は悪」と刷り込まれたのだが、それは事実ではなかった。

 金大中氏や盧武鉉氏のグループの後ろに金正日親和勢力がいたことも今では明らかになっている。韓国は親金正日勢力に乗っ取られていた政権をようやく真の民主主義勢力が奪還し、李明博政権を樹立したのだ。

 あの当時の「世界」のセンセーショナルな軍事政権批判は最近ではタイ、パキスタンなどの軍事政権批判に引き継がれている。軍事政権がなぜ悪なのか、についても、もっと現状を見て、柔軟に論議すべきだろう。それが「韓国からの通信」事件の教訓だと思う。

 右にしろ左にしろ熱狂は国民を惑わす。もう少し永井陽之助、高坂正尭氏らの「現実主義的思考」を学び、じっくりと見る習慣をつけたい。これは自分に対しての言葉でもある。

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ペルシャ湾への海保巡視船派遣に反対した後藤田正晴氏~5月14日東京新聞朝刊から

 東京新聞5月14日朝刊は1面<海保の海外派遣計画/イラン・イラク戦争時にも/橋本運輸相決断も後藤田長官が拒否>と3面[核心]<幻の海保海外派遣/職賭した後藤田長官/橋本氏「一番船に乗る」/「国民守る」信念が衝突>で海保警備救難部長だった辺見正和氏(76)ら関係者の証言を元に当時の状況を再現して、面白かった。

 筆者は社会部の西岡聖雄記者、と3面にあったので、1面も3面も西岡記者が書いたのだろう。

 時代はまだ1980~81年と冷戦真っ最中のことで、日本に応分の国際貢献を求めるという米冷戦後新戦略ができるずっと前のこと。だから、今回のソマリア沖への海上自衛隊艦船派遣とは同一には論じられないのだが、憲法9条の縛りが今よりもっと厳しかった当時、橋本龍太郎氏の決断と後藤田正晴氏の決意はそれぞれ見事だった、と思う。

 今の政治家でこのような信念に基づいて国策を決められる人物が何人いるのか? そう考えると薄ら寒い風が首筋を撫でるのだ。

 1面の記事から見ていこう。

 <イラン・イラク戦争(1980-88年)末期、日本船を守るため海上保安庁がペルシャ湾への巡視船派遣を決めていたことが分かった。だが、当時の後藤田正晴官房長官が職を賭して反対し、計画は実行されなかった。>

 という前文だ。イラン・イラク戦争ってそんなに長い期間戦われていたんだっけ? と昔のことを忘れている自分に嫌になる。

 <1991年4月の衆院大蔵委員会議事録によると、湾岸戦争に関連する所見を問われた橋本龍太郎蔵相(当時)は「イラン・イラク戦争の一番激しい時期、運輸大臣を務め、海保の職員が同意してくれるなら巡視船を送りたい決断をした」と幻の派遣計画に言及。「第一船に乗る約束もしたが幸い戦争は終結」などと答弁していた。>

 なるほど、注目されない答弁だったから、このように発掘しなければ埋もれたままだっただろう。
 <橋本氏が約束した相手とされる海保警備救難部長だった辺見正和氏(76)は本紙の取材に初めて、1987年にペルシャ湾に巡視船を派遣することが決まり、司令官ポスト新設などの派遣案が検討されていたことを認めた。派遣できる巡視船は「みずほ」だけだったが、ペルシャ湾近隣などの友好国から燃料、食料を補給すれば長期活動も可能と判断。一隻のみでは船団護衛は難しく、交戦中の両国軍艦がいない航路など、湾内の安全航行情報を日本籍や外国籍船に毎日流す計画を立てた。>

 何としてでも出そう、という橋本氏の熱意とそれに答えようとした海上保安庁の心意気がいい。

 <橋本氏の運輸相退任(1987年11月)後も戦争は続き、派遣されなかった理由は「戦争終結」ではない。当時、内閣安全保障室長だった佐々淳行氏らによると、「戦争に巻き込まれかねない」などとして、後藤田氏が自衛艦や巡視船の派遣に官房長官職を賭して反対したためという。>

 なるほど、佐々淳行氏は後藤田氏の一の子分。後藤田氏のことならば何でも知っているはずだから、佐々氏の言うことに間違いはないだろう。

 以上が1面。続いて3面だ。

 <イラン・イラク戦争末期、土壇場で流れた海上保安庁巡視船のペルシャ湾派遣計画。決断した当時の橋本龍太郎運輸相と、これに反対した後藤田正晴官房長官の立場は異なるが、国民を守る信念は共通する。中国などの派遣決定に慌てて同調したといわれる今回のソマリア沖への自衛艦派遣論議とは対照的だ。>

 やはり、受け記事っぽく、今回のソマリア沖派遣と単純に比較している。それはそれで一つの見方ではあるが。

 <米国は1987年秋、海上自衛隊の機雷掃海艇を派遣するよう強く求めてきた。内閣安全保障室長だった佐々淳行氏の著「わが上司 後藤田正晴」(文藝春秋)によると、官房長官の後藤田氏は「日本の掃海艇がどっちかの国の機雷を除去したら敵対行動になって戦争に巻き込まれる」と断固反対した。>

 <一方、防弾服姿で原油輸送を続ける船員らから「自衛艦が駄目なら海保の巡視船でもいい。日の丸に守られて航海したい」の声が運輸省(当時)に押し寄せた。しかし、巡視船に機雷を除去する技術はなく、運輸省や海保上層部は巡視船派遣に否定的だった。>

 これが発端だろう。

 <「制服組の話を聞きたい」。海保制服組幹部の警備救難部長だった辺見正和氏(76)が橋本氏の大臣室に呼ばれたのはそんな時だ。意向を問われた辺見氏は「私としては指揮官として最初にペルシャ湾に行く覚悟です」と即答し、橋本氏も派遣を決断。「一番船には私が乗る。辺見さんは二番船で行ってくれ」と話し、大臣自らが司令官を務めるペルシャ湾派遣が決まった。>

 相当にドラマティックだ。これが実現していたらそうとうな騒ぎになっただろう。それこそ、国をひっくり返す騒ぎが持ち上がっていたかもしれない。

 <機雷に触れれば巡視船も沈没するが、辺見氏は「それは民間船も同じ。海で生きる人間が困っている時、海の役所はできる、できないじゃない。助けなきゃならない。ロケット砲で無差別攻撃される海に行けば殉職者が出るかもしれない。派遣を決断した幹部が安穏としてはいられず、自分が最初に行くつもりだった」と回想する。>

 海の男のロマンだ。こういうロマンが国家には必要なのだと思う。

 <戦争海域への自衛艦派遣は抵抗が強く、折衷案として巡視船がペルシャ湾で安全航行情報を流す計画を外務省も歓迎した。ところが「(各国の海軍データを掲載した)ジェーン年鑑の日本版を見ろ。自衛艦の次に巡視船が載っている。巡視船は外国から見れば軍隊だ」と、後藤田氏が激怒した様子が海保に届く。>

 なるほど、後藤田正晴氏は日本に二度と戦争をさせないことに戦後の生涯を捧げた男だ。橋本氏の「心意気」とは違った「信念」でいかに出さないで済むか、徹底的に考えてこの海上保安庁は准軍隊という理論を持ってきたのだろう、と思う。

 <巡視船派遣に前向きな時の総理大臣、中曽根康弘氏を後藤田氏が諌める現場に同席した佐々氏はによると、後藤田氏は「どうしても派遣するなら閣議で署名致しません」と反対。閣議は全会一致のため、官房長官を罷免しなければ派遣できない。結局、官房長官職を賭けた忠言に巡視船派遣は閣議にかからず、見送られた。>

 これが「忠言」だったのかどうか、は議論があるところだろうが。

 <1992年、プルトニウムをフランスから日本に運ぶ輸送船の護衛問題でも自衛艦派遣論が起きる。だが、当時、蔵相だった橋本氏が欧州往復の航続能力と防弾性のある海保の巡視船「しきしま」(6500㌧)の新造に尽力したのは、防弾が不十分な巡視船ながら、イラン・イラク戦争でペルシャ湾行きを決めた海上保安官たちに応えたい思いも働いたためとみられる。>

 イラン・イラク戦争の経験がここで生きたのか。

 <「警護は海保の本来任務」と自衛艦で代替せず、しきしまを200億円で新造した政治判断に「税金の無駄遣い」批判もあったが、しきしまは任務後、対海賊合同訓練などでアジア各国に派遣。海上警備力を底上げし、各国から感謝されている。>

 税金無駄遣い批判か。当時の社会党だろう。その後、村山富市→橋本龍太郎政権で自民党と一緒に政権に就くなどとは全く想像もできなかった時代のことだ。

 <海の警察・海保は以後、北太平洋からインド洋沿岸20カ国の警備機関と対海上犯罪で連帯する。海保がアジア各国と築く非軍事のネットワークは、イラン・イラク戦争で「外国から見れば巡視船は軍隊」と評され、ペルシャ湾の民間船を守りに行けなかった悔しさに端を発している。>

 いい記事だった。こういうことなのだ。橋本龍太郎氏も草葉の陰でこの記事を読んで喜んでいることだろう。後藤田氏の信念も立派ならば、橋本氏の先見性はもっと称賛されて言いい、と思う。

 橋本氏のアーミールック好きは言ってみればマニアの領域だった、という話もどこかで読んだことがある。麹町の個人事務所では自衛艦の制服を着ていたこともある、とか。小沢一郎氏の自衛官好きとどこか共通するものを感じる。

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中野剛志氏の「保護主義でいいじゃないか」に賛成~毎日新聞5月14日朝刊寄稿

 毎日新聞5月14日朝刊文化面[経済への視点]に評論家で経済産業省産業構造課課長補佐の中野剛志氏による<保護主義の何が問題か?/崩れた自由貿易の前提>が掲載されていた。タイムリーだと思った。一体、「保護主義」って何なのか? 本当にいけないのか? グローバリズムの対極は保護主義じゃないか、という疑念が頭の片隅にずっとあったので、この寄稿を食い入るように読んだ。つまり、主流派経済学への異議申し立ての一環なのだ、ということなのだろう。

 ミニ解説[もっと知る!]で鈴木英生記者は<人類学も視野に>の見出しで、次のようにコメントしていた。

 <中野さんのこれまでの議論は『国力論』(以文社、2310円)『経済はナショナリズムで動く』(PHP研究所、1365円)などを参照。最新刊は『恐慌の黙示録』(東洋経済新報社、1680円)。ジョセフ・スティグリッツ・米コロンビア大教授の『フェアトレード』(日本経済新聞出版社、2310円)からは自由貿易の理論の不十分さが分かる。ノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ教授が今の貿易ルールが途上国にいかに不公正か検証している。保護貿易擁護論については、フランスの歴史人口学者・家族人類学者、エマニュエル・トッド氏の『経済幻想』(藤原書店、3360円)を。トッド氏は今回の米国発の金融危機をも予想していた。本書では人類学的な構造の大きく違う米英と日独の資本主義を一律に論じることの問題性などを示している。>

 視野を広げるための読書案内もしている。これは参考になる。

 ついでに同じ毎日新聞5月3日朝刊書評欄に掲載された『恐慌の黙示録――資本主義は生き残ることができるのか』の松原隆一郎氏による書評をコピペしておく。

恐慌の黙示録―資本主義は生き残ることができるのか 恐慌の黙示録―資本主義は生き残ることができるのか

著者:中野 剛志
販売元:東洋経済新報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 見出しは<現役官僚が辿る、金融資本主義論の系譜>である。松原氏はまともな方だと思う。その松原氏が次のように評価している本だから、買って間違いないだろう。

 <著者は現役の経産官僚で、昨年、経済思想史の裏面を描く『国力論』(以文社)を上梓した。「裏面」というのは、経済学の通説では合理的な個人を単位として市場が描かれるのに対し、慣習や経験・技能の束である「ネイション」を基礎に据えた経済思想の系譜をヒューム、リスト、ハミルトン、マーシャルに見出したからだ。>

 <『国力論』の経済思想は、個人主義の経済学がグローバリズムや構造改革を唱え、「ネイション」の解体をもって進歩とみなすことに警鐘を鳴らす。慣習や経験・技能は道徳の基礎でもあり、それらを欠いた個人は空虚なものになるという。>

 <その著者が今回辿ったのは、「金融資本主義論」の系譜である。ミンスキー、ヴェブレン、ヒルファーディング、そしてケインズとシュンペーターはともども金融資本が産業資本すなわちもの作りの経済を支配するようになり、しかも不安定化して恐慌を招き寄せる様相を論じた。>

 <なかでも注目されるのは、昨秋来ウォール街で頻繁に名前を囁かれることになったハイマン・ミンスキーの「金融不安定性仮説」だろう。ミンスキーは営業活動からのキャッシュフローで支払債務を履行しうるか否かによって金融のタイプを三分類し、手堅い「ヘッジ金融」、借入元本までは返済できないが利息は支払える「投機金融」、そして元本も利息も賄えない「ポンジー金融」と呼んだ。そして金融資本主義経済は繁栄が続くと必然的にヘッジ金融から投機金融、ポンジー金融へと傾斜してゆくと論じた。>

 <好況期に金利上昇とインフレが進むと資金調達が困難になり政府も金融を引き締めるので、ポンジー金融となった経済主体の純資産価値が急速に消滅、金融資産が投げ売りされて、資産価格が下落する。株式市場の地滑り的な崩壊である。株式市場の崩壊に直面したウォール街では、低所得者向けローンの証券化や手元資金にレバレッジをかけ何倍にも膨らませて利鞘を稼ぐ手法により、投資銀行やヘッジファンド等が投機金融からポンジー金融へと転落したと映ったのである。>

 <こうした経済思想の系譜において共有されているのが、「所有と経営の分離」、すなわち株式保有者が経営者とは別人になるという趨勢である。もの作りを志向する経営者が短期的な儲けを強要する投資家の言いなりになるのが金融資本主義だとされるのである。>

 <そのうえでヴェブレンは、「根っからの職人」が共同体の生活のためにもの作りする「製作者本能」が、社会的ニーズを無視する「営利」によって歪められるとした。ヒルファーディングは、投機は所有権の移転にすぎず剰余価値の増大をもたらさないと言う。ケインズは「投機」とそれの支配する「企業」がともども将来に向けての確信を失うと投資が減退するとした。企業の「創造的破壊」が資本主義のエンジンだと論じたシュンペーターは、一方でそれが前提する家族と中産階級という基盤を自傷すると予言した。>

 <いずれも貴重な考察であり、次々に書店に登場する新奇な「恐慌論」や構造改革を仕掛けた当事者による反省文等を手に取る前に振り返るべきものばかりである。>

 <ただ、若干気にかかる部分もある。日本ではもの作りに偏りすぎたせいで、コミュニティは衰退し生活者が将来不安を打ち消せなくなったのではないか。経産官僚としては、コミュニティを重視するであろう消費者庁をどう考えるのだろうか、聞いてみたい気がする。>

 書評は以上である。

 本を読まなくとも大体のニュアンスが伝わる。

 準備作業が終わったので、中野氏の<保護主義の何が問題か?>を読んでみよう。少し長いから、時間をかけて書き写してみる。

 <保護主義の台頭が問題になっている。保護主義とは、国内産業を守るため、関税などで輸入を制限することである。公共事業で使う鉄鋼を国産のみとする米国の「バイアメリカン」政策が、その典型だ。>

 <保護主義は世界不況を悪化させると、誰もが心配している。経済学者は皆、保護主義を国家のエゴだと批判する。サミットはいつも保護主義阻止で合意する。しかし、実に奇妙なことなのだが、なぜ自由貿易が望ましいのかについては、根拠がはっきりしないのだ。>

 <自由貿易は良いことだというのが、アダム・スミス以来の経済学の常識ではある。二つの国が相対的に得意とする製品に特化し、自由に貿易を行えば、両国にとってメリットがあるという「比較優位論」は、経済学の基本中の基本だ。>

 <ところが、この比較優位論は、実は、いくつかの特殊な前提の上に成り立っている。その一つは、各国が完全雇用の状態にあるという前提だ。しかし、今は、どう考えても、世界中で失業者があふれ、完全雇用からはほど遠い。自由貿易を正当化する理論の前提が、今は崩れているのだ。>

 <自由貿易のメリットを実証した研究は、あるのだろうか。それについては、両方あって、よく分からない。例えば、メリーランド大のロドリゲス氏とハーバード大のロドリック氏の「貿易政策と経済成長」(2000年)は、保護貿易が経済成長を妨げるとは言えないと結論する。>

 <また、ケンブリッジ大のチャン氏による経済史研究『はしご外し』(2003年 未邦訳)によれば、英米は保護貿易によって発展し、大国になった。そして、自国が大国になると、他国には貿易自由化を強要し、自国の優位を確保した。自由貿易が経済発展をもたらすという理論は、歴史的には実証できないというのだ。>

 <経済史の通説は、保護主義こそが1930年代の世界恐慌を悪化させたとしている。当時のアメリカは、自国の産業を保護するために「スムート・ホーレイ関税法」を定めた。他国も報復として自国の関税を引き上げ、自由貿易体制は崩壊した。その結果、世界経済が縮小し、恐慌は深刻化した。世界恐慌の教訓とは、保護主義の阻止に他ならない。これが通説だ。>

 <ところが、この通説も盤石ではない。テミン氏の『大恐慌の教訓』(1994年 東洋経済新報社)、マサチューセッツ工科大のドーンブッシュ氏とフィッシャー氏の分析(1984年)、ハーバード大のアイケングリーン氏の論文等(2001年)は、保護主義の悪影響は、通説に反して限定的だったと主張している。保護関税は輸入を制限することで内需を拡大する効果があり、その効果により保護貿易のデメリットは減殺されるという。>

 <このように、保護主義は、心配されているほど、危険なものではないのかもしれない。それどころか、世界不況の今、恐るべきなのは、むしろ自由貿易の方かもしれないのだ。>

 <自由貿易は安価な外国製品の流入や競争の促進によって、物価を下げ、消費者にメリットを及ぼす。しかし、それは、裏を返せば、物価や賃金の下落(デフレ)の圧力がかかるということだ。現在、世界中がデフレを心配しているが、自由貿易は、このデフレを悪化させる恐れがあるのだ。>

 <また、現在、世界各国が、内需拡大のため財政支出を拡大している。その財政支出の出所は、言うまでもなく税金だ。しかし、血税によって拡大した需要が、貿易を通じて外国企業にとられてしまうとしたら、政府は、納税者に対する説明責任を失ってしまうだから、米国は、公共事業用の鉄鋼を国産に限ったのだ。「バイアメリカン」政策は、確かに貿易の自由主義には反するが、「国民の負担による利益は国民にもたらすべし」という民主主義には合致しているのだ。>

 <保護主義は、貿易によるデフレ効果を減殺する。そして、デフレ対策として必要な財政出動の恩恵が、国外に流出するのを防ぐ。ならば、世界デフレ対策として、貿易の保護や管理を、ある程度認めてもよいという議論が、もう少しあってもよいはずだ。しかし、それが殆どない。>

 <もちろん、過度な保護主義は、確かに危険だ。保護貿易の行きすぎや乱用を防ぐのは、ひとえに政治の思慮深さによる。問題は、現実の政治に思慮深さを期待できるかだ。>

 <自由貿易論者の答えは「ノー」であろう。政治が信頼できないから、政治介入を一切排する自由貿易が良いとなる。多くの人が、証拠不十分でも自由貿易論を疑わないのは、それが、政治抜きでも秩序と繁栄は可能だと唱える「原理」だからだろう。自由貿易論は、政治不信に深く根を下ろしている。>

 <しかし、自由貿易を推進するのもまた、政治だ。政治がいかに信頼できなくても、政治抜きの世界へは逃げられない。非現実的なパラダイスを夢想し、議論もせずに「原理」に固執するのを「原理主義」という。色々議論した上で、保護主義を否定するなら、すればよい。しかし、議論なき原理主義は、保護主義以上に危険だ。そこで本稿は、敢えてタブーに挑戦し、保護主義を積極的に論じてみたという次第である。>

 一気に読める。痛快な内容である。ケンブリッジ大のチャン氏の説は説得力を持っているように見える。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本。先進諸国の論理はまだ罷り通るのだ。

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小沢氏辞任表明でも民主党の支持率は上がらなかった?~5月14日毎日新聞朝刊の世論調査結果

 毎日新聞は5月14日朝刊1面トップと3面を使って5月12、13両日行った緊急全国世論調査結果を掲載していた。11日午後5時からの小沢氏の緊急記者会見はほとんどの部分がNHKで全国中継されており、なおかつ各紙は12日朝刊で相当の紙面を使って小沢氏の辞任表明の意味合いなどを特集しており、グッドタイミングな調査だった。

 1面トップ見出しは<民主次期代表/「岡田氏を」最多25%/本社世論調査/鳩山氏は13%/内閣支持微増27%>だった。

 1面には[主な調査結果]として、

①小沢代表の辞任を評価しますか? 評価する49%、評価しない47%

②辞任時期は? 妥当14%、遅すぎた66%、辞める必要はない17%

③説明責任は? 果たしている13%、果たしていない83%

④麻生内閣を支持しますか? 支持27%(前回の4月10、11両日調査では24%)、不支持52%(同56%)

⑤次の衆院選で勝ってほしいのは? 自民党34%(同32%)、民主党45%(同42%)

 の簡単な表が付いていた。

 岡田克也氏か鳩山由紀夫氏か、という代表選挙が5月16日に行われるのだから、今の世論調査で「次期代表には誰が相応しいですか」と聞くのは当然で、それがニュースでもあるのだろう。だから、1面トップの見出しになる。これも当然だ。

 だが、この調査で私が注目したのは政党支持率だった。1面には、

 <政党支持率は自民27%、民主24%で、自民が民主を上回ったのは麻生内閣発足直後の2008年9月調査以来。>

 とあったが、4月10、11両日の調査からの変化を見ると、

 自民党 23%→27%

 民主党 24%→24%

 公明党 5%→6%

 支持政党はない 40%→36%

 つまり、「政党支持なし層」または「無党派層」と言われる人たちが連日の政治ニュースを見て、少し関心を持ったせいか、支持なし層が減った。そして、出入りはあるものの、トータルではその層の4%が自民党に上乗せされ、民主党の数字は動いていない。

 色々な分析ができるだろうが、青木幹雄・自民党参院議員が言っているという内閣支持率と政党支持率を単純に足した数字が70%を越していないと選挙で負ける、という「70%の法則」で検証してみると、4月10、11日調査では24+23=47。今回は27+27=54。麻生政権にとってはまだまだ厳しい数字だ、といえる。

 ただ、大型補正予算の効果が夏には出てくる。1万2000円の現金バラマキ作戦は給与所得の上がらない一般家庭にとって楽しみだ。私の知り合いも「うちは10万円以上入るから」と言っていた。子ども3人と老人2人は1人2万円なので合計10万円、それに夫婦は1万2000円ずつなので、2万4000円となって、12万4000円が入るのだ、という。これならば、買いたくてもためらっていた地上デジタルテレビ受像機が買える。そのうえエコポイントで46型以上の地デジテレビならば3万6000円分のエコポイントが付くので、思い切ってDVDプレーヤーまで買えてしまう。

 面白いのは、先の毎日新聞世論調査で補正予算を評価する人が37%、評価しない人が54%という数字が出ているものの、「評価しない」人たちの方が、この12万4000円の使い道を家族で侃侃諤諤、楽しみながら話し合っているようなのだ。

 だから、「評価しない」が多いからといって、内閣の施策に反対とばかりは言い切れない。この「バラマキ」、小渕恵三内閣当時の商品券もそうだったが、公明党の発案で、自民党が渋々つきあった、という経緯があるが、実は究極の資産再分配方法ではないか、と思うのだ。金持ちの税金をもっと高くする、つまり、所得税のきざみとカーブを増やすのが望ましいのだが、経団連など金持ち連合の反対でなかなか進まない。だったら、究極の再分配でどうだ、というのが公明党の「庶民の論理」なのだろう。

 共産党の志位委員長は小林多喜二ブームに乗って、低所得者層の取り込みに必死らしい。創価学会の家庭にまで「定額給付金はバラマキ」と言わせて喜んでいるが、そんなことに血道をあげるよりも、今の日本の再分配構造をしっかりさせるように、貧乏人政党同士共闘することを考えたほうがいいのではなかろうか。

 話が脱線した、毎日新聞世論調査の意味することに立ち返ろう。

 私が注目したのは民主党の政党支持率が1ヶ月前と比べて上がらなかったことなのだ。小沢氏が代表を辞任する、という意味である。民主党支持者だけでなく、国民全体の縮図がこ世論調査で見える、という仮定を受け入れれば、小沢辞任表明会見のインパクトはそうなかった、ということになりはしないか。

 もうひとつ面白かったのは次期民主党代表に岡田氏を、という人が31%から25%に減り、鳩山氏が11%から13%に増えている点だ。

 今までは「小沢帝国」が何と言っても磐石だったから、「まあ、岡田にやらせたら面白いんじゃない?」という軽い気持ちで「岡田」と言っていた人が、現実問題、もしかしたら総理大臣になる、という局面で「そこまでは…」と鳩山氏に宗旨替えした、とも受け取れる。この傾向が今後強まるのか、一時的なものなのか、分からないが、民意などというものは、このように泡のようなものなのだ。しかし、その泡を掬い取って、総意、コンセンサスという形に作り上げる芸術家が政治家なのだ。

 小沢不在の日本政治にそういう芸術家はいるのだろうか?

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2009年5月13日 (水)

立花隆氏はどんな日本の将来をイメージしているのか?~朝日新聞5月13日朝刊寄稿を読んで

 5月11日の小沢一郎氏緊急記者会見の余韻がまだ冷めない新聞である。13日朝刊各紙は民主党の新代表に鳩山由紀夫氏がなるのか、岡田克也氏がなるのか、と喧しい。鳩山氏だと小沢ダミーで、岡田氏だと小沢離れだそうだ。へー、そうなのか。

 面白かったのは、この「親小沢」VS.「反小沢」の対立を面白がり、囃し立てているのが朝日新聞と産経新聞だという点だった。産経新聞は分かる。政治部長論文で、小沢氏が辞めても政界引退するまでは安心できない、ゾンビになっても生き返るから警戒を緩めるな、と書く新聞だから、小沢氏に理解を示す鳩山氏を代表にしたくない、という気持ちが強いのだろう、と想像できる。16日の土曜日に国会議員だけで代表選出選挙を行えば、鳩山氏のグループと小沢氏のグループの議員だけで相当数いるし、旧社会党系議員も小沢氏贔屓だし、2007年参院選で当選した参院議員は小沢氏に世話になったから小沢氏の言うことを聞くので、鳩山氏の当選は確実。岡田氏は恥をかかない程度の票が取れるかどうか、という話である。

 朝日新聞と産経新聞は12日の民主党役員会で小沢氏が反小沢の4人を名指しして恫喝した、と書いていた。どう見ても小沢氏の悪い面を強調する手法だろう。

 驚いたのは産経新聞だけでなく、朝日新聞がこれやってのけたことだ。朝日新聞は結局、岡田克也氏を代表にしたいのだろう。それならそうと、社説ではっきり書けばいい。岡田氏を好きな人も多いだろうから、朝日新聞のファンも増えるだろう。こんな裏から応援して、サブリミナル効果を狙った人心収攬術を使わずとも、天下の朝日新聞ならば正面から正攻法で来ればいいのに、と残念に思った。

 その朝日新聞5月13日朝刊13面[オピニオン面]に[寄稿 小沢一郎氏とは]が掲載されていた。2人である。一人は評論家・ジャーナリストという肩書きの立花隆氏。1940年生まれとあるから、立花氏は昭和15年生まれ、終戦時には5歳の子どもだった戦後民主主義世代そのものなのだろう。もう一人は同志社大学大学院教授の浜矩子氏。こちらは1952年だから昭和27年生まれ。今最も重宝されているエコノミストの一人だ。

 立花氏の「してやったり」というような笑顔の大きな写真の隣に見える見出しは<古い古い政治体質/表舞台から退くべき/民主の人材難は深刻>だった。

 言っていることは今までの繰り返しに過ぎない。単純である。雑誌「世界」6月号で笹川伸一郎という人が「特捜幻想」という記事を書いている。その中で、特捜部が初公判を心待ちにしている、と書いてあり、逮捕された小沢氏の秘書がゼネコン各社の担当者に「工事がほしいなら献金してほしい。そうでなければ工事をやらせない」と話していた、と書いてあり、そういう事実が明るみに出れば、小沢氏が主張してきた「帳簿上の処理は政治資金規正法に則ってあくまで適正にやった」という形式論理は吹き飛んでしまうだろう、という。

 この部分の論理立ても乱暴だ。ネットで出回っているように、検察のリークで大久保秘書が犯行を自供した、という記事が一部の新聞に掲載されたことがあったが、担当弁護士には全く取材がなく、弁護士は大久保被告からそのような話を聞いていない、という状態がずっと続いているのが実態らしい。西松建設関係者中には、「世界」に書いてあるような自供をした被告がいるのかもしれないが、一方の当事者である大久保被告が認めていないことを「事実」と言い切るのは乱暴ではないか。一応、日本には判決が確定するまでは無罪と推定する、という原則があるやに聞いているのだが。

 立花氏の論はこの後、小沢氏の緊急記者会見に飛ぶ。

 <政治資金問題で質問した女性記者をグイとにらみつけ、「私は政治資金の問題についても一点のやましいところもありません」と大見得を切って見せた。>

 この感情的な書き方は何なのだろうか? 小沢氏は確かに口下手である。ただ、嘘はつかない。だから、荒波の政界でここまで生き残ってこられた。それを、いかにも嘘をついている、と言わんばかりの書き方である。どこに嘘だという証拠があるのだろうか? 小沢嫌いの産経新聞は質疑全文を掲載しているが、その中には、余程頭にきたのだろう、小沢氏が「君はどこの社だ」と聞いて「日テレです」と答えた遣り取りまで入れていた。立花氏が小沢氏を誹謗中傷する材料を集めているのだったら、その部分まで読み込んで、書いたほうが説得力があっただろう、とも思う。

 立花氏はこの「恫喝、大見得」は「テレビ時代の指導者に相応しくない」、と切り捨てるのである。そこで、見出しの、

 <古い古い政治体質の人なのだ。>

 という言葉が出てくる。

 立花氏の論理は面白い。田中角栄、金丸信、小沢一郎と並んだボスたちは強権的威圧調、つまり恫喝型の政治家だ、と言うのである。田中角栄は果たして強権的威圧調なのだろうか? あれだけの「人たらし」はいない、つまり他人を怒鳴らずにコントロールする名人はいないと思うのだが、その点で、立花氏と私の認識は違っているらしい。

 金丸氏も恫喝型ではなかった、と記憶する。口調は乱暴で、いい加減なことばかり言うが、他人への思いやりはあった。ただ、田中角栄氏の場合もそうだが、そうした思いやりがインナーサークルで発揮されることが多かったため、政官業の癒着が起きる。そこが問題だったのだと思っている。

 「恫喝型」という捉え方は当たらないと思う。

 そして、なぜ11日に小沢氏が緊急記者会見をしたか、を解読(?)し、読売新聞の世論調査結果が出たからだ、と言う。これは、昨日、私も指摘したとおり、そうだろうと思う。

 立花氏の論はNHKも同時期に世論調査を実施していたのだが、小沢氏の会見後に発表した、といかにもNHKが小沢氏に気を遣ったのではないか、と言わんばかりの書き方をしている。

 雑誌ジャーナリズム出身のフリーのライターにありがちな書き方で、いかにもありそうな風に書けば、読者は「そうに違いない」と思い込む。朝日新聞とNHKの関係を考えれば、この辺のくだりは朝日新聞の記者の入れ知恵があった、と推測するのが妥当だろう。その材料をフルに生かす書き方ができるとは、さすが立花氏ではある、と思うのだが、このような筆先で読者をごまかし、煽る手法は1970年代で終わりにしてほしかった。

 今の読者は当時よりは実証主義になっているので、そう簡単には騙されないと思う。

 その読売新聞とNHKの世論調査数字がその後の立花氏の論の根拠となる。

 読売では「自民中心の政権」15%、「民主中心の政権」17%に対して「大連立」が23%と両者を凌駕したと書き、さらに、それよりずっと多いのが「政界再編による新しい枠組みの政権」で39%だった、という。立花氏はこの数字をこねくり回す。

 <「自民党中心の政権」15%と「民主党中心の政権」17%を合わせたものよりずーと多い。世論は、自民党にも民主党にも愛想を尽かしているのだ。>

 と言い切るのだ。その後、NHKの数字を論拠に同じような比較をして、最後は、

 <だが、これで民主党は立ち直れるのか。私は今後数カ月の間に、民主党でも自民党でもない方向に急速に政治が動いていくような気がしている。>

 思わせぶりな終わり方をしている。

 自分の心には信念を持たず、世論という捉えどころのない「風」に流されるジャーナリスト、立花隆氏の面目躍如なのか、このような「気を持たせる」つもりで書いたであろうことが、どんなすごいことを意味しているのか、ご自分では意識していないだろうが、立花氏の立論は議会制民主主義を存続させるかどうか、という相当に際どい論なのである。

 ご自分では政界再編だ、何が悪い、と思っていらっしゃるのではないか、と推測するのだが、有権者と切り離された国会議員が永田町で動くだけで、どこまで物事が進むか。結局は進まないだろう。大きな日本丸の大転換はできない、というのが結論である。国会議員にしてみれば、衆院総選挙後でなければ政界再編はやりようがないのだ。

 そうなると、プロが立花氏の論を読んで感じるのは「立花氏は無意識にでも議会勢力以外の台頭を期待しているのか」という感覚である。昔の日本ならば軍部。ドイツならばヒトラーである。

 ヒトラーのナチスなど、立花氏が好きそうな「カネに清潔で国民的人気のある政党」だった。恫喝する政治家もいなかったし、国民に分かり易く政策を訴えた。だから、選挙で第1党となり、正式な国会手続きを踏んで政令委任の法律を通したのだった。この法律が制定された後、ヒトラーは人が変わったように独裁政治を始める。何もヒトラーは最初から「独裁者」という顔はしていなかったのだ。

 小沢氏をいかにも怖い政治家のように描いているが、私は逆だと思っている。国民的人気に乗って労働規制を緩和し、日本全国に派遣労働者をあふれさせ、裕福な階層のための政治をした小泉純一郎氏は恫喝などしなかったし、ニコニコしながら、ワンフレーズ・ポリティクスにいそしんだ。こういう人がファシストになるのだ、と思う。

 今の政治は確かにねじれている。衆参両院のねじれではなく、政党と理念が一致していない、というねじれである。しかし、それは時間をかけて補正していくしかないはずだ。急いでやれば副作用が怖い。

 時間をかけて、社会民主主義的な「小沢政治」か、勝者に優しい「小泉政治」かを座標軸に政党の再編がなされるのがいいのかもしれないと思っていた。しかし、小沢氏はすでになく、小泉政治も純正はボロボロになって、変形を重ねたため、今では実態が分かりにくくなっている。

 少なくとも言えることは、政治というものが立花隆氏の言うような単純なものではない、ということだろう。田中金脈を暴く作業は何十年も前の仕事だった。当時は大向こうを狙った一発勝負は成功したが、だからと言って立花氏が日本政治の主治医として適しているかどうか、とは別問題なのだ。大御所となった立花氏には、政治に嘴をはさまず、脳とか生命の研究にいそしんでいてもらいたい、と思う。そのほうが晩節を汚さず、世の中のためになると思う。

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海賊対処法案と腰の引けた日本:民間にすべて押し付けてきた過去~毎日新聞朝刊5月11、13日[アメリカよ]と4月26日[社説ウオッチング]

 ソマリア沖海賊にどう対処するのか、国会で海賊対処法案が審議中だが、新聞もようやく海賊について多面的に報道し始めた。

 毎日新聞は5月11日朝刊1面<ソマリア海賊/日本企業、EU軍頼み/政府動かず「待ってられない」>と3面の続き物[アメリカよ 新ニッポン論 第3部⑤]<民間自助の海賊対策/「外圧」で官邸一変/「一切動くな」→中国の海軍派遣表明→「早くしろ」/政府頼まず11年前にも/インドネシア暴動 社員救出作戦>で、海賊問題に日本政府がこれまで何もしてこなかったこと、今回の海賊対処法案にしても、中国の艦艇派遣に刺激されたものだったことなどを詳しくリポートしていた優れものだった。

 1面の記事から読んでみよう。

 <ロンドン郊外の欧州連合(EU)海軍作戦司令部。海運最大手の日本郵船(東京都千代田区)は、ここに3月末から現役船長を派遣している。外国の軍機関に日本の民間企業社員が籍を置くのは異例だが、「海賊対策には商船の運用情報が必要」という司令部の要請に応えた。「これまで我々が貴重な情報をいただいてきたお礼」(同社)という。EU軍と日本企業のきずなは、なぜ生まれたのか。日本の海賊対策は、民間が自力で他国軍に頼るしかない実態があったからだ。>

 民間が政府を頼れない、という現実だという。

 <2008年年4月21日早朝、東アフリカ・ソマリア沖のアデン湾で、日本郵船の大型タンカー「高山」が海賊に襲われた。ロケット弾が撃ち込まれ、燃料を流出させながら逃げ切ったところに、近くのドイツ海軍艦が駆け付けた。それまでは各国の無線交信を傍受しながらジグザグ航法などでかわしてきたが、現実の被害が出て、同社は国土交通省に安全対策を求めた。だが、具体的な動きはなかった。>

 昨年4月のことだった。この時にはまだ報道各社も大きな問題だとは認識していなかったようだ。

 <同海域を航行する日本関連商船は年間約2100隻。貿易立国の屋台骨を支えている。政府が動くのを待っている暇はなかった。>

 年間2100隻という数はやわじゃない。

 <事件の5日後。同社幹部は、アラブ首長国連邦ドバイにある英海軍・海運情報センター(UKMTO)に飛んだ。バーレーンにある多国籍合同任務部隊(CTF)の幹部にも会った。海賊はどのように襲ってくるのか、比較的安全な海域はどこか。集めた情報を基に、独自の安全対策マニュアルを作った。「実にオープンだった」(同社の鈴木勝朗・安全環境グループ長)。各国軍の「好意に甘える形」で護送船団に入れてもらった。>

 恥ずかしい話だ。

 <海運業界と海員組合が出動を期待した海上保安庁は装備や運用の難点を挙げて早々に辞退。業界は政府に「早急な艦船派遣」を強く働きかけたが、政府が動いたのは12月末、中国が海軍派遣を表明してからだ。>

 どういうことなのか? と聞きたくなるような遅い対応だ。

 <海保の巡視船を出せないのか、なぜ海自なのか――。議論の末、護衛艦「さざなみ」と「さみだれ」が、アデン湾で護衛を始めたのは3月30日。「高山事件」から約1年後だった。>

 いつものことかもしれないが、危機意識がまったくない日本政治の象徴かもしれない。
 <「米国も中国の派遣表明後、1月に現地で新部隊を編成するまで、同海域の海賊対策にはさほど熱心でなかった」(海自幹部)。日本が本腰を入れ出した時期と一致する。>

 何か日米同盟の負の部分が炙り出された感じもする。

 <今や「世界の平和に寄与する」とうたう日米同盟。だが、海賊対策の経緯は国民の安全確保より対米追随に敏感な日本外交の実態が浮かび上がる。>

 やはり、そう書いている。「国民の安全確保」が中心になるべきなのに、それをなおざりにしてきた日本政府である。

 以下は3面の[アメリカよ 新ニッポン論 第3部 平和の未来⑤]のコピペである。

 <ゲートを通って司令部にたどり着くまでにセキュリティーチェックが3回。1人になれるのはトイレだけ。ロンドン郊外のノースウッド基地内にある欧州連合(EU)海軍作戦司令部での一日は、緊張を強いられる。海賊対処で日本郵船から派遣された現役船長の進藤航さん(38)は警備の厳しさを実感するたびに「ここは軍施設なんだ」と気を引き締める。司令部は小学校の教室二つ分の広さ。中央の大型モニターに常時、アデン湾を民間船舶が航行している様子が表示されている。海賊が発生すると救難信号が出る。直ちに近くを警戒する軍艦に通報し、状況を逐次知らせるのが司令部の主任務だ。多い時は1日に5~6件のSOSが入る。>

 民間人がEU海軍基地に入った際の感想だ。

 <EU各国の軍人約100人が24時間3交代制で勤務。民間人は進藤さんと英国人2人の計3人きり。軍人たちは商船の速度感覚や運用要領をほとんど知らない。用語も微妙に違う。守る軍艦と守られる商船のコミュニケーションを助けるのが、進藤さんたちの役割だ。毎夕5時からの打ち合わせで意見を求められることもある。>

 なるほど、そういう仕事をしているのか。

 <「頼れるのはEU軍しかなかったので、お世話になった恩返しをしたかった。海賊対策の最前線を見て、自社の危機管理にも役立てたい」(進藤さん)。日本の安全が対米協調一辺倒で守れた時代は終わった。米国が動かなくても、日本独自で国際的に連携しなければ対処できない新たな危機が現に起きている。しかし、対米偏重の政府が手をこまねく間、民間が自助自立の試行を始めていた。>

 そういうことだ。

 <アデン湾海域は広大で海賊は神出鬼没。司令部の悩みのタネは慢性的な艦艇不足だ。「EU軍でも海上自衛隊の能力への評価は高い。早く正式に連携したいと思っている」(同)。だが、日本の議論は、その手前で足踏みしている。>

 社民党を気にして、実態論に踏み込めない民主党のだらしなさがこの事態を余計悪くしている。

 <海賊対処の護衛艦派遣は日本近海の不審船対処を想定した自衛隊法82条(海上警備行動)を根拠にしている。守れるのは日本関係の船だけだ。防衛省は当初「海賊対処は武器使用基準を緩和し、他国船も護衛対象にした新しい法律で行うべきだ」として82条での派遣には消極的だった。しかし、海上保安庁の岩崎貞二長官は昨年10月、国会で「総合的に勘案すると巡視船の派遣は困難」と明言。政府・与党の対応は滞った。野党も関心は薄く、民主党の平田健二参院幹事長は記者会見で「海賊? 漫画とかでしか見たことないが、日本の船が被害を受けたことはあるの」と発言したほどだ。>

 危機意識のなさを象徴する話だ。

 <ところが昨年12月16日、中国が国連で「海軍派遣」を表明すると事態は一転した。政府・与党はとりあえず海上警備行動で出て、海賊新法が成立次第、派遣根拠を切り替える「2段階方式」を目指すようになる。海自幹部の証言。「年末まで『一切動くな』と言っていた上からの指示が、年が明けると『早くしろ』に変わった。官邸の念頭にあったのは、間違いなく中国への対抗意識だ」。>

 中国と張り合うのか、張り合わないのか。

 <同海域は欧州とアジアを結ぶ航路のため、米国は海賊対策にお付き合い程度だったが、1月、多国籍合同任務部隊(CTF)を新たに別編成して積極的に関与しだした。「海軍の外洋派遣は500年ぶり」という中国の狙いは、アフリカへの権益確保にあるとみたからだ。海賊対処に姿を借りた「海の覇権争い」という国際政治の力学が働いた。>

 海の派遣争いである。中国はその狙いで艦艇を出したのは間違いない。

 <憲法が制約する自衛隊派遣はまだしも、とりあえず可能な安全航行のための情報収集にも素っ気なかった日本政府だったが、米中両国の「外圧」を受けると初めて慌てだした。>

 情けない、の一言に尽きる。

 <11年前にも、インドネシアで政府が後手に回る事件があった。>

 ここからは過去の事例だ。

 <1998年5月14日。ジャカルタで、前年のアジア通貨危機をきっかけにしたスハルト大統領(当時)への抗議活動が暴動に発展。商店は破壊され、道路の車に投石の雨が降った。日本人学校の児童らは帰宅できず校舎で一晩を過ごし、在留邦人は国軍兵士に金を渡し自宅を警護してもらうあり様だった。>

 日本は貿易立国だという。貿易は国内で生産した製品を海外で買ってもらって初めて成立する。そのためには商社マンらが血の出るような苦労をして、商品を売り込んでいる。当然、治安の悪い国にも行く。その時、行った奴が悪い、という変な自己責任論では済まない現状がある。日本の生き残る策を実行している企業戦士の命の問題だからだ。

 <米国は即日、自国民約1万人の保護を宣言し、チャーター機を手配。オランダは翌15日には救出を即行した。これに対し、日本政府はチャーター機や自衛隊機の派遣について「検討している」と繰り返すばかり。決断と手続きにもたつき、邦人約1万3000人に焦りが広がった。>

 ひどい話だ。こういう人たちに愛国心を持て、と政治家が叫んでも空しいだけではないか。

 <一刻を争う状況のなか、繊維大手の東洋紡(大阪市)海外事業部長だった滝彰親さん(65)は、独自の社員救出案を立案した。「初めから日本政府に頼る考えはなかった」からだ。社員と家族約30人を首都から約120㌔㍍離れたバンドン市の空港に移送し、民間チャーター機で国外に脱出させる計画で、同社トップも即決。小型機を調達し、飛行許可も取り、決行寸前の16日、やっと政府が民間機の臨時便派遣を決めた。計画は実行されなかったが、滝さんは「自力脱出する手はずだったことを公表しておけば、その後も責任を恐れて決断しない政府の無責任さを考える議論のきっかけとなったはずだ」と悔やむ。>

 こういう苦労に支えられて日本は外貨準備を増やしてきたのだ。

 <当時官房長官だった村岡兼造さん(77)も、結果オーライだったと強調したうえで「大使館は『日本人は襲われない』と分析していて、的確な情報が来なかった。手を尽くしたが、政府の対応が遅れたのは反省すべき点だ」と認めている。>

 大使館員は普段何をしていたのだろう? 高い給料を貰ってゴルフ三昧の日々を送っているからこういうことになる。

 以上が5月11日の毎日新聞朝刊である。

 この[アメリカよ]の第6回でもこの続きを書いていた。毎日新聞5月13日朝刊2面。見出しは<ソマリア沖海賊 護衛艦出動/「国益」気負う海自>だった。

 本文を読んでみよう。

 <仕出し弁当を前に、会議室の雰囲気は硬く会話は途切れがちだった。2月、東京・市ケ谷の防衛省A棟(本館)の一室。海賊対処について、船主協会・海運会社の幹部と防衛・国土交通両省の担当者の打ち合わせが済み、海上自衛隊側が「お昼をご一緒しませんか」と誘った時の光景だ。海運と海自。海洋国家を支える官と民の間柄だが、意外にもこれが「戦後初の会食」だったという。太平洋戦争中、旧海軍は商船を根こそぎ徴用し、多くの船や船員が失われた。「軍はいざとなれば我々を利用するだけだ。絶対に信用できない」。苦い記憶は、半世紀過ぎても船乗りの間に根深く受け継がれている。外洋で他国軍の艦艇と行き交えば敬意を表して旗を掲げるが、海自と出合っても無視する船も多い。ぎこちない空気の中、海自幹部が起立した。「戦時中、6万柱の船員の方々が犠牲になられたことを我々は存じております」。あえて古めかしい言い回しで和解を求め、「今回、海賊対処で海上自衛隊は戦後初めて海外で民間の方々の命を守る使命を得ました。大変な栄誉です」と締めくくった。>

 戦争の傷がまだ癒えていない人たちがここにもいたのだ。

 <護衛艦出動には、冷戦後の自衛隊海外派遣の歴史を画する狙いも込められている。湾岸戦争後の掃海艇派遣(1991年)、陸自のカンボジアPKO(1992年)、モザンビークPKO(1993年)、ルワンダ難民救援(1994年)からイラク復興支援(2004年)まで、これまでの派遣はすべて国際貢献の名の下に、絶えず米国の顔色をうかがいながら行われてきた。それが今回、強盗・誘拐犯にすぎない海賊相手とはいえ、初めて「国益」を守るために海外へ出た。米中両国に触発されての派遣だが、「米軍の補完機能しかない」とされてきた海自内には「自立への第一歩」と気負う空気がある。>

 そういうことだ。

 <だが、現実は甘くない。4月12日、米国は沸きかえった。ソマリア沖で同8日、米貨物船が海賊に襲われ、乗組員の代わりに人質になった船長が、米海軍特殊部隊に救出されたのだ。部隊は犯人3人を射殺、拘束した1人を「米国の法律で裁く」として米国に連行した。キリスト教の復活祭だったこともあり、米メディアは「素晴らしい贈り物だ」と速報。華々しい救出劇が一日中テレビ画面にあふれ、「ヒーローは私ではなく海軍だ」と語る船長の言葉に国中が酔った。発生直後から、米メディアは連日「オバマ大統領の危機管理能力が試される最初のテストだ」とあおった。米連邦捜査局(FBI)の交渉人も送り込まれたが難航。狙撃を含めた強硬策を許可したのはオバマ大統領だった。解決後は声明も出して歓呼に応えた。>

 このオバマ流は危険だった。

 <過剰に武力を頼み、非合法な手段も辞さなかったブッシュ前政権。米国民はあきれ、疲れ、反省し、人権尊重・対話路線にかじを切るオバマ政権に期待したはずだったが、いったん事が起きれば「銃を持つ民主主義」の本性は牙をむく。本格参入したばかりの米国が、いきなり武力を前面に押し出したことで、海賊側も報復を宣言、アデン湾に不穏な空気が漂いだした。米同盟国の英海軍にも「米国はやりすぎだ。エスカレートしなければいいが」と懸念する声がある。>

 そういうことだ。海賊がより強力な武器を手にし、銃撃戦も厭わない戦術に転換する危険性が出てきたからだ。

 <武器使用が正当防衛や緊急避難の場合に限定されている自衛隊にも戸惑いが広がる。派遣護衛艦には、特殊部隊「特別警備隊」が乗船。実動任務は初めてだ。早々に起きた米軍の銃撃戦で緊迫感は一気に高まっている。防衛省幹部は「派遣部隊は極めて慎重に行動させるが、米国の事件があったことで、日本関係船が標的になった場合の世論は怖い」と悩む。>

 そういうことだ。

 <海運会社幹部は「米軍の活躍を見て、正直うらやましいと思った」と率直だ。ただ、旧軍に対する戦時中の不信感が氷解したわけではない。「日本には日本独自のやり方があると思う。我々が願ってきたのは、海上保安庁でも自衛隊でも外務省でもいい、国が責任をもって対応してくれることだけだ」>

 国が責任を持つ、ということは、もしもの場合を想定して、補償法なども整備するということである。そこまで日本では頭が回っていない。一端起きてからの話になる。その場合、急激に膨れ上がるナショナリズムに背中を押されての法案作りとなるだろう。その危険性を考えれば、今のうちに準備すべきことなのだ、と思うのだが。

◆4月26日の社説ウオッチング

 毎日新聞は4月26日の社説ウオッチングで早々とこの海賊対処法案について、各社の社説を比較検討する中で、この海賊対処が日本の「ポスト冷戦後」安全保障政策の大きな節目になるだろう、との視点を出していた。見出しが<海賊対処法案 冷戦後日本の姿勢問う>である。本文をコピペしておく。

 <24日、竹田いさみ独協大学教授のソマリア海賊に関する話を聞く機会があった。ソマリアは英仏伊の植民地から独立した父系氏族(クラン)割拠社会で、主たる産業もなく、冷戦時は米ソの援助で生活。冷戦後は湾岸諸国からの支援や、アフガニスタンからの麻薬、パキスタンなどからの小型武器密輸、それに各国漁船から巻き上げた「罰金」が収入源だったが、2001年の9.11後、密輸ルートが断たれ、氏族単位で武装海賊に転身。政府がない破綻国家で、警察もなく、ボロ稼ぎできる海賊はあこがれの職業で、1人が捕まっても数人が新たに加入する、という常識を超える現状を竹田氏はリポートしていた。>

 ソマリアの現状である。

 <昨年1年間のアデン湾・ソマリア沖の海賊事件は111件だったのに、今年は4月23日までに87件発生。年間では300件を超える、という予想もある。>

 これも統計数字。

 <実は各紙のソマリア海賊対策社説が出始めた昨年12月、塩野七生さんの「ローマ亡き後の地中海世界」(新潮社)を読み始め、2月に下巻を読み終えた。塩野さんはローマ帝国滅亡後の地中海を支配した「イスラムの海賊」が1000年間も地中海を荒らし回り、テロ戦法を使う海賊業がビジネスとして確立していた、と書いていた。中世の歴史と同一視してはいけないが、アデン湾・ソマリア沖一帯が西欧的国家概念とは無縁な海賊の横行する海となってしまったことは間違いない。>

 地中海の歴史とイスラムの歴史である。

 <昨年、国連安保理でソマリア海賊への武力行使を求める決議など10決議が採択され、12月には安保理閣僚級会合とケニアでのソマリア対策会議が相次いで開かれ、日本政府も本腰を入れ始めた。12月から各紙は「海賊新法で対応せよ」と主張し始めた。政府は3月13日に海賊対処法案を閣議決定するとともに、麻生太郎首相の承認のもと浜田靖一防衛相が自衛隊法に基づく海上警備行動を発令。14日に海自護衛艦2隻が出航、30日にはソマリア沖で哨戒活動を開始した。そして、約1カ月後の4月23日、衆院は海賊対処法案を政府原案通り可決した。>

 これは国際社会と日本での海賊対応の大筋だ。

 <今回の海賊対処法案には従来の自衛隊海外派遣法と違う点がいくつかある。①今までのテロ対策特措法、イラク復興特措法、新テロ対策特措法はいずれも時限立法だったが、海賊対処法案は恒久法(一般法)で、国連平和維持活動協力法(PKO協力法)と似ている②いままでは自衛隊海外派遣法は国会の事前承認を定めたが、今回はそれを外した③自衛隊派遣とはいえ目的は海賊から日本タンカーなどを守るためで、警察行動に限る――である。>

 海賊対処法案の特徴である。

 <各紙、主張が割れたのは国会承認の必要性だった。民主党は修正協議で国会事前承認を求めたが、首相が本部長を務める「海賊対処本部」を新設し、派遣される自衛隊員は本部員を兼務する、という屋上屋を架す制度変更も要求し、与党がのまなかったために、修正協議は不調に終わっている。>

 <毎日は「与党は、海賊対策が警察行動であることに加え、『ねじれ国会で事前承認にすれば不安定な制度になる』と反対した。しかし、文民統制(シビリアンコントロール)を強化しようという主張を、文民統制の主体である国会あるいはその一院が派遣に反対する可能性があることを理由に退けるというのは本末転倒の議論である」として「与党が譲歩し、事前承認か事後承認で民主党と合意すべきである」と注文をつけた。日経も「国会承認の有無だとすれば、浜田靖一防衛相は既に柔軟な姿勢を示している。その方向で合意できれば早期成立の見通しが立つ」。東京も「事前承認の形で国会を関与させるのは妥当」とした。一方、読売は①領海侵犯時などの海上警備行動には国会報告の義務はない②国会承認が必要なのは防衛出動や治安出動など極めて限定された自衛隊の行動だ③民主党が賛成するならいいが、将来、別の海域での海賊に迅速に対応できないリスクも生じる――として国会承認に反対だ。産経は「ねじれ国会」で機動的派遣が困難になるおそれを重視し、反対した。>

 ここまでは、法案に対する各紙の見方だ。

 <もしも政府・自民党が修正の「のりしろ」を考えているのならば、民主党は国会承認を入れた修正案に合意する努力をすべきだろう。社民党などとの国会共闘、総選挙協力をにらんだ配慮を優先すべきではない法案だ、と思う。>

 ここは筆者の意見でもあり、毎日新聞の論説委員会の結論でもあった。

 <なぜなら、この恒久法案は冷戦崩壊後の日本の生き方を真剣に考えさせる法案だからだ。日本のエネルギー資源の大半は中東からタンカーで運ばれる。海賊に襲撃されたら、抵抗できない。護衛で米国を頼れない。日本が自分の責任で守らねばならない。冷戦崩壊は世界の海を米ソの軍艦がにらみを利かした「平和の海」から「海賊多発の危険な海」に変えた。>

 ここが先ほどの続き物で強調していた「国益のための法案」という部分を分かり易く言っている部分だろう。筆者は、

 <この法案はあくまで短期策である。>

 として、中長期策の提言に移る。

 <毎日は「ソマリアの政情改善に向けた国際協力と、周辺国の海賊取り締まり能力の向上がカギを握る」と政府に外交面の積極的な取り組みを求めた。中長期的に日本がどれだけ国際貢献できるか、も問われる。日本にはマラッカ海峡の海賊対策で日本財団(笹川陽平会長)主導で周辺国を巻き込んだ枠組みをつくり、機能させ始めた実績もある。時間はかかるだろうが、国連主導のカンボジア、東ティモール型のソマリア暫定統治機構設置に向けて主導権を取るなど、日本の特色を生かした政策が可能だと思う。海賊対策は日本外交跳躍のチャンス、と前向きに考えるべきだろう。>

 自衛隊で守るだけではイタチゴッコで海賊が生まれるシステムは残存したままになる。だからこそ、中長期策を取れ、という提言だ。毎日新聞の主張を敷衍したものだろう。何しろ、日本政府は今まで何もしなさ過ぎた。国会の怠慢も厳しく問われるべきだろう。

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オバマ米大統領とキューバ:伊高浩昭の寄稿を読んで~毎日新聞5月13日夕刊

 毎日新聞5月13日夕刊文化面にジャーナリストの伊高浩昭・立教大学講師による<オバマ政権とキューバ/容易ではない「冷戦終結」への道>の寄稿が掲載されていた。見出しにつられて読んでみた。

 <カリブ海のトリニダード・トバゴ(TT)で先月17~19日開かれた社会主義キューバを除く米州機構(OEA。英語でOAS)34カ国の第5回米州首脳会議は米・キューバ間の冷戦終結には依然、相当の曲折があることを印象づけた。>

 という書き出しだった。日本人が感覚的に中東とともに「最も遠い国々」と思っている地域である。

 <会議はバラク・オバマ米大統領のラテンアメリカ(以下「ラ米」)外交のデビューで、米国が半世紀も維持してきた対キューバ経済封鎖の解除に踏み込むか否かが焦点だった。オバマはそれを明確にせずラ米世論を失望させたが、封鎖の柱である貿易、投融資、運輸、渡航の制限撤廃には多くの場合、米議会での立法措置が必要で、慎重にならざるを得ない側面はあった。>

 そういう話が進んでいたのか。

 <だが封鎖を任期内に解除する方向性を打ち出すのは不可能ではなかったはずだ。オバマは米国が<制裁>と一方的に呼ぶ封鎖をはじめキューバ締め付け政策が機能していないのを認めながら、「政策は一夜では変わらない。政治囚、言論の自由などキューバ側の諸問題を避けては通れない」と明言し、「キューバの出方」を見守るとした。これは、オバマが4月13日、キューバ系米国人(150万人)に限って、キューバへの里帰りやキューバにいる家族への送金を自由化したのを念頭に、「キューバが譲歩する番だ」と迫ったもの。だがキューバのラウール・カストロ国家評議会議長は同月29日、対等な立場での交渉には応じるが譲歩はしないと、はねつけた。>

 何か、ケネディ・ジョンソン時代を見ているようだ。

 <それはなぜか。封鎖を《制裁》と呼ぶ米国の姿勢に根本的な誤りがあるからだ。>

 として、

 <米国はキューバ革命政府が農地改革を実施した直後の1959年8月経済封鎖を開始、61年1月キューバと断交した。同年4月反革命派の亡命キューバ人部隊をキューバのコチーノス(豚)湾ヒロン浜に上陸させ、カストロ政権打倒を図り失敗した。すると62年1月キューバをOEAから追放し、全面的な経済・外交封鎖を敷いた。従わなかったのはメキシコだけだ。>

 アイゼンハワー政権のことだ。1958~59年、腐敗したバチスタ独裁政権打倒に立ち上がったカストロの革命に1960年大統領選挙に立候補したケネディは最初、共感していた。しかし、1960年にはアメリカ国内で広がっていったカストロ批判の意見に同調し「カストロは始めこそユートピアを志向する空想的社会主義者だったが、今では理想主義を捨て、キューバの共産主義者と手を組んでいる」と考えるようになっていた。カストロ新政権はアメリカを悪者にしてキューバ国内の反アメリカ感情を利用して自らはソ連や中国ト関係を深める狙いがあるように思われた。このため、ケネディは大統領選挙運動中、リベラル派や共和党候補者、ニクソンの攻撃に直面したケネディはアチソンの助言を受け入れて、キューバについてはそれ以上の突っ込んだコメントを避けていた。

 ところが、CIAはケネディ大統領就任2日後、キューバに対して実力行使に出るべきだと強くケネディに求め始めた。1月22日、ラスク、マクナマラ、ロバート・ケネディ、レムニッツァー、ダレスや外交政策責任者や国防のエキスパートが出席した会議でダレスは「グアテマラで軍事訓練を受けている亡命キューバ人については、もう2カ月もすれば何かしなければならなくなります」と強調した。カストロがラテンアメリカ諸国に共産主義を広げようと計画し、カリブ諸島やほかの国でもすでに勢力を持っている、と考えられていたからだ。

 ケネディは苦境に立った。侵攻に反対したら、グアテマラの亡命キューバ人を武装解除せねばならなくなり、そうなれば南北アメリカの共産主義との戦いを訴えたアイゼンハワーの計画をたなざらしにしたと批判される。侵攻によって国際的な大惨事を引き起こす可能性もあった。

 シュレシンジャーはケネディに「どれほどうまく隠してもアメリカの仕業だと思われてしまう。大規模な抗議行動が起こるだろう。大統領として外交の舞台で初めてイニシアチブを取るのがこの問題となると、これまで世界で盛り上がっていた人気もたちまちしぼむ。新政権についての悪いイメージが世界中に固定されかねない」と語っている。

 ケネディは追い込まれた。CIAはケネディに「キューバのサバ地区にあるビッグズ湾から侵攻すれば国際戦争というよりも、国内革命を支持するゲリラの潜入だと思われるでしょう」と進言し、逡巡するケネディを押し切り、4月17日に攻撃を実行する。侵攻作戦は100人以上の命を犠牲にした大失敗に終わった。

 絶望に打ちひしがれたケネディだったが、気を取り直し、アイゼンハワー、ニクソンらの支持を取り付け、4月末のギャラップ調査では83%という高支持率を得た。これがケネディの「最初の100日」つまり「蜜月」の外交だった。

 <歴史的経緯に加え、米中央情報局(CIA)などの絡んだ、フィデル・カストロ前議長らキューバ要人の暗殺未遂事件がキューバ側発表で600件もあったことから、キューバは「制裁されるいわれはない。制裁に値するのは米政府だ」との立場だ。>

 つまり、アイゼンハワーという共和党の大統領時代に始めた共産党政権との戦いが民主党のケネディ時代にも続き、その後の政権も束縛した、ということで、そういう流れの中で、アイゼンハワーが退任演説で強調したように産軍複合体が強くなって、軍事的策動が続いた。ホワイトハウスの最終決定は受けているものの、実際はCIA,軍部が主導した作戦が繰り返されたということだろう。

 <キューバにとっては、封鎖という一人芝居を演じる米国が、それを緩和するから譲歩しろと迫るのは非論理的にして滑稽な上、内政干渉になる。さらには米国が「民主」制度の有無や強弱をほとんど問題にせず中越両国やアラブ諸国と友好関係を結び、北朝鮮とも関係改善交渉をしていたことから、「二重基準」としか映らない。TT会議で、キューバとの関係正常化を急ぐ意思が当面オバマにないことが浮き彫りになった。>

 1962年8月、アメリカの諜報機関はソ連から軍事装置がキューバに次々と搬入され、ソ連の護衛の下に内陸部に運ばれていることを察知した。射程距離の短いSA-2ミサイルだろうと国務省は結論付けた。9月4日、サリンジャーが射程距離40㌔㍍の対空ミサイルと船対船ミサイルを搭載した魚雷艇が持ち込まれたこと、ソ連の軍事技術者3500人がキューバに派遣されたことを述べ「確認はされていない。しかし、キューバがソ連の攻撃用基地化されれば、アメリカは必要なあらゆる手段を取る」という大統領声明をマスコミに発表した。

 「キューバ危機」の始まりだった。このくだりはロバート・ケネディ「13日間―キューバ危機回顧録」(中公文庫、2001年)に詳しい。

13日間―キューバ危機回顧録 (中公文庫BIBLIO20世紀) 13日間―キューバ危機回顧録 (中公文庫BIBLIO20世紀)

著者:ロバート ケネディ
販売元:中央公論新社
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 <それどころか米国務省は4月末、キューバを新たに《テロ支援国家》に指定した。キューバは「国家テロの長い歴史を持つ米国に、他国をそのように決めつける権限はない」と反駁した。米国の態度には「キューバは内政問題」とする歴史的誤謬がうかがえる。米国は、キューバが宗主国スペイン相手に独立戦争をしていた1898年、介入して《米西戦争》を演じ、1902年キューバを《独立》させ、グアンタナモ基地を奪った。翌1903年、コロンビア領パナマを強引に《独立》させ運河を建設し、運河地帯を1999年まで事実上の米領としていた。ヒロン浜侵攻も、米軍が1989年末パナマ市に侵攻し数多くの住民を殺傷しノリエガ将軍を米国に連行したのも、キューバとパナマを《独立》させ属領化していたが故の蹂躙だった。相手の主権は眼中にない。>

 アメリカが戦争に負けていないからこうなっている。

 日本は同時期に日露戦争に勝った。樺太の南半分と千島列島を手に入れたが、太平洋戦争の敗戦でこれを失った。日清戦争、日露戦争の時代とその後の満州事変の時代、アメリカもフィリピンを手に入れるなど、世界帝国主義の強大国だったが、日本が大東亜戦争という植民地解放戦争を起こしたため、日本は敗戦したものの、世界中の植民地は独立した。そして、その独立の経緯がその後の二国間関係に大きく影響している、ということだろう。

 <ワシントンでは先月半ばから米州担当国務次官補と在米キューバ利益代表部代表との間で、予備的な話し合いが密かにもたれているが、肝心なのはオバマの決断だ。賢明なオバマには、キューバ問題の最終的解決は、パナマに運河を返したように、封鎖解除に続くグアンタナモ返還が不可欠という想像力があるはずだ。だがあまりにも深い「帝国主義」という米国の歴史的業を解くのは、オバマとて容易ではない。いま必要なのは双方が過去を反省しつつ胸襟を開き未来と向き合うことだ。ラ米にも、団結して、業を解くよう米国に働きかける覚悟が必要だ。>

 グアンタナモ基地問題でもオバマ大統領は妥協を余儀なくされた。バイデン副大統領が産軍複合体の意向を体現している、という話もある。もしもオバマ大統領が暗殺されれば、ケネディ大統領暗殺で南部の差別主義者ジョンソンが大統領になった悪夢をアメリカ人はデジャブとともに「バイデン大統領」に感じなければならない。

 オバマ氏の行方は決して平坦ではない。孫崎享「日米同盟の正体~迷走する安全保障」(講談社現代新書、2009年3月20日第1刷発行、定価798円)には次のような話が載っていた。

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書) 日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)

著者:孫崎 享
販売元:講談社
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 バイデン氏は選挙運動期間中に「ケネディ大統領の時と同じように大統領就任6カ月以内に世界はオバマをテストする。国際的危機が来る。この人物を見極めるための国際的危機が来る。オバマは真にタフでなければならない」と予言している。

 以上。気味の悪い予言だ。まだ就任4カ月。半年までにはあと2カ月ある。

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2009年5月12日 (火)

「小沢氏辞任」各社社説が書かなかったこと~5月12日各紙朝刊から

 時間があったので、5月12日付の各紙社説を読んでみた。小沢一郎・民主党代表の11日午後5時からの辞任記者会見を取り上げた社説である。各社は政治部長論文なども1面に掲載。論説室だけでなく、編集局としての見方も示していた。それだけの大事件なのだろう。

 特異だったのは産経新聞の政治部長論文で、小沢氏が首相になる可能性がなくなってホッとしている、と激白していた。この人は本当に小沢氏と肌合いが合わないのだなぁ、と思った。

 その他の社説、部長論文に共通していたのは「辞任表明が遅すぎた。おかげで民主党も日本の政治も無駄な2カ月を過ごしてしまった」という小沢氏への批判、そして、「自民党が小沢氏を引き摺り下ろしたのでもなく、民主党の自浄作用で辞めさせたのでもなく、民意、世論が辞任に追い込んだのだ」という手前味噌とも受け取れそうな解説だった。

 まあ、新聞とすれば、特に「政治とカネ」問題で神経質な反応を示す40、50代の女性たちを気にして、「企業から大金を貰った小沢氏はなぜもらったか、説明すべきだ」などと法律でも要請していないような要求を小沢氏に突きつけ、更年期の中年女性たちのカタルシスを満足させる必要があったのだろう。

 各紙のタイトルを並べてみよう。

朝日新聞 小沢代表辞任/政権選択に向け再起動を
毎日新聞 小沢氏辞任表明/やっと政治が動き出す
読売新聞 小沢代表辞任/世論に追い込まれた末の退場
日経新聞 民主党は「小沢辞任」踏まえ政策勝負を
産経新聞 小沢代表辞任/判断遅すぎ、信頼を失う/後継選びで基本政策を競え
東京新聞 小沢民主党代表が辞任/態勢立て直しを急げ

 論説委員も政治記者も辞任表明でホッとした、というのが本音だろう。

 何しろ、先日までの状態が続いていたら、小沢氏辞任を他社に抜かれてはいけないし、最後まで辞めない可能性も残っていた。小沢氏は担当の記者には何もしゃべらないし、普通の政治家と違って「側近」にも本心はしゃべっていないようだ、となれば、取材に当たる記者はゴールデンウイークが吹っ飛んだだけでなく、「どこまで続くぬかるみぞ」で、徐々に小沢氏を取材するのが苦痛となり、小沢嫌いになるのはある意味、やむを得ないことだろうなぁ、とも思う。

 今回の事態で小沢氏が予期しなかった「逆風」は「年寄りの反乱」だったのではないか、とも思う。朝日新聞の早野透氏、毎日新聞の岩見隆夫氏ら小沢氏が信頼していたベテラン編集委員たちが今回はそろって「小沢辞めろ」コールを繰り返した。ともに、いままでは小沢氏の応援団のような存在だった。政治家でも渡部恒三、藤井という二人の最高顧問をはじめとする「おじいちゃん」たちが、今までお世話になったことも忘れて(?)「小沢辞めろ」と「身内の反乱」を展開した。小沢氏は、これで気持ちがプッツンと切れたのだと思う。

 小沢氏は連休中じっくり考えた結果、出した結論だ、としゃべっていた。世論調査の数字を見て、最終決断したらしい。

 新聞社の世論調査が政治を動かした、ということなのだろうか。

 その「世論調査政局」については、共同通信政治部の柿崎明二記者が「『次の首相』はこうして決まる」(講談社現代新書、2008年10月20日初版、定価756円)で詳しく分析していたので、そっちを見てもらうことにして、解説は省略する。

 読売新聞5月11日朝刊1面<小沢氏続投「納得せず」7割/本社世論調査/内閣支持上昇29%>と2面トップ<民主、危機感募る/本社世論調査/代表辞任迫る声も>が最後の引き金になった可能性はある。

「次の首相」はこうして決まる (講談社現代新書) 「次の首相」はこうして決まる (講談社現代新書)

著者:柿崎 明二
販売元:講談社
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 しかし、新聞の記事もテレビのワイドショーも鏡に映った姿である。実体通りではないが、そこにまったくない幽霊を描くことはほぼありえない。

 元はと言えば、東京地検特捜部政局だった。東京地検が動かなければ、マスメディアがこんなに小沢氏を叩くことはなかっただろう。

 東京地検特捜部が西松建設事件の関連という名目で、小沢氏の公設秘書を逮捕、起訴したことである。「政治資金を受け取った」と政治資金収支報告書にちゃんと記載して、ちゃんと届け出ているにもかかわらず、「書き方が間違えている」といちゃもんをつけて無理矢理逮捕した。そんな解釈しかできない逮捕だった。偽装を繰り返し、報告書に記載もしなかった悪質さが際立つ二階俊博・経済産業相のケースはどうも不問にするようである。報告書にちゃんと記載、法律を守って届け出てしている政治家を狙った。

 その理不尽さについて、東京地検特捜部は最後まで説明しなかった。

 東京地検特捜部の狙いは何だったのだろう、とずっと考えていたのだが、分からなかった。ただ、そうこうしているうちに、地検特捜部の狙った最大のターゲット、小沢一郎氏の引き摺り下ろしは完成したことになる。地検特捜部はさぞや喝采を叫んだことだろう。昨夜など、大宴会をしていたのではないか。

 自民党にとってもこれで長期政権が見えてきた。地検特捜部様様である。

 こう言っても分からない方々が多いだろうから、少しだけ説明しよう。

 一言で言えば「選挙に強いという『小沢神話』を最大の求心力にして、寄り合い所帯と揶揄される民主党をまとめてきた」(日経新聞社説)小沢氏が不在となった場合の民主党の求心力の欠如である。

 今後、民主党の新体制の下で、選対本部長なりに就任するかもしれない小沢氏が裏で票集めに尽力しようとしても、

 <小沢氏は『政治資金について、一点のやましいところもない』と強調したが、事件について反省し、説明責任を果たそうとはしなかった。辞任するだけで、違法献金事件の批判や疑念を一気に払拭できると思っているのだろうか。政治とカネをめぐる国民の政治不信を増幅させたのに、こうした辞め方が党の信頼回復に結び付くとは思えない。民主党は自民党よりもクリーンな政党だというイメージを、大きく壊した事件であることを忘れてはなるまい。事件の説明責任が消滅するわけではない。有権者は新体制がどれだけ自浄能力を発揮できるか厳しい視線を向けるだろう。>(産経新聞「主張」)

 という見方が今でもマスメディアの大勢なので、小沢氏は自由に動き回れないだろう。動き回れば「反小沢」の急先鋒、仙谷由人氏らが騒ぎ、党内は小沢VS反小沢で滅茶苦茶になり、総選挙どころではなくなる可能性もある。

 私は肯んじていないのだが、小沢氏は野党共闘を重視する立場で社民党に配慮し、海賊対処法案の修正協議にも応じていない

 自衛隊を海外に出すのに、国会の事前または事後の承認すらない法案がこのまま法律としてできあがる可能性が強まっている。国会承認をつける法案修正には浜田防衛相も内々賛成しているのに、自衛隊とは別の組織にして海外に派遣すべきだ、という社民党の原理主義的な要望にがんじがらめにされ、政権担当能力すら疑われるような対応をしているのが現状なのだ。

 しかし、それでも、政権を取れば180度態度を変えて、自民党内の反小泉勢力と手を組み、政界再編をするのだろう、と考えて我慢して見ていた。

 ところが、小沢氏のいない民主党はもう方針転換どころではない。最有力候補である岡田克也元代表は、人はいいのだが、こっちもまた原理主義者で、融通が利かず、そのような芸当はできない、と思う。

 鳩山由紀夫氏は頭はいいのだが、しっかりした考えがないのか、「宇宙人」のあだ名の通り、ブレが大きく、安心できない。菅直人氏は所詮、市民運動家の頭しか持ち合わせておらず、国家の経綸についての腹が据わった覚悟など、もともとない。松下政経塾の面々は幼稚すぎる。

 つまり、民主党には政権を担えうに足る人物はいない、と思う。

 だから、新聞は麻生首相に打撃、のような見出しで報じているが、それはあくまで表面的な見方で、じっくりと考えれば、有権者が民主党を選ぶインセンティブそのものが失われる、という結論にならざるを得ないだろう、と思う。

 そうなれば、国家組織の大改革は実行されない。官僚は安泰だ。東京地検特捜部も官僚組織なので、官僚の世界の中では「でかした」ということで、法務官僚の持ち分を増やしてもらえる。天下りポストも増えるだろう。

 そういう様々な効果が出る「小沢辞任」なのである。

 政権交代は遠のいた。というか、もう政権交代は近い将来、起きないのではないか。

 それでもいい、と思う。

 ただ、その場合、麻生首相には小泉路線からの大胆な脱皮を宣言し、実行してもらわねばならない。そうしなければ、日本が滅びる

 このままで生き残れるほど国際社会は甘くない。中国の脅威にどう対処するか。アメリカの没落をどう補完するか。途上国をいかにして味方につけ、国連安保理常任理事国になるか。なれないことがはっきりした場合、国連以外に頼るべき集団を創設できるのか。課題は山積しながら、何一つ手をつけていないのが現状なのだ。

 そうした「大きな物語」を語る記者がいなくなった。

 「政治とカネ」もある意味、大切な論点ではあるが、それだけではない、という常識的な考えを理解できる記者がいなくなってしまったようだ。

 断罪されるべきは小沢一郎氏ではなく、日本国民の窮乏化を図った小泉純一郎氏竹中平蔵氏ではないか。

 特に竹中氏は改革を掲げながら、その「改革利権」を手にして、貧乏人だったのが、いまや六本木ヒルズ族である。事業をして稼いだ、という話は寡聞にして聞いたことはない。政府の閣僚審議会委員などをしながら、宮内義彦氏らと組んで1億円の物件を1万円で手に入れたら、濡れ手に粟で六本木ヒルズにも住める。

 東京地検特捜部は摘発対象を間違えたのではないか、と思っている。

 しかし、新聞社の社説を読んでも、そういう趣旨の話は皆無だ。

 小沢氏を誹謗中傷するだけで新聞の役目が務まると思ったら大間違いだ、と思う。

◆野中広務氏の読売新聞インタビューには考えさせられた

 ただ、その中で唯一、じっくり読んだのが読売新聞[談論]面の[小沢代表辞任]についての識者インタビューだった。ここで野中広務自民党元幹事長が<本当は政治から身を引くべき>の見出しで語っている内容は重要だ。

 野中氏は先ほど私が書いたように、

 <これまで菅代表代行や鳩山幹事長が小沢氏を擁護してきた。党内が難しい中で、民主党は小沢氏が独裁者として治めるしかなかったからだ。今後それがどういう風に収斂していくのか、今の状態では政権なんて遠い状態で、民主党政権は遠のいたと思う。

 と前置きしながら、1992年に東京佐川からの献金事件で議員辞職し、93年脱税で逮捕された「金丸事件」を引き合いに、小沢氏の心に「司法に対する偏見」があるのではないか、と言う。

 <金丸さんの時も局面打開しなかったら徹底抗戦する立場だった。ああいう政党が政権を取ったらどうなるのかという不安を官僚含めて永田町の状況を知っている人は非常に恐怖心をもっていると思う。>

 と、検察を含めた官僚に小沢氏への恐怖心が非常に強かったことを強調する。

 思い出す。あの当時、理念で対立したわけではなかった。小沢氏の「手法」に反発して、竹下派の後継会長に小沢氏がなることを橋本龍太郎、小渕恵三、野中広務氏らが一生懸命防いだのだった。その「裏に回る手法」への反発である。

 <だいたい、以前問題になった(小沢氏の政治団体による)不動産の取得などは異常だ。最近になって企業・団体献金の廃止などと言い出した。今まで一番献金を受けてきた人がああいうことを言うというのは鮮やかではあるが、目くらましだ。>

 と自分の経験から紡ぎ出された「重い言葉」を吐き出している。

◆佐々木毅氏の無責任極まるコメント

 この部分を読み、この読売新聞の特集面の左側の佐々木毅・学習院大学教授の<民主、一皮むけるか正念場>を読み、奇妙な違和感を覚えた。

 佐々木氏は小沢氏が中心となった非自民の細川連立政権樹立の理論的バックボーンとなった人物である。

 当時も、田中角栄→金丸信→小沢一郎という集金政治の流れは誰の目にも明白になっていた。小沢・羽田派が自民党から飛び出す竹下派内権力闘争の過程で、各紙は小沢氏の金脈も人脈も書き尽くした。だから、当時の各社の政治記者はほとんど小沢氏らの「改革か守旧か」のスローガンを、「何をバカバカしい。自分が守旧の親分のくせに」とまともに取り合わなかった。

 その時に、「いや、そうではない。小沢は本気で勝負してきた」と小沢氏の言い分を正面から受け止めて肯定的に書いていたのが岩見隆夫氏であり、早野透氏だった。そして、民間政治臨調なる奇妙な組織で小沢氏を応援したのが佐々木氏だった。

 つまり、佐々木氏は小沢氏の汚さを十分知りながら、日本政治変革のために目をつぶったのである。

 それが、今は小沢批判の急先鋒だ。「もっと早く辞めるべきだったという議論は当然だ」といけしゃあしゃあ、と書いている

 あまりの変節漢ではないか。「志」を大切にしなければならない政治に関わる人として失格だと思う。

 話が横道に逸れてしまった。

 野中氏の論に戻る。ここからが重要なのだ。野中氏は、

◆「小沢学校」というシステムが問題とされたのか?

 <私が衆院議員になったばかりの1980年代、建設省(現在の国土交通省)に「小沢学校」と呼ばれるものがあった。毎年暮れの予算編成の時、事務次官室の奥の技監の部屋に政治家が夕刻から地元の産物と酒を持って、次官、技監、官房審議官、局長らと一緒に酒を傾けながら、予算の報告を刻々聞くのが当時の慣わしだ。小沢氏は夜遅く来て上座にドンと座る存在だった。小沢氏らに認められなかったら「小沢学校」には入れなかった。私も建設政務次官経験して古賀選挙対策委員長らとやっと入れた。小沢氏は当時から隠然たる力を持った存在だった。>

 <西松建設の事件がどこまで発展するのか分からないが、(辞任について)私は来るべきものが来たのかな、と思う。事件は「小沢学校」からの流れで起きたことだ。本当は政治の世界から身を引くべきだ。

 というくだりである。

 東京地検特捜部がもしも、この野中氏の問題意識を共有しているとしたら、大変な事件に発展しかねない要素をはらんでいる、ということだ。

 「天の声」という言葉があった。公共事業で予算がつく。そこまでは自民党政調と大蔵省(現在の財務省)の連携プレーだ。

 予算がつくと、今度はどこにいつ、どれだけのカネを実際に出すのか、という「箇所付け」が始まる。この箇所づけをするのが、この「小沢学校」だった。そして、天の声は金丸信からその座を受け継いだ小沢氏だった。その後、小沢氏の離党でこの座を得たのが中村喜四郎氏だったが、彼も逮捕されている。このシステムは表面上はなくなったことになっているが、なくなってはいない。

 東京地検がこのシステムを睨んで捜査を行ったのだとしたら、ことはそう簡単ではない。
 確かに法律改正で談合はできにくい制度になったが、それは裏に潜っただけだ。談合は「必要悪」だからだ。荒ぶる強欲資本主義の「勝者の論理」だけで建設業界が競争したら、中小建設業者は軒並み倒産する。それだけでなく、グローバリズム、人の国際化を進めて、韓国の建設業者らが韓国人の作業員を引き連れて日本の工事を落札すると、日本の工事関係者が失業する

 だから、国際化の流れの中で様々な工夫がなされており、この裏システムはうまく機能してきた。

 だが、アメリカの要望で一層の自由化、人の国際化を進めざるを得なくなった小泉政権で、検察は談合の摘発に走り、裏システムを虱潰しに壊しにかかった。セーフティネットなしに壊すのだから、無茶苦茶だった。失業者は増える。そのうえ、労働規制の自由化という美名の下、労働者切り捨てが進む。グローバル・スタンダードの実態である

 小沢氏は壊される寸前の闇システムに何とかリンゲルを注入しながら延命させた。小沢政権を発足させ、大改革を実行するまで何とか生き残らせる必要があったからだ

 ところが、アメリカと組んだ小泉・竹中勢力は東京地検と手を組んだのか、地検の捜査の矛先が竹中氏ではなく、小沢氏に向かうようになった

 もしも、野中氏が書いているように「小沢学校」というシステムを全面的に叩き潰すための摘発だったとしたら、ことは容易ではない

 新自由主義勢力の総力をあげた巻き返しかもしれないからだ。

 再分配による「機会の平等」を大切にする「小沢政治」を否定し、強者の政治を続ける、という経済界の強い要望も背景にはあるのだろう

 政官業の癒着関係はいまや「小泉改革」を継続しようとする「構造改革派」に引き継がれ、その「改革利権」を貪っているのは「小泉改革派」なのだ。

 再分配派を根絶やしにしよう、とする画策の中に今回の事件があったとすれば、小沢氏辞任は、もっと大きな政治絵図面の中で検証されるべきだ。

 各社の社説や政治部長論文に不足しているのは検察批判だけではない。そうした「大きな物語」を語る視点の欠如こそが問題だ、と思う。

 参考に各社の5月12日の社説をメモしておく。この日の社説はいずれ、何度も政治学者の論文で「先が読めなかった新聞社」として引用されるのではないか。

◆日経新聞<民主党は「小沢辞任」踏まえ政策勝負を>

 民主党の小沢一郎代表が記者会見で辞任を表明した。西松建設の巨額献金事件で3月初めに小沢氏の公設秘書が逮捕されて以降、各種世論調査で小沢氏の辞任を求める声が大勢だった。逮捕から2カ月余りが経過したが、小沢氏が説明責任を果たしたとは言い難い。辞任は当然だ。

 小沢氏の辞意表明を受けて、民主党は速やかに後任の代表を選ぶ必要がある。秋までに必ず衆院選が実施されるという政治状況のなかで、次の首相候補となる野党第1党の党首選びは極めて重要だ。民主党は新党首の下で態勢を立て直し、政策で勝負を挑んでもらいたい。

 小沢氏は記者会見で「衆院選での必勝と、政権交代の実現に向け、挙党一致の態勢をより強固にするために、あえてこの身をなげうち、民主党代表を辞することを決意した」と、辞任理由を語った。

 13日には麻生太郎首相との党首討論が予定されていたが、小沢氏は大型連休中に自ら進退を決めたことを明らかにした。事件の引責辞任との見方は明確に否定した。

 小沢氏は偽メール事件の責任を取って辞任した前原誠司氏の後を継いで、2006年4月に民主党代表に就任した。2007年の参院選で大勝し、参院で与野党逆転を実現した。選挙に強いという「小沢神話」を最大の求心力にして、寄り合い所帯と揶揄される民主党をまとめてきた。

 しかし秘書の事件以降は、小沢氏が代表を続けることのマイナス面の方が目立った。政権末期の様相を呈していた麻生内閣は「敵失」で支持率が回復基調に転じ、4月下旬の本紙世論調査では前月より7ポイント上昇して、32%まで戻した。

 各種世論調査での次期首相にどちらがふさわしいかという質問でも、麻生首相が再び小沢氏を逆転するようになった。民主党内では「小沢氏では選挙を戦えない」という不満がマグマのようにたまっていた。

 小沢氏の秘書が逮捕されてから、民主党は思考停止に陥った感があった。衆院解散・総選挙を求める勢いが弱まり、2009年度補正予算案の審議でも精彩を欠いている。次期衆院選のマニフェスト(政権公約)の策定作業も停滞していた。

 衆院選は間近である。選挙の争点を明確にするためにも、代表選で政策論争を深めたうえで、政権公約を練り直す作業が急務である。小沢氏の辞任で政局の潮目が変わる可能性が出てきたが、政策への信頼感を高められなければ、政権交代は絵に描いたもちになりかねない。

◆産経新聞<小沢代表辞任 判断遅すぎ、信頼を失う 後継選びで基本政策を競え>

 民主党の小沢一郎代表が、西松建設の違法献金事件をめぐる混乱回避を理由に、代表を辞任すると表明した。

 そもそも小沢氏と一心同体である公設第1秘書が、政治資金規正法上の違法行為を犯したとして逮捕・起訴された事件である。当初から小沢氏の政治的かつ道義的な責任は明確であり、代表辞任は遅すぎたと言わざるを得ない。

 秘書の起訴後、小沢氏は1カ月以上、代表に居座り続け、巨額な政治資金の使途などについて説明しようとはしなかった。きわめて遺憾であり国民の信を失っていることを理解していない。離党もしくは議員を辞職するような事態であることを認識すべきである。

 小沢氏の続投を容認し、秘書逮捕から2カ月余にわたり、十分な自浄能力を発揮できなかった党執行部の責任も重大だ。

 新代表選びでは、信頼回復の方途を模索すると同時に、基本政策を含めた論争を徹底すべきだ。

 小沢氏は会見で「今日でも政権交代は可能だが、さらに万全にするため」と辞任の理由を述べ、続投への批判が党内外にあり、自分自身が挙党態勢の支障になっている点は認めた。

≪説明責任は果たされず≫

 同時に「衆院選を通じた政権交代の実現が国民生活重視の政治への転換を可能にする」と述べ、新体制を支えていくという名目で引き続き衆院選対策の実務に取り組む強い意欲も隠さなかった。

 これでは、辞任要求が拡大する前に自発的に辞任し、影響力を残したということではないのか。小沢氏は「政治資金について、一点のやましいところもない」と強調したが、事件について反省し、説明責任を果たそうとはしなかった。辞任するだけで、違法献金事件の批判や疑念を一気に払拭(ふっしょく)できると思っているのだろうか。

 政治とカネをめぐる国民の政治不信を増幅させたのに、こうした辞め方が党の信頼回復に結び付くとは思えない。民主党は自民党よりもクリーンな政党だというイメージを、大きく壊した事件であることを忘れてはなるまい。

 事件の説明責任が消滅するわけではない。有権者は新体制がどれだけ自浄能力を発揮できるか厳しい視線を向けるだろう。

 この5年間を見ると、平成16年に菅直人氏が年金未納問題、17年には岡田克也氏が衆院選敗北、18年には前原誠司氏が偽メール問題で、それぞれ任期途中で代表を辞任した。

 小沢氏自身、16年にいったん党代表に内定した後、年金未加入問題で就任を辞退したことがあるほか、19年には自民党との大連立構想をめぐり混乱を招いたことから辞意を表明し、その後撤回した経緯がある。

≪個人依存から脱却を≫

 小沢氏が19年の参院選を勝利に導き、政権交代の可能性を高めた力量、手腕が大きいことは多くの人が認めるところだろう。しかし、そのために「政局至上主義」と呼ばれる国会戦術を押し通し、社民党などとの野党共闘を優先した。外交・安全保障政策がゆがめられていないか。異論を唱える動きが広がりを持たない党の現状を直視する必要がある。

 今回の事件でも、小沢氏個人の力量に依存しすぎていたために、有権者の多数が辞任を求めていても、党内で党首の責任をほとんど追及しなかった。その背景にも、党内での政策論争の不足が指摘されよう。

 今国会で、民主党はソマリア沖での海上自衛隊を主体とした海賊対策に強い疑問を示し、海賊対処法案の早期成立に応じようとしていない。

 在沖縄米海兵隊のグアム移転をめぐる日米両国の協定締結承認案には、反対の方針をとっている。日米同盟や国際協調行動にかかわる具体的な政策対応で、民主党の政権担当能力を疑わせる事例が進行している。

 新代表選びに手を挙げる候補者は、こうした基本政策に関する論争を避けてはなるまい。

 内閣支持率の急落などで、一時は政権の危機も取りざたされていた与党は、小沢氏の秘書の逮捕起訴という「敵失」によって息を吹き返したにすぎない。 民主党の新体制にどう対応するのか。自民党への不信は払拭されていない。 違法献金事件では、複数の自民党議員への資金提供をめぐる疑惑も指摘された。政治資金の透明化へ与党の努力が必要なことに変わりはない。

◆朝日新聞<小沢代表辞任―政権選択に向け再起動を>

 民主党の小沢代表がようやく辞意を表明した。妥当な判断だ。もっと早く踏み切っていれば、民主党が被った損失は小さくて済んだろう。

 西松建設の違法献金事件で公設第1秘書が逮捕されてから2カ月余。代表の職にとどまった小沢氏に対する世論の逆風は強まる一方だった。それが、超低空飛行だった麻生内閣の支持率を上向かせることにもなった。

《容易でない党勢回復》

 このままでは、秋までに必ずある総選挙での勝利、つまり年来の目標である政権交代の実現が遠のく。そんな危機感からの決断なのだろう。

 昨夕、記者会見した小沢氏は「政権交代の実現に向け、あえてこの身をなげうち、職を辞する」「身を捨て、必ず勝利する」などと述べた。

 もう一つ、これまで小沢氏批判が大きな声にはならなかった党内に、辞任を促す動きが表面化してきたことも、決断を後押ししたに違いない。

 秘書の逮捕以来、小沢氏は全面的に検察と争う姿勢をあらわにしてきた。昨夕の記者会見でも「一点もやましいことはない」と強調した。辞任すれば検察への屈服ととられかねない。そうした思いが、小沢氏の身を固くさせていた面もあろう。

 検察はまだ捜査終結を宣言してはいないが、焦点は近く開かれる事件の初公判に向き始めている。小沢氏とすれば、公設秘書の逮捕という強制捜査の手法や、献金の違法性などについて、今後は裁判の場で争っていくということなのだろう

 (このひどさ。二階氏までいかないだろうが、それは頬被りしよう、と読者に呼びかけているようなものだ。)

 民主党はただちに新代表選びの作業にとりかかるが、党勢の回復は容易なことではない。

 この事件が表面化する前、民主党の勢いには政権交代前夜のおもむきさえあった。それが一気に失速しただけではない。この2カ月というもの、国会に提出された多くの法案や予算案について、すっきりとした対応が定まらず、総選挙向けのマニフェストづくりの作業はほぼストップしていた。

《開かれた代表選びを》

 小沢氏がなぜゼネコンから長年にわたって巨額の献金を受けていたのか。公共事業をめぐる政官業の癒着を厳しく指弾し、「国のかたち」を抜本的に変えると主張してきた民主党なのに、その基本姿勢と矛盾するのではないのか。そうした世間の批判に小沢氏本人だけでなく、民主党もほおかむりしてきた。

 この不信感の集積を、ぬぐわねばならないのだ。新代表になればまた自動的に支持が取り戻せると思っているのなら、大きな間違いだ。

 代表選挙は、複数の候補者が政見を競い合う形にすべきだろう。国会審議への影響は最小限にしなければならないが、民主党が目指す政策や理念についての論争を党外に積極的にさらし、有権者にもその是非を考えてもらえる工夫をする必要がある。

 そして、何かといえば「小沢氏頼み」になりがちだった党の体質を、新代表のもとで刷新することだ。

 偽メール騒動で混迷した党の苦境を引き受け、小沢氏が代表に選ばれたのは3年前。その真骨頂は2007年の参院選での与野党逆転だった。

 自民党の手の内を知り尽くし、選挙戦術にたけた老練さ。抜群の知名度。民主党内にも有権者の側にも、かつて自民党の中枢にいた小沢氏の過去や体質への懸念がなかったわけではない。それでも、どこかひ弱な民主党にとって、その腕力は政権につくのに欠かせない「劇薬」と受け止められた。

 副作用もあった。小沢代表になってから、社会保障財源のための消費税引き上げ、公共事業受注企業からの献金禁止といった民主党独自の政策が、いつの間にか政権公約から姿を消した。高速道路の無料化や子ども手当などの政策には「財源の裏付けがない」という与党などの批判が浴びせられた。

 外交面でも、例えば「第7艦隊で米国の極東におけるプレゼンスは十分」などといった、小沢氏の迷走発言が続いた。

《自民も問われる責任》

 小沢氏がトップダウンで進めようとした自民党との大連立構想こそ頓挫したものの、小沢時代の民主党は「政策より政局」「何はともあれ政権に」の権力志向があまりにも前面に出ていなかったか。

 内政、外交の両面で、政策を練り直す作業を急がねばなるまい。

 民主党が態勢を立て直すことになれば、今度は麻生政権が改めて問われることになるだろう。

 一時は10%台前半に落ち込んだ内閣支持率こそ上向きだしたものの、世論調査では相変わらず6割の人が麻生内閣を「支持しない」と答えている。軽く見ていい数字ではない。
 麻生首相で本当に選挙に勝てるのか、そんな不安の声が再び自民党内で大きくなる場面もあるかもしれない。

 次の総選挙を、真の意味で国民による政権選択の選挙にすること。それが政治、とりわけ2大政党の自民、民主両党に課せられた責任だ。

 深刻な不況をはじめ、少子高齢化、人口減少などさまざまな面で、日本は大転換期にある。そんな中で迎える総選挙だ。両党とも指導者の魅力と政策の説得力を競わねばならない。どちらが先に態勢を整えられるか。残された時間は少ない。

◆読売新聞<小沢代表辞任 世論に追い込まれた末の退場>

 厳しい世論に追い込まれた末、「政治とカネ」に関する説明責任を果たさないまま、遅きに失した退場と言えよう。

 民主党の小沢代表が記者会見し、辞任する意向を表明した。西松建設の違法政治献金事件で公設秘書が逮捕、起訴された問題の責任を取ったものだ。

 小沢代表は、「来る衆院選での必勝と、政権交代の実現に向け、挙党一致の態勢をより強固にするため、あえてこの身をなげうつことを決意した」と強調した。

 大型連休中に進退問題を熟慮した結果、自らの辞任が次期衆院選での民主党の勝利に貢献する、と判断したという。

《説明責任は果たされず》

 小沢代表は公設秘書の政治資金規正法違反罪での起訴後、いったんは代表続投を表明した。

 だが、党内では、「小沢代表の下では次期衆院選を戦えない」との危機感から、代表の自発的辞任を求める声が広がっていた。小沢代表は、この声を覆すだけの反論ができなかった。

 小沢代表は「この種の問題で起訴という事例は記憶にない」などと検察批判を展開したが、政治家に極めて近い公設第1秘書が起訴された事実は重い。

 今後、秘書の公判が始まれば、小沢代表側と西松建設との関係が国民の目にさらされるだろう。建設会社から長年、巨額の政治献金を受け取る行為は、古い自民党的な金権体質そのものだ。衆院選への影響は計り知れない。

 読売新聞の最新の全国世論調査では、小沢代表続投について「納得できない」との回答が7割を超えている。

 一時は20%を切った麻生内閣の支持率は上昇し、30%に迫りつつある。麻生首相と小沢代表のどちらが首相にふさわしいかという質問でも、麻生首相が小沢代表を上回り、その差を広げている。

 こうした厳しい世論の背景にあるのは、小沢代表が西松建設事件の実態について、説明責任を果たしていないことだ。

 鳩山幹事長らは再三、小沢代表に国民向けの説明を行うよう進言したが、実行されなかった。小沢代表の辞任記者会見でも、事件で「心配をかけた」支持者への謝罪はあっても、政治献金に関する具体的な説明はなかった。

 小沢代表は自らを「口べた」と称するが、野党第1党党首として首相を目指す以上、そうした言い訳は通用しない。自らの立場を国民に説明し、理解を得るのは、首相に不可欠な基本的資質だ。

 民主党の国会対応が最近、精彩を欠いていたのも、小沢代表の進退問題と無縁ではない。

 小沢代表が避け続けていた首相との党首討論も、ようやく13日開催が決まったが、小沢代表辞任で再び先送りされる。

《民主党は政策を見直せ》

 民主党に今、求められているのは、迅速かつ民主的な手続きによる後継選びと、新たな党首の下での結束だろう。後継代表には、岡田克也副代表や鳩山幹事長などの名前が挙がっている。

 次期衆院選が迫る中での代表交代だけに、党内には、混乱を懸念する声もある。

 民主党は、小沢代表ら自民党出身者のほか、旧社会、旧民社党系など、様々な出身の議員で構成される「寄り合い所帯」の政党だ。小沢代表以外に党を束ねる強力な指導者がいないというのが、代表続投の主な理由だった。

 だが、小沢執行部の退陣は、小沢代表主導による政局・選挙一辺倒の姿勢を是正し、政策の見直しを図る好機でもある。小沢代表が決定した政策や方針には異論を唱えられないような風潮は当然、改めるべきだ。

 民主党はかねて、最低保障年金制度や子ども手当の創設など、20兆円以上の新規政策の財源が不明確だ、と批判されている。今後、社会保障費の増大が見込まれる中、消費税率の引き上げを封印したままで本当によいのか。

 民主党の弱点とされる外交・安全保障政策の論議も、避けてはなるまい。インド洋での海上自衛隊の給油活動やソマリア沖での海賊対策などで、より現実的な政策を打ち出し、政権担当能力を示すことが必要ではないか。

《衆院選の時期にも影響》

 小沢代表が新体制でどんな役割を担うかも一つの焦点だ。

 小沢代表はこの20年間、常に日本の政界で重要な地位を占めてきた。代表辞任が「小沢時代」の大きな節目となるのか、あるいは影響力を保持し続けるのか。

 民主党の代表交代は、今秋までに必ず行われる衆院解散・総選挙にも影響するだろう。

 民主党の新たな代表と執行部、その打ち出す政策が、国民にどんな評価を受けるのか。麻生首相はその点を見極めながら、解散のタイミングを探ることになる。

 自民、公明の両与党も、漫然と対応することは許されまい。政権公約(マニフェスト)の策定・充実などを通じて、新しい民主党との政策競争の準備を急ぐことが求められよう。

◆毎日新聞<小沢氏辞任表明 やっと政治が動き出す>

 民主党の小沢一郎代表が11日、代表辞任を表明した。今年3月、公設第1秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されてから2カ月余。世論調査では辞任を求める声が一貫して6割以上に上り、国会も民主党が守勢に回って緊張感のない審議が続いてきた。このままでは次の衆院選に大きな影響が出ると考えたのだろう。むしろ遅すぎる決断だった。

 しかし、小沢氏の進退問題という呪縛から民主党はやっと解き放されたと前向きにみることもできる。近づく政治決戦に向け、民主党は新代表のもと早急に態勢を立て直さなくてはならない。そして機能停止のような状況に陥っていた政治が再び動き出すことを望みたい。

《決め手は厳しい世論》

 連休中に熟慮したという小沢氏はこの日の記者会見で「政権交代の目標を達成するには党内の結束・団結が不可欠だ」「私が代表にとどまることで挙党一致に差し障りがあるとすれば、それは本意ではない」と何度も強調した。

 民主党内では小沢氏辞任を求める声が公然と出ていた。事件の引責辞任ではなく党内の結束が乱れるのを避けるため辞任するということなのだろう。捜査状況や今後、公設秘書の裁判がどうなるかという見極めのほか、衆院解散・総選挙が近いとの判断もあったと思われる。

 だが、小沢氏の進退を決した一番の要因は、世論の厳しさではなかったろうか。

 衆院選を間近に控えた時期に東京地検特捜部が捜査に乗り出したことに対しては「小沢氏をねらい撃ちしたものではないか」という疑問が多くの国民の間に今も残っている。しかし、その一方で、毎日新聞の4月の世論調査では「小沢代表は直ちに辞めるべきだ」が39%、「衆院選前に」が33%で合わせて72%に上り、他の調査でもこうした声は決して収まることはなかった。

 毎日新聞も小沢氏は自ら身を引くべきではないかと再三、指摘してきた。小沢氏が否定しようとも西松建設側が公共工事受注に何らかの期待があって献金したと供述している。利権をめぐりカネと票が動くことこそ、政官業癒着の本質であり、族政治そのものだ。ところが小沢氏は自民党政治を打破するといいながら、なぜ、ゼネコンから巨額の献金を受け続けてきたのか。素朴な疑問に小沢氏は結局答えられなかった。

 次の衆院選で首相を目指す民主党の代表が「古い自民党の体質を引きずっている」と多くの有権者を失望させた責任は大きい。決断が遅れたことを含め、そうした点に関して、小沢氏が記者会見でほとんど言及しなかったのは残念だった。

 小沢氏は2006年4月、偽メール問題で前原誠司氏が代表を辞任した後、代表に就任した。2007年7月の参院選で圧勝しとかく「風」任せの選挙を続けてきた民主党議員に「地元回り」の必要性を説く一方、支持組織固めも進めた。

《与党の戦略も変化》

 1989年、自民党幹事長に就任以来、小沢氏は絶えず政界の中心にいた。自民党当時の「普通の国」論など日本政治の先駆的役割も果たした。ただ、自民党顔負けのバラマキ型政策を重視する姿勢には民主党内に異論も多かった。国連中心主義の外交理念も党全体のものにはなっていない。党首討論をはじめ、表舞台に顔を出したがらない姿勢に疑問を感じる議員も多かった。

 オバマ米大統領に見るように、日本でもオープンな場で、強く分かりやすいメッセージを国民に向けて発信する力がリーダーには求められている。密室での駆け引きに剛腕を発揮してきた小沢氏だが、今回の辞任はそうしたスタイルの政治が終わりを告げていることも意味しているように思われる。

 民主党は新たな代表選びに入る。今のところ、代表経験者の岡田克也副代表を推す声が中堅・若手に強い一方、鳩山由紀夫幹事長や菅直人代表代行の就任を求める声もある。

 小沢氏の進退問題で揺れている間、次期衆院選のマニフェスト作りも停滞しているのが実情だ。言うまでもなく衆院選は、政権と首相を国民が選択する選挙だ。この首相候補のもとで、どんな政策を実施し、日本をどう具体的に変えていくのか。代表選びは、党の顔と党の政策を一致させ、国民に分かりやすく提示する形で進めてもらいたい。

 今年度補正予算案など国会審議も緊張感が薄れている。何より民主党が早期の衆院解散・総選挙を求めなくなったのが大きな要因だ。新代表と新執行部は直ちに国会運営の立て直しも進めなくてはならない。

 新代表以下、民主党の新体制をどう国民が評価するか。それ次第で、麻生太郎首相はじめ与党の解散戦略も大きく変わるかもしれない。政治が動き始めることを期待しよう。

◆東京新聞<小沢民主党代表が辞任 態勢立て直しを急げ>

 小沢一郎氏が民主党代表を辞した。不信を晴らせず総選挙の陣頭に立てるはずもない。自然な結論だろう。失った信頼回復へ党の態勢立て直しが急務だ。

 ある程度予想はされていても、いざそうなってみると衝撃度は大きい。政権選択の総選挙決戦を目前に、野党第一党の党首が司令塔降板を宣言したのだから。

 辞任表明の記者会見に小沢氏は吹っ切れた表情で登場し、挙党一致へ身を投げ出す、と述べた。

 進退があいまいなままでは、近づく総選挙を好機と位置づけてきた政権交代は幻になる。民主の大勢は代表辞任を好感し、一方、自民など与党からは、民主支持率の復調を警戒する声が出た。

《世論に逆らえずついに》

 西松建設の違法献金事件で秘書が逮捕・起訴された。小沢氏は記者会見を重ねたが、説明責任を果たしていない、辞任すべきだ、との世論は各メディアの調査でもすさまじく、6割を超していた。

 しかし小沢氏は「当面」の条件付きで続投を表明、「総選挙勝利を行動基準に判断する」と進退の最終判断を先送りしてきた。

 3年前の代表就任以降、参院選圧勝などで政権に手が届きそうなところまで党勢を拡大した。

 総選挙で勝ち、政権交代できるのも自分、との自負から、この窮地も脱出できると考えていたかもしれない。総選挙を前に野党を狙い撃ちにしたかのような東京地検の捜査に、納得がいかないとの憤慨もあったのだろう。

 だが、かつて自民を離党して政治改革の旗を振った当人が、古い自民の象徴といえるゼネコンからの巨額献金集めをしていた。世間は失望し、疑念を持った。

 「政治とカネ」を抱えた「小沢首相」を想像できる国民はまずいない。それ以前に首相候補として総選挙を戦えるはずもない。世論に追い込まれた格好だ。

《後継選びが党の試金石に》

 世論が求めた「説明責任」は、言ってみれば「辞任要求」であったのだ。辞任の最終決断まで小沢氏や周辺が多くの日数を要した。遅きに失した感は否めない。

 小沢氏は辞任表明会見で、自ら身を引くことで挙党一致をより強固にする、それが政権交代の大目標につながる、と語った。

 違法献金事件については「一点のやましいところもない。政治的責任で身を引くのではない」と気色ばんだ。

 多額のゼネコン献金を必要とした理由は何か。多くの国民は小沢ファンも含めて聞きたかったのではないか。辞任会見でもここを避けたのは遺憾である。 13日には麻生太郎首相との党首討論が予定されていた。

 首相は小沢氏の辞任について早速「何について責任を取ろうとしているのか、なぜ今なのか、国民は理解できないのではないか」とこき下ろしている。

 国会日程を飛ばすのは、らしいといえばそれまでだが、小沢氏は敵に背を見せてしまった。

 民主党はその答えを用意しなければならない。速やかな後継代表の選出と、国会終盤に臨む態勢の立て直しである。

 「西松建設ショック」以降、民主は事件の負い目もあってか、国会論戦で迫力不足が目についた。企業献金全面禁止の主張も、議員の世襲制限も、有権者には“当座しのぎ”としか映っていない。

 党の危機対応能力が疑われる事態は遅まきながら辞任会見で決着した。

 党内に反転攻勢のムードは高まろうが、失地回復は簡単なことではない。早速問われるのは、後継の新代表を混乱なく選べるかである。お家芸ともいえる騒動が続くようでは、民主への失望を増幅することになりかねない。

 陰に陽に辞任を迫ってきた反小沢派と小沢支持グループとの確執を不安視する向きがある。右から左までの出自や政策、路線の違いから、互いにこの人物だけは新代表に受け入れたくない、という陰口も飛び交う。

 後継選びの過程そのものが政権交代への試金石になりそうだ。自民などから聞こえる「政権を担当するには未熟」批判に応えられるか、ぜひ大人の対応を見せてもらいたいものである。

 総選挙へ事実上のカウントダウンが始まっている。民主党は小沢氏が必ずしも熱心でなかったマニフェスト(政権公約)を完成させる作業を加速させるべきだ。

《首相も解散で応えよ》

 新代表のもとで民主は国会論戦を再活性化し、政権与党との対立軸を国民に明示することだ。

 「敵失」で支持率が回復傾向の首相にも、同様の注文をしておきたい。野党党首交代で衆院解散・総選挙は遠のく、との観測もあるようだが、それではいけない。

 歴史的決戦にふさわしい態勢づくりは与野党双方の責務である。

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2009年5月11日 (月)

臓器移植問題、毎日新聞の社説が良かった~各紙の4月末から5月11日までの社説

 5月11日の毎日新聞社説<臓器移植法改正/にわか勉強では困る>はまともな論だった、と思う。今の国会の臓器移植法改正の動きを冷静に分析し、「急ぐな」と提言しているのだ。

 その論拠は、

①世界保健機関(WHO)の移植指針改正の主眼は臓器売買にからむ「移植ツーリズム」の規制で、通常の渡航移植制限ははっきりしていないし、WHOの指針改正は1年先送りされる見通し。

②臓器移植法変更は人々の死生観や医療への信頼にかかわる重い課題で、国会議員が勉強不足のまま「一夜漬け」で採決すべきでない。

③現行法では脳死者からの臓器移植には本人と家族両方の同意が必要。長年の議論で「脳死は人の死」と考えない人にも配慮した内容。15歳未満の子供からは臓器摘出できない。河野太郎氏らの「A案」は脳死者を一律「死者」とみなし、年齢にかかわらず、本人が拒否していなければ、家族の同意で臓器を摘出できる内容だ。子供は大人より脳死判定が難しいとの指摘もあり、脳死の背景に虐待がないことをどう確かめるか、の課題も残る。

④「脳死は人の死」と考えない人も提供者となりうることを国民が受け入れるか、よく検討する必要がある。

⑤臓器提供同意可能年齢を12歳まで引き下げる「B案」や15歳未満は家族の同意で臓器提供可能とする「D案」もある。大人でも難しい問題を12歳の子供に決めさせられるのか。

 というものだった。全く同感である。

 わが意を得たり、と思った。

 というのは、それまで、各紙の臓器移植に関する社説は「何しろ困っているのだから早く決めろ」という乱暴な論が目立ったからだ。

◆読売新聞の大衆受けを狙った社説

 最近の例で言うと5月6日の読売新聞社説<臓器移植法改正/国内で完結すべき命のリレー>がそうだった。

 <日本国内で臓器移植を厳しく制限しながら、海外で臓器をもらう。身勝手な振る舞いと見られても、やむを得まい。5月中に世界保健機関(WHO)が「臓器移植は自国で完結させるべきだ」との指針を決定する。背景に日本の現状への批判が含まれている。この“外圧”を前に、国会は連休明けから臓器移植法改正案を本格的に審議することになった。採決の際には、与野党とも党議拘束をかけない見通しだ。国会議員一人ひとりが、脳死と移植医療をどう考えるか、重い問いと向き合わねばならない。>

 という書き出しを見れば分かるように、まず日本人が身勝手だ、それを是正する必要がある、という論理が先に来ている。

 <現行の臓器移植法は1997年10月に施行された。だが、11年半の間に行われた脳死移植は81例だ。米国では毎年数千例、欧州の主要国でも年間数百例の脳死移植があるのに、あまりに少ない。>

 と日本の異常さを国際比較の中で浮き彫りにする手口で論が進む。

 <欧米などでは、本人の意思が分からない場合は家族の同意で臓器提供が可能である。ところが日本では、まず本人がカードなど書面で提供意思を残していることが絶対条件だ。それでも家族が反対すれば移植はできない。提供意思の表示能力があるのは民法上15歳からとされるため、乳幼児は臓器の大きさが合わず、国内での移植はまず不可能だ。このため、多くの子どもが支援金を募り、海外で移植を受けてきた。大人も、中国で死刑囚から摘出したと見られる臓器の移植を受けるなどしている。WHOの指針により、こうした渡航移植は強く自粛を求められる。>

 何か日本人が「ベニスの商人」のシャイロック並みに描かれている。

 読売新聞の論説委員に訴えたい。今や日本の新聞の社説はすぐに各国語に翻訳され、内容次第ではインターネットで各国の一般人が閲読可能な状態になっている。このような書き出しの「国辱」ものの社説を反日中国人らは喜んで転電し、反日をあおるだろう。

 読売社説は国会の3案を説明し、

 <「人の死」における脳死の位置付けや、虐待されて脳死となった子どもを見分ける体制整備など、詰めるべき論点は多い。死生観の絡む、難しい問題である。だが、これからは海外で臓器がもらえなくなることははっきりしている。国内だけで命のリレーをどう形成するのか、もはや答えを先送りすることはできまい。>

 と、留保条件をおまけのように付けながら、早期採決を促しているのだ。論理的でないことこのうえない。詰めるべき点が多いのならば、宗教学者や宗教家、倫理学者、脳科学者、現場の医師、子供を脳死で失った親、わが子の臓器移植を待ち望む親らを集めた徹底討論をするなりして、論議を重ねるべきではないか。困っているのだから、基準を下げろ、国際基準に合わせろ、という論議は日本人の矜持を大切にする読売新聞の論説委員会とも思えぬ非論理的で粗すぎる論だ、と思う。

◆産経新聞も竹中平蔵氏と付き合ってからおかしくなった

 国粋主義者の集まりだったはずの産経新聞もこの問題では欧米中心のキリスト教的粗雑さを容認する主張をしていたので驚いた。4月21日「主張」(産経新聞の社説の呼び方)である。タイトルは<臓器移植法/ドナー増加を促す改正に>である。

 <長い間たなざらしにされてきた臓器移植法の改正案を成立させようとする機運がやっと盛り上がってきた。世界的なドナー(臓器提供者)不足の中で、移植する臓器がなく、命を失う患者が後を絶たない。人の生命にかかわる重要な法案だ。きちんと審議し、一刻も早く実現させるべきだ。>

 という前文を読むだけで、結論が見える。産経新聞はいつから「パンとサーカス」の新聞になり下がったのか、と溜息が出る。

 <日本は臓器移植法の施行(平成9年10月)後も脳死ドナーの数が異常に少なく、欧米の移植先進国に頼ってきた。とりわけドナーが15歳以上に限られる子供の場合は渡航移植しか術がない。このため国内外から「どこの国でもドナーが足りないのに外国に頼るのはおかしい」との批判が出ていた。>

 と、これも国際標準を批判の論拠にしているのは読売新聞と同じである。

 <改正案のひとつは脳死を人の死とし、ドナー本人が臓器の提供を拒否していない限り、家族の同意で提供できるようにする。この案だと、確実に脳死ドナーを増やすことはできるが、死生観の違いなどから脳死が一律に人の死となることに難色を示す意見もある。第2の案は、ドナーの生前の意思が確実に確認できなければ提供できないという現行法の枠組みは変えず、ドナーになる年齢を「15歳以上」から「12歳以上」に引き下げる案だ。脳死を臓器提供に限ることで、死生観をめぐる悩ましい問題は回避できる。しかし、ドナー増加には結びつきにくい。第3は、脳死判定基準を厳しくする移植慎重派による案だが、いま以上に脳死ドナーが減る。三つの法案の要素を取り込んだ第4案も検討されているが、妥協の産物になったのでは問題外だ。>

 というのが改正案への評価である。ドナー増加に結びつくのはA案だけだ、として、D案も否定する。

 <自分の心臓や肝臓、腎臓などの臓器を死後に無償で提供しようとする善意のドナーと、その臓器がなければ命を失う患者とを結び付けて支えるのが、臓器移植法の本来の姿だろう。ドナーの増加を無理なく促す改正となるように、国会で知恵を絞ってほしい。>

 この結論は逃げである。「ドナーの増加を無理なく促す」などときれいごとを言っているが、闇世界の臓器売買が増え、自己破産した人々が腎臓を売るはめになる、などの非人道的事件も増えかねない。

 こういう問題は副作用をきちんと議論してから実行すべきなのに、その部分を人情論だけですませれば、あとから大変なことが起きる。

 また、日本人の「日本人らしさ」を担保してきた死生観が変容しかねない大きな問題だ、という意識がなさ過ぎる。本当にあの産経新聞の社説なのか、と疑いたくもなる。

◆まともだった朝日新聞の社説

 朝日新聞は4月25日の社説<臓器移植/幅広い視野から合意点を>で、

 <臓器移植は、提供者の死を前提とする特殊な医療だ。私たち一人ひとりの死生観も絡む。幅広い観点から慎重に議論し、多くの人が納得できる答えを見つけてほしい。>

 というのが結論だろう。

 <現行法の基本を守りつつ、なんとか子どもの移植に道が開けないか、知恵を絞ってほしい。>

 として、

 <移植医は、日本の子どもが国内で移植を受けられないのは不公平という。小児科医は、子どもの場合、脳死の診断後に何カ月も生きたり脳の機能が回復したりする例もあり、判定は100%完全とは言い切れないと述べる。親が子どもの突然の死を受け入れるには時間がかかることも強調した。>

 と公平な書き方をして、

 <そのことをうかがわせる数字がある。心臓停止後にしても16歳未満の臓器提供は昨年がゼロ、その前の2年も1件ずつ。04年の5件が近年では最高だ。子どもの臓器提供は簡単には増えそうもない。>

 <一方、救急医は、脳死移植を認めつつ、救急現場の厳しい実情を訴えた。納得して臓器を提供できるには、最後まで救命の手立てが尽くされることが大前提だ。大人についても同じことが言える。救急現場の疲弊が、ここにも影を落としかねない。>

 <法の施行以来、脳死移植は81例にとどまる。世界的にもきわめて低い水準であることは間違いない。議論の盛り上がりは社会的合意づくりの好機である。真摯な意見調整を注目したい。>

 と結んでいた。

 朝日新聞もここでは良識を発揮している。少なくとも、読売新聞や産経新聞のように世論に阿って「急げ、急げ」とは言わなかった。

 4月23日の東京新聞社説は<臓器移植/渡航せずに済むように>で、ああでもない、こうでもない、と書いていた。そして、

 <脳死移植は第3者の死を前提にする特異な医療だけに、できるだけ多数の理解を得て進めたい。>

 と常識の線でまとめているのに、見出しは<渡航せずに済むように>である。ここに東京新聞の本音が見えるのではないか。つまり、最も考えていない社説だ、ということだろう。

 今国会では、結局、何もせずに終わるだろうし、結果的には毎日新聞の主張通りになる可能性が大きいとは思う。

◆河野太郎氏を当選させている神奈川のみなさん、考えてほしい

 しかし、河野太郎氏のような「日本の伝統」「日本人の心情」「日本の醇風美俗」を全く無視するアメリカ人のような人間が衆院議員をしていることが信じられない。神奈川県の選挙民は日本がアメリカの51番目の州になってもいいと思っているのだろうか?

 (追記)あとのエントリーでも書いたが、次の二つは是非モノだと思う。お勧めだ。

http://allatanys.jp/B001/UGC020005320090626COK00327.html

http://mainichi.jp/select/opinion/watching/news/20090621ddm004070026000c.html

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笹川陽平氏のものの見方は常識的で参考になる~5月11日産経新聞[正論]

 産経新聞5月11日[正論]は笹川陽平・日本財団会長の<危機感あおる報道でいいのか>だった。面白かった。小見出しは<メディアは最大の権力>、<数字は一要素に過ぎない>、<大局欠く「小さな正義」>だった。

 <本紙6面の「from Editor」欄に3月末、「『自虐メディア』にグッバイ」と題する社会部長名の記事が掲載されていた。記事はメディアの役割が「健全な社会構築のための批判精神にある」としながらも、現状を「厭世感を漂わせるようなニュースの占有率が高いと思う」としたうえ、「人々が『ヨシ!』と奮起できるような記事を少しでも多くお届けしたい」と結んでいる。同感である。私は新聞をこよなく愛する立場から、1月の本欄で新聞が自虐的な悲観主義と決別するよう訴えた。日本をヨイショすべきだというのではない。ありのままの日本、等身大の日本を踏まえ、前向きの報道、問題提起、提案をしてほしいということだ。>

 賛成だ。特に朝日新聞はひどい。

 <世界は今、金融危機、同時不況の真っただ中にある。米国の一極支配が終焉しつつあり、新しい秩序の中での発言力確保に向けた各国の主張は激しさを増している。その一方で、わが国は相変わらず政治の混迷が続いている。政局が優先し景気・財政対策が後手に回れば国際社会の中での存在感は一層希薄になる。>

 政局優先報道が際立っていたのが、何と朝日新聞と産経新聞だった。小沢辞めろ、の大合唱は見ていて恥ずかしくなるものだった。

 <確固たる明日の日本を築くためには、劣化した政治の再生が不可欠であり、そのためにも世論形成に大きな影響力を持つメディアが変わる必要がある。メディアは今やその影響力の大きさから言って「第4権力」ではなく「最大の権力」である。役割と責任の重さが、あらためて自覚されなければならない。>

 そこまで大きいのか、とちょっと異論もあるが、基本は理解できる。政治だって世論調査にさゆうされているのだから。

 <例えば昨年秋以降の政治報道。私は東京都内で配達される日刊紙全紙に目を通すが、各紙とも政権交代に向けた与野党の駆け引き、解散時期をめぐる記事が大半を占めた。解散-総選挙が焦点であるのは否定しないが、有権者にとって何よりも必要なのは投票の際の判断材料である。>

 まさしくその通りだ。

 <不況が深刻化する複雑な国際社会の中で、巨額の財政赤字に直面する「日本丸」のかじ取りをどの政党、どの政治家に託すのか――。求められるのは与野党の景気対策の違い、財源面を含めた実現の可能性、問題点などを分かりやすく分析した記事である。>

 そうだと思う。

 <同じ意味で世論調査の扱いにも疑問を感じる。>

 ここが読みたかったのだ。

 <世論調査、とりわけメディアが行う政党や内閣支持率調査は数も多く、近年、政局ばかりか政権の存続をも左右する。新たなリーダー選びでも近年はキャリア、実績より世論調査の人気が先行する。指導者に国民の人気があった方がいいのは言うまでもない。しかし、これらの数字は政権や政治家の人気を占う一つの要素であっても、すべてではない。「支持率が20%を割り、政権は危険水域に」などと危機感をあおるメディアの報道に各党が一喜一憂する政治が果たして国民のためになるだろうか――。>

 もっと冷静な報道を、ということと、その「冷静さ」自体をメディアがもっと考えろ、という提言だろう。

 <数字がすべてとなれば、政治は腰を据えた長期政策論議より迎合主義に走りかねず、麻生首相と小沢・民主党代表の支持率を合わせても50%前後で低迷する現状では、だれが首相をやっても長持ちせず、政治は安定しない。>

 そういうことなのだ。麻生首相のホテルバー通いにけちを付け、冠漢字の読み間違いを大きく取り上げ、その一方では、G20提案で折角日本の提案が80%も採用されても、書かずに、けちつけの部分を重箱の隅まで探す、というさもしい態度の特派員を見ていると、笹川氏の見方は当然だと思う。

 <各種世論調査で政治に対する不信・不満が高い数字を占めているのも、本音が見えない政治の現実を反映した結果であり、これまでになく政治に対する国民の関心が高まっているのに、相変わらず投票率が低迷する政治の現状は危機的である。>

 本音をズバリといってくれる政治家を求めているのに、そういう政治家についてはメディアが法解釈を厳格化して引き摺り下ろす。こんなメディアは国を滅ぼしかねない、と私も思っている。

 <幕末から明治維新にかけてキラ星のごとく偉人が輩出したのは、有能な人物がたまたま揃っていたのではない。沸騰する時代の熱気がそれを可能にした。戦後のメディアは「庶民の声」を民意として最大限に尊重するが、庶民の声は「小さな正義」であっても時に大局を欠く。国づくりには小さな正義より大義を優先させなければならない局面もある。>

 そういうことだ。これを難しく言うと、人権中心主義の陥穽といえると思う。

 <同様に庶民感覚に照らした品行方正、清潔感だけでは時代が必要とする器の大きな政治家は育てられない。麻生首相も就任時、ホテルでの飲食が庶民感覚から離れていると批判されたが、リーダーに求めるべきは国をリードする気概、政策である。ホテルのバーで飲む一杯の酒で気力・体力が充実できるのなら大いに結構ではないか――。

 やはり、笹川氏も同じことを言っている。

 <私は1年の3分の1近くを途上国の現場で過ごす。その体験を踏まえれば、日本が世界で最も安全で豊かな国であるのは間違いないし、国民の大半も同じ認識を持っている。メディア関係者は自らが描く自虐的、悲観的な日本像と読者の認識に大きな落差があることを自覚してほしい。

 世界の現実を見ている人にこう言われているのだ。朝日新聞はいく反省してもらわないといけない。

 <記事を読むのは国内の読者に限らない。翻訳して各国に紹介され、日本を見る外国の目線にも反映する。それが政治、外交に影を落とし、国際社会での日本の地位、発言力にも影響する。>

 世界を考えながら書かねばならない時代であることは、記者一人一人に自覚してもらわないといけない。

 <世界が大きく変動する中、日本は国際社会の中で、いかなる存在であるべきか、難しい選択の時代を迎える。メディア関係者には、国民が自信と誇りを持って生きていくための建設的な記事を切に願いたい。>

 メディア各社、特に朝日新聞は記者教育に笹川氏を呼んで講演してもらったらどうなのだろうか?

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2009年5月10日 (日)

高坂氏のバランス感覚を朝日新聞は学ぶべきだ~産経新聞5月10日朝刊[昭和正論塾]から

 産経新聞5月10日朝刊[昭和正論座]は昭和50年(1975年)8月30日掲載の高坂正堯・京大教授による<自由を守る姿勢崩すな>だった。小見出しは<盛んなデタント論議の裏で>、<現状固定で不正認めるか>、<非寛容の圧力に屈する恐れ>、<共産主義者とつき合うには>である。

 (湯)氏が【視点】で言っているように、冷戦時代のデタント(緊張緩和)は西側が受け入れざるを得なかった妥協の産物だ。戦後ソ連が力ずくで領土と勢力圏を拡大したままの状態の固定だったからだ。高坂氏はそのような「強大な核大国相手とどうつきあうか」で、西側が悩んだ末に当面の危機を避け「事態の変更は長期的な課題」としたことに理解を示しながら、共産主義とはにこやかにつきあっても「彼らの自由の精神の欠如への厳しい批判」がなければならないと喚起している。(湯)氏は、

 <実際にいま、日本周辺を眺めれば、中国と北朝鮮があり、権威主義化したロシアもある。右手で握手しても、左手の棍棒は離せない。>と感想文を結んでいたが、34年前も今も変わらぬ真実である。主権国家という存在がある以上、パワーバランス外交は永遠に続く、ということなのだろう。

 高坂氏の34年前の論文を読んでみよう。

 <このところ、西欧とアメリカでは、デタントに関する論議がさかんである。その直接のきっかけになったのは、この夏全欧安保・協力会議が開催されるようになったことであった。当然、そうした外交の是非、あるいはその歴史的位置づけが問題とされることになった。そしてそこに、ソルジェニーツィンやサハロフなどソ連の知識人が、共産主義の脅威に対抗しようとしない「自由世界」の怠惰を責める論文を発表したことが花をそえ、一層議論が活発になったものである。私は、その論議を見て西欧とアメリカでは自由の精神が依然として生き続けているのを感じた。そして、日本がその点では、いささか頼りない存在であることを思わずにはいられなかった。>

 当時の雰囲気を思い出す。

 <というのは、西欧諸国の人々は全欧安保・協力会議に際して、現実の平和を手放しで讃えはしなかった。たとえば、西欧諸国の新聞における全欧安保・協力会議の扱いは決して派手ではなかった。そしてそれは、西欧の人々が、デタントや全欧安保・協力会議を、現実的に必要であり、またやむをえないことではあるが、それ以上のものではないとみなしていることを示唆するものであろう。>

 日本の「平和勢力」との大きな違いである。

 <実際、全欧安保・協力会議に至る一連の動きの成果は、結局のところ、欧州における現状の承認ということにつきる。8月1日に35カ国の首脳が署名した全欧安保・協力会議の最終文書には、現国境の不可侵性がうたわれており、そのことは第二次世界大戦後にソ連が領土を獲得したことを認めると共に、東西ドイツ分裂の固定化を意味する。もちろん、最終文書には内政不干渉の原則や技術的、文化的交流の促進など他の点がうたわれてはいる。しかし、ソ連はたとえば1968年のチェコスロバキア介入を内政干渉とは思っていないようだし、逆にソ連は西側諸国の人々がソ連国内の弾圧の問題を持ち出すと、内政不干渉の原則で対抗する。つまり、内政不干渉の原則をソ連はごく勝手に使う。>

 クマの論理である。

 <また、交流の増大は長期的には効果があっても短期的には大した効果はない。共産主義国では政府と共産党が、きわめて強い統制力を持っているからである。かくて、全欧安保・協力会議の最終文書から、現状の固定という事実が浮かび上がってくる。>

 ここで高坂氏が「長期的には効果があっても」と言っていることに注目したい。こんなに早く、とは思っていなかったかもしれないが、このデタントなどで東側に西側の情報が流れ始め、東側の民衆が西側の実態を知るチャンスとなり、それが1989年のベルリンの壁崩壊を最終的には招いたのだから。

 でも、この1975年時点から考えれば、まだ14年も先の話だ。本当に「長期的」な話だったのだ。

 <もっとも、それは平和の基礎である。昔から、現状の承認なしに平和はなかった。それ故、今回、東側と西側が相互に現状を認めあったことは、現実には小さくない意味を持っている。しかし、それがよいことかどうかは別問題である。少くとも、西側の人々は第二次世界大戦後の状況が小さくない不正を含むと考え、それ故にソ連と対立して来た。ソ連が大幅にその領土を拡げたことは、そうした不正のひとつだし、またソ連が東欧諸国に共産主義体制を押しつけ、そこをソ連の勢力圏としたこともそうである。大量の亡命者でつぶれようとした――したがって国民の支持を欠く――東ドイツを強引な形で維持し、東西ドイツの分裂を固定化したこともそうである。それにソ連内部では依然として激しい思想弾圧が存在するから(反体制知識人は逮捕されて収容所や精神病院に入れられるし、そこまで行かなくても、ときには職場から追放される)そうした状況をそのままにしておいて国際政治の現状を承認することは、不正なものを認めるということにもなる。>

 そういうことだ。そのジレンマが西側世界を苦しませた。

 <とは言え、ソ連は強大な国であるし、現在は核時代である。それ故、不正な状況を力ずくで変えようとしても、危険が大きいだけで無意味である。そんな訳で、西側の人々はいろいろ思い悩んだあげく、現状をひとまず承認して緊張を緩和し、好ましくない事態の変更は長期的な課題とすることにしたのであった。>

 妥協の産物に過ぎない、そこに変な幻想を抱くな、ということだ。

 <つまり、デタントは現実に平和を求める方策である。しかし、それですべての問題が片づいたわけではないことを西側の人々は知っている。言い換えれば、彼らは現実の平和というレベルでは現状を承認したが、より高次の正義というレベルでは、決して現状を承認してはいないのである。それは彼らが自由の精神に生きる以上、当然のことであろう。>

 自由が抑圧された国、ソ連をどう見るか。当時、日本社会党と共産党はこうしたソ連型社会主義に本質的な批判を手控えていた。

 <そして、この二つのレベルを分けて考えないところにこそ、私が日本に対して危惧の念を感ずる理由がある。その結果、まず、現実の平和の構造が見失われてしまう。>

 さあ、ここからが高坂氏の一番言いたいところなのだ。

 <デタントの基礎は、当事者の間の妥協と、力の均衡とである。東側と西側とは決してお互いの信頼の上に現実の平和を築いているわけではない。対立が残っていることを認識し、それ故、軍事的な備えをしながら、なお衝突を避けるべく努力しているのが、現在のデタントなのである。われわれがその点を見失うならば、いつか痛い目を見る事になるだろう。>

 肝心なところを見失うなよ、と。

 <より重要な危険は、少くとも現存する共産主義体制が自由を弾圧していることを忘れ、それと仲良くしてさえおればよいと考えることである。この際、人によっては、どうせ仲良くするのなら、相手の悪い点は忘れてしまった方がすっきりすると言うかも知れない。しかし、それは過度に他人に自らを合わせすぎるというものである。残念ながら、その例は多い。>

 相手の欠点に目をつぶっているうちに、欠点が見えなくなり、「痘痕も笑窪」になる。日本人のいいところでもあり、悪いところでもある。

 <国の内外において、日本のマスコミほど「自主規制」をする存在は珍しいというのが世界の常識である。相手の怒りそうなことは書かないという姿勢故に、ソ連や中国や北朝鮮の自由の欠如は、ほとんど報道されない。そして批判しても怒らない「寛容」な国や集団については、いくらでも批判するのだから、結局は非寛容な人々の圧力に屈しているわけである。>

 昔から日本のマスコミは同じような問題を内包していたのだ、とここで気付かされる。自由主義陣営の悪口は言うが、社会主義の悪口は書かない。

 韓国の悪口を散々書いて、北朝鮮の金日成独裁をほめそやしていた朝日新聞が代表例だ。当時の朝日新聞の縮刷版を見れば、いかにひどい新聞だったかは、一目瞭然だ。そういう「過去」の反省はしないのが朝日新聞の特徴らしい。今でも朝鮮総連や金正日の悪口はあまり見ない。また、金大中の悪口は書かないことにしているらしい。ひどい新聞だ。小沢一郎氏の悪口は書き放題らしいが。

 <一体、それで腹が立たないのであろうか。もしそうなら、彼らは自由の精神を真実には持っていないということであろう。というのは、自由は守るべきだから守るといった難かしいものというより、自由が犯されているのを見ると腹が立ってしかたがないというのが自由の精神の基礎だからである。それがなければ、日本の将来は不安である。>

 チベットを中国共産党が弾圧、抑圧していることについて朝日新聞の腰の引けた報道ぶりを見よ!

 <なぜなら、われわれは国の内外で共産主義者とつき合って行かなくてはならない。しかし共産主義には自由と両立しないところがある。ソ連や北朝鮮など現存の共産主義は言うまでもなく、ポルトガルの例を見ても、共産主義と自由は両立しないし、日本の共産党を見ても、いくつかの事例は共産党が自由を尊重しない恐れのあることを示している。>

 北朝鮮の政治など、批判を100回してもし足りないのに、朝日新聞にはなかなか批判記事が出てこない。出てくるのは、国民が食料不足で大変なのに、日本政府は食料を送らなくていいのか、とかの偏向報道である。

 <それ故、共産主義国や共産主義勢力とつき合うとき、現実にはにこやかにつき合っても、心の底には彼らの自由の精神の欠如への厳しい批判がなければ、結局、われわれは自由を失うであろう。自由の精神がないものとはつき合わないというのも、つき合う以上相手に自由の精神が無くても平気であるというのも、共に正しい態度ではない。>

 この高坂氏のバランス感覚を朝日新聞も学んでほしい。

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五百旗頭氏のナショナリズム論と国家論:衰退論を超える視点は素晴らしいが…~5月10日毎日新聞朝刊[世界の風]

 毎日新聞5月10日朝刊[時代の風]は五百旗頭真氏・防衛大学校長の<日本の高い文明水準/西洋文明克服の方途>だった。

 とても参考になるだろう、と読み始めた。何しろ、書き出しが

 <日本という文明の盛衰について考えてみたい。>

 なのだから。

 <今日の日本は衰退期にあると、多くの人が感じている。それは本当か。そうだとすれば、どのような意味で衰えつつあるのか。上向きか下向きかはともかく、そもそも日本文明とはどのようなものなのか。その特徴は、その水準は、その国際的位置は、どうなのか。この国の豊かな歴史はこの問いにどう答えているのか。われわれはいつも眼前の事態に夢中になるが、時には大きな歴史地図の中での現在地と進路を意識してもよいのではないだろうか。>

 素晴らしい問題提起だ。

 <日本は乱れ、転落しようとしているとの意識が強まったのは、鎌倉時代であった。武力による応酬のやまない当時の状況を、識者たちは正法→像法→末法の大乗仏教の概念と重ね合わせ、末法思想にはまった。承久の乱を見守りつつ『愚管抄』を書いた慈円は、歴史の大サイクルは末法に向かっているとしつつ、歴史は一曲線ではなく、その中に小サイクルの振幅があり、一定の上昇局面もあると観察した。大小サイクルが共に転落に向かう状況にあって人はなす術ないが、両者が打ち消し合う事態にあって、人為は有意性を持ちうる。大切なのは歴史における道理を知り、人がそれを踏み行うことであると説いた。>

 この循環論については誰かも書いていた。最近読んだのだが、もう忘れてしまった。

 <元寇の時代を生きた日蓮は正法を見失ったことが世の乱れをもたらしたと政治と人々に激しく改心を迫りつつ、世界「大闘諍」の起こる末法の極みにこそ、かえって「妙法」の機が来ると逆転勝利の終末思想を説いた。>

 日蓮か。逆転勝利の終末思想だったのか。そういうことがなかなか理解できないので、読んでも面白くなかったのだが。

 <その後の応仁の乱から戦国に至る乱世は、末法の名にふさわしい現実であった。しかし、とめどない破壊エネルギーは、ついに徳川の手で治められ、逆に270年に及ぶ日本史上最長の平和時代を持つことになった。>

 応仁の乱から戦国に至る日本の「末法」があってはじめて徳川の270年ができたのかもしれない、と思わせる。

 <問題は、世界から隔離された長期平和の間に、イギリスで産業革命が始まったことである。それまでの諸文明が人力と馬力によって動いたのに対し、産業革命以後の西洋文明は動力によって地上と水面を走るようになった。西洋文明は人類史上はじめての世界文明となった。西洋列強のみが世界政治の主体となり、非西洋社会はその客体に転落した。世界各地の非西洋社会をわがものに収めつつ膨張する西洋の力が、鎖国日本にまで及んだ。日本史上空前の危機が迫っていた。>

 そういうことだ。それまでの西洋がいじめられ、弱く、侵略され続けた国々だった、と読んだばかりだ。

 <もし日本の文明水準が低いものであれば、他の多くの非西洋社会のように、日本も19世紀に植民地化されていたであろう。江戸時代の日本は、産業革命が生み出した利器と近代的システムこそ手にしていなかったが、識字率は同時代の西洋諸国に劣らなかった。日本が西洋文明の力の中心から遠くに位置した地理的好運や、西洋列強が日本をめぐり互いに対抗し、一国が日本を切り取ることへの牽制力が働くという国際政治力学上の好運もあった。けれども、日本が格別な対応力を発揮しなければ、列強に対し国を開きながら独立を守り、半世紀後に西洋の軍事大国ロシアに勝利し、西洋列強と並び立つ世界の主要国の一つに日本が成長することなどありえなかったであろう。どんな対応が、日本を非西洋社会の中での例外となし得たのであろうか。>

 日本の近代史に誇りをもたねばならない。マルクス主義講座派の連中は、この明治維新を中途半端な革命とか、訳の分からない解釈をして、いまだに歴史学界を惑わせている。

 <幕末から維新にかけて吹き荒れた攘夷運動の嵐とその収束に、その鍵が示されていると思われる。「攘夷」は一言で言えば、民族的プライドの発露である。有力な外部文明の挑戦を受ける時、誇り高い社会には熱狂的な愛国派(ゼロット)が登場することを、トインビーの『歴史の研究』は検証している。愛国者集団や攘夷派が台頭しないような国では、唯々諾々と強国の支配下に降るであろう。強いサムライの抗戦意志があってこそ、帝国主義時代に独立を保ち得たのである。>

 五百旗頭さん、よく分かっていらっしゃる。

 <とはいえ、大きな力の差がある西洋文明諸国のような強者に対して、軍事対決一辺倒で対応すれば、民族的玉砕の危険を冒すことになる。ローマ軍の侵攻に際して、ユダヤのゼロットたちは、エルサレム陥落後もマサダの砦に拠って徹底抗戦を続け、3年後に960名の戦士とその家族が集団自決をして果てた。

 さすが、世界文明史をよく勉強していらっしゃる。

 <トインビーは他方の典型的な対応の型として「ヘロデ主義」を示す。>

 <強大な外敵に玉砕することを避け、強大な外部文明の力の秘密を学ぶ。それをもって優越した外力を長期的に克服する冷静で合理的な対応である。>

 なるほど、これだったのか。「ヘデロ主義」などという名前を知らずとも、日本の文明の中にその手法は隠されていたわけだ。

 <薩英戦争や馬関での四国艦隊との交戦は攘夷の意志とその限界を明らかにした。幕府だけでなく、明治政府も結局はヘロデ主義に帰着した。>

 <強い民族的プライドを持つサムライが不退転の抗戦意志を示しながら国家としてはその内圧に耐え、国際協調を可能にする冷静で合理的な路線をとり得た。日本が近代西洋文明をこなし得た所以である。>

 この論の眼目はやはり、「強い愛国心」だと思うのだが。内圧に耐えた国家も素晴らしいが、その内圧自体がなかったら、滅んでいただろう。

 <幕末に充満した攘夷エネルギーが優れた西洋文明を学習する明治のエネルギーに内面化された時、近代日本は西洋文明を克服する唯一の非西洋国としての行路を見いだしたといえよう。>

 <今日の衰退を論ずる前に、日本史が「西洋の世界史」を「世界の世界史」へ転換する世界史的役割を果たしたことを認識しておきたい。それ程に高い水準を日本文明は築いているのである。>

 幕末明治時代の日本文明は確かに世界一流だった。でも、いまもそうなのか? そこに疑問が出ているので、今の衰退論の流行なのではないか。五百旗頭氏の論で言っても、まずは愛国心が必要だ。その愛国心=攘夷の心をうまくコントロールする強い国家も必要だ。今の日本は両方ともないように見えるのが、痛い。

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2009年5月 9日 (土)

新型インフルエンザ、参考になる記事を見つけた~5月9日朝刊日経新聞[大機小機]、朝日新聞[経済気象台]

 新型インフルエンザの記事でこの1週間、新聞はあふれかえっている。必要な情報だから掲載しているのだろうが、出てくるのは国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長の細切れのコメントと世界保健機関(WHO)のマーガレット・チャン事務局長(61)の談話とケイジ・フクダ事務局長補佐代理(53)の記者会見内容くらいだ。細切れのニュースを見るよりかは、できれば彼らのまとまったインタビューでも読みたくなる。

 チャン氏は1994~2003年に香港政府衛生署長をつとめ、その最中に香港返還があり、新型肺炎(SARS)流行時には国家機密を盾に情報提供を渋った中国政府の壁を破れず、初動が遅れたと批判された。しかし、その苦境を生かす政治力があり、2006年のWHO事務局長選挙で元WHO西太平洋地域事務局長の尾身茂・自治医科大学教授(59)を破って就任したことはまだ記憶に新しい。

 フクダ氏は日本生まれ、子供の時に渡米し今は米国籍だそうだが、インフルエンザの専門家で2005年に米国疾病対策センター(CDC)からWHOに移ったWHOのインフルエンザ対策責任者。大阪市立大学客員教授を務め、日本語も聞き取れるそうだ。

 日本の新聞社はこの種の国際的な広がりを持った大事件に弱い体質を持っている。それは、セクショナリズムと記者クラブ制度の生んだ習性だ。

 朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などでは昔は社会部が医療関係の現場取材を担当していたが、その後、日本の高度経済成長、国民の健康指向、戦争がなく病気が死因の主なものとなって、特にがんへの関心が高まり、その後の福祉国家化で医療予算などが膨張。国家財政が赤字となって予算がカットされるなど、国民医療問題が社会問題にとどまらず、大きな政治問題化した。年金財政の問題も露呈した。

 各社は程度の違いこそあれ、医療部とか科学部などのセクションを社会部から分離独立させ、専門記者を育てようとした。環境問題を一緒の部で抱える社もあれば、医療に特化する社もあるが、専門記者化がひとつの大きなトレンドだった。

 ところが、新聞社では社会部は社会面に責任を持ち、政治部は政治面に責任を持つという阿吽の呼吸がある。責任編集と言えば聞こえはいいが、セクショナリズムが働くとマイナスに働く。医療・科学部は少ない紙面に責任を持つので、人数も少なく、調査報道は得意だが、現場主義の事件には弱く、即応性に欠けるきらいがある。日々変わっていく、今回の新型インフルエンザのようなニュースに即時対応できる態勢が築かれていない。

 そのうえ、昔は厚生省担当記者だったのが、今は厚生労働省担当となったクラブ詰め記者は役所の発表を書き写す作業もしなければならず、人数に余裕のある社はいいが、そうでない社は記者の教養の補充がおろそかになる。

 こういうようなパンデミックまがいの事態が起きると、訳が分からないけど、あとから「お前はバカだ」と言われないように騒いでおこう、という気分が担当取材記者にも紙面編集担当記者にも起こる。そこで、大騒ぎする必要のない時に1面トップ記事がドーンと出ている、というようなチグハグなことが起きる。

 この2週間ほどの日本の新聞をみると、そんなチグハグさが目立った。それに、紙面を見ると、WHOや厚生労働省の言い分の垂れ流しが多い、ということも付け加えておこう。

 今回の「パンデミック」騒動をもう少し冷静に考え、今後、日本が取るべき政策を考えたい、という気分が強くなっていた。

◆日経[大機小機]は素晴らしかった

 そこで出合ったのが5月9日付日経新聞朝刊17面コラム[大機小機]だった。(カトー)氏は<慌てずパンデミック危機に備えよ>のタイトルで、面白い見方を紹介していた。(カトー)氏の言っている中からメモしておこう。

▽通常のインフルエンザでも日本で年間1万人近くの死者が出ている。危機を煽りすぎず、冷静に対処することが大切だ。

▽油断は禁物。もし、これで沈静化しても今年の冬に大流行の危険性もある。また、これから冬を迎える南半球からは目が離せない

公衆衛生は公共財の典型。政府の役割が大きく、責任も大きい。政府の対策のポイントを見直すべきだ。

▽いったん発生した後の対策は中央集権的な対応ではなく、分権的対応を基本とすべきだ。危機管理の観点からすれば、水際作戦で感染を完全に防げると思わないほうがいい。

発生後は現場の医療機関の対応がカギだ。現場への権限と責任の移譲の範囲を今のうちに決めておくべきだ

治安と水道、電力、金融といったライフラインを優先する。パンデミック(世界的大流行)は特に都市部や人口密集地で猛威を振るう。交通運輸機関が止まると大打撃を受ける。これについては経営破たんについても考慮しておくべきだ。

ワクチン・抗インフルエンザ剤作成に向けて国内製薬会社のインセンティブ増しておく必要がある。もともとワクチン製造はうまみが少ないため、製薬会社も力を入れていない

通常のインフルエンザでも死者が出るから、新型インフルエンザ対策とはトレードオフが生じる

危機が発生すると輸入頼ることはできないこうした状況では政府が補助金を出すか、あるいは高額で購入することを早急に考えるべきだ。関連して損害賠償の緩和という法的インセンティブ必要かもしれない。

▽リスク・コミュニケーションが重要。「手洗い、うがい、せきエチケット」といった基本的な習慣でかなりの予防が出来る。しかし、こういう助言は守られにくい。とりわけ集団行動を取りやすく、感染媒体になりやすい十代の少年少女たちにどう周知するか。彼らに優先的にワクチンを打てば、結果として多くの人命を救えるようになるかもしれない。

▽パンデミックとの戦いは長期にわたる。慌てず、手を打つことが肝要だ。

 以上である。ストンと腹に落ちた感じだ。

 十代の少年少女に優先的にワクチンを打つ理由をうまく考えているなぁ、と感心した。この視点は非常に大事だと思う。大流行が始まって、ワクチンは国民の半分にしか行き渡らない、というケースも十分に考えられるわけで、その時は時の政府は国家戦略を考えねばならなくなる。誰を生き残らせて、誰にはもしかしたら死ぬかもしれないリスクを与えるのか、という究極の選択である。

 この究極の選択は地域で輪切りに出来ない、男女で輪切りに出来ない、となると、世代か職業か、である。職業についてはすでに政府のマニュアルで治安にあたる公務員や医療関係者らを最優先することが決まっているのだが、その第1段が過ぎた後の第2段が究極の選択になる。ここで、老人にリスクを取らせるか、若者にリスクを取らせるかの選択を迫られる。若者を優先する理由として、私などは将来の日本を背負う世代を生き残らせるため、としか考えなかったのだが、(カトー)氏は頭がいい。感染リスクの高い若者に先にワクチンを打てば防御線になる、という理屈である。これは大賛成だ。

 このコラムで最もしびれたのは「輸入が出来なくなる」という文章だった。

 パンデミックのリスクを冷静に考えた場合、「貿易の保護主義反対」論では説明の付かない国家安全保障問題が出てくる、ということだ。どこの政府だってワクチンが足りなくなるリスクがある際に、外国に輸出しない。ワクチン製造は国家安全保障政策なのだ。

 (カトー)氏はこの問題の専門家なのか、ものすごく詳しい。それだけでなく、視野広く、いろいろな面に目配りしている。政府の中でもこういう人がいるのだろうか? たくさんものを教えられたコラムだった。

 是非、本物のコラムをお読みになることをお薦めします。

◆朝日の[経済気象台]は舛添厚労相をベタほめしていた

 同じ5月9日朝刊の朝日新聞[経済気象台]は(瞬)氏の<新型インフル流行と経済>のタイトルだった。

 こちらは前半は何を言っているのかよく分からなかったが、中盤は、

 <新型インフルエンザを水際で防ぐために、舛添早世労働相が取り組んだことにはいろいろの意見があるが、国全体に緊張感が行き渡り、この問題への対応は中小企業を含み進み始めている。>

 <これは政治の働きとは何か、ということに意志をもって応えた事例の一つとして、高く評価されてよい。諸外国に比べても日本政府の対応は素早く徹底している。そこには人の生命や人生を大切にする日本の精神風土も影響しているように思われる。>

 とベタ褒めなのだ。まあ、分からんでもない。新聞というものはすぐに「政府はけしからん」一色になるから、国際的に比較して、どれくらいの点数をつければいいか、の客観的な基準が見えなくなるきらいがある。だから、こういう記者クラブから離れた方々の声は貴重だと思う。しかし、まだ事情も分からないうちに、あのヒステリックな声で横浜市長を批判したり、と舛添氏が相当におかしなことをしていることも事実なのだが。

 (瞬)氏はこの政府の対応を評価する一方で、企業について

 <経営にとってはこれまで公益に応える責任感や思いやりなどは二の次と考えられてきたことの転換も起きる可能性がある。むしろ責任感や思いやりを土台としてこそ、環境の激しい変化に対して適切に判断や行動ができる、という発想に変わってゆくとするならば、この試練には想像以上に大切な意味があることになる。>

 という「教訓」を引き出そうとしている。

 まあ、そこまではないんじゃないの?と思うが、そうなってほしい、とは思う。

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2009年5月 8日 (金)

書評 望田幸男著「二つの戦後・二つの近代~日本とドイツ」(ミネルヴァ書房)

 MINERVA歴史・文化ライブラリー15巻目の望田幸男著「二つの戦後・二つの近代~日本とドイツ」(ミネルヴァ書房、2009年3月10日初版第1刷発行、定価2940円)を読んだ。

二つの戦後・二つの近代―日本とドイツ (MINERVA歴史・文化ライブラリー) 二つの戦後・二つの近代―日本とドイツ (MINERVA歴史・文化ライブラリー)

著者:望田 幸男
販売元:ミネルヴァ書房
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 1931年生まれ、京大文学部史学科卒業で一貫してドイツ近現代史を比較歴史学の手法で研究してきた著者が自分史を交えて、一般読者にも分かりやすい形で日本とドイツの近代史論争の歴史を解説した本だ。

 大学者先生の本格的な研究書をコメントする力もないし、批判的に読解する能力もないのだが、なにしろ分かりやすくて、何か書き留めておきたくなったので、読書ノートとして、気に入った部分や覚えておきたい部分などを抜き書きしておく。

 まずは目次を見ると大体のことが分かると思うので、目次を写しておこう。

序章 戦後と「近代史」――個人史によせて

第1章 「戦後の近代史」

 第1節 「新しい主役」のイニシアチブ――戦後日本

 第2節 正統史学における「過去への問い」――戦後ドイツ

第2章 日本における「戦後の近代史」のゆらぎ

 第1節 「戦後の近代史」のゆらぎ

 第2節 「もうひとつの近代史」への試み

第3章 ドイツにおける「社会史」と「特有の道」論

 第1節 ドイツ社会史への道

 第2節 「ドイツ特有の道」をめぐって

第4章 「もうひとつのドイツ近代史像」の試み

 第1節 ユンカーから教養市民層へ、そして資格社会へ

 第2節 「近代=資格社会」論のケーススタディー

終章 「比較の歴史学」への道

あとがき

 である。このケーススタディーはあまりに専門的だったので、読み飛ばしたことを告白しておく。ところどころに入っているコラムが、また面白かった。

 では、内容を抜き書き、というか、メモしておこう。

アメリカ・イギリス・フランスなどの戦勝国の場合には、戦後は単に戦前・戦時の「あと」の時期であった。しかし、敗戦国日本にとっては、同じ敗戦国ドイツとともに、政治体制のみか、価値観から生活スタイルに至るまで変わり、いわば「生まれ変わった」という独自の意味を持っていた。このことは、戦後の政治・社会とともに、知的風土にまで深く刻印されていき、この意味で「戦後」の政治・社会とか、「戦後」の思想・文化とか、さらには「戦後」の歴史学とか、あえて「戦後の…」という問題が提示されたのである。(P2)

 60年代、70年代の本には「戦後…」という題名を冠したものが多かった気がする。世界中みなそういうことか、と当時は単純に思っていたのだが、そうではなかった、ということ。日本では「戦後思想の原点」とかが問題になったのに、アメリカでは戦前・戦中と戦後が連続していた、ということで、アメリカやイギリスの国民は「戦後」の意味を深く考えずに済んだ、ということのようだ。今になってそう教われば「なるほど」と思うのだが、高校生、大学生、就職してすぐだった当時はそんなことを考えもせず、特殊という意識もなかったと思う。

▽(終戦直後)当時、日本史においては講座派マルクス主義が主導的位置を占めていたが、西洋史分野では「大塚史学」がそびえていた。これは大塚久雄を頂点とする「比較経済史学」を標榜する流れで、ジャーナリズムの世界では、マルクスとウェーバーが「大塚史学の二つの魂」などと言われていたが、一方の軸足をマルクスに依拠していた点で、「大塚史学」は戦後の思想・論壇の状況においては講座派と同じフロントに立っていた。そこでは世界の資本主義の歴史的発展において、その波頭に立っていたイギリスの近代化が語られ、そのコインの裏側としてドイツ・日本の後進性が批判されるという構図が展開されていた。そして軍国主義の日本とナチスのドイツは、それぞれがたどってきた後進的で非民主的な近代に胚胎したものとされた。いや、そもそも日本にもドイツにも「真の近代」は存在しなかったのだ、といわれていたのである。(P4)

 思い込みは怖い。戦争直後はこういう直感のような感覚が学問の入口だけでなく、その後の学問の進行方向を決めてしまった。「日本は悪い。明治維新はイギリスの民主主義革命とは違う」と生半可な知識で学校の教師らが学生、生徒に教えこんだ。その教えられた生徒の世代が私たちの世代だった。

▽こうした考え方は、敗戦直後の知識人の多くをとらえていた発想が歴史学の分野に投影したものであった。丸山真男の「日本知識人論」の用語で言えば「悔恨共同体の形成」であった。それは、軍国主義の支配を成就させ、戦争と侵略の道を許したことに、戦後、「悔恨と自己批判」の思いを抱いていた知識人共通の心情を表現したものであった。いうまでもなく、この「悔恨共同体」の最前線には丸山とその学派も立っていた。ともあれ、このような意味での「悔恨」という心情と感性に満ちた「近代史」が、戦後の私を包んでいた知的雰囲気であった。(P4)

 60年代、70年代、アプリオリにそういう立場に立って、説を展開する論者の本をよく読んだものだった。多くは岩波新書だった。望田氏は「感性」と「心情」という言葉で表現しているが、今になって読み返せば、論理的な言説と言うよりも、感情を文章にしたものだった。言われているように丸山真男は学者ではなく、ジャーナリストだった、ということなのかもしれない。

▽もうひとつの学問潮流は、論壇やマスコミなどで「新京都学派」と呼称されていたものである。この「学派」の歴史学グループは、京都大学人文科学研究所の河野健二、上山春平、飯沼二郎らを中心とした流れである。このグループの考え方は、論点は多岐にわたるが、せんじつめていえば、講座派や「大塚史学」の「明治維新=絶対主義」説に反対し、「明治維新=ブルジョア革命」説の立場であったといえよう。(P7)

 飯沼二郎氏の軍隊研究は岩波現代文庫だかで読んで、その緻密さに驚いた記憶がある。河野健二氏はフランス革命だったかを岩波新書で書いていたと思った。上山春平氏もそういう流派だったのか。日本研究者、日本文化研究者だと思っていた。学問の世界は難しい。でも、この新京都学派って魅力的だと思う。

▽西ドイツでは、日本と違って敗戦によって歴史学界の「代表選手」に交代は見られず、戦前・戦中の主流=正統史学が戦後もその位置を維持し続けていた。日本では「戦後の近代史」=「悔恨の近代史」が「ゆらぎ」ないし退潮し始めた頃、西ドイツの新たな潮流=「ドイツ社会史」が登場してきた。(P8)

戦後の「悔恨の近代史」は、日本において戦争と侵略の軍部独裁を許したことに対する反省と自己批判の表現であったが、それはコインの表裏の関係で、近代化のモデルとして英仏など西欧への「希望」と「憧れ」に結びついていた。したがって「悔恨の共同体」のゆらぎとそれからの離反の流れは、60年代から胚胎したが、そこでは近代西欧に対する価値評価の相対的低下を、多かれ少なかれ伴っていた。そして、かつての植民地領有諸国に対する批判と追及のまなざしも込められている場合もあったし、さらには現代が「近代の爛熟」の果てに「近代の負の側面」を露呈してきたとも考えられた。(P10)

 ところが望田氏はこの「希望としての西欧」は簡単には放棄できないのではないか、と考えた、という。何か、ここは難しい。よく考えると、ここは望田氏の「9条の会」的な「論理ではない」感情の問題なのかもしれない、とも思う。論理でない、ということはこの問題で説得できない、しにくい、ということを表している。まあ、この問題は今はスルーしておこう。問題はドイツと日本の近現代史なのだから。

 コラム[講座派・労農派論争(日本資本主義論争)](P21)も面白かった。ここで、寺出道雄氏の「知の前衛たち」が取り上げられていた。このブログで以前、書評を書いた本である。マルクス主義者たちの話である。マルクス主義者たちを門前払いのように否定し去るのはよくないと思っている。あくまで、イデオロギーで批判するのではなく、その人の行動について批判したい、と思っている。

戦後日本で第一次世界大戦後のドイツ・ワイマール共和国に関して強い知的関心が寄せられたのも、戦後日本における民主主義への危機感が背後にあった。ドイツ史上、初めて訪れた議会制民主主義がわずか14年間でナチスによって打倒されたという「悲劇」は、日本において最初の議会制民主主義の未来に思いを馳せたとき、他国の出来事とは思われなかったからである。(P29)

 この「日本において最初の議会制民主主義」という認識が正しいかどうか、である。これは戦前の議会はあくまで明治天皇制への協賛機関に過ぎないという見方からくる表現だろうが、議会だけが法律を制定できたのは昔の議会も今の議会も同じだ。ただ、昔は法律と同じような効力を持つ勅令で政治ができたから、議会が今に比べて軽かった、ということは言える。しかし、一応は新聞も出ていたし、表現の自由はあったから、勅令政治を貫徹しようとすれば、名望家たちの反乱が起きる可能性もあった。無理はできなかったはずだ。だから、戦前も議会制民主主義は機能していたのだ。そういう見方が今の歴史学界の主流だと思うのだが。

フリードリッヒ・マイネッケは、ビスマルクの中に政治と軍事と倫理との均衡を見て、それが崩れていく中にナチス・ヒトラーに至る「ドイツの悲劇」を見出している。いわば彼は、ヒトラー・ナチスとは明確に一線を画する保守良識派ともいうべきスタンスを取っていた。…マイネッケにとっては「古き良きドイツ」の精神的伝統があり、それがヒトラー主義によって破壊されたが、未来への展望としてはその精神的伝統を再生させるという考えなのである。…三島憲一「戦後ドイツ」が明らかにしているように、古き良きドイツへの思い入れによって、ナチス・ドイツという忌まわしい過去を忘却させようとするものであった。「ヒトラーのドイツ」という悪評を「ゲーテのドイツ」というイメージでぬぐい清めようとしたのだ。(P36~P38)

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 マイネッケは偉大だった。

▽ナチス・ヒトラーには必ずしも同調したわけではなかった歴史学界主流が存在し、それが戦後も健在であったことは、日本との違いを鮮明にするが、同時に戦後日本の「悔恨の共同体」に匹敵するものは不在であったといえよう。そうだとすると戦後、時を追って明らかになった「戦慄すべきホロコースト」という巨大な暗黒の真実を前にした時、ドイツ正統史学の歴史的思考では、思想的にも社会的にも対応できず、いつの日かドイツにも「悔恨の共同体」の登場は不可避であったといわざるをえない。(P38)

 マイネッケたちの理論をもう少し柔軟にする道はなかったのだろうか?

▽戦後日本との相違として忘れてはならないのは、ワイマール共和国の存在である。わずか14年間でナチス国家に取って代わられたとはいえ、当時の世界資本主義諸国の中で抜きん出て高度な議会制民主主義が開花したことは、西ドイツにおける再建にあたって、まったく新たな体制作りというよりも、「ワイマールへの復帰」という見地も生み出したのである。…(ドイツの教育制度が戦前のままだったことを説明し)この点、日本における教育体制が戦前・戦中と戦後との非連続ないし切断の論理で貫かれたのと照応している。…西ドイツの歴史的思考においては、戦前は全面否定の対象ではなく、ナチス以前の時代の中に、戦後にも再生させるべき「古き良きドイツ」が存在したのである。(P41)

 これは大きいだろう。日本は戦前の価値観を全否定してしまった。

 だから、その後、安倍晋三氏のような論者が出てくる。日本の「全否定」に内在的論理が乏しく、GHQの指令で現実政治面の改革と歴史理論の変更がどんどん進められた。

 いけいけどんどんだったから、戦後改革はGHQに背中を押されて、すんなり進んだ。しかし、新しい革袋を埋める酒(精神)が用意できなかった。

 日本人の心は終戦直後も経済復興時も、基本的には戦前と同じだった。なぜか。いろいろな見方があるだろうが、基本的には国民性が大きいと思う。それだけでなく、共産中国の成立と朝鮮戦争を契機に進んだ政治面の「逆コース」で戦前の価値観を何が何でも否定するという風潮がピタリとやんだのが大きかっただろう。では「逆コース」以降、「戦後思想」が死んだか、と言えばそうではなかった。「新しい酒が新しい革袋に注ぎ込まれないままに終わってしまった」という進歩主義者からの批判はないものねだりだったが、ある意味では正しい部分はあったと思う。いい加減で転向してしまったので、その変化が一般国民に周知徹底しなかった。いつも知らないうちに変わっているのが日本の変化の形だ。みんなが分かる形で変化したのは明治維新と敗戦くらいだろう。

▽ドイツ人現代史研究者S・コンラートは…西ドイツ初期の場合よりも、戦後日本における戦前・戦中の分析は、はるかに批判的なものであった、と言う。…丸山真男の強迫観念的とも思える関心は、もっぱら日本社会の異常な側面に向けられたのであった。これに対して西ドイツでは文化的遺産はたいてい価値豊かな伝統の貯蔵庫とみなされ、その伝統はファシズムの克服を可能にするものであった。…西ドイツでは60年代、70年代初頭に「社会史派」が登場してくるまで、ナチズムの長期的・構造的原因の探求は少数派的立場にとどまっていた。これに対し日本では戦争とファシズムに至った100年間にわたる誤れる発展という発想は支配的な見解であり、大多数の歴史家たちは、日本近代化の構造的欠陥とその不幸な帰結を確信していた、とコンラートは書いている。(P43)

 コンラートの言う通りだろう。丸山真男は一種の強迫観念症のフェティシストだろう。その本質は「軍人は嫌いだ」だろう。学問は虚飾を取り除いていくと「好き」「嫌い」に還元できるのかもしれない。

▽講座派的近代史が「揺らぎ」を見せるのは、1955・56年に相次いで日本共産党第6回全国協議会(6全協)における方針転換で、それまでの極左冒険主義に対する自己批判が行われたこと、フルシチョフによるスターリン批判、ハンガリーにおける反ソ暴動に対するソ連の軍事介入、こうした内外の社会主義の現実における「負」の激動が背景にあったのは間違いない。しかし、それにもまして「ゆらぎ」の内在的な決定的な要因は、日本経済における農村の変貌と資本主義経済の復興、高度成長に対する理論的対応力を欠いていたことであった。(P50)

 講座派的考え方では三位一体論(寄生地主制、専制的天皇制、独占資本)の2本の支柱が基本的に崩れると独占資本(資本主義)それ自体も崩壊に瀕してこなければならないのに、資本主義は強化の道を歩んでいる、おかしい、ということで、内外の出来事以上に、このテーゼが現実適応できなくなったことから「戦後の近代史」=「悔恨の近代史」の学問的再検討を促した、という。そこで農村の変貌と資本主義の発展という現実にアクセントをおいた発想や歴史意識が出てきて、1956年の松下圭一氏の「大衆国家の成立とその問題性」などで大衆社会論が出て、論争となり、1958年には上山春平氏の明治維新ブルジョア革命論が出る。1960年には吉岡昭彦氏の産業革命論が出る。1961年にはライシャワー氏の近代化論が広まる、と年代を追って解説していた。

 そして、美濃部達吉の天皇機関説の説明。これはゲオルグ・イェリネックの国家法人説を日本に適応したものだ、と。

 面白かったのは、

<政治過程>→<政治構造>→<政治体制>という論。

 <政治構造>は名望家民主主義的政治構造(近代)大衆民主主義的政治構造(現代)に分かれる、という。この名望家の時代には金と地位のある人による政治だったから、政治にブレは少なかったが、大衆民主主義時代に入ると、ブレが多くなる。望田氏は<議会内紛争>から<議会の内外における相克>へと一変した、という。

 望田氏の「歴史の到達点をどこに置くか」という問いも面白かった。3ケースをあげていた。

昭和期の軍部独裁の確立と戦時体制を「歴史の到達点」におけば、明治維新以来、専制天皇制の確立から大正デモクラシーを一時期の間奏曲にして一路、軍部支配と戦争への道を失踪したという歴史像が点滅する。

敗戦時を「到達点」におけば「どうして軍部支配と戦争への道を阻止し得なかったのか」という「悔恨の心情」に裏打ちされつつも①と同じ歴史像ができる。

戦後民主主義の確立と資本主義経済の高度化を「到達点」におけば、大正デモクラシーに「顕在化」した「歴史の可能性」が軍部支配と戦争の中に閉ざされていたが、敗戦と共に新たな発展を見て、今日に至った、という歴史像が構想可能だ、というのである。

 私は③の変形型も構想可能ではないか、と思うのだ。大正デモクラシーは本当に明るかった。戦前はセピア色の時代ではなかった。日本人が力いっぱい生きた時代だった、と思う。ただ、経済政策の失敗と外交の失敗で二進も三進もいかなくなり、議会政治が自分で匙を投げたのではないか、と思うのだ。

 軍部という造語で陸海軍の権力奪取を描くが、軍部がなぜ民衆の支持を得たか、と言えば、新聞だけでなくラジオが普及し、「パンとサーカス」政治が始まっており、民衆は貧しい農民の味方(と錯覚してしまうだけの根拠を持っていた)軍幹部に議会の代わりをさせようと考えた。新聞記者はその時代、今と比べ物にならない文化人、インテリで金持だったが、その影響力を持っている新聞記者も議会を馬鹿にして軍に肩入れしていた。敗戦後、軍は解体され、新聞記者らは「軍が悪かった」と今はすでにない組織にすべての責任をなすりつけた。

 東条英機のような木端役人のような軍人だけではなかった。もっと責任感もあり、一身に恥を引き受けることのできる軍人もいたのに、木端役人が最高指導者となり、日本を破滅させた。

 軍人の権力は軍人が望んで取ったというよりは、世間の空気が軍人に冠を戴冠したと見たほうが現実的ではないか、とも思う。

 これを「一億総懺悔」に結びつけてほしくはないが。

 望田氏がE・H・カーの「歴史は過去と現在の対話」という言葉を引きながら、「到達した現在の様相によって過去の相貌も異なって映ってくる」と言っているのは面白い。

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 歴史は変化するのだ。2009年で考える歴史と1994年に考えた歴史では違っている。これは当たり前で、全然変わらないのはイデオロギーであり、学問ではない、と思う。

 ドイツの歴史学界は1961年にハンブルク大学のフリッツ・フィッシャーが「世界強国への道」を書いて、大論争になって様相を変える。フィッシャーは第一次世界大戦を通じて侵略主義的併合主義という戦争目的を一貫して追求したと書いたので、それまでのビスマルク偉人説の正統派歴史学者が大反発した、という。この時代の侵略性がヒトラーの侵略につながったのだ、と。

 正統史学はこれまでドイツに一方的な戦争責任はない、というところをレゾンデートルにしていたが、それが崩れた。

 つまり、非連続論という主流が連続論の挑戦を受けた

 正統史学のパラダイムは「外政の優位だった。国家間の対峙という国際的な場において指導的政治家の営みに焦点をおき、しかもその営みの底流を流れる政治的精神史を重視する。

 これに対し「ドイツ社会史」は「内政の優位国内の政治的社会的諸勢力の対抗、葛藤のダイナミズムから国際外交を説明し、しかも政治の基底を流れる社会・経済的メカニズムの解明を重視する、という。(P91)。

 そこで望田氏は政治的社会的後進性の連続性の中でのナチス台頭というドイツ社会史悔恨の共同体の日本の戦後近代史の相似を取り上げている。そういえば、似ている。

 ところが、このドイツ社会史が日本に紹介されたのは60年代の経済成長期を体験するなかで「戦後の近代史」=「悔恨の近代史」の再検討やそれからの離反が進行する時期に当たっていた。西ドイツは日本の「悔恨の近代史」を20余年遅れて追いついてきたのだが、この受容時期が問題となった、という。

 ドイツ社会史の中で特筆すべきなのが「ドイツ特有の道」論争だ。近代ドイツは工業化したにもかかわらず、政治・社会の民主化が遅れた、という議論だ。望田氏が書いているように、これは講座派・労農派の明治維新はブルジョア革命かどうかという論争、戦後の近代史における明治維新絶対主義説と新京都学派の明治維新ブルジョア革命説の対立とまさしくパラレルの議論が相当に遅れて出てきたのだ。

 望田氏は「ドイツ特有の道」論争はドイツ近代とイギリス近代をどう比較するかの方法論をめぐる論争に他ならない、と喝破する。比較の一方を「正常」として、他方を「異常」とする方法が適切かどうか、である。多元主義が適切だろうと思うのだが。

 苦しくなったドイツの学者の中からはナチスとスターリン独裁などを比較して「ナチスだけではない」と主張する学者も現れたが、ユルゲン・ハーバーマスはこれを「歴史の修正論者」として厳しく批判した。そこで、「ドイツ社会史」における「特有の道」論は主張に道義性を帯びざるをえなくなり、日本における「戦後の近代化」=「悔恨の近代史」の「悔恨」よりも重い意味を持つ「贖罪」に至る、という。

 しかし、こんな息の詰まるようなことばかりしていたら人間は鬱病になって死んでしまう。H・A・ヴィングラーは2000年、「西方への長い道」(邦訳は「自由と統一への長い道」で2008年刊)で「特有の道」論の相対化を図る。90年の統一ドイツの実現という「現実」がこのジャンプを可能にした、と、つづめていえば、そういうことが118までに書いてある。

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 ユンカー中心のドイツ史から資格社会へ、とか、少し難しいのでパスする。

 結論部分で望田氏は比較歴史学の大切さを何度も訴える。「単数の対象だけでは見えてこないものを浮かび上がらせることが期待される」「ある単数の対象に関する『通念』を、他者と比較することによって再検討ないし相対化することをもたらす」ということだ。ただ、変な比較をするといけない、とも注意している。

 以上で粗筋を書いたが、何か大事なことを書き忘れている感じがする。

 この本を読んで感銘を受けたのだが、その感銘の部分がすっぽり抜け落ちてしまった感じがするのだ。

 つまり、それは望田氏は書かなかったことで、私が本からインスパイアされた部分だと思う。それは何か。たくさんあった気がするのだが、すぐには思い浮かばない。

 グーグルで著者の検索をしてみて、著者が北朝鮮をいじめるな、と主張している方だと知った。この本の主張から、どうしてそんな突飛な主張に結びつくのか、私には理解できないが、もしかすると、この辺がモヤモヤの原因だったのかもしれない。

 しかし、望田氏のこの歴史観を謙虚に読ませてもらった感想は、そんな北朝鮮問題や「9条の会」なおの問題とは別に、戦後日本の、というか、今の日本の可能性を十分に考えさせてくれる本だった。

 ドイツよりも先に反省し、村山談話も出したし、憲法9条も持っている。「これでまだ文句あるか」と言えるだけのことは十分したのだ。ドイツは東西ドイツの統一という機会にナチス問題をうやむやにしてしまった。ドイツがうやむやにできた最大の原因はフランスの協力だった。ビシー政権の苦い経験があり、パリ占領ではドイツ軍による強姦事件も頻発したにもかかわらず、独仏関係が修復できたのはなぜか? 逆に日韓関係はなぜこんなに仲が悪いのか?

 共産党に牛耳られていた時代の歴史観ではない、もっと自由な歴史観で虚心坦懐に考えてみる必要もあるのだろう。

 みなさまにも一読をお薦めしたい本だ。

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老人中心+若者切り捨て政治~日経新聞5月8日朝刊[世界この先]より

 日経新聞5月8日朝刊1面の大河企画[世界この先 第3部 見えてきたもの④]は<いら立つ若者/民主主義も再生の時>のタイトルで、世界にほぼ共通する課題として老人世代が政治的に重視され、若者世代が切り捨てられているため、若者の反乱などが目立っている、とリポートしていた。5面にはこの関連のインタビュー[世界この先 見えてきたもの]で「歳出の無駄の研究」を昨年出版したばかりの井堀利宏・東大教授が<若者の声 政治に生かせ>のタイトルで構想を語っていた。

「歳出の無駄」の研究 「歳出の無駄」の研究

著者:井堀 利宏
販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 1面企画の書き出しは東京都八王子市の市立保育園で定数100人なのに140人の園児がひしめいている現状を書いている。公立の保育所が最後に出来たのは1997年。子供を預けたい親は余裕のある私立の保育所に駆け込み、それでも満杯状態で、市内の待機児童数は約230人で、全国の市区町村の中で9番目に多い、とあった。

 <1960年代に始動した多摩ニュータウンは「団塊の世代」を大量に吸収した。彼らが高齢者となり、社会保障関連の予算が膨らむ。一方で子育て支援の予算は抑えられがちだ。市の子育て支援課長の宮木高一(50)は「公立の保育所をつくるのは難しい」と話す。>

 私の知人も多くが70年代、80年代に多摩ニュータウンに引っ越した。バブル時代の前のことだった。彼らも私と同じ還暦前後だ。子供は巣立ち、多摩ニュータウンを後にしたが、夫婦はそのまま残っている、という人が多い。最初に開発された地域では高齢化が進みすぎて、若者が消え、商店街もシャッターを閉ざし、老人の介護や医療に手が回らない地区も出てきている、という。高度成長時代の夢と希望のシンボルが今やゴーストタウンになろうとしている現実がある。だが、それも見方を変えれば、老人対策予算が増え、子育てや教育予算まで手が回らなくなっていることを示しているわけだ。

 日経続き物はこのリポートの後で、「プレストン効果」を紹介している。

 アメリカの人口学者のサムエル・プレストンが80年代に「少子高齢化社会では政界や産業界の関心が多数派の高齢者に向かいやすい。割を食うのは少数派の若者だ」という貴重な視点を提供した、というのだ。

 <日本の投票者は2007年時点で60歳以上が40%、40歳以下が23%。世界の先頭を走る少子高齢化大国で、プレストン効果の弊害が現実味を帯びてきた。>

 この数字からは、今の日本が抱える問題の一端が見えてくる。少子高齢化社会の抱える問題は日本だけでなく、欧米では若者の不満が表面化してきた、と続く。

 若者の暴動が続くギリシャは15―24歳で25%、25―34歳で12%という高い失業率が背景にある、という。金融危機の最中、中高年の雇用確保が優先され、首相のコスタス・カラマンリス(52)への怒りに火がついた、という。

 フランスでは大統領のニコラス・サルコジ(54)は4月24日、「厳しい状況を見過ごすわけにはいかない」と総額13億ユーロ(約1700億円)の若者向け雇用対策を発表した。危機の余波で相次ぐ大型抗議デモを抑えるため、若者の立場に配慮せざるを得なくなった、とある。

 米誌ニューズウィークは昨年11月の米大統領選の直前、「若者よ怒れ」という記事を電子版に掲載した。標的は圧倒的な影響力を誇る米退職者協会。記事は「高齢者の政治権力の要塞で、国家予算の40%に拒否権を持つ。放っておけば高齢者を優遇する政策ばかりが実現するだろう」と警告した、とあった。

 <先進国では高齢者の存在感が高まり、世代間の適正な資源配分に支障をきたし始めた。そこに今回の危機が重なり、雇用不安にさらされる若者が窮地に立つ。いまの民主主義はその矛盾を解消しきれない。しかし民主主義の代役は見当たらない。資源配分のゆがみや危機対応の遅さといった弱点を補い、衆愚政治にも独裁政治にも陥らないようにする仕掛けとは何か。民主主義を鍛える知恵を絞るしかない。>

 というのがこの企画班の提言であろう。東京都町田市の模擬選挙推進ネットワークが中高生1万人の模擬投票を実施する。事務局長の林大介(33)は「昨年の米大統領選では600万人が模擬投票に参加した、と聞いた」という。政府の懇談会は2000年にまとめた「21世紀日本の構想」で選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に下げるように提言した。各世代の人口に応じて議席数を配分する「世代制議会政治」などの実現を訴える識者も多い、と書いてある。ここにはなかったが、国民投票法では選挙年齢を18歳にしてある。この重大変更に沿って、民法、刑法などの改正作業が進んでいるはずだ。

 <「多数の暴政」。19世紀の仏政治思想家トクヴィルは自著「アメリカのデモクラシー」の中で、民主主義の負の側面をこう表現した。民主主義の未来は確かにバラ色ではない。だが再生の道が閉ざされたわけでもない。>

アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫) アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)

著者:トクヴィル
販売元:岩波書店
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アメリカのデモクラシー〈第1巻(下)〉 (岩波文庫) アメリカのデモクラシー〈第1巻(下)〉 (岩波文庫)

著者:トクヴィル
販売元:岩波書店
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アメリカのデモクラシー〈第2巻(下)〉 (岩波文庫) アメリカのデモクラシー〈第2巻(下)〉 (岩波文庫)

著者:トクヴィル
販売元:岩波書店
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 が結びの言葉だった。トクヴィルの本は最近、講談社学術文庫で上下2巻になって出版されたのだが、アマゾンでは入っていなかった。

 そして、井堀氏のインタビューである。要点をメモしておく。

▽日本では高齢者に対する所得の再配分が非常に多く、若者への再配分が少ない。これはOECDの調査でも報告されている。

 この物言いが誤解を生む。単純な頭の人や忙しい人はここだけ記憶していると、後期高齢者制度は仕方ない、と思うだろう。そうではないのだ。

▽高齢化に伴う年金。医療の支出増はある意味では仕方ない。ただ社会保障制度の整備が進んだ1970年代と違って、裕福な高齢者が多くなった。一方で若者には雇用や将来への不安が漂っている。恵まれない若者が恵まれた高齢者を支えている状態だ。

 マスで見た議論である。これも誤解、幻想を与える議論だと思う。

▽社会保障制度に見られる受益と負担の乖離を縮めなければならない。賦課方式の年金制度を見直す必要がある。例えば年金の支給を75歳以上の後期高齢者に限り、それまでは積み立て方式の個人勘定年金などで対応すべきではないか。世代間の負担がより公平になる消費税の増税も検討課題だ。

 消費税上げは必要だ。昔、土井たか子社会党委員長が国民にあらぬ誤解を与えてしまったため、消費税が上げにくくて困る。消費税とは公平な税なのだ。大銀行などが法人税を脱税し、大企業もタックスヘイブンの国を利用して日本国家への税金支払いをなるべく少なくする方策を講じているが、消費税ならば、確実に取れる。5%だけの消費税で何ができるのだろうか?

 20%の消費税にした場合は何ができるのか、15%ならばどうか、と想定して議論すべきだ。「消費税上げの前に無駄遣いをなくすこと」という議員らの声は「消費税上げに反対」という意味でしかない。井堀氏の著書で、いかに無駄遣いをなくすのが難しいか、無駄遣いという定義自体が難しいか、を説得力をもって書いている。自民党の小泉政権が「自分の政権では消費税を上げない」と宣言したのが失敗だった。堂々と消費税を上げるべきだった。そして、軽減税率を設定し、日常食料品(ぜいたく品を除く)や新聞、教科書なども軽減対象に加える必要がある。贅沢な家庭がたくさん消費することは別に個人の勝手だからいいが、その際に税金をいただく、というものだ。そして、社会福祉政策は消費税の政策にビルトインせず、別途、社会保障政策として実施すべきだ。

▽高齢者は既得権益に固執して抵抗するだろう。政治家は選挙に勝つため、数が多くて票になる中高年の意見を重視する。昨年導入した後期高齢者医療制度を巡る騒動はその典型例だ。社会保障制度を抜本的に改革するには、政治のリーダーシップが欠かせない。既得権益を持つ高齢者に我慢してもらうよう説得する必要がある。それを後押しするのが若者の声だ。

 井堀氏の意見に大筋で反論はないのだが、井堀氏の言う後期高齢者医療制度は相当限定的な制度設計や社会保障哲学の話だろう。実際の医療現場や後期高齢者の身になって考えると、この制度に付随して改正された診療報酬改定が実際には最大の問題なのだ。リハビリにおける高齢者切り捨てで、まだ健康を維持して生きることができるお年寄りを死に追い詰めている制度なのである。この診療報酬改定は国会による法律マターではなく、厚生労働省が審議会という隠れ蓑を使って勝手にさじ加減を変えることができるのが問題なのだ。リハビリに関する規定を変えることが最優先されねばならない。

わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか

著者:多田 富雄
販売元:青土社
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▽若者は遊びに行くのを我慢してまで投票所に足を運ぼうとしない。だが選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げれば、今よりは多くの票が集まるだろう。それでも若者の投票率の低さが課題としては残るので、一票の重みを変えることも選択肢になりうる。最も効果的なのは世代別の選挙区制度の導入だ。「青年区」と「老年区」といった年齢別の小選挙区をつくり、若者の中から一定の数の政治家が生まれるようにしたらどうか。

▽自分たちの意見が国会にある程度反映されることが分かれば「あきらめ」が「希望」に変わる。世代間格差と密接に関わっている地域間格差の縮小にもつながるはずだ。

▽世代別の選挙区制度を導入すれば有権者が流動化する。これまでの後援会名簿などが無駄になりかねない。現職の政治家が有利な状況が変わり、新しい政治家の登場を促すことになるだろう。政治家ではなく第3者機関が選挙区割りを決めるシステムも必要だ。選挙区は常に変化するとい意識を持ってもらわなければならない。

 このほか井堀氏は国民からの意見募集であるパブリックコメント、所得税などの確定申告に際しその3分の1の使い道を指定できる納税者投票も提言している。

 私はこの「世代別選挙区」には反対だが、目的は理解できる。この問題は元最高裁判事の福田氏が最近の本で提案しているように、1票の格差をなくすことが究極の解決策ではないか、と思う。福田氏は「最高裁よ、しっかりせい!」と檄を飛ばしているのだが、選挙権という平等性が最も重要視されるべき権利で制度的に5倍などの格差があるのに、その格差を認め続けている最高裁が「憲法の番人」と言えないことは福田氏の言を待たない。

 福田氏の提言通りに常に見直していれば、選挙区の固定もなくなるから、世襲選挙区も将来は消え、二世、三世議員もいなくなるだろう。

 それは兎も角、少なくとも政府は民法、刑法改正作業を急ぎ、18歳成人という新「常識」を国民の間に浸透させるベきだ。それこそが若者の声を国政に生かす最もオーソドックスな手段だと思う。

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WHOの移植指針先送り、ホッとしたが、それにしても河野太郎氏は……毎日新聞、朝日新聞5月8日朝刊

 毎日新聞5月8日朝刊1面<「移植指針」先送り/WHO、インフル対策優先>はジュネーブ支局の澤田克己特派員の記事。世界保健機関(WHO)が今回総会で予定していた臓器移植の国内拡大を求めるガイドラインの採択を1年延期する、という内容だ。WHOの臓器移植問題のメンバーが新型インフルエンザ対策に関わるメンバーとほぼ同じであるため、あまりにも長い期間、総会で縛り付けておくと、新型インフルエンザ対策に遅れがでてはいけない、とチャン事務局長が決断したらしい。

 毎日新聞は<法改正目指す国会論議影響も>のベタ見出しで今国会で採択する予定の臓器移植法改正の動きに影響が出るだろう、と書いていた。そうなるだろう。

 国会で様々な意見が開陳されたことは以前、このブログにも毎日新聞の記事をコピペしておいたから、お分かりいただけると思うが、この国会での意見開陳はあっても、国民レベルで理解が進んだとは到底言えない状態ではないか、と思う。

 今まで厳しい規制があって臓器提供を申し出る人が少なかったから、海外で手術をする人が大多数だった日本にとって、「臓器は自国で調達せよ」というガイドラインは厳しいものである。人情から言えば、またどこかで抜け道を見つけて助かる命を助けるのが医者の仕事ではないか、という声が聞こえてきそうだ。

 そうなのかもしれない。その論を掲げる第一人者が河野太郎衆院議員だ。河野陽平衆院議長の長男で、大病をした議長のために自分の腎臓だかを移植してあげた、という美談の持ち主である。この人たちは「脳死が人の死」ということを法律に書け、と言っている。

 柳田邦夫氏の本を何冊か読んだが、果たして脳死を人の死と認めていいのかどうか、私は疑問だと思っている。脳死とは脳波が止まった状態である。科学的に、停止状態がどのくらいの長さ続くか、とか、何度検査する、とか決めているが、心臓が動いている人間を「死んだ」と決め付ける法律は日本人の感性にそぐわないのではなかろうか。

 朝日新聞は5月8日朝刊2面<臓器移植インタビュー/「脳死は人の死」明確に/A案を提案 河野太郎氏(自民)>のタイトルで写真つきでインタビューを掲載していた。南彰記者がインタビューアーだ。

 河野氏はここで予想通りの一点の曇りない話しぶりで、脳死を人の死とすべきだ、と話している。スカッとしているのが河野流なのだろうが、スカッとしている、ということは逆に言えば「単細胞」なので、いい意味でも悪い意味でも「坊ちゃん議員」、「二世議員」の特徴が最も顕著な人物なのだろう。

 河野氏の話の中で気になった点だけ書いておこう。

①現行法が国際基準から著しく逸脱している、という主張

 「国際基準」という言葉が出てくるところから、この人の頭の中が透けて見えるようだ。人の死という人生観、死生観、文化、伝統に最もかかわる部分でどうして「国際基準」が出てくるのだろうか? イスラム教が豚を食べないのは国際基準から外れているのか? 「国際基準」というのは今の世の中では「欧米基準」という意味しかないだろう。明治政府は徳川幕府の政治を転換して欧米に追いつこうとして、鹿鳴館をつくり、モノマネ外交を展開した。あの当時はそれも必要だった。欧米基準を満たしていないと認定されれば「野蛮」と分類され、帝国主義国に侵略されても文句が言えない時代だった。しかし、鹿鳴館時代はすぐさま反動に襲われる。国粋主義が台頭し、日本の伝統を墨守する勢力が出てきた。明治政府は欧化政策と伝統墨守政策の両にらみで国家を運営せざるを得なかった。

 日本は戦後もアメリカを見習って、日本の伝統を壊す作業を続けたが、その行き過ぎた欧米主義の欠陥がようやく露呈してきた。川端康成のノーベル賞受賞演説「美しい日本の私」は日本ナショナリズムのありようを世界に宣言した講演だった。

 そして今、アメリカが主導した金融資本主義が行き詰まり、日本的な循環社会が世界標準になるかどうか、の時代を迎えている。「世界標準」、「国際標準」というのは時代によって変わるのだ。今の臓器売買でも何でも強いものがやるのは許そう、という考えは欧米肉食社会の悪い部分だと思う。

 少なくとも日本では「分を知り」、「華美を求めず」、「天寿を全うする」ことが大切だ、という心情が大切にされてきた、と思う。

 臓器移植とはありていに言えば、他人の臓物を奪ってきて、自分の命を長らえさせる行為である。体にメスを入れることを先祖からの教えで拒否する人もいるだろうし、自分の子供だったら手足だけでなく、自分の心臓だってあげる、という親もいるだろうが、なぜ他人を助けるために臓物を奪われるのか、と釈然としない人だって多いはずなのだ。

 国際基準をかざして論破しようとするのは傲慢である。

②脳死を死ということを拒否できる、と言うが、錯乱している家族がそんな理性的対応が出来るか

 どっちを原則とし、どっちを例外とするか、は大切な話だ。すべての関連法を策定する際に、原則に準拠した法律になる。今は人の死を自然死、つまり心臓が止まった段階で死んだ、ということにしているので、相続にしてもその死を基準に動いている。しかし、脳死を死とすれば、社会のルールは激変する。

 大体、80歳で脳死となって生きている人はそう長くは生きないだろうからあまり問題ではないのだが、一番問題は若くして事故などで亡くなるケースだ。幼稚園で滑り台から落ちて打ち所が悪く、脳死した。しかし、心臓は動いている。この親に、医者は「脳死しました。あなたの娘さんは死にました」といって死亡診断書を出すように言ったとする。あなたの妻が半狂乱になって「そんなこと言ったってまだ心臓が動いているじゃないですか。何かのショックで脳だって動き出すかもしれません」と言ったら、あなたはどうするのだろう? 娘は死んだのだ、と割り切れるのだろうか? この時、忙しい医者が「まだ死んでない、と言えますよ」という適切なアドバイスをしなければ、娘は頬がピンク色のまま荼毘に付される。

 こんな事態がどこでも頻発するだろう、と想像するのだ。よほど強い意思を持った人でなければ拒否などできないだろう。アメリカの文化と違って日本の文化には「長いものには巻かれろ」文化があり、拒否ということはアメリカ人と違って大変な意志力が必要なのだ。河野氏はこのような文化面の日米の違いなど無視するだろうが。

③子供脳死臨調は必要ない、という断定

 本当にそうなのか? 柳田氏の著書には「脳死です」と言われて随分時間がたってから生き返った例を報告していた。人の死をフォーディズムのようなベルトコンベア的な考えで割り切ると、大変な禍根を残す。少なくとも宗教学者や心理学者、脳科学者、倫理学者らの徹底したオープンな議論が必要なのではないか。ただ、海外で調達できないから急ぐのだ、では通用しない。

④反対派が審議拒否してきたのは国の不作為

 河野氏のように一見人道的なように見える議論を展開して、反省のない人間が国会議員をやっていることが問題なのだ、と私は思っている。反対派がなぜ議論に応じていないのか知らないが、このような一方的な意見を認めさせるための議論だったら必要ないだろう。不作為というのは、もっと根本的なものではないか。

 人の臓器を使わずにip細胞を使って臓器移植意ができるように京大研究室に今の100倍の予算をつけるとか、東洋医学的な療法を研究するとか、国会議員だったら、そのような国家百年の大計を考えた議論をしてほしい。

 「困っている人をどうするのか」と恫喝するような議論に他人を巻き込むような強盗的な議論だけはやめてほしいと思う。

 と言っても河野氏には通じないだろう。父親が従軍慰安婦への国家関与を認め、あとで官房副長官が「あれは根拠がなかった」とばらしたように、韓国、中国への異常な阿りで生きている人物である。その息子も同じDNAを持っているらしい。

 ただ、日本人はアホではない。少しずつ学習している。河野一族がいかに信用できないか、分かってきている。次の総選挙で落とそうではないか。

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2009年5月 7日 (木)

北朝鮮権力層内で反金正日の動き、と朝鮮日報+「核実験の兆候か」~朝鮮日報5月7日、読売新聞5月7日夕刊

 5月7日読売新聞夕刊2面にメモで<北に核実験の兆候か>という短いが気になる記事が出ていた。ソウル支局の前田泰広特派員の記事だ。韓国紙・朝鮮日報が7日報じたところによると、北朝鮮が2006年に核実験をした北東部の咸鏡南道豊渓里で車両や人の活発な動きが把握されており、関係当局が注視している、という内容だった。北朝鮮外務省報道官が4月29日に核実験や大陸間弾道ミサイルの実験をする、との声明を出していることから、韓国当局が警戒レベルを上げて注視していたらしい。

◆北朝鮮権力層内で反金正日の動きがある、という

 この記事を見ようか、と朝鮮日報の日本語のホームページを見たら、トップに面白そうなコラムがアップしてあったので、先にそっちを読んでみた。

 政治部の姜哲煥記者の署名記事で、<盧武鉉後に対応できなかった北朝鮮>の㊤㊦連載。6日、7日の連載だったのかどうか。

 このコラムが面白かったのは、北朝鮮の権力関係をくっきりと書いているところだった。

 <最近、北朝鮮の外交部門のエリートは薄氷を踏むような生活を送っている。対南政策の失敗により、その責任を取る形で、労働党統一戦線部のエリートが秋に散る落ち葉のように、裁きを受け耀徳収容所や追放先に追いやられた。>

 <今年初め、全世界に出国していた北朝鮮の政府機関職員は本国から一時帰国命令を受け、国家安全保衛部から厳しい尋問、いわゆる「大検閲」を受けた。呼び出された職員の約30%はまだ赴任先に復帰できずにいるという。保衛部の「検閲」で生き残った人物はどれだけ取り調べが苦しかったのか、やせ細って赴任国に現れたという。>

 という書き出しを見ただけでも尋常ではない事態が北朝鮮で繰り広げられていることが分かる。

 <幹部らに北朝鮮の最近の食糧難はどうかと尋ねると、食糧難よりも厳しいのは「人狩り」だと言う。海外で南朝鮮(韓国)の情報機関の活動が強化され、それにかかわったいわゆるスパイを捕まえるため、保衛部が検挙に乗り出したからだ。>

 韓国のスパイ摘発か、そんなことをやっているんだぁ。というか、李明博政権は半端じゃない。きっちりと世界的に動いている。痩せたりとはいえ、天下のKCIAである。北朝鮮の外交官らへの働きけかはすごいだろう。

 <盧武鉉時代が去り、韓国政府の対北朝鮮支援という祭りが終わると、北朝鮮のエリートたちは最高指導部を注視し始めた。>

 <改革開放なしでも南側の支援を受け、権力集団は過去10年にわたり難なく過ごすことができたが、状況が変わることに対する備えができていなかった。極度に悪化した経済危機にもかかわらず、金正日総書記と最高指導部は、金剛山で韓国人観光客を射殺し、開城工業団地に対する圧力を加えただけでなく、いわゆる通信衛星「光明星2号」まで打ち上げた。>

 韓国対応は外交部(外務省)ではなく、統一戦線部が担当している、ということだ。これは南北関係は内政問題で外交ではない、という建前を重視したもので、昔からそうだった。

 <北朝鮮の正常な人々はこうした最高指導部の行動に悲観している。エリート層は今、金正日総書記と運命を共にする場合、自分たちも同じ末路を歩むという危機感に直面している。最近幹部クラスの脱北者が再び増えていることも、そうした危機感と無関係ではない。>

 幹部クラスの脱北者が増えているのか。韓国に亡命するのだろうか? 亡命者を日本は受け入れないから、北朝鮮の生の情報が少ない、という面はあrづあろう。

 <過去のエリートたちは二つの変化を目撃した。一つはドイツ式の統一、もう一つは中国式の改革開放だ。ドイツ統一は旧ドイツ社会主義統一党幹部や軍指揮官をすべて失業させ、既得権を完全に崩壊させた。>

 <このため、金正日総書記は滅亡したドイツ社会主義統一党幹部の悲惨な姿を撮影してきては幹部たちに見せた。それで、多くの幹部らは金正日総書記が本当は嫌でも、政権が崩壊すれば既得権が失われると懸念し、泣きっ面で金正日総書記に従うしかないと考えた。その結果、数百万人が餓死した1990年代の大飢饉を経験しても、金正日政権は崩壊しなかった。

 なるほど、そんな事情があったのか。ドイツもだけど、チャウシェスクが殺されたことが一番ショックだったのではないか。

 <しかし、現在二つ目の危機が北朝鮮の既得権層を不安にさせている。その危機感とは人民大衆の力が次第に大きくなっていることだ。国家が個人に配給を実施できず、市場が拡大し、個人の力が抑えられないほど大きくなっている。エリート層は人民も自分たちも生き残れる中国式の改革開放を切実に考えざるを得ない状況だ。>

 <現在北朝鮮のエリートが共感しているのは、北朝鮮は正常な社会主義国ではないということだ。そして、金正日政権の主張とは異なり、中国式改革が社会主義に反するものではないということだ。>

 人民の力が強くなっている、というのはどういうことなのだろうか? 例の闇市を公認したことで、ヤクザ集団が台頭してきて、裏の権力になっている、ということなのか? よく分からない。

 <このため、極端な首領偶像崇拝から正常な社会主義の集団指導体制への転換、それに基づく改革開放を成し遂げなければならないという内部の共通認識が広がっている。>

 広がっている、というのはどんな意味なのだろうか?

 <最近、北朝鮮の国防委員会が再編され、労働党作戦部が対南防衛の第一線から体制維持の第一線に役割を変えたこともそうした内部的変化と無関係ではない。体制に反発する者は無慈悲に処分するという強い意志が込められている。現在、金正日総書記と運命を共にするという守旧勢力と正常なエリート層の命を懸けた必然的な権力闘争が迫っており、その変化を綿密に注視すべき時が来た。>

 このコラムが本当ならば、金正日総書記も大変だなぁ。国防委員会再編の意味合いはこういことだったのか? 日本の新聞では、ポスト金正日がどの息子なのか、ということや妹婿のことばかり注目して、このような権力基盤の揺るぎはあまり触れていなかった気がする。もしも、これが本当ならば、「強盛大国」2012年までに反金正日策動が起きる可能性もある。その時、核開発とミサイル開発はどうなるのだろうか? 何か相当にヤバイ雰囲気になっているんじゃないか?

◆ジャック・プリチャード元朝鮮半島和平担当特使インタビュー

 このコラムを読み終わって、朝鮮日報の日本語ホームページで件の核実験準備の記事を探していたら、今度はワシントン支局の李河遠特派員による米国のジャック・プリチャード元韓半島(朝鮮半島)和平担当特使インタビューを見つけた。上中下の3回連載だった。見出しは<「6カ国協議は終わった」>という刺激的なもので、面白そうだったので、こっちを優先して読んだ。

 前文がついており、

 <「北朝鮮は、ブッシュ前政権とは異なった政策を展開するオバマ政権の考えを正確に把握することに失敗しました。金正日総書記は、オバマ政権の動向を誤って分析した北朝鮮の対米専門家をただちに解雇すべきです」。>

 <米国のジャック・プリチャード元韓半島(朝鮮半島)和平担当特使は5日、本紙とのインタビューに応じた。プリチャード氏はミサイル発射後も対話を拒否している北朝鮮について、「チャンスを逃している」と非難し、「6カ国協議はすでに終わった」と述べた。また今後北朝鮮が対話に臨んだ場合、1990年代に行われた4カ国による協議と同様、新しい形での多国間協議が行われると予想した。インタビューは5日、プリチャード氏が所長を務める韓米経済研究所(KEI)で1時間にわたり行われた。>

 だった。

 プリチャード氏の執務室には2000年10月24日付の労働新聞が飾られていた。クリントン元政権当時にオルブライト国務長官(当時)と一緒に訪朝、金総書記に会った当時の写真が掲載された新聞だ。

 陸軍情報将校出身で、クリントン元政権ではホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)で韓半島問題を担当。ブッシュ前政権では北朝鮮特使を担当したが、強行一辺倒の政策に反発して辞任。北朝鮮抱擁論者とされる。オバマ政権の事情にも詳しい。著書にはブッシュ前政権の北朝鮮政策を批判した『失敗した外交』がある、と記事の注釈には書いてあった。

 何かそんな人物ではないか、と思っていたのだが、その通りだった。北朝鮮宥和派の第一人者だ。ニューヨークの米朝非公式会談では必ず出てくる。この非公式会談にはこの前、キッシンジャー氏も出てきていた。

 インタビュー内容は次の通り。

 ――北朝鮮が「オバマ政権はブッシュ前政権と変わらない」と非難しているが。

 プ氏 北朝鮮の態度には根本的な問題がある。オバマ政権は韓半島政策の方向性を定めるために時間が必要だった。しかし、北朝鮮はミサイル発射をはじめとする数々の挑発を行い、自ら誤った環境を作り上げた。これがオバマ政権にどのような影響を及ぼすか、予測できなかったのだ。

 ――オバマ政権とブッシュ前政権はどのような点で異なっているのか。

 プ氏 イラン、キューバ、シリアなどとの関係を見てほしい。オバマ大統領はこれらの国々に対し、今までとは異なった形でのアプローチを試みている。より多くのことに耳を傾け、高官レベルでの対話を行うとも明言している。これらの国々は前向きに受け止めているが、北朝鮮だけがこの絶好のチャンスを逃している

 ――北朝鮮の行動はオバマ政権にどのような影響を及ぼしているのか。

 プ氏 挑発が続いているため、オバマ政権は(北朝鮮に対して)非常に慎重になっている。北朝鮮は“局外者”として扱われる事態を自ら招いた。今やオバマ政権は北朝鮮問題に焦点を合わせようとはせず、深刻な姿勢で反応することもなくなった

 ――北朝鮮の行動がオバマ政権の高官にも良くない印象を与えたということか。

 プ氏 ここ17年間にわたり北朝鮮問題に取り組み、今回オバマ政権に合流することになった専門家たちは、北朝鮮問題から一歩退いた。当分は北朝鮮に対してあえて否定的な政策を取ったり、あるいはインセンティブを与えるようなこともなく、北朝鮮が自滅の道を歩むのを見守ることになるだろう。北朝鮮が誤った対応に出たため、今後米国の政策はやや保守的な方向へと流れる可能性が高い

 ――6カ国協議が再開されるのは難しいと思うか。

 プ氏 6カ国協議はすでに役目を終えたと思われる。今の状況で6カ国協議が再開されるという兆候はどこにも見られない。クリントン国務長官も、議会での聴聞会で6カ国協議について明言していない

 ――北朝鮮が6カ国協議を拒絶している理由は何か。

 プ氏 彼らは核問題を米国との2国間問題だと考えている。そのため日本やロシアが参加することは望んでいない。北朝鮮を6カ国協議の場に引き戻すこともできないと思う。しかしこれとは異なった形での多国間協議の場を設定することはできるだろう。

 ――どのような形での他国間協議が6カ国協議を引き継ぐのか。

 プ氏 1990年代に南北と米中が参加して4カ国協議が行われた。当時の根本的な合意は、この協議の枠の中で2国間協議や3国間協議など、あらゆる形での会談が可能だったため、非常に融通がきいたということだ。4カ国協議は初期の形で、後になって日本とロシアも参加することができるだろう。しかし米国、中国、北朝鮮が参加する3カ国協議はうまく機能しなかったため、これは不可能だと思う。

 ――現在の対峙の状況は今後どれだけ続くと思うか。

 プ氏 おそらく長くて5カ月は続くだろう。短い期間に解決策は出てこない。今は米国が何か行動を起こそうとしても、北朝鮮はそれに対応する準備ができていない。北朝鮮は今後も、自国内での政治的状況に基盤を置いた攻撃的な政策を展開するだろう

 ――北朝鮮が2回目の核実験を行う可能性はあるのか。

 プ氏 北朝鮮が核実験を行う可能性は高まるだろう。何よりも中国が2006年の国連安保理決議1718号を認める議長声明に合意したため、北朝鮮は非常に気分を害している。北朝鮮は06年の1回目の核実験当時も中国からの中断要求を聞き入れなかった

 ――現在の状況に対する解決策はないのか。

 プ氏 ボスワース代表があえて北朝鮮を訪問する必要はない。北朝鮮の姜錫柱第1外務次官をニューヨークではなくワシントンに招待し、無条件で対話を始めるべきだ。米国と北朝鮮はお互いに対する誤解が深まらないようにしなければならない。」

 以上がプリチャード氏のインタビューだ。

 北朝鮮宥和派にしてこの言い方である、と単純に読んでいいのだろうか? オバマ政権は少なくとも安全保障問題では信用できない。プリチャード氏は韓国人記者が相手だから、「日本抜き」という本音を漏らしている。

 これがオバマ政権の本音だと思う。韓国と中国とだけ入れればいいじゃないか、と。日本は銀行みたいなもの、ロシアは北朝鮮の昔の妻みたいなもの。後から結論を知らせて金をもらえばいい、というところだろう。日本は無視されているのだ。

 日本はもう少し独自の情報収集を心がけないといけないだろう。

 小泉純一郎政権が潰してしまったが、鈴木宗男、佐藤優、東郷和彦3氏が裏で動いた日ロ外交はまさに日本のプレーヤーとしての立場を強化しようとするものだった。ざっくり言えば、戦略的外交に踏み切ろうとして、そのためには日ロ関係の「喉の棘」である北方領土問題を何とか国策に沿った形で解決して、ロシアには中国を牽制させようとした。

 それを田中真紀子外相と小泉首相が潰してしまった。この2002年の動きはいまだに日本に大きなダメージを与えている、と思う。

 オバマ外交には期待していないが、韓国の外交には大いに期待している。北朝鮮の金正日の家来のような盧武鉉一派を壊滅して、李明博政権を磐石にして、日本と協調した対北朝鮮外交で何とか核兵器を除去しないといけない。

 読売新聞が書いていた核実験の記事は朝鮮日報の日本語版ホームページには見当たらなかったのだが、今回の核実験を許すと北朝鮮は核の小型化に向けて一歩前進することは確実だ。ノドンに核を搭載できる日は2012年と踏んでいるらしいが、それを待たずに小型化に成功すると、大変なことになる。

 その危機感が日本の政治家や識者に足りないのではないか、と思うのだが。

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2009年5月 6日 (水)

北朝鮮にはアメリカの「核の傘」が効かない、という真実?~毎日新聞5月6日朝刊[アメリカよ 新ニッポン論 第3部 平和の未来]から

 毎日新聞の[アメリカよ 新ニッポン論 第3部・平和の未来]が面白い。1回目も2回目も良かったが、朝鮮半島に直接関連した第3回<疑念つきまとう「核抑止論」/北朝鮮に効かぬ「傘」>(5月6日朝刊2面)は朝鮮半島ものということで、ブログに保存しておこうと思う。毎日jp.からコピペさせてもらった。

 この企画の圧巻は5月5日朝刊の3ページ特集だった。①検証・「核の傘」と安全保障②検証・沖縄返還交渉③検証・米艦船の核兵器持ち込み、で各1ページ。ライシャワー駐日米大使インタビューの際、核艦船寄港を認めた大特ダネで毎日新聞は新聞協会賞を受賞したというが(1981年5月18日朝刊)、その前後の取材メモをもとに当時の情勢を今、新たに判明した事実を付け加えて再構成した③が特に印象的だった。①の中曽根康弘元首相インタビューもズバリと語っていたし、②の沖縄返還に際しての「密約」の必然性についても、納得できる説明だった。

 いずれ、書籍化して読みやすい形で提供してほしい情報だ。

 さて、第3回を読んでみよう。

 <オバマ米大統領が核軍縮演説を行った4月5日、北朝鮮は太平洋へ弾道ミサイルを発射し日本は初めてミサイル防衛(MD)を全国に実戦展開した。>

 核軍縮演説を前に、プラハのホテルで眠っていたオバマ大統領のもとに北朝鮮の弾道ミサイル発射の一報が入り、大統領は即座にクリントン国務長官や国防長官に連絡し、核軍縮演説では北朝鮮を厳しく非難したことを思い出す。

 あの報道に接して、「えっ、オバマがそんな強い口調で北を非難したのか? よくクリントンが了承したものだ」と思ったものだった。

 <約1週間後、ワシントンを訪れた日本政府関係者に米政府高官は言った。「もし米国が中国との核軍縮交渉を始めれば、中国は我々のポケットに入っているものをすべてテーブルの上に置くように望むだろう。日本のMDについても言及してくるはずだ」。>

 中国を軍縮交渉に引き摺りだす、ということの国際政治的な意味合いである。理想論がよく聞かれるが、実際には日本に降りかかってくるブーメラン効果を持っているのだ。

 <北朝鮮が発射したミサイルは射程5500㌔㍍を超える改良型テポドン2など大陸間弾道弾(ICBM)クラスとみられ、日本の上空は通過するだけ。実際に迎撃する可能性はほとんどなく、「危機」に乗じた麻生政権の世論向けアピールの意味が大きかった。>

 「危機に乗じた」かどうかは分からないが、ミサイル防衛のいい準備作業になったことは確かだと思う。こういう貴重な経験を1回か2回しておかなければ、地方自治体との連携とかマスメディアとの連携など、どこに穴があるのか分からないからだ。

 <日本の騒ぎは各国を刺激した。「ロシアは、オバマ大統領がMD配備を進めるチェコの首都で核軍縮演説を行ったこと、あわせて北朝鮮を非難したこと、日本の示威行為としか見えないMD展開とを結びつけ、日米が強く出てきたと受け取った」(外務省幹部)。>

 日本の騒ぎが各国を刺激したのか、そもそも北朝鮮が日本を刺激して、日本はやむを得ず防御行動を取ったのか? 私は後者だと思うのだが。それにしても、ロシアとか中国の軍当局は核均衡の問題として受け取ったのだろう、とは想像できる。日本人のような感情的受け止め方ではなく、あくまで軍人らしいパワーバランスの問題として受け取ったのだろう。だから、国際的に見れば「日本は騒ぎ過ぎ」と見られたことは否めない。

 しかし、「日本はオタオタして、騒ぐだけしか手がないのだ。日本にはいくら危険でも北朝鮮を攻撃できない。武器もないし、憲法もそうなっている。だから騒いで何が悪い。国際社会が日本を『騒ぎ過ぎ』などと突き放すのならば、日本は国際社会の信義に則って国を守ることはできなくなる。新たな防御手段も考えざるを得なくなるかもしれない」という脅しくらい、日本政府は国際社会に打ち出すべきだったのに打ち出さなかったので、変に「騒ぎ過ぎ」た日本、というイメージが定着してしまったのだと思う。

 <MDは核ミサイルの効果を減らし、核抑止力に影響するため、ロシア・中国が警戒している。米国は、チェコ・ポーランドへのMD配備を、核開発を続けるイランの中距離弾道ミサイルへの対処が目的で、ロシアの核抑止力には影響しないと説明するが、キスリャク駐米露大使は同7日、ワシントンでの国際会議で「イランの脅威は現実のものと思えない。裏があるのではないか」と反発した。>

 この辺、5月4日か5日の産経新聞朝刊の安全保障の話で野口氏がイランと北朝鮮を一体で考えるように日本は国際社会に呼びかけよ、と提言していた。聞くべき話だと思う。あまりにも日本政府からの発信が弱すぎるので、日本は憲法9条を守っている国だ、という事実を国際社会は知らないのではないか? 日本の進歩勢力が「政府は9条を守らずに…」などとばかり言っているので、憲法9条を遵守していることが伝わらないのではないか? 憲法9条の束縛がなければ、日本は全く別の国にだってなれるのだ。しかし、そうならない、というのが憲法9条を守る国の矜持である。細かいことで「違反している」とガタガタ言っているので、日本が専守防衛で攻撃的武器を持たない国だ、という特徴が国際政治で生かされていないのではないか? 進歩勢力の害悪は大きい。

 <米露の軍縮交渉では、チェコ・ポーランドへの核の傘やMDも議論になるのは確実だ。オバマ大統領がプラハ演説で、MDと関連づけてイランの脅威を強調したのは、ロシアに対し、間接的にイランへの圧力を求める意味があった。>

 <イラン=チェコ・ポーランド=ロシア。この三角構図は、米国のMDを介して、北朝鮮=日本=中国・ロシアの関係に重なる。>

 <日本が中国の核軍縮を求める以上、日中・米中間でも、日本の核の傘やMDが、将来も見据えて本当は何を対象にしているのか、が改めて問われるのを覚悟しなければならない。>

 <だが、日本は「今回、MDによる破壊措置命令を出すにあたり、政府は官房長官・外相・防衛相の3閣僚会談などを重ねたが、中国・ロシアの動向を考慮する議論はなかった」(政府関係者)のが実情だ。>

 <政府は今年3月、野党議員の質問主意書に対する答弁書で「米国の核戦力と通常戦力の総和としての軍事力が、我が国に対する核兵器によるものを含む攻撃を抑止する」とした。>

 核抑止に関する政府答弁書なのか。

 <核兵器以外の攻撃にも核の傘は働くという意味で、念頭にあるのは北朝鮮の生物化学兵器だ。しかし、西原正・前防衛大学校長は「北朝鮮が日本に核や生物化学兵器で攻撃しても、米国は核で報復するとは思わない」と指摘する。>

 <もともと核抑止論には、米国は同盟国が攻撃されたら、米本土が逆襲される悪夢を覚悟してまで、本当に核攻撃で反撃するのか、という根本的な疑念が付きまとってきた。>

 そういうことだ。

 <「北朝鮮に対しては、米国の圧倒的な通常戦力による報復で、十分な抑止効果がある。北朝鮮が核を使って、米国が使わなければ、日本の世論には、核の傘が効かなかったという対米不信も出てくるだろう。日米は常に『核の傘は重要』と言い続けるが、それが本当に効果的かは考えるべきだ」(西原氏)。>

 西原さんの言う通りだ。つまり、「核の傘」という「共同幻想」が終わる日がくるかもしれないのだ。

 <北朝鮮は日本人が真っ先に意識する核の傘の対象だ。しかし、2006年に核実験を強行した際、安倍晋三首相は「米国の抑止力は揺るぎないものであると確信をもたなければならない」とコメントするしかなかった。米国は1994年、核武装しない前提とはいえ北朝鮮に核兵器を使わない消極的安全保障を与えた。北朝鮮に対する核の傘の性格は、あいまいさをはらんでいる。

 この米国のコミットメントは今でも生きているはずだ。

 <しかも、米露中など核保有国にとり、核の傘は核軍縮交渉のカードにもなり得る。米国に核の傘の確認を繰り返すだけで、日本は核軍縮の国際政治を主導できるのだろうか。>

 できないんだ、という結論を毎日新聞は賢明にも書かなかった。「できない」と書けば、「じゃあ、どうするんだ」となって、核武装論などに発展する。その辺はまだ産経新聞に任せておこう、ということなのだろう。

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2009年5月 3日 (日)

ジェラルド・カーティス氏の[「西松建設事件」が問うこと]を読んで~東京新聞5月3日朝刊

 東京新聞5月3日朝刊コラム[時代を読む]はジェラルド・カーティス米コロンビア大学教授の<「西松建設事件」が問うこと>だった。以前、カーティス教授の論を論評したことがあったが、その後、民主党の有識者会議に出席して小沢一郎代表の責任論をぶった、という報道に接し、カーティス氏の立場が揺れているのかどうか、興味があったので、この論文は「待ってました」というタイミングのものだった。

 一読、納得できる内容だった。米国人の良質な日本政治研究学者の面目躍如ではないか。別に小沢氏に阿ることもなく、かといって、日本人特有の「小沢バッシング」にも同調せず、というスタンスである。

 ただ、この無色透明で合理的な論であっても、やはり、小沢氏の辞任は避けられないなぁ、という印象を強くするだけなのは、致し方ないのだろう。今の日本では、特にマスメディアの世界では「政治とカネ」は他の合目的的理念に勝る至高の価値とみなされているように見えるからだ。

 個人的な感想を言えば、私はその見方は間違いだ、と思うのだ。

 少しくらいカネに汚くても、いい政治をしてくれれば、細かいところには目をつぶる度量が国民にあってもいい、と思っている。今のポスト冷戦時代、糸の切れた凧のように浮遊する日本をきちんと世界の中に位置づけてくれる政治家が他にいるのだろうか? 官僚民主主義政治から脱却して政治家による政治を実現してくれる、少なくとも少しでも政治家による政治に近づけようとする政治家が他にいるだろうか? などと思ってしまうのだ。

 しかし、カーティス氏が言うことは正しいのだ。正しいだけに反論は出来ない。だから、小沢氏は辞めると思う。となると、選挙は民主党は負ける。麻生政権で頑張ってもらうしかなくなるのだろう。それはそれでいい。ただ、その場合、官僚機構のムダはそのまま残り、政策も官僚が考えた小さな政策しかできなくなることは覚悟しないといけない。

 そうした取り繕ってつぎをあてていく方策しか取りえない日本の政治は、いずれ復讐されるかもしれない。若者は議会制民主主義を信用しなくなる危険性がある。赤木氏だけでなく、「こんな生活よりいっそ戦争だ」と叫ぶ若者が増えかねない、とも思う。仕方ない。東京地検特捜部がそのような政治を望んだことがすべてだった、ということだろうから。

 残念だが、カーティス氏にしても、この段階で小沢氏を批判しないわけにはいかない、ということは十分に分かる。そんなには批判していないのだが、結局、市民集会などで3億円の西松建設からの献金の使い道を説明しろ、ということに尽きる。これは小沢氏はしない、と言うのだから、辞めるしかない、ということだ。

 民主党に何を望んでいるのか、は読んでもよく分からなかった。あまり、力を入れていないようだ。

 最も力が入っていたのはマスメディア批判だった。東京地検特捜部担当の記者クラブに入っている記者が地検のリークで記事を書きまくり、最後の地検の説明会見もカメラを入れず、記者クラブ以外の記者を入れなかったことを厳しく批判しているのだ。当然である。金丸信自民党元副総裁の副総裁辞任会見を平河記者クラブ(自民党担当の政治部記者だけが加盟している記者クラブ)対象に行い、社会部を入れなかったことは当時、大きな問題になり、政治部の政治家との「癒着取材」の象徴とされた。今回の「地検べったり」会見ではそのような批判も起きない。

 そんなものなのだろう。

 正義の味方は温存しておきたいのだろうし、担当記者はビクビクもので、社会部長の言う通りに、喧嘩などできるわけがなく、地検の言う通りに書いている。

 さすがにカーティス氏は、

 <日本も米国も検察の行動を厳しく監視し、傲慢な態度を許すべきではない。>

 と書くのだが、それが実現されることはほぼ永遠にないだろう。カーティス氏が書くように、

 <記者クラブが検察の出先機関のように使われてはいけない。この事件が記者クラブ制度廃止も含め、マスコミ自身の構造改革を考える契機になればいいと思う。>

 と結んでいるが、これも何十年言われても変わらない点だ。できっこない。

 結局、何だかんだ言うが、小沢氏は辞めるしかない、ということなのだろう。小沢氏を守れるかどうかの一点で民主党はレゾンデートルを賭けて戦うのか、と思っていたのだが、そうはならなかった。yはり「政治とカネ」のディレンマは強かった。

 田原総一郎氏は非公式には小沢氏について「辞めるべきではない」と思っている、と聞いた。だったら、田原氏のような影響力の大きいマスコミ人が大声で叫ぶべきではないか、とも思うのだが、そんなことは起きない。

 日本の政治は大きな変革のチャンスを失い、麻生自公政権がまだまだ続くのかもしれない。それでもいいが、日米関係、日中関係、もう少し主張して、日本の生き残り策を国際的に訴えていかないと、本当に日本は沈んでしまうと思うのだが。

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香山健一氏の34年前の憲法論、懐かしい~5月3日産経新聞[昭和正論座]から

 産経新聞5月3日朝刊[昭和正論座]は香山健一・学習院大教授の<“現代のタブー”打ち破れ>だった。昭和50年(1975年)5月27日掲載の論文である。

 (石)氏は[視点]で「34年前(1975年)の5月3日の憲法記念日に当時の稲葉修法相が改憲派の集会に出席したことが、社会・共産などの野党から問題とされ、国会が空転する事態に発展した。三木武夫首相が5月21日の参院本会議で「改憲はしない」との見解を表明し事態は収拾された」と書いている。小見出しは<憲法問題で国会空転とは>、<思考力衰弱か極端な偽善>、<改正論の大臣も問題ない>、<敗戦の後遺症から脱却を>だった。

 面白いのは(石)氏が「香山氏は憲法改正をタブー視する勢力の『保守反動性、退嬰性』や『憲法擁護の名において憲法批判の思想や言論を封殺しようとする』偽善を批判し、法相にも言論・思想の自由があるとした。内外情勢の変化を踏まえ、憲法問題特別委員会の常設などを提案した。その後も、憲法改正作業は決してはかどっていないが、タブーはなくなりつつある」とコメントしていたことだった。

 田母神発言などで公務員の発言規制が議論されているが、34年前に香山氏は「発言の権利はある」と言っているのだ。

 香山発言を見てみよう。

 <かつて未開社会を強力に支配し、民衆の精神に呪縛をかけていた原始的タブーが、20世紀の現在なお形を変えて生き続けているとは、にわかに信じ難いことかも知れない。確かに、近代化、工業化、情報化の過程で、ひとびとは次々に過去のタブーを打破してきたと言うことができる。だが、他方で、まさにこの過去のタブーを打破する過程のただなかで新しい、現代のタブーが形成され、民衆の精神に新しい硬直化と思考停止状態、独断と偏見とがもたらされつつあることに、われわれは必ずしも十分に気付いていないようである。>

 <過去のタブーを否定したのちに、その精神の空白部分に新種のタブーを据えるだけのことなら、それはいわばタブーのモデル・チェンジに過ぎないであろう。タブーを求め、それを必要とする未成熟な精神の欠陥構造は、タブーの種類が変わったからといって、本質的になにひとつ変わってはいないからである。>

 <周知のように稲葉法務大臣の自主憲法制定国民会議総会出席問題をめぐって、国会はまたしても野党の審議拒否戦術にあい、連休明け以来実に十三日間も空転を続けた。だが、この13日もの間、「国権の最高機関」(憲法第41条)である国会において、憲法問題に関して、どれだけの内容のある高水準の討議がなされたのであろうか。残念ながら、ここで取り上げる価値のあるような討論はなにひとつなされず、政党間の駆け引きは、もっぱら法相の自主憲法制定国民会議総会への出席の可否という極めて低次元の問題に矮小化されてしまっていたのである。内容のある討論は全くなく、ひたすら「謝れ!」「謝るな!」という子供の喧嘩のような他愛のない応酬に終始したのであるから、この状況そのものが憲法第41条の「国権の最高機関」としての規定に泥をかぶせたようなものだったと言ってよいであろう。>

 <重要なことは、この事件をひとつの契機として、われわれが十分注意しなければならない次の三つの問題点がクローズ・アップされてきたことである。>

 <その第一は、現行憲法批判をタブー視し、憲法改正に関する言論・思想を一切封殺しようとする硬直化した反動イデオロギーが国会の内外に少なからず拡がっているという事実である。問題は、新憲法批判をタブー視するイデオロギー政党が、みずからのイデオロギーを進歩的、革新的なるものと錯覚しており、憲法批判をタブー視するみずからのイデオロギーの保守反動性、退嬰性を自覚していない点にある。新憲法批判をタブー視する精神と、かつて旧憲法批判をタブー視した精神とは、その遅れた精神構造において本質的に同一のものであるといわなければならない。いかなる憲法にせよ、その条文を絶対神聖にして批判すべからざるものとし、その改正について論ずることをタブーとするとき、その精神態度は一瞬にして反動的、独裁的なものに転化してしまうことであろう。>

 <第二に、憲法改正について論ずること自体をタブー視するような態度は、現行憲法の基本精神そのものに真向から背反している。憲法第19条の「思想及び良心の自由」に関する規定、第21条の「集会・結社・表現の自由、通信の秘密」に関する規定、第23条の「学問の自由」に関する規定などについて言及するまでもなく、現行憲法についてどのような見解を持ち、どのような意見を述べるかは全く自由である。>

 <ところが、憲法改正をタブー視する勢力は、憲法擁護の名において憲法批判の思想や言論を封殺しようとする。このような態度こそまさしく憲法の根本精神と諸規定を最も乱暴に踏みにじるものであると言わねばならない。従って憲法改正をタブー視し、それに関する言論・思想の自由を蹂躙しながら、護憲について論ずることは、思考力の極端な衰弱か、しからずんば途方もない偽善としか言いようがないであろう。>

 <稲葉法相が憲法についてどのような思想・見解を持っていようとそれは憲法の保障する言論・思想の自由に属する。第99条の「憲法尊重・擁護の義務」はこの言論・思想の自由を否定するものではあり得ず、法相が憲法違反の行動をなんらとっていない以上、本来全く問題となり得ない性質のものである。もしも、憲法改正論者であるがゆえに、国務大臣や国会議員になる適格性がないという意味にこの第99条を解釈するものがいるのだとすれば、権力掌握後に現憲法を改正すると綱領に銘記している日本共産党の党員や、社会主義政権のもとでの新憲法を主張している左派の社会党員などもまた国会議員として不適格ということになってしまうではないか。この解釈そのものがいかに反動的なものかは、この一事をもってしても歴然としていると言えよう。>

 <第三に、憲法批判をタブー視する精神は、日本を取り巻く内外情勢の変化について余りにも鈍感であり、その思考方法は占領時代の1940年代からほとんど脱却していない不毛で、硬直的なものである。敗戦とそれに続く占領軍の手による戦後改革を絶対視するような、無批判的な精神からは、新しい創造はなにひとつ生まれてはこないであろう。敗戦後30年経った今日、日本をめぐる国際情勢は大きく構造的変化を遂げ、国内社会にも巨大な変化が生じた。さらにまたわれわれは21世紀の未来のために、資源、環境、防衛、教育、福祉、文化のすべての分野において、抜本的な新しいビジョンと法体系とを打ち出す必要に迫られている。いつまでも敗戦の後遺症としての自主的、自立的思考の喪失に陥っている訳にはいかないはずである。>

 <かくして、私は、今回の小事件をひとつの教訓として、国会に憲法問題を広く、深く検討するための憲法問題特別委員会の常設を提案したいと思う。この委員会は与野党の目先の党利党略を越えて国家百年の計を長期的、総合的に論ずる委員会にすべきであろう。この委員会は個性的な日本の未来のビジョンを検討し、各国の憲法の比較研究を行ない、戦後多数の国ですでになされている憲法改正の実情を詳細に調べるための調査団を各国に派遣したりもすべきであろう。このように、公開の場で正々堂々と憲法論がたたかわされるようにならない限り、偽善の政治はどこまでも日本社会の芯を腐らせていってしまうことであろう。模倣から創造へ-いまこそわれわれは現代の一切のタブーを打破するために、精神の覚醒を促進しなければならぬ。>

 34年経って随分日本は変わったと思うのだが、この「偽善の政治」は変わってないなぁ。

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2009年5月 2日 (土)

35年間で9条2項の解釈は」ようやく定着した、ということだろう~産経新聞5月2日[昭和正論座]林修三氏論文を読んで

 産経新聞は5月2日の[昭和正論座]で林修三・元内閣法制局長官の<重要な憲法制定過程の調査>と題する論文を再掲していた。昭和50年(1975年)7月7日掲載の論文らしい。(石)氏によると、この論文は産経新聞が「戦後30年特別企画」として米国立公文書館などで発掘取材を行い、憲法制定に関するGHQ(連合国軍総司令部)極秘文書や憲法改正を審議した芦田小委員会の秘密議事録をスクープ、それを受けた論文だった、と書いていた。米公文書館での発掘調査が始まった時期だったのだろう。

 (石)氏は「林氏は進歩派や革新派の人々が憲法を神聖視し、改正論の誘発を恐れるあまり、制定過程の問題に触れようとしない傾向を指摘した。『くさいものにふたのような形で避けようとするのはまともな態度ではない』と批判し、制定過程の研究は改正論の材料としてだけでなく、憲法の正しい解釈のためにも必要だとした。元法制局長官として勇気ある正論だった」と書いている。そういう趣旨の論文である、ということを前もって知ってから読み始めたほうがいい論文のようだ。
 小見出しは<サンケイ取材班の発掘文書>、<「押しつけ」論恐れる進歩派>、<神聖文書の扱いをやめよ>、<9条解釈にも有力手がかり>だった。

 本文を読んでみよう。

 <先々週のサンケイ紙上に、サンケイ新聞の米国派遣特別取材班がワシントンの国立公文書館その他を調査した結果、わが現行憲法の成立の過程を示すいくつかの重要な文書、すなわち、当時連合軍総司令部の民政局員でいわゆるマッカーサー草案の起草において重要な役割を果たしたハッシー海軍中佐の残した文書(ハッシー文書)や、憲法改正案の審議された第90帝国議会の衆議院における憲法改正案特別委員会の芦田小委員会の秘密議事録などが発見されたことが報ぜられ、同時に、これらの文書の内容が数日間にわたって連載された。>

 経過説明である。

 <昭和21年2月、連合軍総司令部から日本政府に手交されたいわゆるマッカーサー憲法草案が作られるまでのいきさつ、それが総司令部側と日本政府側との折衝によって現行憲法の形になるまでの経過、さらには帝国議会における審議経過などについては、現在までに米国側、日本側でいく種類かの公私の文書が公にされている。これらの中では、総司令部民政局で、こんどのハッシー海軍中佐とならんで草案の起草にあたったラウエル陸軍中佐の残したいわゆるラウエル文書(これは高柳賢三、大友一郎、田中英夫三氏編著の「日本国憲法制定の過程」という書物に翻訳されている)とか、現行憲法制定の過程に日本側として終始タッチした故佐藤達夫氏の「日本国憲法成立史」(惜しいことに未完で、一番肝心の昭和21年3月4日-5日の司令部側と日本側の折衝の経過が含まれていない)などが重要であるが、これらによっても、なお解明されていない点は多い。>

 なるほど、そういう整理になっているのか。

 <特に第9条を発案したのはマッカーサーか、それとも幣原首相かという点などは、いまだになぞに包まれたままである。年月の経過とともに生証人ともいうべき人々が次々に物故している今日、今回のハッシー文書などの発見は、きわめて意義が大きいといえるであろう。現行憲法の制定過程の調査研究は、占領が終わったあとしばらくの間、多くの人々の関心の集まったことであった。そして、昭和31年に作られた政府の憲法調査会では、相当丹念に・かつ・綿密にこの問題が調査された。しかし、憲法調査会の報告の出たころから、この憲法制定過程の研究という問題についての世間の関心は、とみにうすれてきたように見受けられる。これは、一つには進歩派とか革新派といわれる人々の側にこの問題を避けようとする傾向がきわめて顕著なこと、それを受けて、マスコミがあまりこの問題をとりあげようとしない態度をとっていることなどによるものと思われる。>

 昭和31年(1956年)くらいから、進歩派が故意にこの問題を忘却させようとし、社会党シンパの多かったメディア関係者が協力した、というのだ。

 <進歩派とか革新派といわれる人々が、この問題を避けようとする理由は、ある程度、はっきりしている。つまり、これらの人々のとるいわゆる護憲の立場から、制定当時の事情を明らかにすればするほど、現行憲法と連合軍総司令部とのかかわりあいの濃厚さがはっきりしてきて、それが一部の自主憲法制定派の人々のいう押しつけ憲法論を直ちに正当化するかどうかは別として、少なくとも、進歩派・革新派の人々の好んでいうところの、いまの憲法は日本国民の自由な意思に基づいて作られたものだという神話をくずすことになることをおそれてのことであると思われる。実際問題として、これらの人々の書いた憲法に関する書物をみると、その制定過程のところはきわめてあっさりと、しかも、きれいごととして書かれている。そして、私自身の経験からいっても、こういう書物のみによって教育されたこの頃の若い諸君が憲法の制定過程に無智なことは、まことに驚くべきものがある。>

 進歩派、革新派の反論もあるだろう。というか、学者の世界では反論だらけで、林氏の意見に賛成する人を探すのが大変だった時期だった、と推測する。

 <しかし、憲法改正論の誘発をおそれるあまり、憲法制定過程の真相をくさいものにふたのような形で避けようとするのは決してまともな態度ではない。憲法制定の経緯の調査によって連合軍総司令部側の意思が強く働いたことが明らかになったとしても(総司令部側の意思が強く働いたことは紛れもない事実である)、それだけで、日本国民が直ちに憲法改正を考えなければならないいわれはないのであって、制定の経緯はいかがともあれ、現行憲法は、その内容が立派であり、しかも、いまや国民に定着してきているから、現在のところ、これを改正する必要はないという論は、十分な説得力をもっていえるはずのものである。>

 私もそうだと思う。

 <もしそれが言えないのであれば、いかに、憲法制定過程の調査をタブー扱いしてみても、事実の真相を隠し果せるものではなく、憲法護持論や改憲反対論は、いつかは、そこから崩れる可能性があるといえよう。先般の稲葉発言問題の経過などをみていると、改憲論の台頭を恐れるあまり、制定経過の真相を伏せて、現行憲法を強いて神聖文書扱いしようとする傾向などが見られるが、そんなことよりも、世の改憲反対論者は、もっと、現行憲法の内容自体に自信を持つべきであると思われる。>

 堂々とした態度を望んでいる。

 <それはさておき、憲法制定経過の調査研究は、改正論の材料としてだけではなく、現行憲法の各条項の正しい解釈のためにもぜひとも必要である。>

 この辺が今に生きる論理ではないか。

 <たとえば、第9条の解釈問題一つをとってみても、衆議院の修正で、同条第2項に「前項の目的を達するため」という文言がつけ加えられたことが当時の総司令部側にどう受け取られていたかなどの点を知ることは、第9条第2項と自衛隊との関係の解釈にあたって一昨年の長沼事件に関する札幌地裁判決の犯したようなあやまりを繰り返さないためにも必要なことなのである。>

 長沼ナイキ訴訟で札幌地裁が自衛隊違憲判決を出したことだ。

 <この「前項の目的云々」の文言は、それを提案した芦田均氏が、後に至って、これは、将来、わが国が自衛力をもちうるための伏線として挿入したものであるということを明らかにされたが、この修正の行われた当時においては、それを秘して他に語られなかったために、わが国の内部では、それが第9条第2項の解釈に当たっての決め手になるような力をいまだにもちえないでいるが、この芦田修正の提案を受けた総司令部側では、早くも芦田氏の真意を見抜き、しかも、それを黙過したことは、総司令部側の記録に出ているばかりでなく、当時の民政局次長のケーディス大佐と故佐藤達夫氏との間の会話でもはっきりしていることである。>

 マッカーサー原案の修正だから、当然、ケーディスらは中身も狙いも知っていたはずだと思う。

 <これは重要な点であって、第9条の解釈にも有力な手がかりを与えるものである。こういうことは、制定当時の事情を調査することによってはじめて明らかになることであってハッシー文書などの発見を契機として憲法制定過程の調査研究の気運が復活することを強く望みたい。>

 この論文が出てから34年、9条2項に関する解釈はようやく定着したと思う。あくまで第1項の目的のための軍備を持たない、ということで、自衛のための軍備は持てる、というコンセンサスは政界大激動の結果生まれた自社連立政権の村山富市首相が社会党党首として自衛隊違憲論を捨て去ったことで、できたのだと思う。共産党や社民党など、小政党の言い分はいろいろあるだろうが、国会勢力の2大政党が「自衛隊合憲、日米安保条約は必要」で一致しており、外交・安全保障問題で今の日本はようやく大きなコンセンサスが出来た段階だ。

 やはり、35年間の年月は無駄ではなかった、ということだろう。

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2009年5月 1日 (金)

「台湾の香港化」という問題について~産経新聞5月1日朝刊コラムから

 産経新聞朝刊1面に[東亜春秋]という新コラムができていた。支局長として台湾に赴任した山本勲特派員が台湾のあれこれを紹介する欄のようだ。5月1日は<台湾の“香港化”防げ>だった。

 <台北に赴任して1カ月余りになるが、台湾の底流に大きな変化が生まれているとの印象を禁じ得ない。ひと言でいえば対中融和政策を掲げて昨年発足した馬英九・国民党政権下で、中国の存在感が随分大きくなってきたことだ。筆者は返還前の香港に4年駐在したが、当時を想起させる変化だ。しかし台湾の“香港化”はこの20年の「民主台湾」の歩みに影を投げかけ、東アジアの勢力均衡を揺るがす可能性を秘めている。日米をはじめ西側諸国はこの変化にもっと大きな関心を注ぐべきだろう。>

 という前文から察することができるように、今回は、「自由香港」から「共産香港」への変化を取材を通じて肌で感じた山本氏が、香港との比較で台湾を観察した記録のようだ。

 <2年ぶりに訪れた台北市郊外の故宮博物院では、わが物顔に大声を交わす中国からの観光客の一団に驚かされた。昨年末に事実上の三通(中台間の直接の通商、通航、通信)が実現したことなどで、中国からの観光客が急増したためだ。当局発表によると、昨年12月には1万人余りだった中国人訪問客が3月には約5万5000人と、5倍増の勢いだ。>

 観光客増は単なる数字上の変化ではない大きな変化を人々の心に与える。

 <テレビや新聞は連日、中台交流の急拡大に関する報道や論議であふれかえっている。4月末に南京で開いた中台の交流団体トップ会談では、航空直行チャーター便の大幅増や定期便化、金融機関の相互進出、中国資本の台湾投資解禁などの交流拡大策で合意した。>

 どんどん進む。

 <今年後半の次回会談では、中台の自由貿易を協定化する経済協力の枠組み協議(ECFA)推進も議題にのぼる見通しだ。中台関係は昨春まで陳水扁前政権の独立路線をめぐり、一触即発の緊張状態を重ねてきた。まさに様変わりだ。>

 自由貿易協定自体、共産中国と台湾では補完的な経済となっているので、有効に作用するはずだ。

 <中台の緊張緩和は周りの国にとっても大いに歓迎すべきだが、気になることもある。それは中国共産党政権の巧みな台湾統一工作が馬英九政権の発足後、一気に活発化し始めたことだ。>

 そういうことだろう。政経分離などという言葉を信じていない中国にとっては、あくまで「台湾は中国の一部」が結論であり、その状態に至るまでじっくりと歴史を進めるだけなのだろう。

 <「まず両岸(中台)の経済、文化などの民間交流を大きく促進し、次に政治的難問に取り組む」―ー。賈慶林・中国人民政治協商会議(共産党の統一戦線組織)主席は、4月の台湾紙「聯合報」との会見でこう語った。賈主席の言を待つまでもなく、こうした動きはすでに着々と進んでいる。>

 そういうことだ。順番だ。

 <昨年11月には中国で手広く事業を営む台湾の新興企業家、蔡衍明氏が地元有力メディア・グループ「中時集団」を買収。傘下の新聞「中国時報」やテレビ局(中視、中天)などを通じて肯定的な中国報道を大幅に拡充し、対中経済交流拡大に邁進する馬英九政権への支援を鮮明にしている。>

 これを中国共産党政権が許す、ということから、この買収の意味合いが分かるではないか。政治的に共産党政権に逆らわない、という証書を入れているようなものだ。

 <「中国の台湾工作に協力する見返りに対中事業拡大で便宜を得ることで、共産党政権と蔡氏が取引した」(香港紙報道など)との観測がなされている。かつて返還前の香港で有力華僑の郭鶴年(ロバート・クォク)氏が有力英系紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」を買収、同紙の報道が親英から親中に様変わりした例を想起させる。郭氏は当時、対中投資フィーバーの先頭を走っていた。>

 英国資本だってフランス資本だってドイツ資本だって中国での商売のためだったら、人権問題などには目をつぶる。ましていわんや台湾においておや。

 <すでに香港系のテレビ局やインターネット・メディアが台湾での取材・報道を活発に行っているが、「バックは中国の党・政府」(台湾メディア筋)との見方が多い。中国はまず香港の財界、マスメディアの“抱き込み”から主権回復工作を始めたが、台湾の現状はこれに酷似している。しかし馬英九政権はこれといった対策を講じていない。>

 馬英九氏は台湾は中国の一部だと割り切っているのだから仕方ない。そんな馬英九氏を総統に選んだ台湾の有権者の選択の結果ではある。

 <「香港化は台湾の主権と民主体制を脅かす」(蔡英文・民進党主席)との危機感が野党陣営を中心に高まっている。>

 野党はそう言うだろうが、どこまで影響力があるか。野党のバックに日本政府と日本の資本主義がついている、と言えないところが弱いのだろう。しかし、今の日本ではどうしようもないのだろう、とも思う。少なくとも先のNHKの番組のような「裏切り」が二度と起きないように、日本人が日本のメディアを監視するくらいしかできないのかもしれない。

 台湾の中国への九州は沖縄や周辺海域の安全保障にも響するだろう。

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