経済・政治・国際

2009年12月 6日 (日)

岡田外相とマイケル・グリーン氏の発言だが~09年12月6日読売新聞朝刊

 読売新聞は09年12月6日朝刊1面トップ<普天間/「白紙なら米の信頼失う」/沖縄再訪/外相が危機感>で岡田克也外相の発言を大きく取り上げ、タイミングがいいことに、ネットではあるが、6日午前11時すぎには<普天間、頓挫なら決着15年後にも/米NSC元部長>として来日中のマイケル・グリーン元米国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長のインタビューを掲載していた。
 どうも本当にヤバくなってきているのか、どこまで糊代がある話なのか、が分からないのだが、昨日会った経済産業省のお偉いさんもマイケル・グリーンと会ったら「勘弁してくれよ、僕はいつもワシントンの連中に鳩山は何を考えているんだ。反米になったのか、と聞かれて、そうじゃない、と釈明するのに忙しいんだ。それなのに日本から来る連中がアメリカはどういう受け止め方かって、僕は体は一つしかないんだ」とぼやいていた、という話を聞いたばかりだったから、さもありなんと、独り笑ってしまった。
 まずは岡田外相の危機感あふれる発言である。
 <岡田外相は5日夜、那覇市内で記者会見し、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題について、「日米合意が実現出来ずに一方的に白紙に戻せば、信頼関係がなくなる。今の日米同盟の現状に非常に強い危機感を持っている」と述べた。2006年に日米が合意した現行計画をめぐり、鳩山政権が見直しを進めているばかりか、鳩山首相が年内の決着を先送りする方針を固めたことに対し、米側が強く反発していることへの懸念を表明したものだ。>
 が前文。本文は次の通りだ。
 <外相はそのうえで、「(年内の決着は)容易でないが、打開するには一定の決断をしなければいけない」と述べ、鳩山首相が早期に政治決断を下す必要がある、との考えを強調した。外相は同日夜、仲井真弘多知事と那覇市内の知事公舎で会談し、日米協議の現状などを説明した。>
 <これに先立ち、外相は同日、名護市などで民主党支持者らとの意見交換会に出席。会合では県外移設を求める声が相次いだが、外相は「皆さんの思いはわかったが、米国がかなり厳しい。現行案が白紙になれば、普天間の危険性は固定される」と述べた。>
 <同市辺野古を移設先とする日米合意が実現しない場合、普天間は返還されずに固定化する、との強い危機感を示したもので、4日の米側との協議で米側が示した懸念をそのまま伝える形となった。>
 <一方、鳩山首相は5日夕、首相公邸で北沢防衛相と50分間会談し、普天間問題について協議した。首相は会談後、「時間的問題も含めて、幅広く検討しなきゃいけない。日米関係は大事だから、それも含めて話した。(結論は)まだ見えない」と述べた。公邸前で記者団の質問に答えた。>
 これに関連して<外相、普天間の嘉手納統合案を断念>という記事も1面に載っていた。次の通りの短い記事だ。
 <岡田外相は5日、米軍普天間飛行場の移設計画として検討してきた米軍嘉手納基地への統合案を断念する意向を固めた。米側の反対に加え、地元の嘉手納町など周辺自治体が「新たな騒音被害となる」などと強く反発しており、合意形成は極めて困難だと判断した。外相は5日夜、那覇市内での記者会見で、嘉手納統合案について「もともと難しい問題で、狭い道だと言ってきた」と述べた。>
 以上である。
 そして、マイケル・グリーン氏だ。
 <沖縄の米軍普天間飛行場移設問題について、来日中のマイケル・グリーン元米国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長に聞いた。>
 聞き手は飯塚恵子記者だ。以下は聞き書きのようなもので、グリーン氏の発言をまとめたものだろう。
 <日米が2006年に合意した沖縄県名護市への移設計画を日本政府が進めない場合、普天間返還を含む米軍再編計画全体が頓挫する恐れがある。理由は二つ。
 一つは、再編のもう一つの目玉である沖縄海兵隊8000人のグアム移転が止まる。米議会が関連予算を承認しないからだ。議会は、現行計画以外の「県外移設」や「米軍嘉手納基地統合」案は、部隊運用面で不安がある、と明言している。
 二つ目は沖縄の地元選挙だ。移設の結論を先送りすればするほど、来年1月の名護市長選、秋の県知事選で争点化され、決着しなくなる。
 一回頓挫すれば次に決着のメドが立つのは、これまでと同じ期間、10~15年かかる。政府間で正式署名した課題の履行を一方が拒んだ場合、信頼関係は完全に崩れる。再構築は簡単ではない。米議会にも、沖縄にも不信感が残るだろう。
 日米関係は今、ベトナム反戦運動時代の1960年代末、そして95年の沖縄海兵隊員らによる少女暴行事件後の一時期に次ぐ悪い状態だ。ただ、違いがある。95年には世論が反発する一方で、日米は忍耐強く沈静化に協力した。今回は鳩山政権に対する日本国内世論はそう厳しくないが、首脳同士を含む両国関係にヒビが入っている。深刻だ。
 鳩山政権に対する助言はまず、社民党との連立を解消するべきだということだ。次に、政権公約(マニフェスト)に固執しすぎない方がいい。オバマ政権も発足後、多くの公約を再検討し、現実的に修正し、次々と打ち出した。
 来夏の参院選後まで結論を先延ばしした場合、時間の浪費と沖縄県民の苦痛をどう償うのか。米国もいつまでも待ってはいない。今の衆院議員の任期いっぱいまで民主党政権が続き、4年間物事が動かないなら、米国はサジを投げるだろう。重要政策は中国と相談する、という事態も予想される。オバマ政権にとって今、日本問題はアジア政策の重大懸念事項だ。そうであるうちに、鳩山政権はきちんとした政権担当能力を示すべきだ。>

 こういうことだと思うのだが、朝日新聞09年12月6日朝刊は<外相「米との交渉、限界」/普天間移設、行き詰まりも>で1面4段で扱っていた。本文は以下の通りだ。

 <岡田克也外相は5日、那覇市で地元紙の沖縄タイムス社の岸本正男社長らと会談し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐる日米協議について「2カ月間みっちりやってきた。もう限界だ」と述べた。鳩山内閣は年内決着を見送ったが、同県名護市辺野古に移設する日米合意の履行を求める米側の反発は強く、辺野古以外にこだわれば移設そのものが困難になるとの厳しい認識を示したものだ。

 同席者によると、岡田氏は岸本氏との会談で、これまで模索してきた嘉手納基地への統合について「難しい」と表明。「(現行計画は)日米間で煮詰まっていた話。元に戻って議論とはならない」「選択肢はもうない」などと、辺野古移設を受け入れるしかないとの考えを示した。

 岡田氏はこの後の記者会見で、「合意が実現できない時に(日米間の)信頼関係がどれだけ維持されるのか。日米関係の現状に、非常に強い危機感を持っている」と語った。また、問題の先送りは解決につながらないとも強調。「外相として打開しなければいけないと思っている。打開につながる決断が何か、首相を含めて協議している」と語り、ぎりぎりの妥協策を探りたい意向だ。

 ただ、鳩山政権は、辺野古移設を決断すれば、社民党を含めた連立政権がもたないと判断している。新たな策を見つけるのは極めて困難な情勢で、対米交渉上、新たな移設先の検討の余地がないなら、移設問題は暗礁に乗り上げる可能性が高い。

 日米作業部会に出席した米政府当局者らと4日に会った民主党関係者によると、当局者らは移設が進まなければ普天間飛行場の老朽化した施設を更新する予算措置を取る可能性を伝えた。岡田氏の発言の背景には、こうした措置が取られれば、現状の固定化につながるとの危機感があると見られる。 >

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2009年11月27日 (金)

井上寿一・学習院大学教授の<格差是正に国民再統合が必要>~09年11月27日産経新聞[正論]

 産経新聞09年11月27日の[正論]。井上寿一・学習院大学教授の<格差是正に国民再統合が必要>は面白そうだ。読んでみよう。小見出しはそのままおいておこう。
≪「1億総中流」意識は崩壊≫
 <政府の月例経済報告(20日)がデフレーション状態にあると宣言した。昨年のリーマン・ショック以来、景気刺激のためのカンフル注射を打ち続けたにもかかわらず、このような結果になったことは、日本経済の前途に暗雲を投げかけている。そこかしこで景気の二番底がささやかれているなかで、失業率は悪化し、生活保護費の受給率も高い。不況は生活実感のレベルで深刻化している。>
 <他方で平均株価が1万ドルを超えたアメリカでは、バブルの再来が警告されるまでになっている。グローバル化した経済は、政府の介入によっても、とどまるところを知らない。ウォール街では、法外な高額報酬を手にする人たちがまたぞろ目立ち始めた。「強欲資本主義」の復活である。>
 <このような格差拡大は、世界的な規模で進行している。日本も同様である。戦後の「1億総中流」意識は崩壊した。日本は格差と貧困の問題にどう取り組むべきなのだろうか。>
 <鳩山政権は、この問題の直接の原因を新自由主義に基づく「小泉改革」に求めている。政権交代を目標に掲げた民主党は、自民党政治の下で拡大した格差の是正をめざして、政策措置を講じつつあるかにみえる。鳩山首相は、先の総選挙の直前に発表した論考「私の政治哲学」において、「福祉や医療制度の再構築、教育や子どもを育てる環境の充実、格差の是正などに取り組む」ことが「これからの政治の責任」であると述べている。1955年以来の自民党一党優位体制下の経済的〈自由〉主義から、民主党政権が主導する〈統制〉経済体制による社会の平等化へ、日本の政治体制は大きく転換しつつある。>
≪困難を伴う「富の再配分」≫
 <新しい政治体制の下で、鳩山政権が格差と貧困の問題に取り組もうとする時、そこにはいくつもの高いハードルが待ち受けている。鳩山政権は、「事業仕分け」作業の徹底によって無駄を洗い出し、新たに確保した財源を格差是正のために再配分するのだろう。財源が不足すれば(不足するのはまちがいない)、税制の抜本的な改革である。このような政府による富の再配分によって格差を是正することは、困難が予想される。事は財源問題以上の原理的な問題を抱えているからである。>
 <日本は格差是正に成功した歴史的経験がある。一つは戦後の1960年代から70年代にかけての時期だった。この戦後の格差縮小は、高度経済成長が前提となっていた。今の日本にこの前提条件を満たすことはできないだろう。戦後の成功例は役に立ちそうもない。>
 <もう一つは戦争をはさんだ格差縮小の時期である。1930年代前半まで拡大していた格差は、日中全面戦争前後から縮小へと転じる。戦争の拡大に伴って国民経済は逼迫(ひっぱく)したはずだから、格差縮小といっても、それは社会の下方平準化を意味した。戦時下の格差縮小の歴史は、今の日本に何を示唆しているのか。3点、指摘したい。>
 <第1は新しい生活様式の創出である。日中戦争下の1938年、鳩山首相の祖父、鳩山一郎(政友会議員)は、欧米視察旅行に赴いている。鳩山は「遊惰な民」の国として米仏を批判する。代わりに「勤勉な国民をもつ国家」独伊を称賛する。このエピソードは、下方平準化のなかで、勤勉と質素を旨とする新しい生活様式が模索されていたことを示している。富裕層出身の政治指導者が下方平準化に適合的な生活様式を率先垂範する。鳩山首相は、この逆説的な役割を果たすことを通して国民の再統合をめざす必要がある。>
≪国家介入と市場主義の均衡≫
 <第2は一国主義的な社会民主主義の克服である。1930年代研究の最先端の知見によれば、この時期の社会民主主義的な改革志向は、周辺諸国の犠牲を前提としていた。限られた富を「国民」に再配分するとなれば、「国民」とは誰か、「国家」とは何かがより狭く再定義されることになるだろう。民主党が外国人参政権問題に消極的な姿勢に転じつつあるのは、このこととの関連を想起させる。福祉先進国の北欧諸国が移民の流入に警戒的なように、社会民主主義的な改革を進めていけば、一国主義に陥りかねない。この隘路を切り開くために、鳩山政権は国際協調的な福祉国家像を構築しなくてはならない。>
 <第3は〈自由〉と〈統制〉の均衡である。1920年代の〈自由〉主義経済の行き過ぎが世界恐慌をもたらした。1930年代の〈統制〉経済体制は、恐慌克服に成功しながらも、国家社会主義体制にまで進んでしまった。このことは今日の日本において、「市場経済至上主義」と「国家介入主義」との間で政策の均衡を保持することの重要性を示唆している。>
 <世界経済が不安視されるなかで、これら3つの問題をめぐる基本政策を確立するための時間は、わずかしか残されていない。>

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2009年11月26日 (木)

平川祐弘・比較文化史家、東京大学名誉教授<世界共通語の英語使いこなそう>~09年11月26日産経新聞[正論]

 産経新聞09年11月26日[正論]は平川祐弘・比較文化史家、東京大学名誉教授の<世界共通語の英語使いこなそう>だった。ナショナリズムを大切にする産経新聞がこんな論を載せるんだな、と驚いた。コピペする。小見出しはそのまま置いておく。
≪「東京語」を学んだ地方人≫
 <明治維新の後に地方の指導層は日本の共通語を学ばねばならなかった。薩摩は天下を取ったが、九州男児も帝国議会で鹿児島弁で通ずるとは思わなかった。相手を説得するためには、広く通用する標準語で話さねばならない。ただ地方や島に住んで、生涯中央に出ようとしない人は共通語を習う必要はなかった。>
 <世界がグローバル社会化する21世紀、日本人が英語を習うのは、外国語を習うのではない。英語が世界の共通語だから、地球社会の市民として標準語を学ばざるを得ないのだ。>
 <維新後の日本人が東京語を学ばざるを得なかったと同じで、これから先、日本列島の外でも通用する人となるための必要条件だ。通訳を介して恋愛はできないが、それと同じで通訳が頼りでは真の仕事はできない。もっとも生涯島の外へ出ようとしない人は共通語を習う必要はない。>
 <英米人は母語で話が済むのに非英語人は英語を習わねばならない。地方の人が同一の言語家族に属する東京弁を習うのと違い、日本人にとって英語習得は厄介だ。こんな「言語の不平等」関係は腹立たしくもある。だが島国に住む日本人は、世界の中央と自分たちの関係はそんなものだ、と昔から観念していた。>
 <日本人は聖徳太子の昔から漢文を勉強した。しかし大陸の人は大和言葉など習いもしなかった。東アジア共栄圏を夢みた人は「同文同種」といったが、それは漢文が共通語の同文であった。>
 <日本が東アジア共同体と言い出すと、中国は中国語を共通語にしようと狙うだろうが、日本も韓国も中国語に特権的地位を与えはするまい。東アジアでも共通語は英語になるだろう。現にアセアン会議でも共通語は英語である。>
≪言語の関係は平等にあらず≫
 <19世紀は英国が7つの海を支配した。21世紀は米国が世界の超大国となった。こうした歴史事情で英語が地球社会の覇権的な共通語となった。主権国家の関係は平等が建前だが、言語については平等でない。>
 <米国人に向って「日本人がみんな英語を習うのだから、お前らも日本語を習え」といっても無理だろう。>
 <明治維新後、琉球人が江戸っ子に向って「自分たちが東京弁を習うのだから、お前らも島の言葉を習え」といっても相手にされなかったような力関係である。島国の人にとっては腹立たしいかぎりだ。>
 <沖縄諸島は中央集権国家の成立によって日本の文化的傘下に組み込まれたが、日本列島は世界の経済一体化によって変質しつつある。そんなグローバル経済が日本の伝統的社会を傷つけたという鳩山由紀夫首相の指摘は真理の一面をついている。かといって日本はもはや鎖国はできない。>
 <その鳩山首相は米国へ出かけ英語で演説した。すると「日本人なら日本語で」と批判する人が出た。引き合いに出されたのが吉田茂元首相のサンフランシスコ講和会議の際の日本語による受諾演説で、白洲次郎が日本語でするよう進言したという。>
 <マッカーサー総司令官と一対一で英語で話すのは上手な吉田だが、英語のスピーチは上手でない。吉田は日本語でも演説は下手だった。その吉田の英語を私は聞いた。講和会議の後、留学生の会に現れて英語で挨拶した。日本でも放送されたがおよそ上手とは言いかねた。>
 <日本人が国内でも地方語と標準語とをいかに使い分けるかは、時と場合による。それと同様、国外でも日本語と世界の標準語である英語とをいかに使い分けるかは、時と場合による。>
≪生涯英語で書いた小泉八雲≫
 <私見では、日本人が国際会議で英語で堂々とやれることが一番大切だ。それが植民地根性だとは思わない。植民地根性か否かは話の内容次第である。「日本人は日本語で堂々とやればいいじゃないか!」と叫ぶのは一見格好いいが、情緒的な発言に過ぎない。>
 <東京大学でラフカディオ・ハーンの国際会議を開いた時、「小泉八雲として日本に帰化した人の学会を東大で英語を用いて開くとは何事か」と八雲ファンの一人から主催者の私は抗議を受けた。なるほど日本に帰化したが、ハーンは生涯英語で書き続けた。>
 <各国の学者を招いてハーンについて国際会議を開くとなれば、英語を用いるのが自然の成り行きだろう。その際、日本人研究者の英語の主張が活字となって世界で認められてこそ意味はある。>
 <「日本人は日本語で」という主張には島国根性の了見の狭さが感じられる。羽田は日本の首都の空港だから管制官は日本語でやれ、と主張をする人はさすがにいない。>
 <これからの地球社会を平和的に管制するためにも、私たちには(1)日本語、(2)世界共通語としての英語、(3)地域理解のためのそれとは別の外国語の三種の能力が求められるのである。>

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2009年11月23日 (月)

中西寛・京都大学大学院教授<「国策」の重みへの感受性に疑問>~産経新聞[正論]09年11月23日

 09年11月23日産経新聞朝刊[主張]に中西寛・京都大学大学院教授の<「国策」の重みへの感受性に疑問>が出ていた。
 コピペする。小見出しはそのまま。
≪どこに向かう「変化」なのか≫
 <鳩山政権が発足して約2カ月がたった。これまでの支持率はかなり高く、先月末の参院補選でも勝利した。先日から始まった事業仕分けの模様は一般に公開され、新政権が自民党時代の予算のムダに対して大胆に大なたを振るっているような印象を与えている。
 総選挙で自民党政治にノーという判断を下した国民は、新政権に前政権からの目に見える変化を期待し、多少の混乱には目をつむる覚悟でいるようである。確かに新政権は補正予算の組み替えやダム、空港政策の見直しなどによって、新機軸を出しているように見える。
 しかし個別の政策はともかく、政権運営の核心がどこに向かうのか、鳩山政権は国民に示していない。鳩山首相の所信表明演説は長いものだったが、「変化」は強調しているものの、その変化がどこに向かうのかについて明確に表現されていたとは言い難い。
 新政権の方向性の不明瞭さの象徴は郵政民営化の見直しである。新社長に斎藤次郎元大蔵次官を指名したことも、官僚天下り人事批判との関係で首尾一貫していない印象を与えるが、事の本質は郵政事業を民間に委ねて効率化を図る「小さな政府」を目指すのか、同事業を公的サービスと位置づける「大きな政府」を目指すのかの選択である。前者は儲からない地方の切り捨て、後者は財政負担というコストを伴うから、その選択は苦い薬である。
 しかしそれを決断しなければ、非効率で財政負担が大きいという最悪の結果になりかねない。鳩山政権が真に政権担当能力を示すためには、こうした苦い選択を決断することが
 同じ事は日本航空(JAL)再建問題にも言える。JALを民間会社として再生させるなら採算のとれない路線の切り捨ては認めねばならないし、JALを公的な組織とするなら財政負担は覚悟しなければならない。その選択なしに中途半端な救済策を模索することは、結局傷を深くするだけになる可能性が高いだろう。
≪再編の枠組み揺らす普天間≫
 しかし、郵政やJALですら、政権が取り組まねばならない基本問題である外交に関する選択に比べれば小さく見えてくる。「緊密かつ対等な日米関係」や「東アジア共同体」といった抽象論の段階はもう過ぎ、具体的判断が問われる段階に入った。言うまでもなく、当面の外交課題として最大のものとして浮上したのが普天間基地移設問題である。
 この問題をめぐる混乱のために、今回のオバマ訪日で日米双方の首脳が日米同盟の重要性を謳った言葉も、どこか虚しい響きを伴って聞こえた。
 普天間基地返還交渉は1996年の日米合意から具体化したが、ブッシュ政権下で開始された米軍再編過程と結びつき、2005年から06年に日米政府間で協議された一連の合意の一部となっている。もはや普天間基地問題は単独の問題でなく、精密に組み立てられたこの合意の柱の一つであり、基地移転に関する大きな変更は米軍再編枠組みそのものの根本的な見直しにつながりかねないのである。
≪日米に基本的な認識のズレ≫
 オバマ政権は多くの点でブッシュ前政権からの方針転換を表明したが、アジア政策については例外的に前政権の政策の継承発展を基本としている。たとえば前政権が始めた米中戦略「経済」対話を米中「戦略」・「経済」対話へと拡大発展させている。
 対日政策も同様で、小泉・ブッシュ政権時代の緊密な日米同盟を大きく見直す意志はもっておらず、むしろその継承発展を前提としている。この点に前政権からの相違を強調する日本の新政権との基本的な認識のズレがある。
 鳩山政権が普天間基地問題で大きな変更を求めるなら、ミサイル防衛や情報共有などを含めた米軍再編に伴う諸合意全体を再検討する覚悟をもち、アメリカにその意志を伝える必要がある。しかしそうなれば、アメリカは少なくとも日本で民主党政権が続く限り日米同盟をアジア政策の基本と据える政策を見直す可能性すら出てくるであろう。
 現在のように明確な代替案も示さず、政府首脳が過去の決定の経緯の再検討や「県外」「海外」といった抽象論を繰り返していては、2国間協議を行っても、双方の不信感を増幅させるだけに終わるであろう。
 とりわけ問われるのは、鳩山首相の軍事に対する考え方そのものであろう。彼の「友愛」ビジョンの中で軍事の問題はどのように位置づけられているのだろうか。たとえば首相が提起したと伝えられる、被災者救援のために自衛隊の艦船に民間人も含めて送るという構想である。
 アイデアとしては検討の余地はあろう。ただその構想を「友愛ボート」と名づけているのを聞くと、政権の好みを越える国家政策の重みに対する感受性には疑問を呈さざるを得ないのである。>

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東郷和彦・元外務省条約局長が<密約文書「ファイル5冊引き継いだ」>と~読売新聞09年11月23日朝刊

 読売新聞09年11月23日朝刊2面に<核密約文書「引き継いだ」/後任にファイル5冊/外務元条約局長証言>という記事が出ていた。

 コピペしよう。

 <外務省の内部調査で日米安全保障条約改定時の核持ち込みを巡る「密約」の関連文書が見つかったことについて、東郷和彦・元同省条約局長は22日、テレビ朝日の番組で「密約に関連する文書を5冊のファイルにまとめた上で後任に引き継いだ」と証言した。東郷氏は文書の詳細については明らかにしなかったが、「国民に説明し、ねじれを解消すべきだ」と述べた。>

 <東郷氏は1998年7月から99年8月まで条約局長を務め、これまで読売新聞の取材に対し、核密約に関する文書がファイル数冊分存在したことなどを証言していた。東郷氏は近く設置される有識者を交えた調査委員会や、国会での聞き取りに対しても「協力したい」と話している。>

 東郷さんが条約局長をしていたのは随分新しい。小渕内閣、森内閣だったか。そのずっと前のことが問題なのだろと思うのだが。

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2009年11月15日 (日)

毎日新聞[社説ウオッチング]<日米首脳会談/「同盟深化」か「普天間」か>~2009年11月15日

 毎日新聞2009年11月15日(土)朝刊の[社説ウオッチング]は<日米首脳会談/「同盟深化」か「普天間」か>だった。<連携に期待=毎日、朝日、東京/安保に危機感=読売、日経、産経>の見出しだ。コピペする。
 <オバマ米大統領が13日来日し、鳩山由紀夫首相と首脳会談を行った。会談では、同盟関係を発展させることを確認し、地球温暖化対策や核軍縮問題に連携して取り組む共同文書を発表した。鳩山首相は、インド洋の給油活動に代えアフガニスタンへの民生支援を充実させるため、今年から5年間で50億ドル(約4500億円)を拠出することをオバマ大統領に伝えた。
 主要紙は日米両首脳の会談をどう評価したか。来年の安保改定50年に向け、同盟深化をめざす協議開始で合意する一方、懸案の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題の結論は先送りされた。そのどちらにウエートを置くかで評価が左右されたといえそうだ。
 会談の成果を積極的に評価したのが毎日、朝日、東京だ。
 毎日は、地球規模の課題に対処するため関係を強化することを決めた両首脳の合意を「評価したい」と言い切った。核廃絶・核軍縮へ向けた国際的な機運が盛り上がる中、オバマ大統領の広島、長崎訪問への期待も表明した。普天間問題については、対応を決めきれない首相の姿勢を批判し注文も付けたが、それが会談成果に直結するとの考え方には立たなかった。
 朝日も、日本の安全保障と外交の基本を米国との同盟に置くこと、地球規模の課題でもパートナーであり続けることを確認しあった意味は大きいと会談の成果を前向きに評価した。普天間問題の先送りについては「会談の意義を損なうものではない」と位置づけた。 東京は、2050年までに温室効果ガス排出量の80%を削減することや、「核のない世界」の実現を目指す共同声明について「特筆すべきだ」と最大限の評価をした。普天間問題については「深入りすれば会談決裂は避けられなかった」とし、先送りやむなしとの姿勢を鮮明にした。
 一方、会談の成果に厳しい姿勢を打ち出したのが日経と産経だ。
 日経は「日米首脳会談は、2回続けて両国関係の中核である安全保障問題に正面から取り組むのを避けた」と批判した。意見調整を要する最重要課題が、今回は普天間問題だったとしたうえで、主要議題から外し最終決着しなかったことについて「外交より『社交』に近い」とした。
 産経も会談について、普天間問題を解決できなかったことでは「演出された成功」と呼ばれてもやむを得ず、同盟の機能は低下せざるを得ないと結論づけた。また、鳩山首相の日米同盟への基本認識を危ぶんだ。
 読売は、日米両首脳の合意文書について「具体的な成果につなげたい」と、期待感を表明した。しかし、社説の力点は普天間問題に置き、鳩山首相に対し「早急に政治決断を下すべきだ」と促した。また「日米関係にきしみが生じている」と、安全保障分野での危機感をにじませた。
◆50億ドル拠出、3紙批判
 アフガニスタンへの民生支援はどう評価されたのか。オバマ大統領来日に先立ち政府が支援策の中身を公表し、主要紙が論評した。50億ドルの拠出を批判したのは、読売、日経、産経の3紙だ。
 読売は「『小切手外交』に戻るのか」との見出しを掲げた(11日付)。湾岸危機の際、当時の海部政権が財政支援だけで対応して批判された苦い経験を思い起こす必要があると説いた。日経も「やはり『小切手外交』の愚」と強く批判した(12日付)。5年間50億ドルについて「途方もない数字」とし、日本は再び「汗をかくかわりにカネを配る国」になるのかと疑問を投げかけた。
 産経も11日付社説で、湾岸戦争時の経験を引き合いに「あの教訓を忘れてはなるまい」と主張した。
 毎日は、多額の税金投入の観点から、政府に対し「支援内容の到達点などを定期的に国民に報告し、透明性を確保すべきだ」と注文を付けた(11日付)。14日の社説では、現地の治安悪化で本土への要員派遣が困難である以上、現段階では資金拠出が中心になるのはやむを得ないと、民生支援を評価した。
 朝日は、13日付社説で「小切手外交」批判について「的外れだ」と主張した。軍事面での役割に限界のある日本として、民生面で支援することが、日本がすべきことだとした。また、毎日同様、税金をつぎ込む意義を納税者に説明する必要性も訴えた。
 では、欧米は今の日米関係をどうみているのか。米ワシントン・ポスト紙は10月22日付1面で、オバマ政権のアジア政策に関連して「現時点で(米国にとって)最も困難なのは中国ではなくて日本だろう」との国務省高官の発言を紹介し、米政府内で鳩山政権への懸念が強まっていると報じた。
 しかし、この報道に対しては、英フィナンシャル・タイムズ紙が今月11日付論評(電子版)で、異論を唱えた。「過剰反応しすぎていてナンセンスだ」としたうえで、日本の新政権が半世紀も続いた自民党に取って代わった以上、従来の政策を見直すのは当然のことだとし、新政権を追いつめると、かえって逆効果になると警鐘を鳴らしていることも紹介しておきたい。
◆「基地もチェンジの時」
 今回のオバマ大統領来日に合わせ、普天間飛行場を地元に抱える沖縄県の地元紙、琉球新報は「沖縄基地もチェンジの時 平和賞にふさわしい英断を」と題する社説を英訳版も併せて掲載した。米軍関係者による残忍な事件で沖縄県民の人権が踏みにじられてきた歴史にも触れながら「沖縄にこれだけ大規模な米軍基地が必要なのか。政治主導で徹底して洗い直してほしい」と訴えた。注目に値しよう。【論説委員・伊藤正志】>

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2009年11月14日 (土)

揺れる鳩山首相:日米合意を早速逸脱、と~2009年11月14日産経、読売

 産経新聞のHPが11月14日にアップした11月14日夜の鳩山由紀夫首相の記者懇談の内容だ。見出しは<首相、現行計画を前提とせず/普天間移設問題>で、シンガポール発の松本浩史徳は新の署名記事だ。記事は以下の通り。

 <シンガポール訪問中の鳩山由紀夫首相は14日夜、同行記者団と懇談し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾=ぎのわん=市)の移設問題を協議する日米閣僚級作業グループでは、平成18年の日米合意に基づく現行計画を前提とせずに再検討する考えを示した。>

 <この中で、鳩山首相は「オバマ米大統領とすれば、日米合意を前提と思っていたいだろうが、それが前提なら作業グループを作る必要がない」と述べた。日米合意では平成26年(2014年)までに沖縄県名護市のキャンプ・シュワブ沿岸部に移設することになっており、大統領は同日の演説で、作業グループについて「すでに達した合意を履行するためのもの」と述べていた。>

 <また、首相は、「(来年1月の)名護市長選の結果をみて方向性を見定めていく。知事選もある」と決着を急がない考えを示した。日米同盟の再検討機関については、「閣僚級で情報保全、防衛システム、宇宙利用などの議論を深めたい」と述べた。>

 <21年度(09年度)第2次補正予算案については、1次補正の執行停止で確保した2・9兆円を財源とするものの、規模は「そんなに大きな額にならない」と語った。>

 と、以上である。

 読売新聞は早速、シンガポール発の川嶋三恵子特派員の署名記事で<普天間先送り発言、米の鳩山首相不信に拍車も>をアップしてきた。

 <鳩山首相は14日、訪問先のシンガポールでの同行記者団との懇談で、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題について、「迅速な結論」で合意した13日の日米首脳会談から、一転して結論先送りの可能性に触れた。>

 <米側は「首脳レベルでの公約は極めて重い」とみなしており、鳩山政権に対する不信感に拍車がかかるのは必至の情勢だ。>

 <首相は、現行移設先の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部を抱える沖縄県名護市長選(来年1月)の結果を見極めることも、改めて選択肢の一つだと述べた。選挙の結果、移設反対派が当選すれば、現行計画が暗礁に乗り上げる恐れが出てくることを「織り込み済み」と受け取られかねないものだ。>

 <さらに、この問題に関する日米の外務・防衛担当閣僚級の作業部会での協議について、オバマ大統領は首脳会談後の共同記者会見と14日の演説で「日米合意の履行」が前提だと繰り返したが、首相は14日、「答えが決まっているなら、作業部会を作る意味がない」と述べ、作業部会の位置づけについても共通見解がないことが明らかになった。>

 <米側は「首相が『できるだけ早く結論を出す』ことで同意した以上、日米合意に基づいて移設を履行する」と受け止めていただけに、今週中にも開かれる予定の作業部会での協議は冒頭から難航が予想される。>

 というのは、<「普天間」早期決着、強く迫ったオバマ大統領>で読売新聞が書いていたように、米にとっては日米合意を覆すことなど考えられない、というのが少なくとも建前なのだ。

 <13日に行われた日米首脳会談で、沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり、オバマ大統領が「時間がたてば、より問題の解決が難しくなる」と発言し、2006年5月の日米合意に基づいて早期に決着するよう鳩山首相に強く迫っていたことが14日、明らかになった。>

 <大統領自ら強い調子で求めたことで、首相も早期に結論を出す、と応じざるをえなくなったようだ。>

 <複数の関係者によると普天間問題は大統領の方から切り出した。大統領は迅速な結論を求めただけでなく「基本は守るべきだ」とも述べ、沖縄県名護市を移設先とする現行案の履行を明確に求めた。首相は大統領の発言に対し「理解する」と応じたという。>

 <会談後の記者会見で、首相は「時間がたてば、より問題の解決が難しくなるということも理解している」と述べた。ほぼ同様の言い回しをした大統領の要求を反映したものだという。>

 <首脳会談は全体になごやかなムードだったが、普天間問題をめぐる話し合いの際は緊迫し、首相は緊張した表情になったという。>

 というのだ。

 読売新聞の<「日米同盟が日本外交の礎」首脳会談後に首相>を見ると、鳩山首相が日米首脳会談後に日米同盟の大切さを訴えていたのだ。シンガポールに行ってなぜこんなことを言ったのだろう。

 <会談後の共同記者会見で、鳩山首相は、「日米同盟が日本外交にとってすべての礎だ。東アジア全体で日本とアメリカの協力が進むことで、アジアの安定に大いに資すると、2人で話した。日米首脳会談は大変意義の深いものだった」と成果を強調した。>

 <首相は会見で、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題に関し、日米両国の閣僚級作業部会の中でできるだけ早い時期に解決する考えを伝えたことを明らかにした。>

 <また、オバマ大統領は、「日米同盟を強化し、パートナーシップをつくり、地域の安全強化に努めていく」と述べた。>

 以上だ。

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オバマ米大統領のアジア外交政策演説:2009年11月14日サントリーホール~朝日新聞HPから

2009年11月14日午前、東京都港区のサントリーホールで行われたオバマ米大統領のアジア外交政策演説〈全文〉次の通り。朝日新聞のHPからコピペしたものだ。

 <どうもありがとう。(日本語で)「アリガトウ」。どうもありがとう。おはよう。米大統領になって初のアジア訪問の最初の目的地として東京に来られたのは大変名誉なことだ。ありがとう。こんなに多くの人たち、日本人、そしてここに何人か米国人の姿も見えるが、長年の友人ジョン・ルース新大使を含め、日米のきずなを強化するため連日働いている人たちに囲まれてうれしい。>

 <日本にまた来られたのはすばらしいことだ。知っている人もいるかもしれないが、少年時代、母に連れられて鎌倉を訪れ、平和や静けさをたたえた大仏を見上げた。子供の私は抹茶アイスクリームにより魅せられた。昨夜の夕食会で、その思い出を紹介しながらアイスクリームを食べられたことを、鳩山首相に感謝したい。どうもありがとう。日本の人たちが当時米国の少年に示してくれた温かみやもてなしは、忘れたことはなかった。>

 <今回の訪問でも、鳩山首相の歓迎や、即位20年の天皇・皇后両陛下とお会いするという栄誉、そして日本の人たちによるもてなしを通じて、同じ精神を感じている。そしてもちろん、日本の(福井県)小浜市民へのあいさつや感謝の念を示さずには、ここに来るわけにいかなかった。>

 <私が今回の歴訪を日本から始めた理由は簡単だ。就任以来、米国のリーダーシップを刷新し、互いの利益と尊重に基づいて世界と関与する新たな時代を追い求めてきた。アジア太平洋での我々の取り組みは、揺るぎなくかつ活性化した日米同盟を通して大いに定着していくことだろう。>

 <就任直後から、両国の関係強化に努めてきた。ホワイトハウスに私が出迎えた最初の外国指導者は日本の首相だ。ヒラリー・クリントン米国務長官の最初の外国訪問は日本から始まるアジアだったが、これも約50年ぶりだった。>

 <2カ月後に日米同盟は50周年を迎える。当時のアイゼンハワー米大統領が、日本の首相の隣に立ち、両国は「対等と相互理解」に基づく「不滅の関係」を作ると発言した日だ。>

 <この半世紀、日米同盟は安全保障と繁栄の基盤であり続けてきた。この同盟は、両国が世界の2大経済大国となり、日本が米国にとって北米以外で2番目の貿易相手国となるのに資してきた。同盟関係の進展につれ、日本は世界の舞台でより大きな役割を演じるようになり、世界各地の安定のため重要な貢献をするようにもなった。イラク再建から、ソマリア沖の海賊対処、アフガニスタンやパキスタンへの支援に至る貢献だ。最近では、両国における国際的開発努力に追加支援の約束をするという注目すべきリーダーシップを示した。>

 <日米同盟が長続きしてきたのは、何よりもそれが我々の共通の価値――指導者を自ら選び、夢を実現しようとする自由な人々の民主主義の権利への信念――を反映してきたからだ。そうした信念が、変化を約束した鳩山首相や私自身の選出を可能にした。我々は国民や日米同盟のため新世代のリーダーシップをもたらすことを約束する。>

 <だからこそ、我々は歴史的に重要なこの時に、双方が日米同盟を再確認するのみならず、深化することで一致した。両国政府が達した沖縄駐留米軍の再編合意の履行のため、合同の作業部会を通じて迅速に進むことを合意した。日米同盟が未来に向け進化・発展していくにつれ、アイゼンハワー元大統領がずっと前に表現した精神に立ち、我々は対等で相互の尊重に基づく関係に向けて常に努力していく。>

 <アジア太平洋地域への関与は日本で始まるが、日本で終わるわけではない。合衆国の建国は大西洋沿いの港や街から始まったが、我々はすでに何世代にもわたり、太平洋国家でもあった。アジアと米国は太平洋で隔てられているのではなく、つながっている。太平洋をはさみ、我々は歴史――米国建設を助けたアジア系移民や、この地域の安全や自由の維持のため身をささげてきた何世代もの米軍人――や、共通の繁栄――何百万もの雇用や家族が頼みとする貿易や商取引――、また我々の国民――米国の生活を豊かにしてくれるアジア系米国人や、様々に入り交じったすべての人々――などでつながっている。>

 <私自身の人生がその物語の一部だ。私は米国の大統領だが、ハワイで生まれ、インドネシアで少年期を過ごした。妹のマヤはジャカルタ生まれで、中国系カナダ人と結婚した。母は東南アジアの村でほぼ10年近くを過ごし、女性がミシンを買ったり、教育を受けたりすることで、世界経済の中での足場ができるように支援した。だから、環太平洋地域は私の世界の見方を形づくった。>

 <おそらくその頃と比べ、この地域ほど急速かつ劇的に変化したところはない。統制経済は市場経済となった。独裁制は民主主義に変わった。貧困からの迅速な脱却で生活水準は上がった。こうした変化すべてを通じて、米国やアジア太平洋地域の豊かさは以前にも増して密接につながった。>

 <アジア太平洋地域の未来と我々は関係があることを、どの人にも、どの米国人にも知ってほしい。ここで起きることは我々の国内での生活に直接影響を与えるからだ。我々はここで多くの商取引に携わり、多くの産品を買っている。輸出の拡大で雇用を創出することもできる。ここでの核軍拡競争の脅威が、その他の地域の安全保障も脅かしかねない。偉大な宗教をけがすような過激派が我々双方の国土に対する攻撃を計画している。アジア太平洋の台頭する力と発展する国々なしでは、エネルギー安全保障や気候変動の課題は解決できない。>

 <共通の課題に対処するため、米国はこの地域の国々と旧来の同盟関係を強め、新しい協力関係を築こうとしている。このため、我々は日本や韓国、豪州、タイ、フィリピンとの条約に基づいた同盟関係に目を向けている。これらの同盟は過去からの歴史的文書ではなく、我々が共有する安全保障に不可欠な、互いを結びつける約束だ。>

 <これらの同盟関係は安全保障や安定の基盤をもたらし続け、この地域の国々や人々が好機や繁栄を追い求めることを可能にしている。私が子供の時に日本に来た時には、想像できなかったことだ。米軍が世界で二つの戦争に従事していても、日本やアジアの安全保障への我々の関与は揺るぎない。それはこの地域に、とりわけ米国の若い男女の軍人たちが駐留していることからもわかる。私は彼らをとても誇りに思っている。>

 <我々は今、より大きな役割を担う用意があるアジア太平洋やその他の地域の新興国に注目している。例えば、民主主義を取り入れて経済を発展させ、国民の可能性を引き出してきたインドネシアやマレーシアだ。>

 <我々は台頭する国々に、21世紀において一国の安全保障や経済成長は、他国の犠牲によって成り立つ必要はない、という観点から着目している。中国の台頭を米国がどう見るか尋ねる人が多くいる。しかしこれまで言ってきたように、この相互に関連づけされた世界では、勢力はゼロサムゲームになる必要はないし、国家は他国の成功を恐れる必要もない。勢力圏づくりを競うのではなく、協力圏づくりを深めることで、アジア太平洋は前進していくだろう。>

 <他国と同様に、米国が中国に接する際には自らの利害に焦点をあてる。だからこそ、相互に関心を持つ課題について、米国が中国と実務的な協力関係を作ることが重要だ。どの国も21世紀に直面する課題は一国だけで解決することはできず、米国も中国も共同して課題に対処できた時の方がうまくいくからだ。従って、我々は中国が経済成長とともに増す責任に合わせ、国際的な舞台でより大きな役割を果たすことを歓迎する。中国との協力関係は、我々が経済を再活性化させようとする努力において極めて重要だ。中国はアフガニスタンとパキスタンの安全と安定を促進してきた。そして現在は、世界の不拡散体制に寄与し、朝鮮半島の非核化という目標も支持している。>

 <米国は中国を封じ込めるつもりはないし、米中関係の深化は(他国との)二国間同盟を弱めるものでもない。むしろ反対に、強固で、繁栄した中国の台頭は、複数の諸国からなる共同体を強化する源になる。北京やほかの場所で、我々は戦略・経済的な対話を深め、軍同士の意思疎通を改善したい。もちろん、すべての課題について同意はできないだろう。米国は、すべての人の信教と文化の尊重を含め、我々が重視する基本的な価値を主張する際に揺らぐことはないからだ。人権と人間の尊厳を支えることは米国に刻み込まれた伝統なのだ。しかし、敵意ではなく協調の精神でこれらの議論を前に進めたい。>

 <二国間関係に加え、多国間機構の成長がこの地域での安全と繁栄を進めると我々は確信している。米国は近年、これらの機構の多くと疎遠になっていたことは知っている。だが、それは過去のことだと明言したい。アジア太平洋国家として、米国は地域の未来を形作る議論に関与し、こうした機構が創設され発展していくに際して、ふさわしい機構に本格的に参加したい。>

 <これこそがまさに今回の旅で私が始める作業だ。>

 <アジア太平洋経済協力会議(APEC)という場は、今後も地域の通商と繁栄を促進し続けるだろう。今夜、このフォーラムに参加することを楽しみにしている。東南アジア諸国連合(ASEAN)は、東南アジアの対話と協調、安全の触媒であり続ける。米国大統領として初めて加盟全10カ国の首脳と会う機会を楽しみにしている。直面する課題に対応する役割を担うため、米国は東アジアサミットにも、いっそう正式な形で関与していくことができればと待ち望んでいる。>

 <我々はこうした深く広い関与を追求する。我々の集団的な未来はそこにかかっていると知っているからだ。そこで私は、未来がどんなものか、我々の繁栄と安全、普遍的な価値や望みを促進する上で、何をなすべきかについて、少し触れたい。>

 <第一に、経済回復を強化し、均衡がとれた持続的な成長を目指さねばならない。>

 <アジア太平洋の国々やほかの諸国が取った迅速で前例のない協調的な対応は経済の壊滅を防ぎ、過去何世代もの中で最悪の景気後退から脱却し始めることを助けた。我々は国際経済の枠組みの刷新に歴史的な一歩を踏み出し、G20は今や国際的な経済協調の主要な討論の場となった。>

 <国際金融に関する諸機構でアジア各国に与えられたより大きな発言権とともに、G20への移行は、米国が21世紀に追求する、より広く、より多くの国の参加を求めるような関与のあり方を明らかに示している。そして日本はG8の主要メンバーとして、将来の国際金融の枠組みを形作る上で指導的で不可欠な役割を今後も果たし続けるだろう。>

 <我々は経済回復の間際にあるが、それを持続的なものにしないといけない。世界的な景気後退を導いた、にわか景気に続く崩壊というサイクルに戻るわけにはいかない。不均衡な成長につながる政策を再びとることはできない。今回の景気後退が我々に教えた重要な教訓の一つは、経済成長を米国の消費者と、アジアの輸出だけに頼ることの限界だ。米国人があまりに巨額の借金に気づき、失業して雇用がみつからない時に、アジア製品への需要は急減したからだ。需要が急落した時、この地域からの輸出も急落した。アジア地域の経済は輸出に依存しすぎているため、成長が止まった。そして世界の景気後退がますます深まった。>

 <我々は今、歴史上まれな分岐点にたどり着き、異なる道を選ぶ機会を有している。まずは、均衡ある経済成長に向けた新戦略を追求するという、ピッツバーグのG20(サミット)での約束から始めねばならない。>

 <シンガポールで詳しく述べることになるが、米国において、この新戦略は、貯蓄を増やし、支出を減らし、金融制度を改革し、長期的な赤字と借り入れを減らすことを意味する。それはまた、我々が建設し、生産し、そして世界中に売り出すという輸出に重点を置くことも意味する。これは米国にとっては雇用戦略だ。今、米国の輸出は、何百万もの、良い賃金を得られる仕事を支えている。そうした輸出を少し増やすだけで、さらに何百万もの雇用を生む可能性を秘めている。これらの雇用創出は、風力発電の風車や太陽光発電パネルから、あなた方が日常的に使う技術までに及んでいる。>

 <アジアにとっては、よりよい均衡を達成することで、並外れた生産性の向上で可能になったような、より高い生活水準を労働者と消費者が享受する機会を提供することになる。また住宅や社会基盤、サービス業への投資を高めることになる。より均衡のとれた世界経済は、より深く、広い範囲の人々が利益を受けるような繁栄につながる。>

 <何十年もの間、米国は世界で最も開かれた市場のひとつであり、過去1世紀において、その開放性はアジアとその他の地域の多くの国の成功を支えてきた。新しい時代において、世界中の他の国の市場開放は、米国だけでなく、世界の繁栄に極めて重要だ。>

 <新戦略で不可欠なのは、野心的で均衡のとれた多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)妥結に向けた努力だ。どんな合意でもいいというわけではなく、世界中の市場を開放し、輸出を増やすという合意だ。我々は時期を逃さずその目標を達成できるかどうかについて、アジアのパートナーと協力する用意がある。米州地域の貿易相手国も協議のテーブルに招待する。>

 <この地域の持続的な経済統合が、すべての国の労働者や消費者、企業の利益になるとも信じる。韓国との間では、貿易協定の進展に向けて必要な課題について話し合うだろう。米国はまた「環太平洋パートナーシップ」諸国とも、21世紀の貿易協定にふさわしい、広範な参加国と高い水準を備えた地域的合意を作るという目的で関与していくだろう。>

 <協力して取り組むということこそが、この回復を維持し、共通の繁栄を進められる方法だ。バランスの取れた成長を追求するだけでは不十分で、地球と、ここに住むことになる未来の世代にとって、持続可能な成長であることが必要だ。>

 <米国はすでにこの10カ月で気候変動と戦うために、これまで取ってきたよりも多い措置をとった。最新科学を取り入れ、新エネルギーに投資し、効率基準を上げ、新たなパートナーシップを構築し、気候をめぐる国際交渉に取り組んだ。端的に言えば、米国にはまだやることがあるが、責任を果たし、これからも果たし続ける。>

 <その中には(国連気候変動枠組み条約締約国会議が開かれる)コペンハーゲンでの成功への努力も含まれる。私はそれが簡単だとの幻想は持っていない。しかし、前進への道のりは明らかだ。すべての国が責任を果たさなければならない。私の国もそうだが、排出の多い国々は明確な削減目標を持たなければならない。途上国は、資金と技術の援助を得た上で、排出を抑える中身のある行動をとる必要がある。そして、行動には透明性と説明責任も必要だ。>

 <私たち一人一人が、地球を傷つけずに経済を成長させるため、できることをしなければならない――しかも、我々はそれを一緒にやらなければならない。良い知らせは、正しいルールと動機付けをすれば、最高の科学者たち、技術者たち、起業家たちが創造する力が解き放たれる、ということだ。それは、新たな雇用、新たな事業、そしてまったく新しい産業にもつながる。日本はこの点において先頭に立ってきた。我々は、この重要な地球的目標を達成するうえで、日本の重要なパートナーとなることを楽しみにしている。>

 <とはいえ、我々は21世紀のこうした課題に直面すると同時に、20世紀の遺物である、我々の安全への脅威、つまり核兵器の危険に対応するための努力も、倍増させなければならない。>

 <(チェコの首都)プラハでは、私は世界から核兵器をなくすことへの米国の決意を再確認し、その目標を追求するための包括的な課題を示した。日本がこの努力に加わったことを喜ばしく思う。なぜなら、地球上でこの2カ国以上に、この兵器が何をもたらしうるかを知っている国はなく、そうした兵器のない未来を共に目指さなければならないからだ。これは、我々が共有する安全の根本であり、共有する人道性にとっての大きな試練だ。私たちの未来自体が左右されるのだ。>

 <明確にしたいことがある。これらの兵器が存在する限りは、米国は、韓国や日本を含む、同盟国の防衛を保障するため、強力で効果的な核抑止力を維持する。>

 <しかし、この地域での核軍拡競争の加速は、この何十年間の成長と繁栄を損ないかねない。だから、私たちには、核不拡散条約(NPT)の基本的な仕組みを守るよう求められている。つまり、すべての国に原子力の平和利用の権利があり、核兵器保有国には核軍縮へ行動する義務が、核保有国は核兵器を断念する責任があるという仕組みだ。>

 <実際、日本は、この仕組みに従えば真の平和と影響力を獲得できると、世界に示した例だ。何十年にもわたって原子力エネルギーの平和利用の利益を享受する一方で、核兵器開発を拒否してきた。そのことはあらゆる基準からみて、日本の安全保障を高め、立場を強くしてきた。>

 <我々の責任を果たすため、そしてプラハで示した課題を前に進めるために、我々は日本の助けも得て、この国際的な努力を支持する国連安保理決議を全会一致で可決した。ロシアとは、保有する核の削減の新たな合意を目指している。包括的核実験禁止条約を批准し、その発効にも取り組む。来年の核安全保障サミットでは、世界中の脆弱な核物質を4年以内に管理下に置くという目標を前に進める。>

 <以前にも述べたように、国際的な核不拡散体制の強化は、特定の国を名指しすることではない。すべての国がそれぞれの責任を果たすということだ。それにはイランと北朝鮮も含まれる。>

 <何十年にわたって、北朝鮮は、核兵器開発の追求も含む、対決と挑発の道を選んだ。この道がどこにつながるかは明白であるべきだ。我々は平壌(北朝鮮)への制裁を強化した。彼らの大量破壊兵器を制限する、今までで最も広範な国連安保理決議も通した。脅しに屈しない。言葉だけではなく、行動を通じて明確なメッセージを伝え続ける。北朝鮮が国際的な義務の履行を拒否することは、同国の安全を低下させるだけで、より安全にはならない。>

 <ただ、ここには別の道がある。我々のパートナーと歩調を合わせ、直接外交に支えられながら、米国は北朝鮮に違う将来を提示する用意がある。自国民をぞっとするような抑圧の下に置く孤立ではなく、北朝鮮には国際社会に統合していく未来もありえる。貧困のままではなく、貿易や投資や観光が北朝鮮国民により良い生活への機会を与えるという経済的機会のある未来も持てる。不安定さを増すのではなく、安全と尊敬の未来もだ。この尊敬は、好戦的な態度を通じては獲得できない。完全に国際的な義務を果たすことで国際社会の中に地位を占める国にしか与えられないのだ。>

 <こうした未来を実現するために北朝鮮が取るべき道は明確だ。6者協議へ復帰し、これまでの合意を守り、NPTへ復帰、朝鮮半島の完全かつ検証可能な非核化を行うことだ。そして、日本人の家族に対し、拉致された人たちの行方を完全に明らかにしなければ、近隣諸国との完全な関係正常化もない。これらは、もし自国民の生活を改善し、国際社会に参加することに関心があるならば北朝鮮政府がとることができる行動だ。>

 <この課題に注意深く対応する一方、アジアのすべてのパートナー諸国と協力し、国境を越えた21世紀の脅威と闘う。罪のない人々を殺戮する過激派を根絶やしにし、シーレーンを脅かす海賊行為を止める。感染症を阻止する努力を強化し、我々の世代で極端な貧困を終わらせる努力をする。女性、子供、移民を搾取する人身売買をやめさせ、この、現代の奴隷制という災厄に終止符を打つ。>
 <実際、我々が協力して取り組まなければならない最後の分野というのは、すべての人の基本的人権と尊厳を守ることだ。>

 <アジア太平洋地域は、多くの文化に恵まれている。素晴らしい伝統と、力強い各国の歴史に彩られている。何度も何度も、この地域の人々が、人類の進歩のために示してきためざましい才能と熱意を見てきた。そして、明確なのは、伝統的文化や経済成長は、人権の尊重によって損なわれるのではなく、逆に強化されてきたということだ。人権を支持することは、他の手段では得ることができない、継続的な安全をもたらす。米国の民主主義と同様に、日本の民主主義で見られる話だ。>

 <自由と尊厳を求めることは、すべての諸国民に共通する物語の一部だ。なぜなら、ある種類の望みは、人間が共通して持つものだからだ。思うことを話し、指導者を選ぶ自由や、情報に接することができ、自分の好きな信仰をもてること、法の支配や、司法の平等な適用への信頼。こういったものは、安定を妨げるのではなく、その礎石である。そして、我々は常にこのような権利を求める人たちの味方だ。>

 <この真実は、ビルマ(ミャンマー)に対する我々の新たな対応の指針になる。長年の善意にもかかわらず、米国による制裁も、他の国による関与も、ビルマ国民の生活の改善に成功しなかった。>

 <従って我々は今、指導者たちと直接に接触し、民主的改革に向けた具体的手段が講じられない限り、現在の制裁は継続するということを明確に伝えている。我々は、統一され、平和的で、繁栄し、民主的なビルマを支持する。ビルマがその方向に向かうなら、米国との関係改善が可能だ。>

 <取られなければならない明確な措置がある。アウン・サン・スー・チーさんを含むすべての政治犯の無条件釈放、少数民族との紛争の終結、そして将来についての共通の展望に基づく、政府、民主派、少数民族の間での、真摯な対話だ。これが、ビルマの政府が国民の需要に応えることができる方法だ。これが、ビルマに真の安全と繁栄をもたらす道だ。>

 <以上が、米国がアジア太平洋地域においていっそうの繁栄、安全、人間の尊厳をもたらすために取る手段だ。その際には、親しい友人である日本を通じて行う。日本は常に、この地域での米国の努力における中心的存在だ。我々は、太平洋国家として、地球上のこの地域で人格の一部が形成された大統領のもとで、そうした努力を行う。またその努力は、約50年にわたり米国と日本国民とのきずなを導いてきたのと同じ目的意識をもって行う。>

 <このきずながどのように築かれたか、話は、前世紀の半ば、太平洋での戦火が収まってしばらくした頃にさかのぼる。その際に、米国が日本の安全と安定を約束したことが、日本国民の復興精神と勤勉さとともに、「日本の奇跡」とよばれるものにつながった。つまり、世界が長い間見たことのなかったような急速で力強い経済成長の期間だ。>

 <それからの数十年、その奇跡はこの地域に広がり、わずか一世代で、何百万人もの人々の生活と運命が、良い方に変化した。これは、苦労して勝ち取った平和に支えられ、広大で雑多な地域に散らばる諸国を結びつける、相互理解という新しい架け橋によって強化された進歩だ。>

 <我々には、まだやらなければならない仕事がある。科学技術での新たな進歩が太平洋の両岸での雇用につながり、また地球温暖化からの安全につながるようにする。危険な兵器の拡散を巻き戻し、分断された(朝鮮)半島において、南の住民が恐怖から解放されると同時に、北の住民が欠乏から解放されて生きられるようにする。若い少女が、その体でなく心で価値を判断され、若者たちが、どこにいようと、自分の能力、熱意、そして選択が許す限り、どこまででも進んでいけるようにする。>

 <これらはどれも簡単に実現しないし、後退や苦闘なしにも実現しないだろう。しかし、この変革の時期に、この奇跡の国において、歴史はそれが可能であることを示している。これは米国自身の課題だ。それが我々の日本との協力関係、そしてこの地域の他の国や国民との協力関係の目的である。米国初の「太平洋系大統領」として明確にしたい。この太平洋国家(米国)は、世界で死活的に重要な同地域での指導力を強化し、維持することを約束する。>

 以上だ。長い演説だけども、示唆するところが多い。じっくり読むと日本人へのメッセージが聞こえてきそうだ。

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2009年11月12日 (木)

即位20年、天皇・皇后記者会見内容~産経新聞09年11月12日

 天皇皇后の即位20年記者会見はメモしておこう。産経新聞ウェブ版からのコピペだ。
 本記は次の通り。
 <天皇、皇后両陛下は、陛下のご即位20年を祝う記念式典が行われる12日に先立ち、皇居・宮殿で記者会見に臨まれた。天皇陛下は、即位20年を迎えたことについて「多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。この機会に、わが国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります」と語られた。>
 <陛下は、即位後の20年を回想してまず頭に浮かぶこととして、1989年の「ベルリンの壁の崩壊に始まる世界の動き」を挙げられた。今日の世界については「決して平和な状況にあるとはいえません」としながらも、「明るい面として考えられるのは、世界がより透明化し、多くの人々が事実関係を共有することができるようになったことです」と述べられた。>
 <陛下はそうした現代と対比する形で、過去に頻発した拉致問題に言及された。陛下は「それが行われた当時は今と違って、日本人皆が拉致の行われたことを事実として認識することはありませんでした。このため、拉致が続けられ、多くの被害者が生じたことは返す返すも残念なことでした」と発言された。>
 <一方、皇位の安定的継承が課題となっている皇室の将来についての質問には、陛下は「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思います」とした上で、「将来の皇室のあり方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います」と語られた。>
 <日本の将来への心配として「次第に過去の歴史が忘れられてゆくのではないか」と明言された上で、「過去の歴史的事実を十分に知って未来に備えることが大切と思います」と述べられた。>
 以上でニュース的な部分はすべて触れられている、と思う。でも、言葉のニュアンスが大切なのだ。だから、コピペするのだ。

 以下が詳報。

(宮内記者会代表質問)
◆拉致問題「家族の苦しみはいかばかりであったか」
 (問1)両陛下にお伺いします。この20年間、天皇陛下は「象徴」としてどうあるべきかを考え、模索しながら実践してこられた日々だったと思います。日本国憲法では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と明記していますが、その在り方を具体的には示していません。陛下はご結婚50年の記者会見で「象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています」と述べられました。平成の時代に作り上げてこられた「象徴」とは、どのようなものでしょうか。戦後64年がたち、4人に3人が戦後生まれとなって戦争の記憶が遠ざかる一方で、天皇陛下が即位されてからも国内外の環境は激変しています。天皇陛下は「象徴天皇」という立場から、皇后さまは天皇陛下をお支えするという立場から、これまでの平成の時代を振り返っての気持ち、お考えをお聞かせください。
 天皇陛下 日本国憲法では、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されています。私は、この20年、長い天皇の歴史に思いを致し、国民の上を思い、象徴として望ましい天皇の在り方を求めつつ、今日まで過ごしてきました。質問にあるような平成の象徴像というものを特に考えたことはありません。
 平成の20年間を振り返ってまず頭に浮かぶのは、平成元年、1989年のベルリンの壁の崩壊に始まる世界の動きです。その後の2年間に東西に分かれていたドイツは統一され、ソビエト連邦からロシアを含む15か国が独立しました。そしてそれまで外からはうかがい知ることの難しかったソビエト連邦、及びそれに連なる国々の実情や過去の歴史的事実が、世界に知られるようになりました。このような世界の動きを、深い感動を持って見守ったことが思い起こされます。ベルリンの壁の崩壊から4年後、私どもはドイツを訪問し、ヴァイツゼッカー大統領ご夫妻、ベルリン市長ご夫妻と共に徒歩でブランデンブルグ門を通りました。西ベルリンから東ベルリンに入ると、ベートーベンの「歓喜の歌」の合唱が聞こえてきました。私どもの忘れ得ぬ思い出です。
 しかし、その後の世界の動きは、残念ながら平和を推進する方向には進んでいきませんでした。平成13年、2001年世界貿易センタービルなどが旅客機の突入により破壊され、3000人以上の命が失われました。それを契機として、アフガニスタン、続いてイラクで戦争が起こり、今も両国とパキスタンでは多くの命が失われています。
 このように今日の世界は、決して平和な状況にあるとは言えませんが、明るい面として考えられるのは、世界がより透明化し、多くの人々が事実関係を共有することができるようになったことです。拉(ら)致の問題も、それが行われた当時は今と違って、日本人皆が拉致の行われたことを事実として認識することはありませんでした。このため、拉致が続けられ、多くの被害者が生じたことは返す返すも残念なことでした。それぞれの人の家族の苦しみは、いかばかりであったかと思います。また、チェルノブイリ原子力発電所の事故のような、人々の健康や環境に大きな影響を与える事故であっても、当時のソビエト連邦では発表されず、事故についての最初の報道はスウェーデンの研究所からもたらされました。ソビエト連邦が発表したのはそれより後のことで、事故のあった地域の人々の健康に与えた被害は、一層大きくなったことと思います。
 国内のことでまず思い起こされるのは、6400人以上の人々が亡くなった阪神・淡路大震災です。地震による家屋の崩壊とともに火災が起こり、誠に痛ましい状況でした。ただ淡路島では、火災がすべて未然に防がれ、また、地域の人々による迅速な救出活動により、多くの人の命が助けられたと聞きました。この地震は、その後に大きな教訓を残しました。建築の耐震化が進められ、人々の間に、災害に対する協力の輪が広がりました。後に他の被災地を訪れた時、自分たちの災害に支援の手を差し伸べてもらったので、お礼の気持ちでこの被災地の支援に来たという人々に会うことがあり、頼もしく思いました。
 苦労の多い中で、農業、林業、水産業などに携わる人々が様々に工夫を凝らし、その分野を守り続けてきている努力を尊いものに思っており、毎年農林水産祭天皇杯受賞者にお会いするのを楽しみにしています。
 今日、日本では高齢化が進み、厳しい経済情勢とあいまって、人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で、高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け、支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ、心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。
 平成が20年となり、多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。
 この機会に、我が国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります。
 皇后さま 少し風邪をひいてしまって、聞きづらいようでしたら言い直しますので、おっしゃってください。戦後新憲法により、天皇のご存在が「象徴」という、私にとっては不思議な言葉で示された昭和22年、私はまだ中学に入ったばかりで、これを理解することは難しく、何となく意味の深そうなその言葉を、ただそのままに受け止めておりました。
 御所に上がって50年がたちますが、「象徴」の意味は、今も言葉には表し難く、ただ、陛下が「国の象徴」また「国民統合の象徴」としての在り方を絶えず模索され、そのことをお考えになりつつ、それにふさわしくあろうと努めておられたお姿の中に、常にそれを感じてきたとのみ、答えさせていただきます。
 20年の回想ですが、平成の時代は、先に陛下もご指摘のように、ベルリンの壁の崩壊とほぼ時を同じゅうして始まりました。ソ連邦が解体し、ユーゴスラビアもそれぞれの共和国に分かれ、たくさんの新しい国が誕生しました。新しい国から大使をお迎えするとき、よく地図でその国の場所を確かめました。冷戦の終結に続く平和の到来を予想していましたが、その後少なからぬ地域で紛争が起こり、テロ行為も増し、昨今も各地で人命が失われています。地球温暖化、世界的金融危機、様々な新しい感染症の脅威など、世界的な規模で取り組まねばならぬ問題も多く、様々な意味で世界をより身近に感じるようになった20年間でした。
 国内においては、阪神・淡路大震災を始めとし、大規模な自然災害が多く、被災した人々の悲しみは想像を絶するものであったと思います。災害の予知能力が高められ、予防の対策が進み、災害への備えが常にあることを切に願っています。高齢化・少子化・医師不足も近年大きな問題として取り上げられており、いずれも深く案じられますが、高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本では還暦、古希など、その年ごとにこれを祝い、また、近年では減塩運動や検診が奨励され、長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応は様々に検討され、きめ細かになされていくことを願いますが、同時に90歳、100歳と生きていらした方々を皆して寿(ことほ)ぐ気持ちも失いたくないと思います。
 身内での一番大きな出来事は、平成12年の皇太后さまの崩御でした。お隠れの夜は月が明るく、今はご両親陛下をお二方共にお亡くしになった陛下のお後(あと)を、吹上から御所へと歩いて帰った時のことが悲しみとともに思い出されます。
 平成20年の区切りの年に当たり、陛下と共に国の安寧と人々の幸せを心から祈念いたします。

◆皇位継承制度「国会の論議にゆだねるべき」
 (問2)両陛下にお伺いします。両陛下はこの20年、常に国民と皇室の将来を案じてこられたと思いますが、皇室についてはこの先、皇族方の数が非常に少なくなり、皇位の安定的継承が難しくなる可能性があるのが現状です。昨年末の天皇陛下のご不例の際、羽毛田信吾宮内庁長官はご心痛の原因の一つとして「私的な所見」と断った上で「皇統を始めとする諸々の問題」と発言し、皇室の将来を憂慮される天皇陛下の一面を明らかにしました。両陛下は皇室の現状、将来をどのようにお考えでしょうか。皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻を始めとする次世代の方々に期待することも交えながらお聞かせください。
 天皇陛下 皇位の継承という点で、皇室の現状については、質問のとおりだと思います。皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。二人は長年私と共に過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています。
 皇后さま 皇位の安定継承という点に関しては、私も現状は質問のとおりだと思います。それについて陛下のお答えに私として付け加えるものは、何もありません。
 幸せなことに、東宮も秋篠宮も孫として昭和天皇のおそばで過ごす機会を度々に頂き、また成人となってからは、陛下をお助けする中でそのお考えに触れ、日々のお過ごしようをつぶさに拝見し、それぞれの立場への自覚を深めてきたことと思います。これからも二人がお互いを尊重しつつ、補い合って道を歩み、家族も心を合わせてそれを支えていってくれることを信じ、皇室の将来を、これからの世代の人々の手にゆだねたいと思います。

◆「過去の歴史が忘れられていくのでは」とご心配に
(在日外国報道協会代表質問)
 (問3)両陛下にお伺いしたいと思います。陛下が即位なさったのは、いわゆるバブル経済のただ中でありましたが、この20年は日本にとって大変厳しい時となりました。ご存じのように高齢化が進み、人口が減少し始め、経済は不安定です。両陛下は、日本の将来に何かご心配をお持ちでしょうか。お考えをお聞かせください。
 天皇陛下 今、日本では高齢化が進み、経済が厳しい状況になっています。しかし、日本国民が過去に様々な困難を乗り越えて今日を築いてきたことを思い起こす時、人々が皆で英知を結集し、相携えて協力を進めることにより、日本が現在直面している困難も一つ一つ克服されることを願っております。
 私がむしろ心配なのは、次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです。昭和の時代は、非常に厳しい状況の下で始まりました。昭和3年、1928年昭和天皇の即位の礼が行われる前に起こったのが、張作霖爆殺事件でしたし、3年後には満州事変が起こり、先の大戦に至るまでの道のりが始まりました。第1次世界大戦のベルダンの古戦場を訪れ、戦場の悲惨な光景に接して平和の大切さを肝に銘じられた昭和天皇にとって誠に不本意な歴史であったのではないかと察しております。昭和の60有余年は私どもに様々な教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って未来に備えることが大切と思います。
 平成も20年がたち、平成生まれの人々がスポーツや碁の世界などで活躍するようになりました。うれしいことです。いつの時代にも、心配や不安はありますが、若い人々の息吹をうれしく感じつつ、これからの日本を見守っていきたいと思います。
 皇后さま 今、質問の中で指摘されているような問題で、日本の将来を全く心配していないということではありませんが、私はむしろ今既に世界的に蔓(まん)延する徴候を見せており、特に若年層に重い症状の出る新型インフルエンザのこと、また、今後日本に起こり得る大規模な自然災害のことが心配で、どうか大事(だいじ)なく、人々の暮らしの平穏が保たれていくよう願っています。
 国の進む道で、避け得る災難は、人々の想像の力と英知で出来得る限りこれを防がねばなりませんが、不測の事も起こり得ないことではなく、これからの日本の前途にも、様々な大小の起伏があることと思います。
 振り返ると、私がこれまで生きてきた年月の間にも、先の大戦があり、長い戦後と、人々の並々ならぬ努力によって成し遂げられた戦後の復興がありました。多くの苦しみ喜びを、人々は共に味わい、戦後60年の歴史をたどってきたと思います。
 近年日本の社会にも様々な変化が起こり、家族が崩壊したり、人々が孤立していく傾向が見られますが、一方、社会が個人を支えていこうとする努力や、地域が高齢者や子どもたちを守っていこうとする努力も其処(そこ)ここで見られ、また、民間の各種の支援運動も増えて、人と人、家族、社会と個人など、人間関係の在り方が、今一度真剣に考え出されているように思われます。
 この十数年の経験で、陛下もお触れになりましたが、これまでに訪れた被災地の各所で、かつて自身も被災者だったという人々によく出会いました。苦しかったときに人々から受けたご恩を、今度は自分が、新たに被災した地域でお返ししたかった、とだれもが話していました。
 被災地で目にした、こうした連帯意識にあふれた行動は、同じく私どもがどの被災地でも必ず感じる、逆境における人々の立派さ-自制、忍耐、他への思いやり、健気(けなげ)さ-などとともに、自らも状況に心を痛めておられる陛下に、どれだけの希望と勇気をお与えしたか計り知れません。
 心配を持ちつつも、陛下と共にこの国の人々の資質を信じ、これからも人々と共に歩んでいきたいと思います。

◆皇后さま「野球の松井さんに見習ってひざ治したい」
 (関連質問)天皇陛下におかれましては、昨年ご体調を崩されて一時公務を休まれました。皇后陛下におかれましても、ひざを怪我をされて万全な状態ではないとお伺いしております。両陛下のご負担軽減が進められている中で、ご自身の健康と公務の在り方についてどのようにお考えになっていますでしょうか。お聞かせください。
 天皇陛下 皆が私どもの健康を心配してくれていることに、まず感謝したいと思います。この負担の軽減ということは、今年1年その方向で行われまして、やはり負担の軽減という意味はあったのではないかと思っています。しかし、この状況は、今の状況ならば、そのまま続けていきたいと思っております。また、皇后の方も足の方が昔のように、だんだんと良くなってきているようですので、非常にうれしく思っています。ただ、まだ座るということができないので、まだしばらくは座ること、例えば賢所など座らなければならないところのお参りは、これはまだしばらく無理ではないかと思っています。
 皇后さま 健康を案じていただいてありがとうございます。自分の不注意で転んでしまい心配をお掛けいたしました。陛下が仰せくださったようにだんだんと快方に向かっておりますし、もう少し早く治ってほしいと思うこともありますが、野球の松井さんに見習って私も忍耐強く治したいと思います。御公務については、陛下が仰せくださいましたので、それで私の申し上げることも特にはございません。

 以上である。

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2009年11月 8日 (日)

続き物【始動プルサーマル】勉強になった~09年11月6~8日、産経新聞

 産経新聞09年11月6日~8日連載の【始動プルサーマル】、勉強になった。コピペする。最終回に(この連載は、上原すみ子、飯塚隆志、橋本亮が担当しました)と載っていた。
 まず11月6日の<上>から。
■(上)<“一番手”に重い責務>
 エネルギー自給率が4%にとどまる少資源国・ニッポンにとって、“純国産エネルギー”ともいえる使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル」は避けて通れない国策だ。発電中に二酸化炭素(CO2)を出さない原発は地球温暖化対策からも世界的に再評価されている。ようやく一歩を踏み出したプルサーマルの現状と課題を検証する。(敬称略)
 唐津焼で知られる佐賀県唐津市の市街地から、西北に約10キロ離れた玄海町。青い海をたたえた玄界灘が眼前に広がる玄海原子力発電所3号機の制御室で、日本のエネルギー業界関係者にとって悲願である“儀式”が粛々と行われた。
 通常とまったく変わらない勤務態勢のなか、起動のための作業が淡々と進行。午前11時、16本のプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料体の間に挿入されていた制御棒が引き抜かれ、起動した。
 「あまり過敏になりすぎず、安全を第一に着実にやっていけば、大丈夫だ」
 同原発所長の村島正康は起動前、自らに言い聞かせるように語っていた。
◆不祥事相次ぎ
 国内初のプルサーマル発電。本来なら10年前の平成11年度中に業界のリーダーである東京電力か、関西電力が実施しているはずだった。しかし、MOX燃料を製造した英国企業によるデータ改竄(かいざん)といった不祥事や原発トラブルが相次ぎ、“トップバッター”の任が九州電力に回ってきた。
 同社社長の真部利応は「まず最初がきちんとやらなければ。野球でいえば、きっちりと出塁することが大事だ」と、責任を痛感している。
 プルサーマル発電をめぐっては、原子炉を停止させる制御棒の効きが弱くなると指摘されており、地元住民の間にも不安が残る。反対を続ける住民もいる。
◆地元の信頼厚く
 九州電力では、地元の安全・安心を最優先に取り組み、18年3月に地元同意を取り付けた。6年3月に営業運転を開始した玄海3号機は、電力業界が培ってきたノウハウを活用できるという利点もあり、これまで大きなトラブルを起こしたことがない「優等生」(電力業界)だ。地元の信頼も厚い。それでも、実際の起動を前に問題が起きた。
 九州電力は当初10月3日にMOX燃料を装填(そうてん)する計画だった。だが、佐賀県議会がプルサーマルの実施延期を求める請願を審議中だった9月30日に、報道関係者向けに装填時期を公表したため、議会が反発。県知事の古川康が真部に工程の見直しを申し入れ、スケジュールを白紙撤回せざるを得なくなった。
 結局、10月15日から装填が始まり、計画全体が大きく遅れる事態にはならなかった。だが、真部は「報道関係者への事前案内のつもりだったが、情報開示をもっと慎重に考える必要があった」と、ナーバスになっている地元への配慮を改めて胸に刻んだ。
 村島はプルサーマル発電について、「技術的にはそれほど特殊ではない」と説明する。通常の原発でも原子炉の中でウランがプルトニウムに変化し、その一部が燃料として燃えているからだ。発電量全体の約3割は運転中に生まれたプルトニウムによるもので、プルサーマル発電でも、MOX燃料を全体の3分の1以下に抑える。
◆安全性実証を
 だが、その安全性を自ら実証しなければならない。九州電力が果たすべき責任は重い。玄海町長の岸本英雄は5日の起動を受け、こうコメントした。「安全が第一だが、われわれも国策を担っているという意識でやっている。電力会社も国も、国民に対する説明をしっかり果たしてほしい」
◆未完の核燃料サイクル
 国際的に再評価されている原子力発電。地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を2020(平成32)年までに1990(平成2)年比で25%削減する目標を掲げる鳩山由紀夫政権も、原子力発電をその切り札に位置づける。鳩山は「低炭素社会の実現に向けて原子力政策は不可欠だ」と強調。核燃料サイクルについても「推進したい」と明言している。だが、サイクルの核となるプルサーマル発電は、“トップバッター”の九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)3号機の起動まで誤算続きだった。電力会社で組織する電気事業連合会(電事連)は当初、平成22年度までに電力業界全体で16~18基の原発でプルサーマルを実施することを目標にしていた。しかし、相次ぐ延期で今年6月に5年後の27年度への先送りを余儀なくされた。
◆業界の悲願
 電事連会長で関西電力社長の森詳介は、「業界をあげた悲願で、電力業界全体の計画に向けた大きな前進だ」と、九州電力に続く各社の弾みになると期待を寄せる。
 玄海3号機に続き、22年度には四国電力の伊方(いかた)3号機(愛媛県伊方町)、中部電力の浜岡4号機(静岡県御前崎市)、関西電力の高浜3、4号機(福井県高浜町)の計4基で実施される見通し。このほか、地元了解済みが、北海道電力泊(とまり)3号機(北海道泊村)など、建設中も含め3基ある。
 電事連の目標達成の最大の課題は、本来なら業界をリードすべき東京電力。相次ぐトラブルや不祥事で地元同意を取り付けるのは容易ではないが、“雪解け”の兆しも出ている。
 福島県知事の佐藤雄平は今年7月、14年のトラブル隠しで地元同意が白紙撤回された福島第1原発3号機(大熊町)でのプルサーマル発電について、7年ぶりに議論を再開することを受け入れた。
 日本は、ほとんどを海外に依存する原油に加え、ウランは全量を輸入に頼っており、エネルギー自給率は先進国中最低の4%にとどまる。原子力再評価を受け、欧米に加え、中国やインドといった新興国でも原発新設の動きが活発化しており、今後、ウラン原料の争奪戦が一段と激化するのは確実だ。
 使用済み燃料を再利用するプルサーマル発電が本格的に動き出せば、「年1~2割のウランを節約できる」という。
 プルサーマルのメリットはまだある。日本原燃社長の川井吉彦は「使用済み燃料をそのまま地中に埋設処分するのに比べ、再利用すれば、高レベル放射性廃棄物の体積を3分の1から4分の1に減らせる」と指摘する。
◆課題は山積
 一方で、プルサーマル発電の着実な実施以外にも課題は山積している。現状では、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す再処理と、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料への加工を行う工程が欠けており、サイクルの輪がつながっていないのだ。
 玄海3号機で使用されるMOX燃料も、国内から使用済み核燃料をわざわざ海外まで運び、英仏企業に再処理と加工を委託している。費用負担に加え、輸送時の安全の確保など、そのコストは重い。
 再処理工場と加工工場が設けられる青森県六ケ所村。県知事の三村申吾は5日、「プルサーマルを含む核燃料サイクルの推進は国、事業者に要請してきたことで、大きな前進と受け止めている」とコメント。日本原燃の川井も「大変喜ばしい」と評価した上で、試験運転中の再処理工場について、「安全を最優先に慎重に取り組む」と誓った。
 だが、再処理工場は、当初計画よりも10年以上遅れ、ようやく来年10月に完成する予定だ。
 「これ以上遅れると発電所のサイト内に使用済み核燃料が蓄積し、新たな問題が起きかねない」。四国電力副社長の眞鍋省三は5日に都内で開かれた会見で、再処理工場の必要性を改めて訴えた。さらに加工工場の完成は、現在の計画通りに進んだとしても27年6月まで待たなければならない。それまで再処理工場で取り出したプルトニウムを安全に保管する必要がある。再処理過程で出てくる高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、建設候補地すら決まっていない。難題は次々にふりかかってくる。悲願の核燃料サイクルはプルサーマル始動で一歩前進したにすぎない。まだまだ続く高いハードルを越え、輪をつなぐことができるのか。関係者の試練はこれからが本番だ。(敬称略)
■(中)<先送りでたまる“在庫”>
 夏場でも冷たい「やませ」がオホーツク海から吹き寄せる本州北端の下北半島にある青森県六ケ所村。青い水をたたえた水深12メートルの巨大なプールの底に、“宝の山”であると同時に、やっかいな問題を抱えたものが沈んでいる。全国53基の原子力発電所から日本原燃が運営する再処理施設に運び込まれた使用済み核燃料だ。
 「年間に生まれる使用済み核燃料は1000トン。六ケ所の再処理工場が稼働しないと、これがどんどん積み上がっていく」。電力会社の幹部は、危機感を隠さない。地球温暖化対策のための原子力推進で将来的には1200トンに増えると見込まれている。
◆貯蔵施設余力300トン
 六ケ所村の再処理工場に設けられた貯蔵施設の収容能力は3000トン。現時点ですでに2692トンが運び込まれており、余力はわずかだ。平成18年に始まった試験運転は、昨年12月のトラブル以降、中断したままで在庫は減らない。電力会社は、それぞれの原発に併設した貯蔵プールでも保管しているが、再処理工場が稼働しないと、後3~4年で満杯になる原発もあるとされる。そうなれば、新しい燃料を搬入できず、原発を停止せざるを得なくなる。電力危機を招く可能性も否定できない。“純国産エネルギー”ともいえる使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再利用する「核燃料サイクル」。少資源国ニッポンのエネルギー政策の柱は人口約1万1千人のこの村がなければ、成り立たない。
 直線距離で1300キロ以上離れた九州電力の玄海原子力発電所3号機(佐賀県玄海町)で5日始動したプルサーマル発電。プルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使用するプルサーマル発電と再処理は、サイクルを回す両輪といえる。
 だが、再処理工場が来年10月に予定通り営業運転に入ることができたとしても、処理能力は年800トンにとどまり、使用済み核燃料の発生量を下回る。「積み上がった在庫が減るどころ、毎年、確実に増えていく」(電力会社幹部)。
 六ケ所村からさらに北上した青森県むつ市。陸奥湾にほど近い場所で、問題を解決する一つの計画が進んでいる。
 東京電力と日本原子力発電が平成24年の操業開始を目指す「中間貯蔵施設」だ。2棟で5000トンの施設を建設する計画で、再処理の順番がくるまで使用済み核燃料を保管しておく。
 「来年には2つ目の再処理工場をどうするかの議論が始まるが、正直、いつになるか分からない。各社の自助努力で中間貯蔵を建設せざるを得ない」(電力業界関係者)
プルサーマルを始動させた九州電力社長の真部利応も「玄海原発の貯蔵施設の拡張工事に加え、新たな中間貯蔵施設の建設も検討している」と明かす。
◆処分場は民間任せ
 中間貯蔵施設と同様に建設が急がれるのが、再処理の過程で排出される高レベル放射性廃棄物を埋設する最終処分だ。核燃料サイクルは最終処分場がなければ完結しない。
 六ケ所村の再処理施設には、一時的に保管しておく「貯蔵管理センター」があるが、地元との取り決めで、最終的に県外に埋設することになっている。プルサーマル発電と再処理が本格稼働すれば、廃棄物もどんどん増える。
 最終処分場は、民間の「原子力発電環境整備機構」(NUMO)が建設することになっているが、自治体からの公募を待つというまったくの受け身だ。
 これまでに正式に候補地に名乗りを上げたのは、高知県東洋町だけ。しかし、反対運動が激化し、町長選で推進派の現職町長が敗れ、撤回された。
 使用済み核燃料の保管や最終処分といったやっかいな問題を先送りしてきたツケが、これから本格的に表面化してくる。
 政府はこれまで、自治体への補助金や税制優遇などの“アメ”は出してきたが、基本的には民間の電力業界にまかせ、矢面に立つことはなかった。
 鳩山由紀夫政権は、温室効果ガスの排出量を2020(平成32)年までに1990(2)年比で25%削減する高い目標を掲げる。だが、原子力発電の推進を抜きに、その達成はおぼつかない。
 プルサーマル始動は、国が先頭に立ち、“トイレのないマンション”と揶揄(やゆ)される日本の核燃料サイクルの現状を打開する好機でもある。(敬称略)
■(下)<再評価でウラン争奪戦>
 「今後、ウラン燃料の需給が逼迫するのは明らかだ。電力会社自らが安定調達に取り組む必要がある」。東京電力原子燃料サイクル部内に7月に設けられたウラン事業戦略グループを統括する小林正之の危機感は強い。東電では2月に東芝などと共同で、ウラン生産で世界第10位のカナダのウラニウム・ワン(U1)に資本参加。出資分に応じてウラン原料を調達できる権益を確保した。平成19年には中部電力、丸紅などと組み、世界第2位の埋蔵量を誇るカザフスタンのハラサン鉱山でもウラン権益を確保している。
 戦略グループは、計4つの開発プロジェクトを担当し、これまで商社任せにしていた鉱山の運営ノウハウを吸収するのが狙いだ。年内にはU1に社員1人を常駐させる。
 「自主開発の権益でウラン調達の3分の1をカバーできる」。小林はたびたびカナダやカザフに足を運び、世界各国がしのぎを削る“ウラン争奪戦”の現場を肌で感じている。
 電力業界では関西電力、九州電力、四国電力も伊藤忠商事と共同で今年6月に、オーストラリア西部レイクメイトランドで進むウラン鉱山開発に参画することを決めた。事業化調査の段階だが、初期からかかわり安定調達につなげる。
≪原油急騰も引き金≫
 地球温暖化に加え、一時1バレル=150ドル目前まで上昇した原油急騰を目の当たりにした世界各国で、「原子力発電再評価」が潮流となっている。
 1986年のチェルノブイリ原発事故を契機に「脱原発」へといっせいに動いた欧州。今年10月にはドイツの新連立政権が脱原発の撤回で合意した。2月にはスウェーデン、7月にはイタリアも“脱・脱原発”へとかじを切った。
 79年のスリーマイル原発事故で原発新設を凍結した米国もブッシュ前大統領政権末期に凍結を解除した。現大統領のオバマは、太陽光や風力など自然エネルギーを推進する「グリーンニューディール政策」を掲げ、原発には冷たいとされる。
 だが、「核兵器廃絶でノーベル平和賞を受賞したオバマは、いずれ原子力の平和利用の推進を打ち出す」(電力業界関係者)との見方が強い。
 最大の台風の目が、2020年に原発の発電能力を08年末の8倍近い7000万キロワットに拡大する計画を打ち出している中国だ。100万キロワット級原発で約60基に相当する空前の新設ラッシュが見込まれ、得意の“資源外交”で世界中でウラン原料を買いあさっている。
 ウラン原料はこれまでロシアの解体核兵器からの供給があり、さほど逼迫感はなかった。しかし、「後3、4年で底をつく可能性が高く、争奪戦に拍車をかけている」(大手商社)。
 ≪貴重な日本の実績≫
 ウラン争奪戦の次に予想されるのが、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し再利用する動きだ。実際、中国や韓国が再処理施設の検討を進めている。
 だが、核兵器に転用可能なプルトニウムの再利用は、どこの国にも許されるわけではない。国際原子力機関(IAEA)は核拡散への懸念を強めている。
 青森県六ケ所村にある日本原燃の再処理工場。中央制御室では常時、監視員が計器類に厳しい目を向けている。再処理の工程ごとに溶液に溶けたプルトニウムの濃度を測定し、ほんのわずかでも量が減っていないかを監視しているのだ。IAEAの査察官も常駐している。
 担当者は「プルトニウムの管理はノウハウの固まり」と説明する。
 日本は核兵器を持たず、再処理工場を稼働させている世界で唯一の国だ。
 中東や南米など原発を新規導入する国が後を絶たない中、核不拡散との両立は全世界共通の課題だ。IAEAは、使用済み燃料や高レベル放射性廃棄物を多国間で管理する構想を練っている。
 使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル」をエネルギー政策の柱に位置付け、プルトニウムの平和利用に取り組んできた日本の実績は、IAEAにとっても貴重な財産だ。
 いや応もなく原発に頼らざるを得ない少資源国ニッポンで、「原子力再評価」の動きは大きなうねりになっていない。
 プルトニウムを再利用するプルサーマル発電の始動を、国民全体で改めて原子力について考える契機とする必要がある。=敬称略

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