韓国で教科書出版界の長老が左派を猛烈批判したそうだ~09年11月23日朝鮮日報
朝鮮日報09年11月23日の長い記事。キム・ギチョル記者の署名記事だ。<教科書/「現代史の記述には先達への敬意が不可欠」/民音社の朴孟浩会長が「左派寄り」批判を展開>をコピペする。
<「解放以後の韓国現代史を生きてきたわたしのような人間の記憶と、後世の学者が記述した歴史は、その違いがあまりにも大きく、まさに歴史の歪曲だと感じられることもある」。出版業界の長老、民音社の朴孟浩(パク・メンホ)会長(75)は非難を浴びた高校の韓国近・現代史教科書の「左派寄り」記述についてその時代を生きてきた人々の歴史的実感とあまりにも隔たりが大きい、と批判した。これは歴史教養誌『韓国史市民講座』(第45号)に寄稿した「歴史的実感と歴史の記述」と題する文章を通じてのことだ。>
<朴会長はまず、6・25戦争(朝鮮戦争)を「資本主義と社会主義の体制競争の産物」として、他人事のように記述している点が理解できないと指摘する。「こういう歴史の記述には、資本主義体制下で生き抜き、韓国を5000年の歴史の中で最も富み栄えた国として建設してきた世代が抱いている“歴史的実感”が欠けている」というわけだ。>
◆オバマ大統領の演説を聞き、大韓民国の誇りを感じる
<朴会長は、「われわれが地球の辺境にある韓半島(朝鮮半島)という手のひらほどの限られた土地で生まれ、それさえも分裂して互いに血を流して競争する中で、世界に誇れる国家を作り出した人間だということを、まずは思い起こしてほしい。われわれが生きている現在の歴史を記述する際には、世界の一流国家を作り上げるために断固として、また創意を凝らして国家の未来を設計し、血と汗を流して努力を尽くしてきた人々に対する敬意を示すべきだ」と語った。>
<朴会長は、米国のオバマ大統領が議会で「米国は太陽光技術を発明したものの、太陽光を生産するドイツや日本に比べ遅れを取っている。新型ハイブリッド車が組み立てラインを通過している一方で、これらの自動車は韓国産のバッテリーで駆動している」と演説したのを聞き、大韓民国に対する誇りを感じたという。「60年前、焼け野原で米国人が分け与えてくれたチョコレートや粉ミルクで食いつないでいた貧しかったときの記憶は、今でも生々しく頭の中に残っている…。そして今や、大韓民国は米国ですら作れない先端部品を生産し、世界に意見を述べる国になった。これこそが、わたしが感じる歴史的実感だ」>
◆朴正煕政権下、経済開発は外部に依存していたのか
<朴会長は、朴正煕政権時代の経済開発の成果を「外部依存」となじることも納得できないとしている。金星出版社の教科書は「第1次経済開発5カ年計画と第2次経済開発5カ年計画を経て、韓国の経済は『漢江の奇跡』と呼ばれるほど外見的には華々しく発展した。しかしその間、韓国経済はさらに外国に依存するようになった」と記した。朴会長は「われわれが成し遂げた華々しい経済発展は単に外国に依存した結果ではなく、国家指導者の洞察力とリーダーシップが国民の自発的な努力と結び付いたことで達成された、自主的な努力の結果だと思う。こうした歴史的記述は、実態の一面を反映してはいるが、前にわたしが言及した敬意が全く見られない。すなわち、わたしが体験してきた歴史的実感とはかなり大きな隔たりがある」と語った。>」
◆歴史の記述は歴史的実感と共にあるべき
<朴会長は「近代化と民主化は、韓国現代史を支える二つの大きな志向。これらの志向の均衡とけん制が、今の大韓民国を富み栄え、自由な国に作り上げた」と指摘した。そして「わたしが感じる歴史的実感は、この二つのどちらもおろそかにしてはならない、と語っている」と付け加えた。>
<金星出版社の教科書は、(1960年の5・16クーデターで権力を握った軍政勢力に対し)「反共を国是に掲げ、経済開発と社会安定を達成した。しかしこうした政策は、国民の支持を取り付けて軍事政変を合理化するためのもので、うやむやのまま終わり、きちんと成果を収められなかった」と記した。朴会長は「クーデター以後、軍政勢力は画期的な経済政策を果敢に導入し、国民に『より良い暮らし』という夢と希望を吹き込み、ついには新しい大韓民国を作り上げた。その成果に対し、『うやむやのまま終わり、きちんと成果を収められなかった』と記述するのは、わたしが生きてきた歴史と大きくかけ離れているように感じられる。この部分を何らかの形で肯定することなしに、大韓民国の現在と未来を語るのは難しい」と語った。朴会長は「歴史の記述が歴史的実感とある程度一致して初めて、良い歴史を書くことができる」と記し、寄稿文を結んだ。>
<朴孟浩会長は1966年に民音社を創設、韓国の代表的な人文学系出版社に育て上げ、大韓出版文化協会の会長を務めた。>
■<「『近代韓国外交文書』出版は外交史研究の独立宣言」/国権喪失期を扱った第1巻・第2巻を出版/日本など外国資料への依存から脱却>
何か関連していそうな記事に見えたので、コピペする。これは11月22日の記事だ。李漢洙(イ・ハンス)記者の署名記事だ。
<高宗元年の1864年から1910年の大韓帝国国権喪失までの46年間は、韓国が西欧、そしてその影響を受けた日本との全面的な交流を通じ、近代世界に編入されていく時期だ。その過程は主体的でなかったり、強制的なものではあったが、それでもこの時期が現在の韓国にとって重要な歴史的時期だったという事実に変わりはない。>
<2007年10月に発足した近代韓国外交文書編さん委員会(委員長:金容九〈キム・ヨング〉翰林大翰林科学院長)は、東北アジア歴史財団(理事長:鄭在貞〈チョ・ジェジョン〉ソウル市立大教授)と共に、この時期の外交文書を網羅した資料集『近代韓国外交文書』第1巻・第2巻を出版した。今後約10年かけて全30巻を刊行するという大事業の第一歩だ。1巻ではジェネラル・シャーマン号事件(1866年に発生したアメリカの商船の朝鮮侵入)と丙寅洋擾(ようじょう)=1866年に発生したフランスによる朝鮮攻撃=、第2巻ではオッペルト事件(1868年に、ドイツ人オッペルトが大院君の父・南延君の遺体を持ち去ろうとした事件)と辛未洋擾(1871年に発生したアメリカによる朝鮮攻撃。66年のジェネラル・シャーマン号事件がきっかけ)を取り扱う。当時の朝鮮王朝の文書をはじめ、関連諸国の外交資料353件を収録し、1000ページを超える大著となった。>
<1871年の辛未洋擾(ようじょう)の際、江華島地域を指揮していた魚在淵(オ・ジェヨン)将軍の「師字旗」を鹵獲(ろかく)した米軍の兵士たち。>
<外交文書は、国家間の相互作用や対外認識の精神構造を示す重要な歴史資料だが、これまで韓国の学界は独自の外交文書集を編さんできず、『日本外交文書』など外国の資料集に依存し研究してきた。そうした点で、今回の『近代韓国外交文書』の編さんは韓国外交史研究の「独立宣言」という意味がある。この資料集は、単に外交文書を影印したものではなく、漢文・英語・フランス語・日本語・ロシア語など各国の言語で記された資料をコンピューターに入力し、発信者・受信者、発信日・受信日、文書のタイトルや関連情報などを表記、今後検索が可能なデータベース(DB)として作ることに基礎を置いた。>
<『近代韓国外交文書』出版に合わせ、19日午後2時から韓国観光公社で「異質文明圏の衝突と外交文書」というテーマの学術大会が開かれた。金容九編さん委員長は基調発表で、「『韓国近代外交文書』の編さんは、1788年に正祖が作り上げた『同文彙考』という歴史的偉業を継承する民族史的意義を持つ事業」と強調した。正祖12年(1788年)、事大交隣の規範に関する文書を集めて編さんされた『同文彙考』は、当時の東アジアでは先駆的な外交文書集だった。>
<またキム・フンス教授(空軍士官学校歴史哲学科)、崔煕在(チェ・ヒジェ)教授(檀国大史学科)、イ・グンウク教授(西江大政治外交学科)などの研究者が、日本や中国、米国、イギリスの韓国関連外交文書の現況を紹介し、これを土台として、当時の朝鮮とこれらの国々との関係に関する研究論文をそれぞれ発表した。>


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